地中海ブログ

地中海都市バルセロナから日本人というフィルターを通したヨーロッパの社会文化をお送りします。
博士の学位を頂きました:建築家である僕が、コンピュータ・サイエンス学部でPh.Dを取った理由

先週金曜日(11月25日)、PhD Defense(日本で言うところの最終口頭審査)に合格し、博士号(Ph.D in Computer Science)を取得することが出来ました!

←バンザイ〜、バンザイ〜、バンザイ〜!!

←おめでとうー(祝)

学位論文のタイトルは「建築と都市における人の移動(モビリティ)分析」。都市や人々の活動に関するビックデータとその分析が、建築デザインやアーバン・プランニング(都市計画)にどのような影響を与えるのか(もしくは与えないのか)という問い(Research Question)について、「人の移動(モビリティ)」という観点から検討しました。この博士論文は3本の独立したジャーナル・ペーパー(査読付き論文)から成り立っています:

1.ルーブル美術館来館者研究(Environment and Planning B)

2.バルセロナ旧市街地における買い周り行動分析(Applied Geography)

3.クレジットカード情報を用いたバルセロナ市における人々の買い周り行動分析(Environment and Planning B)

3本ともこの分野における最高峰の国際ジャーナルに採択された論文です(つまりはカンファレンス・ペーパーではありません)。さらに博士論文の章立てとしては含まれてないけど、業績としては下記の2本の論文も国際ジャーナルに採択されました:

4. ルーブル美術館の来館者密度指標の開発(IEEE Pervasive Computing)

5. 携帯電話の電波を用いた新しいトラッキング手法(IEEE Communications)

博士論文提出条件として、上に示した5本のジャーナル論文の他に、欧州委員会とのコラボレーションを通したスマートシティ分野における欧州プロジェクトへの貢献、スマートシティという文脈における日本の自治体(神戸市役所など)や日本企業とバルセロナ市役所との関係強化への貢献、MITとバルセロナ関連機関との関係強化への貢献等、僕がこの5年間で関わってきた全ての活動が評価された上で、博士論文提出が認められました。そしてその提出した博士論文が内部委員会の審議に掛けられ、「最終口頭審査を受ける資格あり」と評価された上で、国内外から集められた専門家3人の前で最終口頭審査(PhD Defense)を乗り切ることによって博士号が授与されるに至ったんですね。

←PhD defense(最終口頭審査)って、てっきり形式的なものだとばかり思ってたら、「これでもか!」っていうくらい突っ込まれて、結構きわどかった(汗)。

当初思い描いていたよりも、長く苦しい道のりだったけど、僕の人生に大きな実りをもたらしてくれた5年間だったと思います。なにものにも代え難い体験、そんな経験をさせてくれた5年間でした。

今日から、Dr. cruasanです。

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↓↓↓「なぜ建築家である僕がコンピュタ・サイエンスで博士号を取ったのか?」、「海外の博士号とは一体どんな意味があるのか?」を書いてたらすごく長くなってしまったので、興味のある人達の為に下記に記しておきました:

僕が海外で博士号を取得しようと思った理由、建築学部ではなくコンピュータ・サイエンス学部で博士号を取得しようと思った理由、、、それはいまから約10年前、バルセロナで目撃してしまった衝撃的な風景がもとになっています。

あれは忘れもしない、バルセロナ都市生態学庁で働き始めて2週間くらい経った日のことでした。まだ右も左も分からない新米の僕が、初めてミーティングの席に呼ばれ、地元の専門家達を巻き込んだ議論に参加する機会を得た時のことです。

そのプロジェクトは22@BCNの歩行者空間化の計画(いまではジャン・ヌーベルのアグバル・タワーやポンペウ・ファブラ大学などが立ち並ぶエリアの基本計画を作ったのは僕達だったりします(地中海ブログ:22@地域が生み出すシナジー:バルセロナ情報局(Institut Municipal d'Informatica (IMI))、バルセロナ・メディア財団(Fundacio Barcelona Media)とポンペウ・ファブラ大学(Universitat Pompeu Fabra)の新校舎))を話し合う場だったのですが、そこに集まった面々を見てビックリ!なんと、そこに集まっていたのは、物理学者や統計学者、生態学者や心理学者といった人達であって、その中に建築家は僕しかいなかったんですね(驚)。「都市空間に関するミーティングなんだから、参加者はみんな建築家だろう」と高を括っていた僕に、先ずは最初の先制パンチ!そしてミーティングが始まると、更に驚くべき光景が展開され始めました。

先ず最初に口火を切ったのは、僕の目の前に座っていた物理学者のJさん。22@BCNエリアに散りばめられたセンサーから集めた大気汚染のデータを持ち出しながら、「バルセロナのこのエリアの汚染濃度はEU基準値の遥か上をいっています、、、」とか話し始めたのですが、正直、「え、センサーってなに?」って感じでした(笑)。

←いまでこそ大気汚染を測るセンサーなんて珍しくもなんともないのですが、10年前にはそんなの聞いたこともありませんでしたから。。。更に追い討ちをかける様にコンピュータ・サイエンティストのBさんが、「皆さん見てください、これはこの地区を構成している全てのお店の位置情報と、それに関する分析結果です」とか言って、これまた全く目にしたことも無いヒートマップ(当時はその地図がなんと言うのかすら知らなかった)を持ち出してくる始末。そうこうしている内に、物理学者であり交通シミュレーションの世界的権威、ジャウマさんが「このエリアのシミュレーションをしてみたんだけど、、、」みたいな感じで、これまた全く見たこともない交通シミュレーションを見せ始めた。。。(実はジャウマさんとお会いしたのは、このミーティングが初めてでした(地中海ブログ:スマートシティとオープンデータ:データ活用によるまちづくりのイノベーション(横浜)シンポジウム大成功!))。

「都市のことを良く知っている都市の専門家=建築家」だと思い込んでいた僕の目の前で、全く知らない風景が展開し、見たこともないデータを用いて、見たこともない分析をしている人たちが存在する。。。膨大な定量データを巧みに操り、それらを実証データとして活用することによって、「データを用いたまちづくり」を実践している人たち。。。

凄かったです。本当に新鮮な驚きでした。なによりショックだったのが、彼らが言っていることに、「建築家とはまた違った説得力がある、、、」ということだったんですね。

だからこそ、僕は心の中でこう思ってしまったのです:

「これはダメだ、、、絶対にまずい、、、このままではアーバン・プランニングや「まちづくり」といった舞台における建築家の役割、建築家の存在意義が無くなってしまう、、、」

……都市は建築家の主戦場です。その主戦場から建築家が撤退せざるを得ない、そんな日が近い将来来ざるを得ないことを、この時のミーティングはハッキリと示していました。そして10年後の現在、それが現実のものとなってしまっていることを、我々は様々な場所で目にしているはずです。

例えば現在ヨーロッパで大問題を引き起こしているAirBNB(日本でいうところの民泊)が良い例かもしれません。僕の視点からいうと、これは都市に関する問題であり、建築家こそが率先して対処すべき問題だと思うんですね。

しかしですね、AirBNBの問題を建築家が扱おうとすると、直ぐに大きな壁にぶち当たります。建築家が提案する政策提言というのは現状分析に基づいています。その現状分析が正確であればあるほど、それに基づいたシナリオはより説得力を増す訳なのですが、逆に言えば、現状分析が曖昧であったり、全く出来ない様な場合、建築家が描く未来はそれこそ「絵に描いた餅」に終わってしまうんですね。そしてAirBNBに関する限り、建築家は往々にして現状分析をすることが非常に困難な状況へと追い詰められてしまうのです。

何故か?

何故ならAirBNBの現状を知る為には、対象都市(例えばバルセロナ市)においてどれくらいの部屋がAirBNBとして貸し出されているのか、どれくらいの需要があり、どれくらいの人たちが何日くらい何処に泊まっているのかなど、ウェブからデータを拾ってくる必要があるのですが、コードが書けない建築家はそれらの情報をウェブから集めることすら叶いません。仮に運良くそれらのデータを拾ってこれたとしても、それらのデータをどうやって分析し、どう可視化したら良いのか、途方にくれるのがオチだと思います。

この様に書くと、「じゃあ、そういう側面はコンピュータ・サイエンス学部の専門家達とコラボすれば良いじゃないか!」と言い出す人がいるかもしれませんし、それはそれで一つの解決方法だとは思います。が、しかし、、、「データ分析の外注」は建築家の創造力・想像力を殺す行為だと僕は思っています。データ分析というのは、生データを自分の手で触りながら整理していく中で、「あー、このデータはこういう傾向があるんだな」とか、「あー、こういうパターンがありそうだ」とか段々と分かってくるものなんですね。それらの過程を一気に通り越して、結果だけ見せてもらっていては絶対に見えてこないものがあると、僕は経験から学びました。

つまりは、都市に関するビックデータが優勢になりつつある我々の社会では、建築や都市計画の知識を有しながらも自分でコードが書けて、適切な分析が出来る人材、その様なプロフェッションが確実に必要になってくるのです。

10年前のあの日、ビーチの真ん前のオフィスで一人思った建築家の将来像、「これからはデータの時代であり、建築家といえどもデータが扱えなければやっていけない時代がやってくる」、、、そう思った時に、それらビックデータを適切に扱い、建築や都市に役立てる専門家になる為には一体どうしたら良いのだろうか?

←これが、建築家である僕が、コンピュータ・サイエンス学部で博士課程を始めようと思った直接のキッカケとなりました。

僕が海外で博士号を取得しようと思った理由はもう一つあります。それは海外ではPh.Dホルダー(博士号取得者)は非常に尊敬され、社会的地位が高いということに起因します。欧米において社会を引率するエリート層というのは、往々にしてPh.Dホルダーであり、博士号を持っていることがその層に属する為の必要条件(十分条件ではない)、もしくはパスだったりするんですね。

はっきり言います。「ヨーロッパにおいて博士号を取ることが出来る人」というのは非常に特殊な人に限られ、この学位は「普通の人が取る学位」とは差別化されています。それがヨーロッパ社会一般に通底している認識です。

この様に書くと、右を見ても左を見ても中流階級の中で生きている日本の皆さんには、「え、なにその階級社会?おかしくない?」とか思われるかもしれません。しかしですね、ヨーロッパ社会というのは基本的に階層社会であり、一部のエリートが残りの平民を導いていくという認識の元に組織されている社会なのです。だから最近日本で良く言われている「格差社会」なんて、ヨーロッパから見たら、結構カワイイものだったりします。

こういう状況に身を置いていると、日本における博士号取得者の地位の低さは世界的に見ても「異常」です。よく「日本の常識、世界の非常識」と言われるのですが、博士号に関してはまさにそれがピッタリと当てはまります。

←が、しかし、「日本の常識」が世界の常識に合わないが為に、常に日本が間違っている、劣っている、、、ということでは決してありません。ただ、博士号に関しては、明らかに日本の常識は世界の非常識だと思います。

ではその違いは何処から来るのか?

