地中海ブログ

地中海都市バルセロナから日本人というフィルターを通したヨーロッパの社会文化をお送りします。
京都の学芸出版社で刊行記念レクチャーを行います。
昨年10月に出版された「海外で建築を仕事にする2:都市・ランドスケープ編」の刊行記念レクチャーを、編著者の福岡孝則さん、そして龍谷大学の阿部大輔さんと共に、今月末(1月29日)京都の学芸出版社にて行います。
←おめでとー、パチパチパチー(祝)。



テーマは「モビリティ&テクノロジーで公共空間をつくる:バルセロナ市都市生態学庁元担当者と語る」ということなので、バルセロナの歩行者空間計画やモビリティ計画などを中心にご紹介させて頂こうかな、、、と考えているのですが(←詳細は未定)、福岡さんはアメリカ、阿部さんはスペインと3人とも海外経験者なので、今後海外への留学を考えている人、海外で働きたいと思っている方々などにとっても面白いお話が出来るのでは?と思われます。



僕に関しては、「どの様にスペインに渡ったのか?」、「どの様に仕事を探したのか?」などについては既に書籍の方に書かせて頂いたので、ここでは書き切れなかったテーマを少し記してみようかな……と思っていたのですが、、、今回の書籍を編集担当された学芸出版社の井口夏実さんのインタビュー記事を発見してしまい、それがあまりにも面白かったので、そのインタビューを紹介しつつ、当日の議論の下地を作れたらと思っています。

下記のインタビューは、“建てたがらない建築士”いしまるあきこさんによる「ウェブマガジン「フレーズクレーズ」の連鎖「素敵な本が生まれる時」vol.3、「ボーダレスな時代を生き抜く仕事の見つけ方。〜学芸出版社〜として発表されたもので、インタビューに答えられているのが我らが井口夏実さん(学芸出版社取締役、編集長)。全文はこちらで見れますので、ご興味のある方はどうぞ。

下記の青色の部分が井口さん、いしまるさん、黒字の部分が僕が思った事です。

井口:建築は自分のデザイン(ポートフォリオ)さえ認められれば、現地の言葉が多少しゃべれなくてもどこでも仕事ができる、それってすごく羨ましいなとずっと思っていて。自分の実力だけでやっていくのは大変だろうけれど、すごくスリリングだろうなと思っていたんですね。

基本的に僕は、「言語というのはコミュニケーションのツール」だと思っています。文法が多少間違っていようが、発音が少しばかりおかしかろうが、相手にこちらの言いたいことが伝わればそれで良いのです。ちなみに、現在ヨーロッパに住んでいる日本人の中には「なんちゃってトリリンガル」な人がチラホラと現れ始めています(地中海ブログ:内田樹の研究室の「リンガ・フランカのすすめ」を読んで:何故ヨーロッパでは、ゆるいコミュニケーションである「なんちゃってイングリッシュ」が成功するのか?、地中海ブログ:2010年、今年最初のブリュッセル出張その2:バイリンガルを通り越してトリリンガルになる日本人達:なんちゃってトリリンガルが変えるかもしれないヨーロッパの風景)。
←言語学者とかに言ったらすっごく怒られそうですが、僕は建築家なのでこんな感じで大丈夫(笑)。それに(井口さんも示唆されている様に)、我々建築家は哲学者や文学者と違って「言葉だけで勝負する職種」ではありません。相手に言いたい事が伝わらなかったらスケッチや図を使えばいいのです。



さて、ここからは僕の勝手な想像なのですが、ヨーロッパは陸続きなので、各国間における人的な移動(モビリティ)が非常に高いんですね。だから隣近所を見渡せば、自国語を話さない外人だらけという状況が多々あります。その様な社会・文化的バックグラウンドを共有しない人達と共存し、互いを認め合ってきたのがヨーロッパという社会なので、彼らにとって「言葉による完璧な意思疎通が出来ないこと」は、生まれた時からの日常茶飯事なんだと思います。だから南ヨーロッパでは、我々(移民)にも、「自国語を完璧に話せ、そうじゃないと聞かない!」などとは言わないのです。
←北ヨーロッパは状況が少し異なる様に思いますし、アメリカも全然違う様に感じます。このテーマ(海外に住むこと・働くことにおける言語の問題)は是非、福岡さん、阿部さんと共に当日の議論の中で深めたい所です。

井口:私自身、ロンドンに留学して建築史や美術史を学んでいたんですが、文章の仕事をしようと思ったので、そうなると日本語しかないなと日本に帰ってきました。チャンスさえあれば今でも海外で働いてみたいですが。

これは僕の勝手な考えですが、概して外国語が上手い人は日本語が上手いと思います。というか、日本語が上手い人じゃないと、外国語は上手くなり得ないと思うんですね。外国語を身に付けようと努力すると、ある程度までは上達するのですが、もう少し向こう側にいこうとすると誰しも必ず壁にぶち当たります。その壁を乗り越えられるかどうか、どこまで到達出来るかどうかは、その人の母国語の基礎言語能力、つまり日本語の能力に掛かっているのでは、、、と個人的には思っています。

井口:一冊目の建築編『海外で建築を仕事にする 世界はチャンスで満たされている』の企画のきっかけは、編著者の前田茂樹さんがフランスのドミニク・ペロー事務所から帰国された際、海外の有名建築家の事務所にはだいたい日本人スタッフが居て活躍しているという話を聞いたことでした。ヘルツォーク&ド・ムーロンとかジャン・ヌーベルの建築事務所で働いている日本人を前田さん自身がご存じでしたので、ぜひみなさんに書いてもらおうって話になりました。

「その建築事務所が一流かどうかは、日本人スタッフが働いているかどうかを見れば良い」と言う冗談が、世界中の建築事務所で80年代くらいから言われていたらしいのですが、これは逆に言うと、世界の有名建築事務所、もしくは新興建築事務所には日本人スタッフ(もしくは学生)が1人や2人は必ず居るということを指し示しています。だから、知り合いの知り合いを通して「あの事務所、実はさー」とか、「いま、xx事務所で所員募集しててさー」という様な声がチラホラと聞こえてきたりするので、「世界の有名建築事務所の内部事情」というのは、簡単ではないにしろ、それなりに心に思い描く事が出来るのでは、、、と思うんですね。



その一方、シリーズ2冊目が主題にしている「都市計画、ランドスケープ」を扱っている建築事務所、もしくは各都市の市役所がどんな仕事を請け負って、そこの部署にはどんなキーパーソンがいて、、、といった情報は、有名建築事務所ほど流通していません。この分野で10年以上仕事をしている僕ですら、世界の何処で誰が何をやっているかなんて、この本を見るまで全く知りませんでした。だからこそ、今回の2冊目は非常に価値があると、僕はそう思っています。
←詳しくはこちらに書きました(地中海ブログ:海外で建築を仕事にする2:都市・ランドスケープ編、発売!)。

いしまる:海外で働いている人は、独自の日本人ネットワークがあるんですか?
井口:ヨーロッパでは特にそのようですね。前田さんがパリに居る間に人脈を築かれていました。


まず、アメリカの状況なのですが、ボストン(アメリカ)には「ボストン日本人研究者交流会」なるものがあり、ボストンに在住している日本人の中から毎回2人くらいが30分程度のプレゼンを行い、その後近くのレストランに移動してインフォーマルな食事会、、、というイベントが一ヶ月に一回のペースで行われています(参加者は毎回200人くらい)。その会に出席すると、参加者の名前、ボストンでの所属、日本での所属、連絡先などが書いてあるリストがお茶とどら焼きと共に手渡され(←ここ重要w)、「この人と仲良くなりたい!」とか思ったら、気軽にメールして、後日コーヒー飲んで、、、ということが日常生活の中で行われていたりするんですね。

この様な会が組織的に行われている点は、バルセロナとは明らかに違う点だと強く感じました。ただこれはボストンなど日本人研究者が比較的多く集まる都市に固有のことなのかもしれません。フィラデルフィアではどうだったのか等、福岡さんに是非お聞きしてみたいところです。



また、ヨーロッパの日本人ネットワークについて、(敢えて)全く別の視点から一例を挙げると、欧州在住日本人によるTwitter組、、、みたいなものがあったりします(←僕が勝手にそう呼んでるだけですが(笑))。

これはですね、欧州全体を巻き込んだ大イベントなどがあると、それを見ながら各国からリアルタイムでツッコミを入れあって楽しむ、、、みたいな、正にニコニコ動画のリアルタイム版みたいな感じだったりします(地中海ブログ:東さんの「SNS直接民主制」とかマニュエル・カステル(Manuel Castells)のMovilizacionとか)。

例えば、ヨーロッパ各国の意地と意地のぶつかり合い、欧州の紅白歌合戦と名高い「ユーロビジョン」というイベントがあります。これは一年に一度、各国代表の歌手が生中継で歌を披露して、そこにヨーロッパ全土からリアルタイムで投票を行うという、(色んな意味で)物凄いイベントとなっているんですね(地中海ブログ:ヨーロッパの紅白歌合戦ユーロビジョン2012)。

 

ちなみにこのイベント、各国から選ばれた歌手が歌を披露し合う和気藹々としたイベントかと思いきや、非常に政治的なイベントだったりします。一般視聴者とは別に、各国には「国として」の投票権が与えられているのですが、その投票先を見るだけで、ヨーロッパ地政学の縮図になっていたりします。例えば、フランスはどんなことがあってもイギリスだけには投票しないとか、スカンジナビア諸国は互いに票を入れあうとか、、、(笑)。

いしまる:海外にいる方とメールだけで出版できるっていうのも、新しい仕事のやり方ですよね。
井口:そう思いますね。今はゲラのやりとりもpdfでできるし。2000年に入社した頃は郵送しないといけなかったし、往復に時間もかかるし、海外の方とのやりとりは大変でした。


SNSで仕事の形態が変わった、、、というのは僕も実感する機会が何度もありました。

数年前のことなのですが、とあるミーティングの為にフランクフルトにいたことがあったのですが、たまたま打ち合わせが早く終わったのでシュテーゲル美術館を訪れたんですね。そうしたら丁度その日は小学校の団体が課外授業を行っていて、2階奥にあるルノワールの絵の前では女の子3人組が一生懸命写生をしている真っ最中でした。



大変衝撃的な光景だったのでTwitterでとっさに呟いたら、それが瞬く間にReTweetされまくり、この投稿をキッカケに公共空間系の講演依頼が激増しました。

また、村上春樹氏のインタビュー記事の影響はもっと衝撃的でした。「イベリア半島の片隅を拠点とするスペインの新聞なんて(日本人は)誰も読まないだろう」と村上氏が思ったかどうかは分かりませんが、インタビューの中で「1Q84の続編出します!」と口を滑らせていたんですね。ちなみに彼、日本では「続編は出しません!」と言っていたので、「こ、これは面白い!」と思い、その記事を直ぐさま全訳しブログ上に公開。その数時間後から日本のメディアは大騒ぎとなりました(地中海ブログ:スペインの新聞、La Vanguardia紙に載った村上春樹氏のインタビュー全訳)。

その拡散度とスピード感。新聞という大手メディアの一次情報がSNSに取って代わられる現場を目撃したのと同時に、「Twitterでここまでこれるのか!」と思った瞬間でした。

井口:私も建築を勉強していたら、絶対、海外の事務所にアタックしていただろうなと思いますね。ただ英語ができれば働けるわけではなく、自分の実力、しぶとさみたいなものが厳しく問われそうなんだけど、きっとそこで認められる喜びも大きいだろうな、と思うんです。

海外で働けるかどうか、それはズバリ「運」です。この辺りの話も書籍の中で少し触れたのですが、スペインでいう運とは、その日担当してくれた担当官の気分が良いかどうか、彼/彼女が書類に眼を通した時がバケーション前なのか後なのか、はたまたその日は金曜日なのか月曜日か‥‥ということなのです。
←個人的には、イギリスとかドイツ、北欧など、割と社会システムがきっちりしてそうな都市でも、上に書いた様な南ヨーロッパと同じ様なことが起こっているのか?という所を、是非他の著者の方々に伺ってみたいところです。



さて、海外で働くのに最適なステップの一つはやはり、現地の大学や大学院へ進学して状況を見つつ、生の情報を集めながら職を探すというのが一番良いのでは、、、と思っています(地中海ブログ:スペインで働くという選択肢:長期滞在を見込んだ建築家の場合その1、地中海ブログ:スペインで働くという選択肢:長期滞在を見込んだ建築家の場合その2:タイトル読み替え過程(Homologacion)について、地中海ブログ:スペインで働くという選択肢:長期滞在を見込んだ建築家の場合その3:短期滞在と長期滞在に取るべき戦略の違い)。

ヨーロッパの大学、もしくは大学院事情についてはことある毎に書いてきました(地中海ブログ:スペインの大学ランキング:総合ランキングではなく、学部間で競い合うというシステム、地中海ブログ:ヨーロッパの公立大学の授業料について、地中海ブログ:ヨーロッパの公立大学の授業料について、その2:スペインの教育システムの裏にある考え方)。また、前回の書籍に登場されたRCR事務所出身の小塙さんと藤井さんが企画されている短期留学体験みたいなオプションもバルセロナにはあったりします。

加えて、スペインの建築系の大学院に関しては、TOEFLやGREのような試験もなければ、厳格な入学審査(面接)のようなものもほとんどありません。また、学費も北ヨーロッパやアメリカに比べると格段に安く、近年は生活費が高くなってきたとは言っても、ロンドンやパリほどではありません。そういう意味において、南ヨーロッパへの留学というのは、北ヨーロッパ、もしくはアメリカへの留学と比べると「格段にお手軽かな、、、」という気はします。

では良いことばかりかというと、南ヨーロッパには「南なりのデメリット」も当然あります。その辺については当日のディスカッションで福岡さん、阿部さんと共に深めていけたら、、、と思っています。

井口:触れていただきたい内容は事前にお伝えしていました。建築論ではなく体験談として、海外へ出かけた動機、仕事の見つけ方、担当した物件、仕事の仕方、人との接し方、暮らし方、心がけ、目標、日本へ戻るきっかけや理由等々、です。特に海外にお住まいの方にはお会いしないまま書いていただくわけですから、一か八かみたいなところも正直ありますしね(笑)。

もう一つは、書き出しを揃えてもらいました。場所は違うけれども、現代という時間を共有していることが感じられるかなと思い、その日一日を振り返る描写で揃えてもらいました。

最終的に送られてきた原稿の中には、かなりリライトさせていただいたものもあれば、殆ど手を入れないものもありましたが、どなたも素直に、率直に書いてくださっていました。


初稿が真っ赤になって返ってきたのは僕です(笑)。かなりの部分が書き直し(ホントに真っ赤っかだったのです!)だったので、心配になってシザ事務所の伊藤さんに「い、伊藤さん、、、僕の原稿真っ赤なんですが、伊藤さんはどんな感じでした?」ってメールしたら、「あ、あれはですねー、出来の悪い人は真っ赤になるらしいですよ」っていう大変素直な返信があり(笑)、「や、やっぱりそうか!」と金曜日の夜に一人落ち込んでいたことも、いまとなっては良い思い出ですww
←ちなみにシザ事務所の伊藤さんも、前回の書籍「海外で建築を仕事にする」に書かれています。
←シザとのやり取りなどが巧みに組み込まれていて、すっごく魅力的な文章となっています。



井口:海外に限らないけど、人に直接会うことで情報や知見だけでなく別の人との出会いが必ずあるので、進路を開拓しようと思ったら自然とそうなるんじゃないでしょうか。

いしまる:建築に限らず、新天地というか、まったくコネがない場所で活躍するための術が実はこの本に載っているというか。


今回の書籍には15人分の人生が凝縮されています。各人がどのように考え、どのように海外へ飛び立っていったのか、そして彼の地でどのように仕事を選び、どのようにプロジェクトに絡んでいったのか、、、

それがそのまま他の人の人生になる訳では無いのですが、「海外へ出て行くということを人生の中にどのように位置付けるのか」を参考にすることは出来ると思います。そしてそのような視点で作られた書籍は以前は無かった様に思うんですね。

これは裏覚えなのですが、1980年くらいの「建築雑誌」に「海外留学特集」みたいなのがあって、当時の僕はその記事を穴が開くほど読んだ記憶があります。
←いや、僕の先生(渡辺純さん、ハーバードに留学)が寄稿されていたのです。
←あの当時、「今回のような書籍があったらなー」と思わずにはいられません。



いしまる:海外に行く予定はない、日本で仕事をしている人にこの本で何を一番感じてほしいですか?

井口:海外に行くかどうかは本当はあまり大事ではなくて「どこに居ても決まり切った進路の選び方なんて無いんじゃないの?」っていうことを感じてもらえたら嬉しいです。自分次第というか。


ここがこのインタビューの一番核心的なところだと思います。

「海外で建築を仕事にする」っていう本を出しておきながら何なのですが(笑)、実は海外に行くかどうか、海外で暮らすかどうかなんてことはあまり重要ではないと、僕も強くそう思います。

勘違いしている人が非常に多いのですが、海外には甘い生活が待っているとか、「海外に行けば何か面白いことができる」だとか、それは幻想に過ぎません。

他国で暮らすということは楽しいことばかりでは無く、くじけそうになることも多々あるし、全て投げ出してしまおうと思うことだってしばしばです。

また、見過ごされがちな事実として、我々日本人が海外で暮らすということは、「その国において移民になる」ということなのです。移民であるからには、定期的に移民局に行って何時間も待たされながらもビザを更新しなければならないし、「移民だから」と言う理由で仕事もかなり制限されます。

そしてそれは多分、その地域の文化を知れば知るほど、生活をすればするほど、「我々は日本人であり、この地では移民である」という事を思い知ることなんだと思うんですね。それが異文化の中で生きていく/生き残っていくということなのです。

では何故、僕はそんな思いまでして海外で働き、そして暮らしているのか?
←←←この続きは当日のディスカッションで。



井口:いざ企画書を書くときは、「どうしよう、めちゃくちゃ売れたら……」とか妄想しながら書いたりしちゃいます(笑)。


僕は書籍作りに関わらせて頂いたのは今回が初めてだったので、一般的に書籍がどういう風に作られるのか、編集側とのやり取りはどんな感じなのか、といったことに関しては全くの無知でした。

だから学芸出版社さんが僕にしてくれたこと、編集に関して井口さんが僕にしてくださったことが業界のスタンダードなのかどうなのか、それは分かりません。

しかしですね、彼女は僕の読みにくい原稿を一言一句丁寧に読んで下さり、僕の言いたいことを僕以上に理解してくれた上で、「こうしてはどうですか?」という適切なアドバイスを何度も何度もして下さいました。また、文章にあわせて載せる写真や図、スケッチなどを親身になって選んで下さり、その方向性に従って手直ししていくと、自分の原稿がみるみる良くなっていくのが分かる、そんな楽しい数ヶ月だったんですね。

もしかしたらこの様に親身になって執筆者の相談にのってくれるのは学芸出版社さんの社風かもしれませんし、もしくは僕を担当してくださった井口さんのお人柄だったのかもしれません。

でも、初めて参加させて頂いた本の担当が井口さんで本当に良かったと、いまでは心からそう思っています。

書籍作りを好きにさせてくれて、どうもありがとうございました!
| 仕事 | 11:06 | comments(1) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
スマートシティとオープンデータ:データ活用によるまちづくりのイノベーション(横浜)シンポジウム大成功!
怒涛ともいえる3日間の日本滞在を経て、やっとの思いでバルセロナに到着しました。



今回の弾丸帰国、トランジット待ち(2時間の予定)のミュンヘン空港のカフェでコーヒーを飲みながら、「あー、そろそろ搭乗時間かなー?」とか思ってもう一度チケットをよく見たら、待ち時間が「2時間」じゃなくて「12時間」だった(苦笑)。
←「1」を一つ見落としてたー!ギャー!!
もう、愕然とするしかなかったんだけど、ミュンヘンは今まで一度も来たことがなかったし、「良い機会かな?」と気持ちを切り替えて、前々から行きたかったコープ・ヒンメルブラウ設計のBMW博物館へGO!



ぼく、車とかバイクとかサッパリ興味がないんだけど、この博物館ではBMW車に試乗出来たり、バイクに跨ることが出来たりと、色々と体験することが出来て結構楽しい。



そしてそして、ミュンヘンと言えば、我々建築家にとって思い出されるのはやはりフライ・オットーのミュンヘンオリンピック競技場かな?、、、と思います(これについては次回のエントリで詳しく書こうと思っています)。

と、そんなこんなで東京到着前から既に波乱だらけの幕開けとなった今回の弾丸帰国、その目的は前回のエントリで書いた通り、8月8日に横浜で行われた「スマートシティとオープンデータ」に関するシンポジウムに参加する為だったんですね(地中海ブログ:スマートシティとオープンデータ:データ活用によるまちづくりのイノベーション(横浜))。



いままで登壇者としてプレゼンすることは(色んな国と地域で)それこそ数え切れないほど経験させてもらったんだけど、その様なシンポジウムを企画する側に回ったのは実は今回が人生初!もうホント、分からないことだらけで、手探りの状態の中で進めてきたということもあり、当日は結構ドタバタだった気がします。



また、どれくらいの参加者の方々に来てもらえるかなどがサッパリ予測出来なかったことなどもあって、少々不安でもあったんだけど、当日は本当に沢山の人たちに来てもらうことが出来て、結果から言うと、「大」の上にもう一つ「大」が付く程の「大大大成功」と言っても過言では無かったと思います。



「(有料の)オープンデータ系のイベントでこれだけの人達が集まるのはちょっと異例」という言葉を色んな人達から言って頂けるほどの活況でした。



今回のシンポジウムを企画するにあたり、スポンサーの方々や登壇者の方々は勿論、分からない部分について様々なアドバイスを下さった方々や、お忙しい中、当日会場に駆け付けて下さった方々に心から感謝します。



どうもありがとうございました!!!!

で、この大成功を受け、「このシンポジウムを連続シンポジウムにしよう」という提案が出ています。今回と同じく、横浜市役所、バルセロナ市役所、そしてMITのバックアップのもと、第2回目は「オープンデータと医療」、第3回目は「オープンデータと観光」と題して行おうと画策している所です。

特に第3回目の「オープンデータと観光」については、2020年の東京オリンピック問題を絡め、「バルセロナオリンピックの成功と失敗から学ぶこと」みたいな感じで企画出来たらと思っているんですね。



当ブログの読者の皆さんには既に馴染み深いテーマだとは思うのですが、バルセロナは1992年のバルセロナオリンピックを契機に都市のインフラを大規模改善することに成功し、この都市開発手法は後に「大規模イベントを活用した都市開発モデル=バルセロナモデル」として世界中の都市に注目され続けてきました(地中海ブログ:何故バルセロナオリンピックは成功したのか?:まとめ)。



それらの議論では、「なぜバルセロナはこれほどまでに発展することが出来たのか?」、「いったい何が成功の要因だったのか?」など、主に「成功面から捉えたもの」が殆どだったと思うのですが、その一方で「バルセロナの失敗」についてはあまり語られることがなかったと思います。



僕の眼から見ると、バルセロナは数々の失敗を幾つも繰り返しているし、特に近年は、「成功し過ぎた観光」による都市への弊害、「増えすぎた観光客による市民生活への影響」が現地で大問題となってきつつあります(地中海ブログ:バルセロナの中心市街地で新たな現象が起こりつつある予感がするその3:街頭売春が引き起こした公共空間の劣化)。これは、「観光こそ21世紀を担う産業だ!」と手離しで観光客を誘致することだけを考えている日本の現在の状況に、それと並行して「観光マネジメントを考慮することの重要性」を示唆する事例でもあったりすると思うんですね。



更に、バルセロナオリンピック時において建設された施設群が「今現在、どのように使われているのか、どう運営されているのか?」といったポストオリンピックにも焦点を当てることによって、東京で計画されている選手村を含むオリンピック施設群の問題にも何かしらの光が当てられたらとも思っています。



‥‥と、こんな感じで今回初めて企画した「スマートシティとオープンデータ」シンポジウムから学んだ教訓を活かし、これから4ヶ月ほどを掛けてこれらの企画を実現していきたいと思っています。

上記のようなテーマで、「こんな話が聞きたい!」、「こんなテーマを取り上げてくれ!」というようなご意見、ご要望があったら、是非メール頂ければと思っています。



取り敢えず、今日はシンポジウムの成功を祝って、一人で勝手に乾杯しよう。
←いつもながらにコーヒーとクロワッサンで。
←ぼく、ビール飲めないので(笑)。

追記(今回の東京滞在で思ったこと)
シンポジウムの翌日(日本滞在最終日)は仕事関係のミーティングがギッシリ入ってたんだけど、その間の短い時間を使って森アーツセンターギャラリーで開催中の「機動戦士ガンダム展:THE ART OF GUNDAM」へ行ってきました。



日本ミュージアム・マネジメント学会の基調講演の為に帰国した6月の時には、同じ場所で「ナルト展」がやってたんだけど、森アーツセンターギャラリーって、こういう路線に変更したのでしょうか? ←個人的にはかなり嬉しい。

今回の展覧会ではガンダムの頭部が原寸大で作ってあったり、見たことない原画が展示してあったりと、ガンダム好きには堪らない展覧会となっています。

ここを駆け足で見て回り、バルセロナへの帰国便に乗る為に羽田空港へ。実は羽田空港を使うのは人生初! ←いつも日本へ帰る時は中部国際空港(セントレア)なので。で、今回、初めて羽田空港を使ってみたのですが、正直言って、これが日本の首都、東京の玄関口だとは思えないほど貧弱な空港で「ある意味」驚きました。

上述したように、羽田空港を使うのは今回が初めてだったので、この空港のことをよく知らないし、東京にはもう一つ成田空港があるということも分かっています。また、僕が使ったのは国際線の方で、「羽田は国内線と分かれているらしい」ということも分かった上でのことなのですが、取り敢えず「初めて使ってみた感想」を率直に書いてみます。

まず、ニューヨーク、ロンドン、パリなどと肩を並べるグローバルシティ、東京の空の玄関口としては貫禄がなさすぎ。レストラン街も、お寿司とかラーメンとか揃えてるのは分かるけど、ちょっと品揃えが少なすぎな感が否めません(レストランのラインナップだけなら、セントレアの方が良いと思うほどです)。



外国人観光客向けに橋とか非常にがんばって作ってるけど、正直言って、「うーん」って感じかな。チャックインして中に入っても、欧州のハブ空港フランクフルトなんかとは比べようもない。そして決定的なのは、空港から都内へのアクセッシビリティ。電車で40分って、これは遠すぎる。フランクフルトの12分(電車)は例外としても、バルセロナですらバスで20分の距離圏内ですからね。


(フランクフルト市内の街並み)
その一方、都内の公共交通機関の充実度は世界トップレベルであることは間違いありません。つまり空港は都心から無茶苦茶遠いけど、都内に入ってしまいさえすれば移動は最高にスムーズだということです。また、近年批判され続けてきた無料wifiの面も、地下鉄会社(?)が無料提供し始めたので、大変改善されていると思います。


(仁川空港)

もう一度言いますが、今回初めて羽田空港を使ったので、この空港については知らないことが多いし、もしかしたらものすごく間違ったことを言っているだけなのかもしれません。

今後、羽田空港、成田空港を使うことが多々出てくると思われるので、この空港問題に関しては観光客目線で、もうちょっと観察を続けてみようと思います。
| 仕事 | 02:01 | comments(1) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
新年あけましておめでとうございます2015
新年あけましておめでとうございます。



ここ数年、年末年始はボストン、ローマ、ロンドン、パリなどヨーロッパ各地で過ごすことが多かったのですが、今年は2015年の始まりを日本(名古屋)の実家で過ごしています。

昨年(2014年)は6ヶ月をアメリカ(ボストン)、5ヶ月をバルセロナ、そして残りの一ヶ月を日本で過ごし、ドタバタと足早に時間だけが経過していく毎日だった様に思うんだけど、そんな中でも印象深かったのは、やっぱりボストン滞在だったかな、、、と思います。



今回は2回目ということもあり、一昨年よりは勝手が分かってはいたのですが、やはり異国の地で過ごすのは「それなりに大変だったなー」というのが正直な感想かな‥‥。でも、まあ、新しい発見があったり、素晴らしい出逢いがあったりと、僕の人生にとっては大変有意義な滞在であったことは間違いありません(地中海ブログ:ボストン/ケンブリッジ市のカフェ事情:美味しいコーヒー屋さんについて)。



建築関係で言えば、ルイス・カーンの建築は本当に素晴らしかった!(地中海ブログ:ルイス・カーンのフィリップ・エクセター・アカデミー図書館(Phillips Exeter Academy Library):もの凄いものを見てしまったパート3:「本を読むとはどういう事か?」と言う根源を考えさせられた空間体験、地中海ブログ:ルイス・カーンのイェール大学英国美術研究センター(Center for British Art and Studies, Yale University)、地中海ブログ:ルイス・カーンのイェール大学アートギャラリー(Yale University Art Gallery))。



ポルトガルでの教訓から、僕は建築を語る時は自分の眼で見たものしか信じない事にしていて(地中海ブログ:アルヴァロ・シザ(Alvaro Siza)のインタビュー記事:シザ建築の特徴は一体何処からきたのか?)、他の人が何と言おうと、その建築を実際に訪れ、自分の5感で感じた事しか批評しないことにしているんですね。そんな僕の眼から見て、「ルイス・カーンの建築は本当に素晴らしかった」と、胸を張って言えると思います。 今度は是非、「最高に素晴らしい建築」と言われているキンベル美術館、そしてソークに行ってみたいと思っています。



バルセロナに帰ってきてからは、「待ちに待ったバケーション!」ということで、毎年恒例のガリシア地方(スペイン北部)に一ヶ月のバカンスへ行ってきました。今年の目玉は、何と言っても「リアル風の谷」よろしく、人知れずひっそりと佇んでいる修道院を発見出来た事でしょうか(地中海ブログ:本邦初公開!ガリシア地方の山奥にリアル風の谷があった!エルミータ修道院(Santuario de Nuestra Senora de las Ermitas))。



鶏の「コケコッコー!」という鳴き声と共に目を覚まし、庭で取れた野菜を食卓に並べる「田舎生活」を満喫していたら、それを妨害するかの様な電話がフランクフルトの銀行から掛かってきたりして、ブーブー文句を言いながらも向かったプレゼンテーションだったんだけど、日本では全く知られていない(と思われる)名建築に出逢ってしまうという、大変嬉しい誤算があったりしました(地中海ブログ:フランクフルトにある隠れた名建築:Ferdinand Kramerによるフランクフルト大学薬学部棟)。



そしてそして、11月には3年越しの論文がやっと陽の目を見るという大変嬉しいニュースが飛び込んできました(地中海ブログ:ルーヴル美術館、来館者調査/分析:学術論文第一弾、出ました!)。ちなみにこの論文、(自分で言うのも何なんだけど)欧米では結構話題になってて、(今のところ)フランス、イタリア、ドイツ、スペインの主要新聞や雑誌などからインタビューを受け、大々的に取り上げられる状況となっています。



そんなこんなで、「あー、去年も色々あったなー」とか思いつつ、ふと気が付くと、地中海ブログも今年で9年目を迎えることが出来ました。

最初の頃は単なるメモ程度のノリだったのですが、今では毎日約5000人ほどの人達に見て頂けるまでに成長し、ABcruasanとして公開しているTwitterも含めると、「1つの小さなメディアを形成しつつある」と言っても過言では無い状況になってきていると思います。



今年は去年までとは違ったスケールのプロジェクトが動き出したり、個人的に今まで踏み込んだことの無い領域に挑戦したりと、色々な意味で飛躍の年になるのでは?と期待をしています。いや、絶対そうします。

そして今年も「楽しい人生」、「豊かな毎日」を送ることをモットーに、毎日全力で生きて行こうと思っています。

今年も昨年同様、僕の独断と偏見で勝手なことを思いっ切り書いていこうと思っている「超わがままな」地中海ブログですが、引き続きご愛読頂ければ幸いです。

当ブログの読者の皆さんにとっても素敵な年となりますように。 そして今年も宜しくお願い致します!

