地中海ブログ

地中海都市バルセロナから日本人というフィルターを通したヨーロッパの社会文化をお送りします。
京都の学芸出版社で刊行記念レクチャーを行います。
昨年10月に出版された「海外で建築を仕事にする2:都市・ランドスケープ編」の刊行記念レクチャーを、編著者の福岡孝則さん、そして龍谷大学の阿部大輔さんと共に、今月末(1月29日)京都の学芸出版社にて行います。
←おめでとー、パチパチパチー(祝)。



テーマは「モビリティ&テクノロジーで公共空間をつくる:バルセロナ市都市生態学庁元担当者と語る」ということなので、バルセロナの歩行者空間計画やモビリティ計画などを中心にご紹介させて頂こうかな、、、と考えているのですが(←詳細は未定)、福岡さんはアメリカ、阿部さんはスペインと3人とも海外経験者なので、今後海外への留学を考えている人、海外で働きたいと思っている方々などにとっても面白いお話が出来るのでは?と思われます。



僕に関しては、「どの様にスペインに渡ったのか?」、「どの様に仕事を探したのか?」などについては既に書籍の方に書かせて頂いたので、ここでは書き切れなかったテーマを少し記してみようかな……と思っていたのですが、、、今回の書籍を編集担当された学芸出版社の井口夏実さんのインタビュー記事を発見してしまい、それがあまりにも面白かったので、そのインタビューを紹介しつつ、当日の議論の下地を作れたらと思っています。

下記のインタビューは、“建てたがらない建築士”いしまるあきこさんによる「ウェブマガジン「フレーズクレーズ」の連鎖「素敵な本が生まれる時」vol.3、「ボーダレスな時代を生き抜く仕事の見つけ方。〜学芸出版社〜として発表されたもので、インタビューに答えられているのが我らが井口夏実さん(学芸出版社取締役、編集長)。全文はこちらで見れますので、ご興味のある方はどうぞ。

下記の青色の部分が井口さん、いしまるさん、黒字の部分が僕が思った事です。

井口:建築は自分のデザイン(ポートフォリオ)さえ認められれば、現地の言葉が多少しゃべれなくてもどこでも仕事ができる、それってすごく羨ましいなとずっと思っていて。自分の実力だけでやっていくのは大変だろうけれど、すごくスリリングだろうなと思っていたんですね。

基本的に僕は、「言語というのはコミュニケーションのツール」だと思っています。文法が多少間違っていようが、発音が少しばかりおかしかろうが、相手にこちらの言いたいことが伝わればそれで良いのです。ちなみに、現在ヨーロッパに住んでいる日本人の中には「なんちゃってトリリンガル」な人がチラホラと現れ始めています(地中海ブログ:内田樹の研究室の「リンガ・フランカのすすめ」を読んで:何故ヨーロッパでは、ゆるいコミュニケーションである「なんちゃってイングリッシュ」が成功するのか?、地中海ブログ:2010年、今年最初のブリュッセル出張その2:バイリンガルを通り越してトリリンガルになる日本人達:なんちゃってトリリンガルが変えるかもしれないヨーロッパの風景)。
←言語学者とかに言ったらすっごく怒られそうですが、僕は建築家なのでこんな感じで大丈夫(笑)。それに(井口さんも示唆されている様に)、我々建築家は哲学者や文学者と違って「言葉だけで勝負する職種」ではありません。相手に言いたい事が伝わらなかったらスケッチや図を使えばいいのです。



さて、ここからは僕の勝手な想像なのですが、ヨーロッパは陸続きなので、各国間における人的な移動(モビリティ)が非常に高いんですね。だから隣近所を見渡せば、自国語を話さない外人だらけという状況が多々あります。その様な社会・文化的バックグラウンドを共有しない人達と共存し、互いを認め合ってきたのがヨーロッパという社会なので、彼らにとって「言葉による完璧な意思疎通が出来ないこと」は、生まれた時からの日常茶飯事なんだと思います。だから南ヨーロッパでは、我々(移民)にも、「自国語を完璧に話せ、そうじゃないと聞かない!」などとは言わないのです。
←北ヨーロッパは状況が少し異なる様に思いますし、アメリカも全然違う様に感じます。このテーマ(海外に住むこと・働くことにおける言語の問題)は是非、福岡さん、阿部さんと共に当日の議論の中で深めたい所です。

井口:私自身、ロンドンに留学して建築史や美術史を学んでいたんですが、文章の仕事をしようと思ったので、そうなると日本語しかないなと日本に帰ってきました。チャンスさえあれば今でも海外で働いてみたいですが。

これは僕の勝手な考えですが、概して外国語が上手い人は日本語が上手いと思います。というか、日本語が上手い人じゃないと、外国語は上手くなり得ないと思うんですね。外国語を身に付けようと努力すると、ある程度までは上達するのですが、もう少し向こう側にいこうとすると誰しも必ず壁にぶち当たります。その壁を乗り越えられるかどうか、どこまで到達出来るかどうかは、その人の母国語の基礎言語能力、つまり日本語の能力に掛かっているのでは、、、と個人的には思っています。

井口:一冊目の建築編『海外で建築を仕事にする 世界はチャンスで満たされている』の企画のきっかけは、編著者の前田茂樹さんがフランスのドミニク・ペロー事務所から帰国された際、海外の有名建築家の事務所にはだいたい日本人スタッフが居て活躍しているという話を聞いたことでした。ヘルツォーク&ド・ムーロンとかジャン・ヌーベルの建築事務所で働いている日本人を前田さん自身がご存じでしたので、ぜひみなさんに書いてもらおうって話になりました。

「その建築事務所が一流かどうかは、日本人スタッフが働いているかどうかを見れば良い」と言う冗談が、世界中の建築事務所で80年代くらいから言われていたらしいのですが、これは逆に言うと、世界の有名建築事務所、もしくは新興建築事務所には日本人スタッフ(もしくは学生)が1人や2人は必ず居るということを指し示しています。だから、知り合いの知り合いを通して「あの事務所、実はさー」とか、「いま、xx事務所で所員募集しててさー」という様な声がチラホラと聞こえてきたりするので、「世界の有名建築事務所の内部事情」というのは、簡単ではないにしろ、それなりに心に思い描く事が出来るのでは、、、と思うんですね。



