地中海ブログ

地中海都市バルセロナから日本人というフィルターを通したヨーロッパの社会文化をお送りします。
ローマ滞在2015その2:ローマを歩く楽しみ、バロック都市を訪ねる喜び
ローマを歩いていると、「この街ほど都市と建築の楽しみかた、そして集まって住むことの喜びを教えてくれる都市はない」と、そう思えてきます。



直線的な街並みの向こうに見える壮大なモニュメント、いたるところに設けられた楽しげな噴水、何の前触れも無く現れる教会たち‥‥。



そう、この街では、彫刻、建築、そして都市の街路網ネットワークがバロック音楽の如く様々に主題を変えながらも劇的な眺望を用意し、壮大な交響曲を奏でているかのようなんですね。



ルネサンスが静的、秩序、比例などによって特徴付けられ、閉じた世界を理想としていたとするならば、バロックは劇的、動的、ダイナミックと言った単語で特徴付けられ、開かれた世界を目指していたと言えるかと思います。そして僕にとって大変興味深いのは、バロック建築が都市デザイン=都市空間のデザインであり、アーバンデザインであるという事実なのです。例えばこちら:



泣く子も黙るバロックの2大巨匠の一人、ボッロミーニ(Francesco Borromini)の傑作、サン・カルロ・アッレ・クッワトロ・フォンターネ教会堂(San Carlino alle Quattro Fontane)です。2層に重ねられた壁面が波打ち、波打たれる事によって、あたかも人をその空間に招いたり拒否したりしているかのようです。そして建築単体のファサードのデザインが、その建築だけに留まらず、街の空間にも影響を与えているのを見て取ることが出来るかと思います。



ちなみに僕がこの教会堂で心底感動したのがこちら:



教会堂の入り口に備え付けられた大理石の階段なんだけど、この歪みは、今までにこの教会堂を訪れた何百万人という人達一人一人の小さな重みの積み重ねによってこんなにも変形してしまった跡なんですね。この凹みこそ、如何にこの建築がこの都市にとって必要なものなのか、ひいては我々の世界にとって価値あるものなのかということを表しているのだと思います。



上の写真はパンテオン(Pantheon)の直ぐ近くに建つ、サンティニャツィオ(Piazza Sant Ignazio)という建物の写真なのですが、ここでは大小3つの楕円を形取るように、壁面がウネウネしているのが見て取れるかと思います。

ここでは建築自体が主役というよりも寧ろ、建築がその場の背景を形成する事に貢献しています。そう、まるでこの建築は、目の前にある教会堂の階段部分と建物の凹みにより創られた舞台の「背景になりたがっている」かのようなのです。



こちらは、かの有名なスペイン広場(Piazza di Spagna)の写真なんだけど、階段が緩やかなカーブを描いている事によって、その先がナカナカ見えないようになっています。そうする事で「この先に何があるのか?」という期待感を増大させる仕掛けを作っているのです。



頂上に到着した目の前には圧倒的な存在感の教会が眼前に広がり、振り返り様にはこの風景:



大変見事な演出です。そして極め付けはこちら:



この風景はトレヴィの泉(Fontana di Trevi)の近く、ダタリア通り(Via di Dataria)からクイリナーレ広場(Piazza del Quirinale)へ向かって坂を上って行く途中の写真です。左側の建物が先ずはしっかりとした軸線を作っていて、それに対してもう一つの建物の軸を少しずらす事によって上昇感を作り出しています。そしてその感覚は第三の建物が現れる事によって更に増します:



更に更に、もう少し進むと右側の壁が円弧を描きながらも大階段が先細りしていく事によって、この風景が大階段の前に劇的な効果を持って現れてきます。



‥‥と、まあ、こんな感じで街を歩いていると様々な風景が立ち現れてくるのですが、ここで取り上げたのは、ローマに無数に点在する風景のごく一部に過ぎません。そんな事を心に留めながら街歩きをしてみると、観光ガイドには載っていない、また違ったローマが見えてくるはずです。

これこそバロック都市を訪れる楽しみであり、ローマを歩く喜びなのです。
| 旅行記:都市 | 02:02 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
スペインの大学ランキング:総合ランキングではなく、学部間で競い合うというシステム
最近連続して同じ様な質問を受けたので、一度まとめて書いておくのも悪くないかなーと思ったので、今日はスペインの大学事情について少し書いてみようかなと思います。


(ポンペウファブラ大学図書館)
以前少しだけ書いたのですが、スペインでは大学間に日本のような明確なプラミッド型の構造が存在しません。つまり誰が見てもNo1大学(東大、京大)が存在するというような強い構造が無いんですね。もしかしたらただ単に僕が知らないだけなのかもしれないけど、確かな事は、殆どのスペイン人がそんな事は気にしていないと言う事です。例えば、その辺に居る学生やサラリーマンを捕まえて、「スペインでNo1、もしくは有名だと思う大学は何処だと思いますか?」と聞いても、帰ってくる答えはまちまちだと思います。何故ならそんなもの存在しないし、興味も無いからです。



