地中海ブログ

地中海都市バルセロナから日本人というフィルターを通したヨーロッパの社会文化をお送りします。
世界一美しい図書館:ポンペウ・ファブラ大学(Universitat Pompeu Fabra)図書館の一般立ち入り禁止エリアに入ってきた
所用でポンペウ・ファブラ大学のメインキャンパス(Ciutadella)へ行ってきました。



カタルーニャ州政府の強いバックアップにより設立されたポンペウ・ファブラ大学については今まで事ある毎に言及してきたんだけど、それらのエントリでは、経済学部やバイオ医療、もしくはテクノロジー分野といった、南ヨーロッパ随一のレベルを誇る各学部のプログラムや、その方針、はたまたバルセロナの都市戦略との関係性などに焦点を当てて書いてきたんですね(地中海ブログ:22@地域が生み出すシナジー:バルセロナ情報局(Institut Municipal d'Informatica (IMI))、バルセロナ・メディア財団(Fundacio Barcelona Media)とポンペウ・ファブラ大学(Universitat Pompeu Fabra)の新校舎、地中海ブログ: カタルーニャの打ち出した新しい都市戦略:バイオ医療( BioPol, BioRegio)、地中海ブログ:初音ミクに使われている技術って、メイド・イン・カタルーニャだったのか!って話)。

1990年に設立されたポンペウ・ファブラ大学のメインキャンパスが位置しているCiutadella Vila Olimpicaとは、日本語で「オリンピック村」を意味します。そう、このエリアは1992年のバルセロナオリンピックが開催された際に「選手村」として開発された地区であり、オリンピックが終わった暁にはそれら選手達が滞在していた集合住宅がソーシャルハウジングとして低価格で売り出され、住宅不足に悩んでいたバルセロナ市における新しい居住エリアに変換される事が決まっていたエリアだったのです。つまりこの大学はこの新しいエリアに求心性と魅力を付与する為に「戦略的に創り出された」、云わば、バルセロナの都市戦略上に載っている「戦略の賜物」と見る事が出来るんですね。



オリオル・ボイーガスが全体計画を行った選手村は、バルセロナの都市形態に多大なる影響を与えている、19世紀に創り出されたセルダブロックに沿った形で配置計画がされています。ポンペウ・ファブラ大学のメインキャンパスも実は同じ建築家(ボイーガス)により設計された事などから、このセルダブロックに沿う形で基本計画がされているのが一つの特徴となっているんだけど、それが顕著に見られるのがコチラです:



そう、この校舎、ど真ん中に大変印象的な中庭が「デーン」と取られ、この中庭こそが、このCiutadellaキャンパスに独特のアイデンティティを与えているんですね。



上の写真は現政権が最近打ち出した教育費削減政策に対して怒った学生達が、街中をデモ行進する前にこの空間に集まり、活発に打ち合わせをしている様子。「公共空間とは市民が集まって討議し、権力に対して行動を起こす場所であり、その急先鋒は何時の時代も学生なんだなー」という事を思い出させてくれる、正にそんな光景です。

さて、ではこの中庭のアイデアは一体何処から来たのか?と言うとですね、それが上述したセルダブロックなんだけど、バルセロナを上空から見るとその状況が良く分かるかと思います:



各ブロックの真ん中には大きな大きな中庭が取られ、その中庭がそこに住む住民達専用の憩いの場として利用されていたり、それらの中庭を一般市民にも開放しようというコンセプトから、バルセロナ市役所がセルダブロック中庭開放計画を実施していたりするという事は以前のエントリで書いた通りです(地中海ブログ:出版界の大手、グスタボ・ジリ(Editorial Gustavo Gili)社屋のオープンハウスその2:カタルーニャにおける近代建築の傑作)。



で、ですね、ここからが今日の本題なんだけど、実はこのポンペウ・ファブラ大学のメインキャンパス、(普通の大学と同様に)専用の大学図書館を持っているのですが、この図書館が凄いんです!僕は職業柄、ヨーロッパ中を飛び回り、行った先々で色々な建築を見てるんだけど、そんな僕の目から見ても、「これほど美しい図書館には滅多にお目に掛かれるものじゃ無いのでは?」と思う程の質なんですよ!その一方で、この大変美しい図書館の存在は地元カタラン人達の間でもそれほど知られているとは言えません。

何故か?

何故ならこの図書館は特別なルートを通って行かなくてはならず、事前情報無しで見つけ出す事は非常に困難だからなんです。その概要については以前のエントリで何度か書いてきたのですが(地中海ブログ:ポンペウ・ファブラ大学図書館(Unversitat Pompeu Fabra))、「どうやって行ったらいいのですか?」等の質問を結構受け取るので、詳細な行き方などを改めて記しておこうと思います。

注意:この図書館は公立大学に属している為、誰でも訪れる事が出来ます。写真撮影も特に禁止されてはいませんが、その際は勉強している学生さん達の迷惑にならない様に心掛けましょう。結構みんな真剣に勉強しているので。

先ずはポンペウ・ファブラ大学へ来たら、地下一階にある図書館の入り口を入ります:



そこに広がっている風景はごく普通の大学図書館という感じなのですが、そこを突っ切って空間なりに奥へ奥へと歩いて行きます。



右折、左折を何度か繰り返したその突き当たりには上方へと向かう階段が現れるので、そこを上ります:



そこを上り切って少し歩くと、前方に「DIPOSIT DE LES AIGUES IUHJVV」と書かれた表示板とガラス扉が現れます。ちなみにDIPOSIT DE LES AIGUESとはカタラン語で貯水庫という意味‥‥そうなんです!世界一美しい図書館とは、実は昔の貯水庫を改修した図書館の事だったんですね!そんな世にも珍しい図書館の秘密の扉を入ると、そこに展開しているのがこの風景:



じゃーん、元貯水庫を改修したというだけあって、「これでもか!」というくらい高い天井と、その天井を足下でしっかりと支えている柱の対比が素晴らしい!