その一方、シリーズ2冊目が主題にしている「都市計画、ランドスケープ」を扱っている建築事務所、もしくは各都市の市役所がどんな仕事を請け負って、そこの部署にはどんなキーパーソンがいて、、、といった情報は、有名建築事務所ほど流通していません。この分野で10年以上仕事をしている僕ですら、世界の何処で誰が何をやっているかなんて、この本を見るまで全く知りませんでした。だからこそ、今回の2冊目は非常に価値があると、僕はそう思っています。
←詳しくはこちらに書きました(地中海ブログ:海外で建築を仕事にする2:都市・ランドスケープ編、発売!)。

いしまる:海外で働いている人は、独自の日本人ネットワークがあるんですか?
井口:ヨーロッパでは特にそのようですね。前田さんがパリに居る間に人脈を築かれていました。


まず、アメリカの状況なのですが、ボストン(アメリカ)には「ボストン日本人研究者交流会」なるものがあり、ボストンに在住している日本人の中から毎回2人くらいが30分程度のプレゼンを行い、その後近くのレストランに移動してインフォーマルな食事会、、、というイベントが一ヶ月に一回のペースで行われています(参加者は毎回200人くらい)。その会に出席すると、参加者の名前、ボストンでの所属、日本での所属、連絡先などが書いてあるリストがお茶とどら焼きと共に手渡され(←ここ重要w)、「この人と仲良くなりたい!」とか思ったら、気軽にメールして、後日コーヒー飲んで、、、ということが日常生活の中で行われていたりするんですね。

この様な会が組織的に行われている点は、バルセロナとは明らかに違う点だと強く感じました。ただこれはボストンなど日本人研究者が比較的多く集まる都市に固有のことなのかもしれません。フィラデルフィアではどうだったのか等、福岡さんに是非お聞きしてみたいところです。



また、ヨーロッパの日本人ネットワークについて、(敢えて)全く別の視点から一例を挙げると、欧州在住日本人によるTwitter組、、、みたいなものがあったりします(←僕が勝手にそう呼んでるだけですが(笑))。

これはですね、欧州全体を巻き込んだ大イベントなどがあると、それを見ながら各国からリアルタイムでツッコミを入れあって楽しむ、、、みたいな、正にニコニコ動画のリアルタイム版みたいな感じだったりします(地中海ブログ:東さんの「SNS直接民主制」とかマニュエル・カステル(Manuel Castells)のMovilizacionとか)。

例えば、ヨーロッパ各国の意地と意地のぶつかり合い、欧州の紅白歌合戦と名高い「ユーロビジョン」というイベントがあります。これは一年に一度、各国代表の歌手が生中継で歌を披露して、そこにヨーロッパ全土からリアルタイムで投票を行うという、(色んな意味で)物凄いイベントとなっているんですね(地中海ブログ:ヨーロッパの紅白歌合戦ユーロビジョン2012)。

 

ちなみにこのイベント、各国から選ばれた歌手が歌を披露し合う和気藹々としたイベントかと思いきや、非常に政治的なイベントだったりします。一般視聴者とは別に、各国には「国として」の投票権が与えられているのですが、その投票先を見るだけで、ヨーロッパ地政学の縮図になっていたりします。例えば、フランスはどんなことがあってもイギリスだけには投票しないとか、スカンジナビア諸国は互いに票を入れあうとか、、、(笑)。

いしまる:海外にいる方とメールだけで出版できるっていうのも、新しい仕事のやり方ですよね。
井口:そう思いますね。今はゲラのやりとりもpdfでできるし。2000年に入社した頃は郵送しないといけなかったし、往復に時間もかかるし、海外の方とのやりとりは大変でした。


SNSで仕事の形態が変わった、、、というのは僕も実感する機会が何度もありました。

数年前のことなのですが、とあるミーティングの為にフランクフルトにいたことがあったのですが、たまたま打ち合わせが早く終わったのでシュテーゲル美術館を訪れたんですね。そうしたら丁度その日は小学校の団体が課外授業を行っていて、2階奥にあるルノワールの絵の前では女の子3人組が一生懸命写生をしている真っ最中でした。



大変衝撃的な光景だったのでTwitterでとっさに呟いたら、それが瞬く間にReTweetされまくり、この投稿をキッカケに公共空間系の講演依頼が激増しました。

また、村上春樹氏のインタビュー記事の影響はもっと衝撃的でした。「イベリア半島の片隅を拠点とするスペインの新聞なんて(日本人は)誰も読まないだろう」と村上氏が思ったかどうかは分かりませんが、インタビューの中で「1Q84の続編出します!」と口を滑らせていたんですね。ちなみに彼、日本では「続編は出しません!」と言っていたので、「こ、これは面白い!」と思い、その記事を直ぐさま全訳しブログ上に公開。その数時間後から日本のメディアは大騒ぎとなりました(地中海ブログ:スペインの新聞、La Vanguardia紙に載った村上春樹氏のインタビュー全訳)。

その拡散度とスピード感。新聞という大手メディアの一次情報がSNSに取って代わられる現場を目撃したのと同時に、「Twitterでここまでこれるのか!」と思った瞬間でした。

井口:私も建築を勉強していたら、絶対、海外の事務所にアタックしていただろうなと思いますね。ただ英語ができれば働けるわけではなく、自分の実力、しぶとさみたいなものが厳しく問われそうなんだけど、きっとそこで認められる喜びも大きいだろうな、と思うんです。

海外で働けるかどうか、それはズバリ「運」です。この辺りの話も書籍の中で少し触れたのですが、スペインでいう運とは、その日担当してくれた担当官の気分が良いかどうか、彼/彼女が書類に眼を通した時がバケーション前なのか後なのか、はたまたその日は金曜日なのか月曜日か‥‥ということなのです。
←個人的には、イギリスとかドイツ、北欧など、割と社会システムがきっちりしてそうな都市でも、上に書いた様な南ヨーロッパと同じ様なことが起こっているのか?という所を、是非他の著者の方々に伺ってみたいところです。



さて、海外で働くのに最適なステップの一つはやはり、現地の大学や大学院へ進学して状況を見つつ、生の情報を集めながら職を探すというのが一番良いのでは、、、と思っています(地中海ブログ:スペインで働くという選択肢:長期滞在を見込んだ建築家の場合その1、地中海ブログ:スペインで働くという選択肢:長期滞在を見込んだ建築家の場合その2:タイトル読み替え過程(Homologacion)について、地中海ブログ:スペインで働くという選択肢:長期滞在を見込んだ建築家の場合その3:短期滞在と長期滞在に取るべき戦略の違い)。

