地中海ブログ

地中海都市バルセロナから日本人というフィルターを通したヨーロッパの社会文化をお送りします。
フランクフルトにある隠れた名建築:Ferdinand Kramerによるフランクフルト大学薬学部棟
忙しい‥‥なんか最近妙に忙しい!



最近はブリュッセルに行ったり、フランクフルトへ行ったり、はたまたその間にバルセロナで来月開かれる国際会議(IBMスマートシティ会議とバルセロナ・スマートシティ国際会議)の為のプレミーティングに、(強制的に)参加させられたりと、なんだか目まぐるしい毎日を送っています。



そんな超多忙な日々なんだけど、足早に過ぎていく時間の中で忘れてはならないことも多々起こっている訳で、その様な出来事をメモ程度に書き留めておこうかなと思います。

先々週のことになるのですが、所用でフランクフルトへ行った時のこと(夏休み明けから数えてもう3回目!)、意外にもプロジェクトの打ち合わせが早く終わったので、「この機会を逃すべからず!」くらいの勢いで市内にある幾つかの美術館へ行ってきました。



フランクフルト市内には見るべき美術館が幾つかあって、それらの多くがマイン川沿いに行儀良く並んでいるんだけど、例えばフランドル絵画のコレクションでは世界屈指の規模を誇るシュテーデル美術館(Städel museum)、ドイツ映画博物館(Deutsches Film Museum)、更にはドイツ建築の紹介を中心としたドイツ建築博物館(Deutsches Architektur Museum)なんてのもあったりするんですね。



ちなみに上の写真は約1年前にシュテーデル美術館を訪れた時にツイートしたものなんだけど、あれよあれよという間にリツイートされまくって、1年経った今でも時々現れている「つぶやき」です。 ←「あの写真、何処で撮ったんですかー?」って良く訊かれるんですが、ずばり、シュテーデル美術館2階奥にあるルノアール(絵画)の前で撮りました。



もう1つちなみに、このシュテーデル美術館は最近リノベーションが施され、地下空間が新しく付加されたのですが、これがまたシザ‥‥ひいてはアールトの甘いコピーに見えない事も無い‥‥と言ったら意地悪過ぎるでしょうか(苦笑)。



そんな中、今回はリチャード・マイヤー設計で知られるフランクフルト工芸美術館(Museum für Angewandte Kunst)に行ってきました。とは言っても、この美術館の空間構成についてはココで紹介するほどでもなく‥‥かと言って展示品もそれほど面白い訳でも無いんだけど、僕が今回ここを訪れた理由、それは久しぶりに倉俣史朗さんの椅子(How High the Moon)を見たかったからなんですね。


(倉俣史朗作、How High the Moon)
←倉俣史朗さん、僕が中学生くらいの時に亡くなったのですが、たまたまその当時テレビを見ていたら、「彼が亡くなった」というニュースと共に、彼の代表作とも言える「ミスブランチ」がテレビに映し出され、「こ、こんな椅子が世の中に存在するのかー!」と眼を奪われた事を今でもハッキリ覚えています。


(倉俣史朗作、ミス・ブランチ)
それ以来、彼の作品の大ファンになり、ことある毎に展覧会へ行ったり、海外に散らばっている彼の作品を見て廻ったりと、倉俣巡礼を繰り返しているという訳なんですね。ちなみに、初めてアルバイトをして頂いた給料で購入したのが、実は倉俣史朗さんの照明(オバQ)だったと言う事も今となっては良い思い出です。 ←本当はミス・ブランチが欲しかったんだけど、高かったんですよ(汗)。


(倉俣史朗作、オバQ)
そんなこんなで、今回も久しぶりにこの美術館に彼の作品を見に来たんだけど、「あー、これ以外に見るもの無いなー」とか思ってたら、なんかあっちの方に建築系の特別展示を発見‥‥。



展覧会場のど真ん中に位置している大きなパネルに船が映ってる事から、「あー、近代建築系かなー?」とか思いつつ、少し見て回っていたら、コレが結構面白くてビックリ!僕は全く知らなかったのですが、20世紀初頭から80年代くらいまでドイツで活躍したFerdinand Kramerと言う建築家なんだそうです。



当時撮られたと見られる大きな白黒写真が展示されていたのですが、これが彼の代表作っぽくて、写真で見る限り、「これは一度この眼で見てみたい!」そう思わせるに十分な質を持っている様に思えたんですね。 ←‥‥なんか最近、表面をゴチャゴチャと操作しただけの建築や、写真写りが良さそうなだけの建築が多いんだけど、そんな中、わざわざお金と時間を掛けてまで「実際訪れてみたい!この眼で見てみたい!」と僕に思わせてくれる建築って、そうそう無いものなんですよ。

「まあー、でもなー、写真が白黒だし、雰囲気も昔の建物っぽいので、さすがにもう残ってないよなー」とか思いつつ、ダメ元で学芸員の人に聞いてみたら、「ハイ、ありますよ。フランクフルト市内です」との意外な答えが!「えー、これ、まだ残ってるの!!し、しかもフランクフルト市内???」。



で、詳しく聞いてみたら、どうやらこの建築はフランクフルト大学薬学部の建物なんだとか。更に更に、その学芸員の人、大変親切にも地図まで書いてくれた上に、大学図書館に連絡まで取ってくれて至れり尽くせり! ←何でも、遠い島国から来た日本人がドイツの建築家にこんなに興味を持ってくれたのが心底嬉しかったのだとか。

という訳で早速行ってきました。

市内を走っている地下鉄U4線に乗りBockenheimer Warte駅で下車すると、眼の前に広がっているのがフランクフルト大学のキャンパスです。



この大学、正式名称はヨハン・ヴォルフガング・ゲーテ大学フランクフルト・アム・マイン(Johann Wolfgang Goethe-Universität Frankfurt am Main)と言うそうなんだけど、日本を含む欧米では「フランクフルト大学」という通称で通っているので、こちらを用いる事にします。

「ん‥‥?フランクフルト大学?」と思った人はかなり勘が良い。そーなんです!この大学こそ、あのハーバーマスを擁するフランクフルト学派の拠点なんですね(地中海ブログ:美術の商品化と公共空間: Manuel J. Borja-Villel)。大学創設は1901年に遡るらしく、元々はこの辺りにキャンパスが広がっていたそうなんだけど、学生数の増加に伴い、近年は郊外へとキャンパスを移転したそうです。

最寄り駅を降りて歩くこと10分、この辺りには結構古い建物が残ってて、この建築(下記写真)もFerdinand Kramerによる作品なんだとか。



そこから更に歩くこと2分、見えてきました、それらしい建物が!