それらの柱は、まるで森の中に佇む大木の様であり、その木々の間に降り注ぐ光の粒子が、荒々しいレンガの表面に当たって、神々しく視覚化されているのを見る事が出来ます。この様な光の視覚化の手法は、バロック建築が細かい彫刻郡を天窓の下に配置し、繊細な彫刻の彫り込みによって出来る「光と影」で光の粒子を視覚化していたり(地中海ブログ:ベルニーニ(Bernini)の彫刻その3:サンタンドレア・アル・クィリナーレ教会(Sant'Andrea al Quirinale):彫刻と建築の見事なアンサンブル)、もしくはル・トロネの修道院が地元で採れる、表面がザラザラの粗い石によって達成していたりといった手法と大変似通っていますね(地中海ブログ:プロヴァンス旅行その5:ル・トロネ修道院(Abbaye du Thoronet)の回廊に見る光について)。 



で、ですね、この図書館、学生や一般の人達が入れるのは2階までとなってるんだけど、何を隠そう、許可された人しか入る事が許されない3階部分が存在するんですね。3階部分には貴重な図書や特別閲覧室などが配置されている為、それらの重要性を考えて、この階へのアクセスは厳しく制限されていると、そういう事らしい‥‥。ついこの間、サンティアゴ大聖堂から12世紀の写本が盗まれたばかりですしね(地中海ブログ:スペインの石川五右衛門こと、伝説的な大泥棒のインタビュー記事:サンティアゴ大聖堂から盗まれたカリクストゥス写本について)。かく言う僕も今まで一回も入った事が無かったんだけど、つい先日、偶々知り合いが行くというのでついて行ったら何と入る事が出来ちゃいました!これこそ本当にマンモス・ラッチー(笑)。多分、と言うか絶対本邦初公開のポンペウ・ファブラ大学図書館3階部分にはこんな風景が広がっています:



大空間を支えるアーチが連続する、非常に密度の高い空間の登場です。



この図書館の閲覧室の風景は、足下(一階部分)からは何度となく見てるんだけど、3階からの眺めには又違ったものがあります。



こちらは知る人ぞ知る、ヨーロッパ歴史界の重鎮、ジョセップ・フォンターナ氏の研究室(地中海ブログ:イグナシ・デ・ソラ・モラレス( Ignasi de Sola-Morales)とテラン・ヴァーグ(terrain vague))。おー、流石に一番良い場所に陣取ってらっしゃいますね。って言うか、彼だからこそ、こんな良い場所に居ても誰も文句言わないんだろうなー。そして今回どうしても見たかったのがコチラです:



天井の曲がり方と、そこに描かれた模様です。



この模様、下から見ている時は、「あー、なんか書いてあるなー」ぐらいにしか思わなかったんだけど、こうして真近で見ると、結構丁寧に描かれている事が分かります。 何が描かれているのかはサッパリ分からないけれど、元貯水庫だった事を考えると、貯めてある水を悪い細菌などから守る悪魔払いの魔除けとか、おまじないとか、そんな感じなのかなー?と言う気がしないでもないかな。そしてここから見える風景で見逃せないのがコチラです:



絶妙なカーブをした天井同士が重なり合う連続アーチの登場〜:



ここで見る事が出来る連続アーチ空間は一階からでは絶対に味わう事が出来ない、大変不思議な感覚を我々に与えてくれます。「この感覚、何処かで味わった事があったなー」とか思ってたら、この空間だった:



そう、ガウディ設計のサンタ・テレサ学院のパラボラ空間の質に非常に近いものを感じるんですね(地中海ブログ:オープンハウスその4:ガウディのパラボラ空間が堪能出来る、サンタ・テレサ学院(Collegi de les Teresianes))。良く知られている様に、ガウディのあの独特の造形は地元カタルーニャで育まれたカタラン・ボールトを基礎に発展していったモノなんだけど、ここの空間に身を置いていると、ガウディという希有な建築家が何故この地から生まれてきたのか?いや、この地だからこそ生まれる事が出来たんじゃないのか?という事を、書物からではなく、5感を通して味わう事が出来ます。それ程までに素晴らしい空間なんですよ!

最近は忙しくてナカナカゆっくりと建築を見て回る暇も無い日々が続いてるんだけど、久しぶりに質の高い空間に身を置き、大変心が満たされた時間を過ごす事が出来ました。
| 建築 | 00:01 | comments(4) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
アレハンドロ・アメナーバル(Alejandro Amenábar)監督作品、AGORA(アゴラ):キリスト教についてのちょっとしたメモ
今、スペイン中で話題の映画、AGORA(アゴラ)を観てきました。

先週末くらいからどの新聞にも記事が載り、メディアでもバンバン宣伝しているのですが、何故にこれほど話題なのか?というと、監督にオープン・ユア・アイズ(Abre los ojos)海を飛ぶ夢 (Mar adentro)で脚光を浴びたアレハンドロ・アメナーバル(Alejandro Amenábar)監督を、主演にはハムナプトラ/失われた砂漠の都(The Mummy)のレイチェル・ワイズ(Rachel Hannah Weisz)を起用。加えて、ヨーロッパ映画史上最もお金を注ぎ込んだ映画ときてるから、話題性は抜群という訳なんですね。僕が行ったのが公開後初めての日曜日(公開は先週金曜日、10月9日)で、更にスペインは連休中という事もあり、グラシア地区のVerdi映画館は今まで観た事が無い様な長蛇の列、空席一つ無い満員御礼でした。



この映画の舞台は古代学問の中心都市、アレクサンドリアです。アレクサンドリアって、歴史好きにはものすごく魅惑的な都市で、世界七不思議の一つ、ファロス島の大灯台があったり、世界中から知識人を寄せ集めた学術研究所、ムーセイオンがあったり、そして極めつけは、今回の舞台となっている、古代最大にして最高の図書館だったアレクサンドリア図書館があったりと、まあ、色んな想像力を働かせてくれちゃう、ロマン満載都市な訳です。