スペインで重要な事は「何処の大学を卒業したか」ではなくて、「大学を卒業した事」と「どの学部を終了したか(タイトルを持っているか)」の2点です。

我々建築家にとってはこの後者が曲者で、というのも日本では建築学科は工学部に属しているので(美大系は別)、建築学科を卒業した日本人建築家が保持しているタイトルは「工学(Engineering)」なんですね。一方、スペインを含むヨーロッパの教育システムには列記とした建築学部が存在します。だから大学を卒業した建築家は全員、建築家のタイトル(Architect)を持っている訳です。


政府の授業料引き上げに反対する学生デモ:ポンペウファブラ大学中庭にて)
すると日本人建築家が建築家としてスペインで働こうとした場合、日常的に起こり得る笑えない状況はこんな感じ:

日本人建築家:「こんにちはー。大学を卒業し、3年程度の実務経験がある建築家です。ちなみに一級建築士も持ってます。働きたいんですけど・・・」

秘書:「ハイ、ハイ、毎晩、女体盛りを食べてる日本人ね(菊地凛子さん主演、Mapa de los sonidos de Tokioでカタラン人映画監督のイザベル・コシェット(Isabel Coixet)が全く奇妙な映画を作ってくれたので、夏以降はこんな変なイメージが纏わり付くものと思われます)・・・あれ、あなた建築家だって言ったわよね?でもあなたのタイトル、工学(Engineering)じゃない。ウソ付いちゃ駄目よ。ハハハ」。

日本人建築家:「あのー、日本の生んだスーパースターArata Isozakiも、スペイン人にとっては今や建築の神様的存在、Toyo Itoも保持しているタイトルは「工学」なんですが???ちなみにスペイン人が「禅の精神が見事に表されているー!」とかいう訳の分からない説明をする、コンクリートの神様Tadao Andoは工学のタイトルすら持っていませんが???」

秘書:「そんな事知らないわよ(怒)!一級って何???そんなの大学の建築家のタイトルが無きゃ、何にもならないじゃない!!!それに彼らは彼ら、あなたはあなた。あ、バルサの試合が始まった。さよならー」

みたいな事になるのがオチです。じゃあ、スペインで建築家は働けないか?というと、何の問題も無く働けます(笑)。ここからは話が長くなるので、又別の機会にという事で。


(カタルーニャ工科大学スーパーコンピューティングセンター)
さて、スペインの現行の教育システム(2009年現在)では、高校の最終年度に希望大学と学部を10個くらい書いて、夏前に行われる全国共通のセンター試験(selectividad)みたいなのと最終年度の成績と合わせて、成績の良い人から順に希望の所へ入るというシステムを取っています。

で、我々日本人にとって興味深いのが、「どの大学を選ぶか?」という評価軸なのですが、コレがかなり面白い。どの大学へ進学するかを決める彼らにとっての最重要事項、それはずばり、「家から近い所」です。


(ポンペウファブラ大学図書館上階部)
例えばバルセロナ在住でスペイン文学が専攻したい高校生が、サンティアゴ・コンポステーラ大学やサラマンカ大学が有名(古いから)だからって、わざわざガリシアやアンダルシアの大学に行く事は滅多にありません。家から近いバルセロナ大学、もしくはバルセロナ自治大学やポンペウ・ファブラ大学へ行くものだと思われます。

もっと言っちゃうと、多分みんなポンペウ・ファブラ大学を選びますね。何故ならメトロから一番近いから(笑)。バルセロナ自治大学(バルセロナ市外)なんて最後の選択肢ですね。って、こういう事を真顔で言うから、面白いんだよな、カタラン人!

彼らにとって、大学の名前よりも重要な事。それは家族や友達と過ごす時間なんですね。だから3年前から受験勉強もしないし、浪人も一般的ではありません。中にはどうしても行きたい学部があって、途中で変更するという人は居るようなのですが、あまりメジャーではないようです。

もう一つの決定的な違いは、大学の評価が学部単位になっている事ですね。日本のように何でもかんでも東大(京大)が一番という事はありません。


(バルセロナ大学)
例えば、カタルーニャ工科大学(Universidad Politecnica de Catalunya)には交通分野の世界的権威であるJaume Barceloが居ますし、ポンペウ・ファブラ大学(Universidad Pompeu Fabra)にはヨーロッパの歴史学の重鎮、Josep Fontanaが居ます。だから前者の交通工学部や後者の歴史学部は世界的に知られていますが、その他の学部は誰も知らないと言う事が普通に起こってきます。IESEやESADEと言った、バルセロナを拠点とする世界的に有名なビジネススクールも同じ事で、というのも、IESEやESADEは純粋な大学ではなくて、Navarra大学の一学部(IESEの場合)という扱いになっていますから。

健全だと思います。そんな事情があるから、毎年発表されるスペイン大学の総合ランキングがどれ程有効か?にはかなり疑問がありますし、発行元によってかなりばらつきが見られます。例えば先々週あたりに新聞に載っていたランキングでは確かUniversidad de Navarraが1位だったように記憶していますし、別のランキングではUniversidad de Barcelonaが首位を保持していたりします。下記に載せるのはスペインの新聞社El mundo発行の2008/2009年度版のランキングです。どれだけ信憑性があるのか?はかなり怪しいですが、ちょっとした話のネタにはなるかなー、くらいに考えておいてください。