Happy New Year!
Feliz Año Nuevo!(スペイン語)
Bon Any Nou!(カタラン語)
| 旅行記:建築 | 17:02 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
フランクフルトにある隠れた名建築:Ferdinand Kramerによるフランクフルト大学薬学部棟
忙しい‥‥なんか最近妙に忙しい!



最近はブリュッセルに行ったり、フランクフルトへ行ったり、はたまたその間にバルセロナで来月開かれる国際会議(IBMスマートシティ会議とバルセロナ・スマートシティ国際会議)の為のプレミーティングに、(強制的に)参加させられたりと、なんだか目まぐるしい毎日を送っています。



そんな超多忙な日々なんだけど、足早に過ぎていく時間の中で忘れてはならないことも多々起こっている訳で、その様な出来事をメモ程度に書き留めておこうかなと思います。

先々週のことになるのですが、所用でフランクフルトへ行った時のこと(夏休み明けから数えてもう3回目!)、意外にもプロジェクトの打ち合わせが早く終わったので、「この機会を逃すべからず!」くらいの勢いで市内にある幾つかの美術館へ行ってきました。



フランクフルト市内には見るべき美術館が幾つかあって、それらの多くがマイン川沿いに行儀良く並んでいるんだけど、例えばフランドル絵画のコレクションでは世界屈指の規模を誇るシュテーデル美術館(Städel museum)、ドイツ映画博物館(Deutsches Film Museum)、更にはドイツ建築の紹介を中心としたドイツ建築博物館(Deutsches Architektur Museum)なんてのもあったりするんですね。



ちなみに上の写真は約1年前にシュテーデル美術館を訪れた時にツイートしたものなんだけど、あれよあれよという間にリツイートされまくって、1年経った今でも時々現れている「つぶやき」です。 ←「あの写真、何処で撮ったんですかー?」って良く訊かれるんですが、ずばり、シュテーデル美術館2階奥にあるルノアール(絵画)の前で撮りました。



もう1つちなみに、このシュテーデル美術館は最近リノベーションが施され、地下空間が新しく付加されたのですが、これがまたシザ‥‥ひいてはアールトの甘いコピーに見えない事も無い‥‥と言ったら意地悪過ぎるでしょうか(苦笑)。



そんな中、今回はリチャード・マイヤー設計で知られるフランクフルト工芸美術館(Museum für Angewandte Kunst)に行ってきました。とは言っても、この美術館の空間構成についてはココで紹介するほどでもなく‥‥かと言って展示品もそれほど面白い訳でも無いんだけど、僕が今回ここを訪れた理由、それは久しぶりに倉俣史朗さんの椅子(How High the Moon)を見たかったからなんですね。


(倉俣史朗作、How High the Moon)
←倉俣史朗さん、僕が中学生くらいの時に亡くなったのですが、たまたまその当時テレビを見ていたら、「彼が亡くなった」というニュースと共に、彼の代表作とも言える「ミスブランチ」がテレビに映し出され、「こ、こんな椅子が世の中に存在するのかー!」と眼を奪われた事を今でもハッキリ覚えています。


(倉俣史朗作、ミス・ブランチ)
それ以来、彼の作品の大ファンになり、ことある毎に展覧会へ行ったり、海外に散らばっている彼の作品を見て廻ったりと、倉俣巡礼を繰り返しているという訳なんですね。ちなみに、初めてアルバイトをして頂いた給料で購入したのが、実は倉俣史朗さんの照明(オバQ)だったと言う事も今となっては良い思い出です。 ←本当はミス・ブランチが欲しかったんだけど、高かったんですよ(汗)。


(倉俣史朗作、オバQ)
そんなこんなで、今回も久しぶりにこの美術館に彼の作品を見に来たんだけど、「あー、これ以外に見るもの無いなー」とか思ってたら、なんかあっちの方に建築系の特別展示を発見‥‥。



展覧会場のど真ん中に位置している大きなパネルに船が映ってる事から、「あー、近代建築系かなー?」とか思いつつ、少し見て回っていたら、コレが結構面白くてビックリ!僕は全く知らなかったのですが、20世紀初頭から80年代くらいまでドイツで活躍したFerdinand Kramerと言う建築家なんだそうです。



当時撮られたと見られる大きな白黒写真が展示されていたのですが、これが彼の代表作っぽくて、写真で見る限り、「これは一度この眼で見てみたい!」そう思わせるに十分な質を持っている様に思えたんですね。 ←‥‥なんか最近、表面をゴチャゴチャと操作しただけの建築や、写真写りが良さそうなだけの建築が多いんだけど、そんな中、わざわざお金と時間を掛けてまで「実際訪れてみたい!この眼で見てみたい!」と僕に思わせてくれる建築って、そうそう無いものなんですよ。

「まあー、でもなー、写真が白黒だし、雰囲気も昔の建物っぽいので、さすがにもう残ってないよなー」とか思いつつ、ダメ元で学芸員の人に聞いてみたら、「ハイ、ありますよ。フランクフルト市内です」との意外な答えが!「えー、これ、まだ残ってるの!!し、しかもフランクフルト市内???」。



で、詳しく聞いてみたら、どうやらこの建築はフランクフルト大学薬学部の建物なんだとか。更に更に、その学芸員の人、大変親切にも地図まで書いてくれた上に、大学図書館に連絡まで取ってくれて至れり尽くせり! ←何でも、遠い島国から来た日本人がドイツの建築家にこんなに興味を持ってくれたのが心底嬉しかったのだとか。

という訳で早速行ってきました。

市内を走っている地下鉄U4線に乗りBockenheimer Warte駅で下車すると、眼の前に広がっているのがフランクフルト大学のキャンパスです。



この大学、正式名称はヨハン・ヴォルフガング・ゲーテ大学フランクフルト・アム・マイン(Johann Wolfgang Goethe-Universität Frankfurt am Main)と言うそうなんだけど、日本を含む欧米では「フランクフルト大学」という通称で通っているので、こちらを用いる事にします。

「ん‥‥?フランクフルト大学?」と思った人はかなり勘が良い。そーなんです!この大学こそ、あのハーバーマスを擁するフランクフルト学派の拠点なんですね(地中海ブログ:美術の商品化と公共空間: Manuel J. Borja-Villel)。大学創設は1901年に遡るらしく、元々はこの辺りにキャンパスが広がっていたそうなんだけど、学生数の増加に伴い、近年は郊外へとキャンパスを移転したそうです。

最寄り駅を降りて歩くこと10分、この辺りには結構古い建物が残ってて、この建築(下記写真)もFerdinand Kramerによる作品なんだとか。



そこから更に歩くこと2分、見えてきました、それらしい建物が!



緑豊かな中に静かに佇んでいる姿は、金融都市フランクフルトの喧噪からは想像も付かないほどゆったりとした時間が流れています。この日は週末だった為、学生さんは誰もいなくて建物内は空っぽ。下の庭には裏から廻れそうだったので、そちらから行ってみる事に。



な、なんか物々しい雰囲気の裏側‥‥。



そこを曲がるとヨーロッパ随一の金融都市「フランクフルト」が顔を現します。それらの超高層と比較すると、正に「都会のオアシス」と呼ぶに相応しい雰囲気のポケットパークが姿を現します。



で、そこを曲がると現れるのがこの風景:



じゃーん!こ、これだー!しっかりとした本体部分にブリッジが架かっていて、この建築に流れる「物語」の「余韻部分」とでも言うべき四角い箱がくっ付いています。



真っ白な躯体に全面ガラス張りの四角い箱。



言うまでもなく、この小さな四角い箱と、それを繋ぐブリッジがこの建築の肝なんだけど、正にこの小さな箱がこの建築の質を「決定的なもの」にし、この何でも無い平凡な建築を「唯一無二の存在」にしているのです。



よーく見ると、大変注意深くデザインされていて、例えばこの箱の立面を「一枚の壁である」かの如くに強調する為に、こんなデザイン上の工夫がされていたりするんですね。



今度は反対側から見てみます:



50年以上の歳月を経て、ここの自然と素晴らしく同化しているのが見て取れます。

今度はもう一度上に戻って、正面からこの建築を見てみます。



先程のブリッジの部分です。渡ってみます。



右手側には先程の中庭と、しっかりとした基盤である高層棟。



左手側にはガラスを通して階段が見えます。



‥‥建築とは、何かしら建築家がやりたい1つのアイデアがハッキリと眼に見える形で実現出来ていれば良い建築である‥‥と、僕はそう思っています。

今回訪れたフランクフルト大学薬学部棟のアイデアは大変明快且つシンプル、更に言うなら、その表現としても「これだ、これだ!」と大声で自分を売り込むのではなく、大変謙虚な姿勢を貫き、パッと一目見ただけでは見過ごしてしまう様な、そんなごく普通の佇まいをしているんですね。



もっと言っちゃうなら、この「四角い箱をブリッジで繋ぐ」という掛替えの無いアイデア、たった1つの為に、この建築は最上級の質を伴った建築に昇華しているのです。



素晴らしい、本当に素晴らしい建築だと思います。

こんな建築が今まで日本に紹介されていなかった事、こんな素晴らしい建築を建てた建築家が殆ど無名のままでいること‥‥。

この様な予定調和的ではない体験が出来るからこそ、僕はヨーロッパの街を訪れ続けているのであり、この様なヨーロッパの深淵に不意に出逢える事こそ、ヨーロッパ旅行の醍醐味でもあるのです。
| 旅行記:建築 | 04:06 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
本邦初公開!ガリシア地方の山奥にリアル風の谷があった!エルミータ修道院(Santuario de Nuestra Senora de las Ermitas)
ガリシア地方のド田舎でのんびりとバケーションを満喫中だったんだけど、「どうしても(講演会&ミーティングに)来て欲しいのですが‥‥」みたいなメールが某所から送られてきて、「バカンス中なので‥‥」と断ったら、「そこを何とか‥‥」と言われてしまい、渋々人口500人の村からヨーロッパ金融の中心都市、フランクフルトへ。
←バカンスを謳歌する事を人生最大の楽しみにしているスペイン人だったら100%断ると思う。←っていうか、そもそも彼らはバケーション中はメールをチェックしないと思う←来年から僕もそうしよう(笑)。



という訳で、もう既にバルセロナに帰ってきているのですが、ちょっと時間を遡り、バカンス中に起こった出来事をメモ程度に書いておこうかなと思います(FacebookやTwitterと違い、ここがブログの良い所だと思う。過去の記憶をきちんと蓄積出来て、グーグルでも検索可能なので)。先ずはやっぱりガリシア名物、タコの話題から!



「ガリシアと言ったらタコ煮」と言うくらいスペインでは非常に有名なタコ煮なのですが、スペイン随一の港湾都市ビーゴ市(Vigo)に行った際に地元出身の知り合いが「ここで出される料理は絶品!」と、連れて行ってくれたレストラン、そこで出てきたタコ煮が凄かった→→→!!!



タコ丸ごと一匹(笑)!長年、色んなレストランでタコ煮を食べ歩いてるけど、タコが丸ごと一匹出てくるなんて聞いた事がありません。しかも美味しい!堅すぎず、柔らか過ぎず、絶妙な歯ごたえ!!さ、さすがタコ煮の聖地、ガリシア‥‥。恐るべしです。



さて、そんなガリシア地方なのですが、海産物やワインもさる事ながら、この地方の魅力といえば、非常に豊かな自然環境だと僕は思います。乾燥しきっているスペイン南部のアンダルシア地方とは違い、一年を通して比較的降水量が多い事で知られるガリシア地方というのは、何処に行っても深い緑に囲まれ、僕達の心を豊かにしてくれる大自然に出逢う事が出来ちゃうんですね。



ちなみにいま現在、バルセロナを中心とするカタルーニャ地方では独立への気運が非常に高まってるんだけど、大変興味深い事に(というか同じ国(スペイン)だとは思えない程に)ガリシア地方では「独立」と言う言葉とは無縁の社会文化が展開されています。例えばカタルーニャでは「カタラン語をしゃべる事/しゃべれる事」が1つのステータスの様に考えられていて、若者の間では一種のファッションの様になっていたりするのですが、ガリシアでは逆に、「ガリシア語をしゃべる事がネガティブに捉えられる事がある」と言った様な認識が社会全体に蔓延っています(地中海ブログ:スペイン語の難しさに見るスペインの多様性:ガリシア語とカステリャーノ語)。

‥‥あー、また脱線してしまった。ガリシア地方については大変興味深い社会・経済・文化・政治・歴史がある割には日本語での情報が少なく‥‥。これを機に、意識的に書いていこうかな。

‥‥と、そんな事を思っていたら知り合いが、「近くに面白い教会があるよー」とか言い出した‥‥。なんでもその教会の創設は18世紀初頭らしく、昔からこの辺りに住んでる人達の「ローカルな聖地」になっているのだとか‥‥。

そんな事を聞いてしまったら行かない訳にはいきません!という訳で早速行ってきたのですが、これがビックリ!な、なんとこの教会、深い深―い谷の底に教会堂が位置しているという、「風の谷形式」を取っているじゃ無いですかー!
←風の谷形式とは、僕が勝手に名付けた建築タイプです(笑)。


(谷の上方から見たセナンク修道院)

これは正に5年ほど前に南フランスはエクス・アン・プロヴァンスで見たプロヴァンス3姉妹の次女、セナンク修道院と形式的には一緒です(地中海ブログ:風の谷のセナンク修道院:天空の城の後に見る風の谷:リアル宮崎駿ワールド)。


(ル・トロネ修道院内部)

ちなみに同じプロヴァンス地方に位置している、建築家なら誰しも憧れるル・トロネ修道院には、感動し過ぎて4日間連続で行ってしまいました(地中海ブログ:プロヴァンス旅行その5:ル・トロネ修道院(Abbaye du Thoronet)の回廊に見る光について:地中海ブログ:プロヴァンス旅行その4:ル・トロネ修道院(Abbaye du Thoronet)の窓に見る神業的デザイン:地中海ブログ:プロヴァンス旅行その6:ル・トロネ修道院の絶景スポット発見!)。


(セナンク修道院から徒歩1時間弱の所にあるリアル・ラピュタっぽい様相を呈する天空の城ゴルド村)

今回のエルミータ修道院とセナンク修道院の大きな違い、それはセナンク修道院が世界的な観光名所であり、毎日大量の観光客で溢れ返っているのに比べ、エルミータ修道院の方は、スペイン国内にすらその存在を殆ど知られること無く、人知れずひっそりと佇んでいるという点かなと思われます。そりゃ、そうだよなー。近郊の街までバルセロナから電車で12時間、ビーゴからだって4時間、更にそこから車で1時間弱ですからね。地元の人以外で態々こんな所に来るなんて僕くらい(笑)。
←「cruasan‥‥相当暇だな!」とか言う声が聞こえてきそうですが‥‥(笑)

という訳で早速レッツゴー!(あ、ちなみにこの修道院、本邦初公開です)。

エルミータ修道院へは僕が滞在している村から山間を縫う様にクネクネと山道をひたすら走って行くだけなんだけど、それこそ気分はこんな感じ:

「緑の中を走り抜けてく真っ赤なポルシェ〜♪」 ←じゃなくて、真っ白なオペル(OPEL)ww←しかもかなりポンコツ(笑)。



濃い緑の中を走る事、約30分‥‥「あ、あそこー」と知り合いが教えてくれたのがこの風景:



え、どこどこ‥‥?←眼が悪いのであまり良く見えない‥‥もうちょっと近寄ってみます:



あー、ほんとだー!教会っぽいのがある!しかもちょっとした村っぽいのも形成されてる!!上から見ると、谷底のどの部分に教会が建っているのか?また、周りの家々が教会に対してどの様な布陣を敷いているのか?がハッキリと分かって大変興味深いですね。‥‥と、ここで車を降りてみたら、天気も良いし、それほど暑くも無いし、何よりお昼まではまだちょっと時間があったので、谷底までは歩いて行く事に。



谷の頂きから谷底までは車一台通ったら一杯になってしまうくらい狭い道がスリバチ状にグルグルと走っているんだけど、その道なりに歩いていくと、自ずと谷の底=目的地である教会に到着する様になっています。



で、「僕が非常に面白いなー」と思ったのが、歩いて行くにつれて教会の姿が違って見えてくるというポイントなんですね。まあ、当然と言えば当然なんだけど、少し歩くとさっきまで見ていた教会とは全く違う様相を呈してくる訳ですよ!

ほら、こんな感じで、さっきまでは凄く遠くに見えていた教会が、今はちょっと大きくなりました(笑)。



更にさっきまで見ていた方向、角度とは違う教会の顔も見えてきちゃったりします。



‥‥これは僕の個人的な性格であり資質でもあると思うんだけど、僕はこの様な、日常の風景の中に見え隠れするチョットした差異、「パッと見」は一緒なんだけど、「よーく見るとホンのちょっとだけ違う」‥‥そんな所にとっても感動してしまいます。



それが良い事なのか悪い事なのか、それは僕には分からないし、そんな事は僕にとってはどうでも良いことなのです。そうではなくて、「僕の眼には世界はこう見えている」、「こういう風に僕は世界を切り取っていて、世の中にはこんな風に世界を見てる人がいる」、そう言っているだけなのです。



多分、こんな些細なこと(つまりはちょっと歩いたら教会がホンのちょっとだけ違って見えるということ)は、世界の大多数の人にとってはどうでも良い事だし、多くの人達は、それこそ何も気が付かないままに過ぎ去っていく1つの風景でしか無いのだと思います。でも、こういうちょっと違った見方をするマイノリティ、そういう多様な人々が集まりながら我々の社会というものは形成されているが故に、僕達の世界は面白いのだし、非常に魅力的だと思うのです。



さて、あちら側の斜面には、ワインを作る為のちょっとした葡萄畑が見えちゃいます。更に更に、道のあちらこちらでは様々な植物を見る事が出来て、ここになっているのなんて、そう、栗です!



かなり下の方まで降りてくるとちょっとした小川がありました。



上空を見上げれば、雲1つない快晴。正にスペイン晴れ(笑)。



そんなことを思っていたら、不意に出会すのがこの風景:



じゃーん!ようやく教会の足下まで到着〜。教会まではあと一歩なんだけど、ここからが結構大変だった!物凄い急な坂を上らなきゃならなくて、ホント、つまずいたらそのまま谷底までまっしぐら‥‥みたいな(笑)。



面白いのは、教会の周りに住居群が出来ていて、この教会を中心とした小さな村が形成されている事です。「あー、ヨーロッパの街というのは、やっぱり教会を中心に形成されてきたんだなー」と改めて思わされる瞬間です。



なんて言ったって、鐘の音が聞こえないエリアは浄化されていないので「悪魔が出る地域」と認識されていますからね。←スペインってリアルに王様とか居るし、お城とかあるし、正にドラクエの世界、そのものです(笑)。

そしてとうとう目的地である教会に到着〜。うーん、なんとも感慨深い。



教会に行く意味。それは勿論、お祈りをしに行く訳なのですが、それよりも何よりも、そこに到達するまでに色んな事を考え、色んな思いを巡らしながら歩く事、そしてその途中に展開している風景を心に刻みつける事、それが重要なんじゃないのかな?

現代社会を生きる僕達には、それこそ車という大変便利な文明の利器が利用可能なので、どんな辺境だって、来ようと思えばそれこそ何十分、何時間という比較的短い時間単位で訪れる事が出来ます。しかしですね、この教会が創られた何世紀も前にはそんな便利なものは無かった訳で、もっと言うなら、夜道を照らす街灯も何も無い訳で、そんな中を遠くの村から何日も掛けて歩いてくる信者の人達は、さぞかしこの教会が有り難かったことだろうと想像するんですね。



ジュースが飲みたいと思ったら近くのコンビニで買ってみたり、何処かに行きたいと思ったら新幹線に乗って日本一周だって出来てしまう今の世の中。そんな現代文明から少し離れ、こうして歩いてみるだけでも、今まではナカナカ見えなかった事象が見えてきたり、車に乗っていては気が付かなかった風景が見えてきたりと、人生が又1つ豊かになった気がします。

良かった、非常に良かった!来年もまた来てみよう。
| 旅行記:都市 | 04:08 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
何故バルセロナオリンピックは成功したのか?:まとめ
スペイン北部(ガリシア)に広がる大自然の中で、ど田舎生活を満喫しているcruasanです。



とりあえずバケーション初日の昨日は、家の真ん前にある昔ながらのパン釜を使っているパン屋さんにパンを買いに行ってきました。



毎朝8時と13時キッカリにパン釜から出されるこのパンは、外はカリッとしてるのに、中は信じられないほどホクホク。このアツアツのパンに、この地方でとれた濃厚なバターとハチミツ、そしてワインを並べると、もう3つ星レストランも顔負けの食卓に早変わり!しかもこんなに美味しいパンが一本1ユーロ(100円程度)。田舎サイコー!!



さて、僕が田舎生活を満喫している最中、世界中の人々の眼を釘付けにしていたのがブエノスアイレスで開かれたIOC(国際オリンピック委員会)総会であり、皆さんご存知の通り2020年のオリンピック開催都市は東京に決定したのですが、(その事を受け)早くも僕の所に幾つか質問らしきものが来ているので今日はその話題を取り上げようと思います。



まあ何の事はない、オリンピック史上最も成功した事例の1つとして語られている「バルセロナオリンピックについて」、更にはその際に行われた「都市計画と都市戦略について」なのですが、「オリンピックを契機としたバルセロナモデルについて」は、当ブログで散々書いてきた通りだし、逆に言えば当ブログで書いてきた以上の事があるとは思えないので、それを僕の視点から少し纏めておこうかなと思います。

(注意)僕の視点というのは、バルセロナ市役所そしてカタルーニャ州政府に勤めた経験を踏まえて、「バルセロナの外側から」というよりは、「バルセロナの内側から実際にバルセロナの都市計画を担当、実施した立場から見たらどう見えるか?」という文脈です。



バルセロナという都市がオリンピックを契機として大成功を収めた理由、それは先ず、この都市がおかれた歴史的背景を考慮する必要が多分にあると思います。というか、僕の眼から見たらそれが全てだと言っても過言ではありません(地中海ブログ:もう一つの9月11日:カタルーニャの場合:グローバルの中に息づくローカリティ、地中海ブログ:(速報)カタルーニャ州議会選挙2012:カタルーニャ分離独立への国民投票は実施されず!)。



70年代半ばまで続いたフランコによる独裁政権時代、バルセロナは中央政府に嫌われていた為に教育や医療を含む都市インフラへの投資が十分に行われず、生活インフラの多くの部分を近隣住民自らが組織化しなければなりませんでした(地中海ブログ:バルセロナモデルと市民意識、地中海ブログ:レセップス広場改修工事(Remodelacion de la Plaza Lesseps)に見るバルセロナモデル(Barcelona Model)の本質)。



この時の経験がバルセロナにおける近隣住民ネットワークを(世界的に見て)大変特別なものに押し上げ、ボトムアップ的に(教育や病院の)カリキュラム(=ソフト)を自らで構築する事を可能にしたんですね。重要なのは、それら適切なプログラムが作られた後で、「建物としての形」を与える為の資金が流れ込んできたという順序です(オリンピック誘致が決定したのは1986年)。つまり「ソフト(=プログラム)ありきのハード(=建築)」を計画する事が出来たということなのです。普通は反対で、「ソフト無きハード(=箱モノ)」になりがちなんだけど、バルセロナの場合は歴史的背景からその過程が逆になり、正にその事が功を奏したということです。



また、この地方特有の問題としてよく取り上げられる「アイデンティティ」という観点から、1975年まで続いたフランコ政権が崩壊し民主主義に移行するにあたって、カタルーニャに言語や文化を含む表現の自由が認められたということがバルセロナオリンピック開催にあたって非常に大きな意味を持っていたと思います。



中央政府により押さえつけられていたカタルーニャの社会文化的アイデンティティが解放された当時(1970年代後半)、カタルーニャ社会全体を包んでいた高揚感が凄まじかった事は想像に難くありません。昨日までは自分達の言語(カタラン語)をしゃべろうものなら投獄され、外国語(カステリャーノ語)を使用する事を強要されていたのに、今日からはパブリックスペースで誰とでも「自分の言語で自由に話す事が出来る」、「自分の言語で書かれた本を読む事が出来る」といった状況が生まれた訳ですから。



こういう所から「公共空間「と「政治」が結び付き、南欧都市におけるパブリックスペースの重要性というものが立ち現れ、更には市民の間に公共空間の重要性が経験として共有される事になるのだと思います(地中海ブログ:美術の商品化と公共空間: Manuel J. Borja-Villel、地中海ブログ:FC Barcelona(バルサ)のマーケティングがスゴイ:バルサ・ミュージアムに見る正に「ゴールは偶然の産物ではない」)。



言語を通した社会変化という事についてもう少しだけ触れておくと、民主主義への移行直後というのは、カタラン語をしゃべる事が単なるファッショナブルだったのではなく(今、カタルーニャでカタラン語を使っている多くの若者は、歴史的認識やアイデンティティ、もしくは1つの政治的主張というよりも、「それ(カタラン語をしゃべる事)がカッコイイから」という意識が強い)、人間的で根源的な喜びですらあったのだと思います(地中海ブログ:カタルーニャの夢、地中海の首都:地中海同盟セレモニーに見る言語選択という政治的問題、地中海ブログ:スペイン語の難しさに見るスペインの多様性:ガリシア語とカステリャーノ語)。



そんな社会的に盛り上がっていた雰囲気の中、オリンピック開催という大きな目標を与えられ、「カタルーニャを世界地図の中に位置づけるぞ!」という気概の下、市民が一丸となってそれに向かっていったという背景こそ、バルセロナオリンピックが成功した1つの大きな要因であると僕は思います。というか、先ずはここを押さえなければバルセロナオリンピックの全貌を語る事は出来ません(この様な視点の欠如こそ、下記に記す魅力的なキーワードをちりばめた都市計画手法にのみ着目した多くの論考に見られる特徴の1つでもあるのです)。



で、(ここからは神憑っているんだけど)それら市民の思いを1つに纏め上げる圧倒的なカリスマ性を持ったリーダーが出現したということは非常に大きかったと思います(地中海ブログ:パスクアル・マラガイ(Pasqual Maragall)という政治家2)。当時のカタルーニャの政治に関して非常に面白いと思うのは、カタルーニャ左派(PSC)、右派(CiU)に関わらず、彼らの目的は「カタルーニャという地域をヨーロッパで最も魅力的な地域にすること」と共通していたことかな(地中海ブログ:欧州議会選挙結果:スペインとカタルーニャの場合:Escucha Catalunya!)。



更に、今回のマドリードによる2020年オリンピック誘致活動とは根本的に異なる点を指摘しておくと、フランコ時代から民主化移行を見越して世界中にちりばめられた政治的/知的ネットワークを駆使してオリンピックを成功に導いたその政治力ですね(地中海ブログ:国際オリンピック委員会(IOC)前会長のフアン・アントニオ・サマランチ(Juan Antonio Samaranch)氏死去、地中海ブログ:東さんの「SNS直接民主制」とかマニュエル・カステル(Manuel Castells)のMovilizacionとか、地中海ブログ:欧州工科大学院(EIT)の鼓動その1:マニュエル・カステルとネットワーク型大学システムの試み、地中海ブログ:サスキア・サッセンと世間話で盛り上がったディナー)。



この様な歴史的背景に後押しされつつ、戦略的に都市計画を成功に導いていったのが、カタルーニャの建築家達が長い時間を掛けて練り上げていった都市戦略/都市計画です。例えばそれは、大規模イベントを利用して(長期的に目指すべき「都市のかたち」に基づきながらも)その都度局所的な都市計画を成功させてきたということが先ずは挙げられるかな(地中海ブログ:バルセロナのイベント発展型都市戦略とGSMA2010(Mobile World Congress 2010))。



1888年の国際博覧会ではそれまで中央政府(マドリード)による占領のシンボルだったシウダデリャ要塞を都市の公園に変換する事に成功し、1929年の国際博覧会では都市インフラとモンジュイックの丘の整備といったことなどですね(地中海ブログ:バルセロナ都市戦略:イベント発展型)。



また大規模な範囲を一度にスクラップ&ビルドするのではなく、「やれる事からやる、やれる所から手をつける」という現実的な計画からコツコツと始めたこと。つまりは小さな公共空間から車を排除しつつ木々を植え「公共空間を人々の手に取り戻す」という様に、市民に「我々の都市が日に日に良くなってきている!」と実感させた事は大きいと思います。



又、それら小さな公共空間を都市全体に挿入しつつ、それらをネットワークで結ぶ事によって、地区全体を活性化することに成功しました(地中海ブログ:グラシア地区祭り:バルセロナの歩行者空間プロジェクトの責任者だったけど、何か質問ある?)。これは言ってみれば、白黒(ネガ・ポジ)を反転させて都市における公共空間の重要性を視覚的に浮かび上がらせた「ノリーの図」を具体化したアイデアだと言う事が出来るかと思います(地中海ブログ:フランクフルト旅行その3:広告としての緑の都市計画)。



更に言えば、これら個々の都市計画の裏側には、色あせることの無い大変秀逸なバルセロナの都市戦略が横たわっています(地中海ブログ:大西洋の弧:スペインとポルトガルを連結するAVE(高速鉄道)について、地中海ブログ:ヨーロッパの都市別カテゴリー:ブルーバナナ(Blue Banana)とかサルコジ(Nicolas Sarkozy)首相とか、地中海ブログ:カタルーニャの打ち出した新しい都市戦略:バイオ医療( BioPol, BioRegio)、地中海ブログ:地中海連合(Union pour la Mediterranee)の常設事務局はバルセロナに)。