そして今回の主人公は、類い稀な知性と美貌を持っていたとされ、5世紀頃にアレクサンドリアで活躍した新プラトン主義の女性数学者・哲学者、ヒュパティア(Hypatia)。彼女については余り良く知られておらず、はっきり言って謎だらけなんですが、今回の映画では仮説などを盛り込み、物語として結構楽しめる様になっています。

映画としては思っていたよりも良い出来だったけど、「ココで時間を使って批評しようというレベルでは無かった」というのが正直な感想ですね。(もしこの映画がハリウッドで作られていたら、彼女を取り巻く三角関係と肉体関係のオンパレードになっていたに違いない、そういう意味において、「良い出来だった」という事です。)ただ、キリスト教の勉強にはなりました。

ヨーロッパにいると思い知らされるのがキリスト教の浸透力とその強さです。

街中の至る所にキリスト教の痕跡があり、日常生活の至る所に食い込んでいるのがこの宗教。毎週日曜日にはミサがあり、季節の変わり目毎にキリスト教に基ついたお祭りが用意され、美術館に行けば、ほとんど全ての主題はキリスト教にまつわるものだと言っても過言ではありません。

このような現在見られる様な「キリスト教」と、その教義に基つく時間・空間的な再編成が行われつつあったのが、何を隠そう、今回の映画の舞台になっている時代区分だと言う事が出来るかと思います。

つまりキリスト教は最初から今我々が見ている様なキリスト教だった訳では無いんですね。

例えば、今でこそ一枚岩に見えるキリスト教(詳しく言うと、カトリック、プロテスタント諸派、正教会など多数)なのですが、その初期においては土着信仰など、他教義などには大変寛大であり、異端の存在なども有益だと考えられていた程、多様性に満ちた存在だった様です。初期のキリスト教はシリアやエジプトなどで、様々なユダヤ教分派と共存していたくらいですから。

ジョゼップ・フォンターナによると、そもそも「異端」(Airesis)っていう言葉の元々の意味は「選択」、「意見」、「学派」を意味していたらしく、今のように「分派」を意味するものではなかったとの事です。

このような状況が変わり始めたのが、ローマ帝国の国教化、つまりキリスト教とローマ帝国の協同、ローマ帝国政治権力との連携です。(ココで注意しておかなければいけないのは、「キリスト教の国教化」と「ローマ帝国のキリスト教化」は違うという点ですね(コレは長くなるので又今度))。それを決めたのがコンスタンティヌス帝なのですが、その理由が「十字架の幻影を見たから」だそうです。でも、コレが起こったのが、彼がアポロの幻影を見たわずか2年後だと言いますから、そのいい加減さが伺えます(笑)。改修した後だって、さして彼の生活には影響が無かったと言われていますし。

まあ、彼の神髄が何処にあれ、このような政治的に作り出された状況が、それまでの多種多様なキリスト教(異端、少数派など)との共存を不可能にしたという事は間違いありません。

こんな混沌期に生きたのが、この映画の主人公ヒュパティアであり、波乱に満ちた彼女の人生は、過激派の手により、教会の前で八つ裂きにされ閉じさせられてしまうのですが、彼女の死は古代学問の中心地であったアレクサンドリアの終焉をも象徴する出来事となりました。

大きな地図で見る

ヒュパティアのように、アレキサンドリアの伝統を守っていた異教の哲学者達は、彼女の虐殺を機に、シリアやメソポタミアへと逃れたそうです。その内の一つのグループが、ローマ、ペルシャの境界近くのハランに新プラトン主義の学校を開設し、ギリシャ文化のイスラム世界への伝播に大変な影響力を持ち、11世紀頃まで重要な機能を果たした事は良く知られた事実です。
| 映画批評 | 13:40 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
バルセロナの食べ歩き方:ニウ・トック:NiU TOC
バルセロナの街はイルミネーションの飾り付けも終わり、気分はもうクリスマスです。中心街の夕暮れ時にはこの寒いのに人の波。それでもこのイルミネーションを見る為だけに外に出る価値はあると思えるような、とても素敵な飾り付けなんですね。

そんな事を思いながらも昨日の夜は仕事関係のディナーの為に、我が子のようにかわいいグラシアにやってきました。今回選んだレストランはタラ料理とお米料理の専門店、NiU TOC。



場所は地下鉄フォンターナ駅(Estacion Fontana)から歩いて10分程度、グラシア地区(Distrito de Gracia)の中心であるヴェルディ映画館(Cine Verdi)のちょっと下、レボリューション広場(Plaza Revolucion)にあります。

コンタクト
住所: Plaza Revolucion de Septiembre, 3
電話番号: 932137461

このレストランは数年前にカタラン人の友達に教えてもらって以来、結構行き着けにしているのですが、とにかくタラ料理とお米料理は絶品です。そして何より美味しいのがヤギチーズのサラダ(Ensalada de queso de Cabra)。僕はディナーの時の一皿目は大抵ヤギチーズのサラダを頼むのですが、何を隠そうヤギチーズサラダに病み付きになったのは、このレストランで食べたのが始まりでした。様々なレストランで試したのですが今の所ココがナンバーワン。



と言う訳で先ずは何時ものようにワインから。今日のワインは自家製赤ワイン(Vino tinto de la Casa)。ナカナカの旨味です。そしてワインやパン、オリーブが置かれたテーブルの飾り付けもナカナカ良いデザインだと思います。



そしてお待ちかねの一皿目。ヤギチーズのサラダ。ココのサラダの特徴はなんと言ってもヤギチーズが軽く焼かれていて、こんがり焼き目がついたパンの上に載っている事です。それだけでコレほどまでに味わいが違うのか!という程クオリティが上がるのには驚きです。ほんの少しまぶせられた生ハムと干しぶどうの甘味がチーズと相まって、この上ないハーモニーを醸し出している。味王様じゃないけど、「コレはうまいぞーーー!」。