それは欧米においては、何の為に博士号を取得するのか、博士号取得者は社会的にどのような地位が与えられるのかなど、博士号とその取得者に対する「社会の覚悟」が、階層社会というコンセプトを通して歴史的に形成されているということが挙げられます。例えば上述したように、ヨーロッパにおいては博士号取得者は社会を統率していくエリートとしての役割を社会が用意してくれていますし、逆にアメリカでは市場主義とでもいうような階層、つまりは博士号取得者が起業してCEOになったりと、大学教授になる以外の道が数多く用意されていたりします。

←ちなみにドイツのメルケル首相が博士号を持っていることや、ヨーロッパの多くの国会議員が博士号取得者であるということ、バルセロナ市役所など自治体職員の幹部の多くも博士号を持っていたりするということも知っておいて損はありません。

←こういう認識を広めていくと、日本の自治体の方々が大好きな「表敬訪問」がいかに馬鹿らしい行為なのか、いかに海外の自治体職員に迷惑がられているかということが良く分かるかと思います。

←海外の自治体職員の幹部はPhDホルダーとして専門職に長年付いている人達なので(日本のようにコロコロ部署を移動したりはしない)、例えば、温暖化問題に対して横浜市役所が何をやっているのか、どんな政策を今まで取ってきて、そこにどれくらい投資をしているのか?また、これから何処へ向かっていこうとしていて、世界的に見た時の横浜市役所の強みは一体なんなのか?という基本情報なんてのは、当たり前の様に熟知している訳ですよ。

←そんな人達に向かって、付け焼刃的な情報を集め、自身の市役所のやってきたことをなぞるだけ、、、というのは時間の無駄でしかありません。

←もっと言っちゃうと、「名刺交換だけして帰る」とか、「名刺交換さえすれば交渉が終わった」といった態度は、海外の自治体職員をこの上なくバカにしている行為なので、今後絶対に止めて欲しいですね。

(あー、話しが脱線してしまった、、、) そんな中、日本はどうかというと、博士号取得者に「一体何を期待しているのか」、「社会は彼らをどう受け入れるのか」等の準備が全く出来ていないにもかかわらず、政策レベルで博士号を増やす、、、という大変不思議な状況になっているように思います。多分、博士号の数=その国の先進性を表す、、、みたいな勘違いをしているのではないでしょうか?

このような両社会一般に浸透しているPhDホルダーの社会的な意味・地位が日本とヨーロッパでは大きくかけ離れている為、欧米における博士号授与の審査と、そこに至るまでの過程は相当厳しいものとなっている、、、という訳なのです。

ちなみに僕は(上に書いたけどもう一度強調しますが)、博士号をもらう為に、査読付きの国際ジャーナル論文5本が必要でした。しかもその分野において「世界的なインパクトを引き起こすことが必須」みたいな(笑)。

←日夜論文執筆に躍起になっている研究者の皆さんなら、ジャーナル論文5本というのがいかに大変な業績であるかが分かってもらえるかと思います。

| - | 17:30 | comments(1) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
バルセロナと長期的な友好関係、協働関係を築きたいと考えている皆さんへ

突然ですが私cruasan、バルセロナの都市計画や都市政策、モビリティやICTといった専門分野におけるバルセロナのキーパーソンとのミーティングのセッティングをコーディネートするサービスを始めようと思います。

←おめでとー(祝)。パチパチパチ。

←なぜ急にこんな事を思い立ったのかは下記↓↓↓に詳しく書きました。

(注意)下記に載せる写真は全て今年の48hオープンハウス(2016)で撮ってきた写真です(地中海ブログ:バルセロナ・オープンハウス2013:その地域に建つ建築(情報)をオープンにしていくということ)。

Barcelona Super computing center

←一言でいうと、バルセロナの都市計画や都市政策の専門家でない人がミーティングを設定したりすると、日本の自治体関係者や政策決定者を「バルセロナのキーパーソンではない、政策なんかとは全く関係ない人」と会わせちゃったりして、これは「双方の都市にとって不利益にしかならない」ということを目の当たりにしたからです。

←もっと言っちゃうと、これは90年代初頭くらいから岡部明子さんがバルセロナの面白さに気付かれ(地中海ブログ:とっても素敵な出会いがありました:岡部明子さんとグラシア地区を歩く)、阿部大輔さんが中心市街地の研究を始められ、僕がバルセロナの公的機関の内部から都市戦略などを実際に担ってきたという様に(地中海ブログ:何故バルセロナオリンピックは成功したのか?:まとめ)、みんなで膨大な時間を掛けて築き上げてきたバルセロナの名声を無に帰す弊害だと認識しました。

Torre Bellesguard (Antino Gaudi)

取り敢えず、僕が想定しているのは次のような方々:

1. 日本の自治体関係者で、バルセロナ市への表敬訪問ではなく、「バルセロナの本音が知りたい」という方々。バルセロナの経験(良い面も悪い面も)を生かして、「自分達の街をより良くしたい」と本気で思っている方々。

2. 大学の研究者などで、都市やモビリティ、ICT分野においてバルセロナの公的機関や研究機関と長期的な視野に立って共同プロジェクトを立ち上げたり、それらの可能性を模索している方々。

3. バルセロナのキーパーソンを日本に招致することによってイベントなどを企画し、政権交代に左右される短期的な関係性ではなく、政治的状況に左右されない長期的な関係性をバルセロナと築きたいと考えている方々。

 

上記の様な方々の要求にお答えしようと思っています。

もっと具体的にいうと、「ICTのセンサー分野で専門家と意見交換したい」とか、「モビリティの分野でバルセロナ市を巻き込んだ長期的なプロジェクトがやってみたい」とか(←プロジェクトが実現出来るかどうかは別)、「バルセロナってスマートシティとか言ってるけど、実際どうなの?」とか、「バルセロナ市役所って何やったの?」などなど、かなり専門的なんだけど、スペイン大使館とかバルセロナ市役所の窓口に頼むと一般的すぎて誰が出てくる分からない、、、という悩みを持っている方々。もしくは、「一旦はバルセロナと協定を結んだんだけど、政権交代で市側の担当者が変わった為に連絡が途絶えてしまった」、「だから政権交代に左右されない長期的な視点に立った安定的な関係性が築きたい、、、」という方々を対象にしたいと思います。

(注意) バルセロナ市役所への表敬訪問を望まれる方や、「バルセロナがどんな分野に興味があるか?」とか、「バルセロナにヒヤリングした上で、うちの方針を決定したい」というような「一方通行的なヒヤリング」を望まれる方は除外させて頂きます。

Diposit del Rei Marti

なぜ僕がこんなことを考えるようになったのか?

←←← いや、前々から思ってはいたし、実際その様な要請は年がら年中受け取ってはいたのですが、僕自身非常に忙しくって自由になる時間がそれほどなく、また、バルセロナ側のキーパーソンとのミーティングの設定には手間暇が掛かることなどから後手後手に回っていたんですね。しかしですね、昨年のスマートシティ国際会議に参加した経験や、最近よく耳にする、旅行会社による「バルセロナ市役所とミーティング設定しますよ」的なスマートシティ視察ツアー、しかも「バルセロナ市役所が返信しないから何とかして!」という訳の分からないメールをひっきりなしに受けるにつけ、「このままではマズイ!」という危機感が僕にそう行動させたと言った方が良いかもしれません。

Can Po Cardona (Jujol)

はっきり言います。

「高いお金(と時間)を支払ってまで遠いイベリア半島の隅っこに足を運んでくれる方々の中には、自治体関係者は勿論、日本の各都市の政策決定者や専門家の方々が多くいらっしゃるものと思われます。だからバルセロナ側もそれ相応のキーパーソンとの会合なりミーティングなりをセッティングしないと、バルセロナと日本の両都市、双方にとって不幸せなことにしかならない、、、」と、そう強く思ってしまったのです!

それが今回、僕がわざわざ多大なる労力を掛けてまでバルセロナのキーパーソンとのコーディネートをかって出ようと考えた始めたキッカケです。

逆に(繰り返しになってしまいますが)、日本政府や自治体関係の方々で「バルセロナ市への表敬訪問が目的」とか、「バルセロナ市とミーティングすることを第一の目的とする」という方々は、スペイン大使館とか日本領事館に連絡を取って頂ければ、そちらからバルセロナ市役所なりカタルーニャ州政府なりに連絡がいき、担当者を介してミーティングの設定などをして頂けるかもしれません(大使館や領事館がそれらを受けてくるかは不明)。

また、建築、都市、都市計画、都市政策、モビリティ、ICT(もしくはこれらに関連のありそうな分野)以外の専門家や専門機関へのミーティングなどを望まれている方々、例えば「ピアノの達人とミーティングがしたい!」とか、「カタラン語の研究者を紹介してほしい」とか他分野への要望もお断り致します。まあ、出来ないことはありませんし、多分それなりに上手くやれるとは思いますが、それらの分野だったら僕以外にもコーディネート出来る専門家がいらっしゃると思いますので、そちらの方々にご連絡をお願いします。 Torre de la Creu (Jujol) 基本的に僕は「僕以外の日本人には出来ないこと、僕にしか出来ないこと」しかお引き受けするつもりはありませんし、他分野まで僕が出しゃばるつもりもありません。 という訳で、都市、建築、都市政策、都市計画、モビリティ、ICT分野でバルセロナのキーパーソンとのミーティングなどを通してバルセロナと長期的な友好関係、協働関係を築きたいと考えている方々、バルセロナの事例を通して、「本気で日本の都市を変えたい!」と思っている方々、ご連絡ください。

Can Negre (Jujol)

←そうじゃない人は、ビーチに行って美味しいパエリアを食べて、夜は生ハムとワインを飲みながらバルサの試合を見ていれば、それはそれで大変有意義なバルセロナ滞在になると思います。ただ、、、日本からわざわざ来たのに、地元で有名だからという理由から「日本食レストランに行く」という間抜けなことだけは止めましょう(苦笑)。

←バルセロナの日本食レストラン、フェラン・アドリアとか行ってるみたいで確かに美味しいことは美味しいんだけど、日本に帰ってその辺の焼き鳥屋で食べた方がマシなレベルだと思います。

追記) 下記に僕がこんな風に考えるキッカケとなった経緯を記します。ちょっと長いのですが、興味がある方はどうぞ:

 

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毎年、スマートシティ国際会議が近づくにつれ、僕のところには世界中の政府機関、自治体、研究者、私企業などからひっきりなしにメールが届きます。これには幾つか理由があって、まず一つ目には僕が所属しているMIT SENSEable City Labの所長、Carlo Rattiさんがスマートシティにおける世界的権威であり、SENSEableはスマートシティのメッカとして知られているということが挙げられます。ちなみにバルセロナが都市戦略としてスマートシティ国際会議を立ち上げた時、そのイベントの権威付けの為に(当時の)主催者にカルロさんを紹介したのは僕です。

もう一つは、labのメンバーの中でバルセロナを拠点として活動しているのは僕一人に限られるということ、そして欧米では僕の名前はビックデータ解析を建築・都市計画・都市政策やモビリティに応用するということに紐付けられている一方で、バルセロナの都市分析、バルセロナモデルの専門家と見做されているという理由が挙げられるかと思います。

Parc de Recerca Biomedica de Barcelona (PRBB)

という訳で、昨年のスマートシティ国際会議にいらっしゃった幾つかのグループの方々に同行することになったんだけど、それらの各グループの構成はこんな感じ(自治体の名前やコーディネーターの名前は伏せます):

1. 欧米の某都市(A自治体):MITの元同僚で都市政策・都市計画を専門としているA市の職員がコーディネーター。

2. 欧米の某都市(B自治体):在B国のスペイン大使館を通してバルセロナ市役所などとのミーティングをコーディネートした模様。 3. 日本人の団体様(職業はバラバラ):地元に長年住む(都市政策・都市戦略などに関しては素人だけど、やる気と熱意は十分な外国人(日本語話す))がコーディネート。

日程をずらしながらも、これら3つのグループに同行しバルセロナ市役所や私企業、ウォーキングツアーなどを体験していたのですが、それら3つのグループを比較することによって、ある重要なことに気が付きました。それは:

「コーディネーターの技量によって、バルセロナ市役所訪問時の担当官が変わるということ。そしてその担当官の説明如何によって、バルセロナへのイメージやその後の協定などに多大なる影響を与えるということ」

