地中海ブログ

地中海都市バルセロナから日本人というフィルターを通したヨーロッパの社会文化をお送りします。
カタラン・ボールト(Boveda Catalana)について:ムンクニティによるタラッサ(Terrassa)の科学技術博物館
バルセロナから電車で40分ほど行った所にある小さな町、タラッサ(Terrassa)に行って来ました。カタルーニャ地方に伝わる伝統的工法、カタランボールトで創られた建築の中でも傑作中の傑作、リュイス・ムンクニティ・パレリィアダ(Lluis Muncunill Parellada)による科学技術博物館(Museo de la Ciencia y la Tecnica)を見る為なんですね。



事の始まりは先々週の半ばに遡るんだけど、Twitterの方で「この建築、すごくない!?」みたいなツイートがあり、気になったので見てみたら、夏前にこちらの新聞でも話題になってたカタランボールト建築じゃないですかー!


(上記の写真はLa Vangurdia紙より)
で、よく見たら後ろに映ってるのはFabra i Boat!‥‥ここ数年、バルセロナ市は既存建築のリノベーションに物凄く積極的で、売春やドラックの温床となっていた旧紡績工場に目を付け、新しいプログラムを創り上げた上で再生し、「その地区の活性化の起爆剤にする」という事を実施してきています。



今回話題に上がったこの建築は、そんな感じで蘇った建築の敷地内(Fabra i Boat)に建てられた屋外施設なんですね。装い新たに蘇ったFabra i Boatは、その広大なスペースをアーティストやベンチャー企業やらに貸し出す事によって、この地区(Sant Andreu)に新たな息吹を吹き込む事に成功しています。



‥‥19世紀当時、ヨーロッパの周辺部の小都市でしかなかったバルセロナは、産業革命の中心地だったマンチェスターを「都市モデル」として目指し、見事産業革命に成功した結果、「スペインのマンチェスター」という異名をとるまでに成長しました。そして脱工業化時代の現在、都市として疲弊しまくったマンチェスターが、逆に今度はバルセロナを「都市モデル(=バルセロナモデル)」として目指しているというのは皮肉としか言いようがありません。



では「何故バルセロナにこの様な過去の遺産が多く残っているのか?」、ひいては「何故バルセロナがこの様な脱工業社会への脱皮に成功したのか?」という事については以前書いた通りです(地中海ブログ:パン屋さんのパン窯は何故残っているのか?という問題は、もしかしたらバルセロナの旧工場跡地再生計画を通した都市再活性化と通ずる所があるのかも、とか思ったりして)。

一言でいうと「偶然」‥‥かな(笑)?でもまあ、「運も実力のうち」って言うし、何よりその様な「与えられた偶然」からきちんと都市再生にまで持っていった(政治的)手腕は評価してもいいのでは?というのが僕の立場です。

そんなこんなでTwitterの方で盛り上がってしまい、「この建築、今度見て来ます。ばっちり写真も撮ってきます。乞うご期待!」みたいな事を宣言しちゃったものだから、行かざるを得ない状況に‥‥(というか、こういう言い訳でもないとなかなか建築を見に行く時間が作れないので、こういう状況を提供してくれた方々に感謝!)。という訳で週末を利用して行って来たんだけど、現地に来てみたら驚愕の事実判明!


(上記の写真はLa Vangurdia紙より)
な、何とこの素晴らしい建築、仮設だったらしく現在は撤去されて跡形も無くなっていたのです!ガーン!そ、そうなんだー。つい先月まではあったそうなんだけど、一足遅かった!うーん、非常に残念!この日はカタランボールトを見る気満々だったので、どうにも建築的欲求が収まらず‥‥。



直ぐ近くにあるホセ・ルイ・セルト設計の集合住宅を見に行ったけど(セルトについてはこちら:地中海ブログ:オープンハウス in バルセロナ(48 OPEN HOUSE BCN)その3:ホセ・ルイ・セルト(Josep Lluis Sert)のパリ万博スペイン共和国館)、やっぱりそれでも何か不満が残る‥‥(ちなみにこの集合住宅も最近リノベーションされて、現在では事前予約すれば内部見学も可になっています)。



「どうしたものかなー?」と考え抜いた挙げ句、「そうだ!カタランボールトの最高峰、タラッサ(Terrassa)にある科学博物館を見に行こう!」と決意し、日を改めて行って来たという訳なのです。



(上述した様に)タラッサという街はバルセロナから電車に乗って40分ほど行った所にある人口20万人程度の小さな街なのですが、この街の起源はローマ時代に遡り、昔から毛織物産業が盛んで、(街としての)規模は小さいながらも大変裕福な街として知られています。その頃の繁栄を今に伝えるかの様に、街中には多くのモデルニズム建築が残されているんですね。



実はですね、僕はこのタラッサという街とは大変深い関わりを持っていて、と言うのもこの街には前ユネスコ事務総長だったフェデリコ・マヨール・サラゴサ氏の肝入りで創設されたUNESCO Chairなる機関があり、バルセロナ市役所に勤める前はここで働いていた時期があったからです。



その時は勿論、月曜から金曜まで毎日の様に通ってたんだけど、働きに来てる時は観光なんてする時間は全く無かったが故に、今まで観光らしい観光はした事が無く‥‥と言う訳でとりあえず、「市内地図などの観光資料を貰いに行こう!」と思い立ち、市役所に行ったら偶然カタルーニャ工科大学タラッサ校の学長さんにバッタリ!

「あれー、cruasan君じゃないかー。久しぶりだね。元気だった?なに、なに、観光してるの?じゃあ、市役所の中も見て行きなよー。」

みたいな(笑)。そう、実はこの街、小さい上に公的機関で働いてた日本人が居なかったもんだから、市役所とかその関連施設に行くと知り合いだらけなんですよねー(笑)。という訳で普段は公開されてない市役所の議会室などを見せてもらえる事に:



この市役所、あまり知られてないんだけど実はムンクニリィによってリノベーションが施されていて、会議室の天井なんかは結構面白いデザインになっていると思います:



ちなみに世間一般ではムンクニリィという建築家は、旧紡績工場を住宅に改修したMasia Freixaを手掛けた事で認知されてるかな。



「あー、なんか今日はラッキーだな」くらいの勢いで、イヨイヨ目指すべき建築へ。



科学技術博物館はタラッサの中心街近く、バルセロナからの電車が到着する駅から歩いて10分程度の所に位置しています。先ずはレセプションで入場料(3.5ユーロ)を払い中へ入るとそこに展開しているのがこの風景:



‥‥一瞬時が止まる‥‥そんな衝撃をもたらしてくれる建築にはそう滅多にお目に掛かれるもんじゃあないんだけど、ここに展開している風景は明らかにその一種だと、そう僕の5感が激しく訴えかけてきます。



何処までも広がっていく連続アーチ。



そんな連続アーチと、屋根の開口から入り込む自然光が創り出す空間の妙。



こんな、奇跡の空間を実現しているのが、カタルーニャ地方が世界に誇る技術、カタランボールトという建築工法なのです。



4センチ薄のレンガ造を積み上げていく事によって、アーチからアーチへと力を伝え、この様な大空間を可能にしているんですね。



もっと詳しく言うと、大小2つのボールトが鋸の歯の様に並べられ、それによって大変不思議で美しい起伏を屋根に与えています。その起伏をもう1つの軸から見るとこんな感じ:



そう、コチラ側にはコチラ側でもう1つの丸みが創り出されていて、この建築の屋根はこの様なX軸、Y軸という両軸に曲面が使用され、それが互いに混じり合う事によって非常に複雑なかたちを可能にしているのです。



さて、そんな大屋根アーチなんだけど、実はですね、それが無限に折り重なっている風景を上から見る事が出来ちゃうというのがこの博物館の1つの醍醐味になっているんですね。



さっき通って来たレセプションの2階部分がレストランになってるんだけど、そこに上ってテラスへ出ると現れるのがこの風景:



じゃーん!絶景かな、絶景かな!



この無限に続くかの様な屋根の風景。これが本当に見た事も無い様な、そんな風景を創り出しています。そしてこれが夜になるとまた全く違った姿を現します:



これ、凄く無いですか!本当にこの世のものとは思えない、そんな風景です。中に入ってみると、これまた昼間とは全く違った風景が展開していました:



各展示の照明の度合いによってその光がヴォールド天井に反射し密度の違いを生み出しています。つまり活動の密度の違いにより、この無限空間に部分的に違った風景が展開されているのです。全くの偶然なんだけど、とある展示の紫色の光が天井に反射している光景は、僕の心にル・トロネの風景を思い出させてくれました:



あの大聖堂の右側に設置された大きな大きなステンドグラス、その紫色のステンドグラスから大聖堂の中に入り込む紫色の光、本当に神憑っていた光でした(地中海ブログ:プロヴァンス旅行その4:ル・トロネ修道院(Abbaye du Thoronet)の窓に見る神業的デザイン;地中海ブログ:プロヴァンス旅行その5:ル・トロネ修道院(Abbaye du Thoronet)の回廊に見る光について)。この様な密度の違いは上から見たときの風景にも反映されていました:



ほら、屋根全体の中で光が強い所と弱い所があるでしょ?

この工場が出来た時、この天井というのは労働者の手元を照らす為に「安定した均質な光」が必要とされていたのだと思います。だから北側から光を採ってるんだけど、それが100年の時を経て博物館に生まれ変わり、そのプログラムが変わった事によってこの天井にこの様な密度の違いが生まれ、それが鮮やかな風景を創り出し、「観光」という我々の時代に沿った建築になろうとはムンクニティも夢にも思って無かったに違いありません。

久しぶりに、心が震える建築に出逢ってしまい大満足です!

追記:カタランボールトに非常に感動してしまったので、関連情報を少し載せておきます。ムンクニティによる科学博物館と並んでカタランボールトの極地と言えばやはりコチラでしょうか:



ポンペウファブラ大学の図書館です。元々は貯水池だった所をリノベーションして現在は図書館として使われています(地中海ブログ:世界一美しい図書館:ポンペウ・ファブラ大学(Universitat Pompeu Fabra)図書館の一般立ち入り禁止エリアに入ってきた)。そしてもう1つ、カタランボールトとはあまり関係無いんだけど、スペイン建築の特徴の1つである(と僕が勝手に思っている)、構造を全面に押し出し、革新的な表現にまで昇華させた建築がコチラです:



エドゥアルド・トロハがマドリードにデザインした競馬場です(地中海ブログ:エドゥアルド・トロハの傑作、サルスエラ競馬場(Hipodromo de la Zarzuela)その2:軽い建築の究極形の1つがここにある)。この軒先、そしてこの技術!



追記その2: 脱線したついでにもう1つ追加情報を載せておくと、この博物館の2階部分にはレストランが入ってて、そこの手作りソーセージが絶品だった:



14年くらいバルセロナに住んでるけど、こんなに美味しいソーセージを食べたのは初めてかも?っていうくらいの美味!聞いてみた所、お肉の中にカラッと揚げた茄子のチップと、ヤギのチーズを混ぜてあるのだとか。大変美味しゅうございます!!

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| 建築 | 03:54 | comments(2) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
エンリック・ミラージェス(Enric Miralles)の建築:バラニャ市民会館(Centro Civico de Hostalets de Balenya):内部空間編
昨日6月21日、バルセロナが生んだ20世紀を代表する建築家、エンリック・ミラージェス氏を記念するエンリック・ミラージェス財団(Fundacio Enric Miralles)の創設オープニングパーティーが行われました。



今回の財団創設そしてオープニングパーティーについては僕の所にも数日前から「お知らせ」みたいなものが届いてたんだけど、昨日は夕方から夜に掛けてどうしても外せない用事が入っていた為に泣く泣く断念する事に。夜20時から始まったセレモニーにはスペイン建築界の重鎮、ラファエロ・モネオ氏やオリオル・ボイーガス氏、はたまたハーバード大学建築学部からMohsen Mostafavi氏が駆け付けたりと、かなり盛大に行われた模様です。



建築家エンリック・ミラージェス氏については今更改めて紹介するまでもないとは思うんだけど、その圧倒的なデザイン力、空間力そして独特の造形性で一躍世界の建築シーンに躍り出たかと思いきや、45歳という若さで急死。奇しくも2000年という新しい世紀が幕を開けた、正にその年に突然他界してしまったんですね。



何度でも言いますが、今世紀初頭にバルセロナは偉大な建築家を2人、しかもほぼ同時に失ってしまいました。一人は実践面からグングンと頭角を現し、正に飛ぶ鳥をも落とす勢いだったエンリック・ミラージェス氏。そしてもう一人はヨーロッパを代表する建築史家であり理論家でもあったイグナシ・デ・ソラ・モラレス氏です。



「テラン・ヴァーグ」などのキーワードで知られているヨーロッパの知の巨人、イグナシ・デ・ソラ・モラレス氏については当ブログでは事ある毎に言及してきました(地中海ブログ:イグナシ・デ・ソラ・モラレス( Ignasi de Sola-Morales)とテラン・ヴァーグ(terrain vague))。日本においては、磯崎さんやピーター・アイゼンマンなどと一緒にコーディネートしていた「Any会議」という名前と共に知られているかなと思われます。何を隠そう彼こそ僕がヨーロッパに来る事になった直接のキッカケであり、僕は彼が創設したマスターコースに学んだ最後の世代だという事は繰り返し書いてきた通りです。(スペインのマスターコースの光と闇についてはコチラ:地中海ブログ:バルセロナに出来た新しい建築学校その2:Barcelona Institute of Architecture:バルセロナ建築スクールの諸問題)。

歴史に「もし」は無いけれど、もしも今、イグナシとミラージェスが生きていたならば、世界の建築潮流の中心地の一つは間違い無くバルセロナになっていた事でしょうね。



さて、前置きが長くなっちゃったんだけど、エンリック・ミラージェスという建築家は、アルヴァロ・シザと同様に、僕が現在において最大限評価する建築家の一人である事などから、昨日のオープニングには是非とも駆け付けたかったんだけど、上述した様にそれは無理な事が前々から分かっていたので、昨日は一人で勝手に彼の財団創設を祝う為、午前中の予定を全て開け、バルセロナから電車で1時間程の所にあるバラニャ市民会館(Centro Civico de Hostalets de Balenya)を訪れてきました。



ここに来るのは今回で3回目。一回目は2002年、未だ僕がバルセロナへ来て間もない頃の事。2回目は2008年、そして今回が3回目の訪問と言う訳です。実は昨日の帰り際、受付の人に「良かったら記帳ブックにコメント書いてってくれませんか?」って言われたのでそれをパラパラと見ていたら、何と2002年と2008年に訪れた時の僕のコメントが残っていてかなりビックリ!しかも久しぶりに自分の直筆を見たんだけど、これが酷いのなんのって(笑)。あ、あれ、一応僕、小学校くらいから毎週書道に通ってて、7−8段くらいの腕前だった様な気がするんだけど‥‥気のせいか?(苦笑)。

まあ、それは置いといて、それよりも何よりも、僕が圧倒的に驚いたのは、この建築の竣工(1992年)から現在に至るまでココを訪れてコメントを残していった日本人の数の少なさです。今まで約20年間にココを訪れた日本人は僕以外ではたったの1人!しかもその人は2002年に僕が一緒に連れて来た友人じゃないですかー!まあ、勿論この建築を訪れてコメントを残さず帰る人も多いとは思うので、今までにココに来た日本人が僕一人だけだとは決して言いませんが、確率的に見てもこの数字はちょっと少ないんじゃないのかな?