2皿目は僕は海産物のパエリア(Paella Marinera)を頼みました。ココは少し塩味が強いので注文する時に塩少な目に頼むのがコツです。米料理専門とあって、とても満足のいく味付けです。ちなみにこのレストランではパエリア初め、フィデウア(Fideua)などを1人前から注文する事が出来ます。



今回一緒に行った相手方はタラ料理(Bacalao a la llauna)を注文していました。タラを少し揚げたものにインゲン豆をニンニクで炒めたものが添えてあるこちらの伝統料理です。少し頂きましたが、豆とタラがこんなに合うのか!と思えるくらいの旨味でした。



ここまでで既にお腹一杯だったのですが、デザートは別腹。と言う事でコレマタ伝統料理のクレーマ・カタラーナ(Crema Catalana)を注文する。手作りしているだけあって、クリームが重厚でした。

その後、コーヒーを頼んで占めて一人27ユーロ。これは安い!お店のデザインも良いし、観光客が来る所でも無いので比較的落ち着いて食事をしたい人にはとてもお薦めのレストランですね。
| レストラン:バルセロナ | 17:34 | comments(2) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
バルセロナの食べ歩き方:サシャ:Sasha BARestaurant
今日は定期的に行なっている日本人の友達Mさんとの昼食会に行ってきました。バルセロナ歴が長いMさんは稀に見る食通。バルセロナにある美味しいレストランを全て知り尽くしているのではないかというぐらいの博識ぶりには何時も驚かされます。今日も彼女がよく行くというイタリアンレストランへ連れて行ってもらいました。

場所はバルセロナで最もお洒落な地域、グラシア地区。そう、我が子のようにかわいいグラシアです。4年程前からこのエリアの都市開発及び開発後のモニタリングの責任者をしている関係で、グラシア地区、特にこのレストランがある市役所周りには何百回と来ているはずなのですが、全く知りませんでした。

場所は地下鉄フォンターナ駅から歩いて10分程度、グラシア地区の市役所広場の直ぐ脇にあります。

コンタクト
住所: Martinez de la Rosa 71
電話番号: 932185327

Mさん曰く、ここのレストランは肉料理が美味しいとの事。イタリアンには頻繁に行くのですが、言われてみればイタリアンレストランで肉料理は食べた事が無い。しかもバルセロナでは珍しくステーキにソースが掛かっているとの事です。

楽しみだなー、とか思ってたらアンティバスト(Antipast)が出てきました。



カタラン名物、パンコントマテ(Pan con Tomate:パンにトマトを擦り付けてオリーブオイルをかけたもの)かと思ったら、トマトとニンニクをみじん切りにして塩とオリーブオイルを混ぜたものをパンの上に載せたものらしい。コレがかなりいける。美味しい!

そうこうしている内に一皿目が出てきました:



中に青かびチーズと洋ナシが入ったフレッシュパスタのトマトソース和え。青かびチーズがそれ程くどく無く、洋ナシの甘さと相俟って絶妙な味付け。コレは美味しい!さすがイタリア人が作るパスタだけある。しかもそんなに量も無く、一皿目としては丁度良い量ですね。

で、今日のメインがコレ:



シイタケソースの牛肉ステーキ(Filet de vedella con setas)
ちなみにMさんのメインがコレ:



生クリームと胡椒のソースの牛肉ステーキ
上に書いたようにバルセロナでソース付きのステーキは結構珍しいと思います。しかもすごく柔らかくて口の中でとろけるよう。更にシイタケのソースが本当に肉に良く合う。Mさんのも試食させてもらったのですが、胡椒がそれ程きつく無くコレマタ、牛肉に絶妙なハーモニーを醸し出していました。

イタリアンレストランというと直ぐにパスタやピザを連想してしまいますが、実は肉料理や魚料理も美味しいという事を頭に入れておくべきだとかなり思いました。

で、最後はコレ:



僕のデザートはレモンシャーベット。ちょっと重い食事をした後はシャーベットが良く合いますね。



Mさんはイタリアンデザートの王様、ティラミスを注文。例によってちょっと貰ったのですが、大変クリーミーで「大変おいしゅうございます」でした。

これだけ食べて会計は一人40ユーロ。ちょっと高めでしたが、味は勿論、場所も良い雰囲気で定員さんもとても愛想が良く気持ちが良い食事だったので大満足でした。
| レストラン:バルセロナ | 23:20 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
ハプスブルグ家(Habsburg)のお膝元、ウィーン(Vienna)で過ごす2008年9月11日
今週の水曜日から仕事&観光でオーストリアはウィーン(Vienna)に来ています。昨日は本当ならバルセロナに居てカタルーニャの文化を決定付けた出来事、1714年のスペイン継承戦争の記念行事の事を当ブログでお伝えしなければならなかったのですが、仕事だったのでしょうがないですね。2年前に書いたエントリ、もう一つの9月11日:カタルーニャの場合で我慢してください。

ココで詳しくは書きませんが、このスペイン継承戦争が良い意味でも悪い意味でもその後のカタルーニャの文化的特長を決定付けたという視点は古くはビセンス・ビベス(Vicens Vives)からジョセップ・フォンターナ(Josep Fontana)、最近ではアルベルト・ガルシエ・エスプッチェ(Albert Garcia Espuche)まで一貫しています。

それにしても2008年の9月11日をカタルーニャの宿敵であったハプスブルグ家(Habsburg)のお膝元、ウィーンで過ごすとは思いもよりませんでした。あー、忙しい。