緑豊かな中に静かに佇んでいる姿は、金融都市フランクフルトの喧噪からは想像も付かないほどゆったりとした時間が流れています。この日は週末だった為、学生さんは誰もいなくて建物内は空っぽ。下の庭には裏から廻れそうだったので、そちらから行ってみる事に。



な、なんか物々しい雰囲気の裏側‥‥。



そこを曲がるとヨーロッパ随一の金融都市「フランクフルト」が顔を現します。それらの超高層と比較すると、正に「都会のオアシス」と呼ぶに相応しい雰囲気のポケットパークが姿を現します。



で、そこを曲がると現れるのがこの風景:



じゃーん!こ、これだー!しっかりとした本体部分にブリッジが架かっていて、この建築に流れる「物語」の「余韻部分」とでも言うべき四角い箱がくっ付いています。



真っ白な躯体に全面ガラス張りの四角い箱。



言うまでもなく、この小さな四角い箱と、それを繋ぐブリッジがこの建築の肝なんだけど、正にこの小さな箱がこの建築の質を「決定的なもの」にし、この何でも無い平凡な建築を「唯一無二の存在」にしているのです。



よーく見ると、大変注意深くデザインされていて、例えばこの箱の立面を「一枚の壁である」かの如くに強調する為に、こんなデザイン上の工夫がされていたりするんですね。



今度は反対側から見てみます:



50年以上の歳月を経て、ここの自然と素晴らしく同化しているのが見て取れます。

今度はもう一度上に戻って、正面からこの建築を見てみます。



先程のブリッジの部分です。渡ってみます。



右手側には先程の中庭と、しっかりとした基盤である高層棟。



左手側にはガラスを通して階段が見えます。



‥‥建築とは、何かしら建築家がやりたい1つのアイデアがハッキリと眼に見える形で実現出来ていれば良い建築である‥‥と、僕はそう思っています。

今回訪れたフランクフルト大学薬学部棟のアイデアは大変明快且つシンプル、更に言うなら、その表現としても「これだ、これだ!」と大声で自分を売り込むのではなく、大変謙虚な姿勢を貫き、パッと一目見ただけでは見過ごしてしまう様な、そんなごく普通の佇まいをしているんですね。



もっと言っちゃうなら、この「四角い箱をブリッジで繋ぐ」という掛替えの無いアイデア、たった1つの為に、この建築は最上級の質を伴った建築に昇華しているのです。



素晴らしい、本当に素晴らしい建築だと思います。

こんな建築が今まで日本に紹介されていなかった事、こんな素晴らしい建築を建てた建築家が殆ど無名のままでいること‥‥。

この様な予定調和的ではない体験が出来るからこそ、僕はヨーロッパの街を訪れ続けているのであり、この様なヨーロッパの深淵に不意に出逢える事こそ、ヨーロッパ旅行の醍醐味でもあるのです。
| 旅行記:建築 | 04:06 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
バルセロナの食べ歩き方番外編:名古屋の食べ歩き方:滝カフェ、きらら
2年ぶりに日本に帰ってくるにつけ、原風景を含めた日本の社会文化の移り変わりの早さに只々圧倒されるばかりなのですが、そんな中でも「僕が特に変わったなー」と思う事の1つに、名古屋における近年の喫茶店の充実ぶりが挙げられます。



最近では様々なメディアがこぞってご当地グルメを紹介しているので知っている方も多いかとは思いますが、伝統的に名古屋には大変独特な喫茶店文化が存在します。と言うか、「名古屋のカフェ文化は変わってる!」と名古屋人が認識し始めたのは極々最近、それこそテレビ番組なんかが「地方の一風変わった食文化」を報道する様になってからの事なんですね。



例えば朝食の時間帯にはコーヒーを一杯頼むだけでトーストや卵といったものが付いてくる「モーニングサービス」があったり、そのモーニングに付いてくるパンに小倉を載せて食べてみたり(ちなみに小倉だけを頼む事も可)、とってもお得な9枚綴りのコーヒーの回数券が存在して、みんながそれを持っていたりと、名古屋の喫茶店文化とその特徴を語り出せばキリがありません。



「喫茶店(カフェ)、都市、文化‥‥」というキーワードを並べていけば必ず思い起こされるのが、公共空間の変容を謳ったハーバーマスなんだけど(地中海ブログ:東さんの「SNS直接民主制」とかマニュエル・カステル(Manuel Castells)のMovilizacionとか)、こんな独特なカフェ文化を目の当たりにすると、名古屋の喫茶店と言うのは正にヨーロッパにおけるカフェ=公共空間の様な機能を果たしているのかなー?‥‥と、そう思わない事もありません(そちらの話をし出すとまた脱線してしまうので、それは又別の機会にでも)。

と言う訳で、今日は僕が最近行った喫茶店の中でもナカナカ良かった、と言うか、ちょっと驚かされたカフェを紹介しようと思います。それがコチラ:



じゃーん、自然の滝を見ながら美味しい善哉が食べられる喫茶店、その名も「滝カフェ、きらら」です。

住所:(〒480−1201)愛知県瀬戸市定光寺町323−12
電話番号:0561−48−6669




ごくごく普通の住宅地が広がる高蔵寺駅から10分も車で走ると、俄には信じられないくらいの濃い緑が生い茂る風景が出現します。家々が立ち並ぶ人工的な街並みから、この圧倒的な自然への切り替わり方はちょっと凄い。今回お目当てのカフェは、この深―い緑の中、知らなければ絶対に通り過ぎてしまう様な場所に位置しているのですが、そんなカフェの駐車場兼入り口がこちらです:



「え、こんな所に本当に喫茶店なんてあるの?!」って感じなのですが、騙されたと思って標識に従って階段を降りていくと現れてくるのがこの風景:



緑の中に溶け込む様に設えられているテラス席と、そこからチラチラ見え隠れしている滝、そしてそこから大変心が癒される「滝の音」が聞こえてくるんですね。「あー、癒される〜!!」とか思いつつ、もうちょっと歩いていくと現れてくるのがこちら:



た、滝だー!生の滝なんて見たのは一体何年振りだろう‥‥って感じかな(笑)。正直、これだけでかなり興奮するwww。この滝沿いに屋外テラス席が並べられていて、それがそのままアプローチ空間となっています。



このアプローチ空間を言われるがままに歩いて行き、入り口を潜るとそこには我々を出迎えてくれるちょっとした売店兼エントランス空間が用意されていました。



この地方のお土産なんかを売っているこの空間を更に左手方向に折れます:



それほど大きくは無い空間の真ん中に2つのテーブル、そしてそこから更に左手方向に直角に折れると、そこに現れるのがこの風景です:



じゃーん、滝を真っ正面に見る事が出来るカウンター席の登場〜。これは気持ち良い!!



ほら、本当に手が届きそうな所に滝があるんですよー。水が岩に当たる音が非常に心地良く、更に青々とした森林の中に流れる滝はもう絶景としか言い様がありません!で、この滝を見ながらこのカフェで注文すべき一品がこちらです:



日本が世界に誇るべきお菓子、善哉セットです。



このぜんざいがコレ又美味しいんだな!1つ1つの粒がしっかりしていて、それほど甘過ぎず、しつこい感じは全く無し。ケーキセットも捨てがたかったんだけど、やっぱりこういう日本的な風景の中では、この国が育んできたモノを食すのが一番良いかと思います。

で、ここからが面白い所なんだけど、建築家の目から見て、お世辞にも「良い建物」とは言えないこの建築空間の中にさえも、我々日本人が長い年月を掛けて培ってきた「空間文化の様なもの」が垣間見えてくるんですね。



この土地における一番の特徴は明らかにココに存在している滝であり、逆に言えば、この滝の存在こそがこの土地を希有なものにしている要因である事は間違い無いのですが、そんな「掛替えのない滝」を、先ずはアプローチ空間でチラッと見せておきます:



その滝を横目に見せつつ、「敢えて」反対方向に進みながら入り口へと我々を導く仕掛けが施されています。



この時(入り口を入る時)、「我々には一切滝は見えていない」と言う所がポイントかな。先ずは耳だけで滝を楽しんで頂戴‥‥みたいな(笑)。そしてエントランスを入ったら、今度は進行方向とは90度直角方向(左手側)に強制的に進まされます。



更にそこから、もう一度左手方向に(直角に)方向転換させられてから、この空間のクライマックス的な要素である滝を「全面に見せる」という一連の空間的な物語が展開しているんですね。



‥‥と、ここまで書いてきて鋭い人は気が付いたかもしれませんが、そう、エントランスから最後のクライマックス的空間まで、この空間に展開しているのは正に「螺旋の運動」なのです。まるで渦を巻き、上方へと引っ張られる様な螺旋運動がこの空間を支配しているのです(地中海ブログ:パリ旅行その6:大小2つの螺旋状空間が展開する見事な住宅建築:サヴォワ邸(Villa Savoye, Le Corbusier)その1:全体の空間構成について)。



上述した様に、この喫茶店の建物自体には(そのディテールを含め)特筆すべき点はあまりありません。しかしですね、我々が驚くべきなのはこの空間に存在している「空間の流れ」という視点であり、一見平凡なこの建物に展開しているのは、それこそ日本の名建築に見られるのと同等の空間構成を伴った日本建築のDNAなのです。

こんな何気無い、どこにでも存在しそうな建物の中にすらも日本建築の特徴らしきものが垣間見えてしまうという事、意図せざる所にまでも日本的特徴が滲み出てしまうという点にこそ、逆説的に僕は「日本文化の特色」みたいなものを感じてしまいます。

この空間で頂く善哉も絶品だったし、大自然に癒されたい方は是非お立ち寄りください。
| レストラン:バルセロナ | 09:50 | comments(2) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
東さんの「SNS直接民主制」とかマニュエル・カステル(Manuel Castells)のMovilizacionとか
なんか数日前からネットでは東浩紀さんの“「ネットがあれば政治家いらない」東浩紀「SNS直接民主制」提案“が大変な議論を沸き起こしているみたいですね。



昨日は偶々、カイシャ・フォーラム(Caixs Forum)で行われたマニュエル・カステル(Manuel Castells)の講演会に行ってきた事もあって、これも何かの偶然か?(新しいテクノロジーが引き起こす社会変化というお題はカステルの十八番)とか思ったので、ちょっとメモ程度に書いておこうと思います(マニュエル・カステルについてはこちら:地中海ブログ:Manuel Castells との出会い、地中海ブログ:再びManuel Castells)。

ウェブ2.0的なテクノロジーと民主主義については、例えばジェームズ・スロウィッキー(James Surowiecki)の「みんなの意見」は案外正しい(The Wisdom of Crowds)なんかが既に古典みたいになってたり、吉田純さんが「インターネット空間の社会学」というハーバーマス(Jurgen Habermas)の公共圏を下敷きとした「電子民主主義」の可能性について論じた本や、もしくは最近では「ブログ論壇の誕生」なんてものまで出てたりします。佐々木俊尚さんの「ブログ論壇の誕生」では、「毎日新聞低俗記事事件」など、ブログが引き起こした言論の波がマスコミや政治を動かした実例などが挙げられていて、結構面白いです。僕自身、以前にはニコニコ動画みたいなのが、もしかしたら将来的に政治を動かすのかもしれないと思ったりした事もありました(地中海ブログ:案外、日本の政治を変えるのはニコニコ動画だったりするのかも知れないと思ったりして)。

