地中海ブログ

地中海都市バルセロナから日本人というフィルターを通したヨーロッパの社会文化をお送りします。
ももクロの「さらば、愛しき悲しみたちよ」のPVを見て思った事
前々回のエントリで書いた様に、年越しはボストンで仲良くなった友達の家で無茶苦茶美味しいおせち料理を御馳走になりながら紅白なんかを見て盛り上がっていたのですが(地中海ブログ:新年あけましておめでとうございます2013:Feliz Año NuevoとFeliz Ano Nuevoの違い)、その時に偶然にも今年話題のこの人達の映像を初めて見る機会に恵まれました:

 

そう、今年大ブレークした、ももいろクローバーZの映像です。僕の周りでも「追っかけするほど大好き!」っていう人が何人かいるのですが、僕自身は今まで一度も彼女達の曲を聴いた事も無ければ見た事も無く、多分僕一人だったらこのまま見る機会も無いまま‥‥っていう感じだったと思います。

余談なんだけど、実はこれがネットの非常に恐ろしい所で、無限の選択肢と無限の自由が与えられているという事は、自分の好きなものだけを見続ける事が可能という事であり、結果として「予期せぬ偶然の出逢い」という可能性を排除している事に等しいんですね。これこそキャス・サンスティーンが警告したサイバーカスケードという現象です(地中海ブログ:一瞬ヒヤッとした事)。

ももクロに話を戻すと、彼女達が歌った一曲目を聞いていて何故かとても不思議な感覚、そう、とても懐かしい感覚に襲われました。最初の内は「それが一体何なのか?」という事が全く分からなかったんだけど、家に帰ってちょっと調べたら、どうやらこの曲は布袋寅泰が作曲と編曲を担当したらしいという事が判明(そんな事は多分みんな知ってると思うんだけど、僕は全く知らなかった!)。「ほー、そうなの?」とか思いながら、もうちょっと調べたら、こんなページを発見:

 

ふむふむ、どうやら年末に行われた紅白のステージでは、彼女達の演出に「隠されたメッセージ」が込められていたとの事。記事を読む限り、ももいろクローバーというのは昔は6人グループだったらしく、だいぶ前に抜けたそのメンバーに向かって床を青く光らせたり、胸についてる飾りを光らせたりしてメッセージを発していたという事らしいです(上の動画で2分50秒くらいの所)。

「ほう、ももクロとはそんな事をやるグループなのか」‥‥と、そう思ってしまったら最後!色んなものが色んな所からの引用に見えてきて、彼女達の胸に付いてる「光る目」がサルバドール・ダリの作品(地中海ブログ:知られざる美術館、ダリ宝石美術館:動く心臓の宝石はダリの傑作だと思う)にしか見えなくなってきた(笑)。



まあ、そんな事は絶対無いとは思うんだけど(笑)、「そういう深読みをさせる」という文脈を創り出している所が結構重要かなとは思います(あとで聞いた所によると、目だと思っていたこの飾りは、実は地球だったのだとか)。

そんな事も手伝って、帰ってから「さらば、愛しき悲しみたちよ」のPVを見たら、これが結構面白くって、その創り方やデザインなどについてちょっと思う所があったので「少しだけ書いてみようかな」という気になったと言う訳なんです。

注意:以下に書く事はあくまでも僕個人の見解であって、今現在まで、ももいろクローバーZを全く知らなかった建築家が勝手に想像を膨らませて書いているだけです。「まあ、こんな見方もあるか」くらいに思って頂ければ幸いです。

このエントリの元原稿は、初めてももクロの映像を見た直後(数時間の内)にドバッと書いたものが下地になっています。それから今日まで約3週間、ネットで情報収集をするにつけ、彼女達のパフォーマンスの多くはプロレスからヒントを得ているという事や、彼女達の楽曲の多くはヒャダインが手掛けていて、実はそちらの方がメインストリームであり、そちらの方にこそ「ももクロ」と言うグループの特徴が良く見えるという事など、色んな事が分かってきました。

それらの背景が分かってくるにつけ、「今回書いた記事はちょっとズレてる所があるのかな?」と思う様になり、手直しをしたり、はたまた公開するのを辞めようかとも思ったのですが、まあこれはこれで「初めてももクロの映像を見た時の衝撃」、「何も知らないが故に書ける文章」と言った新鮮な部分が垣間見えて、1つの記録として残しておくのも悪くないと思い、記事の公開に踏み切ったという経緯があります。

この記事の元原稿を書き上げた時点で、この夏までMITに滞在されていた慶応大学SFCの深見嘉明さんに大変貴重なアドバイスを頂きました。どうもありがとうございました。今度是非、Bigelowハウス(地中海ブログ:
ボストン美術館に再現されているカタルーニャ・ロマネスク教会)に遊びに来てください!

 

さて、先ずはこの歌の主題から。 題名が「さらば、愛しき悲しみたちよ」とある事から、誰か(主体)が「悲しみたち」に「サヨウナラしている」という場面である事が想像出来ます。昔、齋藤由貴が歌ってた「めぞん一刻」の主題歌「悲しみよこんにちは」とは逆方向を向いてますね‥‥と、ここで補助線を引いておく。

 

で、「さらば、愛しき悲しみたちよ」の歌詞をもうちょっと見てみると、至る所に2項対立が鏤められている事に気が付きます。(行くの/行かないの?、言いなよ/言えない‥‥みたいな)。

この様な2項対立が出てくると言う事は、目的を実行するにあたって、何かしらの躊躇をしている、そしてそれを乗り越えて行く事で歌詞の中の物語が展開している‥‥と歌詞の中に流れる物語の内容を推測する事が出来ます。実際にPVを見ると明らかな様に、それらの対立が「善と悪」、「天国と地獄」、「白と黒」といった対で表され、曲の前半は心の中の葛藤が、後半はその葛藤を乗り越えた所にある天国の様子が描かれている事に気が付きますね。しかもその天国はどうやら夢を媒介にして辿り着く場所らしい:

「そしてどこまでも続く夢を見た。天使が舞い降りてきた」

夢と言えば当然の如く夢判断のフロイトなんだけど、まあ、葛藤した挙げ句、夢の世界で何かを得て、そして現実に戻ってきて目的を達成した、パチパチパチみたいな感じなのかな‥‥と。

 

で、ここまで書いてきて分かる人にはもう分かったと思うのですが、この歌の主題、それはズバリ「自分探しの旅」です。つまりはオデュッセイア以降、文学や詩、そして映画に至るまで様々なジャンルで散々語り尽くされてきた主題、それが今回の曲のテーマとなっているという訳なんです(地中海ブログ:映画:愛を読む人(The Reader):恥と罪悪感、感情と公平さについて)。

もう少し注意深く読み込んでみると、「愛しき悲しみたち」とは、昨日=「過去の何ものかである」という事が分かってきます。何故なら、歌詞の中に出てくる:

「さらば、昨日を脱ぎ捨てて」

と言う箇所が「さらば、愛しき悲しみたち」に対応しているからです。つまり、彼女達は「その様な過去を乗り越える事」が目的であり、その様な過去に「さらば!」と言い切る事によって、ももクロというグループがもう一段階成長する(=振り返るな、我らの世界はまだ始まったばかりだ)‥‥という物語が暗示されてる訳ですよ!

‥‥主題が自分探し、過去との決別、それを踏み台にしての成長を描いている‥‥という事は、その分析をしようとすると、当然その当事者達(ももクロ)がこれまで歩んできた人生、もしくはそのバックグラウンドに大きく影響される事になる為、ももクロの事を全く知らない僕にはこれ以上の読解は不可能という事に‥‥。という訳で、この線はここでボツ(笑)。

 

で、ここからは、もう一点大変気になる事があったので、そっちの方を攻めていきたいと思います。その鍵となるのが、僕が彼女達の映像を初めて見た時に感じた印象、「懐かしい」という点です。この問いはこう言い換える事が出来ます:

「何故僕は彼女達の歌に懐かしさを感じるのか?」

‥‥と。何度も繰り返す様に、僕はこの「ももクロ」というグループをサッパリ知らなかったので、曲を聴く前は「元気の良い女の子達のグループ」というくらいの認識しかありませんでした。ところがですよ、曲が始まってみたら、かなりのロック調!しかもカッコイイ!率直に言って、先ずはそのミスマッチにかなりビックリしたかな。齋藤環さんの「戦闘美少女の精神分析」を持ち出すまでもなく、日本人というのは昔から可愛い女の子が戦闘したり、マシンガンを持ったりっていうのが大好きなので、この手のジャンルは伝統的と言えば伝統的なんですけどね(例えば薬師丸ひろ子のセーラー服と機関銃)。

 

ちなみに闘う美少女のもう1つの代表作、スケバン刑事II少女鉄仮面伝説の第一話を(この間偶々)見ててビックリしたんだけど、南野陽子が登場する場面がちょっと凄いんですね。初代スケバン刑事(斉藤由貴)の後釜を捜していた西脇(蟹江敬三演ずる闇警察)が見つけてきた逸材、それが南野陽子扮する五代陽子(後の2代目スケバン刑事、麻宮サキ)なんだけど、彼女の事を闇指令にビデオで紹介する時の台詞がコチラです(下の動画で2分くらいの所):

 
TV「スケバン刑事 2 少女鉄化面伝説」 第1話「登場!謎のスケバン鉄仮面... por dekamagi30

西脇:「実は一人、面白い人物がいるんですが‥‥」
幹部:「ん?見せてみろ‥‥(ビデオを見て)な、なんだこれは!」
西脇:「五代陽子‥‥またの名をスケバン鉄仮面‥‥身長160センチ、体重49キロ、バスト80センチ、ウエスト56センチ、ヒップ82センチ‥‥」


あ、あれ、スケバン刑事になるのにスリーサイズとか関係無くないですか?(笑)。こういうのをサラッと何の問題も無くやっている、これだから昔のドラマは面白い!

で、このももクロの「さらば‥‥」を聞いた時、僕が一番最初に思ったのが、この「闘う美少女」とでも言うかの様な組み合わせのズレ、その中でも僕の目を惹いたのが天使の表象とも言える小さな女の子を場面の切り返しに用いている場面です(上の方の動画で1分15秒くらいの所)。実はこの手法も昔から良くやられていて、古くはこちら:

 

エルガイムのオープニング。1:02秒くらいの所から、ロボットと女の子(妖精)の切り返しが使われています。又、この曲を作曲した布袋自身のPVでも使われています(動画を探したけど無かった)。ベビベビベイビベイビベイビベイビベイベーのあれです(笑)(他にも探せばもっと出てくると思う)。

 

ちなみに彼女達の8thシングル、「Z女の戦争」が「闘う美少女」っていうテーマを真っ正面から取り扱ってるんだけど、非常に面白事に、この曲「リンリンリリン〜」で始まってる。勿論フィンガーファイブ。しかもその後は、ヤッターマン宜しくの「ワンワンワン」とか言ってるし(笑)。

「あー、何か懐かしいなー」とか思いながら見ていたら、今度はオナペッツが登場(上の方の動画で30秒くらいの所)。

 

オナペッツとは90年代初頭にテレビやCMで一世を風靡した伝説のドラッグクィーンなんだけど、このキャラも懐かし過ぎる!(実は後から教えてもらったのですが、どうやらこのピーナッツ頭の元ネタはオナペッツではなく、コーンヘッズとかマーズアタックらしいです)。もうちょっと言っちゃうと、歌詞の中で出てくる:

「見ざる、言わざる、聞かざるでござる」

とは、まあ、誰でも分かる様に「バザールでござーる」ですよね。これが世に出たのが1991年。それが今回の歌詞にも登場する。



さて、ここまで書いてきて一体何が言いたいのか?