かの二川幸雄さんが25年程前にバルセロナを訪れられた際、未だ世界的には無名だったミラージェスのこの建設現場を訪問され、鉄骨だけが組み上がった状態を見て、「これは凄い建築だ!」と歓喜されたという伝説付きの作品なんですけどね。

多分日本人の皆さんの足が遠のいているのは、バルセロナからはちょっと遠いと言う事、更に「どうやって行ったら良いのか良く分からない」という点だと思います。この建築へのアクセスの仕方については以前のエントリで詳しく書いた通りです(地中海ブログ:エンリック・ミラージェス(Enric Miralles)の建築その1:バラニャ市民会館(Centro Civico de Hostalets de Balenya):行き方)。上のエントリに載せてある情報は4年前のものなので今回最新情報をアップしようと思い、逐一確認しながら電車に乗ったり歩いたりしてきたのですが、基本的に殆ど変わってませんでした。変わっていた事と言えば、電車の本数が少しだけ増えていた事、そしてこの建築を訪れる事が出来る開館時間が月曜から金曜の午前9時から14時まで、午後は月曜日の17時から19時までとなっていた事くらいでしょうか(2012年6月21日現在)。その辺の事については上述のエントリの追記に随時アップしていきたいと思っています。



さて、僕がミラージェスの建築を評価する理由は幾つかあります。空間的なデザイン力や造形力は勿論なんだけど、それ以上に僕が彼の建築を素晴らしいと思う理由、それは彼の建築がスペインという国の社会文化を表象していると思うからなんですね。



建築は表象文化です。その建築が建つ土地に住んでいる人々や社会、そこから生まれ出た文化や価値観を一撃の下に表象する行為、我々はそれを建築と呼んできたのです。もっと言っちゃうと、建築とは個人的な感情よりも集団的な価値観を、悲しみよりも喜びを表象するのに大変適した芸術形式だと思います。槙文彦さんはその事をこんな風に表現されています:

「建築というのはその時代に生きた人々が潜在下で感じていながらもナカナカ形に出来なかったものを一撃の下に表す行為である」

僕がアルヴァロ・シザの建築を評価する理由も全く同じで、彼の建築が素晴らしいのは、空間的な質、デザイン的な処理の上手さに加えて、彼の建築がポルトガルという国の社会文化を表象している所にあるんですね。



そう、あの真っ白でノビノビとした建築は、時間が非常にゆっくりと進み、大変のんびりとしたポルトガルという国を表象しているかの様なのです。僕はこの事を理解するまでに1年弱という歳月を要しました。



その間、実際にポルトガルに住み、ポルトガル人と同じ生活をし、彼らと同じ言葉をしゃべり、毎日の様にシザの建築を見に行く事で漸く(少しだけ)理解する事が出来た建築と社会文化の関係性です。ポルトという地の社会文化に親しみ、実際に生活したからこそ、その地における人々の生き方、その地では子供から大人まで誰でもアルヴァロ・シザという建築家の事を知っていて、「シザという人はポルトでは自分達の街のシンボルを創ってくれるヒーローなのだ」という人々の思いを発見し、正にその事を通して本来の建築家の姿というものを垣間みる事が出来たんですね(地中海ブログ:アルヴァロ・シザのインタビュー記事:シザ建築の特徴は一体何処から来たのか?)。



ミラージェスの建築にも全く同じ事が言えて、彼の建築はスペインという地に住む人々の底抜けない活力やエネルギー、失業率が50%を超えても決してへこたれない明るさ、ひいては「国が潰れるか潰れないか?」という瀬戸際でさえも「私はサッカーを見に行く」と、ポーランドへと旅立って行ったラホイ首相の楽観性なんかを、正に一撃の下に表していると思う訳ですよ!(地中海ブログ:ルーブル美術館の歩行者計画)。それはもしかしたら、毎朝のニュースでお天気お姉さんが、「今日は晴れです。明日も晴れ、明後日も晴れ、ずっと晴れです!」って言ってる、正にその事に見て取れるのかもしれません。フェルナンド・ブローデルなんかは地域の社会文化的特徴を決定している要因として天気の重要性を指摘してますしね。

 

ちなみに僕が毎朝見てるスペイン国営放送でお天気を伝えてくれるのがAna Belen Royちゃん。毎朝8時50分頃から始まるんだけど、この番組のメインキャスターはAna Ibanez Roldanちゃんで、9時から始まる「朝ご飯(Los Desayunos)」のメインキャスターはAna Pastorちゃん(地中海ブログ:スペインの美人すぎるニュースキャスターその2:アナ・パストール(Ana Pastor):現代スペイン最強の女子アナ)。つまりみんなAnaちゃん(笑)。だから毎朝どういう場面が展開されるかと言うと:

司会(Ana Ibanez)Ana(Belen)ちゃん、今日の天気はどうなっているのでしょうか?
お天気お姉さん(Ana Belen)よくぞ聞いてくれましたAna(Ibanez)ちゃん、日中は晴れ、気温は30度を超えると思います。さてAna(Pastor)ちゃん、この後9時からの番組の予告を伝えてください。
朝ご飯(Ana Pastor)おはようAna(Belen)ちゃん!今日の話題は緊縮財政についてです。

とか言うコントみたいな場面が毎朝繰り返される訳ですよ!(本当にどうでも良いスペインのマメ知識終わり)

さて、この建築に流れる造形的な物語と、そのデザインの方向性などについては以前のエントリで詳しく解説しました(地中海ブログ:エンリック・ミラージェス(Enric Miralles)の建築その3:バラニャ市民会館(Centro Civico de Hostalets de Balenya)に見る建築の質:実際に建築を訪れる事の大切さ)。今回4年振りに訪れた感想は、以前のエントリで抱いた印象と大筋としては変わってないかな。外観のデザインについてのポイントだけ掻い摘んでおくと、先ずはコチラ:



ビシッと決まっているコチラからのパース。文句無くカッコイイ。ここにはロシアアヴァンギャルド、特にメルニコフからの影響が垣間見えるという事は以前のエントリで指摘した通りです(地中海ブログ:エンリック・ミラージェス(Enric Miralles)の建築その2:バラニャ市民会館(Centro Civico de Hostalets de Balenya)に見る建築の質:社会文化の表象としての建築:ミラージェスの場合)。この部分を見ただけでもミラージェスの類希なる造形力が分かるというものなんだけど、どういう事かと言うと、下記の写真と比べて見るとその卓越振りが分かるかと思います:



大変印象的な鉄骨&屋根の線が3本平行に走っていますね。えっと、人間の目というのは地上から約150センチくらいの所に付いている為、ある一定方向から見るとパースが付いた様に見えて、本当は平行に走ってる線が傾いたり交わったりした結果、全く予想もしなかった造形が浮かび上がる事になります。その結果が上のパースな訳ですよ!こういう事がキチンと分かっていて、しかもキチンと形に出来ている建築家と言うのはそれ程多くは無いと思います。そしてもう一つのポイントがコチラ:



3つの線が重なり合い、それら各々の線が空を切り取ると同時に、螺旋を描く様に上昇感を創り出している場面です。この軒の終わり方の妙については、槙さんの東京体育館の重なり合う外郭線などを例に出して以前のエントリで解説した通りです。



そしてこの建築が神憑ってる点、それはこの様な大変トリッキーな外観が、非常にダイナミックに展開している内部空間からきているという点なんですね。つまり、内部に展開している空間が内側から膨らんできて、その膨らみが外観へと現れてきたかの様な、正にそんな内外部がピシッと一致した建築、それがこの建築を他の建築とは一味違うモノにしているという訳なんです。

実はですね、前々回来た時(2002年)は未だデジカメを持ってなくてマニュアルで写真を撮っていた為、そのデータが今は手元に無く、前回来た時(2008年)は運悪く展覧会の真っ最中でこの建築の一番の見所である天井のデザインが全く見えないという不運に見舞われてしまいました。と言う訳で今回は訪問前に電話で確認を入れた所、メインホールは特別何にも使ってないとの事。そんな訳でルンルン気分で体験してきた素晴らしい内部空間がコチラです:



大変ダイナミックに、恰も空間が上昇して行くかの様な、そんな「えも言われぬ空間」がココには存在しています。



す、素晴らしいの一言‥‥他に言葉が見当たりません‥‥。



どういう構造になっているかと言うと、一層分取られた直線が扇子を広げるかの様に段々とずれ込んでいく事によって上昇感を創り出しているという訳です。反対側から見てみます。先ずは一層部分から:



ほど良く押さえられた天井高。斜め方向に一直線に伸びた天井線が気持ち良い。そしてそこから歩を進めると2層目が姿を現してきます:



この線の交わり方!そして最後は3層目へ:





内側に倒れ込んできているガラスの壁がある事によって、この空間に「包み込む様な感じ」が醸し出されています。



もうお解りだと思いますが、3本の線に規定され生み出された螺旋の上昇空間は見事なまでに外側に膨れ上がり、それがそのまま外観となって現れている訳ですよ!



そして鋭い人なら、このミラージェスの空間にコルビジェとの類似性を見い出すかもしれません(地中海ブログ:パリ旅行その6:大小2つの螺旋状空間が展開する見事な住宅建築:サヴォワ邸(Villa Savoye, Le Corbusier)その1:全体の空間構成について)。コルビジェと空間シークエンスと言えばコロミーナであり、コロミーナはカタルーニャ工科大学でイグナシの下に学んでいた訳で、そこにはミラージェスも居て‥‥という話に展開していくんだけど、それは又今度。



それにしてもこの空間は本当に写真にとりずらい。と言うか、どれだけ写真に収めても、何枚ブロブに写真をアップしても、この空間の本質はナカナカ伝わらない気がする‥‥。そしてこの点こそがミラージェスの真意であり、この建築の本質なのかなー?と、そんな気がしてくるから不思議です。晩年ミラージェスはこんな事を言っていました:

「・・・これは、私の仕事の進め方のなかで、視覚は一番重要な事柄ではないという事実と関係があると思います。私のプロジェクトは単なる視覚以上のものに大きく依存しています。Studio Talk, 15人の建築家の物語、インタビュー二川由夫, P641

そう、これこそ我々が現地に行かねばならない理由であり、この建築が我々の五感を通してしか理解する事が出来ない類いのものになっている理由なのです。

この建築はバルセロナに来たら足を延ばしてでも絶対に見に行くべき作品の一つだと、僕にそう確信させる程の質を伴った傑作中の傑作だと思います。
| 建築 | 07:03 | comments(2) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
ヨーロッパの公立大学の授業料について、その2:スペインの教育システムの裏にある考え方
先週月曜日(4月23日)はバルセロナの街中が真っ赤なバラの花で埋め尽くされる、一年の内で最もロマンチックな日、サン・ジョルディの祝日でした(サン・ジョルディについてはコチラ:地中海ブログ:サン・ジョルディ(Sant Jordi)とカタルーニャ(Catalunya)その2、地中海ブログ:カタルーニャにとって一年で最もロマンチックな日、サン・ジョルディ(Sant Jordi))。



2月14日のバレンタインデーを「チョコレート会社のプロモーションだ!」と毛嫌いしているカタルーニャ人達は、女性が男性に本を贈り、男性は女性に真っ赤なバラの花を贈るという古くからこの地に伝わるサン・ジョルディの伝統を「カタルーニャのバレンタイン」と定義し、毎年復活祭が終わる頃、まるで街全体が春の到来を喜んでいるかの様な、そんな見事な風景を立ち上がらせます。



この風景を目にするのは今年で11回目なんだけど、今回個人的に大発見だったのは、カタルーニャ州政府の強いバックアップで創られた大学、ポンペウ・ファブラ大学では4月23日には一切授業が無くって、完全なる休日扱いだったって事かな(ポンペウ・ファブラ大学についてはコチラ:ポンペウ・ファブラ大学図書館(Unversitat Pompeu Fabra)、地中海ブログ:22@地域が生み出すシナジー:バルセロナ情報局(Institut Municipal d'Informatica (IMI))、バルセロナ・メディア財団(Fundacio Barcelona Media)とポンペウ・ファブラ大学(Universitat Pompeu Fabra)の新校舎)。バルセロナ市役所に居た時は「お昼まで働いて午後からは街中にバラの花と本を買いに行こう!」っていう勤務時間体制だったし、去年偶々立ち寄ったカタルーニャ工科大学も4月23日は普通に授業してるっぽかった事を思えば、ポンペウ・ファブラ大学のカレンダーはちょっと異色だと言っても良い様な気がします。流石にカタラン色が強い大学だなー。



ちなみにサン・ジョルディの伝説とは全く関係が無い「本」という要素が何故4月23日のお祭りに入ってきたのか?という事については以前のエントリで書いた通りです(地中海ブログ:サン・ジョルディ(Sant Jordi)とカタルーニャ(Catalunya))。手短に言うと、4月23日は「ドン・キホーテ」を書いたセルバンテスの命日であり、世界の文豪シェイクスピアの誕生日に当たる為、「じゃあ、いっその事、一緒にしちゃえ!」みたいなノリだったと、まあ、そんな所です(笑)。