しかしですね、このような新テクノロジーが実際の政治に与えた影響が顕著に見られる最初期の例は実はスペインなんですね。時は2004年の総選挙、民衆党圧勝だと思われていた戦況をひっくり返したのは、嘘で固められた政権に飽き飽きした若者達が引き起こした携帯メッセージの連鎖でした。詳しくは以前のエントリ、スペイン総選挙から引用します:

・・・当時、世論調査において圧倒的優位を誇っていたのは民衆党のアスナールでした。各種新聞は民衆党の圧倒的勝利を確信していました。そこへテロ勃発。

何故テロが起こったのか?当時のアスナール政権はイラク派兵を支持していました。その見返りでした。そうなると具合が悪いのがアフナール政権。結局、彼等 は選挙への影響を考慮してこのテロがアルカイダではなく、ETAによるものだと発表。選挙前にETAの残虐性を謳った映像をテレビで流すなど情報操作のや りたい放題。それに怒ったのが普段は選挙になど行かない若者層。

彼等は携帯電話のSMSを使い全国の若者に呼びかけ、イラク派兵反対を掲げてきた社会労働党に投票するように呼びかけたんですね。結果、投票率77%、 PSOEが164議席、国民党148議席でPSOEが8年ぶりに第一党となりました。マニュエル・カステルは当時の新聞に携帯電話を用いた選挙への影響力 として記事を書いています。今で言うWeb 2.0の走りみたいなもんでしょうか。

El sabado 13 el trafico de mensajeria movil aumento en un 20% y el domingo en un 40%. Es plausible que esa movilización influyera en los dos millones de nuevos votantes que generalmente se abstienen mas que sus mayores, y que esta vez participaron activamente en las elecciones con un objetivo claro: “ Manana votamos, manana os echamos”. …. “ Vuestra guerra, nuestros muertos”, le decian al PP. Pero tambien, y sobre todo, protestaban contra la manipulación informativa del Gobierno, que intento suprimir información y aseverar la autoria de ETA por lo menos hasta “ el dia después”, confiando en sacar renta electoral.

Movil-izacion politica, 20 de marzo de 2004, La Vanguardia, Manuel Castells.

13日土曜日には携帯電話のSMSトラフィックが通常より20%、翌日日曜日には40%増加した。この運動は普段は選挙になど行かない200万人に影響を 与え、今回の選挙にあるはっきりとした目的と共に積極的に参加させる契機となった。その目的とは“明日投票しよう、明日やつら(民衆党)を追い出そ う”。・・・”彼等の戦争、我々の犠牲“と民衆党に叫ぶように。しかしながら又、彼等は政府の情報操作にも怒っていたのである。その情報操作は選挙を有利 に運ぶ為に少なくとも選挙後1日まで続く事になったであろうETAに責任を全て押し付けたウソである。


うーん、何か、久しぶりに頭使って色々考えてたら、パンクしそうになってきたので、バナナ食べて寝よ。バイチャ!
| スペイン政治 | 23:47 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
フランクフルト旅行その1:フランクフルト(Frankfurt)に見る都市の未来
木曜・金曜とロボットプロジェクト(URUS)のパートナーミーティングがバルセロナ某所で朝から晩まであり、週末は仕事関係の所用でフランクフルト(Frankfurt)へ行ってきました。



フランクフルトに関しては以前のエントリ(都市化する空港と効率指標としてのアクセッシビリティなど)で何度か取り上げたのですが、この都市ほどグローバリゼーションの影響をモロに受け、そのポジティブ・ネガティブ、両方の影響が見事なまでに可視化している都市も少ないと思います。効率性と娯楽性が極度に入り混じり、都市レベルにおいて、娯楽性の為に効率性が使用されようとしているこの都市は、ある意味、都市の未来なのかも知れないと思わされます。

何時もならココで都市アクセッシビリティ評価に入る所なのですが、フランクフルトのダントツのアクセッシビリティについては以前のエントリ、Super Functional City; Frankfurtで詳しく書いたので反復は避けたいと思います。ちなみに空港から中心街まではきっかり15分。帰りは搭乗手続きの1時間前まで街を堪能して、中央駅から15分で空港へ。チェックインカウンターでは無く、自動販売機で搭乗手続きを5分で終わらせて余裕の搭乗でした。

さて、フランクフルトは何故これほどの効率性を持つ事になったのでしょうか?先ず考えられる第一の要因としては勿論空港のハブ化が挙げられるかと思います。フランクフルト空港が開設されたのは1936年で当時は軍基地として使用されていたようです。それがヨーロッパの国際的ハブ空港(Frankfurt am Main International Airport)として使用されるようになったのが1972年。下の写真は1946年当時の焼け野原の写真です。



下の写真は1968年に撮影されたもの。終戦直後からするとかなり復興していますが、現代に繋がるような風景は未だ出てきていません。



下の写真は1979年の写真。



この頃になると既に高層風景が出現しているのが見て取れます。年代的にも空港の発達と期を逸にしていると言えると思います。まあそんな事は当然と言えば当然で、アクセッシビリティが良い所に最もお金が集まるというのは世の常。ちなみに道と道が交差する所に市が立ち上がって公共空間になったというのは良く知られた話ですね。それよりも注目すべきは国際ハブ空港を誘致する事を1960年代に既に思い付いていたフランクフルト市の戦略性ですね。その裏には勿論、ユルゲン・ハーバーマス(Jürgen Habermas)を中心とするフランクフルト学派(Frankfurt School)が噛んでいるだろう事は容易に想像が付く所です。

現代のアクセッシビリティについてもう少し言えば、空港と並んで重要な機能が港なのですが、フランクフルトの場合はそれをライン川(River Main)の機能で補充しているようですね。この2つの機能を持つ事が都市の発達においては必要不可欠なのですが、コレこそアムステルダム(Ámsterdam)が急成長を遂げた要因であり、現在バルセロナが急ピッチで進めている計画な訳です。これをされると困るのがマドリッド。だから中央政府はナカナカ「ウン」と首を立てに振らない訳ですね。

