地中海ブログ

地中海都市バルセロナから日本人というフィルターを通したヨーロッパの社会文化をお送りします。
バルセロナと長期的な友好関係、協働関係を築きたいと考えている皆さんへ

突然ですが私cruasan、バルセロナの都市計画や都市政策、モビリティやICTといった専門分野におけるバルセロナのキーパーソンとのミーティングのセッティングをコーディネートするサービスを始めようと思います。

←おめでとー(祝)。パチパチパチ。

←なぜ急にこんな事を思い立ったのかは下記↓↓↓に詳しく書きました。

(注意)下記に載せる写真は全て今年の48hオープンハウス(2016)で撮ってきた写真です(地中海ブログ:バルセロナ・オープンハウス2013:その地域に建つ建築(情報)をオープンにしていくということ)。

Barcelona Super computing center

←一言でいうと、バルセロナの都市計画や都市政策の専門家でない人がミーティングを設定したりすると、日本の自治体関係者や政策決定者を「バルセロナのキーパーソンではない、政策なんかとは全く関係ない人」と会わせちゃったりして、これは「双方の都市にとって不利益にしかならない」ということを目の当たりにしたからです。

←もっと言っちゃうと、これは90年代初頭くらいから岡部明子さんがバルセロナの面白さに気付かれ(地中海ブログ:とっても素敵な出会いがありました:岡部明子さんとグラシア地区を歩く)、阿部大輔さんが中心市街地の研究を始められ、僕がバルセロナの公的機関の内部から都市戦略などを実際に担ってきたという様に(地中海ブログ:何故バルセロナオリンピックは成功したのか?:まとめ)、みんなで膨大な時間を掛けて築き上げてきたバルセロナの名声を無に帰す弊害だと認識しました。

Torre Bellesguard (Antino Gaudi)

取り敢えず、僕が想定しているのは次のような方々:

1. 日本の自治体関係者で、バルセロナ市への表敬訪問ではなく、「バルセロナの本音が知りたい」という方々。バルセロナの経験(良い面も悪い面も)を生かして、「自分達の街をより良くしたい」と本気で思っている方々。

2. 大学の研究者などで、都市やモビリティ、ICT分野においてバルセロナの公的機関や研究機関と長期的な視野に立って共同プロジェクトを立ち上げたり、それらの可能性を模索している方々。

3. バルセロナのキーパーソンを日本に招致することによってイベントなどを企画し、政権交代に左右される短期的な関係性ではなく、政治的状況に左右されない長期的な関係性をバルセロナと築きたいと考えている方々。

 

上記の様な方々の要求にお答えしようと思っています。

もっと具体的にいうと、「ICTのセンサー分野で専門家と意見交換したい」とか、「モビリティの分野でバルセロナ市を巻き込んだ長期的なプロジェクトがやってみたい」とか(←プロジェクトが実現出来るかどうかは別)、「バルセロナってスマートシティとか言ってるけど、実際どうなの?」とか、「バルセロナ市役所って何やったの?」などなど、かなり専門的なんだけど、スペイン大使館とかバルセロナ市役所の窓口に頼むと一般的すぎて誰が出てくる分からない、、、という悩みを持っている方々。もしくは、「一旦はバルセロナと協定を結んだんだけど、政権交代で市側の担当者が変わった為に連絡が途絶えてしまった」、「だから政権交代に左右されない長期的な視点に立った安定的な関係性が築きたい、、、」という方々を対象にしたいと思います。

(注意) バルセロナ市役所への表敬訪問を望まれる方や、「バルセロナがどんな分野に興味があるか?」とか、「バルセロナにヒヤリングした上で、うちの方針を決定したい」というような「一方通行的なヒヤリング」を望まれる方は除外させて頂きます。

Diposit del Rei Marti

なぜ僕がこんなことを考えるようになったのか?

←←← いや、前々から思ってはいたし、実際その様な要請は年がら年中受け取ってはいたのですが、僕自身非常に忙しくって自由になる時間がそれほどなく、また、バルセロナ側のキーパーソンとのミーティングの設定には手間暇が掛かることなどから後手後手に回っていたんですね。しかしですね、昨年のスマートシティ国際会議に参加した経験や、最近よく耳にする、旅行会社による「バルセロナ市役所とミーティング設定しますよ」的なスマートシティ視察ツアー、しかも「バルセロナ市役所が返信しないから何とかして!」という訳の分からないメールをひっきりなしに受けるにつけ、「このままではマズイ!」という危機感が僕にそう行動させたと言った方が良いかもしれません。

Can Po Cardona (Jujol)

はっきり言います。

「高いお金(と時間)を支払ってまで遠いイベリア半島の隅っこに足を運んでくれる方々の中には、自治体関係者は勿論、日本の各都市の政策決定者や専門家の方々が多くいらっしゃるものと思われます。だからバルセロナ側もそれ相応のキーパーソンとの会合なりミーティングなりをセッティングしないと、バルセロナと日本の両都市、双方にとって不幸せなことにしかならない、、、」と、そう強く思ってしまったのです!

それが今回、僕がわざわざ多大なる労力を掛けてまでバルセロナのキーパーソンとのコーディネートをかって出ようと考えた始めたキッカケです。

逆に(繰り返しになってしまいますが)、日本政府や自治体関係の方々で「バルセロナ市への表敬訪問が目的」とか、「バルセロナ市とミーティングすることを第一の目的とする」という方々は、スペイン大使館とか日本領事館に連絡を取って頂ければ、そちらからバルセロナ市役所なりカタルーニャ州政府なりに連絡がいき、担当者を介してミーティングの設定などをして頂けるかもしれません(大使館や領事館がそれらを受けてくるかは不明)。

また、建築、都市、都市計画、都市政策、モビリティ、ICT(もしくはこれらに関連のありそうな分野)以外の専門家や専門機関へのミーティングなどを望まれている方々、例えば「ピアノの達人とミーティングがしたい!」とか、「カタラン語の研究者を紹介してほしい」とか他分野への要望もお断り致します。まあ、出来ないことはありませんし、多分それなりに上手くやれるとは思いますが、それらの分野だったら僕以外にもコーディネート出来る専門家がいらっしゃると思いますので、そちらの方々にご連絡をお願いします。 Torre de la Creu (Jujol) 基本的に僕は「僕以外の日本人には出来ないこと、僕にしか出来ないこと」しかお引き受けするつもりはありませんし、他分野まで僕が出しゃばるつもりもありません。 という訳で、都市、建築、都市政策、都市計画、モビリティ、ICT分野でバルセロナのキーパーソンとのミーティングなどを通してバルセロナと長期的な友好関係、協働関係を築きたいと考えている方々、バルセロナの事例を通して、「本気で日本の都市を変えたい!」と思っている方々、ご連絡ください。

Can Negre (Jujol)

←そうじゃない人は、ビーチに行って美味しいパエリアを食べて、夜は生ハムとワインを飲みながらバルサの試合を見ていれば、それはそれで大変有意義なバルセロナ滞在になると思います。ただ、、、日本からわざわざ来たのに、地元で有名だからという理由から「日本食レストランに行く」という間抜けなことだけは止めましょう(苦笑)。

←バルセロナの日本食レストラン、フェラン・アドリアとか行ってるみたいで確かに美味しいことは美味しいんだけど、日本に帰ってその辺の焼き鳥屋で食べた方がマシなレベルだと思います。

追記) 下記に僕がこんな風に考えるキッカケとなった経緯を記します。ちょっと長いのですが、興味がある方はどうぞ:

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

毎年、スマートシティ国際会議が近づくにつれ、僕のところには世界中の政府機関、自治体、研究者、私企業などからひっきりなしにメールが届きます。これには幾つか理由があって、まず一つ目には僕が所属しているMIT SENSEable City Labの所長、Carlo Rattiさんがスマートシティにおける世界的権威であり、SENSEableはスマートシティのメッカとして知られているということが挙げられます。ちなみにバルセロナが都市戦略としてスマートシティ国際会議を立ち上げた時、そのイベントの権威付けの為に(当時の)主催者にカルロさんを紹介したのは僕です。

もう一つは、labのメンバーの中でバルセロナを拠点として活動しているのは僕一人に限られるということ、そして欧米では僕の名前はビックデータ解析を建築・都市計画・都市政策やモビリティに応用するということに紐付けられている一方で、バルセロナの都市分析、バルセロナモデルの専門家と見做されているという理由が挙げられるかと思います。

Parc de Recerca Biomedica de Barcelona (PRBB)

という訳で、昨年のスマートシティ国際会議にいらっしゃった幾つかのグループの方々に同行することになったんだけど、それらの各グループの構成はこんな感じ(自治体の名前やコーディネーターの名前は伏せます):

1. 欧米の某都市(A自治体):MITの元同僚で都市政策・都市計画を専門としているA市の職員がコーディネーター。

2. 欧米の某都市(B自治体):在B国のスペイン大使館を通してバルセロナ市役所などとのミーティングをコーディネートした模様。 3. 日本人の団体様(職業はバラバラ):地元に長年住む(都市政策・都市戦略などに関しては素人だけど、やる気と熱意は十分な外国人(日本語話す))がコーディネート。

日程をずらしながらも、これら3つのグループに同行しバルセロナ市役所や私企業、ウォーキングツアーなどを体験していたのですが、それら3つのグループを比較することによって、ある重要なことに気が付きました。それは:

「コーディネーターの技量によって、バルセロナ市役所訪問時の担当官が変わるということ。そしてその担当官の説明如何によって、バルセロナへのイメージやその後の協定などに多大なる影響を与えるということ」

です。

Campanar de Sant Maria del Pi

まず、スマートシティ初日にいらしたのは日本人のグループだったのですが、最初の訪問先はバルセロナ市役所の某機関。先ずバルセロナ滞在の初日にココでバルセロナ市の一般的な説明とスマートシティへの取り組みなどの説明を聞きつつ、その後の活動に繋げるというなかなか良く考えられたプランだったと思います。しかしですね、バルセロナ市役所側の担当者から開口一番に出た言葉がこちら:

「ようこそバルセロナへ!あのー、大変残念なのですが、バルセロナ市では5月に政権交代が実施され、それに伴い市役所内のスマートシティ部門は消滅してしまいました。現場の担当者である我々も、スマートシティに関してバルセロナ市が何処へ行こうとしているのか、何がしたいのか分かりません。大変混乱しています」

正直、僕は自分の耳を疑いました。心の中で、「え!!!!」って思いました。更に、その担当官が説明し始めたバルセロナの紹介がかなり酷い!はっきり言って素人同然、、、っていうか、あとで話してみたら経済学のバックグラウンドを持つ公務員のかただったので都市に関しては素人だったのですが(←別に全ての人が都市のプロになれるという訳ではないので、それはそれで良いのですが、、、)、それにしてもスマートシティ国際会議に出席することを目的にいらっしゃった方々に対して、「上述の説明はないな、、、」と本気で思いました。

Torre de la Creu (jujol)

しかしですね、その2日後に今度はA自治体の方々と同じ機関、同じ場所で説明を受けたのですが、その時に担当官として出てきたのは僕も良く知っているバルセロナ市役所のキーパーソン。もちろん彼はバルセロナ市の状況を大変良く理解していて、バルセロナの現状からスマートシティへの取り組みに至るまで、短時間で見事に説明してくれました(どうやら都市政策の専門家であるA自治体のコーディネーター(友人のV君)が事前に調べて彼を指名したみたいです)。僕が最も感銘を受けたのがスマートシティに関する彼の下記の説明です:

「バルセロナ市では5月に政権交代があり、スマートシティに関しても現政権は前政権とは異なる見解を示しています。私が考えるに、スマートシティは何層ものレイヤからなっています。最下層にはセンサーなどのインフラがあり、上層レイヤには文化活動などがあるといった具合です。前政権では、このインフラ整備にかなり力を入れていました。センサー技術といった最新技術に多大なる投資をしていたのです。しかし現政権はそうではなく、上層レイヤにあたる文化活動や市民活動などに力を入れる政策を打ち出しています。同じスマートシティといっても、現政権と前政権では捉え方が異なるのです。この状況に適合させるために、市役所内部では部門のリストラクチャリングを行っている最中です」

そう、こういう風に説明されると、「あー、そうか、スマートシティの捉え方が違うんだなー」と納得するわけですよ。いきなり、「スマートシティ部門は潰れました」とか言われると、はっきり言ってやる気が無くなるし、バルセロナに初めて来た自治体の方々で事情をうまく飲み込めない方々は、「あー、そうなのか、じゃあ、バルセロナとは今後何も出来そうに無いな、、、」とか思ってしまうじゃないですか!

Campanar de Santa Maria del Pi

繰り返しますが、このA自治体のグループをコーディネートしていたのはMITの僕の元同僚で、もともと都市計画や都市政策を専門としていたV君。現在はA自治体で働いているんだけど、僕がバルセロナの専門家だということで時々連絡を取ってアドバイスをしていたという裏事情は勿論あります。だから流石にポイントを良く押さえていて、都市再生やスマートシティの取り組みに関して「バルセロナでは何を見なければならないのか?」、「誰と合わなければいけないのか?」、「政策決定者には誰と話をさせて、何を見せなければならないのか?」などを熟知している訳ですよ!

Can Negre (Jujol)

ちなみに彼に頼まれて僕がA自治体の方々を案内させて頂いたのが、グラシア地区の歩行者空間プロジェクト(地中海ブログ:グラシア地区祭り:バルセロナの歩行者空間プロジェクトの責任者だったけど、何か質問ある?)と、バルセロナ市のバス路線変更計画を指導したバルセロナのキーパーソン(地中海ブログ:バルセロナのバス路線変更プロジェクト担当してたけど、何か質問ある?バルセロナの都市形態を最大限活かした都市モビリティ計画)。

Font Magica de Montjuic

更にこのグループはバスク地方にも関心があるということで、グッゲンハイム効果で都市再生をした「ビルバオではなく」、欧州の都市再生の専門家の間では非常に知名度の高いビトリア市へ視察に行き、そこの専門家集団と意見交換をしました。ちなみにビトリア市のスマートシティ計画には2007年頃から僕も参画していて、2010年には欧州グリーン賞を受賞しています(地中海ブログ:グラシア地区歩行者空間計画BMW賞受賞)。もちろんミーティングのセッティングを手伝ったのは僕です。

Torre de la Creu (Jujol)

その一方、日本のグループの方々はというと、上述のバルセロナ市役所から充てがわれた無茶苦茶な説明を聞いた後、バルセロナ市が売り出し中のスマートシティのモデルと言われている(←言われているだけです)22@エリアを「時間がない」という理由からチョロっと見るに留め、早足でビルバオとサンセバスチャンへ視察に行かれました。それ自体はそれほど悪いことだとは思いませんが、「ビルバオ市の都市再生の裏側にはキチンとした都市戦略が構築されていて、ビルバオ市は決してグッゲンハイム効果だけで蘇ったのではない」ということ(地中海ブログ:バルセロナの新たなる都市戦略:ビルバオから学ぶバルセロナ都市圏再生の曙)、サンセバスチャンの食(ガストロノミー)を打ち出した都市戦略が「伝統ではなく」、明らかに戦略的に誘致されたものであり、それを仕掛けた仕掛け人と政策担当者といったキーパーソンがいるということを、この企画をコーディートした方が知っていたかどうか?は知りません。

Torre Bellesguard (Antoni Gaudi)

更に更に、このグループの方々は、最終日にバルセロナのスマートシティの具体例として、グラシア地区や22@エリアではなく、近郊のサンクガット市を視察に行かれました。個人的にサンクガット市は大好きな町ですし、僕もお世話になっている素晴らしい日本人建築家のかたも在住されています。また、あの街に設置されているゴミ箱に付けられたセンサーからの情報取得システムは、2005年からバルセロナ市役所内で結成された専門家グループ(僕も参画しました)がスマートシティの文脈において企画提案し、開発に成功したものを採用しているので個人的によーく知っています。

Barcelona Supercomputing center

しかしですね、サンクガット市はスマートシティの好例なのかどうなのか、わざわざ日本から来て観に行くほどの取り組みをしているのかどうなのかは疑問です。「いやいや、サンクガット市はスマートシティの最高の事例だ」とか、「サンクガット市は欧州におけるスマートシティのモデルだ」ということを主張している論文や具体例、はたまたそういう専門家のかたがいらっしゃったら是非ご連絡ください。

←当ブログで真っ先に取り上げたいと思います。

Font magica de Monjuic

、、、と、まあ、書き出すとキリがないほど突っ込みどころが満載だった今回のグループ訪問だったのですが、一つだけ確信したことがありました。それは:

訪問者の方々がバルセロナ市に対して持たれる印象は、どこに連れて行くのか、そこで誰とのミーティングを設定するのかに掛かっている」

ということです。つまりは、コーディネーターの力量に全てが掛かっているということなんですね。

こういう観点に立つと、バルセロナの都市の専門知識やバルセロナ市のキーパーソンについて、日本人で僕より知識のある人、上手くセッティング出来る人は「そうはいないのでは?」と思うに至りました。僕が知る限り、日本人建築家でバルセロナ市のことを深く研究している専門家は僕を入れて3人しかいません。僕以外の2人の方々はそれぞれ大変素晴らしい方々で、知識も経験も豊富、僕もいつも学ばせて頂いていますので、バルセロナ訪問に関してはそちらの方々にご相談されても良いかもしれません。

、、、と、ここまで長々と書いてきてしまったのですが、何が言いたいかというと、(繰り返しになってしまうのですが)日本からわざわざ高いお金を払ってバルセロナに来ているのだから、この都市をもっと好きになって欲しいし、日本の自治体や日本人研究者の方々との間に、もっと長期的な友好関係を築けたらと思うわけですよ。

僕はバルセロナが大好きです。だからこの街のことを少しでも多くの日本人の皆さんに知って頂きたいし、この都市に実際に滞在してもらって好きになってもらいたい。また、バルセロナは非常に歴史ある街で、いままで様々な経験をしてきています。その中にはまだまだ我々日本人には知られていないけれども、日本に適応可能な政策やプロジェクト、はたまた今後の日本にとって大変示唆的な実験などを都市レベルで行ってたりするんですね。

(くどいくらいに繰り返しますが)バルセロナのスマートシティに関して何を見るべきか、バルセロナの都市戦略について誰と話すべきか、バルセロナの都市再生について具体的に街の何処を見るべきか、という判断を正しく下す為には、専門知識もさることながら、地元の公的機関の内部事情に詳しく、スペイン民主化以後のバルセロナの政治状況などが良く分かってないと効果的・効率的なミーティングなどは絶対に出来ません。

もしバルセロナの成功事例、そして失敗事例を探されていて、それを日本の都市再生に役立てたい、日本のスマートシティに役立てたいと真剣に考えていらっしゃる方々とお話しすることが出来たら僕も本望です。

| - | 16:43 | comments(2) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
第1回神戸―バルセロナ国際ワークショップ終了〜

615日から17日に掛けてバルセロナ市内にある世界遺産、サンパウ病院(カサ・アジア)にて行われた第1回神戸バルセロナ国際ワークショップが無事終了しました!

総勢40名を超える方々を日本からバルセロナにお招きし、バルセロナのオープンデータ戦略や都市戦略といった話を「書籍から」ではなく、現場の担当者から直接聞いてもらうことによって、バルセロナの考えていることを「体験として直に感じてもらおう」と企画した今回のワークショップ、「非常に勉強になった」、「とっても楽しかった」、「来年もまた来たいと思います」など、企画者としては大変嬉しい反応が数多く届いています。

反対に日本の皆さんのプレゼンを見たスペイン人達からは、「我々とは全く違うアプローチで非常に興味深い」、「神戸市ではどんなデータをオープンにしてるの?」、「日本のデータ・ビジュアリゼーションを扱っている企業(スタートアップなど)の状況をもっとよく知りたい」など、多様で活発なコメントが届いていたりするんですね。

こうしたスペイン側から届いている膨大な数にのぼるコメントを全て紹介する時間もなければスペースもないので、ここではワークショップが行われた期間中に特に印象に残った場面を紹介して、日本のみなさんへのご報告に変えたいと思います。

僕にとって非常に印象的だったのが、ワークショップ2日目の午後、バルセロナ市役所代表として登壇してくれたメルセさんが、聴衆からの質問に回答をしてくれた場面でした:

 

質問者(聴衆):「なぜバルセロナ市役所はこれほどまでにオープンデータに力を入れているのですか?」

メルセさん(バルセロナ市役所):「オープンデータはもともと市民の皆さんの物だったデータを返すことだと考えています(El concepto de Opendata del Ayuntamiento de Barcelona es devolver a los ciudadanos los datos que en principio eran suyos.)」

あの場にいた総勢100名近くの皆さんがあの瞬間に何を考え、何を感じたのか、それは僕には分かりません。たぶん、あの場に居た多くの皆さんにとって、メルセさんが不意に発したこの言葉は何気ない一言であり、2日間の間に聞いた数多くのコメントの一つに過ぎなかったのでは、、、と推察するんですね。

しかしですね、この言葉は僕にとって、今後都市に対峙していく上で非常に重みのある言葉となり、都市におけるオープンデータを考える上で最も心に響いた言葉となりました。

……ここ数年、「都市のデータをオープンにする」というアイデア=都市のオープンデータ化について、「建築家という立場から」色んな可能性を考え続けてきました(地中海ブログ:バルセロナ・オープンハウス2013:その地域に建つ建築(情報)をオープンにしていくということ、地中海ブログ:観光MICEとオープンデータ:2020に向けて、バルセロナの失敗の学ぶ、データ活用による都市観光の未来)。

その一方で、「都市データのオープン化」を考えれば考えるほど、「都市のデータをオープンするのはいいんだけど、それは一体何のためにやるんだろう?」という根本的なところで自問自答を繰り返しながらも、あまりスッキリとしない状況が続いていたんですね。

今回のワークショップ、そして様々なことを感じながらも聴くことが出来たメルセさんの言葉は、なにか僕の中でうやむやになっていた「オープンデータの意義、目的」みたいなことを整理する上での「キーストーン(鍵)」のような気がしてなりません。

この言葉が聞けただけでも、「今回のワークショップを企画してよかった」と、そう思えるほど、僕にとっては価値のある言葉だったと思います。

そしてもう一つ、これはかなり個人的な感想になってしまうのですが、初日のワークショップで登壇してくれたフランセスク・ムニョスさんと、今回のワークショップを通して再び意気投合出来たことは、僕にとって「非常に嬉しい誤算」だったかな。。。

当ブログでは度々触れてきたんだけど、実は彼は僕がバルセロナに来た15年ほど前(こちらでマスターコースで学んでいた時に)一緒に机を並べて学んだ仲だったりするんですね。というのも、彼の博士論文の指導教官がイグナシ・デ・ソラ=モラレスだったからなんです(地中海ブログ:イグナシ・デ・ソラ・モラレス( Ignasi de Sola-Morales)とテラン・ヴァーグ(terrain vague)。

そんな彼も、もう押しも押されぬヨーロッパを代表する地理学者になってしまい、お互い超多忙という理由から、同じ都市に住んでいながらも、ここ数年は音信不通、、、という状況が続いていました。

今でもハッキリと覚えてるんだけど、当時の彼は非常に野心家&戦略家で、アンダルシアから大都市バルセロナに「留学」に来ていた彼の目的はマニュエル・カステルへの弟子入りでした(地中海ブログ:グスタボ・ジリ社( La Editorial Gustavo Gili)Francesc Munoz: UrBANALizacion: paisajes comunes, lugares globales)。故に彼の修士論文はドゥルーズ&ガタリをネットワーク理論から読み解く、、、みたいな離れ業を見せたりしてたんだけど(笑)、その才能にいち早く気が付いたイグナシが彼を囲い込んだという訳なのです。フランセスクさんにとっては、グローバルシティで頭角を表しつつあったサスキア・サッセンや(地中海ブログ:サスキア・サッセンと世間話で盛り上がったディナー、地中海ブログ:サスキア・サッセン(Saskia Sassen)のインタビュー記事:グローバルシティというアイデアは何処から来たのか?)、当時はほぼ無名だったシャロン・ズーキンなんかを次々とバルセロナに連れてきていたイグナシの吸引力は非常に魅力的に映ったんだと思います。

そんなフランセスクさんとは毎晩の様に飲みに行っては、ヨーロッパの状況や彼自身の人生戦略など、かなりの時間を一緒に過ごしてですね、、、いま思えば、その時期というのは僕の人生にとって非常にエキサイティングな時期であり、人生に置ける戦略、どのように自己ブランディングをしていくかという点において、そのほとんどを彼と過ごした日々から学んだと言っても過言ではなかったりするのです。

今回のワークショップを通して、そんな彼とまた連絡を取り合うことが出来た上に、日本とバルセロナ、両都市で具体的なプロジェクトが展開出来そうな予感がして、久々に心踊る時間を過ごすことが出来ました。

←ワークショップが終了した翌週、彼の住むグラシア地区にて神戸市役所の長井さんと共にインタビューをした時の写真。

←彼のやってるプロジェクトもグラシア地区で実験してるって言ってたし、なんだかんだいって、グラシア地区ってやっぱり革新的だなー(地中海ブログ:グラシア地区祭り:バルセロナの歩行者空間プロジェクトの責任者だったけど、何か質問ある?)。

 

バルセロナ市役所のメルセさんのコメントや、旧友フランセスクさんとの再会など、これらは全て「僕の個人的な体験」なんだけど、今回のワークショップの期間中、参加者一人一人の皆さんにとって、このような「ふとした出会い」、「何気ない気付き」が沢山あったことだろうと思います。

その様な「気付き」はもしかしたら、スペイン人登壇者の何気ない一言だったかもしれないし、視察で訪れた先で案内してくれた担当者の言葉だったのかもしれません。はたまた、真っ青な地中海を背にしながら食べた巨大なパエリアに圧倒された人もいるだろうし、日本では滅多にお目に掛かれないマテ貝の美味しさに心奪われた人もいることだろうと思います。

同じ場面に直面しながらも、そこで感じたこと、考えたことは一人一人全く違うはずです。とかく日本人は右向け右とばかりに、こういう場面に直面したら、こう考えなければならない、こう感じなければならない、、、と思いがちです。

しかしですね、我々の社会にたった一つの正解なんてありません。

我々の世界は多様です。色んな考え方をする人がいて、自分とは全く違う角度から社会を見ている。そんな多様な人達がいるからこそ、僕達の社会は輝いているのだし、世界は面白いのです。

そしてそのような多様性を担っているカケラの一つ、我々の世界に輝きを付け加えている社会がここ地中海にもまた一つ存在し、今回聞くことが出来た様々な意見や表現などは、それら全く違う考え方をする社会文化的背景から出てきたものなのだ、、、とそんな事を今回のワークショップを通して感じてもらう事が出来れば、企画者としてこれほど嬉しいことはありません。

今回のワークショップは日本、スペイン、両方の国々から本当に沢山の方々に助けてもらいながら進めることが出来ました。彼らの助けがなかったら、絶対に実現することが出来ませんでした。

今回のワークショップに参加してくれた皆さん、裏方で色々と動いてくれた企画側の皆さん、現地で色々と助けてくれた皆さん、本当にありがとうございました!

また来年会いましょう〜。

 

上記の写真は全て:by Iwao KOBAYASHIです。

| - | 02:07 | comments(1) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
スマートシティとオープンデータ:データ活用によるまちづくりのイノベーション(横浜)
暑い、、、とにかく暑い!先週、今週とヨーロッパ全土にアフリカからの熱波が押し寄せてるらしく、バルセロナ市内では連日猛暑が続いています。



なんか、サグラダファミリアも燃えてるっぽい、、、(笑)。

さて、夏本番に向け暑さが益々強くなってくる今日この頃ではあるのですが、8月8日の土曜日、「スマートシティとオープンデータ:データ活用によるまちづくり」と題したシンポジウムを横浜(横浜情文センター)にて開催します。
←上のリンクが参加登録ウェブとなっています。

「え、え、‥‥オープンデータってなに?、、、美味しいの???」とか思った、そこのあなた!!正しい反応です(笑)。



専門家ならまだしも、日本国民の大多数の人達は、「オープンデータという言葉すら聞いたことがない」というのが実情だと思います。

では一体、オープンデータとは何なのか?

Open Definitionによると、「オープンデータとは、自由に使えて再利用もでき、かつ誰でも再配布できるようなデータのことだ。従うべき決まりは、せいぜい「作者のクレジットを残す」あるいは「同じ条件で配布する」程度である」と書いてあります。

分かりやすい例えで言うと、「市役所なんかが持ってるんだけど、いままでは利用出来なかった各種データをウェブ上に公開していこう」‥‥というイメージで良いかなと思います(例えばコチラ:地中海ブログ:バルセロナ:オープンハウス2013:その地域に建つ建築(情報)をオープンにしていくということ)。



 「なるほどー。行政が一方的に囲い込んでいたデータを一般市民に公開するという方向性はよーく解った。でもそれが一体何の役に立つの??」、、、と思ったそこのあなた!素晴らしい感性の持ち主です(笑)。

というか、それが一般市民の皆さんの素直な反応だと思います。

何を隠そうこの僕も、知人からオープンデータという言葉とコンセプトを初めて聞いた時は素直にそう思ってしまいました。「行政が持っているデータをオープンにするとして、それが一体何の役に立つのだろう、、、」と。

今回のシンポジウムは、正にそんな超素朴な(しかし大変重要に思える)疑問に答えることを目的として企画されたと言っても過言ではありません。



基本的なアイデアとしては、都市計画(アーバニズム)とモビリティの交差点を「データ」という視点で切り取り、これらの分野を代表するお二方にそれぞれの背景を基調講演で語って頂くことによって、「オープンデータという捉えどころのない言葉」を、より具体的で身近な問題として感じてもらえればと思っています。



登壇者一人目はバルセロナから僕の元上司でありモビリティの世界的権威、そして当ブログにも度々登場するジャウマ・バルセロさん(Dr. Jaume Barcelo)をお招きし、最新テクノロジーを用いた交通データの収集法やその分析手法、更には現在世界中で話題騒然となっているNFD(Network Fundamental Diagram)などについてお話頂きます。



ジャウマさんに初めてお会いしたのは今から丁度10年程前のこと、僕がまだバルセロナ都市生態学庁に勤めていた時のことでした。その頃はちょうど働き始めたばかりで、グラシア地区の歩行者計画を担当していたのですが(地中海ブログ:グラシア地区祭り:バルセロナの歩行者空間プロジェクトの責任者だったけど、何か質問ある?)、そのプロジェクトの中でジャウマさんが開発された交通シミューレーション(世界で最も成功していると言われているAINSUM)を使っていたのが知り合ったキッカケだったんですね。



それ以来、仕事をするのは勿論、一緒に食事をしたり、クリスマス前のホームパーティーに招いてくれたりと、様々な形で彼との交流が始まったという訳なのです。ちなみに仕事関係では、バルセロナ市バス路線変更計画(地中海ブログ:バルセロナのバス路線変更プロジェクト担当してたけど、何か質問ある?バルセロナの都市形態を最大限活かした都市モビリティ計画)をご一緒したり、EUプロジェクトを一緒に立ち上げたりと、公私共に今まで散々お世話になっています。



その一方、筑波大学から川嶋宏一さんをお招きして、日本におけるオープンデータの現状を語って頂きます。

何を隠そうバルセロナという都市は、オープンデータという観点においては世界トップを走っていると言っても過言ではありません。
←嘘のような本当の話(驚!)。
世界中の自治体が、それこそ今度はバルセロナのオープンデータの取り組みを「バルセロナモデル」として参考にしようという動きが垣間見られるのです(地中海ブログ:何故バルセロナオリンピックは成功したのか?:まとめ)。



今回のシンポジウムでは、この様なバルセロナの取り組みをいち早く紹介することによって、日本の自治体の皆さんへの参考にしてもらおうという意図もあったりします。

という訳で、バルセロナ市役所の僕の元同僚や友達に連絡を取って、協賛という形でバルセロナ市役所に入ってもらうことになりました(調整中)。 ←実はバルセロナの政権が右寄り(CiU)から左寄り(Barcelona En Comú)に変わったばかりだったので、今回の協賛を取り付けるに当たっては結構骨が折れました(7月16日現在、最終決定通知メールは未だ来ていませんが、、、)。先ず、誰が最高責任者なのかすら決まってないという状態だったんだけど、友達のカタラン人(官僚)が非常に上手く立ち回ってくれて、短い時間の中で協賛という形に漕ぎ着けたという背景があったりします。



また、僕の所属しているラボ(MIT)は携帯電話のトラッキングデータを始め、大規模データの収集と分析においては頭一つも二つも抜け出ていることなどから、こちらにも協賛という形で色々と協力をしてもらっています。更に更に、日頃から非常にお世話になっている横浜市役所の方々にも協力してもらって協賛となって頂きました。

と、こんな感じで結構苦労して立ち上げた今回のシンポジウムなんだけど、今後確実にメインストリームとなってくるであろうオープンデータという潮流が、いかに「まちづくり」、ひいては我々の生活の質に影響を与えるかということを具体的に語る良い機会になると、そう信じています。

みなさん、ぜひご参加ください!

P.S.
スペイン関係の企業のかたや、日本でスペイン系のレストランなどを営んでいる方々で、「この機会に是非、横浜でうちの会社やレストランを宣伝したい!」という方々がいらっしゃったら、お気軽にご連絡ください。
| 仕事 | 05:25 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
ルーヴル美術館、来館者調査/分析:学術論文第一弾、出ました!


数年前から僕が独自に進めている、ルーヴル美術館(パリ)とのコレボレーション、その第一弾となる学術論文(ウェブ版)が、(やっと!)公開されました!!それに伴い、ルーヴル美術館とMITの協力の下、プロジェクトのwebページも創ったので、こちらも公開してみました。



今回掲載された論文のタイトルは「An analysis of visitors’ behavior in The Louvre Museum: a study using Bluetooth data:(邦訳)Bluetoothデータを用いた、ルーヴル美術館における来館者調査/分析」、掲載雑誌はEnvironment and Planning Bという、建築/都市計画/IT系ではトップを走る国際ジャーナルです。

年間来館者数世界一を誇る大規模美術館の代表格、ルーヴル美術館内において、来館者はいったい「どの様な作品を訪れているのか?」、「どの様な経路を通っているのか?」、はたまた「どの作品に何分くらい費やしているのか?」など、来館者の館内行動データが収集されたり分析されたりする事は非常に稀でした。

何故か?

何故ならそれらのデータを収集/分析する為には、「一人一人の来館者を個別にトラッキングする」、もしくは「来館者に個別インタビューやアンケートを行う」という様な手法に限られていた為に、莫大な調査費(人件費)が掛かるという理由などから敬遠されがちだったんですね。 ←少し考えてみれば分かることなのですが、ルーヴルの様な大規模美術館において、一人の来館者を入口から出口まで調査しようと思ったら、一人につき何時間もついて回らなければならなくなってしまうのです。



「この様な事態を克服し、なるべく人の手に頼らずに来館者の行動データを大規模スケールで収集する方法は無いものか‥‥?」

これが第一に掲げた問題提議でした(←論文の主軸となるリサーチ・クエスチョンとは違います)。そんな背景から僕が提案したのが、Bluetoothセンサーを用いたデータ収集法であり、この手法を用いる事によって、今までは非常に困難だった大規模美術館内における来館者の行動データを自動収集することが可能となったのです。更に、それら収集されたデータを定量的に解析する事によって、これまでは知られていなかった来館者の行動パターンを抽出し、「それら来館者の行動が如何に空間構造に影響を受けているか」、それを掘り下げることを試みました。 ←ちなみに複雑系ネットワーク分析のスペシャリスト集団、バラバシ・ラボとの恊働も実現しました。



思えばルーヴル美術館とのコラボレーションを始めたのは2010年春のこと。それまではバルセロナ市を中心とした都市内のモビリティを専門に扱っていたのですが(地中海ブログ:バルセロナのバス路線変更プロジェクト担当してたけど、何か質問ある?バルセロナの都市形態を最大限活かした都市モビリティ計画、地中海ブログ:グラシア地区祭り:バルセロナの歩行者空間プロジェクトの責任者だったけど、何か質問ある?)、「そろそろ建築内部の歩行者分析もしてみたいなー」と思っていた所、知り合い経由でルーヴル美術館側からアプローチが!