これは、バルセロナという「都市単体」ではなく、「地中海を共有する都市間」で恊働し、その地域一帯としての競争力を高めることによって、パリやロンドンといったメガロポリスに対抗するというアイデアです(地中海ブログ:Euroregion(ユーロリージョン)とカタルーニャの都市戦略:バイオ医療を核としたクラスター形成、地中海ブログ:シティ・リージョンという考え方その1:スンド海峡のエレスンド・リージョンについて、地中海ブログ:地中海の弧の連結問題:ペルピニャン−フィゲラス−バルセロナ間の高速鉄道連結計画の裏に見えるもの、地中海ブログ:バルセロナの新たなる都市戦略:ビルバオから学ぶバルセロナ都市圏再生の曙)。

これら上述した全てのことがらが複雑に絡み合いながらも絶妙なハーモニーを醸し出し、オリンピック開催という目標に向かっていった末に生み出されたのがバルセロナオリンピックの大成功だったのです。

では逆に、バルセロナオリンピックによって引き起こされた「負の面はないのか?」というと‥‥勿論あります。先ず挙げられるのはオリンピック村についての批判ですね。



ビーチと中心市街地に地下鉄一本でアクセス出来るエリア(Ciudadella Villa Olimpica)に選手村を大々的に建設し、オリンピックが終わった暁には低所得者向けのソーシャルハウジングとしての活用を謳っていたのに、蓋を空けてみれば中産階級向けの高級アパートに化けていたことが当時モーレツな批判を浴びていました(地中海ブログ:世界一美しい図書館:ポンペウ・ファブラ大学(Universitat Pompeu Fabra)図書館の一般立ち入り禁止エリアに入ってきた)。



また、「バルセロナ」というブランド=イメージを確立する為に、中心市街地から「汚いイメージ」=貧困層や移民、売春婦や麻薬関連などを駆逐し、市外や市内の一区画へ強制的に集めた結果、スラムが出来てしまったこと(地中海ブログ:バルセロナの中心市街地で新たな現象が起こりつつある予感がするその3:街頭売春が引き起こした公共空間の劣化、地中海ブログ:カタルーニャ州政府がスペイン初となる公共空間における売春を取り締まる規則を検討中らしい)。



更に悪い事に、極度の観光化の結果、歴史的中心地区はジェントリフィケーションに見舞われてしまいました(地中海ブログ:バルセロナの中心市街地で新たな現象が起こりつつある予感がするその1:ジェントリフィケーションとその向こう側、地中海ブログ:ビルバオ・グッゲンハイム効果とジェントリフィケーション、地中海ブログ:バルセロナの中心市街地で新たな現象が起こりつつある予感がするその2:逆ジャントリフィケーション)。



そしてこの様な「バルセロナの大成功」を真似ようとし、幾つかの都市が「バルセロナモデル」を輸入したんだけど、今まで述べてきた様な歴史的/文化的/社会的背景を全く考慮せず表面的に真似ただけだったので、元々そこに存在した既存の都市組織(Urban Tissue)が破壊されてしまったこと(地中海ブログ:パン屋さんのパン窯は何故残っているのか?という問題は、もしかしたらバルセロナの旧工場跡地再生計画を通した都市再活性化と通ずる所があるのかも、とか思ったりして)。

こんな所かなー。

これから先、オリンピック関係でバルセロナの都市計画、都市戦略、もしくはそれらに付随した「バルセロナモデル」について多くの論考が出てくるとは思うんだけど、それらは全て上記の何れかに分類出来ると思います。



あー、久しぶりに頭使ったらなんかすごく疲れちゃった。赤ワインと生ハム食べて寝よ。
| バルセロナ都市計画 | 00:59 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
シティ・リージョンという考え方その2:エレスンド・リージョンの要、交通インフラの重要性と利便性について:宇宙戦艦ヤマトのコックピットの様なフェリーにちょっと驚いた
前回のエントリの続きです。今回バルセロナからの直行便で到着したのが、スカンジナビア航空の拠点であり、ヨーロッパのハブ空港の一つとして知られるコペンハーゲン国際空港です。でも、まあ、ハブ空港とは言っても、デンマークの人口は400万人足らず、コペンハーゲンに限って見れば50万人強、つまりは国単位で見ても中京圏に及ばない程なので、ハブ空港という割には「結構こぢんまりしてるな」っていうのが僕の第一印象かな。



飛行機を降りた直ぐの待合ロビーは全面がガラスで覆われ且つ、要所要所に木材が使われている為、開放的であると共に、非常に暖かみのある空間となっています。


スペイン語でSolは太陽、Marは海。つまりこのバスは「太陽と青い海」行き

北欧の人達と聞いて真っ先に僕が思い浮かべるのは、太陽と青い空を求めて南欧に来ては、それこそ真っ赤に日焼けするまでビーチで寝転がってる姿なんだけど、そんなイメージが頭の片隅に媚びり付いてるものだから、一面ガラス張りのデザインとか見てしまうと、彼らにとっては「短い日照時間の間に降り注ぐお日様の光ほど大切なものはないんだろうなー」と、そう思ってしまいます。



さて、空港という機能は都市間競争が日に日に激しさを増す中において現代都市にとっては無くてはならない機能であり、空港の効率性こそが正に「都市の命運を握っている」と言っても過言ではない時代に我々は突入してきています。もっと言っちゃうと、都市が自身の空港との関係をどう戦略的に位置付けているのか?空港から市内まではどんな交通機関が利用可能で、どれくらいの頻度で運行され、何分で着くのか?等が非常に重要な問題として浮上してきているんですね。そしてこの様な都市へのアクセッシビリティは確実に我々の「生活の質」に影響を与え始めてすらいます。

この様な観点に立脚しつつ、当ブログでは事ある毎に各都市のアクセッシビリティ評価というものを試みてきました(地中海ブログ:都市化する空港と効率指標としてのアクセッシビリティ)。と言う訳で、今回はコペンハーゲンのアクセッシビリティ評価をしてみたいと思います。



先ずコペンハーゲン国際空港においては、空港に到着して税関を出た直ぐの所に電車乗り場があります。しかも地下鉄、バス、タクシーと、コペンハーゲン市内まで行く手段は全部整ってますね。今回は電車を選んだのですが、市内までの料金は36,00 DKK、つまり日本円で500円あまり(2012年1月現在)。これは安い!



とか思いつつ、電車を待っていると直ぐに来た。しかも時刻通り!どうやら空港とコペンハーゲン市内を結ぶ電車は15分おきくらいに出てるそうです。電車の外見は素晴らしく汚かったんだけど(笑)、車内は清潔そのものに保たれていました。こういう時、一つの指標となるのがトイレの清潔度だと思うんだけど、デンマークの車内トイレ、もうピカピカ!「さすが北欧」とか思ってたら、何かアナウンスが流れてきた:

ポンポンパンポーン、もう間もなくコペンハーゲン中央駅です」

「あ、あれ?未だ10分ちょいしか経ってないよ?」。そ、そーなんです!実はコペンハーゲン国際空港からコペンハーゲン中央駅までは何と所要時間10–15分程度で着いてしまうんですね。これは早い!今まで僕が見てきた中でも最高ランクに位置する程のアクセッシビリティの高さです。その近さに加え、頻度は10−15分おき、値段は500円程度‥‥ハッキリ言って今までナンバーワンの座を守ってきたフランクフルト国際空港と同等と言っても過言ではありません。 



さて、今回は特別編として、コペンハーゲンとスウェーデンを結んでいるスンド海峡を渡ってみる事にしました。何故なら公共交通機関のインフラ整備とその効率性こそ、エレスンド・リージョンの要だと思われるからです。


上の写真はコペンハーゲン中央駅

先ずはコペンハーゲン側からスウェーデン側の中心的な都市、マルメ(Malmö)へと電車で移動してみる事にします。僕が電車に乗ったのが午後17時過ぎ、と言う訳で外はもう真っ暗。本当なら見る事が出来る、両国間を繋いでいる欧州一長い橋も何も見えない‥‥(悲)。その代わりと言っては何だけど、車内を見渡すと、明らかに仕事帰りの人達でごった返しているのが分かりました。つまり皆、コペンハーゲンで働いて、住宅価格の安くて福祉が整っているマルメ(スウェーデン)に暮らしてるって事の現れだと捉える事も出来るんですね。

この問題については統計を取った訳ではなく、あくまでも僕が電車に乗り合わせた際の感想でしかないので詳しい事は言えないのですが、一つだけハッキリした事、それは2カ国間を渡る際にはパスポートチェックも何も無かったという事です。まるで普通の電車に乗ってるみたいに、すんなりとスウェーデン側へと入れてしまいました。つまりは2カ国間を移動する際の障壁や煩わしさはゼロだったという事です。

そして翌日、今度はエレスンド・リージョンを上の方で結んでいる公共交通機関を試してみる事に。こちらの方は、今回僕が滞在しているHelsingborgから対岸のHelsingorまでフェリーで渡る事となります。



Helsingborg側のフェリー乗り場は電車の駅と一緒になってるんだけど、この駅のデザインが結構目を惹いたかな。フェリーは片道35SEK、日本円で約400円くらい。このフェリーは約15分おきに出てるみたいです。



フェリー乗り場に到着して待つ事5分、「船が着いたよー」みたいなサインが出て、デッキを渡ってフェリーへと乗り込みます。



思えば船に乗るのも結構久しぶり。動いてない船の上で欧州委員会の人達と船上ディナーっていうのは2年くらい前にあった気がするけど(地中海ブログ:ロンドン出張その2:船上ディナー)、動くフェリーに乗るのは10年くらい前にジブラルタル海峡を見ながらモロッコへ渡った時以来かも。という訳で、船に乗るっていうだけで結構ドキドキしてきたりする。で、乗ってみてビックリ!



豪華客船並みじゃないですかー!す、凄い!カフェやレストランは勿論の事、お土産コーナーの充実振りとか目を見張るばかり!勿論、船内は清潔そのもので、デザインも細部までゆき届いています。



って、その豪華さに目を奪われてたんだけど、あ、あれ、ここでもパスポートチェック無かった‥‥普通に乗船してしまいました。



面白かったのは、やっぱり船の上というのは、何処の国にも属していない様な、ある意味無国籍な曖昧な空間なので、カフェやレストランなどの料金表示はデンマークとスウェーデン両方の通貨表示がしてあった事ですね。



自由席だったので、勿論陣取った席はど真ん中の一番前!で、ちょっと見てください!



まるで宇宙戦艦ヤマトの操縦席並みじゃないですかー!ガラスと窓枠が「くの字」にカクカクって曲がったその全面ガラス張りの操縦席からは見事な地平線が見渡せます。



今日は空が冴え渡ってて、気持の良いくらい青い空が高い!!そして到着〜。



こちらでも普通に船を降りて、普通にデンマーク側の駅へと入って行けました。つまりパスポートチェックも何も無し!ちなみにココまでの所要時間は20分弱。

これは凄い!エレスンド・リージョンの要、両国間を結ぶインフラの利便性は噂以上でした。この様な非常に効率の良い利便性があるからこそ、人々が2カ国間を自由に行き来し、この地域を一体とする事に成功しているのでしょうね。そしてこの様なインフラの存在こそ、地域を一つに纏め上げる事によって「一つの都市だけでは決して創り出す事の出来ない競争力」を創出するシティ・リージョンという考え方を担保している「縁の下の力持ち」なのです。

これらの事は勿論書籍で読んで知ってはいたんだけど、知識というのは実体験してみて初めて自分の血となり肉となるのだと思います。そういう意味において、今回の体験は僕の人生にとって掛替えの無い出来事であり、この上ない財産となったと思います。
| 都市戦略 | 07:13 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
グラシア地区歩行者空間計画BMW賞受賞
大変嬉しいニュースが飛び込んできました。以前僕が担当していたバルセロナのグラシア地区歩行者空間計画がBMW賞を受賞しました!BMW賞というのは、優れた都市計画などに贈られる賞として、都市計画のメッカであるバルセロナは勿論の事、スペイン中の建築家や都市計画家達が「今年はどのプロジェクトが選ばれるんだろう?」と、固唾をのんで見守っている賞の事なんですね。この賞が何故これ程注目されるのかというと、その年の受賞プロジェクトが、ある種の「モデル」として、他の都市のお手本にされるという背景が少なからずあるからです。



グラシアの歩行者空間計画については今まで散々書いてきたのですが、手短に言うと、自動車の排気ガスや騒音に塗れまくっていた地区を歩行者中心で緑溢れる地区に変えちゃおうっていう、当時としては大変画期的な計画の事です(地中海ブログ:グラシア地区祭り:バルセロナの歩行者空間プロジェクトの責任者だったけど、何か質問ある?)。まあ、それが故に、当時は近隣住民からの反対が凄くって、毎週末の様にデモが行われたり、「バルセロナ市役所は何も分かってない」みたいなプラカードを乱立させられたりと、計画が終わる直前まで気が気で無いプロジェクトでした。

その後、アスファルトの舗装や信号機の調整、そして植栽など全ての計画が完了した後の歩行者の実態調査とその分析も引き続き僕が担当してたんだけど、その調査結果によると、このエリアを訪れる歩行者と自転車の数が劇的に増加して、更に個別インタビューを行った所、近隣住民を始め、商店の人達などの満足度が以前に比べて伸びている事などが分かってきました。当然と言えば当然で、と言うのも、歩行者が増えれば商店の前を通る人の数が増加し、それだけ売り上げに結び付く「可能性」が高まるからです。

この計画を皮切りに、バルセロナ市内では22@地区の歩行者計画(地中海ブログ:22@地域が生み出すシナジー:バルセロナ情報局(Institut Municipal d'Informatica (IMI))、バルセロナ・メディア財団(Fundacio Barcelona Media)とポンペウ・ファブラ大学(Universitat Pompeu Fabra)の新校舎)、そしてヨーロッパにおいて最もサステイナブルな都市の一つとして知られている(というか、日本ではさっぱり知られていない)バスク地方のビトリア市でも、次々とこの歩行者空間計画を採用し始め、僕もこれらの計画に駆り出される事となったんだけど、ビトリア市の計画なんかは今思い返してみても「結構良く出来てたなー」なんて思ったりしちゃいます(地中海ブログ:フランクフルト旅行その3:広告としての緑の都市計画)。



都市内を歩行者空間にするだけでなく、都市を取り巻く様に「緑の指輪」を創り出す事によって、都市の境界を明確にすると同時に、際限無いアーバニゼーションを抑制しつつ、更にはそのエリアを緑溢れる公園として解放するという計画を立案、そして実施したんですね。

これらの計画に見られるように、今、ヨーロッパの諸都市では明らかに自動車を都市から追い出し、そして歩行者中心の都市に移行していこうという意図が見られます。勿論これはそんなに簡単な話ではなくて、自動車というのは(ある意味)都市経済を回しているモーターでもある事から、それをあまりにも排除してしまうと、今度は都市の経済活動が停滞してしまうという、ある種の矛盾をも抱えているからです。

故に歩行者空間を計画する際に重要だと思われるのは、都市という大きな枠組みの中において、「どの地区をどういう位置付けにしたいのか?」という、都市全体から見た時の都市戦略だと思います。それが全てであり、今までのバルセロナの都市計画における成功の鍵はそこにあったと言っても過言では無いと思います。

何はともあれ、嬉しいニュースでした。

追記: バルセロナのレストラン情報で書こうかと思ったけど、書く程でもないのでココに書いちゃおう。昨日友達に連れて行ってもらったレストランで、生まれて初めてエスカルゴを食べました:



初めは、「ぎゃー」とか思ったんだけど、食べてみたらこれが意外に美味しかった。普通のエスカルゴみたいに大粒ではなくて、カタルーニャ特有の小さいサイズのカタツムリ。バルセロナに来られたら、一度試されてみるのも悪くはないかも。
| スペイン都市計画 | 07:48 | comments(10) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
ユーロビジョン2011(Eurovision)その2:超ダークホースのアゼルバイジャン(Azerbaijan)優勝
前回のエントリでお伝えした様に、昨日の晩はユーロビジョンを巡り、欧州在住組みのTwitter上では白熱した議論が繰り広げられ(って言っても、「スウェーデン代表カッコイイ」とか、「モルドバ代表、マジ受ける」とかその程度(笑))、非常に充実した時間を過ごす事が出来たのですが、4時間にも及ぶ生パフォーマンス&(かなり政治的な)投票を経て今回優勝の栄冠に輝いたのは、何と、アゼルバイジャンと言う、多くの日本人にとっては全く聞いた事が無い国だったんですね。

アゼルバイジャンと言う国はカスピ海の西南に位置する人口約800万人程度の旧ソビエト連邦の共和制国家で、Wikiによると:

“アゼルバイジャン共和国(アゼルバイジャンきょうわこく)、通称アゼルバイジャンは、カフカス地方に位置する旧ソビエト連邦の共和制国家。北はロシア、北西はグルジア、西はアルメニア、南はイランと国境を接し、東はカスピ海に面する。アルメニアをまたいで西南方に飛地のナヒチェヴァン自治共和国があり、アルメニア、イランおよびトルコと接している。首都はバクー。”

と言う国らしいです。で、そんな国が優勝するなんて誰も思ってなくて、こう言っちゃなんだけど、完璧なるダークホースだったと思います。つまり競馬で言うと万馬券(笑)。で、笑ったのは、アゼルバイジャンの優勝が決まった瞬間、Twitter上で、

 「アゼルバイジャンおめでとう。でも、来年、ユーロビジョン開催出来る経済力あるの?」

って言う意見が出てた事かな(笑)。それに対して僕が返信したのが:

「今頃、アゼルバイジャンの首脳達真っ青」

みたいな(笑)。 で、調べてみたら、どうやら、アゼルバイジャンと言う国は、油田があるらしく、それがソ連崩壊や紛争などで落ち込んだ経済を支えているらしい。コレ又Wikiによると:

“・・・こういった欧米の直接投資と原油高に伴う多額の収入が国内の経済を急速な勢いで成長させているが、一方で激しいインフレと失業率に悩まされている。また、環境汚染も深刻である。 国内の労働市場は経済状況に比べれば不安定でIDP(国内避難民)も多く抱える同国の国民生活は決して経済成長率を反映しているとは受け取れない。また2013年ごろに一人当たりのGDPがカザフスタン同様に100万円台になる予想がある。”

と言う事らしいです。現在アゼルバイジャンの一人当たりGDPランキングは世界第75位。前後に位置している国々を見てみると、コロンビアとか、モルディブとか、ベルラーシとか、そんな国々が名を連ねるグループに入っています。うーん、ユーロビジョン2012、開催は今年に引き続きドイツとかになったりして(苦笑)。

ドイツと言えば、今回のユーロビジョンを見ていて驚いた事が2つあって、一つ目はドイツ代表が前回に引き続きLenaちゃんだった事です。Lenaちゃんと言えば一年前は、ユーロビジョン開催の4ヶ月前にオーディション番組から抜擢され、その初々しさで見事優勝を手にしたシンデレラガールだったんだけど、今年はかなり大人っぽくなってましたね。

2つ目は、各国の代表選手達のパフォーマンスの前に、その歌手についての30秒程の紹介が入るんだけど、そのナレーションが読まれている間、その内容とは全く関係が無いドイツ各都市の宣伝映像が流れてた事です。つまり、「次の歌手はスペインのルシアちゃんで、スペイン語で元気にQue me quiten lo bailaoと言う歌を歌います。」みたいな紹介が流れる中、何故かバックにはベルリンの街の風景やドイツ名物、フランクフルトを美味しく頬張る若者達が写ってたりすると言うミスマッチ!「さすがドイツ、ちゃっかりしてるなー」とか思ってたんだけど、その中でケルンの都市紹介映像が流れてた時の事、若いカップルがライン川に掛かる橋に、まるで願掛けか何かの様に南京錠をかける映像が出てきて、そこには何百と言う南京錠がかけられてる映像が僕の気を惹きました。

 

「あれ、なんだろうなー?」とか思ったので、

 「歌と歌の間にしつこいくらい入ってるドイツ各都市の宣伝の中で、ケルンの橋に妊娠中のカップルが鍵をかけるシーンが出てきて、そこには沢山の鍵がかかってたんだけど、あれはドイツでは何か願掛けか何かなのかな?」

って言うツイートをしたら、ドイツ在住の方から:

 「ケルンの鍵の話です:コチラ

って言うツイートが直ぐに返ってきた。ヘェー、ドイツではそんな事が行われてるんですね。ロマンチックじゃないですかー!!そして、そんな疑問をリアルタイムに解決してくれるTwitterにも脱帽。

さて、ユーロビジョンと言えば、もう一つの見所は各国投票における政治票の行方なんだけど、これがモロ予想出来まくっちゃって、面白いんですよね。昨日の場合はロシアの投票から始まったんだけど、最高点(12点)はいきなり隣国のアゼルバイジャンへ入れるって言う具合で、無茶苦茶笑えます。今回面白いなと思ったのは、前回同様、ドイツとベルギーがギリシャに票を入れてた事でした。ドイツは10点、ベルギーは8点入れてました。そして逆にギリシャはフランスに最高点を入れてましたね。つまり、「サルコジ〜、助けてー」みたいな(笑)。更に面白かったのは、ポルトガル、スペインそしてイタリアなど、欧州のお荷物は互いに助け合ってましたね。

意外だったのが、ユーロビジョンの数日前に起こってしまったスペインの地震に対する応援メッセージみたいなのがあるのかな?とか思ってたんだけど、それ関連は見かけませんでしたね(地中海ブログ:速報:スペイン南東部(Lorca)で地震発生)。「もしかしたらこの問題は他国では余り問題にはなってないのかも」とか思ったりして。

まあ、とにもかくにも、こうして無事に幕を閉じたユーロビジョン2011。来年は一体どんなドラマが展開されるのか?今から非常に楽しみです!
| サブカル | 04:49 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
カタルーニャ州政府がスペイン初となる公共空間における売春を取り締まる規則を検討中らしい
先週の新聞に、「カタルーニャ州政府が公共空間における街頭売春を取り締まる規則を検討中」との記事が載っていました(La Vanguardia, 15 de Abril 2011)。何気ない1/4ページ程度の記事だったんだけど、「これって、スペインでは結構画期的な事だよなー」とか思ったんですね。まあ、そんな事思って読んでたの、僕くらいだと思うんですけどね(笑)。

ヨーロッパにおける売春の現状については以前のエントリで詳しく書いたのですが、スペインでは売春は違法ではありません(地中海ブログ:ヨーロッパの人身売買(Human Trafficking):スペインの場合)。では合法か?と言うと、そうでもなく、その中間を行くグレーゾーンと言う扱いになってるんですね。だからスペインでは売春を取り締まる法律なんかも当然無い訳で、郊外に大型売春宿を経営しているおっちゃん達の言い分って言うのは大体こんな感じ:

 「私達は売春クラブを経営している訳では無くて、ただ単に飲食店を経営しているだけ。そこへ勝手に下着姿の女の子が入って来て、飲み物を頼んで、これまた客として入って来た男性と自由恋愛をしているだけで、うちには全く関係ないよー」

みたいな(笑)。

こんな状況だから警察もよっぽどの事が無い限りお店に踏み込む事も売春を取り締まる事も出来ないんだけど、そんな曖昧な状況を利用してスペインでは最近、売春クラブが続々とオープンしていて、カタルーニャでも数ヶ月前、ダリ美術館がある事で有名なフランスの国境近くの町、フィゲラス周辺にあるLa Jonqueraと言う町に、ヨーロッパ最大となる売春宿がオープンしたばかりでした(フィゲラスについてはコチラ:地中海ブログ:知られざる美術館、ダリ宝石美術館:動く心臓の宝石はダリの傑作だと思う)。

まあ、そんな状況下にあるとは言っても、最近では「東欧から騙されて連れてこられた少女達が数十人、中心市街地のウナギの寝床の様な、本当に酷い環境下に住まわされ、売春を強要されている」と言うニュースがちらほらとメディアを賑わす様になり、「彼女達を救う為に警察が踏み込んだ」と言う記事もちょっとずつ見かける様になってはきましたけどね(地中海ブログ:バルセロナの中心市街地で新たな現象が起こりつつある予感がするその3:街頭売春が引き起こした公共空間の劣化)。

で、今回カタルーニャ州政府が検討している「売春を取り締まる規則」についてなんだけど、実はこれには先行モデルがあって、まあ、何時もの様に、フランス政府が検討中のモデルをそのまま移譲しようとしていると言う事らしい。ちなみに現在のフランスでの売春の扱いは「ほぼ違法」と言う事になっていて、中間業者などが女性を搾取している場合などは違法で、個人の意志で売春している場合は合法と言う扱いだそうです。

フランスの売春と言えば記憶に新しいのが、「ソルボンヌに通う女学生が学費を稼ぐ為に売春している」と言う記事が数年前スペインの新聞を賑わした事があって、「え、名門、ソルボンヌの学生が!」みたいな感じで、スペイン社会全体に衝撃が走った事がありましたが、こんな事が可能なのも、「個人の意志を尊重するフランスならではなのかなー?」とか思ってしまいます。逆に「96時間」と言う映画の中では、パリに観光に来たアメリカ人学生が東欧マフィアに攫われ、強制的に売春をさせられている様子が生々と描写されていました。この種の映画としては、アメリカ映画、Human Traffickingなどがあるのですが、最近この手の映画が続々と出てきたと言う事は、「この様な事が増えているので気を付けてください」と市民に警告すると言う意味もあるのでしょうね。

 

このような状況の下、フランス議会の左派と右派が珍しく一致して推進しているのが売春取締法だと言う事なのですが、実はフランスが導入しようとしているこの法律にも先行モデルが存在します。それがスウェーデンが1999年から実際に導入している法律なんですね。

「スウェーデン?性関係?どっかで聞いた様な・・・?」と思った人は結構勘がいい。そう、日本が海老蔵事件に沸いている年末に、海外で大問題になっていた、ウィキリークス創設者のアサンジ氏がレイプ告発されたのがスウェーデンでした。で、あれって、何で告発されたかって、ナンパした2人の女性とセックスした時に「コンドームを付けなかったから」って言うのが、その告発理由なんだけど、どうやらスウェーデンでは女性の求めに応じてコンドームを付けなければ罰則を与えられると言う、大変厳しい規律が存在するそうです。そんなスウェーデンでは、売春に関しても当然の如く法律が存在していて、この場合は売春婦ではなく、そのサービスを買ったクライアントに対して罰則が科せられるんだそうです。

売春って世界最古の職業って言われていて、僕達の社会が向かっているエンターテイメント型社会においては絶対に避ける事が出来ない「闇の部分」だと言う事が出来ると思います(地中海ブログ:フランクフルト旅行その1:フランクフルト(Frankfurt)に見る都市の未来)。そしてそれら売春を必要悪と捉え、売春婦の労働環境の整備、健康管理などを通して、売春を合法化する事によってコントロールしていこうとしているのが、ドイツやオランダ,そしてベルギーなどなんですね(地中海ブログ:ヨーロッパの人身売買(Human Trafficking):スペインの場合)。

逆に今まで態度をはっきりとしてこなかったのが、フランスやイタリア、そしてその中でも最も酷いのが我が国スペイン!最近スペイン政府が発表した報告書によると、スペインでは売春は一日で約5千万ユーロ(日本円で約55億円)程度のお金が動く闇産業である事などから、法の網を掻い潜って東欧マフィアなんかにいい様にやられてきたんだけど、この状況が今回の取締法導入によって果たしてどう動くのか?要注目です。
| バルセロナ都市 | 19:14 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
今回のチュニジアやエジプトの暴動で一番得をしたのは誰か?→スペインじゃないの?って話
一昨日、クリントン米国務長官が、ジュネーブの国連人権理事会の演説の中において、リビアのカダフィ氏に、「撤退しなさい」的な発言をしている映像が繰り返し報じられていたのですが、全世界に配信されていたそれらの映像を見ていて、「あれ?」って思った人、結構多いんじゃ無いでしょうか?と言うのも、その演説の背景となっていたカラフルな天井の方にかなりの注目が集まり、「あれデザインしたの一体誰?」って言う議論が一部で沸き起こっていたからなんですね。僕の所にも、Twitterやメールを通じてかなりの数の質問が届いていたくらいです。



上の写真が今回問題となっている天井なんだけど、この素晴らしくアーティスティックな天井、実はですね、これをデザインしたのはカタルーニャ出身の現代アーティスト、ミケル•バルセロと言う芸術家なんですね。今やスペインと言う枠を通り越して、現代ヨーロッパを代表するアーティストと言っても過言では無い彼の活動については、以前のエントリで詳しく紹介した通りなんだけど、そんな彼の作品が国連欧州本部の人権理事会(Human Rights and for the Alliance of Civilisations at the United Nations, Geneva)本会議場「Room XX」の天井装飾に採用されていると言う事は、カタラン人達のちょっとした自慢となっています(地中海ブログ:スペインを代表する現代アーティスト、ミケル・バルセロ(Miquel Barcelo)の展覧会:La Solitude Organisative)。そして現代社会の中において、これ程効果的な「都市の広告」は無いと言っても過言ではありません(地中海ブログ:フランクフルト旅行その2:未来都市としての広告都市など)。何故なら国際会議が開かれる度に、全世界にこの天井が「これでもか!」って言う程配信されるのですから。しかも国連と言うお墨付き&圧倒的なポリティカル•コレクトネスの名の下において。

そんな事を思いつつ今回のニュースを見ていた訳なのですが、その時僕の心の中に、ある一つの仮説が浮かび上がってきました。それは単純化して言えば:

「今回のチュニジア、エジプトの暴動騒ぎの中において、一番得をしたのって、実はスペインなんじゃないの?」

て言う事なんですね。


一見、突拍子も無い提案の様に聞こえるかもしれないんだけど、実は先週偶々読んだ小さな新聞記事が僕の頭の片隅にずーっと残ってて、今回のミケル•バルセロの「都市の広告」を見た瞬間に、ある一つのアイデアとして定着したと、まあ、こういう訳なんです。その新聞記事の内容って言うのは、今年の1月にチュニジアを発端に引き起こされた暴動とその拡散による影響などから、エジプトやモロッコなどへ旅行に行くはずだった人々が観光地の変更を余儀なくされ、結果としてカナリア諸島やバレンシアなど、スペインの地方を訪れる人が増大していると言う内容のものでした。

「そ、そうなのかー???」とか思って、詳しいデータを見てみると、確かに今年の1月にスペインを訪れた観光客の数は約266万人に上るそうで、この数字は2010年の同じ時期に比べて4.7%増を示しているんだそうです。特にその増加傾向が顕著だったのが、エジプト旅行を計画していた人達が、こぞってカナリア諸島に目的地を変更していたり、この時期フランス人達に最も人気のあるチュニジアの代わりに、「太陽とビーチ」を求めてバレンシアなんかを訪れると言う現象が起こっているのだとか。ちなみにバレンシアは、昨年の同じ時期と比べて、何と20%近くも観光客が増加しているんだそうです。

未だに混乱が続いているアラブ周辺諸国、そしてそれに伴うオイルショック、更に米国なんて、世間的には余り知られてなかったムバラク政権との繋がりなんかが明るみに出てしまったりと、何か全く関係が無い所で被害を被ってたりするんだけど、そんな中、唯一得をしている国って、実はスペインなんじゃないの?とか思っちゃう訳ですよ。更に上述した様に、この様な混乱が長引けば長引く程、ジュネーブの国際会議場がテレビに何回も登場する事になって、結果として、コレ又、スペインの芸術家の宣伝になっちゃうって言う円環が永遠と続く訳なんですね。

まあ、棚ボタだけどね(苦笑)。


そう考えると、この時期、スペインのサパテロ首相が無理をしてまでもチュニジアなどを電撃訪問した裏の理由とかも見えてくる訳で、それはそれでかなり興味深い事だなー、とか思ったりもしちゃいました。

追記:

El Pais (21 de enero 2012)によると、エジプトやチュニジアなどアラブ周辺諸国は2011年を通して12%(北アフリカは12%、中東は8%)もの観光客を失ったそうです。反対に、それらの観光客が南ヨーロッパに流れ込んできて、ポルトガル(7%)、スペイン(8.1%)、ギリシャ(14%)、イタリア(6%)、トルコ(10%)の増加を示したという事でした。
| スペイン政治 | 06:50 | comments(2) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
大型イベント誘致戦略に見るエンターテイメント性と都市のイメージ:GSMA2011(Mobile World Congress2011)
今週バルセロナでは世界最大規模の携帯電話の祭典、Mobile World Congressが国際見本市会場にて行われていました。

この祭典、20年程前(1987年以来)から南フランスのカンヌを舞台に行われていたのですが、つい5年程前(2007年以降)からはその舞台をバルセロナに移し、この数日間だけは「地中海の首都」が世界中の携帯関連の研究者や起業家達の熱い視線を独占する事に成功しています。一応僕は今まで携帯電話関連の仕事をする機会が数回あり、スペインのNTTこと、テレフォニカと何度かプロジェクトを立ち上げた事があるのですが、それよりも何よりも、今回のイベントが僕にとって大変興味深いのは、「何故にバルセロナ市はこのイベントをそんなにも必死になって誘致しているのか?」と言う市政側から見た誘致戦略、もしくは都市戦略みたいな観点の方なんですね(それについては今までのエントリで散々書いて来た通りなので興味のある方はコチラ:地中海ブログ:バルセロナのイベント発展型都市戦略とGSMA2010(Mobile World Congress 2010)、地中海ブログ:バルセロナのイベント発展型都市戦略とGSMA(Mobile World Congress 2009))。

一言で言っちゃうと、4日間で5万人もの人を集めるイベント故に、そこに落ちるお金も半端じゃ無くて、この様な短期イベントを効率的に誘致する事が出来るかどうか如何によっては、かなりの見返りが期待出来ると、まあ、こういう訳です。ちなみに去年までのデータを並べてみるとこんな感じ:

2007

入場者数:
52千人
経済効果:
150億円

2008

入場者数:
5万5千人
経済効果:
170億円

2009

入場者数:
47千人
経済効果:???