1. Universidad Compultense de Madrid
2. Universidad Politecnica de Madrid
3. Universidad Autonoma de Barcelona
4. Universidad Autonoma de Madrid
5. Universidad Politecnica de Catalunya
6. Universidad Carlos III de Madrid
7. Universidad de Barcelona
8. Universidad de Navarra
9. Universidad Pompeu Fabra
10. Universidad de Valencia
11. Universidad Politecnica de Valencia
12. Universidad de Granada
13. Universidad de Sevilla
14. Universidad de Alicante
15. Universidad Ramon Llull
16. Universidad del Pais Vasco
17. Universidad de La Coruna
18. Universidad de Salamanca
19. Universidad de Santiago de Compostela
20. Universidad de Alcala de Henares

追記:

最近非常に気になっている事の一つに、バルセロナにボコボコとタケノコの様に出来つつある、私的機関(その多くが何処かの大学とのコラボという形になっている)による「マスターコース」と名を打った教育コースの存在があります。マスターとは直訳すると「修士」となり、日本人の我々にはアメリカや日本でいう「修士かな?」と勘違いしてしまうのですが、スペインでいう「マスタ―コース」はアメリカや日本の高等教育機関で提供されている修士コースとは全く関係がありません。(スペイン文部省に認可された正式な学位(修士に相当)を授与しているコースには「マスター・オフィシャル」と言う様に、「オフィシャル」という言葉が付いています。これはこの記事で取り上げている「マスターコース」とは全く違うのでご注意を)。又、それら「マスターコース」のプログラムは非常にいい加減なモノが多く、その辺の事情を何も知らない外国人をターゲット=食い物にしたものと言っても過言ではないと思います(勿論、全てがそうとは限らない)。特にそれらに共通する特徴として:

1:英語で授業を行う事を宣伝文句にしている。何故なら外国人をターゲットにしているので。又、意味も無く海外からビックネームのスターを呼んできて、その名前で釣る事が非常に多い。

2:授業料が極めて高い。スペインの大学の授業料はどんなに高くても年間1000ユーロ以下が普通。

3:マスターコースを修了した暁に出る学位が、スペインで認められている正式な学位ではないので、ハッキリ言って何の役にも立たない。つまり1、2年かけてがんばってコースを修了しても、それはスペインは勿論、日本の外務省や教育省でも認可されていない教育機関によるものなので、修士という学位に振り返る事が出来ない。

その辺の事情についてはコチラで書きました(地中海ブログ:
バルセロナに出来た新しい建築学校その2:バルセロナ建築スクールの諸問題もしマスターコースに興味がある方は、事前にその辺の事(学位は正式な物なのか?学費は?単位はどうなるのか?)などを、書面(メール)で、そのコースを提供している機関にご確認される事を御薦めします。

追記その2:
今日の記事(2015年8月30日、la Vangurdia紙)によると、今年度のスペインの大学(学部)の授業料の平均額は1516euro/年(日本円で20万くらい)で、国内で一番高いのはカタルーニャ州で2370euro/年(32万円)だという事です。

| バルセロナ歴史 | 21:55 | comments(27) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
バルセロナの食べ歩き方:ニウ・トック:NiU TOC
バルセロナの街はイルミネーションの飾り付けも終わり、気分はもうクリスマスです。中心街の夕暮れ時にはこの寒いのに人の波。それでもこのイルミネーションを見る為だけに外に出る価値はあると思えるような、とても素敵な飾り付けなんですね。

そんな事を思いながらも昨日の夜は仕事関係のディナーの為に、我が子のようにかわいいグラシアにやってきました。今回選んだレストランはタラ料理とお米料理の専門店、NiU TOC。



場所は地下鉄フォンターナ駅(Estacion Fontana)から歩いて10分程度、グラシア地区(Distrito de Gracia)の中心であるヴェルディ映画館(Cine Verdi)のちょっと下、レボリューション広場(Plaza Revolucion)にあります。

コンタクト
住所: Plaza Revolucion de Septiembre, 3
電話番号: 932137461

このレストランは数年前にカタラン人の友達に教えてもらって以来、結構行き着けにしているのですが、とにかくタラ料理とお米料理は絶品です。そして何より美味しいのがヤギチーズのサラダ(Ensalada de queso de Cabra)。僕はディナーの時の一皿目は大抵ヤギチーズのサラダを頼むのですが、何を隠そうヤギチーズサラダに病み付きになったのは、このレストランで食べたのが始まりでした。様々なレストランで試したのですが今の所ココがナンバーワン。



と言う訳で先ずは何時ものようにワインから。今日のワインは自家製赤ワイン(Vino tinto de la Casa)。ナカナカの旨味です。そしてワインやパン、オリーブが置かれたテーブルの飾り付けもナカナカ良いデザインだと思います。



そしてお待ちかねの一皿目。ヤギチーズのサラダ。ココのサラダの特徴はなんと言ってもヤギチーズが軽く焼かれていて、こんがり焼き目がついたパンの上に載っている事です。それだけでコレほどまでに味わいが違うのか!という程クオリティが上がるのには驚きです。ほんの少しまぶせられた生ハムと干しぶどうの甘味がチーズと相まって、この上ないハーモニーを醸し出している。味王様じゃないけど、「コレはうまいぞーーー!」。



