地中海ブログ

地中海都市バルセロナから日本人というフィルターを通したヨーロッパの社会文化をお送りします。
Barcelona Oportunity Weekに見るバルセロナの都市戦略
今週バルセロナではレストランやホテル、美術館や映画館などが一斉に半額(もしくはそれ以下)になるイベント、Barcelona Oportunity Weekを開催しています。



このイベント、一体どういうモノかと言うとですね、「普段は高すぎてとても入れない様な星付きレストランを市民の皆さんに楽しんでもらおう」とか、「市内にある様々な魅力的な文化施設を是非この機会に知ってもらおう」とか、まあ、こう言う趣旨の下に始められた、バルセロナ市全体を挙げてのお祭りなんですね。

このイベントの為に作られたホームページで、今回割引になる様々なサービスを見る事が出来るんだけど、その中には、市内にある1星レストランGaigが25ユーロと言う破格の値段でコース料理を提供していたり、市内の美術館や博物館などが時間帯によって無料開放されていたりと、一般市民の人達にとって大変魅力的なプログラムとなっています。

かく言う僕も、「この機会を利用するっきゃ無い!」って訳で、今週火曜日に市内の映画館で催されていた、「1枚の入場券で2人入場可」って言う超お得なプロモーションを使って、今話題の映画、「ソーシャルネットワーク」を見てきました。

 

この映画は(日本以外の)世界中で大旋風を巻き起こしているFacebookが、一体どのように創り出されていったのか?そしてそこに渦巻いている人々の欲望や裏側などを描いたって言う超話題作なんだけど、見に行ってみた感想は‥‥ここでコメントする程でも無かったかな。唯一点だけ‥‥友達は大事にしようと思いました(笑)。

さて今回、Barcelona Oportunity Weekに実際に参加してみて僕が「凄いな」と感じた点は以下の2点:

先ず一点目は、このイベントには、ホテルやレストラン、映画館など、実に様々な業種の人達が参加していると言う点が挙げられます。そしてこの点こそが、Barcelona Oportunity Weekを特別な地位に押し上げていると思うんだけど、つまりは、「街全体を巻き込んだ」と言う所に、先ずは最初の重要なポイントがあると思うんですね。そして、そんな事が出来てしまうバルセロナの底力と言うものには、何時も感心させられてしまいます。



実は最近、バルセロナではこの手のイベントが結構企画されてて、去年の12月前半には、バルセロナの目抜き通り、グラシア大通りに軒を構える数多くの服飾関係のお店などが、夜の12時まで店を開けると言う、The Shopping Night Barcelonaと言うイベントが開催されていました。



お店の中ではシャンパンやワインが振る舞われたり、大通り側には仮設のディスコなどが設けられ、夜遅くまで若者などで大層な賑わいを見せていました。

近年これらのイベントが頻繁に催される背景には勿論、昨今の経済危機の影響などから、「今までの様に単にモノを売ってるだけでは駄目だ!」って言う業界側の焦りみたいなモノが垣間見えるんだけど、それ以上に、僕の目には、その背後に横たわってる「バルセロナ市の都市戦略」みたいなものが映り込んできます。

「それが一体何なのか?」を考えるには、昔、ジョルディ・ボージャが言っていたこの言葉を思い出す必要があります:

「都市を売り出すと言う事が良く話題に上りますが、その最大の売りは、市民でなければなりません。‥‥そして市民自らが誇りを持つ事を忘れてはいけません。」

そう、今回のイベントは、正に、そんな自分の住んでいる都市の魅力を知って貰う事を通して、市民自身の魅力を高めるって言う狙いがあるんじゃないのかな?

そして、「都市の重要な経済活動は工業でも、サービス業でも、金融でもない。それは“おしゃべり”だ」って言う、ピーター・リースの言葉に表されている様に、そんな自分の都市の魅力を良く分かった市民達が、他の都市の住民に、「どんなに自分の都市が素晴らしいか」を口コミで伝える事程、効果的な広告はありません.

そう考えると、今回のイベントは、実は相当手の込んだバルセロナの都市戦略と考える事も出来るのでは無いのでしょうか?

それは、高速鉄道を引くとか、ある地域を文化の集積地にするとか、そういう分かり易く、そして直接的に結果が見える様な計画なのではなくて、「市民に働きかける」って言う、かなり間接的な戦略なんだけど、実はこういう地道な働きかけこそが、都市にとってのかけがえの無い財産になると思うんですよね。何故なら、その都市にとっての最大の財産は、その都市に住む市民に他ならないのだから。
| 都市戦略 | 06:54 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
ロンドン出張その2:船上ディナー
EU関連のプロジェクトに関わっていて毎回非常に楽しみなのが何を隠そうディナーなのですが、というのも、ホストになった都市の人達が、その地方の文化を他のパートナーの人達により良く理解してもらおうと、その地方に根ざしたもてなしを駆使して楽しませてくれる場合が多いからなんですね。今回の開催都市はロンドン、と言う事で市内に川があるし、お題も海洋関連プロジェクトだったので、「船かな?」とか思ってたら、やっぱり船上パーティーだった。



大きな川が市内に流れている都市では、川岸に結構沢山の船が停泊してて、その中で夜景を眺めながら「ゆったりと美味しい食事を頂く」というのが結構な楽しみになっている様ですね。で、早速中に入ってみる:



僕はあんまり船とか乗らない方なので今回船に乗るのはモロッコに行った時以来、10年振りくらいなんだけど、今回の船は豪華客船なので優雅さが違う。備え付けの備品一つ一つから気品が漂ってくる・・・様な気がする(笑)。船とか本当に全然乗らないから、全く分からない(冷汗)。ヒホン(Gijon)でスペインが誇る空母、プリンシペ・デ・アストゥリアス(Portaaviones Principe de Asturiasに乗ったけど、あれは航空母艦でしたからね(地中海ブログ:ヒホンその4:航空母艦プリンシペ・デ・アストゥリアス(Portaaviones Principe de Asturias)。



さて、今回は集合が19時で1時間ほど船の上でカクテルを飲みながらの食前酒&おしゃべりタイムだったのですが、この時間は外もまだ明るく、向こう岸にはテートモダンなんかもバッチリ見えました(地中海ブログ:ロンドン旅行その9:テートモダン(Tate Modern)Herzog and De Meuronの建)。そうこうしている内に、船内に用意されていたテーブル席で本ディナーへと突入。生演奏が流れる中、とっても優雅に今日の一皿目が運ばれてきた:



料理名は忘れたけど、パンの上に生のサーモンが載ってる料理。まるで白いお皿に真っ赤なバラの花が咲いているかの様で、見た目も綺麗ならお味の方もナカナカ。そして今日のメインがコチラ:



こっちも料理名忘れたけど、チキンを煮込んだものの上に美味しいソースがかかってる料理。このソースに、焼いてあるベーコンが添えられているんだけど、それが美味しい事!これは久しぶりの「大変おいしゅうございます!」



ここでふと外を見ると、もう完全に日が暮れてて、岸のあちら側にはダイアモンドの如くの夜景が広がってる。



船内では雰囲気抜群のジャズの生演奏とかやってるし、こんな雰囲気の中でディナーを取ってると、本当に何でも美味しく感じられてくるから不思議です。やっぱり食事と言うのは、味もさる事ながら、食事をする雰囲気の重要性と言うのは外せないと思いますね。そして今日最後のお皿、デザートの登場:



今日のデザートは定番のアップルケーキでした。色んな所で色んなタイプのアップルケーキを食べてるけど、今回のケーキはシャキシャキのリンゴが「これでもか!」と言うくらい載ってる非常に満足の一品。おなかも一杯になった所で再び外へ。