2010

入場者数:
49千人
経済効果:
220億円

4
日間で220億円相当のお金が落ちるという事は、1日で50億円以上ですから、このイベントのインパクトがどれだけ強いかが分かるかと思います。では今年はどうだったのか?と言うとですね、何と今年は入場者数の新記録を更新し、4日間で6万人もの人々が訪れたと言う事でした。6万人ですよ、6万人!カンヌ時代の最高入場者数は35千人(34900人)と言う事ですから、5年間で倍近くになった訳ですね。詳しい経済効果のデータはまだ出てないのですが、「230億円を超える事は確実なのでは?」と見られています。

さて、問題はここからなんだけど、こんな「都市にとって大変美味しいイベント」を他の諸都市が放っておくはずが無く、再来年からの5年間の契約を巡って、もう既にヨーロッパの各都市がイベント誘致に動き出しています。候補となっているのは、パリ、ミュンヘン、ミラノそしてバルセロナの4都市なんだけど、一昨日の新聞に、これら各都市のホテルの数や一泊の値段、イベント会場の規模や位置、そして年間観光客数なんかの詳細データを比較した記事が載っていました(El Pais, 17 de Febrero 2011)。その中でも僕の目を惹いたのは2つのデータ、空港から市内へのタクシーの値段と気候条件でした:

パリ
オルセー空港−市内間:
27ユーロ
シャルル•ド•ゴール空港−市内間:
43ユーロ
2
月の気温は1−7度で月に9日程の雨

ミュンヘン
空港−市内間:
5060ユーロ
2
月の気温はマイナス4度から3度で、月に9日程の雨

ミラノ
マルペンサ空港−市内間:
60ユーロ
2
月の気温は08度で、月に7日程の雨

バルセロナ
空港−市内間:
24ユーロ
2
月の気温は712度で、月に5日程の雨

何故空港から市内までのタクシー料金が重要なのか?と言うとですね、市内へのアクセッシビリティと言うのは、「その都市の効率性を表す一つの指標」であり、ひいては「その都市の生活の質の豊かさを測る指標の一つ」と成り得ると思うからです(地中海ブログ:アムステルダム出張:如何に訪問者にスキマの時間を使って街へ出るというインセンティブを働かせるか?:スキポール空港(Schiphol Airport)の場合、地中海ブログ:フランクフルト旅行その1:フランクフルト(Frankfurt)に見る都市の未来)。

そういう観点で見ると、バルセロナとパリが機能的には優れてるかなとは思うんだけど、逆にミラノやミュンヘンの60ユーロって言うのは、ちょっと救いがたい気がする。まあ、携帯電話の祭典に来る人達って言うのは、自家用ジェットに乗ってくる様な人達なので、60ユーロって言うのは彼らにとってはコーヒー一杯くらいに考えてるのかもしれないんですけどね(苦笑)。

そしてこの都市のアクセッシビリティ以上に重要だと思われるポイントが、僕が今回注目したもう一つのデータ、都市の気候条件なんだけど、これはもう明らかにバルセロナが頭一つ抜けています。2月だから何処でも寒いのは当たり前なんだけど、バルセロナ以外はどの都市も0度に近いですからね。そして何よりも、ヨーロッパ中で雨模様が多いこの時期に、地中海が提供してくれる高く澄み切った青空は何ものにも代え難い気がする。

実はこれらの点って見落とされがちで、バカにされがちなんだけど、結構本質的な事なんじゃないのかな?今日の新聞には、これらの誘致を巡る4都市について、「参加者の声」みたいな感じで、海外からイベントに駆け付けた人達のインタビューが載ってたんだけど、その内の一人の意見が結構的を得てる様な気がしました:

「太陽、美味しいご飯、そしてバルセロナの人達とモデルニスモの建築群‥‥ここ数日間の体験は何者にも代え難い体験だったわ」

国際会議や国際カンファレンスで重要なのって、勿論、その都市の交通インフラがキチンとしてるか?とか、ホテルの数が確保されてるか?とか、そういう最低条件みたいなのは当たり前としても、それ以上に重要になってくるのは、その都市が提供してくれる「エンターテイメント的な要素」だと思うんですね。何故ならその様な国際会議や国際プロジェクトで一番重要なのは、プレゼンや会議の内容と同等に、ランチやディナー、そしてカフェでのおしゃべりだったりするからです。実はそういう所で大事な商談なんかが決まって行く事の方が多い様な気がする‥‥。そういう舞台にビーチがあったり、気持ちが良い程晴れていたり、もしくは美味しいワインと海産物が並んでたりしていたら、それらがポジティブに働く事はあっても、ネガティブに働く事は先ず無いんじゃ無いのかな?

その様な「良いイメージ」を植え付けられた人達が、自分の都市に帰って行き、同僚なんかに、「ねえ、会議どうだった?」とか聞かれて、「バルセロナ最高だった」なんて言うと、それがそのままバルセロナの広告に成る訳ですよ。正に実写版、ソーシャルネットワークによる広告なり(笑)。


まあ、それは冗談だとしても、都市のエンターテイメント性が、その都市にとっての大変重要な付加価値であり競争力になって行く事は間違いありません。何故なら僕達の社会は全てがエンターテイメントになって行く社会に向かっているのだから。そういう意味で言うと、バルセロナ程、競争力のある都市はナカナカ無いんじゃないでしょうか?ちなみにこの携帯電話の祭典が行われていた3日目の事だったのですが、バルサ対アーセナルの試合があり、バルセロナ中がこの試合の行方を見守っていました。そんな事も手伝って、今回の参加者達にはかなり良い印象を残したのでは?と思います。

次回の開催都市の発表は春先になるそうですが、何処の都市になるのか?今から非常に楽しみです!
| 都市戦略 | 07:11 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
スペインを旅行中の観光客の皆さん、9月29日はスペイン全土でゼネストが行われます:バルセロナを中心とするカタルーニャの場合
スペインを旅行中の皆さん、もしくは明日929日にスペインを訪れる予定の皆さん、要注意です!明日水曜日はスペイン全土でゼネストが行われます。それに伴い、都市内で大規模なデモ行進等が行われ、公共交通機関を始めとする都市機能の多くが麻痺する事が予想されています。ちなみにバルセロナを中心とするカタルーニャ地方では公共交通機関などの都市サービスは以下に示す最低レベルの活動に抑えられる事になっています:

1.
電車とバス
6:30-9:30と夕方17:00-20:00に限り地下鉄、バス、近郊鉄道などが25%運行予定。バルセロナ−ジローナ−タラゴナ−リェイダを結ぶ中距離鉄道は運行しません。

2.
空港
バルセロナ空港はスペインの諸都市と結ぶ飛行機を
10%運行し、バルセロナ−バレアレス諸島間は50%の飛行機を運行する予定。バルセロナとヨーロッパの諸都市(フランクフルト、ミラノ、チューリッヒなど)を結ぶ飛行機は20%程になり、大陸間を結ぶ飛行機は40%程度になるそうです。カタルーニャ地方のその他の空港(レウス空港、ジローナ空港など)は10%程の活動に落ち込むようです。

3.
教育
小学校では
6人に一人の割合で先生が出勤し、幼稚園では全体の25%の先生が出勤するそうです。

4.
医療
救急患者と入院患者のサービスは
100%保証されています。

ゼネストとは言うまでも無くゼネラルストライキの略で、労働環境の改善などの為に労働者が全国規模で団結し、経営者に対して「労働の組織的な拒否」を持って要求達成を目指す行動の事なんですね。今回のゼネストは、今月9日に国会で可決された労働関連法の改正案に反発する形で組織されたものなのですが、その改正法には退職金の削減や、失業保険の削減、又、従業員を以前よりも簡単に解雇しやすくなる規約などが含まれていました。これに対して当然のように反発してきたのが、労働者審議会などで、「29日のスト突入は当然の事」であり、「改正法は過去のスペインの民主政治の中で、最悪の形での労働者の権利の収奪だ」と言う姿勢で臨んでいる様です。

スペインでは民主化以降、現在に至るまで合計4回のゼネストが行われてきました。第一回目は当時の年金法改正に反対する為に1985年の620日に行われたもので、二回目のそれは700万人以上が参加した、当時の経済政策に反対する為のものでした(1988年の1214日)。3回目は1994127日に行われた、失業者が350万人に達した労働法改正に反対したもので、最後が2002年の620日に行われたアスナール政権の労働法に反対するものだったんですね。今回のゼネストは現在の労動左派政権であるサパテロ政権が発足してからは初めてとなるゼネストです。

ここ23日は当然の如くどの新聞も明日のゼネストに関する特集を組んでいるのですが、どうも見てると1994年のフェリペ・ゴンサレス政権下において行われたゼネストと、2002年、アスナール政権下で行われたゼネストに今回の状況を比較している記事を結構目にします。何故なら当時行われたゼネストが両政権の「終わりの始まり」を引き起こした、正に大きなキッカケを作ったと見られているからなんですね。つまりメディアの関心は、今回のゼネストが現サパテロ政権の終わりの始まりになるのだろうか・・・と言う事なんですけれどもね。

まあ、こんなスペインのゼネストなんだけど、僕は生れてこの方、ゼネストと言うものを体験した事がありません。日本に居た頃はそんなもの想像すらしていませんでした。(はっきり言って、日本の建築設計事務所と言うのは、ゼネストなんて事とは全く無縁の世界なんじゃないのかな?)と言う訳で、今は不安と期待が入り混じる、正にそんな心境なのですが、明日は日本人の目から見た、ヨーロッパのゼネストの風景をしっかりと目に焼き付けておこうと思っています。
| バルセロナ都市 | 19:02 | comments(2) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
ブリュッセル出張:ユーロシティとかEU-JAPANセンターとか
所用で先日からブリュッセルに来ています。僕が所用でブリュッセルに来るって事はその多くの場合が欧州委員会関連なんだけど、今日はちょっと違って、海洋関連のミーティングで来てるんですね。と言うのも、先日スペインのヒホン(Gijonで行われた欧州海洋記念日(European Maritime Dayの会議で知り合った人達とかなり意気投合してしまって、「じゃあ、一度遊びに来い」とか言ってくれたので本当に来てしまったのでした(地中海ブログ:ヒホン(Gijon)その2European Maritime Day(欧州海洋記念日):フェリペ王子(アストゥリアス公(Principe de Asturias)とラボラル文化都市(La Laboral ciudad de la cultura。ディレクターの方はイタリア人だったんだけど、多分、彼的にはその場のノリで言ってたっぽい・・・。僕が本当に来るなんて思ってなかったんだろうなー(笑)。

さて、今回は彼の事務所で待ち合わせをしたのですが、その事務所が入っているというビルに着いてビックリ。



なんか、見た事ある名前ばかりがズラーっと並んでるじゃないですか!EU-JAPANセンター・・・なんか聞いた事あるような、無いような・・・。そしてユーロシティ!でもユーロシティってEUROCITIESじゃなかったかな?何かロゴもちょっと違った様な気がしないでも無いけど、まあ、いいや。

「ユーロシティとは何か?」と言うとですね、EUの中における都市の発言権の拡大やEUの都市政策に影響を与える為のロビー活動、そして情報交換をしあう欧州主要都市間におけるネットワーク組織の事です(説明終わり)。まあ、つまり、国民国家の枠を飛び越えて、EUと都市が直接結び付くって言う、バルセロナなんかが好きそうな、アレの事です(実情はもっと複雑だけど、その話は又今度)。現にユーロシティは1986年にロッテルダムで設立されているのですが、当初の設立メンバーの中にはバルセロナが入っています(設立メンバーはロッテルダム、リヨン、ミラノ、フランクフルト、バーミングハムなど6都市)。

思わぬ収穫に喜びつつミーティングもつつがなく終わったので、今回のブリュッセル出張で唯一の楽しみだったランチへゴー!ブリュッセルへ来る時は大抵の場合、欧州委員会のビルの中でネットワーキングランチとか、そんなのばかりなんだけど、今回のランチは自由に出来る事が分かっていたので、来る前に目ぼしいレストランを見つけておいたんですね。それがココ:



ベルギー王立美術館(Musees royaux des beaux-arts de Belgiqueの直ぐ裏手の教会の前にあるLa Tour dY Voirと言うレストランです(地中海ブログ:ベルギー王立美術館(Musees royaux des beaux-arts de Belgique)のピーテル・ブリューゲル(Pieter Bruegel de Oude)とかバベルの塔と)。

コンタクト
Address:Place du Grand Sablon 8
Tel: 02.5114043




レストランの入り口は洞窟の様な空間の奥の奥にある階段を上った2階にあります。かなり窮屈で急な階段なんだけど、そこを上りエントランスを入った所に広がっている空間がコチラ:



ちょっと外からは想像も出来ない様な、静かで落ち着いた雰囲気の空間が広がっているんですね。ナカナカお洒落!で、早速メニューを渡されたんだけど、どうやら日替わりランチがあると言う事でそれを頼む事に。で、今日の一皿目がコチラ:



ハムが乗ったサラダです。実は日替わりランチメニューはウェイターの人が口頭で説明してくれるだけなので、ごく基本的な事しか覚えてない・・・サラダかスープか?肉か魚か?みたいな(笑)。なんて言ったって、僕の英語は、なんちゃってイングリッシュですから(笑)(地中海ブログ:2010年、今年最初のブリュッセル出張その2:バイリンガルを通り越してトリリンガルになる日本人達:なんちゃってトリリンガルが変えるかもしれないヨーロッパの風)。で、本日の二皿目がコチラ:



焼き魚です。勿論何の魚なのかは不明(笑)。でも、非常に美味しい!見た目は油タップリで重たそうな感じがするんだけど、実はそんな事も無く、量も適当で非常に満足な一品でした。そして今日のランチで何より良かったのがコチラです:



このパン、焼きたてのフワフラだったんですね。ちょっとビックリした。余りにも美味しかったので、2つも食べちゃいました。そして今日のデザートがコチラ:



カスタードクリームの表面を焼いたプリンみたいなものです。まあ、言ってみれば、僕達にはお馴染みのクレマ・カタラーナなんですけどね。チョコレートを期待していたのですが、このカスタードクリームもナカナカのものでした。そして締めは勿論コーヒーです。このランチが飲み物込みで18ユーロ。非常にゆったりと落ち着いて食事が出来る雰囲気の事を考えれば、この価格は適正価格だと思います。

「満腹、満腹」と表へ出た時、ある事に気が付きました。ここへ来た時はお腹がすいていた事もあって、あまり気にも留めてなかったのですが、教会の裏手側の公共空間が車の駐車場として使用されていると言う事に気が付いちゃったんですね。



この風景は悲し過ぎる!!折角、ほど良い空間があるんだから、車を追い払って歩行者優先の公共空間にし直すべきですね。美術館の直ぐ裏手&主要道路から一本入った所にある、静かなパブリックスペースでゆっくりとカフェ・・・なんて、結構魅力的な空間になると思うんだけどなー。どうですかね、ブリュッセル市役所の皆さん?
| 仕事 | 21:30 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
グローバリゼーションの中における現在のナショナリズムについて:ワールドカップとカタルーニャ新自治憲章案
奇しくも今週のバルセロナでは、ワールドカップ、そしてカタルーニャ新自治憲章案という2つの全く違ったテーマを軸に、グローバリゼーションの中におけるナショナリズムとは一体何なのか?と言う事を考えさせられる良い機会に恵まれています。

今週水曜日にスペイン代表がドイツ代表を下してからというもの、カタラン人達のおしゃべりにおいてワールドカップの話題が出ない日はありません。面白いもので、普段は絶対にサッカーなんて見ない様な女の子達まで「プジョールかっこいい」とか言ってるのには驚きました(笑)。まあワールドカップというのは、現在のグローバリゼーションが進行する世の中において、国民が一丸となって自国を応援する事が出来るナショナリズムをくすぐる場であると言う事を考えるとそれ程驚きではないんですけどね。そんな中での今回ちょっと異色の事件:



日本でも話題になっているタコのパウル君です。実はパウル君、今までのドイツ代表の試合結果を全て当てているらしく、今週行われたスペイン対ドイツの試合も「スペインの勝ち」と予想していた事から、「負けたのはパウルのせいだ!パエリアにしちゃえ!」とか八つ当たりされているらしい。そんな因縁をつけられたパウル君を守る為にスペインのサパテロ首相が「食べないで!」と声明を発表したくらいなんだけど、僕的にはドイツ人の頭の中に、「タコ=海産物=スペイン料理=パエリア」っていうイメージの連鎖がある事の方が興味深かったですけどね。個人的にはどうせタコ料理にするんだったら、ガリシア風タコ煮の方が絶対お薦めだと思うんだけどなー:



ガリシア風タコ煮(詳しくはコチラ:地中海ブログ:バルセロナの食べ歩き方:この値段のガリシア料理にかけてはバルセロナ1じゃないかと噂のレストラン:Meson a Cada da Veiguela

さて、サッカーが国家や国民にとってどれ程重要なのか?もしくはどういう意味を持っているのか?と言う事は、今回のワールドカップの勝敗が原因で各国で起こりつつある大事件が何よりも明快に物語っていると思います。例えば日本でも良く報じられている様に、フランス代表団の内輪揉めが原因で、チームが内部崩壊した事に対する責任説明を、代表団の監督が公の場で求められたと言うのは、あたかも国家レベルの政治的な大事件の様相を呈しているかの様です。

もしくは(こちらは日本では全く報じられてないのですが)ナイジェリアの大統領、Goodluck Jonathan氏がナイジェリア代表の結果が余りにも酷かった為に、大統領自らの命で、今後2年間の国際試合を禁止したと言った事がありました。その裏には、つい先日就任したばかりの現政権のイメージを保つ為の施策であると見る動きもあるんですね。

一転、スペインではどうかと言うと、スペイン王室挙げて全面的に応援に回っており、水曜日に行われた準決勝にはスペイン王妃が直々に南アフリカまで応援に駆けつけていたくらいです。更に試合後には王妃自ら選手の控え室まで労をねぎらいに行ったそうなんだけど、その時、プジョールは着替えの真っ最中で、王妃の前でタオル一枚だったというオチまで付いていました(笑)。


サッカーとナショナリズムの関係については社会学の分野で結構研究が進んでて、良く知られている所なんかでは、オランダ人の社会学者Van Houtum y Van Damの研究なんかが有名ですね。もしくはイギリスの社会学者、Richard Giulianottiなんかはこんな事を言っています:

「サッカーと言うのは、世界の中において自国のアイデンティティの輪郭を定める教育やマスメディアと同様に、最も重要な文化的制度の一つである」

“una de las grandes instituciones culturales, como la educacion o los mass media, que da forma y cimenta la identidad nacional a lo largo del mundo”

もしくはトルコのノーベル賞作家、Orhan Pamukなんかは、トルコにおけるサッカーの地位について、

「(サッカーに関する話題は)ナショナリズム、外国人排他、そして権威に関する論争や思考を生産する機械と化している」

“Habia convertido en una maquina para la produccion del pensamiento nacionalista, xenofobo y autoritario”

と語っている程です。

僕が2006年にフランクフルトへ行った時の事、教会の側にあった小さな美術館(名前忘れた)でちょっとした特別展が開かれていて興味深く見てたんだけど、その展覧会の意図は「サッカーというのは現代の宗教である」みたいな事が言いたかったのかなー?とか思ってた事を今でも覚えています。国旗を模したカラフルな衣装や、顔に様々な模様を描いている様子なんて、未開の地の民族のお祭りを彷彿とさせるものがあるように思えてなりません。エリアーデとか生きてたら、喜んでその辺の関係とか研究したのではないのでしょうか?

さて、そう言った流れがある一方で、全く偶然なんですが、この数日というもの、カタルーニャではカタルーニャナショナリズムが近年稀に見るような勢いで盛り上がりを見せています。その引き金となったのが、先日、憲法裁判所から返答があったばかりのカタルーニャ新自治憲章案についての回答だったんですね。

「カタルーニャ新自治憲章案とか何か?」と言うと、(簡単に言えば)、カタルーニャ州の権限を最大化しようと言う、州レベルで定めた憲法のようなものの事なんですね。元々カタルーニャ州は最初の自治憲章をフランコ独裁後の1979年に制定しているのですが、今回の親憲章案はそれを改訂&強化する形で提案されたものとなっています。その中にはカタルーニャ国民を認めるか?と言う問題や、言語や教育の問題など、欧州ースペインーカタルーニャの基本的な関係を築く上で大変重要な問題が数多く含まれている事から、長い間、カタルーニャとスペインの間で激論が交わされてきたと言う訳なんです。

しかしですね、今回、憲法裁判所から帰ってきた回答を見て、カタルーニャ州政府大統領初め、多くのカタラン人達はガッカリ。何故ならカタルーニャの社会政治状況を良くするはずの新法案が、蓋を開けて見れば全くかけ離れた内容のものとなっていたからです。そして遂にカタラン人達がブチ切れた!そんなこんなで、今日午後6時から、国を挙げてのデモが目論まれていると、まあ、こういう訳なんです。では、今からそのデモに行って来たいと思います。その結果は次回のエントリで!!
| バルセロナ歴史 | 22:17 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
エンリク・ルイス・ヘリ(Enric Ruiz Geli)設計のMedia TICを見て:20世紀の物理学から21世紀の生物学への移行を示唆するかのような建築(かな???)
先々週の事だったのですが、新進気鋭の建築家として最近メディアを賑わせているエンリク・ルイス・ヘリ(Enric Ruiz Geli)設計によるMediaTICを訪れる機会がありました。というのも、某プロジェクトのミーティングが偶然にもその建築の中であり、ラッキーな事にも中に入る幸運に恵まれたからです。

(私の記憶が確かならばー!!!)エンリク・ルイス・ヘリという建築家が頭角を現してきたのは、1998年の2GGustavo Gili出版社)主催で行われたミースパビリオンの拡張計画コンペ(competition ‘Mies van der Rohe Foundation Head Office)で一等を取った時だったと記憶しています(GG社についてはコチラ:地中海ブログ:グスタボ・ジリ社( La Editorial Gustavo Gili)Francesc Munoz: UrBANALizacion: paisajes comunes, lugares globales)。それ以来、実際の建築をデザインするというよりは、むしろ、メディアアーキテクトとして実績を積み重ね、近年ではバルセロナやニューヨークで過激なデザインの動物園のコンペを勝ち取った事でも話題になったりしていました。



今回バルセロナに完成した建築はそんな彼が手掛けた実物第一号と言えるのでは無いのかと思われます。




外見が結構過激にデザインされ且つ、敷地が22BCNという、バルセロナが現在戦略的に売り出しているエリア(ポンペウ・ファブラ大学の情報学部やアグバータワー、MediaPRO、バルセロナ市役所関連の建物など密集しているエリア)に建っているだけに、メディアの注目度も抜群です。そんな中でも今回の建築はカタルーニャが生んだ新進気鋭の建築家によるデザインと言う事で、メディア熱も更に加速していると、まあ、こう言う訳です。

以前読んだ新聞記事情報によると、どうやらこの建築の一番の特徴は外皮が生物が呼吸するように膨らんだり縮んだりして、日照を自動的にコントロールし、建物内のエネルギー消費を最小限に抑えるサステイナブル建築なんだそうです。



上の写真は隣に建ってるバルセロナ市役所から撮ったものなのですが、屋上にはソーラーパネルが所狭しと並べられているのが見えるかと思います。で、その画期的と言われている表皮がコレ:






・・・特にコメントの必要も無しかな・・・。機能がある事は当たり前なんだけど、その上でそれをどのようにデザインするのか?という所で勝負するのが建築家の役割というもの。そういう意味において、特にコメント無しという意味です。



上の写真は内側から見た所なんだけど、多分、丸い点々が光を感知するセンサーか何かになっていて、それによってこの表皮が変化するという事なのでしょうか?このような動く外皮によって日照をコントロールするというアイデア自体はジャン・ヌーベル(Jean Nouvel)のアラブ世界研究所(Institut du Monde Arabe)とほとんど変わらないと思います。



まあ、それは良いとして、僕にとって興味深い事は、ここには我々の時代が直面している変化を垣間見る事が出来るという点ですね。

どんな変化か?

それは20世紀を支配した物理学から21世紀の学問である生物学への移行という変化です。つまりヌーベルのアラブ世界研究所の仕掛けは物理的なものだと言う事が出来るのに対して、メディアTICの方は生物的な表皮が自動的にコントロールしているというような。もう一つはメディアTICの基本コンセプトがサステイナビリティを前面に押し出しているという点ですね。今や「グリーンやサステイナブル」というのは、都市や建築において、何にも勝る広告なのですから(地中海ブログ:フランクフルト旅行その3:広告としての緑の都市計画)。

さて、この外皮のデザインを見るにつけ、「ちょっと雲行きが怪しくなってきたなー」と思った所で、中に入ってみてビックリ:



エントランスも何も無く、ただ広い空間の遥か向こうに受付のお姉さんの机がポツンと置いてあるだけ。訪問者は入り口から受付まで数十メートルを歩かされるのですが、受付の人もこの空間のアホらしさが分かっているのか、僕と目が合うなり、笑い出していました。エントランスとはその建築の印象を決める大変重要な空間です。そのアプローチ如何によって、その建築の体験を左右すると言っても過言では無いと思います。だからフランク・ロイド・ライトが「ガラスの家」を訪れた際、「フィリップ、私は何処で帽子を脱げば良いのかね?」と皮肉を込めて、訪問者を迎え入れる空間が無い事を批判したんですね。

ちなみに上階の内部空間はこんな感じ:



新しいテクノロジーや材料を使って新しい表現を試みるのは建築家の使命であり、それこそ誰もが夢見る建築家の醍醐味だと言えます。しかしながら、それら「目新しいもの」に振り回され、基本となるデザインを忘れていたのでは、本末転倒としか言いようがありません。逆に言えば、それら基本的なデザインをきちんとしてこそ、新しい部分が光るのだと思うんですね。

「他人の振り見て我が振り直せ」とは良く言ったものですが、僕もそこだけは忘れないようにしようと再確認した建築探訪でした。
| 建築 | 23:30 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
2010年、今年最初のブリュッセル出張その1:アクセッシビリティ評価 
とあるEU関連の会議の為に今日の午後からブリュッセルに来ています。何だかんだ言ってブリュッセルには結構頻繁に来てる気がするんだけど、まあ、それもこれも欧州委員会の本部があるので当然と言えば当然なんですけどね。で、何時も来る前に気になるのがブリュッセルのお天気。昨日の夜、天気予報とか見てたら最高気温5度とかなっていたので、「雪だるまの如く」に厚着してきたのに、来てみたら思った程でも無い。先週のバルセロナの方が寒かったくらいです。

さて、今日は今まで書こう書こうと思っててナカナカ書けなかった話題を書こうと思います。それはズバリ、ブリュッセルの都市アクセッシビリティ評価についてです。このアクセッシビリティ評価は、ヨーロッパの都市を訪れたら先ずは一番最初に書くべきエントリになっているのですが、何故ブリュッセルに限ってこのエントリを書くのが遅れたのか?実は・・・忘れてました(笑)。というのも結構頻繁に来てるので、てっきりもう書いたものだとばかり思ってて、今日初めて未だ書いてない事に気が付いちゃったと言う訳です。ブリュッセルの皆さん、ゴメンなさい!