正直言って、最初はあまり乗り気じゃ無かったんだけど、紆余曲折を経てこのオファーを受ける事に。それからというもの、研究計画を練り、自分でセンサーを創り出し、ルーヴル美術館の休館日(主に火曜日)にそれらセンサーを要所要所に配置し、数ヶ月に渡ってデータを取り続け、取得したデータを整理し、適切なコードを書きつつ統計的に解析し、更にはそれらの結果をきちんとした論文に纏める‥‥という一連の作業を通して、ようやく自分がやりたい事に一歩近づけた様な気がします。

とりあえず今日は、バルセロナでクロワッサンが一番美味しいと噂のカフェ、ESCRIBAにて、コーヒーとクロワッサンで一人で勝手に乾杯しよう!(←僕、ビール飲めないので(笑))。



論文概要:
都市観光が隆盛を極める中、各都市の美術館/博物館には毎日大量の観光客が押し寄せ、空間的なキャパシティーを凌駕する「超混雑化」という現象を引き起こしている。特定の作品に来館者が集中する高密度化は、来館者の博物館体験を劣化させる原因となる事がしばしば指摘されており、それらを緩和しようと様々な施策が試みられているのだが、それらを有効且つ適切に施行する為には、詳細で広範な事前調査が必要不可欠となっている。 本論文は、大規模美術館の代表格であるルーヴル美術館における来館者の行動分析を目的としている。特に、来館者の主要作品間の遷移移動とその確率分布、そして空間配置との間の相関分析を目的としている。データ収集法としては、来館者のプライバシーに十分配慮しながら設置されたBluetoothセンサーを用いる事が適切だと判断された。数ヶ月間に渡るデータ収集期間を経て、数百万というデータが集められ、それら大規模データを統計的に解析。一人一人の来館者が群衆となることによって引き起こされる館内混雑化のメカニズムが明らかにされたのである。 この論文が明らかにした所によると、短時間滞在者(1時間30分以下の滞在)と長時間滞在者(6時間以上)の館内行動は、我々が想像するよりも遥かに類似しているということが指し示された。長時間滞在者は、その滞在時間の長さから、複雑で多様なルートを選択すると推測されたのだが、実際には長時間滞在者も短時間滞在者も殆ど同じルートを通っていたのである。つまる所、長時間滞在者は只単に、短時間滞在者が滞在中に訪れる作品の数をホンの少し増やしたに過ぎなかったのだ。結果、両タイプの滞在者が通るルートは重複する事が殆どであり、それらの類似性/非類似性こそが、ルーヴル美術館内における来館者の不均等な空間配分の原因になっていたのである。これらの新たな知見は、今後の来館者の博物館体験の質を高める為のキーになると考えられている。

Abstract. Museums often suffer from so-called ‘hypercongestion’, wherein the number of visitors exceeds the capacity of the physical space of the museum. This can potentially be detrimental to the quality of visitors’ experiences, through disturbance by the behavior and presence of other visitors. Although this situation can be mitigated by managing visitors’ flow between spaces, a detailed analysis of visitor movement is required to realize fully and apply a proper solution to the problem. In this paper we analyze visitors’ sequential movements, the spatial layout, and the relationship between them in a largescale art museum―The Louvre Museum―using anonymized data collected through noninvasive Bluetooth sensors. This enables us to unveil some features of visitor behavior and spatial impact that shed some light on the mechanisms of museum overcrowding. The analysis reveals that the visiting styles of short-stay and long-stay visitors are not as significantly different as one might expect. Both types of visitors tend to visit a similar number of key locations in the museum while the longer-stay visitors just tend to do so more time extensively. In addition, we reveal that some ways of exploring the museum appear frequently for both types of visitors, although long-stay visitors might be expected to diversify much more, given the greater time spent in the museum. We suggest that these similarities and dissimilarities make for an uneven distribution of the number of visitors in the museum space. The findings increase the understanding of the unknown behaviors of visitors, which is key to improving the museum’s environment and visitor experience.
| 大学・研究 | 03:05 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
バルセロナのバス路線変更プロジェクト担当してたけど、何か質問ある?バルセロナの都市形態を最大限活かした都市モビリティ計画
今週バルセロナではスマートシティに関する世界で一番大きな会議、その名もスマートシティ国際会議(Smart City Expo: World Congress)が開かれています。



スマートシティに関しては当ブログで散々書いてきた通りなので今更書き足す事は無いと思うんだけど(地中海ブログ:スマートシティ国際会議(Smart City Expo: World Congress)に出席して思った事その1:バルセロナ国際見本市会場(Fira Barcelona)の印象)、「バルセロナのこの会議」に関して言えば、その構想の初期段階から関わっていた事なども手伝って、「非常に感慨深いなー」というのが正直な所でしょうか。と言うのもですね、スマートシティなるものが一体何モノなのか世間一般にはまだよく知られていなかった5年程前のこと、「この分野でリーダーシップをとっていく事が、バルセロナの競争力ひいては都市の魅力を確保していく上で絶対に必要になります!」と、当時の市長や局長クラスを説得し、当時はまだ「知る人ぞ知る」っていう存在でしかなかったSENSEable City LabのCarlo Rattiを招く事によってバルセロナ誘致に漕ぎつけた‥‥という事情があるからなんですね(地中海ブログ:サスキア・サッセンと世間話で盛り上がったディナー)。



そんなスマートシティ国際会議の一環で今週バルセロナでは実に画期的な試みが行われているんだけど、それこそ今日のお題である「バルセロナ市バス路線変更プロジェクト」なのです。



これは何かと言うと、その名の通り「バルセロナ市内を縦横無尽に走るバス路線の変更を行う」っていう街全体を巻き込んだ壮大なプロジェクトなんだけど、何を隠そうこのプロジェクトを担当していたのは僕でしたー。←これ、嘘の様なホントの話(笑)。



バルセロナ市役所で働いていた時は主に4つのプロジェクトを担当していて、1つはグラシア地区の歩行者空間プロジェクト(地中海ブログ:グラシア地区祭り:バルセロナの歩行者空間プロジェクトの責任者だったけど、何か質問ある?)、もう1つは欧州委員会との恊働プロジェクト(地中海ブログ:EUプロジェクト、ICING (Innovative Cities for the Next Generation)最終レビュー)、そして欧州グリーン首都賞を受賞したビトリア市の都市計画/都市モビリティ、そして最後の1つがこのバルセロナ市バス路線変更プロジェクトだったという訳なんです。



まあ勿論一人でやった訳では無くて、というかそんなこと口が裂けても言えなくて(汗)、市役所の同僚は勿論のこと、バス会社(TMB)で担当だった人達、地元工科大学のモビリティ分野の世界的権威、エネルギー関連のスペシャリストなどなど、実に様々な人達の何年にも及ぶ努力の結晶が、今日見るバス路線に結実した事は間違いありません。

「バルセロナモデル」に代表されるバルセロナの画期的な都市計画を研究している研究者は世界中に数多いるんだけど、文献や担当者との表面的なインタビューに頼るのではなく、実際の現場で手を動かし、あれやこれやとアイデアを出し合いながら「都市のかたち」を模索していくこと、そんな現場に参加する事が出来たという幸運。それらの事は今後の僕の人生にとって掛替えのない財産になったことは間違いないと思います(地中海ブログ:何故バルセロナオリンピックは成功したのか?まとめ

さて、では一体「何がそんなに画期的だったのか?」というと、それを説明する為には先ずバルセロナの都市形態の話から始める必要がありそうです。



これまた当ブログでは何度も説明してきた様に、バルセロナという街は胡桃の様な形をしているローマ時代に創られた歴史的中心地区(上の地図の真っ黒い部分がバルセロナの歴史的中心地区)、その胡桃を包み込む様に広がっている碁盤の目、更にその碁盤の目の外側に広がっている郊外という3層構造をとっていて、その中でもバルセロナにとって決定的に重要だったのが、19世紀半ばにイルデフォンソ・セルダ(Ildefonso Cerda)により導入された板チョコの様な新市街地、通称セルダブロックなんですね。



一辺約130メートルの四角形が整然と150個も並ぶ風景は圧巻としか言いようがありません。「なぜセルダがこの様な画一的な計画を実行したのか?」については諸説あって、例えばその1つがセルダの友人だったモントゥリオル(Narcis Monturiol:潜水艦発明の先駆者(地中海ブログ:エティエンヌ・カベ(Etienne Cabet)とモントゥリオル(Narcis Monturiol)))の影響を受けたんじゃないか?という大変ロマンチックなものが存在したりします。このモントゥリオルなる人物は、「海底2万マイル」に影響を受けて潜水艦を発明したんだけど、その彼の思想に多大なる影響を与えていたのがエティエンヌ・カベだったと言う事は専門家の間では良く知られている話だったりします。



ちなみに「ノーチラス号の資金源がビーゴ近郊に沈没した船からだった」というのは、「他には何も無い」と皮肉を込めて言うガリシア人達が嬉しそうにする数少ない自慢話の1つです(地中海ブログ:ガリシア旅行その3:エンリック・ミラージェス(Enric Miralles)の建築、ビーゴ大学(Univeristy of Vigo)その1:ミラージェスの真骨頂、手書きのカーブを存分に用いた名建築)。



もう1つちなみに、HUNTER x HUNTERの12巻に出てくる幻影旅団が隠れていたヨークシンシティの地図は、バルセロナの新市街地(詳しく言うとMaria Cristinaからサンツ駅、そしてスペイン広場)辺りをコピーしているという事は以前書いた通りです(地中海ブログ:世界最悪の絵画修復が村の最高の宣伝になってしまった件とか、HUNTER x HUNTERの中に密かにバルセロナが登場する件とか)。


(スペイン広場辺りの地図:上のHUNTER x HUNTERの絵と比較すると如何にそっくりかが分かるかと思います)

あー、脱線してしまった‥‥。という訳でセルダの都市計画に話を戻すと、最近ではこの19世紀半ばに創られたセルダブロックが再び脚光を浴び始め、駐車場や工場として不適切利用されていた中庭を市民に開放しようという動きがある事などは当ブログで紹介してきた通りです(地中海ブログ:エンサンチェ(Ensanche:新市街地)セルダブロック中庭開放計画その1: Jardins de Maria Merce Marcal)。

一方、都市内におけるバスの路線というのは、一般的に言ってその都市の拡大と共に発展してきたと言えるかと思います。つまり今までは人があまり住んでいなかった地域が開発された事によって、その地域に市民が集中し始めたが為に既存の路線が無理矢理繋げられたり‥‥と言った様に。その様にして出来上がったのが現在我々が各都市で見る事が出来るバス路線なんだけど、それらは文字通り「グニャグニャ」としていて、ある地点からある地点に移動する所要時間にしてもエネルギー消費の観点から見ても明らかに最適化されているとは言い難い状況に陥っているのが常だと思うんですね。



今回バルセロナで僕達が目指したもの、それは地点Aから地点Bに移動する際に最も所要時間が短くなり、且つ、最もエネルギー消費が少なく、そしてなるべく多くのエリアを最小のバス路線と本数でカバー出来ると言う最適解でした。



その際に大変考慮したのが上述したセルダブロックであり、バルセロナという都市が「地」として元々持っていた都市形態だったのです。もっと具体的に言うと、整然と並べられたセルダブロックに沿って上の図でA点からC点に移動したい人は、取り合えずA点からB点まで直進してからB点で一度乗り換える。そして再びB点からC点まで直進する事によって移動時間を最小化出来る‥‥というアイデアなんですね。このアイデアを実際の路線に翻訳するとどうなるか?と言うと、こうなります:



山手側から海側に向かって一気に降りて行くバス路線。そしてもう1つは:



左手側(右手側)から右手側(左手側)へと真横一直線に進んで行く路線群。それが合わさったのがこれ:



現在バルセロナ市内を走っているバスにはH18とかV20と言った「H」と「V」という記号が付いているのですが、これはHorizon(水平)とVertical(垂直)の頭文字であり、その記号を見る事によって市民は「あー、このバスは水平に走ってるバスなんだなー」と、一目で認識出来るという訳なのです。

さて、この様なプランを実現する際に非常に重要になってくるのが乗り換え場所、つまりバス停なんだけど、このバス停のデザインとコンセプト創りには非常に長い時間とエネルギーが注ぎ込まれました。

と言うのもバルセロナのバス停は、大体400メートル毎に配置されているんだけど、この400メートルという数字がミソで、これは大人が普通に歩いて5分の距離であり、歩いて5分というのは人が歩こうと思う限界時間なんだそうです。つまり5分を超えると他の交通手段を使おうとするらしいんですね。更に更に、400メートルというのは上述のセルダブロックに換算するとブロック3つ分に相当するんだけど、この様に上手く分配されたバス停をその地域における情報の結節点、つまり「日本で言う所のコンビニの様な存在にしようじゃないか!」というのが僕達が出した最初の提案でした。



そしてそれら情報の結節点には当時としてはかなり斬新だったタッチパネル式の液晶を配置し、そこで市民は様々な情報を得る事が出来る‥‥という提案がなされたのです。



現在見る事が出来るバス停にはこれら全ての提案が「反映されてはいない」んだけど、と言うのもバス停のデザインに関して絶対的な権限を持っているのがフランスの大手広告会社、JC Decauxという会社であり、バス停に関しては彼らの意向に従う必要があったからなんですね。ちなみにこの会社のビジネスモデルは非常に面白くて、彼らは例えばバルセロナ市なんかにこう働きかけるわけですよ:

「バス停を無料でデザインします。建設費も設置費も全て我々が負担します。その代わり、バス停での広告独占権は頂きますよ」

と。この話を聞いた時は度肝を抜かれましたけどね(笑)。ちなみにセニョール・デコーがバルセロナに来る時は「わざわざ市長が出迎えに行く」という噂があります(笑)(地中海ブログ:JC Decaux(JCデコー社)とフランス屋外広告事情;地中海ブログ:ヨーロッパのバス停デザイン:バルセロナ新バス停計画)。

まあ、そんなこんなで、足掛け10年あまりを経てようやく実施に辿り着く事が出来た今回のバルセロナ市バス路線変更計画。勿論ここがゴールではなくて、今後市民へのアンケートなどを経て、市民の反響などを見ながら少しづつ路線修正していく事になると思います。



そう、我々が毎日使うインフラの計画、ひいては都市計画とは、その計画が竣工した時がゴールなのではなく、「そのインフラを使っている市民がどう思っているのか?」、「使い勝手はどうなのか?」、「何処か不備は無いのか?」などユーザーの反応を見ながら段々と修正していく、最適化に近づけていく、そこまでやって初めてインフラ計画と言えるのです。

そういう意味で言うと、バルセロナのバス路線変更計画はまだ始まったばかりなのです。
 
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| バルセロナ都市計画 | 06:12 | comments(10) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
バルセロナ・オープンハウス2013:その地域に建つ建築(情報)をオープンにしていくということ
先週末(10月19日−20日)、バルセロナでは通常入る事が出来ない150以上にも及ぶ公共建築や私邸、はたまた一般企業の本社屋などを一般公開するイベント、オープンハウス(アーキテクチャー)が行われていました。



オープンハウスなるものを世界に先駆けて始めたのはロンドンだと思われるのですが(1992年)、建築/アーバニズム王国として知られるバルセロナ市がそのイベントに参加し始めたのは意外にもごく最近、3年前のことなんですね(その辺の経緯については以前のエントリで少し書きました(地中海ブログ:オープンハウス in バルセロナ(48 OPEN HOUSE BCN)その1:ジョセップ・リナス(Josep Llinas)のInstitut de Microcirurgia Ocularに見る視覚コントロールの巧みさ)。



バルセロナのオープンハウスで訪れる事が出来た建築の中で特に印象に残っているのは、ガウディ建築の傑作の1つ、サンタ・テレサ学院(地中海ブログ:オープンハウスその4:ガウディのパラボラ空間が堪能出来る、サンタ・テレサ学院(Collegi de les Teresianes))、ガウディの影武者だった男、ジュジョールによるプラネイス邸(地中海ブログ:オープンハウス in バルセロナ(48 OPEN HOUSE BCN):ジュゼップ・マリア・ジュジョール(Josep Maria Jujol)のプラネイス邸(Casa Planells))、そしてカタルーニャが生んだ近代建築の巨匠、セルトによるパリ万博スペイン共和国館(地中海ブログ:オープンハウス in バルセロナ(48 OPEN HOUSE BCN)その3:ホセ・ルイ・セルト(Josep Lluis Sert)のパリ万博スペイン共和国館)などなど。



僕にとって建築というのは表象文化であり、「その地域に住む人達が心の中に思い描いていながらもなかなか形にする事が出来なかったものを一撃の下に表す行為」、それが建築だと考えています。つまり建築とは、地域で共有されている情報の可視化(ビジュアライゼーション)であると捉える事が出来、それが根差している地域社会における記憶であり情報の集積であり、代々受け継がれてきた(もしくは受け継がれていくべき)資産でもあるのです。



この様な「建築=地域の情報」をオープンにしていくという行為は、その地域に住んでいる市民の皆さんに自分達の街についてより良く知ってもらうという行為を通して、「自分達の街の誇り」や「地域固有の問題」などについて深く考えてもらう良い機会になると共に、(この様な情報の共有は)成熟した社会、ひいては民主主義にとって必要不可欠なプロセスだとも思います。



‥‥僕は長い間、「街中のどの様な要素が、その街の人々のアイデンティティ、はたまた市民意識を育むのか?」という事に大変強い関心を払ってきました。何故ならそれこそ都市を創造する/再生する際の基本要素だと思うし、バルセロナの都市戦略/都市計画が成功した理由の1つだとも思うからです(地中海ブログ:何故バルセロナオリンピックは成功したのか?:まとめ)。



とは言っても、僕なんかがそんな大それた問題に答えられる訳もなく、今まで手探りでバルセロナの中心市街地活性化に関わりながら考え続けてきたんだけど、そんな僕の経験から言わせてもらうと、ヨーロッパ、特に集まって住む事を喜びとしてきた地中海都市の人々にとっては、「その町に変わらず存在する街角の風景こそ、そこに住む人々の心の拠り所、はたまたアイデンティティの原点になっているのかなー?」と、漠然と思う様になってきたんですね。

そんな事を思う様になったのは、3年程前から夏のバカンスで訪れているスペイン北部ガリシア地方にある村(人口400人程度)での滞在がキッカケでした(地中海ブログ:ガリシア地方で過ごすバカンス:田舎に滞在する事を通して学ぶ事)。



周りを山に囲まれた大自然の中にあるこの村には、ローマ時代に創られた小さな小さな橋が1つ残っているのですが、この村に暮らす人々にとってこの小さな橋はこの村の誇りでありシンボルであり、親もその親もそのまた親も、ずーっと見てきた変わらない風景なのです。



だからこそ、その村では誰しもがその橋に纏わる思い出の1つや2つ持っていて、「この橋のここの石、私が小さい頃にはね‥‥」みたいな世間話が近隣同士で自然と発生し、その様な記憶を地域全体で共有する事が出来ていたのです。そしてもっと重要な事に、その様な意識が次第に(というか自然に)この橋をこの町のシンボルにまで押し上げ、ひいては「その風景を地域として守っていこう」という共有意識が生まれるに至っているのです。

‥‥「あれ、これってバルセロナでも同じ様な事が行われているよなー」と、僕が気が付いたのはごく最近の事でした。



それにはバルセロナの都市形態が深く関わっているのですが、と言うのも、地中海都市というのは概してコンパクトであり、人々は「密集して住まなければならなかった」が故に、「どの様にしたら楽しく集まって住む事が出来るのか?」、「どうすれば高密度の生活に彩りを与えられるのか?」という事を数百年に渡って考えてきたからです。逆に言えば、地中海人とは「集まって楽しく住むこと」のエキスパートでもあるのです。



そんな歴史的熟考の上に考え出されたのが、公共空間を核とした生活様式だったんだけど、つまりは「自分の家のリビングは狭いけど、家の目の前にはリビングの延長としての日当りの良いパブリックスペースがある」という考え方です。だから、その様な「自分の庭」を何処の馬の骨とも分からない建築家に勝手にいじられようものなら(例えそれが有名建築家であろうがなかろうが)物凄い批判が飛んでくる訳ですよ!



その事を実際に目にする機会を得たのは今から数年前、バルセロナのグラシア地区に新しく建った公共図書館とその為に整備されたパブリックスペースを巡って引き起こされてしまった大変衝撃的な事件を通してでした。



スペインでは巨匠の部類に入る建築家が公共空間をデザインしたのですが、そのデザインを見た市民からモーレツなダメ出しをくらってしまい、その事を全国紙が大々的に報じて社会問題にまで発展してしまったんですね(地中海ブログ:レセップス広場改修工事(Remodelacion de la Plaza Lesseps)に見るバルセロナモデル(Barcelona Model)の本質)。



どんなデザインだったのかというと、まあ、建築家が大好きな「記号」や「引用」を使いまくった大変奇抜なものだったんだけど、市民の間からは「何?あれ!意味分かんない」みたいな意見が続々と寄せられ大バッシングの嵐、嵐、嵐!!



この事件が僕にとって大変衝撃的だったのは、都市の変化に対して市民が大変鋭い目を光らせているということ、そしてその目からは幾ら巨匠建築家であろうと逃れられないという事実でした。



逆に言えば、その様な市民の目が機能しているからこそ、建築家も本気で風景を考えなければならないし、この様な正のフィードバックが働いているからこそ、地中海都市の風景は保持されてきた訳で、バルセロナでは公共空間が昔から重要視されてきた所以でもあるのだと思います。何故ならその様な議論というのは、いつ如何なる時も公共空間から沸き上がってくるものだからです(地中海ブログ:東さんの「SNS直接民主制」とかマニュエル・カステル(Manuel Castells)のMovilizacionとか)。



その一方で、「この様な事が何故可能になったのか?」を解明し説明するのは決して簡単な事ではありません。そこには幾つものレイヤーが入り込んでいて、それらが様々なフィードバックを起こしながら1つの現象を形作っているからです。



しかしですね、その様な市民意識、はたまた地域への愛着の様なものが生まれ、それが市民の間に共有される様になった1つのキッカケは、そこに変わらず存在する風景や建築が「情報として」、その地域に住む人々に共有されていたという事が挙げられるのでは?‥‥と思います。



そしてもっと重要な事に、「自分達が住んでいる街についてより良く知ってもらおう」という意欲を、市民側だけでなく行政側も良く理解し、市民と一体となりながら様々なイベントを通して、正に市民の為に、ひいては自分達の街の為に情報を公開する事に惜しみない努力を注ぎ込んでいる‥‥、そしてその様な1つ1つの小さな積み上げこそが「現在のバルセロナのかたち」を創り上げたと言っても過言ではないのです。

‥‥と、そんな事を思いつつ、今年もオープンアーキテクチャーにレッツゴー!

追記: 今年(2013年)のオープンハウスは例年とは違い、ちょっとビックリする様な試みが為されていました。それがコチラ:



50ユーロ払うと列に並ばなくても直ぐ建物に入れるという「ビジネスクラス」みたいなチケットを販売していたんですね。「む、む、む‥‥50ユーロか‥‥ちょっと高いけど、一度経験するのも悪く無いかも‥‥」とか思いつつも購入する事に。そしてこれが大成功!

と言うのも、このイベントで大変悩まされてきた事の1つに、「何処に行っても人、人、人」という混雑が挙げられるからです。そうすると、どういう事になるかと言うと、1つの建物に入るのに1時間待ち、他の建物に行ったら行ったで、人気の建物は予約が必要で結局入れず(悲)‥‥という様なストレス満載の状況が多々発生する訳ですよ!

今回の試みはこの様な混雑を少しでも解消しようと実験的に導入されたらしいんだけど、これが大当たり!何処に行っても直ぐに入れて、おかげで今年は見たいものを全て見る事が出来ちゃいました。大満足です!!!

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| バルセロナ都市 | 05:10 | comments(2) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
何故バルセロナオリンピックは成功したのか?:まとめ
スペイン北部(ガリシア)に広がる大自然の中で、ど田舎生活を満喫しているcruasanです。



とりあえずバケーション初日の昨日は、家の真ん前にある昔ながらのパン釜を使っているパン屋さんにパンを買いに行ってきました。



毎朝8時と13時キッカリにパン釜から出されるこのパンは、外はカリッとしてるのに、中は信じられないほどホクホク。このアツアツのパンに、この地方でとれた濃厚なバターとハチミツ、そしてワインを並べると、もう3つ星レストランも顔負けの食卓に早変わり!しかもこんなに美味しいパンが一本1ユーロ(100円程度)。田舎サイコー!!



さて、僕が田舎生活を満喫している最中、世界中の人々の眼を釘付けにしていたのがブエノスアイレスで開かれたIOC(国際オリンピック委員会)総会であり、皆さんご存知の通り2020年のオリンピック開催都市は東京に決定したのですが、(その事を受け)早くも僕の所に幾つか質問らしきものが来ているので今日はその話題を取り上げようと思います。



まあ何の事はない、オリンピック史上最も成功した事例の1つとして語られている「バルセロナオリンピックについて」、更にはその際に行われた「都市計画と都市戦略について」なのですが、「オリンピックを契機としたバルセロナモデルについて」は、当ブログで散々書いてきた通りだし、逆に言えば当ブログで書いてきた以上の事があるとは思えないので、それを僕の視点から少し纏めておこうかなと思います。

(注意)僕の視点というのは、バルセロナ市役所そしてカタルーニャ州政府に勤めた経験を踏まえて、「バルセロナの外側から」というよりは、「バルセロナの内側から実際にバルセロナの都市計画を担当、実施した立場から見たらどう見えるか?」という文脈です。



バルセロナという都市がオリンピックを契機として大成功を収めた理由、それは先ず、この都市がおかれた歴史的背景を考慮する必要が多分にあると思います。というか、僕の眼から見たらそれが全てだと言っても過言ではありません(地中海ブログ:もう一つの9月11日:カタルーニャの場合:グローバルの中に息づくローカリティ、地中海ブログ:(速報)カタルーニャ州議会選挙2012:カタルーニャ分離独立への国民投票は実施されず!)。



70年代半ばまで続いたフランコによる独裁政権時代、バルセロナは中央政府に嫌われていた為に教育や医療を含む都市インフラへの投資が十分に行われず、生活インフラの多くの部分を近隣住民自らが組織化しなければなりませんでした(地中海ブログ:バルセロナモデルと市民意識、地中海ブログ:レセップス広場改修工事(Remodelacion de la Plaza Lesseps)に見るバルセロナモデル(Barcelona Model)の本質)。



この時の経験がバルセロナにおける近隣住民ネットワークを(世界的に見て)大変特別なものに押し上げ、ボトムアップ的に(教育や病院の)カリキュラム(=ソフト)を自らで構築する事を可能にしたんですね。重要なのは、それら適切なプログラムが作られた後で、「建物としての形」を与える為の資金が流れ込んできたという順序です(オリンピック誘致が決定したのは1986年)。つまり「ソフト(=プログラム)ありきのハード(=建築)」を計画する事が出来たということなのです。普通は反対で、「ソフト無きハード(=箱モノ)」になりがちなんだけど、バルセロナの場合は歴史的背景からその過程が逆になり、正にその事が功を奏したということです。



また、この地方特有の問題としてよく取り上げられる「アイデンティティ」という観点から、1975年まで続いたフランコ政権が崩壊し民主主義に移行するにあたって、カタルーニャに言語や文化を含む表現の自由が認められたということがバルセロナオリンピック開催にあたって非常に大きな意味を持っていたと思います。



中央政府により押さえつけられていたカタルーニャの社会文化的アイデンティティが解放された当時(1970年代後半)、カタルーニャ社会全体を包んでいた高揚感が凄まじかった事は想像に難くありません。昨日までは自分達の言語(カタラン語)をしゃべろうものなら投獄され、外国語(カステリャーノ語)を使用する事を強要されていたのに、今日からはパブリックスペースで誰とでも「自分の言語で自由に話す事が出来る」、「自分の言語で書かれた本を読む事が出来る」といった状況が生まれた訳ですから。



こういう所から「公共空間「と「政治」が結び付き、南欧都市におけるパブリックスペースの重要性というものが立ち現れ、更には市民の間に公共空間の重要性が経験として共有される事になるのだと思います(地中海ブログ:美術の商品化と公共空間: Manuel J. Borja-Villel、地中海ブログ:FC Barcelona(バルサ)のマーケティングがスゴイ:バルサ・ミュージアムに見る正に「ゴールは偶然の産物ではない」)。



言語を通した社会変化という事についてもう少しだけ触れておくと、民主主義への移行直後というのは、カタラン語をしゃべる事が単なるファッショナブルだったのではなく(今、カタルーニャでカタラン語を使っている多くの若者は、歴史的認識やアイデンティティ、もしくは1つの政治的主張というよりも、「それ(カタラン語をしゃべる事)がカッコイイから」という意識が強い)、人間的で根源的な喜びですらあったのだと思います(地中海ブログ:カタルーニャの夢、地中海の首都:地中海同盟セレモニーに見る言語選択という政治的問題、地中海ブログ:スペイン語の難しさに見るスペインの多様性:ガリシア語とカステリャーノ語)。



そんな社会的に盛り上がっていた雰囲気の中、オリンピック開催という大きな目標を与えられ、「カタルーニャを世界地図の中に位置づけるぞ!」という気概の下、市民が一丸となってそれに向かっていったという背景こそ、バルセロナオリンピックが成功した1つの大きな要因であると僕は思います。というか、先ずはここを押さえなければバルセロナオリンピックの全貌を語る事は出来ません(この様な視点の欠如こそ、下記に記す魅力的なキーワードをちりばめた都市計画手法にのみ着目した多くの論考に見られる特徴の1つでもあるのです)。



で、(ここからは神憑っているんだけど)それら市民の思いを1つに纏め上げる圧倒的なカリスマ性を持ったリーダーが出現したということは非常に大きかったと思います(地中海ブログ:パスクアル・マラガイ(Pasqual Maragall)という政治家2)。当時のカタルーニャの政治に関して非常に面白いと思うのは、カタルーニャ左派(PSC)、右派(CiU)に関わらず、彼らの目的は「カタルーニャという地域をヨーロッパで最も魅力的な地域にすること」と共通していたことかな(地中海ブログ:欧州議会選挙結果:スペインとカタルーニャの場合:Escucha Catalunya!)。



更に、今回のマドリードによる2020年オリンピック誘致活動とは根本的に異なる点を指摘しておくと、フランコ時代から民主化移行を見越して世界中にちりばめられた政治的/知的ネットワークを駆使してオリンピックを成功に導いたその政治力ですね(地中海ブログ:国際オリンピック委員会(IOC)前会長のフアン・アントニオ・サマランチ(Juan Antonio Samaranch)氏死去、地中海ブログ:東さんの「SNS直接民主制」とかマニュエル・カステル(Manuel Castells)のMovilizacionとか、地中海ブログ:欧州工科大学院(EIT)の鼓動その1:マニュエル・カステルとネットワーク型大学システムの試み、地中海ブログ:サスキア・サッセンと世間話で盛り上がったディナー)。



この様な歴史的背景に後押しされつつ、戦略的に都市計画を成功に導いていったのが、カタルーニャの建築家達が長い時間を掛けて練り上げていった都市戦略/都市計画です。例えばそれは、大規模イベントを利用して(長期的に目指すべき「都市のかたち」に基づきながらも)その都度局所的な都市計画を成功させてきたということが先ずは挙げられるかな(地中海ブログ:バルセロナのイベント発展型都市戦略とGSMA2010(Mobile World Congress 2010))。



1888年の国際博覧会ではそれまで中央政府(マドリード)による占領のシンボルだったシウダデリャ要塞を都市の公園に変換する事に成功し、1929年の国際博覧会では都市インフラとモンジュイックの丘の整備といったことなどですね(地中海ブログ:バルセロナ都市戦略:イベント発展型)。



また大規模な範囲を一度にスクラップ&ビルドするのではなく、「やれる事からやる、やれる所から手をつける」という現実的な計画からコツコツと始めたこと。つまりは小さな公共空間から車を排除しつつ木々を植え「公共空間を人々の手に取り戻す」という様に、市民に「我々の都市が日に日に良くなってきている!」と実感させた事は大きいと思います。



又、それら小さな公共空間を都市全体に挿入しつつ、それらをネットワークで結ぶ事によって、地区全体を活性化することに成功しました(地中海ブログ:グラシア地区祭り:バルセロナの歩行者空間プロジェクトの責任者だったけど、何か質問ある?)。これは言ってみれば、白黒(ネガ・ポジ)を反転させて都市における公共空間の重要性を視覚的に浮かび上がらせた「ノリーの図」を具体化したアイデアだと言う事が出来るかと思います(地中海ブログ:フランクフルト旅行その3:広告としての緑の都市計画)。



更に言えば、これら個々の都市計画の裏側には、色あせることの無い大変秀逸なバルセロナの都市戦略が横たわっています(地中海ブログ:大西洋の弧:スペインとポルトガルを連結するAVE(高速鉄道)について、地中海ブログ:ヨーロッパの都市別カテゴリー:ブルーバナナ(Blue Banana)とかサルコジ(Nicolas Sarkozy)首相とか、地中海ブログ:カタルーニャの打ち出した新しい都市戦略:バイオ医療( BioPol, BioRegio)、地中海ブログ:地中海連合(Union pour la Mediterranee)の常設事務局はバルセロナに)。



これは、バルセロナという「都市単体」ではなく、「地中海を共有する都市間」で恊働し、その地域一帯としての競争力を高めることによって、パリやロンドンといったメガロポリスに対抗するというアイデアです(地中海ブログ:Euroregion(ユーロリージョン)とカタルーニャの都市戦略:バイオ医療を核としたクラスター形成、地中海ブログ:シティ・リージョンという考え方その1:スンド海峡のエレスンド・リージョンについて、地中海ブログ:地中海の弧の連結問題:ペルピニャン−フィゲラス−バルセロナ間の高速鉄道連結計画の裏に見えるもの、地中海ブログ:バルセロナの新たなる都市戦略:ビルバオから学ぶバルセロナ都市圏再生の曙)。

これら上述した全てのことがらが複雑に絡み合いながらも絶妙なハーモニーを醸し出し、オリンピック開催という目標に向かっていった末に生み出されたのがバルセロナオリンピックの大成功だったのです。

では逆に、バルセロナオリンピックによって引き起こされた「負の面はないのか?」というと‥‥勿論あります。先ず挙げられるのはオリンピック村についての批判ですね。



ビーチと中心市街地に地下鉄一本でアクセス出来るエリア(Ciudadella Villa Olimpica)に選手村を大々的に建設し、オリンピックが終わった暁には低所得者向けのソーシャルハウジングとしての活用を謳っていたのに、蓋を空けてみれば中産階級向けの高級アパートに化けていたことが当時モーレツな批判を浴びていました(地中海ブログ:世界一美しい図書館:ポンペウ・ファブラ大学(Universitat Pompeu Fabra)図書館の一般立ち入り禁止エリアに入ってきた)。



また、「バルセロナ」というブランド=イメージを確立する為に、中心市街地から「汚いイメージ」=貧困層や移民、売春婦や麻薬関連などを駆逐し、市外や市内の一区画へ強制的に集めた結果、スラムが出来てしまったこと(地中海ブログ:バルセロナの中心市街地で新たな現象が起こりつつある予感がするその3:街頭売春が引き起こした公共空間の劣化、地中海ブログ:カタルーニャ州政府がスペイン初となる公共空間における売春を取り締まる規則を検討中らしい)。



更に悪い事に、極度の観光化の結果、歴史的中心地区はジェントリフィケーションに見舞われてしまいました(地中海ブログ:バルセロナの中心市街地で新たな現象が起こりつつある予感がするその1:ジェントリフィケーションとその向こう側、地中海ブログ:ビルバオ・グッゲンハイム効果とジェントリフィケーション、地中海ブログ:バルセロナの中心市街地で新たな現象が起こりつつある予感がするその2:逆ジャントリフィケーション)。



そしてこの様な「バルセロナの大成功」を真似ようとし、幾つかの都市が「バルセロナモデル」を輸入したんだけど、今まで述べてきた様な歴史的/文化的/社会的背景を全く考慮せず表面的に真似ただけだったので、元々そこに存在した既存の都市組織(Urban Tissue)が破壊されてしまったこと(地中海ブログ:パン屋さんのパン窯は何故残っているのか?という問題は、もしかしたらバルセロナの旧工場跡地再生計画を通した都市再活性化と通ずる所があるのかも、とか思ったりして)。

こんな所かなー。

これから先、オリンピック関係でバルセロナの都市計画、都市戦略、もしくはそれらに付随した「バルセロナモデル」について多くの論考が出てくるとは思うんだけど、それらは全て上記の何れかに分類出来ると思います。



あー、久しぶりに頭使ったらなんかすごく疲れちゃった。赤ワインと生ハム食べて寝よ。
| バルセロナ都市計画 | 00:59 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
ガリシア旅行2013その1
「ゴツッ」‥‥これは何の音でしょう?

正解→→→電車がカーブに差し掛かった所で座席の上に置いてあったフルーツが落ちてきて頭に当たった音でしたー。しかも結構痛かった(涙)。確か2年くらい前、同じ路線の同じ電車に乗ってて全く同じ状況になった様な気がする‥‥(苦笑)。



僕は今、バルセロナ発ビーゴ(Vigo)行きの長距離列車(Alvia)に乗っています。「あ、あれ、Alvia?‥‥なんか聞いた事あるなー」と思ったあなたは凄く勘がいい!「ALVIA」とは丁度一ヶ月くらい前にスペイン史上最悪の脱線事故(死傷者200名以上)を引き起こしてしまった電車の名前なんですね。



その事故が起こったのはガリシア地方の首都、サンティアゴ・デ・コンポステーラ(地中海ブログ:ガリシア旅行その6:アルヴァロ・シザの建築:ガリシア美術センター(Centro Gallego de Arte Contemporaneo):複雑な空間構成の中に隠された驚く程シンプルな原理)の近郊路線だったんだけど、僕が今乗ってるのも全く同じガリシア地方へと向かう路線‥‥。



そーなんです!週末の朝早くから僕がわざわざ長距離列車なんかに乗っている理由、それは毎年恒例になりつつある、ガリシア地方にある小さな小さな村、PETIN村でバケーションを過ごす為なんですね。

「えー、cruasanのやつ、またバケーション!?ついこの間、「バカンスがやっと明けたー」とか言ってたばっかじゃん!」とかいう声が聞こえてきそうですが(笑)、これこそスペインで暮らす醍醐味!ちなみに大多数のスペイン人達のバカンス明けだった先週日曜日の朝にカフェで聞かれた典型的な会話がコチラ:



 「あー、久しぶり、元気だった?私なんて1ヶ月もビーチで過ごしちゃって、バカンス疲れ気味。今日から2週間くらいこの疲れをとる為のバケーションが必要」

みたいな(笑)。



さて、日本滞在を経て7月中旬にヨーロッパに帰ってきたのですが、約1年間もヨーロッパを空けていた事もあって、最近はモーレツに忙しく、ブログの更新すらまともに出来ない状況が続いていました。

「何がそんなに忙しかったのか?」というと、先ずは去年の渡米(ボストン)以来、なかなかFace-to-Faceでミーティングをする機会の無かった各種プロジェクトの管理と運営、それに並行して作成していた論文の再提出が9月のあたまに迫っていた事が大きいかなと思います。



この2ヶ月くらいの間に起こった事を掻い摘んで記しておくと、丁度この旅行の前日にやったオタク君3人組(カタラン人)とのプロジェクトミーティングが(ある意味)非常に面白くて、まあ、彼らに会うのも実に1年ぶりだったんだけど、「今週の金曜日に市役所で待ち合わせでどう?」みたいなメールを送ったら、「今回は市役所じゃなくてココのカフェがいい!」みたいなメールが返ってきて「ヘェー、珍しいなー」とか思って場所を調べたら、そこがゲーム屋の隣という事が判明‥‥。

もうこの時点で怪しさ満点だったんだけど、どうやら9月12日までに任天堂DSを持ってゲーム屋へ来店するとWifi経由でポケモンのレアモノが貰えるっていうキャンペーンを実施中なんだとか。で、有無を言わさずその店に連れて行かれ、一通りスペインのゲーム状況の説明を受けてから、やっと本題のプロジェクトミーティングへ。2時間の打ち合わせの内、1時間50分はポケモンの話だった(苦笑)。



8月初旬にはボストンで仲良くなった友達が数人、バルセロナ観光に来てくれました。こちらの人達はみんなそれなりに大人(みんなポスドク)なので、ポケモンとかそういう話は全く無く(笑)、この時ばかりは僕も久しぶりのバルセロナ観光を楽しみました。



8月中旬にはバルセロナから電車で1時間程の所にある街、ジローナへ。こちらはカタルーニャ州政府関連のミーティングだったんだけど、真っ青な空に真っ白な教会がスクッと立ち上がる姿は本当に美しかった。この様な風景を見ていると、ヨーロッパにおいては教会こそ街のシンボルであり、街というのは教会を中心に発展してきたという事を思い出させてくれます。



まあ、そんなこんなで昨日までは結構切羽詰まった毎日を送ってたんだけど、いま乗ってる電車から見える風景は、そんな僕の疲れた心を癒してくれるかの様なんですね。



この電車はバルセロナを出てからサラゴサ(地中海ブログ:サラゴサ(Zaragoza)の都市戦略)、緑の首都ビトリア(地中海ブログ:グラシア地区歩行者空間計画BMW賞受賞)、ブルゴス、パレンシア、レオンを経てガリシアへと入って行きます。その間に展開する風景は正に万華鏡そのもの。スペイン中央部に展開している草と砂しかない砂漠から始まり、北上するに従い緑が増えていき、ガリシアに至っては本当に濃い緑を楽しむ事が出来ます。そんな、スペインの多様性を表しているかの様な風景の終着点、そう、僕の今回の旅の目的地がコチラです:



湖に面した人口400人足らずの小さな小さな村、PETIN村の風景です。大自然に囲まれたこの村には、グローバリゼーションという名の下に忙しい毎日を送っている我々とは全く違う時間が流れているんですね。



この村での生活‥‥それは鶏の鳴き声と共に目を覚まし、都市部では見掛けなくなったパン釜(地中海ブログ:パン屋さんのパン窯は何故残っているのか?という問題は、もしかしたらバルセロナの旧工場跡地再生計画を通した都市再活性化と通ずる所があるのかも、とか思ったりして)で焼いたアツアツのパンが毎朝食卓の上に並び、この地方で取れる野菜、海産物そしてワインを嗜みつつ、教会の鐘の音と共にベッドに入るという、とても「人間的な生活」です。



この様な生活‥‥お日様と共に過ぎ去る時間を楽しむという生活‥‥人間としてごく当たり前だった生活‥‥「忙しさ」という名の下に、我々現代人が忘れ掛けてしまっている生活‥‥。そう、僕はここに「人間としての自分」を取り戻しに来ているのかもしれません。



今年もこのPETIN村を中心に、ガリシア地方の様々な場所へ赴き、色々なものを食べながら、ここでの生活を思いっ切り楽しみたいと思います。

さあ、ガリシア滞在の始まりです!
| 旅行記:都市 | 01:29 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
ボストンで出逢う事が出来た素敵な人達:さようならボストン
最近のボストンの天候と言えば、平日はがんがん晴れてるのに週末になると雪嵐になるっていう非常に不安定な‥‥と言うか、非常に不公平な日々が続いています(悲)。どうせだったら、研究室にいる平日は雨でもいいので、週末は晴れてほしいなー‥‥とか思いつつ。



例によって今日(3月2日、土曜日)もどんより曇り空。今にも泣き出しそうなボストンの空模様は、まるで今の僕の心を映し出しているかの様ですらあります。

‥‥僕は今、この記事を空港で書いています‥‥。

そう、丁度6ヶ月前、右も左も分からずに、かなり不安な気持ちで到着したこのボストン空港から、今度はバルセロナに向けて再び旅立つ日がやってきてしまいました(地中海ブログ:今日から半年間ボストンに滞在します)。

思えばこの6ヶ月、「本当に早かったなー」というのが正直な所かな。特に最後の一ヶ月なんて本当にあっという間だったと思います。「時間があっという間に過ぎている」という事は、それだけ「日々の生活が充実している」という事でもあり、楽しく過ごせているという事の裏返しでもあります。



僕のボストンでの生活は、度々このブログにも名前が登場する慶応大学の深見嘉明さんにお会いした時から始まったと言っても過言ではありません(地中海ブログ:ももクロの「さらば、愛しき悲しみたちよ」のPVを見て思った事)。深見さんがいなかったら、僕のボストン滞在はこんなに楽しく、そして充実したものにはなっていなかったと思います。

その当時、住む所を探していた僕に素晴らしいシェアハウスを紹介してくれたのは深見さんでした。



その深見さんを通して知り合う事が出来たのが、その後半年間一緒に住む事になる山田さんとOさん。Oさんに初めてお会いしたのは、セントラル・スクエアにあるスターバックスの前でしたね。



僕にとってOさんとの出逢いは新鮮な驚きでした。コンテクストは全く違うけど、ある意味、岡部明子さんにお会いした時と同じくらいの衝撃を受けたと言っても過言ではないと思います(地中海ブログ:とっても素敵な出会いがありました:岡部明子さんとグラシア地区を歩く)。