追記:
ウィーンでのネットの状況が芳しく無く、メールを頂いた方への返信が滞っています。BCNに帰り次第返信致しますのでご了承ください。すみません。
| バルセロナ歴史 | 19:47 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
中村研一研究室の荒川君、バルセロナ訪問
建築家、中村研一さんの研究室所属の荒川智充君がバルセロナを訪問してくれました。ありがとー。荒川君には夏に一度、中村研一さんの研究室でお会いしたのですが、自分のやりたい事をしっかりと持ち、大学のボランティア・NPOセンターの地域活動リーダーとして活躍するなど、近年の学生とは一味違う大変活発な学生さんです。何でも設計と論文を書きながら某市のお祭りパレードを企画・実行しているとか。素晴らしいです。がんばってください。

さて、数年前に結婚式教会の村瀬君の紹介で知り合った建築家の中村研一さんなのですが、夏に日本に帰った際には何時も時間を取って頂いてお話を聞かせてもらっています。その話の面白い事。博識の上にスーパー謙虚。僕の無茶苦茶いい加減な話とかも「うん、うん」と真摯に聞いて下さいます。

今年もお忙しい中、わざわざ僕の為に時間を取ってくださって沢山の有益な話を聞かせてもらっちゃいました。知らず知らずの内に4時間とか話込んでしまったのですが、今年一番利いたお話は「歴史」に関するものでした。

歴史というのは常に権力者の視点で書かれたものであり、それこそがオフィシャルな歴史として後世に伝えられていきます。裏を返せば大衆の視点から見た歴史はどんなに正しかったとしてもアンオフィシャルな歴史として捏造されるか抹殺されるんですね。

そのような視点から書かれた最高の良書が以前に紹介したジョセップ・フォンターナ(Josep Fontana)の「鏡の中のヨーロッパ( Europa ante el espejo)」であり、テラン・ヴァーグ(terrain vague)という視点で都市の無意識を論じたイグナシ・デ・ソラ・モラレス( Ignasi de Sola-Morales)だったわけです。以前書いた箇所を引用しておきます:

そんな彼が1994年に出版したのがヨーロッパの歴史を網羅しつつ、コレでもかというくらい分かり易く書いてある「鏡の中のヨーロッパ」です。フォンターナの冒頭の言葉がこの本のスケールの大きさを物語っています。

「ヨーロッパはいつ生まれたのだろうか。」

こう問う時、彼の頭の中にあったのは1993年に出版されたポミアン,クシシトフ( Pomian Krzysztof) のL’ Europe et ses nationsであろう事はこの本の訳者である立花さんが指摘されています。

手短に言ってPomian Krzysztofは、ヨーロッパというのは自己と他者を明確に分ける為に外部との境界性を定める事によって形成されてきたと言います。その一方でフォンターナは自己と他者を分ける外部の境界性の存在だけではなくて、その内部にさえも自己と他者を分ける力学が働いてそれがヨーロッパを形成してきたと訴えます。つまり内部の社会システムを保つ為に大衆を野蛮人の地位に押し込める事によってヨーロッパは発展してきたというわけですね。そしてこれこそがゆがんだ鏡に映った自己自身であるというわけです。

このゆがんだ鏡に映った自己自身とは何を隠そう、ヨーロッパの無意識という事だと僕は理解しています。
そしてヨーロッパが歴史的に大衆を野蛮人という地位に押し込める事によって発展してきたという事実は現代都市にも、いや、現代都市にこそ当てはまると思います。特にイグナシが「テラン・ヴァーグ」を発表してから10年余り経った現在では都市の主モーターが変わると同時に、その新たなるモーターの回りに都市の全ての現象が引きずられているように思われる現在ではなお更です。

そんな状況下において、都市は大衆を新たな野蛮人に仕立て上げ、その地位に押し込める事によってグローバル化の中における自身の地位を上げる為にイメージ競争に奔走しているのです。その結果が観光化によるジェントリフィケーションという今我々が直面している大問題なわけです。

その辺の事を考慮に入れて僕が当ブログでシリーズ化したのが「広告都市」論です。詳しくはこちら。この広告都市論は別名、現代都市におけるテラン・ヴァーグと勝手に名付けています。イグナシに是非見せたかった僕の自信作です。


前文はコチラ

さて、今回中村先生にお会いした時にこんな事を言われました:

「Cruasan君、ラテン語で歴史ってなんていうか知ってる?」
「はい、Historiaですよね」
「そう。で、Historiaって「歴史」っていう意味の他にどういう訳がある?」
「歴史、歴史書、物語・・・」
「そう、歴史って物語なんだよ!」

コレです。これこそ僕が長い時間を掛けて長々と幾度かのエントリで説明しようとしてきた事なんですね。それを一言で言われてしまった時のショックと歓喜。しかも僕の説明なんかよりもよっぽど分かり易いし。

色々な人と話していると極稀に日本刀でスパっと斬ったような切れ味鋭い事を言う人に出遭います。故小寺武久先生が正にそんな感じでした。

物事を良く知っている人、その本質を理解している人というのは、難しい事を簡単に説明する事が出来るんですね。逆に表層的な人というのは、簡単な事をわざわざ難しく説明しようとする。僕も常に前者でありたいと思っているのですが、ナカナカそう巧くはいかないものですね。

別れ際に中村先生が最近出版されたコルビジェに関する書籍、

サヴォワ邸/ル・コルビュジエ (ヘヴンリーハウス-20世紀名作住宅をめぐる旅 1) (ヘヴンリーハウス-20世紀名作住宅をめぐる旅 1) 中村 研一、五十嵐 太郎、 後藤 武 (単行本 - 2008/5/21)