2皿目は僕は海産物のパエリア(Paella Marinera)を頼みました。ココは少し塩味が強いので注文する時に塩少な目に頼むのがコツです。米料理専門とあって、とても満足のいく味付けです。ちなみにこのレストランではパエリア初め、フィデウア(Fideua)などを1人前から注文する事が出来ます。



今回一緒に行った相手方はタラ料理(Bacalao a la llauna)を注文していました。タラを少し揚げたものにインゲン豆をニンニクで炒めたものが添えてあるこちらの伝統料理です。少し頂きましたが、豆とタラがこんなに合うのか!と思えるくらいの旨味でした。



ここまでで既にお腹一杯だったのですが、デザートは別腹。と言う事でコレマタ伝統料理のクレーマ・カタラーナ(Crema Catalana)を注文する。手作りしているだけあって、クリームが重厚でした。

その後、コーヒーを頼んで占めて一人27ユーロ。これは安い!お店のデザインも良いし、観光客が来る所でも無いので比較的落ち着いて食事をしたい人にはとてもお薦めのレストランですね。
| レストラン:バルセロナ | 17:34 | comments(2) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
ハプスブルグ家(Habsburg)のお膝元、ウィーン(Vienna)で過ごす2008年9月11日
今週の水曜日から仕事&観光でオーストリアはウィーン(Vienna)に来ています。昨日は本当ならバルセロナに居てカタルーニャの文化を決定付けた出来事、1714年のスペイン継承戦争の記念行事の事を当ブログでお伝えしなければならなかったのですが、仕事だったのでしょうがないですね。2年前に書いたエントリ、もう一つの9月11日:カタルーニャの場合で我慢してください。

ココで詳しくは書きませんが、このスペイン継承戦争が良い意味でも悪い意味でもその後のカタルーニャの文化的特長を決定付けたという視点は古くはビセンス・ビベス(Vicens Vives)からジョセップ・フォンターナ(Josep Fontana)、最近ではアルベルト・ガルシエ・エスプッチェ(Albert Garcia Espuche)まで一貫しています。

それにしても2008年の9月11日をカタルーニャの宿敵であったハプスブルグ家(Habsburg)のお膝元、ウィーンで過ごすとは思いもよりませんでした。あー、忙しい。

追記:
ウィーンでのネットの状況が芳しく無く、メールを頂いた方への返信が滞っています。BCNに帰り次第返信致しますのでご了承ください。すみません。
| バルセロナ歴史 | 19:47 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
中村研一研究室の荒川君、バルセロナ訪問
建築家、中村研一さんの研究室所属の荒川智充君がバルセロナを訪問してくれました。ありがとー。荒川君には夏に一度、中村研一さんの研究室でお会いしたのですが、自分のやりたい事をしっかりと持ち、大学のボランティア・NPOセンターの地域活動リーダーとして活躍するなど、近年の学生とは一味違う大変活発な学生さんです。何でも設計と論文を書きながら某市のお祭りパレードを企画・実行しているとか。素晴らしいです。がんばってください。

さて、数年前に結婚式教会の村瀬君の紹介で知り合った建築家の中村研一さんなのですが、夏に日本に帰った際には何時も時間を取って頂いてお話を聞かせてもらっています。その話の面白い事。博識の上にスーパー謙虚。僕の無茶苦茶いい加減な話とかも「うん、うん」と真摯に聞いて下さいます。

今年もお忙しい中、わざわざ僕の為に時間を取ってくださって沢山の有益な話を聞かせてもらっちゃいました。知らず知らずの内に4時間とか話込んでしまったのですが、今年一番利いたお話は「歴史」に関するものでした。

歴史というのは常に権力者の視点で書かれたものであり、それこそがオフィシャルな歴史として後世に伝えられていきます。裏を返せば大衆の視点から見た歴史はどんなに正しかったとしてもアンオフィシャルな歴史として捏造されるか抹殺されるんですね。

そのような視点から書かれた最高の良書が以前に紹介したジョセップ・フォンターナ(Josep Fontana)の「鏡の中のヨーロッパ( Europa ante el espejo)」であり、テラン・ヴァーグ(terrain vague)という視点で都市の無意識を論じたイグナシ・デ・ソラ・モラレス( Ignasi de Sola-Morales)だったわけです。以前書いた箇所を引用しておきます:

そんな彼が1994年に出版したのがヨーロッパの歴史を網羅しつつ、コレでもかというくらい分かり易く書いてある「鏡の中のヨーロッパ」です。フォンターナの冒頭の言葉がこの本のスケールの大きさを物語っています。

「ヨーロッパはいつ生まれたのだろうか。」

こう問う時、彼の頭の中にあったのは1993年に出版されたポミアン,クシシトフ( Pomian Krzysztof) のL’ Europe et ses nationsであろう事はこの本の訳者である立花さんが指摘されています。

手短に言ってPomian Krzysztofは、ヨーロッパというのは自己と他者を明確に分ける為に外部との境界性を定める事によって形成されてきたと言います。その一方でフォンターナは自己と他者を分ける外部の境界性の存在だけではなくて、その内部にさえも自己と他者を分ける力学が働いてそれがヨーロッパを形成してきたと訴えます。つまり内部の社会システムを保つ為に大衆を野蛮人の地位に押し込める事によってヨーロッパは発展してきたというわけですね。そしてこれこそがゆがんだ鏡に映った自己自身であるというわけです。