一緒に住んでいた事もあって、くだらない世間話をしたり、色んな所へ一緒に出掛けたりと、結構長い時間を過ごしたと思うのですが、その中でも特に印象に残っているのはカニ・パーティーの出来事かな。



他愛も無い話題から、誰かがふとこんな問い掛けをしました。「みなさん、どうしてボストンに来ようと思ったのですか?」‥‥と。みんな一人一人答えていったのですが、そんな中、いつも明るく笑顔を絶やさなかったOさんの顔が一瞬曇り、「実は凄く迷いました‥‥。10年前日本へ行ったばかりの時に感じたあの孤独感、寂しい想いはもうしたくなかったから‥‥」と言われていたのが今でも耳に残っています。

言葉も文化も全く知らない国に一人で行って、そこから何かを積み上げていく/創り上げていくと言う事は並大抵の事ではありません。その国の言葉を覚え、その土地の歴史や文化を理解し、その国の人達と競い合いながら生きて行くという事の辛さ、過酷さ、そして楽しさは、僕自身スペインで嫌というほど体験した事なので。

国は違えど同じ様なバックグラウンドを持ち、同じ様な環境で、しかも僕なんかよりもよっぽど上手く立ち回られているその姿、ある意味人間として尊敬出来る存在だと思っています。半年間、貴方と一緒に住む事が出来て本当に嬉しかったです。ありがとう。



9月初旬、深見さんとOさんと一緒に行った谷さんのアパートで、(MITとハーバードの間に位置する)セントラルスクエア周辺に住んでる日本人の人達と知り合う機会に恵まれました。



何故か日本のママチャリでボストン中を駆け回っている丸野さん、ボストンで非常に美味しい日本食を出すレストラン、カフェ魔美に行くのに何時も付き合ってくれたマロ君、十分な食材が手に入らないボストンで、俄には信じられないクオリティの料理を創り出してくれる谷さんとはそこで初めてお会いしました。

丸野さんとは同年代と言う事もあり、ラーメン屋や食べ放題のお寿司屋さんで、いつも取り留めの無い話で盛り上がっていました。

マロ君、そしてその後知り合う事になる竹内さんからは、研究者としての考え方というものを教えてもらった様な気がします。しゃぶしゃぶ屋さんなんかで、これ又どうでも良い話で盛り上がっていたのですが(笑)、その節々に出てくるお二人の専門分野における裏話なんかが僕にとっては大変新鮮で、本当に多くの事を学ばせてもらいました。



谷さんには年末年始、ご自宅で開かれた年越しパーティーに呼んで頂きました(地中海ブログ:新年あけましておめでとうございます2013:Feliz Año NuevoとFeliz Ano Nuevoの違い)。深見さんの送別会で初めてお会いした時の事、遅れて来た丸野さんが何も召し上がってなかったのを見て、即興で無茶苦茶美味しいおにぎり、そしてラーメンを作られていましたよね。あれを見た時から、「この人は出来る!」と密かに思っていました(笑)。その後丸野さん、井上さんと一緒にお聞きした「乙女辞典」のお話には度肝を抜かれましたけどね(笑)。



僕が今の家に引っ越して来て直ぐの事、右隣の部屋に住んでいた中島さんに携帯電話を買いに行くのに付き合ってもらい、更にOさんと3人でボストンでも美味しいと評判のパスタ屋さんへ連れて行ってもらいました。



更に更に、前の部屋に住んでいたルーシーも交えて日本食/中華料理パーティーを開催した時の事、中島さんがかなり手の込んだパスタを作られてきてビックリ。あの時ルーシーが作った麻婆豆腐の味が今でも忘れられません。



ボストンもかなり寒くなってきた頃の事、Oさんと丸野さんと一緒にボストンに新しく出来た評判のラーメン屋さんに行ってみようという話があったのですが、その時僕は体調が悪く直前にキャンセルしてしまい、夜の飲み会だけ参加したら、何故かそこに見知らぬ人達が‥‥その人達こそ井上さんと浅井さんだったのですが、「どうやって知り合ったんですか?」とお聞きしたら、ラーメン屋で並んでいたら前に居ましたとか何とか(笑)。そんなひょんな出逢いだったんだけど、今では井上さんはうちのアパートの住人だって言うんだから、人間何が縁になるのか分かりません。



11月も半ばを過ぎた頃、セントラルスクエアにあるイタリアンレストラン、シンデレラで、その後何度となく飲みに行く事になる竹内さんと初めてお会いしました。その数日後、竹内さんにはマロ君と一緒にラーメンを食べに連れて行ってもらったんだけど、その日は偶々ボストン中が大停電になった日で、それはそれで思い出深い出来事になりました(地中海ブログ:リアル、エヴァンゲリオンの世界を体験してしまった:MITを含むケンブリッジ市の大停電)。



そうこうしている内に年末になり、ある日突然Oさんから電話が。「何事か!」と思いきや、「年末年始に友達がボストンに来るので、美術館に行こうと思っています」とか何とか。で、「友達をキチンと案内したいので、予行練習してください」だって(笑)!いつもは一人で行く美術館だったんだけど、2人で回る美術館はこれまた結構新鮮で、それはそれで楽しい体験でした(地中海ブログ:ボストン美術館に再現されているカタルーニャ・ロマネスク教会)。



その後近くのイタリアンレストランへ行き、「一人一皿づつパスタを頼んで、ちょっとづつ味見しよっか」と言い合ってた時の事、Oさんが「じゃあ、フィッシュ&チップスも頼もう」とか言い出して、「えー、ちょっと多いんじゃないの?」とか内心思ったんだけど、案の定、店員さんに注文したら「二人で3皿は多いからやめなさい」と怒られる始末(笑)。



しかもパスタだけで僕は結構お腹が一杯だったんだけど、そのレストランの前にあるイタリア系のお菓子屋さんで、Oさんが大量のお菓子&ケーキを買い込んでいたのにはかなり驚きました。「え、まだ食べるの?」みたいな(笑)。



年末年始には家のアパートに沢山のゲストの皆さんが来られた事などから、井上さんのご提案で中華街でロブスターを買ってきて、それを調理しようという事になりました。一匹10ドル前後であの味はかなりお得!それ以来、ことある毎に我が家ではロブスターを買ってきたりカニを買ってきたりして、家で調理して楽しむ機会が増える事に。



年明けに竹内さんから紹介して頂いた菊地さん!ボストン生活も残り一ヶ月となってきた時期だったんだけど、最後の最後にきて大変面白い方と知り合う機会に恵まれました。菊地さん、何と名古屋ゆかりの方で、その関係でボストンに在住している名古屋に縁のある人達が集まる飲み会、「名古屋会」なるものに誘って頂ける事に。主にお医者さんの集まりだったんだけど、今まで医学系の方と知り合う機会が無かったものだから、個人的にはかなり興味深い体験だったかなと思います。



そして勿論、研究室で仲良くしてくれたみんな‥‥。毎日の様にランチを一緒に食べに行き、苦楽を共にしながらもお互いはライバル同士。でも分からない事があると、いつも助け船を出してくれたり、計算を手伝ってくれたりしました。Stan, Alex, Markus, Micheal, Ricardo, Sebastian, Chao, Tao, Dietmar, David, Lauren, Gabriela、そしてCarlo‥‥。本当にありがとう。



‥‥と、ボストンでの思い出を書いていけば本当にキリがありません。ここに書いた事は、僕がこの6ヶ月の間に出逢った人達、お世話になった方々と築く事が出来た抱え切れないくらいの思い出、その中の極々一部のものに過ぎません。この他にも本当に沢山の人達との出逢い、そして支えがあったからこそ、ボストンでの生活はこんなにも充実したものになったのだと思っています。



‥‥深見さん、見てますか‥‥。あなたが紹介してくれたアパートで、あなたがボストンからいなくなった後、こんなに沢山の、そしてこんなに楽しい思い出を作る事が出来ました(って書くと、深見さん、亡くなった人みたいなんだけど、今もしっかり生きて大活躍なされてます(笑))。

Oさんは僕に、「cruasanさんはバルセロナに帰ったら私達の事なんて直ぐに忘れてしまうんでしょうね」って言われました。

‥‥人間は忘却の生き物だと良く言われます。何故なら人間は日常で起こった全ての事を覚えていては生きてはいけない生き物だからです。その一方で、時に僕達は、人生にとって決して忘れてはいけない体験や経験をしたりもします。

忘れる事、忘れなきゃいけない事、忘れちゃいけない事、そして忘れられない事‥‥それらの葛藤の狭間に生きているのが人間という生き物なのであり、この6ヶ月の間に起こった様々な出来事は、僕にとって「忘れてはならない事」、いや「忘れられない事」なのです。

‥‥空港の館内放送がローマ経由バルセロナ行きの搭乗案内を始めました。

こんな素敵な思い出を胸に、僕は今から暖かい地中海へ帰ろうと思います。

もう一度言います。
僕はこの半年間に起こった事を一生忘れません。



ボストンで僕に出逢ってくれたみなさん、ありがとう。



ボストンで僕と仲良くしてくれたみなさん、ありがとう。



ボストンで僕を支えてくれたみんな、本当にありがとう。

さようならボストン。
そしてこんにちは、バルセロナ!
| バルセロナ日常 | 05:57 | comments(2) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
ルーブル美術館の歩行者計画
忙しい!非常に忙しい!!先週から今週にかけて、各種プロジェクトの締め切り、論文の締め切り、雑誌の原稿の締め切り、はたまた色んな地域からの訪問者の人達の対応なんかに追われまくってて、連日気持ちがいいほどの地中海晴れにも関わらず、異常なほど多忙な日々が続いています。



そんな中、日本でも報道されているかとは思うのですが、先週末スペイン政府は銀行システムの健全化を目的とする融資をユーロ圏から最大1000億ユーロ(日本円で10兆円)受ける事を発表しました。この額はスペインの国民総生産の約1割に相当します。スペインのラホイ首相は、「これは救済プランではない。あくまでも融資を必要としているスペインの銀行に対する貸し付けである」と繰り返し主張しているんだけど、まあ誰が何と言おうと、実質これでスペインは第4の救済国になったと、そう言えるかと思います。もっと言っちゃうと、この様な救済プランというのは、名目上は「困ってる国家を救う」っていう事になってるんだけど、その隠れた目的は「ユーロというEUの統一通貨システムを救う」っていう事なんですけどね。つまり国家を救うという大義名分の名の下に、その国家に借金を背負わせつつユーロ通貨システムを救うというのが、その隠された本質だという事なんです。

この辺の話をし出すと非常に長くなるので詳細は次回のエントリに譲るとして、今回のスペイン救済プランを巡る一連の騒動を見ていて個人的に驚いたのは、スペインのラホイ首相のこの一言かな:



「銀行の問題はこれで一応ケリがついたので、私はこれからユーロカップを観戦しに行ってきます。」

「ハ、ハ、ハ、首相、スペインという国が崩壊しようかどうかって時に、一体何を冗談言ってるんですかー」とか思ってたら、その数時間後には皇太子夫妻と共にポーランドでユーロカップのスペイン戦を楽しんでいるラホイ氏の姿が生中継で映し出され度肝を抜かれました(苦笑)。



まあ彼も言ってる様に「行けば批判されるけど、行かなくても批判される」というのは本当だろうし、それよりも何よりも、今回の出来事は「どんな事よりもサッカーの試合の方が大事だ」っていう、スペインのお国柄を表していて、「それはそれでスペインらしいかなー」と思わない事も無いかな‥‥と、良い方向に受け取っておこう‥‥ほ、本当に大丈夫か?スペイン!!

さて、実は昨日、ここ数年間継続してやってきた一つの事に一応の区切りが付きました。実はですね、ちょっと前から仕事の合間を縫ってちょくちょくと博士課程を進めてきたんだけど、昨日の午前中、僕の博士論文計画案の公開ディフェンスが行われ、3人の審査官達の前で30分の口頭発表、その後の質疑応答をクリアし見事審査に通る事が出来ました。おめでとー、パチパチパチ!!!

って言っても、博士論文を書く権利が与えられたってだけで、学位に辿り着くまでには未だ未だ道は長いかとは思うんですけどね。でも、ここまで来るのに結構色んな事があったし、時間も掛かったので、個人的には感慨深いかな。

僕の博士論文のテーマについては、後日時間がある時にゆっくりと書きたいと思うんだけど、ごく簡単に纏めると、近年勃興してきた新しいテクノロジーを使って、「如何に都市部における人々の生活の質を上げていくか?如何に都市のモビリティを改善していくか?」という事をテーマにしています。その一つの具体例として、グラシア地区の歩行者空間計画や、数年前から僕が進めているルーブル美術館の歩行者空間計画を題材に論文を進めているという訳なんですね。



グラシア地区の歩行者空間計画については当ブログでは事ある毎に取り上げてきたし、雑誌にも何度か書いてきたので「あ、知ってる!」って人は多い事かと思います(地中海ブログ:グラシア地区祭り:バルセロナの歩行者空間プロジェクトの責任者だったけど、何か質問ある?)。



ルーブル美術館についてはですね、以前僕が開発した自動車や歩行者を自動的に追跡出来るセンサーを美術館内に10個ほど取り付ける事によって、そこを訪れた観光客が「一体どの様に動いているのか?彼らは一体何処から来て何処へ行くのか?はたまた彼らはどの作品にどのくらいの時間を費やしているのか?(例えば観光客は平均でモナリザを4分24秒見た後、ミロのビーナスへ移動し、そこで3分12秒費やす)」などという、今までとは全く次元の違う訪問者分析を提案する事を目的としています。一応断っておきますが、このシステムはプライバシーの問題は完璧に克服しています。



このシステムを用いた分析手法などについては欧米の雑誌には結構書いているので、ヨーロッパでは結構知られる所となってきていて、その結果、今年1月にスウェーデンで行われた観光とITに関する国際会議に招待論文として招かれたり(地中海ブログ:シティ・リージョンという考え方その1:スンド海峡のエレスンド・リージョンについて)、非公式で行われる政府や私企業の研究会なんかで発表する機会を与えられたりと、結構順調なプロセスを辿っていると思います。その一貫で、ちょっと前の事なんだけど、こちらの新聞に2ページに渡って大きく取り上げられたりもしました。



昨日行われた発表は、そんな「これまでやってきた事の一つの区切り」みたいな感じだったので、個人的には大変感慨深かったと、まあ、そういう訳なんです。という訳で昨日の夜は、ちょっとした「打ち上げパーティー」を企画し、知り合いなんかと一緒にバルセロナ市内のPobre Sec地区にあるバルセロナで今一番美味しいステーキを出すお店(と僕が勝手に思ってる)に行ってきました。最近結構利用するんですよね、このお店。で、当然頼んだのはコチラ:



これでもか!って言うほど分厚いステーキの登場〜。このお店で注文するポイントは焼き加減をレアよりもちょっと生寄りで頼む事かな。ここのシェフ、無茶苦茶いい加減だから、時々焼き過ぎるんですよねー。だから「レアより少し生」で頼むと丁度良い感じでレアになってるって訳(笑)。

今週後半はインド、ニューヨーク、そしてスイスから大学関係者や政府関係者の人達がバルセロナに来る事になってて、そんな彼らとミーティングの予定が入りまくっています。今日ようやく一区切り付いた所だけど、美味しいお肉でお腹も一杯になった事だし、又明日から気分を仕切り直して頑張ろう。
| 大学・研究 | 05:06 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
第8回モデルニスモ祭り:19世紀末にタイムスリップさせてくれる素敵な地区祭り
暑い、非常に暑い!バルセロナは先週辺りから急に暑くなってきて、日中なんかは25度を超える日が珍しくなくなってきました。アンダルシアや内陸部では35度を超えている所もあるんだとか。



そんな状況なもんだから、バルセロナのビーチは6月初旬と言えども結構な人達で大賑わい。もうホント、初夏の到来って感じです。

さて、バルセロナでは毎年この時期になるとハイシーズン(夏)の到来を祝う、Fiesta Mayorと呼ばれる地区祭りが市内の至る場所で企画され、街路が華々しく飾り付けられたり、交通を規制して即席のコンサート会場やテラス席が設けられたりして、それこそまるで街全体で初夏の到来を喜んでいるかの様な、そんな光景に出くわす事が出来るんですね(グラシアの地区祭りについてはコチラ:地中海ブログ:グラシア地区祭り:バルセロナの歩行者空間プロジェクトの責任者だったけど、何か質問ある?)。そんな中、今週末は毎年恒例の「モデルニスモ祭り」がGirona通りの一角にて開催されていました(去年のお祭りの模様についてはコチラ:地中海ブログ:第7回バルセロナ、モデルニスモ祭り(Fira Modernista de Barcelona 2011))。



まあ、お祭りというのはその地方の(民俗的な)個性が存分に現れる所に面白みがあると思うんだけど、このモデルニスモ祭りというのは、これが行われているバルセロナの新市街地の特性がハッキリ見えるという意味において大変興味深いものとなっていると思います。

どういう事か?

バルセロナ市内の各地区は「何とか自分の地区のお祭りを一番魅力的なものにしよう」と競っている側面があるのですが、「一体何が自分達の地区の魅力なのか、特徴なのか?」という事を考えに考えた挙げ句、この新市街地の住民達が捻り出したアイデア、それが自分の家の前のファサードに華を添えている「モデルニスム期の建築を有効活用しよう」というコンセプトだったのであり、それを発展させた「モデルニスモ祭り」という解答だったんですね。



当ブログでは何度も主張してきたんだけど、バルセロナが誇る建築的なお宝は何もガウディやムンタネールといった巨匠達によって創られたものだけではありません。



彼らの建築が素晴らしい異彩を放っているという事と、そこだけを取り上げて誇張するメディアの偏向によって日本では全く注目されないんだけど、この新市街地に散りばめられている有名/無名の建築家達による無数のモデルニスモ建築の共演こそ、バルセロナが誇るべきお宝中のお宝だと僕は思っています。故にその事に気が付いた少数の人達はこのエリアの事を「黄金の四角形」と呼んできた程なんですね。



そんなお宝満載のこのエリアの地区祭りでは、このエリアに住む人達がモデルニスモ期の衣装に身を包み、世紀末の風景と一体となる事によって、一歩このエリアに足を踏み入れると、恰もその時代にタイムスリップしたかの様な、そんな素敵な体験が出来ちゃう希有なお祭りとなっています。



まあ、早い話がこの地区全体を巻き込んだ世紀末コスプレ大会という事です(笑)。そしてこのコスプレ大会を特別なものにしているのが、何を隠そう上述したモデルニスモ建築群なんですね。逆に言うと、それらの建築群がこのお祭りの舞台背景を用意してくれているからこそ、モデルニスモ祭りの雰囲気が一味も二味も違う物になっているという事が出来るかと思います。そんな素敵なモデルニスモの建築は例えばコチラ:



1912年から14年に掛けて創られた薬局です。当時の雰囲気をありありと伝えていますね。外観だけではなくて、中もかなりキチンと修復保存されている:



こんな素敵な薬局で薬とか買ったら、それこそ病気なんて直ぐに治りそうだよな〜(笑)。正に「病は気から!」(地中海ブログ:リュイス・ドメネク・イ・ムンタネール(Lluis Domenech i Montaner)によるモデルニスモ建築の傑作、サンパウ病院(Hospital de la San Pau):病院へ行こう!どんな病気も直ぐに治るような気にさせてくれるくらい雰囲気の良い病院)。もしくはコチラ:



パン屋さんです。実は今、バルセロナでは昔ながらの窯で焼いたパンが密かに流行っていて、そんな窯が残っているパン屋さんの前には長―い行列が出来るという現象が起こっているのですが、勿論そんな希有なパン屋さんなんて市内でも数える程しかありません。何故ならそれらの窯は近代化(機械生産化)と同時に殆ど取り壊されてしまったからです。



で、ここからがポイントなんだけど、それらの窯を取り壊し、(当時としては最新式の)機械を取り入れる事が出来たパン屋さんというのは、当然「儲かっていたパン屋さん」なのであり、全く儲かっていなかったパン屋さんは機械の窯を入れる事が出来ず、今日まで昔ながらの窯でパンを焼く羽目になってしまいました。



‥‥それから百年後、当時は思いもしなかった事態が起こります。そう、昔は全く無価値だと思われていたパン窯に新しい視線が注がれ、それが「価値あるもの」として急浮上してきたのです。その結果どうなったかというと、昔は繁盛しまくってて最新機器を導入する事が出来た/してしまったパン屋さん、つまりは昔ながらの窯が残っていないパン屋さんが冷や飯を食わされる事となり、逆に、貧乏で貧乏で最新設備が買えなかったパン屋さんが棚ボタ的に儲かり始めるという逆転現象が起こってきている訳ですよ!

この話の本質は、実は「何故バルセロナの都市計画がバルセロナモデルとして成功したのか?」という話と通じる所があると思うので、以前のエントリで詳しく書きました(地中海ブログ:パン屋さんのパン窯は何故残っているのか?という問題は、もしかしたらバルセロナの旧工場跡地再生計画を通した都市再活性化と通ずる所があるのかも、とか思ったりして)。

いかん、いかん、又脱線してしまった‥‥。



さて、このお祭りには他にも、その昔市内を走っていたバスやタクシーが展示してあったり、街中で即効の演奏会が開かれていたりと、それこそ様々な角度からモデルニスモの雰囲気を市民に味わってもらおうと、連日何十という企画が用意されているんだけど、毎年参加してる僕の目から見ても大変珍しかったのがコチラです:



朝来た時はこの機会仕掛けの「おもちゃ」みたいなのが「でーん」と置いてあるだけで、「あー、これは世紀末に使ってた何かの仕掛けなのかなー」くらいに思っていたのですが、夕方頃にもう一度来てみたらビックリ:



何とこの機械仕掛けのおもちゃ、動いてるじゃないですかー!しかも子供達が乗っている‥‥。 そーなんです、実はこのおもちゃ、どうやら当時の遊園地にあった観覧車の原型みたいなものらしいんですね。幾つかある椅子みたいな所に子供を乗せて、それがグルグルと回転する様になっています。勿論動力はコチラ:



人力(笑)。回すのは結構大変らしく、この人、かなりゼーゼー言ってました(笑)。そりゃ、疲れるよなー。しかもかなり暑かったし。で、この観覧車の横にはコチラ:



世紀末のメリーゴーランド。勿論こちらも人力(笑)。



雰囲気を出す為なのか、その横では当時の衣装に身を包んだおじいさんが、一生懸命炭を燃やして煙を出してました(笑)。単に煙たいだけだったんですけどね。



又、このモデルニスモ祭りでは、バルセロナ市を始めとするモデルニスモ建築の遺産を持つ各都市が各々のお宝を宣伝するというマーケティング的な要素も強い為、それらの自治体が各々のスタンドに出版物やパンフレットなどを所狭しと並べ、一生懸命宣伝している様子を観察する事が出来ます。それら陳列品の中には書店では手に入らないものや、その町に行かないと買えないものなどが結構あったりする上に、時々無料で貰えちゃったりする訳ですよ!



今年はモデルニスモに焦点を絞った新聞と、現在バルセロナ市が結構力を入れてるセルダブロック中庭開放計画に関連した書籍などをゲット!特に後者は書店では売ってない結構貴重な本だと思う。



この様な街全体を巻き込んだお祭りを見ていると、「やはりスペイン人達は自分達の生活にリズムを付ける為、ひいては生活を楽しむ為に街を使うのが上手いなー」と感心しざるを得ません。そしてそこで繰り広げられる人々の生活、主人公としての我々の振る舞いに舞台を提供し、雰囲気を創り出してくれているのは、「街路を彩っている建築である」という、結構基本的なんだけど、ついつい忘れがちな事実を我々に思い出させてくれます。と言うか、そういう事が分かっているからこそ、この街の人達は一つ一つの建築を大事に使い続け、何百年も前から子々孫々に受け継いできているんだと思うんですね。それがこの街に住む人達の心に「街を思いやる気持ち」を芽生えさせ、ひいては彼らの自身のアイデンティティに繋がっていくのだから。
| バルセロナ都市 | 03:33 | comments(6) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
バルセロナの食べ歩き方:El Tunel D’en Marc Palouのランチメニューはちょっと凄い
長かった冬休みもやっと終わり、スペインではようやく今週辺りから日常生活のリズムに戻りつつあります。そして待ちに待った冬のバーゲンの到来です!



スペインには一年を通して大きなバーゲンが2回あるんだけど、これがちょっと凄くって、初日から50%OFFは当たり前、店によっては70%引きって言う信じられない店も存在するから驚きなんですね。って言うか、こういう具体的な数字に直面すると、「昨日まで普通に買ってた僕は一体何だったんだ!」って気になります(苦笑)。



この時期バルセロナでは各ブランド店などがバーゲンの売り上げを良くする為&注目を集める為に「変わったプロモーション」をするのが常なんだけど、去年はDESIGUALが「下着で来店したらどれでも服を無料でプレゼント」っていう信じられないプロモーションをしていました(地中海ブログ:「下着姿で来店したらどれでも服を無料でプレゼント」って言うDESIGUALのプロモーションに遭遇してしまった)。

もう一つちなみに、スペイン人とは体の作りが根本的に違う日本人の皆さんは、バーゲンを思いっきり楽しもうと思っても、街中を歩いてる最中なんかについついトイレに行きたくなってしまうのが常だと思います。日本の様にコンビニなんか無いヨーロッパにおいては休憩を兼ねてカフェに入るっていうのが手っ取り早い解決法だとは思うんだけど、そう何回もコーヒーばっかり飲んでる訳にもいかないし、逆にコーヒーで水分を取ったら又トイレに行きたくなるっていう悪循環に陥るのがオチだと思うんですね。そんな僕らの強い味方、それがバルセロナの目抜き通り(グラシア大通り)に位置するショッピングセンター、Bluevard Rosaの中にある公共トイレです(パチ、パチ、パチー)。ただコチラのトイレ、ちょっと問題がありまして‥‥:



そうなんです!何を思ったか、前衛過ぎるコチラのトイレ、扉が透明で中が丸見えなんですね(笑)。ちなみに男女共用(苦笑)。まあ、とは言っても勿論仕掛けはちゃんとあって、鍵を掛けたら曇りガラスになるっていう作りになっているんですけど、入るにはちょっと勇気がいる事も確か(詳しくはコチラ:地中海ブログ:夏バーゲンの始まり:入るのに世界一勇気のいるトイレ)。世にも珍しいコチラのトイレ、観光のついでに一度見に来るのも、今後の話のネタには面白いかもしれません。

と言う訳で、現在バルセロナはバーゲン熱が急騰中なんだけど、今週に入ってからというもの、今まで溜まりに溜まっていたミーティングが雪崩の様に入ってきてしまって、ゆっくりとショッピングをする時間も取れない毎日が続いています(悲)。そんな中、新聞社に勤めるカタラン人の友達から久しぶりに電話が掛かってきて、仕事の話も交えながらランチへ行こうという事になり、気分転換に早速行ってきました。今回僕達が選んだのが地元民に愛されるEl Tunel D’en Marc Palouというお店です:

コンタクト
Address: Bailen 91, Barcelona
Tel: 932658658
Web: http://www.eltuneldenmarc.com/

場所的にはサグラダファミリアとカサバトリョの中間くらいの所に位置してるんだけど、近くには特に目立った観光名所も無い事から、観光客の人達は先ず寄り付かないエリアにひっそりと佇んでいるんですね。その代わりと言ってはなんだけど、実はこのレストランの真後ろにカタルーニャ地方の大衆紙として知られるEl Periodicoの本社がある事から、昼食時にはジャーナリストを良く見かけるかな。



店内はそれほど広くなくて、面積的にはちょっと狭い感じもするけど、白色を基調としたインテリアも手伝って、概して清潔感溢れる印象を与えてくれます。大きなガラス窓からは一杯に日の光が入ってくる一方で、下半分が曇りガラスになっている事から、歩行者の視線は全く気にせずに済む作りになっているんですね。さて、席に座ってランチメニューを頼むと、先ずはアミューズが出てきます:



このお店特性のジャガイモ(patata)と(スペインの)サツマイモ(boniato)のポテトチップス。揚げたてのアツアツをオリーブオイルに付けて食べるというもの。ハッキリ言って只のポテトチップスなんだけど、オリーブオイルに付けて食べると、高級感溢れる一品に変わるから不思議です(笑)。そして今日のワインはコチラ:



カタルーニャ産(Penedes)の赤ワイン、Vallformosaです。うーん、とってもフルーティー〜。口当たりも良く、幾らでも飲めちゃう感じかな。パンはこの店で焼いた数種類あるパンの中から選ぶ事が出来ます:



こちらも焼き立てでアツアツ。ふっくらしてて美味しいー。と、そうこうしている内に、2つ目のアミューズの登場:



小さな一口サイズの瓶に入っているのは、コンソメスープとサーモンのマリネ(?)みたいなの、そして最後の一つがPan con Tomateと呼ばれる、パンにトマトとオリーブオイルをかけて食べるカタルーニャの名物料理を一口サイズにしたものです:



世界一のシェフこと、フェラン・アドリア氏の影響からか、最近は料理を「分解して再構築する」っていう「料理の錬金術」が流行ってるんだけど、バルセロナのレストランでは「パンコントマテを分解して味だけ再現する」っていうのが流行ってる気がします。って言うか、良く見かけます。さて、そうこうしている内に、今日の一皿目が運ばれてきました:



じゃーん、今日最初のメインはリゾットでーす。お米とチーズが大変巧い具体に絡まり合い、絶妙なハーモニーを醸し出している。しかも上に乗ってるチーズがコレ又微妙に違う味わいを織り込んだりしてて、文句無く美味しい!量もそれほど多く無く、かと言って少なくも無く、これまた絶妙。「大変美味しゅうございます!」。一品目から大満足!とか思ってたら今日の2皿目の登場です:



こちらは焼き魚‥‥何の魚かは忘れた(笑)。岸朝子も真っ青の料理記者歴未だ3年程度ですから、その辺はご容赦を(笑)。 で、早速食べてみると身がプリプリ!こちらの料理はそれほど強い味付けがしてある訳でもなく、魚の味を楽しむ事が出来ました。ここまでで結構お腹が一杯だったんだけど、今日のランチメニューには3皿目が付いてきました。それがコチラ:



この店特性の手作りハンバーグです。下にはピーマンの付け合わせが敷いてあります。このハンバーグ、肉汁が滴り落ちる程ジューシーで、たまらなく美味しい!付け合わせのピーマンの酸味との相性も抜群で、今日食べた中では一番美味しかったかな。「あー、もうお腹がはち切れる程一杯!もう駄目、絶対食べれないー!」とか言ってもデザートは別腹(笑)。と言う訳で、今日のデザートがコチラ:



リンゴの赤ワインのコンポートです。「ヘビーなお皿が続いた後にはクドイかな?」と思ったけど、それほどお腹に溜まる事もなく、逆にさっぱりしていました。で、締めは勿論コチラ:



コーヒーも美味しい。

満足、大満足です。で、気になるお値段の方なのですが、アミューズ2皿+パン+メイン3皿+デザート+コーヒー+飲み物、全て込みで何と24ユーロ!これは安い!って言うか、安過ぎる!!サービスもほどほど良いし、レストランの雰囲気もまずまず、そして何よりも料理の質は申し分ない事を考えると、この値段はちょっとビックリです。ただ、ランチメニューの内容は週によって変わるそうなので、その辺は行かれる前に確認された方が良いかもしれません。

何はともあれ、星三つですー!!!
| レストラン:バルセロナ | 06:24 | comments(4) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
スマートシティ国際会議(Smart City Expo: World Congress)に出席して思った事その1:バルセロナ国際見本市会場(Fira Barcelona)の印象
前回のエントリで少しだけ書いたのですが、バルセロナでは今週火曜日から4日間に渡ってスマートシティに関する国際会議、Smart City Expo, World Congress; smart society for innovative and sustainable citiesが行われています。その関係で、今週は朝から晩までミーティング三昧だったんだけど、昨日の夜、帰り際にサグラダファミリアの前を通り掛かったら、サグラダファミリアが真っ赤に燃えているかの様なライトアップをしててビックリ!



「な、何事だー!」とか思ったんだけど、どうやら12月1日は「世界エイズの日」という事で、世界各地のモニュメントが赤く照らし出されていたと言う事を翌日のニュースで知りました。てっきり昨晩グラシア大通りで行われてた、The Shopping Night Barcelona関連なんだとばかり思ってたー(地中海ブログ:Barcelona Oportunity Weekに見るバルセロナの都市戦略)。

まあ、それは良いとして、早速今日の本題に入りたいと思うんだけど、先ず始めに「スマートシティとは一体何か?」と言うとですね、手短に言うと、近年勃興してきた新しいテクノロジー(スマートフォンなんか)を使ってデータを収集しつつ、それらを都市分析に役立てながら、交通やエネルギー削減など、都市のサービスを向上させていこうというアイデアの事を言うんですね。ここ数年で急速に認識が広まりつつある「スマートグリッド」も、スマートシティの大変重要な柱の一つと考えられています。

実は僕はスマートシティとは結構深い関わりがあって、と言うのも数年前バルセロナ市がダブリン市やヘルシンキ市と一緒に立ち上げたEUプロジェクト、ICING(Innovation Cities of Next Generation)の交通分野の責任者をして以来、スマートシティやインテリジェントシティと名の付いた数々のプロジェクトに関わる機会があったからです。



ICINGが動き出したのが2004年、立ち上げ始めたのが2002年の事ですから、このプロジェクトはヨーロッパの中でもスマートシティの走りと言っても過言ではないと思います。ちなみにその後、欧州工科大学の前身となる分科会(みたいなの)のエネルギー分野を「(何故か知らないけど)カタルーニャが引き受けましょう」とか州政府が口走っちゃったもんだから、みんながあたふたした挙げ句、とある公的機関のスマートグリッドに関わっていた事もありました。

と言う訳で、今週は日本を始め、ヨーロッパやアメリカなんかからひっきりなしにくるお客さんとのミーティングが会議の合間に「これでもか!」っていう勢いで入ってたんだけど、そんなかなりキツキツのスケジュールの中でも僕が密かに楽しみにしていたのが、今回の会議場の見学だったんですね。何でかって、今回スマートシティの会場になっていた所こそ、日本が誇る世界的建築家、伊東豊雄さんがデザインされたバルセロナ国際見本市会場Fira Barcelonaだったからなんです。



この建築、実は数年前に完成していたのですが、今までなかなか時間がとれなかった事も相俟って、ゆっくりと見学する機会に恵まれませんでした。と言う訳で、今回は国際会議の参加者として、じっくりと空間を体験してみたいと思います。

と、ここまで書いてきて何なのですが、この建築の真の価値と言うのは、その建築的空間の質もさる事ながら、この建築がこの場所に計画された意味、つまりはバルセロナ市の都市戦略と共に考えないと正しい評価は出来ないと思うんですけどね。この国際見本市のロケーションがバルセロナにとってどれ程重要かという事は、この建築が完成するのに合わせて、わざわざ徒歩5分の所に州政府が地下鉄駅を創り出した事にも見られると思います(この話は長くなりそうなので又今度)そんな事を思いつつ、最寄り駅のエスカレーターを昇っていたら、こんな風景が見えてきました。



同じく伊東さんによるツインタワーのお目見えです。見本市会場の真横に立つこの独特な形をしたツインタワーは、以前IKEAに買い物に来た時に外観だけチラッと見たのですが(地中海ブログ:バルセロナのIKEAに行ってきました:IKEAに見る家具店のエンターテイメント化)、つい先日、所用でピカソ美術館に行ったら、お土産売り場でこんなものを発見!