と言う訳で、気を取り直して行こうと思うのですが、ここが超国際都市ブリュッセルが誇るブリュッセル空港(Brussels Airport)(些細な事ですが、空港に自分の都市名を付けてる空港って珍しいですよね。フランクフルトのフランクフルト空港くらいか)。デザインとしては、シリンダー状のガラスチューブが「スコーン」と真っ直ぐに貫いている大変分かり易いデザインになっています



両サイドをガラスで覆う事によって、光が十分に空間を満たし、透明度の高い大変気持ちの良い空間になっていますね。



この空港から市内へはバスやタクシーなど幾通りかの行き方があるようなのですが、今回は電車を選びました。乗車口は到着ロビーの目の前に階下に降りるエスカレータがあり、降りた直ぐの所に市内行きの電車が待っています。



エアポート・シティ・エクスプレスという名前の列車なのですが、15分おきに運行しているようです(平日527027分)。これはナカナカの頻度だと言えると思いますね。そしてチケットの値段は市内なら一律5.05ユーロでした。ちなみにスキポール空港ーアムステルダム間が4ユーロで、フィウミチーノ空港(Fiumicino)−ローマ間が12ユーロである事を考えると、これもそれなりに安い部類に入りますね。さて、電車の外観はそれ程綺麗では無いのですが、内部はそれなりに清潔に保たれています。



この電車はブリュッセル市内の3つの駅、北駅(Gare du Nord)、中央駅(Gare Centrale)、南駅(Gare du Midi)にそれぞれ順番に停まるようなのですが、最初の北駅には20分で到着。そして中央駅には25分で到着しました。スキポールーアムステルダム間が20分、フィウミチーノ−ローマ間が30分だった事を考えると、時間的にはマズマズか。

タダ一つ、気になる事が。何時もブリュッセルの電車に乗っていて思う事なのですが、多分この都市では、電車の信号コントロールがあまり上手く機能していないのでは?という感じを受けます。だから電車が駅と駅の間で立ち往生したりノロノロ運転する事なんてザラ。もしこれら数回のストップが無く、それなりのスピードで走っていたとしたら、余裕で15分圏内で市内に入る事が出来るでしょうね。しかも、かなり頻繁に停まるので、せっかちな僕なんかはすごくイライラしてしまう。「早く走れよ、本気で!」とか思っちゃう。

多分これって些細な事なんだろうけど、そういう積み重ねが人の心に「都市のイメージ」として残り、その都市で感じる「生活の質」の評価に影響してくるのではと思います。そいういう意味で言うと、このような信号トラブルはブリュッセルにとって明らかに減点要因になっていると思います。
| 旅行記:都市 | 23:39 | comments(2) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
アムステルダム出張:如何に訪問者にスキマの時間を使って街へ出るというインセンティブを働かせるか?:スキポール空港(Schiphol Airport)の場合
今日は朝から、とあるプロジェクト・ミーティングの為にアムステルダムに来ています。結構大きなプロジェクトで7カ国から45ものパートナー達が集まってるんだけど、総勢60人を超える人達が一つの机を囲んで一同に会する風景はナカナカ圧巻。この大所帯を取り仕切っているのが、世界的大企業から来てる経験豊富そうな年配の方なんだけど、見てるとホントに大変そう。一人一人の意見を聞いて、互いの利害が衝突しないように役割を振り分けて行くのは職人技の域に達している。

ここ数年、大変嬉しい事に、このようなEUプロジェクトに参加する機会に多数恵まれ、その為のミーティングに呼ばれる事が多くなってきたのですが、そんなミーティングに集まってくるのは大概、各企業のプロジェクトマネージャー以上の人達なんですね。つまり各企業内で部署を取り締まっていたり、沢山の部下を使ってプロジェクトを動かしていたりするすごく忙しい人達。だからみんなミーティングは出来るだけ効率良くやって、出来るだけ早く切り上げて帰りたい訳です。そしてその際、非常に重要な問題になってくるのが、「一体何処の都市でミーティングを行うのか?」という選択です。

コレは結構難しい問題で、ヨーロッパ中からパートナーが集まってくるので、取り合えず、それらの都市と直通便が飛んでいる都市で無いとお話にならないんですね。つまり第一に考えなければならないのがコネクティビティの良さと言う訳です。次に問題になるのが、その空港で利用可能なファシリティの高さ。そうすると、選択肢が結構限られてきて、ヨーロッパの空港ランキングの上位に何時も顔を出すようなハブ空港の名前が挙がってくる事が多いのですが、僕がこの34年で経験した中で最も快適で利用回数が多かったのが、ドイツ航空のお膝元であるフランクフルト空港です。

当ブログでも何度かこの空港の素晴らしさは紹介しているのですが(地中海ブログ:フランクフルト旅行その1:フランクフルト(Frankfurt)に見る都市の未来)、世界中と繋がっているコネクティビティと言い、その規模の大きさと言い、もう言う事無し。しかも空港から市街地までは電車で15分圏内にある事から、ミーティングが早く終わった場合など、簡単に中心市街地まで行って、帰りの飛行機の登場時間ギリギリまで観光を楽しむ事が出来ます。もし仕事をしたいなら、空港内にあるビジネスルームやカフェを使う事も勿論可能。

多分このフランクフルト空港というのは世界屈指の設備とアクセッシビリティを備えた空港だと思うのですが、実はもう一つ、機能的に全く引けをとっていないと思われるのが、今回のミーティングが行われているアムステルダムのスキポール空港です。

この空港の機能性の高さは以前の記事で紹介した通りなのですが(地中海ブログ:オランダ旅行その1:スキポール空港(Schiphol)アクセッシビリティ評価)、ヨーロッパ空港ランキングナンバーワンの座を守り続けているその実力はダテではありません。ハブ空港としての世界各国とのコネクティビティに加え、空港内に整備されているファシリティの充実性も半端じゃ無い。アムステルダム国立博物館との提携による空港内美術館を始め、教会なんかまであって、もう何でもアリって感じ。勿論宿泊施設系も充実してて、今回のミーティングが行われたのは、それらの内の一つ、空港に隣接する5つ星ホテル、シェラトンホテル(Sheraton Hotel)でした。



飛行機を降り空港のメインロビーまで行くと、そこからホテルへの渡り廊下が架けられていて、ここからホテルまでは歩いて3分の距離にあります。



つまり空港の外に出る事無く、ホテルのミーティングルームまで行く事が出来ちゃう訳です。

更にこの空港の最も驚くべき点が、中心市街地とのコネクティビティです(詳しくはコチラ:地中海ブログ:)。以前書いた様に、この空港の市街地へのアクセッシビリティは欧州最高峰にあり、空港からアムステルダム中心市街地まではなんと20分弱。更に空港のメインロビーに電車の乗り口があり、空港−市街地を結んでいる電車が10分毎に出ているというから驚きも倍増です。



これだけアクセッシビリティが良いと、一日の時間の使い方の可能性が数限り無く広がるんだけど、例えば今日なんて、17時にミーティングが終わって帰りの飛行機が21時。4時間って結構微妙な長さの時間で、普通の都市だと、市街地に行くには短すぎるし、空港で過ごすには長すぎる。パリなんかだと、中心街まで行って帰ってくるのに電車やバスの待ち時間入れて2時間以上。そうすると市街地にいられるのは1時間位しかない訳で、その為に街まで行ってみようかな?という気にはナカナカならないんですね。

その点、スキポール空港の場合は市街地まで往復で40分、帰りの電車の待ち時間はほとんど無しときてるから、どんなに短い時間でも「ビールでも飲みに行くか」というインセンティブが働く訳です。

ココが非常に重要なポイントなんですけれども、都市が今後考えなければならないのは、訪問者が「実際、街に何時間居られるのか?」という事ではなくて、「街まで出てみようかな」というインセンティブを訪問者に働かせる事が出来るかどうか?なんですね。どうしてかって、都市はなるだけ多くの人に市街地に行ってもらって、少しでも多くのお金を落としてもらいたいからです。そうするには取り合えず、街まで入ってもらわなきゃお話にはならないと言う訳です。そしてこのハードルは案外高い。

そういう意味で言うと、やはりスキポール空港やフランクフルト空港はヨーロッパの諸空港に比べて頭一つ抜けている気がします。多分、今後の都市はこのような戦略を真剣に考えなければ生き残れない時代に差し掛かっているんだと思います。
| 都市アクセッシビリティ | 23:20 | comments(2) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
欧州連合理事会議長国(Jan,2010-Jun,2010)スペインとスペイン首相(Jose Luis Rodriguez Zapatero) に対する各国の反応など
今日の新聞(LaVanguardia, 10 de Enero 2010,P15)に、今月から6ヶ月間に渡るスペインの欧州連合理事会議長国に対する各国メディアの批判が載っていました。その名もずばり:

“「サパテロ首相、来なくて良いですよ」。ヨーロッパはあなたを必要としていません:各国メディアはスペイン首相の自国での政治的弱さとスペインの置かれた経済的状況を検閲している (Europa recibe de unas a Zapatero:La prensa internacional censura la debilidad politica del presidente y el declive economico espanol)”


記事のタイトルを読んだだけでも、議長国スペインに対する各国の冷ややかな視線がグサグサ刺さってきそうな感じなのですが、これがスペインの置かれた現状を冷静に分析した意見なんでしょうね。各メディアの批判は以下の通りです:


エコノミスト(The Economist)

“ヨーロッパにおける全ての記事や社説は、サパテロ首相がヨーロッパの経済回復についてアドバイスする事について「冗談だろ」と一蹴している(En toda Europa, en articulos y editorials, se han burlado de la idea de que Zapatero asesore a Europa sobre la recuperacion economica)”

ファイナンシャルタイムズ(Financial Times
“多分、サパテロ首相は自国の内的問題に気を取られて忙しいので、今回スペイン政府によって提案された政策プログラムは非常に平凡なものとなっている。(Quiza Zapatero se encuentra distraido por sus cuitas internas, ya que el programa de trabajo que ha propuesto para la presidencia Espanola es notablemente anodino)”

フィガロ( Le Figaro
“金融危機によって弱体化したサパテロ首相が1月1日、当番制のEU議長国に就任した。社会党政権の首相は今回の議長国就任において、国際的視野における自分の評判を回復出来ると信じている。(Un Zapatero debilitado por la crisis asumio el 1 de enero la presidencia de turno de la UE. El jefe del Gobierno socialista cuenta con redorar su blazon en el panorama internacional)”

フランクフルト(Frankfurter Allgemeine

“黄金時代を通してイタリアやフランスを「一人当たりの収入で抜いた」と喜んでいたスペインであるが、実の所スペインがすべきだった事は「何処に本当の問題があったのか?」を一つ一つ深く検証する事だったのである。(Espana, que despues de una decada dorada se vanagloriaba de haber superado a Italia en renta per capita y de lograr en breve lo mismo con Francia, en el fondo deberia hacer inventario en profundidad)


などなど。


China Daily
に至っては、先日、EUの公式ホームページ上にハッカーが入り込み、サパテロ首相の顔が、以前から似ていると噂されているMr Beanにすり替えられた事を取り上げて、「スペイン国民すら自国が議長国なんかになれるもんか!とバカにしている現れである」と大変手厳しい意見を書いている始末。

これらの批判の大元となっているのは、ほとんどの主要国の経済が回復に向かっている中において、未だスペインはその兆候すら見せていないという列記とした事実なんですね。先日発表された失業率なんて、ポーランドの22.3%に次いで、19.4%という、EU圏内下から二番目につけてしまいました。


「自分の国がこんな状況で満足に舵取りも出来ないヤツが、EUを束ねる議長国の長に就任して、他国にアドバイスするとは何て生意気な!どんなアドバイスをするつもりなんでしょうかね?サパテロさん」というのが各国の本音だと思います。


うーん、全くその通りなのでスペインとしては何も言い返せないかな‥‥。ただ、これだけ批判されるという事は、それだけこのポスト(欧州連合理事会議長国)が重要であり、且つ注目されているという事の現れです。ここで上手い舵取りをして、ちょっとでも成果を出せば少しは汚名返上となるはず。


スペインの皆さん、がんばりましょう。

そして我らがサパテロ首相、腕の見せ所ですよ。
| スペイン政治 | 00:13 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
アクセッシビリティ評価:上海のリニア・モーターカー(通称MAGLEV・上海磁浮快速列車)
前回のエントリでお知らせした様に、先日から上海に来ています。中国に初めて来た印象として、「やはり中国、乗りに乗ってるなー!」と肌で感じています。そんな印象を抱いたのは空港に降り立った瞬間からでした。空港から市内へ向かう為に、噂に名高いリニア・モーターカー(通称MAGLEV、中国語では「上海磁浮快速列車」と言うそうです)に乗ったのですが、コレがちょっとすごかった。さすがに中国が国を挙げて「世界最速」と自慢するだけの事はある。

リニア・モーターカーの改札口は空港の国際線搭乗口を出た所から先ずはエスカレーターで2階へと上がり、標識に従って進む事5分程で到着します。表示は中国語で「磁浮車站(Magnetic Levitation Train)」と書かれています。「磁(石)が浮(く)車」なので、なんとなく分かりますよね。



料金は片道50元(5ユーロくらい?)。安い!上の写真がリニアの改札口なのですが、当然の如く荷物チャックがあります。その後、ホームがある1階へと降り、しばし待っていると、お待ちかねのリニア・モーターカーの登場です。



それにしても高速鉄道は、どうしてどれも(日本の新幹線やスペインのAVE)白色ベースなんだろう?やはり白色は「ピュア」で「速い」というイメージを喚起するからなのだろうか?



室内はこんな感じ。ナカナカ清潔に保たれています。そして僕が注目したのがココ:



スピード表示計です。時速430キロを(商業的に)世界で初めて達成したというのを一つの売りにしているだけあって、それをお客さんに自覚させたいという気合が十分伝わってきますね。ある商品に対して、何(何処)を「売り」にしたいか?によって、このように売り手の意図がハッキリと見えるのは大変興味深い。そんな事を考えていたら、アレヨ、アレヨという間に動き始めました。上に浮いた感じは全く無く、「え、いつ浮いたの?」って思ったのですが、そんな事はお構い無しにドンドン加速していきます。時速20キロ、60キロ、130キロ、280キロ、390キロ・・・・



そして、来ました!脅威の430キロ!!!
なんか、ゴクウがナッパとやった時のベジータのスカウター並み。「戦闘力、1200、4500、6000、8000!バーン(爆発)」みたいな。(今、Youtubeで画像探そうとしたらYoutube表示されず。コレが噂に聞く、中国のネット規制か???しかもTwitterも駄目っぽい)
コレは強い、イヤイヤ、速い、確かに速い!!!しかも揺れや騒音はほとんど無し!すごい。ただ、何かの拍子にどっかにぶつかったり、オペレーションのミスで、あっちからもう一台電車が来て、正面衝突とかしたら、150%死ぬなとは思いました(笑)。しかも張り切って一番前の車両の前から3番目に座ったので(冷汗)。

このリニア・モーターカーは空港と市内を約8分で結んでいるそうなのですが、僕はココにこそ、今の中国の勢いみたいなのを感じてしまいましたね。

何故か?

何故なら彼らは「都市の効率性」を、ヨーロッパが目指しているような「計画やロジスティックスを洗練される事」で達成するのではなく、「強引な力技」で成し遂げようとしている様に見えるからです(見えるだけかも)。

先ず、空港−市内間が8分というのは、アクセッシビリティ評価軸から言って最上級の部類に入ります。世界ナンバーワンのアクセッシビリティを誇るフランクフルトですら15分ですから、それを7分も上回る事になるんですね。とは言っても、コレは正当な比較では無いのかも知れません。というのも上海の場合はフランクフルトのように、街の中心地区に着くわけでは無いので。リニアが着くのは龍陽路駅という地下鉄2号線が乗り入れている駅で、中心街にはその地下鉄に乗って更に10分程行く事となります。

しかしですね、見るべきなのはその走行距離です。上海の空港―市内間は80キロ離れています。80キロ離れているという事は、バスだと1時間、普通の電車(200キロ)だとしたら、約20分かかる訳ですよ。それを上海は「技術の力」で無理やり半分以下に縮めてしまった・・・ココです!この力技が出来てしまう所こそ、今の中国の力なんですね。

ヨーロッパの国々なら、これらを計画の力によって解決しようとするはずです。例えば、空港をなるべく近くに創るとか、信号制御のリズムなどによって、状況を改善するとか言った感じで。しかしですね、中国には何か、そういう基準とは全く違う力学が働いている様な感じがする。例えば、何か新しい技術などがあったら、それを必要なだけ無理やり作ってしまうと言う様な。そしてそれが実現出来てしまう力がある。

初日の瞬間から中国の力を見せ付けられてしまいました。
| 旅行記:都市 | 17:09 | comments(2) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
オランダ旅行その1:スキポール空港(Schiphol)アクセッシビリティ評価
今週水曜日から、仕事+観光でオランダに来ています。今回の予定は、初日、ロッテルダムで、とある計画の打ち合わせがあり、更に来週頭からブルッセルでEU関連の重要な会議に出席しなければならないので、どうせならと思い、仕事で挟まれた頭とお尻の間の4日程、休みを取ったと言う訳です。

「えー、この間、一ヶ月の夏休みが終わったばっかじゃ無いの?又休み???」とか思ったそこの人、そんな事言わなーい。全くその通りです(笑)。これこそヨーロッパの醍醐味!と言う訳で、仕事も終わった今日から数日間、オランダをじっくりと堪能しようと思います。

オランダ旅行記第一回目の今日は、恒例のアクセッシビリティ評価から行ってみたいと思います。

オランダが誇る空港は言わずと知れた、アムステルダム・スキポール空港(Schiphol Airport)。毎年のように空港ランキングの上位にランクインし、世界一使いやすい空港という評判をしばしば耳にするほどです。

さて、飛行機を降り空港内を歩いていると、こんなモノたちが売っていました。



チューリップ。しかも一杯ある!!!さすがオランダ。いきなり玄関口からオランダ色全開ですね。空港内を歩いてて思ったのですが、この空港、ちょっと作りが面白いですね。例えばココとか:



空港内に街路空間っぽいのを作ってる。光が燦燦と降り注ぐ路地みたいな。そしてびっくりしたのがコレ:



空港のチェックインカウンターの真ん前に電車の入り口がある!コレはすごい。今まで僕が見た中でチェックインカウンターと電車の入り口が一番近かったのは、中部国際空港だったと思うけど、真ん前というのは見た事がありません。コレは何を意味するかというと、電車を降り、究極の早さでチェックインする事が出来ると言う事を意味するんですね。

更に、電車の本数もちょっとすごい。空港とアムステルダム中央駅(Amsterdam Central Station)を結ぶ電車が10分に一本の割合で出ています。つまり1時間に6本。



あのSuper Functional City、フランクフルトでさえ、12に一本だったのに・・・。更に更に、値段は4ユーロ、所要時間は20分です。

フランクフルトが空港から市内まで15分程度だったのを考えると、20分はちょっと落ちるかな?と思うのですが、フランクフルトの場合は、飛行機出口から地下鉄まで結構距離があるので、10-15分は歩かなければいけません。つまりそれだけ時間ロスをするのですが、スキポール空港の場合は、出た所直ぐ前にあるので、電車乗り口まで迷う事無く、時間ロスは最小限に抑えられるものと思われます。

この空港はちょっとすごい。さすが「世界一機能的」と言われるだけの事はある。感動すら覚えました。
| 旅行記:都市 | 23:55 | comments(2) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
リカルド・ボフィール(Ricardo Bofill)の新バルセロナ空港(T1)とリチャード・ロジャース(Richard Rogers)のマドリッド・バラハス国際空港(Aeropuerto de Madrid-Barajas):やっぱりロジャースは巨匠だった!その2
前回のエントリ、リカルド・ボフィール(Ricardo Bofill)の新バルセロナ空港(T1)とリチャード・ロジャース(Richard Rogers)のマドリッド・バラハス国際空港(Aeropuerto de Madrid-Barajas):やっぱりロジャースは巨匠だった!その1の続きです。

今回僕が乗った飛行機はマドリッドの古い方の空港(T2)に着いたので、お目当てのマドリッド・バラハス国際空港は、帰り際のちょっとした時間を利用して見学してきました。

マドリッドには新旧2つの空港があるのですが、両方とも街の中心とは地下鉄で結ばれています。所要時間はおよそ45分で料金は2ユーロ(地下鉄駅Banco de Espanaから乗り換え込み)。当ブログでは、都市の玄関口である空港から中心市街地までのアクセスの良さが、その都市における「居心地の良さ」や「生活の質」に関連する一つの指標に為りえるのではないのか?と言う観点からアクセッシビリティ評価というのをシリーズ化しています(例えばコチラ:地中海ブログ:都市化する空港と効率指標としてのアクセッシビリティ、地中海ブログ:ローマ(Roma)旅行2008その1:アクセッシビリティ評価とか)。

それらのデータと比べると、中心街から空港まで45分というのはちょっとかかり過ぎかなという感じがしますね。その反面、2ユーロは安い!!!ローマの12ユーロやフランクフルトの4ユーロ(所要時間15分)と比べると、この安さはダントツですね。



さて、マドリッド・バラハス国際空港最寄の駅、バラハス駅(Barajas)で電車を降りると、その瞬間からもう既にそこにはリチャード・ロジャース・ワールドが広がっています。



黄色い鉄骨群やロジャースお得意の工業系デザインなどが、上方ガラス越しにちらちら見え、否がおうにも期待感が膨らみます。そして最初のエスカレーターを上り、地下鉄の自動改札を出た所で待っているのがこの空間:



丸い大きな穴から燦燦と自然光が降り注ぐ、彼お得意の近未来系デザイン。3層吹き抜けになった黄色い鉄骨が門のような役割を果たし、その間をむき出しの鉄骨やダクト、エレベーターなどが縦横無尽に横切る、大変に気持ちの良い空間に仕上がっていますね。



それらの鉄骨に紛れるように挿入されたエスカレーターを使って上階へと上っていくと、段々とこの空港の全体像が浮かび上がってきます。



そしてエレベーターを上りきった所には、半透明のガラスが敷き詰められた渡り廊下が設えられています。この渡り廊下は、これから入っていく、この空間のクライマックス的空間の前に一息付き「これから入っていくぞ」という心の準備をする為の空間ですね。そして廊下を渡った所に広がっている、この空港のメイン空間がこちら:



圧巻です。うねる屋根が何重にも重なり合って、「コレでもか!」と言う程、ダイナミックな空間を創り上げています。ちょっとこの空間はすごい。



さっき入り口で見た、門型の黄色い鉄骨が一つの単位を形つくり、それらが無限に反復する事で現れる空間。



システムとしては上の写真のようなナミナミの形をした屋根が一つのユニットを形成し、それを縦横に連続させる事によって空間を形作っています。



僕がこの空間を見た時に真っ先に思い浮かんだのが、コルドバのメスキータです。このメスキータも、一つの門を基本ユニットとし、それを反復させる事で、無限に繰り返されるリズムと不思議な空間を創り出しています。
ロジャースがやりたかった事は、コレなんじゃないのかな?一つのユニットの反復が作り出すリズム。僕は未だ行った事が無いけれど、カーンのキンベル美術館の本質も実はそこにあるのではないのか?と思っています。つまりボールト天井のユニットの連続が作り出す不思議なリズム感、みたいな。



そして、この軽やかな天井を根元で支えている太い幹のような鉄骨と、それらの対比。



波々天井のお山に取り付けられた照明のデザインもナカナカカッコイイ。



短冊のように細く切られ、横向きに並べられた木に対して垂直方面に一直線に伸びる細く黄色い鉄骨盤が上手い事、天井の分節化とリズム感に貢献しています。そしてその黄色く細い鉄骨盤が、屋根を支える鉄骨と出会うというデザイン物語の展開。



この辺はさすが巨匠らしく、最後の反復部分をガラスで仕切りながら、一つ分だけ外に出すと言う、上手い終わり方を実現している。こんな所、誰も見ないかもしれないけれど、こういう所の上手さが光ってるからこそ、かなり大胆な造形とか、黄色とか使ってもチープなデザインにならないんですよね。こういう所こそ、僕たちは見習うべきだと思います。

内部空間を堪能した後、ちょっと外に出て外観を見てみました。先ずはココ:



屋根の端部ですね。重たくならないように、繊細にデザインされている事が分かります(今朝のバルセロナ新空港の端部とは大違い)。



さすがに何処に力を入れるべきかをよーく分かっている。



そしてこの階段。コレは彼がロイズ銀行で使用したデザインとほぼ同じですね(詳しくはコチラ:地中海ブログ:ロンドン旅行その5:Richard Rogers( リチャード・ロジャース)の建築:Lloyd's of London)。この辺もやはり上手い。

総じて、今回の新空港対決は圧倒的にマドリッドに軍配が上がると思います。一応バルセロナの名誉の為に言っておけば、バルセロナ新空港だってそんなに出来が悪いわけじゃない。ただ、今回は相手が悪かった。このマドリッドの空港は、デザインという観点から見た時には、僕が今まで見た中でダントツに良いんじゃないのかな?そう思わせてくれるような、素晴らしい空間デザインでした。

星、3つです!!!
| 都市戦略 | 19:09 | comments(2) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
バルセロナ新空港(T1)とうとうお目見え
ここ数日、バルセロナ空港の話題が各新聞を賑わせています。というのも今週水曜日、カタラン人が首を長ーくして待っていたバルセロナ新空港がお目見えする事になっているからなんですね。



どれくらい待っていたかって、その長さ、およそ10年(驚)!最初に新空港の話が持ち上がったのが1999年の事でした。それからというもの、計画が頓阿しそうになったり、資金調達が上手くいかなかったりと、紆余曲折を経て、ようやく今週開設の運びとなったという経緯があるから各方面がお祭りムードになるのも分からないでも無い。

13億ユーロ(1.258.000.000Euro、1ユーロ120円として約1560億円)が投資された新空港のデザインを担当したのは地元出身の建築家、リカルド・ボフィール(Ricardo Bofill)です。現代建築の世界では、はっきり言って既に忘れられた存在と化したボフィールなのですが、地元バルセロナでは未だに大御所としての存在感を維持しています。つい先日も、バルセロナの海岸線に「ドバイの甘いコピーだ」と非難されている三日月のホテルを完成させたばかり。



はっきり言って彼の建築がそんなに良いとは思わないけど、建築というのは純粋芸術では無く、政治的な側面も持ち合わせているので、そういう意味で言うと、これだけのプロジェクトを取り実現させたという意味においてさすがと言えばさすがか。

さて、今回彼が手がけた新ターミナルは既存のバルセロナ空港(El Prat(プラット空港))の真横に位置しています。当然の事ながら2つの空港はバス、鉄道などで結ばれる事になっているのですが、その工事が未だ終わって無いとか何とか‥‥2012年の完成予定らしいのですが、それまでは臨時バスが両ターミナルを繋ぎ、所要時間は約10分だそうです。

さて、気になるその新空港の規模なのですが、総床面積は52万平米(525.000)。地中海域では随一、ヨーロッパ中を見回してみても、最大規模の空港にランクインする事になります。つまりバルセロナ空港が晴れて、ヨーロッパのハブ空港として認識されるに十分な規模を持つ事になる訳です。

今日の新聞(La Vanguardia, 14 de junio 2009, p2-3)によると、新空港の詳細データはこんな感じ:

旅客数/年:3000万人(プラット空港と合わせると5500万人)
空港の駐車場数1万2000
総床面積:52万平米
フィンガー数(飛行機がターミナルにくっつく所):43
セキュリティカメラの数:1200
ターミナル内のお店の数:73
ターミナル内のレストランとバーの数:43


率直に言ってデカイですね。

先ず旅客数なのですが、5500万人規模という事になると、フランクフルト国際空港やマドリッド・バラハス国際空港の上、シャルル・ド・ゴールの下という事になります。ちなみに下記は2008年の乗客数の上位15空港:

1. Hartsfield-Jackson: Atlanta, U.S.: 84.846.639
2. O'Hare International: chicago, U.S.: 77.028.134
3. London Heathrow: London, U.K.: 67.880.753
4. Tokyo Haneda: Tokyo, Japan: 65.810.672
5. LosAngels: Los Angels, U.S.: 61.041.066
6. Dallas-Forth Worth: Dallas, U.S.: 60.226.138
7. Pari, Charles de Gaulle: Paris, France: 56.849.567
8. Fransfurt: Fransfurt, Germany: 52.810.683
9. Pekin Capital: Pekin, China: 48.654.770
10. Denver: Denver, U.S.: 47.325.016
11. McCarran: Las Vegas, U.S.: 46.193.329
12. Amsterdam Schiphol: Amsterdam, Holanda: 46.065.719
13. Madrid Barajas: Madrid, Spain: 45.501.168
14. Hong Kong: Hong Kong, China: 43.857.908
15. John F.Kennedy: N.Y., U.S.: 43.762.282


まあ以前書いたように、現代社会の中における空港の役割というのは大変複雑化しているので、単純に利用乗客数だけでその空港のインパクトというのは測れないんだけど、一つの参考指標にはなりますよね(地中海ブログ:都市化する空港と効率指標としてのアクセッシビリティ

今日の新聞(La Vanguardia, 14 de Junio 2009, Especiales, P14-15)にはリカルド・ボフィールのインタビューが載っていたのですが、その中で彼はこんな事を言っていました:

“Una miniciudad bajo una gran cubierta”

“大きな屋根の下の小さな都市”


つまり都市の中の都市論ですね。古い所ではイグナシ・デ・ソラ・モラレス(Ignasi de Sola Morales)やジョセフ・ラモネーダ(Josep Ramoneda)もしくはオリオル・ネロ(Oriol Nello)、最近ではマニュエル・ボルハ・ビジェル(Manuel J. Borja-Villel)なんかが良く引き合いに出している話題です。(地中海ブログ:マニュエル・ボルハ・ビジェル(Manuel J. Borja-Villel)の都市戦略:国立ソフィア王妃芸術センター(Museo Nacional Centro de Arte Reina Sofia)を通した21世紀の美術館の在り方

彼らの議論は主に、都市を再開発する際にそのエリアに人を集める為の求心核を創り出す必要性がある事を説いたモノなのですが、今回ボフィールが言っている「都市としての空港論」はコールハースなどが90年代初頭から繰り返し議論してきた事で、建築界ではさして目新しい議論でも無いですね。上の詳細データが示しているように、監視カメラが1200台も設置されている所などを見ると、「空港とセキュリティ」のお題にも発展していきそうですね。(地中海ブログ:ウィーン旅行その9:シェーンブルン宮殿(Schloss Schonbrunn)のオーディオガイドに見る最も進んだ観光システム/無意識下による人の流れのコントロール

ちょっと面白かったのは、このインタビューと共に載っていた写真です:



新空港の規模を市民に理解してもらう為に、バルセロナの新市街地との比較写真が載っていました。

新しい施設や外国の諸施設の大きさの比較として良く用いられるものに野球場やサッカー場があるかと思います。「この施設は東京ドーム50個分です」っていう、例のアレです。50個って、かなりデカイという事は分かるのですが、どれくらいデカイのか?というのがまるで分からない。

その反面、セルダの新市街地と比較されたら、「あー、グラアシ通りからサグラダ・ファミリアまでね」って言う具合に、ものすごく良くイメージ出来る。

僕がイメージ出来るという事は、生まれた時からこの街に住んでいるカタラン人にとっては、そんな事雑作も無いと言う事です。つまり市民の頭の中にその大きさがインプットされているんですね。リンチが言った意味における「都市の判り易さ」という点において、バルセロナは抜きん出ています。だからメンタルマップとか書かせるとこんな感じになるんですね:





(Rubio,A. (1995): la imatge mental de lEixample de Barcelona. In Semiotica de lEixample Cerda, Barcelona, Edicions Proa, p33-43)

特徴としては常に山が上(北)で海が下(南)に描かれている事。これは明らかに事実(バルセロナの本当の東西南北)とは違います。

まあ、それはどうでも良いんだけど、空港の話に戻ると、空港のもう一つ忘れては無らない側面が「物流」という観点から見た機能です。つまりシティ・ロジスティックス(City Logistics)の中心になるが故に、都市の経済に多大な影響を及ぼす訳です。見逃してはならないのは、この飛行場が今後、バルセロナ港とどう連結されていくのか?という点。そして、その2つの機能が結ばれた時こそ、本当の意味でバルセロナがアムステルダムと同等のハブとしてヨーロッパに君臨する事になるのですが、それは又今度にしましょう。
| バルセロナ都市 | 20:23 | comments(1) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
ヨーロッパの人身売買(Human Trafficking):スペインの場合
先々週の新聞(El Pais)に4日間に渡り「人身売買」に関する特集記事が載っていました。(Explotacion sexual en Espana, el pais, 18, 19, 20 de Mayo 2009)

今ヨーロッパでは人身売買が社会問題として大変深刻化しています。特に深刻なのが東欧などから「騙されて」連れて来られて無理矢理売春などをさせられるケース。「モデルにならないか」とか「家事手伝いなどの仕事があるから」みたいな誘い文句で女性を海外へ連れ出し、パスポートを取り上げた上で、「もし命令に従わなかったら家族を痛い目にあわす」とか脅して、無理矢理売春させる「性の搾取」が横行しているんですね。

バルセロナでも一昨年辺りから、歴史的中心地区(Ciutat Vella)のアパートに警察のガサ入れが入り、人間が住むとは思えないような酷い惨状が段々と明らかになってきています。ものすごく狭いアパートに10人とか詰め込まれて生活させられ、夜はクラブや路上で売春。稼いだお金はほとんど持っていかれ、外へ出る事も許されないという正に監獄状態。そんな事になると知っていたら彼女達も絶対に来なかったんだろうけど、彼女達には彼女達なりの騙されてしまう理由が存在します。

その一つが貧困です。ヨーロッパには僕達、平和の国で育った日本人には想像もつかないような環境で生活している人達が大勢居るんです。そういう人達っていうのは、明日のパンを買うお金にも困るような人達なんですね。田舎に住み、互いを支え合って生きている彼らは、概して家族思いであり「自分が出稼ぎに出て少しでも家族に仕送り出来るならば」という思いで甘い話(仕事の話)に乗ってしまうと言う訳です。

田舎に住んでいるが故に無知という事もあるかもしれませんが、そんな小さな町から出た事も無いような彼女達が、意を決して海外へ働きに行く事を決めてしまう、そんな所にこそヨーロッパの闇である貧困の凄まじさを見てしまいます。

これらの女性がどうやって連れてこられるか(騙されるか)というと、先ずは自分の住んでいる国の新聞などに「スペインで仕事あり」見たいな広告が載っていたり、知人の知人みたいな人から口伝えで仕事の話があったりするそうです。そしてそれらの広告を見た女性が広告主(その多くがマフィア)にコンタクトすると、広告主の方がパスポートやら、飛行機のチケットやら一切合財を親切にも手配してくれます。ココでかかったお金は、働いて後に返せば良いよと言うらしい。それらパスポートとチケットを持って、スペインに入ってくると引渡人みたいな人がスペイン側に居て、そこでいきなり驚愕の事実を知らされ、各売春クラブや路上に送られたりするという事です。数ヶ月前にスペインで放送された米国映画、Human Traffickingにこの辺りの巧妙な手口が大変分かり易く説明されていました。

この映画内では、モデルオーディションが大々的に催されて、あたかもモデル選考に通ったかのように女子高校生が他国に送られたり、若い子持ちの主婦がバーで会った男性に「他国で仕事がある」と優しく詰め寄られて、「子供の為に」と他国に出稼ぎに行くなど、その手口は本当に巧妙です。

さて、そのような、スペインへ売春目的で連れてこられる女性の出身国ナンバーワンは、El Paisによるとルーマニアだそうです。

何故か?