さて、そんな街中がお祭り気分に酔いしれていた矢先、スペイン教育界を揺るがす大ニュースが飛び込んできました。それが:

来年度から公立大学の授業料をアップする!」

という現政権が打ち出した新しい政策だったんですね。当ブログでは事ある毎にスペインの教育事情、ひいてはヨーロッパ各国の大学事情なんかを度々レポートしてきたんだけど、それらは主に単位振替の話や、実際に現地の大学ではどんな授業が行われているのか?はたまた、最近スペインで増えてきた「なんちゃってマスターコースには引っ掛からないでね」って言う様な話題を提供してきたんですね。その中でも非常に問い合わせが多かったのが何を隠そう大学の授業料の記事なんです(地中海ブログ:ヨーロッパの公立大学の授業料について)。

ざっくり言うと、ヨーロッパの公立大学のシステムっていうのは授業料の観点から3つのグループに分ける事が出来て、第一のグループは「授業料無料グループ」。ここにはキプロス共和国、チェコ共和国、アイルランド、マルタ、ノルウェー、スロバキア、スロベニア、スウェーデンといった国々が入ってきます。ちなみにスウェーデンでは授業料無料なのに加えて、大学に行ったら毎月約300ユーロ相当の奨学金が貰えるらしい(驚)。

第二のグループは「授業料有料グループ」で、ここにはスペイン、ベルギー、オランダと言った国々が入ってきます。例えばオランダの公立大学の年間授業料は1,500ユーロくらい、スイスはちょっと高くて1,200―2,900ユーロという事でした。

そして最後のグループは「各大学が授業料を決める事が出来るっていうシステム」を採用している国々で、ここにはイギリスやイタリアといった国々が該当します。ちなみにイギリスでは、キャメロン首相の「授業料を上げる」政策を巡ってロンドンで大暴動が起こっていたのは記憶に新しい所ですね。

こんな状況を目の当たりにすると、我々日本人の目には「ヨーロッパの大学、や、安い!」とか思いがちなんだけど、その辺はヨーロッパの一般家庭の平均収入というパラメーターを一緒に見る必要があるかなー。ちなみにスペインの月当たりの平均収入は1,500ユーロ(日本円で15万円)前後、最低賃金は600ユーロ(6万円)付近を行ったり来たりしているという状況。だから去年、スペインの公立大学の博士課程後期の授業料を「200ユーロ(2万円)から400ユーロ(4万円)に引上げる」っていう政策を政府が発表した時には、それこそ未だかつて無い程のデモがスペインの各都市の大学を中心に起こった程でした。

その様な背景の下、今回又々「大学の授業料値上げ!」という事態になった訳なんだけど、一体全体今回はどれくらい上げるのか?というとですね、その割合、実に前年比(最大)で66%!

‥‥スペインの公立大学の授業料というのは一人の学生が1年間に学習するのに掛る総コストの内、何パーセントを各学生が負担しなければならないか?と言う事を基準にして決まっています(各自治州によって違う)。その割合が現在は約10%から15%程度なんだけど、それが今回の値上げで15%から25%程度に引上げられると言うのが基本方針らしい。そうすると各学生が負担する授業料は平均で66%跳ね上がるという事なんだそうです。

もっと具体的に言うと、例えばカタルーニャ工科大学でオーディオビジュアル学科を先攻しようと思ったら、今年の年間授業料は1,050ユーロ(11万円くらい)だったのに、来年からは1,750ユーロ(18万円くらい)に跳ね上がるって言う事なんですね。最も安いと言われている社会学コースでは現在の909ユーロから1,515ユーロに、逆に最も高いと言われている医学部では1,426ユーロから2,376ユーロに跳ね上がるんだそうです。



で、ですね、ここからがスペインの教育システムの面白い所なんだけど、スペインでは小学校から大学まで、日本の様に「一学年みんなで入学してみんなで卒業しましょう」というコンセプトは存在しません。つまり「落第する」という事が頻繁に起こり、それが普通だと考えられているシステムを採っています。

何故か?

何故なら、子供というのは千差万別なのだから、理解が早い子も居れば遅い子もいる。一回の授業で分かる子も入れば、2回くらいやらなきゃ分からない子もいる。だから無理して100人が100人同じスピードで物事を学ばなくてもいいんじゃないの?っていう考え方が裏に潜んでいるからです。

これは深読みすれば、常に、人生において「選択肢」が与えられ、例え人生で失敗してしまっても「やり直せる」という道があるという事を小さい内から身を以て学ばせているという事を指し示しています。もっと言っちゃうと、人生に疲れたら、少しくらい休んで充電してから、又社会に帰ってくればいいじゃん!っていう考え方が社会全体に浸透していると見る事も出来るんですね。



実は前回のエントリで書いた、バルサのペップ・グアルディオラ監督の辞任理由、「あれは非常にスペインらしいなー」とか思って先週の辞任会見を見ていました。彼は会見でバルサの監督を退任する理由について:

「辞任します。単純な理由ですよ:もう空っぽなんです‥‥。これ以上クラブにも選手達にも何もしてあげられる事がないんです。サッカーへの情熱を取り戻す為にエネルギーを蓄え、自分自身を充電する必要があると、そう判断しました」
“Me voy. La razon es muy simple: estoy vacio. Siento que ya no puedo dar mas, necesito llenarme de energia”

と語っていました(地中海ブログ:バルサのグアルディオラ(Josep Guardiola)監督辞任会見)。つまり、もうエネルギーを使い果たしてアップアップになってしまったので、一度戦線を離脱して心を休め、しっかりと充電して帰ってきますと、彼はそう言っている訳ですよ。そしてそれは何も彼の様なエリートだけが特別なのではなくて、企業に勤めるサラリーマンから、その辺のバルで働いてるおっちゃんまで、スペイン人達は皆、人生が一本道ではない事、そこから外れても違う道が絶対にあると言う事、人生に疲れたら少しくらい休んでも良いし、それが普通だという事を知っているんですね。勿論、今、スペインは大不況で全く雇用が無い状況である事は確かなんだけど、元々スペインという国の根底にある教育、ひいては社会にはそれくらいの許容力が存在し、人々の間には人生に対する「ある種の余裕」みたいなモノが存在するので、この社会では失業率が驚くほど高くなっても「街中の人々の顔はそれ程沈み込む事は無く、寧ろ前向きに明るく生きていけるのかなー」と、10年以上この地に住んで漸く最近そういう事に気が付き始めました。というか、今頃になって漸くそういう事を感じる事が出来る様になってきました。

‥‥あ、あれ、今日は先日発表されたスペインの大学授業料について書く筈だったんだけど、何故か話が脱線してしまった‥‥。天気も良くなって来た事だし、まあ、たまにはいっか(笑)。
| 大学・研究 | 18:19 | comments(6) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
(速報)マニュエル・デ・ソラ・モラレス(Manuel de Sola-Morales)氏が亡くなりました
バルセロナオリンピックを成功に導き、地元カタルーニャ工科大学に都市計画研究所を設立した立役者でありセルトの弟子でもあったマニュエル・デ・ソラ・モラレス氏が昨日バルセロナの自宅で亡くなりました。73歳でした。死因は奇しくも弟のイグナシ・デ・ソラ・モラレス氏と同じ、心臓発作だったそうです。

マニュエル氏とは個人的な面識はあまりなくて、何処かのカンファレンスで2−3回見かけた程度だったんだけど、やっぱり、イグナシ・デ・ソラ・モラレスを目指してヨーロッパにやってきた身としては、「イグナシのお兄ちゃん」という事で、勝手に親近感を抱いたりしていたんですね(イグナシについてはコチラ:地中海ブログ:イグナシ・デ・ソラ・モラレス( Ignasi de Sola-Morales)とテラン・ヴァーグ(terrain vague))。



ヨーロッパ建築界の重鎮だったマニュエル氏の都市を扱う巧みさについては、ラファエロ・モネオ氏と共にバルセロナにデザインしたショッピングセンター、L'illa Diagonalを見るだけでも、その片鱗は垣間見える様な気がします(地中海ブログ:L'illa Diagonal: ラファエル・モネオ(Rafael moneo)とマニュエル・デ・ソラ・モラレス(Manuel de Sola Morales))。ともすれば圧迫的になりがちな都市的スケールの建築が、セットバックやボリューム分散などを巧みに組み合わせる事によって、非常に見事な解決案が提示されているんですね。

‥‥先々週は美術界の巨匠、アントニ・タピエス氏の悲しいお知らせが届き、スペイン社会全体が深い悲しみで包まれた矢先、先週は何と、スペイン建築界を背負っていくはずだったMansilla & TunonのLuis Moreno Mansilla氏が53歳という若さで急死したばかりだったんですね。この様な状況は、今から丁度10年くらい前、ミラージェス、イグナシと、連続して21世紀の建築界をリードする筈だった人材を失ったバルセロナの状況に酷似しています。

‥‥歴史に「もし」は無いけれど、もし彼らが生きていたとしたら、間違いなく現在の建築界の中心の一つはバルセロナになっていた事だろうと思います。

まあ、僕達の社会というのは、こうやって先人達が築いてきた基礎の上に次の世代が少しづつ石を積み上げていく事によって前進していくという事は分かってはいるんだけど、それでもやっぱり寂しくなるなーという思いはナカナカ消えません。
 
ご冥福をお祈り致します。
| 建築 | 19:48 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
スペインのコンペ事情と欧州文化都市決定の裏に見え隠れするもの
あー、今週も忙しかった。そして何より暑かった!!もう何時の間にか、本格的な夏到来って感じなんですけどー。

昨日のお昼は交通計画の世界的権威、Jさんと市内のレストランでランチしてたら、偶然にもカタルーニャ工科大学の学長とバッタリ!「よー、久しぶり、元気〜?一杯飲む〜」みたいな、何時会っても、全くもって学長とは思えない軽いノリなんだよな、この人!



夜は夜で、友達の日本人建築家の家でタイ風カレーを御馳走になったんだけど、最近バスク地方の美術館コンペに勝利した彼らの気になる話題と言えば、やはりスペインのコンペ事情らしい。特につい先日発表になった2016年の欧州文化都市開催決定の影響は大きいらしく、下馬評では当選が確実視されていたにも関わらず落選してしまったコルドバ市で、決定していた文化施設のプロジェクトなんかが次々にオジャンになっているんだとか何とか。

日本では全く報じられていないので、知らない人多しの事だとは思うのですが、「欧州文化都市と一体何か?」と言うとですね、欧州委員会が選定した都市で、一年間に渡り、集中的に各種の文化行事を展開するって言う、その名の通り、「欧州の文化の首都」になると言うイベントの事なんですね。このイベントが設立された当初、はっきり言って「そんなの面倒くさーい」みたいな感じで、どこの都市も敬遠しがちだったのですが、イザ行事が始まってみると、その集客効果と観光客が落としていってくれる経済効果の凄まじさ、そして何より都市のマーケティング効果に気が付いた欧州中の都市が、今では競ってその地位を奪い合うと言う激烈な競争へと変貌を遂げたと言う背景があります。

そんな状況の中、先週水曜日に5年後(2016年)の欧州文化都市開催都市の発表が欧州委員会の方からあったばかりだったんだけど、実は今回は最後の最後で大どんでん返しがあり、当選が確実視されていたコルドバ市が負けて、全く予想されていなかったサンセバスチャン市が当選すると言う結果に終っちゃった訳ですよ!

では何故、サンセバスチャンが勝ったのか?

うーん、ここからは僕の勝手な予想なんだけど、多分、現在のスペインの経済危機を考慮するならば、文化にお金を回す余裕が全く無い中で、果たして本当にコルドバと言う小さい街に、欧州文化都市を開催出来るだけの余力があるのだろうか?と言う懸念が欧州委員会の中にあったからじゃないのかな?



コルドバと言う都市は人口30万人程度の小さな町で、確かに世界的に有名なメスキータがある事はあるんだけど、言ってみればそれだけ。ホテルの数だってたかが知れています。何よりアンダルシア地方と言うのは、スペインの中でも最も経済的疲弊が激しい地域として、スペインは勿論、欧州中にその悪名が響き渡る所となっているんですね。



その一方で、サンセバスチャンと言う都市は、王族やブルジョア階級の避暑地として知られていて、云わ場スペインの高級リゾーチ地な訳ですよ。つまり資金的には最も豊富なエリアの一つであり、サンセバスチャンを開催都市にしておけば、直前になって「やっぱり出来ませんでした!」みたいな事は起こりにくい、と、まあ、こういう安全パイを欧州委員会が取ったと言う事なんじゃないのかな?

もう一つ気になる点が、ETAとの関連が指摘されているBilduと言う政党が先々月の選挙で史上初めてバスク地方の政権を握ると言う画期的な出来事が起きたばかりだったんだけど、この政治的な動きと今回の欧州委員会の決定には何かしらの関連があるのでは?と言うのが大勢の見方となっています。ちなみにこの決定に怒り心頭のZaragoza市の市長は「欧州委員会の判定には疑念を感じる。再検討を要請する為に法的手段に訴える覚悟だ」と裁判に持ち込む事をも示唆してたりもするんですね。

そんな大どんでん返しを食らって堪らないのがコルドバ市なんだけど、実はスペインではここ数年、経済危機の影響を受けて建築コンペの数が激減してたりして、文化施設のコンペなんか殆ど無いに等しいくらいだったのに、コルドバでは、それが結構開催されていたんですね。理由は勿論、2016年の欧州文化都市に通ると言う前提の下、市役所始め、政府なんかもバックアップ体制を敷いてたんだけど、それが崩されちゃって、今までのコンペはみんなオジャン!

