地中海ブログ

地中海都市バルセロナから日本人というフィルターを通したヨーロッパの社会文化をお送りします。
ガリシア旅行その7:アルヴァロ・シザの建築:ポルト大学建築学部:外内部空間に展開する遠近法的空間と、その物語について
一昨日から3日間に渡ってポルトガル北部の都市、ブラガ(Braga)そしてポルト(Oporto)とその近郊の町に行ってきました。



ポルトに来るのは実に10年振り!当時と変わらないその風景の眼前を、「スゥー」っとカモメが横切っていきます:



カモメって何時もこんな風景を眺めているのかと思うと、羨ましい限りです。正にこんな感じかな:



ポルト発祥の地であるドロウ川北岸に広がる風景は世界遺産に登録され、アニメ映画「魔女の宅急便」の主人公キキが住んでいた街のモデルになった事でも知られているのですが、当ブログでは宮崎作品に影響を与えたと思われる風景や地域などを勝手に取り上げ、勝手に言及してきました(地中海ブログ:プロヴァンス旅行その7:天空の城、ゴルド(Gordes)の風景、地中海ブログ:風の谷のセナンク修道院:天空の城の後に見る風の谷:リアル宮崎駿ワールド、地中海ブログ:「ハウルの動く城」の舞台ってカタルーニャだったのか?)。

そんな、とってもロマンチックな風景が広がるポルトなのですが、この地を訪れた目的の一つは勿論、アルヴァロ・シザの建築を訪ねる為なんですね。先ず最初に向かったのは、シザ自身が教鞭をとっている(いた?)事でも知られるポルト大学建築学部です:



この建築は市内中心部からバスに揺られる事約20分+徒歩5分の所に広がる緑溢れる崖の上に建ってるんだけど、学生達はドロウ川を眼下に眺めながら設計演習を行うっていう、この上ない環境を与えられています。



先ず僕等を出迎えてくれるのは、建築の本体部分へと我々を導いてくれる細長いスロープの起点に位置しているこのモニュメント:



この部分を見ただけでも、この建築がちょっと普通じゃないって事が解かると思うんだけど、と言うのも、この長方形のモニュメント、街路に対して平行に開けられた入り口に、直接スロープが付いてるんじゃなくって、そこに開けられた開口から建築本体をチラチラ見せつつ、わざわざ右手方向に90度向きを変えさせ一度違う風景を見せてから、更に左手方向に90度曲がらせるという、複雑なプロセスを実現しているんですね:



つまり、この部分がこの建築に流れる物語の「始まり」として機能していると同時に、人の視線をコントロールする制御装置としても機能している訳ですよ!普通こういう視線の操作っていうのは風除室を通して行われる事が多いんだけど、谷口吉生さんの建築なんて、正にそんな風に出来てますよね。もしくは視線操作と空間の展開という事で言えば、スカルパの建築は凄かった(地中海ブログ:カルロ・スカルパ(Carlo Scarpa)の建築その3:カステルヴェッキオ(Castelvecchio):空間の建築家カルロ・スカルパ:ものすごいものを見てしまったパート2)。さて、ここを抜けると先程の「始まり部分」から生まれた「流れ」を受け取り、本体部分へと受け渡す役割を担っている、起承転結でいう所の「承」の部分の建築が現れます:



一見見落としがちなんだけど、ここのデザインが結構凄い。何が凄いって、この建築に展開している2つの屋根のラインとそれらの交差の仕方、そしてそのラインがダイナミックに変化していく事による空の切り取られ方です。見てください:



先程の方向からこの建築を見てみると上の写真の様に見えるんだけど、進行方向に沿って進んでいくと、この建築がこんな感じで変化していくのが見て取れます:



同じ様な空の切り取り方を槙文彦さんがヒルサイドテラス第6期でやられていると思うんだけど、この様なデザインって、「我々人間の目が地上から150センチくらいの所に付いている」という事と、「建築とは人間がそれらの空間の中を動き回るものである」という事が分かってないと到底実現出来ないデザインだと思います。更にこの2段目(上の方)の屋根の線が指し示す方向は、次の建築展開への補助線となっている事に気が付きます:



ここから見える全ての建築要素が、前方にポッカリと開いた内部空間へ、あたかも「おいで、おいで」と我々を誘っているかのようです。ここでは敢えてその誘惑を我慢して、外部空間へ出てみようと思います。少し歩を進めると現れてくるのがこの風景:



出ました!シザの伝家の宝刀、遠近法的空間の登場です。先程から続いてきた進行方向の線と、「承」の建築の屋根によって暗示されていた方向軸によって形成された綺麗なパースペクティブが大変気持ちの良い中庭空間を形成しています:



先ずはこの左手側に見える、斜め上方に駆け上って行く様な横長の窓のデザインと、水平方向に一直線に切られている薄いブルーの腰壁のデザインの絡み合いに注目。そしてこの斜め上方に伸びる線と、右手方向奥へと伸びていく線の創り出す遠近法的空間の妙:



素晴らしい!この線に沿って引き寄せられるかのように奥の方へと進んで行くと、シザ独特の間延びしたかのような、非常にふんわりとした不思議な形態が創り出す風景が広がっています:



個人的には、ここの部分の屈折の仕方と、ビヨーンと伸びた形態の広がりが、「ポルトガルの社会文化をよく表しているー」とか思うかな。形態的には一歩間違えば、「ダサイ形」になっちゃうんだけど、ギリギリの所で止める事によって物凄く魅力的な形態に仕上げているのが分かるかと思います。この様な形というのは、現在主流の綺麗でサラッとした一筆書きで出来てしまうモノとは対極に位置していると思うんだけど、僕は断然コチラの方に魅力を感じてしまいますね。このビヨーンと間延びしたかのような形態はセラルヴェス現代美術館のアプローチ空間にも見られるのですが、その特徴を非常によく捉えていると思うのが、二川幸夫さんによるGAに載った写真なんですね。流石に目の付け所が違う!脱帽です。そして振り返るとこの風景:



シザが如何に形態や屋根のデザインを通して遠近空間を強調しているかが分かるかと思います。極め付けはコチラ:



4つの独立した塔が並んでるんだけど、それら各々の塔の高さや細部のちょっとした違いを通して、一見平凡で均質的なものになりがちな風景に、絶妙な強弱とリズムを付け、奥へ行く程ドラマチックな空間を演出しているんですね:



裏から見るとよく分かるんだけど、屋根の上についてるトサカや、窓の数や形、そして建物間の距離などありとあらゆる要素を用いてクライマックス感を演出しています。そしてこれらバラバラになりがちな建物間に統一感を与えている影の立役者がコチラです:



腰あたりまで立ち上げられた薄いブルーの御影石です。それらを建物間の共通の基礎とする事によって、ある種の統一感を出す事に成功していますね。これは前回のエントリで見たガリシア美術センターの内部空間に見られる床と腰壁、そして壁のデザインを無理なく連続させるっていう手法と同じなんだけど(地中海ブログ:ガリシア旅行その6:アルヴァロ・シザの建築:ガリシア美術センター(Centro Gallego de Arte Contemporaneo):複雑な空間構成の中に隠された驚く程シンプルな原理)、ポルト大学の外観デザインでは、薄いブルーの御影石と外壁の白が、「これでもか!」という程のマッチングを見せ、大変気品のあるデザインに仕上がっています。



最深部から振る返ると、この建築の消失点とその一点に収束していくデザインの密度がよく分かります。逆に言えば、これは消失点から最深部へと至る全ての建築要素が、物語をドラマチックに展開していっているという事の裏返しでもあるんですね。そんな事を思いつつ内部空間へと入っていきたいと思うのですが、最初に僕達を出迎えてくれるのがこの空間:



長いスロープと横長の窓、そしてちょっとした天井操作がここでも遠近法的空間を形作っています。上っていくとその先にはちょっとしたビックリが待っていました:



偶然にも今年のプリツカー賞受賞者、エドゥアルド・ソウト・デ・モウラのコンペ作品ばかりを集めた展覧会が開催中でした(地中海ブログ:エドゥアルド・ソウト・デ・モウラ(Eduardo Souto de Moura)、プリツカー賞(The Pritzker Architecture Prize)受賞)。壁に貼ってあったポスターによると、どうやら彼はポルト大学から名誉博士号を与えられ、その記念の展覧会という事らしいです。ちなみに入り口付近にあった本屋さんには、彼の展覧会を記念して何枚かのスケッチが売られていました:



何時も思うんだけど、ポルトガルという国ほど建築のスケッチに重きを置いている国は無いんじゃないかな?シザ事務所でもソウト・デ・モウラ事務所でも、所員は退所する際にはスケッチを貰うっていう習慣が昔はあった様な気がするし(今は知らない)。これらのコンペ案がベタベタ貼られている半円形を描いている空間がコチラです:



何重もの円が重なり、それらの線が他の線に切り取られる事によって隠れたり現れたりしている大変質の高い空間。ただ一つだけ言うならば、上方からの光は自然光が良かったかなー。

さて、ここからが必見の空間なんだけど、この半円形の空間を抜けるとこの一連の建築の最終部分である図書館に辿り着きます。この図書館こそ僕に、「シザ建築の特徴はパースペクティブである」という事と、「天井操作の特異性」という事を気が付かせてくれた建築でもあるんですね:



天井のど真ん中に逆三角形の明り取りが「でーん」と付いている、建築関連書籍などでよく見かける図書館空間です。この明り取りを境に、両側にコの字を描く様に配置された構成も、シザ建築ではお馴染みの空間構成だと思うんだけど、しかしですね、現場へ行くとよく分かるのですが、実はこの天井の明り取り、奥へ行く程、下がっているんですよね!



しかも、その両脇の天井が、手前側では円を描き、奥へ行く程、平らになっているのが分かるかと思います。



シザは一体ここで何をやっているのか?

それは、この三角形の形態を奥に行く程下げる事によって、入り口から見た時にパースが付いてる風景=遠近法的空間を強調している訳ですよ!だから我々が書籍などでよく見かける図書館の写真は、「パースが付いてるから三角形の明り取りが奥に行くほど下がって見える」のではなくて、「元々、奥へ行く程下がる様に創られている」からそう見えるという事が、この空間に来るとよく分かります。

僕が始めてこの事実に気が付いた時、「じゃあ、あの空間はどうなっているのか?」、「え、あれは?」って感じで、今まではバラバラで何の脈略も無さそうに見えたシザのデザインに、一本の共通する線が繫がった様な気がしました。因みにシザの天井の特異性に言及しているのは、世界広しと言えども矢萩喜従郎さんだけだと思います。さすがです。

階段のデザインやその展開手法など、この建築には語り尽くせない程豊かな空間とデザインが展開している為、話し出せば切りが無いと思うんだけど、最も大事な事として、この空間には、この空間を訪れる事によってしか感じる事が出来ない感動があります。そしてそれは幾ら言葉で語っても到底伝え切れるものではありません。是非皆さんにも、この感動を自分自身の5感を通して味わって貰えたらと思います。
| 旅行記:建築 | 05:02 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
ガリシア旅行その6:アルヴァロ・シザの建築:ガリシア美術センター(Centro Gallego de Arte Contemporaneo):複雑な空間構成の中に隠された驚く程シンプルな原理
サンティアゴ・デ・コンポステーラに来たら是非見たいと思っていたもう一つの建築、アルヴァロ・シザによるガリシア美術センターに行ってきました。