ヨーロッパの大学、もしくは大学院事情についてはことある毎に書いてきました(地中海ブログ:スペインの大学ランキング:総合ランキングではなく、学部間で競い合うというシステム、地中海ブログ:ヨーロッパの公立大学の授業料について、地中海ブログ:ヨーロッパの公立大学の授業料について、その2:スペインの教育システムの裏にある考え方)。また、前回の書籍に登場されたRCR事務所出身の小塙さんと藤井さんが企画されている短期留学体験みたいなオプションもバルセロナにはあったりします。

加えて、スペインの建築系の大学院に関しては、TOEFLやGREのような試験もなければ、厳格な入学審査(面接)のようなものもほとんどありません。また、学費も北ヨーロッパやアメリカに比べると格段に安く、近年は生活費が高くなってきたとは言っても、ロンドンやパリほどではありません。そういう意味において、南ヨーロッパへの留学というのは、北ヨーロッパ、もしくはアメリカへの留学と比べると「格段にお手軽かな、、、」という気はします。

では良いことばかりかというと、南ヨーロッパには「南なりのデメリット」も当然あります。その辺については当日のディスカッションで福岡さん、阿部さんと共に深めていけたら、、、と思っています。

井口:触れていただきたい内容は事前にお伝えしていました。建築論ではなく体験談として、海外へ出かけた動機、仕事の見つけ方、担当した物件、仕事の仕方、人との接し方、暮らし方、心がけ、目標、日本へ戻るきっかけや理由等々、です。特に海外にお住まいの方にはお会いしないまま書いていただくわけですから、一か八かみたいなところも正直ありますしね(笑)。

もう一つは、書き出しを揃えてもらいました。場所は違うけれども、現代という時間を共有していることが感じられるかなと思い、その日一日を振り返る描写で揃えてもらいました。

最終的に送られてきた原稿の中には、かなりリライトさせていただいたものもあれば、殆ど手を入れないものもありましたが、どなたも素直に、率直に書いてくださっていました。


初稿が真っ赤になって返ってきたのは僕です(笑)。かなりの部分が書き直し(ホントに真っ赤っかだったのです!)だったので、心配になってシザ事務所の伊藤さんに「い、伊藤さん、、、僕の原稿真っ赤なんですが、伊藤さんはどんな感じでした?」ってメールしたら、「あ、あれはですねー、出来の悪い人は真っ赤になるらしいですよ」っていう大変素直な返信があり(笑)、「や、やっぱりそうか!」と金曜日の夜に一人落ち込んでいたことも、いまとなっては良い思い出ですww
←ちなみにシザ事務所の伊藤さんも、前回の書籍「海外で建築を仕事にする」に書かれています。
←シザとのやり取りなどが巧みに組み込まれていて、すっごく魅力的な文章となっています。



井口:海外に限らないけど、人に直接会うことで情報や知見だけでなく別の人との出会いが必ずあるので、進路を開拓しようと思ったら自然とそうなるんじゃないでしょうか。

いしまる:建築に限らず、新天地というか、まったくコネがない場所で活躍するための術が実はこの本に載っているというか。


今回の書籍には15人分の人生が凝縮されています。各人がどのように考え、どのように海外へ飛び立っていったのか、そして彼の地でどのように仕事を選び、どのようにプロジェクトに絡んでいったのか、、、

それがそのまま他の人の人生になる訳では無いのですが、「海外へ出て行くということを人生の中にどのように位置付けるのか」を参考にすることは出来ると思います。そしてそのような視点で作られた書籍は以前は無かった様に思うんですね。

これは裏覚えなのですが、1980年くらいの「建築雑誌」に「海外留学特集」みたいなのがあって、当時の僕はその記事を穴が開くほど読んだ記憶があります。
←いや、僕の先生(渡辺純さん、ハーバードに留学)が寄稿されていたのです。
←あの当時、「今回のような書籍があったらなー」と思わずにはいられません。



いしまる:海外に行く予定はない、日本で仕事をしている人にこの本で何を一番感じてほしいですか?

井口:海外に行くかどうかは本当はあまり大事ではなくて「どこに居ても決まり切った進路の選び方なんて無いんじゃないの?」っていうことを感じてもらえたら嬉しいです。自分次第というか。


ここがこのインタビューの一番核心的なところだと思います。

「海外で建築を仕事にする」っていう本を出しておきながら何なのですが(笑)、実は海外に行くかどうか、海外で暮らすかどうかなんてことはあまり重要ではないと、僕も強くそう思います。

勘違いしている人が非常に多いのですが、海外には甘い生活が待っているとか、「海外に行けば何か面白いことができる」だとか、それは幻想に過ぎません。

他国で暮らすということは楽しいことばかりでは無く、くじけそうになることも多々あるし、全て投げ出してしまおうと思うことだってしばしばです。

また、見過ごされがちな事実として、我々日本人が海外で暮らすということは、「その国において移民になる」ということなのです。移民であるからには、定期的に移民局に行って何時間も待たされながらもビザを更新しなければならないし、「移民だから」と言う理由で仕事もかなり制限されます。

そしてそれは多分、その地域の文化を知れば知るほど、生活をすればするほど、「我々は日本人であり、この地では移民である」という事を思い知ることなんだと思うんですね。それが異文化の中で生きていく/生き残っていくということなのです。

では何故、僕はそんな思いまでして海外で働き、そして暮らしているのか?
←←←この続きは当日のディスカッションで。



井口:いざ企画書を書くときは、「どうしよう、めちゃくちゃ売れたら……」とか妄想しながら書いたりしちゃいます(笑)。


僕は書籍作りに関わらせて頂いたのは今回が初めてだったので、一般的に書籍がどういう風に作られるのか、編集側とのやり取りはどんな感じなのか、といったことに関しては全くの無知でした。

だから学芸出版社さんが僕にしてくれたこと、編集に関して井口さんが僕にしてくださったことが業界のスタンダードなのかどうなのか、それは分かりません。

しかしですね、彼女は僕の読みにくい原稿を一言一句丁寧に読んで下さり、僕の言いたいことを僕以上に理解してくれた上で、「こうしてはどうですか?」という適切なアドバイスを何度も何度もして下さいました。また、文章にあわせて載せる写真や図、スケッチなどを親身になって選んで下さり、その方向性に従って手直ししていくと、自分の原稿がみるみる良くなっていくのが分かる、そんな楽しい数ヶ月だったんですね。

もしかしたらこの様に親身になって執筆者の相談にのってくれるのは学芸出版社さんの社風かもしれませんし、もしくは僕を担当してくださった井口さんのお人柄だったのかもしれません。