つまりは、これら懐かしい香りのするフレーズや映像、そしてBOOWY世代には溜まらない布袋のロックなどを総動員する事によって、当時中学生、高校生、更には大学生だった世代に郷愁を与え、その懐かしさによって取り合えず、彼ら/彼女達の気を引こう、あわよくば取り込んでしまおうという戦略が垣間見える訳ですよ。そう考えると、この曲の題名の「さらば、愛しき悲しみたちよ」とは、(上述した「めぞん一刻」の主題歌)「悲しみよ、こんにちは」に対応しているのかもしれない‥‥とすら思えてくるから不思議です:

 

バブル全盛期の80年代に歌われた「悲しみよこんにちは」において、斉藤由貴は「悲しみ」に対して「こんにちは」と言ってるだけなんだけど、ももクロの場合は、躊躇し、悩み、苦しみ、そしてそれらを乗り越えた所で初めて「悲しみにサラバする事が出来ている」‥‥。つまり、2000年代を生きる女の子達は80年代の様に単純ではないんだぞ、と。

そしてそして、何より「上手いな」と思うのは、ももクロというグループの周りに展開する物語(ストーリー)、ありとあらゆる事象を巻き込みながら、見ている人にこの様な深読みを誘発させる構造を可能としている所だと思います(つまりエヴァンゲリオンと同じ)。

だから多分、僕がここで展開してきた論は全くの検討ハズレであって、あっち側からしたら「しめしめ、まんまと引っ掛かりやがって」って感じなのかも知れません。いや、きっとそうだと思います。その様な戦略がチラチラ見え隠れしている所、知らず知らずの内にその様な戦略に乗らされてしまう所、そこにこそこの「ももクロ」というアイドルの真骨頂があるのかなーと、いつも行くボストン/ケンブリッジにあるカフェでクロワッサンを食べながら思ってしまいました。
| サブカル | 12:44 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
建築家から見た「家政婦のミタ」論
ここの所、ヨーロッパ全土を襲っている大寒波の影響を受けてバルセロナでも非常に寒い日が続いています。先週なんて雪が降りましたからね、雪!本当に凍えそうな日が続いたので「こんな寒い時はカレーでも食べて温まるか」という事で、日本人の友達数人と「バルセロナで一番美味しい」と評判のインド人が経営しているカレー屋さんに行ってきました。



久しぶりに日本人同士で集まったという事もあり、色んな話題で盛り上がったんだけど、その中でもみんなの関心を惹いていたのが、去年日本で大ヒットを飛ばしたドラマ、松嶋菜々子主演の「家政婦のミタ」だったんですね。このドラマについては以前、Googleニュースか何かで名前をチラッと見掛けたくらいだったんだけど、みんなが「本当に面白かった。是非見て感想を聞かせてー」とか何とか言うもんだから、半信半疑で見てみる事に。そしたら、これが本当に面白かった!「毎日1話づつ見ていこうかな」とか思ってたんだけど、余りの面白さに結局11話ぶっ通しで見てしまい、久しぶりに「10時間、ドラマに没頭」っていう、最近ではナカナカ出来なかった体験をしてしまったほどでした(苦笑)。



実は僕、昔からドラマ大好き少年だったんで、放送されたドラマは片っ端から見てたんだけど、そんなありとあらゆるドラマを見てきた僕の目から見ても、この「家政婦のミタ」は日本のドラマ史上に残る傑作なんじゃないの?って思うくらいの質は持っていた様な気がします。という訳で今回は見終わった感想なんかをメモ程度に記しておこうと思うんだけど、これくらい人気のあるドラマなら、もう既にかなりの数の批評が出揃ってると思うので、ここでは敢えて物語の設定だとか、メッセージ性だとか、そういうスタンダードな批評はしない事にします。

そうではなく、今回僕が試みたいと思うのは、僕にしか書けない批評、つまりは「建築家の目から見た家政婦のミタ論」みたいな事をやってみようかなと思います。(最初に断っておきますが、半分冗談です(笑))

そしてその延長線上で言うと、このドラマは現在建築を学んでいる学生の皆さんや現役で活躍している建築家の皆さんにこそ見て欲しいドラマかなーとか思ったりするんですね。なんでかって、このドラマの物語構成などの「デザイン」は、明らかに建築設計に繋がる所があると思うし、何より最近雑誌で良く見掛ける「一筆書きでしかない表面的な建築」なんかを見て真似るよりも、よっぽど、このドラマを分析する方が建築を創っていく上で学ぶ事が多いのでは?と思うからです。

(注意)ここに書くのはあくまでも僕の観点から見た解釈なので何時もの様にかなり偏っています(笑)。こういう見方もあるというくらいに思っておいてください。あと、この評ではストーリー展開を詳細に追う訳では無いので、ドラマをまだ見ていない人が読んでもどうって事は無いと思いますが、まあ、一応念の為に:

警告:ドラマを未だ見ていない人はココで読むのをストップしましょう。



先ず始めに、何故僕はこのドラマを傑作だと思うのか?という所からいきたいと思います。つまりは、このドラマで監督がやりたかった事、実現したかった「掛替えのないアイデア」とは一体なんだったのか?



それはずばり、ミタさんの笑顔です。家族愛だとか、現代の日本社会における家族像の変化だとか、多様性を祝福するポストモダンの真っ只中において、バラバラになってしまった家族の絆をどうやって取り戻すのか?とか、まあ色々と議論を醸し出す為に用意された仕掛けも所々に見える事は見えるんだけど、そんな事はミタさんが最後に見せる笑顔に比べればどうでも良いレベルの問題なのです。このドラマは最後の最後に出てくるミタさんの笑顔を描きたいが為に創られたと言っても過言ではなく、その最後の笑顔をこの上無く素敵なものにする為だけに、全ての演出がなされているという意味において傑作となっているのです。



それは例えば、サルバドール・ダリが「猫と一緒に空中を飛びたい!その一瞬を体験したい!」という熱い思いから、カメラが一般的では無かった当時において、様々な所から機器を集めまくり、その一瞬を捉える事に成功した「執念」に似ているかもしれません。そう、ここには「何かしら自分のアイデアを実現したい!」という、ある種の執念すら見られるんですね。

「執念」と言えば勿論「北斗の券」に出てきたシンの名台詞、「お前と俺には決定的な違いがある‥‥それは‥‥執念だ!」なんだけど、まあ、それは置いといて(笑)、えっと、僕がこのドラマを見ていて頭に思い浮かべたのは三浦綾子の傑作「氷点」でした。



確かに「家政婦のミタ」には日本映画史に残る名作、「家族ゲーム」を彷彿とさせる所もあるとは思うし、そういう意味で日経新聞が「家政婦のミタを家族ゲームの文脈で批評した」っていう観点は分からないでもありません。そしてそれが郊外化の議論に繋がっている事も非常に納得出来る展開だと思います。



そういう批評の仕方がある一方で、「何故僕が氷点を思い浮かべたのか?」と言うとですね、それは氷点の中で描かれている内容やメッセージ性などからではなく、ドラマの創り方、クライマックスに持っていくその手法に注目したからなんですね。何度も繰り返しますが、ここでは建築家の目から見た芸術の創作論という観点から話を進めていますので。



三浦綾子さんが氷点においてやりたかった事、それは主人公の女の子(陽子ちゃん)の心が凍り付く、その一点を描き出す事でした。(もうちょっと詳しく言うと、そこにはキリスト教の原罪の概念とかが入り込んでるんだけど、ここではそこには立ち入らない事にします)。

「どんな困難な時でも良い子でいよう、明るく笑顔の絶えない子でいよう」という主人公は、とある重大な事実を知ってしまった事から、心が凍り付き、もう二度と笑えない様になり、そして自殺を図ります。その心の変化とその一瞬こそがこの小説(もしくはドラマ)の本質であり核心である事から、第一話から最終章まで主人公の女の子は「これでもか!」と、まるで太陽の如くに明るく描かれているんですね。



反対に家政婦のミタでは、主人公は笑顔を忘れたロボットの様な存在として描かれます。彼女はどんな事があっても自分の感情を表さないし、はにかむ事すらしません。何故彼女がこうなってしまったのか?には、それ相応の理由が存在するのですが、それにしてもドラマの全編を通して必要以上に徹底して彼女の顔から一切の感情が排除されている事が見て取れるかと思います。

何故か?

何故なら、このドラマの核心であり最も重要なテーマは「彼女の笑顔」だからです。

どんな事をしても絶対に笑う事が無かったミタさんが最後の最後で笑う。このドラマはその一瞬に全ての焦点が合わせられ、その一瞬の輝きを伝える為だけに10時間という長い時間をかけてミタさんの無感情な表情が映し出されていたのです。

僕は前回のエントリで世界屈指の美術館であるルイジアナ美術館の空間構成について書いてきました(地中海ブログ:ルイジアナ美術館(Louisiana Museum of Modern Art)その2:ジャコメッティ(Giacometti)の間はちょっと凄い、地中海ブログ:ルイジアナ美術館(Louisiana Museum of Modern Art)その3:建築と彫刻と:動く事、動かない事)。ルイジアナ美術館に流れる「物語」と、クライマックス的空間に至るまでの空間構成は、たった今、僕が説明してきた「家政婦のミタ」にみる演出と何ら変わらない事が容易に理解出来るかと思います。



つまりルイジアナ美術館における絶景=オーレスン海峡の地平線は、「家政婦のミタ」におけるミタさんの笑顔に相当し、ルイジアナ美術館ではその絶景を如何に美しく見せるかが、建築的な勝負所として設定されているんですね。

そんな一瞬の為だけに全てのエネルギーが注ぎ込まれている‥‥そんな一瞬に向かって、みんなが全力で走っていく‥‥そんな事が見てとれる時、僕の心は震えます。

勿論、テレビドラマという時間的にも予算的にも限られた制約の中なので、細部を見ていくと、明らかに下手くそな部分や、意味の無い部分、とても表面的な説明に終わっている場面が多数ある事は否めません。もっと言っちゃうと、このドラマにおいて多くの人が指摘するであろう、家族愛だとか、家族の絆だとか、その様な類いの問題定義に対しては、実はこのドラマは何も言って無いに等しいのでは?とすら思ってしまいます。

しかしですね、それらを考慮したとしても、このドラマの根底に流れている主題と、大枠での演出は素晴らしいものであり、それだけでも「ドラマの傑作」と位置付けるに相応しいものであると僕は思います。そして忘れてはいけないのは、やはり主人公の資質ですね。と言うか、松嶋菜々子の最後のはち切れんばかりの笑顔があったからこそ、このドラマは成功したとすら言えるのだから。
| サブカル | 00:18 | comments(5) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
グラシア地区祭り:バルセロナの歩行者空間プロジェクトの責任者だったけど、何か質問ある?