今世紀最高の建築家の一人、ポルトガル出身のアルヴァロ・シザと言う建築家については、当ブログではことある毎に言及し、彼が創り出す建築には幾つかの特徴があり、その内の一つが遠近法的空間構成であり、類まれなる天井操作だと言う事を繰り返し検証してきました(地中海ブログ:アルヴァロ・シザ(Alvaro Siza)の建築:コルネリャ・スポーツセンター(El Parc Esportiu Llobregat de Cornella)その3:シザの新たな建築形態言語での不思議な空間体験、地中海ブログ:マドリッドの都市戦略その2:アルヴァロ・シザ(Alvaro Siza)について)。今回のガリシア美術センターでは、それら2つの特徴が少しばかり発展させられた形で建築に組み込まれているが故に、「よく見える目」を持ってないとその建築的本質がナカナカ見えてこないかもしれません。先ずはこれを見てください:



この美術館は元々この敷地に存在していたSan Domingos de Bonaval修道院の傍らに計画されたものなんだけど、上の写真はガリシア美術センターとその修道院の間に展開する中庭空間から撮ったものです。最初に結論めいた事を言っちゃうと、「ここからの眺めと、この美術館の配置計画が、この建築の全てと言っても過言では無い」と思います。



左手奥の方に見えるのがSan Domingos de Bonaval修道院なんだけど、シザはこの美術館の側面の線を、修道院の側面の線と絶妙な角度を振る様に注意深く配置し、遠近法的空間を創り出しているんですね。彼の大変有名な、パースがついたスケッチ、あれって、紙という2次元空間に3次元を表す為に描かれたものなのでは無くって、現実空間における「パースペクティブがついた空間」を最初から想像していたと言う事が、彼の建築を実際の訪れると良く分かります(例えばこの階段とか):



そしてその消失点に吸い込まれるようにデザインされた一本の道:



この線が効いてるなー。もう少し消失点に近づくとシザの意図が分かり易いと思うんだけど、非常に綺麗な遠近空間が2つの建築(美術館と修道院)によって形作られているのが分かるかと思います:



この消失点によって出来たわずかな隙間を通り抜けると、美術館に入る前の「ホッ」と一息つく空間に辿り着くんだけど、ここの形態操作は注目に値しますね:



正方形が2つ並んでいるだけなのですが、その右側の方をほんの少しだけ内側にずらす事によって、非常に魅力的な関係性を創り出しているんですね:



何とも言えない遠近感。本当にさりげなく操作された微妙な変化なんだけど、それが絶大なる効果をもたらしている。こんな時、僕が何時も思い出すのは、ジャック・ヘルツォークが審査員を務めた新建築住宅コンペにて金賞に輝いた作品に書かれていたこの言葉です:

「四角形を多角形の中に挿入する。それをどんどん変化させていく。ある所は部屋になり、ある所は廊下になる。わずかな差であるが、空間は激変する。」

この言葉の意味については以前のエントリでこんな風に説明しました:

“・・・日本芸術のお家芸である、「静のデザイン」が際立っていました。突破な事件を作り上げ、好きな人に対して「好きだ、好きだ」と強く押すのでは無く、ごくごく普通の日常を切り取りながらも、その風景を「差異化」する事で我々の記憶に残ろうとする。

僕はよくこのようなデザインの違いを「歌舞伎」と「能」の違いで説明するのですが、コノ映画は正に「能」型の映画だと思いますね。歌舞伎というのは毎回違う事をやって派手さで勝負する。逆に能というのは、毎回大筋は同じなんだけど、ホンの少し細部を変える事で勝負をする。だから能を楽しむ為にはその違いが分かる「鑑賞者の目」が大変重要な要素となってくるんですね。正に「違いの分かる男」(もう死語?(笑))が必要になってくる訳です。”(地中海ブログ:歩いても、歩いても(是枝裕和監督):伝統と革新、慣習と感情の間で:リアリズムを通して鑑賞者の眼が問われています、地中海ブログ:久しぶりにドリカムの「悲しいKiss」とか「二人のDifference」とか聞いて、日本文化の特徴に浸る

正にシザのデザインは、この後者に属するものだと思います。そしてもっと言うならば、建築のデザインにとって大事なのは、「一本の線がどのように走っているか?」ではなく、「その線が端部でどのように終わっているか?」、「どのように他の線と交わっているか?」、そして「それらの線がどのように空を切り取っているか?」という事だと思います。シザのこの素晴らしい空の切り方とか見てると、そんな事を思わずにはいられないなー。

と、イヨイヨ中へと入っていきます。入って右手方向には大変気持ちの良いカフェや本屋の空間が展開しています:



シザの十八番、腰壁の辺りまで白い石を立ち上げ、そこから自然に壁へと連続させるという、同一面で異なる素材を無理なく切り替える非常に巧いデザイン:



こちらは先程の中庭空間に併設されている、これまた、大変居心地が良いカフェの風景です:



ちなみに平日のランチメニューはパンと飲み物込みで11ユーロ、コーヒーミルクは1.2ユーロでした。バルセロナに比べると物価が格段に安いのが嬉しいかな(笑)。で、先程のエントランス空間を反対方向に進むと展示空間に辿り着くのですが、それがコチラです:



左手側からは大きな大きなガラス窓を通して目一杯の光が燦燦と降り注ぎ、右手奥の真っ白な壁にはその光が届くか届かないかという対比が際立っています。入り口とは反対側の奥の方から見るとこの大きな空間の分節がどうなっているのかが分かり易いと思うんだけど、窓際に近い空間では天井が少し低くなり、奥の方では高くなるという2段階構成をとっているのが分かるんですね:



上の方には、不思議な形をした大きな明り取りが付いてるんだけど、そこから垣間見える空のブルーがあたかも展示物の一部になっているかの様:



そう、まるで空を展示空間に取り込み、そこから差し込む光を反対側の真っ白な壁に反射させ、それがどのように拡散するかを実験しているみたいだなー:



実はこの「光と拡散」と言うテーマもシザの十八番で、この系統の最高傑作がポルトにあるセラルヴェス美術館のアプローチ空間なんだけど、あの空間を初めて見た時の衝撃は今でも忘れる事が出来ません。「あんな事が人間に可能なのか?」と、そう思わせてくれる程に素晴らしい空間がそこにはありました。

さて、ここ(奥側)から先程入ってきた入り口付近を振り返ってみると、ある驚愕の事実に気が付きます:



 「あれ、この空間構成って、さっき中庭で見た構成と一緒じゃないの?」

そ、そうなんです!この内部空間に展開してる空間構成、それは先程検証した修道院と美術館の配置と中庭空間の構成にピッタリなんですね。この内部空間の左手側に展開している天井の線は先程の修道院の側面の線に対応し、右手側の大窓は、先程の美術館の側面の線に対応しています。そしてその先にはそれらの線が交わる消失点があるんだけど、それがずばり、この展示室への入り口となっている訳ですよ!それを強調しているのがコチラです:



とうとう出ました!シザのもう一つの十八番、天井操作!!先程入ってきた入り口方向から見ると明らかなんだけど、消失点である入り口を基点として、そこから天井が少しづつ高くなっているのが分かるかと思います。



何故こんな事をするのか?それはズバリ、遠近法的空間を創り出す為なんですね。そしてその遠近法的空間は、先程の中庭空間と対応し、配置計画と対応しているわけですよ!そしてこの修道院と美術館と言う2つの線の異なりが、先程見た正面ファサードの2つの正方形の角度の振り方をも決定し、更には内部に展開する空間の連なりと天井操作にも影響を与えてるという訳。つまりこの美術館に展開する空間操作や形態操作は何もかも、美術館の配置が決められた瞬間に決まっていたという事なんです!!

素晴らしい。一見複雑に見える形態や空間の中に隠されたシンプルな原理。そしてシンプルな操作から複雑な空間を創り出すその手法。これこそ正に知的操作というやつじゃないでしょうか?是非、ピーター・アイゼンマンにも見習ってもらいたいものです・・・と言ったら意地悪すぎるでしょうか(苦笑)。
| 旅行記:建築 | 05:59 | comments(2) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
ガリシア旅行その5:ピーター・アイゼンマン(Peter Eisenman)のガリシア文化都市(Cidade da Cultura de Galicia):スケボーするには画期的な建築
サンティアゴ・デ・コンポステーラに立ち寄る事があったら是非見てみたかった建築の一つ、ピーター・アイゼンマンによるガリシア文化都市に行ってきました。



ピーター・アイゼンマンの建築は今まで一度も見た事が無くって、と言うか、「そもそも建築を建ててるのか?」っていう問題はあるんだけど(笑)、まあ、彼の事を肯定するにしろ批判するにしろ、実際に彼の建てた建築をこの目で見てみない事には何も始まりませんからね。

こんな事、言うまでも無い事かもしれないけど、やっぱり建築っていうのは実際に見てみないと分からない事、実際にその空間に身を置いてみないと見えない事っていうのが非常に多い表象文化だと思います。写真には絶対に写らない空間の質があるという事、その空間が醸し出している雰囲気はその場に行かないと分からないという事が、建築の怖い所でもあり、又、面白い所だと思うんですね。だから僕は時間が許す限り、自分の目と足でなるべく多くの建築を見て回り、自分の言葉で批評したいと思っています。そして同時に、その建築を実際にこの目で見るまでは、なるべく憶測でものを言う事は極力避けたいなーとも思っています。それが僕の建築に対する基本的な姿勢です。

さて、で、この建築、一体何処にあるのか?と言うとですね、サンティアゴ・デ・コンポステーラの中心街から車で15分くらい行った丘の上に建ってるんですね。


大きな地図で見る

えっこら、えっこらと丘を登っていくにつれ、段々とその異様とも言える全貌が姿を現してくるんだけど、先ず気が付く事は、「この建築、全然工事中じゃん!」って事です。



今年1月の新聞に載ってた記事によると、「図書館と展示室の一部が開館」って書いてあったので、てっきり7−8割方は出来上がってるのかと思いきや、3割も出来て無いじゃないですか!って言うか、「こんなんでよくオープン出来たな?」と、そっちの方にむしろ感心してしまいます。そしてこの建築のもう一つの特徴、それがこのスケールの大きさです:



とにかくデカイ!「文化施設でこんなに大きな建築、久しぶりに見た!」ってくらいの大きさなんですね。



これだけのスケールがあると、建築がそれ自体で「背景」、もしくは最近良く使用される言葉を使うならば「自然」になってるみたいで、それはそれでアリかなとは思う。「こんなダイナミックな形態、お目にかかった事無いかも」という意味では驚きですらあるかもしれません・・・。違う方向から見てみると、この建築が如何に地形になっているかが分かるかと思います:



うーん、よくこれだけお金かけられたなって感じかな(笑)。ガリシア州、貧乏なのにねー。で、今回の建築でピーター・アイゼンマンがやりたかった事っていうのが多分コレかな:



建物と建物の対話。そしてその間から垣間見える自然の山との対比みたいなー。確かに、この建築自体でちょっとした山の様なボリュームがあって、それはそれで圧倒される事は圧倒されるんだけど、でも、その一方で、完全なる自然を前に、それを模倣なんて真似したら・・・おっと、この先は言わないでおきましょう(苦笑)。それともこれは、自然に対する人間の創造力の未知なる可能性を探る壮大なプロジェクトと捉えた方が良いのでしょうか?つまり、人間の創造物は一体何処まで自然に近づけるのか・・・って言う・・・・。その真意は分からないけれど、建物を幾つかの部分に分解して、その建物間の対話で勝負するって言うコンセプトは全く失敗に終わってる気がします。