バルセロナのスカイラインを切り取るシルエットを集めた壁掛け(かな?)。で、驚いたのが、サグラダファミリアやフォスターのテレビ塔なんかに混じって、早くも伊東さんのツインタワーがバルセロナの新しいシンボルとして選ばれていた事ですね。



このデザインが良いのか悪いのか、僕にはよく分からないけど、他の建物とは明らかに違う、ある種のアイデンティティみたいなモノを持っている事は確かだと思います。それを横目に見ながら3分程歩いて行くと見えてくるのがコチラです:



バルセロナの新名所、国際見本市会場(Fira Barcelona)のお目見え〜。多分この建築を訪れる大半の人達というのは、最寄り駅からアプローチしてくると思われるので、当然の事ながら、この建築はそのアプローチを意識したデザインとなっています。もっと具体的に言うと、この建築は見る位置によって印象がかなり違ってくるんですね。



ここから見える風景は「空」を切り取る端部が繰り返し現れるデザインがキーかな。



逆に、ここから見えるデザインは、横にビヨーンと長く伸びたデザインが目指されていて、非常にリラックスしたデザインとなっていますね。



その一方で、ファサードにくっ付いてるイソギンチャクを大判焼きにしたというか、エヴァンゲリオンに出てきそうというか、これが何を意味しているのかは不明。



側面の方に廻ってみると、このイソギンチャクの大判焼きが一つのパターンとなって繰り返し現れるデザインが展開してるんだけど、こちらもこの形とパターンが一体何を意味しているのかは不明。まあ、これだけ繰り返し現れるモチーフなんだから、何かしら重要な意味があるのだとは思うんだけど、僕には読み取れませんでした。 そんな事を考えつつ、いよいよ中へと入って行きます。



エントランスホールは流石に気持ちの良い空間が展開していますね。



天井は伊東さんお得意の自然光を取り入れる明かり採り+柱のミックスデザインになってるし。そんな中でも特に印象的だったのは、入った瞬間に目に飛び込んでくる情報パネルの発光するワッカでしょうか。



このワッカが赤になったり青になったりして、その光が真っ白な空間に彩りを与えていました。こういう情報系のパネルっていうのは、基本的に「本質的な空間の質」には影響を与えないと思うんだけど、この空間ではそれが主役になっている様な気がします。



逆に言うと、これは「そこしか見所がない」という事の裏返しだと思います。

間違ってもらっては困るんだけど、僕は別に、タッチパネルなどを用いたデザインを否定する訳ではなくて、逆にその様な新しいデザインが空間に与える影響みたいなものに非常に興味があるし、現に僕が仕事でやってる事というのは、そちらに近い事だとも思います。だからこそ、そのデザインの可能性と限界も手に取るように分かってしまって、もしもそっち系でいくのなら、それなりのやり方があると思うんですね。僕が見る限りこの空間はその様なデザインにはなってはいません。

今週はスマートシティ国再会議と平行して、もう一つ別の国際会議が行われていたので、この建築のもう一つの見所であると思われる、各会議場を繋ぐ連結部分に入る事は出来ませんでした。エントランスホールの印象がイマイチだったので、今度はそちらの方の空間に期待したいと思います。

追記:
今年のスマートシティ賞都市部門は横浜市が受賞しました。
| 建築 | 07:07 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
グラシア地区歩行者空間計画BMW賞受賞
大変嬉しいニュースが飛び込んできました。以前僕が担当していたバルセロナのグラシア地区歩行者空間計画がBMW賞を受賞しました!BMW賞というのは、優れた都市計画などに贈られる賞として、都市計画のメッカであるバルセロナは勿論の事、スペイン中の建築家や都市計画家達が「今年はどのプロジェクトが選ばれるんだろう?」と、固唾をのんで見守っている賞の事なんですね。この賞が何故これ程注目されるのかというと、その年の受賞プロジェクトが、ある種の「モデル」として、他の都市のお手本にされるという背景が少なからずあるからです。



グラシアの歩行者空間計画については今まで散々書いてきたのですが、手短に言うと、自動車の排気ガスや騒音に塗れまくっていた地区を歩行者中心で緑溢れる地区に変えちゃおうっていう、当時としては大変画期的な計画の事です(地中海ブログ:グラシア地区祭り:バルセロナの歩行者空間プロジェクトの責任者だったけど、何か質問ある?)。まあ、それが故に、当時は近隣住民からの反対が凄くって、毎週末の様にデモが行われたり、「バルセロナ市役所は何も分かってない」みたいなプラカードを乱立させられたりと、計画が終わる直前まで気が気で無いプロジェクトでした。

その後、アスファルトの舗装や信号機の調整、そして植栽など全ての計画が完了した後の歩行者の実態調査とその分析も引き続き僕が担当してたんだけど、その調査結果によると、このエリアを訪れる歩行者と自転車の数が劇的に増加して、更に個別インタビューを行った所、近隣住民を始め、商店の人達などの満足度が以前に比べて伸びている事などが分かってきました。当然と言えば当然で、と言うのも、歩行者が増えれば商店の前を通る人の数が増加し、それだけ売り上げに結び付く「可能性」が高まるからです。

この計画を皮切りに、バルセロナ市内では22@地区の歩行者計画(地中海ブログ:22@地域が生み出すシナジー:バルセロナ情報局(Institut Municipal d'Informatica (IMI))、バルセロナ・メディア財団(Fundacio Barcelona Media)とポンペウ・ファブラ大学(Universitat Pompeu Fabra)の新校舎)、そしてヨーロッパにおいて最もサステイナブルな都市の一つとして知られている(というか、日本ではさっぱり知られていない)バスク地方のビトリア市でも、次々とこの歩行者空間計画を採用し始め、僕もこれらの計画に駆り出される事となったんだけど、ビトリア市の計画なんかは今思い返してみても「結構良く出来てたなー」なんて思ったりしちゃいます(地中海ブログ:フランクフルト旅行その3:広告としての緑の都市計画)。



都市内を歩行者空間にするだけでなく、都市を取り巻く様に「緑の指輪」を創り出す事によって、都市の境界を明確にすると同時に、際限無いアーバニゼーションを抑制しつつ、更にはそのエリアを緑溢れる公園として解放するという計画を立案、そして実施したんですね。

これらの計画に見られるように、今、ヨーロッパの諸都市では明らかに自動車を都市から追い出し、そして歩行者中心の都市に移行していこうという意図が見られます。勿論これはそんなに簡単な話ではなくて、自動車というのは(ある意味)都市経済を回しているモーターでもある事から、それをあまりにも排除してしまうと、今度は都市の経済活動が停滞してしまうという、ある種の矛盾をも抱えているからです。

故に歩行者空間を計画する際に重要だと思われるのは、都市という大きな枠組みの中において、「どの地区をどういう位置付けにしたいのか?」という、都市全体から見た時の都市戦略だと思います。それが全てであり、今までのバルセロナの都市計画における成功の鍵はそこにあったと言っても過言では無いと思います。

何はともあれ、嬉しいニュースでした。

追記: バルセロナのレストラン情報で書こうかと思ったけど、書く程でもないのでココに書いちゃおう。昨日友達に連れて行ってもらったレストランで、生まれて初めてエスカルゴを食べました:



初めは、「ぎゃー」とか思ったんだけど、食べてみたらこれが意外に美味しかった。普通のエスカルゴみたいに大粒ではなくて、カタルーニャ特有の小さいサイズのカタツムリ。バルセロナに来られたら、一度試されてみるのも悪くはないかも。
| スペイン都市計画 | 07:48 | comments(10) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
バルセロナの1つ星レストラン、アルキミア(Alkimia)のとってもお得なランチメニュー
今週中頃からバルセロナは急に涼しくなってきて秋の様相を呈し始めてきました。秋と言えば「食欲の秋」という訳では無いんだけど、今週は本当によく食べた。「人間ってこんなに食べれるのか?」ってくらい食べた気がする(笑)。朝食はバルセロナで2番目にクロワッサンが美味しいと評判のカフェEscribaに始まって、お昼は前菜からデザートまでしっかり食べた上、夜もガッツリとディナーを食べちゃうって言う食べ三昧の一週間だったんですね。そんな中、「普段は行かない、ちょっと変わったレストランへ行ってみよう」と言う事になり、バルセロナ市内にある1つ星レストラン、アルキミアに行ってきました。



コンタクト Address: Industria 79
Tel: 932076115
Web: www.alkimia.cat

サグラダファミリアの近くにあるこのレストランでは、値段の違う3つのコース料理が提供されていて、一つ星なのにお値打ちなランチが気軽に楽しめちゃうって言う、大変嬉しいレストランとなっています。バルセロナ在住の知り合いの料理人に言わせると、この質の料理でこの値段ならコストパフォーマンス的には申し分無し、「超お奨め」という事を繰り返し言っていました。

このお店のポイントはランチメニューが3つのランクに分かれている事、そしてその一番下のコースが3皿(プラス2皿のお通し&デザートと乾き物)で35ユーロと言うコースを提供している事だと思います。間違っちゃいけないんだけど、これは値段の問題じゃなくて、料理の量の問題です。星付きレストランって、概して料理が無茶苦茶出てくるので、食べ終わる頃にはお腹一杯を通り越して、気持ち悪くなる事が多いんですね。世界一のレストランと名高いエル・ブジなんて20皿近く出てくるそうで、帰り道のタクシーの中でお客さんが吐いたりすると言う噂を結構良く耳にする程です(苦笑)。その点、この35ユーロのランチメニューだったら、全部あわせて5皿程度なので、お腹は一杯になるけど、気持ち悪くなる程ではありません。

と言う訳で、今回はこのアルキミアに行こうという事になったんだけど、お店に入る前にちょっとしたビックリがありました。実はこの一つ星レストランの真横には中国人の方が経営していると見られる「なんちゃって日本食レストラン」があるんだけど、その店の前に置いてあるメニューを見てビックリ:



何かメニューの中に「海老の」とか書いてある(笑)。「海老の・・・何?」みたいな(笑)。スゴイ気になる・・・もしかしてこれは、「海老の何か」と言う事を匂わせておいて、それが気になってしょうが無いお客さんに注文させるって言う、かなり高度なマーケティングなのか?とか思ってしまった(笑)。まあ、冗談はこれくらいにして、早速レストランの中へ入って行きます:



中は結構こじんまりとしていて、10組も入れば一杯になってしまう程なんですね。ちなみに僕達が行った時には、10組中4組が日本人のグループでした。



室内は狭いながらも各テーブルには絵画が掛けられていたりして、ナカナカお洒落な空間に仕上がっています。そうこうしている内にメニューと共に運ばれてきたのがコチラです:



細長いパン・・・かな?ポッキーみたいな感じと言ったら良いのでしょうか。食べてみるとカリカリでなかなか美味しい。そして今日一つ目のアミューズがコチラ:



小さなコップの上にはサラミ、そして下に入っているのはパン・コン・トマテの液体版だと説明された気がするんだけど・・・と思って飲んでみたら、やっぱりパン・コン・トマテの味がする!パン・コン・トマテと言うのは、カタルーニャ地方に伝わる伝統的なパンの食べ方で、パンにトマトを塗りつけて食べる料理なんだけど、ちょっとお洒落なレストランでは、アミューズにこのパン・コン・トマテをスープとかにして少し崩した様な形で出している所が多くなってきた様な気がします。流行ってるんでしょうかね?そして今日2つ目のアミューズがコチラです:



サーモンとイクラとカリカリのパンみたいなのが混ざった料理。イクラは久しぶりに食べたけど、まあ、普通に美味しいかな。特に特筆する程でも無し。そうこうしている内にパンが運ばれてきたんだけど、このパンが美味しかった:



中に大粒の胡桃が入ってるアツアツのパンなんだけど、最近行ったレストランの中では圧倒的に一番美味しかったかな。このレベルのパンを出しているのは、グラシア地区にあるShojiroくらいじゃないのかな?(地中海ブログ:バルセロナの食べ歩き方:星が付いても全然不思議じゃないと評判の日本人シェフのレストラン、ショウジロウ(Shojiro))。そしてようやく今日の一皿目の登場です:



ガリシア風タコ煮と焼き豚(かな?)のコカ。先ずは盛り合わせに注目。流石に一つ星と言うだけあって、飾り付けの気合の入り方が違う。正に芸術品と言うに相応しく、凄く綺麗。食べるのが勿体無いくらいです。



味の方はと言うと、タコの柔らかい事!これは美味しい!タコ煮はガリシアで食べまくったんだけど、それに勝るとも劣らない、素晴らしい仕上がりになってます。焼き豚みたいなのもタコに凄くマッチしてる。料理記者歴4年足らずだけど、「大変おいしゅうございます!」。一皿目から格の違いを見せ付けられてしまった。そして今日の二皿目:



牛の首の肉(って説明された気がする)。牛の首って、初めて食べたけど、とりあえず凄く柔らかい。お味の方はと言うと、少し苦味があって、かなり独特。普通の牛肉とは全く違うので、これは好き嫌いが分かれるかな。ちなみに上に載ってるのは、玉ねぎの揚げ物です。そして今日の3皿目:



魚(何の魚かは忘れた)。プリプリの白身魚を大変まろやかなクリームソースで頂く一品。抜群に美味しい。下に敷かれているのは、この地方の名物、白インゲンと、ブロッコリー。このブロッコリー、最初は魚の卵か何かかな?と思ったんだけど、口の中に入れてみたら、物凄く酸味が利いていて、白身の魚のクリーミーな味付けに「これでもか!」と言う程マッチしてる!凄く美味しい。それしかコメントのしようが無い!

満足、大満足です。ここまででお腹は既に一杯なんだけど、ここからはデザートのオンパレードが始まります。と言う訳で、今日のデザートはコチラ:



カボチャのプリン(みたいなの)とチーズケーキ(の味がする)アイスクリーム。カボチャの甘みが素晴らしい。アイスクリームの方は爽やか。それ程お腹に溜まる事も無く、美味しく頂けました。そして乾きものの登場〜。



こちらはチョコレートの祭典(笑)。占めは勿論コーヒーで。



満足、非常に大満足です。味だけでなく、行き届いたサービスといい、落ち着いた空間といい、文句の付けようがありません。そしてこのメニューが35ユーロって言うのは、どう考えても安い気がする。

日本人の頭の中には「高い物=良い物」みたいな等式があると思うんだけど、普通の日本人がこのレストランでコース料理を食べるなら、この一番安い35ユーロのコースで十分だと思います。と言うかコレがベストな選択でしょうね。値段が一番安いからといって決して手を抜いている訳ではなく、定番モノもちゃんと入ってるし、何より食べた後に気分が悪くならない(笑)。何度も繰り返すけど、星付きレストランで重要なのは、「価格」と言うよりも、出てくる「料理の量」です。折角の楽しい観光なのに、お腹を壊したら元も子もありませんからね。あー、美味しかった!
| レストラン:バルセロナ | 03:53 | comments(7) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
グラシア地区祭り:バルセロナの歩行者空間プロジェクトの責任者だったけど、何か質問ある?

街路の飾り付けなどが結構凄いと評判の、バルセロナのグラシア地区祭りに行ってきました。って言っても先週の話なんですけどね。何で先週のネタを今頃になって書いてるかって、何か最近、ミーティングやら何やらでハチャメチャに忙しくって、なかなかこの話題を書く時間が無かったからです。最近余りにも暑いので、夏バテって噂もあるんですけど(苦笑)。

グラシア地区といえば、アーティストや映画関係者を中心としたクリエーター関係の人達が多く住んでいたり、エラスムスなんかで来ている学生にとっては、「市内で住みたい地区ナンバーワン」に選ばれる程お洒落な地区として知られてるんだけど(地中海ブログ:ちょっと気になる広告:エラスムス(ヨーロッパの大学間交換留学プログラム:The European Community Action Scheme for the Mobility of University Students : ERASMUS)の実態???)、この地区にこれ程の賑わいを齎しているのは、地区全体の街路レベルに入っている店舗の数とその多様性、そしてそこに広がる歩行者空間だと思うんですね。



グラシア地区って数年前までは細い街路にさえも沢山の車が入り込んでて、正に「公共空間が車に乗っ取られてる」って言う典型的な状態だったんだけど、その様な「街路=公共空間を人々の手に取り戻そう!(岡部明子さん)」と、地区内への車の出入りを禁止して、住民が安心して歩いて暮らせる街路空間に生まれ変わらせるという計画が数年前に持ち上がりました。その計画が実行されて以来、この地区には沢山の魅力的なお店がオープンしだし、それにつれてバルセロナ中から人々が集まる様になり、その相乗効果でバルセロナでも一、二を争う程のお洒落な地区に変貌を遂げたと言う訳なんです。



まあ、つまりはこの地区の公共空間政策は大成功で、その証拠に、この辺りの地価っていうのは軒並み上がってて、云わばジェントリフィケーションの傾向が見られる訳なんだけど、このグラシア地区の歩行者空間計画の責任者してたのって、実は僕なんですよね(地中海ブログ:バルセロナモデル:グラシア地区再開発)。嘘の様なホントの話(笑)。

多分、このブログの読者の皆さんなんて、「えー、cruasanって、日中はコーヒーばっかり飲んで、夜はパエリアを食べまくって、「美味しいー!」とか、かなり適当なコメントしてる人じゃないのー?」とか、「年がら年中休みで、その度に旅行ばっかり行ってて、何時働いてるか分からないー!」とか思ってる人、多いんじゃないでしょうか?・・・し、失礼な、冗談じゃない!当たってます(苦笑)。

最近、夕涼みにと思って「ダンテの神曲、地獄篇」を読み返してるんだけど、「cruasanがパエリアばっかり食べてノホホンとしてる」とか思ってるあなた、ダンテと一緒に地獄に落ちてください(笑)。ちなみにスペイン語版の「ダンテ神曲、地獄篇」の挿絵を書いているのは、今やヨーロッパを代表するカタラン人アーティスト、ミケル・バルセロ氏です(地中海ブログ:スペインを代表する現代アーティスト、ミケル・バルセロ(Miquel Barcelo)の展覧会:La Solitude Organisative)。このスペイン語版のダンテ神曲は、ミケル・バルセロ氏の絵を見るだけでも価値ある書籍となっていると思います。



こんな味のある挿絵の数々が差し込まれている事などから、スペイン語が読めなくても十分、ヴィジュアル的に楽しめる本となっているんですね。

さて、で、今日の本題なんだけど、上にも書いた様に最近は本当に忙しかったので、日中はゆっくりとお祭りを見に行く事が出来ず、結局行く事が出来たのは最終日の深夜0時を過ぎた頃でした。でも、そこはやっぱりラテン系!深夜になってもお祭りは収束の気配を全く見せず、逆に駅から地区内へと流れ込んで来る人の波が段々と多くなってくる程で、今正にお祭りは盛り上がりの絶頂を迎えようとしている所でした。



しかもその辺の広場では子供達がサッカーボールとか蹴って遊んでるし・・・夜の3時過ぎですよ!良い子は寝る時間でしょ?「こんな環境の中からメッシとか出てくるのかなー」とか思って、妙に納得してしまった。そんな永遠に続くかの様なお祭りの背景を演出しているのが街路中に所狭しと飾り付けられた出し物達なんだけど、これがちょっと凄いんです:



各街路毎に個性があって、こんな感じで大変手の込んだ作品に仕上がっているんですね。そしてそこではミニコンサートなんかが開かれていて、その音楽性によって、まるで各街路の特徴が醸し出されているかの様ですらありました。



キャラクター関連も沢山あったんだけど、ピーターパンとか宇宙人とか、聞く所によると、この飾り付けを用意する為に、近隣住民が街路毎に1年も前から着々と準備を進めてきたのだとか。これなんて、本当に綺麗だった:



暗闇の中に浮かび上がる灯篭みたいなものが、まるで我々を幻想の世界に運んでいってくれるかの様で、体感気温が5度は下がった様な気がします(笑)。



今回は本当に時間が無くてホンの一部しか見る事が出来なかったんだけど、久しぶりに良いものを見させてもらったなー。

グローバリゼーションが世界中を席巻し、隣に住んでいる人の顔さえ知らないという状況が当たり前になってきている今の世の中において、このようなローカルなお祭りが今でも残っているという事、そしてそれが近隣住民主導で行われているという事は、この地区には依然として近隣住民の確固としたネットワークが残っていて、それが非常に活発且つ、精力的に働いているという事を意味するんですね。そんな住民側からのソフトパワーがあるからこそ、この地区の歩行者空間計画と言うハードな計画は成功したんだと思います。そしてそれこそが、今世紀最大の課題であり、我々の都市が必然的に抱えてしまう都市の闇、ジェントリフィケーションに対抗する一つの手段なのかもしれません(地中海ブログ:都市の闇:ヴェネチア(Venezia)の裏の顔とジェントリフィケーション(Gentrification))。

「街路における活気が生まれてくる背景には近隣住民の固い絆があり、歩行者空間計画というハード面での改善は単に彼らの背中を押すに過ぎない」と言う僕の仮説は間違ってなかった。あの計画から早5年、今やっと、あの時の仮説が住民達の目に見え始めようとしています。

追記(2015年8月18日)
今年のverdid通りの飾り付けのテーマは「日本」だそうです。で、これが結構よく出来てる!




鳥居には「ベルデイ」の文字が!上手く書けてる。もし「イ」が「ィ」だったら完璧(笑)。いたる所に日本語が乱立してて、これはこれで結構面白い:



「地元愛」っていうところが、このエリアを愛する人達の心情がよく出てて良かったかな。



そして海外の人達に大人気の伏見稲荷大社の登場〜。



お相撲さんも居たりします。
Verdi通りは今年の大賞を受賞したそうです。おめでとー。

追記その2(2016年8月21日)

今年も夏の風物詩、グラシア地区祭がやってきました!
このお祭りがやってくると、「あー、夏もそろそろ終わりだなー」とか思います。

今年も非常に手の込んだ飾り付けをゆっくりと楽しませてもらいました。

その中でも特に印象に残ったのがこちら:

じゃーん、Rovira i Trias広場のラピュタのロボット(笑)。肩に草が生えてることから、このロボットは空中庭園を守るロボットですね。花とかあげてるしww

しかも結構良く出来る!

どうやらこの広場の飾り付けのコンセプトが「自然との共生」ということらしく、その自然を守る為のシンボルとしてラピュタのロボットを作ったのだとか(その辺に居た子供達談)。

 

| バルセロナ都市計画 | 03:52 | comments(5) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
映画:クリント イーストウッド監督作品:ヒア アフター(Hereafter):ハリウッドの大霊界か?
この所、バルセロナはかなり暖かくなってきて、まるで春の訪れを感じさせる様なポカポカ陽気が続いています。気温も15度を超える日が多くなってきて、個人的には正にこんな感じ:

 

もう寒いの嫌なんで、ホントに「早く春来て!」って感じなんですけどね。 そんな陽気な気候も手伝ってか、先週末は以前から見たかった映画、クリント イーストウッド監督作品の「ヒア アフター」を見る為に、我が子の様に可愛いグラシア地区にあるVERDI映画館に行ってきました(地中海ブログ:バルセロナモデル:グラシア地区再開発)。



クリント イーストウッド監督と言えば、「ミリオンダラーベイビー」、もしくは「グラン トリノ」なんて作品を今まで見てきたんだけど、物語の構成やシンボル、そしてメタファーなんかの構造が大変良く練り込まれていて、とても面白かった印象があります。そんな経験があるもんだから、「今回の映画も面白いに違い無い!」って言う期待感があったんだけど、正に僕の期待通り!なかなか面白かった。少なくとも、わざわざ週末の夜に時間を削ってまで僕に映画評を書かせようと言う気にさせてくれるくらいの質は持っていたと思います。

と言う訳で何時もの様に僕の独断と偏見を120%発揮して大変勝手な映画評を書いてみようと思うのですが、「そんな独りよがりなcruasanの映画評なんて読みたくない」って言う地獄行き間違い無しの人や(苦笑)、「この映画は日本公開まで楽しみにとっておきたい」って人とかは読み飛ばしてください。そしてここで一応警告:

警告:ネタバレになる可能性があるので、未だ映画を見てない人はここで読むのを止めましょう。



僕が映画を見る時に常に注目しているポイントは以下の2点。一つ目は、「その映画が一体何を語りたいのか?」って言うテーマと、もう一つは、そのテーマを描き出す為の形式や構造です。これらがガチッと噛み合った時、本当に良い映画が生まれると思うのですが、そう言う観点で見ると、実はこの映画ってそれ程書く事無いんですよね(笑)。何でかって、主題も構成も物語も全て見れば分かるって言うレベルで、そこに隠された構造だとかメタファーなんかは特別無い様な気がするからです。

先ずは主題からいきたいと思うのですが、この映画が言いたい事は以下の2点。一点目は、「死後の世界と向き合う事は何も特別な事ではなく、概して日常的な事である」って事と、もう一点は、「この映画を通して死後の世界とは一体何なのか?を皆に考えてもらう事」、この2つですね。そしてこれら2点を描き出す事にある程度成功しているのでは?と思う事が、僕がこの映画を評価する一番の理由でもあります。

物語の構造としては、マット•デイモン演じるアメリカに住む男性ジョージ、セシル•ドゥ•フランス演じるパリに住むジャーナリスト、マリー、そしてロンドンに住む男の子がそれぞれに持つ死の体験を通して3つの物語が独立並行的に進んで行くと言う構造を取っています。

普通だったらこれら独立している3つの物語の間にメタファー、もしくはそれらの構造が入れ子状になってたりして関連構造が見えそうなものなんだけど、この映画に関してはその様な関連構造は全く無し。唯一ありそうな関係性と言ったら、アメリカに住むジョージは、パリに住むマリーの様な女性を必要としていて、イギリスに住む少年マーカスはジョージの様な人を必要としていて‥‥みたいな円環が描ける事くらいかな。

クリント•イーストウッドの映画においてシンボルやメタファーが登場しないって言うのはハッキリ言ってちょっと珍しいと思うんだけど、実はそれらが登場しないと言う事が、この映画においては非常に重要なポイントで、それこそが、ある種のメタファーになっているんですね。

どういう事か?

それはこの映画の主題の一つが(上述した様に)「死後の世界と向き合うと言う事は、何も特別な事ではなくて、ごく普通の事なのだ」って事を描きたかったからなんです。だから敢えて非日常を意識してしまう様なメタファーやシンボルなんかは使わずに、直接的な表現を用いる事によって、その様な日常性を描き出したんだと思うんですよね。そしてこの映画は、そんなごく普通の日常を描き出す事に、「これでもか!」ってくらい成功している。この点こそが、この映画の成功の秘密なのかも知れないのですが‥‥。

さて、良く言われる事であり、誰もが勘違いしてしまう事でもあるんだけど、「映画監督がその映画を通して言いたい事」と、「映画作品自体が語りたい事」と言うのは区別する必要があります。何故なら映画作品と言うのは、監督の手を離れた瞬間から独立して育っていく生き物の様な存在なのだから。

その事を認識した上で、それでも僕は敢えて言いたい。この映画に隠された重要な主題、それは、「この映画は何を隠そう、イーストウッド自身が自分の為に創ったものなのでは?」と言う事なんですね。

1930年生まれの彼は今まで、映画監督、俳優そしてプロデューサーとして数多くの作品を手掛け、同時にトップスターの地位を確立してきました。しかしそんな彼も今年で80歳。今まで色々な経験をしてきた彼も、そろそろ「自分の人生の後の事」に興味が出てきたのかなー?とか思う訳ですよ。そしてそれを他の人達と共有したい、他の人達は果たしてどう考えているのか?そんな出発点から出てきたのが今回の映画なのでは?と僕は勝手に思っています。だからこの映画は、その仕掛けの一つとして、映画を見終わった後に、「ねえ、死後の世界ってあると思う?」って言う会話を誘発する様に創られているんですよね。かく言う僕も見事にその術にはまり、その後数日間は、ずーっとその話題で盛り上がっていました(笑)。

で、この映画を見ている時にふと思い出したのが、僕が中学生の頃に一世を風靡した丹波哲郎さんの大霊界シリーズ、「死んだらどうなる?」とか、「死んだら驚いた」なんだけど、あれも実は丹波さん自身の興味から創られた映画で、当時、興行的に大成功だったんですよね。何でかって、あれを見に来た人って言うのは、おじいちゃん、おばあちゃん世代で、彼らも又、自分が死んだらどうなるのか?って言うのが知りたかったからなんだと思います。

何はともあれ、今回の映画は、その形式や構造こそ凝ってはいないのですが、そこで語られているテーマは非常に明確で、「見た後色々な事に思いを巡らせられる」と言う事を考えると、良質な映画だと言えるかと思います。 一見の価値ありかも。
| 映画批評 | 03:31 | comments(2) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
Barcelona Oportunity Weekに見るバルセロナの都市戦略
今週バルセロナではレストランやホテル、美術館や映画館などが一斉に半額(もしくはそれ以下)になるイベント、Barcelona Oportunity Weekを開催しています。



このイベント、一体どういうモノかと言うとですね、「普段は高すぎてとても入れない様な星付きレストランを市民の皆さんに楽しんでもらおう」とか、「市内にある様々な魅力的な文化施設を是非この機会に知ってもらおう」とか、まあ、こう言う趣旨の下に始められた、バルセロナ市全体を挙げてのお祭りなんですね。

このイベントの為に作られたホームページで、今回割引になる様々なサービスを見る事が出来るんだけど、その中には、市内にある1星レストランGaigが25ユーロと言う破格の値段でコース料理を提供していたり、市内の美術館や博物館などが時間帯によって無料開放されていたりと、一般市民の人達にとって大変魅力的なプログラムとなっています。

かく言う僕も、「この機会を利用するっきゃ無い!」って訳で、今週火曜日に市内の映画館で催されていた、「1枚の入場券で2人入場可」って言う超お得なプロモーションを使って、今話題の映画、「ソーシャルネットワーク」を見てきました。

 

この映画は(日本以外の)世界中で大旋風を巻き起こしているFacebookが、一体どのように創り出されていったのか?そしてそこに渦巻いている人々の欲望や裏側などを描いたって言う超話題作なんだけど、見に行ってみた感想は‥‥ここでコメントする程でも無かったかな。唯一点だけ‥‥友達は大事にしようと思いました(笑)。

さて今回、Barcelona Oportunity Weekに実際に参加してみて僕が「凄いな」と感じた点は以下の2点:

先ず一点目は、このイベントには、ホテルやレストラン、映画館など、実に様々な業種の人達が参加していると言う点が挙げられます。そしてこの点こそが、Barcelona Oportunity Weekを特別な地位に押し上げていると思うんだけど、つまりは、「街全体を巻き込んだ」と言う所に、先ずは最初の重要なポイントがあると思うんですね。そして、そんな事が出来てしまうバルセロナの底力と言うものには、何時も感心させられてしまいます。



実は最近、バルセロナではこの手のイベントが結構企画されてて、去年の12月前半には、バルセロナの目抜き通り、グラシア大通りに軒を構える数多くの服飾関係のお店などが、夜の12時まで店を開けると言う、The Shopping Night Barcelonaと言うイベントが開催されていました。



お店の中ではシャンパンやワインが振る舞われたり、大通り側には仮設のディスコなどが設けられ、夜遅くまで若者などで大層な賑わいを見せていました。

近年これらのイベントが頻繁に催される背景には勿論、昨今の経済危機の影響などから、「今までの様に単にモノを売ってるだけでは駄目だ!」って言う業界側の焦りみたいなモノが垣間見えるんだけど、それ以上に、僕の目には、その背後に横たわってる「バルセロナ市の都市戦略」みたいなものが映り込んできます。

「それが一体何なのか?」を考えるには、昔、ジョルディ・ボージャが言っていたこの言葉を思い出す必要があります:

「都市を売り出すと言う事が良く話題に上りますが、その最大の売りは、市民でなければなりません。‥‥そして市民自らが誇りを持つ事を忘れてはいけません。」

そう、今回のイベントは、正に、そんな自分の住んでいる都市の魅力を知って貰う事を通して、市民自身の魅力を高めるって言う狙いがあるんじゃないのかな?

そして、「都市の重要な経済活動は工業でも、サービス業でも、金融でもない。それは“おしゃべり”だ」って言う、ピーター・リースの言葉に表されている様に、そんな自分の都市の魅力を良く分かった市民達が、他の都市の住民に、「どんなに自分の都市が素晴らしいか」を口コミで伝える事程、効果的な広告はありません.

そう考えると、今回のイベントは、実は相当手の込んだバルセロナの都市戦略と考える事も出来るのでは無いのでしょうか?

それは、高速鉄道を引くとか、ある地域を文化の集積地にするとか、そういう分かり易く、そして直接的に結果が見える様な計画なのではなくて、「市民に働きかける」って言う、かなり間接的な戦略なんだけど、実はこういう地道な働きかけこそが、都市にとってのかけがえの無い財産になると思うんですよね。何故なら、その都市にとっての最大の財産は、その都市に住む市民に他ならないのだから。
| 都市戦略 | 06:54 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
オープンハウス in バルセロナ(48 OPEN HOUSE BCN)その3:ホセ・ルイ・セルト(Josep Lluis Sert)のパリ万博スペイン共和国館
オープンハウス2日目の午後は1937年のパリ万博の為にホセ・ルイ・セルトがデザインしたスペイン共和国館に行ってきました。

この建物は、
1936年から1939年にかけて行われていたスペイン市民戦争中にパリに移り住んでいたセルトによってデザインされたのですが、この建築が建てられた経緯やコンセプト、そしてその実現過程を追っていくと、今までは全く知られていなかったホセ・ルイ・セルトと言う建築家の別の側面が見えてくる様で興味が尽き無いんですね。

セルトはこの建物のデザインや展示物を通して「あるメッセージ」を国際社会に投げかけたかったと言う事は良く知られているのですが、岡部明子さんは彼女が最近出版した著書、「バルセロナ:地中海都市の歴史と文化」の中で、その経緯をこんな風に説明されています:


「スペインは、市民戦争の只中にありながら、スペイン共和国館を出して万博に参加した。万博は、共和国政府がなぜ戦っているのか、その正当性を主張し、国際社会の支持と支援を集める絶好の機会であった。」岡部明子、バルセロナ:地中海都市の歴史と文化


本来万国博覧会って言うのは、その国の最高の技術や製品を自国のパビリオンに集めて競い合うと言う「広告」がその基本的な機能なんだけど、最新技術や夢が詰まっていたが故に、
1960年代くらいまでは、万博こそが未来都市の様相を示していました。

「‥‥博覧会がヨーロッパの帝国主義のプロパガンダ装置として誕生し、産業のディスプレイとして発達しつつも、
19世紀におけるその成立当初より消費社会と大衆娯楽とを推進するための広告機構としての性格を有していたことに大きく起因する。博覧会は、その時代の国家と産業と大衆との関係性を、巨大なスペクタルのかたちで空間化し続けてきたのである。」森川嘉一郎、日本万国博覧会:前衛の退却

しかしですね、パリ万博が開かれた当時、国内が戦争中だったスペインでは、他国に自慢出来る様な生産物は全く無く、逆にそんなものを展示してしまえば、自国の後進性を示す事になってしまうという危険性をも孕んでいたんですね。


そんな状況の中、悩みに悩んだ末、セルトが考え出したのが、「芸術を用いて自国の先進性と共和国政府への国際支援を募る」と言う戦略でした。その戦略を思い付いた裏には、当時パリに住み、既に世界的な名声を手にしていたピカソとミロの存在があったんですね。つまりセルトはスペイン出身のピカソやミロに、自国で行われている戦争の悲惨さを題材に絵画を描いてもらえば、それがそのままスペイン館の目玉になり且つ、国際的にも反フランコと言うメッセージを広める事が出来ると考えた訳です。更に、もしピカソやミロが、このようなコンセプトに納得してくれるならば、「絵画を描いて貰う事に対する支払い料も少なくて済むかもしれない」という計算があったのかも知れません。何故なら当時のスペイン国内の状況(戦争中)を考慮すれば、このスペイン館の為に、それ程潤沢な予算が下りていたとは思えないからです。


しかしですね、ここには一つ難問がありました。


実はピカソと言う画家は、自分の芸術と政治的な問題を混同する事を敬遠する芸術家として知られていたんですね。つまり、ピカソは反フランコ派だったのですが、彼が共和国政府支援の為に力を貸してくれるかどうか?は不透明だったと言う訳です。しかしながら、ここがセルトの凄い所だと思うんだけど、交渉を通じて、最終的にピカソに「うん」と言わせる訳ですよ!その結果、この時ピカソが描いた大作が、現在は世界的に知られる所となった彼の代表作の一つ、ゲルニカだと言う訳なんです。




セルトのこのようなプロジェクトを実現すると言う「トータル・コーディネーター」としての能力は注目に値すると思います。この点は彼がその生涯で成して来た様々な事をバラバラに見ていてはナカナカ見えてこないのですが、それらを一つのリストにしてみると、彼の別の側面が浮かび上がってくる様で大変興味深い。


先ず第一に、セルトはコルビュジエをバルセロナに呼び、当時のカタルーニャ州政府大統領と引き合わせ、マシア計画なる都市計画をコルビュジエと恊働提案する事に成功しています。




更に
1947年にはCIAMの会長にセルトが就任している。これが第二の点。そして第三の点は、アメリカ亡命後、ハーバード大学のデザイン学部長と建築学科長に就任している事が挙げられます。探せばもっとあるんだろうけど、セルトと言う人物は実は、このような政治的な動きや、それらを実現する能力に大変長けていた人物なんじゃないのか?と思う訳ですよ。

実はこのような今までは全く語られてこなかった新しい視点と新しいセルト像を世界で最初に提示したのは、バルセロナの大先輩であり、僕がとっても尊敬している岡部明子さんだと思います(地中海ブログ:
とっても素敵な出会いがありました:岡部明子さんとグラシア地区を歩く)。上にも引用した岡部さんが最近出版された著書、「バルセロナ:地中海都市の歴史と文化」にその辺の事が詳しく書かれているんだけど、岡部さん、さすがだなー。言う事が違うし、目を付ける所が鋭すぎる!



さて、前置きがちょっと長くなっちゃったんだけど、今回僕が訪れてきた建築は、セルトが
1937年にパリに設計し、その後、万国博の終了と共に取り壊されてしまったスペイン共和国館のレプリカです。レプリカとは言っても内部にエレベーターが付け加えられた事を除いては、内外共に当時と全く同じ姿が再現されているんですね。



ちなみにこのスペイン共和国館の前には、 クレス・オルデンバーグ(
Claes Oldenburg)による巨大なマッチ棒の彫刻が設置されてるんだけど、これは1980年代からバルセロナが取り組んでいる都市活性化モデルの一つ、「郊外をモニュメント化しよう」という号令の下に開発された郊外活性化の道具の一つです。つまり、海外の著名な彫刻家に独特な彫刻を創ってもらう事によって、見放された郊外に何とかアイデンティティを与えようとしたんですね。これはこれでナカナカ上手い戦略だと思います(地中海ブログ: イグナシ・デ・ソラ・モラレス( Ignasi de Sola-Morales)とテラン・ヴァーグ(terrain vague)。この作品は80年代にアメリカで流行った、日常品を巨大化するというアートシーンの潮流上に載ってる作品なんだけど、確かにこれだけ巨大なマッチ棒があると、ちょっとギョとするかな。

さて、イヨイヨお目当てのスペイン館に入って行く訳なんだけど、先ず最初に気が付くのは、建物本体に対する階段の扱い方の妙ですね。




2つの異なった階段が正面に付いてるんだけど、一つは建物本体に直角に付いてる階段で、もう一つは3段程度の低く幅の広い階段が、それとは少し角度を振って設置されています。




更にこの建物に対して直角に付いてる階段と、その後ろに聳え立ってる旗との関係性の良い事と言ったらありません。ロシアアバンギャルドのメルニコフにも言える事だと思うんだけど、この垂直方向の旗が無かったら、これらの建築の印象は全く違ったものになっていたでしょうね(地中海ブログ:
エンリック・ミラージェス(Enric Miralles)の建築その3:バラニャ市民会館(Centro Civico de Hostalets de Balenya)に見る建築の質:実際に建築を訪れる事の大切さ)。こんな、垂直水平線のモダニズムの王道をいく様な正面ファサードなのですが、後方へと回ってみると、こちらにはコルビジェを彷彿させる様な不定形のスロープが建物本体にくっ付いていました。



「表と裏で扱いが違う点はなかなか面白い点だなー」と思っていたそんな時、案内役の女の子達がやってきて、内部訪問を心待ちにしている僕達に、衝撃の事実を伝えてきました
:

「セキュリティ上の関係から、今日の一般公開は外部空間のみに限られます」


「えー、そうなの!!」って、誰も声には出さなかったけど、その場に居た全員が心の中でそう思った事だと思います。何でもこの建物は、現在はバルセロナ大学に属する市民戦争関連の資料室になっているらしく、その中には貴重な資料もあるという理由から、今回の公開は見送りになったという事らしいです。ちょっとガッカリしたけど、外部空間も普段は公開されて無いし、スロープで
2階部分にもアプローチする事が出来るし、「そんなに悪く無いか」と言う事で、気を取り直して訪問GO!

個人的になかなか嬉しかったのは、当時の雰囲気を少しでも感じてもらおうという配慮からか、当時と全く同じ場所にピカソ作のゲルニカのレプリカが置かれていた事ですね。




今はマドリッドの国立ソフィア王妃芸術センターにあるんだけど、こうやって建物と一緒に見ると、全然感じが違うなー(地中海ブログ:
マドリッド旅行その2:ジャン・ヌーヴェル(Jean Nouvel)の建築:国立ソフィア王妃芸術センター(Museo Nacional Centro de Arte Reina Sofia))。で、実はココにはちょっとした逸話が残ってて、この建物の構造からいくと、ゲルニカの目の前には柱が一本立ってるはずなんだけど、それを知ったピカソが、「絵の邪魔になる!」って事で、柱を取り払ったらしい。



確かに絵の前に柱があったら邪魔なんだけど、それを言えてしまうピカソ、そしてそれを受け止めたセルトの許容力はさすがだなと思います。




万国博覧会当時は、さっき見た大階段がこの建物の正面になっていたので、来館者は先ず始めにこのゲルニカを目にする事になるんだけど、それこそセルトが意図した事でもあったんですね。そしてそんなゲルニカに衝撃を受けた来館者は中庭へと導かれます。




天井にレールが吊ってあって、日差しが強い時や雨の時などは屋根代わりになるって言う仕掛けなんだけど、このような発想は明らかに地中海のものだと思われます。明日も晴れ、明後日も晴れ、ずーっと晴れ!って言う地中海性気候が支配するバルセロナでは、中庭空間で食事を楽しんだり、ワインを片手に談笑したりするのがこの上なく気持ちが良い為、このような空間を良く見かけるんですね。更にもう一つ面白かったのは、この先にしつらえてある舞台です。




この舞台、背後のカベが直角かと思ったら、内側に少し曲がっているじゃないですか!




これにはちょっと驚きました。こうする事で、建物本体とこの舞台に挟まれた空間に、より一層包み込まれた感じ、つまり抱擁感を演出したものだと思われます。この辺に、ヒューマニズムを追求したセルトのこだわりみたいなものを見る事が出来る気がするなー。




そして最後にスロープを昇って上からこの建築を見たのですが、ここで驚くべき事を発見してしまいました。それがコレ:




不整形を描きながら昇っていくスロープなんだけど、その形を上から見ると、こんな感じに見えるんですね。何処かで見た形だなー?と思った人はかなり勘が良い。




そう、これはコルビジェが良く使う形態で、マルセイユのユニテの屋上なんかに設置されている彫刻の形態なんですね。セルトはここで、師であるコルビジェを引用している訳です。この建築については、その端正な佇まいなんかを書籍などで結構見てるつもりだったんだけど、これは知らなかった。と言うか分からなかった。やっぱり、こういう、現場へ来ないと分からない事があり、ここでしか感じる事が出来ない空間が有る事、それが建築の魅力なんだと思います。この日も大満足な一日でした。
| 建築 | 06:56 | comments(2) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
バルセロナの古本市2010
今週辺りからバルセロナはぐっと気温が下がり、朝方毛布が必要な時期になってきました。人間って勝手なもので、無茶苦茶暑かった時には「早く涼しくなれ!」とか思ってるんだけど、イザ涼しくなって見ると、「やっぱ暖かい方が良いよな」とか言ってる自分がいる。何て身勝手な生き物なんだ!僕だけか?(苦笑)でも、こういう矛盾した感情を抱えてる生き物こそ人間と言う証なんだし、そういう時こそ、「あー、生きてる」って実感出来る瞬間でもあるんですよね(と、そういう事にしておこう(冷汗))。

さて、毎年この涼しくなる季節にバルセロナの中心街で行われる僕が非常に楽しみにしている年中行事があります。それが一年に一回開かれる、バルセロナ青空古本市なんですね。



カタルーニャ広場からカサ・バトリョがある辺りまで、グラシア通りの両脇に所狭しと並べられたテントの中には、沢山の古本や古地図がずらーっと並べられ、古本好きのカタラン人や観光客で例年大賑わいを見せています。かく言う僕も昔から古本が大好きでこのお祭りを大変楽しみにしている者の一人なんですが、何故に僕が古本市が好きかと言うとですね、それは「予定調和的では無い出会いが待っているから」なんですね。これは僕が旅行好きと言う事と関係しているのかも知れないんだけど、僕にとって、旅行の醍醐味と言うのは全く予期せぬものとの出会いにあると思うんですよ。「事前に調べ上げて現物を見に行く」って言う楽しみも勿論あるんだけど、個人的には全く予想もしなかったものと出会った時の方が感動が大きいんですよね。それが一昨年偶然にも発見したベルニーニであり、昨年不意に出会ってしまったカミーユ・クローデルだったりした訳です(地中海ブログ:ベルニーニ(Bernini)の彫刻その1:サン・フランチェスコ・ア・リーバ教会(San Francesco a Ripa)にあるルドヴィーカ・アルベルトーニ(Beata Ludovica Albertoni)、地中海ブログ:パリ旅行その5:カミーユ・クローデル(Camille Claudel)の芸術:内なる感情を全体で表している彫刻作品、もしくは彼女の人生そのも

古本市もこれと同じ事が起こり得て、4年程前に全く偶然出会ってしまった本がコチラでした:



プッチ・イ・ボアダ(Isidre Puig i Boada)さんと言うガウディ研究の方が書かれたコロニア・グエルに関する本なのですが、とある古本屋のテントの片隅でこの本の表紙のデザインを見た瞬間、目を離す事が出来なくなってしまい思わず衝動買いしてしまった一品だったんですね。良い本と言うのはその本自体が力を持ってると言うか、何かしらの魅力を放っていると思うのですが、その時は中身を確認せずに「きっと良い本だろう」と確信してルンルン気分で家に帰ったんだけど、夕食後本を捲っていてビックリ!裏表紙の所に著者のボアダさん自身が書かれたと見られるメッセージとサインがあるじゃないですか!!