です。

Campanar de Sant Maria del Pi

まず、スマートシティ初日にいらしたのは日本人のグループだったのですが、最初の訪問先はバルセロナ市役所の某機関。先ずバルセロナ滞在の初日にココでバルセロナ市の一般的な説明とスマートシティへの取り組みなどの説明を聞きつつ、その後の活動に繋げるというなかなか良く考えられたプランだったと思います。しかしですね、バルセロナ市役所側の担当者から開口一番に出た言葉がこちら:

「ようこそバルセロナへ!あのー、大変残念なのですが、バルセロナ市では5月に政権交代が実施され、それに伴い市役所内のスマートシティ部門は消滅してしまいました。現場の担当者である我々も、スマートシティに関してバルセロナ市が何処へ行こうとしているのか、何がしたいのか分かりません。大変混乱しています」

正直、僕は自分の耳を疑いました。心の中で、「え!!!!」って思いました。更に、その担当官が説明し始めたバルセロナの紹介がかなり酷い!はっきり言って素人同然、、、っていうか、あとで話してみたら経済学のバックグラウンドを持つ公務員のかただったので都市に関しては素人だったのですが(←別に全ての人が都市のプロになれるという訳ではないので、それはそれで良いのですが、、、)、それにしてもスマートシティ国際会議に出席することを目的にいらっしゃった方々に対して、「上述の説明はないな、、、」と本気で思いました。

Torre de la Creu (jujol)

しかしですね、その2日後に今度はA自治体の方々と同じ機関、同じ場所で説明を受けたのですが、その時に担当官として出てきたのは僕も良く知っているバルセロナ市役所のキーパーソン。もちろん彼はバルセロナ市の状況を大変良く理解していて、バルセロナの現状からスマートシティへの取り組みに至るまで、短時間で見事に説明してくれました(どうやら都市政策の専門家であるA自治体のコーディネーター(友人のV君)が事前に調べて彼を指名したみたいです)。僕が最も感銘を受けたのがスマートシティに関する彼の下記の説明です:

「バルセロナ市では5月に政権交代があり、スマートシティに関しても現政権は前政権とは異なる見解を示しています。私が考えるに、スマートシティは何層ものレイヤからなっています。最下層にはセンサーなどのインフラがあり、上層レイヤには文化活動などがあるといった具合です。前政権では、このインフラ整備にかなり力を入れていました。センサー技術といった最新技術に多大なる投資をしていたのです。しかし現政権はそうではなく、上層レイヤにあたる文化活動や市民活動などに力を入れる政策を打ち出しています。同じスマートシティといっても、現政権と前政権では捉え方が異なるのです。この状況に適合させるために、市役所内部では部門のリストラクチャリングを行っている最中です」

そう、こういう風に説明されると、「あー、そうか、スマートシティの捉え方が違うんだなー」と納得するわけですよ。いきなり、「スマートシティ部門は潰れました」とか言われると、はっきり言ってやる気が無くなるし、バルセロナに初めて来た自治体の方々で事情をうまく飲み込めない方々は、「あー、そうなのか、じゃあ、バルセロナとは今後何も出来そうに無いな、、、」とか思ってしまうじゃないですか!

Campanar de Santa Maria del Pi

繰り返しますが、このA自治体のグループをコーディネートしていたのはMITの僕の元同僚で、もともと都市計画や都市政策を専門としていたV君。現在はA自治体で働いているんだけど、僕がバルセロナの専門家だということで時々連絡を取ってアドバイスをしていたという裏事情は勿論あります。だから流石にポイントを良く押さえていて、都市再生やスマートシティの取り組みに関して「バルセロナでは何を見なければならないのか?」、「誰と合わなければいけないのか?」、「政策決定者には誰と話をさせて、何を見せなければならないのか?」などを熟知している訳ですよ!

Can Negre (Jujol)

ちなみに彼に頼まれて僕がA自治体の方々を案内させて頂いたのが、グラシア地区の歩行者空間プロジェクト(地中海ブログ:グラシア地区祭り:バルセロナの歩行者空間プロジェクトの責任者だったけど、何か質問ある?)と、バルセロナ市のバス路線変更計画を指導したバルセロナのキーパーソン(地中海ブログ:バルセロナのバス路線変更プロジェクト担当してたけど、何か質問ある?バルセロナの都市形態を最大限活かした都市モビリティ計画)。

Font Magica de Montjuic

更にこのグループはバスク地方にも関心があるということで、グッゲンハイム効果で都市再生をした「ビルバオではなく」、欧州の都市再生の専門家の間では非常に知名度の高いビトリア市へ視察に行き、そこの専門家集団と意見交換をしました。ちなみにビトリア市のスマートシティ計画には2007年頃から僕も参画していて、2010年には欧州グリーン賞を受賞しています(地中海ブログ:グラシア地区歩行者空間計画BMW賞受賞)。もちろんミーティングのセッティングを手伝ったのは僕です。

Torre de la Creu (Jujol)

その一方、日本のグループの方々はというと、上述のバルセロナ市役所から充てがわれた無茶苦茶な説明を聞いた後、バルセロナ市が売り出し中のスマートシティのモデルと言われている(←言われているだけです)22@エリアを「時間がない」という理由からチョロっと見るに留め、早足でビルバオとサンセバスチャンへ視察に行かれました。それ自体はそれほど悪いことだとは思いませんが、「ビルバオ市の都市再生の裏側にはキチンとした都市戦略が構築されていて、ビルバオ市は決してグッゲンハイム効果だけで蘇ったのではない」ということ(地中海ブログ:バルセロナの新たなる都市戦略:ビルバオから学ぶバルセロナ都市圏再生の曙)、サンセバスチャンの食(ガストロノミー)を打ち出した都市戦略が「伝統ではなく」、明らかに戦略的に誘致されたものであり、それを仕掛けた仕掛け人と政策担当者といったキーパーソンがいるということを、この企画をコーディートした方が知っていたかどうか?は知りません。

Torre Bellesguard (Antoni Gaudi)

更に更に、このグループの方々は、最終日にバルセロナのスマートシティの具体例として、グラシア地区や22@エリアではなく、近郊のサンクガット市を視察に行かれました。個人的にサンクガット市は大好きな町ですし、僕もお世話になっている素晴らしい日本人建築家のかたも在住されています。また、あの街に設置されているゴミ箱に付けられたセンサーからの情報取得システムは、2005年からバルセロナ市役所内で結成された専門家グループ(僕も参画しました)がスマートシティの文脈において企画提案し、開発に成功したものを採用しているので個人的によーく知っています。

Barcelona Supercomputing center

しかしですね、サンクガット市はスマートシティの好例なのかどうなのか、わざわざ日本から来て観に行くほどの取り組みをしているのかどうなのかは疑問です。「いやいや、サンクガット市はスマートシティの最高の事例だ」とか、「サンクガット市は欧州におけるスマートシティのモデルだ」ということを主張している論文や具体例、はたまたそういう専門家のかたがいらっしゃったら是非ご連絡ください。

←当ブログで真っ先に取り上げたいと思います。

Font magica de Monjuic

、、、と、まあ、書き出すとキリがないほど突っ込みどころが満載だった今回のグループ訪問だったのですが、一つだけ確信したことがありました。それは:

訪問者の方々がバルセロナ市に対して持たれる印象は、どこに連れて行くのか、そこで誰とのミーティングを設定するのかに掛かっている」

ということです。つまりは、コーディネーターの力量に全てが掛かっているということなんですね。

こういう観点に立つと、バルセロナの都市の専門知識やバルセロナ市のキーパーソンについて、日本人で僕より知識のある人、上手くセッティング出来る人は「そうはいないのでは?」と思うに至りました。僕が知る限り、日本人建築家でバルセロナ市のことを深く研究している専門家は僕を入れて3人しかいません。僕以外の2人の方々はそれぞれ大変素晴らしい方々で、知識も経験も豊富、僕もいつも学ばせて頂いていますので、バルセロナ訪問に関してはそちらの方々にご相談されても良いかもしれません。

、、、と、ここまで長々と書いてきてしまったのですが、何が言いたいかというと、(繰り返しになってしまうのですが)日本からわざわざ高いお金を払ってバルセロナに来ているのだから、この都市をもっと好きになって欲しいし、日本の自治体や日本人研究者の方々との間に、もっと長期的な友好関係を築けたらと思うわけですよ。

僕はバルセロナが大好きです。だからこの街のことを少しでも多くの日本人の皆さんに知って頂きたいし、この都市に実際に滞在してもらって好きになってもらいたい。また、バルセロナは非常に歴史ある街で、いままで様々な経験をしてきています。その中にはまだまだ我々日本人には知られていないけれども、日本に適応可能な政策やプロジェクト、はたまた今後の日本にとって大変示唆的な実験などを都市レベルで行ってたりするんですね。

(くどいくらいに繰り返しますが)バルセロナのスマートシティに関して何を見るべきか、バルセロナの都市戦略について誰と話すべきか、バルセロナの都市再生について具体的に街の何処を見るべきか、という判断を正しく下す為には、専門知識もさることながら、地元の公的機関の内部事情に詳しく、スペイン民主化以後のバルセロナの政治状況などが良く分かってないと効果的・効率的なミーティングなどは絶対に出来ません。

もしバルセロナの成功事例、そして失敗事例を探されていて、それを日本の都市再生に役立てたい、日本のスマートシティに役立てたいと真剣に考えていらっしゃる方々とお話しすることが出来たら僕も本望です。

| - | 16:43 | comments(1) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
神戸市とバルセロナ市の連携プロジェクト
今年(2016年)6月、神戸市とバルセロナ市の連携プロジェクト:「まちづくりICTをテーマとするデータビジュアライズの国際ワークショップ」をバルセロナにて開催します。
←お申し込みはこちらからお願いします。
 

 
この企画の目的はズバリ以下の2点:
 
1. バルセロナ市のオープンデータ・ビックデータ分析とその政策手法を、参加型ワークショップを通して実際に体験してもらうこと。
 
2. バルセロナ市におけるオープンデータ・ビックデータ政策関連部署・機関を訪問することによって、バルセロナ市役所の政権交代に左右されない長期的な関係性を築くこと。
 
 
 
スマートシティの分野でトップを走るバルセロナは、オープンデータの分野でも世界的なリーダーと見做されています(バルセロナのスマートシティ政策についてはこちら:地中海ブログ:スマートシティとオープンデータ:データ活用によるまちづくりのイノベーション(横浜))。都市に関する様々なデータを非常に使いやすいフォーマットで提供し、それらを市民の皆さんに自由に使ってもらうことによって新たなる価値を生み出そうとしているんですね。

かくいう僕も、バルセロナ市に関する研究論文を執筆する際などは、バルセロナ市役所のオープンデータカタログから関連データを持ってきて、それを元に分析を進めることが多々あります。というか、それに慣れてしまっている状況下では、他都市の分析などを頼まれた際、「その都市に関するデータがオープンに使えるようになっていない」ということに違和感すら感じるようになってしまいました
←俗にいう職業病かもしれませんが、、、(苦笑)。
 
 
 
そんな雰囲気が漂うバルセロナにおいては、これら無償のデータを個人レベルで勝手に分析してみたり、それらを視覚化(ビジュアリゼーション)することによって、「自分たちが住んでいる都市への新しい見方を発見しよう」だとか、「自分たちが住んでいる地区の地域問題を浮き彫りにしよう」という動きが、それこそボトムアップ的に市民の間から現れるようになってきたんですね。
 
更に、それら市民側から上がってきた分析結果を踏まえ、バルセロナでは自治体側がそれらの提言を受け入れながら市の政策に反映させるという好循環が出来つつあります。
 
 
 