何故ならルーマニアは欧州連合に加盟している国である為、スペインへ入国するのにビザが要らないからなんですね。同じ様な理由からブラジルからも多くの女性が連れてこられている様です。(ブラジルもスペンン入国にはビザは要りません)

ではこのような売春クラブがスペインで一体幾つあるのか?というと、公式なデータは一切無く、スペイン全体でおおよそ2.500くらいあるのではないか?と警察当局は予想しています。新聞に載っていた公式データ、つまり警察が把握しているクラブの数が900。つまり、その3分の2が地下経済(ブラックエコノミー)という事になりますね。ちなみに、その経済規模はスペインでは毎年180億ユーロ(18.000 Millones)に上るという事です。(Informe de la Ponencia sobre la Prostitucion en nuestro Pais)

スペインでは売春は違法ではありませんが、合法でもありません。完全なグレーゾーンです。加えて、売春クラブを経営している店主の言い訳がすごい。彼らは売春を斡旋している訳では無く、ただ単に飲食店を経営しているだけ。勝手に女の子が店にやってきて飲み物を頼んで、やってきた男性と自由恋愛をしているだけで、うちには全く関係ないという言い訳。彼女達には食事やら飲み物やらを提供しているが、その代金として一日40ユーロから50ユーロを支払ってもらうらしいです。

この辺は日本も同じで、門倉貴史さんの「世界の下半身経済が儲かる理由」という、大変興味深い著書によれば、ソープランドのカラクリというのは以下のようになっているという事です:

・・・自分たちが営業しているのは、高級感あるれる「お風呂屋さん」で、店にくるお客さんは入浴料を払って、ゴージャスな入浴を楽しんでいるだけという理屈だ。個室のなかで、何かいかがわしい行為があっても、それは自分たちの知らないお姉さんが勝手にお店のなかに入ってきて、お客さんと自由恋愛をしているのであって、自分たちの営業とはなんら関わりがない。自由恋愛なので、お店としてはいっさい干渉することができない・・・。」P42

スペインでは売春が違法ではない上に上記のような言い訳をされてしまうと、警察ははっきり言って何も出来ない。

更にやっかいなのは、お店の女の子が自分の意思で売春をしているのか、誰かに嫌々やらされているのか、その線引きが難しいという所らしいんですね。嫌々やらされている人達というのは、子供や家族を盾に脅されている場合が多いですから、警察が踏み込んだ場合ですら、素直に白状するシチュエーションには無い訳です。もっと問題なのはスペインではそれらを取り締まる法整備が遅れている事だそうです。

僕達の社会はエンターテイメント型社会へと向かって行っています。エンターテイメント型社会って何かって、娯楽やスポーツは勿論、教育や政治そして人間にとって一番大事な性すらもエンターテイメントになっていく社会の事です。そんな中では性産業というのは都市のエンターテイメント化の度合いと都市のグローバリゼーション化の度合いを計る一つの指標なんですね。(地中海ブログ:フランクフルト旅行その1:フランクフルト(Frankfurt)に見る都市の未来)それが全く良い事だとは思わないけれど、そっちの方向へ向かっていっているのは確かであり、その流れは止めようが無いと思います。

つまり、僕達の社会はもう、それらの現実を認め、直視し無い事には一歩も先へと進む事が出来ない状況まで追い込まれている訳です。

そのような現実を直視した時に出てきているのが、ヨーロッパの各国が取っている多種多様な政策であり、ココに各国の文化の違いを見る事が出来るんですね。つまり、それらを人間社会の必要悪と捉え、その存在を認めた上でどうコントロールするかという姿勢を表しているのが、オランダやドイツなどの国であり、社会にとっては望ましくないので、廃止の方向に持っていこうという姿勢を示しているのが、フランスやベルギーと言う訳です。

反対にそれら現実を直視せず、のらりくらりと議論を先延ばしにしてきた結果、犯罪の温床になっているのが我らがスペイン。スペインは未だ鮮明な自国の立ち位置を明らかにしていません。それが国際犯罪組織が目を付け、良いように弄ばれている理由です。そこは大いに非難されるべきであり、一刻も早く国としてこの問題にどう立ち向かっていくかを決めるべきだと思います。

うーん、こう考えると、今回のEl Paisの企画特集はナカナカ優れた試みだったと言わざるを得ませんね。所詮、社会労働党の機関紙だと高をくくっていたけれども、やる時にはやってくれる。見直したぞ、El Pais!

ちなみに今、El Paisに毎日付いてくるクーポン券を一ヶ月集めると、体重計が貰える為、騙されていると分かっていながらも必死に毎朝買っています(苦笑)。
| バルセロナ都市 | 20:00 | comments(12) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
ゲーリー(Frank Gehry)のサグレラ駅周辺(Entorno de la Sagrera)プロジェクト、経済危機の為ストップ
昨日の新聞(La Vanguardia, 11 de marzo 2009)にゲーリー(Frank Gehry)の進めているサグレラプロジェクト(Entorno de la Sagrera)が経済危機の為にストップしたという記事が載っていました。以前から巷で囁かれてはいたのですが、公式に発表されたのは初めてだと思います。

都市戦略という観点から見たサグレラ周辺計画の意味付けや、ゲーリーの建築が表象する社会文化的な意味などについては、以前のエントリ等で散々書いた気がします。(バルセロナの新たなる都市戦略:ビルバオから学ぶバルセロナ都市圏再生の曙:地中海ブログ、フランクフルト旅行その2:未来都市としての広告都市:地中海ブログ、ビルバオ・グッゲンハイム効果とジェントリフィケーション:地中海ブログ、Berlinその4:広告としての建築・建築化する広告その1:地中海ブログなど)

なんだかんだ言っても、ゲーリーは今世紀を代表する巨匠ですから、知らず知らずの内に結構彼の建築には言及してるんですね。

昨日の記事では何故計画がストップしたのか?と言う事について「お金が掛かり過ぎる上に、用途が明確では無い」と言う事が挙げられていました。「え、用途って明確じゃ無かったの?」と、驚き桃の木なのですが、何でもオフィス60%、ホテル40%(もしくはその逆)というくらい、大雑把な決め方だったらしい。その上、4億ユーロ(1ユーロ=120円で計算して480億円)も掛かるんじゃ、そりゃストップするわな、と言う感じでしょうか。



さて、このゲーリーによるプロジェクトには興味深い事に「花嫁(La Novia)」というあだ名が付いています。一番高い高層棟を人と見立てた時に、その後ろに段々と低くなっていくビル郡があたかも花嫁のウェディングドレスの様に見えるかららしいんですね。そして少し離れて建つジャン・ヌーベル(Jean Nouvel)のアグバー・タワー(Torre Agbar)を男性のシンボルと見立てて、「新婚初夜」とか言ってバルセロナっ子ははしゃいでいます(笑)。



ちなみに建設中のアグバータワーは、こんな風になってて、「コンドームをはめた様だ」と皆言っていました(笑)。

プラハ(Praha)に行った時に同じくゲーリー設計の建築を見たのですが、この建築にも「ダンシングビル」というあだ名が付いている様です。







多分、クネクネとうねった躯体を指して色んなあだ名が付いたとは思うのですが、これらの名前はともかく、「あだ名が付く」という現象が面白いですよね。

僕達の子供の頃を思い出して見ると良く分かると思うのですが、僕達が何かにあだ名を付ける時、他とは違った特徴を取り出して、それを誇張するかのように付けるのが一般的だと思われます。そしてそれらの特徴は誰が見ても納得する程のモノであるという所がキーポイント。そう、あだ名とは皆が皆、無意識下に感じていた事を巧く言い当てた時、とても普及するものなのです。

さて、コレを僕達の関心に読み替えるとどうなるか?

都市というコンテクストに対してこのようなあだ名が一般に普及すると言う事は、その下地となる都市への認識を市民一般が共有していると言う事を表していると思うんですね。上述の建築を男性・女性に見立てた遊びは一見馬鹿げた遊びに見えますが、良く考えてみるとコレは結構高度な都市認識が無いと成り立たないんじゃないのかな?



何故ならあそこにあんな形のビルが建ち、あそこにはあんな形の塔があるので、ココとココを結ぶとまるで花嫁と花婿のようなイメージになる、というのを頭の中で描く為には、都市の全体像が頭の中に入っていて、パッとイメージ出来なければ不可能だからです。

つまりそれだけ都市に対する意識が高く、市民一般の間で、ある程度の都市像が共有されていると言う事です。もしそのような共通認識が無かったなら、「あだ名」は「あだ名」足り得ないし、誰も話題にはしないと思うんですね。ちょっとすごいなー、と思うのは、こういう話題を皆がカフェで議論している事、出来てしまう所ですね。

多分ココには「都市のイメージ」とかメンタルマップとか、色んな要因が入ってきて、今日のエントリは結構複雑且つ長くなりそうだなー・・・とか思ってたらナルトが始まっちゃった!と言う訳で又今度。

追記:

ちなみにバルセロナの代表的なメンタルマップがコレ:





(Rubio,A. (1995): la imatge mental de lEixample de Barcelona. In Semiotica de lEixample Cerda, Barcelona, Edicions Proa, p33-43)

特徴としては常に山が上(北)で海が下(南)に描かれている事。これは明らかに事実とは違って、バルセロナの東西南北はこんな感じになっています。



そして市内を斜めに横断するディアゴナル通りとサグラダファミリアなど、幾つかのモニュメントは描き込まれていますね。

追記その2:
2011年9月2日の事なのですが、敷地を掘ってたらローマ時代の遺跡が出て来たらしいです。これで又、この計画がストップする可能性が出てきましたね。
| 建築 | 21:38 | comments(9) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
世界の観光動向とカタルーニャの観光動向2008
昨日の新聞(El Pais, 1 de Febrero de 2009)に世界の観光動向(El turismo tira los precios,negocios p89)とカタルーニャの観光動向(La caida turistica pasa factura a los museos catalanes, p5)が載っていました。別々の記事だったのですが、「一緒に見ると面白いなー」とか思ったのでココにデータを並べて見る事にします。

個人的に観光の強大な力は使い方次第で良くも(景観、建築保存など)悪くも(ジェントリフィケーションなど)なると思っているので、コノ手の情報には以前から注目していたんですね。というか、今、ヨーロッパ都市の中心市街地で起こっているほとんどの出来事は、何らかの形で観光に関連していると言っても過言では無いと思います。一見、何の関係も無いような風景だって、よくよく読みこんでみれば、実はその裏には観光の影がチラホラしていた、何てことはザラです。(フランクフルト旅行その2:未来都市としての広告都市:地中海ブログ)

世界観光機関(World Tourism Organization)によると、2008年に全世界で観光を楽しんだ人の数は前年比2%の増加で9億人(924,000,000人)だったそうです。9億って、途方も無い数で想像も付きませんが、これは全世界のGDPの10%前後に当たるそうです。

しかしながら、こんな昇り龍の如くの観光産業にも近年の経済危機の陰りが見えてきたというのが、今日の記事のテーマ。今年は昨年まで右肩上がりだった成長率がマイナスに転じる予想がなされています。世界平均ではマイナス2%−3%(減少)。地区別に見ると、ヨーロッパがマイナス3%(減少)、アジアが0−3%(増加)、アメリカがマイナス1−2%(減少)、アフリカが1−4%(増加)、近東が2−6%(増加)と予想されているんですね。

そんな中でも、観光業がGDPの11%を占めるスペインに限って見てみると、事態はかなり深刻である事が分かります。

スペインを訪れる観光客は50%が国外から、残りの50%が国内からの訪問者という割合を取っています。2008年に国外からスペインを訪れた観光客は前年比で2,6%減少したそうです。しかしこれはたいした事じゃありません。世界平均となんら変わらないし。問題はですね、国内からの観光客、つまりスペイン人観光客の動向です。2008年にスペインの各都市を訪れたスペイン人旅行者に限ってみると、前年比10%減と言う事が明らかになりました。

これはまずい!何故か?

スペイン人というのは夏などに1ヶ月の長期休暇を取って、海や山などに家族ぐるみで繰り出します。しかも毎年決まった所に行く、もしくはセカンドハウスを持っていて、夏の間そこで過ごすというのが伝統だったりします。だからスペイン各地で観光業を営んでいるような村などは、こういう、いわば固定客からの収入を期待している所が大きいわけです。今回のデータが示しているのは、このような固定客を大幅に失った事を指し示しているんですね。

さて、我がカタルーニャはどうか?というと、観光業がGDPの14%を占めている(バルセロナ)事から、この産業の影響力はスペインの諸都市よりも大きいと言えそうです。カタルーニャでは昨年の観光客数は6,7%の減少で1400万人(14,200,000人)でした。それでもスペインではNo1の地位を保っているのはさすがと言えばさすが、か。

ホテルの宿泊者数で見ると、バルセロナ市は2008年を通して500万人(5,200,000人)を受け入れましたが、コノ数字は前年比で4,9%減少だという事です。同じく昨年の市内ホテルの占有率は、例えば去年の12月で43%、前年比で11,2%減少です。この数字は低いなー。

面白いのは美術館別の入場者数データです。

2008年の美術館入場者数トップは前年と変わらずサグラダ・ファミリア(Sagrada Famila)。圧倒的に強くて、入場者数は270万人(2,731,690人)。しかしながら、この数字は前年比で3,7% の減少だそうです。2位のピカソ美術館(Museo Picasso)の入場者数が130万人(1,313,086人(約半分))である事を考えると、如何にサグラダ・ファミリアが強いかが分かると思います。

この第二位につけたピカソ美術館なのですが、驚くべき事に14,6% の増加を示しています。一昨年に館長の任命を巡り、スペインの大物政治家との間に疑惑があっただけに、美術館側としてはコノ数字はうれしいんじゃないかな(祝)。

3位にはフィゲラス(Figueres)にあるダリ美術館(Museo dali de Figueres)がランクインしました。バルセロナから電車で3時間とかなり不便な立地にも関わらず、他を押しのけての上位ランクインはダリの人気振りを思わせます。僕も何度か足を運んだ事があるのですが、僕のお薦めは隣接の宝石美術館ですね(ダリ宝石美術館(Teatro-Museo Dalí: Dali Jewels):地中海ブログ)。ちなみにダリ美術館すらも前年比2,1% 減(1,274,554)だそうです。

ミロ美術館(Fundacion Joan Miro)、カサミラ(La Pedrera)カタルーニャ美術館(MNAC)もそれぞれ、3,7%, 5,6%, 8,6% 減を示しています。

そんな中、検討しているのが銀行系の美術館であるカイシャフォーラム(Caixa Forum)とコスモカイシャ(Cosmo Caixa)ですね。10,8%, 15,2% 増加だそうです。そしてバルセロナ現代美術館(MACBA)とカサ・バッリョ(Casa Batllo)もそれぞれ20%, 19,6% という大幅なアップを示しています。

観光が今世紀の巨大産業であり、都市の収入源における大きな割合を占める事には変わりが無いのですが、「黙っていても観光客が来てくれる時代」は終わったような気がします。これからは各都市がどんな戦略を練り、如何に遺産を活用していくか、つまり、観光の最適化、ロジスティックが要求される時代に突入したと言えそうです。
| バルセロナ都市 | 18:32 | comments(2) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
ローマ(Roma)旅行2008その1:アクセッシビリティ評価
前回のエントリで予告したように、昨日の朝からローマ(Roma)に来ています。
イタリアです。
「ルネサンス、情熱」です。
2年振りのローマの休日です!

前回来た時は滞在期間が3日と短かったので、主要な観光名所を駆け足で回るという、まあなんとも忙しい日程でした。というのも僕はローマをなめていたんですね。「ローマ時代の遺跡なんて見たってなー」とか、「宗教画なんてマドリッドのプラド美術館で死ぬ程見たしなー」とか、かなり生意気な事を考えていました。そんな僕の鼻を見事にへし折ってくれたのがラファエッロ(Raffaello Sanzio)でありベルニーニ(Gian Lorenzo Bernini)だったんですね。彼らの作品を目の当たりにした時の衝撃は今でも昨日の事のように覚えています。

この街って「全ての道はローマに通じる」とか偉そうな事言ってるけど、偉そうな事言うだけの事は確かにある。なんたって1500年の歴史を誇るかつてのローマ帝国(Roman Empire)の首都であり、カトリックの総本山、バチカン市国(State of the Vatican City)がありますからね。ヨーロッパに住んでいるとイヤと言う程思い知らされるのがキリスト教の力であり、その浸透力。日常生活の根幹を担っているのがキリスト教なのですから。そしてそれらが生み出した芸術の数々・・・そんな星のかけら達が至る所に散りばめられている街、それがローマです。

と言う訳で2回目にも関わらず非常に楽しみな旅になりそうです。

まあ、とりあえず何時ものように都市アクセッシビリティ評価からいってみたいと思います。ローマの主要空港であるレオナルド・ダ・ヴィンチ空港(フィウミチーノ空港(Fiumicino))から市内までは電車かタクシーでアクセスする事になります。今回僕は空港⇔テルミニ駅(Termini)間を結んでいる直通列車(Leonardo Express)を利用する事にしました。

飛行機を降り税関カウンターを出て列車のターミナルを探すが・・・案内板が無い?ちょっと焦る(汗)。10分程ウロウロしたけど、結局見つけられず仕方無く係員の人に道を聞く。どうやら飛行機が着いたロビーが連絡通路からはちょっと離れた所だったのと、ローマで使用されている列車マークが列車に見えなかったのが原因。

この間、約20分。案内板の件もあるけど、空港出口からターミナルまでがちょっと離れてて分かりにくいかなとは感じました。

なにはともあれ、テルミニ駅までのチケットを購入して列車に乗り込む。電車は約30分おきに出ているようですが、料金は一人11ユーロ。これは高い!フランクフルトが15分おきで所要時間15分、3,5ユーロ。バルセロナが30分おきで所要時間20分、4ユーロの事を考えると、コレは高すぎ。

更に更に車内で大問題が発生しました。このチケットは窓口で買うだけでは十分ではなくて、乗車前に自動検察機に自分で通して日付けを押さないといけないらしいんですね。しかし時既に遅し。列車が発射してからその事に気が付きました。さもないと最悪罰金を支払う嵌めになるとかなんとか。「え、何ソレ」みたいな(怒)。「聞いてないよー」。おかげで到着までの約30分間はかなり緊張&不愉快な思いをしました。まあ、結局、駅員さんが見回りに来なかったので何事も無かったのですが・・・コレは不親切極まりない!イタリアだからしょうがないのか???皆さんも気を付けてください。



追記その1:腹が立ってたので忘れていましたが、この列車は街の中心までちゃんと連れて行ってくれます。そこは問題ありません。しかし上述のように料金とサービス(列車内はお世辞にも居心地が良いとは言えません。)を考慮すると、都市アクセッシビリティとしては中の下くらいでしょうか。

追記その2:市内から空港までの帰り道も同じ列車に乗ったのですが、2009年度は料金が上がり12ユーロとなっていました。今回は列車発着駅から空港内へと行きとは逆順序で進んでいったのですが、この空港と列車の連結構造は極めてシンプルだという事に気が付きました。各空港ターミナルから連絡通路が腕のように伸びているだけなので、アクセスは分かりやすいはず。問題は搭乗出口が1階で連絡通路入り口が2階であり、その案内表示の分かりにくさの問題だと思いますね。

もう一つは切符のセルフサービスの件ですが、これも帰り際に見てきました。よーく見ると確かに黄色いボックスが列車の前に幾つか並んでいました。



皆さんも気を付けてください。
| 都市アクセッシビリティ | 23:20 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
ウィーン旅行(Vienna /Wien)その1:都市アクセッシビリティ評価
前回のエントリで少しだけ触れたように、先週の水曜日から一週間足らずウィーン(Vienna / Wien)へ行って来ました。今回の主目的は仕事だったのでゆっくりと観光という訳にはいきませんでしたが、要所だけは押さえてきたので今日から数回に分けてレポートしていきたいと思います。

先ずは何時ものように都市アクセッシビリティ評価から。ウィーンへの飛行機は全てウィーン市の南東約20キロの所に位置しているウィーン国際空港(ウィーン・シュヴェヒャート空港( Vienna International Airport))に到着します。ここから市内へは鉄道かバス、もしくはタクシーを利用する事になるのですが、僕は一番手っ取り早かったバスを利用しました。

税関を出た直ぐの所に止まっているバスは30分毎に街のほぼ中心部に位置するモルツィンプラッツ・シュヴェーデンプラッツ( Morzinplatz, Schwedenplatz)へと我々を運んでくれます。料金は6ユーロで所要時間は約20分。これは早い!しかも安い!!本数が少ないのが気になりますが、所要時間だけでいったらフランクフルト並みです。つまりヨーロッパ最高峰のアクセッシビリティを誇ると言えると思います。

市内へのアクセッシビリティの重要性については当ブログで散々議論してきた所なのでココでは詳しくは書きませんが、都市アクセッシビリティ関連でどうしても書いておかねばと思うのが市内の状況です。ウィーン市内には縦横無尽に公共交通機関(地下鉄、バス、路面電車)が張り巡らされていて、何処へ行くのにも先ず不自由はしません。

しかしそれ以上に快適なのがこの街のスケール感なんですね。13世紀以来この地を支配してきたハプスブルグ家(Habsburg)の影響かどうか分からないのですが、この街は非常に人間のスケールに合わせて創られています。長く王朝が置かれた都市というのは王宮やら貴族の邸宅やらで何かとヒューマン・スケールを逸脱してしまう事が多いのですが、ウィーンは不思議と人間のスケールが保持されているように感じます。

そして環状路面電車が走っているリンク内だけでなく、少し中心地から離れた所でさえも至る所に大変賑わっている歩行者空間を見出す事が出来ます。



さて、アクセッシビリティ関連でもう一つ。帰りの空港での出来事だったのですが、驚くべき事に出国ゲートでの荷物検査が無かったんですね。あったのは飛行機チケットのチェックだけ。僕はココ数年、ヨーロッパ都市を旅行しまくっていますが、出国ゲートでの荷物検査が無かったのはウィーンが初めてです。これは気持ちが良い。

手荷物、ポケットの中の物、ベルトからラップトップまで全て空けなければならない苦痛と、長蛇の列を経ずに出国ゲートを通る快感といったらありませんでした。今では幾度となく繰り返される検問が当たり前になってしまったのですが、きっと以前はこんな風に素通り出来たんだろうなー、とか思ってしまいます。

テロを警戒しなくても良い、そんな時代がもう一度来るのでしょうか?不安ベースの社会から信頼ベースの社会への移行。もしくは未だ我々が眼にした事が無いような社会への到達。我々の人間性が真に問われる時代が来そうです。



しかしですね、こんな快感が続いたのはホンの束の間の事でした。ウィーン空港での荷物チェックは出国ゲートではなく、飛行機へ乗る直前の個別搭乗ゲートで行われていたんですね。

これははっきり言って不快感極まりない。普通なら搭乗手続き30分くらい前までに搭乗ゲートへ行けばよいのに、この空港の場合は1時間前に並ばなければなりません。更に一度搭乗ゲートを通ってしまうと、そこから出る事は出来ず、ほとんど監禁状態。つまり旅行の最後の醍醐味である空港でのショッピングが思いっきり楽しめないんですね。これはちょっと酷い。というかシステムとしてかなり下手だと思います。これによってウィーン市は観光客にしてもらえるはずの売り上げの何パーセントかを確実に失っていると思います。

その反対に僕が「へぇー」っと感心したのがコレ。





ウィーン空港のほぼ全域で無線LAN(インターネット)が無料で提供されているんですね。だから空港では至る所でラップトップを広げネットに繋いでいる人達を見かけます。このような試みは結構ありそうで無かったサービスだと思います。実際僕はヨーロッパの空港では見た事がありませんでした。バルセロナは勿論、パリやフランクフルトも有料でしたし・・・。

個人的にネットへの接続障壁は下げるべき(つまり無料化すべき)だと思うのですが、そういう意味で言うとウィーン空港のサイバースペース(大枠で言う所のパブリック・スペース)へのアクセッシビリティに関しては満点に近いような気がしますね。
| 都市アクセッシビリティ | 23:27 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
表象文化としてのバルセロナモデル
先日、フランクフルト旅行のエントリで緑の都市計画について書いたのですが、今日の新聞(La vanguardia)にちょっと面白い関連記事が載っていたので紹介します。

ヨーロッパ都市は何処もアーバニゼーションと自家用車の問題に悩まされているのですが、バルセロナも例外ではありません。バルセロナの場合は、一日に1,100,000台の車が郊外から市内に入ってきて、その内の93%が市内に駐車しようとする状況なんですね。

コレが大気汚染を初めとするあらゆる弊害を引き起こしている訳なんですけれども、市民にとって一番大きな問題は駐車上の問題です。市内は慢性的に駐車場不足に悩まされてきました。しかもその駐車場不足が郊外から来るよそ者の為にその地区に住んでいる人が被るのだからたまったものではない。

こんな状況を打破しようと交通局が始めたのが緑のエリア(Area Verde)キャンペーンです。市内各エリアに緑色に塗られたゾーンを一定数確保して、そのエリアにはそこに住んでいる住民しか駐車を認めないという優先駐車場です。

バルセロナ市役所のイニチアティブで、これが始まったのが2005年だったのですが、結果は大成功。住民は駐車場確保の心配をさほどする必要が無くなったし、郊外から来て駐車する人には料金が高めに設定されているので、自家用車使用抑制にもつながっています。

さて、今日の新聞によると、バルセロナ市が始めたこのシステムをお隣のタラゴナ市(Tarragona)が輸入しようとしているという事です。それ自体は何ら珍しい事ではないのですが、このシステムを現すのに使用されている単語が何を隠そう「バルセロナモデル(El modelo Barcelona)」。デカデカと「タラゴナが駐車場不足を解決する為にバルセロナモデルを採用したがっている (Tarragona quiere adaptar el modelo Barcelona para solucionar el deficit de plazas que afecta a los residentes)」と謳っています。

言うまでも無くこのような駐車場システムなんて今や何処の都市でもやっている事で別段バルセロナの発明というわけでもありません。

近年のバルセロナは何か成功した事例があるとすぐにモデルとして外に売り出す傾向が見受けられます。何故か?それは前回書いたように都市計画は都市にとっての最大の広告だからです。

もう一点気になったのは、システムのロゴマークに「緑」を多用し、名前にも「緑」が入っている事。



駐車場を示す枠は従来は白色で書かれていました。それが今や「緑」に変わりました。



これは前回書いた「中世の壁から緑の壁への変化」、ノッリの図におけるネガ・ポジに対応する「白黒から緑への変化」と同じ流れの中にいます。

都市計画、緑、サステイナビリティ、エコロジー、バルセロナモデル・・・これらは全て同じ軸線上に乗っかっている我々の時代の精神を映し出す「表象文化」だと言えると思います。
| バルセロナ都市計画 | 21:06 | comments(2) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
フランクフルト旅行その3:広告としての緑の都市計画
フランクフルトを散策していて驚いたのが緑の多さです。ドイツは環境先進国と言われていますが、今回の旅行でその事を実感しました。至る所に木々が植えられ、ちょっとした森林ゾーンが適度に配置されている。
「同じヨーロッパと言っても北と南でこうも都市に違いが出るものなのか!」と改めて実感させられます。これはどちらが良い・悪いという問題ではなくて、単に都市の特性が違うという事です。これこそ多様性を確保しているヨーロッパの強みなんですね。

例えば、フランクフルト国際空港から市内に入る途中にガラス張りの大変現代的な建築があり、その足元に緑に囲まれた小さな家が点在する村のようなエリアに遭遇します。



以前から気になっていたのですが、市役所の人に聞いたらどうやらコレはウィークエンドハウスだという事です。ドイツでは伝統的に月曜から金曜までは市内で暮らして、週末はのんびりと野菜でも作って静かに暮らすという事が行われているらしいです。





南の都市が海岸沿いに住宅を建てて日光浴に行くだけなのに対して、ドイツでは緑に囲まれた環境や菜園をわざわざ創り出して週末を過ごすという強い意図が見受けられます。こういう些細な所に何故にドイツが環境先進国なのかという理由が隠されているような気がしますね。

さて、フランクフルト観光案内所で貰った地図を眺めていたら面白い事に気が付きました。



中世の城壁の外側を取り囲むように緑の帯が展開しているんですね。

現代都市はこのような壁(見えない境界)を大きく分けて2種類創り出しました。

一つ目はヨーロッパ中の都市が例外無く実行している中心市街地歩行者空間の為の境界です。多くの場合、この境界は中世の城壁と一致し、この見えない境界(壁)を明確に決める事によって、都市はこのエリアに重点的に投資をし、中世風景の再現を目指しています。

もう一つの壁が今日のメインなんですけど、それが緑の壁です。ある一定の厚さ(数十メートルから数百メートルくらい)を持った緑の帯をぐるっと張り巡らせる事によって、その外側への都市の拡散や成長を抑制するというのが主な役割。



上記の写真はミラノ都市戦略の写真です。ミラノ都市戦略に関しては以前のエントリ:ミラノ旅行その7:ミラノの都市戦略その1:都市マーケティング政策、で少し書きましたが、近年は環境戦略にも力を入れている模様ですね。

もう一つ別の例を挙げます。



上記の写真はスペイン、バスク地方のビトリア都市戦略の写真です。ビトリアは都市の発展・拡散を食い止め、都市をコンパクトに保つ為に緑の指輪を創り出しました。何を隠そうビトリアの都市戦略・環境戦略を創ったのは僕達です。今はこの戦略プランに基ついて計画が実行に移されつつあります。

多くのヨーロッパ都市は中世の城壁を持っていました。その城壁は多くの場合、外敵から身を守る為に建設されたんですね。同時に都市をコンパクトに保つ為にも機能してきました。

それに比べて現在建設されている壁は見えない壁です。しかしこの緑の壁はアーバニゼーションという現代都市の病とも言える外敵から、都市自身が身を守る為に建設した第二の壁な訳です。

この堅固な壁から緑の壁への変化は、僕達の時代がエコの時代でありサステイナビリティの時代であるという事を象徴的に示している出来事だと思います。そしてこのような事例は至る所に見出す事が出来ます。



上記の写真は2005年に僕達が計画したバルセロナ・グラシア地区歩行者空間計画の市民向けパンフレットです。歩行者空間=公共空間となる所が緑色に塗りつぶされています。

公共空間と地図といえば、ネガ・ポジという概念の下、白黒を反転する事で公共空間を浮かび上がらせたノリーの図が有名ですが、僕らの時代にはそれが緑色に変わりました。

何故このような事が起きているのか?