もう一つ次いでだから言っちゃうと、実は先日、スペインのガリシア地方の都市、ア・コルーニャ市において、鉄道駅周辺の開発を含む大々的な国際コンペの結果が発表されました。伊東豊雄、MVRDV、ラフェエロ・モネオなど、なみいるスター建築家を押しのけて1等に輝いたのは地元出身の建築家で、それがちょっとしたニュースにもなったんだけど、そのコンペの経緯を見ていてちょっとした昔話を思い出しちゃいました。

あれは今から丁度5年くらい前の事、僕が未だバルセロナ市役所のとある機関に勤めていた時の事だったのですが、当時から既にかなりの有名人だったジョアン・ブスケッツと言う都市計画家が突然訪ねてきて、なんか急にミーティングをするからと言う事で僕もその席に呼ばると言う事がありました。ジョアン・ブスケッツと言うのはバルセロナの都市計画に深―く関わっている人で、今ではハーバード大学の教授に就任している程、世界的に名の通った都市計画家です。彼の手がけた作品として有名なのは、トレド市の保存と再開発計画なんかがあります(地中海ブログ:マドリッド旅行その4:ラペーニャ&エリアス・トーレス(Jose Antonio Martinez Lapena and Elias Torres)の建築その1、地中海ブログ:あまり知られていないバルセロナ近郊にある名建築:ラペーニャ&エリアス・トーレスによるCastelldefels城へと続くアプローチ空間)。

で、その時彼が持ってきたのが、何を隠そう、ア・コルーニャ市の都市戦略と再開発の基本構想だったんですよね。それから1年ちょっとの間、色々とやり取りをしながらも案を練っていったんだけど、今回のコンペはその時の基本構想が下地になっていると思われます(それ以来、僕は関わっていないので確定的ではないのですが)。

あれから5年・・・あの時、全く何の案も無い白紙の状態だった再開発地区に、今では世界中から沢山の応募が寄せられ、段々と形になっていってるのかと思うとちょっと感慨深いものがありますね。

昨日の夜は、暑い中、辛くて美味しいカレーを食べながらも、そんな昔話を思い出しちゃいました。
| 都市戦略 | 21:32 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
バルセロナに出来た新しい建築学校その1:Barcelona Institute of Architecture:山本理顕さんとか、都市のマーケティングとか
今週の月曜日の事だったのですが、バルセロナに新しく出来た建築学校、Barcelona Institute of Architectureの開校を記念するオープニングセレモニーへ行って来ました。マスターコースを機軸とするこの建築学校は、デザイン教育や建築の歴史文化教育を通して、グローバリゼーションが席巻する現代社会の中においても通用する建築家を育てる事を目的としているそうなんですね。結構大々的に宣伝もされてたし、オープニングセレモニーには今や世界的規模でグローバルに活躍している日本人建築家、山本理顕さんが招待されている事だし、「ちょっと行ってみるか」と言うかなり軽い気持で行ってきました。



このオープニングレクチャーは世界中から観光客を集め続けるガウディ建築、カサ・ミラ(La Pedrera)で行われたのですが、会場は「超」が付く程の満員御礼状態。さすがに世界のRiken Yamamoto!スペインでも大人気です。先日スペインでも大々的に報じられたチューリッヒ空港複合施設コンペを勝ち取ったと言うタイミングとも重なり、今正に建築界では「時の人」と言っても過言では無いと思います。



そんな事情があるにせよ、凄い数の報道陣が詰め掛けていて、「時の人とは言え、ちょっと大袈裟じゃないの?」とか思っていたら、その理由は直ぐに判明。どうやら現バルセロナ市長と、前バルセロナ市長であり防衛大臣も勤めた経験がある大物政治家、ナルシス・セラ氏がこのオープニングに駆けつけていたからだったようです(地中海ブログ:スペイン、サパテロ新内閣(Jose Luis Rodriguez Zapatero))。むむむ・・・学校のオープニングと絡めたメディアへの露出を狙った都市の宣伝手法、そしてそれを実現するだけの政治的な根回しはナカナカ上手いなー。やるな、コーディネーターのJ君!(実は偶然にもこの学校の立ち上げ、そして運営をしているのは僕のメトロポリス時代の同級生だったJ君なんですね。ついこの間まで飲みながら馬鹿な事を言ってたかと思ったら、しっかりこんな仕事までしてるとは。時が経つのは早いなー)。

さて山本さんと言えば、最近では東浩紀さんなんかと、「地域社会圏モデル(だったっけ?)」なんかを出版したりして、個人的に大変興味のある、「Twitterなどの新しいテクノロジーが我々の社会にどう影響を与えるのか?」そして「そんな中で建築家はどういった社会像を提案していけるのか?」と言う問題の中心に居る人だと理解しています(地中海ブログ:東さんの「SNS直接民主制」とかマニュエル・カステル(Manuel Castells)Movilizacionとか)。今日はその辺の話が聞けるのかな?とか期待してたんだけど、さすがにその辺りの話には触れられてませんでしたね。

それとは別に、僕的には少し気になる事が。

どうやら山本さんは現在、横浜国立大学にある都市建築スクール(って言うのかな?)と言う所で教鞭を執られているらしいのですが、そこで試みられている方向性はBarcelona Institute of Architectureが目指している方向性と同じ様なものだと感じたとの事。僕は横浜の建築スクールは勿論、バルセロナのこの新しい学校が何を目指しているのかさえもあまり良く理解していないのですが、話のニュアンスからすると、ハードだけではなくソフトの部分である社会とかその中で営まれているルールとか、そういうものにまで建築の枠を広げていって、そこの所を行政、大学、企業など様々な枠を取り払って議論していきましょう、とそう言う事なのかな?と感じました。

そして山本さんが特に強調されていたのが、バルセロナ市役所とこの建築学校との近しい関係についてだったのですが、つまり学生が都市や建築について議論した事が、市役所と密な関係を持つ教授陣達によって都市に適応される可能性があると、まあ、こんなイメージだと思います。

確かにフランコ政権以降、オリンピックに向けてバルセロナが「行くぞー」と上り坂だった時などは、地元のカタルーニャ工科大学と市役所の密な関係がものすごいシナジーを生み出し、都市の活性化がずば抜けて上手くいったと言う時期があった事は確かです。バルセロナの大ファンであるリチャード・ロジャースなんかは、その密なコラボレーションがバルセロナの都市計画や都市戦略が次々に大成功している要因であり、当時のバルセロナ市長だったパスクアル・マラガルなどは、そのような状況を

「市当局と建築学校の幸せな結婚を通した公共空間のデザインの質
("the happy marriage between city hall and the school of architecture)("Foreward", in Towards an Urban Renaissance, p.5-6, London, E&FN Spon)

と表している程なんですね(地中海ブログ:
リチャード・ロジャース展覧会(Richard Rogers + Arquitectes: De la casa a la ciudad))。この古き良き時代の記憶が現代に生きる人々の中で勝手に美化され、後にバルセロナの都市計画を神話にまで押し上げる「バルセロナモデルとしてのイメージ」が出来上がったんだと思います。

今回の新しいバルセロナの建築学校と市役所の蜜なコラボと言うイメージも実はこの幻想の上に載っかってるだけじゃないのかな?まあ、そうする為にわざわざオープニングセレモニーにバルセロナ市長を呼んだり、講演会の場所をガウディの建築で行ったり、それを報道陣に公開して記事をバシバシ書いてもらったりと言う、「バルセロナ=建築の街と言うイメージ」を創り出す為に成された多大なる努力と、マーケティングの上手さには頭が下がりますけどね。

バルセロナに出来た新しい建築学校その2Barcelona Institutes of Architecture:バルセロナ建築スクールの諸問題についてに続く。
| 大学・研究 | 22:51 | comments(2) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
スペインを代表する現代アーティスト、ミケル・バルセロ(Miquel Barcelo)の展覧会:La Solitude Organisative
今週金曜日からバルセロナではモンジュイックの丘にある銀行系の文化施設カイシャ・フォーラム(Caixa Forum)にて、スペインを代表する現代アーティスト、ミケル・バルセロ(Miquel Barcelo)氏の展覧会、Miquel Barcelo 1983-2009, La solitude organisativeが開催されています。



例のごとく、全く関係無い話から始めたいと思うのですが(笑)、バルセロナにはミケル・バルセロという名で知られている人物が少なくとも3人います。一人目は政治家で22@BCNの会長を勤め、La Ciutat Digitalなどの著作もあるミケル・バルセロさん。今は確かFundacio b_TECの会長だったかな。2人目はカタルーニャ工科大学の教授であり、工科大学サステイナビリティ顧問にしてヨーロッパSF賞の創設者でもあるミケル・バルセロさん。そして3人目が今回紹介するアーティストのミケル・バルセロさんなんですね。個人的にはカタルーニャ工科大学のミケル・バルセロさんとは昔から仲が良いのですが、最初の内はえらくとまどいました。「え、ミケルさんってSFにも詳しくて、情報学部の教授なのにアートもやってるんですかー!!!」みたいな(地中海ブログ:
カタルーニャとSF)。

そんなどうでも良い話は置いといて、今回の主役である現代アーティストのミケル・バルセロ氏の近年の活躍ぶりには目を見張るものがあります。最近話題となった所では、約22億円(1850万ユーロ)をかけて2008年に完成したジュネーブ(Geneve)の
国連欧州本部の人権理事会Human Rights and for the Alliance of Civilisations at the United Nations, Geneva本会議場「Room XX」の天井装飾なんかは非常に有名ですよね。



「海と洞窟、それは表面性と内面性を表しているが、その基本的な宇宙観をまずは表現したかった。垂れ下がった鍾乳石のような形は、赤、黄、紫など、色も
形も1つとして同じものはない。それはまるで、人権委員会に集まる異なる言語と異なる意見を持つ人々のようだ」 ミケル・バルセロ

ナルホドなー、上手い事言うなー。こんなコンセプトの下、様々に彩られた氷柱をどう表現するのか?など技術的な安全性の問題なども含めて約1年間アトリエで研究し、その後13ヶ月かけて創り上げられた傑作がこの天井装飾だったんですね。ちなみに下記の写真は当時何度となくスペインで報道されたものなんだけど、絵の具を天井に吹き付ける際に、ガスマスクをして作業に当たっている様子を撮影したものだそうです。



この傑作が世界中に発表された時のスペインメディアの騒ぎようと言ったらすごいものがあったんだけど、まあ、アートと言うのはその国の成熟度を測る指標であり自国のアイデンティティを確立する為の道具として政治的に利用されてきたという歴史的事実を考えれば特に驚くべき事でも無いかな(地中海ブログ:
パリ旅行その8:公共空間としての美術館。つまりアートって言うのはある意味、広告的な側面を持っていると言う事です。だからこの作品の制作費22億円の内、約半分をスペイン政府が負担していると言う事も、まあ、当然と言えば当然か。

さて、ミケル・バルセロ氏のアーティストとしての名声は今やヨーロッパ中に知れ渡り、世界のアートシーンの第一線で活躍するアーティストの仲間入りを果たしたと言っても過言では無いんじゃないかと思うのですが、その反面、実は日本では驚く程知られて無いんじゃないのでしょうか?ちなみに今、ウェブで関連情報を調べてみたんだけど、日本語では殆ど出てこない・・・。辛うじて
ピカピカさんがフォローしているくらいかな(さすがピカピカさん!)



ミケル・バルセロは1957年、スペインのマヨルカ島に生れました。マヨルカ島って、今はヨーロッパ屈指の観光リゾート地として有名なんだけど、実は昔からショパンやジョルジュ・サンド、もしくはミロなどと言ったアーティストを育んできた地でもあるんですね。そしてミケル・バルセロに関して言えば、このマヨルカ島という地が、実は彼のアーティストとしての才能や彼の作品に多大なる影響を与えているのでは?と思われる節がしばしば見受けられます。


今回の展覧会ではそんなミケル・バルセロの比較的初期の作品から昨年のヴェネツィアビエンナーレに出展され大きな話題となったゴリラの絵(La solitude Organisative)など180点が集められ、彼のアーティストとしての軌跡が辿れるようになっているのですが、この展覧会を訪れて先ず驚かされるのは、彼の作品のバリエーションの広さなんですね。




抽象画は勿論の事、水彩画やタピエスの伝家の宝刀である、様々な素材を画面に貼り付けていく事で立体的な3次元を構成していく様な作品、はたまた彫刻などまで、彼のアーティストとしての許容力の幅広さを見せ付けられる展覧会となっています。




展覧会場の入り口には、昨年パリのグラン・パレ国立美術館でも展示されていたゾウがひっくり返った彫刻が我々を出迎えてくれます。見た瞬間、「何でゾウなんだ?」って言う疑問が沸いてくるんだけど、現代アートの知識が恥ずかしいくらい無い僕にはそんな疑問に答えられる余地全く無し(悲)。まあ、現代アートって言うのは、その本質的な所は「コンテクスト読み」にある訳で、そういう意味においてこれだけ複雑になってしまった現代アートのコンテクストを読み切れる人間が世の中に一体何人いるんだろう?って事も思うんですけどね。そんな訳で、今回は僕のアンテナに引っかかった作品だけを、(何時ものように)僕の独断と偏見で(笑)紹介したいと思います。先ずはコチラ:




2003
年に出たスペイン版のダンテ神曲(Dantes Divine Comedy)の挿絵シリーズです。ダンテ神曲に関しては、その内容が様々な想像力を刺激する事から、今まで沢山の芸術家達によってイメージの解釈が出ています。ロダンの地獄の門とか、日本人にはお馴染みの作品もその内の一つですね(地中海ブログ:パリ旅行その5:カミーユ・クローデル(Camille Claudel)の芸術:内なる感情を全体で表している彫刻作品、もしくは彼女の人生そのもの)。ミケル・バルセロのダンテ神曲シリーズは合計24点で全てアクリルで描かれてるんだけど、人間の苦しみとか悩みとか、そんなものが本当に良く表現されてて、直に心に伝わってくるかのようです。アクリルと言う比較的単純な画法で、ココまで人間の内側に迫れると言うのはちょっと凄い。



これなんて、この光の玉(魂?)の中に人間のエネルギーが満ち溢れているようでいて、しかし同時にそこには何かしらの「儚さ」も感じさせられるんですね。そう、まるでそれら相反する2つの力が共存しているかのような・・・。