でも、初めて参加させて頂いた本の担当が井口さんで本当に良かったと、いまでは心からそう思っています。

書籍作りを好きにさせてくれて、どうもありがとうございました!
| 仕事 | 11:06 | comments(1) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
デイヴィッド・チッパーフィールド(David Chipperfield)の建築:裁判都市(La Ciutat de la Justicia):建築間の対話による都市風景の創出
先週末1日だけ一般公開されたデイヴィッド・チッパーフィールド(David Chipperfield)のデザインによる裁判都市に行ってきました。「裁判都市とは何か?」というと、現在はバルセロナ市内にバラバラに点在している司法、裁判機能を一箇所に集め、コミュニケーションを円滑にする事によって、少しでも効率的に司法行政を行おうという試みの下に建設された都市(建築群)エリアの事です。



この裁判都市が位置するのはバルセロナ郊外のホスピタレット市(Hospitalet de Llobregat.)、丁度、伊東豊雄さんが計画されている2本の棟の目と鼻の先です。3億2,000万ユーロをかけて建設された8つの建物には、3,000人の労働者と1日13,000人の訪問者が想定されています。

先ず初めにとても巧いなー、と思った事はそのネーミングですね。ココでは「建物群」や「エリア」を創り出す事ではなくて、ある種の「都市」を創り出す事が意図されている。つまり、何にも無い郊外に求心力のある「核」を創り出すという、バルセロナのお得意の手法ですね。その証拠に、8つの建物群の一階には既にカフェやレストランなどの店舗がぎっしりと入る事が決まっています。





様々な機能が混在し、正に都市の街路、都市における街角を創出しようと試みていると言う所は、先ず第一に注目すべき点だと思いますね。

さて、そういうバルセロナ市の都市戦略、バルセロナ市にとっての「裁判都市の位置付け」というマクロな話に加えて、僕の関心はやはり「彼(デイヴィッド・チッパーフィールド)がこの建築で一体何をやりたかったのか?」という点に収束します。ずばり彼がやりたかった事、それは「異なる建物間での対話、そしてそれらが生み出す誰も見た事の無い風景」だと思います。

先ずこの建築の「物語」はココから始まります。



4つの独立した建築が重なり合い、少しずつズレる事によって、単体の建築では出現し得ない風景を演出している。これはバルセロナのスペイン広場方面から空港方面へと行く道路側から見た風景なのですが、彼は明らかにコチラからのアプローチを意識している事が分かります。



上の写真は反対側(つまり空港からスペイン広場方面)から建築群を見た風景なのですが、まとまりがあまり無い事に気が付くと思います。リズムが悪いんですね。(このようなアプローチの重要性についてはラペーニャ&エリアス・トーレスの傑作、トレドの大階段についてのエントリで書いた事と一致します:地中海ブログ:マドリッド旅行その4:ラペーニャ&エリアス・トーレス(Jose Antonio Martinez Lapena and Elias Torres)の建築その1

リズムの話をする時に僕がよく例に出すのが「キン肉マン」のオープニングの話です。僕はキン肉マンどんぴしゃ世代で、小学生の頃は毎週欠かさず見ていました。はっきり言って、「友情」とか「信頼」とか、そういう人生にとって大切な事は結構キン肉マンから学んだ気がする。

さて、オープニングにはこんな歌詞が出てきます。

私は、ドジで、強い、つもり、キン肉マーン。走る、すべる、見事に転ぶ。アー心に・・・

ココで、最初の塊は、4つのフレーズ(私は、ドジで、強い、つもり)+キン肉マーンで構成されている事が分かると思います。しかし、次のフレーズでは、「走る、すべる、見事に転ぶ」と3つのフレーズで構成されているんですね。前の規則に従うならば、「見事」と「転ぶ」が分かれ、4フレーズを構成するのが普通なのに、最後のフレーズが2つ重なり、3つのフレーズに収まる事によって、大変良いリズム感を出している事が分かると思います。

チッパーフィールドが作り出したリズムも基本的にはコレと一緒なんですね。



最初の建物(はじまり)を一番高くしておいて、段々に下げて行く。その規則に従うならば、最後が一番低くなるはず。しかしそうはせずに、3番目を一番低くしておいて、最後の締めを少し高くする事によって、アクセントを付けている訳です。一見バラバラに見える建物群でも、ナカナカ良く考えられている事が分かると思います。



更に周りを歩いてみると、如何に彼が建物の重なりによる「空の切り取り方」に気を払っているか?が分かると思います。



渡辺純さんが良く言われていた事を思い出します。「cruasan君ねー、都市スケールの建築において、何が大事かって、それは一本の線が大事なんじゃなくて、その線が端部でどう終わっているか?そしてその線が他の線とどう交わっているか?そしてそれらがどう「空」を切り取っているか?が重要なんだよ」と良く言われていました。





そしてココでは「見え隠れ」による、ある種の「奥行き」が演出されていると言ったら、あまりにも褒めすぎでしょうか(笑)。

そんな事を思いながら、先程の「物語のスタート地点」から少しずつ歩いてみます。



左手には我々の歩行を促進するかのように、緑の壁が進行方向に立ち、橙色の建物(壁)がまるでその運動を受け止めるかのように、優しく(斜め方向に)位置しているのが分かると思います。これらの二つの建物が切り取る「空」もナカナカかっこ良いですね。



そしてココでふと前をみると、エントランスが我々に向かって真正面ではなく、ハスに構えて出迎えてくれるのが分かると思います。この演出もナカナカ巧い。



緑色の建物が進行方向を向き、それを受け止める橙色の建物と一対となる事によって、自然と生まれた三角形地帯なのですが、それを上手く、斜め方向からのアプローチとして使っている事が分かると思います。



このような「斜に構える」デザインの好例は坂本一成さんがやられた住宅S、槙さんのヒルサイド、そしてジャン・ヌーベルのレイナ・ソフィアなどがあると思いますが、そういう観点から見るならば、この建築も明らかに「斜に構えるデザイン」において成功している好例だと言う事が出来ると思います(地中海ブログ:マドリッド旅行その2:ジャン・ヌーヴェル(Jean Nouvel)の建築:国立ソフィア王妃芸術センター(Museo Nacional Centro de Arte Reina Sofia))。