さて、まあココまでなら良くある話で、例えばロンドンなんかシティ・オブ・ロンドン(City of London)とか言うヨーロッパ随一を誇る金融街を持っています。それを表象しているのがリチャード・ロジャース(Richard Rogers)のロイズ オブ ロンドン(Lloyd's of London)であり、ノーマン・フォスター(Norman Foster) のスイス・リ本社ビル(Swiss Re Headquarters)な訳です。ちなみにフランクフルトの顔であるコメルツ銀行本社ビル(Commerzbank)を設計したのは同じくフォスターです。いち早く環境負荷を考慮に入れて高層をデザインしている辺りはさすが天才、サー、ノーマン・フォスター。

さて、フランクフルトが他の都市と一味も二味も違う点は、このような急激なグローバリゼーションの波に浸された結果、グローバリゼーションの負の面である都市の闇が如実に市内に可視化される事となってしまった点なんですね。グローバリゼーションの真っ只中に居るヨーロッパの現代都市は必ず2つの顔を持っています。そして表の顔が美しければ美しい程、裏の顔は何処か見えない所へと隠される事となります。(典型的な例がこちら:都市の闇:ヴェネチア(Venezia)の裏の顔とジェントリフィケーション(Gentrification))

しかしフランクフルトの場合はその見えない筈の負の面が隠される訳でも無く、堂々と表に出て来て、前述の金融街とまるで対を成しているかのように成り立っている。しかもその「負の面」が今正に「正の面」へと変化しようとしているかのようです。それがヨーロッパ随一とも言われるフランクフルトの風俗産業です。今やフランクフルトはアムステルダムと並ぶ風俗の聖地(性地)と化しました。

下の写真は駅前から金融街を見た所。



夜に同じ場所から同じ方向を見ると街は違う顔を現します。





ピンクや赤、青色のネオンの部分は全て風俗です。



アムステルダムの飾り窓は国際的に有名ですが、多分フランクフルトの風俗産業の発展振りはこの街を訪れた事のある人しか知らないと思います。ちなみにドイツでは売春は合法らしいです。

風俗産業と言うと僕等日本人は陰気、危険、悪というイメージを抱きがちですが、アムステルダムと同様、ココにはそんなイメージは一切無いように思われます。(少なくとも街中を歩いていて危険だと感じる事はありませんでした。)

反対に性をポジティブなモノと捕らえた陽気さすら漂っています。フランクフルト市はオフィシャルにこの地域を宣伝してはいませんが、実質既に観光名所化している事実を考えると近い将来、市役所が大々的に宣伝し始めるのも時間の問題かと思われます。何故なら観光客がココに落としていってくれる金額は無視出来ない程、都市の収入に占める割合が高いと思われるからです。

真夜中、ホテルの窓から金融街の表象である超高層を眺めながら、その足元にそれが惹き付けてしまう「もう一つの欲望」の風景を見ていると、この街が表象しているモノこそ、人間そのものなのではないのか?と思えてきてしまいます。同時に、人間の欲望とはなんて深いんだとも思わされます。ココには人間の欲望の内の2つもが表象されているのですから。
| ヨーロッパ都市政策 | 19:50 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
都市の闇:ヴェネチア(Venezia)の裏の顔とジェントリフィケーション(Gentrification)
水の都ヴェネチアという都市は本当に美しい都市です。建物から都市構造に至るまで数百年の歴史が大変良く保存され、訪れた者を中世の世界にタイムトリップさせる魅惑ある都市です。





しかし、どんな都市にも表の顔と裏の顔があります。都市が美しければ美しい程、それは汚いもの・目障りなものが排除されているという結果なんですね。特に各都市が観光客を奪い合う都市間競争の時代においては、必然的に都市の必須課題は如何にして都市美を捏造するかに傾けられます。そしてその弊害が必ず都市の何処かに現れてくる。

例えば僕がよく利用する超効率都市フランクフルト。90年代初頭、フランクフルトは金融街として急成長を遂げました。



その頃、「グローバルシティ(Global City)」という分かり易い標語を掲げ、ニューヨーク、ロンドン、東京を中心にせっせと論文を生産していたサスキア・サッセン(Saskia Sassen)ジョルディ・ボージャ(Jordi Borja)が「フランクフルトもグローバルシティに加えたら」と助言したというのは有名な話。



市内を流れるライン川から金融街を見た風景はあまりにも有名ですが、その足元にアムステルダムと並ぶ、ヨーロッパ最大の風俗街が広がっているのは現地へ行った人しか知り得ないと思います。



「急発展するグローバル都市」というイメージを売りにしたいフランクフルトは、竹の子のように生える風景を前面に出す事はしても、グローバル化による負の面の象徴とも言える風俗街の写真を表に出す事は先ず無いからです。

さてヨーロッパ都市において排除されるものは、歴史的中心市街地を覆う城壁の外へと放り出されるのが定石なのですが、ここヴェネチアでは本島全てが歴史的地区に当たり、その外は海。という事は、本島の何処かに隔離部分があるか、もしくは本島を渡った所にヴェネチア市民の真の生活が広がっているか?のどちらかという事になると思います。

そもそも僕は街を歩いている時からヴェネチア本島に果たして市民が住んでいるのかどうか?は大変疑問でした。生活感がまるで無かったからです。職業柄、旅に出るとやはりその土地の公共空間に注目してしまいます。何故ならユルゲン・ハーバーマス(Jurgen Habermas)が言うように、「公共空間とは都市の表象であるから」なんですね。つまり公共空間を見れば、その都市がどんな都市かが大方分かるというわけです。

ヴェネチアの公共空間を観察していて思ったのは、先ず第一にボールを蹴っている子供達や日向ぼっこをしているおじいさんなどが見当たらないという事でした。つまり市民の姿をあまり見かけなかったのです。見かけるのは何処も観光客ばかり。