このゆがんだ鏡に映った自己自身とは何を隠そう、ヨーロッパの無意識という事だと僕は理解しています。
そしてヨーロッパが歴史的に大衆を野蛮人という地位に押し込める事によって発展してきたという事実は現代都市にも、いや、現代都市にこそ当てはまると思います。特にイグナシが「テラン・ヴァーグ」を発表してから10年余り経った現在では都市の主モーターが変わると同時に、その新たなるモーターの回りに都市の全ての現象が引きずられているように思われる現在ではなお更です。

そんな状況下において、都市は大衆を新たな野蛮人に仕立て上げ、その地位に押し込める事によってグローバル化の中における自身の地位を上げる為にイメージ競争に奔走しているのです。その結果が観光化によるジェントリフィケーションという今我々が直面している大問題なわけです。

その辺の事を考慮に入れて僕が当ブログでシリーズ化したのが「広告都市」論です。詳しくはこちら。この広告都市論は別名、現代都市におけるテラン・ヴァーグと勝手に名付けています。イグナシに是非見せたかった僕の自信作です。


前文はコチラ

さて、今回中村先生にお会いした時にこんな事を言われました:

「Cruasan君、ラテン語で歴史ってなんていうか知ってる?」
「はい、Historiaですよね」
「そう。で、Historiaって「歴史」っていう意味の他にどういう訳がある?」
「歴史、歴史書、物語・・・」
「そう、歴史って物語なんだよ!」

コレです。これこそ僕が長い時間を掛けて長々と幾度かのエントリで説明しようとしてきた事なんですね。それを一言で言われてしまった時のショックと歓喜。しかも僕の説明なんかよりもよっぽど分かり易いし。

色々な人と話していると極稀に日本刀でスパっと斬ったような切れ味鋭い事を言う人に出遭います。故小寺武久先生が正にそんな感じでした。

物事を良く知っている人、その本質を理解している人というのは、難しい事を簡単に説明する事が出来るんですね。逆に表層的な人というのは、簡単な事をわざわざ難しく説明しようとする。僕も常に前者でありたいと思っているのですが、ナカナカそう巧くはいかないものですね。

別れ際に中村先生が最近出版されたコルビジェに関する書籍、

サヴォワ邸/ル・コルビュジエ (ヘヴンリーハウス-20世紀名作住宅をめぐる旅 1) (ヘヴンリーハウス-20世紀名作住宅をめぐる旅 1) 中村 研一、五十嵐 太郎、 後藤 武 (単行本 - 2008/5/21)

を頂いてしまいました。しかもサイン入りで。もうちょっとしたらゆっくりジックリ読んで、是非感想を書きたいと思います。
| 大学・研究 | 18:45 | comments(2) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
スペイン、サパテロ新内閣(Jose Luis Rodriguez Zapatero)
2008年4月12日、サパテロ首相(Jose Luis Rodriguez Zapatero)は第二期目となる新内閣名簿を発表しました。各種新聞で報じられている通り、今回の内閣の目玉はなんといってもカルメ・チャコン(Carme Chacon)の国防相(Defensa)就任でしょうね。以前のエントリ、スペイン総選挙その1その2その3で書いたように、今回の総選挙における彼女の活躍ぶりを考慮に入れれば当然と言えば当然といった所でしょうか。スペイン史上、女性が国防相に就任するのは始めて。大体、カタラン人が国防相に就任するのはナルシス・セラ(Narcis Serra)以来です。更に彼女は37歳と若く、しかも妊娠中ときているから自然と世間の注目は彼女に集まります。

ただ一つ引っかかるのは、もう既に国防省から保守的な不満の声が出ている事です。つまり若い女性に我々のトップが務まるのかと・・・。そしてそれは十分に予想できた事。サパテロは彼女を内閣の重要な要である国防相に任命した事で、一応総選挙の恩をカタルーニャに返しつつも、「もしまとめきれなかったら、後の事は知らないよ」という大変に微妙な立ち位置を与えたとも読める。(深読みしすぎか)

まあ、実際の所は一番実現したかった男女の数を平等にした上で、何処に女性でカタラン人であるチャコンを入れるかを消去法で選んでいって決まったぽい。つまりあまり何も考えてなかったというのが実際の所なのでは?

あと新聞を賑わしているのは新しく設立された平等相(Igualdad)に若干31歳のビビアナ・アイド(Bibiana Aido Almagro)が任命された事が注目されていますね。さっぱり知られていない彼女の抜擢には驚いた人が多いはず。アンダルシア地方で活躍する政治家を父親に持ち、小さな頃からスペイン社会労働党(PSOE)発祥の地であるアンダルシアで権力の中枢に居たというコネありあり且つ、現在フラメンコ振興団体(la Agencia Andaluza de Flamenco)のディレクターを務める彼女が、任命を知らされた時発した言葉が、「パパ、私大臣に任命されちゃった!(Papa, me van a nombrar ministra)」・・・ハハハ・・・大丈夫かスペイン!