サッパリ何も見えてこない(苦笑)。ピーター・アイゼンマンって、「地形」とか「対話」とか「構築」とか、そんな哲学的な事ばっか考えすぎてゴチャゴチャになっちゃったんだと思うんだけど、そんな難しい事なんかよりも、この建築には、彼自身も気が付いて無い様な、この建築にしかない画期的な部分があるんですね。それがコチラです:



ほら、あの地形の筋みたいなのが入ってる太い所、若者達がスケボーするのにピッタリだと思いませんか?あんな急降下、なかなかありませんよー(笑)。反対側に回ってみたら、もっとスケボーしやすそうな場所発見:



勿論半分冗談だけど、でも、これはこれで人気が出そうな感じはするかな。正直言って、ここにスケボー目的で若者が集まり始めたら儲けもんで、その内活気が出てきて、それこそ「町の様な存在になるのでは?」と言う微かな期待を抱かせます。ちなみにこの巨大な建築の片隅にはジョン・ヘイダックのこのビルもあります:



・・・特にコメントは必要なし。で、半分ジョークみたいなこの巨大建築、ガリシア文化都市の用途は一体何か?と言うとですね、どうやら図書館、歴史博物館、コミュニティセンター、美術館、国際芸術センターそしてカフェテリアと言った複合文化施設らしいんだけど、今の所オープンしてるのは、図書館と幾つかの展示室、そしてカフェテリアだけ。「まあ、しょうがないか」と言う感じで渋々図書館に入ってみたんだけど、これがビックリ:



だだっ広い空間の中に、外観に合わせて作られたと見られる波打つ本棚に波打つ天井。



そして「これでもか!」というくらいの無駄なスペースのオンパレード。



 「天井や壁を波打たせて流動的な空間を」って言う、やりたい事は分からないでも無いけど、それらが全くデザインと呼べるものにまで昇華出来てない気がする。何よりもこの空間からは「気持ちの良さ」というものを全く感じません。むしろ落ち着かなく、とても居心地が悪い空間になってる気がします。

良く知られてる様に、ピーター・アイゼンマンが掲げる建築コンセプトの一つ、「脱構築」というものに照らし合わせるならば、「落ち着かない」という感覚は、むしろこの建築に対する賞賛であり、建築家に対する褒め言葉なのかもしれません。しかしですね、やはり建築とは空間ありき、そしてその空間やそこに展開している物語において「如何に人々を感動させられるか」だと思う。そういう意味において、ゲーリーやミラージェスはかなり先を走ってるなー、と今更ながらに思うかな(地中海ブログ:ガリシア旅行その3:エンリック・ミラージェス(Enric Miralles)の建築、ビーゴ大学(Univeristy of Vigo)その1:ミラージェスの真骨頂、手書きのカーブを存分に用いた名建築)。

では何故この建築は失敗しているのか?一つには、この建築を構成している一つ一つのデザインにシャープさが全く無くって、ブヨブヨのゴテゴテに見えるからだと思います。



特にこの筋が入ってる部分が、子供のロゴブロックみたい(笑)。



まあ、あとはどの空間もみんな同じ感じだったので特に解説する必要も無し。



現在この建物内部の展示室で、「建築家ピーター・アイゼンマンと都市」みたいな感じで、この建築のコンセプトから建設の様子、そして完成予定の巨大模型などを並べて展覧会を開催していました(入場無料):



うーん、確かにコンセプトは良く考えられてるとは思うし、面白いとも思います。そして上述した様に、建築家がやりたかった事の一部はよく見えると思う。そういう意味において、この建築は言うほど酷い建築じゃないのかもしれない。でも、やっぱり建築って言うのは、その中に人間が入って生活したり、空間を歩き回り、そして感じるものであるという事をきちんと理解した上で創るべきだと思うんですね。そしてその様な空間は机上の空論ではなく、実際に現場に行って自分の身体感覚で測らないと絶対に見えてこないものだと思います。

 「やっぱり言葉遊びだったか!」と言われない為にも、これからの残りの工事、是非がんばって、建築家の意地を見せて欲しいと思います。期待してますよ、ピーター・アイゼンマンさん!

ガリシア旅行その6:アルヴァロ・シザのガリシア現代美術センター:シザ建築の特徴の一つ、遠近法的空間と天井に続く
| 旅行記:建築 | 20:33 | comments(7) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
ガリシア旅行その3:エンリック・ミラージェス(Enric Miralles)の建築、ビーゴ大学(Univeristy of Vigo)その1:ミラージェスの真骨頂、手書きのカーブを存分に用いた名建築
リアス式海岸に沿ったスペイン最大の漁港を有し、ガリシア地方の工業と商業の中心地、ビーゴ市に行ってきました。



実はこの町、漁港で獲れたばかりのカキを破格の値段で提供するレストランが軒を連ねてる一帯があって、「これが堪らなく美味しい」と言う事でスペイン中にその名を轟かせているんですね。



大西洋で育まれた、身がグッと締まった「海のミルク」です。他にも、毛ガニやら手長エビやら、最高に新鮮な海の幸が、多くの観光客を魅了する所となっているのですが、我々建築家にとってはもう一つ大きな楽しみがこの町には隠されています。それがエンリック・ミラージェス事務所が手掛けたビーゴ大学:



ビーゴ市の中心からバスで20分くらいの所に展開するビーゴ大学は、21,000人の生徒数を擁する総合大学で、市内を見下ろす山の上、と言うか、壮大な自然のど真ん中に展開する典型的な郊外型キャンパスとして存在しています。12年程前、この大学のキャンパスを拡張する為に名前が挙がったのが、当時のスペイン建築界で頭角を現しつつあったエンリック・ミラージャス氏。それ以来数年間をかけてようやく完成に漕ぎ着けたビーゴ大学なんだけど、僕がビーゴを最後に訪れた2002年の時点ではこのキャンパスは未だ工事中でした。