これはある意味すごい。最近ものすごい勢いでジェントリフィケーションが進んでいるバルセロナ中心街においてさえも、スケートボードをしている子供やボールを蹴っている子供達、犬の散歩をしている人々が観光客に混じっています。その姿が無い風景は正にディズニーランド。(ちなみに昨日の新聞( La Vanguardia)によると、不動産バブルがはじけ気味なスペインでは昨年の同じ時期と比べて新築物件価格が27%下落し、賃貸価格が5%上昇した模様。インフレ中の物価上昇指数は4.4%)

これは明らかに過度の観光化によるジェントリフィケーション(Gentrification)の弊害でしょうね。限りある土地において、全てが観光化されている本島では全てが高すぎる。市民の足であるヴァポレット(Vaporetto)と呼ばれる水上バスは初乗りが6.5ユーロで72時間券で31ユーロ。2005年度の料金がそれぞれ5ユーロ、25ユーロだった事を考えると3年で1,2−3倍になってる。(住居権を持っている市民には定期券とかあるのでしょうか?)コーヒー一杯3−5ユーロ。サンドイッチが4−6ユーロ。スーパーや日用雑貨を売っている店はあまり見かけなかったし・・・

これは一般市民が住む価格レベルじゃありません。市内総生産の6割以上を占め、雇用も4割を超えている観光関連産業を第一に考えるのは良く分かる。しかしながら、都市の活力は市民であって、市民こそがその都市にとっての最大の魅力なはずです。イタリア研究で著名な宗田好史さんは、彼の記念碑的名著、「にぎわいを呼ぶイタリアのまちつくり:歴史的景観の再生と商業政策」の中で、イタリアのジェントリフィケーションの特徴を、「都心の住民、とくに中商工業者が豊かになったこと」とされていますが、ヴェネチアの場合、豊かになった住民はそのまま島に残るのでしょうか?もしくは何処かへ非難するのでしょうか?どうなんでしょう、その辺?

住民って何処に住んでるんだろうなーとか思いながら探した所、居ました。(何かナメック星でナメック星人探しているフリーザみたいですが。そう言えばイタリアでよくピッコロという言葉を耳にしました。イタリア語で小さいという意味らしいです。)

先ずは本島の南側、ヴェネチア・ビエンナーレが行われる所辺り。



まるで隔離されたかのように、その辺り一帯の建物一階部分には何も諸活動(カフェなどの)が入っておらず、建物から建物へと所狭しと洗濯物が掛けられています。





人通りは全く無く、まるで死んでいるかのよう。観光客だとまる分かりな僕が一人で歩くのがちょっと怖いくらい。この辺りは明らかに市によって計画的に隔離された公共経営集合住宅地区だと思います。中心街のジェントリフィケーションによって以前のエリアには住めなくなった人達が移動させられたエリアだと推測します。

そしてもう一つ。こちらが本命だと思うのですが、ヴェネチア本島が大陸と唯一繋がっている鉄道路線を渡った直ぐの所。





歴史的建造物が保存されている本島とは対照的に、ここからは工場地帯が乱雑に広がっています。





更に行くと、何処にでも広がっているような独立住居風景が限りなく続いているという状況。これが中世の姿を今に残すヴェネチアの本当の顔ですね。

グローバル化の波にさらされている現代都市には必ず2つの顔があります。そして優雅で楽しげな表の顔の裏に隠されている裏の顔にこそ、その都市の本質を見る事が出来るのです。そしてそこにどの程度の資金が投入され、どの程度の計画がなされているかで、その都市の底力と実力が分かるんですね。

とは言っても、イタリアは本当によくやっていると思います。安易な大規模開発に走らずに、こつこつと建築的な改修や改造で都市再生を解決したのだから。そんな地道な努力を続け、アメリカ型ではないオルタナティブを示したイタリアの事例だからこそ、ジェントリフィケーションのコントロール不可能性と恐ろしさが分かるというものです。

バルセロナ現代文化センターのアルベルト(Albert Garcia Espuche)が大変に優れた展覧会とカタログ( La reconquiesta de EUROPA: Espacio publico urbano 1980-1999)で示したように、ヨーロッパの諸都市は80−90年代を通して疲弊した歴史的中心地区をパブリック・スペースの改善を通して再生してきました。そしてその試みは大変うまくいきました。しかし僕達が今直面している問題は単なる改善・再生ではなく、その後の問題なんですね。そしてその問題に対して我々は未だ有効な手立てを持っていません。

都市間競争の欲望が「都市再生」を後押しし、都市美を創り出した所に必ずと言って良いほど現れる怪物。

マルクスとエンゲルスが言った言葉を現代ならこんな風に言い換える事が出来るのではないかと思います。

「一匹の妖怪がヨーロッパを徘徊している。ジェントリフィケーションという妖怪が」。
| ヨーロッパ都市政策 | 20:56 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
美術の商品化と公共空間: Manuel J. Borja-Villel
約一ヶ月前、バルセロナ現代美術館(Museo de Arte Contemporáneo de Barcelona (MACBA))の館長であるManuel J.Borja-Villelがマドリッドのレイナ・ソフィア美術館( Museo Nacional Centro de Arte Reina Sofía)の館長に就任するというニュースが流れました。それに伴ったロングインタビューが雑誌に載っていたのでちょっと解説したいと思います。

インタビュー表紙に彼の写真と共に先ずは大きな文字でこうあります。

「私は向こう3年間でレイナソフィア美術館の中に一つの都市を創りたい。」

" Me gustaría crear en tres anos una ciudad dentro del Reina Sofía", Manuel J. Borja-Villel


これを見た時、僕の頭の中に即座に浮かんだのが初期バルセロナ都市戦略の要になった合言葉であり、バルセロナ公共空間プロジェクトの背後にあった思想:「都市の中に都市を創る ( crear la ciudad de ciudades)」でした。