「このようなサイクルが何故生まれてきたのか?」、「それは具体的にどのように行われているのか?」、「バルセロナ市役所は何故そのような、「データをオープンにするといった政策」に踏み切ったのか?」、そして「市民はこれら自治体の動きに対して実際はどう思っているのか?」
 
それらの疑問に答える為、今回はワークショップという形を取って、実際にデータに触れてもらうことでより良く理解してもらおうと考えました。具体的には、バルセロナ市が提供しているオープンデータを使って、それらを視覚化してもらい、それを元に現地の人達の前で発表。その上で、自治体関係者とのグループワーキングなどを通して、オープンデータ活用先進都市、バルセロナのやり方を身を持って学んでもらおうというのが今回の趣旨となっています。
 
 
 
今回はバルセロナ市役所情報局(IMI)とバルセロナ自治大学(UAB)の全面的な協力のもと、在バルセロナの多くの公的機関・私企業などを巻き込みつつ、講演会を含む様々なプログラムを組んでいます。マニュエル・カステル率いるカタルーニャ・オープン大学(UOC)のICTと社会学研究グループもサポーターとして参加してくれたり(地中海ブログ:東さんの「SNS直接民主制」とかマニュエル・カステル(Manuel Castells)Movilizacionとか)、最近日本でも出版された「俗都市化ありふれた景観グローバルな場所」の著者であり僕の元同僚、フランチェスク・ムニョス氏が在籍するバルセロナ自治大学地理学部も参加してくれる予定です。
 


それらワークショップに加え、バルセロナ在住15年の僕が、「この機関こそ、はるばるバルセロナに来てくれた日本人の皆さんが見なければならない公的機関!」という部署を厳選し、それら各機関を回りつつ責任者などに話を聞くプロフェッショナル・ツアーを同時に開催します。そのツアーには、バルセロナのオープンデータ戦略やe-Government戦略を根本から創り上げたバルセロナ情報局、ビックデータという言葉が巷に現れるずっと以前から、まちづくりにビックデータを活用した政策提言を行ってきているバルセロナ都市生態学庁、バルセロナのスタートアップ政策を一手に引き受けているバルセロナ・アクティーバと22@エリアの街歩きなどを予定しています。
←若干の変更があるかもしれません。
 


このようなワークショップやプロフェッショナル・ツアーを通して、バルセロナの政権交代に左右されない長期的な関係性の構築を目指します。また、EU関連機関や欧州委員会などを巻き込むことによって、今後の欧州プロジェクト(Horizon 2020)の立ち上げも視野に入れています。
 


僕が知る限り、今までこのようなプログラムが行われたことは、バルセロナでは勿論、欧州レベルでも無かったのでは?と思います。
 
それはひとえに、現地のキーパーソンを見極め、それらの人達ときちんとコンタクトを取り、実のあるミーティングをセッティングすることの出来る人材不足にあります。世界広しと言えど、欧州の自治体レベルの都市計画やICT政策に深く入り込んだ日本人はそれほど多くはないのが現状なのです!
 


それ故に、日本の自治体の方々は、毎年3月、もしくは9月頃集中的にヨーロッパ都市へ視察にみえるのですが、往々にしてそれらの視察は表敬訪問に終わってしまったり、ある特定分野における覚書きなどに留まってしまっているんですね。
←まあ、それはそれで大変有意義なアクションであることは間違いないとは思うのですが、それら表敬訪問や覚書きの問題点は、政権交代でバルセロナ市側の担当者が変わる度に連絡が取れなくなり、いつの間にかその関係性が消えてしまう、、、という点に尽きます。
←そうすると、それらのプロセスをもう一度初めからやり直さなくてはならず、それが4年毎に永遠と続く事となり、その為だけに莫大な税金がつぎ込まれることになるのです。
 


しかしですね、在バルセロナ15年の僕の経験と知識、そしてバルセロナの公的機関で働いてきた間に構築してきた個人的な関係性を駆使すれば、バルセロナ市との長期的な関係性を築くことが可能です。それは大変難しいチャレンジだとは思うのですが、僕がコーディネートすれば不可能ではありません。
 
今回企画した神戸市役所とバルセロナ市役所連携プロジェクトは、そのような長期的な関係性を築くという観点に立ち、「両都市にとって有益なものにしたい!」という一心で立ち上げたものです。
 
参加者の方々を始め、両市にとって実りあるものとなることは間違いありません。皆さん、ふるってご参加下さい!

追記(517日):
2日間に渡る今回の神戸バルセロナ国際ワークショップを開催する場所が遂に決定しました!!!
その場所は、、、、な、なんと、、、サグラダファミリアに対峙するサン・パウ病院内にあるCasa Asia(カサ・アジア)でーす。
 


 
サンパウ病院(Hospital de la San Pau)は、ガウディのライバルであり当時のスペイン建築界の巨匠でもあったリュイス・ドメネク・イ・ムンタネール(Lluis Domenech I Montaner)がデザインした、カタルーニャ音楽堂と肩を並べるカタルーニャが誇るモデルニスモ建築の傑作中の傑作です(地中海ブログ:リュイス・ドメネク・イ・ムンタネール(Lluis Domenech i Montaner)によるモデルニスモ建築の傑作、サンパウ病院(Hospital de la San Pau):病院へ行こう!どんな病気も直ぐに治るような気にさせてくれるくらい雰囲気の良い病院、地中海ブログ:国際博物館の日(International Museum Day):世界屈指のロマネスク美術コレクションが凄いカタルーニャ州美術館(MNAC))。
 

 
 
ちなみにサン・パウ病院は世界遺産に登録されていたりします。
 

 
 
ということはどういうことかと言うとですね、、、そうなんです!!!今回のワークシップはなんと、「世界遺産の中で行われるワークショップ」ということなんですね!
↑↑↑
自分で言うのもなんだけど、これはちょっと凄いことだと思います。世界遺産の中でワークショップをする機会なんて、そう滅多にあるものではありません。




このような素晴らしい場所を提供してくださったカサ・アジアに感謝感謝です!!

| 仕事 | 17:08 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
グラシア地区歩行者空間計画BMW賞受賞
大変嬉しいニュースが飛び込んできました。以前僕が担当していたバルセロナのグラシア地区歩行者空間計画がBMW賞を受賞しました!BMW賞というのは、優れた都市計画などに贈られる賞として、都市計画のメッカであるバルセロナは勿論の事、スペイン中の建築家や都市計画家達が「今年はどのプロジェクトが選ばれるんだろう?」と、固唾をのんで見守っている賞の事なんですね。この賞が何故これ程注目されるのかというと、その年の受賞プロジェクトが、ある種の「モデル」として、他の都市のお手本にされるという背景が少なからずあるからです。



グラシアの歩行者空間計画については今まで散々書いてきたのですが、手短に言うと、自動車の排気ガスや騒音に塗れまくっていた地区を歩行者中心で緑溢れる地区に変えちゃおうっていう、当時としては大変画期的な計画の事です(地中海ブログ:グラシア地区祭り:バルセロナの歩行者空間プロジェクトの責任者だったけど、何か質問ある?)。まあ、それが故に、当時は近隣住民からの反対が凄くって、毎週末の様にデモが行われたり、「バルセロナ市役所は何も分かってない」みたいなプラカードを乱立させられたりと、計画が終わる直前まで気が気で無いプロジェクトでした。

その後、アスファルトの舗装や信号機の調整、そして植栽など全ての計画が完了した後の歩行者の実態調査とその分析も引き続き僕が担当してたんだけど、その調査結果によると、このエリアを訪れる歩行者と自転車の数が劇的に増加して、更に個別インタビューを行った所、近隣住民を始め、商店の人達などの満足度が以前に比べて伸びている事などが分かってきました。当然と言えば当然で、と言うのも、歩行者が増えれば商店の前を通る人の数が増加し、それだけ売り上げに結び付く「可能性」が高まるからです。

この計画を皮切りに、バルセロナ市内では22@地区の歩行者計画(地中海ブログ:22@地域が生み出すシナジー:バルセロナ情報局(Institut Municipal d'Informatica (IMI))、バルセロナ・メディア財団(Fundacio Barcelona Media)とポンペウ・ファブラ大学(Universitat Pompeu Fabra)の新校舎)、そしてヨーロッパにおいて最もサステイナブルな都市の一つとして知られている(というか、日本ではさっぱり知られていない)バスク地方のビトリア市でも、次々とこの歩行者空間計画を採用し始め、僕もこれらの計画に駆り出される事となったんだけど、ビトリア市の計画なんかは今思い返してみても「結構良く出来てたなー」なんて思ったりしちゃいます(地中海ブログ:フランクフルト旅行その3:広告としての緑の都市計画)。



都市内を歩行者空間にするだけでなく、都市を取り巻く様に「緑の指輪」を創り出す事によって、都市の境界を明確にすると同時に、際限無いアーバニゼーションを抑制しつつ、更にはそのエリアを緑溢れる公園として解放するという計画を立案、そして実施したんですね。

これらの計画に見られるように、今、ヨーロッパの諸都市では明らかに自動車を都市から追い出し、そして歩行者中心の都市に移行していこうという意図が見られます。勿論これはそんなに簡単な話ではなくて、自動車というのは(ある意味)都市経済を回しているモーターでもある事から、それをあまりにも排除してしまうと、今度は都市の経済活動が停滞してしまうという、ある種の矛盾をも抱えているからです。

故に歩行者空間を計画する際に重要だと思われるのは、都市という大きな枠組みの中において、「どの地区をどういう位置付けにしたいのか?」という、都市全体から見た時の都市戦略だと思います。それが全てであり、今までのバルセロナの都市計画における成功の鍵はそこにあったと言っても過言では無いと思います。

何はともあれ、嬉しいニュースでした。

追記: バルセロナのレストラン情報で書こうかと思ったけど、書く程でもないのでココに書いちゃおう。昨日友達に連れて行ってもらったレストランで、生まれて初めてエスカルゴを食べました:



初めは、「ぎゃー」とか思ったんだけど、食べてみたらこれが意外に美味しかった。普通のエスカルゴみたいに大粒ではなくて、カタルーニャ特有の小さいサイズのカタツムリ。バルセロナに来られたら、一度試されてみるのも悪くはないかも。
| スペイン都市計画 | 07:48 | comments(10) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
スペインを代表する現代アーティスト、ミケル・バルセロ(Miquel Barcelo)の展覧会:La Solitude Organisative
今週金曜日からバルセロナではモンジュイックの丘にある銀行系の文化施設カイシャ・フォーラム(Caixa Forum)にて、スペインを代表する現代アーティスト、ミケル・バルセロ(Miquel Barcelo)氏の展覧会、Miquel Barcelo 1983-2009, La solitude organisativeが開催されています。



例のごとく、全く関係無い話から始めたいと思うのですが(笑)、バルセロナにはミケル・バルセロという名で知られている人物が少なくとも3人います。一人目は政治家で22@BCNの会長を勤め、La Ciutat Digitalなどの著作もあるミケル・バルセロさん。今は確かFundacio b_TECの会長だったかな。2人目はカタルーニャ工科大学の教授であり、工科大学サステイナビリティ顧問にしてヨーロッパSF賞の創設者でもあるミケル・バルセロさん。そして3人目が今回紹介するアーティストのミケル・バルセロさんなんですね。個人的にはカタルーニャ工科大学のミケル・バルセロさんとは昔から仲が良いのですが、最初の内はえらくとまどいました。「え、ミケルさんってSFにも詳しくて、情報学部の教授なのにアートもやってるんですかー!!!」みたいな(地中海ブログ:
カタルーニャとSF)。