もうすっかり日も暮れてロンドンの誇る夜景を楽しみながらみんなで又おしゃべり。素敵な夜景の魔力も手伝ってか、話が弾む、弾む。明らかに今日の午前、午後に行われたプレゼンとその後のディスカッションなんかよりも、よっぽど生産的な議論が出来てる気がする(笑)。と言うか、ディナーやコーヒーブレイクの時のおしゃべりの方が実はよっぽど重要なんだと言う事が分かっているからこそ、主催者側も結構なお金と時間をかけてこのような場を設けるんだと思うんですけどね。この辺の理屈は、ジョルディ・ボージャなんかが言ってる、「都市の機能の内で重要なのは、実はカフェでの何気ないおしゃべりである」みたいな所に通じる所があるかも・・・無いかな(笑)。それにしても、船上ディナーなんてあまり体験した事無かったけど、今回は大変満足な夜でした。
| 仕事 | 17:46 | comments(2) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
22@地域が生み出すシナジー:バルセロナ情報局(Institut Municipal d'Informatica (IMI))、バルセロナ・メディア財団(Fundacio Barcelona Media)とポンペウ・ファブラ大学(Universitat Pompeu Fabra)の新校舎
某プロジェクト立ち上げの為にバルセロナ情報局(Institut Municipal d'Informatica (IMI))へ行ってきました。情報局へ行くのは3ヶ月ぶりくらい。実は情報局は去年の暮れ辺りから22@に場所を移したんですね。これが其の建物:





建築的にコレと言って面白みも無いデザインだけれども、前面ガラス張りの外観です。今日のミーティングの為に最上階の部屋を予約しておいたので、受付でIDを作ってもらってエレベーターでイザ!



ココがバルセロナ情報局が誇る新ミーティングルーム。バルセロナの市街が一望出来る、圧巻の風景です。




以前のエントリ,( EUプロジェクト、ICING (Innovative Cities for the Next Generation)最終レビュー、地中海ブログ)で書いた、床一面市街地写真の部屋もすごかったけど、ココも眺めが良くていい気持ちだなー。

さて、今日集まってもらったのは、情報局長のJさん、交通局のBちゃん、交通シュミレーションの世界的権威のJさん、そして今ヨーロッパで熱い視線を受けている全く新しい交通マネジメントのツールを生み出したBitcarrier (http://www.bitcarrier.com/)のM君と僕。



今回のミーティングは僕が召集したので自ずと僕が場を仕切る事に。と言う訳で、ミーティングはスペイン語(Castellano)で進んでいったのですが、中盤辺りからみんなヒートアップしてきて、知らず知らず内にカタラン語に。別にどっちでも良いんだけど、やっぱりカタラン語だと集中力が必要で、3倍くらい疲れます。

2時間程続いたミーティングが終わり、路面電車(Tranvia)に乗ろうと駅を目指していると、バルセロナ・メディア財団(Fundacio Barcelona Media)の脇に新しい建物が建ってる事に気が付きました。



「何だー、これ?」とか思って覗いていると、学生風の人達がどんどんと中に入っていく。あ、そういえば、ポンペウ・ファブラ大学(Universitat Pompeu Fabra)が昔の工場を改修して新校舎にする計画を進めていたっけ?と言う事に気が付く。入り口をくぐってみると、旧工場を改修した校舎と現代的なバルセロナ・メディア財団の高層棟、昔の給水塔に囲まれた中庭が現れました。



バルセロナの中でも最も交通量の多いディアゴナル通り(Diagonal)の喧騒とは打って変わって、大変静かな中庭に仕上がっています。更に新旧の建物の対比も鮮やか。



この新校舎にはポンペウ・ファブラ大学の情報学部が入っているのですが、ここの環境はある意味、理想的な環境だなー、と思いました。前のエントリにも書いたのですが、横に建ってるバルセロナ・メディア財団の建物にはヤフーリサーチ(Yahoo Research)など、メディア関係の企業がひしめいています。(バルセロナメディア財団(Fundacio Barcelona Media)、地中海ブログ)更に、向かいの建物には情報局、道路を挟んだ反対側には都市計画局が位置しているんですね。

つまり、これはかなり仕事がやり易い環境だと思うんですね。何か新しいプロジェクトを立ち上げようとした時に、技術的な問題が発生したら大学に居る教授に聞きに行く事が出来るし、法規上の問題などは都市計画局へ、市民サービスに役立ちそうなアイデアは情報局へ売り込みに行けたりと、便利な事この上無しだと思います。

逆に市当局や企業はインターンなどを通して学生のフレッシュなアイデアに触れる事が出来る。何よりも、学生がこの辺りに溢れる事によって、活気付く事間違い無しです。

ジョルディ・ボージャ(Jordi Borja)は、治安の悪い地域、活気の無い地域に言及しながら、こんな事を言っています:

「・・・こうした場所には何か文化的な施設、できれば大学を持ってくるべきなのです。治安のためには、通りに警察ではなく学生が歩いている方がはるかに良いのです。第一に幸いにも警察よりも学生の方が数は多いこと。第二に学生が通りにいることの方が多いということ。もちろん、警察がいるのがいけないというわけではありません。ただ何千人もの学生がこの辺りにいることで、都会的になりますし、雰囲気も良くなります。」

都市はグローバリゼーションにいかに応答するか−ジョルディ・ボージャ、P343、Inシンポジウム・シリーズ:現代都市ドキュメント第2回「計画からマネジメントへ」


今は未だ回りが建設中で、ほとんど何も無い状態だけど、3年後くらいにはバルセロナの新しい中心となるポテンシャルを秘めたエリアだと思います。
| 仕事 | 22:44 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
ヨーロッパの都市別カテゴリー:ブルーバナナ(Blue Banana)とかサルコジ(Nicolas Sarkozy)首相とか
少し前の事になりますが、ヨーロッパの都市別カテゴリーに関する記事(Innovacion y atracción de talento, 29 de Enero, 2009, p8)が載っていました。

都市別カテゴリーとは何かというと、ヨーロッパの各都市を「この都市は研究拠点型」だとか、「この都市は現代産業センター型」だとか、特徴別に分類して地図にしたものです。この分類と地図自体はUrban Auditが発行した” State of European cities Report, 2007”という報告書を下敷きにしているのですが、その中でバルセロナは「知識創出と有能な人材を惹き付ける拠点」として評価され、「知識ハブ」というカテゴリーに位置付けられているんですね。バイオ医療やテクノロジー、そしてR&Dで売り出しているバルセロナとしては、この評価はうれしいんじゃないかな。

確かにココ最近、この方向で都市を売っていこうという動きが一層活発になっている気はします。(例えばコレ:カタルーニャの打ち出した新しい都市戦略:バイオ医療( BioPol, BioRegio)、地中海ブログ)

元々この記事だって、バルセロナを研究と発展の拠点として国際的地位に押し上げる為に、新たに始めた「バルセロナ、研究と革新(el programa Barcelona, Recerca i Innovacion)」プログラムの発表の為だったんですね。更に今週木曜日にはバルセロナ市長がロンドン・スクール・オフ・エコノミクス(London School of Economies)で講演を行い、「バルセロナは知識型都市に生まれ変わりつつある」と言う事をコレでもか!と強調したりしていました。(Hereu vende en Londres la fuerza futura de Barcelona, La Vanguardia, 6 de Febrero 2009, p7)

まあ、バルセロナにはこの分野の世界的重鎮、マニュエル・カステル(Manuel Castells)がいたり、長年彼とパートナーを組んで現場から都市を動かしてきたジョルディ・ボージャ(Jordi Boja)がいたりするので、かなり早くから知識型社会への移行を見越して戦略的に動いてきた結果が、バルセロナを今の地位に押し上げたというのは、特に驚くべき事ではないんですけれども。

さて、こんな都市別カテゴリー化、ひいては都市間競争が視覚化されたのって、ブルーバナナ(Blue Banana)なんだろうなー、と言う事は以前のエントリで何度か書いた気がします。(地中海連合(Union pour la Mediterranee)の常設事務局はバルセロナに:地中海ブログ、関連書籍:(Brunet,Roger(1989): Les Villes Europeennes, Rapport pour la DATAR, Reclus, La Documentation Francaise.)