それの意味する所は、都市とは全ての人に開かれるべき場であるという事と、都市を通して人は教育され言論が形成され、一人前の人たりえるというアイデアだったと思います。そしてそれを可能にするのが都市であり、都市の中にある公共空間だというわけです。

啓蒙主義の時代におけるパブリックスペース、つまりハンナ・アーレント( Hannah Arendt)が言った私的でも無く公的でも無い社会的なものが勃興してくる空間。啓蒙主義者であったブルジョア知識階級の家族空間である親密圏から生まれてきた文芸的公共圏と後に新聞によって発達していく事になる政治的公共圏です。

それがサロンでありカフェである事はユルゲン・ハーバーマス( Jurgen Habermas)によって指摘された通りです。バルセロナが「都市の中に都市を創る」と言う時、単なるフィジカルな場としての公共空間を創るというだけでは無く、それを通して「人を創る」と言っているのだと僕は理解しています。

しかしながら近年ハーバーマスも批判しているようにそのような討議的空間である公共空間は商業化と消費社会化に伴って衰退しつつあります。そんな背景もあり、全てが消費対象になり得てしまう現代社会においては、教育こそが唯一の歯止めであるという認識がバルセロナに公共空間の重要性を意識させたのだと思います。

Manuel J. Borja-Villelも同様の問題意識とそれに対する危機感を持っているんですね。彼は現在の美術がナイキなどのブランド品と同じ様に消費の対象に成り下がってしまっている事を嘆いています。そこで引用されているのが何を隠そう日本人。

「今まで見た中で最悪だったのは、日本人のグループがルーブルのモナリザを見る為に10分で美術館をさった姿だった」。

"... el record lo tenia un grupo japonés que entro en el Louvre, vio la Gioconda y a los diez minutos estaba en la calle."


日本が経験した80年代のバブルは一般庶民に海外旅行を身近なものにしました。外国語が出来ない日本人はその勤勉な国民性も手伝って、時間内に効率良く観光をする為にツアーを雇ってグループで行動する事が多いんですね。更に80年代というのは国外では今ほど各家庭に電化製品が出回っておらず、カメラなどは一部の人しか持つ事が出来ない高級品の類でした。一転して日本国内では各家庭に一台は当たり前の時代。飛行機に乗って行く海外旅行ともなればなおの事。カメラを持って行かないという方がおかしいという空気だったと思います。

そんな日本人グループが所かまわずカメラでパシャパシャやる風景はさぞ異様だったろうと想像出来ます。更にその時代、カメラが買えなかった嫉妬も手伝って日本人=カメラを持ったグループ観光=礼儀知らずというネガティブなイメージが付いてしまいました。(最近のデジタルカメラの普及によって分かった事は、あれだけ日本人のカメラ行儀の悪さを批判していたヨーロッパ人だってカメラを持てば同じ事をする、もしくはそれ以下だという事。その批判は嫉妬から来ていたのが証明されてしまったんですね。)

このカメラの存在は美術の商品化に一層拍車をかけているように思えます。美術の商品化と美術館の存在というのは切っても切り離せない関係だと思うんですが、「観光」という新たな産業が勃興し、全ての都市現象がその周りに起こっているように思われるわれわれの時代には、今一度都市の中における美術館の存在を再考する必要があると思います。これがManuel J. Borja-Villelの立ち位置だと思います。

現在、美術館は都市にとって最も集客を期待できる一大エンターテイメント産業に発達しました。そして今、多くの人が美術館を訪れる理由は「そこに行ったという経験が欲しいから」に思えて仕方がありません。そしてそれを証明する為に写真が存在するのです。

このような現象は社会が成熟し、人々が豊かになれば避けられない事なのかもしれません。デヴィッド・ハーヴェイ( David Harvey)はこう言っています。

「文化とアートはエンターテイメント型発展を示す基本的なテーマになった。」その結果、「文化が商品化するのは避けられない」。

" culture and the arts have become a fundamental theme which distinguishes entertainment-enhanced developments". " That culture has become a commodity of some sort is undeniable". David Havey


建築の世界にもそれは押し寄せてきています。

「目立つ建築と文化のアトラクション=観光客増加」Wiltold Rybczynski

" Eye-popping architecture plus cultural attractions equal more tourists". Wiltold Rybczynski


そして都市も自身の発展の為にそれらを利用しているのです。オリオル・ボイガス(Oriol Bohigas)はそんな状況に警鐘を鳴らしています。

「ボイガスは美術館は教育よりもエンターテイメントに従事していると非難している・・・」

"... Oriol Bohigas acusa a los museos de preocuparse mas por distraer que por formar..."


この警告にManuel J. Borja-Villelは大まかに同意を表しています。彼は、美術館は全ての人に開かれるべきであると同時に、美術教育を通しての活発な議論や言論が巻き起こるべきであると考えています。そしてそのような動きは美術館を通してこそ起こるべきだと考えているんですね。

前述したように、都市の中に人々が議論する事が出来る為の公共空間を創り出すというのは初期のバルセロナ再生の中心に置かれた戦略だったんですね。そこで合言葉のように言われていたのが「都市の中に都市を創る」であり、それを実践に移したのがバルセロナ現代文化センターという文化施設だったわけです。

今、Manuel J. Borja-Villelは同じ事を美術館を用いて行おうとしています。それが冒頭で引用した彼の言葉、「美術館の中の都市」だったという訳です。あー、なんて高尚な目標なのだろう。しかも彼が20年勤め社会文化を知り尽くしたバルセロナではなくて、マドリッドで。
| スペイン美術 | 21:25 | comments(2) | trackbacks(2) | このエントリーをはてなブックマークに追加
Super Functional City; Frankflut
この間ベルリンに行った時の事でどうしても書かなければと思いつつナカナカ書けなかった事にフランクフルトの利便性があります。フランクフルトについては前にも何回か書いているので繰り返しになってしまいますが、何回も書かせるほどこの都市の機能性というのは良く出来ている。今回の帰りの飛行機はベルリンからフランクフルト経由でバルセロナでトランジットが約3時間ありました。3時間というのは微妙な線で街に出ても直ぐに帰ってこなければいけないし空港に居るには長すぎる。しかしフランクフルトは違う。今回時間をきっちり計ったのですが空港に着いたのが5時半。飛行機から降りられたのが5時40分。そこから地下鉄まで歩いて10分。5時55分の電車に乗って中心街に着いたのが6時10分。空港から中心街まで10−15分しか掛からないというのはヨーロッパ都市の中ではダントツです。