これなんて、アクリルでサッと描いただけなんだけど、人間の苦悩が本当によく表現されている。2年程前に見たスロベニア出身の画家、ゾラン・ムジチの作品群も人間の「恐ろしさ、おぞましさ」にかけては秀でたものがあったんだけど、このシリーズもナカナカ見ごたえがあります(地中海ブログ:
ゾラン・ムジチ展覧会:ダッハウからヴェネチアへ ( Zoran Music: De Dachau a Venecia))。ちなみにミケル・バルセロのこのシリーズは2004年にルーブル美術館で展覧会が行われ、大成功を収めたそうです。納得の質!そしてコレなんかも目を奪われました:



エイを題材にした作品なんだけど、海の底で静かーに獲物を待っているかのような、「気迫」みたいなものがマザマザと伝わってくるかの様な大変力強い作品です。ヒョロっと伸びたエイの尻尾と重く鎮座する体とのバランス、そしてそれによる視線の移動、空白が空白に見えない構図の素晴らしさ・・・見れば見るほど、良いなー。そして今展覧会の主役とも言うべき作品がコチラです:




2009
年のヴェネティアビエンナーレ、スペイン館に出展されたLa Solitude Organisativeと言う作品です。見ての通り、ゴリラが一匹コチラを向いて座っているだけの作品なんだけど、これまた不思議な作品ですね。



このゴリラ、確かな存在感があるかと思いきや、今にも消えて居なくなりそうな儚い存在感をも醸し出しています。そんな、存在と非存在の間にいる存在、それがこのゴリラかな。
今までミケル・バルセロと言えば、動きのあるダイナミックな作品の印象が強かったんだけど、このゴリラは全くその逆。いや、存在感がある事では今までの作品と同じ系譜に載っているんだけど、それだけじゃない「何か」がある気がする。そしてそれがあるが故に、僕達の想像力/創造力を刺激し、魅力的な解釈へと導いているのかも知れません。

この展覧会、2011年の19日までだそうなので、バルセロナに観光に来られた方々には是非お勧めです。入場無料ですし、ミースのバルセロナパビリオンの真ん前ですし、スペインの現代美術に浸る良い機会なのでは?とも思います。
| スペイン美術 | 08:21 | comments(2) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
欧州工科大学院 (European Institute of Innovation and Technology)の鼓動その2:ネットワーク型システムに基づくシティ・リージョンのようなコンセプトを持つ大学院
前回のエントリ、欧州工科大学院(EIT)の鼓動その1:マニュエル・カステルとネットワーク型大学システムの試みの続きです。

欧州工科大学院は、欧州域内の研究や産業の競争力を高め、それによる雇用増大や経済発展、産業インノベーションを促進する為に設立された新しい形の技術研究機関&大学院なんですね。研究と市場との間のギャップを埋め、教育から企業製品までを「インノベーション」をキーワードにシームレスに繋ぐ事を試みているそうです。では何故欧州はこの時期に、このような新しい大学院を創り出そうとしているのか?

その問いについては、先日のセレモニーでこの新しい機関の意義について講演したマニュエル・カステルがチラッと冗談めかして言ってた事が結構本質を突いている様な気がします:


「欧州工科大学院はその名前が示唆するように、明らかに米国のMITに対抗意識を燃やしています」

この発言が出た時、会場全体が笑いに包まれたんだけど、多分、これは冗談では無いですね。と言うか、これが欧州の本音っぽい。つまり欧州がR&D+iに費やしている総予算額では明らかに米国の研究機関の上を行っているにも関わらず、ヨーロッパの優秀な若い頭脳は今だ米国へと流出し続けている状況に変わりは無いからです。では、それをどうやって食い止めるのか?そこで出てきたアイデアが、欧州中に散らばる様々な特徴を持つ研究機関をネットワークで繋ぎ、米国とは違ったモデルで競争力を創り上げようというアイデアでした。そしてそこで提供される教育サービスや産業プロダクトなんかを「EIT」という名の下に提供する事によって、欧州ブランドを創り上げようと、まあ、こういう事だと思います。

これは読み方によっては結構面白い。

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世紀の後半、パリやロンドンと言ったメトロポリス型都市形成に対するアンチとして「シティ・リージョン」という考え方が出てきました(地中海ブログ:サラゴサ(Zaragoza)の都市戦略)。これはどう言う事か?と言うと、一つの都市が全ての機能を持ち、大都市(メトロポリス)を形成するというモデルでは無く、隣接した小さな都市の一つ一つが異なる機能に特化する事によって、それら複数都市を高速鉄道網などで結び付け、メトロポリスに対抗する競争力を「地域として創出しよう」という考え方なんですね。具体的な所では、オランダのランドスタットの周りに展開しているシティ・リージョンなんかが良い例だと思います(アムステルダム(首都)、デン・ハーグ(行政)、ロッテルダム(商業)、ユトレヒト(大学)などの様な特化機能を持った複数都市を高速鉄道で結び付けるモデル)。

今回の欧州工科大学院は基本的にはこれと同じコンセプトの下に創り出された大学院です。

莫大な予算を費やして今から(MITの様に)一つの大学に全ての分野におけるトップの学部を創出する事はあまり賢いやり方では無いし現実的でも無い。そうでは無くて、情報技術に関してはAランクの学部を持つOO大学やOO企業などを選出、ネットワークで結び、このテーマに関してはこのネットワーク上にバーチャルな大学院を創り出そう、エネルギーに関しては・・・と、テーマ別にフレキシブルに対応していこうという訳です。

これはヨーロッパが持つ特徴を生かした、大変上手い戦略だと思います。欧州の強み、それは「星の数ほどもある多様な文化社会を持つ都市と、その数と同等数の様々な特徴を持つ研究機関が一つの大陸に集まっている事」なのですから。

それでは具体的にはこの大学院はどのように機能するのか

EITは先ず手始めとして、欧州が直面している3つの最重要課題を設け、それらに関するKIC(Knowledge and Innovation Communities)と呼ばれる研究グループを発足しました。それらが:

1.
気候変動対策と適応 (Climate-KIC)
2.
情報コミュニケーション社会の未来像 (EIT ICT Labs)
3.
サステイナブルなエネルギー (KIC InnoEnergy)

グループです。これらKICと呼ばれる研究グループにはそれぞれのテーマ毎に欧州中からその分野にかけてはS級っていう研究機関や大学、企業などが集まり、それら核となる機関の周りに地域クラスターを創出し、教育と研究そしてインノベーションの3つを促進していく事になるそうです。

例えば3つ目のKIC InnoEnergyグループでは、リーダーシップをカールスルーエ工科大学が採り、Grenoble, Eindhoven/Leuven, Barcelona, Krakow, Stockholmと言った地域から13の企業と10の研究機関、そして13の大学が参加、総勢36もの機関が集まってグループを創り出しているんですね。



上の図がそれらのクラスターが置かれている地域と、そのクラスターの下に参加している機関なんだけど、それらが欧州中に散らばっている事が一目で分かるかと思います。このエネルギーグループにはバルセロナも参加していて、地域クラスターのリーダーシップはビジネススクールとして名高いESADEが採っています。パートナーとしてはカタルーニャ工科大学(UPC)やカタルーニャ・エネルギー研究所(IREC)Gas Natural社などが参加し、連携を組みつつ活動を展開していくんだそうです(Gas Naturalについてはコチラ:地中海ブログ:エンリク・ミラージェス&ベネデッタ・タリアブーエ(Enric Miralles & Benedetta Tagliabue)Gas Natural本社ビル:広告としての建築)

今回のセレモニーでは各研究グループと地域クラスターが実際的にどういう活動をしていくのか?と言う事が説明されていたんだけど、それによると、例えばバルセロナの場合では今年の9月頃から、ESADEを中心としてエネルギーに関するサマースクールを始動、来年あたりからは大学院レベルでのプログラムを開始する予定があるそうです。そして、そのプログラムを修了した暁には、修士やPh.Dと言ったタイトルをESADEと共に、EITの名を冠して学生に授与すると言う事らしいです。

ふーん、面白い試みですね。
今、欧州では新しいコンセプトに基づく、新しい形の、新しい教育が始まろうとしています。
| 大学・研究 | 22:25 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
スペインで働くという選択肢:長期滞在を見込んだ建築家の場合その3:短期滞在と長期滞在に取るべき戦略の違い
前回前々回と2回に分けて論じてきた「スペインで働くという選択肢」編も今回が結論部分です。

もとはと言えばこのような話の展開になったのは、最近、「スペインで働きたいんですー。」的なメールを沢山もらった事に起因するのですが、そのような中にも2通りの考え方の人達が居るのでは無いか?という所が出発点だったんですね。

一つ目のグループは比較的短期間の滞在(2−3年)を考えている人達で、もう一つのグループはじっくりと腰を据え、反永住みたいな勢いで考えている人達。そして僕等の蓄積した経験から、それら別々のグループには別々の戦略が必要になってくるという事がココ数年で学んだ事でした。

先ずは、両グループに共通して言える事なのですが、大前提としてスペインに3ヶ月以上滞在する為には何かしらのビザが必要になります。大きく分けてスペイン滞在用のビザは2種類。一つ目は学生ビザで、もう一つが労働ビザ。

こう言っちゃ何だけど、はっきり言って、現在のスペインで労働ビザを取る事は至難の業です。スペインでは近年、移民政策がどんどんと厳しくなり、年々ビザを許可しなくなってきているんですね。そんな中で最も一般的&スピーディーな方法はというと、やはり語学学校や大学のマスターコースなどに入り、学生ビザを申請するという方法だと思われます。(コレは未確認情報なのですが、近年の移民政策により、学生ビザでさえもナカナカ降りないという状況になってきつつあるという事を耳にしました)

そしてココこそが今日のメインポイントなのですが、短期滞在を目指している人であれば、迷わず大学のマスターコース(もしくは語学学校)を探して、ビザを申請するのが最も効率の良い選択だと思われます。そして一日も早くこっち(スペイン)に来る事(コレが大事!)。現地の情報と、日本で手に入る情報とでは雲泥の差がありますから。こっちに来て初めて分かる事なんて、幾らでもあります。逆に言うと、こっちへ来なければ分からない事が山程あるという事なんですね。

その後の戦略としては、大学の授業がある2年間の内に語学に磨きをかけ、更に就職の情報収集をしておく。授業が比較的少なくなる2年目くらいからは、どこかの事務所でアルバイトなどをしつつ、卒業と同時に労働ビザに切り替えてもらえるように交渉しておくのも悪く無いと思います(アルバイトに関しては、学生ビザの場合、賃金や時間などに制限が生まれますが、不可能ではありません。労働ビザへの変更は上述した様に、難しいと思っていた方が無難ですね)。このように2−3年の経験をヨーロッパで積んで晴れて帰国、というのが短期留学の王道かなと思われます。

さて、問題は長期滞在を考えている建築家の皆さんの場合です。この場合、何が問題かと言うと、2−3年こちらの事務所で働いた後「自分の事務所を立ち上げよう」とか、「もっと責任のある職(チーフ・アーキテクト)に着きたい」と言った場合に、建築家のタイトルを保持していない事がネックとなり、全く先に進め無いという壁に必ずぶち当たります。

タイトルを取得する為には、前回のエントリで書いた「魔のオモロガシオン」を通過しなくてはならないのですが、それははっきり言って気の遠くなるような長―い話です。(時間にして3年以上、しかも確実にタイトルが読み替えられるという保障は無い。)では、もっと巧いやり方は無いのか?というと、実はあるんです、抜け道が。

それこそ僕達が知恵に知恵を絞って考え出した結論、「タイトルが読み替えられ無いんだったら、スペインでもう一度タイトルを取得しちゃおう作戦」です。

ココからは今まで(多分)誰も試した事が無い道なので、推定の下に話を進めます。

先ず、マスターコースやドクターコースに入る事を考えるのではなくて、学部に編入するという可能性を考えます(ちなみに学部編入は誰も経験していないので、それが可能かどうか?は未確認)。同時にオモロガシオンを申請して、そこで確実に不足している授業(スペイン建築史など)を取り始めます。オモロガシオンの結果が来る頃には、結構単位が溜まって、巧く行けば卒業設計が出来るレベルに進行しているかも。事務所での経験(半年くらい)が要るけど、就職の事を考えたらアルバイトなどはWelcomeだから問題無し。という事で、2−3年でスペインの建築家のタイトルが取得出来る計算になります(ちょっと楽観的???)。でも、確実に言える事は、この道は、マスターやドクターに入りながらオモロガシオンをしていくよりも、よっぽど効率の良い方法だと言う事です。

スペインで最も大事なのは「学部のタイトル」です。幾ら、マスターを持ってたって、幾ら博士号を取得したって、学部のタイトルが無ければお話になりません。

先日、僕の親しいメキシコ人の建築家がドクターコースを終え、論文審査に通り、晴れてカタルーニャ工科大学から博士号を授与されたのですが、彼女はオモロガシオンをしておらず、スペインでの学部のタイトルを持っていなかった為、「スペインでは博士を名乗る事を許され無い」という大変理不尽な現実に直面していました。何故ならスペインでは「博士のタイトル」は「学部のタイトル」があって初めて認められるからです。

何度でも言いますが、スペインで重要なのは「学部のタイトル(Architect)」です。コレが僕達がスペインに来て以来、この数年間で身を持って学んだ事です。今後留学、もしくは就職を視野に入れてらっしゃる方は、この辺の事を良―く考えて選択してもらえればと思います。

あー、かなり書いてしまった。今日は金曜日!という事で、今からパーティーに行ってきまーす。
| 仕事 | 19:00 | comments(2) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
小塙芳秀さんと藤井香さんによる日本現代建築展覧会inリスボン(Lisbon):(IN)VISIBLE PROCESS
先週の事なのですが、こちらに来て以来の知り合い(という事はもう7年くらい?)である日本人建築家、小塙芳秀さん、藤井香さんと毎月恒例になっているランチに行ってきました。何を隠そう彼らは無茶苦茶グルメ!食通のMさんと共に、バルセロナのレストランを知り尽しているんじゃないのか?というくらい、何時も美味しく、マニアックなレストランを紹介してくれます。

学生時代(カタルーニャ工科大学時代)から、彼らの事はずーっと知っているのですが、そんな彼らも何時の間にか独立し、事務所を構えてがんばっている有望な若手建築家になっちゃいました(おめでとー)。