欧州委員会としては都市の多様性を確保する為、もしくは市民に、ヨーロッパというのは様々な特徴を持った都市のモザイクなのだという事を認識させる為に、先の都市のカテゴリー化や地図などを作ったんだろうけど、これが都市間競争を助長しているのは明らかな事実だと思います。

ブルーバナナって分かり易い図式と絶妙なネーミングが相まって、かなり有名になりましたが、実はブルーバナナが発表された後、ドタドタっと同じ様な提案が幾つかされたんですね。(あまり知られていませんが)例えばその一つがコレ:



IAURIFが提案した「青い星(Blue star)」。ブルーバナナよりもよりダイナミック且つ現実的な表象だと主張しています。もしくはコレ:



Lutzkyが提案した「7つのアパートを伴ったヨーロッパという家(The European house with seven apartments)」。極めつけはコレ:



Klaus R. Kunzmann と Michael Wegnerが提案した「ヨーロッパの青ブドウ」“ The European green grape”。ブルーバナナよりももっと多極的にクラスター化する事で、より現実的な分析に近ついたと言われています。更にこの人達、こんな素晴らしい事まで言っちゃっています:

「希望としてはこの競争はゼロサムゲームではなく、全ての都市が勝つようなゲームになる事が望ましい。」

“ The hope is that this competition is not a zero- sum game where any gain is a loss elsewhere, but that at the end of the day every city will be better off”.(Kunzmann, K.R. and Wegener,M.: the pattern of urbanization in western Europe 1960- 1990. report for the directorate general XVI of the commission of the European communities as part of the study urbanization and the function of cities in the European community, Dortmund: IRPUD, 1991)


どっかで聞いたような言葉だなーとか思いつつ・・・とってもポリティカル・コレクトネスだよなーとかも思いつつ・・・。

最近の経済危機でヨーロッパの各都市は、それこそ死に物狂いでリソースを探しに出るのではないかと思われます。つまり欧州委員会が望むと望まざるとに関わらず、競争はますます激化するのではと思うんですね。

でもこんな時だからこそ出来る事もあるはず。小さい都市は小さい都市なりにその都市にしか出来ない事、差別化を図ったり、近隣諸都市と協力関係を築いて地域として大都市と対抗する、いわゆる、シティ・リージョンを実現したりする良い機会なんじゃないのかな?

そこへ来て、「さすがだな」と感心したのがフランスのサルコジ首相(Nicolas Sarkozy)。

「私は文化が経済危機に対する我々の答えだと言いたい。」

“ Quiero que la cultura sea nuestra respuesta a la crisis” (La Vanguardia, 3 de Febrero 2009,p28)


いわゆる文化を核とした都市再生、都市活性化というヤツですね。それが難しいのは誰もが分かっている。しかし、それを分かった上で言い切ってしまう彼の器量こそナカナカのものだなと思うわけです。

ちなみにカタラン人がよく言うのが、「サルコジのヤツ、あんなかわいい奥さん(カーラ・ブルーニ(Carla Bruni))もらってなんてうらやましいんだ」という妬み&嫉妬。うーん、確かにうらやましい。でも、あんなお世辞にもいい顔立ちだとは言えず、背も低くてあまりかっこいいとも言えない人が、あんな超美人と結ばれるなんて、世の中のオトコに希望を与えてくれましたよね。男は外見じゃない、中身で勝負だと。男の鏡です。ガンバレ、サルコジ。
| ヨーロッパ都市政策 | 23:59 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
地中海連合(Union pour la Mediterranee)の常設事務局はバルセロナに
昨日は世界的に歴史的な日であり新聞もテレビもオバマ(Barack Obama)一色だったのですが、その影に隠れるようにバルセロナではもう一つ重要な出来事が報道されていました。もしアメリカ大統領選挙と重ならなければ各種メディアの一面を大々的に飾っていたであろう程のニュース、それが地中海連合(Union pour la Mediterranee)の常設事務局にバルセロナが選出されたというニュースです。おめでとー、バルセロナ。

バルセロナにとっては喉から手が出る程欲しかった常設事務局であり、13年越しの夢だったんですね。今でこそ地中海連合の構想は現フランス大統領のサルコジ氏が選挙中に構想を発表し、2008年7月13日に晴れて第一回地中海連合首脳会議が43カ国参加の下行われたという事になっていますが、その元となったのは1995年にバルセロナで開かれた「バルセロナプロセス(Barcelona Process)」です。

バルセロナプロセスはカタルーニャが生んだ大政治家パスクァル・マラガル(Pasqual Maragall)が主導し呼びかけた会合であり、バルセロナ現代文化センター(CCCB)で行われた初回には27カ国からの参加があり、地中海という地理を共有した「国という枠」を超えた連合が夢見られたんですね。

元々バルセロナという地域はこのような「地中海の軸:地中海の弧」にかなり意識的な地域です。フランスの公的機関、DATARによって1989年に大西洋の弧(Atlantic Arch)、地中海の弧(Meditteranian Arch)そしてブルーバナナ(Blue Banana)が発表され(Brunet,Roger(1989): Les Villes Europeennes, Rapport pour la DATAR, Reclus, La Documentation Francaise.)、それ以来、ヨーロッパの各地域が地理的な連携を目指す様になったのですが、バルセロナはずっとそれ以前から地中海の弧を意識していました。オリンピックを活用したバルセロナ都市戦略のブレーンだったジョルディ・ボージャ(Jordi Borja)は当時を回想してこんな風に語っています:

「・・・数ヶ月前、元リヨン市長のレモン・バールが、バルセロナに滞在していました。・・・曰く「リヨンとバルセロナ間は、実際約600キロも離れているけれども、高速列車に乗れば3時間もかからない。つまり両都市は同じ都市連携軸上にある。しかもこのリヨンとバルセロナのような強い都市を結ぶ軸上には、少なくとも100キロごとに中規模都市がある。」

・・・都市戦略の観点からすると、このような「バナナ」や「弧」が、戦略的に提唱されることがグローバル化なのです。つまり、競争力のある結束した地域を目指して連携していくわけです。

・・・私達が「バルセロナ第一次戦略計画」を立てた時、一連の文化施設は絶対に不可欠なものとして盛り込み、ヨーロッパ南部でいちばん魅力的な都市にしようと考えました。

・・・われわれの望んでいた文化的なプログラムには、1500万人の人口が必要でした。どう考えてもバルセロナにも、その周辺にも、カタロニア全土を見渡しても、1500万という数字は出てこない。カタロニアの全人口はせいぜい600万ですから。ならばどこを対象に地域戦略を立てたら良いのか、と自問自答を繰り返しました。そこで私たちは、人口1500万という数字が見込めるところまで範囲を広げていき、最終的にはこの広域圏全体をターゲットにしました。

・・・地域は単に自治体とか、県、郡といった公式の地域単位、すなわち行政上の区分だけではなく、地域とは戦略の産物でもあるのです。」

都市はグローバリゼーションにいかに応答するかージョルディ・ボージャ、p318−319、計画からマネジメントへ


ジョルディ・ボージャは長年のパートナーであるマニュエル・カステル(Manuel Castells)と共に都市戦略に関する書物, Local and Global (Borja,J and Castells, M, London, Earthscan, 1997)を1997年出版していますが、自身が長年に渡り経験した事が元になっているだけに、かなり説得力のある一冊となっています。(当ブログでは何度かマニュエル・カステルについて取り上げたのですが、彼ってカタラン人なんですよね、驚くべき事に)