ここまでは結構冗談なのですが、今回の組閣で注目すべきはセレスティーノ・コルバチョ(Celestino Corbacho)が労働・移民相(Trabajo e Inmigracion)に抜擢された事です。彼はバルセロナ近郊に位置するホスピタレット市(L'Hospitalet de Llobregat)の市長を長年勤めてきた実践派。ホスピタレット市というのはどんな所かというと、バルセロナ市内の諸問題を一手に引き受けているような所です。つまり「バルセロナモデル」と呼ばれる都市計画で綺麗な顔を創った末に出てきた吹き溜まりや、観光客のイメージを捏造する為に絶対に見せたくない一面を掃き溜めのように押し込んだ地域がホスピタレットなんですね。

故にホスピタレットの移民率は40%を超えるという、ちょっと普通では考えられないような状況が生じています。更に昨年は高速鉄道問題(AVE)の舞台になったのもホスピタレットだったという事は記憶に新しい所です。

そんな諸問題を長年扱ってきた市長がその実力を買われて大臣になったというのは納得のいく選択。特に今後、スペイン全土で大問題化するだろう移民問題に早くから直面し、解決策を現場で模索してきた彼の経験がきっと役に立つと期待されての事だと思います。

それにしてもここの所のバルセロナ郊外勢=リョブレガット勢(Baix Llobregat)の躍進はものすごい。カルメ・チャコンのエスプルーガス(Esplugues de Llobregat),現カタルーニャ州知事であり元大臣のホセ・モンティーリャ(José Montilla Aguilera)のコルネリャ(Cornellà de Llobregat)、そして今回のセレスティーノはホスピタレット(L'Hospitalet de Llobregat)。これこそバルセロナの本当の問題はバルセロナ市内ではなく、バルセロナ郊外に広がっているという証拠であり、それを解決している手腕が今、スペインに必要とされているという事なのではないでしょうか。

何故ならジョゼップ・フォンターナ(Josep Fontana)の言葉を借りれば、ヨーロッパが歴史的に大衆を野蛮人という地位に押し込める事によって発展してきたのと同じように、バルセロナという都市は「市民を蛮族という地位に押し込め」、郊外へと葬り去る事で成立してきた都市なのだから。
| スペイン政治 | 16:46 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
ポンペウ・ファブラ大学図書館(Unversitat Pompeu Fabra)
カタルーニャには現在、8つの公立大学と4つの私立大学があります。

公立大学
Universitat de Barcelona (UB)
Universitat Autònoma de Barcelona (UAB)
Universitat Politècnica de Catalunya (UPC)
Universitat Pompeu Fabra (UPF)
Universitat de Lleida (UdL)
Universitat de Girona (UdG)
Universitat Rovira i Virgili (URV)
Universitat Oberta de Catalunya (UOC)
私立大学
Universitat Ramon Llull (URL)
Universitat de Vic (UVIC)
Universitat Internacional de Catalunya (UIC)
Universitat Abat Oliba (UAO-CEU)

ヨーロッパの各大学には、それぞれの特色や良い講師陣を揃えている学科などがあって、総合的にどの学部でもココが一番というのはありません。例えばカタルーニャ工科大学(Universitat Politècnica de Catalunya)のロボット工学科はよく知られているし、バルセロナ自治大学(Universitat Autònoma de Barcelona)の経済学部はヨーロッパで高い評価を得ているドクターコースがあるといったように。

そんなカタルーニャの大学なのですが、比較的新しい大学としてポンペウ・ファブラ大学(Universitat Pompeu Fabra)があります。創設は1990年とまだ20年経っていません。にも関わらず、経済学、歴史学、情報工学などの分野で優れたプログラムを提供しています。仕事上、ポンペウ・ファブラ大学の情報工学部の人達とはよく仕事をするのですが、一昨年、この業界で話題になったInteracTableというBjorkのプロモーションビデオに採用されたテーブルを創ったのはこの大学に属する僕の友達です。

ポンペウ大学キャンパスは市内に散らばっているのですが、メインキャンパスはオリンピック村(Villa Olimpica)の近く、動物園の横にあり、セルダブロックを2つ占めています。こんな感じで。





設計はオリオル・ボイーガス(Oriol Bohigas)率いるBMB事務所(Josep Maria Martorell, Oriol Bohigas and David Mackay)。





中はこんな感じ。新市街地のセルダブロックと同様に大きく中庭を取った構成です。向かってガラス張りの右側が講義棟で左側には教授の部屋などが入っています。トップライトが燦燦と注ぎ込む中庭は結構居心地が良い。

ちなみにここの食堂は学食にしては良い質の食事を安く提供していると思います。メインディッシュ一皿と飲み物、パン、デザートが付いて5ユーロだったと思います。うれしい事に部外者でも入れます。

さて、ここからが今日の本題。ポンペウ・ファブラ大学で見るべきは図書館です。この大学には世界一美しい図書館があります。(世界一かどうか知らないけど、僕が今まで見た中では一番美しいと思いますね。)