デイヴィッド・チッパーフィールド(David Chipperfield)の建築その2:裁判都市(La Ciutat de la Justicia):内部空間に続く。
| 建築 | 19:09 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
エンリック・ミラージェス(Enric Miralles)の建築その1:バラニャ市民会館(Centro Civico de Hostalets de Balenya):行き方
バルセロナから電車で1時間程の所にある小さな街、バラニャ−ホスタレッツ(Balenya-Els Hostalets)に行ってきました。目的はカタルーニャが世界に誇る建築家、エンリック・ミラージェス(Enric Miralles)の生前の傑作、バラニャ市民会館(Centro Civico de Hostalets de Balenya)を見る為です。二川さんが鉄骨が組まれただけの建設途中の状態を見て「コレは傑作だ」と直感し大ショックを受けたというのはこの建築のただならぬ質を表すエピソードだと思います。

ミラージェスが日本で騒がれるようになったのは丁度僕が学生の頃の事で、卒業設計をしている時に、渡辺純さんが「コレ良いよー」とか言われながらエル・クロッキース(El Croquies)を貸してくれたのを今でも覚えています。でも正直言って日本に居る時はミラージェスの建築にはそんなに惹かれなかったんですね。今日訪れたバラニャ市民会館だってクロッキースを見ていた時は、形としては面白いと思ったけどそれ以上のモノが見えませんでした。つまり形遊びで終わってる印象を持っていました。何よりあのグネグネ感の意味が僕にはさっぱり分からなかった。

しかしですね、そんなかなりネガティブな印象は実際に彼の建築を訪れてみて180度変わりました。彼の建築はシザの建築同様、写真には写らない何かしらの質のようなモノ、口では到底説明出来ない何かを持っています。これが建築の面白さであり、怖さでもある。やはり建築は実際に訪れて見ない事には絶対に分からない。こういう生身の体験こそグーグルには絶対に解決出来ない問題であり、ウェブ万能時代において最大限に価値のある情報なんでしょうね。そういう意味でお金と時間をかけて今ヨーロッパに身を置いている事は今後の僕の人生にとって確実に意味のある事だと思っています。

さて、今日は毎回恒例の「建築の歩き方」から。
先ずこの村に行く手段としては鉄道か車と言う事になりますが、ほとんどの人は前者でしょうね。と言う事でバルセロナから電車で行くバラニャの旅を紹介します。

目的地のバラニャは方向としてはカタルーニャ地方の観光地であるリポイ(Ripoll)やビック(Vic)の線上に乗っています。バルセロナ市内からリポイ行きかビック行きの電車に乗る事になるのですが、これらの電車が発車する駅は市内に3箇所:カタルーニャ駅(Barcelona-Pl. Catalunya)、サンツ駅(Barcelona-Sants)、そしてアルク・デ・トリュンフォ駅(Barcelona-Arc de Triomf)です。これらの駅からバラニャを通る電車は1時間に2本程度出ているようです。電車は約1時間20分程で目的地に着くのですが、問題はバラニャ市民会館の開放時間です。

電話で確認した所、見学の為の一般公開は木曜日と金曜日の朝9時から14時までと制限されているとの事でした(2008年5月現在)。見学に最低1時間は見るとして逆算すると、例えばバルセロナサンツ駅を7:15、7:57、8:27、9:17、9:30、10:20、11:06に出て、到着がそれぞれ、8:37、9:07、9:47、10:52、11:40、12:20着となりますね(時刻表は頻繁に変わりますので、詳細は必ず駅で確認してください)。帰りも同様に1時間に2本程度はバルセロナ行き(ホスピタレット(L'Hospitalet)行き)があります。



さて、駅に着いたら先ずは電車の進行方向を向いて進みます。



するとトンネルらしきものがあるのでくぐりましょう。





くぐった直ぐの所がT字で突き当たりになっているので、そこを右に曲がります。あとはこの道をひたすら真っ直ぐ進むだけです。



5分程歩くと右手側にコンクリの建物が見え壁面に大きく「Ajuntament De Balenya」と書かれた建物が見えると思います。ココが目指す建築です。入り口は壁に沿って左手に回った所にあります。

エンリック・ミラージェス(Enric Miralles)の建築その2:バラニャ市民会館(Centro Civico de Hostalets de Balenya)に見る建築の質:社会文化の表象としての建築:ミラージェスの場合に続く。

追記:

2012年6月にこの建築を再び訪れたのですが、開館時間に若干の変更がありました。月曜から金曜の9時から14時まで、午後は月曜日のみ17時から19時となっていました。一応念の為に行く前に電話で確認する事をお勧めします。又、電車の時刻なのですが、こちらは年毎に少しずつ変わる様ですので、カタルーニャ近郊鉄道のページで確認してください。
| 建築の歩き方 | 19:20 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
アントニ・ガウディ(Antoni Gaudi)の建築:コロニア・グエル(Colonia Guell)その3:教会堂の内部空間とステンドグラス
前々回のエントリ、アントニ・ガウディ(Antoni Gaudi)の建築:コロニア・グエル(Colonia Guell)その1:行き方、そして前回のエントリ、アントニ・ガウディ(Antoni Gaudi)の建築:コロニア・グエル(Colonia Guell)その2:コロニア・グエルの形態と逆さ吊り構造模型、に続いて今回は内部空間の紹介です。

正面入り口前は2つのポーチで構成されています。一つは大きなポーチ、もう一つは階段を数段下がった所にある小ポーチです。







沢山の斜め柱とその間を繋ぐリブ、そして程よい高さに抑えられた天井とが相俟って、まるで包み込まれるよう。エドゥアルド・チリダ(Eduardo Chillida)が拳を丸めた、とても暖かいスケッチを残していますが、それを空間に表現すると正にこんな感じかな。



そしてこのリブのデザインなのですが、二つの面を多角的に組み合わせた絶妙なデザインになっています。



それを洗練させたのが、渡辺純さんが担当された幕張メッセ国際会議場2階の大ホール前のロビー空間の柱のデザイン。



形といい素材の選び方といい、「これでもか」というほど洗練されている。

教会堂前のこの空間でもう一つだけ言及したいのが、土色の柱や壁を背景として映えるモザイクです。





ガウディ建築には多彩色の紛糾タイルによるモザイクが使用されている事が一つの特徴となっていますが、コロニア・グエルにおける抑制されたモザイクの使用のされ方は、紛糾タイルとそれに伴う曲面が相乗効果をなして傑作を創り出しているグエル公園よりも個人的には好きですね。

そんな事を思いながらイザ中へ。と、その前に入り口に注意書きがあり、「教会内部写真撮影禁止」とある。ザンネーンと思っていた所へ、警備員のおじいさんがやってきて聞いてみた所、「写真撮影OK」との事。ありがとー。後日ネットでコロニア・グエル情報を探した所、こんな記事を発見。さすがスペインといわんばかりに、この辺は曖昧なんだなー。