しかしですね、工事中ながらも、その鉄骨丸出しの躯体からはもう既に何かしら特別な空間力みたいなものを発していて、「完成した際には絶対にこの地に戻ってこよう」と思わせる何かを匂わせていたんですね。その昔、二川幸夫さんが鉄骨姿のバラニャ市民会館を見て、「この建築家は凄い」と、ミラージェスを世界で初めて発見したって言う逸話が今や伝説になってるんだけど、ミラージェスの建築には、確かに完成前からその空間に期待を抱かせる何かがある様な気がする(地中海ブログ:エンリック・ミラージェス(Enric Miralles)の建築その2:バラニャ市民会館(Centro Civico de Hostalets de Balenya)に見る建築の質:社会文化の表象としての建築:ミラージェスの場合、地中海ブログ:エンリック・ミラージェス(Enric Miralles)の建築その3:バラニャ市民会館(Centro Civico de Hostalets de Balenya)に見る建築の質:実際に建築を訪れる事の大切さ)。と言う訳で、今回のガリシア旅行を利用して、是非完成した姿をこの目で見てみようと、この地に趣いたと訳なんだけど、クネクネした山間を登り切り、イザ、キャンパスに足を踏み入れてみると現れるのがこの風景:



山の上に展開する広大な敷地の特徴を最大限に生かした、非常にノビノビとした低層の連続体が我々を出迎えてくれます。そう、この建築の特徴は、ミラージャスの、あの独特な手書きの曲線を最大限に生かした、この配置計画にあると言っても過言ではないと思います。



まるで蛇がクネクネっと地を這ってる、上空から見ると正にそんな形態をしているんですね。そしてこの、横方向に「ビヨーン」と伸びた建築に展開する物語が始まる出発点がコチラです:



躯体本体から無作為に伸びた短長入り混じった鉄骨部分。まるでこの建築が触手を伸ばしているかの様な、非常に軽やかな鉄骨群によってこの建築の物語は始まっています。



この様な横長の建築って断面の切断の仕方が非常に難しくって、そこが勝負所の一つになってると思うんだけど、以前、仕事の関係で頻繁に通っていたヘルシンキ市内にあるスティーブン・ホールによるヘルシンキ現代美術館も断面の切り方で勝負している名建築でした(地中海ブログ:モスラの断面勝負:Steven Holl (スティーブン・ホール): キアズマ (フィンランド現代美術館))。荒々しいながらも、このミラージェスの断面の切り取り方もなかなかカッコイイなー:



この建物部分はプールと競技場として使われているのですが、上方を走る鉄骨を案内代わりに少し進むと、真下を道路が横切る空間に遭遇します。この部分では建物が途切れて、鉄骨だけが両側を繋ぐと言う構成になっているのですが、ここの部分の表現がちょっと面白い。



先ず後方から見ると良く分かると思うんだけど、この鉄骨部分で建物がカーブしているんですね。このカーブこそミラージェスのお家芸だと思うんだけど、このカーブを巧みに利用したのがココ:



鉄骨とカーブが相まって、「自由に絡み合う触手」と言う感じが非常に上手く表現されています。パラフォイスの図書館を訪れた時にも感じた事だけど、ミラージェス建築の一つの理想系って、実はオームの触手じゃないのかな?とか思っちゃいますね(地中海ブログ:バルセロナからの小旅行その2:エンリック・ミラージェス(Enric Miralles)とベネデッタ・タリアブーエ(Benedetta Tagliabue)(EMBT)のパラフォイス図書館(Biblioteca Publica de Palafolls):空と大地の狭間にある図書館)。ちなみにコチラは別の意味で、凄い創造物:



オームオムレツ(笑)!!これ、ちょっと凄くないですか?初めて見た時、結構感動しましたけどね。

さて、ここからがこの建築の本体部分、物語で言うとクライマックスに当たる所だと思うんだけど、何本もの細いピロティに支えられた横長連続窓の登場です:



デザインの構成としては至極単純で、下層にはピロティが、上層にはガラス窓が配置され、それを細いH鋼で上から押さえ付けてデザインを引き締めるという構成をとっています。そのガラス窓部分を、木の窓枠とコンクリートの取り合いで、引っ込めたり、飛び出させたり、はたまた階段状にしたりと、上手い事バランスを取りながらデザインしていく事によって、一見単調になりがちなファサードにリズム感を与え、非常に楽しげなものにしています:



階段と十字架の組み合わせ:



それをちょっと変形させたもの:



今度は十字架を前に、木の窓枠を引っ込めたバージョン:



そしてそんな遊び心満点のデザインの中でも、特筆に価するのがこの部分:



このカーブ!物凄くセクシーなカーブ!!これこそミラージェスの真骨頂と言っても過言では無いカーブです。「このカーブがやりたかったが為に、この建築を創ったんじゃないの?」、って言うか、多分そうだと思うんだけど、とてもエロチックな質の高い曲がり方をしていますね(笑)。一見簡単そうに見えるかもしれないけど、こんな曲がり方、ナカナカ出来ないと思いますよ。このカーブの裏には何回も何回も繰り返しては消えていった膨大な数のスケッチの山が垣間見えるかの様で、そんな所にこそ、僕は感動してしまいます。そしてこのカーブを曲がると遭遇するのがコチラです:



こちらもミラージェスの十八番、遊び心満点の日除けの登場です。



配置計画としては、先程のカーブとまるで対を成すかの様に、今度は気持ちが良い程のストレートなファサードが展開しているのですが、ここでデザイン的に「非常に巧いなー」と思うのが、一番上に付いている細いH鋼なんですね:



これがあるのと無いのとでは大違い!このH鋼がこの建築のデザインの締めになりつつ、バラバラになりがちなファサードに一貫性を出す事に一役買ってる影の立役者。そしてこのファサードに展開する物語の終わり方がこれまた絶妙なんだけど、それがコチラなんですね:



お尻のファサード部分を少しだけ本体部分から延長して表現する事によって、非常に軽やかに、そして物語の余韻を残す様に終わっているのが分かるかと思います。



ほら、鉄骨と日除けを通して空が見えますね。青い空が建物を通して見えるって、物凄く単純な事なんだけど、壮大な空を建築に取り入れつつ、又反対に、「空を切り取っている」その端部がこの上なくカッコイイ!