そんなどうでも良い話は置いといて、今回の主役である現代アーティストのミケル・バルセロ氏の近年の活躍ぶりには目を見張るものがあります。最近話題となった所では、約22億円(1850万ユーロ)をかけて2008年に完成したジュネーブ(Geneve)の
国連欧州本部の人権理事会Human Rights and for the Alliance of Civilisations at the United Nations, Geneva本会議場「Room XX」の天井装飾なんかは非常に有名ですよね。



「海と洞窟、それは表面性と内面性を表しているが、その基本的な宇宙観をまずは表現したかった。垂れ下がった鍾乳石のような形は、赤、黄、紫など、色も
形も1つとして同じものはない。それはまるで、人権委員会に集まる異なる言語と異なる意見を持つ人々のようだ」 ミケル・バルセロ

ナルホドなー、上手い事言うなー。こんなコンセプトの下、様々に彩られた氷柱をどう表現するのか?など技術的な安全性の問題なども含めて約1年間アトリエで研究し、その後13ヶ月かけて創り上げられた傑作がこの天井装飾だったんですね。ちなみに下記の写真は当時何度となくスペインで報道されたものなんだけど、絵の具を天井に吹き付ける際に、ガスマスクをして作業に当たっている様子を撮影したものだそうです。



この傑作が世界中に発表された時のスペインメディアの騒ぎようと言ったらすごいものがあったんだけど、まあ、アートと言うのはその国の成熟度を測る指標であり自国のアイデンティティを確立する為の道具として政治的に利用されてきたという歴史的事実を考えれば特に驚くべき事でも無いかな(地中海ブログ:
パリ旅行その8:公共空間としての美術館。つまりアートって言うのはある意味、広告的な側面を持っていると言う事です。だからこの作品の制作費22億円の内、約半分をスペイン政府が負担していると言う事も、まあ、当然と言えば当然か。

さて、ミケル・バルセロ氏のアーティストとしての名声は今やヨーロッパ中に知れ渡り、世界のアートシーンの第一線で活躍するアーティストの仲間入りを果たしたと言っても過言では無いんじゃないかと思うのですが、その反面、実は日本では驚く程知られて無いんじゃないのでしょうか?ちなみに今、ウェブで関連情報を調べてみたんだけど、日本語では殆ど出てこない・・・。辛うじて
ピカピカさんがフォローしているくらいかな(さすがピカピカさん!)



ミケル・バルセロは1957年、スペインのマヨルカ島に生れました。マヨルカ島って、今はヨーロッパ屈指の観光リゾート地として有名なんだけど、実は昔からショパンやジョルジュ・サンド、もしくはミロなどと言ったアーティストを育んできた地でもあるんですね。そしてミケル・バルセロに関して言えば、このマヨルカ島という地が、実は彼のアーティストとしての才能や彼の作品に多大なる影響を与えているのでは?と思われる節がしばしば見受けられます。


今回の展覧会ではそんなミケル・バルセロの比較的初期の作品から昨年のヴェネツィアビエンナーレに出展され大きな話題となったゴリラの絵(La solitude Organisative)など180点が集められ、彼のアーティストとしての軌跡が辿れるようになっているのですが、この展覧会を訪れて先ず驚かされるのは、彼の作品のバリエーションの広さなんですね。




抽象画は勿論の事、水彩画やタピエスの伝家の宝刀である、様々な素材を画面に貼り付けていく事で立体的な3次元を構成していく様な作品、はたまた彫刻などまで、彼のアーティストとしての許容力の幅広さを見せ付けられる展覧会となっています。




展覧会場の入り口には、昨年パリのグラン・パレ国立美術館でも展示されていたゾウがひっくり返った彫刻が我々を出迎えてくれます。見た瞬間、「何でゾウなんだ?」って言う疑問が沸いてくるんだけど、現代アートの知識が恥ずかしいくらい無い僕にはそんな疑問に答えられる余地全く無し(悲)。まあ、現代アートって言うのは、その本質的な所は「コンテクスト読み」にある訳で、そういう意味においてこれだけ複雑になってしまった現代アートのコンテクストを読み切れる人間が世の中に一体何人いるんだろう?って事も思うんですけどね。そんな訳で、今回は僕のアンテナに引っかかった作品だけを、(何時ものように)僕の独断と偏見で(笑)紹介したいと思います。先ずはコチラ:




2003
年に出たスペイン版のダンテ神曲(Dantes Divine Comedy)の挿絵シリーズです。ダンテ神曲に関しては、その内容が様々な想像力を刺激する事から、今まで沢山の芸術家達によってイメージの解釈が出ています。ロダンの地獄の門とか、日本人にはお馴染みの作品もその内の一つですね(地中海ブログ:パリ旅行その5:カミーユ・クローデル(Camille Claudel)の芸術:内なる感情を全体で表している彫刻作品、もしくは彼女の人生そのもの)。ミケル・バルセロのダンテ神曲シリーズは合計24点で全てアクリルで描かれてるんだけど、人間の苦しみとか悩みとか、そんなものが本当に良く表現されてて、直に心に伝わってくるかのようです。アクリルと言う比較的単純な画法で、ココまで人間の内側に迫れると言うのはちょっと凄い。



これなんて、この光の玉(魂?)の中に人間のエネルギーが満ち溢れているようでいて、しかし同時にそこには何かしらの「儚さ」も感じさせられるんですね。そう、まるでそれら相反する2つの力が共存しているかのような・・・。




これなんて、アクリルでサッと描いただけなんだけど、人間の苦悩が本当によく表現されている。2年程前に見たスロベニア出身の画家、ゾラン・ムジチの作品群も人間の「恐ろしさ、おぞましさ」にかけては秀でたものがあったんだけど、このシリーズもナカナカ見ごたえがあります(地中海ブログ:
ゾラン・ムジチ展覧会:ダッハウからヴェネチアへ ( Zoran Music: De Dachau a Venecia))。ちなみにミケル・バルセロのこのシリーズは2004年にルーブル美術館で展覧会が行われ、大成功を収めたそうです。納得の質!そしてコレなんかも目を奪われました:



エイを題材にした作品なんだけど、海の底で静かーに獲物を待っているかのような、「気迫」みたいなものがマザマザと伝わってくるかの様な大変力強い作品です。ヒョロっと伸びたエイの尻尾と重く鎮座する体とのバランス、そしてそれによる視線の移動、空白が空白に見えない構図の素晴らしさ・・・見れば見るほど、良いなー。そして今展覧会の主役とも言うべき作品がコチラです:




2009
年のヴェネティアビエンナーレ、スペイン館に出展されたLa Solitude Organisativeと言う作品です。見ての通り、ゴリラが一匹コチラを向いて座っているだけの作品なんだけど、これまた不思議な作品ですね。



このゴリラ、確かな存在感があるかと思いきや、今にも消えて居なくなりそうな儚い存在感をも醸し出しています。そんな、存在と非存在の間にいる存在、それがこのゴリラかな。
今までミケル・バルセロと言えば、動きのあるダイナミックな作品の印象が強かったんだけど、このゴリラは全くその逆。いや、存在感がある事では今までの作品と同じ系譜に載っているんだけど、それだけじゃない「何か」がある気がする。そしてそれがあるが故に、僕達の想像力/創造力を刺激し、魅力的な解釈へと導いているのかも知れません。

この展覧会、2011年の19日までだそうなので、バルセロナに観光に来られた方々には是非お勧めです。入場無料ですし、ミースのバルセロナパビリオンの真ん前ですし、スペインの現代美術に浸る良い機会なのでは?とも思います。
| スペイン美術 | 08:21 | comments(2) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
バルセロナの中心市街地で新たな現象が起こりつつある予感がするその1:ジェントリフィケーションとその向こう側
バルセロナという都市は、その着実な都市戦略と秀逸な都市再生計画において、欧州の中でも他都市の「再生モデル」に足り得る存在として、常にトップを走ってきました。1987年に米ハーバード大学から授与された都市デザイン賞や、それまでは個人にしか与えられていなかった英国の国立英国建築家協会(RIBA)賞が初めてバルセロナという都市自身に贈られるという名誉まで授かった程なんですね(詳しくはコチラ:地中海ブログ:EUプロジェクト、ICING (Innovative Cities for the Next Generation)最終レビュー、地中海ブログ:それでも恋するバルセロナ:ヴィッキー・クリスティーナ・バルセロナ(Vicky Cristina Barcelona)その2:都市のイメージ)。

バルセロナに限らず、ヨーロッパの諸都市は20世紀の最後の20年くらいを都市再生に重きを置いて凄まじいまでの努力をして来たと言えると思うのですが、その成功の鍵と、成功の度合いを測る「指標」となるのは、歴史的中心市街地においてであると言われています。

“ヨーロッパでは、「都市戦略の真価は、空洞化した歴史中心地区で試される」とよく言われる。”
岡部明子「サステイナブルシティ、EUの地域・環境戦略」、P18


何故か?

何故なら歴史的中心地区には現代都市が抱える諸問題が凝縮されているからです。バルセロナの例を見ると、今でこそランブラ・デ・ラバル(Rambla de RAVAL)とかピカソ美術館の辺りなんて言うのは、押しも押されぬバルセロナの人気観光スポットになっているのですが、僕が来た当初(つまり今からほんの数年前までは)「絶対に近寄っちゃダメ区域」に指定されていたくらいです。

ヨーロッパ都市というのは、このような「負の面」を歴史的中心地区のどこかに必ず持っています。そしてそのエリアを上手い事観光ルートから外したり、覆面を被せる事によって観光客なんかには見せない様に努力してるんだけど、賑やかな観光通りから一本奥に入っただけで、その都市のドロドロとした所が見えて来たり、中世を再現した様な完璧な歩行者空間の合間から「ちらっ」と暗闇を覗くと、そこに風通しの悪そうな不快感度150%くらいの密集地域があったりするのがヨーロッパの都市なのです。

このような棲み分け、「華やかな観光」と「貧困層」が隣り合わせに共存している状態はどのように作り出されたのでしょうか?

人類というのは何時の時代も自分を正当化する為に、自身を映し出す鏡として悪者を創り出してきました。中世においてはそれが「蛮族」であったり、「魔女」であったり、「悪魔」であったりしてきた訳で、それらが入ってこれないような城壁を築き上げる事で敵の侵略から己を守ってきたのです。
現代都市がやっている事も実はコレと全く同じで、「蛮族=貧困層」が入って来れない「見えない現代の壁(境界線)」を取り決めて、その中に資本を集中投下する事によって、「見かけだけ」都市の顔をキレイにしてきたんですね。現代の都市再生とはそういう事です。





近年のグローバリゼーションが作り出したこのような二極化の本質は、上述の写真の中で起こっている事と全く同じであり、現在都市で行われている事も、本質的には変わらないと言っても過言では無いと思います。

この空間(上の写真)には2つのクラスが存在しています。一つは暖房の効いた オフィス内で働くホワイトカラー。もう一つは空間の外で危険を冒しながらガラスを拭いているブルーカラーの労働者。同じ空間に属しながらもこの2つのクラ スの間には見えない深い溝が存在しているんですね。この仕切り(ガラス)はとても薄く透明であるにも関わらず、決して乗り越える事の出来ない壁な訳です。

さて、現代都市に話を戻すと、都市には蛮族を排除する「正当な理由」が存在しました。それは観光を促進する事で新たなる雇用を作り出す事と、都市に多額の外貨を落としてもらい、都市の歳入を増やすと言う二つの言い訳です。そして都市の中で一番観光客を引っ張ってこられる場所、観光客の視線が最も向く場所、それが歴史的中心地区であった訳です。

(そして同時に、ここには市当局の都市に対する価値観の変化が如実に読み取れます。つまり、戦後、「無価値」と烙印を押した歴史的中心地区に、「観光という魔物を引き寄せるだけの価値がある」と認識し始めたターニングポイントがあるという事です。)