更に1999年には上述のパスクァル・マラガルがニューヨークやローマで行った「バルセロナ・モデル」や「国という枠を取り払った都市間連携」に関する講演を元に編集した、Europa proxima, regiones y ciudades(Pasqual Maragall(ed.), Barcelona Edicions, 1999)を出版しているんですね。その中でマラガルは「国に代わり都市が地域を引っ張るモーターになるべきだ」と主張し、「EUという大宇宙の中に輝く都市という星星」をイメージしています。それを一撃の下に表しているのが、Josep Acebillo が出版したAtles ambiental de area de Barcelona(バルセロナエリアの環境地図)の最初のページに掲載された写真:



ヨーロッパの夜景を宇宙から撮った写真で、都市の周りに明かりが集中していて人がヨーロッパにどのように散らばって住んでいるかが一目で分かる大変きれいな写真です。

今、ヨーロッパは動いています。そしてその震源地は明らかに南です。その南の中心に果たしてバルセロナがなれるのかどうか?ここからが腕の見せ所ですね。
| バルセロナ都市 | 15:08 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
サラゴサ(Zaragoza)の都市戦略
昨日の新聞にサラゴサの都市戦略に関するっぽい記事(Aragon, la apuesta logistica, La Vanguardia, 7 de Septiembre, 2008)が載っていました。「関するっぽい」と書いたのは、この記事が「サラゴサ都市戦略」を前面に謳っている訳ではなくて、サラゴサが今後都市としてロジスティック(logistic)の分野に力を入れていく事を説明した記事だったからです。それが僕から見ればサラゴサの都市戦略に見える、と、まあ、こんな程度の事です。

つい見過ごしてしまいそうな記事だったのですが、サラゴサの都市としてのポテンシャルの高さから少し取り上げる事にしました。

前にも書きましたが、サラゴサという都市は立地条件が非常に良く、巧く戦略を練れば今後急成長が期待出来る都市なんですね。国際的には未だ全く知名度が無い小都市ですが、やはりそのポテンシャルの高さに気が付いている人は既に行動を始めています。そしてそれに触発されるようにサラゴサ市(Ayuntamiento de Zaragoza)とアラゴン政府(Gobierno de Aragon)もその事には十分自覚的だと僕は思います。

先ずは何がそんなに地の利があるのか?というと、サラゴサはバルセロナ(Barcelona)とマドリッド(Madrid)の丁度真ん中に位置し、バレンシア(Valencia)とビルバオ(Bilbao)の間に居るんですね。つまりスペインで最も人とモノの往来が激しい東西軸(マドリッドーバルセロナ)と、太平洋・大西洋に最大級の港を持つ南北軸(バレンシアービルバオ)の中央に位置している訳です。

かつてスペインの近代歴史学を切り開いたビセンス・ビベス(Vicens Vives)は、ヨーロッパとアフリカの間に位置しているカタルーニャを指して「辺境の渡り廊下」と呼び、それがカタルーニャの混成文化という特長を創り、異常なまでの発展を促したと指摘しましたが、サラゴサも21世紀における「渡り廊下」に成り得る可能性を持った地だと思います。

さて、次に問題になるのは、では一体このような地の利を生かして何をするのか?という事です。そこでサラゴサが考え出したのがロジスティックなんですね。ロジスティックとは何か?というと、簡単に言えば、物的流通を効率化するシステムの事です。つまり製造した物をどうやって集めてどうやって分配するか?更にそれをどのように調達・配送したら最も効率が良くなるか?それを扱うのがロジスティックです。

サラゴサは今正にヨーロッパにおけるロジスティックの中心になろうとしています。
まあ、成ろうとしたからといってなれるモノでもないのですが、それはサラゴサの巧い所、というか見習うべき所なのですが、彼らは他都市で成功した都市モデル(バルセロナモデルみたいな)を自分の所のコンテクストに無理やり当てはめるというような事はしていません。彼らがロジスティックを目指した理由、それは自国を十分に分析した結果出て来た結論だったんですね。

それこそ上で述べた東西南北の軸線上に都市が乗っているという事実だった訳です。スペイン2大都市を結ぶ高速鉄道の中央に位置している事から人とモノは自ずと集まります。更に港を経由しなければいけない物流はバレンシアとビルバオがカバーしている。モノの流れには空輸出来るモノと出来ないモノが存在します。だから都市の発展の為には必然的に空港と港が重要なファクターになってくるという事は当ブログで何回か言及した通りです

昨日の新聞記事によるとサラゴサはもう既にヨーロッパ随一となるロジスティック・サラゴサプラザ(logistica de Zaragoza Plaza)なるものをアラゴン政府(51,52%)、サラゴサ市(12,12%)、Ibercaja(18,18%),CAI(18,18%)の出資で建設中だとか。その大きさは12,826,000m2で30億ユーロ(日本円で約2兆円)の投資を見込んでいるそうです。

更にサラゴサの戦略は箱物を作る事だけに集中しているわけでは決してありません。世界の知識と情報を集める為に地元サラゴサ大学(Universidad de Zaragoza)が米マサチューセッツ工科大学(MIT)と協同で日本の修士課程にあたるMaster of engineering in Logistics and Supply chain managementを創設したんですね。これによって世界最高峰の頭脳とコンタクト、そしてそれらが惹き付ける巨額の投資の可能性を確保しました。実はもう既にその効果の片鱗が出ていて、それが今年開かれているサラゴサ万博や都市計画の裏方に見る事が出来ます。

サラゴサ万博と関連して、現在サラゴサでは「サステイナブルでインテリジェントな都市:都市交通の新しいコンセプト(La ciudad inteligente y sostenible: un nuevo concepto de transporte urbano)」をキーワードにMilla Digitalという計画が進行中です。その音頭を取っているのがMITメディアラボ教授のウィリアム・ミッチェル(William J.Mitchell)。更に万博にはMITSENSEablecity Labで近年力を付けてきたカルロ・ラッティ(Carlo Ratti)も入っていますし。

私見ですけど、ウィリアム・ミッチェル率いるMITとの仲介役になったと思われるのはマニュエル・カステル(Manuel Castells)でしょうね。何故カタラン人のマニュエルがアラゴンに肩入れするのか?それはお隣が発展するとこちらにもポジティブな影響が出てくるからです。ジョルディ・ボージャ(Jordi Borja)が言っているように、シティ・リージョン(City Region)を前提とした都市間競争時代においては、どの都市が勝ってどの都市が負けるという勝ち負けゲームは意味を成さなくなるんですね。そうではなく、繋がっている隣の都市が発展する事が自身の都市が発展する事に繋がる、それがシティ・リージョン時代の都市間競争の法則です。

そう考えると、ウィリアム・ミッチェルを始め、サスキア・サッセン(Saskia Sassen)やピーター・ホール(Peter Hall)など市役所の助言役にスペインの一地方都市をグローバリズムの中で考察する面々が顔を揃えているのにも納得出来るかー。

更に更に万博開催に漕ぎ着けた政治的な手腕や、その万博を都市発展に用いた巧さ。そして市内を流れる川に関連付けつつ、21世紀のはずせないテーマであるサステイナビリティを主軸に添えた視点の良さなど、書き出すと切りが無いのですが、長くなってしまったので又今度。
| スペイン都市計画 | 22:36 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
聴け、カタラン人よ (Escolta, Catalunya)
前回のエントリに対してパブロ・イクラさんに頂いたコメントの返信を書いていたら、無償にカタラン人に対してモノを言いたくなったので、僕の返信をそのまま転載します。ちなみにこのエントリの題名は読む人が読めば分かりますよね。(そう言えばずいぶん前にジョルディ・ボージャ(Jordi Borja)も全く同じ題名の記事を新聞に寄稿してたなー)


こんにちは、パブロ・イクラさん。コメントありがとうございます。
「カタランがブームになる日も近い」はかなり現実的だと思います。

これだけグローバリゼーションが進むと世の中のどんな情報にもアクセス可能になっちゃうんですね。するとその内、スペイン語すら消費される日が来るでしょう。そうなると、絶対的に地域的なモノが価値を持つ時代が確実にやってきます。