それは現代都市最強の「広告」は「緑」、「サステイナビリティ」そして「エコロジー」を謳ったサステイナブル都市計画だからです。故にヨーロッパのどの都市も「緑」を前面に出して都市の居住性の高さを謳っているんですね。皆、毎年発表される都市ランキングに上位ランクされる事に頭を悩ませている訳です。

今の時代、我々を取り巻く全てのものが広告化しようとしています。そして良く目を凝らして見ないと、その広告は見えません。何故なら広告の本質とは「見えない事」にあるからです。
| ヨーロッパ都市政策 | 23:24 | comments(3) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
フランクフルト旅行その2:未来都市としての広告都市
今回の旅行の目的の一つである展覧会に行く途中にフランクフルト応用芸術美術館( Frankfurt Museum of Applied Arts)があったのでちょっと寄ってみる。



一目見ただけでソレと分かるデザインは勿論リチャード・マイヤー(Richard Meier) 設計の美術館です。真っ白なカベと透明感溢れるガラスの組み合わせは濃い緑の中において鋭いコントラストを成し一層映えます。唯、建築として見た時に、それほど成功しているとは言い難いというのも事実。内部もスロープを中心に光溢れる空間を展開しているけど、コレといった見所も特に無く、無難にまとめたという感じかな。



それに比べたらバルセロナ現代美術館(Museo de Arte Contemporáneo de Barcelona)は彼の傑作の内の一つに数えられても良いくらいの質を持っていると思います。





外観・内観共に建築家のやりたかった事と、物語が良く見えて大変気持ちの良い建築に仕上がっていますね。

さて、長々と同じ作者の2つの美術館を引き合いに出し比較したのには訳があります。何故ならこの質の違いこそ我々の時代の建築と建築家、そして表象の問題を包括しているからです。

建築って言うのは基本的に「広告」なんですね。ある時は権力の大きさを表したり、ある時は宗教の繁栄振りを現したりしてきました。(ヴェネチアのサンマルコ寺院 (Basilica di San marco)の装飾はその当時の繁栄と権力を他国に見せ付ける為の最も効果的な広告でした。)



マンハッタンやフランクフルトに竹の子のように林立している超高層ビルの多くは各企業の資本力を表したりしているわけです。(その高さが企業力を表している。)



このように建築が何を表象するのか?もしくは建築に何を表象させるのか?という問題は時代とクライアントによって変遷してきた訳です。

では我々の時代の建築は一体何を表象しているのか?もっと言うと、クライアントである都市は建築家や建築に一体何を表象して欲しいと思っているのか?それこそ僕が当ブログで何度も問題にしている「観光」な訳です。

都市間競争が激化する中、今都市が必要としているのは「観光客を惹き付ける事が出来る建築」です。コレが現在スペイン出身のエンジニア(建築家ではありません)カラトラバ(Santiago Calatrava 通称バカトラバ)の建築が売れに売れている理由なんですね。質も高尚さも全く違うゲーリーの建築が、唯、概観の派手さが似ているというだけで同じ俎上に載せられて議論されているという事実こそ、都市にとって大切なのは派手な外観であり、建築的質では無い事を如実に物語っています。(驚くべきはカラトラバ建築の浸透力です。リポイ(Ripoll)なんていうカタルーニャのクソ田舎にさえも存在するくらいなんですね。)



そして今正に我々の周りを取り囲んでいる環境全てが「広告化」しようとしています。以前にも書いたのですが、その事を大変良く象徴するような状況がバルセロナにありました。下記の写真はバルセロナの中心部、丁度上記のリチャード・マイヤーによるバルセロナ現代美術館の前の壁に描かれたグラフィティを撮影したものです。



プロも顔負けの実力に驚かされます。と同時に、やはりバルセロナはアートの街であり市民の芸術センスの高さにも驚かされるんですね。実際ココへ行くと沢山の観光客が一生懸命記念撮影をしている場面に遭遇します。

しかしですね、ココにグラフィティを書いている人というのは、その辺に居る若者なんかではなくて、市役所に登録して、場合によってはお金を払って書いている人達なんですね。言わばプロ、もしくはセミプロと言っても良い人達です。中には企業に雇われて書いている人も居ます。





何故都市がこんな事をするのかというと勿論目的は一つ。観光客に「デザイン都市」というイメージを植え付ける為であり、観光客を惹き付ける為です。

対照的に道を挟んだ反対側ではリチャード・マイヤー設計の美術館がこれでもかというくらい白く輝いています。こちらのカベには落書き一つありません。何故なら毎朝、掃除のおじちゃん・おばちゃんが一生懸命消しているからです。





何故か?何故ならこの白い壁はバルセロナの純白さを現していて「清潔な都市」というイメージを観光客に持って欲しいからです。

道を挟んで両側では一見、全く逆の行為が行われているかのようです。一方ではカベに落書きが日夜され、もう一方では描かれた落書きが日夜消されている。しかしですね、この一見逆の行為の目的はとても明確に一致しているんですね。何の為か?観光の為です。両行為とも都市のイメージを高める為に仕組まれている事なんですね。

一番効果のある広告とは見えない広告です。あからさまな広告より広告だと分からず我々の潜在下に訴えかける広告ほど効果的なものは無い。今、我々を取り巻く全ての環境が広告と化そうとしています。
| 旅行記:建築 | 18:10 | comments(2) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
フランクフルト旅行その1:フランクフルト(Frankfurt)に見る都市の未来
木曜・金曜とロボットプロジェクト(URUS)のパートナーミーティングがバルセロナ某所で朝から晩まであり、週末は仕事関係の所用でフランクフルト(Frankfurt)へ行ってきました。



フランクフルトに関しては以前のエントリ(都市化する空港と効率指標としてのアクセッシビリティなど)で何度か取り上げたのですが、この都市ほどグローバリゼーションの影響をモロに受け、そのポジティブ・ネガティブ、両方の影響が見事なまでに可視化している都市も少ないと思います。効率性と娯楽性が極度に入り混じり、都市レベルにおいて、娯楽性の為に効率性が使用されようとしているこの都市は、ある意味、都市の未来なのかも知れないと思わされます。

何時もならココで都市アクセッシビリティ評価に入る所なのですが、フランクフルトのダントツのアクセッシビリティについては以前のエントリ、Super Functional City; Frankfurtで詳しく書いたので反復は避けたいと思います。ちなみに空港から中心街まではきっかり15分。帰りは搭乗手続きの1時間前まで街を堪能して、中央駅から15分で空港へ。チェックインカウンターでは無く、自動販売機で搭乗手続きを5分で終わらせて余裕の搭乗でした。

さて、フランクフルトは何故これほどの効率性を持つ事になったのでしょうか?先ず考えられる第一の要因としては勿論空港のハブ化が挙げられるかと思います。フランクフルト空港が開設されたのは1936年で当時は軍基地として使用されていたようです。それがヨーロッパの国際的ハブ空港(Frankfurt am Main International Airport)として使用されるようになったのが1972年。下の写真は1946年当時の焼け野原の写真です。



下の写真は1968年に撮影されたもの。終戦直後からするとかなり復興していますが、現代に繋がるような風景は未だ出てきていません。



下の写真は1979年の写真。



この頃になると既に高層風景が出現しているのが見て取れます。年代的にも空港の発達と期を逸にしていると言えると思います。まあそんな事は当然と言えば当然で、アクセッシビリティが良い所に最もお金が集まるというのは世の常。ちなみに道と道が交差する所に市が立ち上がって公共空間になったというのは良く知られた話ですね。それよりも注目すべきは国際ハブ空港を誘致する事を1960年代に既に思い付いていたフランクフルト市の戦略性ですね。その裏には勿論、ユルゲン・ハーバーマス(Jürgen Habermas)を中心とするフランクフルト学派(Frankfurt School)が噛んでいるだろう事は容易に想像が付く所です。

現代のアクセッシビリティについてもう少し言えば、空港と並んで重要な機能が港なのですが、フランクフルトの場合はそれをライン川(River Main)の機能で補充しているようですね。この2つの機能を持つ事が都市の発達においては必要不可欠なのですが、コレこそアムステルダム(Ámsterdam)が急成長を遂げた要因であり、現在バルセロナが急ピッチで進めている計画な訳です。これをされると困るのがマドリッド。だから中央政府はナカナカ「ウン」と首を立てに振らない訳ですね。

さて、まあココまでなら良くある話で、例えばロンドンなんかシティ・オブ・ロンドン(City of London)とか言うヨーロッパ随一を誇る金融街を持っています。それを表象しているのがリチャード・ロジャース(Richard Rogers)のロイズ オブ ロンドン(Lloyd's of London)であり、ノーマン・フォスター(Norman Foster) のスイス・リ本社ビル(Swiss Re Headquarters)な訳です。ちなみにフランクフルトの顔であるコメルツ銀行本社ビル(Commerzbank)を設計したのは同じくフォスターです。いち早く環境負荷を考慮に入れて高層をデザインしている辺りはさすが天才、サー、ノーマン・フォスター。

さて、フランクフルトが他の都市と一味も二味も違う点は、このような急激なグローバリゼーションの波に浸された結果、グローバリゼーションの負の面である都市の闇が如実に市内に可視化される事となってしまった点なんですね。グローバリゼーションの真っ只中に居るヨーロッパの現代都市は必ず2つの顔を持っています。そして表の顔が美しければ美しい程、裏の顔は何処か見えない所へと隠される事となります。(典型的な例がこちら:都市の闇:ヴェネチア(Venezia)の裏の顔とジェントリフィケーション(Gentrification))

しかしフランクフルトの場合はその見えない筈の負の面が隠される訳でも無く、堂々と表に出て来て、前述の金融街とまるで対を成しているかのように成り立っている。しかもその「負の面」が今正に「正の面」へと変化しようとしているかのようです。それがヨーロッパ随一とも言われるフランクフルトの風俗産業です。今やフランクフルトはアムステルダムと並ぶ風俗の聖地(性地)と化しました。

下の写真は駅前から金融街を見た所。



夜に同じ場所から同じ方向を見ると街は違う顔を現します。





ピンクや赤、青色のネオンの部分は全て風俗です。



アムステルダムの飾り窓は国際的に有名ですが、多分フランクフルトの風俗産業の発展振りはこの街を訪れた事のある人しか知らないと思います。ちなみにドイツでは売春は合法らしいです。

風俗産業と言うと僕等日本人は陰気、危険、悪というイメージを抱きがちですが、アムステルダムと同様、ココにはそんなイメージは一切無いように思われます。(少なくとも街中を歩いていて危険だと感じる事はありませんでした。)

反対に性をポジティブなモノと捕らえた陽気さすら漂っています。フランクフルト市はオフィシャルにこの地域を宣伝してはいませんが、実質既に観光名所化している事実を考えると近い将来、市役所が大々的に宣伝し始めるのも時間の問題かと思われます。何故なら観光客がココに落としていってくれる金額は無視出来ない程、都市の収入に占める割合が高いと思われるからです。

真夜中、ホテルの窓から金融街の表象である超高層を眺めながら、その足元にそれが惹き付けてしまう「もう一つの欲望」の風景を見ていると、この街が表象しているモノこそ、人間そのものなのではないのか?と思えてきてしまいます。同時に、人間の欲望とはなんて深いんだとも思わされます。ココには人間の欲望の内の2つもが表象されているのですから。
| ヨーロッパ都市政策 | 19:50 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
ミラノ(Milano)旅行その1:都市アクセッシビリティ評価
木曜日から週末を利用してミラノに旅行に来ています。主な目的はゴシック建築の最高傑作と言われているドゥオーモ(Duomo)とラファエロ・サンティ(Raffaello Santi)のアテナイの学童の下書きを見る事です。特に去年のローマ旅行以来、ラファエロの大ファンになってしまった僕にとっては、彼の大傑作であるアテナイの学童関連を見られるのは本当にうれしい。

とりあえず、毎回恒例の都市アクセッシビリティ評価からいってみたいと思います。ミラノにはマルペンサ空港(Malpensa Airport)とリナーテ空港(Linate)という2つの国際空港が存在します。バルセロナからの今回のフライトではマルペンサ空港を利用しました。空港が2つに分かれている為か、国際都市の空港にしてはちょっと小さめかなという印象を受ける。

空港から市内へのアクセスはバス、鉄道があるようですが、今回はバスを選びました。空港を出た直ぐの所にバス停があり、20分おきに1本の割合で運行しています。ちなみに値段は7ユーロ。

20分に1本は国際都市にしては少ない方だと思いますね。値段が7ユーロというのもちょっと割高かな。しかも所要時間が50分。(バルセロナの場合は3.5ユーロで約5分おきにバスが出ています。所要時間は約20分)空港から市内までが50分というのは絶望的に遠い。その間、ヴェネチアのようにロマンチックな光景を見せてくれる訳でもなく、他都市と同様に郊外に広がるアーバニゼーションと高速道路という最悪のコンビネーションを永延と見せられる。しかもてっきり街の中心にあるドゥオーモ(Duomo)に着くのかと思いきや中心街とは程遠いミラノ中央駅(Staz Milano Centrale F.S.)に降ろされる。ドゥオーモよりもこっちの方が便利なのか???ちょっと訳が分からない。

唯一の救いはこのバスが約35分で見本市会場(Fiera Campionaria)を経由する事ですね。35分というのは優良とは言わないまでも、そんなに悪くない数字だと思います。

都市戦略という観点で見た場合、近年の見本市による来街者数と彼らが落としていってくれるお金は馬鹿にならないどころか、主な収入源の一つになりつつあります。その決め手となるのが見本市会場が何処に位置するかという問題と空港からのアクセッシビリティの問題です。この2つの問題が解決出来て初めて見本市という道具が都市の為に機能するようになるわけです。

上記の点を差し引いたとしてもミラノの都市アクセッシビリティはきわめて悪いと言わざるを得ません。僕の持っている2007年度版地球の歩き方によると、マルペンサ空港とミラノ北駅(Stazione Nordo Milano)を30分に一本の割合で約40分で結んでいるらしいけど、それにしたって普通以下の評価しか与えられませんね。

空港という機能が広大な敷地と騒音などの関係によって都市中心街からは遠く離れた所に建設されなければならず、その間を低所得者用の住宅や工場などが占めていくというのは逃れられない都市の宿命なのですが、それにしてもどうにかならないものですかね?せっかくウキウキ気分で旅行に来て飛行機を降りて、「さあ、これから楽しむぞ」という時に、いきなりこんな風景を見せられたらやる気が失せる。
今の所、この問題を解決出来ているのは僕が訪れた中ではフランクフルト空港だけですね。

ミラノ(Milano)旅行その2:ミラノのドゥオーモ(Duomo di Milano):文化の多様性をゴシック建築の多様性に見るに続く。

追記:
市内からの帰りはマルペンサ・エクスプレス(Malpensa Express)というマルペンサ空港への特急を利用しました。市内ドゥオーモ近くのCadorna駅から約30分おきに出ています。料金は11ユーロで所要時間約40分。
| 都市アクセッシビリティ | 06:08 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
都市の闇:ヴェネチア(Venezia)の裏の顔とジェントリフィケーション(Gentrification)
水の都ヴェネチアという都市は本当に美しい都市です。建物から都市構造に至るまで数百年の歴史が大変良く保存され、訪れた者を中世の世界にタイムトリップさせる魅惑ある都市です。





しかし、どんな都市にも表の顔と裏の顔があります。都市が美しければ美しい程、それは汚いもの・目障りなものが排除されているという結果なんですね。特に各都市が観光客を奪い合う都市間競争の時代においては、必然的に都市の必須課題は如何にして都市美を捏造するかに傾けられます。そしてその弊害が必ず都市の何処かに現れてくる。

例えば僕がよく利用する超効率都市フランクフルト。90年代初頭、フランクフルトは金融街として急成長を遂げました。



その頃、「グローバルシティ(Global City)」という分かり易い標語を掲げ、ニューヨーク、ロンドン、東京を中心にせっせと論文を生産していたサスキア・サッセン(Saskia Sassen)ジョルディ・ボージャ(Jordi Borja)が「フランクフルトもグローバルシティに加えたら」と助言したというのは有名な話。



市内を流れるライン川から金融街を見た風景はあまりにも有名ですが、その足元にアムステルダムと並ぶ、ヨーロッパ最大の風俗街が広がっているのは現地へ行った人しか知り得ないと思います。



「急発展するグローバル都市」というイメージを売りにしたいフランクフルトは、竹の子のように生える風景を前面に出す事はしても、グローバル化による負の面の象徴とも言える風俗街の写真を表に出す事は先ず無いからです。

さてヨーロッパ都市において排除されるものは、歴史的中心市街地を覆う城壁の外へと放り出されるのが定石なのですが、ここヴェネチアでは本島全てが歴史的地区に当たり、その外は海。という事は、本島の何処かに隔離部分があるか、もしくは本島を渡った所にヴェネチア市民の真の生活が広がっているか?のどちらかという事になると思います。

そもそも僕は街を歩いている時からヴェネチア本島に果たして市民が住んでいるのかどうか?は大変疑問でした。生活感がまるで無かったからです。職業柄、旅に出るとやはりその土地の公共空間に注目してしまいます。何故ならユルゲン・ハーバーマス(Jurgen Habermas)が言うように、「公共空間とは都市の表象であるから」なんですね。つまり公共空間を見れば、その都市がどんな都市かが大方分かるというわけです。

ヴェネチアの公共空間を観察していて思ったのは、先ず第一にボールを蹴っている子供達や日向ぼっこをしているおじいさんなどが見当たらないという事でした。つまり市民の姿をあまり見かけなかったのです。見かけるのは何処も観光客ばかり。

これはある意味すごい。最近ものすごい勢いでジェントリフィケーションが進んでいるバルセロナ中心街においてさえも、スケートボードをしている子供やボールを蹴っている子供達、犬の散歩をしている人々が観光客に混じっています。その姿が無い風景は正にディズニーランド。(ちなみに昨日の新聞( La Vanguardia)によると、不動産バブルがはじけ気味なスペインでは昨年の同じ時期と比べて新築物件価格が27%下落し、賃貸価格が5%上昇した模様。インフレ中の物価上昇指数は4.4%)

これは明らかに過度の観光化によるジェントリフィケーション(Gentrification)の弊害でしょうね。限りある土地において、全てが観光化されている本島では全てが高すぎる。市民の足であるヴァポレット(Vaporetto)と呼ばれる水上バスは初乗りが6.5ユーロで72時間券で31ユーロ。2005年度の料金がそれぞれ5ユーロ、25ユーロだった事を考えると3年で1,2−3倍になってる。(住居権を持っている市民には定期券とかあるのでしょうか?)コーヒー一杯3−5ユーロ。サンドイッチが4−6ユーロ。スーパーや日用雑貨を売っている店はあまり見かけなかったし・・・

これは一般市民が住む価格レベルじゃありません。市内総生産の6割以上を占め、雇用も4割を超えている観光関連産業を第一に考えるのは良く分かる。しかしながら、都市の活力は市民であって、市民こそがその都市にとっての最大の魅力なはずです。イタリア研究で著名な宗田好史さんは、彼の記念碑的名著、「にぎわいを呼ぶイタリアのまちつくり:歴史的景観の再生と商業政策」の中で、イタリアのジェントリフィケーションの特徴を、「都心の住民、とくに中商工業者が豊かになったこと」とされていますが、ヴェネチアの場合、豊かになった住民はそのまま島に残るのでしょうか?もしくは何処かへ非難するのでしょうか?どうなんでしょう、その辺?

住民って何処に住んでるんだろうなーとか思いながら探した所、居ました。(何かナメック星でナメック星人探しているフリーザみたいですが。そう言えばイタリアでよくピッコロという言葉を耳にしました。イタリア語で小さいという意味らしいです。)

先ずは本島の南側、ヴェネチア・ビエンナーレが行われる所辺り。



まるで隔離されたかのように、その辺り一帯の建物一階部分には何も諸活動(カフェなどの)が入っておらず、建物から建物へと所狭しと洗濯物が掛けられています。





人通りは全く無く、まるで死んでいるかのよう。観光客だとまる分かりな僕が一人で歩くのがちょっと怖いくらい。この辺りは明らかに市によって計画的に隔離された公共経営集合住宅地区だと思います。中心街のジェントリフィケーションによって以前のエリアには住めなくなった人達が移動させられたエリアだと推測します。

そしてもう一つ。こちらが本命だと思うのですが、ヴェネチア本島が大陸と唯一繋がっている鉄道路線を渡った直ぐの所。





歴史的建造物が保存されている本島とは対照的に、ここからは工場地帯が乱雑に広がっています。





更に行くと、何処にでも広がっているような独立住居風景が限りなく続いているという状況。これが中世の姿を今に残すヴェネチアの本当の顔ですね。

グローバル化の波にさらされている現代都市には必ず2つの顔があります。そして優雅で楽しげな表の顔の裏に隠されている裏の顔にこそ、その都市の本質を見る事が出来るのです。そしてそこにどの程度の資金が投入され、どの程度の計画がなされているかで、その都市の底力と実力が分かるんですね。

とは言っても、イタリアは本当によくやっていると思います。安易な大規模開発に走らずに、こつこつと建築的な改修や改造で都市再生を解決したのだから。そんな地道な努力を続け、アメリカ型ではないオルタナティブを示したイタリアの事例だからこそ、ジェントリフィケーションのコントロール不可能性と恐ろしさが分かるというものです。

バルセロナ現代文化センターのアルベルト(Albert Garcia Espuche)が大変に優れた展覧会とカタログ( La reconquiesta de EUROPA: Espacio publico urbano 1980-1999)で示したように、ヨーロッパの諸都市は80−90年代を通して疲弊した歴史的中心地区をパブリック・スペースの改善を通して再生してきました。そしてその試みは大変うまくいきました。しかし僕達が今直面している問題は単なる改善・再生ではなく、その後の問題なんですね。そしてその問題に対して我々は未だ有効な手立てを持っていません。

都市間競争の欲望が「都市再生」を後押しし、都市美を創り出した所に必ずと言って良いほど現れる怪物。

マルクスとエンゲルスが言った言葉を現代ならこんな風に言い換える事が出来るのではないかと思います。

「一匹の妖怪がヨーロッパを徘徊している。ジェントリフィケーションという妖怪が」。
| ヨーロッパ都市政策 | 20:56 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
ヴェネツィア(Venezia)旅行その1:「奥」のある風景
ヨーロッパは先週末からキリスト教に関する祝日(復活祭)で2週間程のバケーションに入りました。と言う訳で僕はイタリアはヴェネツィア(Venezia)に来ています。8日程の滞在です。目的は勿論、都市と建築。特にスカルパ(Carlo Scarpa)は大変楽しみです。

今回はバルセロナ−フランクフルト経由でヴェネツィアのマルコポーロ空港(Aeroporto Marco Polo)に入りました。ヨーロッパでも僕の大のお気に入りのフランクフルト国際空港(Frankflut International Airport)です。今回はトランジットが2時間30分だった為、大変居心地の良いカフェでパソコンを繋ぎ少し仕事をしました。その後、約1時間のフライトで無事ベネチア到着。

とりあえず毎回恒例の都市アクセッシビリティ評価からいってみたいと思います。といっても、この都市は他都市と簡単に比較は出来ません。何故なら良く知られているようにヴェネツィアは海に浮かんでいるので空港から市内へは主に船(Alilaguna社)でアクセスする事になるからです。(鉄道やバスもあるようですが、今回は利用しませんでした)その船が30分おきに空港と市内を結んでいます。大きな船なのかな?と思っていたらそれ程大きくも無く結構揺れたのにはビックリ。しかし船が島に近付くにつれて街明りが見え、それが次第に大きくなってくる様子は感動的ですらある。これはかなりロマンチックですね。所要時間約60分と、機能性からのみ見た場合、他の都市に比べてアクセッシビリティとしては最悪に近い数値ですが、都市の魅力を高める物語性という要素を考慮した場合、空港から市内へのアプローチとしては必ずしも悪くは無いと思います。

実はこのような物語性こそが他都市に圧倒的に欠けている要素なんですね。何故か?空港というのは大抵の場合、郊外に造られる事がほとんどです。そして都市と空港の間に出来る空間には工場や低所得者の住居といったような、乱雑極まりない風景が広がっています。これは世界中、ほぼどの都市でも言える事だと思います。

僕が日本に帰国する時に使用する中部国際空港は空港機能としては最上級に入る空港だと思います。海に浮いている為に、飛行機はあたかも海の中に入っていくようなアプローチをとります。それを知らない外国人は機内で感動的にその風景を見つめています。そして空港を出た目の前に高速列車が止まっていてスロープを降りてそのまま乗り込むことが出来るという使い勝手の良さ。

ここまでは満点に近い数字です。この後、列車は30分かけて名古屋市内中心部にアプローチするのですが、コレがまずい。空港を出てすぐの所の風景が悪すぎる。汚い看板や日本特有の戸建て住宅が永遠と続く風景ははっきり言って汚い。僕ならこの辺り一体は日本映画村を誘致して、外国人旅行者に「日本は伝説の通り、未だにちょんまげをした侍が街を歩いているのか?」と思わせますね。その後、金山−名古屋に続く超高層ビルを見せ、「おー、日本はやはり伝統とテクノロジーが融合した素晴らしい国だ」とかいう印象を与えて、つかみはOK。その後、昼ごはんには名古屋名物味噌カツで決まりでしょう。

この点、ヴェネツィアは海に浮いているという時点で何もする必要なくロマンチック度満点。なんたって、海からのアプローチですからね。まるでビルゲイツの家のようだ。違うか、ビルゲイツが真似したのか。

さて、ヴェネツィア初日、早速街を歩いてみました。そして直ぐに気が付いた事が車の気配の無い事。そうなんです、この都市には車が存在しません。これはすごい体験です。何故なら普段、当たり前だと思っている環境要素の一つが無いのですから。そしてこの事は僕達に都市というものは五感を通してこそ感じられるものであるという、当たり前の事を思い出させてくれます。車の発する音、路上駐車による視覚、排気ガスによる嗅覚など、普段我々が都市に対して抱いている感受性がこの都市では全く違います。

僕はヨーロッパでは一応、歩行者空間計画エキスパートなので、この都市は僕たちにとっての理想都市だという事になります。僕達が実現したバルセロナのグラシア地区歩行者天国空間22@BCNで現在実現されつつある歩行者空間などでは、居住者の自家用車や救急車両などは通行を許可していますので、完全歩行者空間ではありません。それが実現出来るとも思ってませんし、そこまでやる必要は無いと思います。第一、ヴェネツィアはあまりに特殊解過ぎる。ここでは市民の足は市内を組まなく網羅する運河を流れる舟です。それがあるからこそ車を排除出来た訳ですし。

しかしヴェネツィアを、都市の環境という視点から見たその快適性は圧倒的なのでは無いでしょうか?車の騒音や路上駐車が無い環境がこんなにも気持ちの良いものだとは思っても見ませんでした。そしてこの事は僕たちが目指す方向がそれなりに間違ってはいないものであると言う事を後押ししてくれているような気がします。

そんなこんなで、ヴェネツィア市民の足である公共交通機関である船に乗ってみました。興味深い事にこれらの船は幾つかの種類に分かれていて、それぞれバスやタクシーなど地上の公共交通機関に対応しています。これは2つの事を指し示していると思います。