マスター終了後、就職の為にバルセロナを離れ、大田舎のオロット(Olot)へ行ったり(ちなみに二人共、ヨーロッパで今一番輝いている建築事務所の一つ、RCR事務所の出身です)、一時はスペインを離れるとかいう話も出たりと、この数年間は色々とあった様なのですが、「そんな彼らも独立かー」とか思うと、つくずく時間が経つのは早いなと感じますね。そして何よりも、同じ日本人として、同じ建築家として同世代の人達が異国の地でがんばっている姿を見るのは、何よりの励ましになります。

さて、そんな彼らは今、ポルトガルのリスボン(Lisbon)で日本人建築家の活動を紹介する展覧会を開催中だとか(詳細はココ:http://www.anyweredoorarchi.com/)。オープニングセレモニーには古市徹雄さん、続く連続レクチャーには藤本壮介さん、Mount Fuji Architects Studio / 原田真宏+原田麻魚さん、CAt / 小嶋一浩+赤松佳珠子さんなどがいらっしゃって講演会を開き、地元のテレビ局が取材に来る程大盛況だったとか。ちなみに明日(6月29日)は三分一博志さんの講演会が開かれるそうです。

行きたい!非常に行きたいけど、無理ですね(笑)。だって遠いんだもーん。と言う訳で、ポルトガル在住の方、きっと面白い講演会になると思いますので、是非足を運んであげてください。
| 建築 | 01:27 | comments(1) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
スペインの大学ランキング:総合ランキングではなく、学部間で競い合うというシステム
最近連続して同じ様な質問を受けたので、一度まとめて書いておくのも悪くないかなーと思ったので、今日はスペインの大学事情について少し書いてみようかなと思います。


(ポンペウファブラ大学図書館)
以前少しだけ書いたのですが、スペインでは大学間に日本のような明確なプラミッド型の構造が存在しません。つまり誰が見てもNo1大学(東大、京大)が存在するというような強い構造が無いんですね。もしかしたらただ単に僕が知らないだけなのかもしれないけど、確かな事は、殆どのスペイン人がそんな事は気にしていないと言う事です。例えば、その辺に居る学生やサラリーマンを捕まえて、「スペインでNo1、もしくは有名だと思う大学は何処だと思いますか?」と聞いても、帰ってくる答えはまちまちだと思います。何故ならそんなもの存在しないし、興味も無いからです。



スペインで重要な事は「何処の大学を卒業したか」ではなくて、「大学を卒業した事」と「どの学部を終了したか(タイトルを持っているか)」の2点です。

我々建築家にとってはこの後者が曲者で、というのも日本では建築学科は工学部に属しているので(美大系は別)、建築学科を卒業した日本人建築家が保持しているタイトルは「工学(Engineering)」なんですね。一方、スペインを含むヨーロッパの教育システムには列記とした建築学部が存在します。だから大学を卒業した建築家は全員、建築家のタイトル(Architect)を持っている訳です。


政府の授業料引き上げに反対する学生デモ:ポンペウファブラ大学中庭にて)
すると日本人建築家が建築家としてスペインで働こうとした場合、日常的に起こり得る笑えない状況はこんな感じ:

日本人建築家:「こんにちはー。大学を卒業し、3年程度の実務経験がある建築家です。ちなみに一級建築士も持ってます。働きたいんですけど・・・」

秘書:「ハイ、ハイ、毎晩、女体盛りを食べてる日本人ね(菊地凛子さん主演、Mapa de los sonidos de Tokioでカタラン人映画監督のイザベル・コシェット(Isabel Coixet)が全く奇妙な映画を作ってくれたので、夏以降はこんな変なイメージが纏わり付くものと思われます)・・・あれ、あなた建築家だって言ったわよね?でもあなたのタイトル、工学(Engineering)じゃない。ウソ付いちゃ駄目よ。ハハハ」。

日本人建築家:「あのー、日本の生んだスーパースターArata Isozakiも、スペイン人にとっては今や建築の神様的存在、Toyo Itoも保持しているタイトルは「工学」なんですが???ちなみにスペイン人が「禅の精神が見事に表されているー!」とかいう訳の分からない説明をする、コンクリートの神様Tadao Andoは工学のタイトルすら持っていませんが???」

秘書:「そんな事知らないわよ(怒)!一級って何???そんなの大学の建築家のタイトルが無きゃ、何にもならないじゃない!!!それに彼らは彼ら、あなたはあなた。あ、バルサの試合が始まった。さよならー」

みたいな事になるのがオチです。じゃあ、スペインで建築家は働けないか?というと、何の問題も無く働けます(笑)。ここからは話が長くなるので、又別の機会にという事で。


(カタルーニャ工科大学スーパーコンピューティングセンター)
さて、スペインの現行の教育システム(2009年現在)では、高校の最終年度に希望大学と学部を10個くらい書いて、夏前に行われる全国共通のセンター試験(selectividad)みたいなのと最終年度の成績と合わせて、成績の良い人から順に希望の所へ入るというシステムを取っています。

で、我々日本人にとって興味深いのが、「どの大学を選ぶか?」という評価軸なのですが、コレがかなり面白い。どの大学へ進学するかを決める彼らにとっての最重要事項、それはずばり、「家から近い所」です。


(ポンペウファブラ大学図書館上階部)
例えばバルセロナ在住でスペイン文学が専攻したい高校生が、サンティアゴ・コンポステーラ大学やサラマンカ大学が有名(古いから)だからって、わざわざガリシアやアンダルシアの大学に行く事は滅多にありません。家から近いバルセロナ大学、もしくはバルセロナ自治大学やポンペウ・ファブラ大学へ行くものだと思われます。

もっと言っちゃうと、多分みんなポンペウ・ファブラ大学を選びますね。何故ならメトロから一番近いから(笑)。バルセロナ自治大学(バルセロナ市外)なんて最後の選択肢ですね。って、こういう事を真顔で言うから、面白いんだよな、カタラン人!

彼らにとって、大学の名前よりも重要な事。それは家族や友達と過ごす時間なんですね。だから3年前から受験勉強もしないし、浪人も一般的ではありません。中にはどうしても行きたい学部があって、途中で変更するという人は居るようなのですが、あまりメジャーではないようです。

もう一つの決定的な違いは、大学の評価が学部単位になっている事ですね。日本のように何でもかんでも東大(京大)が一番という事はありません。


(バルセロナ大学)
例えば、カタルーニャ工科大学(Universidad Politecnica de Catalunya)には交通分野の世界的権威であるJaume Barceloが居ますし、ポンペウ・ファブラ大学(Universidad Pompeu Fabra)にはヨーロッパの歴史学の重鎮、Josep Fontanaが居ます。だから前者の交通工学部や後者の歴史学部は世界的に知られていますが、その他の学部は誰も知らないと言う事が普通に起こってきます。IESEやESADEと言った、バルセロナを拠点とする世界的に有名なビジネススクールも同じ事で、というのも、IESEやESADEは純粋な大学ではなくて、Navarra大学の一学部(IESEの場合)という扱いになっていますから。

健全だと思います。そんな事情があるから、毎年発表されるスペイン大学の総合ランキングがどれ程有効か?にはかなり疑問がありますし、発行元によってかなりばらつきが見られます。例えば先々週あたりに新聞に載っていたランキングでは確かUniversidad de Navarraが1位だったように記憶していますし、別のランキングではUniversidad de Barcelonaが首位を保持していたりします。下記に載せるのはスペインの新聞社El mundo発行の2008/2009年度版のランキングです。どれだけ信憑性があるのか?はかなり怪しいですが、ちょっとした話のネタにはなるかなー、くらいに考えておいてください。

1. Universidad Compultense de Madrid
2. Universidad Politecnica de Madrid
3. Universidad Autonoma de Barcelona
4. Universidad Autonoma de Madrid
5. Universidad Politecnica de Catalunya
6. Universidad Carlos III de Madrid
7. Universidad de Barcelona
8. Universidad de Navarra
9. Universidad Pompeu Fabra
10. Universidad de Valencia
11. Universidad Politecnica de Valencia
12. Universidad de Granada
13. Universidad de Sevilla
14. Universidad de Alicante
15. Universidad Ramon Llull
16. Universidad del Pais Vasco
17. Universidad de La Coruna
18. Universidad de Salamanca
19. Universidad de Santiago de Compostela
20. Universidad de Alcala de Henares

追記:

最近非常に気になっている事の一つに、バルセロナにボコボコとタケノコの様に出来つつある、私的機関(その多くが何処かの大学とのコラボという形になっている)による「マスターコース」と名を打った教育コースの存在があります。マスターとは直訳すると「修士」となり、日本人の我々にはアメリカや日本でいう「修士かな?」と勘違いしてしまうのですが、スペインでいう「マスタ―コース」はアメリカや日本の高等教育機関で提供されている修士コースとは全く関係がありません。(スペイン文部省に認可された正式な学位(修士に相当)を授与しているコースには「マスター・オフィシャル」と言う様に、「オフィシャル」という言葉が付いています。これはこの記事で取り上げている「マスターコース」とは全く違うのでご注意を)。又、それら「マスターコース」のプログラムは非常にいい加減なモノが多く、その辺の事情を何も知らない外国人をターゲット=食い物にしたものと言っても過言ではないと思います(勿論、全てがそうとは限らない)。特にそれらに共通する特徴として:

1:英語で授業を行う事を宣伝文句にしている。何故なら外国人をターゲットにしているので。又、意味も無く海外からビックネームのスターを呼んできて、その名前で釣る事が非常に多い。

2:授業料が極めて高い。スペインの大学の授業料はどんなに高くても年間1000ユーロ以下が普通。

3:マスターコースを修了した暁に出る学位が、スペインで認められている正式な学位ではないので、ハッキリ言って何の役にも立たない。つまり1、2年かけてがんばってコースを修了しても、それはスペインは勿論、日本の外務省や教育省でも認可されていない教育機関によるものなので、修士という学位に振り返る事が出来ない。

その辺の事情についてはコチラで書きました(地中海ブログ:
バルセロナに出来た新しい建築学校その2:バルセロナ建築スクールの諸問題もしマスターコースに興味がある方は、事前にその辺の事(学位は正式な物なのか?学費は?単位はどうなるのか?)などを、書面(メール)で、そのコースを提供している機関にご確認される事を御薦めします。

追記その2:
今日の記事(2015年8月30日、la Vangurdia紙)によると、今年度のスペインの大学(学部)の授業料の平均額は1516euro/年(日本円で20万くらい)で、国内で一番高いのはカタルーニャ州で2370euro/年(32万円)だという事です。

| バルセロナ歴史 | 21:55 | comments(26) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
サン・カルリーノ・アッレ・クアットロ・フォンターネ教会(San Carlino alle Quattro Fontane)から学ぶ歴史の重み:現地へ行ってみて初めて分かる事は山程ある
書こう書こうと思っていながら、今までナカナカ書けずにいたのが、バロック建築の傑作、サン・カルリーノ・アッレ・クアットロ・フォンターネ教会(San Carlino alle Quattro Fontane)についてです。

この建築は言わずと知れたバロックの三大巨匠の一人、ボッロミーニ(Francesco Borromini)によって計画されました。彼の代表作であり、建築関連の書籍には勿論、一般のガイドブックなどにも必ずといってよいほど登場する、バロック建築の代表作です。何と言っても特徴的なのが、その独特のファサード:



その辺の事については以前のエントリで書いたので、そこから引用します:

2層に重ねられた壁面が波打ち、波打たれる事によって、あたかも人をその空間に招いたり拒否したりしているかのようです。更にもっと興味深いのは、建築単体のファサードのデザインが街の空間にも影響を与えている事なんですね。この建築の目の前の空間は、あたかもその波動に伴って波打っているかの様です。バロック都市を歩く喜び:地中海ブログ)

そしてこれに劣らず感動的なのが内部空間です:



特に天井のデザインは驚きの一言。上に行くに従って、8角形と十字架の模様に遠近が付いているので、ものすごい上昇感が生まれています。

この天井のデザインがこの建築の一番のハイライトである事に間違い無いと思うのですが、面白いのはドラマチック性を高めようと、ガイドブックの写真などがかなり加工されている事です。コレを見てください:



この写真は「地球の歩き方07-08のローマ、p127」から取った写真なのですが、こんな風には絶対に見えません(笑)。ちなみに僕は午前、午後、各3時間ずつ、2日程粘りましたが、こんなドラマチックに見える時間帯には遭遇しませんでした。こんな風になる気配すら無かった。運良く、この教会堂の売店で働いているおじいさんと話をする事が出来たのですが、コレは明らかに「イメージの捏造」であって、現実では無いとおっしゃっていました。

まあ、別に建築家にとって「イメージの捏造」なんてのは日常茶飯事なので、取り立てて驚くべき事では無いのですが。ちなみにコルビジェ(Le Corbusier)の写真修正を通してのイメージ構築を暴いたビアトリス・コロミーナ(Beatriz Colomina)はバルセロナのカタルーニャ工科大学(Universidad Politecnica de Catalunya)に学んでいます。イグナシ(Ignasi de Sola Morales)がその後、テラン・ヴァーグ(Terrain Vague)など、都市の表象としての写真に興味を持っていったのは、実はコロミーナとの対話が始まりだったのではないのか?とか、かなり勝手な想像をしています。

あー、又話がズレてしまった。

さて、ファサードや内部空間の素晴らしさも去る事ながら、僕がこの建築で一番感動したのが、実はココ:



教会堂入り口に至る階段部分です。この教会は道路に面している為、教会堂入り口へは大理石で出来た3段の階段がしつらえられているんですね。この階段がすごいんです!