という訳で、晴れて撮影許可も下りた事だしウキウキ気分で教会堂内部へ。

先ず第一に目に入るのが前回少し紹介した教会堂中央にある4本の内転び柱です。荒々しい自然石仕上げになっていて今見てもかなり新鮮。



上階へと続くはずだったと思われる作りかけの「未完の螺旋階段」はカタラン・ボールト(La bóveda catalana)独特の薄さと相俟って不思議な軽さを醸し出している。



祭壇にはジュジョール(Josep Maria Jujol)のデザインした天使が居ました。



背中の羽根がある事で大変躍動的な表現になっています。

空間的に巧いなと思ったのはこの部分:聖キリスト礼拝室です。



この部分は明らかに「他とは違う」という表現が散りばめられています。例えばこの柱。他の柱が教会の中心に向かって傾いているのに対して、ココの柱だけは反対側(外側)に向かって傾いている。柱を2本立てるだけという単純な操作によってこの部分が小さな空間として認識されるに至っている。その感覚をより促進するのが天井操作ですね。



この部分だけが、他の部分よりも天井高を低く抑えられる事によって、「特別感」を強調している。

思えばガウディという建築家も天井のデザインが非常に巧い建築家です。彼の天井デザインの一つの到達点がカサ・バトリョ(Casa Batllo)の階段室のデザイン。



建物全体としてはサン・ジョルディ(Sant Jordi)の伝説をモチーフにしているのですが、階段はドラゴンの尾びれが手すりとなって駆け上がっていくという物語を構成しています。注目すべきは手すりと天井の切り返しのデザインですね。

これを見た時に心に浮かんだのはシザです。当ブログで何度も言及しているように、シザの建築の特徴の一つを僕は天井のデザインに見出しています。興味深い事に、あるインタビューでシザは若い頃バルセロナに来てガウディに大変な影響を受けたと語っています。もしかしたら、若い頃のこのような体験が後の銀行の天井のデザインなどに昇華していったのかもしれませんね。

さて、このような様々な興味深い要素から構成されているコロニア・グエル教会堂内部なのですが、その中でも特に素晴らしいのがステンドグラスのデザインです。



大小様々なステンドグラスがデザインされ、数にして22個、その内20個がシンメトリーに配置されています。少し丸みを帯びたそのデザインは、マツボックリの断面のようでもあります。何処と無くロマネスクのような温かみを感じます。



こんなデザイン何処かで見たような気がするなー、と思っていたらエヴァンゲリオンの敵のデザインに似ている。宇宙に浮いてて爆弾を落としてくるヤツです。



よく知られているようにエヴァンゲリオンには様々なアート的要素が散りばめられている事から、コロニア・グエルのデザインを引用していたとしてもそれほど驚くべき事ではありませんけどね。

僕がこのステンドグラスをボーと見ていた時の事、例の親切な警備員のおじいさんがやってきて、「このステンドグラス、開くんだよ。見たい?」とか言われたので、即答「勿論」。という訳でこれが窓を開けた状態。



下側4分の1程がチェーンを引っ張る事によって開く仕組みになっているようです。

アントニ・ガウディ(Antoni Gaudi)の建築:コロニア・グエル(Colonia Guell)その3:プッチ・ボアーダ(Puig i Boada)とジョアン・マラガル(Joan Maragall):ガウディ新資料発見か!に続く。
| 建築 | 22:08 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
マドリッド旅行その2:ジャン・ヌーヴェル(Jean Nouvel)の建築:国立ソフィア王妃芸術センター(Museo Nacional Centro de Arte Reina Sofia)
昨年拡張工事を終えたばかりの国立ソフィア王妃芸術センター(Museo Nacional Centro de Arte Reina Sofia)に行ってきました。担当したのは先日プリツカー賞(The Pritzker Architecture Prize)を受賞し、今乗りに乗ってる建築家、ジャン・ヌーヴェル(Jean Nouvel)。ジャン・ヌーヴェルの建築はこれまでアグバルタワー(Torre Agbar)など幾つか見た事がありましたが、あまりピンとこなかったというのが正直な所でした。あのある種独特な「ネチー」としたデザインの何処がどう良いのかさっぱり分からなかったんですね。その一方で彼の建築が世界中で評価されているという事は、あのネチネチデザインがフランスの社会文化を何かしら表しているのか?とか考えたりもしたんですが・・・

コレは結構重要な事で、例えばアルヴァロ・シザ(Alvaro Siza)の建築の本質というのは、彼の建築がポルトガルの社会文化を表象している・する事が出来ていると言う事だと思うんですね。ポルトガルという国は大変に「のんびり」したお国柄で、「待つ」という事が重要な意味を持つ社会だと体感しました。そんなポルトガルという国をシザの建築の「おおらかさ」が表象しているんじゃないかという事が分かりかけてきたのは、ポルトガルに住んで半年くらい経った時のことでした。(そんな彼の建築の本質をずばり写真を通して見極めている二川さんはやはりすごい)

建築は表象文化である為、その建築家が育った環境やその建築が建つ文化社会にある程度身をおいてみない事には、「その建築が何を表象しているのか?」という事はナカナカ判らないと思うんですね。これは勿論ジャン・ヌーヴェルにも言える事で、もしかしたら彼の建築がフランスの何かしら空気のようなものを表しているのかもしれない。そしてそれが評価されているのだったら、フランスに居住した事の無い僕には分かりずらいのかもしれないなーとか思ったりして。

まあ、それは「デザインの巧さ」という話とは又違う次元の話で、というのも「表象の問い」は最終的なデザインが一体何を表しているのか?という事ですから。そしてそれは狙って出来る事では無い。例えば日本文化を表象しようとがんばって無理にデザインしたものほど気持ちの悪いものは無い、というように。

そうではなくて、無意識下においてデザインの隙間から滲み出るものが何かしらの空気を表象している、もしくは表象してしまう能力を持つ人の事を建築家と呼ぶわけですね。それこそ「建築家とはその社会に生きる人々が潜在下に思っていながらナカナカ形に出来なかったものを一撃の下に形にする行為である」わけなのですから。

そんな事を考えながらソフィア王妃芸術センターを訪れたのですが、この建築はデザインという観点から見た時に大変に良い建築だと思いました。何故かというと、やりたい事がきちんと見えて、それがデザインにまで昇華されていると思うからです。