これは僕にはどうしても偶然の産物だとは思えない。何故なら僕のようにちょっとしたトランジットを利用して街中へ出向くという人は少なくないはずだし、その人達が街に落とすお金も少なくないはず。この空港開発の裏にそんなシナリオを描いた人物が居るはずなんですね。なんて先見の明があるんだろう。

フランクフルトと言えば僕の大好きなハーバーマスなどのフランクフルト学派が居る訳ですが・・・・。

そんな観点で話を展開すると又違った側面が見え隠れして大変刺激的です。
| ヨーロッパ都市政策 | 05:40 | comments(0) | trackbacks(35) | このエントリーをはてなブックマークに追加
Wiiについて
ムーたちさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
Wii は確かに面白い試みですよね。

以前ハーバーマスがシステムと生活世界という概念で今日で言うコンビニ的なモノと職人的なモノを分けましたよね。その核心にはマニュアル的なモノに支配されているか人間的なコミュニケーションを重視しているかの違いがあると思います。ここで言う生活世界とは王様のレストランに出てくる千石さんのようなギャルソンが以前に来店した客が何を食べたかを覚えていて「今日はポルトワインがお奨めです」とか言う世界。逆にシステムが支配している世界と言うのはマクドナルドみたいに個人を個人として認識しないような世界。
今現在、坂村さんのユビキタスやアマゾンもしくはグーグルが想像している世界というのは実は科学技術を通した生活世界の再構築に他ならない訳です。
つまり携帯やRFIDなどを通して店に入った瞬間に「お客さまは以前これをお選びになりましたね。今日はコレなんてどうです?」とか言ってくる世界です。つまり以前の千石さんの担っていた役割をコンピュータが担っていく世界です。ここでの問題はこういう再構築された人工的な生活世界において果たして我々の人間性とは一体何か?という事だと思います。
僕はWiiが提出している、もしくはするだろう問題は同種の問題だと思います。つまり科学技術(Wii)によるスポーツ世界(運動をするという生活世界)の再構築なわけですね。この時、我々の身体感覚って何処までリアリティを獲得できるのでしょうね。もしくはこうも言える:我々の時代のリアリティとは一体何かと。
| サブカル | 17:37 | comments(0) | trackbacks(35) | このエントリーをはてなブックマークに追加
バルサと公共空間
今日は朝からバルセロナがそわそわしています。何故ならバルサ・マドリッドのサッカーの一戦があるからなんですね。代理戦争とは良く言ったものですが朝からテレビやカフェではその話題で持ちきり。勿論マドリッドをボロクソに言いまくりです。マニュエル・カステルがこの間、うちの部署に来た時に「今の時代、世界的にアイデンティティを同じ平面で語る事が出来るのはスポーツだ」というような事を言ってたけど正にその通りですね。日本だって状況は全く同じで普段は日本なんてどうでも良いと思っている人だってワールドカップになると不思議と日本を応援してしまう。逆にそうしない人を批判するという極端な行動をとる人すらいるくらい。ココにサッカーを政治的に利用しようという動機が生まれる。現在のPSCのカタルーニャ州政府大統領候補のモンティーリャなんてその典型。今までサッカー好きなんて言った事も試合見に行った事も無かったのに選挙前のこの時期だけはバルサの応援を思いっきりしてる。いわゆるそれで大衆の関心を引こうをいうチープな作戦。しかしその一方でスタジアムに応援しに言ってる写真を見てそれに騙されてるカタラン人も馬鹿。基本的に僕としては彼にがんばってほしいんですね。何故かというと彼はカタラン人では無いんですね。カタランの社会というのは大変閉鎖的でこのような社会の中で外国人が生きて行くのはホントに大変。そんな中でカタラン人以外で州政府の大統領に立候補した人は歴史的に彼が初めて。同じ外国人としてそういう意味では彼にはがんばってほしいけど、もうちょっと本質的な事を言ってほしいし政策で勝負してほしい。

まあ、良いや。バルサの話に戻ります。バルサの試合は大体何時も夜の9時頃から始まるのですが、7時半頃になると街頭に仮装大賞さながらバルサのTシャツを着た人や太鼓や笛を吹きまくってる人、大声でバルサの歌を歌っている人などが現れ始めカフェの陣取り合戦が始まります。前にハーバーマスの件で書いたようにヨーロッパではカフェの社会的な機能と言うのは未だに大変重要。ここぞとばかりにサッカーに限らず、政治や社会状況を語り始めます。そこで議論する大衆が自立的な個人かどうかと言うと決してそうでは無いしその時代ハーバーマスが想定した人達とは違うと思うけど、日本人の僕から見ると大変衝撃的な風景だと思う。こういう所から都市に住んでるという市民意識みたいなモノが形成されてくるんじゃないのでしょうか?カフェのようなパブリックスペースでの議論というのは他の人が何を考えているのか?社会は今どの方向に向かっているのか?いろんな人と知り合う大変重要な機能だと日に日に感じています。

それにしてもバルサの試合見てるとホント戦争ですよね。今日は試合がマドリッドだったので勿論マドリッド有利の判定になります。故にバルサのファンはむちゃくちゃヒートアップ。それにしてもあの、ロナルディーロってどうなってるんでしょうか?F・Kとかでどうしてあんなにシュートが曲がるんでしょうか。カミソリシュートくらい曲がってますよね?しかも二枚刃どころか4枚刃くらい持ってますよ、多分。そんなこんなで今日はビトリアについてはお預けです。今度書きます。
| バルセロナ日常 | 09:48 | comments(0) | trackbacks(35) | このエントリーをはてなブックマークに追加