しかもこのメッセージは見る人が見れば歴史的価値があるものだと一目で分かるものだし・・・(興味のある方はコチラ:地中海ブログ:アントニ・ガウディ(Antoni Gaudi)の建築:コロニア・グエル(Colonia Guell)その4:プッチ・ボアーダ(Puig i Boada)とジョアン・マラガル(Joan Maragall):ガウディ新資料発見か

こんな体験も手伝ってか、毎年このお祭りには何かある!と言う全く根拠の無い自信と期待を抱きつつ、毎年来るのを楽しみにしていると、まあ、こういう訳なんです。そんなこんなで天気の良かった昨日の午後はグラシア大通りを5時間掛けて4往復してきたのですが、とある古本屋に入った時に目に留まったのがコチラ:



じゃーん、皆さんお馴染みのGA JAPANです。そう、何と、結構な数のGA JAPANのバックナンバーが山積みで置かれてたんですね。懐かしさも手伝って、かなりの時間立ち読みしてしまったのですが、その中でも特に懐かしいこの号(No.18, 1996-1/2)を買っちゃいました(ちなみにお値段の方は一冊3ユーロ、2冊でも5ユーロと言う超お買い得!)



この号が発売された当初、僕は未だ高校生だったのですが、本屋でこの号を見つけた瞬間、表紙の写真が余りにも美しく衝撃的だったので即買いしてしまった事を今でも覚えています。勿論その当時は建築を取り巻く状況なんて殆ど無知でこの本を買ったのは全くの偶然だったんだけど、この号は本当に素晴らしくて、谷口吉生さんの豊田市美術館、安藤忠雄さんのユネスコ瞑想の庭、槙文彦さんの東京キリスト教の教会と風の丘の葬祭場の計画案なんかが収録されているんですよ。更に批評座談会も二川さん、磯崎さんそして鈴木博之さんを交えた豊田市美術館の○と×、更に石山修武さんや原広司さんを交えた建築の総括と展望なんかも収録されていると言う奇跡の一冊なんですね。学生の頃はそれこそ穴が明く程見てたんだけど、まさかバルセロナで再びお目にかかる事が出来るとは夢にも思いませんでした。

そんな中でも僕が昔からかなり感動して読んでいたのが、谷口吉生建築設計事務所の宣卓さんによる豊田市美術館の材料調達時のエピソードなどを綴った文章でした(P40-41,豊田市美術館材料と工法)。この文章の核心は、豊田市美術館の印象を決定付けている外皮に用いられている大量の緑色のスレートを何処から調達し、どう加工するかと言う苦労話なんだけど、そもそも屋根材などにしか使われていなかったスレートは小さいサイズでしか市場では扱われていなかったらしく、あれだけ大きなサイズを同じ様な質で大量に確保するのは相当難しかったそうなんですね。更に北米産のバーモントスレートは加工が非常に難しいらしく、結局、石の質を確保する為に、アメリカで石を一時加工しておいて、そのまま船で輸送、そして名古屋港でウォータージェットで2次加工して現地に運ぶみたいな事をやっていたそうです。更に更に、表面に風合いを出す為に丹念に削ったり、加工が上手くいかなかった石は、床材に転用したり、はたまた、あれだけサイズの大きな石を取り付ける際、職人が仕事をしやすいようにと、足場を通常よりも壁から離して設置したと言う様な事まで考案していたらしい。

では、谷口さんは何故にそれ程まで、あの緑の石の質や精度を確保する事に躍起になったのか?それは、あの表皮を覆う大きな大きな石のサイズと精度こそが、この美術館の質を左右するという確信があったからなんでしょうね。



個人的に思うのですが、バルセロナにあるミースパビリオンも同じ様な事が言えて、あの建築が醸し出している信じられない様な建築の質は、ある意味で、表面を覆っているあの大理石のサイズと、その精度にあると思います。特にあのサイズが重要。あれがもっと小さかったりしたら、あのパビリオンは全く違ったものになってたと思う(地中海ブログ:ミース・ファン・デル・ローエ・パビリオン(Mies van der Rohe Pavilion/ バルセロナパビリオンBarcelona Pavilion:アントニ・ムンタダス(Antoni Muntadas)のインスタレーションその)。

それが分かっているからこそ、谷口さんはあの緑の石の質の確保にあれ程までの執念を掲げたんだと思います。素晴らしい執念です。そして、あんな素晴らしいデザインの裏には、目に見えない途方も無い努力が隠されていると言う事も僕達は知っておいた方が良い。一見、ごく単純に見える一本の線、一枚の壁の裏側には、凄まじい程の努力や技術が隠されていると言う事、それも「どんな形にするか」と言う、形やデザインの努力だけではなくて、それらの材料を何処から調達し、どうやって運び込み、どうやって現場で組み立てるのか?などと言った、凄まじい程の努力の結晶が、それら単純な線や壁になっている訳なんですよね。

そんな単純な一本の線から、その裏に隠された深い物語が見えるかどうか?は自分次第。自分にどれだけ深い知識とそれを見通す目があるかどうかなんですね。一見、建築と言うはその建物を「鑑賞者」が評価している様に見えるんだけど、本当に良い建築と言うのは、実は見ている「こちら側」が、その建築によって試されていると言う事が多々あります。正にミースパビリオンや豊田市美術館のような建築は、それらを体現する数少ない建築の内の一つだと思います。

日々精進だという事ですね。
| 建築 | 04:08 | comments(2) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
バルセロナの食べ歩き方:星が付いても全然不思議じゃないと評判の日本人シェフのレストラン、ショウジロウ(Shojiro)
最近忙しい。何だか知らないけど「本当にここ、スペインか?」って言うくらいミーティングやら出張やらがギューギュー詰まってる。でも僕が無茶苦茶忙しくしてるその傍らで、6時キッカリに「また明日〜♪」みたいな感じで帰っていくカタラン人を見るに付け、「あー、やっぱりここはスペインだ」と我に帰る自分がいる(苦笑)。そんな中、今日は久しぶりに時間が出来たので、「ゆっくりディナーでも楽しむか」と言う訳で、バルセロナ市内でも知る人ぞ知る名店、ショウジロウへと行ってきました。実はこのお店、名前からお分かりの様に日本人シェフの方が経営されているレストランなのですが、シェフの腕だけで見れば、いつ星が付いてもおかしくは無いともっぱらの評判なんだとか。



場所は我が子のようにかわいいグラシア地区の、もの凄く狭い路地に面した一角に位置しています(地中海ブログ:
バルセロナモデル:グラシア地区再開

コンタクト:
Address: Ros de Oiano 11

Tel: 934156548


店に入ると出迎えてくれるのは、ショウジロウさんと見られる日本人の方。



どうやらこの店はショウジロウさんと2人の弟子の合計3人でレストランの全てを回しているらしく、オーダーを取りにきてくれるのもショウジロウさんなら、お皿を運んできてくれるのもショウジロウさんと言う、ショウジロウさんが大活躍のお店なんですね。ちなみに僕はこの日本人の方がショウジロウさんなのかどうか?と言う事はサッパリ知らないのですが、多分そうなのでしょう。もしも彼が太郎さんとか言う、店の名前とは全く関係ない名前だったらそれはそれで面白いんですけどね(笑)。そうこうしている内に今日の料理が運ばれてきました。先ずはお通しから:



海老せんべいを細長くした様なもの(かな?)、揚げたてのアツアツ。ちょっと懐かしい味。そしてこちらが、この店の伝家の宝刀、自家製のパンです:



外はカリカリで中はフワフワ。しかもアツアツ!ハッキリ言って、その辺のパン屋なんか比べ物にならないくらい美味しい。それを、これまたかなり上品な味のするオリーブオイルに付けて食べると、もう絶品。僕は結構胃が小さい方なので、ちょっと食べるとお腹が一杯になってしまうのですが、この店のパンは本当に美味しいからついつい食べ過ぎてしまいます。本当にそれくらい美味しいパンなんですよ!そしてもう一つのお通し:



イカ墨とミソのスープに入った小イカ焼き。実は個人的にイカ墨が苦手なので、スープの方は少し味見して終わり。イカの方は完璧な焼き加減、そしてミソの美味しい事。濃厚、濃厚。お腹の準備も整ってきた所で、ここからが本番です。今日の一皿目がコチラ:



カタルーニャ地方のブイヤベースこと、魚の鍋料理として知られるスケット(Squet)です。海老やイカ、アンコウや貝などを焼いたり揚げたりしたものに、濃厚な魚のスープをかけた結構シンプルなものなんだけど、揚げたての食感がスープの汁を吸って台無しにならない様に、スープは食べる直前にショウジロウさん自らが注ぎに来てくれます。この辺にもこの店のこだわりが見えるなー。お味の方は文句無く美味しい!そして今日のメインがコチラ:



ヒラメの焼き物。これがもう絶品だった!身がプリプリしてて、その上、焼き加減とか最高。そして何にもましてソースとのハーモニーが抜群。この味だったら料理記者歴50年の岸朝子さんも絶対納得だと思う、「大変おいしゅうございます!」。何より驚きだったのが、魚の皮が焼いてあり付け合わせの様な感じになっていたのですが、「え、魚の皮ってこんなに美味しかったっけ?」って再発見させてくれるような味だったんですね。ちょっとこれは感動的ですらあったかな。さて、料理はココまでで終わりで、ココからはデザートに突入です。



先ずはお口直しにチョコレートクッキーの上にチーズを乗っけて、更にその上に蜂蜜をかけて食べる一口料理。蜂蜜の甘さとチーズが絡み合って、絶妙なハーモニーを醸し出しています。そして今日のデザート一皿目がコチラ:



ピーチのシャーベットにクリームみたいなのがかかってて、更にオレンジの輪切り揚げが添えられている料理。このオレンジの揚げてあるのは、おそらく人生で初めて食べたんだけど、結構いけるかも。シャーベットもヒヤッとしてて、満腹のお腹にはとっても嬉しい一品です。そしてデザート2皿目がコチラ:



オルチャータ(Horchata)と呼ばれる、スペインの夏の風物詩であるキハマスゲの地下茎の絞り汁に砂糖や蜂蜜を混ぜて作られるジュースを固めて、それをチョコレートと一緒に食べるデザート。まさかオルチャータがこんな形で出てくるとは夢にも思わなかったんだけど、チョコレートとかなりマッチしてて、凄く美味しい!そして勿論シメはコチラ:



コーヒーとプチフールです。



クッキーやマスカットなど、
4種類のプチフールも、多すぎず少なすぎず、丁度良いボリューム。今日のディナーを締めくくるのには持って来い。

満足、大満足です。最初から最後まで、この質を保ってるのはちょっとすごいかも。そして驚くべきはお値段の方なのですが、この質でこれだけ食べて、何と、このコースが35ユーロ!「えー、本当?!」って本当なんです。ただ、パンやら飲み物やらは別なのですが、それでも一人43ユーロくらいだから、この質でこの値段なら無茶苦茶お値打ちだと思います。更に更に驚くべき事に、このレストランではお昼のランチをやっているのですが、2皿+飲み物&デザート込みで、何と18ユーロと言うコースがあるんですね。しかも勿論料理の質は夜と殆ど変わりません(皿数は勿論減りますけど)。最近バルセロナでは一見お洒落で、お値打ちっぽいレストランがあちらこちらに出来ているのですが、その殆どが「見た目だけ」と言う所が少なくありません。そんな中、このショウジロウで提供されてる料理はそれらとは一線を画する料理と言っても過言では無いと思います。ハッキリ言ってすごくお奨めのレストランです。一度お試しあれ!
| レストラン:バルセロナ | 22:16 | comments(9) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
スペインの民主主義始まって以来の歴史的なデモ:新カタルーニャ自治憲章案に関して
710日午後6時、バルセロナの目抜き通り、グラシア通りを中心にバルセロナの中心街を赤と黄色のカタルーニャの国旗を羽織った人々が多い尽くしました。



その数なんと110万人!当然の事ながら市内の交通は麻痺状態で100メートル程度の道を横断するのにも、何と30分もかかる始末!!僕は比較的中心に近い所に住んでるので、昨日のデモには自宅から歩いて行ったんだけど、まさかこれ程の人達が集まっているとは夢にも思いませんでした。




昨日のエントリでチラッと書いた通り、このデモはカタルーニャが長い事温めてきた州レベルの憲法に相当する「新カタルーニャ自治憲章案」の一部内容が憲法裁判所によって拒否された事に端を発しているんですね(地中海ブログ:
グローバリゼーションの中における現在のナショナリズムについて:ワールドカップとカタルーニャ新自治憲章案)。

カタルーニャとしては、欧州(EU)やスペインといった関係の中でカタルーニャの発言権を最大化する事を目的として今回の新憲章を練り上げてきたのですが、その甲斐あって、2005年にはカタルーニャ州議会で可決され、翌年20065月には国会で承認されるに至りました。しかしですね、それに不服を唱えたのがスペイン保守の国民党(PP)。「新カタルーニャ自治憲章案には違憲な部分が含まれている」と憲法裁判所に訴え、度重なるイザコザを経て憲法裁判所が審議に入ったのが数年前の事。そしてようやく先週、憲法裁判所の見解が帰って来たのですが、その内容が不服だという事で昨日のデモに至ったという事は昨日のエントリで書いた通りです。




新カタルーニャ自治憲章案に対する憲法裁判所の見解については次回のエントリに書くとして、ここでは昨日僕がデモに参加してみた感想と今日の新聞に載っていた記事なんかも加えて検証してみたいと思います。


先ず初めにハッキリさせておかなければならない事があるのですが、それは昨日のデモの目的なんですね。何故なら「昨日のデモが何故行われたのか?」、それをとかく勘違いしているカタラン人が多いのではないか?と思うからです。昨日のデモの真の目的、それは「新カタルーニャ自治憲章案に対する憲法裁判所の見解に対する異議申し立て」であって、それ以上でもそれ以下でもありません。そしてもう一つハッキリさせておきたい事、それは「新カタルーニャ自治憲章案の中では一言もカタルーニャの独立を謳ってはいない」と言う事実です。


しかしですね、昨日のデモに集まった人達の言動なんかを見ていると、どうもその辺を明らかに勘違いしている人が多かった様に思います。例えばこんなプラカードなんかを平然と掲げている人とかまでいる始末:




言わずと知れたフランス独立戦争の代名詞的存在、ドラクロア
Ferdinand Victor Eugene Delacroix)による"民衆を導く自由の女神"です。ちなみにこの絵は去年のパリ旅行の際にルーブル美術館で見たのですが、「ドラクロア最高!」とか思っちゃいました(地中海ブログ:パリ旅行その8:公共空間としての美術館)。

昨日のデモは1975年にフランコ独裁政権が終わり、スペインが民主主義に移行して以来、今までで最大のデモだったらしいんだけど、これ程の人達を動員出来たのは、一概にこの「勘違い」が大きな原因だったのでは?と思います。つまり何時の間にかデモのテーマが「新憲章に対する異議申し立て」から「独立」にすげ替えられてしまったという事です。そしてそれはカタルーニャ州政府大統領Jose Montillaを初め、昨日のデモに参列していた元カタルーニャ州政府大統領で元バルセロナ市長だったカリスマ政治家、Pasqual Maragall氏や、民主化後長きに渡って州政府大統領の座に君臨し続けたJordi Pujol氏などの意図では無かった。


その点をきちんと分析出来ていたのは、やはりEl Pais紙でしたね。まあ、El Pais紙は労働左派の機関誌であるという点も関連してはいるんだろうけど、やっぱり記事や分析に関してはそれなりの質を持ってる気がします。反対に、カタルーニャ保守(CiU)の機関誌であるLa Vangaurdiaなんて、「どれだけの人が昨日のデモに参加したのか?」とか、そんな事しか言ってない。La Vanguardiaだって、やれば出来るんだから、しっかりやってよね!(地中海ブログ:
スペイン高速鉄道(Alta Velocidad Espanola:AVE)に見る社会変化の兆し



さて、その一方で、昨日のデモを見ていて印象的だったのは、おじいちゃんから孫まで、一家総出でデモに参加している人達の姿が多かった事なんですね。まるで家族行事であるかの様に・・・。




カフェに入れば運動会の如く子供達が走り回る中でコーヒー片手に議論に花を咲かせているし、夜は夜で普通の週末なんかよりもレストランに家族連れが多かった様な気がします。そしてそんな彼らが話している事と言えば、勿論今日のデモの話題。「憲法裁判所の判断は偏ってる!」だとか、「今後の教育にはカタラン語をもっと使用する方が良いと思う!」、「でも、そうするとスペイン語が苦手になって将来就職に不利になるような気がするから、家の子にはカステリャーノ語を優先させるわ」とか、聞こえてくるのは、「今後のカタルーニャをどうするのか?」と言う安否と希望が交じり合った声ばかり。そんな中には、「我々カタラン人は独立した方が良いのかも?」なんて言う、ちょっと度を超した議論も聞こえて来たりしたんだけど、それでもこの国の形を真剣に議論している姿には、見ていて心打たれるものがありました。


何時も怠けてて仕事とか全然やらないし、6時以降に仕事してる姿とか見た事無いにっくきカタラン人なんだけど、そんな彼らでも、自分の国を愛する気持ち、自国の文化に誇りを持っていると言う気持ちだけは、世界の誰にも負けてはいません。そしてそれはこの地に住んでいると嫌と言う程良く分かる。


勿論そこには民族主義の行き過ぎた議論に発展するって言う危険性もあるんだけど、でも、家族全員で自分の国の将来の形を真剣に考える機会があるというのはそんなに悪い事では無い気がします。


奇しくも今日は日本では参院選の投票日なのですが、我々日本人は日本の将来の形を、カタラン人程真剣に考える事が出来ているでしょうか?
2010年の710日、街中を黄色と赤の国旗で埋め尽くしたカタラン人達の光景を僕は一生忘れる事は無いでしょう。


(友達のMontseちゃんがくれた、昨日のデモに来てた元カタルーニャ州政府大統領、Pasqual Maragallの写真)


追記:
このデモの一週間後に行われたアンケートの結果が結構面白い(La Vanguardia 18 de Julio 2010, P14)括弧の中の数字は2010年5月に行われた同じ質問への回答率

質問1:もし明日、カタルーニャ独立の市民投票があったら独立に投票しますか?
ハイ:47%(37%)
イイエ:36%(41%)

質問2:独立派はカタルーニャで増加していると思いますか?
増加している:66%(48%)
減少している:13%(20%)

質問3:自分のアイデンティティについてどう思いますか?
自分はカタラン人である:18%(13%)
スペイン人というよりもカタラン人である:24%(18%)
カタラン人でもありスペイン人でもある:41%(52%)
カタラン人というよりもスペイン人である:8%(6%)
スペイン人である:7%(10%)
| スペイン政治 | 23:30 | comments(1) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
夏バーゲンの始まり:入るのに世界一勇気のいるトイレ
今年もとうとうこの季節がやってきました。一年の内で最も待ち遠しい日の内の一つ、夏バーゲンの開催です!スペインでは夏休み前(71日)と冬休み後(17日)に全国で一斉に大幅値下げが行われるんですね。しかもその値下げ方が半端じゃなくて、半額引きは当たり前、店によっては初日から70%引きなんてのもざらでは無いから驚きです。



こんなんだと、「昨日まで普通に買っていた自分は一体何だったんだ?」と疑問に思う事しばしばなんですけどね(笑)。

さて、と言う訳で昨日、今日と朝から晩まで街に繰り出して買い物しまくっているのですが、そんなショッピングを思う存分楽しんでいる時に非常に困るのがトイレの存在です。ヨーロッパの都市では「街中にひしめく小売店を一つ一つ回って掘り出し物を見つけつつ買い物を楽しむ」と言うのがショッピングの醍醐味だと思っているので、僕はデパートなどには余り行かない派なのですが、そうするとコンビニなんかも無い環境で、実際問題として「一体何処でトイレを済ますか?」は非常に大きな問題となって現れてくるんですね。地球の歩き方なんかには、「カフェに入りましょう」ってあるんだけど、そんなに何回もコーヒー飲む訳にもいかないし・・・。で、コーヒー飲んだら飲んだで、又直ぐに行きたくなるという悪循環。



そんな時、僕が何時も愛用しているのが、こちら、ブランドショップが軒並み立ち並ぶバルセロナで最もエレガントな通り、グラシア通りに面しているショッピングセンター、ブルバード・ロサ(Bulevard Rosa)内にあるトイレです。で、実はこのトイレが凄いんです。何が凄いかと言うと、このトイレは通称、「入るのに世界一勇気がいるトイレ」なんですね(僕的には)。それがコチラ:



ジャーン、なんと、扉が透明なんです!!!そう丸見え!これは壊れているとかそういう事じゃ無くて、れっきとしたデザインなんです。



その証拠に、このトイレの入り口にはこんな感じでトイレットペーパーをお洒落に見せようと言う努力の跡が見られる(・・・成功しているかどうかは別として(笑))。で、このトイレがどういう仕組みになっているかと言うと、個室に入って鍵をかけるとガラスが曇る仕組みになっていると言う訳です:



鍵をかけて曇った所がこちらなのですが、あくまでも「曇り」ですので、ガラスにはあちら側で動いている人の影が見えたりします。曇りガラスであちらからは見えない事は分かってはいるんだけど、それでも僕的には入るのにちょっと躊躇しちゃいますけどね(苦笑)。僕がこのトイレについてTwitterでつぶやいた時、ものすごい反響があって、その中でも多かった反応が「えー、でもこのトイレ、使われているんですか?」っていう質問だったのですが、ハイ、もう無茶苦茶使われています。しかももっと驚きの事実を述べます。実はこのトイレ、男女共用なんです!!!日本じゃ、絶対にありえない!!!

スペイン人何を考えてるのかさっぱり分からない!まあ、でも小売店がひしめくこのエリアにあるのは非常にありがたい事も又確か。観光で来られた方とか、話のネタに一度は行ってみるのも面白いかもしれません。
| バルセロナ日常 | 19:37 | comments(8) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
スロベニアからの使者:人生において変わった事、変わらない事
スロベニアから古い友人(M君)が訪ねてきてくれました。

M
君は僕の修士コースの同級生で、もうかれこれ67年程の付き合いになります(地中海ブログ:イグナシ・デ・ソラ・モラレス(Ignasi de Sola Morales)とマスター・メトロポリス・プログラム(Master Metropolis)。建築家でありアーバンプランナーであり、又、イグナシ・デ・ソラ・モラレスを大変深く尊敬していた彼とは、互いの興味が近い事などもあって、授業が終わった後、ほぼ毎日のように、近くのバーで赤ワインとパタタス・ブラバス(スペインの名物料理)をつまみながら、深夜までディスカッションしていた仲だったんですね。



思い出深いグラシア地区のバーで飲んでいると、「将来はリュビアナ市(スロベニアの首都)の都市計画を通して、市民の生活の質を向上したいんだー」みたいな事を熱心に話していたのが、まるで昨日の事のように思い出されます。大変だったけど、今となってはどれも大切な僕達の思い出の数々・・・。X教授が授業をサボった事、E君の論文が間に合いそうも無いので、皆で徹夜して手伝った事、IちゃんがF君と三角関係になった事・・・。

あの頃は本気で怒って、本気で悩んで、本気で笑って、毎日が全力疾走でした。



あれから6年・・・。M君は自国スロベニアのスロベニア政府で空間計画などを担当した後、その経験を生かして、今は独立してがんばっているそうです。あの時一緒に笑い転げていたポルトガル人のIちゃんだって、今は某有名美術館のキュレーターで1児の母だって言うんだから、時間の経過の早さを感じずにはいられません。



ほろ酔い気分の帰り道、M君がふと言いました:

cruasan、全然変わらないね」。

「変わらない」・・・か。
みんなが変わっていく中、嬉しくもあり、ちょっと不安にもなる一言。


自分が変わったのかどうなのか?それは良く分からないけど、一つだけ確かな事。それは今の僕は昔の僕よりも、もっと良く自分の事を知っていると言う事。

自分が何をしたいのか?
どんな事に幸せを感じるのか?

何処へ向かって生きたいのか?


そして同時に変わらない事も:
9
年前の今日、200151日にバルセロナの地を初めて踏んだ、あの日と同じ思い、溢れんばかりのエネルギーと情熱。

まだまだ自分の可能性は未知数だと信じ、行ける所まで行ってみたい。その想いが日々強くなっている今日この頃です。


| 大学・研究 | 06:50 | comments(6) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
アイスランド噴火の影響:クロワッサンが美味しいカフェ(Badia Roca)で改めて思う地域活性化の鍵
毎週、週の初めというのは様々な国や地域からの訪問者の人達とのミーティングが「これでもか!」というくらい入っているのですが、今週は言わずと知れたアイスランド火山噴火の影響で殆どのミーティングがキャンセルになりました。

唯一キャンセルされなかったのが今日の午前中に行ったミーティングだったのですが、先方から先々週受け取ったメールの肩書きには「カリフォルニア州バークレー市の職員」とか書いてあったので、「絶対来ないな、来れる訳が無い」と踏んでたんだけど、時間通りに来てるじゃないですか!!!詳しく話を聞いてみると、何でも先週から別の用事でトリノに滞在していたらしく、バルセロナの空港は日曜日の午後には再開していたので、ギリギリ滑り込みセーフだったそうです。

今日はお昼過ぎにもう一つ用事が入ってたんだけど、そちらはドイツからのお客さんだったので勿論キャンセル。と言う訳で、久しぶりにちょっとした時間が出来てしまい、お天気も良かったので、今日は早めに仕事を切り上げて散歩でもする事に。で、思い出したのが以前Twitterで教えてもらった「クロワッサンが美味しいカフェ」の話です。何でもそのお店のクロワッサンは以前賞を取った程の味だとか何とか。

バルセロナ市内の「クロワッサンが美味しいカフェ」は結構行ってるつもりなんだけど、そのお店の名前はそれまで聞いた事がありませんでした。と言う訳で、期待に胸を膨らませ、はるばる行ってきたと言う訳です。

コンタクト
Address: Padua 91

Tel: 932123440

Web: http://www.badiaroca.com/


住所を見るに付け全く知らない通りだったので、「何処だ?」とか思いつつ、Googleで調べた所、我が子のようにかわいいグラシア地区の外れ、普段は絶対に行かないようなエリアにある事が判明(グラシア地区についてはコチラ:地中海ブログ:バルセロナモデル:グラシア地区再開発)。



大通りからは一本入った細い路地の角っこに位置してたんだけど、前面ガラス張りでナカナカお洒落な店構えです。



店内には手の込んだチョコレートやケーキ、パンなどが所狭しと並べられ、コーヒーが飲めるちょっとしたカウンターも用意されていました。で、イヨイヨお目当てのクロワッサンが登場:



ジャムや砂糖がついていないノーマルクロワッサンですね。実は案外こういう素朴なのが一番美味しかったりします。で、早速パク。うん、美味しい!バルセロナのカフェでよく出てくる典型的なクロワッサンみたいに、バターでベタベタという感じでも無く、何よりパンがフワフワ!サイズも大きめなので、コーヒーと一緒に頼むと、結構お腹は満足しちゃいます。

それにしても驚いたのがお客さんの出入りの激しさです。僕が行ったのが午後7時頃だったのですが、仕事帰りに寄って行く人や、夕飯までのちょっとした時間を友達と過ごすお年寄りの姿などで、店内はかなり賑わっていました。

店の定員さんともみんな顔見知りらしく、パンを買う序でに世間話に花を咲かせている人もチラホラ。こういう風景を見ていると、このお店は「地元密着の、この地域で大変評判の良いお店」という、僕的には「どんな有名な賞」よりも、もっと価値のある看板が良く似合いそうなお店だと言う感じを受けましたね。だってそのパンを食べて喜んでくれる人の顔が見えるんですから。

その地域が活性化しているかどうか?というその根底には、実はこういう小さいけど、とっても元気のあるお店が大貢献しているんだと常々思います。毎日人を幸せに出来るサービスと何気ない会話を提供出来るお店。実は都市の活性化にとって一番大事なのは、政治家が作る現実離れしたポリシーや経済学者の難しい理論なんかではなくて、「カフェで毎日行われる地元住民の何気ないおしゃべりなんじゃないの?」と言う事を思い出させてくれます。

最近ちょっと忙しくて、ナカナカ街に出る機会が無かったんだけど、やっぱりこういう「日常を観察する所から始めないと駄目だな」とちょっと反省。「これからは無理してでも出来るだけ街を歩く習慣を取り戻そう!」と心に誓いつつ、おいしいクロワッサンを頬張りました。
| バルセロナ日常 | 23:21 | comments(4) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
バルセロナ賃貸住宅事情:2009年第三期四半期
今日の新聞(La Vanguardia, 15 de Diciembre 2009)2009年第三期四半期のバルセロナの賃貸住宅事情に関する記事が載っていました。

スペインにおいて住宅問題はテロに次ぐ最重要課題であり、それらを巡る市民の動向などを見ていると、それこそ正に戦争の様相を呈していると言っても過言では無いんですね。だから賃貸住宅を専門に扱ったIdealista.comのようなサイトが、スペインにおいて近年稀に見る大成功を収めているのも、何も偶然ではありません。これこそスペインの文化社会的な特徴を良く表している「メイド・イン・スペイン」と言えるんじゃ無いかと思います。来年の上海Expo2010も、メイド・イン・スペイン(カタルーニャ)とか宣伝したいんだったら、Idealista.comとか前面に押し出したら良いんじゃないですか?ちなみに上海では今、住宅バブル真っ最中だそうです。先週お会いした中国政府の人達もみんな、数年前に住宅を購入済みで、今その価格が23倍になってるとかで、すごい喜んでいましたし(笑)。

さて、本題のバルセロナの賃貸価格なのですが、ずばり今期の特徴は「下落」の一言に尽きます。前期の特徴が「考えられない程の上昇」だった事を考えると、全くもって住宅価格は予想出来ない動きを見せていますね(地中海ブログ:バルセロナ賃貸住宅価格事情:2009年第二期四半期)。

市内の賃貸平均価格は去年の同じ時期に比べて5.2%減少の1.053ユーロになっています(2008年第三期四半期は1.115ユーロ)。そして今回の大きな特徴として(上述した様に)グラシア地区を除く全てのエリアで賃貸価格が下落している事が挙げられかと思われます。その中でも一番下げ幅が大きいのが歴史的中心地区(Ciudad Vella)で16.7%も下落しているんですね。この地区はデータとして見ると、前回も前々回も下がってる。これはやはり、この所見られる「地区の劣化」とそれに伴う「住みにくさ」が価格に反映されてきていると言う事なのでしょうか(地中海ブログ:バルセロナの中心市街地で新たな現象が起こりつつある予感がするその1:ジェントリフィケーションとその向こう側)。市内では一番賃貸料が安いエリアであるNou Barrisも前年同時期比で10,6%の下落かー(829,52ユーロ)。

逆に上昇傾向を見てみると、前回、「信じられない程の上昇」を示し、Sarria地区から首位を奪ったLes Corts地区が、前年同時期比で4,8%の下落(1282,94ユーロ)を見せ、あっけなく2位に転落しました。そして今回首位に再び返り咲いたのが、言わずと知れたSarria地区です。前年同時期比では1%の下落となっていますが、2位のLes Corts地区に約75ユーロもの差をつけて、圧倒的な勢いで一位に躍り出ています(1357,15ユーロ)。やっぱ強いなー。さすがに山の手のお金持ちが住むエリアだけあるわ。

そしてもう一つの特徴が賃貸住宅契約数の増加です。驚くべき事に前年同時期比で契約数が20%も増加しているんですね。20%増加って、すごいですよね。都市商工会議所(Cambra de la Propietat Urbana)によると、「この数字はバルセロナにおける賃貸住宅市場が爆発的な拡大を謳歌している時期を示している(confirma el momento expansivo que vive el mercado de alguiler residencial en Barcelona)」とコメントを発表しています。

関連情報

地中海ブログ:バルセロナ賃貸住宅価格事情:2009年第二期四半期

地中海ブログ:バルセロナ賃貸住宅価格事情:2009年第一期四半期
地中海ブログ:ローコスト新築・中古住宅販売会(El salon de oportunidades inmobiliarias, Low Cost)
地中海ブログ:スペインの新築・賃貸住宅のドキュメンタリー (Callejeros: Alquilado, Viernes 13 de febrero a las 22h30, TV Cuatro)
地中海ブログ:バルセロナの住宅問題
地中海ブログ:バルセロナの住宅事情2
地中海ブログ:バルセロナ賃貸住宅価格事情と新築価格事情
地中海ブログ:バルセロナ賃貸住宅価格事情その2

バルセロナ市内街区別賃貸価格リスト
街区名   賃貸価格  上昇(減少)率  平方メートル辺り賃貸価格

平均賃貸価格1.052,98Euro -5,2% 16,01Euro
Sarria-Sant Gervasi 1.357,15Euro -1%, 16,90 Euro
Les corts 1.282,94 Euro -4,5%, 18,13Euro
Eixample 1.155,23Euro -3%, 15,90Euro
Sant Marti 1.053,10Euro -4,6% 16,10Euro
Gracia 1.013,52Euro 1,5%, 17,66Euro

Sant Andreu 945,51Euro -5,4% 14,80Euro
Sants-Montjuic 944,78Euro -4,5% 16,10Euro
Horta-Guinardo 939,96Euro -5,1% 15,53Euro
Ciutat Vella 921,65Euro -16,7% 15,32Euro
Nou Barris 829,52Euro -10,6% 14,14Euro

| バルセロナ住宅事情 | 20:50 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
素材にこだわるバスク料理店:ビルバオ(Bilbao)
最近、仕事関係のランチミーティングが続き、色々なレストランへ行っているのですが、今日は久しぶりにカタラン人の友達とプライベートランチへ行ってきました。超グルメなカタラン人に連れて行ってもらったのは、我が子のようにかわいいグラシア地区にあるビルバオ(Bilbao)という名の老舗レストラン。地元では結構有名っぽいこのレストランの事は、いつもこの辺りを通る度に、「なんかあるなー」とか思っていたのですが、今まで入る機会がナカナカなかったんですね。そんな事情もあって、今日はお昼前から大変楽しみにしていました。

コンタクト
Address: Perill 33
Tel: 934589624



店の前で友達と待ち合わせたのですが、待ってる間に続々とお客さんが入っていく。しかも外から見た感じ、店内は余り広く無さそう。予約も入れてなかったので、「これはもしかしたら結構待たなきゃいけないかな」とか思ったのですが、ところがドッコイ。店の入り口付近はそんなに広く無いのですが、なんと、奥の方に結構大きい部屋があるじゃないですか!なーんだ(安心)。



店内は昔ながらの地元バー(Bar)って感じで、壁一面にオシャレな絵画などが所狭しと並んでいます。



ナカナカ味のある絵画に見入っていると、早速今日のワインの到着:



Riojaと並び称される Castilla y Leon地方で創られる赤ワイン、Hesvera, Ribera del Duero 。赤い宝石の如く、すごく濃くて美味しい。香りも最高。ほろ酔い気分になった所で今日の一皿目:



イカとタマネギのニンニク焼き(Calamars de Potera)。イカがプリプリ。もう絶品!バルセロナでは海産物の冷凍モノを出しているレストランが多いのですが、ここの海産物は冷凍物じゃないと直ぐに分かる品質です。さすがに品質にこだわっていると言うだけの事はある。そして、もう一つ注文した一皿がコチラ:



おなじみ、マテ貝のニンニクソテー(Navalles de Finisterre)。僕はこのマテ貝が結構好きで、いろんな所で食べているのですが、この店のマテ貝料理は、今まで食べた中でも結構上位にランクするくらい味がいいと思います。何でもわざわざガリシア地方の端っこ、Finisterreから取り寄せているのだとか。美味しいハズだ。そして今日のメイン:



コレでもか!というくらいのステーキ。前にも書いたのですが、バスク地方の牛肉は品質がものすごく高くて有名なんだそうです。だから特に味付けは無しで、特製の塩をまぶして食べるのですが、肉が無茶苦茶柔らかくて、肉の旨みが口の中でジュワーっと広がり、ソース付きステーキとは又違った楽しみ方が出来る一品に仕上がっています。以前紹介したバスク料理専門店:ONDARRA-BERRIのステーキに負けず劣らず、絶品中の絶品(地中海ブログ:バルセロナの食べ歩き方:バスク料理専門店:ONDARRA-BERRI)。
もうココまででお腹一杯!満腹もいいとこなのですが、実はバスク料理で見逃せないのがデザートなんですね。バルセロナのレストランを知り尽くしているグルメなカタラン人の友達に聞いた所、勧められた一品がコレ:



リンゴをオーブン焼きした「ケーキっぽい」、その上にバニラアイスとミルクソースが乗ってる一品(Tatin de manzana)。コレは美味しいぞー(味王様の如く)。もう一度、コレは美味しいぞー。



リンゴが熱々で、それ程甘くなく、しかもバニラクリームがすごくなめらか。初めて食べました。



そしてお決まりのカフェ。ここで終わりかと思いきや、食後のアルコールが出てきた。



どうやらブドウで作ったリキュールらしい(Aguardiente)。僕にはちょっと強すぎたかな。

満足、大満足です。で、気になるお値段なのですが、今回はちょっと高め。一人40ユーロでした。でも、このレストランの味はナカナカのレベル。一度は試して頂きたい品々です。
| レストラン:バルセロナ | 23:54 | comments(3) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
アレハンドロ・アメナーバル(Alejandro Amenábar)監督作品、AGORA(アゴラ):キリスト教についてのちょっとしたメモ
今、スペイン中で話題の映画、AGORA(アゴラ)を観てきました。

先週末くらいからどの新聞にも記事が載り、メディアでもバンバン宣伝しているのですが、何故にこれほど話題なのか?というと、監督にオープン・ユア・アイズ(Abre los ojos)海を飛ぶ夢 (Mar adentro)で脚光を浴びたアレハンドロ・アメナーバル(Alejandro Amenábar)監督を、主演にはハムナプトラ/失われた砂漠の都(The Mummy)のレイチェル・ワイズ(Rachel Hannah Weisz)を起用。加えて、ヨーロッパ映画史上最もお金を注ぎ込んだ映画ときてるから、話題性は抜群という訳なんですね。僕が行ったのが公開後初めての日曜日(公開は先週金曜日、10月9日)で、更にスペインは連休中という事もあり、グラシア地区のVerdi映画館は今まで観た事が無い様な長蛇の列、空席一つ無い満員御礼でした。



この映画の舞台は古代学問の中心都市、アレクサンドリアです。アレクサンドリアって、歴史好きにはものすごく魅惑的な都市で、世界七不思議の一つ、ファロス島の大灯台があったり、世界中から知識人を寄せ集めた学術研究所、ムーセイオンがあったり、そして極めつけは、今回の舞台となっている、古代最大にして最高の図書館だったアレクサンドリア図書館があったりと、まあ、色んな想像力を働かせてくれちゃう、ロマン満載都市な訳です。

そして今回の主人公は、類い稀な知性と美貌を持っていたとされ、5世紀頃にアレクサンドリアで活躍した新プラトン主義の女性数学者・哲学者、ヒュパティア(Hypatia)。彼女については余り良く知られておらず、はっきり言って謎だらけなんですが、今回の映画では仮説などを盛り込み、物語として結構楽しめる様になっています。

映画としては思っていたよりも良い出来だったけど、「ココで時間を使って批評しようというレベルでは無かった」というのが正直な感想ですね。(もしこの映画がハリウッドで作られていたら、彼女を取り巻く三角関係と肉体関係のオンパレードになっていたに違いない、そういう意味において、「良い出来だった」という事です。)ただ、キリスト教の勉強にはなりました。