街路の飾り付けなどが結構凄いと評判の、バルセロナのグラシア地区祭りに行ってきました。って言っても先週の話なんですけどね。何で先週のネタを今頃になって書いてるかって、何か最近、ミーティングやら何やらでハチャメチャに忙しくって、なかなかこの話題を書く時間が無かったからです。最近余りにも暑いので、夏バテって噂もあるんですけど(苦笑)。

グラシア地区といえば、アーティストや映画関係者を中心としたクリエーター関係の人達が多く住んでいたり、エラスムスなんかで来ている学生にとっては、「市内で住みたい地区ナンバーワン」に選ばれる程お洒落な地区として知られてるんだけど(地中海ブログ:ちょっと気になる広告:エラスムス(ヨーロッパの大学間交換留学プログラム:The European Community Action Scheme for the Mobility of University Students : ERASMUS)の実態???)、この地区にこれ程の賑わいを齎しているのは、地区全体の街路レベルに入っている店舗の数とその多様性、そしてそこに広がる歩行者空間だと思うんですね。



グラシア地区って数年前までは細い街路にさえも沢山の車が入り込んでて、正に「公共空間が車に乗っ取られてる」って言う典型的な状態だったんだけど、その様な「街路=公共空間を人々の手に取り戻そう!(岡部明子さん)」と、地区内への車の出入りを禁止して、住民が安心して歩いて暮らせる街路空間に生まれ変わらせるという計画が数年前に持ち上がりました。その計画が実行されて以来、この地区には沢山の魅力的なお店がオープンしだし、それにつれてバルセロナ中から人々が集まる様になり、その相乗効果でバルセロナでも一、二を争う程のお洒落な地区に変貌を遂げたと言う訳なんです。



まあ、つまりはこの地区の公共空間政策は大成功で、その証拠に、この辺りの地価っていうのは軒並み上がってて、云わばジェントリフィケーションの傾向が見られる訳なんだけど、このグラシア地区の歩行者空間計画の責任者してたのって、実は僕なんですよね(地中海ブログ:バルセロナモデル:グラシア地区再開発)。嘘の様なホントの話(笑)。

多分、このブログの読者の皆さんなんて、「えー、cruasanって、日中はコーヒーばっかり飲んで、夜はパエリアを食べまくって、「美味しいー!」とか、かなり適当なコメントしてる人じゃないのー?」とか、「年がら年中休みで、その度に旅行ばっかり行ってて、何時働いてるか分からないー!」とか思ってる人、多いんじゃないでしょうか?・・・し、失礼な、冗談じゃない!当たってます(苦笑)。

最近、夕涼みにと思って「ダンテの神曲、地獄篇」を読み返してるんだけど、「cruasanがパエリアばっかり食べてノホホンとしてる」とか思ってるあなた、ダンテと一緒に地獄に落ちてください(笑)。ちなみにスペイン語版の「ダンテ神曲、地獄篇」の挿絵を書いているのは、今やヨーロッパを代表するカタラン人アーティスト、ミケル・バルセロ氏です(地中海ブログ:スペインを代表する現代アーティスト、ミケル・バルセロ(Miquel Barcelo)の展覧会:La Solitude Organisative)。このスペイン語版のダンテ神曲は、ミケル・バルセロ氏の絵を見るだけでも価値ある書籍となっていると思います。



こんな味のある挿絵の数々が差し込まれている事などから、スペイン語が読めなくても十分、ヴィジュアル的に楽しめる本となっているんですね。

さて、で、今日の本題なんだけど、上にも書いた様に最近は本当に忙しかったので、日中はゆっくりとお祭りを見に行く事が出来ず、結局行く事が出来たのは最終日の深夜0時を過ぎた頃でした。でも、そこはやっぱりラテン系!深夜になってもお祭りは収束の気配を全く見せず、逆に駅から地区内へと流れ込んで来る人の波が段々と多くなってくる程で、今正にお祭りは盛り上がりの絶頂を迎えようとしている所でした。



しかもその辺の広場では子供達がサッカーボールとか蹴って遊んでるし・・・夜の3時過ぎですよ!良い子は寝る時間でしょ?「こんな環境の中からメッシとか出てくるのかなー」とか思って、妙に納得してしまった。そんな永遠に続くかの様なお祭りの背景を演出しているのが街路中に所狭しと飾り付けられた出し物達なんだけど、これがちょっと凄いんです:



各街路毎に個性があって、こんな感じで大変手の込んだ作品に仕上がっているんですね。そしてそこではミニコンサートなんかが開かれていて、その音楽性によって、まるで各街路の特徴が醸し出されているかの様ですらありました。



キャラクター関連も沢山あったんだけど、ピーターパンとか宇宙人とか、聞く所によると、この飾り付けを用意する為に、近隣住民が街路毎に1年も前から着々と準備を進めてきたのだとか。これなんて、本当に綺麗だった:



暗闇の中に浮かび上がる灯篭みたいなものが、まるで我々を幻想の世界に運んでいってくれるかの様で、体感気温が5度は下がった様な気がします(笑)。



今回は本当に時間が無くてホンの一部しか見る事が出来なかったんだけど、久しぶりに良いものを見させてもらったなー。

グローバリゼーションが世界中を席巻し、隣に住んでいる人の顔さえ知らないという状況が当たり前になってきている今の世の中において、このようなローカルなお祭りが今でも残っているという事、そしてそれが近隣住民主導で行われているという事は、この地区には依然として近隣住民の確固としたネットワークが残っていて、それが非常に活発且つ、精力的に働いているという事を意味するんですね。そんな住民側からのソフトパワーがあるからこそ、この地区の歩行者空間計画と言うハードな計画は成功したんだと思います。そしてそれこそが、今世紀最大の課題であり、我々の都市が必然的に抱えてしまう都市の闇、ジェントリフィケーションに対抗する一つの手段なのかもしれません(地中海ブログ:都市の闇:ヴェネチア(Venezia)の裏の顔とジェントリフィケーション(Gentrification))。

「街路における活気が生まれてくる背景には近隣住民の固い絆があり、歩行者空間計画というハード面での改善は単に彼らの背中を押すに過ぎない」と言う僕の仮説は間違ってなかった。あの計画から早5年、今やっと、あの時の仮説が住民達の目に見え始めようとしています。

追記(2015年8月18日)
今年のverdid通りの飾り付けのテーマは「日本」だそうです。で、これが結構よく出来てる!




鳥居には「ベルデイ」の文字が!上手く書けてる。もし「イ」が「ィ」だったら完璧(笑)。いたる所に日本語が乱立してて、これはこれで結構面白い:



「地元愛」っていうところが、このエリアを愛する人達の心情がよく出てて良かったかな。



そして海外の人達に大人気の伏見稲荷大社の登場〜。



お相撲さんも居たりします。
Verdi通りは今年の大賞を受賞したそうです。おめでとー。

追記その2(2016年8月21日)

今年も夏の風物詩、グラシア地区祭がやってきました!
このお祭りがやってくると、「あー、夏もそろそろ終わりだなー」とか思います。

今年も非常に手の込んだ飾り付けをゆっくりと楽しませてもらいました。

その中でも特に印象に残ったのがこちら:

じゃーん、Rovira i Trias広場のラピュタのロボット(笑)。肩に草が生えてることから、このロボットは空中庭園を守るロボットですね。花とかあげてるしww

しかも結構良く出来る!

どうやらこの広場の飾り付けのコンセプトが「自然との共生」ということらしく、その自然を守る為のシンボルとしてラピュタのロボットを作ったのだとか(その辺に居た子供達談)。

 

| バルセロナ都市計画 | 03:52 | comments(5) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
EUプロジェクト提出!:都市こそが鍵である
先週から昨日にかけて、EUプロジェクトのプロポーザル提出の最後の追込みの為に近年稀に見る忙しさに苦しんでいました。多分こんなに忙しかったのは、僕がバルセロナに来て以来初めての体験だったかもしれない。

EU
プロジェクトに関しては僕の重要な仕事の一つである事から当ブログでは事ある毎にその話題に触れてきました(地中海ブログ:EUプロジェクト、ICING (Innovative Cities for the Next Generation)最終レビュー)。一応、今の僕の肩書きは「EUプロジェクトの責任者」という事になってますから。「えー、cruasanって、パエリアとか食べて適当に感想とか書く人じゃなかったのー???」って思ったあなた、地獄に落ちてください。「えー、cruasanって、単なる旅行好きかと思ってたー!!」って思ったあなたも火あぶりの刑、決定です。一応、僕はヨーロッパでは欧州プロジェクト・マネージャー&歩行者計画のスペシャリストって事になってるの!!(冷汗)。

ではEUプロジェクトとは一体何なのか?

EU
は毎年、各分野の研究テーマに対して幾らかの予算を付けていて、定期的に「我々は今、こんな分野のこんな事に興味があるので、これくらいの予算を付けます」という要綱を発表します。例えば、「ITを駆使した新しい交通計画や交通情報システムに関する提案」みたいな。この要綱を読んだ人の中で、「このテーマだったら、こんな事が出来るなー」みたいに考えた人が、そのアイデア実現に向けて、ヨーロッパ中の研究機関、大学、私企業もしくは都市などからパートナーを選びチームを編成して、EUからの補助金を勝ち取りに行くという、云わば団体戦みたいなものなんですね。

勿論そこには幾つかのルールがある訳なんだけれども、最も重要且つ、絶対に守らなければならないルールの内の一つが「3カ国ルール」です。これは、各チームにはヨーロッパの国々の中から最低3カ国以上のメンバーを加える事という規則です。

何故か?

それについては以前のエントリでこんな風に書きました:

"
・・・しかしながら、いちパートナーとして実際にEUプロジェクトに参加していて気が付いた事は、これらEUプロジェクトには、この表向きの目的の他にもっと大切な裏の目的があるんじゃないかと言う事です。それは一つのプロジェクトの実現を通して各都市の結束を固め、都市間のコミュニケーションを円滑にし、その結果、創造性を増幅する事によりEU全体の競争力を高めるという裏目的が存在するような気がしてしょうがないんですね。

一つのプロジェクトを様々な文化と専門のバックグラウンドを持ったパートナー達と実現していくという事は決して楽な事ではありません。話す言語は違うし、扱う専門用語も違う、働き方も違うし思考形態も違うパートナー達と一緒に働いていていると、仕事の生産性という観点から見た時、「自分達だけでやった方が
楽なのに」と思う事はしばしばです。笑い合う事がある数だけ、「データが無い」とか「言語間の違い」とかで怒鳴りあう事がある事も事実なんですね。

しかしながらこのような仕事の生産性の指標だけでは計れない「何か」がある事も又事実です。それは明らかに文化間の違いが生み出す多様性に依っていて、プロジェクトを豊かなモノにしている。自分達とは違う文化圏の人の働き方や休息の仕方といった生活様式に触れる事によって、人間が成長するんですね。


どうも僕が見た感じ、
EUはプロジェクトの生産物に期待するというよりは、プロジェクトを通した各国間・各都市間のコミュニケーション促進の方に期待しているのではないかと思えてきます。その結果、プロジェクトに投資した何倍もの見返りが、そこで構築されたネットワークから出てくる新しいプロジェクトや提案という形でEUに還元される訳です。実際ICINGプロジェクトからは草の根的に幾多のプロジェクトがパートナー間で既に生まれています。結果としてEU都市間の結束が固まり、EU全体の競争力の強化に繋がる訳です。

僕が関わっているもう一つの
EUプロジェクトである、ロボットプロジェクト(URUS Project)ではその傾向というか、EUの戦略性はより明らかです。現在のロボット技術の強力なセンターは日本とアメリカだそうです。その2つの地域に比べて明らかに遅れを取っているのがヨーロッパ。そこでEUEU各国からロボットのエキスパートを集めてコミュニケーション型ロボットを創るというEUプロジェクトを立ち上げました。ロボットを創ると言ってもロボットは色んなパーツや機能から成り立っているので各部分によってどの国のどの都市が優れているとかいう優劣があるわけです。その良い所取りをして最上級のロボットを創ろうというのが表の目的。