僕が良く例えるのはグーグルの話なんですね。グーグルは世の中の情報を全て整理し尽そうとしている。グーグルを使えば世の中に存在する全ての情報を収集する事が出来る日が必ずやってくると思います。そんな世の中で真に価値を持つのは、グーグルが収集出来ないような情報、つまり長い時間をかけて蓄積される体験などなんですね。

僕が今、全力を傾けてスペインでの体験を蓄積しているのにはそういう訳があります。

話を戻すと、カタランのブームが来る前にカタラン文化が消えて無くなりやしないか心配しています。去年でしたか、Edicion62が危機に陥りましたよね?あれなんて典型的な例で、僕の周りなんかで何時もは「カタルーニャ、カタルーニャ」とか騒いでいる連中すら、Edicion62で文庫は買わない。何故なら高いからという言う始末。
ココへ来て、カタラン人が「カタルーニャ」と言っている理由は、かなり表面的な、ある種のブームでしか無い事が露呈してしまった訳ですよ。

僕としてはもう少し、自身の素晴らしい文化に誇りを持って欲しいのですが・・・外国人の勝手な願望であるという事は分かっているのですが、素晴らしい文化が薄れていくのを見るのは忍びないし、何より勿体無いですよね。
長くなってしまって申し訳ありません。
| バルセロナ日常 | 21:44 | comments(5) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
マニュエル・ボルハ・ビジェル(Manuel J. Borja-Villel)の都市戦略:国立ソフィア王妃芸術センター(Museo Nacional Centro de Arte Reina Sofia)を通した21世紀の美術館の在り方
以前のエントリ、美術の商品化と公共空間: Manuel J. Borja-Villelで紹介したバルセロナ現代美術館(Museo de Arte Contemporaneo de Barcelona(MACBA))元館長で現在はマドリッドの国立ソフィア王妃芸術センター(Museo Nacional Centro de Arte Reina Sofia)の館長に抜擢されたマニュエル・ボルハ・ビジェル(Manuel J. Borja-Villel)の大変に興味深いロングインタビューが先週日曜日の新聞(1/6/2008 El Pais semanal)に載っていたので紹介したいと思います。

前に書いたように彼の主張は都市の中に美術館を通した公共空間を創り出す事と、その空間とアートを用いて行われる教育の重要性です。前回引用した記事の中で彼はこんな風に発言しています。

「私は向こう3年間でレイナソフィア美術館の中に一つの都市を創りたい。」

" Me gustaría crear en tres anos una ciudad dentro del Reina Sofía", Manuel J. Borja-Villel, P26, 10 de febrero del 2008, La Vangurdia


この彼の戦略とオリンピックを契機としたバルセロナ都市戦略との間の同質性については前回のエントリで指摘した通りです。そして彼がこのようなプロジェクトを推進している裏には、彼が近年大変に憂いている美術の商品化と美術館の商業センター化・エンターテイメント化という我々の社会が不可避的に向かっている状況に対する危機感があるんですね。

「美術館は商業センターになってしまった。」
“ Los museo se han pasado a ser como centros comerciales”( Manuel Borja-Villel, p38, 1 de Junio de 2008,El pais semanal)


このような状況に対しての彼なりの戦略の一つが上述の「都市の中に都市を創る」だったわけですが、今日のインタビューには彼の戦略を形作っている深い所の思想というか、スペイン人である彼が不可避的に受けてしまう影響のようなものが垣間見えています。

僕が注目した彼のマニフェストがコレ:
「レイナソフィアを南のセンターにする」という発言です。

"... Borja-Villel llega al Reina Sofia para convertirlo en el referente del arte contemporaneo del sur", p38, 1 de Junio de 2008,El pais semanal)

一見見落としてしまいがちな発言なのですが、この短い一文の中には沢山の意図や歴史、社会文化から出て来た必然とも言える思考が見え隠れしているんですね。

先ず彼はヨーロッパを北と南に分けた上で彼の美術館戦略を構想しています。その時の基盤となっているのが北と南では人々の生活の特徴が違うという、結構当たり前の事実です。ではどう違うのか?彼は北に属する人々の特徴として「目」の優位性とそれに基つく視覚化・視覚性を挙げ、それに対して南に属する人々の特徴を「対話」に求めます。

「北はもっと図像的であり、鮮やかさが重要であり、体に対して目に特権性が与えられている。その一方で南、特に地中海においては口述の文化、そして体の動きの文化が存在する。」

"El norte es mas icónico, la visualidad es importante, se ha privilegiado el ojo sobre el cuerpo. En el sur, sobre todo en el Mediterráneo, hay una cultura de oralidad, del movimiento del cuerpo.", p42


20世紀が視覚の時代であるというのは誰しも納得する所だと思います。例えばコレとか:

オリジナリティと反復―ロザリンド・クラウス美術評論集: ロザリンド・E. クラウス, (Rosalind E. Krauss, The Originality of the Avant-Garde and Other Modernist Myths. Cambridge, Mass.: MIT Press, 1985)

その一方で南の都市、地中海に属する都市の特徴として「対話」が挙げられるというのはあまり聞かれない事だとは思います。この点についてイタリア都市のスペシャリスト、宗田さんはこう述べられています:

「・・・政治を理念の産物とせず、自己の生活の仕組みから考える現実的且つ合理的な国民でもある。したがって、みずからの経済的な成功と万人に暮らしやすい町という二つの方向を調整することに熱心である。そのための議論を市民同士が延々と続ける能力をもっている。この議論、すなわち延々と続ける対話が、イタリアのまちつくりの最大の特色である。・・・」
P14
にぎわいを呼ぶイタリアのまちつくり、歴史的景観の再生と商業政策、宗田好史


北の視覚性に対する南の対話性、目の優位に対する口と耳の優位。このようなそれぞれの地域によって人々の住まい方や生活の仕方が違う為に、自ずと美術館のモデルも違ってくるという話になるわけです。

ココで彼が非常に巧いのはどちらの文化が優れているとか劣っているとか言わずにそれぞれは補完関係にあるという話に持ち込む所なんですね。

それを具体的にする為に提案されているアイデアが「ネットワークとしての美術館」という概念です。要約するとテート(Tate Modern)やモーマ(MOMA)が世界モデルとして有名コレクションを集め、彼ら独自の道を歩んでいる時に、ワザワザ我々も同じ道を歩む必要は無い。そうではなくて、彼らが提供出来ていない分野に磨きをかけて別の道を歩もう。そうすればお互いに補完関係として尊重し合い、共存繁栄していく事が出来る、とこういうわけです。

彼がこのように主張する時、僕はそこに80年代から90年代にかけて展開されたバルセロナ都市戦略の影を見ずにはいられません。バルセロナ都市戦略の場合は1989年にDATARによって出版されたブルーバナナ(Blue Banana)の分析に基ついて、地中海の弧の中心になる事を目指しその後、バルセロナプロセス(Barcelona Process)などで地中海連携を主導しています。

Brunet,Roger(1989): Les Villes Europeennes, Rapport pour la DATAR, Reclus, La Documentation Francaise.