分かるかなー?階段の平面が窪んでるんですよ!まるで、ファサードが波打つように、階段も波打ってる(笑)。

何故、階段がこんなにも波打ってるかというと、明らかに訪れた人の重みで凹んだと思われるんですね。しかし、硬い大理石で出来た階段がこんな、波打つまでに変形するには、長い年月と、それこそ何億回、何十億回と踏み込まなければこうはならないと思います。

これは、これだけコノ建築が人々を呼び集めたという紛れも無い証拠だと思うんですね。

以前のエントリ、(ローマ(Roma)旅行2008その3:サン・ピエトロ大聖堂(Basilica di San Pietro)その2:ベルニーニ(Gian Lorenzo Bernini)の柱のツギハギに見るヴァチカンの真の力)で、「柱のツギハギに見るカトリック信仰の底力」みたいな事を書いたけど、今回のこの階段の歪みも正に人々の思いの強さが生み出した結果だと思います。

僕はこういう所にとても感動してしまいます。人間が創り出したもの(建築など)にも感動するけど、それをその後、人がどう使ったか?使用した痕跡が何処にどう見えるか?などにも、ものすごく興味をそそられてしまうんですね。こういう事は先ず本(専門書を含めて)には載っていません。現地へ実際に足を運んで、自分の目や耳で見たり聴いたりして初めて分かる事です。

何度でも言いますが、こういう生身の体験とその蓄積こそ、グーグルにだって絶対に検索出来ない情報な訳です。そして近い将来、そういう情報が途方も無い価値をもたらす日がきっとやってくると思います。そして、それはきっと僕自身のためだけではなく、日本の将来にとっても役に立つと信じています。だから僕は今、どんなにお金と時間がかかってもヨーロッパの都市を自分の足と目で渡り歩く事を続けようと思っています。
| - | 01:32 | comments(2) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
バルセロナ賃貸住宅価格事情と新築価格事情
今日の新聞(La Vanguardia, 1 de Julio, 2008: Los Alquileres frenan)にバルセロナにおける賃貸住宅価格事情が載っていました。スペインにおいてテロ、移民そして住宅は3大問題だと言われています。「そんな大げさな」とか思われるかもしれませんが、バルセロナにおける住宅事情を真近で見ていると、様相は正に戦争そのものです。3ヶ月毎に発表される賃貸住宅価格は、ほとんど馬鹿げた数字のごとく上昇を続け、平均賃貸価格が1000ユーロを超え最低賃金の約2倍、スペイン平均賃金をも上回るまでに上昇し、市民の生活を圧迫していました。

そんな状況にもようやくブレーキが掛かり始めたのが今期です。年明けから続いていた明らかなスペイン経済の危機に対して、サパテロ首相(Jose Luis Rodriguez Zapatero)は「失速しているだけだ」を連発し、どうにもならない状況に対してようやく「経済危機」を認めたのは先週の事でした。そして今期、こんな大不況とインフラの中においてさえも上昇を続けていた賃貸価格にも「失速の波」はようやく影響を及ぼし始めました。(これは逆に言うと、それほどスペイン経済の危機は深刻だという事ですね。賃貸価格が下がり始めたからと言って、単純に手放しで喜んではいられません。)

今日の新聞によると今年最初の四半期(1,2,3月)の賃貸価格は2007年に比べて2%低下したそうです。「なんだー、たった2%かー」なんて思いがちですが、2007年最後期(10,11,12月)の上昇率は17,8%。つまり実質20%価格落ちした事になります。2007年通年比較では少し落ちて上昇率は13,6%。それでも15,6%価格落ちしています。

何故価格減少が起こったのか?一つには勿論だけどバルセロナ大都市圏の諸都市の住宅価格が市内よりも安く、バルセロナ市内との連結が非常に良いという事情が挙げられるんですね。例えば以前のエントリで書いた移民都市、ホスピタレット市(L'Hospitalet de Llobregat)の平均賃貸価格は月961ユーロ。バルセロナから電車で30−40分程の所にある比較的裕福な層が多く住むサバデル(Sabadell)が924ユーロ、テラサ(Terrassa)が939ユーロとなっています。

タラッサには僕が以前行ってたCatedra UNESCOがあるので、よく知っているのですが、非常に美しい町です。一応大学(カタルーニャ工科大学(Universidad Politecnica de Catalunya))があり、小さいながらも文化施設は充実していて賑わいのある街です。

さてバルセロナ市内に目を移し、より詳細に価格変動を見てみます。市内平均賃貸価格は2%減少で月1020,39ユーロ。(ちなみに賃貸物件の平均平方メートルは71m2です。)市内で一番価格が落ちているのが歴史的中心地区であるCiutat Vellaで2007年最後4半期(10,11,12月)に比べて7,3%落ち、月876,23ユーロとなっています。

続いて減少幅が大きいのがSant Martiで6.2%減少で月883,84ユーロ。Graciaは4,8%減の984ユーロ。Sarria-Sant Gervasiは3,2%減の1260,95ユーロとなっています。

反対に価格が上昇しているのはEixampleで3%増加の1160,17ユーロ。Nou Barrisが5,5%増加の902,51ユーロ。Horta-Guinardoが3,3%増加の907,49ユーロとなっています。

2007年最後期(10,11,12月)には全10街区の内、1000ユーロを越えた地区が実に5つだったのに対して、今期は3つになりました。

バルセロナ市内街区別賃貸価格リスト
街区名   賃貸価格  上昇(減少)率  平方メートル辺り賃貸価格

平均賃貸価格1020,39Euro -2% 15,56Euro
Sarria-Sant Gervasi 1260,95Euro -3,2%, 15,87 Euro
Les corts 1184,29 Euro -1,1%, 15,71Euro
Eixample 1160,17Euro +3%, 15,68Euro
Gracia 984,59Euro -4,8%, 15,87Euro
Sant Marti 979,99Euro -6,2% 15,06Euro
Sants-Montjuic 935,62Euro -2,1% 16,06Euro
Horta-Guinardo 907,49Euro +3,3% 15,65Euro
Nou Barris 902,51Euro +5,5% 15,65Euro
Sant Andreu 883,84Euro -0,3% 13,64Euro
Ciutat Vella 876,23Euro -7,3% 15,99Euro

このような賃貸価格状況の変化に対して新築住宅価格の状況も変化を起こしています。

先ず1998年から続いてきた新築住宅価格上昇に今年初めてストップが掛かりました。2008年1月から6月までの統計によると、その減少率1,2%。住宅価格があまりにも高くなり過ぎた為に、もう誰も買おうとしなくなってしまったんですね。

新築住宅価格をスペイン都市別に見ると一番高額なのはバルセロナ(Barcelona)で4,527€/m2。一番高額な都市が首都じゃないところがこの国の面白い所。しかも2番手でも無いし・・・。2番手に付けているのはバスク地方の都市、サン・セバスチャン(San Sebastian)で4,035€/m2。ラファエロ・モネオ(Rafael Moneo)が手がけた海沿いのあるオーディトリアムがある事で有名ですね。あと海岸沿いにあるチリダ(Eduardo Chillida)の彫刻も。3番手にやっと首都登場。マドリッド(Madrid)3,916€/m2。

逆にスペインで最も新築住宅が安い地域はポンテベドラ(Pontevedra)で1,484€/m2。その次がバダホス(Badajoz)で1,525€/m2。続いてルーゴ(Lugo)1,547€/m2。ルーゴと言えば友達のマルティン君(Martin)の出身地だったっけ。

バルセロナ市内での新築住宅変動を見るとこんな感じ。

Sarria-St.Gervasi 6,3%
Ciutat Vella 3,8%
Nou Barris 3,3%
St.Marti 2,1%
St.Andreu 1,2%
Gracia 0,4%
Eixample 0,3%
Sants-Montjuic -3,4%
Les Corts -4,1%
Horta-Guinardo -4,5%

Sarria-St.Gervasi 地区の価格上昇は何時もの事として、Nou BarrisやSt.Martiの新築価格が上がっている所が面白い。このエリアは市内において移民が集中している地域なんですね。反対にGraciaやEixample、Les Cortsで住宅価格が下がっている。これらの地域は学生に特に人気がある事から価格は市内でもトップクラス。それでも若者がこぞって住みたがる事から、落ち着いて住みたい層には敬遠されているという事か。それが価格に反映していると見なす事も出来ますね。

今期のデータ(1,2,3月)で住宅(賃貸)価格にスペイン経済の危機の影響が出始めました。次期(4,5,6月)辺りから影響はもっと顕著になるものと思われます。大注目です。
| バルセロナ住宅事情 | 21:39 | comments(2) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
ミーティング三昧
今週はミーティングの嵐です。とりあえず今日は午前中に2つ、ロボット関係のミーティングがカタルーニャ工科大学(Universidad Politecnica de Catalunya)内であって、その後駆け足でバルセロナバス会社(TMB(Transport Metropolitan de Barcelona))へと急ぐ。

先ず今日のロボットミーティングのお題は2009年に行われる人間・ロボットのインタラクションの実験を何処で行うかの話し合い。現行の法律では公共空間にロボットを置く事は出来ないので、実験を行う為にはそれを少し改正する必要があるんですね。何故ならロボットは車でも無いしバイクでもない。自転車でもないし人間でもない。それを動定義するかという事を含めて、僕達が担当するというわけ。まあ、時間をかければ何とかなるかなというのが僕の感じなのですが、何が起こるか分からないので早く決めてしまう事に越した事は無い。更にこの後、この法律を元にして欧州連合の法律にしてしまおうという裏があるので、結構気の長い話だ。

午後のバス会社との話し合いは、バルセロナバス路線改正プロジェクトバルセロナ新バス停プロジェクトお財布ケータイプロジェクトという現在進行中のプロジェクトとは別の新プロジェクト。まだ詳細は書けませんが、バルセロナ市役所(Ayuntamiento de Barcelona)、カタルーニャ州政府(Generalitat de Catalunya)は勿論、沢山の私企業やアメリカ、イギリスを始めとする大学等も参加する予定。気の長いプロジェクトになりそうなのですが、きっと面白くなると思います。

それにしても忙しい。まるでスペインに居るんじゃないみたいだ。おかしいなー。
| 仕事 | 22:23 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
ポンペウ・ファブラ大学図書館(Unversitat Pompeu Fabra)
カタルーニャには現在、8つの公立大学と4つの私立大学があります。

公立大学
Universitat de Barcelona (UB)
Universitat Autònoma de Barcelona (UAB)
Universitat Politècnica de Catalunya (UPC)
Universitat Pompeu Fabra (UPF)
Universitat de Lleida (UdL)
Universitat de Girona (UdG)
Universitat Rovira i Virgili (URV)
Universitat Oberta de Catalunya (UOC)
私立大学
Universitat Ramon Llull (URL)
Universitat de Vic (UVIC)
Universitat Internacional de Catalunya (UIC)
Universitat Abat Oliba (UAO-CEU)

ヨーロッパの各大学には、それぞれの特色や良い講師陣を揃えている学科などがあって、総合的にどの学部でもココが一番というのはありません。例えばカタルーニャ工科大学(Universitat Politècnica de Catalunya)のロボット工学科はよく知られているし、バルセロナ自治大学(Universitat Autònoma de Barcelona)の経済学部はヨーロッパで高い評価を得ているドクターコースがあるといったように。

そんなカタルーニャの大学なのですが、比較的新しい大学としてポンペウ・ファブラ大学(Universitat Pompeu Fabra)があります。創設は1990年とまだ20年経っていません。にも関わらず、経済学、歴史学、情報工学などの分野で優れたプログラムを提供しています。仕事上、ポンペウ・ファブラ大学の情報工学部の人達とはよく仕事をするのですが、一昨年、この業界で話題になったInteracTableというBjorkのプロモーションビデオに採用されたテーブルを創ったのはこの大学に属する僕の友達です。

ポンペウ大学キャンパスは市内に散らばっているのですが、メインキャンパスはオリンピック村(Villa Olimpica)の近く、動物園の横にあり、セルダブロックを2つ占めています。こんな感じで。





設計はオリオル・ボイーガス(Oriol Bohigas)率いるBMB事務所(Josep Maria Martorell, Oriol Bohigas and David Mackay)。





中はこんな感じ。新市街地のセルダブロックと同様に大きく中庭を取った構成です。向かってガラス張りの右側が講義棟で左側には教授の部屋などが入っています。トップライトが燦燦と注ぎ込む中庭は結構居心地が良い。

ちなみにここの食堂は学食にしては良い質の食事を安く提供していると思います。メインディッシュ一皿と飲み物、パン、デザートが付いて5ユーロだったと思います。うれしい事に部外者でも入れます。

さて、ここからが今日の本題。ポンペウ・ファブラ大学で見るべきは図書館です。この大学には世界一美しい図書館があります。(世界一かどうか知らないけど、僕が今まで見た中では一番美しいと思いますね。)

それがコレ。











14メートルの高さを擁する重厚なアーチが並ぶ空間には荘厳さが漂っています。ただただ圧巻の空間。こんな所ならさぞかし勉強もはかどるんだろうな・・・なんて。





この図書館は1874年にJosep Fontsereによって建てられたDiposit de les Aigues(Water deposit)を改修したものなんですね。Diposit de les Aiguesって何かって言うと、早い話が貯水池です。今では市民の憩いの場として親しまれているシウタデッリャ公園(Parc de la Ciutadella)はその昔、マドリッドの要塞基地に占められていたんですね。そんな抑圧のシンボルを「都市の肺」に変える一大行事が1888年のバルセロナ万国博覧会だった事は以前書いたとおりです。

改修は地元建築家、Lluis Closetと Ignasi Paricio によって1993に行われ始めて、1999年に図書館としてオープンしました。古いものを街の財産として大事に使う文化は見習うべきですね。

この建物の中には図書館機能の他にヨーロッパ歴史学界の重鎮、ジョゼップ・フォンターナ(Josep Fontana)が指揮するポンペウ・ファブラ大学ビセンス・ビベス歴史研究所(Institut Universitari d´Historia Jaume Vicens i Vives)も入っているんですね。スペインに近代歴史学をもたらしたジャウマ・ビセンス・ビベス(Jaume Vicens i Vives)と現代最高の歴史学者Josep Fontanaの名に恥じる事の無い建築だと思います。余談ですがポンペウ・ファブラ大学の一年生は教養として歴史一般の授業を取る事になっています。その時用いられている教科書がフォンターナが書き下ろしたIntroducció l'estudi història (Critical, 1999) です。内容は歴史全般で「鏡の中のヨーロッパ(Europa ante el espejo)」をもう少し分かり易くした感じかな。

僕はこれを読んだ時、「歴史はなんて面白いんだ」と目覚めてしまいました。こんな良い教科書で学ぶ事が出来る学生ってなんて幸せなんだろう。こういう良い本を是非日本語に訳して欲しいですね。