それがコレ。











14メートルの高さを擁する重厚なアーチが並ぶ空間には荘厳さが漂っています。ただただ圧巻の空間。こんな所ならさぞかし勉強もはかどるんだろうな・・・なんて。





この図書館は1874年にJosep Fontsereによって建てられたDiposit de les Aigues(Water deposit)を改修したものなんですね。Diposit de les Aiguesって何かって言うと、早い話が貯水池です。今では市民の憩いの場として親しまれているシウタデッリャ公園(Parc de la Ciutadella)はその昔、マドリッドの要塞基地に占められていたんですね。そんな抑圧のシンボルを「都市の肺」に変える一大行事が1888年のバルセロナ万国博覧会だった事は以前書いたとおりです。

改修は地元建築家、Lluis Closetと Ignasi Paricio によって1993に行われ始めて、1999年に図書館としてオープンしました。古いものを街の財産として大事に使う文化は見習うべきですね。

この建物の中には図書館機能の他にヨーロッパ歴史学界の重鎮、ジョゼップ・フォンターナ(Josep Fontana)が指揮するポンペウ・ファブラ大学ビセンス・ビベス歴史研究所(Institut Universitari d´Historia Jaume Vicens i Vives)も入っているんですね。スペインに近代歴史学をもたらしたジャウマ・ビセンス・ビベス(Jaume Vicens i Vives)と現代最高の歴史学者Josep Fontanaの名に恥じる事の無い建築だと思います。余談ですがポンペウ・ファブラ大学の一年生は教養として歴史一般の授業を取る事になっています。その時用いられている教科書がフォンターナが書き下ろしたIntroducció l'estudi història (Critical, 1999) です。内容は歴史全般で「鏡の中のヨーロッパ(Europa ante el espejo)」をもう少し分かり易くした感じかな。

僕はこれを読んだ時、「歴史はなんて面白いんだ」と目覚めてしまいました。こんな良い教科書で学ぶ事が出来る学生ってなんて幸せなんだろう。こういう良い本を是非日本語に訳して欲しいですね。

この図書館のアクセスなのですが、この建物自体には入り口はありません。ポンペウ・ファブラ大学の正門から入って、一旦地下へ下りて先ずはジャウマI棟(Edificio JaumeI)に入っている一般図書館(Biblioteca General)から入る事になります。ここから最奥部にある地下連結路を通って中央図書館へアプローチする事となります。

開館時間は月曜から金曜:8:00−午前1:30
土曜、日曜、休日:10:00−21:00
です。
| 建築 | 21:20 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
イグナシ・デ・ソラ・モラレス( Ignasi de Sola-Morales)とテラン・ヴァーグ(terrain vague)
前回、イグナシ・デ・ソラ・モラレスに言及したので今日は少し昔の事を思い出してみようと思います。

イグナシ・デ・ソラ・モラレスは建築史家・思想家として「メトロポリスとは何か」に多大な関心を寄せていました。彼は様々な分野を横断しありとあらゆる領域でありとあらゆる論文を発表していますが、その根底にあったのは「我々の時代における都市、メトロポリスとは一体何か?」、という大変に大きな設問だったと思います。だからその周りに「都市とは何か」を思考するジョセプ・ラモネーダ、「都市とは公共空間である」を謳うジョルディ・ボージャ、後に「UrBANALizacion」で一世を風靡するフランセスクムニョスなどバルセロナの頭脳が集まって来たんですね。

そんな彼の幅広い論考をまとめた書籍がグスタボ・ジリ出版社( Editorial Gustavo Gili,SA)からイグナシ・シリーズとして出版されています。

Ignasi de Sola Morales:Territorios: Barcelona, GG, 2002
Ignasi de Sola Morales:Inscripciones: Barcelona, GG, 2003
Ignasi de Sola Morales:Diferencias: topografia de la arquitectura
contemporanes: Barcelona, GG, 2003
Ignasi de Sola Morales:Eclecticismo y vanguardia y otros escritos:
Barcelona, GG, 2004

その中の一巻、Territoriosに収められているのがAnyplace会議で初披露され世界的に話題になった論文、「テラン・ヴァーグ」です。(この論文は田中純さんによって大変に読みやすい日本語に訳されています。)

「テラン・ヴァーグ( Terrain Vague)」とは、「曖昧さ」、「空虚な」、もしくは「波」といった多様な意味が含まれているフランス語だそうです。(僕はフランス語は知らないので)。この言葉によってイグナシは、都市において諸活動が行われた後に放棄された「空虚な場所」、「見捨てられた場所」ながら、何かしらの気配が濃厚に立ち込めている「空き地」や、曖昧で不安定な「都市空間」を表そうとしました。

“ Son lugares obsoletos en los que solo ciertos valores residuales parecen mantenerse a pesar de su completa desafección de la actividad de la ciudad. Son, en definitiva, lugares externos, extraños, que quedan fuera de los circuitos, de las estructuras productivas. Desde un punto de vista económico, áreas industriales, estaciones de ferrocarril, puertos, áreas residenciales inseguras, lugares contaminados, se han convertido en área de las que puede decirse que la ciudad ya no se encuentra allí.