ジョルディ・ボージャ(Jordi Borja)は当時を回想してこんな風に述べています:

「・・・私たちが「バルセロナ第一次戦略計画」を立てた時、一連の文化施設は絶対に不可欠なものとして盛り込み、ヨーロッパ南部でいちばん魅力的な都市にしようと考えました。・・・われわれの望んでいた文化的なプログラムには、1500万人の人口が必要でした。どう考えてもバルセロナにも、その周辺にも、カタロニア全土を見渡しても、1500万という数字は出てこない。・・・そこで私達は、人口1500万という数字が見込めるところまで範囲を広げていき、最終的にはこの広域圏全体(地中海の弧(Arc Mediterranean))をターゲットにしました。」
p318
ジョルディ・ボージャ、都市はグローバリゼーションにいかに応答するか


余談ですが、ビルバオ(Bilbao)の場合はブルーバナナで示されたもう一つの弧である大西洋の弧(Arc Atlantic)の中心になる事を目指したんですね。

もう一つ注目すべき点が美術館は人々の体験や意見を交換する場所である公共空間になるべきだという提案です。地中海都市における公共空間の重要性というのは様々な論客によって様々に語られています。

例えば岡部さんはこんな風に述べられています:

「単純化して言えば、北が身近な緑を守るためなのに対して、南は高密度でこじんまりとした都市を守るために、既存の都市構造を尊重した都市連携を指向している。南の都市にとってにぎわいのある広場のような公共空間は、観光資源だけでなく、優先すべき公益なのだ。」P208-209

岡部明子「サステイナブルシティ、EUの地域・環境戦略」


公共空間の議論で僕にとって興味深いのは、では一体何故地中海都市において公共空間がこれほどまで重要視されているのか?という事なんですね。僕が考える理由は正に今日マニュエル・ボルハが語っている事の中に多大なるヒントが隠されています。それが目よりも対話を重視するという文化的特長であり、そこから生じた「延々と議論を続ける能力」です。これら人々の特徴と地中海都市の特徴である気候条件が交差するその交点に「公共空間の重要性」という地中海都市の特徴が浮かび上がってくるんだと思います。

延々と議論をする事が出来る能力を持つ人々が他の人々と出会い、激論を交わす場所こそが、毎日のように天気が続き、夜遅くまで日が沈まない気候を最大限に利用し発展してきた都市内の公共空間だからです。

先ほどの岡部さんの文章はこう続きます:

「・・・気候風土と文化的背景の違いにより、北の市民が環境負荷や緑を住環境評価の基準とする傾向があるのに対して、南の市民は都市的な質を重要視する。住環境で自然をとるか、都市的魅力をとるのか―南北で異なるふたつの価値観が、欧州都市の多様性を担保している一面がある。」P208-209

このような地域による違いが我々の世界を多様にし生活を豊かなものにしているわけです。ヨーロッパに居るとこのような多様性の大切さ、それによる人生の楽しみを実感する事が出来ます。僕もこのような多様性に貢献出来る仕事をする立場に居る事をとても誇りに思っています。
| スペイン美術 | 23:46 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
都市の闇:ヴェネチア(Venezia)の裏の顔とジェントリフィケーション(Gentrification)
水の都ヴェネチアという都市は本当に美しい都市です。建物から都市構造に至るまで数百年の歴史が大変良く保存され、訪れた者を中世の世界にタイムトリップさせる魅惑ある都市です。





しかし、どんな都市にも表の顔と裏の顔があります。都市が美しければ美しい程、それは汚いもの・目障りなものが排除されているという結果なんですね。特に各都市が観光客を奪い合う都市間競争の時代においては、必然的に都市の必須課題は如何にして都市美を捏造するかに傾けられます。そしてその弊害が必ず都市の何処かに現れてくる。

例えば僕がよく利用する超効率都市フランクフルト。90年代初頭、フランクフルトは金融街として急成長を遂げました。



その頃、「グローバルシティ(Global City)」という分かり易い標語を掲げ、ニューヨーク、ロンドン、東京を中心にせっせと論文を生産していたサスキア・サッセン(Saskia Sassen)ジョルディ・ボージャ(Jordi Borja)が「フランクフルトもグローバルシティに加えたら」と助言したというのは有名な話。



市内を流れるライン川から金融街を見た風景はあまりにも有名ですが、その足元にアムステルダムと並ぶ、ヨーロッパ最大の風俗街が広がっているのは現地へ行った人しか知り得ないと思います。



「急発展するグローバル都市」というイメージを売りにしたいフランクフルトは、竹の子のように生える風景を前面に出す事はしても、グローバル化による負の面の象徴とも言える風俗街の写真を表に出す事は先ず無いからです。

さてヨーロッパ都市において排除されるものは、歴史的中心市街地を覆う城壁の外へと放り出されるのが定石なのですが、ここヴェネチアでは本島全てが歴史的地区に当たり、その外は海。という事は、本島の何処かに隔離部分があるか、もしくは本島を渡った所にヴェネチア市民の真の生活が広がっているか?のどちらかという事になると思います。

そもそも僕は街を歩いている時からヴェネチア本島に果たして市民が住んでいるのかどうか?は大変疑問でした。生活感がまるで無かったからです。職業柄、旅に出るとやはりその土地の公共空間に注目してしまいます。何故ならユルゲン・ハーバーマス(Jurgen Habermas)が言うように、「公共空間とは都市の表象であるから」なんですね。つまり公共空間を見れば、その都市がどんな都市かが大方分かるというわけです。

ヴェネチアの公共空間を観察していて思ったのは、先ず第一にボールを蹴っている子供達や日向ぼっこをしているおじいさんなどが見当たらないという事でした。つまり市民の姿をあまり見かけなかったのです。見かけるのは何処も観光客ばかり。

これはある意味すごい。最近ものすごい勢いでジェントリフィケーションが進んでいるバルセロナ中心街においてさえも、スケートボードをしている子供やボールを蹴っている子供達、犬の散歩をしている人々が観光客に混じっています。その姿が無い風景は正にディズニーランド。(ちなみに昨日の新聞( La Vanguardia)によると、不動産バブルがはじけ気味なスペインでは昨年の同じ時期と比べて新築物件価格が27%下落し、賃貸価格が5%上昇した模様。インフレ中の物価上昇指数は4.4%)

これは明らかに過度の観光化によるジェントリフィケーション(Gentrification)の弊害でしょうね。限りある土地において、全てが観光化されている本島では全てが高すぎる。市民の足であるヴァポレット(Vaporetto)と呼ばれる水上バスは初乗りが6.5ユーロで72時間券で31ユーロ。2005年度の料金がそれぞれ5ユーロ、25ユーロだった事を考えると3年で1,2−3倍になってる。(住居権を持っている市民には定期券とかあるのでしょうか?)コーヒー一杯3−5ユーロ。サンドイッチが4−6ユーロ。スーパーや日用雑貨を売っている店はあまり見かけなかったし・・・

これは一般市民が住む価格レベルじゃありません。市内総生産の6割以上を占め、雇用も4割を超えている観光関連産業を第一に考えるのは良く分かる。しかしながら、都市の活力は市民であって、市民こそがその都市にとっての最大の魅力なはずです。イタリア研究で著名な宗田好史さんは、彼の記念碑的名著、「にぎわいを呼ぶイタリアのまちつくり:歴史的景観の再生と商業政策」の中で、イタリアのジェントリフィケーションの特徴を、「都心の住民、とくに中商工業者が豊かになったこと」とされていますが、ヴェネチアの場合、豊かになった住民はそのまま島に残るのでしょうか?もしくは何処かへ非難するのでしょうか?どうなんでしょう、その辺?