ヨーロッパにいると思い知らされるのがキリスト教の浸透力とその強さです。

街中の至る所にキリスト教の痕跡があり、日常生活の至る所に食い込んでいるのがこの宗教。毎週日曜日にはミサがあり、季節の変わり目毎にキリスト教に基ついたお祭りが用意され、美術館に行けば、ほとんど全ての主題はキリスト教にまつわるものだと言っても過言ではありません。

このような現在見られる様な「キリスト教」と、その教義に基つく時間・空間的な再編成が行われつつあったのが、何を隠そう、今回の映画の舞台になっている時代区分だと言う事が出来るかと思います。

つまりキリスト教は最初から今我々が見ている様なキリスト教だった訳では無いんですね。

例えば、今でこそ一枚岩に見えるキリスト教(詳しく言うと、カトリック、プロテスタント諸派、正教会など多数)なのですが、その初期においては土着信仰など、他教義などには大変寛大であり、異端の存在なども有益だと考えられていた程、多様性に満ちた存在だった様です。初期のキリスト教はシリアやエジプトなどで、様々なユダヤ教分派と共存していたくらいですから。

ジョゼップ・フォンターナによると、そもそも「異端」(Airesis)っていう言葉の元々の意味は「選択」、「意見」、「学派」を意味していたらしく、今のように「分派」を意味するものではなかったとの事です。

このような状況が変わり始めたのが、ローマ帝国の国教化、つまりキリスト教とローマ帝国の協同、ローマ帝国政治権力との連携です。(ココで注意しておかなければいけないのは、「キリスト教の国教化」と「ローマ帝国のキリスト教化」は違うという点ですね(コレは長くなるので又今度))。それを決めたのがコンスタンティヌス帝なのですが、その理由が「十字架の幻影を見たから」だそうです。でも、コレが起こったのが、彼がアポロの幻影を見たわずか2年後だと言いますから、そのいい加減さが伺えます(笑)。改修した後だって、さして彼の生活には影響が無かったと言われていますし。

まあ、彼の神髄が何処にあれ、このような政治的に作り出された状況が、それまでの多種多様なキリスト教(異端、少数派など)との共存を不可能にしたという事は間違いありません。

こんな混沌期に生きたのが、この映画の主人公ヒュパティアであり、波乱に満ちた彼女の人生は、過激派の手により、教会の前で八つ裂きにされ閉じさせられてしまうのですが、彼女の死は古代学問の中心地であったアレクサンドリアの終焉をも象徴する出来事となりました。

大きな地図で見る

ヒュパティアのように、アレキサンドリアの伝統を守っていた異教の哲学者達は、彼女の虐殺を機に、シリアやメソポタミアへと逃れたそうです。その内の一つのグループが、ローマ、ペルシャの境界近くのハランに新プラトン主義の学校を開設し、ギリシャ文化のイスラム世界への伝播に大変な影響力を持ち、11世紀頃まで重要な機能を果たした事は良く知られた事実です。
| 映画批評 | 13:40 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
イザベル・コイシェ(Isabel Coixet)監督作品、Mapa de los sonidos de Tokio (Map of the sounds of Tokyo)を見てきました
先日のエントリに書いたように、先週末、我が子のようにかわいいグラシアに映画を見に行ってきました。今回のお目当ては、今年の5月頃に日本でも少し話題になった映画、Mapa de los sonidos de Tokio。この映画が何故話題になったかというと、バルセロナで頭角を現してきている映画監督、イザベル・コイシェ(Isabel Coixet)が今話題の日本人女優、菊池凛子さんを主演にして、東京を舞台に撮られたという事で、カンヌ映画祭の大賞候補にノミネートされたからなんですね。(地中海ブログ:カンヌ国際映画祭:イザベル(Isabel Coixet)監督のMapa de los sonidos de Tokioに見る日本とスペインの見解の違い)。

新聞記事や前評判、そして予告編などを見ていて、はっきり言って全く期待していなかったのですが、やっぱりあまり面白くありませんでした(笑)。それでも、まあ、一応、カタラン人が日本をどういう風に見るのかなー?とか、その辺は興味があったのですが・・・・。

当ブログで評する映画は基本的に僕が見て面白かったものに限っているのですが、今回は今年度初の映画、そしてカタラン人が日本を舞台に撮ったという事もあり、例外的にちょっとだけ、感想を書いてみようと思います。そして何時もの様に:

警告
ネタバレになる危険があるので、未だこの映画を見ていない人はココで読むのをストップしましょう。




僕が思うに、映画にとって非常に重要な要素というのは、「その映画が一体何を語りたいのか?」というテーマと、そのテーマを描き出す形式や構造です。これらがガチっと噛み合った時、本当に良い映画が生まれると思うのですが、この映画(Mapa de los sonidos de Tokio )に関して言えば、そのバランスがものすごく悪い。余りにも後者(東京というイメージを描き出す事)に比重が置かれすぎているが故に、うまい事、テーマが発展していないように思えるんですね。つまり、日本というイメージを打ち出したいが為に、無理矢理ストーリーを作ったと見えちゃう所が問題だと思います。まあ、それならそれでも良いんですが、それなら他のやり方があっただろうし、何よりも、イザベル・コイシェ監督が前作、「あなたになら言える秘密の事(The Secret Life of Words)」で見せたような、巧みな構成には到底至っていないように思われます。

と、ココまで一般的な感想を述べた上で本題に入りたいと思うのですが、この映画のテーマはずばり「人は罪を背負いながら如何に生きていくのか?」でしょうね。

「ふーん」というくらいのテーマなんですが、まあ、そのテーマをどう料理し、面白い映画に仕上げて行く事が出来るかどうか?は、どのような形式や構造を選択し、テーマと絡めていけるかどうか?次第。そして、この映画が採用している構造はというと、ずばり、推理小説の枠組み&神の視点からのカメラアングルの導入という、ハイブリッド構成です。

このようなテーマと形式の下、この映画は、その構成上大きく2つの部分に分ける事が出来ると思います。前半は菊池凛子演ずるRyuの紹介で、後半は謎解きの部分。そしてこの前半部分に対応するのが、推理小説風の展開であり、後半部分に対応するのが、神の視点からのカメラアングルと言う訳です。

さて、前半部分で非常に重要な役割を担っているのが、Ryuにピッタリと張り付いて、意味ありげに彼女の声を録音している老人です。彼は言います、「私はRyuについて何も知らなかった。何をしているのか?何処に住んでいるのか?兄弟は居るのか?何を考えているのか?・・・知っている事と言えば、時々彼女が話してくれる事だけだった。」

映画の前半部分は、この老人をナレーターとして進んでいくのですが、鑑賞者である僕達には、物語の情報が彼を通して断片的にしか与えられません。このように、ミステリアスな部分を故意に作り出し、鑑賞者の関心を惹こうとしている意図がよく伺えます。

さて、ココで少し、この老人がこの映画に登場する意味を考えたいと思います。

彼はRyuとコミュニケーションを取ろうと、必死に彼女に語りかけたり、彼女の声を録音したりと、沈黙を守っている彼女とはまるで逆の存在として登場しています。そう、つまりこの老人は人間が普通に持っている「陽や明」の表象であり、「沈黙や暗」を表象しているRyuとコインの裏表のような関係を作っているんですね。(このような沈黙の象徴であるRyuを補完する人間は、映画の後半にもう一人登場します。それがRyuが惹かれるスペイン人、Davidです。)

さて、このようなミステリアスに包まれた状況が急変するのが、映画の中盤です。ココで、老人とは別のアングルから語りかけるナレーターが急に登場します。このナレーターは神の視点からのナレーターなので、物語を全て分かっている視点で我々に語りかけてきます。

このように、先ずは構造として、この映画には2つの別々のカメラアングルが設定されているのですが、はっきり言って、何故このような構成を採用したのか、悩む所ですね。前半部分で謎に包まれていた部分が、後半部分では、あっさりと明らかにされてしまいますし、このような構造が効果的に使われているとは到底思えません。正にこんな声が聞こえてきそうです:



どおしてー、どうおしてー、みたいな。

さて、次に登場人物達なのですが、この物語の中で重要なのは、やはりRyuとDavidでしょうね。この2人には、ある共通点があります。それは2人とも罪の意識を背負っていると言う所です。Ryuは暗殺者として、今まで殺してしまった人々に対して罪の意識を感じ、Davidは元妻を自殺に追い込んでしまった罪の意識を感じています。

興味深いのは彼らのコミュニケーションの取り方です。上述の老人と同じく、「陽や明」の部分を表象するDavidはRyuとコミュニケーションを取ろうとしますが、沈黙を守るRyuとの間に、本質的なコミュニケーションが生まれる事はありません。唯一、彼らがコミュニケーションを取れる方法、それがセックスだったと言う訳です。何故なら、セックスをする事で、その間だけは、2人とも各々の罪の意識から遠ざかる事が出来たからです。

このセックスシーンがものすごいのですが、そこだけを見ていたらいけませんね(笑)。このセックスシーンが映画の構造上、どういう意味を持っているのか?それを考えなきゃね。そんな事を忘れさせる程、激しいシーンだと言うのも一理あるのですが(笑)。

さて、間違えてはいけないのは、Davidは元妻の事を忘れたかった訳ではなくて、彼の中にある罪の意識を「昔の良い思い出に浸る事で忘れる事が出来た」という事ですね。そして、彼らがセックスをする場所が問題なのですが、それが電車内を模したラブホテル。コレはどういう意味があるかというと、全てがフェイクの空間と言う事でしょうね。

暗く寂しげなRyuの部屋では無く、明るくワインなどがある楽しげなDavidの空間でもない、全てがフェイクの空間。そんな空間だからこそ、2人とも、ある一定の時間だけ全ての罪を忘れる事が出来たのでしょう。

最後にもう一つ重要だと思われる事に、この映画が5感に基ついて創られていると言う事があります。五感とそれに対応するモノ達は、こんな感じ:

嗅覚・・・・・築地市場の魚の匂いと、女性の体に付いていたレモンの匂い
ワインなど。
触覚・・・・・セックス
味覚・・・・・ラーメン
視覚・・・・・東京の夜景。
聴覚・・・・・バックに何時流れている音楽など

どうやらこの映画は東京という都市が、「五感に満ち満ちていて、感覚をこの上無く刺激される都市だ!」とさも言いたげなのですが、それはセンチメンタルなオリエンタリズムとしか言い様がありません。だって、どんな都市にだって、それらは満ち溢れているのだから。そして、この映画の題名にもなっている「ノイズの地図」なのですが、逆説的に、Ryu達にとって、最も大切な音は、実は「沈黙」だったというオチがチラチラ見え隠れしています。

うーん、今ひとつ!やはり、この映画の大きなミスは、東京というイメージに引きずられ過ぎて、それを前面に押し出すあまり、上手くテーマを発展出来なかったという所でしょうね。

一つだけ救いがあるとすれば、それは主演の菊池凛子さんがとても魅力的に撮られていたという事でしょうか。

カタラン人のイザベルさんねー、あなた、ちゃんと力があるんだから、今度は「クール」とか、「日本」とか、そういう表面的なモノで誤魔化さないような、背筋がピシッとなるようなの、創ってくださいよ、期待していますから。
| 映画批評 | 22:56 | comments(2) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
Graciaにある小さなポルトガルカフェ A Casa Portuguesa:Pastel de Belenが凄まじく美味しいカフェ
こちらに帰って来て初めての週末という事もあり、昨日は久しぶりに我が子のようにかわいいグラシア地区に映画を見に行ってきました。上演までちょっと時間があったので、前々から気になっていた、ポルトガルのお菓子が美味しいと評判のカフェ、A Casa Portuguesa に寄る事に。

コンタクト
Address: Verdi 58
Tel: 933683528
Web: www.acasaportuguesa.com



店内はそれほど広くないのですが、店の至る所にポルトガルから取り寄せたと見られる品々が置かれています。



僕が大好きな、甘―いポルトワイン、蜂蜜やジャム、そして店先には「これでもか!」と言うくらい食欲をそそる、手作りケーキなんかが並んでいます。





でも、まあ、ポルトガルのお菓子といったら、何を置いても、とりあえずコレですよね:



Pastel de Nata、通称、Pastel de Belen

程よい甘さのカスタードクリームをパン生地で固め、上にちょっとシナモンを振りかけた一品。これ、ポルトガルの名産だけに、いくらお隣の国とは言っても、スペインではナカナカ見かけないんですね。で、パク:

美味しい!!!それ程甘く無く、中はクリーミーで、外の生地はサクサク。コレはちょっと美味しいぞ!

今日は、以前ポルトガルに在住していたという友達と一緒に行ったのですが、そんな彼女が「凄く美味しい!」と賞賛し、「スペインでココまでのPastel de Belenが食べられるとは思わなかった」と言わしめる程の一品だそうですので、是非お試しあれ。
| レストラン:バルセロナ | 13:46 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
ONARA:オシャレ感を出す為に利用される言語:「何処か遠い国」というイメージ
最近ディアゴナル通り(Diagonal)を走るバスに乗る事が多いんですけど、グラシア通り(Passeig de Gracia)を少し過ぎた辺りに最近、こんなお店が出現しました:





日本人なら誰もが耳を疑ってしまうようなネーミングのお店。ONARAですよ、ONARA!



しかも女性のオシャレ系の服を扱っているお店らしい。「もしかしたら何か深い意味でもあるのかなー(例えば臭いほど良いデザイン(笑))」とか思ってネットで調べたけど出てこず。結局分かったのはポルトガル発のブランドらしいと言う事だけ。じゃあ、何かポルトガル語で特別な意味でもあるのかなー?とか思ってポルトガル人に聞いた所、「特に意味は無し」と言う回答。こうなったら最後の手段、と言う訳でお店まで乗り込んで定員さんに質問したけど、定員さんも知らず。

結論:まあ、適当に選んだんでしょうね(笑)。なんか分からないけど日本語から適当な単語を一つ選んで付けておけばカッコいいから見たいな。

多分、99%のヨーロッパ人が「ONARAってどういう意味?知らないけどカッコいいからまあ良いや」で終わる。残りの1%の人が興味本位でネットで調べたり、日本人から意味を聞かされて、笑いのネタにする。どちらに転んでも美味しいか・・・もしかしたら、このお店、考えて無いようで、実は無茶苦茶戦略練ってるかも(冷汗)。

こちらは別の事例。先日の新聞にこんな写真が載っていました:



サッカー界の大スター、ベッカム選手の裸。注目すべきは彼の腹部に掘り込まれた文字。なんか般若心経みたいなのが書いてある(笑)。日本人の僕に読めないんだから、99%以上のヨーロッパ人に読める訳無し(多分ベッカムは知ってる)。でも、コレを見た彼のファンの反応は、「何て書いてあるか知らないけど、カッコいい」でしょうね。

これらを見て、「ポルトガル人(もしくはヨーロッパ人)ってバッカだなー」とか思った日本人の皆さんは多いはずだと思うのですが、ところがどっこい、意味不明の単語を持ってきて街頭を飾ったり、漫画なんかに多用するのは日本人の十八番。それをやらせたら日本人に勝てる民族は先ずいないと思います。

ただ最近、この現象に日本特有と思われる新しい傾向が現れてきました。それを良く表しているのがコレ:



海外でも大人気の(日本刀を振りかざした死神が主人公の漫画)Bleachです。この漫画の中では敵役の名前から番号まで、何とスペイン語が氾濫しています。日本の皆さんにはあまり違和感が無いかもしれないけど、ちょっとでもスペイン語が分かる人が見たら、もう、可笑しくて可笑しくて。

去年あたり、テレビなどでスペイン語がブームだったというような話を聞いた事があったのですが、「じゃ、何故今スペイン語がブームなのか?」については以前にチラッと書いた覚えがあります(探したけど見当たらず)。

つまり早い話が、漫画なんかは従来、英語などを用いて「日本じゃない何処か遠い国」を演出したり、英語の発音による「聞こえの良さ」を利用して「クール感」を出したりしてきたのですが、海外旅行当たり前世代の弾頭や英語教育の充実化、そして英語表記のモノの氾濫などによって、英語がかつて無い程日本人に身近になってくると、英語発音だけでは以前のような「遠い国の感じやクール感」が出なくなってきたんですね。何故なら意味が分かってしまうからです。

例えば昔は「1,2,3」と言う代わりに「ワン、ツー、スリー」と言えば、もうそれだけで、クールな感じが出たんですが、今や「ワン、ツー、スリー」なんて、おばあちゃんでも知ってる。だからクール感を出す為には、他の言語を選ぶ必要が出てきた。そこで白羽の矢が立ったのがスペイン語だったという訳です。

日本人で「ウノ、ドス、トレス(スペイン語で1,2,3)」と聞いて、直ぐに理解出来る人はナカナカ居ないはずです。そうすると、「何だか良く分からないけど、カッコいい」と言う事になるんですね。

ココから予想される事は言語の消費化です。英語が消費されたように、スペイン語も消費される日がきっと来る。すると次はオランダ語、その次はポルトガル語というように、次々と言語を消費する社会に僕らは向かっています。うーん、言語すら消費するようになってきたのか!というのが僕の実感です。
| バルセロナ日常 | 21:00 | comments(2) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
映画:Mishima: A Life In Four Chapters(ミシマ:ア・ライフ・イン・フォー・チャプターズ):三島由紀夫にとって芸術とは何か?
現在バルセロナ、グラシア地区にあるVerdi映画館で、幻の作品とされている日本未公開映画、Mishimaが公開されています。1985年に日米合併で製作されたこの作品は、カンヌ映画祭で最優秀芸術貢献賞を受賞しながらも、諸事情により日本では公開されなかったそうなんですね。更にDVDやビデオ発売も見送られた事から、日本では見るすべが無く、幻の作品と呼ばれるに至っているという訳です。

そんな一昔前の作品が何故今頃になってバルセロナで公開されているかというと、どうやらリメイクされたという事らしいのですが、元の映画を見て無いし、ネットで情報を探しても出てこないので真相は不明。「まあ良いや」とか思いながら見に行ったのですが、コレが非常に良かった。こんな良い映画が見られない日本の皆さんが可哀想になるくらい良かった。

という訳で、何時ものようにココに勝手に映画評を書いてみようと思います。そして一応念のために:

警告
ネタバレになる危険があるので、未だ映画を見ていない人はココで読むのをストップしましょう。




さて、先ずはこの映画の主題なのですが、ズバリ「三島由紀夫にとって芸術とは何か?芸術家とは何か?」でしょうね。

この映画は三島由紀夫の生い立ちから自殺までを扱っているのですが、決して彼の生涯を時間軸に沿って(クロノロジカルに)描いているだけなのではありません。彼の生涯を描く事を通して、彼の人生における核心的思想、「彼にとっての芸術」を描いている所こそ、この映画の核心なのです。

先ず特筆すべきなのは、何と言ってもこの映画の構造です。

全ての章(全部で4章)は監督の解釈の下、フィルターにかけられ、フィクションとして創られ、(先ずは「全てがフィクションである」という点が非常に重要です)、そのフィクションの下に、三島の人生のリアルに近い部分(身体的、意識的な部分)と、彼の精神構造を明らにしていく為に創られた「シンボル的フィクション」の部分(夢的、無意識的な部分)とが各章を構成しています。更に前者の「リアリズム的世界」はドキュメンタル調で描かれる白黒映画として、後者のシンボル的なフィクションの世界は演劇的なカラー世界として分かり易く区別されているんですね。

それぞれの章には「美」、「芸術」、「アクション」、「筆と剣のハーモニー」というテーマが与えられ、三島の幼少時代、青年時代、成熟時代における彼の思想がリアル世界での出来事と、精神世界におけるフィクションを交えて明らかにされていく事となります。

それを図式的にするとこんな感じ:



まあ、簡単に言うと、「リアルな世界」は普通の映画のごとく彼の人生を白黒映画で説明するに留まっているのに対して、「シンボル的なフィクションの世界」は、彼の文学作品を題材としながら、「演劇」という形式を採る事によって彼の人生の核心を抽出しつつ、説明しているという事です。

ここまで分かった上で各章を見ていくと、1章、2章、3章は読んで字のごとく区別も明確だと思うのですが、「アレ」って思うのは最後の第4章なんですね。

最後の第4章も例のごとく、三島のリアル世界とシンボル的フィクションの世界の2つから成っていて、それぞれ白黒とカラー部分で構成されているのですが、第4章は映画の帰結部分だけあって、それまでの3章全体の総合部分となり、映画の中でもかなり特異な章として扱われています。具体的に言うと、ココの章だけは、人生のリアル部分とシンボル的フィクション部分が入り交じっている構成になっています。さっきの図式で言うとこんな感じ:



白黒部分とカラー部分が混在し、白黒で描かれるべき部分がカラーになっていたりします。

さて、このような構造が分かった上で、もう一度映画を見てみると大変面白い事に気が付くと思います。

この映画はどのように始まったか覚えていますか?

この映画は三島が割腹自殺をする日の朝、自宅を出る所から始まります。そしてその描写はカラー映像です。つまり上の図式で言うと、この場面は、第4章の右側、「演劇的」手法&「シンボル的フィクションの世界」のカテゴリーに当てはまる訳です。しかしながら、この場面(映画の帰結部分)は、(見れば一目瞭然だけど)彼のリアル世界を普通の映画的描写で説明している・・・。

何が言いたいか?

つまり、彼の人生の最後期では、彼の人生はもうほとんど「演劇的」であり、「何処からがリアルで何処からがフィクションなのか分からない」という事が言いたい訳なんですよね。コレは巧い!絶妙な演出であり、大変に説得力があります。

さて、これだけ見ただけでもこの映画が普通とはちょっと違うという事が分かってもらえたと思うのですが、それだけじゃ無い所がこの映画のすごい所。という訳で、各章をもう少し詳しく見ていく事とします。

第一章のテーマは「美」です。ココでは三島の幼少期と「三島にとって美とは何か?」が彼の文学作品「金閣寺」に沿って描写されています。

先ずは「三島の価値観がどのように形成されたのか?」がリアル世界の出来事に沿って説明されているのですが、それによると、三島は祖母の加護の下、下界(汚いもの)との接触を許されず、無菌室状態で育てられたみたいですね(何処から何処までが真実かは不明)。

そんな外界の毒に触れる事も許されない環境と経験が創り上げた彼の精神状態を見事に説明しているのが、「演劇的」に上演されるフィクションの世界「金閣寺」です。ここでは金閣寺が「絶対的な美の象徴」、決して手に届かない「究極の美」として存在しています。

そこに登場するのが、佐藤浩一演ずる足が不自由な男と、坂東八十助演ずるどもりを持つ学生。主人公は声がどもると言う事から、自らの体にコンプレックスを持ち、絶対的な美に近つこうとしますが叶いません。幾多の努力の末、他の美(美しい女と寝る事)を通して絶対的な美を最終的に手に入れるのですが、その後に彼に訪れたのは虚無でした。つまり今まで目指していたものを達成してしまった瞬間、目指すべきものがなくなり、する事が無くなってしまったんですね。結局彼が採った決断は、美の象徴であった金閣寺を燃やし、一緒に死ぬという選択でした。

つまり「美の達成」=「死」という構図です。

第二章のテーマは「芸術」。この章では三島の青年期が「鏡子の家」に沿って説明され、「三島にとって芸術とは何か?」が追求されています。

先ずリアル世界では、三島が文学によってある程度の成功を収め始める所までが描写されているのですが、文学的成功によって、内面的な芸術に近つく事を達成した彼は、外面的にも芸術を体現したいと考えるようになります。

そのような思考の下、彼が最初に試みたのは演劇でした。何故なら演劇こそ「新の芸術」を体現する表現行為だと信じたからなのですが、そこに真の芸術が無い事が直ぐに明らかになります。(そしてココからフィクションの世界に切り替わっていきます)

次に彼が目指したのは肉体美でした。人間の肉体こそ新の芸術=美が宿ると考えるようになり、ジムなどに通い体を鍛え始めます。そしてこの過程で決定的に重要なポイントが訪れる事になります。それが沢田研二演ずる主人公が、屋台で飲みながら芸術家っぽい男達と論争を展開する場面:

芸術家っぽい男:「お前何か芸術をやってるのか?」
沢田研二   :「ハイ、舞台を少し」
芸術家っぽい男:「そうか、彫刻家じゃないだけマシだな。彫刻家って言うのは滑稽な職業だ。特に人間の像なんか彫ってるヤツは最悪だ。目の前に人間の生身の体という、絶対に超えられない究極の美があるのに、それを石で彫ろうとしやがる。確かに石は永遠に残るが、絶頂期の生身の人間の美に勝てる彫刻は存在しない」


言い回しなどは少し違ったかもしれませんが、内容的にはこんな感じでした。
ココで主人公は絶対の美とは生身の体に宿る、ある特定の瞬間だという事に気が付くんですね。この点が重要。

その後、彼はサゾちっくな女性と知り合い、自慢の体を傷付けられながらも、魅力を感じてくれる様を見るにつけて、「芸術とは(内面的な)僕自身なんだ!」と自覚するに至りますが、ココはイマイチ説明不足です。彼がどのように心境を変化させていったのか?彼女がどのように彼の思考に影響を与えたのか?など、本を読んでないと到底理解は出来ない場面だと思います。

第2章の結論:
芸術は内面的なものであり、外面にあるものではないという事に気が付いた彼が起こした行動は、その最高の状態を永遠に保持するという事でした。つまり「死」です。

そして第三章です。この章の主題は「アクション」であり、「何かしら行動を起こす事が重要だ」という彼の考え方を表しているのですが、この章はちょっと複雑です。というのも、第四章と密接な関連の元に創られているからです。

先ずリアル世界では三島が民兵組織(楯の会)を編成し、弱体化した日本を立て直そうとする場面が説明されます。フィクションの世界では青年剣士の勲が、日本を駄目にしている実業家の暗殺を画策する場面が演じられるのですが、それは次のフレーズがこの章の核心を表していると思います:

「筆では不十分だ。世界を変えるには剣が必要だ。」

この章の一番大事なポイントは、三島が「剣」の重要性に気が付き、日本を変えるためにはアクションが必要不可欠であるという「アイデア」に至ったという点ですね。

さて、これら3つの章が一つとなり、統合されているのが第4章なのですが、その統合を暗示する場面が存在します。それが、フィクションの世界において三島が飛行機に乗って大空を飛ぶシーンです。

このシーンでは、飛行機から見える絶景=「美」、芸術家=三島由紀夫というフィルターを通して見える風景=「芸術」、そして軍用飛行機を持ち出すという事実=「アクション」と、今まで語ってきた全ての章のテーマが、飛行中の三島が酸素不足で気を失った瞬間=無意識下=「死の瀬戸際」において実現される事となります。そしてそれらの統合こそが「真の芸術である」と三島が気が付いた瞬間でもあった訳です。

更に各章の主人公達がそれぞれのシナリオの最後で辿った、いや、辿らなければならなかった運命は「死」でした。つまり死ぬ事によってしか、各々の目的を成就出来なかったんですね。何故か?何故ならそれこそが、己を「永遠という存在」、「究極の美」に至らしめる唯一の方法だったからです。

そして第4章の最後の最後、自衛隊にクーデターを促すシーンにおいては(上述したように)何がリアルで何がフィクションなのかが、もう混ぜこぜで分からなくなっています。そんな中、三島が切腹によって最後の時を迎えるという所でこの映画は幕を閉じるわけです。

このようにして、三島由紀夫はその生涯を通して「芸術とは何か?」を模索し続け、文学作品のみならず、自身の人生をも、いや、自身の人生こそを最大の芸術作品に仕立て上げ、彼の作品と人生は永遠に語られる芸術となった・・・という解釈なのですが、「なるほどなー」と思うのが、この永遠という事象を映画の構造すらも使って表している所です。



上述したように、この映画は三島の最後の日から始まりました。先のダイアグラムで説明すると、この映画は第4章から始まっているんですね。そして当然の事ながら第4章で終わる。つまり最後から始まって最後部分で終わるというように、この映画の構造は円環になっている訳です。

何が言いたいか?

この映画には終わりが無い、そしてこの映画が表している三島の人生、はたまた彼が創り出した2つの芸術、文学作品と人生自体は永遠に不滅だという事を暗示している訳なんですね。

巧い!!!

絶妙な巧さに加え、抽象的な舞台セットの美しさ(金閣寺と牢屋の抽象化)、そして考えられないような豪華なキャスト陣など、見所満載です。

上述したように、この映画は日本では見る事が出来ません。在バルセロナの皆さん、現在バルセロナに滞在している観光客の皆さん、これは行かないと絶対損です。お薦め度ナンバーワン。
| 映画批評 | 23:37 | comments(3) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
ガウディ建築の傑作、カサ・バトリョ(Casa Batllo)その3:この建築に流れる壮大な物語の全体像
さて前回までで、この建築の最大の見所である中央サロンまでの物語の流れを概観して来ました。



ここから通路を通ってセルダブロックの中庭に面したダイニングルームへと移動します。このダイニングルームにも、やっぱりガウディ建築らしさが出ていて、それが見られるのがこの天井です。



すごくエロチックな天井。女性の乳房を想像させるような大変官能的な表現になっています。



何だか呼吸が聞こえてきそうな程リアルです。そしてこのダイニングルームの扉からは中庭へと出られる様になっているんですね。



典型的なセルダブロックの中庭です。ちょっと前に何度か書いたのですが、現在バルセロナでは市当局の主導でセルダブロックの中庭開放プロジェクトが進んでいます。この計画は、今まで好き放題に駐車場などで埋められてきた中庭を、図書館などの公共施設や緑の被い茂る公園に変えようという、ナカナカ魅力的なプロジェクトなんですね。(詳しくはコチラ:地中海ブログ:エンサンチェ(Ensanche:新市街地)セルダブロック中庭開放計画

以前僕もセルダブロックの一角に住んでいた事があったのですが、中庭に面した部屋は怖いくらいに静かで、日中には陽があふれ、夜になると反対側の家の明かりがまるで印象派の絵画のような素敵な風景だった事を覚えています。素晴らしく居心地の良い空間でした。都心の真ん中でそんな時が止まったような空間を体験出来る所こそがバルセロナの新市街地に住む醍醐味であり、この街の生活の質を上げていると思います。カサ・バトリョが面しているのは、まさにそんな理想的な中庭です。

さて、カサ・バトリョでは今回新たに最上階空間と屋上空間を見学する事が可能となりました。その屋上空間に行くのに通るのが階段室なのですが、ココがナカナカ面白い。



タイルの色を上に行くに従って濃くしているのが分かると思います。









何故こんな事をしたか?というと、陽が多く入る上の方を暗めの色にして、陽が少なく到達する下の方を明るくする事で、下から見た時に階段室全体の色が均質に見えるように計算したからとの事です。



なるほどなー、よく考えてるなー。



そんな事を思いながら最上階へと行くと、そこにはコレマタ素晴らしい空間が僕を待っていてくれました。それがこの空間:



これはスゴイ。真っ白なアーチが「これでもか!」と連続する空間。この空間がどれ程革新的なのか?という事は鳥居さんの著書などを参照してもらう事として、僕が注目するのは、やっぱりココでも天井をかなり意識しているという事ですね。この空間はエントランスの階段空間、グラシア通りに面したサロン空間に続く、この建築の最大の見所の一つだと思います。

さて、この空間を抜け屋上へと昇っていきます。



屋上って煙突やら何やらで、ガウディがかなり趣向を凝らす場所として知られているのですが、カサ・バトリョの屋上には、こんなデザインがしてありました:



ドラゴンの尻尾です。ココで始めて僕たちは気が付く訳です。「そうか!この建築には、エントランスホールの手すりから始まった「ドラゴン」という一つの物語が流れているわけか!」と。あそこからドラゴンが上昇して、建物を貫き、再び屋上にて姿を現すと、こういう訳です。

うーん、様々な場所にチラチラ姿を見せては隠れるといった、「チラリズム作戦」によって、この建築にかなりスケールの大きな物語が流れているという事が分かりますね。

さて、大満足で表へ出て、この建築の全体を良く見ようと思い、通りの反対側へと行き、振り返ってビックリ。



となりのプッチ・イ・カダファルク(Josep Puig i Cadafalch)設計のカサ・アマトリェール(Casa Amatller)が現在改装中で、その建設シートの広告の派手な事!こんな大胆な広告が公共空間で出来るのも、バルセロナならではと言った所でしょうか。
| 旅行記:建築 | 21:47 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
ガウディ建築の傑作、カサ・バトリョ(Casa Batllo)その1:カサ・バトリョに展開する物語を見ていて思う事
カサ・バトリョに行ってきました。





カサ・バトリョに行くのは何と2002年以来7年ぶり!と言うのも2002年はガウディ生誕150周年に当たる年で、世界各地でガウディ祭が盛大に行われていたんですね。バルセロナではその一環として、それまで公開されていなかったカサ・バトリョが初めて一般に公開されました。しかも期間限定(その年だけ)という謳い文句と一緒に。

「不朽の名作が見れるこのチャンスを逃す手は無い」という事で、入場料がバカ高かったのですが、大枚をはたいて行った人も多かったはず。しかしですね、蓋を開けてみたら結局今でも一般公開してる。しかも高い!一般入場料が16ユーロ。バルセロナ居住者は住所証明を持っていけば特別に割引されるのですが、それでも8ユーロ!どうにかなりませんかね、この値段。救いなのは写真撮影が許可されている事ですね。これはブロガーにはうれしい限りです。

さて、カサ・バトリョについてはガウディ研究の第一人者である鳥居徳敏さんが当然の如く詳しく書かれています:鳥居徳敏:ガウディ建築のルーツ:造形の源泉からガウディによる多変換後の最終造形まで:鹿島出版会、2001年。

鳥居さんによると、ガウディがこの建築で試みた事は内部空間を「海底洞窟」、ファサードを「海面」に見立ててデザインしたとの事。

「カサ・バトリョはガウディがそれまでの情報で聞くか読むか見るかした海底洞窟や、同造形の水族館の記憶に基つく。」P203

この事を頭の片隅に置きながら建築を訪れてみると、建築体験がより豊かになって楽しさ倍増です。更に撮った写真を著作と見比べながら思い出したりすると、「そうか、あそこのデザインはこういう事だったのか!」と再発見する事が多くってとても勉強にもなります。

さて、この建築を訪れて僕が感動したのはやはり内部空間です。そしてその魅力がこの建築全体を貫いている「空間物語」。その物語の始まりがココ:



ガウディ建築の中でも抜きん出て卓越した質を持つこの空間から、この建築の物語が始まります。正に薄暗い洞窟をイメージしたかのような空間。そしてそのデザインの質の高さには驚かされます。注目すべきは階段のデザインです。



まるで一匹のドラゴンが天に昇っていくかのような見事なデザイン。そしてここがポイントなのですが、天井のデザインです。この建築には「これでもか!」と言うほど、天井のデザインに力が注ぎこまれている。



何処からが壁で何処からが天井、もしくは手すりだか判らないくらいに融解され、一体化された空間デザイン。そして天井の切り込みから違う種類の光が、まるで「おいで、おいで」と言っているかのように、我々を2階へと誘っているかのようです。

前に何度か書いたのですが、この空間を見るたびに思い出すのがアルヴァロ・シザの建築空間です。シザの建築の特徴は主に3つ。パースペクティブ的空間、アプローチ空間と天井のデザインです。これら3つがシザ建築の特徴を決めていると言っても過言では無いと思うのですが、そのシザに多大なる影響を与えたと思われる(勝手に僕が思っている)のがガウディの建築なんですね。シザはあるインタビューの中で小さい頃にバルセロナを訪れた事、そしてガウディ建築に感銘を受けた事を告白しています。(詳しはコチラ:地中海ブログ*マドリッドの都市戦略その2:アルヴァロ・シザ(Alvaro Siza)について

鳥居徳敏さんが、カサ・バトリョにおける建築デザインの由来についてこんな事を書かれています:

「・・・だとすれば、この作品はどこから生まれたのか。ガウディの想像力から、と人はいう。その想像力はどこから来るのか。想像力は記憶をベースにする、と哲学者は答える。では、その記憶はどこからくるのか。記憶は自らが過去に見、聞き、読み、体験したことに基ずく。すなわち、記憶とは自分以外の外界との接触によって体験したことの記憶である。」P203

これって、シザについてもそのまま当てはまるんじゃないのかな?シザの、あのすばらしい天井のデザイン、あの天井に対する執着は小さい頃に見たガウディから多大なる影響を受けたのではないのか?と思うのは僕だけでしょうか?

さて、そんな事を思いながら2階へと上って行きます。すると、ここで大変面白い体験をする事が出来ます。進行方向左手側の壁、つまり1階から見た時の天井部分がくねっていた事から、階段を上るにつれて2階のロビー空間がチラチラ見えたり、見えなかったりして、面白い視覚効果をかもし出しているんですね。









そして行き着いた先の空間の天井には、潜水艦の天窓を思わせる2つの丸窓がデザインされています。







その後、キノコの形をした暖炉を抜けると、この建築のクライマックス的空間であるメインロビーに行き着きます。それがこの空間:



世界一華やかな歩行者通りと言われるグラシア通りの眺めを独り占めするかのような、大変に贅沢な空間です。この空間については言いたい事は山ほどあるのですが、何か一つ挙げろと言われたら、やっぱり天井ですね。



天井全体が渦を巻いているかのような、大胆かつ美しいデザイン。



天井が溶け出す力と、それを食い止めようとする力、まるでそれらがせめぎあっているかのような、「動」と「静」を同時に表現したかのような見事なデザインです。この天井については鳥居さんがこんな事を言われています:

「大通りに面した中央サロンの彫りの深い渦巻き状に回転する天井は海底から見た渦潮を造形化したものであろう。この渦巻き天井はノーチラス号の図書室を思い出させる。ヴェルヌは、「電灯が、そのよく調和のとれた部屋全体を照らしていたが、その光は渦巻型の天井に半分ばかりはめこまれた曇りガラスの電球四個からさしていた」と書いているのだ」P205

ヴェルヌで思い出したけど、友達にビーゴ出身のスペイン人がいて、「ビーゴは何にも無いけど唯一の誇りが、ノーチラス号の資金源がビーゴ近郊に沈没した船からだった事だ」という、かなり微妙な自慢話をしていました。へぇー、へぇー、ヘェー。

それにしてもどうしてガウディってこんなにも海中や潜水艦に興味を抱いていたのでしょうか?世界で最初に潜水艦を作ったのはカタラン人のモントゥリオル(Narcis Monturiol)だという事は以前書いたのですが、やっぱりその辺りと関係があるんですかね?

ちょっと長くなってしまったので、パート2に繋げます。

ガウディ建築の傑作、カサ・バトリョ(Casa Batllo)その2:カサ・バトリョを訪れる観光客の行動に見るグローバリゼーションの一側面に続く。
| 旅行記:建築 | 23:00 | comments(2) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
オリオル・ボイーガス(Oriol Bohigas)による伊東豊雄批判について思う事:バルセロナ国際見本市会場(Fira Barcelona)とSuite Avenue
以前のエントリ(バルセロナにて村上春樹氏による講演会:地中海ブログ)で少しだけ触れたのですが、現在バルセロナにあるカサ・アジア(Casa Asia)という機関において日本人建築家の伊東豊雄さんの展覧会が開かれています。この展覧会では伊東さんがバルセロナで先日完成させた2つの建築を主に扱っています。





一つ目は、バルセロナが戦略的な都市発展に向けて位置付けているエリア(Hospitalet)の核となる施設、バルセロナ国際見本市会場(Fira Barcelona)。全体が完成した暁には赤色が印象的な2本の塔がお目見えする事となっています。





もう一つはバルセロナの目抜き通り、グラシア通り(Passeig de Gracia)にオープンした一風変わったホテル(Suite Avenue)のファサード改修計画。

さて、そんな今や世界中で大人気のスター建築家になってしまった感のある伊東豊雄さんの建築なのですが、先週,
スペイン建築界の重鎮オリオル・ボイーガス(Oriol Bohigas)による「最近の建築界の脆弱ぶりに一言モノ申す」みたいな記事(El Pais, 1 de Abril, 2009, p2)が新聞に載っていました。その矛先を向けられたのが、何を隠そう我らが伊東さんの展覧会と新しいホテル。

ボイーガスというのは基本的に正統なモダニストの立場を守っていくという文化人ですから、従来のモダニストの建築言語やコンセプトにそぐわない建築には大変厳しい目を持っているようです。伊東さんが目の前にあるカサ・ミラ(La Pedrera)を引用して、「ガウディに応えるようにデザインした」と言っているのも気に入らないみたい。



「あのグニャグニャしたファサードは社会文化を表しているのでも無ければ、芸術的な価値があるのかどうかも疑問」と結構手厳しい。何より許せないのが、建築が都市のマーケティングに利用されている事らしいです。つまり都市が「良いイメージ」を売る為にスター建築家を雇い、建築家の側も一般人の気を惹く為に何の脈略も無く派手なファサードを生産するという共犯関係。正に僕が長い間論じてきた「広告としての建築・都市論」ですね。

うーん、まあ、ボイーガスの言いたい事も分からないでも無いけど、個人的な意見としては、そこまで言う程この建築は悪くは無いと思う。何より僕が大変に気になったのは、果たしてボイーガスの言うように本当にコノ建築は何も表してはいないのか?という点です。

僕はちょっと違う意見を持っていて、確かにあの建築は都市に住む人々の共同体的なモノは表していないのかも知れない。しかし、グローバリゼーション時代における現代都市の住民というのは、何も一般市民だけを指すのでは無さそうだという事を理解しておく必要があるかと思います。そしてそんな状況下では「現代都市の無意識」は何処に向いているのか?といったら明らかに観光だと思います。何度も論じてきたように、今や現代都市の諸現象はそのほとんどが観光の周りに起こっているんですね。

そしてそういう観点で見るならば、あの建築は僕らの社会の一側面を鋭く表しているように思えます。何故なら「派手である事」こそ、今の都市が求めている事であり、観光客が写真に収めたいと思っている事なのだから。

誤解してもらっては困るけど、別に僕はそれが良い事だとは言っていません。良い事なのか悪い事なのか、はっきり言って判断に迷っている所です。しかし、それらの現象(観光とそれに伴う諸問題)が我々の都市のリアリティの一部であるという事は紛れも無い事実です。

ボイーガスはあの建築を「表層的で大衆的だ」と皮肉っていますが、正にそれらの言葉こそ、我々の時代、グローバリズム化された社会を表す言葉なのでは無いのでしょうか?