しかしですね、ココには明らかに裏の目的があるわけです。それは各国各都市でばらばらなプロトコルや基準、用いる言語などを今の内に統一して来る次世代ロボット戦争に備える為に、日本やアメリカに負けない強力なセンターを創り出そうという戦略が見えるわけですよ。一つの生産物を創り出すという目的に従って、定期的にミーティングを開き、技術的な問題を解決
EUで統一していく事に加えて、上述のような各国・各都市のコミュニケーションを促進する役割をも果たす、正に一粒で二度美味しい戦略。

こういう事って、紙の上に書かれた経過報告書やプロジェクトレポートといったオフィシャルな記録からは絶対に見えてこない事です。
EUが正に結束を強めているこの時期に、日本人として、その中心に直にリアルタイムに関わる事が出来るというのは、この上ない幸せだなと思います。"地中海ブログ:EUプロジェクトを通して見えるEUの戦略:二つのEUプロジェクト・ミーティングを通してから抜粋)

さて、このような、「ヨーロッパ委員会が発表する要項には書いてないけど、経験者の間では共有されている暗黙の了解」みたいなのが幾つかあって、例えば、一つの提案に対する予算はだいたい3百万ユーロ(4億円)前後だとか、スタートアップ企業をパートナーに加えた方が有利になるだとか、実際に現場を体験しないとナカナカ分からない事が多いんですね。(実はヨーロッパの中でもこのシステムを熟知している人は比較的少数で、今、そういうスキルを持った人達の奪い合いが始まろうとしています。)

そのような暗黙の了解の中でも僕が近年非常に注目しているのが「都市の重要性」です。こんな事は勿論何処にも書いてないし、公式な見解じゃないんだけど、パートナーに都市(バルセロナ市やパリ市など)が参加しているかどうか?という点は、プロポーサルが認可されるかどうか?という一線を決める、非常に重要な要素だと確信しています。

何故か?

何故ならこの種のプロジェクトではフィールドテストをする事が出来るかどうか?が非常に重要な鍵となってくるからです。「じゃあ、都市を加えればいいじゃん」って思うかもしれないけど、実はコレが一番厄介なんですね。先ず第一に、欧州に都市は星の数ほどあるわけなのですが、当然、パートナーに値する魅力的な都市というのは限られているわけで、それら都市の奪い合いが始まるからです。更に各国間や各都市間で政治的な取引が絡んでくるので、事態はもっと厄介になってくると言う訳です。

近年、欧州委員会はサステイナビリティを達成する為には「都市こそが鍵である」と謡っていますが、EUプロジェクトに関して言えば、この格言は全くそのまま当てはめる事が出来ます。

「都市こそが鍵である」。今回の体験から学んだ一番重要な事柄だったかも知れません。
| EUプロジェクト | 04:21 | comments(2) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
道端で意外な風景に遭遇する
バルセロナ情報局(IMI)へ行こうと、路面電車に乗る為に地下鉄駅を出た所で、ばったり出会った風景がコレ:







馬!馬です!

馬に乗ったお巡りさんがパッカ、パッカ、パッカと目の前を通り過ぎて行きました。しかも普通に道路とか横断してたし・・・。

さすがバルセロナ!何時も想像もつかない事をやってくれます!

ちょっとビックリしたのと、馬なんて最近見た事が無かったので、しばらくの間、「ポカーン」と見ていたのですが、「馬って条例で一体どういう扱いになってるのかなー?」なんて考えたりしちゃいました。と言うのも、実は今、ロボット計画の為にバルセロナ市の公共空間に関する地方条例(Ordenanza Municipal)を見直している所だからなんですね。

何故こんな事をしているかというと、ロボットを公共空間に置く為には「ロボットとは一体何か?」という所から始めないといけないからです。ロボットは自動車じゃないし、自転車でもない。ベンチなどでもなければ勿論人でもないわけです。そうすると今ある現行の地方条例では定義されていないので、全ての条例等を見直して上位の法律と矛盾が出ない様に調整しなければいけないんですね。

ここがやっかいな所なんですが、地方条例の上にはNormativa Localが、その上には自治体の法律であるLegislacion Autonomica (Ley)があります。更にその上にスペインの法律(Legislacion Espanola)があって、その上にヨーロッパの法律(Directiva Europea)があるという構造を取っています。

これらを全て見直すというのは結構大変な作業で骨が折れるのですが、専門家の人の協力を得て、まあ、何とかやっています。

馬を見ながら時を忘れるというのも、まあ、たまには有りかななんて思った昼下がりでした。
| バルセロナ日常 | 22:06 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
案外、日本の政治を変えるのはニコニコ動画だったりするのかも知れないと思ったりして
今週はミーティング三昧でした。あっちへ行ったり、こっちへ行ったり、ミーティング、ミーティング、ミーティング。外へ行くのはそんなに嫌いじゃないけど、さすがにこれだけ続くとちょっと疲れますね。昨日なんて来週に控えている欧州委員会とのプロジェクトレビューの打ち合わせ、4時間ぶっ通し!しかも主題がロボット&カタラン語(使用言語)だったので、最初から最後まで気が抜けない程集中しなくちゃいけなかったので、家に着く頃にはクタクタでした。

そんな僕の心と身体を癒してくれるのが何を隠そうニコニコ動画。ニコ動で癒されるのもどうかと思うけど(笑)、やめられないコノ面白さ。見てると正に「ニコニコ」してくる。

昨日の夜もちょっと見ていたのですが、ひょんな事から政治関係の動画に辿り着きました。ニコ動で政治関係を見るのは始めてだったんですが、コレがかなり面白い。みんな突っ込みまくり。しかも結構共感出来るし(笑)。普段、政治討論なんて絶対に見ない人でも案外これなら楽しく見られるかも。

ヨーロッパの街に住んでいると実感するのが市民の街に対する意識の高さです。「この街、ひいてはコノ街角は自分達の物だ!」という意識が当たり前のように存在しています。だから、必然的に市当局が計画している事や政治家の発言には、かなり敏感に反応するんですね。自分がよく行く公園に、ヘンテコなモニュメントが作られるだとか、樹が伐採されるだなんて聞いた日には、もう大騒ぎ。ある地区のちっちゃな出来事が巡り巡って全市民を巻き込んだ大論争に発展する事なんて日常茶飯事です。こういう市民の厳しい目があるからこそ、市当局や政治家がプランを作る時に緊張感が生まれるんですね。

僕が言うまでも無い事なんだけど、日本には明らかにこのような市民の政治に対する意識が欠如していると思います。多分そんな事はみんな分かっているんだけど、問題はそこをどうやって解決するかなんですね。多分、ヨーロッパの場合は何百年と受け継がれてきた「街」というフィジカルな拠り所が大きな役割を果たしていると思います。それを基盤に自分のアイデンティティなどを発展させる事が出来る。だけど、それ(拠り所)が無い日本は一体どうするべきか?

そんなスーパー難問題に一朝一夕で答えが出る訳もないし、何か有効な手段があったとしても、市民意識っていうのは「作る」ものではなくて「育てる」ものだと思うので、かなり長期的な戦略なり思考が必要です。

まあ、とにかく市民に少しでも政治に関心を持ってもらう所から始めないといけないと思う訳なんですけど、実は今夜、ニコニコを見ていて、ふと、「実は案外、ニコ動みたいなのがきっかけになるんじゃないのかな?」とか思ってしまいました。勿論、内容的にはヤジとか罵倒とかばっかなんだけど、少なくともこれなら予算委員会とかの退屈な(笑)映像とかにも耐えられる。というか、かなり楽しんで見る事が出来ます。

色んな所でプレゼンをやっていて日常的に感じる事は、「一般の人(専門じゃない人)に関心を持ってもらう事の難しさ」です。少しでも専門が違う人に、「道路で車両を数える新しいセンサーを作って・・・」とか言う話をしても、3分で飽きられます。自分がどんなに画期的な発明で面白いプロジェクトだとか思っても、他の人にとっては退屈極まり無い話だったりする訳なんですよね。だから少しでも「面白い!」と感じさせる事が出来たら、それはもう大成功な訳ですよ。

そういう観点で見ると、ニコ動はかなりすごい。金曜の夜、仕事から帰ってきてクタクタで、ドラマ、アニメ、コメディ、もしくは欽ちゃんの仮装大賞でも見ようかなと思ってた僕に、ワザワザ政治討論なんて普段は頼まれても絶対見ないような番組を何十分も見させる事に成功したのだから。

先ずはココからでしょ。とにかく市民に少しでも政治議論を見てもらう所から始めない事には何も始まらないので。その後、それを見た何パーセントかの人達がちょっとでも政治に関心を持ってもらえたなら大成功。こういう馬鹿らしいかも知れないけど、システム作りが大切だと思うわけですよ。

で、何か関連記事が無いかなー、とか思って探したらやっぱりあった!しかもドンピシャ!

ニコニコ動画が日本の政治を変えるかもしんない。

広い世の中、やっぱり同じような事、考える人っているんだなー、と納得。

日付けを見ると約一年も前の記事(2008年2月13日)なので、ココに言及されている動画(2/8 派遣法改正し"労働者保護法"に 志位委員長が質問/衆院予算委員会‐ニコニコ動画)はもう既に削除されていて見る事が出来なかったけど、見てみたかったなー。所要時間50分らしいけど、きっと最初から最後まで楽しめたに違いない。
| バルセロナ日常 | 20:55 | comments(2) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
ロボットミーティング(URUS: Ubiquitous networking robotics in urban settings)
今日は朝から欧州プロジェクト、ロボットミーティングに参加しています。しかもスペインでは珍しい朝8時から!早過ぎ!
約2年前から始まったこのプロジェクトミーティングについては当ブログで何度か報告しています。

1:建築家という職能:ヨーロッパ・ロボット計画

2:EUプロジェクトを通して見えるEUの戦略:二つのEUプロジェクト・ミーティングを通して

3:ロボットミーティング in Lisbon

毎度の事ながらこのミーティング程疲れる会議も珍しい。各国のパートナー達が集まるので時間を最大限有効に使う為に何時も過密なスケジュールが組まれるんですね。その上、ロボット領域の専門用語全快なのでディスカッションを追っていくだけでもかなりの集中力が要求されます。

ラッキーな事にも今日のミーティングでは僕のプレゼンが一番最初の8時30分にプログラムされていました。何時もは昼前くらいなので、プレゼンをする時には何時も精神的にクタクタの中でプレゼンをしていたのですが、今日は元気満タンだったので質問等にも切れ良く答える事が出来ました。マンモスラッキー!!!