Son sus bordes faltos de una incorporación eficaz, son islas interiores vaciadas de actividad, son olvidos y restos que permanecen fuera de la dinámica urbana. Convirtiéndose en áreas simplemente des-habitadas, in-seguras, im-productivas. En definitiva, lugares extraños al sistema urbano, exteriores mentales en el interior físico de la ciudad que aparecen como contraimagen de la misma, tanto en el sentido de su critica como en el sentido de su posible alternativa”. ( Sola-Morales, 2002).


「忘れ去られたかのようなこのような場所においては、過去の記憶が現在よりも優勢であるように見える。都市の活動から完全に離反してしまっているにもかかわらず、ここにはほんのわずかに残された価値ばかりが生き残っている。こうした奇妙な場所は都市の効率的な回路や生産構造の外部に存在する。経済的観点からすれば、この工業地帯、鉄道駅、港、危険な住宅地区、そして汚染された場所はもはや都市ではないのだ。」(田中純訳)

例えば、今まで使われていた鉄道駅が新駅に取って代わられる為に廃駅になる事によって取り壊されるのでもなく、そこに依然建っているような状況。そのような放棄された駅はもはや都市のシステムとしては機能していないのだけれども、今までに蓄えられた記憶やソコに違法に入り込む占拠者の活動にこそ、着飾ったのではない本当の都市のリアリティが横たわっているように見える、というわけですね。そんな所にこそ、新しく立て替えられたビルや大きなモニュメントなんかよりも格段に都市の記憶やリアリティを強く感じるというのは誰しも共感出来る事なんじゃないかと思います。例えば郊外のロードサイドショップや広告看板、ホテル郡などが無秩序に広がっている風景なんかですね。

都市の内部にありながらも、都市の日常的活動である生産や消費を行わないという意味においては都市の外部であり、都市のシステムとは異質な存在がテラン・ヴァーグだというわけです。彼はそれを「都市の物理的内部における、精神的に外部的な ( la condicion interna a la ciudad de estos espacios, pero al mismo tiempo externa a su utilización cotidiana, pp 187)」と現しています。

つまりテラン・ヴァーグとは自己内部に潜む他者であり都市の無意識であり、「自己の内なる「他者性」の空間化されたイメージ」なのです。(田中純:ミース・ファン・デル・ローエの戦場)

イグナシが都市の無意識と他者性、そして都市のイメージとリアリティをテーマにした「テラン・ヴァーグ」を発表するのと前後してバルセロナではもう一冊の大変に重要な本が歴史学の分野から出版されました。

ジョセップ・フォンターナ( Josep Fontana)の「鏡の中のヨーロッパ ( Europa ante el espejo)」です。彼はヨーロッパでは最高に評価されている歴史学の重鎮中の重鎮。フランスのアナール学派の影響をいち早く受け、スペインに近代歴史学をもたらしたジャウマ・ビセンス・ビベス( Jaume Vicens i Vives)の弟子であり、今ではビベスの名を冠したポンペウ・ファブラ大学ビセンス・ビベス歴史研究所 ( Institut Universitari d´Historia Jaume Vicens i Vives)の所長を務めています。

そんな彼が1994年に出版したのがヨーロッパの歴史を網羅しつつ、コレでもかというくらい分かり易く書いてある「鏡の中のヨーロッパ」です。フォンターナの冒頭の言葉がこの本のスケールの大きさを物語っています。

ヨーロッパはいつ生まれたのだろうか。

こう問う時、彼の頭の中にあったのは1993年に出版されたポミアン,クシシトフ( Pomian Krzysztof) のL’ Europe et ses nationsであろう事はこの本の訳者である立花さんが指摘されています。

手短に言ってPomian Krzysztofは、ヨーロッパというのは自己と他者を明確に分ける為に外部との境界性を定める事によって形成されてきたと言います。その一方でフォンターナは自己と他者を分ける外部の境界性の存在だけではなくて、その内部にさえも自己と他者を分ける力学が働いてそれがヨーロッパを形成してきたと訴えます。つまり内部の社会システムを保つ為に大衆を野蛮人の地位に押し込める事によってヨーロッパは発展してきたというわけですね。そしてこれこそがゆがんだ鏡に映った自己自身であるというわけです。

このゆがんだ鏡に映った自己自身とは何を隠そう、ヨーロッパの無意識という事だと僕は理解しています。
そしてヨーロッパが歴史的に大衆を野蛮人という地位に押し込める事によって発展してきたという事実は現代都市にも、いや、現代都市にこそ当てはまると思います。特にイグナシが「テラン・ヴァーグ」を発表してから10年余り経った現在では都市の主モーターが変わると同時に、その新たなるモーターの回りに都市の全ての現象が引きずられているように思われる現在ではなお更です。

そんな状況下において、都市は大衆を新たな野蛮人に仕立て上げ、その地位に押し込める事によってグローバル化の中における自身の地位を上げる為にイメージ競争に奔走しているのです。その結果が観光化によるジェントリフィケーションという今我々が直面している大問題なわけです。

その辺の事を考慮に入れて僕が当ブログでシリーズ化したのが「広告都市」論です。詳しくはこちら。この広告都市論は別名、現代都市におけるテラン・ヴァーグと勝手に名付けています。イグナシに是非見せたかった僕の自信作です。
| 大学・研究 | 19:46 | comments(3) | trackbacks(4) | このエントリーをはてなブックマークに追加