を頂いてしまいました。しかもサイン入りで。もうちょっとしたらゆっくりジックリ読んで、是非感想を書きたいと思います。
| 大学・研究 | 18:45 | comments(2) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
スペイン、サパテロ新内閣(Jose Luis Rodriguez Zapatero)
2008年4月12日、サパテロ首相(Jose Luis Rodriguez Zapatero)は第二期目となる新内閣名簿を発表しました。各種新聞で報じられている通り、今回の内閣の目玉はなんといってもカルメ・チャコン(Carme Chacon)の国防相(Defensa)就任でしょうね。以前のエントリ、スペイン総選挙その1その2その3で書いたように、今回の総選挙における彼女の活躍ぶりを考慮に入れれば当然と言えば当然といった所でしょうか。スペイン史上、女性が国防相に就任するのは始めて。大体、カタラン人が国防相に就任するのはナルシス・セラ(Narcis Serra)以来です。更に彼女は37歳と若く、しかも妊娠中ときているから自然と世間の注目は彼女に集まります。

ただ一つ引っかかるのは、もう既に国防省から保守的な不満の声が出ている事です。つまり若い女性に我々のトップが務まるのかと・・・。そしてそれは十分に予想できた事。サパテロは彼女を内閣の重要な要である国防相に任命した事で、一応総選挙の恩をカタルーニャに返しつつも、「もしまとめきれなかったら、後の事は知らないよ」という大変に微妙な立ち位置を与えたとも読める。(深読みしすぎか)

まあ、実際の所は一番実現したかった男女の数を平等にした上で、何処に女性でカタラン人であるチャコンを入れるかを消去法で選んでいって決まったぽい。つまりあまり何も考えてなかったというのが実際の所なのでは?

あと新聞を賑わしているのは新しく設立された平等相(Igualdad)に若干31歳のビビアナ・アイド(Bibiana Aido Almagro)が任命された事が注目されていますね。さっぱり知られていない彼女の抜擢には驚いた人が多いはず。アンダルシア地方で活躍する政治家を父親に持ち、小さな頃からスペイン社会労働党(PSOE)発祥の地であるアンダルシアで権力の中枢に居たというコネありあり且つ、現在フラメンコ振興団体(la Agencia Andaluza de Flamenco)のディレクターを務める彼女が、任命を知らされた時発した言葉が、「パパ、私大臣に任命されちゃった!(Papa, me van a nombrar ministra)」・・・ハハハ・・・大丈夫かスペイン!

ここまでは結構冗談なのですが、今回の組閣で注目すべきはセレスティーノ・コルバチョ(Celestino Corbacho)が労働・移民相(Trabajo e Inmigracion)に抜擢された事です。彼はバルセロナ近郊に位置するホスピタレット市(L'Hospitalet de Llobregat)の市長を長年勤めてきた実践派。ホスピタレット市というのはどんな所かというと、バルセロナ市内の諸問題を一手に引き受けているような所です。つまり「バルセロナモデル」と呼ばれる都市計画で綺麗な顔を創った末に出てきた吹き溜まりや、観光客のイメージを捏造する為に絶対に見せたくない一面を掃き溜めのように押し込んだ地域がホスピタレットなんですね。

故にホスピタレットの移民率は40%を超えるという、ちょっと普通では考えられないような状況が生じています。更に昨年は高速鉄道問題(AVE)の舞台になったのもホスピタレットだったという事は記憶に新しい所です。

そんな諸問題を長年扱ってきた市長がその実力を買われて大臣になったというのは納得のいく選択。特に今後、スペイン全土で大問題化するだろう移民問題に早くから直面し、解決策を現場で模索してきた彼の経験がきっと役に立つと期待されての事だと思います。

それにしてもここの所のバルセロナ郊外勢=リョブレガット勢(Baix Llobregat)の躍進はものすごい。カルメ・チャコンのエスプルーガス(Esplugues de Llobregat),現カタルーニャ州知事であり元大臣のホセ・モンティーリャ(José Montilla Aguilera)のコルネリャ(Cornellà de Llobregat)、そして今回のセレスティーノはホスピタレット(L'Hospitalet de Llobregat)。これこそバルセロナの本当の問題はバルセロナ市内ではなく、バルセロナ郊外に広がっているという証拠であり、それを解決している手腕が今、スペインに必要とされているという事なのではないでしょうか。

何故ならジョゼップ・フォンターナ(Josep Fontana)の言葉を借りれば、ヨーロッパが歴史的に大衆を野蛮人という地位に押し込める事によって発展してきたのと同じように、バルセロナという都市は「市民を蛮族という地位に押し込め」、郊外へと葬り去る事で成立してきた都市なのだから。
| スペイン政治 | 16:46 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
ポンペウ・ファブラ大学図書館(Unversitat Pompeu Fabra)
カタルーニャには現在、8つの公立大学と4つの私立大学があります。

公立大学
Universitat de Barcelona (UB)
Universitat Autònoma de Barcelona (UAB)
Universitat Politècnica de Catalunya (UPC)
Universitat Pompeu Fabra (UPF)
Universitat de Lleida (UdL)
Universitat de Girona (UdG)
Universitat Rovira i Virgili (URV)
Universitat Oberta de Catalunya (UOC)
私立大学
Universitat Ramon Llull (URL)
Universitat de Vic (UVIC)
Universitat Internacional de Catalunya (UIC)
Universitat Abat Oliba (UAO-CEU)

ヨーロッパの各大学には、それぞれの特色や良い講師陣を揃えている学科などがあって、総合的にどの学部でもココが一番というのはありません。例えばカタルーニャ工科大学(Universitat Politècnica de Catalunya)のロボット工学科はよく知られているし、バルセロナ自治大学(Universitat Autònoma de Barcelona)の経済学部はヨーロッパで高い評価を得ているドクターコースがあるといったように。

そんなカタルーニャの大学なのですが、比較的新しい大学としてポンペウ・ファブラ大学(Universitat Pompeu Fabra)があります。創設は1990年とまだ20年経っていません。にも関わらず、経済学、歴史学、情報工学などの分野で優れたプログラムを提供しています。仕事上、ポンペウ・ファブラ大学の情報工学部の人達とはよく仕事をするのですが、一昨年、この業界で話題になったInteracTableというBjorkのプロモーションビデオに採用されたテーブルを創ったのはこの大学に属する僕の友達です。