次のミーティングは1月終わり、トゥールーズ(Toulouse)で開催という事で合意。2月に欧州委員会の前でプレゼンがあるので、僕も来週辺りから本気でドキュメントを用意し始めなければいけない予感がします。

| EUプロジェクト | 13:09 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
EUプロジェクト、ICING (Innovative Cities for the Next Generation)最終レビュー
9月25日、バルセロナ都市計画局・情報局にある「バルセロナの部屋」にて3年近く続いたEUプロジェクトの最終レビューが行われました。ちなみにこの部屋、関係者以外立ち入り禁止なのですが一見の価値あり。







床一面がバルセロナの地図で多い尽くされていて、しかもそれが光る仕組み。



壁にはバルセロナ市が受賞したデザイン・都市計画関連の表彰状がずらりと掛けられています。ちなみに上の写真はハーバード大学が1987年にバルセロナの公共空間プロジェクトに送った、かの有名なGraduate School of Design Prince of Wales Prize in Urban Design賞の表彰状です。

さて、今回のレビューは最後とあって、ヨーロッパ3都市から全てのパートナーの代表11人が勢揃い。みんなで集まったのはプロジェクト初日以来かな?という気がします。そしてEU委員会からPさん、プロジェクトを批評する3人の外部専門家を加えて午前9時に最終レビューがスタートしました。

さて、今回のEUプロジェクトの総括として、気が付いた事を幾つか書いておきたいと思ったんですが、前のエントリを見たら結構巧く纏めてあったのでそれをコピーする事にします。(今日はちょっとお疲れモードなので・・・)一つだけ付け加えたいのは、昨日の夕食会でたまたま隣の席になったオーストリアから来たレビューアーが言っていた言葉です。

夕食の長テーブルを見つめながら、「見てごらん、一つのテーブルを囲んでココに幾つの文化が存在していると思う?こんな機会でもなければ絶対に知り合う事の無い人々が、一つのプロジェクトを通してこんなにも和気藹々と語り合う姿は滅多に見る事が出来ない。違う文化や言語を操るもの同士、一つの事を達成するまでには様々な困難やジレンマがあったと思うけど、僕はこの風景こそがEUプロジェクトの成果だと思う。」

彼の言う通り、この3年間は苦しい事の連続だったと言っても良いかもしれません。ヘルシンキの誰々が返事をくれないとか、ダブリンの事務所がいつまで経ってもデータを送ってこないとか、そんな苦労ばかりが思い返されます。でもプロジェクトが終わった今となっては、それらも良い思い出。来週からは毎日30通以上届いていたメールや引っ切り無しに掛かってきていた電話が鳴らないかと思うとちょっと寂しさすら感じます。

ヨーロッパで最先端のプロジェクトに関わりながら、日本人として文化の多様性というヨーロッパの真髄に直接触れる事の出来た幸運。昨日の夜見た風景を僕は生涯忘れる事は無いでしょう。


EUプロジェクトを通して見えるEUの戦略:二つのEUプロジェクト・ミーティングを通してから抜粋

" しかしながら、いちパートナーとして実際にEUプロジェクトに参加していて気が付いた事は、これらEUプロジェクトには、この表向きの目的の他にもっと大切な裏の目的があるんじゃないかと言う事です。それは一つのプロジェクトの実現を通して各都市の結束を固め、都市間のコミュニケーションを円滑にし、その結果、創造性を増幅する事によりEU全体の競争力を高めるという裏目的が存在するような気がしてしょうがないんですね。

一つのプロジェクトを様々な文化と専門のバックグラウンドを持ったパートナー達と実現していくという事は決して楽な事ではありません。話す言語は違うし、扱う専門用語も違う、働き方も違うし思考形態も違うパートナー達と一緒に働いていていると、仕事の生産性という観点から見た時、「自分達だけでやった方が楽なのに」と思う事はしばしばです。笑い合う事がある数だけ、「データが無い」とか「言語間の違い」とかで怒鳴りあう事がある事も事実なんですね。

しかしながらこのような仕事の生産性の指標だけでは計れない「何か」がある事も又事実です。それは明らかに文化間の違いが生み出す多様性に依っていて、プロジェクトを豊かなモノにしている。自分達とは違う文化圏の人の働き方や休息の仕方といった生活様式に触れる事によって、人間が成長するんですね。

どうも僕が見た感じ、EUはプロジェクトの生産物に期待するというよりは、プロジェクトを通した各国間・各都市間のコミュニケーション促進の方に期待しているのではないかと思えてきます。その結果、プロジェクトに投資した何倍もの見返りが、そこで構築されたネットワークから出てくる新しいプロジェクトや提案という形でEUに還元される訳です。実際ICINGプロジェクトからは草の根的に幾多のプロジェクトがパートナー間で既に生まれています。結果としてEU都市間の結束が固まり、EU全体の競争力の強化に繋がる訳です。

僕が関わっているもう一つのEUプロジェクトである、ロボットプロジェクト(URUS Project)ではその傾向というか、EUの戦略性はより明らかです。現在のロボット技術の強力なセンターは日本とアメリカだそうです。その2つの地域に比べて明らかに遅れを取っているのがヨーロッパ。そこでEUはEU各国からロボットのエキスパートを集めてコミュニケーション型ロボットを創るというEUプロジェクトを立ち上げました。ロボットを創ると言ってもロボットは色んなパーツや機能から成り立っているので各部分によってどの国のどの都市が優れているとかいう優劣があるわけです。その良い所取りをして最上級のロボットを創ろうというのが表の目的。

しかしですね、ココには明らかに裏の目的があるわけです。それは各国各都市でばらばらなプロトコルや基準、用いる言語などを今の内に統一して来る次世代ロボット戦争に備える為に、日本やアメリカに負けない強力なセンターを創り出そうという戦略が見えるわけですよ。一つの生産物を創り出すという目的に従って、定期的にミーティングを開き、技術的な問題を解決・EUで統一していく事に加えて、上述のような各国・各都市のコミュニケーションを促進する役割をも果たす、正に一粒で二度美味しい戦略。

こういう事って、紙の上に書かれた経過報告書やプロジェクトレポートといったオフィシャルな記録からは絶対に見えてこない事です。EUが正に結束を強めているこの時期に、日本人として、その中心に直にリアルタイムに関わる事が出来るというのは、この上ない幸せだなと思います。"
| EUプロジェクト | 20:29 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
フランクフルト旅行その1:フランクフルト(Frankfurt)に見る都市の未来
木曜・金曜とロボットプロジェクト(URUS)のパートナーミーティングがバルセロナ某所で朝から晩まであり、週末は仕事関係の所用でフランクフルト(Frankfurt)へ行ってきました。



フランクフルトに関しては以前のエントリ(都市化する空港と効率指標としてのアクセッシビリティなど)で何度か取り上げたのですが、この都市ほどグローバリゼーションの影響をモロに受け、そのポジティブ・ネガティブ、両方の影響が見事なまでに可視化している都市も少ないと思います。効率性と娯楽性が極度に入り混じり、都市レベルにおいて、娯楽性の為に効率性が使用されようとしているこの都市は、ある意味、都市の未来なのかも知れないと思わされます。

何時もならココで都市アクセッシビリティ評価に入る所なのですが、フランクフルトのダントツのアクセッシビリティについては以前のエントリ、Super Functional City; Frankfurtで詳しく書いたので反復は避けたいと思います。ちなみに空港から中心街まではきっかり15分。帰りは搭乗手続きの1時間前まで街を堪能して、中央駅から15分で空港へ。チェックインカウンターでは無く、自動販売機で搭乗手続きを5分で終わらせて余裕の搭乗でした。

さて、フランクフルトは何故これほどの効率性を持つ事になったのでしょうか?先ず考えられる第一の要因としては勿論空港のハブ化が挙げられるかと思います。フランクフルト空港が開設されたのは1936年で当時は軍基地として使用されていたようです。それがヨーロッパの国際的ハブ空港(Frankfurt am Main International Airport)として使用されるようになったのが1972年。下の写真は1946年当時の焼け野原の写真です。



下の写真は1968年に撮影されたもの。終戦直後からするとかなり復興していますが、現代に繋がるような風景は未だ出てきていません。



下の写真は1979年の写真。



この頃になると既に高層風景が出現しているのが見て取れます。年代的にも空港の発達と期を逸にしていると言えると思います。まあそんな事は当然と言えば当然で、アクセッシビリティが良い所に最もお金が集まるというのは世の常。ちなみに道と道が交差する所に市が立ち上がって公共空間になったというのは良く知られた話ですね。それよりも注目すべきは国際ハブ空港を誘致する事を1960年代に既に思い付いていたフランクフルト市の戦略性ですね。その裏には勿論、ユルゲン・ハーバーマス(Jürgen Habermas)を中心とするフランクフルト学派(Frankfurt School)が噛んでいるだろう事は容易に想像が付く所です。

現代のアクセッシビリティについてもう少し言えば、空港と並んで重要な機能が港なのですが、フランクフルトの場合はそれをライン川(River Main)の機能で補充しているようですね。この2つの機能を持つ事が都市の発達においては必要不可欠なのですが、コレこそアムステルダム(Ámsterdam)が急成長を遂げた要因であり、現在バルセロナが急ピッチで進めている計画な訳です。これをされると困るのがマドリッド。だから中央政府はナカナカ「ウン」と首を立てに振らない訳ですね。

さて、まあココまでなら良くある話で、例えばロンドンなんかシティ・オブ・ロンドン(City of London)とか言うヨーロッパ随一を誇る金融街を持っています。それを表象しているのがリチャード・ロジャース(Richard Rogers)のロイズ オブ ロンドン(Lloyd's of London)であり、ノーマン・フォスター(Norman Foster) のスイス・リ本社ビル(Swiss Re Headquarters)な訳です。ちなみにフランクフルトの顔であるコメルツ銀行本社ビル(Commerzbank)を設計したのは同じくフォスターです。いち早く環境負荷を考慮に入れて高層をデザインしている辺りはさすが天才、サー、ノーマン・フォスター。

さて、フランクフルトが他の都市と一味も二味も違う点は、このような急激なグローバリゼーションの波に浸された結果、グローバリゼーションの負の面である都市の闇が如実に市内に可視化される事となってしまった点なんですね。グローバリゼーションの真っ只中に居るヨーロッパの現代都市は必ず2つの顔を持っています。そして表の顔が美しければ美しい程、裏の顔は何処か見えない所へと隠される事となります。(典型的な例がこちら:都市の闇:ヴェネチア(Venezia)の裏の顔とジェントリフィケーション(Gentrification))

しかしフランクフルトの場合はその見えない筈の負の面が隠される訳でも無く、堂々と表に出て来て、前述の金融街とまるで対を成しているかのように成り立っている。しかもその「負の面」が今正に「正の面」へと変化しようとしているかのようです。それがヨーロッパ随一とも言われるフランクフルトの風俗産業です。今やフランクフルトはアムステルダムと並ぶ風俗の聖地(性地)と化しました。

下の写真は駅前から金融街を見た所。



夜に同じ場所から同じ方向を見ると街は違う顔を現します。





ピンクや赤、青色のネオンの部分は全て風俗です。



アムステルダムの飾り窓は国際的に有名ですが、多分フランクフルトの風俗産業の発展振りはこの街を訪れた事のある人しか知らないと思います。ちなみにドイツでは売春は合法らしいです。

風俗産業と言うと僕等日本人は陰気、危険、悪というイメージを抱きがちですが、アムステルダムと同様、ココにはそんなイメージは一切無いように思われます。(少なくとも街中を歩いていて危険だと感じる事はありませんでした。)

反対に性をポジティブなモノと捕らえた陽気さすら漂っています。フランクフルト市はオフィシャルにこの地域を宣伝してはいませんが、実質既に観光名所化している事実を考えると近い将来、市役所が大々的に宣伝し始めるのも時間の問題かと思われます。何故なら観光客がココに落としていってくれる金額は無視出来ない程、都市の収入に占める割合が高いと思われるからです。