それからというもの、ヨーロッパの各都市は観光客を呼び込み、出来るだけお金を落としてもらうという目的の為に、一心不乱で、崩壊しかけていた広場を奇麗にし、公共空間を囲む建物のファサードに磨きをかけ、美術館を誘致したりした結果、オシャレなカフェやレストラン、デザイナーや建築家のオフィスが立ち並ぶという非常に理想的な状況を創り上げる事に成功しました。すると、そのような活況を帯びたエリアに住む事を熱望するクリエーターや学生、お金持ちなどがこぞって歴史的中心地区に戻ってくるという現象が起こり始めたんですね。これを我々はジェントリフィケーションと呼んでいます(詳しくはコチラ:地中海ブログ:ビルバオ・グッゲンハイム効果とジェントリフィケーション、地中海ブログ:22@BCNとジェントリフィケーションなど)。

しかしですね、どうもこのような状況に最近少し変化が見られるようになってきました。

バルセロナの中心市街地で新たな現象が起こりつつある予感がするその2:逆ジャントリフィケーションに続く
| バルセロナ都市 | 21:00 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
バルセロナ賃貸住宅価格事情:2008年第4四半期:賃貸住宅価格下落
今日の新聞(La vanguardia, P1-3, 23 de marzo 2009)に第4四半期(10,11,12月)におけるバルセロナ賃貸住宅価格事情が載っていました。スペインが置かれていた特殊な経済社会的事情から、この所バルセロナの住宅価格が激しく変動しているんですね。特に世界同時経済危機以降の動きはちょっと尋常じゃありません。上がったり下がったり・・・。

先ず、2008年第1四半期(1,2,3月,2008)の価格変動の特徴は「それまでうなぎ昇りだった賃貸住宅価格に陰りが見え始めた」でした。前年同時期比で2%の減少だったんですね(バルセロナ賃貸住宅事情と新築価格事情:地中海ブログ)。バブルの様相を示していたスペイン経済も、ようやく沈静化するのか!と思われた矢先、続く第2四半期(4,5,6月,2008)には状況は一転、価格は又上昇(前年の同時期比で10%)を示していました(バルセロナ賃貸住宅価格事情その2:地中海ブログ)。

何故かというと「世界経済危機」の前に既に訪れていた「スペイン経済危機」によって、あまりにも馬鹿げた住宅価格に国民が着いていけなくなり、「買う」よりも「借りる」方に国民の意識がシフトしたからでした。(ちなみに今日の新聞記事によると、賃貸住宅契約数は前年比で13.5%上昇しています。)

そしてココで何が起こったのか?というと、それまでバブルに乗って作り続けてきた大量の新築住宅が全く売れなくなって、「モノ余り状態」になったんですね。スペインが特殊だったのは、その新築住宅余りの個数が尋常じゃなかった事です。なんてったって、バブルでしたから。そこで困ったのが不動産屋さん達。もうどうしても売れない状況の中、少しでも元を取ろうと知恵を絞って考え出したのが、新築を賃貸として貸し出してはどうか?という案。こうして大量の賃貸住宅が賃貸市場に出回る事になりました。

その結果、信じられない事に、賃貸住宅価格が下がるという、半年前には夢にも思わなかった事態が起こってきつつある、という事をレポートしたのが前回のエントリでした(スペインの新築・賃貸住宅のドキュメンタリー (Callejeros: Alquilado, Viernes 13 de febrero a las 22h30, TV Cuatro:地中海ブログ)。

そんな経緯があるものだから、今回の発表は長い事心待ちにしていたんですね。

先ずバルセロナ市全体で見た時の平均住宅価格なのですが、前年同時期比で3.8%の上昇を示しています(平均価格は1081.32ユーロ,16.18ユーロ平方メートル)。この価格変動は勿論、「上昇」であって、「下降」では無いのですが、これは第3四半期の上昇率が10%だった事を考慮すると、この数字は「たった3.8%の上昇」と読まれるべき数字です。都市財産会議所(巧い翻訳が出来ない!)はコノ変化を「それまで上昇を続けていた市場傾向の変化」と見なしています。

「都市財産会議所の四半期報告書は(賃貸住宅価格の)それまでの傾向の変化と、賃貸住宅の更なる需要があるにも関わらず、価格は下がる事を予想している」

” El informe trimestral de la Cambra de la Propietat Urbana de Barcelona augura un cambio de tendencia y que los precios se vayan “ deshinchando pese a la fuerte demanda de viviendas de alquiler”


この傾向は通年比で見た時にも大変顕著で、インフレ率(1.4%)を除いた2008年の実質価格の上昇率は前年比で5.6%。これは2007年の前年比実質価格の上昇率が9.42%であった事を考えるとかなりの減少だと言えると思います。コレを通年賃貸平均価格で見ると、2007年を通した平均賃貸価格が992ユーロであったのに対して、2008年を通した平均賃貸価格は1062ユーロ。つまり7%の上昇です。そして今年最も上昇率が激しかったエリアがCiutat Vella, Horta, Nou Barriだという事です。

逆に、今期の特徴を地区別で見た時に最も特徴が見て取れるのが、Sant AndreuとHorta-Guinardoです。前年同時期比でSnat Andreuは10%、Horta-Guinardoは10.6%の上昇を示しています。そして今回、唯一の下降を示しているのがSant Martiでマイナス0.4%。Sant Martiといえば22@が位置している街区であり、新築住宅がボコボコと建っていた所。と言う訳で下がって当然か。あと、歴史的中心地区であるCiutat Vellaが今回1000ユーロの大台を突破した事によって、市内全体で見た場合、1000ユーロ突破地域が7地区となりました。

予想によると今年最初の四半期では、この価格降下がもっと顕著に見られるはずだという事です。

バルセロナ市内街区別賃貸価格リスト
街区名   賃貸価格  上昇(減少)率  平方メートル辺り賃貸価格
Sarria-Sant Gervasi 1359.21Euro 4.3%, 17.90 Euro
Les corts 1300.80 Euro 8.5%, 18.50Euro
Eixample 1154.41Euro 2.5%, 15.68Euro
Gracia 1048.97Euro 1.3%, 17.76Euro
Sant Marti 1041.51Euro -0.4% 16.64Euro
Ciutat Vella 1026Euro 8.5% 18.15Euro
Sant Andreu 975.68Euro 10% 15.09Euro
Horta-Guinardo 971.78Euro 10.6% 15,87Euro
Sants-Montjuic 958.57Euro 0.3% 16.27Euro
Nou Barris 937.75Euro 9.6% 16.62Euro
| バルセロナ住宅事情 | 22:06 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
サラゴサ(Zaragoza)の都市戦略
昨日の新聞にサラゴサの都市戦略に関するっぽい記事(Aragon, la apuesta logistica, La Vanguardia, 7 de Septiembre, 2008)が載っていました。「関するっぽい」と書いたのは、この記事が「サラゴサ都市戦略」を前面に謳っている訳ではなくて、サラゴサが今後都市としてロジスティック(logistic)の分野に力を入れていく事を説明した記事だったからです。それが僕から見ればサラゴサの都市戦略に見える、と、まあ、こんな程度の事です。

つい見過ごしてしまいそうな記事だったのですが、サラゴサの都市としてのポテンシャルの高さから少し取り上げる事にしました。

前にも書きましたが、サラゴサという都市は立地条件が非常に良く、巧く戦略を練れば今後急成長が期待出来る都市なんですね。国際的には未だ全く知名度が無い小都市ですが、やはりそのポテンシャルの高さに気が付いている人は既に行動を始めています。そしてそれに触発されるようにサラゴサ市(Ayuntamiento de Zaragoza)とアラゴン政府(Gobierno de Aragon)もその事には十分自覚的だと僕は思います。

先ずは何がそんなに地の利があるのか?というと、サラゴサはバルセロナ(Barcelona)とマドリッド(Madrid)の丁度真ん中に位置し、バレンシア(Valencia)とビルバオ(Bilbao)の間に居るんですね。つまりスペインで最も人とモノの往来が激しい東西軸(マドリッドーバルセロナ)と、太平洋・大西洋に最大級の港を持つ南北軸(バレンシアービルバオ)の中央に位置している訳です。

かつてスペインの近代歴史学を切り開いたビセンス・ビベス(Vicens Vives)は、ヨーロッパとアフリカの間に位置しているカタルーニャを指して「辺境の渡り廊下」と呼び、それがカタルーニャの混成文化という特長を創り、異常なまでの発展を促したと指摘しましたが、サラゴサも21世紀における「渡り廊下」に成り得る可能性を持った地だと思います。

さて、次に問題になるのは、では一体このような地の利を生かして何をするのか?という事です。そこでサラゴサが考え出したのがロジスティックなんですね。ロジスティックとは何か?というと、簡単に言えば、物的流通を効率化するシステムの事です。つまり製造した物をどうやって集めてどうやって分配するか?更にそれをどのように調達・配送したら最も効率が良くなるか?それを扱うのがロジスティックです。

サラゴサは今正にヨーロッパにおけるロジスティックの中心になろうとしています。
まあ、成ろうとしたからといってなれるモノでもないのですが、それはサラゴサの巧い所、というか見習うべき所なのですが、彼らは他都市で成功した都市モデル(バルセロナモデルみたいな)を自分の所のコンテクストに無理やり当てはめるというような事はしていません。彼らがロジスティックを目指した理由、それは自国を十分に分析した結果出て来た結論だったんですね。

それこそ上で述べた東西南北の軸線上に都市が乗っているという事実だった訳です。スペイン2大都市を結ぶ高速鉄道の中央に位置している事から人とモノは自ずと集まります。更に港を経由しなければいけない物流はバレンシアとビルバオがカバーしている。モノの流れには空輸出来るモノと出来ないモノが存在します。だから都市の発展の為には必然的に空港と港が重要なファクターになってくるという事は当ブログで何回か言及した通りです

昨日の新聞記事によるとサラゴサはもう既にヨーロッパ随一となるロジスティック・サラゴサプラザ(logistica de Zaragoza Plaza)なるものをアラゴン政府(51,52%)、サラゴサ市(12,12%)、Ibercaja(18,18%),CAI(18,18%)の出資で建設中だとか。その大きさは12,826,000m2で30億ユーロ(日本円で約2兆円)の投資を見込んでいるそうです。

更にサラゴサの戦略は箱物を作る事だけに集中しているわけでは決してありません。世界の知識と情報を集める為に地元サラゴサ大学(Universidad de Zaragoza)が米マサチューセッツ工科大学(MIT)と協同で日本の修士課程にあたるMaster of engineering in Logistics and Supply chain managementを創設したんですね。これによって世界最高峰の頭脳とコンタクト、そしてそれらが惹き付ける巨額の投資の可能性を確保しました。実はもう既にその効果の片鱗が出ていて、それが今年開かれているサラゴサ万博や都市計画の裏方に見る事が出来ます。

サラゴサ万博と関連して、現在サラゴサでは「サステイナブルでインテリジェントな都市:都市交通の新しいコンセプト(La ciudad inteligente y sostenible: un nuevo concepto de transporte urbano)」をキーワードにMilla Digitalという計画が進行中です。その音頭を取っているのがMITメディアラボ教授のウィリアム・ミッチェル(William J.Mitchell)。更に万博にはMITSENSEablecity Labで近年力を付けてきたカルロ・ラッティ(Carlo Ratti)も入っていますし。

私見ですけど、ウィリアム・ミッチェル率いるMITとの仲介役になったと思われるのはマニュエル・カステル(Manuel Castells)でしょうね。何故カタラン人のマニュエルがアラゴンに肩入れするのか?それはお隣が発展するとこちらにもポジティブな影響が出てくるからです。ジョルディ・ボージャ(Jordi Borja)が言っているように、シティ・リージョン(City Region)を前提とした都市間競争時代においては、どの都市が勝ってどの都市が負けるという勝ち負けゲームは意味を成さなくなるんですね。そうではなく、繋がっている隣の都市が発展する事が自身の都市が発展する事に繋がる、それがシティ・リージョン時代の都市間競争の法則です。