住民って何処に住んでるんだろうなーとか思いながら探した所、居ました。(何かナメック星でナメック星人探しているフリーザみたいですが。そう言えばイタリアでよくピッコロという言葉を耳にしました。イタリア語で小さいという意味らしいです。)

先ずは本島の南側、ヴェネチア・ビエンナーレが行われる所辺り。



まるで隔離されたかのように、その辺り一帯の建物一階部分には何も諸活動(カフェなどの)が入っておらず、建物から建物へと所狭しと洗濯物が掛けられています。





人通りは全く無く、まるで死んでいるかのよう。観光客だとまる分かりな僕が一人で歩くのがちょっと怖いくらい。この辺りは明らかに市によって計画的に隔離された公共経営集合住宅地区だと思います。中心街のジェントリフィケーションによって以前のエリアには住めなくなった人達が移動させられたエリアだと推測します。

そしてもう一つ。こちらが本命だと思うのですが、ヴェネチア本島が大陸と唯一繋がっている鉄道路線を渡った直ぐの所。





歴史的建造物が保存されている本島とは対照的に、ここからは工場地帯が乱雑に広がっています。





更に行くと、何処にでも広がっているような独立住居風景が限りなく続いているという状況。これが中世の姿を今に残すヴェネチアの本当の顔ですね。

グローバル化の波にさらされている現代都市には必ず2つの顔があります。そして優雅で楽しげな表の顔の裏に隠されている裏の顔にこそ、その都市の本質を見る事が出来るのです。そしてそこにどの程度の資金が投入され、どの程度の計画がなされているかで、その都市の底力と実力が分かるんですね。

とは言っても、イタリアは本当によくやっていると思います。安易な大規模開発に走らずに、こつこつと建築的な改修や改造で都市再生を解決したのだから。そんな地道な努力を続け、アメリカ型ではないオルタナティブを示したイタリアの事例だからこそ、ジェントリフィケーションのコントロール不可能性と恐ろしさが分かるというものです。

バルセロナ現代文化センターのアルベルト(Albert Garcia Espuche)が大変に優れた展覧会とカタログ( La reconquiesta de EUROPA: Espacio publico urbano 1980-1999)で示したように、ヨーロッパの諸都市は80−90年代を通して疲弊した歴史的中心地区をパブリック・スペースの改善を通して再生してきました。そしてその試みは大変うまくいきました。しかし僕達が今直面している問題は単なる改善・再生ではなく、その後の問題なんですね。そしてその問題に対して我々は未だ有効な手立てを持っていません。

都市間競争の欲望が「都市再生」を後押しし、都市美を創り出した所に必ずと言って良いほど現れる怪物。

マルクスとエンゲルスが言った言葉を現代ならこんな風に言い換える事が出来るのではないかと思います。

「一匹の妖怪がヨーロッパを徘徊している。ジェントリフィケーションという妖怪が」。
| ヨーロッパ都市政策 | 20:56 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
イグナシ・デ・ソラ・モラレス( Ignasi de Sola-Morales)とテラン・ヴァーグ(terrain vague)
前回、イグナシ・デ・ソラ・モラレスに言及したので今日は少し昔の事を思い出してみようと思います。

イグナシ・デ・ソラ・モラレスは建築史家・思想家として「メトロポリスとは何か」に多大な関心を寄せていました。彼は様々な分野を横断しありとあらゆる領域でありとあらゆる論文を発表していますが、その根底にあったのは「我々の時代における都市、メトロポリスとは一体何か?」、という大変に大きな設問だったと思います。だからその周りに「都市とは何か」を思考するジョセプ・ラモネーダ、「都市とは公共空間である」を謳うジョルディ・ボージャ、後に「UrBANALizacion」で一世を風靡するフランセスクムニョスなどバルセロナの頭脳が集まって来たんですね。

そんな彼の幅広い論考をまとめた書籍がグスタボ・ジリ出版社( Editorial Gustavo Gili,SA)からイグナシ・シリーズとして出版されています。

Ignasi de Sola Morales:Territorios: Barcelona, GG, 2002
Ignasi de Sola Morales:Inscripciones: Barcelona, GG, 2003
Ignasi de Sola Morales:Diferencias: topografia de la arquitectura
contemporanes: Barcelona, GG, 2003
Ignasi de Sola Morales:Eclecticismo y vanguardia y otros escritos:
Barcelona, GG, 2004

その中の一巻、Territoriosに収められているのがAnyplace会議で初披露され世界的に話題になった論文、「テラン・ヴァーグ」です。(この論文は田中純さんによって大変に読みやすい日本語に訳されています。)

「テラン・ヴァーグ( Terrain Vague)」とは、「曖昧さ」、「空虚な」、もしくは「波」といった多様な意味が含まれているフランス語だそうです。(僕はフランス語は知らないので)。この言葉によってイグナシは、都市において諸活動が行われた後に放棄された「空虚な場所」、「見捨てられた場所」ながら、何かしらの気配が濃厚に立ち込めている「空き地」や、曖昧で不安定な「都市空間」を表そうとしました。

“ Son lugares obsoletos en los que solo ciertos valores residuales parecen mantenerse a pesar de su completa desafección de la actividad de la ciudad. Son, en definitiva, lugares externos, extraños, que quedan fuera de los circuitos, de las estructuras productivas. Desde un punto de vista económico, áreas industriales, estaciones de ferrocarril, puertos, áreas residenciales inseguras, lugares contaminados, se han convertido en área de las que puede decirse que la ciudad ya no se encuentra allí.

Son sus bordes faltos de una incorporación eficaz, son islas interiores vaciadas de actividad, son olvidos y restos que permanecen fuera de la dinámica urbana. Convirtiéndose en áreas simplemente des-habitadas, in-seguras, im-productivas. En definitiva, lugares extraños al sistema urbano, exteriores mentales en el interior físico de la ciudad que aparecen como contraimagen de la misma, tanto en el sentido de su critica como en el sentido de su posible alternativa”. ( Sola-Morales, 2002).


「忘れ去られたかのようなこのような場所においては、過去の記憶が現在よりも優勢であるように見える。都市の活動から完全に離反してしまっているにもかかわらず、ここにはほんのわずかに残された価値ばかりが生き残っている。こうした奇妙な場所は都市の効率的な回路や生産構造の外部に存在する。経済的観点からすれば、この工業地帯、鉄道駅、港、危険な住宅地区、そして汚染された場所はもはや都市ではないのだ。」(田中純訳)

例えば、今まで使われていた鉄道駅が新駅に取って代わられる為に廃駅になる事によって取り壊されるのでもなく、そこに依然建っているような状況。そのような放棄された駅はもはや都市のシステムとしては機能していないのだけれども、今までに蓄えられた記憶やソコに違法に入り込む占拠者の活動にこそ、着飾ったのではない本当の都市のリアリティが横たわっているように見える、というわけですね。そんな所にこそ、新しく立て替えられたビルや大きなモニュメントなんかよりも格段に都市の記憶やリアリティを強く感じるというのは誰しも共感出来る事なんじゃないかと思います。例えば郊外のロードサイドショップや広告看板、ホテル郡などが無秩序に広がっている風景なんかですね。

都市の内部にありながらも、都市の日常的活動である生産や消費を行わないという意味においては都市の外部であり、都市のシステムとは異質な存在がテラン・ヴァーグだというわけです。彼はそれを「都市の物理的内部における、精神的に外部的な ( la condicion interna a la ciudad de estos espacios, pero al mismo tiempo externa a su utilización cotidiana, pp 187)」と現しています。

つまりテラン・ヴァーグとは自己内部に潜む他者であり都市の無意識であり、「自己の内なる「他者性」の空間化されたイメージ」なのです。(田中純:ミース・ファン・デル・ローエの戦場)

イグナシが都市の無意識と他者性、そして都市のイメージとリアリティをテーマにした「テラン・ヴァーグ」を発表するのと前後してバルセロナではもう一冊の大変に重要な本が歴史学の分野から出版されました。

ジョセップ・フォンターナ( Josep Fontana)の「鏡の中のヨーロッパ ( Europa ante el espejo)」です。彼はヨーロッパでは最高に評価されている歴史学の重鎮中の重鎮。フランスのアナール学派の影響をいち早く受け、スペインに近代歴史学をもたらしたジャウマ・ビセンス・ビベス( Jaume Vicens i Vives)の弟子であり、今ではビベスの名を冠したポンペウ・ファブラ大学ビセンス・ビベス歴史研究所 ( Institut Universitari d´Historia Jaume Vicens i Vives)の所長を務めています。

そんな彼が1994年に出版したのがヨーロッパの歴史を網羅しつつ、コレでもかというくらい分かり易く書いてある「鏡の中のヨーロッパ」です。フォンターナの冒頭の言葉がこの本のスケールの大きさを物語っています。