真夜中、ホテルの窓から金融街の表象である超高層を眺めながら、その足元にそれが惹き付けてしまう「もう一つの欲望」の風景を見ていると、この街が表象しているモノこそ、人間そのものなのではないのか?と思えてきてしまいます。同時に、人間の欲望とはなんて深いんだとも思わされます。ココには人間の欲望の内の2つもが表象されているのですから。
| ヨーロッパ都市政策 | 19:50 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
ミーティング三昧
今週はミーティングの嵐です。とりあえず今日は午前中に2つ、ロボット関係のミーティングがカタルーニャ工科大学(Universidad Politecnica de Catalunya)内であって、その後駆け足でバルセロナバス会社(TMB(Transport Metropolitan de Barcelona))へと急ぐ。

先ず今日のロボットミーティングのお題は2009年に行われる人間・ロボットのインタラクションの実験を何処で行うかの話し合い。現行の法律では公共空間にロボットを置く事は出来ないので、実験を行う為にはそれを少し改正する必要があるんですね。何故ならロボットは車でも無いしバイクでもない。自転車でもないし人間でもない。それを動定義するかという事を含めて、僕達が担当するというわけ。まあ、時間をかければ何とかなるかなというのが僕の感じなのですが、何が起こるか分からないので早く決めてしまう事に越した事は無い。更にこの後、この法律を元にして欧州連合の法律にしてしまおうという裏があるので、結構気の長い話だ。

午後のバス会社との話し合いは、バルセロナバス路線改正プロジェクトバルセロナ新バス停プロジェクトお財布ケータイプロジェクトという現在進行中のプロジェクトとは別の新プロジェクト。まだ詳細は書けませんが、バルセロナ市役所(Ayuntamiento de Barcelona)、カタルーニャ州政府(Generalitat de Catalunya)は勿論、沢山の私企業やアメリカ、イギリスを始めとする大学等も参加する予定。気の長いプロジェクトになりそうなのですが、きっと面白くなると思います。

それにしても忙しい。まるでスペインに居るんじゃないみたいだ。おかしいなー。
| 仕事 | 22:23 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
EUプロジェクトを通して見えるEUの戦略:二つのEUプロジェクト・ミーティングを通して
ミラノ旅行から帰ってきてから今週はちょっと忙しい。月曜から水曜まではICINGプロジェクトのミーティング、木曜と金曜はもう一つのEUプロジェクトであるロボット・プロジェクト(URUS Project: Ubiquitous Networking Robotics in Urban Settings)のヨーロッパ委員会によるプロジェクト審査会(Project Review)がバルセロナで予定されています。

という訳で先ずはICINGプロジェクトから。(このプロジェクトの概略についてはこちら)今回のミーティングの目的は6月のヨーロッパ委員会(European Comisión)の前での最終プレゼンテーションに向けての調整というのが第一の目的。今回はヘルシンキ組みのヘルシンキ市役所(Helsinki City Council)のIちゃん、ヘルシンキ芸術デザイン大学(University of Art and Design Helsinki)のJちゃんとR君がスケジュールの関係でバルセロナに来る事が出来なかったので彼らはヘルシンキからビデオカメラを通した参加となります。

カタルーニャのシリコンバレーこと、22@BCN地区内某所に集まったメンバー達と朝から夕食後のコーヒーまで、今までに無くかなり真剣なディスカッションが進んでいる。僕はこのEUプロジェクトであるICINGプロジェクトに幸運にも日本人として参加している(所属は勿論バルセロナの公的機関として)のですが、だからこそ、他のヨーロッパ人参加者には見えない特別な視点から、プロジェクトとEUの戦略的位置付けみたいなのが出来ると思うんですね。つまり、EU圏の人間では無く、圏外の日本人の眼から見たEUプロジェクトの意義みたいなのをココに書いてみたいと思います。

先ず、EUプロジェクトというのは、簡単に言うとEU圏内の3カ国以上の都市が集まって何か革新的なプロジェクトを提案した時に、ブルッセルにあるEU委員会がEUプロジェクトとして承認してお金を出すというプロセスを取ります。(かなり簡略化してますが)表向きは、一つの機関や都市では実現出来ない実験やサービス、製品を幾つかの機関や都市に属するスペシャリストが集まって協力しながら実現していくという、アカデミックエリアでは結構普通にやられているコラボレーション方式ですね。

しかしながら、いちパートナーとして実際にEUプロジェクトに参加していて気が付いた事は、これらEUプロジェクトには、この表向きの目的の他にもっと大切な裏の目的があるんじゃないかと言う事です。それは一つのプロジェクトの実現を通して各都市の結束を固め、都市間のコミュニケーションを円滑にし、その結果、創造性を増幅する事によりEU全体の競争力を高めるという裏目的が存在するような気がしてしょうがないんですね。

一つのプロジェクトを様々な文化と専門のバックグラウンドを持ったパートナー達と実現していくという事は決して楽な事ではありません。話す言語は違うし、扱う専門用語も違う、働き方も違うし思考形態も違うパートナー達と一緒に働いていていると、仕事の生産性という観点から見た時、「自分達だけでやった方が楽なのに」と思う事はしばしばです。笑い合う事がある数だけ、「データが無い」とか「言語間の違い」とかで怒鳴りあう事がある事も事実なんですね。

しかしながらこのような仕事の生産性の指標だけでは計れない「何か」がある事も又事実です。それは明らかに文化間の違いが生み出す多様性に依っていて、プロジェクトを豊かなモノにしている。自分達とは違う文化圏の人の働き方や休息の仕方といった生活様式に触れる事によって、人間が成長するんですね。

どうも僕が見た感じ、EUはプロジェクトの生産物に期待するというよりは、プロジェクトを通した各国間・各都市間のコミュニケーション促進の方に期待しているのではないかと思えてきます。その結果、プロジェクトに投資した何倍もの見返りが、そこで構築されたネットワークから出てくる新しいプロジェクトや提案という形でEUに還元される訳です。実際ICINGプロジェクトからは草の根的に幾多のプロジェクトがパートナー間で既に生まれています。結果としてEU都市間の結束が固まり、EU全体の競争力の強化に繋がる訳です。

僕が関わっているもう一つのEUプロジェクトである、ロボットプロジェクト(URUS Project)ではその傾向というか、EUの戦略性はより明らかです。現在のロボット技術の強力なセンターは日本とアメリカだそうです。その2つの地域に比べて明らかに遅れを取っているのがヨーロッパ。そこでEUはEU各国からロボットのエキスパートを集めてコミュニケーション型ロボットを創るというEUプロジェクトを立ち上げました。ロボットを創ると言ってもロボットは色んなパーツや機能から成り立っているので各部分によってどの国のどの都市が優れているとかいう優劣があるわけです。その良い所取りをして最上級のロボットを創ろうというのが表の目的。

しかしですね、ココには明らかに裏の目的があるわけです。それは各国各都市でばらばらなプロトコルや基準、用いる言語などを今の内に統一して来る次世代ロボット戦争に備える為に、日本やアメリカに負けない強力なセンターを創り出そうという戦略が見えるわけですよ。一つの生産物を創り出すという目的に従って、定期的にミーティングを開き、技術的な問題を解決・EUで統一していく事に加えて、上述のような各国・各都市のコミュニケーションを促進する役割をも果たす、正に一粒で二度美味しい戦略。

こういう事って、紙の上に書かれた経過報告書やプロジェクトレポートといったオフィシャルな記録からは絶対に見えてこない事です。EUが正に結束を強めているこの時期に、日本人として、その中心に直にリアルタイムに関わる事が出来るというのは、この上ない幸せだなと思います。
| EUプロジェクト | 20:25 | comments(1) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
ミーティング三昧
今日は朝からミーティング三昧。バルセロナ交通局のBさんと某プロジェクトの打ち合わせに続いて、私企業との打ち合わせが2件続く。その間にメールをチェックしてたら、水曜日にICINGのテレミーティングが入っている事に気が付く。金曜日にはEUプロジェクトであるロボットプロジェクトのEU委員会プロジェクトレビューが入っているし、ウェブ関連のミーティングが2件夕食時に入っている。

今月は海外に行く事は少ないけれど、オフィス外に出る事が多いので晴れると良いなと思っていたら天気予報は週間を通して雨。水不足に悩むカタルーニャにとっては願っても無い雨だけど、傘をさして都市内を移動しなきゃいけない身としてはちょっと憂鬱かな。
| 仕事 | 20:45 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
ポンペウ・ファブラ大学図書館(Unversitat Pompeu Fabra)
カタルーニャには現在、8つの公立大学と4つの私立大学があります。

公立大学
Universitat de Barcelona (UB)
Universitat Autònoma de Barcelona (UAB)
Universitat Politècnica de Catalunya (UPC)
Universitat Pompeu Fabra (UPF)
Universitat de Lleida (UdL)
Universitat de Girona (UdG)
Universitat Rovira i Virgili (URV)
Universitat Oberta de Catalunya (UOC)
私立大学
Universitat Ramon Llull (URL)
Universitat de Vic (UVIC)
Universitat Internacional de Catalunya (UIC)
Universitat Abat Oliba (UAO-CEU)

ヨーロッパの各大学には、それぞれの特色や良い講師陣を揃えている学科などがあって、総合的にどの学部でもココが一番というのはありません。例えばカタルーニャ工科大学(Universitat Politècnica de Catalunya)のロボット工学科はよく知られているし、バルセロナ自治大学(Universitat Autònoma de Barcelona)の経済学部はヨーロッパで高い評価を得ているドクターコースがあるといったように。

そんなカタルーニャの大学なのですが、比較的新しい大学としてポンペウ・ファブラ大学(Universitat Pompeu Fabra)があります。創設は1990年とまだ20年経っていません。にも関わらず、経済学、歴史学、情報工学などの分野で優れたプログラムを提供しています。仕事上、ポンペウ・ファブラ大学の情報工学部の人達とはよく仕事をするのですが、一昨年、この業界で話題になったInteracTableというBjorkのプロモーションビデオに採用されたテーブルを創ったのはこの大学に属する僕の友達です。

ポンペウ大学キャンパスは市内に散らばっているのですが、メインキャンパスはオリンピック村(Villa Olimpica)の近く、動物園の横にあり、セルダブロックを2つ占めています。こんな感じで。





設計はオリオル・ボイーガス(Oriol Bohigas)率いるBMB事務所(Josep Maria Martorell, Oriol Bohigas and David Mackay)。





中はこんな感じ。新市街地のセルダブロックと同様に大きく中庭を取った構成です。向かってガラス張りの右側が講義棟で左側には教授の部屋などが入っています。トップライトが燦燦と注ぎ込む中庭は結構居心地が良い。

ちなみにここの食堂は学食にしては良い質の食事を安く提供していると思います。メインディッシュ一皿と飲み物、パン、デザートが付いて5ユーロだったと思います。うれしい事に部外者でも入れます。

さて、ここからが今日の本題。ポンペウ・ファブラ大学で見るべきは図書館です。この大学には世界一美しい図書館があります。(世界一かどうか知らないけど、僕が今まで見た中では一番美しいと思いますね。)

それがコレ。











14メートルの高さを擁する重厚なアーチが並ぶ空間には荘厳さが漂っています。ただただ圧巻の空間。こんな所ならさぞかし勉強もはかどるんだろうな・・・なんて。





この図書館は1874年にJosep Fontsereによって建てられたDiposit de les Aigues(Water deposit)を改修したものなんですね。Diposit de les Aiguesって何かって言うと、早い話が貯水池です。今では市民の憩いの場として親しまれているシウタデッリャ公園(Parc de la Ciutadella)はその昔、マドリッドの要塞基地に占められていたんですね。そんな抑圧のシンボルを「都市の肺」に変える一大行事が1888年のバルセロナ万国博覧会だった事は以前書いたとおりです。