ずっと前に森川嘉一郎さんが言われていた事に、「今の社会にはアバンギャルドは存在しない。何故ならアンチ権力(アバンギャルド)が存在する為には、反抗すべき大きな物語が存在しなければならず、そんなものは今や何処にもないからだ。そんな状況下では建築家が表すべき大きな物語(国家や社会など)は存在しえず、何かを表そうとすれば、必然的に個人的趣味に頼らなければ無くなる」みたいな事を書かれていました。その一つの例証としてグッゲンハイムを挙げられていた(つまり一見アバンギャルドに見えるあの建築が表しているのはバスク地方の共同体などではなくて、単なるゲーリーの気分みたいな)のですが、「僕はそれは大変日本的な視点だと思う」という事を以前書いたんですね。日本から見たら、ゲーリーは個人的趣味であのようなグニャグニャを作った様に見えるかも知れないけど、ヨーロッパ的視点から見たら、アレは観光という都市の無意識を非常に鮮明に表した建築家の回答ではないのか?という事を書きました。何故なら建築家とは「人々が無意識下に感じていながらもナカナカ形に出来なかった事を一撃の下に表す行為だから」です。

今回の伊東さんのホテルとボイーガスの批判を見ていて、それらがそのまま当てはまるんじゃないのかなー?と思ってしまいました。

しかし今回の件で僕が一番に評価したいのは、伊東さんの建築家、いや人間としての器の大きさです。バルセロナ国際見本市会場を含め、あのような大変装飾的なデザインをするのは建築家としては非常に危険な「賭け」だと思います。

何か新しい事や普通じゃない事を始めるという事は、回りから非難される事を意味します。出る杭は必ず打たれます。それを敢えて分かった上でやるというのは、とても勇気のいる事です。何よりも、既にある程度の世界的名声を確立したんだから、今までのスタイルで守りに入ればいいのに、彼は別の道をワザワザ選んでいる。

「人間、何時如何なる時も、これくらいの勇気を持って生きてみろ!何時までも「革新」という精神を保ち続ける事が出来るか?」と問い掛けられているかのようです。

なんか、今日は伊東さん擁護論みたいになっちゃったけど、決して僕は彼の回し者ではありませんので(笑)。
| 建築 | 07:18 | comments(4) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
バルセロナの食べ歩き方:クロワッサン(cruasan)篇:カウントダウン第9位と第8位:Montserrat del RocとBolet
前々回のエントリ、「バルセロナにて村上春樹氏による講演会」の続きです。

講演会に入れなかったので、その腹いせにクロワッサンのヤケ食いツアーをしました。ツアーといっても一人ですけど(笑)。最初に行ったお店はクロワッサン特集第9位にランクインしたお店、Montserrat del Rocです。



コンタクト
住所:Travessera de Gracia 172
電話番号:932184743

場所は我が子のようにかわいいグラシア地区。偶然にも、講演会が行われた図書館と同じ建築家がデザインした図書館のまん前にあります。嫌味かー!!!



(余談ですが、この図書館のデザインはナカナカ良いですね。多分、コノ図書館の建築家ジョセフ・リナスの傑作に数えても良いと思います。)





その図書館を見ながらお店のショーウィンドウを見ると、コレマタ、美味しそうなお菓子と一緒にクロワッサンが並んでいます。



店内は昔の趣を残す懐かしい感じの駄菓子屋さんっぽいかな。早速クロワッサンを注文。で、早速パク。「ん」、なんとなく懐かしい味。何処かで食べた味だなー、と思いながらもナカナカ思い出せない・・・。3分後、「そうか!ポルトガルのクロワッサンの味に似てる!」

ポルトガルのクロワッサンというのは、フランスのそれに近いと思うのですが、ちょっと小さめで中身が濃いという特徴があります。ためしに後日、友達のポルトガル人を連れて食べに行ったら、彼も「うん、コレはポルトガルのクロワッサンだ!」と言っていました。バルセロナでポルトガル味のクロワッサンを食べられるのは、そう多くは無いと思います。モノ珍しさに試してみる価値ありかも。(値段は一つ0.75ユーロ)

さて、そんなクロワッサンを頬張りながら、次に目指すは第8位にランクインしたお店、Bolet。



コンタクト
住所:Major de Sarria 122
電話番号:932031974

場所はサリア地区です。「サリアかー、グラシアからはちょっと遠いなー」とか思いつつも、時間もあった事だし行ってみました。場所を携帯で調べてみたら、なんと第10位のお店の直ぐ近くじゃないですか!道を挟んで丁度反対側くらい。(行き方はこちら:バルセロナの食べ歩き方:クロワッサン(cruasan)篇:カウントダウン第10位:Foix de Sarria:地中海ブログ)

小さなお店ですが、ショーウインドウの飾りが素敵です。



店に入ると、とっても元気で愛想の良いおばさんが出迎えてくれました。で、クロワッサンを一つ。



で、早速パク。「うーーん」、ちょっとパサパサしてて、脂っこい。イマイチかな。ここのクロワッサンは僕の口にはちょっと合いませんでした。(値段は一つ1ユーロ)
| レストラン:バルセロナ | 22:48 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
とっても素敵な出会いがありました:岡部明子さんとグラシア地区を歩く
バルセロナの大、大、大先輩、岡部明子さんにお会いする事が出来ました。

多分、人っていうのは、その人の人生を決定的に変える「転換期」みたいなのが一生の内に何度かあって、皆それぞれ、重要な選択を迫られる時があると思うのですが、そんな時、何を頼りに決断するのかは人それぞれ。例えばそれは本であったり、人の助言であったり、それまでの経験であったりする訳なんですが、そんな数々の選択と偶然が積み重なって、僕等の人生は構築されていきます。

僕の歩んできた30年そこそこの人生において、最近の、そして最大の転換期は7年前、「バルセロナを後にして建築設計に戻るか?」それとも「バルセロナに残って都市政策・環境政策に従事していくか?」という選択でした。その選択を迫られた時、僕の決断に決定的な影響をもたらし、その著作を通して僕の人生を変えた(変えてくれた)のが岡部明子さんでした。

岡部さんの事を初めて知ったのは多分、「造景」という雑誌に寄稿されていた論文が初めてだったと思います。

あまり深く考えずにヨーロッパに来てしまい(笑)、「何をしようかなー?」と悩んでいた時に出会ったのが彼女の論文だったんですね。ヨーロッパの都市政策や環境政策を詳細に追って行く彼女の論文は、自分が少なからず身を置いているヨーロッパという未知の世界で、「こんな事が起こっているのか?」という新鮮な驚きを僕に与えてくれました。

その当時、僕なりに「EUや地中海という大海原で動き回るバルセロナ」を調査していたのですが、纏めきれずにウヤムヤだった部分を非常にクリアーにしてくれたのが、岡部さんが企画・編集に関わられた、「TN Probe vol.10 シンポジウム・シリーズ:現代都市ドキュメント PROBE 02計画からマネジメントへ」。その後直ぐに出版された「サステイナブルシティ―EUの地域・環境戦略」は、今でも僕のバイブルです。

これら数々の素晴らしい著作とその出会いが無かったら、僕は確実に今の人生を送っていなかったと思います。そして今、僕が辛うじてバルセロナで生活出来ているのも、彼女が道筋をつけてくれたからです。

思えば7年前から、それこそ穴が空くほど見た名前、その名を持つ女性にお会い出来る日がやってこようとは、夢にも思いませんでした。

何時もの事ながら、お会いする前は死ぬ程緊張したけど、本物の彼女はとても気さくな方で、とてもリラックスしてお話させて頂く事が出来ました。

お話してて思ったのですが、岡部さんの思考の核には「人の存在」が先ずは第一にあるのかなー?と思いました。〔また勝手な事言ってゴメンなさい!)それこそ、「公共空間を人の手に取り戻す」じゃないけど。それは多分、彼女自身が至る所で言明されている、「バルセロナ、はたまたラテン文化の影響」なのではないのでしょうか?

ラテン文化の人々は問題解決に「対話」を非常に重視します。何か問題が発生すると、徹底的に話込んで、相手が納得するまで永遠と議論を続けるんですね。多分、北の国の人達が「規則やシステム、フレーム」を重視するとしたら、ラテンの人というのはゆるやかなフレームを用意しつつ、対話で適宜対応していく柔軟さを持っているのでは無いかと感じています。

以前のエントリ(マニュエル・ボルハ・ビジェル(Manuel J. Borja-Villel)の都市戦略:国立ソフィア王妃芸術センター(Museo Nacional Centro de Arte Reina Sofia)を通した21世紀の美術館の在り方:地中海ブログ)で書いた北と南の違い、ボルハが言う、目と口の文化の重要性の違いが影響しているのかもしれません:

・・・その時の基盤となっているのが北と南では人々の生活の特徴が違うという、結構当たり前の事実です。ではどう違うのか?彼は北に属する人々の特徴として「目」の優位性とそれに基つく視覚化・視覚性を挙げ、それに対して南に属する人々の特徴を「対話」に求めます。

「北はもっと図像的であり、鮮やかさが重要であり、体に対して目に特権性が与えられている。その一方で南、特に地中海においては口述の文化、そして体の動きの文化が存在する。」

"El norte es mas icónico, la visualidad es importante, se ha privilegiado el ojo sobre el cuerpo. En el sur, sobre todo en el Mediterráneo, hay una cultura de oralidad, del movimiento del cuerpo.", p42


このような対話を重視する文化だからこそ、それを行う場、人と人が出会う場(公共空間)が都市の中において重要になってくる訳です。地中海都市というのは、そんな仕掛け(パブリックスペース)だけを用意しておいて、その中で行われるアクティビティは各個人個人がルールを決めて勝手にやってくれ、バルセロナの公共空間は、まるでそう囁いているかのように、僕には聞こえます。

多分、そのもっと深い所には「人を信じる」という確固とした信念があるのかなー?とか思っちゃったりもします。3人寄れば文殊の知恵じゃないけど、人と人は話し合う事で分かり合える、そうする事できっと社会は良い方向に向いていくに違いないという信念。

多分、岡部さんも人の力を信じている。信じているからこそ、人が繋がるプラットフォームに多大なる関心を示されているのだと思うんですね。

お別れした後、お話した事を一つ一つ頭の中で思い出し、整理するたびに、その言葉が意味したもの、その主題の裏に隠された意図などが段々と分かってきて、その場で直ぐに理解できなかった自分がとても悔やまれました。彼女はまるで飛行機が急降下するかのように、問題の核心に一気に降りて行き、ダイバーの如く、深い深い海の底からヒトカケラの真実を探り出してくるかのようです。

これからも色々と教えて頂く事が多いかと思いますが、同時に「何時か僕もああなりたい、あそこまで行ってみたい」と、本気で思った夜でした。
| バルセロナ日常 | 22:17 | comments(3) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
バルセロナの食べ歩き方:citrus(シトラス):観光客にお薦めのレストラン
今週末はボストンから友達のファビアン君(Fabien Girardin)が来ていたので、久しぶりにディナーを一緒に取りました。実は金曜日の午後にヤフーリサーチ(Yahoo Research)で行われた彼の講演会にゲストとして呼ばれていたのですが、あいにく都合が付かず行く事が出来なかったんですね。聞くところによると、バルセロナ・メディア(Barcelona Media)ポンペウ・ファブラ(Pompeu Fabra)テレフォニカ(Telefonica)など会場には入りきらないくらいの人達が押し寄せて、大盛況だったそうです。

さて、今日行ったレストランはバルセロナのど真ん中、観光客なら誰しもが訪れるグラシア通りにあるレストラン、シトラス(citrus)です。

コンタクト
住所:Passeig de Gracia 44, 1r pis
電話番号:934872345
Web: www.angrup.com

日本人にはおなじみのロエベ(Loewe)やカサ・バトリョ(Casa Batllo)などが並ぶブロックの真向かいに位置する事から、さすがに観光客が多い。入っていきなり英語で話しかけられたのにはビックリしました。店内はとても広々としていて、とてもお洒落なデザインで統一されています。



先ずは飲み物を注文し、今日の料理を選ぼうとメニューを開いてビックリ!なんと日本語メニューがあるではないですか!日本語の他に、英語、フランス語、ドイツ語、イタリア語、ポルトガル語など、様々な言語表記がしてある。これは観光客には便利な事、間違いなしですね。

今日のワインはこちら:



Penedes, Vallformosa
とってもフルーティーな赤ワイン。なんとなくブルーベリーのような味わいがしたかな?とか思うんですけど、とにかく飲みやすい一品でした。
そしてコレが今日の一皿目:



牛サーロインのカルパッチョ、ルッコラとバルメザンチーズ

カルパッチョってこちらへ来て初めて食べ始めたんだけど、チーズとすごく相性が良くて結構はまってます。上に載ってる緑の草がルッコラだと思うのですが、ちょっと苦味があって、コレマタ肉とチーズと良く合う。

そして今日のメインがコレ:



アンコウと車海老のプロシェット、トマトコンフィのライス付き

アンコウって日本ではあまり食卓には並ばないと思うのですが、スペインではタラの次くらいに良く食べられる魚なんですね。日本ではアンコウ鍋などを想像してしまいますが、こちらでは主に焼いたりして食べます。今日の料理はこのアンコウとプリプリの車海老を串焼きにしたものが出てきました。

アンコウの味の方はというと、さっぱり系ですね。アンコウっていう外見から、脂っこいのかなー?とか思ってたけど、全然そんな事は無くて、食べやすかったです。驚いたのが、付け合せのトマトライスとすごく相性が良いと言う事。トマトの酸味が魚の旨味を巧く引き出している。絶妙な組み合わせです。

そして今日のデザートがコレ:



ブラックチョコレートのミルフィーユとふわふわパッションフルーツのピーチソースがけ

ちょっと苦味のきいたブラックチョコレートの板の間にカスタードクリームが挟まっている。パイ生地の代わりにチョコレートを間に入れたからミルフィーユというわけか!ピーチソースがある事で、爽やかな感じを口の中に残しますね。

さて、今日はメニューに日本語表示があったので、自分が何を食べるのか?食べたのか?が完璧に分かって、とっても満足でした。料理単語ってものすごく専門化しているので、スペイン語で完全に理解する事は先ず不可能なんですよね。分かったとしても容易に想像は付きません。例えば、今日のメインをスペイン語表示にするとこうなります:

Brochetas de rape y langostinos con arroz de tomates confitados

今日のデザートはこんな感じです:

Milhojas de chocolate negro y espuma de fruta de la pasion, con salsa de melocotones

分からない事は無いけど、やっぱりこの表記から想像はしにくいなー。と言う訳で、日本語表記があるこの店は、それだけで点数アップ。加えて味の方もナカナカのもの。気になる値段の方は、2皿+デザート+食後のコーヒー+ワイン+水で、一人30ユーロでした。

観光に適した立地、店の雰囲気、味、サービスを考えたら、この値段は決して高くは無いと思います。
| レストラン:バルセロナ | 21:41 | comments(2) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
バルセロナの食べ歩き方:ニウ・トック:NiU TOC
バルセロナの街はイルミネーションの飾り付けも終わり、気分はもうクリスマスです。中心街の夕暮れ時にはこの寒いのに人の波。それでもこのイルミネーションを見る為だけに外に出る価値はあると思えるような、とても素敵な飾り付けなんですね。

そんな事を思いながらも昨日の夜は仕事関係のディナーの為に、我が子のようにかわいいグラシアにやってきました。今回選んだレストランはタラ料理とお米料理の専門店、NiU TOC。



場所は地下鉄フォンターナ駅(Estacion Fontana)から歩いて10分程度、グラシア地区(Distrito de Gracia)の中心であるヴェルディ映画館(Cine Verdi)のちょっと下、レボリューション広場(Plaza Revolucion)にあります。

コンタクト
住所: Plaza Revolucion de Septiembre, 3
電話番号: 932137461

このレストランは数年前にカタラン人の友達に教えてもらって以来、結構行き着けにしているのですが、とにかくタラ料理とお米料理は絶品です。そして何より美味しいのがヤギチーズのサラダ(Ensalada de queso de Cabra)。僕はディナーの時の一皿目は大抵ヤギチーズのサラダを頼むのですが、何を隠そうヤギチーズサラダに病み付きになったのは、このレストランで食べたのが始まりでした。様々なレストランで試したのですが今の所ココがナンバーワン。



と言う訳で先ずは何時ものようにワインから。今日のワインは自家製赤ワイン(Vino tinto de la Casa)。ナカナカの旨味です。そしてワインやパン、オリーブが置かれたテーブルの飾り付けもナカナカ良いデザインだと思います。



そしてお待ちかねの一皿目。ヤギチーズのサラダ。ココのサラダの特徴はなんと言ってもヤギチーズが軽く焼かれていて、こんがり焼き目がついたパンの上に載っている事です。それだけでコレほどまでに味わいが違うのか!という程クオリティが上がるのには驚きです。ほんの少しまぶせられた生ハムと干しぶどうの甘味がチーズと相まって、この上ないハーモニーを醸し出している。味王様じゃないけど、「コレはうまいぞーーー!」。



2皿目は僕は海産物のパエリア(Paella Marinera)を頼みました。ココは少し塩味が強いので注文する時に塩少な目に頼むのがコツです。米料理専門とあって、とても満足のいく味付けです。ちなみにこのレストランではパエリア初め、フィデウア(Fideua)などを1人前から注文する事が出来ます。



今回一緒に行った相手方はタラ料理(Bacalao a la llauna)を注文していました。タラを少し揚げたものにインゲン豆をニンニクで炒めたものが添えてあるこちらの伝統料理です。少し頂きましたが、豆とタラがこんなに合うのか!と思えるくらいの旨味でした。



ここまでで既にお腹一杯だったのですが、デザートは別腹。と言う事でコレマタ伝統料理のクレーマ・カタラーナ(Crema Catalana)を注文する。手作りしているだけあって、クリームが重厚でした。

その後、コーヒーを頼んで占めて一人27ユーロ。これは安い!お店のデザインも良いし、観光客が来る所でも無いので比較的落ち着いて食事をしたい人にはとてもお薦めのレストランですね。
| レストラン:バルセロナ | 17:34 | comments(2) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
レセップス広場改修工事(Remodelacion de la Plaza Lesseps)に見るバルセロナモデル(Barcelona Model)の本質
今日の新聞(La Vanguardia, 18 de Noviembre 2008)にバルセロナで進行中のプロジェクト「レセップス広場改修工事(remodelacion de la Plaza Lesseps)」に関する記事が載っていました。レセップス広場はバルセロナの中心からちょっと北へ行った辺り、丁度我が子のようにかわいいグラシア地区(el barrio de Gracia)の上方に位置します。



観光客に大人気のグエル公園(parque Guell)に一番近い地下鉄駅、レセップス駅(L3 Lesseps)前だけあって毎日沢山の人がレセップス広場を訪れるのですが、この広場はお世辞にも気持ちの良い広場だとは言えなかったんですね。その一番の理由はココに集中している交通事情によるものだと思います。何時行っても車、車、車の嵐。駅と広場は大きな道路で遮断されていて、渡ろうにも渡れない。広場にいても車の騒音と排気ガスでなんだか落ち着かない・・・。という訳で広場の改修と同時に交通計画の見直し、そしてこの地区の生活の質を上げる為に文化施設である図書館が計画されました。







ちなみにこの図書館は今バルセロナで乗りに乗ってる建築家、ジョセップ・リナス(Josep Llinas)によって設計され、2006年度のFAD賞(Fomento de las Artes Decorativas)に輝いています。

さて、今日の記事を取り上げようと思ったのは現在のレセップス広場改修工事を取り巻く状況が「バルセロナモデルの秘密」を物語っている様に思えたからです。

世界的に見て日本ほど「バルセロナモデル」に興味を抱いている地域は無いと思うので、当ブログでもバルセロナの都市計画には結構言及してきました。そこで僕が何時も強調してきた&したいと思ってきた事は近隣住民組合の存在と彼らの都市に対する意識の高さだったんですね。バルセロナでは住民の一人一人が「自分の街だ」という意識を持っていて、市がする事に対しては何時も鋭く目を光らせています。建築家が何かしようものならすかさず声を上げる。

依然聞いた話にヨーロッパのお国柄事情を説明する面白い冗談がありました。イギリス人とフランス人、そしてスペイン人を比較したものなのですが、「イギリス人は走る前に何故自分が走るのか考える。フランス人は何故自分が走っているのか、走りながら考える。スペイン人は何故自分が走ったのか、走った後に考える。」特にカタラン人、全くそうだぎゃー。

都市に関して、こういう口うるさい市民が常に目を光らせているというのは建築家にとってはかなりプレッシャーのはずです。なんせ、下手な事をしたら命取りになりますからね。しかしこのようなプレッシャーがあるからこそ、建築家はそれこそ命懸けで良い物を創ろうと思うし、全力を持って市民を納得させようと思う訳です。だからこそ、建築とは「そこに住む人達が思っていながらナカナカ形に出来なかった思いを一撃の下に表す行為」なんですね。そしてこのような途方も無い一つ一つの積み重ねがヨーロッパの都市と風景を形創ってきました。

夏に僕の尊敬する中村研一先生にお会いした時に、「都市は基本的に前衛にはなりえない」と言われていた事を思い出します。そう、都市とは基本的に保守的なんです。それはヨーロッパに住んでいるとよーく分かります。それでも都市は前進しなければならない。その歩みは本当に少しずつですが、僕らは前へ進まなければならないのです。その為に必要な人、基本的に保守的な人々を纏め上げ納得させる事が出来る能力を持った人、その人の事を僕らは建築家と呼ぶのだと思います。

それにしても建築家と近隣住民の衝突は見てるだけでもスリリングです。ちなみに今日の新聞を飾っていた建築家に対する言葉の数々はこちら:

「来月完成する新しい広場はデザインの無秩序地帯だ(Desconcierto por el diseno de la nueva plaza, que se inaugurara en un mes)」

「鉄のスクラップ広場(La plaza de la chatarra)」

「市は我々がヴィジュアルインパクトの強い建築エレメントが嫌いな事を知ってるはずだ。しかも約束した緑地スペースは小さいし(El distrito sabe que no nos gusta el impacto visual de los elementos arquitectonicos. Ademas, hay menos verde del que nos prometieron)」


こんな事を公然と言われたら僕だったら凹みますね。担当したのはバルセロナでも屈指の建築家、アルベルト・ビアプラーナ(Albert Viaplana)。



80年代にサンツ駅前広場(Sants Estacio)のデザインでパブリックスペースデザインの新潮流を創り出し、建築デザインでもバルセロナ現代文化センター(CCCB)の大変見事な空間構成でその実力をまざまざと見せ付けた実力派。

そんなマエストロはこれまで幾多の困難をかいくぐってきた貫禄で新聞のインタビューに答えてました。だけど、まだ完成してもいないのに、上記のような言葉を浴びさせられるとちょっとかわいそうな気もしますね。
| バルセロナ都市 | 21:43 | comments(4) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
バルセロナの食べ歩き方:サシャ:Sasha BARestaurant
今日は定期的に行なっている日本人の友達Mさんとの昼食会に行ってきました。バルセロナ歴が長いMさんは稀に見る食通。バルセロナにある美味しいレストランを全て知り尽くしているのではないかというぐらいの博識ぶりには何時も驚かされます。今日も彼女がよく行くというイタリアンレストランへ連れて行ってもらいました。

場所はバルセロナで最もお洒落な地域、グラシア地区。そう、我が子のようにかわいいグラシアです。4年程前からこのエリアの都市開発及び開発後のモニタリングの責任者をしている関係で、グラシア地区、特にこのレストランがある市役所周りには何百回と来ているはずなのですが、全く知りませんでした。

場所は地下鉄フォンターナ駅から歩いて10分程度、グラシア地区の市役所広場の直ぐ脇にあります。

コンタクト
住所: Martinez de la Rosa 71
電話番号: 932185327

Mさん曰く、ここのレストランは肉料理が美味しいとの事。イタリアンには頻繁に行くのですが、言われてみればイタリアンレストランで肉料理は食べた事が無い。しかもバルセロナでは珍しくステーキにソースが掛かっているとの事です。

楽しみだなー、とか思ってたらアンティバスト(Antipast)が出てきました。



カタラン名物、パンコントマテ(Pan con Tomate:パンにトマトを擦り付けてオリーブオイルをかけたもの)かと思ったら、トマトとニンニクをみじん切りにして塩とオリーブオイルを混ぜたものをパンの上に載せたものらしい。コレがかなりいける。美味しい!

そうこうしている内に一皿目が出てきました:



中に青かびチーズと洋ナシが入ったフレッシュパスタのトマトソース和え。青かびチーズがそれ程くどく無く、洋ナシの甘さと相俟って絶妙な味付け。コレは美味しい!さすがイタリア人が作るパスタだけある。しかもそんなに量も無く、一皿目としては丁度良い量ですね。

で、今日のメインがコレ:



シイタケソースの牛肉ステーキ(Filet de vedella con setas)
ちなみにMさんのメインがコレ:



生クリームと胡椒のソースの牛肉ステーキ
上に書いたようにバルセロナでソース付きのステーキは結構珍しいと思います。しかもすごく柔らかくて口の中でとろけるよう。更にシイタケのソースが本当に肉に良く合う。Mさんのも試食させてもらったのですが、胡椒がそれ程きつく無くコレマタ、牛肉に絶妙なハーモニーを醸し出していました。

イタリアンレストランというと直ぐにパスタやピザを連想してしまいますが、実は肉料理や魚料理も美味しいという事を頭に入れておくべきだとかなり思いました。

で、最後はコレ:



僕のデザートはレモンシャーベット。ちょっと重い食事をした後はシャーベットが良く合いますね。



Mさんはイタリアンデザートの王様、ティラミスを注文。例によってちょっと貰ったのですが、大変クリーミーで「大変おいしゅうございます」でした。

これだけ食べて会計は一人40ユーロ。ちょっと高めでしたが、味は勿論、場所も良い雰囲気で定員さんもとても愛想が良く気持ちが良い食事だったので大満足でした。
| レストラン:バルセロナ | 23:20 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
バルセロナ賃貸住宅価格事情その2
昨日の新聞(La Vanguardia Domingo, 12 Octubre 2008)に第二四半期(4,5,6月)におけるバルセロナ賃貸住宅価格情報が載っていました。スペインにおいて住宅問題はテロと並ぶ最重要課題の一つに挙げられています。故に当ブログでは定期的にバルセロナ賃貸住宅とバルセロナ新築住宅問題を取り上げているんですね。

地中海ブログ:バルセロナ賃貸住宅価格事情と新築価格事情

地中海ブログ:バルセロナの住宅事情2

地中海ブログ:バルセロナの住宅問題

今期の特徴はなんと言っても賃貸住宅価格の上昇です。バルセロナ全体で見た時、前年の同時期と比べて価格が10%も上がっています。(平均的な大きさ(71m2)で毎月の価格、1037ユーロ)バルセロナ市内で一番価格上昇が激しい歴史的中心地区(Ciutat Vella)に限ってみると、なんと21%という馬鹿げた数字をたたき出しています。

第一期四半期(1,2,3月)の賃貸状況をレポートした時に書いたのですが、その時の最大の特徴が「今までうなぎ昇りだった賃貸価格にかげりが見え始めてきた」でした。第一期四半期の上昇率はマイナス2%。これはスペイン経済の失速を受けてのものだったんですね。ここから賃貸価格は下降路線を辿るのかと思いきや、今期は上昇に一転。やっぱり市場は生き物だなー。

今回こんなに賃貸価格が上昇したのにはそれなりの理由があります。それは今までスペイン経済を引張ってきたスペイン不動産業の崩壊に伴うスペイン経済危機。住宅価格が実質価格の30%増し(EU調査委員会のレポート)で売買されバブルの様相を呈していた不動産業に急に陰りが見えてきたのが去年末の事。それまで飛ぶように売れていた住宅がさっぱり売れなくなり、国民は「買う」よりも「借りる」方針にシフトし始めたんですね。普通のサラリーマンではとても払えないような馬鹿げた住宅価格と、もう少し待てば価格は下がるんじゃないかという噂が市民の間に一気に広がり、需要と供給のバランスが崩れた事から今回の急激な賃貸価格上昇になったと考えられます。

今回もバルセロナで一番高額だったのがSarria-Sant Gervasi地区で1305,4Euroとなっています。この価格はバルセロナ平均賃貸価格と比べると26%も上を行っています。地区別価格で注目なのが、我が子のようにかわいいグラシア地区(Gracia)。今回初めて月額が1000ユーロを超えました。前回(1,2,3月)が984ユーロだった事を考えると3ヶ月でこの上昇は以上だ。グラシアが1000ユーロの大台を突破した事によって、バルセロナ市内で1000ユーロを超えた地区が今回は6地区。これは前回の3地区からは大幅な変化です。

ちょっとココからは個人的な感想になるのですが、何度か当ブログでレポートしているようにグラシア地区の都市計画を実施したのは僕達です。特に2005年に僕達が計画した歩行者空間計画でグラシア地区の様相はガラリと変わりました。車を排除し歩行者に優しい空間にする事により、以前より街路レベルにおけるアクティビティが増え、人に優しい住みやすい街になったと自負しています。その結果が今回の賃貸価格上昇だと僕は考えています。住宅の価格というのは市場における需要と供給のバランスによって決まります。そこに住みたい人が沢山いれば、住宅価格は上昇するんですね。そういう意味において僕達のプロジェクトは大成功だったと言う事が出来ると思います。

その反面、その大成功の裏に負の面がある事も又事実。それが人や観光客が集まりすぎる事による騒音やゴミ問題、ひいては今回の価格上昇による既住民の追い出しなどに見られるジェントリフィケーションなどなんですね。特にジェントリフィケーションについては今の所解決のしようがありません。理由は簡単。それは市場が生き物だからです。

バルセロナの賃貸価格や住宅価格が上昇しているという事はこの都市の生活の質が大変高くて多くの人が住みたがっているという証拠です。そういう意味においてバルセロナ市の計画に従事している人は誇りを持って良いと思います。その反面、我々は自分達が都市にとって良いと思ってした事によって引き起こされる負の面にも意識的であるべきだと思います。今回の新聞記事を読んで改めてその事を強く気が付かされました。


バルセロナ市内街区別賃貸価格リスト
街区名   賃貸価格  上昇(減少)率  平方メートル辺り賃貸価格
Sarria-Sant Gervasi   1305,4Euro   6,1%,   16,41 Euro
Les corts        1097,27 Euro  -3,2%,   15,10Euro
Eixample        1139,26Euro   11,5%,   14,89Euro
Gracia         1015,89Euro   9,7%,   16,38Euro
Sant Marti       1007,48Euro   8,7%   15,59Euro
Sants-Montjuic     935,95Euro   12%    15,77Euro
Horta-Guinardo     936,99Euro   12,4%   15,95Euro
Nou Barris       934,73Euro   11,3%   15,69Euro
Sant Andreu      861,26Euro    2%    13,69Euro
Ciutat Vella      972,30Euro   21%    17,27Euro
| バルセロナ住宅事情 | 07:05 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
21世紀の巨大産業:観光:日本は果たして高いのか?
ここ数日、とある理由から日本人の観光(親子:50代女性と20代女性)に付き合う事となりました。普段は日本人になんて滅多に逢わないし、日本語を話す事なんて半年に一回あるか無いかという生活を送っている身としては、見慣れているバルセロナという街をもう少し違った角度から見る良い機会でした。

ランブラス通り(Las Ramblas)やグラシア通り(Passeig de Gracia)といった典型的なショッピング街からサグラダ・ファミリア(Sagrada familia)やカテドラル(Catedral)など、普段は近寄りもしない名所を堪能出来て正直言ってかなり楽しかったです。「え、行かないの? 」とか思うかも知れませんが、行かないんですナカナカ、住んでると。名古屋人が名古屋城に行か無いのと一緒。

さて、今回付き添った親子は本当に何処にでも居る普通の親子で、建築や都市研究関連でも無かったので、「ちらっ」っと言う何気ないコメントなどをバルセロナという街に対する日本人の一般的な意見として興味深く聞かせてもらいました。

その中で特に印象に残ったのが、「物価が高い」という彼女達のコメントでした。このように書くと、日本人の中には「えっ、そうなの?」とか思う人がいるかも知れませんが、そうなんです。近年のあからさまなユーロ高に加えて、バルセロナの物価自体も上がっているので、5年前と比べて見ても日本人にしてみたら普通に2倍とかになっていると思います。

ちなみにバルセロナのごく普通のレストランでランチを食べようと思ったら最低ラインは10ユーロくらいだと思います。日本円にすると1700円。コレくらいだったら、「まあ普通か」とか思うけど、バルセロナの問題は実は別の所にあるんですね。というか、それこそが日本の特徴なのかも知れないと最近は思い始めて来たんですけど。それはB級グルメの存在です。日本にはラーメンを始め、牛丼やら何やらとお手頃価格の600−800円で食べられるB級グルメが豊富に揃っています。お腹が空いたなと思った時、それくらい出せばかなり美味しいモノが食べられる環境にあるんですね。

それに引き換えバルセロナにはB級グルメは確かに存在するけど、日本程の品数や質はありません。つまりランチというと必然的に10ユーロくらいは出さないと食べられない環境なんですね。

ヨーロッパには日本は高いというイメージが「日本人=カメラ」と同じくらい根強く残っています。(近年のデジカメの普及はヨーロッパ人が過去に日本人に対して行っていた倫理的批判が「持てざるモノが持てるモノにする単なる嫉妬」に過ぎない事を明らかにしてしまいましたけどね)

しかし1ユーロ170−150円辺りをウロウロしている現在(2008年9月)においては日本はダントツに安いです。そしてバルセロナは圧倒的に高い。僕もエルチェ(Elche)なんかのディナーで普通に30−40ユーロとか払ってたけど、日本円にしたら一人7000円ですからね。ユーロの感覚に慣れてしまうと、そんなもんかとか思っちゃうけど、日本円に直すとコレはちょっとすごいなという事に気が付きます。

とか思いつつ、今日の新聞を開けて見たらタイミング良くドンピシャな記事が載っていました。

Desde Rusia, con euro. (La Vanguardia, p1, jueves, 4 de Septiembre, 2008)

ユーロと共にロシアから

La debilidad del yen frente al euro provaca la caida de entre el 15% y el 20% de turismo japones. (La Vanguardia, p3, jueves, 4 de Septiembre, 2008)

ユーロに対する円安は日本人観光に15−20%減少をもたらした。


内容はロシアからの観光が30%増えて、日本からの観光が円安の影響で15−20%減ったという記事。

現在のバルセロナ観光における日本人の割合は2%。もしこのまま円安が続いたらこの数字が限りなく0に近つく可能性すらあります。良いのか悪いのか分からないけど、ちょっと複雑な気分ですね。
| バルセロナ都市 | 21:49 | comments(2) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
フランクフルト旅行その3:広告としての緑の都市計画
フランクフルトを散策していて驚いたのが緑の多さです。ドイツは環境先進国と言われていますが、今回の旅行でその事を実感しました。至る所に木々が植えられ、ちょっとした森林ゾーンが適度に配置されている。
「同じヨーロッパと言っても北と南でこうも都市に違いが出るものなのか!」と改めて実感させられます。これはどちらが良い・悪いという問題ではなくて、単に都市の特性が違うという事です。これこそ多様性を確保しているヨーロッパの強みなんですね。

例えば、フランクフルト国際空港から市内に入る途中にガラス張りの大変現代的な建築があり、その足元に緑に囲まれた小さな家が点在する村のようなエリアに遭遇します。



以前から気になっていたのですが、市役所の人に聞いたらどうやらコレはウィークエンドハウスだという事です。ドイツでは伝統的に月曜から金曜までは市内で暮らして、週末はのんびりと野菜でも作って静かに暮らすという事が行われているらしいです。





南の都市が海岸沿いに住宅を建てて日光浴に行くだけなのに対して、ドイツでは緑に囲まれた環境や菜園をわざわざ創り出して週末を過ごすという強い意図が見受けられます。こういう些細な所に何故にドイツが環境先進国なのかという理由が隠されているような気がしますね。

さて、フランクフルト観光案内所で貰った地図を眺めていたら面白い事に気が付きました。



中世の城壁の外側を取り囲むように緑の帯が展開しているんですね。

現代都市はこのような壁(見えない境界)を大きく分けて2種類創り出しました。

一つ目はヨーロッパ中の都市が例外無く実行している中心市街地歩行者空間の為の境界です。多くの場合、この境界は中世の城壁と一致し、この見えない境界(壁)を明確に決める事によって、都市はこのエリアに重点的に投資をし、中世風景の再現を目指しています。

もう一つの壁が今日のメインなんですけど、それが緑の壁です。ある一定の厚さ(数十メートルから数百メートルくらい)を持った緑の帯をぐるっと張り巡らせる事によって、その外側への都市の拡散や成長を抑制するというのが主な役割。



上記の写真はミラノ都市戦略の写真です。ミラノ都市戦略に関しては以前のエントリ:ミラノ旅行その7:ミラノの都市戦略その1:都市マーケティング政策、で少し書きましたが、近年は環境戦略にも力を入れている模様ですね。

もう一つ別の例を挙げます。



上記の写真はスペイン、バスク地方のビトリア都市戦略の写真です。ビトリアは都市の発展・拡散を食い止め、都市をコンパクトに保つ為に緑の指輪を創り出しました。何を隠そうビトリアの都市戦略・環境戦略を創ったのは僕達です。今はこの戦略プランに基ついて計画が実行に移されつつあります。

多くのヨーロッパ都市は中世の城壁を持っていました。その城壁は多くの場合、外敵から身を守る為に建設されたんですね。同時に都市をコンパクトに保つ為にも機能してきました。

それに比べて現在建設されている壁は見えない壁です。しかしこの緑の壁はアーバニゼーションという現代都市の病とも言える外敵から、都市自身が身を守る為に建設した第二の壁な訳です。

この堅固な壁から緑の壁への変化は、僕達の時代がエコの時代でありサステイナビリティの時代であるという事を象徴的に示している出来事だと思います。そしてこのような事例は至る所に見出す事が出来ます。



上記の写真は2005年に僕達が計画したバルセロナ・グラシア地区歩行者空間計画の市民向けパンフレットです。歩行者空間=公共空間となる所が緑色に塗りつぶされています。

公共空間と地図といえば、ネガ・ポジという概念の下、白黒を反転する事で公共空間を浮かび上がらせたノリーの図が有名ですが、僕らの時代にはそれが緑色に変わりました。

何故このような事が起きているのか?