ヨーロッパはいつ生まれたのだろうか。

こう問う時、彼の頭の中にあったのは1993年に出版されたポミアン,クシシトフ( Pomian Krzysztof) のL’ Europe et ses nationsであろう事はこの本の訳者である立花さんが指摘されています。

手短に言ってPomian Krzysztofは、ヨーロッパというのは自己と他者を明確に分ける為に外部との境界性を定める事によって形成されてきたと言います。その一方でフォンターナは自己と他者を分ける外部の境界性の存在だけではなくて、その内部にさえも自己と他者を分ける力学が働いてそれがヨーロッパを形成してきたと訴えます。つまり内部の社会システムを保つ為に大衆を野蛮人の地位に押し込める事によってヨーロッパは発展してきたというわけですね。そしてこれこそがゆがんだ鏡に映った自己自身であるというわけです。

このゆがんだ鏡に映った自己自身とは何を隠そう、ヨーロッパの無意識という事だと僕は理解しています。
そしてヨーロッパが歴史的に大衆を野蛮人という地位に押し込める事によって発展してきたという事実は現代都市にも、いや、現代都市にこそ当てはまると思います。特にイグナシが「テラン・ヴァーグ」を発表してから10年余り経った現在では都市の主モーターが変わると同時に、その新たなるモーターの回りに都市の全ての現象が引きずられているように思われる現在ではなお更です。

そんな状況下において、都市は大衆を新たな野蛮人に仕立て上げ、その地位に押し込める事によってグローバル化の中における自身の地位を上げる為にイメージ競争に奔走しているのです。その結果が観光化によるジェントリフィケーションという今我々が直面している大問題なわけです。

その辺の事を考慮に入れて僕が当ブログでシリーズ化したのが「広告都市」論です。詳しくはこちら。この広告都市論は別名、現代都市におけるテラン・ヴァーグと勝手に名付けています。イグナシに是非見せたかった僕の自信作です。
| 大学・研究 | 19:46 | comments(3) | trackbacks(4) | このエントリーをはてなブックマークに追加
バルセロナモデルと市民意識
今日の新聞に「バルセロナは一体何になりたいのか?」という記事が出ていました。内容は独裁政権時代、民主化への移行を経て1992年のオリンピックを期に世界地図にバルセロナという名を刻み込む事に成功した。しかしその後の発展が著しすぎて最近ではコントロールを失っている。その一端が観光でありジェントリフィケーションである。バルセロナの最近の政策はバルセロナを海外に向けて売り込む為の戦略に一生懸命になりすぎてイメージ創りに没頭している。逆に市民の事は全然お構いなし。例えば最近の歩行者街路ランキングでパリのシャンゼリゼを抜き去って1位になったランブラス通り。その通りは元々は市民の為のものであったはず。しかし現在ではランブラス通りは観光客のものとなってしまった。とまあこんな感じ。

それをボージャと現在のバルセロナ市主任建築家、オリオルクロスがインタビューに答えているという構成でした。

僕はここ何年かはバルセロナの内側からその発展を批判的に見てきて、例えばバルセロナの各地区におけるジェントリフィケーションの状況やバルセロナモデルといわれているモノ、その研究を通して今ではそれを創出する側に回っています。世間ではバルセロナモデルというのが大変話題なのですが、そんなモノは存在しないというのが僕の見解で、逆にそんなモノ、存在したって役に立たないんですね。何でかって言うと各都市には各都市のコンテクストがあって同じモデルを適応したからといって同じ結果が出るとは限らない。だから大事なのはそれに至る詳細な都市分析だと思うわけです。

そんな批判的な態度を取っている僕から見ても、何時も感心するのはバルセロナ市民の自分の都市に対する関心の高さと誇り。これはすごい。皆が今後バルセロナはどうなっていくのかとか、バルセロナのあの街区にあんなの出来たけどどう思うとかをカフェで永遠と議論している。それをメディアも巧くサポートしているしある時には議論を巻き起こしたりもしている。

これって考えてみたら当たり前の事だと思うのですが、日本で例えば「名古屋市の都市形態を今後どうするか?」とかっていう議論は想像が出来ない。もししたとしても誰も関心を持たないのでは無いのでしょうか?自分の住んでいる都市に誇りを持てない市民が住んでいる都市が今後良くなっていくとは到底思えません。僕らが学ぶべき事はバルセロナモデルとかいう多分に広告を含んだ安易な都市計画モデルでは無くてもっと基本的な市民意識みたいな所こそバルセロナから学ぶべきだと思います。
| バルセロナ都市計画 | 05:11 | comments(0) | trackbacks(35) | このエントリーをはてなブックマークに追加
都市間競争
今日の新聞に企業が誘致したい都市(ヨーロッパ)のランキングが載ってました。
1位ロンドン
2位パリ
3位フランクフルト
4位バルセロナ
5位ブルッセル
ヨーロッパにおいてやはりロンドンとパリはまだまだ特別な存在です。という訳でその2都市が1位と2位を占めるのは分かる。3位のフランクフルトは近年のヨーロッパにおける金融を語る上でははずせない。その成長振りは現地にいけば直ぐに分かる。ジョルディ・ボージャがサッセンにその重要性を教えたら直ぐにグローバルシティに加えたというのは有名な話。という訳でコレも妥当。ブルッセルはヨーロッパ連合本部が置かれているのでコレも分かる。
注目すべきなのは4位のバルセロナでありここに近年の都市評価軸の構造転換を垣間見る事が出来る。バルセロナが評価された理由は生活の質が高いからというのとオフィスの賃貸料に比する都市交通網を含めた都市サービス料が安いからというのが理由らしい。つまり他の4都市が大きな枠組みにおける効率的という軸で評価されているのに対してバルセロナは生活の質という点で評価されている。同じような理由で7位にアムステルダムがランクインしています。このバルセロナとアムステルダムという組は1999年にイギリスのリチャードロジャースを頭とするアーバンタスクフォースが出版したアーバンルネッサンスに向けての冒頭でロジャース自身がヨーロッパにおける最も活気がある都市として挙げた組です。ちなみにこの本の前書きにはロジャースの他にバルセロナオリンピックを成功に導いたマラガル市長も序文を寄せています。コレ以降コンパクトシティ=バルセロナという図式が出来たっぽい。
今バルセロナが必死で新しい飛行場と新しいビジネス街創ってますよね。何故これほど必死になってるかっていうのは都市間競争に直結するからなんですね。ヨーロッパで大きな飛行場と言うのは4つないし5つ。ロンドン、パリ、アムスそしてフランクフルト。これにマドリッドが加わります。この中でアムスは少し趣向が変わってて何故かと言うとアムスには大きな港があるんですね。で、その港と空港、都市が高速鉄道で結ばれていて比較的短時間で移動可能圏内にある。港というのは空港とは又別に都市の発展のためにはなくてはならない機能です。故にマドリッドはバレンシアとのコネクションが欲しくてたまらないわけですよ。この点、バルセロナはもともと港を持っている。その港と新しい空港を高速鉄道でつないでその中間にビジネス街を作り出すというのがバルセロナの都市戦略。こうする事によってバルセロナはアムスと競争しようとしているんですね、実は。その際新たな求心力兼シンボルとして期待されているのが伊東さんの2本のシンボルタワー。これにも実は意味があって2本と言うところがミソ。それは又今度。これが出来てしまうと困るのがマドリッド。だから長い間ウンと言わなかったわけです。それが2004年にマラガルがカタルーニャ州政府の大統領になった事により事態が一変。初めてカタルーニャ州政府の政党と中央政府の政党が一致し計画に現実味が帯びてきたと言うわけです。ヨーロッパの都市を競争と言う視点で見てみると又違った見方だ出来ますね。
| 都市戦略 | 18:45 | comments(0) | trackbacks(36) | このエントリーをはてなブックマークに追加