改修は地元建築家、Lluis Closetと Ignasi Paricio によって1993に行われ始めて、1999年に図書館としてオープンしました。古いものを街の財産として大事に使う文化は見習うべきですね。

この建物の中には図書館機能の他にヨーロッパ歴史学界の重鎮、ジョゼップ・フォンターナ(Josep Fontana)が指揮するポンペウ・ファブラ大学ビセンス・ビベス歴史研究所(Institut Universitari d´Historia Jaume Vicens i Vives)も入っているんですね。スペインに近代歴史学をもたらしたジャウマ・ビセンス・ビベス(Jaume Vicens i Vives)と現代最高の歴史学者Josep Fontanaの名に恥じる事の無い建築だと思います。余談ですがポンペウ・ファブラ大学の一年生は教養として歴史一般の授業を取る事になっています。その時用いられている教科書がフォンターナが書き下ろしたIntroducció l'estudi història (Critical, 1999) です。内容は歴史全般で「鏡の中のヨーロッパ(Europa ante el espejo)」をもう少し分かり易くした感じかな。

僕はこれを読んだ時、「歴史はなんて面白いんだ」と目覚めてしまいました。こんな良い教科書で学ぶ事が出来る学生ってなんて幸せなんだろう。こういう良い本を是非日本語に訳して欲しいですね。

この図書館のアクセスなのですが、この建物自体には入り口はありません。ポンペウ・ファブラ大学の正門から入って、一旦地下へ下りて先ずはジャウマI棟(Edificio JaumeI)に入っている一般図書館(Biblioteca General)から入る事になります。ここから最奥部にある地下連結路を通って中央図書館へアプローチする事となります。

開館時間は月曜から金曜:8:00−午前1:30
土曜、日曜、休日:10:00−21:00
です。
| 建築 | 21:20 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
パーソンカウンター(Person counter)
昨日はパーソンカウンター開発プロジェクトの為にフランスの某社と打ち合わせ。このプロジェクトはここ3年程関わっている比較的長期的なプロジェクトです。

パーソンカウンターとは何かというと、その名の通り「人の数を測る機械」です。デパートや展覧会場などに行くと良く見かけるのですが、公共空間という室外を対象にしたカウンターはあまり出回っていません。何故か?ずばり需要が無いからです。

この「需要が無い」というのは驚くべき事実なんですね。特に建築家や都市計画家、アーバンデザイナーはこの点に驚くべきであると思います。何故なら建築家は「人が何処から来て何処へ行くのか?」や「何人の人が通りを利用するのか?」といった基本的なデータを用いる事なく勘でデザインしていると言えるからです。「この通りは人通りが多いから」とか「ここにショッピングセンターがあるから人の流れの軸が出来る」とかいうのは建築家がよく使うお決まりの言語ですね。

建築学科出身で建築家だけが働く建築事務所に居た頃はそれが当たり前と思っていましたが、他の職業の人達と働く様になってからその思考がいかに異様かという事を認識するようになりました。建築家が使っている分析手法や言語は大変曖昧なものであって建築界では通用するかもしれないけれど、他分野の人を納得させようと思ったら先ず通用しません。これは建築家という制度の大衆化によって引き起こされた事だと思います。当ブログではそれを「建築家としての職能」という題名でシリーズ化しています。

さて、そんな背景があって僕がイニシアティブを取る事によって「パーソンカウンタープロジェクト」は始まりました。

とりあえず、現在開発されているカウンターを眺めてみると、歩行者の探知方法によってそれらは2種類に分ける事が出来ると思います。一つはカウンター自身が信号を発し人を探知する事によってカウントするというアクティブカウンター( Active Counter)。もう一つは人間の方が何かしら信号を発してそれを機械の方が感知して人の数をカウントするパッシブカウンター( Passive Counter)。

アクティブカウンターの代表的なものとしてはビデオカメラが挙げられます。以前のエントリで書いた様にこの種のカメラで最も優れているものの一つはAntonini Gianluca君が開発した離散選択モデルを用いたトラッキングシステムですね。

Antonini, G., Venegas, S., Bierlaire M. and Thiran J.-Ph. (2006): “Behavioral priors for detection and tracking of pedestrians in video sequences”, International Journal of Computer Vision 69(2):159-180.

アクティブカウンターでもう一つ優れていると思われるのが柴崎研究室が開発したSICK社のレーザーを使ったトラッキングシステムです。SICK社のLaser Range Findersはレーザーを発信し障害物に当たった時に返って来る反射光の時間差を利用する事により周りの障害物状況を誤差数センチの範囲で知り得るという優れたレーザーで、元々工場などでロボットが障害物を認識する為に創られました。

柴崎研究室はこのレーザーを床上20センチに設定する事により人の足首辺りをスキャニングし、人の動きを正確に測る事が出来るシステムを開発しました。こんな感じで(下記はイメージ図)



このシステムの大きな特徴は光などの自然環境に左右されないという事、ビデオよりもはるかに広い範囲をカバー出来るという事、広場における人の移動軌跡をほぼ正確に知り得る事が出来るという点です。この情報は上方斜め方向から撮ったビデオカメラからでは知り得ない情報です。何故ならビデオカメラの情報を平面に落とすには変換が必要だからです。

このレーザーを使った応用編として縦方向に用いて一枚のスクリーンを作り、そこを通った人の数を数えるというシステムが提案され既に商品化されています。計測範囲は高さ15メートル、幅26メートルまで可能で最大で25人毎秒を実現しています。こんな感じ(下記はイメージ図)



一方のパッシブカウンターの代表格は何と言っても携帯電話を使ったトラッキングが挙げられます。携帯電話の基地局情報から人のおおまかな位置情報を取得して人の移動軌跡を知るというものです。詳しくは以前のエントリで書きました

さて、これらアクティブとパッシブカウンターにはそれぞれ利点と欠点があります。とりあえずアクティブカウンターは実際のプロジェクトにはほとんど使えないという事を指摘しておきたいと思います。何故ならアクティブカウンターは必ずと言ってよいほど電源を必要とするからなんですね。公共空間で電力供給を確保するためには役所の許可が要ります。そして大抵の場合許可は下りません。それがビデオとなると尚更です。近年の監視社会に対する市民側の抵抗にはすごいものがあります。

これらの難関を突破して街路に設置許可が下りたとしても、もう一つの困難が待ち受けています。これらヘビーな機械は一度取り付けたら取り外しがナカナカ出来ないという事です。すると必然的に数箇所に設置という事になるのですが、アクティブカウンターは概して値段が高いんですね。よって限られた予算内で実現するプロジェクトで何台も機械を買うのは現実的ではない。

という訳でアクティブカウンターはアカデミックな研究課題としては面白い題材かもしれませんが実際のプロジェクトに用いるという現場の声としては使えないという結論になるわけです。

そこで僕が注目したのがパッシブカウンターです。パッシブカウンターの大きな特徴は電源が要らないという事です。そして電源が要らないという事は好きな場所に設置出来、且つ移動にそれほど手こずらないという事を指し示しています。そしてパッシブカウンターの中でも人の体温に反応するセンサーを用いる事にしました。こうして出来上がったのがEco Counter です。

特徴としては電源が要らないという事。持続可能時間は約10年間。サイズは盗難防止用の箱がA4サイズで標識などに取り付け可能なようにデザインされています。よって取り付け移動は5分足らずで済み、プロジェクトが進行している地域全体の街路をくまなく数台の機械で測る事が出来ます。これは非常に重要な点で幾ら一つの街路の歩行者人数が正確に分かったからといってもその情報は、それ自体ではほとんど役には立ちません。人数データは街路間で比べる必要があるからなんですね。故に自ずから複数街路のデータが必要になってきます。



欠点は何かというと、レーザーが図のように水平に出ているので人が重なって歩いている場合などには正確に人数を把握する事が出来ないという欠点があります。すなわち人がまとまってグループで歩いている様な場合にはデータとして正確さをかなり欠く事になります。

2005年のグラシア歩行者空間プロジェクトでマニュアルカウンティングの結果と照らし合わせた結果、その誤差は約5%−20%と開きがある事が分かりました。更に数えた歩行者の数のボリュームと誤差にも相関関係がある事が最近の調査で分かってきています。簡単に言うと100人以下だと誤差が20%以上になるけど、800人を超えると誤差が5%になるというような。

この機械はビデオカメラのように街路における正確な歩行者数をカウントしてはくれません。しかしそれでも僕達がこの機械を使い続けているのはそれ以上の便益があると考えているからなんですね。僕らは主にこの機械をその街路における利用パターンの解析に用いています。その表がこれです。



縦軸が歩行者数で横軸が1時間ごとをベースとした時間・日付けを示しています。このデータによると人は月曜から金曜までほぼ同じサイクルで街路に現れたりしている事が明らかに分かります。面白いのはこのデータは文化解析ツールとして用いる事も出来るという事です。スペインでは昼食を14時から16時までに取ります。データにはその傾向が明らかに出ています。更にこの傾向は週末になるとがらっと変わります。



上記のグラフが日毎の変化を比べた結果です。赤色とピンク色が週末の生活パターンを示しているのですが、平日よりも2−3時間程遅れてカーブを描いているのが分かります。これは週末には人はいつもより遅く起きて、夜も平日よりも遅くまで遊んでいるという事を表しています。

このような解析は一人一人の行動に注目するミクロな視点というよりはむしろ巨視的な視点を導入する事により可能になりました。人を群集としてみるという視点ですね。人は個人単位で見た場合、各々独自の動き方をする為に規則性を見出す事は大変に難しいといわざるを得ません。しかし、人を群集としてみた場合、そこにはある種の法則が存在する事が見て取れる場合があります。それらは常識として誰でも知っているようなごく普通の事がほとんどです。
しかし、それら誰でも知っているような当たり前の事をデータとして示した所にこそ価値があると思っています。
| 仕事 | 12:45 | comments(0) | trackbacks(7) | このエントリーをはてなブックマークに追加
ロボットミーティング  IN Lisbon
さて、今日からは場所を変えてロボットミーティングへ行きます。中心街に近いリズボン工科大学内にて2日間に渡って行われる予定です。昨日までのEガバメントミーティングはダブリン・インスティトゥート・テクノロジーやスペインの電話会社テレフォニカなどがかなり突っ込んだテクニカルな話を展開していたので理解に苦しむ場面が何度かあったんですが、ロボットミーティングは更に頭が痛くなる。
現在午後16時ですが、朝9時から始まったミーティング中に「ロボット」という単語を500回は聞いた。今日は何をしても話題はロボット。午前中のコーヒーブレイク、昼食、昼食後のコーヒー。何時でも何処でもロボット、ロボット、ロボット。

その一方で、前のエントリーにも書いたんですが、世界中からエキスパートが集まって何か一つの事を成し遂げようとしている光景は大変輝かしい。そのサブジェクトがオタク的であればある程ホントに興味深い。何故ならそんなディープな話は世界中で彼らにしかわからないから。だから笑ってしまう程楽しい。

これだけ世の中に情報が溢れてインターネットを通してどんな事でもリアルタイムで知る事が出来てしまう世界において、このロボット計画はある意味で、これほど意味のある事があるのかと思ってしまう程意義深いと思う。
| EUプロジェクト | 23:54 | comments(0) | trackbacks(35) | このエントリーをはてなブックマークに追加
EUガバメントミーティング2007
今ポルトガルはリズボンに居ます。今日から一週間はこちらに釘付けになります。と言うのも前のエントリーで書いたように今年の年度初めのEUミーティングがリズボンのとあるホテルで開かれる事からそのミーティングに前後してEUレベルのプロジェクト関係者が各々のプロジェクトミーティングを開く為に集まってくるからです。僕の場合はヨーロッパE−ガバメント計画とロボット計画のミーティングがそれぞれ月曜・火曜・水曜と木曜・金曜に行われる事になっている事から、そのとあるホテルに滞在中です。