鉄骨の軽やかな触手から始まり、木の窓枠とコンクリの取り合いでデザインされた横長連続窓がセクシーなカーブを描きつつ、最後は気持ちの良い程の直線部分、そしてその最後尾が余韻を残しつつ終わっている・・・。この敷地の特徴を最大限に引き出したミラージェスの建築計画力と、彼の類まれなるスケッチ力、この建築はそれら2つの奇跡が交わって生まれ出た名建築だと言う事が、この地へ来てみるとよーく解ります。やはり建築と言うのは、現場に来てみて初めて分かる事、現場に来て見ないと絶対に分からない事、本や写真からでは絶対に伝わらない「空間の質」がある事、だから建築って面白いんですよね。

ガリシア旅行その4:エンリック・ミラージェス(Enric Miralles)の建築、ビーゴ大学(Univeristy of Vigo)その2:囲い込み広場を創り出すという事に続く
| 旅行記:建築 | 23:25 | comments(2) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
エドゥアルド・トロハ(Eduardo Torroja)の傑作、サルスエラ競馬場
前々から訪れたいと思っていた建築、エドゥアルド・トロハの傑作、マドリッドのサルスエラ競馬場へ行ってきました。



各々の都市にはそれぞれ訪れるべき建築が幾つかあるとは思うのですが、マドリッドにおいてこのサルスエラ競馬場は、20世紀を代表する構造デザイナー、エドゥアルド・トロハが残した珠玉の名品であると言う意味において、真っ先に訪れるべき建築の一つに数えられると思うんですね。

では、「そんなお宝中のお宝に何故に今の今まで行かなかったのか?」と言うとですね、実はこの建築、現在も現役の競馬場として使用されている事から、レースが開かれる時しか開いてないらしいんですよ。で、競馬が開かれる時って一体何時なのか?と言うと、マドリッドでは金曜日の午後か日曜日の午前中らしいんですね。しかも毎週行われる訳じゃなくて、その月によって違うって言うんだから、今まで僕のマドリッド出張の予定がナカナカその開催日に合わなかったと言う訳なんです。

で、今回の出張ではカンファレンス(カタルーニャ自動車財団での発表。8人いた発表者の内、僕以外は全員60歳以上。昼食会では話題が自然と定年の話になって、ちょっと焦った(汗))の予定が月曜日の朝一から入っていたので、それに間に合うように前日の夜にマドリッド入りしてれば良かったんだけど、競馬の日程を見たら、何と運良く今週はレースが入ってるじゃないですか!と言う訳で、日曜日の朝、ちょっと早起きして、わざわざバルセロナから出向いて来たと言う訳なんです。

先ず、この競馬場への行き方なのですが、地下鉄6号線のMoncloa駅を出た所にあるバス停前(Intercambiador)から、レースの開かれる日に限り、15分おきに競馬場への無料送迎バスが出ている模様です。それに乗ればものの10分程で到着しちゃいます。思ったより早く着いたのでルンルン気分でバスを降り、「イザ中へ!」と思ってたら、なんか様子がおかしい・・・。みんな、チケット売り場みたいな所に列を作って、入場券みたいなのを買ってるじゃないですか!てっきり競馬ってレース場に入って馬が走る所を見るだけかと思ってたら、なんと入場料が要るんですね!しかも9ユーロも取られた!予想外の支出に「ちぇ」とか思ったのも束の間、次の瞬間、「世にも奇妙な光景」が僕の目に飛び込んできました:



な、なんだー、あの不思議な形をした屋根はー!!!って言うか、有り得なくないですか?あんなの!!特に日本の構造物の感覚に慣れてる僕達の目には、かなり「奇妙なバランス」に映ると思うんですよね。




だって、こんなに薄い屋根がまるで折り紙を折るかの様に、「ふわっ」と載ってるだけなんですよ!もっと言ったら、この屋根がコンクリートで出来ていると言う事すら、ちょっと疑ってかかってしまう程です。



コンクリートって、こんなに薄く、そしてこんなに「軽く」打つ事が出来るんですね。建築を語るのにあまり抽象的な言葉は使いたくないけど、これを見てると本当に「無重力」と言う言葉が心に浮かんでくるかの様ですらあります。ふむふむ、とか思いながら反対側に回って、コレ又驚き!見てください:



半端無いキャンティレバーです。この出方!
圧巻の一言ですね。はっきり言って僕は構造方面にはそれ程明るくは無いのですが、こんな事、出来るんですかね??って言うか、建築家にそのような疑問を抱かせる事自体、それはそれでもう既に物凄い事だと思うんですけどね。



ほら、この一点だけで、あんな大屋根を支えているんですよ!