やりたい事は単純明快で、大屋根を架けてその下に格子状の箱を整頓しつつ、半屋内・屋外空間を創り出すという事だと思います。

先ず屋根を徹底的に薄くシャープに見せる事を第一と考えています。まあ当然と言えば当然で、ココがこの建築の勝負所だからです。この屋根がシャープに見えるかどうかでこの建築の質が決まってくる。そしてそれを成功させるために、様々なデザイン的な工夫がなされている。

先ずは遠景。



学生の時に渡辺純さんが口を酸っぱくして言われていた事の一つに「建築のシルエット」の問題がありました。模型に裏側から光を当てて、その建築のシルエットを薄目で見てみる。すると、その建築のエッジが「どのように空を切り取っているか?」、「その線が他の線とどのように交わっているか?」そして、「その線が端部でどのように終わっているか?」という事がよく見える訳ですね。



写真は夕方に撮影したのですが、この大屋根のシルエットは今まで見た事が無いような風景を出現させています。



遠景から見た時のもう一つの特徴が「建築が斜に構えている」という事です。こういう時のデザインの定石は、手前側に比較的軽いものを持ってきて、奥に行くほど濃くしていくという手法。この建築の場合には、定石通り、手前側に格子の箱を縦3つ低層に積んで、横6つ並べ、向こう側にある階段とのデザインの切り替えに縦に6つ箱を積み高層としている。そしてそのデザインの物語が斜に構えた階段で終わるという構成。何故に、最後の階段部分を「斜に構える必要があるか」というと、終わり方をオープンエンドにするためですね。



「斜に構えた建築」の好例としては坂本一成さんの「S」でしたっけ、住宅が非常にうまいデザインを展開されています。屋根の切り返しのデザインで上手い事、角地の特性を引き出しているデザインです。

ヌーヴェルが今回採用した「斜の階段で終わる物語」という事では、槙さんがヒルサイドテラスで大変見事なデザインをされていますよね。



さて、大変に印象的な大屋根なのですが、とりあえず、張り出しが尋常じゃ無い事に直ぐに気が付きます。これはこの建築に絶対不可欠で、支え柱を数メートルセットバックさせる事で、屋根が浮いているという印象を強烈に与える事に成功していると思います。



これだけのキャンチレバーをしようと思ったらかなりの幅の鉄骨が必要となると思うんだけど、そんな事を感じさせないような「ツルッ」としたデザインに仕上げています。

その秘密がコレ。





これは横から見た所なのですが、先っぽの方を極力薄くしておいて、三角型に奥に行くに従って鉄骨の幅を広くしていくという構造デザイン。そして軒先を日本建築のように少し上方に傾ける事によって更に軽さを演出している。

そしてこの構造を生かすかのように、薄い大屋根の一部分に開口が開いていて、そこに厚みが付いている。





この「薄い大屋根」と「厚みのある開口」という対照は非常にドラマチックであり、驚きを与えます。

そして旧建物と大屋根との間に出来ている少しの隙間が、ホンの数十センチ開いていて、それがピシッと真っ直ぐに伸びている事も、この屋根のシャープさを際立たせる事に貢献しています。



構造を生かした見事なデザインだと思います。

さて、僕にとってかなり謎なジャン・ヌーヴェルという建築家を謎足らしめているのがこの空間。



これは大屋根の下に併設されているカフェテリアなのですが、非常に暗くて閉鎖的な空間。お世辞にも「気持ちが良い」とは言えない。



このカフェテリアでコーヒーを頼んで、2時間ほど「どうしてこの人はこんな空間を創ったのかな?」と考えていました。何でかって、もしこの空間をヌーベルが心底気持ちが良いと思っているとしたら、それは人間の感覚としてはちょっと異常だと思ったからです。

その時に思ったのは、もしかしたらジャン・ヌーベルという人はわざとこのような空間を創り出しているのでは無いかと思ったんですね。つまり現在主流の透明感ある光溢れる空間はありふれているし、その方向でいったら絶対にフォスター(Norman Foster)や伊東さんには勝てない。故に戦略としてその反対方向である、暗い空間にポツンポツンと漏れる光空間を創る事に専念しているのではないのか?

そしてそのような主流に対するアンチを戦略的に提示する事の隙間から無意識に漏れてくる何かが彼の建築を特別なモノにしているという気がします。つまり戦略的にやっているんだけれども、それ故に現れてくる非戦略的な部分に彼の建築の本質があると。そういう事が全て分かった上でやっているとしたら(絶対そうなんですが)、彼は相当な切れ者で勝負師だと思いますね。
| 旅行記:建築 | 13:33 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
アンドレア・パラーディオ(Andrea Palladio)とヴィチェンツァ(Vicenza)
「ルネッサンス−、情熱―、」という訳でヴェネチアの西、約60キロに位置するヴィチェンツァに行ってきました。ヴェネチアから特急で約1時間の所にあるこの街は人口11万人のとてもこじんまりとした都市でありながら、毎年多くの観光客を惹き付けています。その理由はこの小さな街に点在する多くの建築がルネッサンスの建築家、アンドレア・パラーディオ(Andrea Palladio)によって設計され、1994年にはユネスコ世界遺産(UNESCO World Heritage)に登録されたからなんですね。

アンドレア・パラーディオの街として知られている中心街を歩いていると,まずは目に飛び込んでくるのが真っ白な石で2層構造にされたバジリカ(La Bassilica Palladiana)です。



見た瞬間にそのプロポーションの良さから「美しい」と思える建物ですね。上階にイオニア式、下階にドーリア式の柱を配して、アーチとアーチの間に太い柱、円形穴・・・など論理としては幾らでも説明出来るけど、そんなものふっ飛ばしてしまうくらいに、第一印象のプロポーションの良さが感覚に訴えかけてくる。



同じ間隔の柱の繰り返しで構成されているファサードは、やはり一番角の所の柱の間隔を微妙に変える事によって「角っこ」の特異性を出している。



やはりデザインはこれくらい静かな方が心地よいですね。

近寄ってみると、当たり前の事だけど、石を削り出してダルマ落としのダルマのように輪切りにして柱を構成しているのが見えて面白い。



500年もの月日が経つ内に継ぎ目と継ぎ目がひっついて、まるで一本の柱のようになっている所に年月の重さを感じる。

僕が行った時は改修中で中に入る事は出来ませんでした。(2008年3月現在)この真っ白な石の上に青銅で葺かれた舟底屋根が載った姿はさぞかし美しいんだろうなーとか思いつつ、こればっかりはしょうが無いと諦める。