この図書館のアクセスなのですが、この建物自体には入り口はありません。ポンペウ・ファブラ大学の正門から入って、一旦地下へ下りて先ずはジャウマI棟(Edificio JaumeI)に入っている一般図書館(Biblioteca General)から入る事になります。ここから最奥部にある地下連結路を通って中央図書館へアプローチする事となります。

開館時間は月曜から金曜:8:00−午前1:30
土曜、日曜、休日:10:00−21:00
です。
| 建築 | 21:20 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
バルセロナのスーパーコンピュータ:Mare Nostrum
バルセロナに位置する工科系大学、カタルーニャ工科大学(Technical University of Catalunya:UPC)は欧州最高の計算スピードを誇るIBM製スーパーコンピュータ、Mare Nostrumを保有しています。一部ではその珍しい設置のされ方から話題になっているようですね。というのも礼拝堂の中でガラスケースに入れられて設置されているので。

さて、スーパーコンピュータとは何かというと、早い話が大規模な計算を瞬時に実現する演算処理能力を持ったコンピュータという事ですね。世の中には普通のコンピュータで答えを出すのに何年もかかるアルゴリズムやら数式やらがあって、そんな時に大容量を持った特殊なコンピュータが必要とされるというわけです。

典型的なのが天気予報。毎日目にしている天気予報ってどうやって計算するかというと、地球を覆っている大気を数キロメートル×数キロメートルのボックスに分割してそのボックスの中の温度や湿度をきめ細かく入力し、それに風や建物の影響やらを入れたアルゴリズムで何回も解くという事を繰り返して大気の動きを予測した上で天気を予想しているんですね。

これとちょっと関連するんですが、実は僕はMare Nostrumを利用してスペインの大気汚染をミクロレベルで調査・予測する某プロジェクトに関わっています。大気汚染のミクロ計算に必要な変数として重要なのは先ずはなんと言っても車の出す排気ガス。この場合、排気ガスを直接計算するのではなくて、特定道路を走る車の数でおおよその数値としています。勿論そこには一台一台の車の停止や加速といったミクロレベルの車の挙動が影響しているのですが、バルセロナが生んだ世界最高峰の交通シュミレーション、Ainsum で約92パーセントくらいまでは計算出来ます。

問題はココからで、その排気ガスが建物の影響や風といった自然の影響でどのように振舞うのかといった事を計算予測するのには大変に複雑なアルゴリズムを解かなければならず、オフィスで普通に使っているコンピューターでは容量不足で不可能なんですね。正確に言うと別に不可能ではないんだけど、結果が出るまで50年とかかっちゃって、現実的ではないわけです。

以前、交通工学の世界的権威であり交通シュミレーションのエキスパートのジャウマさん(Jaume Barceló)に個別授業を受けていた時に彼が繰り返し言っていた事を思い出します。「シュミレーションを作る時に考えなければならないのは、そのアルゴリズムがどれだけ現実を表象できるかという事だけではなくて、それを普通のコンピューターの容量で解けるかどうかという計算容量問題を考慮しなくてはいけない。」

そんなこんなで欧州最強と謳われているUPCのスパコンMare Nostrumとのコラボとなった訳です。そんな僕の耳に最近とても興味深いニュースが入ってきました。あのグーグルが(またもやグーグルなんですが)環境問題に興味を示しているという事、そして彼等が所持しているスーパーコンピューターを世界に向けて開放する「クラウドプロジェクト」が進行中だという事です。

よく知られているようにグーグルのスーパーコンピュータとは、ごく普通の家庭用パソコンと能力的には大差が無いサーバーを何万台と並列に繋いで出来た「超並列計算機」の事です。グーグルはこのネットワークを地球上に張りめぐらせ、地球規模の仮想コンピュータを創り挙げました。このようにしてグーグルは膨大なデータを蓄積する事が出来、検索速度を上げる事が出来たんですね。

グーグルはコンピュータ保持台数について守秘主義を貫いているので一体何台のコンピューターが並列に繋がれているのかは誰にも分かりません。何故ならそれこそがグーグル最大の企業秘密だからです。故にネット上では様々な憶測が飛び交っています。

そんな中、TNL.Net:How many Google machinesは大変に興味深いデータを掲載しています。最も多くコンピューターを持っているシナリオから最も少なく見積もった場合まで3つのシナリオを描き出し、それぞれのコンピュータの数を79,112、63,272、31,654台と見積もっています。そして結論として、最も少なく見積もった場合でさえ、その能力は世界最速のスーパーコンピューター以上だと結論付けています。

ヤフーのプラバーカー・ラガバンは「ある意味、世界には5台しかコンピューターが存在しない。グーグル、ヤフー、マイクロソフト、IBM、アマゾン。この5社が処理するデータ量と能力は郡を抜いている」と発言しています。
                  グーグル、無限への挑戦:目指すは次世代コンピューティングの支配者

まあ、つまりネットワーク型コンピュータの明らかな勝利といった所でしょうか。性能だけではなく、その根底にあるアイデアも秀逸でスマートだと思いますしね。

それだけでも驚き桃の木なんですが、そんなスーパーの上にスーパーが付くくらいのスパコンを様々な目的に利用可能に無料開放するというからコレマタ驚き桃の木。これが先に言及した「クラウド・コンピューティング」計画。これが実現すれば正に「一世紀前の電力革命によって、農場や企業は自家用発電機を取り払って電力会社から電力を買うという効率的な方法を取るようになった」ように、スパコンを借りて情報処理をするという新たなる情報処理ビジネスの状況が到来する事を予感させます。
                  グーグル、無限への挑戦:目指すは次世代コンピューティングの支配者

しかもそう遠くは無い未来に。もう既にアマゾンは自社のコンピュータ・ネットワークを有料で開放しているし、ヤフー、マイクロソフトも研究者に対し自社のネットワークを開放しつつあります。

これは画期的な事なんですね。今までこのようなスパコンにアクセス可能だったのは一部の大企業だとか研究所だけだった。だから名を残したい物理学者や生物学者などはそのような施設が整った大学や研究所に就職する必要があったわけです。世紀の大発明はそんな研究所からしか起こりえなかったんですね。しかしグーグルのクラウドが実現すれば世界中の誰にでもその可能性が開けてくる事になる。そしてそんなスパコンが必要な人は世界中のあらゆる分野に何万と存在します。

こうなってくると前述の中央集中型スパコンには大変に厳しい状況が来るのではないのでしょうか。直ぐに用済みとまではいかないにしても、その影が薄くなる事は逃れられないような気がします。そしてIBMのダニエル・フライ氏の言葉は正にそれを示唆しています。
「10年前なら国立研究所が担っていた役割を、今ではグーグルが果たしている」。
                  グーグル、無限への挑戦:目指すは次世代コンピューティングの支配者

ヨーロッパ一を看板にしているカタルーニャ工科大学内のスパコンもそろそろ次の手を考えた方が良いのではと思いながらもミーティングに参加している今日この頃です。
| 仕事 | 21:49 | comments(0) | trackbacks(36) | このエントリーをはてなブックマークに追加
DEA (Diploma de Estudios Avanzado) 取得
今日、ここ数年間やってきた事の一つに区切りが付きました。
カタルーニャ工科大学内UNESCO講座において3年間ドクターコースを少しずつやっていたのですが、今日公開口頭審査がありそれに通りDEAというタイトルを取得する事が出来ました。(DEAとは日本で言う修士以上、博士以下という位置付けで良いのではないかと思います。)7月に提出した論文のタイトルはMultiple Diversity Assessment。タイトルは英語ですが200ページにわたる本文はスペイン語です。こうして3年間の汗と涙の結晶を見てみると感慨深いモノがあります。

今日は僕の担当教授でありカタルーニャ工科大学副学長のミケル教授初め、3人の審査員の前でスペイン語で1時間近くプレゼン。その後30分程の質疑応答がありました。かなりきわどい質問が飛んできたのでちょっと焦ったり危なっかしい所もありましたが何とか合格。最終評価は10点満点中
9.5点というほぼ満点に近い成績と賞賛の言葉、建設的な批判などを貰いました。

何よりも自分に課せたかなり高いハードルだったのでそれをやり遂げた満足感で一杯です。
| 大学・研究 | 02:13 | comments(2) | trackbacks(35) | このエントリーをはてなブックマークに追加
EUのロボット計画
今週はミーティングずくしだった。月曜・火曜と連続してロボット計画の打ち合わせ。え、ロボットですか?って感じなんですがマジです。冗談っぽいでしょ?本気です。本気でみんなロボット創ってます。鉄人28号っぽいの。しかもグラシア地区っていうバルセロナの一街区のパブリックスペースにもうすぐ現れるというからこれまた驚き桃の木。

冗談ぽいこの計画、実はEUのパイロットプロジェクトに指定されていて、しかも参加チームはヨーロッパ各国を代表する15工科大学の頭脳達。そんなかなり頭よさそうなおじいさん達が「ロボットが歩く」とか「ロボットが・・・」とか何とか言い合ってる風景はかなり笑える。本気なので笑っちゃいけないけど笑える。多分この教授達が設計事務所にやってきて建築家達が「窓の位置をあと3ミリ右へ」とか「ガラスに映りこんだ風景を記号として読み込むと・・・」とか議論しているのを見ると大爆笑に違いない。

他の分野の人からみて「笑える」くらいさっぱり意味不明な専門性の高い仕事。僕もそういう仕事がしたいと思う一方、そのような世界はそこに携わる人以外の人には意味不明だという事を認識する事が大切であるという事を実感する。でもそこから新たなる発見がある事が他領域を横断しつつ仕事をしている者の醍醐味だとも言えると思うんですね。

このロボット計画は僕がひょんな事からカタルーニャ工科大学のロボット科教授のアルベルトさんにコンタクトした事から僕達も参加する事になりました。ひょんな事というのは彼らに人の数を数える機械を作って欲しかったんですね。最初は乗り気だったのにいつの間にか話がロボットに摩り替わってた。しかもアルベルトさん、ロボット大好きなのでいったん話し出すと止まらないんですね。そんな不安の中、一応彼をディレクターに紹介したんですが、不安的中。僕のパーソン・カウンターの話は最初の5分くらいでそれから3時間ずっとロボットの話。なんかその内、街中に置きたいとかいう話になってあれよあれよという間にプロジェクトへ。で、何時の間にか僕が責任者になってしまったという訳。

結構、興味深いプロジェクトなので僕も楽しんでますが、僕のパーソン・カウンター、どうなったんですかね?アルベルトさん。


| EUプロジェクト | 19:57 | comments(0) | trackbacks(1) | このエントリーをはてなブックマークに追加
カタルーニャとSF
前にも少し書きましたがスペインの王子様のフェリペはレティシアという元ジャーナリストと結婚しました。今日は今朝から新聞やテレビでやたらレティシアを見かけるなと思っていたらなんと妊娠したそうです。おめでとー。実は日本と同様にスペインでも後継者問題が去年あたりから沸き起こってたんですね。現在二人の間には女の子が一人だけと言う事で今まで男の子しか王位を継承できなかった憲法を変えようかどうかと議論していた所にこのニュース。いやがおうにも国民の期待は男の子となります。El paisもLa Vanguardiaも勿論大々的にこの問題を取り上げ後者などは各国の後継者事情と比べたりしてました。勿論国民の記憶に新しい日本のケースは特に興味深いとかなんとか。

今日は昼前頃に大学でミケル・バルセロ教授と打ち合わせ。日本では全くといってよいほど知られてませんが彼はヨーロッパ圏ではS.F.の重鎮です。ヨーロッパにS.F.賞というのがあるのですが、この賞、ヨーロッパ圏で一番権威がある賞らしいです。ちなみにカタルーニャ工科大学付属のS.F図書館というのがあるのですがこの図書館は最も重要な図書館の一つに数えられています。毎年10月頃に賞の授賞式と何名かのS.F.著名人を呼んでカンファレンスなどを開催します。これまで単に太っててひげの濃いオヤジとか思ってたんだけど、なかなかやるなミケル。

打ち合わせの後、事務所に戻って仕事の続き。しかし今日は事務所の入ってるビルの調子が悪かった。エアコンは止まるし水は出ない。3時間くらいだったけど水が出ないというは想像以上にきつい。トイレにも行けないし手も洗えない。何時も水がある事が当たり前の生活の中に居るので水が普通に出るという事のありがたさを感じる事が無い。と同時に少しの故障などによる生活への多大な影響から我々が如何に脆弱なインフラに頼っているかと言うことを思い知らされました。
| 大学・研究 | 17:04 | comments(0) | trackbacks(35) | このエントリーをはてなブックマークに追加
カテドラUNESCO
今日はカテドラUNESCOのディレクターとちょっとした打ち合わせ。
このカテドラUNESCOと言うのは1996年にカタルーニャ工科大学に創設され今年で10周年を迎えました。実はこのカテドラUNESCO、世界中にたくさんあって工科大学だけでも確か3つぐらいあるんじゃなかったかな。その内で僕が関係しているカテドラUNESCOはカタルーニャが21世紀を見据えて総力を挙げて創ったサステイナブルUNESCOです。これはその名の通りUNESCOに関係しているのだけどサステイナブルUNESCOの場合は少し内情が込み合っています。今のUNESCOの会長って実は日本人なんですね。で、その前の会長ってフェデリコさんっていうんだけど実はカタラン人なんですよ。で、彼が任期が終わるまでにと言ってやった事業が幾つかあって例えばHerzog&De Mouronのバルセロナの建物でも有名な文化フォーラムだったFouram2004.これ、バックにUNESCOが付いてるんですね。世界的に中立な立場を表明しているUNESCOは普通はこういう一都市のワガママで始まったお祭りには手を貸しません。しかし上に書いたような事情がありこの時はスポンサーになりました。工科大学のはもう少しましな理由があるんだけどバックにフェデリコさんが居るという点では一緒。
カタラン人ってそういうコネマワシみたいなのには非常に長けてるような気がする。1992年のオリンピックだってそうでしょ?サマランチ会長ってカタラン人。まあ、僕にとって非常に印象的な場面は1986年にスイスで1992年のオリンピック開催都市が発表された時にピースポーズをしてるマラガル前市長の若き姿と前前市長のナルシスセラの姿かな。
| 大学・研究 | 05:07 | comments(0) | trackbacks(35) | このエントリーをはてなブックマークに追加