そう考えると、ウィリアム・ミッチェルを始め、サスキア・サッセン(Saskia Sassen)やピーター・ホール(Peter Hall)など市役所の助言役にスペインの一地方都市をグローバリズムの中で考察する面々が顔を揃えているのにも納得出来るかー。

更に更に万博開催に漕ぎ着けた政治的な手腕や、その万博を都市発展に用いた巧さ。そして市内を流れる川に関連付けつつ、21世紀のはずせないテーマであるサステイナビリティを主軸に添えた視点の良さなど、書き出すと切りが無いのですが、長くなってしまったので又今度。
| スペイン都市計画 | 22:36 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
ヴェネツィア(Venezia)旅行その1:「奥」のある風景
ヨーロッパは先週末からキリスト教に関する祝日(復活祭)で2週間程のバケーションに入りました。と言う訳で僕はイタリアはヴェネツィア(Venezia)に来ています。8日程の滞在です。目的は勿論、都市と建築。特にスカルパ(Carlo Scarpa)は大変楽しみです。

今回はバルセロナ−フランクフルト経由でヴェネツィアのマルコポーロ空港(Aeroporto Marco Polo)に入りました。ヨーロッパでも僕の大のお気に入りのフランクフルト国際空港(Frankflut International Airport)です。今回はトランジットが2時間30分だった為、大変居心地の良いカフェでパソコンを繋ぎ少し仕事をしました。その後、約1時間のフライトで無事ベネチア到着。

とりあえず毎回恒例の都市アクセッシビリティ評価からいってみたいと思います。といっても、この都市は他都市と簡単に比較は出来ません。何故なら良く知られているようにヴェネツィアは海に浮かんでいるので空港から市内へは主に船(Alilaguna社)でアクセスする事になるからです。(鉄道やバスもあるようですが、今回は利用しませんでした)その船が30分おきに空港と市内を結んでいます。大きな船なのかな?と思っていたらそれ程大きくも無く結構揺れたのにはビックリ。しかし船が島に近付くにつれて街明りが見え、それが次第に大きくなってくる様子は感動的ですらある。これはかなりロマンチックですね。所要時間約60分と、機能性からのみ見た場合、他の都市に比べてアクセッシビリティとしては最悪に近い数値ですが、都市の魅力を高める物語性という要素を考慮した場合、空港から市内へのアプローチとしては必ずしも悪くは無いと思います。

実はこのような物語性こそが他都市に圧倒的に欠けている要素なんですね。何故か?空港というのは大抵の場合、郊外に造られる事がほとんどです。そして都市と空港の間に出来る空間には工場や低所得者の住居といったような、乱雑極まりない風景が広がっています。これは世界中、ほぼどの都市でも言える事だと思います。

僕が日本に帰国する時に使用する中部国際空港は空港機能としては最上級に入る空港だと思います。海に浮いている為に、飛行機はあたかも海の中に入っていくようなアプローチをとります。それを知らない外国人は機内で感動的にその風景を見つめています。そして空港を出た目の前に高速列車が止まっていてスロープを降りてそのまま乗り込むことが出来るという使い勝手の良さ。

ここまでは満点に近い数字です。この後、列車は30分かけて名古屋市内中心部にアプローチするのですが、コレがまずい。空港を出てすぐの所の風景が悪すぎる。汚い看板や日本特有の戸建て住宅が永遠と続く風景ははっきり言って汚い。僕ならこの辺り一体は日本映画村を誘致して、外国人旅行者に「日本は伝説の通り、未だにちょんまげをした侍が街を歩いているのか?」と思わせますね。その後、金山−名古屋に続く超高層ビルを見せ、「おー、日本はやはり伝統とテクノロジーが融合した素晴らしい国だ」とかいう印象を与えて、つかみはOK。その後、昼ごはんには名古屋名物味噌カツで決まりでしょう。

この点、ヴェネツィアは海に浮いているという時点で何もする必要なくロマンチック度満点。なんたって、海からのアプローチですからね。まるでビルゲイツの家のようだ。違うか、ビルゲイツが真似したのか。

さて、ヴェネツィア初日、早速街を歩いてみました。そして直ぐに気が付いた事が車の気配の無い事。そうなんです、この都市には車が存在しません。これはすごい体験です。何故なら普段、当たり前だと思っている環境要素の一つが無いのですから。そしてこの事は僕達に都市というものは五感を通してこそ感じられるものであるという、当たり前の事を思い出させてくれます。車の発する音、路上駐車による視覚、排気ガスによる嗅覚など、普段我々が都市に対して抱いている感受性がこの都市では全く違います。

僕はヨーロッパでは一応、歩行者空間計画エキスパートなので、この都市は僕たちにとっての理想都市だという事になります。僕達が実現したバルセロナのグラシア地区歩行者天国空間22@BCNで現在実現されつつある歩行者空間などでは、居住者の自家用車や救急車両などは通行を許可していますので、完全歩行者空間ではありません。それが実現出来るとも思ってませんし、そこまでやる必要は無いと思います。第一、ヴェネツィアはあまりに特殊解過ぎる。ここでは市民の足は市内を組まなく網羅する運河を流れる舟です。それがあるからこそ車を排除出来た訳ですし。

しかしヴェネツィアを、都市の環境という視点から見たその快適性は圧倒的なのでは無いでしょうか?車の騒音や路上駐車が無い環境がこんなにも気持ちの良いものだとは思っても見ませんでした。そしてこの事は僕たちが目指す方向がそれなりに間違ってはいないものであると言う事を後押ししてくれているような気がします。

そんなこんなで、ヴェネツィア市民の足である公共交通機関である船に乗ってみました。興味深い事にこれらの船は幾つかの種類に分かれていて、それぞれバスやタクシーなど地上の公共交通機関に対応しています。これは2つの事を指し示していると思います。

一つ目はヴェネツィアの人々にとって運河が他都市における道路や街路と同じ機能を持っているという事。つまり生活におけるインフラという事ですね。もう一つはあまりにも浸透してしまった交通という隠喩です。つまりこれらの船に別に「バス」だとか「タクシー」だとかという地上交通系と同じ名前を付けなくても、高速船とか大型船と呼んだ方が自然なような気がする訳です。それにも関わらず、バスやタクシーという隠喩を使うのは、それだけ我々の意識の中にそれらのシステムが刷り込まれている証拠です。

さて、よく知られているようにヴェネツィアのど真ん中には逆S字型に大運河が流れています。この運河に沿って水上バスが運行しているんですが、今朝一番に端から端まで乗ってみて気が付いた事があります。それはこの運河がうねっている為に、いい具合で「奥」が発生している事です。

例えばコレ。



前方に向かって右側に曲がっていこうとする運河は、勿論その先が見えません。自然と想像力を掻き立てられます。一体この先に何があるのかと。

この写真は有名なリアルト橋(Ponte di Rialto)にアプローチしている所の写真です。













同じく右側に曲がっていく為に橋の左側から少しずつ見え始めてきます。段々と近付くにつれて全体像が見え、最後は橋を通して向こうの景色が広がり、更にその向こうの景色の先も曲がっている為に想像力を又掻き立てられるという物語が発生しています。

これは何も大運河に限った事ではなくて、小さな路地や小運河で構成されているヴェネツィアの都市全体が「奥」を生み出す装置になっているのです。そしてこれがこの都市に劇的な豊かさを生み出していると思います。道を歩いていて、もしくは船に乗っていて、こんなにわくわくする都市は珍しい。

そしてもう一つこの都市を豊かにしているのは、曲がりくねった先にある小さな楽園とでもいうべき緑あふれた庭園や中庭空間。





前にも書いたように、地中海都市では居住密度が高いので自分の家を補完するかのように公共空間が存在し使用されます。居間が狭く暗い代わりに自分の家の前に日の良く当たるパブリックスペースがあるといった具合に。ヴェネツィアも例外ではありません。しかしヴェネツィアの街が僕に教えてくれるのは、人はデザインする前提条件が悪くなればなるほど、知恵を絞り、その結果、大変に良いものが出来るという事実です。

僕たちは敷地条件だとか、隣接する家屋のデザインだとかといった、ある程度の縛りがあるからこそデザインを始める事が出来るんですね。そしてそういう中からこそ創造力という人間に与えられた、パソコンなどの機械とは違う能力を使って何かを創り出す事が出来るわけです。もし、何も無い所で白紙から始めろと言われてデザインを発展させる事が出来る人が一体何人いるでしょうか?ヴェネツィアの街は人間の知恵と創造力の奥深さを僕に改めて教えてくれました。
| 都市アクセッシビリティ | 23:37 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
都市化する空港と効率指標としてのアクセッシビリティ
先週、スペインの新聞、ラ・バングアルディア( La Vanguardia)に「空港都市( Aeropolis)」という記事が出ていました。過去、駅や港を中心として都市が発展したように、現在ではその役割を空港が担っているという話から始まって、空港内のアミューズメントパーク化に伴う空港それ自体の都市化といった内容でした。

空港は駅や港と違って必然的に郊外に建設されます。よってそれ自体で完結する事が多く、それ自体が一つの都市と見なされると言う訳ですね。建築の世界ではそんな事、90年代初頭からレム・コールハース(Rem Koolhaas)などによって盛んに議論されてきた所なので取り立てて目新しいという事でもないですけどね。

しかし実際に仕事やプライベートで空港を頻繁に使う僕の経験から言って、空港の都市化よりももっと重要で切実なのが、市街地へのアクセッシビリティの問題だと思うんですね。

それは現代都市が競って自分の所に誘致しようとしているハブ空港になればなるほど、その傾向が強いと思います。つまり空港が大きく多機能になればなるほど、空港内で完結するのではなく、市街地と空港のアクセッシビリティの良し悪しが空港評価に影響力を持ってくると言う事です。何故ならハブになればなるほどトランジットの問題が出てくるからなんですね。

例えば、空港内ショッピングが幾ら充実しているからといったって、空港に3時間釘付けはちょっときつい。そんな時、街まで足を伸ばしてみるかという思いが頭をよぎるけれど、中心街まで1時間とかだと行き帰りに2時間取られてしまって残り1時間。だったら「やめよー」という事になる。しかし中心街まで30分以下なら行き帰りで1時間。残り2時間は十分に遊べるので「じゃ、行くか」という事になる。そしてそれは空港選びに多大なる影響を及ぼします。

実際、僕は上記のような理由でなるべくフランクフルト国際空港(Frankfurt International Airport)を選ぶ事にしています。何故なら以前のエントリで書いたように、ヨーロッパにおいてフランクフルトほど機能効率を考えて創られた空港は他に無いんじゃないかというくらい空港から都市へのアクセッシビリティが良いからです。

フランクフルト国際空港から中心街までは電車で15分。その電車が10分から15分おきに頻繁に運行しています。空港・中心街間の行き帰りに1時間見ておけば十分といったアクセッシビリティの良さです。そうすると当然のようにトランジットの時間を利用して街に繰り出して昼食やコーヒー、街中散策をするといったシナリオが頭に浮かぶ事となります。更に、シュテーデル美術館(Das Stadel)に足を延ばしてフェルメール(Vermeer)の「地理学者(Der Geograph)」を見て来ると言うことも十分に実現可能なシナリオです。(以前、フランクフルトに行った時に正確に時間を計った結果はこちら

これは些細な事のようでいて、実は都市の経済活動においては非常に重要であると言えると思うんですね。空港にお金を落としてもらう事は勿論として、普通なら通り過ぎるだけの客に如何に都市にまで足を運ばせるか?ひいては、如何に都市内でお金を落としていってもらうか?