ポンペウ大学キャンパスは市内に散らばっているのですが、メインキャンパスはオリンピック村(Villa Olimpica)の近く、動物園の横にあり、セルダブロックを2つ占めています。こんな感じで。





設計はオリオル・ボイーガス(Oriol Bohigas)率いるBMB事務所(Josep Maria Martorell, Oriol Bohigas and David Mackay)。





中はこんな感じ。新市街地のセルダブロックと同様に大きく中庭を取った構成です。向かってガラス張りの右側が講義棟で左側には教授の部屋などが入っています。トップライトが燦燦と注ぎ込む中庭は結構居心地が良い。

ちなみにここの食堂は学食にしては良い質の食事を安く提供していると思います。メインディッシュ一皿と飲み物、パン、デザートが付いて5ユーロだったと思います。うれしい事に部外者でも入れます。

さて、ここからが今日の本題。ポンペウ・ファブラ大学で見るべきは図書館です。この大学には世界一美しい図書館があります。(世界一かどうか知らないけど、僕が今まで見た中では一番美しいと思いますね。)

それがコレ。











14メートルの高さを擁する重厚なアーチが並ぶ空間には荘厳さが漂っています。ただただ圧巻の空間。こんな所ならさぞかし勉強もはかどるんだろうな・・・なんて。





この図書館は1874年にJosep Fontsereによって建てられたDiposit de les Aigues(Water deposit)を改修したものなんですね。Diposit de les Aiguesって何かって言うと、早い話が貯水池です。今では市民の憩いの場として親しまれているシウタデッリャ公園(Parc de la Ciutadella)はその昔、マドリッドの要塞基地に占められていたんですね。そんな抑圧のシンボルを「都市の肺」に変える一大行事が1888年のバルセロナ万国博覧会だった事は以前書いたとおりです。

改修は地元建築家、Lluis Closetと Ignasi Paricio によって1993に行われ始めて、1999年に図書館としてオープンしました。古いものを街の財産として大事に使う文化は見習うべきですね。

この建物の中には図書館機能の他にヨーロッパ歴史学界の重鎮、ジョゼップ・フォンターナ(Josep Fontana)が指揮するポンペウ・ファブラ大学ビセンス・ビベス歴史研究所(Institut Universitari d´Historia Jaume Vicens i Vives)も入っているんですね。スペインに近代歴史学をもたらしたジャウマ・ビセンス・ビベス(Jaume Vicens i Vives)と現代最高の歴史学者Josep Fontanaの名に恥じる事の無い建築だと思います。余談ですがポンペウ・ファブラ大学の一年生は教養として歴史一般の授業を取る事になっています。その時用いられている教科書がフォンターナが書き下ろしたIntroducció l'estudi història (Critical, 1999) です。内容は歴史全般で「鏡の中のヨーロッパ(Europa ante el espejo)」をもう少し分かり易くした感じかな。

僕はこれを読んだ時、「歴史はなんて面白いんだ」と目覚めてしまいました。こんな良い教科書で学ぶ事が出来る学生ってなんて幸せなんだろう。こういう良い本を是非日本語に訳して欲しいですね。

この図書館のアクセスなのですが、この建物自体には入り口はありません。ポンペウ・ファブラ大学の正門から入って、一旦地下へ下りて先ずはジャウマI棟(Edificio JaumeI)に入っている一般図書館(Biblioteca General)から入る事になります。ここから最奥部にある地下連結路を通って中央図書館へアプローチする事となります。

開館時間は月曜から金曜:8:00−午前1:30
土曜、日曜、休日:10:00−21:00
です。
| 建築 | 21:20 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
イグナシ・デ・ソラ・モラレス( Ignasi de Sola-Morales)とテラン・ヴァーグ(terrain vague)
前回、イグナシ・デ・ソラ・モラレスに言及したので今日は少し昔の事を思い出してみようと思います。

イグナシ・デ・ソラ・モラレスは建築史家・思想家として「メトロポリスとは何か」に多大な関心を寄せていました。彼は様々な分野を横断しありとあらゆる領域でありとあらゆる論文を発表していますが、その根底にあったのは「我々の時代における都市、メトロポリスとは一体何か?」、という大変に大きな設問だったと思います。だからその周りに「都市とは何か」を思考するジョセプ・ラモネーダ、「都市とは公共空間である」を謳うジョルディ・ボージャ、後に「UrBANALizacion」で一世を風靡するフランセスクムニョスなどバルセロナの頭脳が集まって来たんですね。

そんな彼の幅広い論考をまとめた書籍がグスタボ・ジリ出版社( Editorial Gustavo Gili,SA)からイグナシ・シリーズとして出版されています。

Ignasi de Sola Morales:Territorios: Barcelona, GG, 2002
Ignasi de Sola Morales:Inscripciones: Barcelona, GG, 2003
Ignasi de Sola Morales:Diferencias: topografia de la arquitectura
contemporanes: Barcelona, GG, 2003
Ignasi de Sola Morales:Eclecticismo y vanguardia y otros escritos:
Barcelona, GG, 2004

その中の一巻、Territoriosに収められているのがAnyplace会議で初披露され世界的に話題になった論文、「テラン・ヴァーグ」です。(この論文は田中純さんによって大変に読みやすい日本語に訳されています。)

「テラン・ヴァーグ( Terrain Vague)」とは、「曖昧さ」、「空虚な」、もしくは「波」といった多様な意味が含まれているフランス語だそうです。(僕はフランス語は知らないので)。この言葉によってイグナシは、都市において諸活動が行われた後に放棄された「空虚な場所」、「見捨てられた場所」ながら、何かしらの気配が濃厚に立ち込めている「空き地」や、曖昧で不安定な「都市空間」を表そうとしました。

“ Son lugares obsoletos en los que solo ciertos valores residuales parecen mantenerse a pesar de su completa desafección de la actividad de la ciudad. Son, en definitiva, lugares externos, extraños, que quedan fuera de los circuitos, de las estructuras productivas. Desde un punto de vista económico, áreas industriales, estaciones de ferrocarril, puertos, áreas residenciales inseguras, lugares contaminados, se han convertido en área de las que puede decirse que la ciudad ya no se encuentra allí.