さて各計画の内容なのですが、ヨーロッパE-ガバメント計画はその名の通りヨーロッパ各都市が提供するサービスをデジタル化するというのが大きな目標になります。現在進行形なので詳細はココには書けませんが、EUレベルにおけるデジタル化を目指している事からバルセロナ一都市だけではなくてヘルシンキとダブリンとの共同プロジェクトとして進行しています。

ここが現在のヨーロッパの大変に面白い所であり魅力的な所でもあります。EUに統一通貨が導入された事から一段とEUにまとまりが出て来てアメリカとアジアに対抗しようという意識丸出しであらゆる面で急激な伸びを見せています。更に注目すべき事はこの動きが各国政府主導というよりも各都市主導で動いている事です。EU-Eガバメント計画はそれらが結実しつつある大変重要な計画だと言う事が出来ると思います。この計画に携わっていると、正に今まで国という単位で色塗られてきたヨーロッパ地図に都市という星ぼしが煌き始めていると言う事を体を通して体験する事が出来ます。

このような現場にリアルタイムで参加出来る事を大変幸せに思います。
| EUプロジェクト | 01:22 | comments(0) | trackbacks(35) | このエントリーをはてなブックマークに追加
2007-8年度仕事始め
長い夏休みが終わり今日から今年度の仕事が始まりました。一ヶ月ぶりに会う同僚達との再会を楽しみながらゆらりゆらりと仕事に取り掛かります。
官庁が一ヶ月も丸々休むという事にも驚きますが、それでも社会が回ってしまう事にもっと驚きます。

さて、仕事始めに先ずはやらなければならない事。自分が一ヶ月前に何をしていたのか思い出す事。それと関係書類の場所やファイルが何処のハードに入っているかを一生懸命思い出さなければならない。コレが結構難しい。仕事なんだから忘れる訳無いとか思うでしょ?でも一ヶ月も手を付けないアンド、バケーションで思いっきり楽しむとどんなに重要な事項でも忘れちゃうんですね、コレが。ハハハ。

実は笑ってられない現実が目の前にある。9月というのは一年の中でもかなり忙しい月なんですね。何故かというと年度初めなので今年度のプロジェクトが一斉に始まる訳です。と言うわけで明日から月の終わりまでずーとミーティング三昧。最も大切なのが17から始まるEU関連の国際会議。今年はEU関連会議はリズボンであるので1週間丸まるリズボン漬けの日々が始まります。内訳は前3日がダブリン・ヘルシンキ・バルセロナ共同プロジェクトの合同打ち合わせ。中2日がEU政府間パネル、最後2日がロボット計画会議。その後は何時ものように観光します。なんて言ったってポルトガルですからね、勿論シザでしょ。久しぶりなので楽しみです。
| 仕事 | 05:27 | comments(0) | trackbacks(0) | このエントリーをはてなブックマークに追加
建築家という職能:ヨーロッパ・ロボット計画
今週は会議が続く。通称会議三昧週間。今も会議中でこのエントリーは会議上から書いてます。今日はヨーロッパロボット計画ミーティング。この計画はヨーロッパユニオン先進プロジェクトに登録されている計画であり、趣旨はヨーロッパに強力なロボット研究の拠点を創り出す事です。故にヨーロッパ各国から代表的な大学が集まり、拠ってたかってロボットを創り出そうとしています。先ず、やり方としては巧い。各国のコラボにより一つのセンターを創り出す為にはコミュニケーションが必要不可欠であり、各国が独自に追求しているプロトコルなどを統一する必要があります。それを達成する為にロボットを創り出すという一つの目的の下にプロジェクトを創り出し、定期的にミーティングを開いている。いわば、主目的に見えるロボットを創り出すというのは副産物であり、それを戦略的に用いているというのは注目に値する。これは我々がやっている都市戦略モデルのコンセプトに近い。

さて、僕はココにバルセロナ公共空間部門の代表として参加している訳ですが、何の為にロボットなんて又、全く関係が無いミーティングに参加しているかというと、ロボットを配置する場所を都市内に提供するためなんですね。つまりバルセロナの公共空間プロジェクトをほぼ網羅している僕らがプロジェクトに入る事によってロボット科学者達は都市との繋がりを持つ事ができたというわけです。元々彼らはロボットを実用化する為に公共空間に置きたがっていたんですが、コネクションが無かった為に実現が難しかった。それを偶然僕が他のプロジェクトの為にコーディネーターを訪れた事から都市的要素が強力に入り込む事になりました。

こういう場に来ると空間を通した建築家の権力が如何に強いかという事をあらためて感じさせられます。建築家の扱う領域というのはプラットフォームなんですね。公共空間というプラットフォームにロボット、カメラ、センサーなどのあらゆるモノを統合する事が出来る。そしてそれを支配しているのが建築家。僕の置かれたちょっと変わった境遇から日々、建築家とは、そして建築家が今後貢献出来る領域というのは、コーディネーターだなと感じているのですが、今日はその僕の勝手な意見をより一層強く確信させられました。

それにしても今日だけで「ロボット」という言葉を1000回以上聞いた気がする。
| 建築家という職能 | 20:35 | comments(0) | trackbacks(35) | このエントリーをはてなブックマークに追加
嵐のような日々が過ぎ去って
今週は色んな計画の締め切りが重なり忙しかったです。
先ずはグラシア地区計画の経過報告書と第二期計画案。ロボット計画のドキュメント提出。TMB(バルセロナバス会社)への路線変更経過報告書。市役所のホームページ改正案などなど。加えて連日ミーティング。あっち行ったりこっち行ったり。

何故かというと今日から2週間はセマナサンタという連休に入るからなんですね。更に5月末にスペインでは選挙があります。その為政治家は皆自分の成果を示す為に文書を集めている訳です。この選挙が大変怖くて政権が変わったら全ての計画がストップもしくはオジャンになる。つまり今までやってきた事が水の泡と化す訳です。どうなることやら。

さて、僕は明日から休暇です。プラハに行きます。


| バルセロナ日常 | 17:05 | comments(0) | trackbacks(35) | このエントリーをはてなブックマークに追加
日本人とは
今週もミーティングが続く。スペインに居るはずなのにこの忙しさはおかしい。今日は朝からロボット会議。続いてポルトガル北部、某都市の市長以下多数が来訪していたので何時ものように僕のしている仕事を説明する。午後はチューリッヒ工科大学研究員のスイス人とプロジェクトの打ち合わせ。

実は彼とは何度かミーティングをしている内にお互いの専門・関心が近い事から友達になりました。その彼が今日ちょっと面白い事を言っていた。なんか彼の研究を見たMITの教授が彼を引き抜きに掛かってるらしいんですね。大学でのきちんとしたポジションと年間給与も提示して申し分無い条件だという事。それを聞いた時、心の中で「それでも僕なら行かないな」と思った瞬間に彼の口からも「行かない」という言葉が聞こえてきました。

なんで僕が行きたくないかというと理由はすごく単純でボストンって寒そうだし食べ物あんまりおいしくなさそうだし、何より住みにくそうと思ったから。勿論これは勝手な僕のイメージなので実際のボストンは暖かくて食べ物最高なのかもしれない。でもバルセロナほど住み易いとは思わないし、人だってラテン程陽気じゃなさそう。つまり住んでいて楽しくなさそうなんですね。加えてヨーロッパには飛行機で1時間ほど飛べば全く違った文化が広がっている多様性という魅力があります。これらを総合して考えた時、「行かない」という答えになるわけです。

面白いのは彼の理由も僕とほぼ同じだったと言う事。でも家に帰る途中の電車の中でちょっと考えてしまった。多分多くの日本人の答えは反対に「行く」じゃないかと思うわけです。日本は多分未だに学歴偏重社会だろうし「有名」という言葉に弱い。勿論MITには魅力的な教授が沢山居るし研究環境などは抜群だと思うのでそういう理由からボストンを選ぶという人だって居るでしょう。唯、僕にとって大変興味深いのはヨーロッパにおいては「研究者にとって最高の環境」と「都市における生活の質」が天秤に掛けられる状況が発生しているという事です。そしてヨーロッパではその天秤が度々「生活の質」の方に振れるという事。

これは考えてみたらすごく当然の事だと思うんですね。何故なら僕らは人間なので住む環境というのは生きていく上での第一条件だからです。しかし小さい頃から競争社会にどっぷり浸かってきた日本人にはその考え方はナカナカ理解しにくいのではと思います。もしかしたらそういう考え方をする人達の事を日本人と呼ぶのかもしれないとか思うわけです。そう考えた時、僕は何時の間にかこっちの住人になってしまったなと思った1日でした。


| EUプロジェクト | 05:25 | comments(1) | trackbacks(35) | このエントリーをはてなブックマークに追加
EUのロボット計画
今週はミーティングずくしだった。月曜・火曜と連続してロボット計画の打ち合わせ。え、ロボットですか?って感じなんですがマジです。冗談っぽいでしょ?本気です。本気でみんなロボット創ってます。鉄人28号っぽいの。しかもグラシア地区っていうバルセロナの一街区のパブリックスペースにもうすぐ現れるというからこれまた驚き桃の木。

冗談ぽいこの計画、実はEUのパイロットプロジェクトに指定されていて、しかも参加チームはヨーロッパ各国を代表する15工科大学の頭脳達。そんなかなり頭よさそうなおじいさん達が「ロボットが歩く」とか「ロボットが・・・」とか何とか言い合ってる風景はかなり笑える。本気なので笑っちゃいけないけど笑える。多分この教授達が設計事務所にやってきて建築家達が「窓の位置をあと3ミリ右へ」とか「ガラスに映りこんだ風景を記号として読み込むと・・・」とか議論しているのを見ると大爆笑に違いない。

他の分野の人からみて「笑える」くらいさっぱり意味不明な専門性の高い仕事。僕もそういう仕事がしたいと思う一方、そのような世界はそこに携わる人以外の人には意味不明だという事を認識する事が大切であるという事を実感する。でもそこから新たなる発見がある事が他領域を横断しつつ仕事をしている者の醍醐味だとも言えると思うんですね。

このロボット計画は僕がひょんな事からカタルーニャ工科大学のロボット科教授のアルベルトさんにコンタクトした事から僕達も参加する事になりました。ひょんな事というのは彼らに人の数を数える機械を作って欲しかったんですね。最初は乗り気だったのにいつの間にか話がロボットに摩り替わってた。しかもアルベルトさん、ロボット大好きなのでいったん話し出すと止まらないんですね。そんな不安の中、一応彼をディレクターに紹介したんですが、不安的中。僕のパーソン・カウンターの話は最初の5分くらいでそれから3時間ずっとロボットの話。なんかその内、街中に置きたいとかいう話になってあれよあれよという間にプロジェクトへ。で、何時の間にか僕が責任者になってしまったという訳。

結構、興味深いプロジェクトなので僕も楽しんでますが、僕のパーソン・カウンター、どうなったんですかね?アルベルトさん。


| EUプロジェクト | 19:57 | comments(0) | trackbacks(1) | このエントリーをはてなブックマークに追加