一つ目はヴェネツィアの人々にとって運河が他都市における道路や街路と同じ機能を持っているという事。つまり生活におけるインフラという事ですね。もう一つはあまりにも浸透してしまった交通という隠喩です。つまりこれらの船に別に「バス」だとか「タクシー」だとかという地上交通系と同じ名前を付けなくても、高速船とか大型船と呼んだ方が自然なような気がする訳です。それにも関わらず、バスやタクシーという隠喩を使うのは、それだけ我々の意識の中にそれらのシステムが刷り込まれている証拠です。

さて、よく知られているようにヴェネツィアのど真ん中には逆S字型に大運河が流れています。この運河に沿って水上バスが運行しているんですが、今朝一番に端から端まで乗ってみて気が付いた事があります。それはこの運河がうねっている為に、いい具合で「奥」が発生している事です。

例えばコレ。



前方に向かって右側に曲がっていこうとする運河は、勿論その先が見えません。自然と想像力を掻き立てられます。一体この先に何があるのかと。

この写真は有名なリアルト橋(Ponte di Rialto)にアプローチしている所の写真です。













同じく右側に曲がっていく為に橋の左側から少しずつ見え始めてきます。段々と近付くにつれて全体像が見え、最後は橋を通して向こうの景色が広がり、更にその向こうの景色の先も曲がっている為に想像力を又掻き立てられるという物語が発生しています。

これは何も大運河に限った事ではなくて、小さな路地や小運河で構成されているヴェネツィアの都市全体が「奥」を生み出す装置になっているのです。そしてこれがこの都市に劇的な豊かさを生み出していると思います。道を歩いていて、もしくは船に乗っていて、こんなにわくわくする都市は珍しい。

そしてもう一つこの都市を豊かにしているのは、曲がりくねった先にある小さな楽園とでもいうべき緑あふれた庭園や中庭空間。





前にも書いたように、地中海都市では居住密度が高いので自分の家を補完するかのように公共空間が存在し使用されます。居間が狭く暗い代わりに自分の家の前に日の良く当たるパブリックスペースがあるといった具合に。ヴェネツィアも例外ではありません。しかしヴェネツィアの街が僕に教えてくれるのは、人はデザインする前提条件が悪くなればなるほど、知恵を絞り、その結果、大変に良いものが出来るという事実です。

僕たちは敷地条件だとか、隣接する家屋のデザインだとかといった、ある程度の縛りがあるからこそデザインを始める事が出来るんですね。そしてそういう中からこそ創造力という人間に与えられた、パソコンなどの機械とは違う能力を使って何かを創り出す事が出来るわけです。もし、何も無い所で白紙から始めろと言われてデザインを発展させる事が出来る人が一体何人いるでしょうか?ヴェネツィアの街は人間の知恵と創造力の奥深さを僕に改めて教えてくれました。
| 都市アクセッシビリティ | 23:37 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
都市化する空港と効率指標としてのアクセッシビリティ
先週、スペインの新聞、ラ・バングアルディア( La Vanguardia)に「空港都市( Aeropolis)」という記事が出ていました。過去、駅や港を中心として都市が発展したように、現在ではその役割を空港が担っているという話から始まって、空港内のアミューズメントパーク化に伴う空港それ自体の都市化といった内容でした。

空港は駅や港と違って必然的に郊外に建設されます。よってそれ自体で完結する事が多く、それ自体が一つの都市と見なされると言う訳ですね。建築の世界ではそんな事、90年代初頭からレム・コールハース(Rem Koolhaas)などによって盛んに議論されてきた所なので取り立てて目新しいという事でもないですけどね。

しかし実際に仕事やプライベートで空港を頻繁に使う僕の経験から言って、空港の都市化よりももっと重要で切実なのが、市街地へのアクセッシビリティの問題だと思うんですね。

それは現代都市が競って自分の所に誘致しようとしているハブ空港になればなるほど、その傾向が強いと思います。つまり空港が大きく多機能になればなるほど、空港内で完結するのではなく、市街地と空港のアクセッシビリティの良し悪しが空港評価に影響力を持ってくると言う事です。何故ならハブになればなるほどトランジットの問題が出てくるからなんですね。

例えば、空港内ショッピングが幾ら充実しているからといったって、空港に3時間釘付けはちょっときつい。そんな時、街まで足を伸ばしてみるかという思いが頭をよぎるけれど、中心街まで1時間とかだと行き帰りに2時間取られてしまって残り1時間。だったら「やめよー」という事になる。しかし中心街まで30分以下なら行き帰りで1時間。残り2時間は十分に遊べるので「じゃ、行くか」という事になる。そしてそれは空港選びに多大なる影響を及ぼします。

実際、僕は上記のような理由でなるべくフランクフルト国際空港(Frankfurt International Airport)を選ぶ事にしています。何故なら以前のエントリで書いたように、ヨーロッパにおいてフランクフルトほど機能効率を考えて創られた空港は他に無いんじゃないかというくらい空港から都市へのアクセッシビリティが良いからです。

フランクフルト国際空港から中心街までは電車で15分。その電車が10分から15分おきに頻繁に運行しています。空港・中心街間の行き帰りに1時間見ておけば十分といったアクセッシビリティの良さです。そうすると当然のようにトランジットの時間を利用して街に繰り出して昼食やコーヒー、街中散策をするといったシナリオが頭に浮かぶ事となります。更に、シュテーデル美術館(Das Stadel)に足を延ばしてフェルメール(Vermeer)の「地理学者(Der Geograph)」を見て来ると言うことも十分に実現可能なシナリオです。(以前、フランクフルトに行った時に正確に時間を計った結果はこちら

これは些細な事のようでいて、実は都市の経済活動においては非常に重要であると言えると思うんですね。空港にお金を落としてもらう事は勿論として、普通なら通り過ぎるだけの客に如何に都市にまで足を運ばせるか?ひいては、如何に都市内でお金を落としていってもらうか?

そのような認識を都市戦略に取り入れ実践しているのがバルセロナ都市戦略です。そこの所に自覚的だからこそ、新しいハブ空港の建設と同時に空港と市街地を結ぶ高速列車の建設を急ピッチで進めている訳です。

更にバルセロナには空港と並ぶもう一つの重要な都市間モビリティの要素、バルセロナ港があります。この空港と港という2つのエレメントがインフラで結ばれた時、都市は多大なる競争力を持つ事となります。(その良い例がアムステルダム)それを知っていたからこそマドリッドは高速列車建設に「うん」と言わなかった訳ですね。

更にバルセロナは現在、22@BCNに見られるように旧工業地帯を知識型社会へ移行させる為の核として戦略的にIT関連企業や文化産業を優先誘致しています。(切り札になっているのは容積率緩和でITやデザイン関係企業が立地する場合には270%まで容積率を緩和する政策を打ち出しています)。

空港とアクセシビリティ、知識型社会への移行という2つの軸の交点により創出されたのが、以前のエントリでも書いたポンペウ・ファブラ大学(Pompeu Fabra University)情報技術学部(Dept. Tecnoloogies de la informacion i les comunicaciones)新棟誘致の例。

知識型社会において、街全体の戦略性を高める為には大学との連携が欠かせないのは言うまでもありません。逆にグローバルに展開する企業や大学にとっては、何処の都市にフィジカルに立地するかという決定に大きな影響を与えるのが都市の快適性。この場合の快適性とは気候や食事のおいしさなどの居住性から他都市へのモビリティやアクセッシビリティをも含んでいます。

このような観点で見た時の「都市に立地したいランキング」がヨーロッパでは良く発表され、それが都市の競争力の指標として語られます。前回発表された時は、一位がロンドン、2位がパリ、3位がフランクフルト、4位がバルセロナ、5位がブルッセルと続いていました。

さて、前述のポンペウ・ファブラ大学の情報技術学部新棟に選ばれたのは旧市街地に立地していたフランカ駅(Estacio de Franca)でした。今までほとんど使われていなかったフランカ駅の屋社を買い取ってそこを学部棟にしちゃったんですね。位置としては旧市街にありながらも海のまん前という好立地。更にその後カタルーニャ州政府とバルセロナ市役所の後押しによって、空港からの直通列車が開通、30分おきに運行し空港まで30分で運んでくれます。

ここで想定されているシナリオはこんな感じ。

IT関連会社の研究員が大学で講義を依頼された時。空港に降り立ち、直通電車で大学棟まで30分で来る。駅を出た所が講義棟なので駅から大学までの移動時間は無し。講義後、目の前のバルセロナ港に面したレストランで海の幸を堪能する。昼食後、歩いて5分の所にある旧市街を散策。飛行機のチェックイン1時間前まで市街地を散策し、大学構内にある駅から30分で空港に到着というシナリオ。

こんなアクセッシビリティの良さが手伝って今ではYahoo研究所(Yahoo Research)Barcelona Mediaといったグローバル企業がこの棟に居住する事となり、その結果この棟では頻繁にインターナショナルな論客を招いてカンファレンスが行われています。

注目すべきなのは、このような都市へのアクセッシビリティを価値観だと認識し、都市が都市戦略を都市計画に反映させ、且つ、世界の企業がそれを競争力と見なしているという事です。前述した新聞に各空港の乗客利用数を指標とした空港ランキングが載っていました。それによると、

1. Hartsfield-Jackson: Atlanta, U.S.: 84.846.639
2. O'Hare International: chicago, U.S.: 77.028.134
3. London Heathrow: London, U.K.: 67.880.753
4. Tokyo Haneda: Tokyo, Japan: 65.810.672
5. LosAngels: Los Angels, U.S.: 61.041.066
6. Dallas-Forth Worth: Dallas, U.S.: 60.226.138
7. Pari, Charles de Gaulle: Paris, France: 56.849.567
8. Fransfurt: Fransfurt, Germany: 52.810.683
9. Pekin Capital: Pekin, China: 48.654.770
10. Denver: Denver, U.S.: 47.325.016
11. McCarran: Las Vegas, U.S.: 46.193.329
12. Amsterdam Schiphol: Amsterdam, Holanda: 46.065.719
13. Madrid Barajas: Madrid, Spain: 45.501.168
14. Hong Kong: Hong Kong, China: 43.857.908
15. John F.Kennedy: N.Y., U.S.: 43.762.282

しかし「何人の人が空港を利用したか」という指標が示す空港の規模だけの指標では空港の利便性はもはや図れない時代が来ているのではないのではしょうか?特に都市間のモビリティを確保する空港を都市発展の要に置く都市戦略上に据えた場合、それを都市との間のアクセッシビリティで測る事が必要となってきていると思います。そのような指標を視野に入れた時、上述のランキングはがらりと変わるはずです。そしてそれこそが現代都市における空港の真の価値を反映していると思います。
| 都市アクセッシビリティ | 23:26 | comments(2) | trackbacks(2) | このエントリーをはてなブックマークに追加
ヨーロッパのバス停デザイン:バルセロナ新バス停計画
今日はオフィスでJCデコー(JC Decaux)、TMB(バルセロナ交通局)、22@BCNとバス停計画について打ち合わせ。長年付き合ってきたこの計画もいよいよ大詰め。

多くのヨーロッパ都市には屋外広告に関して大変に厳しい規制が存在します。何故なら都市景観というのは市民の公共財であるという認識が高くそれを汚すような広告というのは社会的共通資本を侵害する行為であるという意識があるからです。そんなヨーロッパ独特の感覚から屋外広告会社という職種が生まれてくるのは何も不思議な事ではないように思われます。

彼らの仕事は如何に広告を都市景観になじませるかという事に尽きると思います。下記の写真はパリやバルセロナの街角で見かける広告塔です。景観に良くなじんでいると思います。



そんな彼らが目を付けたのがバス停なんですね。ヨーロッパ都市の至る所に見られるバス停には必ずと言ってよいほど広告がくっついているのはそのためです。そして良く目を凝らしてみるとそれらの多くにJC Decauxという文字が入っているのに気が付くのではないでしょうか。このデコーという会社は世界屋外広告市場をほぼ独占しているフランスの会社でセニョール・デコーが運営しています。ちなみに僕はセニョール・デコーには会った事はありません。何時もミーティングに来てくれるのはスペインのディレクターなので・・・

デコー社は屋外広告を軸として様々な事業を展開しています。最近日本でも話題になったパリ市がデコー社と組んで自転車サービスを開始するというニュースは良く知られていると思います。まあ、自転車サービスについて言えばパイオニアはドイツのCall a bikeです。



パリ、モンペリエ、バルセロナなどが運営している自転車サービスは決まった所に自転車を探しに行き、街中に散在する決まった駐輪場に返すというのが一般的なサービスの流れです。それに対してドイツでは決まった駐輪場に返さなくても良いというのが最も大きな特徴となっています。つまりその辺に乗り捨ててもいいんですね。自転車サービスを受けたい人もその辺にあるのを見つけて乗るという仕組み。

さて、バス停デザイン計画に関与している事から旅行に行くと何気に各国のバス停には注意を払っています。



これはフランクフルトのバス停です。驚いたのがバス停にかなり薄い液晶が付いている事。



これは僕らもやりたかったんですがバンダリズムなどの関係で実現できず。マサチューセッツ工科大学(MIT)のCarols Rattiが巨大液晶付きのバス停を提案していますが、これは2008年に開かれるサラゴサ万博のためにデザインされたものです。



つまり展覧会という限られたコンテクストだから実現出来たデザインだといえると思います。僕らのように現実の都市を相手にしているとこうはいかない。そういう意味でもフランクフルトは良くやったなと思います。





こちらはベルリンのバス停。壁掛け薄型液晶ではなくて独立型。ちょっとかっこ悪いけどかなり現実的な解決法だと思います。



これはイタリアのバス停。バス停というかバスの時刻表示のみ。まあこれもアリか。
| 仕事 | 19:48 | comments(0) | trackbacks(35) | このエントリーをはてなブックマークに追加
ロンドン旅行その1
12月29日から1月4日まで休暇を利用してロンドンへ旅行に行っていました。こちらに来て以来行きたかった都市の一つだったのですがナカカナ機会に恵まれずに行く事が出来ませんでした。今回思い切ってロンドン行きを決行したのには幾つか理由があります。最も大きな理由はフォスターに代表されるイギリス建築を思いっきり見てみたかったからです。今まで散々書籍等で見ましたがやっぱり建築というのは実物を見ない事には批評は出来ませんからね。

さて、バルセロナ空港からガトウィック空港まで約2時間。スペイン航空会社の格安航空機Easyjetでの空の旅です。その価格、往復で何と30ユーロ。これは安い!!!日によっては1ユーロというのもあります。ガトウィック空港到着後、早速入国審査がある。先ずは入国カードに記載の上、入国官とのインタビュー。何処から来たのか、イギリスで何をするのか、何日くらい居るのか、現在何をしているのか?などかなり詳しく聞かれる。今まで様々な国へ行きましたがこんなに厳しいのは初めて。

先ずは恒例のアクセッシビリティ評価を行いましょう。ガトウィック空港にはロンドン中心街までの直通列車が空港を出た目の前に配備されています。この列車に乗れば中心街まで約30分。15分おきに電車が来るので待ち時間も殆ど無いといってよいでしょう。ただ値段が高い。12ポンド=約19ユーロ=3000円。フランクフルトが中心街まで20分で3.5ユーロ。バルセロナの場合、バスで30分で3.5ユーロを考えると尋常ではない値段の高さと言う事になります。ロンドンは物価が高いとは聞いていたけれどまさかこれほどとは・・・いきなりショックでした。

ホテルに到着後早速街をぶらぶらと歩いてみる。第一印象:日本人が無茶苦茶居る。こんなに大量の日本人を見たのは久しぶり。そして驚いたのが日本食レストランと日本食材店の充実ぶり。日本食材店なんてもう日本のコンビニそのもの。「ふじっこ」まで売ってるし。すげーー。和菓子屋さんも発見しました。あんこ系のオハギとドラ焼きを買ってロンドン初日は日本食に浸りました。
| 旅行記:都市 | 04:59 | comments(0) | trackbacks(35) | このエントリーをはてなブックマークに追加
セント・パンクラス駅(St Pancras International)
イギリスとヨーロッパ大陸を結ぶ国際高速列車:ユーロスターの発着駅がウォータールー駅(Waterloo)からセント・パンクラス駅(St Pancras International)に代わるそうです。ウォータール駅と言えばその大変斬新なデザインで知られていますよね。敢えて構造を見せるデザインで外側に走っていた骨組みがガラスの皮膜を堺に切り返すように内側に入り込むデザインはかなり趣味が良い。年末はロンドンへ行く予定なのでこの建築は絶対に見たいリストに入っています。

さて、今日のテーマはアクセッシビリティです。旅行に行くと空港から中心街までのアクセッシビリティを何時も計ります。何故かというとそれがその都市の「生活の質」を計る一つの指標に成り得ると思うからです。同時に都市の競争力を測る指標にもなる。鉄道というのは言うまでも無く都市生活に欠かせません。ロンドンからパリまでは414kmで2時間15分。と言う事は朝ロンドンを出て午前中会議をして夕方には帰宅というシナリオが十分に考えられる。僕の場合はそれが飛行機になって、良くやるのが朝バルセロナを出てフランクフルトの空港で会議。夕方帰国というやつ。でも飛行機だと大概2時間前くらいには空港に居なきゃいけないから結局時間を食う事になってしまう。その点、ユーロスターという選択肢があるとどれだけ楽か?と言う事をふと考えてしまう。

ロンドンからアムステルダムが494kmで4時間59分。リールまで205kmで1時間19分。ブルッセルまで328kmで1時間51分。マルセイユまで1192kmで6時間15分。そう考えると東京―大阪間(550km)を2時間30分で走る新幹線が如何にすごいかが分かる。

これを聞いて黙っていられないのがスペイン人。特に最近のスペイン国鉄の不安定な運行に飽き飽きしているカタラン人の怒りはこの記事によって頂点っぽい。バルセロナからトルトサまで152kmで3時間45分。プッチャラダ(Puigcerda)まで150kmで3時間10分。プウトボウ(Portbou)まで162,1kmで2時間30分。セビリアまで1046kmで11時間。ラコルーニャまで1118kmで16時間11分。

これはヒドイ。というかスペインの第三世界側面丸出し。
| 都市アクセッシビリティ | 05:55 | comments(0) | trackbacks(35) | このエントリーをはてなブックマークに追加
Super Functional City; Frankflut
この間ベルリンに行った時の事でどうしても書かなければと思いつつナカナカ書けなかった事にフランクフルトの利便性があります。フランクフルトについては前にも何回か書いているので繰り返しになってしまいますが、何回も書かせるほどこの都市の機能性というのは良く出来ている。今回の帰りの飛行機はベルリンからフランクフルト経由でバルセロナでトランジットが約3時間ありました。3時間というのは微妙な線で街に出ても直ぐに帰ってこなければいけないし空港に居るには長すぎる。しかしフランクフルトは違う。今回時間をきっちり計ったのですが空港に着いたのが5時半。飛行機から降りられたのが5時40分。そこから地下鉄まで歩いて10分。5時55分の電車に乗って中心街に着いたのが6時10分。空港から中心街まで10−15分しか掛からないというのはヨーロッパ都市の中ではダントツです。

これは僕にはどうしても偶然の産物だとは思えない。何故なら僕のようにちょっとしたトランジットを利用して街中へ出向くという人は少なくないはずだし、その人達が街に落とすお金も少なくないはず。この空港開発の裏にそんなシナリオを描いた人物が居るはずなんですね。なんて先見の明があるんだろう。

フランクフルトと言えば僕の大好きなハーバーマスなどのフランクフルト学派が居る訳ですが・・・・。

そんな観点で話を展開すると又違った側面が見え隠れして大変刺激的です。
| ヨーロッパ都市政策 | 05:40 | comments(0) | trackbacks(35) | このエントリーをはてなブックマークに追加
バルセロナ現代文化センター(CCCB)
今日の新聞にバルセロナ現代文化センターの新しい組織化についての記事が載ってた。すごく小さくて見落としそうだったけどCCCBに関する事はやはり気になる。僕がこの機関に出会ったのは偶然だったんですね。理由はイグナシ・デ・ソラ・モラレスがココの館長と大変仲の良い友人だったからという単純な理由。文化人は文化人を知るみたいな。僕は2003年から2004年までココのドキュメンテーションセンターに勤めていました。日本ではこのような文化機関は全然知られていませんが将来的な事を考えると注目に値する機関だと思います。出来たのは1994年、モデルはパリのポンピドゥーセンター。故に設立時の監査役にポンピデゥーの役員も入ってる。ポンピデゥーって日本では有名だけど実際何をやってるかって知ってる人少ないんじゃないでしょうか?これらの機関は中心市街地に新たな息吹を吹き込むために設立され市民を巻き込んだ会議やカンファレンス、文化事業などを毎週のように企画し美術館にありがちな倦怠に陥らずに常に市民の関心を引く事に成功しています。加えて企画展に都市の未来とか歴史的変遷とかを取り入れる事によって市民意識を煽り、興味を持たせようともしている。ちなみにバルセロナに言及する事の多い某日本人有名女性建築家が良く引用する公共空間のネタも実は98年にCCCBで開かれた展覧会から持ってきてる。コレやったの例のアルベルトさんなんですよね。アルベルトさんはこの時からすでにかなり先を見ててこの展覧会を礎にバルセロナを公共空間プロジェクトの中心にしようとし、それ以降ヨーロッパ公共空間賞を設立しました。(今この賞を担当してるのはモニカちゃんです。)やっぱりすごい。当時一緒に働いてたアナちゃんって言うかわいい子が居たんだけど、アルベルトさんが彼女のお父さんだと知ったときはホントにビックリした。
まあ良いや。こういう都市を活性化する仕掛け、市民意識を高める仕掛け。これこそ今日本がやらなきゃいけない事なんじゃないでしょうか?と言っても口で言うほど簡単じゃないのは近くで見てたから良く分かるんですが。CCCBの場合に限って言えば明らかにディレクターが優れてて彼の力に拠る所が大きい。彼は元々哲学者でジャーナリスト。El pais、La vanguardiaに勤めその後公的な機関に移ってきたという経歴。守備範囲はむちゃくちゃ広くて政治・経済、芸術、建築、都市、歴史、・・・と何でもこなす。だからすごく優秀なのが集まってくる。多分CCCBが目指してる所ってヨーロッパの文化を背負おうとしてるんじゃないのかな?例えば開催中のチェルノブイリを扱ったドキュメンタリスティックな展覧会とかはっきり言って収益とか絶対追いついていかないと思うような事でも平気でやってしまうのはそういう確固たる目標があるからなのでは?又、それくらいの懐の深さも持ってるしそれを実現するだけの人材も揃ってる。何よりカタルーニャという国がこのような文化事業にバックアップをする。今日の記事はその事が書いてありました。毎年この時期にフランクフルトで本の大展覧会があるのですが、来年の展覧会のために2億近い投資を行いその企画を全面的にCCCBがするとの事。勿論そこには国として売り出す為の広告という側面があるのですがそれを差し引いても文化にこれだけのお金を出し、市民生活の質を上げるというのはすばらしいことだと思います。日本も是非がんばりましょう。
| 仕事 | 06:08 | comments(0) | trackbacks(35) | このエントリーをはてなブックマークに追加
都市間競争
今日の新聞に企業が誘致したい都市(ヨーロッパ)のランキングが載ってました。
1位ロンドン
2位パリ
3位フランクフルト
4位バルセロナ
5位ブルッセル
ヨーロッパにおいてやはりロンドンとパリはまだまだ特別な存在です。という訳でその2都市が1位と2位を占めるのは分かる。3位のフランクフルトは近年のヨーロッパにおける金融を語る上でははずせない。その成長振りは現地にいけば直ぐに分かる。ジョルディ・ボージャがサッセンにその重要性を教えたら直ぐにグローバルシティに加えたというのは有名な話。という訳でコレも妥当。ブルッセルはヨーロッパ連合本部が置かれているのでコレも分かる。
注目すべきなのは4位のバルセロナでありここに近年の都市評価軸の構造転換を垣間見る事が出来る。バルセロナが評価された理由は生活の質が高いからというのとオフィスの賃貸料に比する都市交通網を含めた都市サービス料が安いからというのが理由らしい。つまり他の4都市が大きな枠組みにおける効率的という軸で評価されているのに対してバルセロナは生活の質という点で評価されている。同じような理由で7位にアムステルダムがランクインしています。このバルセロナとアムステルダムという組は1999年にイギリスのリチャードロジャースを頭とするアーバンタスクフォースが出版したアーバンルネッサンスに向けての冒頭でロジャース自身がヨーロッパにおける最も活気がある都市として挙げた組です。ちなみにこの本の前書きにはロジャースの他にバルセロナオリンピックを成功に導いたマラガル市長も序文を寄せています。コレ以降コンパクトシティ=バルセロナという図式が出来たっぽい。
今バルセロナが必死で新しい飛行場と新しいビジネス街創ってますよね。何故これほど必死になってるかっていうのは都市間競争に直結するからなんですね。ヨーロッパで大きな飛行場と言うのは4つないし5つ。ロンドン、パリ、アムスそしてフランクフルト。これにマドリッドが加わります。この中でアムスは少し趣向が変わってて何故かと言うとアムスには大きな港があるんですね。で、その港と空港、都市が高速鉄道で結ばれていて比較的短時間で移動可能圏内にある。港というのは空港とは又別に都市の発展のためにはなくてはならない機能です。故にマドリッドはバレンシアとのコネクションが欲しくてたまらないわけですよ。この点、バルセロナはもともと港を持っている。その港と新しい空港を高速鉄道でつないでその中間にビジネス街を作り出すというのがバルセロナの都市戦略。こうする事によってバルセロナはアムスと競争しようとしているんですね、実は。その際新たな求心力兼シンボルとして期待されているのが伊東さんの2本のシンボルタワー。これにも実は意味があって2本と言うところがミソ。それは又今度。これが出来てしまうと困るのがマドリッド。だから長い間ウンと言わなかったわけです。それが2004年にマラガルがカタルーニャ州政府の大統領になった事により事態が一変。初めてカタルーニャ州政府の政党と中央政府の政党が一致し計画に現実味が帯びてきたと言うわけです。ヨーロッパの都市を競争と言う視点で見てみると又違った見方だ出来ますね。
| 都市戦略 | 18:45 | comments(0) | trackbacks(36) | このエントリーをはてなブックマークに追加
ローマ旅行とベルニーニ
ローマへ行ってきました。初めてのイタリアです。今回の旅でローマがローマ時代の中心地であったと言う事を再確認。街の至る所に遺跡が残っている。予想以上でした。ローマ帝国ってもちろんカタルーニャにも影響を及ぼしていてその時代の中心地はバルセロナではなくて現在のタラゴナ。タラコと言ったらしくここも遺跡がたくさんあります。特に水道橋はほぼ完全な形で残ってる。まあ、カタルーニャにおけるローマの影響については又今度の機会に。今日はローマ旅行について。特に印象的だったのがバチカン。ここはすごい。さすがカトリックの総本山。むちゃくちゃ金持ってるっぽい。最初にサンピエトロ大聖堂へ行ったのですがここで思わぬ大収穫。ベルニーニに感動しました。僕が行った時は丁度法皇様が何か読んでてそれを信者の人たちが熱心に聞いているという場面。その法王様が居る一番奥の壁面一杯にベルニーニ作の巨大椅子があります。それがすごかった。先ず長方形のような窓枠が地としてありその中に雲か天使か分からないもやもやした黄金の塊が上から積もっていくという構図。この塊が上の方だと窓枠の中に納まっているんだけど、それが徐々に下に行くに従ってはみ出てくる。とても良く力動感というものを表していると思います。昔、渡辺先生と一緒に「ルネサンスとバロック」と言う本を読んだのですがその時に「ベルフリンはあたかもルネサンスが生き物のように意識を持ってバロックに移り変わっていく様子を生き生きと描いている」とかなんとか言われてたけど、その時は正直言って何?みたいな感じだった。サンカルロアレクワットロ・フォンターネとか例に挙げられてたけどあまり心には響かなかった。しかし今回のこの法王の椅子を見てベルニーニに対する意識が激変しました。これ見たの2日目の朝だったのですがそれからはほとんどベルニーニめぐりをしました。ナボーナ広場の彫刻も良かった。石という硬い材を用いて人の筋肉、服そしてそれらと対比させるかのような台座。この台座にはわざとあまり手を加えないで石の硬さをそのまま表現してる。で、今回最大最高の収穫がバロックの傑作と言われてるコレ(写真)。コレすごい。マリア様っぽい人が横たわってて天使が上から迎えに来てるっていうストーリーなんだけど、そのマリア様の服と寝てるベット、その下の台座の材質を変えつつ見事にその間のヒエラルキーを表現。ベットは磨きがかかってる大理石でちょっと硬そう。台座はオレンジ色の大理石で布を表現してる。マリア様の服は抜け落ちるようなまろやかさ。これはすごく小さい教会にあって、最初、隣にあった大きくて立派な教会と間違えたほどこじんまりとしたところにありました。飛行機の時間が押してて急ぎ足だったけど来て良かった。ベルニーニ最高。
あとちょっと思った事を幾つか。バチカンの中にあった廊下。この廊下、すごく長いんだけどその間全ての天井と壁に絵画が掛かってる。これには圧巻。よく日本の空間っていうのは空間恐怖症みたいなところがあって隙間があったら埋めなきゃ気がすまないというのを聴くけどヨーロッパだって一緒じゃん。ラファエッロの間にあったこの絵はすごく色使いがうまいと思った。他の絵が暗い色を基調にしてるせいもあり重たく感じるのに対してこの絵はすごく軽い感じ。それが印象的だったので、写真を撮って置きました。パラパラ見をしていたので。で、後でガイドブックでラファエロだと気が付いたんですね。ミケランジェロの最後の審判は有名だったので知ってたけど何も感じずスタスタと去る。
ローマの街自体ははっきり言ってあまり巧い造り方はしてないなと思いました。つまり効率的ではないし無駄が一杯。効率的ってコルビジェチックな意味じゃなくてですよ。一つの原因は車だと思う。交通事情最悪。街分散しすぎ。住民何処にすんでるの?って感じ。そこがBCNとは決定的に違う点かな。一つ巧いなと思ったのは広告の使いかたですね。確か宗田さんが書いてらしたと思うけど、イタリアって広告規制がむちゃくちゃ厳しいんですね。ほとんどやらしてもらえないとか何とか。でそんな中、古代遺跡を地に現代広告がチラッとあったりするとすごく映える。これは本質的にはソート・デ・ムーラと同じ戦略ですね。あと空港からのアクセスはナカナカ良い。電車で20−30分程度。これはフランクフルト、バルセロナ並み。ただ料金が高い。フランクフルトが3.5ユーロ。バルセロナ3.5ユーロに対してローマ12ユーロ。ちょっとやりすぎ。それにしても今回の旅の収穫は大きかった。

| 旅行記:建築 | 04:57 | comments(0) | trackbacks(35) | このエントリーをはてなブックマークに追加