Son sus bordes faltos de una incorporación eficaz, son islas interiores vaciadas de actividad, son olvidos y restos que permanecen fuera de la dinámica urbana. Convirtiéndose en áreas simplemente des-habitadas, in-seguras, im-productivas. En definitiva, lugares extraños al sistema urbano, exteriores mentales en el interior físico de la ciudad que aparecen como contraimagen de la misma, tanto en el sentido de su critica como en el sentido de su posible alternativa”. ( Sola-Morales, 2002).


「忘れ去られたかのようなこのような場所においては、過去の記憶が現在よりも優勢であるように見える。都市の活動から完全に離反してしまっているにもかかわらず、ここにはほんのわずかに残された価値ばかりが生き残っている。こうした奇妙な場所は都市の効率的な回路や生産構造の外部に存在する。経済的観点からすれば、この工業地帯、鉄道駅、港、危険な住宅地区、そして汚染された場所はもはや都市ではないのだ。」(田中純訳)

例えば、今まで使われていた鉄道駅が新駅に取って代わられる為に廃駅になる事によって取り壊されるのでもなく、そこに依然建っているような状況。そのような放棄された駅はもはや都市のシステムとしては機能していないのだけれども、今までに蓄えられた記憶やソコに違法に入り込む占拠者の活動にこそ、着飾ったのではない本当の都市のリアリティが横たわっているように見える、というわけですね。そんな所にこそ、新しく立て替えられたビルや大きなモニュメントなんかよりも格段に都市の記憶やリアリティを強く感じるというのは誰しも共感出来る事なんじゃないかと思います。例えば郊外のロードサイドショップや広告看板、ホテル郡などが無秩序に広がっている風景なんかですね。

都市の内部にありながらも、都市の日常的活動である生産や消費を行わないという意味においては都市の外部であり、都市のシステムとは異質な存在がテラン・ヴァーグだというわけです。彼はそれを「都市の物理的内部における、精神的に外部的な ( la condicion interna a la ciudad de estos espacios, pero al mismo tiempo externa a su utilización cotidiana, pp 187)」と現しています。

つまりテラン・ヴァーグとは自己内部に潜む他者であり都市の無意識であり、「自己の内なる「他者性」の空間化されたイメージ」なのです。(田中純:ミース・ファン・デル・ローエの戦場)

イグナシが都市の無意識と他者性、そして都市のイメージとリアリティをテーマにした「テラン・ヴァーグ」を発表するのと前後してバルセロナではもう一冊の大変に重要な本が歴史学の分野から出版されました。

ジョセップ・フォンターナ( Josep Fontana)の「鏡の中のヨーロッパ ( Europa ante el espejo)」です。彼はヨーロッパでは最高に評価されている歴史学の重鎮中の重鎮。フランスのアナール学派の影響をいち早く受け、スペインに近代歴史学をもたらしたジャウマ・ビセンス・ビベス( Jaume Vicens i Vives)の弟子であり、今ではビベスの名を冠したポンペウ・ファブラ大学ビセンス・ビベス歴史研究所 ( Institut Universitari d´Historia Jaume Vicens i Vives)の所長を務めています。

そんな彼が1994年に出版したのがヨーロッパの歴史を網羅しつつ、コレでもかというくらい分かり易く書いてある「鏡の中のヨーロッパ」です。フォンターナの冒頭の言葉がこの本のスケールの大きさを物語っています。

ヨーロッパはいつ生まれたのだろうか。

こう問う時、彼の頭の中にあったのは1993年に出版されたポミアン,クシシトフ( Pomian Krzysztof) のL’ Europe et ses nationsであろう事はこの本の訳者である立花さんが指摘されています。

手短に言ってPomian Krzysztofは、ヨーロッパというのは自己と他者を明確に分ける為に外部との境界性を定める事によって形成されてきたと言います。その一方でフォンターナは自己と他者を分ける外部の境界性の存在だけではなくて、その内部にさえも自己と他者を分ける力学が働いてそれがヨーロッパを形成してきたと訴えます。つまり内部の社会システムを保つ為に大衆を野蛮人の地位に押し込める事によってヨーロッパは発展してきたというわけですね。そしてこれこそがゆがんだ鏡に映った自己自身であるというわけです。

このゆがんだ鏡に映った自己自身とは何を隠そう、ヨーロッパの無意識という事だと僕は理解しています。
そしてヨーロッパが歴史的に大衆を野蛮人という地位に押し込める事によって発展してきたという事実は現代都市にも、いや、現代都市にこそ当てはまると思います。特にイグナシが「テラン・ヴァーグ」を発表してから10年余り経った現在では都市の主モーターが変わると同時に、その新たなるモーターの回りに都市の全ての現象が引きずられているように思われる現在ではなお更です。

そんな状況下において、都市は大衆を新たな野蛮人に仕立て上げ、その地位に押し込める事によってグローバル化の中における自身の地位を上げる為にイメージ競争に奔走しているのです。その結果が観光化によるジェントリフィケーションという今我々が直面している大問題なわけです。

その辺の事を考慮に入れて僕が当ブログでシリーズ化したのが「広告都市」論です。詳しくはこちら。この広告都市論は別名、現代都市におけるテラン・ヴァーグと勝手に名付けています。イグナシに是非見せたかった僕の自信作です。
| 大学・研究 | 19:46 | comments(3) | trackbacks(4) | このエントリーをはてなブックマークに追加