次に向かったのはオリンピコ劇場(Teatro Olimpico)。



建物の中にルネサンスの十八番である遠近法を用いて、内部に外部を創り出してしまったこの空間は圧巻。





さて、今日の本題は通称ラ・ロトンダ(La Rotonda)として知られるヴィラ・カプラ( Villa Capra Valmarana)です。この建築の特徴は平面が完全な対称形をしていて、四方向の正面全てに同じ神殿風の階段とポルティコが取り付けられている事です。よって、何処から見ても同じ様に見えるんですね。

行き方は鉄道駅横にあるバス停から8番に乗って、何時ものように運転手に「ヴィラ・カプラが見たい」と言えば近くで降ろしてくれます。



そこから案内板に従って5分くらい坂を上っていけばヴィラ・カプラ正門に着きます。

さて、正門を入ると並木道の奥にラ・ロトンダが佇んでいます。



先のバジリカ同様、そのプロポーションの良さには驚かされる。それ以外言葉が見つからないし、説明も出来ない。見た瞬間に感覚に「ビビビ」とくる感じ。僕の建築の師匠である渡辺純さんが、「松田聖子を初めて見た時、ビビビときた」とか言ってたけど、正にそんな感じかな。ちなみに渡辺さんは松田聖子と言わずに「聖子ちゃん」とか言ってたし・・・そんな人が、こんな見事なデザインをするんだから人間分からない。多分彼はデザインの巧さという事で言えば日本で数本の指に入るのではないか。

さて、このラ・ロトンダを先ずは一周回ってみて思った事:どうしてパラーディオって4面同じファサードにしたのかなという疑問が沸いたんですね。幾何学を用いてルネッサンスの理想的な建築を実現したという事は色々な所で言われているけど、直感的にそれだけかな?と思ってしまったんですね。

そう思ったら最期、納得するまで徹底的にやってみないと気が済まないのが僕の性格です。「何で同じファサードなのかなー?」とか思いながら結局、周りを30回くらい回った所で、「そうか」と分かった事がありました。確かに建築のファサードは4面とも一緒なんだけど、立ち位置によって見え方が違うんですよ。

先ずは正面から入ってアプローチから見た所。



並木道があるためにパースの利いた空間を体験する事が出来ます。

次に左側に回りこんでファサードを見た所。





階段前に取られている前庭がアプローチに比べて短い為、先程よりも近寄ってファサードを見る事になります。

更に左に回りこむと前庭空間はぐんと縮まり、かなり間近かでファサードを見る事になります。





この段階になると、ファサードを見るというよりもファサードを見上げるという幹事になります。



そして最終面に至っては、ほとんどファサードの中に入っているという感じになってしまいます。







このようにファサードとの距離によって同じファサードにも関らず、見え方が全く違ったものになるわけですよ。

パラーディオは実はそれを狙っていたのではないのか?つまりわざと4面同じファサードを創っておいて、「同じ世界でも見方によって、その世界は姿を変えて現れる」という事を言いたかったんではないのでしょうか?そうじゃないと、何故ここまでこだわって平面を同じにしたのに、前庭空間は同じにしなかったのか?という疑問に対するうまい答えが見つからない気がするんですね。

まあ、パラーディオの本意がどうであれ、僕は彼の建築からそれを読み取り、学びました。それが大事だと思います。ある事象に対して何を感じ、何を思い、どう自分の中に吸収していくか。人間十人十色なのだから、一つの芸術作品に対して同じ感想を持つ必要は無いと思うんですね。そんな感じ方や吸収の仕方の違いと自己の中での醸成の違いが、その人のデザインに現れるので、建築とは千差万別で面白い訳ですよね。ちなみにシザはこれがホントに上手い建築家です。出発点として人のデザインを拝借してはいるけど、ある瞬間に「ふっ」と彼の建築になっている。表面的にはハンス・シャロウン(Hans Scharoun)アルヴァ・アールト(Alvar Aalto)なんだけど、彼の建築が醸し出している空間の質はやはりシザのもの。

そんな事を考えながら、後日、僕が大変信頼し、且つ大親友である結婚式教会の村瀬君にあれやこれやと質問メールを送った所、大変に興味深い答えが返ってきました。ちなみに村瀬君は日本建築史の小寺武久先生の最後の弟子であり、ゴシックの神様こと飯田喜四郎先生の家に毎週お邪魔してお茶を飲みながら生話を聞いているという名古屋の宝。

彼曰く、

「・・・スカルパはパラディオが凄く好きだった見たい。以前読んだ本のなかで、スカルパのお弟子さんの挿話があってスカルパは仕事に詰まると、弟子を連れてパラディオをよく見にいっていたんだって。んで「みろ、だからパラディオは素晴らしいんだよ!」とか
いって満足そうにしてたらしい。

私がルネサンスの建築家に対して単なる歴史的な解釈や造形思考への探求以上に興味を持つのが、これら近代建築家の優れた感覚を持つ人々が、たえずルネサンスの建築家へ憧憬する姿勢に惹かれていることにとても惹かれるからなのです。おそらく、私にはいまだ得られていない造形の深い世界がそこには切り開かれているんじゃないか、そう思っています。」


僕が、ラ・ロトンダを見ながら考えていたのは実はスカルパの事だったんですね。前回のエントリで僕はこんな事を書いています。

「そしてココでさっき後ろを向いていた彫刻を見ようと後ろを振り返ると、さっき通ってきた風景がココでもう一度姿を現す訳です。そしてこの風景は当然の事ながら同じ空間でありながら違った風景として現れます。

もう明白だと思うんですが、スカルパがココで行なっている事は彫刻を用いた人の動きと視線のコントロールな訳ですよ!!!
・・・・・
これらの手法も前回までと同様、この展示空間で、ほとんど何もいじる事が出来なかった故に出てきた彼なりの熟考の賜物だと思うんですね。知らず知らずの内に動かされ、空間を体験させられる。建築エレメントを付加出来ず、それでは差異化出来ないが故に出て来たアイデア。同じ空間を違う角度から見せる事による、世界の再発見とでもいうか・・・」


数十年前、スカルパはここへ来てきっと僕と同じ事を思い感じたのではないでしょうか?そしてそれが後のカルテルヴェッキオ(Castelvecchio)クエリーニ・スタンパリア(Fondazione Querini Stampalia)に見られる「奥」のある風景に結実していった・・・そう考えたくなってしまうほどのロマンです、正に「ルネッサンス、情熱」。
| 旅行記:建築 | 18:09 | comments(3) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加