それは現代都市最強の「広告」は「緑」、「サステイナビリティ」そして「エコロジー」を謳ったサステイナブル都市計画だからです。故にヨーロッパのどの都市も「緑」を前面に出して都市の居住性の高さを謳っているんですね。皆、毎年発表される都市ランキングに上位ランクされる事に頭を悩ませている訳です。

今の時代、我々を取り巻く全てのものが広告化しようとしています。そして良く目を凝らして見ないと、その広告は見えません。何故なら広告の本質とは「見えない事」にあるからです。
| ヨーロッパ都市政策 | 23:24 | comments(3) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
ヴェネツィア(Venezia)旅行その1:「奥」のある風景
ヨーロッパは先週末からキリスト教に関する祝日(復活祭)で2週間程のバケーションに入りました。と言う訳で僕はイタリアはヴェネツィア(Venezia)に来ています。8日程の滞在です。目的は勿論、都市と建築。特にスカルパ(Carlo Scarpa)は大変楽しみです。

今回はバルセロナ−フランクフルト経由でヴェネツィアのマルコポーロ空港(Aeroporto Marco Polo)に入りました。ヨーロッパでも僕の大のお気に入りのフランクフルト国際空港(Frankflut International Airport)です。今回はトランジットが2時間30分だった為、大変居心地の良いカフェでパソコンを繋ぎ少し仕事をしました。その後、約1時間のフライトで無事ベネチア到着。

とりあえず毎回恒例の都市アクセッシビリティ評価からいってみたいと思います。といっても、この都市は他都市と簡単に比較は出来ません。何故なら良く知られているようにヴェネツィアは海に浮かんでいるので空港から市内へは主に船(Alilaguna社)でアクセスする事になるからです。(鉄道やバスもあるようですが、今回は利用しませんでした)その船が30分おきに空港と市内を結んでいます。大きな船なのかな?と思っていたらそれ程大きくも無く結構揺れたのにはビックリ。しかし船が島に近付くにつれて街明りが見え、それが次第に大きくなってくる様子は感動的ですらある。これはかなりロマンチックですね。所要時間約60分と、機能性からのみ見た場合、他の都市に比べてアクセッシビリティとしては最悪に近い数値ですが、都市の魅力を高める物語性という要素を考慮した場合、空港から市内へのアプローチとしては必ずしも悪くは無いと思います。

実はこのような物語性こそが他都市に圧倒的に欠けている要素なんですね。何故か?空港というのは大抵の場合、郊外に造られる事がほとんどです。そして都市と空港の間に出来る空間には工場や低所得者の住居といったような、乱雑極まりない風景が広がっています。これは世界中、ほぼどの都市でも言える事だと思います。

僕が日本に帰国する時に使用する中部国際空港は空港機能としては最上級に入る空港だと思います。海に浮いている為に、飛行機はあたかも海の中に入っていくようなアプローチをとります。それを知らない外国人は機内で感動的にその風景を見つめています。そして空港を出た目の前に高速列車が止まっていてスロープを降りてそのまま乗り込むことが出来るという使い勝手の良さ。

ここまでは満点に近い数字です。この後、列車は30分かけて名古屋市内中心部にアプローチするのですが、コレがまずい。空港を出てすぐの所の風景が悪すぎる。汚い看板や日本特有の戸建て住宅が永遠と続く風景ははっきり言って汚い。僕ならこの辺り一体は日本映画村を誘致して、外国人旅行者に「日本は伝説の通り、未だにちょんまげをした侍が街を歩いているのか?」と思わせますね。その後、金山−名古屋に続く超高層ビルを見せ、「おー、日本はやはり伝統とテクノロジーが融合した素晴らしい国だ」とかいう印象を与えて、つかみはOK。その後、昼ごはんには名古屋名物味噌カツで決まりでしょう。

この点、ヴェネツィアは海に浮いているという時点で何もする必要なくロマンチック度満点。なんたって、海からのアプローチですからね。まるでビルゲイツの家のようだ。違うか、ビルゲイツが真似したのか。

さて、ヴェネツィア初日、早速街を歩いてみました。そして直ぐに気が付いた事が車の気配の無い事。そうなんです、この都市には車が存在しません。これはすごい体験です。何故なら普段、当たり前だと思っている環境要素の一つが無いのですから。そしてこの事は僕達に都市というものは五感を通してこそ感じられるものであるという、当たり前の事を思い出させてくれます。車の発する音、路上駐車による視覚、排気ガスによる嗅覚など、普段我々が都市に対して抱いている感受性がこの都市では全く違います。

僕はヨーロッパでは一応、歩行者空間計画エキスパートなので、この都市は僕たちにとっての理想都市だという事になります。僕達が実現したバルセロナのグラシア地区歩行者天国空間22@BCNで現在実現されつつある歩行者空間などでは、居住者の自家用車や救急車両などは通行を許可していますので、完全歩行者空間ではありません。それが実現出来るとも思ってませんし、そこまでやる必要は無いと思います。第一、ヴェネツィアはあまりに特殊解過ぎる。ここでは市民の足は市内を組まなく網羅する運河を流れる舟です。それがあるからこそ車を排除出来た訳ですし。

しかしヴェネツィアを、都市の環境という視点から見たその快適性は圧倒的なのでは無いでしょうか?車の騒音や路上駐車が無い環境がこんなにも気持ちの良いものだとは思っても見ませんでした。そしてこの事は僕たちが目指す方向がそれなりに間違ってはいないものであると言う事を後押ししてくれているような気がします。

そんなこんなで、ヴェネツィア市民の足である公共交通機関である船に乗ってみました。興味深い事にこれらの船は幾つかの種類に分かれていて、それぞれバスやタクシーなど地上の公共交通機関に対応しています。これは2つの事を指し示していると思います。

一つ目はヴェネツィアの人々にとって運河が他都市における道路や街路と同じ機能を持っているという事。つまり生活におけるインフラという事ですね。もう一つはあまりにも浸透してしまった交通という隠喩です。つまりこれらの船に別に「バス」だとか「タクシー」だとかという地上交通系と同じ名前を付けなくても、高速船とか大型船と呼んだ方が自然なような気がする訳です。それにも関わらず、バスやタクシーという隠喩を使うのは、それだけ我々の意識の中にそれらのシステムが刷り込まれている証拠です。

さて、よく知られているようにヴェネツィアのど真ん中には逆S字型に大運河が流れています。この運河に沿って水上バスが運行しているんですが、今朝一番に端から端まで乗ってみて気が付いた事があります。それはこの運河がうねっている為に、いい具合で「奥」が発生している事です。

例えばコレ。



前方に向かって右側に曲がっていこうとする運河は、勿論その先が見えません。自然と想像力を掻き立てられます。一体この先に何があるのかと。

この写真は有名なリアルト橋(Ponte di Rialto)にアプローチしている所の写真です。













同じく右側に曲がっていく為に橋の左側から少しずつ見え始めてきます。段々と近付くにつれて全体像が見え、最後は橋を通して向こうの景色が広がり、更にその向こうの景色の先も曲がっている為に想像力を又掻き立てられるという物語が発生しています。

これは何も大運河に限った事ではなくて、小さな路地や小運河で構成されているヴェネツィアの都市全体が「奥」を生み出す装置になっているのです。そしてこれがこの都市に劇的な豊かさを生み出していると思います。道を歩いていて、もしくは船に乗っていて、こんなにわくわくする都市は珍しい。

そしてもう一つこの都市を豊かにしているのは、曲がりくねった先にある小さな楽園とでもいうべき緑あふれた庭園や中庭空間。





前にも書いたように、地中海都市では居住密度が高いので自分の家を補完するかのように公共空間が存在し使用されます。居間が狭く暗い代わりに自分の家の前に日の良く当たるパブリックスペースがあるといった具合に。ヴェネツィアも例外ではありません。しかしヴェネツィアの街が僕に教えてくれるのは、人はデザインする前提条件が悪くなればなるほど、知恵を絞り、その結果、大変に良いものが出来るという事実です。

僕たちは敷地条件だとか、隣接する家屋のデザインだとかといった、ある程度の縛りがあるからこそデザインを始める事が出来るんですね。そしてそういう中からこそ創造力という人間に与えられた、パソコンなどの機械とは違う能力を使って何かを創り出す事が出来るわけです。もし、何も無い所で白紙から始めろと言われてデザインを発展させる事が出来る人が一体何人いるでしょうか?ヴェネツィアの街は人間の知恵と創造力の奥深さを僕に改めて教えてくれました。
| 都市アクセッシビリティ | 23:37 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
バルセロナ公共空間と歩行者空間計画
集まって住む事を「楽しみ」としてきた地中海都市においては限られた都市内における住宅不足とその狭さが伝統的に問題となってきました。都市の密度が高いというのは裏を返せばそこに住む市民が「集まって住む事の楽しさを知っている」からだとも言えるんですね。

勿論、限られた土地に集まって住む事は良い事ばかりとは限りません。市民がその狭さと質の悪さに我慢出来ているのは、ある意味、都市内における公共空間の質の高さとコインの裏表を成しているのだと思います。

家の中のリビングルームは狭いけど、目の前に広場があるとか、家の中には日が差し込まないけど、近くに日向ぼっこ出来る広場があるというように。これが第一に市民が都市に対して高い関心を持つ理由だと思います。自分の家の近くにある公共空間は居間と繋がっているのですから。だからそれが壊される時は勿論、少しでも手が加えられようものなら市民は先ず黙っていません。

さて、そんなバルセロナの公共空間に今一つの危機が訪れています。都市内における公共空間の圧倒的な量的不足によって子供達が遊ぶ場所が段々と失われていっているんですね。大変に嘆かわしい事にボールを持った子供達は車が通る道路で車を避けながらサッカーをしているというのが現状です。

「これほど都市の質の貧弱さを表わしている事象は無い」という事に立ち上がったのがバルセロナ市民。昨日から毎週日曜日は幾つかの街路を通行禁止にし、子供達と市民に公共空間として開放しようという試みが始まりました。

もともとこのような街路の使い方はお祭りなどで頻繁にされてはいたんですが、それを毎週日曜日とした所が今回の計画の画期的な所です。昨日は初日という事もあって地元の人は勿論、遠くから子供連れで訪れた親子も沢山居たようです。

さて、僕達が長い間提案し続け、グラシア地区で実施されたスーパーマンサーナ計画は正にこのような車に支配された街路を市民の公共空間に変える事を目的としています。詳しくはこちら

このグラシア計画はホンの始まりにすぎず、僕達が最終的に目指しているのはセルダブロックのある新市街地の歩行者空間化です。9つのブロックを1つの島として、その中に車は進入禁止にするという計画です。9つのブロックという事は1辺が3ブロックから成る訳ですが、この数の根拠は人が5分で歩ける距離が約400メートルだからです。400メートルを超えると人は車など他の交通手段を選ぶ傾向にあります。バス停の間隔って実はこういう理論に基ついているんですね。

このスーパーマンサーナ計画セルダブロック編は第一期が22@BCN地区で完了しつつあります。22@BCNは総計画が6期ほどに分かれているのですが、その第一期がヌーベルのアグバータワー(Torre Agbar)とそのお隣のポンペウ・ファブラ大学( Universidad Pompeu Fabra)周辺計画。ここの街区の街路は半歩行者空間になっているのですが、この計画を僕等が担当しました。まあ、なかなかうまく出来ていると思います。

今後、ヨーロッパ都市はどんどんと市内から車を減らしていく方向に進んでいくと思われます。勿論、車は都市の活力でもあるので完全に無くす事は出来ないのですが、その均衡をどのように図っていくかというのが一つの焦点になってくる事は先ず間違い無いと思われます。

その時、一番大事なのは都市に長期的ビジョンがあるかどうか?とそれを実行するだけの真剣さがあるかどうかという事ですね。
| バルセロナ都市計画 | 20:28 | comments(0) | trackbacks(0) | このエントリーをはてなブックマークに追加
パーソンカウンター(Person counter)
昨日はパーソンカウンター開発プロジェクトの為にフランスの某社と打ち合わせ。このプロジェクトはここ3年程関わっている比較的長期的なプロジェクトです。

パーソンカウンターとは何かというと、その名の通り「人の数を測る機械」です。デパートや展覧会場などに行くと良く見かけるのですが、公共空間という室外を対象にしたカウンターはあまり出回っていません。何故か?ずばり需要が無いからです。

この「需要が無い」というのは驚くべき事実なんですね。特に建築家や都市計画家、アーバンデザイナーはこの点に驚くべきであると思います。何故なら建築家は「人が何処から来て何処へ行くのか?」や「何人の人が通りを利用するのか?」といった基本的なデータを用いる事なく勘でデザインしていると言えるからです。「この通りは人通りが多いから」とか「ここにショッピングセンターがあるから人の流れの軸が出来る」とかいうのは建築家がよく使うお決まりの言語ですね。

建築学科出身で建築家だけが働く建築事務所に居た頃はそれが当たり前と思っていましたが、他の職業の人達と働く様になってからその思考がいかに異様かという事を認識するようになりました。建築家が使っている分析手法や言語は大変曖昧なものであって建築界では通用するかもしれないけれど、他分野の人を納得させようと思ったら先ず通用しません。これは建築家という制度の大衆化によって引き起こされた事だと思います。当ブログではそれを「建築家としての職能」という題名でシリーズ化しています。

さて、そんな背景があって僕がイニシアティブを取る事によって「パーソンカウンタープロジェクト」は始まりました。

とりあえず、現在開発されているカウンターを眺めてみると、歩行者の探知方法によってそれらは2種類に分ける事が出来ると思います。一つはカウンター自身が信号を発し人を探知する事によってカウントするというアクティブカウンター( Active Counter)。もう一つは人間の方が何かしら信号を発してそれを機械の方が感知して人の数をカウントするパッシブカウンター( Passive Counter)。

アクティブカウンターの代表的なものとしてはビデオカメラが挙げられます。以前のエントリで書いた様にこの種のカメラで最も優れているものの一つはAntonini Gianluca君が開発した離散選択モデルを用いたトラッキングシステムですね。

Antonini, G., Venegas, S., Bierlaire M. and Thiran J.-Ph. (2006): “Behavioral priors for detection and tracking of pedestrians in video sequences”, International Journal of Computer Vision 69(2):159-180.

アクティブカウンターでもう一つ優れていると思われるのが柴崎研究室が開発したSICK社のレーザーを使ったトラッキングシステムです。SICK社のLaser Range Findersはレーザーを発信し障害物に当たった時に返って来る反射光の時間差を利用する事により周りの障害物状況を誤差数センチの範囲で知り得るという優れたレーザーで、元々工場などでロボットが障害物を認識する為に創られました。

柴崎研究室はこのレーザーを床上20センチに設定する事により人の足首辺りをスキャニングし、人の動きを正確に測る事が出来るシステムを開発しました。こんな感じで(下記はイメージ図)



このシステムの大きな特徴は光などの自然環境に左右されないという事、ビデオよりもはるかに広い範囲をカバー出来るという事、広場における人の移動軌跡をほぼ正確に知り得る事が出来るという点です。この情報は上方斜め方向から撮ったビデオカメラからでは知り得ない情報です。何故ならビデオカメラの情報を平面に落とすには変換が必要だからです。

このレーザーを使った応用編として縦方向に用いて一枚のスクリーンを作り、そこを通った人の数を数えるというシステムが提案され既に商品化されています。計測範囲は高さ15メートル、幅26メートルまで可能で最大で25人毎秒を実現しています。こんな感じ(下記はイメージ図)



一方のパッシブカウンターの代表格は何と言っても携帯電話を使ったトラッキングが挙げられます。携帯電話の基地局情報から人のおおまかな位置情報を取得して人の移動軌跡を知るというものです。詳しくは以前のエントリで書きました

さて、これらアクティブとパッシブカウンターにはそれぞれ利点と欠点があります。とりあえずアクティブカウンターは実際のプロジェクトにはほとんど使えないという事を指摘しておきたいと思います。何故ならアクティブカウンターは必ずと言ってよいほど電源を必要とするからなんですね。公共空間で電力供給を確保するためには役所の許可が要ります。そして大抵の場合許可は下りません。それがビデオとなると尚更です。近年の監視社会に対する市民側の抵抗にはすごいものがあります。

これらの難関を突破して街路に設置許可が下りたとしても、もう一つの困難が待ち受けています。これらヘビーな機械は一度取り付けたら取り外しがナカナカ出来ないという事です。すると必然的に数箇所に設置という事になるのですが、アクティブカウンターは概して値段が高いんですね。よって限られた予算内で実現するプロジェクトで何台も機械を買うのは現実的ではない。

という訳でアクティブカウンターはアカデミックな研究課題としては面白い題材かもしれませんが実際のプロジェクトに用いるという現場の声としては使えないという結論になるわけです。

そこで僕が注目したのがパッシブカウンターです。パッシブカウンターの大きな特徴は電源が要らないという事です。そして電源が要らないという事は好きな場所に設置出来、且つ移動にそれほど手こずらないという事を指し示しています。そしてパッシブカウンターの中でも人の体温に反応するセンサーを用いる事にしました。こうして出来上がったのがEco Counter です。

特徴としては電源が要らないという事。持続可能時間は約10年間。サイズは盗難防止用の箱がA4サイズで標識などに取り付け可能なようにデザインされています。よって取り付け移動は5分足らずで済み、プロジェクトが進行している地域全体の街路をくまなく数台の機械で測る事が出来ます。これは非常に重要な点で幾ら一つの街路の歩行者人数が正確に分かったからといってもその情報は、それ自体ではほとんど役には立ちません。人数データは街路間で比べる必要があるからなんですね。故に自ずから複数街路のデータが必要になってきます。



欠点は何かというと、レーザーが図のように水平に出ているので人が重なって歩いている場合などには正確に人数を把握する事が出来ないという欠点があります。すなわち人がまとまってグループで歩いている様な場合にはデータとして正確さをかなり欠く事になります。

2005年のグラシア歩行者空間プロジェクトでマニュアルカウンティングの結果と照らし合わせた結果、その誤差は約5%−20%と開きがある事が分かりました。更に数えた歩行者の数のボリュームと誤差にも相関関係がある事が最近の調査で分かってきています。簡単に言うと100人以下だと誤差が20%以上になるけど、800人を超えると誤差が5%になるというような。

この機械はビデオカメラのように街路における正確な歩行者数をカウントしてはくれません。しかしそれでも僕達がこの機械を使い続けているのはそれ以上の便益があると考えているからなんですね。僕らは主にこの機械をその街路における利用パターンの解析に用いています。その表がこれです。



縦軸が歩行者数で横軸が1時間ごとをベースとした時間・日付けを示しています。このデータによると人は月曜から金曜までほぼ同じサイクルで街路に現れたりしている事が明らかに分かります。面白いのはこのデータは文化解析ツールとして用いる事も出来るという事です。スペインでは昼食を14時から16時までに取ります。データにはその傾向が明らかに出ています。更にこの傾向は週末になるとがらっと変わります。



上記のグラフが日毎の変化を比べた結果です。赤色とピンク色が週末の生活パターンを示しているのですが、平日よりも2−3時間程遅れてカーブを描いているのが分かります。これは週末には人はいつもより遅く起きて、夜も平日よりも遅くまで遊んでいるという事を表しています。

このような解析は一人一人の行動に注目するミクロな視点というよりはむしろ巨視的な視点を導入する事により可能になりました。人を群集としてみるという視点ですね。人は個人単位で見た場合、各々独自の動き方をする為に規則性を見出す事は大変に難しいといわざるを得ません。しかし、人を群集としてみた場合、そこにはある種の法則が存在する事が見て取れる場合があります。それらは常識として誰でも知っているようなごく普通の事がほとんどです。
しかし、それら誰でも知っているような当たり前の事をデータとして示した所にこそ価値があると思っています。
| 仕事 | 12:45 | comments(0) | trackbacks(7) | このエントリーをはてなブックマークに追加
Transport Simulation Systems (TSS):ジャウマ・バルセロ (Jaume Barcelo)とAIMSUN
昨日は交通シュミレーションの専門家、ジャウマ・バルセロと某プロジェクトについてミーティング。彼とはもうかれこれ3年の付き合いになります。

ジャウマさんは都市交通分野では、かの有名な交通シュミレーター、AIMSUNを開発した事で世界的に知られています。勿論、僕等も使っています。というか僕等ほどAIMSUNを使いこなし都市交通から公共空間デザインといったアーバンデザインまで視野に入れて仕事をしている機関は他に無いと言っても過言ではありません。以前、マニュエル・カステル(Manuel Castells)が来た時にも同じような事を言ってたし。第一、開発者のジャウマさんがそれを一番良く知っているからこそ、僕等をパートナーとして一緒に仕事をしてくれているものだと理解しています。

今日の話題は僕が担当したEUプロジェクトICING ( Innovative Cities for the Next Generation) についてでした。このプロジェクトについては当ブログで何度か触れていますが、簡単に言うと、携帯電話などの新しい通信機器を使った新たな都市サービスをどう構築し、市民生活に役立てていくかというプロジェクトです。参加都市はバルセロナ、ヘルシンキ、ダブリンという現在EUで最も活発で元気の良い3都市。この大変にアンビシャスなプロジェクトの核となるパート、携帯などの移動可能機器を使ったOD表作成パートのコーディネーターを僕が努めました。

OD表というのは、あるゾーンからあるゾーンまで、どれだけの人が何時、どんな目的で移動したかをインタビューによって集計した表の事を言います。このOD表の質をどのように上げていくかというのは世界中の都市が直面している頭の痛い問題だと思います。質を上げる為には膨大な金と時間が必要とされるからなんですね。ちなみにバルセロナの場合は5年に一度の割合で大規模なインタビューが約3億円かけて行われます。逆に言うと5年に一度しか出来ないと言った方が正しいと思います。すると、必然的にその情報は直ぐに古くなってしまって現実とは一致しないという問題が生じてくる訳です。

更に、このOD表はゾーン間の移動結果なので、どの経路を通ったかなどのミクロレベルの情報は含んでいません。このOD表をインプットデータとして、あるゾーンから目的ゾーンまで移動する人は最短経路を通るという仮定の下で交通シュミレーションを創ったのがジャウマさんです。

彼が開発した交通シュミレーション、AIMSUNは実に良く出来ている。シュミレーション実現過程は大きく分けて2段階に分ける事が出来ます。OD表をインプットデータとしてシュミレーションを走らせる段階。その後、現実の道路に備え付けてある車を数える機械、トラフィックカウンターの数えた台数と、シュミレーション上の同じ道路においてシュミレーションが示した車の台数を比較する事により少しずつアルゴリズムを変えて行く過程。この2つの段階を経る事によって90%前後の大変に高い確率の交通シュミレーションを実現しています。

僕が2005年頃に担当したバルセロナのグラシア地区交通計画において用いた結果によると、95%まで現実を表象する事が出来ました。

そんな彼のシュミレーションが効力を最大限に発揮するのが、何と言っても政治家の人達や市民を前にプレゼンをする時。一つ一つの車が個々に動く様と、この現実表象が90%という高い現実表象率を示しているというアカデミックなデータを見せられると誰でも「へぇー」と思ってしまう。僕も何度かヘルシンキやダブリンの政治家の人達を前にAIMSUNを使って都市交通の説明をした事がありますが、その効果はホントに絶大です。

さて今日のミーティング後、何時ものように立ち話をしていた時にジャウマさんが面白い事を言っていました。世界中で仕事をしている彼は勿論、日本とも幾つかのプロジェクトを持っています。その関係で今年の4月から少しの間、某大学を通して日本人がバルセロナに来るとの事。「その時はヨロシク頼む」とか言われて、僕も調子良く「いいよ」とか言っちゃったけどメールアドレスとか何時ごろ着くのかとか聞くの忘れた。まあ、多分同じ日本人だからという事で、軽い気持ちで言ったんだと思うんだけど・・・心当たりのある人居ますか?もし居たら連絡ください。
| 仕事 | 21:06 | comments(0) | trackbacks(35) | このエントリーをはてなブックマークに追加
バルセロナモデル:グラシア地区再開発
午後、グラシア地区開発責任者との定例ミーティングへ行く。
グラシア地区というのはバルセロナにおいて今最もオシャレな地区の一つとして認識され学生やアーティストが住み着いている歴史的地区です。グラシアの歴史は結構古くて1859年に市壁が壊された時には既に村として存在していました。ある調査によるとバルセロナのグラシア通りはパリのシャンゼリゼ通りと並んで世界で最も活気のある通りらしいのですが「グラシア通り」と言う名前は市壁に囲まれていた中心地区からグラシア村へ行く通りという意味で付けられました。

その反面、この地区は大変革新的な地区としても知られています。バルセロナと言う都市は幾つかの村が集まって一つの都市を形成していると言う経緯があるので各地区がある意味で競争しているような関係にあります。都市の再開発も同じで、何を隠そう1980年代に始まったバルセロナの公共空間挿入計画を最初に受け入れたのはグラシア地区のある小さな広場だったんですね。そこから他の地区へと広がっていったと言う経緯があります。

そんなグラシアが3年前に歩行者空間計画を他地区に先駆けて採用しました。この計画は何かというとその名の通りある地区内に通過交通が進入する事を禁止し、歩行者に優しい空間にするという単純な計画です。

一見すると他都市で採用されている計画と同じに聞こえるかも知れませんが、ところがどっこい。全然違います。何が違うか。視野に入れているパースペクティブとそのしつこいまでの現状分析、それに基ついた将来計画の綿密さが違う。このような考え方を都市戦略と呼びます。

3年前、僕達が始めたこの計画はナカナカ住民には受け入れてもらえませんでした。主な理由は車が入れなくなる事による売り上げの低下可能性に対する恐れや今までグラシア地区を通過して目的地に早く着いていたような人達が迂回による非効率性を非難していたりしました。

当時は毎日のようにデモがあったり、知り合いの人達にも結構批判されたりして大変でした。しかし3年たった今、そんな事を言う人はほとんど居なくなりました。2−3年前のグラシアを知っている人やそれ以降、訪れて居なかった人はそのランドスケープの劇的な変化に驚くのではないでしょうか?

今僕はこの地区の責任者の内の一人をしていますが、毎回この地区を訪れてニコヤカに歩いている人やサッカーボールを蹴って遊んでいる子供を見るとなんか嬉しい気分になります。

今まで一緒にやってきたグラシア市役所のペレさんは今月からオルタ地区に移動になったそうです。なんでもオルタ地区がグラシアの真似をしたいからとかなんとか。
| バルセロナ都市計画 | 02:55 | comments(1) | trackbacks(37) | このエントリーをはてなブックマークに追加
嵐のような日々が過ぎ去って
今週は色んな計画の締め切りが重なり忙しかったです。
先ずはグラシア地区計画の経過報告書と第二期計画案。ロボット計画のドキュメント提出。TMB(バルセロナバス会社)への路線変更経過報告書。市役所のホームページ改正案などなど。加えて連日ミーティング。あっち行ったりこっち行ったり。

何故かというと今日から2週間はセマナサンタという連休に入るからなんですね。更に5月末にスペインでは選挙があります。その為政治家は皆自分の成果を示す為に文書を集めている訳です。この選挙が大変怖くて政権が変わったら全ての計画がストップもしくはオジャンになる。つまり今までやってきた事が水の泡と化す訳です。どうなることやら。

さて、僕は明日から休暇です。プラハに行きます。


| バルセロナ日常 | 17:05 | comments(0) | trackbacks(35) | このエントリーをはてなブックマークに追加
EUのロボット計画
今週はミーティングずくしだった。月曜・火曜と連続してロボット計画の打ち合わせ。え、ロボットですか?って感じなんですがマジです。冗談っぽいでしょ?本気です。本気でみんなロボット創ってます。鉄人28号っぽいの。しかもグラシア地区っていうバルセロナの一街区のパブリックスペースにもうすぐ現れるというからこれまた驚き桃の木。

冗談ぽいこの計画、実はEUのパイロットプロジェクトに指定されていて、しかも参加チームはヨーロッパ各国を代表する15工科大学の頭脳達。そんなかなり頭よさそうなおじいさん達が「ロボットが歩く」とか「ロボットが・・・」とか何とか言い合ってる風景はかなり笑える。本気なので笑っちゃいけないけど笑える。多分この教授達が設計事務所にやってきて建築家達が「窓の位置をあと3ミリ右へ」とか「ガラスに映りこんだ風景を記号として読み込むと・・・」とか議論しているのを見ると大爆笑に違いない。

他の分野の人からみて「笑える」くらいさっぱり意味不明な専門性の高い仕事。僕もそういう仕事がしたいと思う一方、そのような世界はそこに携わる人以外の人には意味不明だという事を認識する事が大切であるという事を実感する。でもそこから新たなる発見がある事が他領域を横断しつつ仕事をしている者の醍醐味だとも言えると思うんですね。

このロボット計画は僕がひょんな事からカタルーニャ工科大学のロボット科教授のアルベルトさんにコンタクトした事から僕達も参加する事になりました。ひょんな事というのは彼らに人の数を数える機械を作って欲しかったんですね。最初は乗り気だったのにいつの間にか話がロボットに摩り替わってた。しかもアルベルトさん、ロボット大好きなのでいったん話し出すと止まらないんですね。そんな不安の中、一応彼をディレクターに紹介したんですが、不安的中。僕のパーソン・カウンターの話は最初の5分くらいでそれから3時間ずっとロボットの話。なんかその内、街中に置きたいとかいう話になってあれよあれよという間にプロジェクトへ。で、何時の間にか僕が責任者になってしまったという訳。

結構、興味深いプロジェクトなので僕も楽しんでますが、僕のパーソン・カウンター、どうなったんですかね?アルベルトさん。


| EUプロジェクト | 19:57 | comments(0) | trackbacks(1) | このエントリーをはてなブックマークに追加
バルセロナの活気の秘密
今日は仕事帰りに友達のエレーナちゃんとお茶をする。久しぶりに会うのでバルセロナの中心街で待ち合わせ。開口一番「ちょっと、こんなに人が一杯居る所、来るの久しぶり。私、田舎出身だから」。この言葉には幾つかのバルセロナの本質と世界中の研究者が必死になって探している「バルセロナがどうして他のメトロポリスのように郊外化しないか?」という答えが隠されているような気がする。まず、歴史的に言ってバルセロナという都市は幾つかの村の集まりだという事が出来ます。1859年にCerdaの案が通って壁が壊され始めるのだけど(正確に言うと1854年)もうその前から壁の郊外に村が形成され始めていてセルダの案というのは実はこれらの村々を格子で繋ぐという意味合いもありました。(因みに観光客に人気でカサミラやカサバッリョなどが軒を連ねるパッセイジデグラシアとはグラシア村への道という意味です。)その結果、今見る統一されたバルセロナ市みたいな形態になったのですが、不思議な事に各村ごとのまとまりというのが未だに存続している。それを良く表しているのが町内会の存在。海外研究者は1992年のオリンピックが成功した事の一つにこの町内会を中心とした市民参加を挙げながらそれが今でも十分に機能しているかのような口調で2004年のプロジェクトなどを語るのですがそれは大間違い。しかも1992年の場合はフランコ政権がインフラなどに投資をしなかったので市民がプログラムを書かなければならず、オリンピックの投資はそれをプロジェクトとして実現させるという構図があったはず。それを都合良く忘れる事によって市民参加と大プロジェクトが共生している都市とか訳の分からない事を言うから困る。
それは置いておいたとしても未だに各村が中心性を保持していて小さな店舗が元気が良いというのは注目に値する。それが何故か?という事に答える一つの鍵がエレーナの冒頭の言葉に含まれているような気がする。彼女が住んでいるのはサンアンドレウというれっきとしたバルセロナ市内。でも彼女の中では彼女の村と観光客の街になってしまった中心街とは違う街なのですね。しかもそこへ行くのは何か特別な用事が無いと行かないし日用品などは自分の村で済ませてしまう。これは別に彼女が特別という事では無くて一般的な感情のようです。仕事仲間のジュリア君も同じような事を言ってたし。

しかしもしそれが事実だとするとバルセロナモデルとか言って自国へ輸入しようとしている海外研究者は落胆するかも。大体モデルを探しているような人というのは即効薬を期待しているからモデルを探しているはず。それに反してバルセロナの秘密とは市民意識にありそれを輸入する事は不可能だという事とそれを育てる事が如何に難しいかはすぐに分かる事なので。
都市再生機構の皆さん、地道に行きましょう。
| バルセロナ都市計画 | 06:52 | comments(0) | trackbacks(35) | このエントリーをはてなブックマークに追加
ビトリア都市戦略計画
世界で5人程度の閲覧者の皆さんこんにちは。昨日初めてコメントをもらいました。ありがとうーーー。うれしいものですね、反応とかあると。しかも内容が実際に実務に関わってた人の言葉なので重みがある気がする。これからもがんばって書いて行きますのでヨロシクお願いします。

今日は午前中、スペインバスク地方のビトリア市から市役員が打ち合わせにやってきた。というのもビトリア市戦略計画をうちで創ってるからなんですね。ビトリア市というのはバスク地方のビルバオ、サンセバスティアンと並ぶ三大都市で人口約21万人の裕福層が多く住むとてもリッチな都市です。サンセバスティアンがモネオの建物に代表されるように映画際で有名だったりビルバオがゲーリーの美術館で有名なのに比べると日本での知名度はものすごく低いし普通の人は行かない都市ですね。環境、都市計画に少し詳しい人なら必ず引用するビルバオのグッゲンハイム効果による再活性化とかサンセバスティアンのウォーターフロント計画とこれ又、バスク地方の他都市だけが注目されるのですが、ところがどっこい、環境・緑いわゆるサステイナブルシティで最も注目すべきは実はビトリアなのです。
今何処の都市もアーバニゼーションに悩んでいると思いますがビトリアの打ち出した戦略はとても明快。先ず都市の輪郭を決めてその輪郭にそって緑の輪を配して行く。その名も緑の指輪。これ大変面白くて中世に城壁が都市の輪郭を決めたように緑の世紀である21世紀は緑の城壁が都市の輪郭と成長をコントロールする。建築の学生による計画に出てきそうな案だけど実際に実行している都市を見たのは初めて。実は僕たちもバルセロナで同じような事をしてて緑の渡り廊下というのですが、都市の形態などを下に緑の帯を分析しました。ビトリア第二の戦略は車に対するアンチモビリティとして自転車使用を推奨しています。市が積極的に市民に使用を推進するために自転車無料貸し出しをしています。こんな事をしているのはスペインではココだけ。この2点が高く評価されて今年度の最もサステイナブルに貢献した都市として国から表彰される事になりました。

こんなに進んでいるのに彼らはもっと先を見ていてもっと遠くへ行きたいと。故に僕たちに戦略計画を頼んできたんですね。僕たちがやるのはスーパーマンサーナ計画と言ってバルセロナのグラシア地区と22@BCNで既にためし、今後、全セルダブロックに展開しようとしている計画、歩行者空間推進計画です。(コレについては今度詳しく書きたいと思います。)ビトリアの場合は状況がむちゃくちゃ良くて聞いた所では車・歩行者の割合が約30対70。え、って感じです。車30パーセントってすごい数字ですよ。という事はほとんど歩きか自転車。ここから更に車を減らしたいというのだからすごい。っていうかそんな事出来るのかな?僕が一番びっくりしたのは数ヶ月前初めての彼らとのミーティングを行った時に「観光の最適化」を提案したいと言ったら、観光には興味が無いとハッキリと言い切った所。観光に興味が無い都市なんてこれまた初めて聞いた。大体今のヨーロッパ都市って何処も観光で成り立っているとか観光収入は無視出来ないという状況なのに・・・ココの変の考え方もバスクの他2大都市とは大きく違う所ですね。ビルバオなどが観光収入モデルできているのに対して彼らの目標はあくまでも環境を整える事によって市民生活のレベルを上げる事。こういう場合、環境の質が上がる事によってジェントリフィケーションとかって起こるんでしょうか?どうなんでしょうね?もしくはそれによって引き起こされた地代高騰ならやむおえないと思うのでしょうか?その辺注目していたいと思います。

| スペイン都市計画 | 23:09 | comments(1) | trackbacks(34) | このエントリーをはてなブックマークに追加
コロニアルグエルとジョアンマラガル
毎年この時期になると1週間ほどの間バルセロナの目抜き通りであるグラシア通りの両脇にたくさんの古本屋さんがテントを張って店を出します。今日は時間があったのでぐるぐる見て回る。去年の今頃この古本屋祭りでコロニアルグエルの本を買った事を思い出す。ずっと欲しかったけど絶版で探してた本を偶然見つけたんですね。何年か前に表紙の写真を見た時にものすごく惹きつけられた本なんです。なんかこう、写真に力があるというかものすごくネチーとした写真なんだけど黒いバックにガウディのモザイク柄のデザインを切り取った構成が素晴らしい。で、見つけたと同時に即購入。家に帰って開いてみたらなんと表紙の裏に直執のサインを発見。これがすごい。内容は「私の甥でありサグラダ・ファミリアをこよなく愛した偉大な詩人ジョアン・マラガルの息子へ。」
ジョアン・マラガルは僕のこのブログでもすでに何回か登場しているモデルニズモの旗手であり現カタルーニャ州政府の祖父にあたる人物。確かにマラガルはサグラダファミリアに関する有名な詩を残しているですね。「おお、バルセロナ、お前は魔女だ」で終わる詩です。確かロバート・ヒューズの著書バルセロナの最後はこの詩で締めくくられてた気がする。彼が活躍したのは20世紀の初期、この著者も同時期に活躍した有名なガウディ研究者で大変有名。時期としても合う。で、よくよく調べてみると、あれも、これも・・・。こういう発見は古本の醍醐味ですよね。バルセロナ現代文化センターに勤めていた当時、ドキュメンテーションセンターで当時開かれたAnyバルセロナ会議の磯崎さんと浅田さんの生原稿を発見した時もかなり興奮したものです。
| バルセロナ歴史 | 18:47 | comments(0) | trackbacks(35) | このエントリーをはてなブックマークに追加
22@BCNとジェントリフィケーション
今日は午前中22@BCNとプロジェクトの打ち合わせ。22@BCNとはバルセロナがバルセロナモデルとして売り出し中のヨーロッパで最大規模の都市計画です。僕達はこの計画に第一フェーズから関わってて何時の間にか僕が担当になってしまった。今日の議題は公共空間のデザインとバスルートとバス停について。と言うわけで、22@ディレクター始めそれらに関係する部署、私企業などの面々がずらりと並ぶ。言語は勿論カタラン語。きついなー。しかしながらこれらの分野はバルセロナでは僕たちが主導権を握ってて引っ張っていかなきゃならないのでとりあえず一生懸命やってみる。で、何とか終了。その後、グラシア市役所でうちのディレクターが話すと言うので聴きに行く。結構広い会場に100人くらいの市民が集まってた。ここは僕たちが歩行者空間計画を初めて実地した地区と言う事もあり市民の興味も自ずから向くのかたくさんの人が来てた。このグラシアという地区は80年代初頭に始まりその後街中に広がっていった鍼療法・スポンジ化といわれその後バルセロナモデルになった小さな公共空間挿入手法を一番最初に受け入れた地区です。その意味で昔から新しい事を受け入れる土壌があるような気がする。僕たちの計画に対してもたくさんの批判があるけどそれは今の環境が変わると言う事に対する単純な反応なのではないのか。いわゆる人間の持っている二つの矛盾:今の自分を保持しようとする自分と変わっていこうとする自分。歩行者空間・公共空間を増やす事で歩行者トラフィックは当然増加する。それに伴い小売店も繁盛するのは間違いない。まだ計画から1年しか経ってないけどその効果は火をみるより明らか。本質的な問題は実はそこには無い。最も気を付けなきゃならないのはジェントリフィケーションのほうですね。これは3年位前にその道の第一人者であるネイル・スミスがバルセロナに来た時にある小さな集まりの中で直接質問した事があります。その時彼が言った大変印象深かった言葉が「ジェントリフィケーsジョンはコントロール出来ない」と言ってました。うーん、革新を突いてる。歴史的中心地区活性化とかいろいろ話題になってるけど、経験から言ってコレはそんなに難しい事ではない気がします。誤解して欲しくないのはそれを達成するにはたくさんの困難、政治的なとか経済的なとか社会問題とかいろいろあって大変なんだけど、解く事が出来ないほど難問かというとそうではないし、ヨーロッパにはある程度の蓄積から定石のようなものがある。問題はそこではなくてその後に起こるジェントリフィケーションの問題なんですね。そちらのほうが大問題ではるかに難問。故に世界の知は今そちらのほうに全力を注いでいるわけです。日本人や海外の研究者はヨーロッパの中心市街地活性化には2面あるという事、階級制度にもとついていると言う事を知っておいたほうが良いですね。ヨーロッパの戦略は明らかにこの暗い面を見ないようにしてる。
僕たちの今のところこの問題に対しては打つ手なし。今出来ることは土地の価格変動と商店の入れ替わりスピードを定期的に観察する事ぐらいというのが現状です。誰か良い方法など知ってたら教えてください。即採用します。
| バルセロナ都市計画 | 17:24 | comments(0) | trackbacks(36) | このエントリーをはてなブックマークに追加