そのような認識を都市戦略に取り入れ実践しているのがバルセロナ都市戦略です。そこの所に自覚的だからこそ、新しいハブ空港の建設と同時に空港と市街地を結ぶ高速列車の建設を急ピッチで進めている訳です。

更にバルセロナには空港と並ぶもう一つの重要な都市間モビリティの要素、バルセロナ港があります。この空港と港という2つのエレメントがインフラで結ばれた時、都市は多大なる競争力を持つ事となります。(その良い例がアムステルダム)それを知っていたからこそマドリッドは高速列車建設に「うん」と言わなかった訳ですね。

更にバルセロナは現在、22@BCNに見られるように旧工業地帯を知識型社会へ移行させる為の核として戦略的にIT関連企業や文化産業を優先誘致しています。(切り札になっているのは容積率緩和でITやデザイン関係企業が立地する場合には270%まで容積率を緩和する政策を打ち出しています)。

空港とアクセシビリティ、知識型社会への移行という2つの軸の交点により創出されたのが、以前のエントリでも書いたポンペウ・ファブラ大学(Pompeu Fabra University)情報技術学部(Dept. Tecnoloogies de la informacion i les comunicaciones)新棟誘致の例。

知識型社会において、街全体の戦略性を高める為には大学との連携が欠かせないのは言うまでもありません。逆にグローバルに展開する企業や大学にとっては、何処の都市にフィジカルに立地するかという決定に大きな影響を与えるのが都市の快適性。この場合の快適性とは気候や食事のおいしさなどの居住性から他都市へのモビリティやアクセッシビリティをも含んでいます。

このような観点で見た時の「都市に立地したいランキング」がヨーロッパでは良く発表され、それが都市の競争力の指標として語られます。前回発表された時は、一位がロンドン、2位がパリ、3位がフランクフルト、4位がバルセロナ、5位がブルッセルと続いていました。

さて、前述のポンペウ・ファブラ大学の情報技術学部新棟に選ばれたのは旧市街地に立地していたフランカ駅(Estacio de Franca)でした。今までほとんど使われていなかったフランカ駅の屋社を買い取ってそこを学部棟にしちゃったんですね。位置としては旧市街にありながらも海のまん前という好立地。更にその後カタルーニャ州政府とバルセロナ市役所の後押しによって、空港からの直通列車が開通、30分おきに運行し空港まで30分で運んでくれます。

ここで想定されているシナリオはこんな感じ。

IT関連会社の研究員が大学で講義を依頼された時。空港に降り立ち、直通電車で大学棟まで30分で来る。駅を出た所が講義棟なので駅から大学までの移動時間は無し。講義後、目の前のバルセロナ港に面したレストランで海の幸を堪能する。昼食後、歩いて5分の所にある旧市街を散策。飛行機のチェックイン1時間前まで市街地を散策し、大学構内にある駅から30分で空港に到着というシナリオ。

こんなアクセッシビリティの良さが手伝って今ではYahoo研究所(Yahoo Research)Barcelona Mediaといったグローバル企業がこの棟に居住する事となり、その結果この棟では頻繁にインターナショナルな論客を招いてカンファレンスが行われています。

注目すべきなのは、このような都市へのアクセッシビリティを価値観だと認識し、都市が都市戦略を都市計画に反映させ、且つ、世界の企業がそれを競争力と見なしているという事です。前述した新聞に各空港の乗客利用数を指標とした空港ランキングが載っていました。それによると、

1. Hartsfield-Jackson: Atlanta, U.S.: 84.846.639
2. O'Hare International: chicago, U.S.: 77.028.134
3. London Heathrow: London, U.K.: 67.880.753
4. Tokyo Haneda: Tokyo, Japan: 65.810.672
5. LosAngels: Los Angels, U.S.: 61.041.066
6. Dallas-Forth Worth: Dallas, U.S.: 60.226.138
7. Pari, Charles de Gaulle: Paris, France: 56.849.567
8. Fransfurt: Fransfurt, Germany: 52.810.683
9. Pekin Capital: Pekin, China: 48.654.770
10. Denver: Denver, U.S.: 47.325.016
11. McCarran: Las Vegas, U.S.: 46.193.329
12. Amsterdam Schiphol: Amsterdam, Holanda: 46.065.719
13. Madrid Barajas: Madrid, Spain: 45.501.168
14. Hong Kong: Hong Kong, China: 43.857.908
15. John F.Kennedy: N.Y., U.S.: 43.762.282

しかし「何人の人が空港を利用したか」という指標が示す空港の規模だけの指標では空港の利便性はもはや図れない時代が来ているのではないのではしょうか?特に都市間のモビリティを確保する空港を都市発展の要に置く都市戦略上に据えた場合、それを都市との間のアクセッシビリティで測る事が必要となってきていると思います。そのような指標を視野に入れた時、上述のランキングはがらりと変わるはずです。そしてそれこそが現代都市における空港の真の価値を反映していると思います。
| 都市アクセッシビリティ | 23:26 | comments(2) | trackbacks(2) | このエントリーをはてなブックマークに追加
22@BCN Bus Stop Project
今日は朝からバルセロナ市内の新しいバス路線とバス停についてのミーティング。実はこのプロジェクトが始まったのが1年くらい前なのですがその時に少しイメージスケッチのつもりでデザインをして持って行きました。それまで主に都市分析手法開発だけに専念して仕事をしていたのでディレクターとか僕がデザイン畑出身だと言う事は知らなかったし期待もしていなかったようなのですね。で、それを見てすごく驚いたらしく即、デザインチーフみたいなのになってしまいました。
まあ、そんなこんなで今日は今まで下準備してきた計画を本格的に始める初日で、関連部署・企業のトップが全て一同に会しました。22@BCN, Barcelona Media, Telefonica, JCDcaux, TMB, Generalitat de Catalunya, Ayuntamiento de Barcelona, etc.
岡部明子さんが自著で「ヨーロッパがサステイナブルと言う観点で成し遂げた事はプラットフォームを創った事だと思う」というような趣旨の事を言われていましたが、今僕が居る機関というのは正に彼女が言う意味でのプラットフォームとして機能していると思います。バス停という交通・都市計画・広告と幾つにもまたがる領域の所産を革新する為にはその数だけの権力と戦う事を意味します。勿論、各々の既得権益があるので言い分はバラバラ。今日の初回のミーティングでも自分の所の利益を守る為に結構意見が食い違っていたりする。しかしそういう人達を一先ずは同じ席に着かせたというところだけでも十分に賞賛に値すると思います。先ずはそこから始めないとホントに何も始まらないので。これから新しいバス停のプロトタイプが出来るまでに1年近くかかると思いますが違う領域の人達と権力の間の合意形成がどのように確立されていくのか、その中心で見る事が出来、しかも参加出来るというのは大変幸せな経験だなと思います。きっと日本にもそれが必要な時が来ると思うので。


| 仕事 | 12:52 | comments(0) | trackbacks(35) | このエントリーをはてなブックマークに追加
22@BCN
今日は再び22@BCNと打ち合わせ。珍しくディレクターが出てきた。彼は都市インフラの専門家で他の計画や会議などでも度々顔を合わせる事があるんだけど、車推進派で頭の中車の事ばっか。歩行者とか環境とかそんな事さっぱり考えてない様子。でも今日の打ち合わせで少しだけ見直した。バス会社の人がバス停を設置可能な場所を次々に言うのに対して僕たちはその交差点を探すのに必死。それに対して彼は22@の広大な敷地の事はすべて頭に入ってる様子。ぱっぱと街路の名前とその位置、進行中の計画や関連事項などが出てくる。さすがディレクター。

今日は話が結構スムーズに進んで、パイロットプロジェクトをやる候補地などが次々に決まった。そんな中貴重な体験をしました。デザインを誰に任せるかを話していた所、コンペにしようという話にまとまり結構短時間に誰と誰と誰とか建築家の名前が飛び交っていたかと思ったらすんなり招待コンペ参加者が決まってしまいました。勿論今までコンペには応募した事があるけどそれを企画する側になったのは初めて。コンペの要綱ってこんな風に決まるんですね。

この計画、もう少し煮詰めないといけない所とかあるけどホントに今から楽しみな計画です。
| バルセロナ都市計画 | 13:36 | comments(0) | trackbacks(34) | このエントリーをはてなブックマークに追加
22@BCNとジェントリフィケーション
今日は午前中22@BCNとプロジェクトの打ち合わせ。22@BCNとはバルセロナがバルセロナモデルとして売り出し中のヨーロッパで最大規模の都市計画です。僕達はこの計画に第一フェーズから関わってて何時の間にか僕が担当になってしまった。今日の議題は公共空間のデザインとバスルートとバス停について。と言うわけで、22@ディレクター始めそれらに関係する部署、私企業などの面々がずらりと並ぶ。言語は勿論カタラン語。きついなー。しかしながらこれらの分野はバルセロナでは僕たちが主導権を握ってて引っ張っていかなきゃならないのでとりあえず一生懸命やってみる。で、何とか終了。その後、グラシア市役所でうちのディレクターが話すと言うので聴きに行く。結構広い会場に100人くらいの市民が集まってた。ここは僕たちが歩行者空間計画を初めて実地した地区と言う事もあり市民の興味も自ずから向くのかたくさんの人が来てた。このグラシアという地区は80年代初頭に始まりその後街中に広がっていった鍼療法・スポンジ化といわれその後バルセロナモデルになった小さな公共空間挿入手法を一番最初に受け入れた地区です。その意味で昔から新しい事を受け入れる土壌があるような気がする。僕たちの計画に対してもたくさんの批判があるけどそれは今の環境が変わると言う事に対する単純な反応なのではないのか。いわゆる人間の持っている二つの矛盾:今の自分を保持しようとする自分と変わっていこうとする自分。歩行者空間・公共空間を増やす事で歩行者トラフィックは当然増加する。それに伴い小売店も繁盛するのは間違いない。まだ計画から1年しか経ってないけどその効果は火をみるより明らか。本質的な問題は実はそこには無い。最も気を付けなきゃならないのはジェントリフィケーションのほうですね。これは3年位前にその道の第一人者であるネイル・スミスがバルセロナに来た時にある小さな集まりの中で直接質問した事があります。その時彼が言った大変印象深かった言葉が「ジェントリフィケーsジョンはコントロール出来ない」と言ってました。うーん、革新を突いてる。歴史的中心地区活性化とかいろいろ話題になってるけど、経験から言ってコレはそんなに難しい事ではない気がします。誤解して欲しくないのはそれを達成するにはたくさんの困難、政治的なとか経済的なとか社会問題とかいろいろあって大変なんだけど、解く事が出来ないほど難問かというとそうではないし、ヨーロッパにはある程度の蓄積から定石のようなものがある。問題はそこではなくてその後に起こるジェントリフィケーションの問題なんですね。そちらのほうが大問題ではるかに難問。故に世界の知は今そちらのほうに全力を注いでいるわけです。日本人や海外の研究者はヨーロッパの中心市街地活性化には2面あるという事、階級制度にもとついていると言う事を知っておいたほうが良いですね。ヨーロッパの戦略は明らかにこの暗い面を見ないようにしてる。
僕たちの今のところこの問題に対しては打つ手なし。今出来ることは土地の価格変動と商店の入れ替わりスピードを定期的に観察する事ぐらいというのが現状です。誰か良い方法など知ってたら教えてください。即採用します。
| バルセロナ都市計画 | 17:24 | comments(0) | trackbacks(36) | このエントリーをはてなブックマークに追加