繰り返しになりますが、これこそ、この建築を見た時の「驚きの起源」だと言っても過言では無いと思います。「これはちょっと凄いなー」とか思っていたら、なんか館内放送で「今から第7レースが始まります」みたいな放送が流れて来た。それと同時に建物からドバッと人が出て来て、それこそアレクサンダーじゃないけど、「出てくるわ、出てくるわ」()



ついでだからと思って、馬が走る所を見てたのですが、最初に思ったのは、「競馬場って結構広いんだなー」と言う事でしたね。あのコース、何メートルあるのか知らないけど、あの距離を全力疾走するのって、馬だって大変だと思いますけどね。そんな事を思いつつ、「殆どの人がグランドに出てる今の内に、内部の写真を撮っちゃおう」と思って、そそくさと建物内部へと入っていったのですが、これが大当たり:



本当に誰もいなかった(笑)。まあ、みんな、今日は競馬を見に来てるんだから、レースをやってる時はそちらを見に行くっていうのは、当たり前と言えば当たり前なんですけどね。



それにしても、内部には支柱の無い、大変気持ちの良い空間が広がっています。天井が少しカーブしている事により、抱擁されている様な温かい感じの空間に仕上がっています。実はここに入った時、何かしら違和感と言うか、「あるべきモノがあるべき所に無い感じ」を受けたのですが、この時はそれが何なのかはイマイチ分からず。そんなムヤムヤした気持ちのまま再び外へと出たのですが、やっぱりこの屋根のシルエットは強烈だなー。



そんな中でも僕が注目したのがこの部分です:



この建築の基本デザインと言うのは、部分ユニット(ボールト)を決めておいてそれを無限に繰り返していくと言う手法によって決定されていると思うのですが、こういう時、非常に難しいのが「端部をどう終わらせるか?」と言う問題なんですね。そしてそこに「建築家のデザイン力」を見る事が出来ると思うのですが、この建築はこんな風になっていました:



ほら、端っこの2つのボールト部分を取り出して、そこに特別なデザインを与える事によって、単調になりがちなデザインを引き締めているのが分かるかと思われます。そして一番端っこのデザインを「敢えて途中で止める」事によって、「今にも飛び立ちそう」と言う感覚を増長しているんですね。このような、「敢えて形態を途中で止めて、その後の姿を予想させつつ、形態に動きを出す」って言うデザインは、日本だと槙さんが幕張メッセのメイン会場でやられていると思います。



幕張メッセの様に、これだけ大きな構造物になると、どうやって周辺に威圧感を与えず、且つ軽い感じを出すかが非常に重要なポイントになったと思うんだけど、それを、緩やかに湾曲する屋根と、そして全体の8分くらいの所で一旦曲線を終わらせておいて、それをもう一度飛翔させる事により、まるで、「その屋根自体が飛び立つかの様な感覚」を醸し出す事に成功していると思います。さて、そんな事を思いながら、横に回ってみたのですが、これが又、カッコイイんだな!



これこそ、「設計は断面からすべし!」って言うお手本の様なものですね。実はこの建築は現在大規模な改修中なのですが、その部分を見てみると、この建築の「秘密」が垣間見えてくる様で大変興味深い。




トロハの(数少ない)作品集なんかをめくると良く目にするのが、この印象的な大屋根と、それを支える支柱の写真だと思うのですが、それらの写真が僕らに与えるイメージと言うのは、あたかもこの建築がこの支柱一点のみで支えられているかの様な印象だと思うんですね。しかしですね、実は現場に来て見ると、この支柱の後ろに、細いもう一本の支柱がある事に気が付きます:



「あ、やっぱねー、こんな大きな屋根をあんな小さな一点のみで支えられるはず無いじゃん」とか、その時は思っていたのですが、ホテルに帰って競馬場の情報を探していたら、以前バルセロナに滞在され、構造方面からデザインを展開されている森田一弥さんのブログに大変面白く明確な構造解説がされていたので、ちょっと紹介したいと思います。

「‥‥今まで写真で見ていたときは、屋根のシルエットだけに注目してみていたのですが、よく見ると屋根の裏側の鋼管で屋根の先を支えながら、同時に入り口部分を吊り上げているのです。このおかげで競技場の下のエントランス部分にも荷重を支える柱が現れず、開放感のある気持ちのいい空間になっています。」(そうだ、トロハ、行こう@マドリード、建築家+左官職人 森田一弥の写真日記

な、なる程!僕が下階の内部空間に入った時に感じた違和感はこれだったんですね!!さすが森田さん、素晴らしい解説です!!


人間って自分の予想しなかった風景に出会った時、もしくは自分が想像出来ない様な光景に出会ってしまった時に心の底から感動すると思うんだけど、今回の体験は、全く僕の想像を超えていた事から、近年稀に見る感動を味わう事が出来ました。ありがとう、サルスエラ競馬場。そしてありがとう、トロハ!
| 旅行記:建築 | 17:35 | comments(2) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
アントワープ:リチャード・ロジャースの指し示した裁判所の新たなる可能性
夏休みが終わってからというもの、立て続けに出張が続いているのですが、先週末は毎度おなじみのブリュッセル、そして帰りの飛行機までの時間を利用してアントワープに行ってきました。



実は以前からアントワープには行こう行こうと思っていたのですが、と言うのもこの都市には4年程前(2006)に完成したリチャード・ロジャース設計によるアントワープ新裁判所があるからなんですね。以前バルセロナで行われていたリチャード・ロジャース展でこの裁判所の模型を見て以来、「何時か機会があったら是非訪れてみたいな」と思っていた建築の一つでした(地中海ブログ:リチャード・ロジャース展覧会(Richard Rogers + Arquitectes: De la casa a la ciudad))。逆に言えば展覧会に出展されていた模型、写真そして解説など“だけ”からでも、「是非この建築を実際に訪れてみたい」と思わせる何かを匂わせていたと言う事です。特に僕の心に引っ掛かっていたのが、この建築のキーワード:「都市に開かれた裁判所」。

裁判所って普通は頑強な壁とか、人を寄せ付けない様なイメージしかないのに、「都市に開かれた裁判所って一体何なんだろう?」とずーっと思っていたんですね。そんなうやむやを晴らす為にも、早速アントワープへ
Lets go! アントワープへはブリュッセル中央駅から急行みたいなの(IC)に乗ると約40分程で到着するのですが、何はともあれ、アントワープ中央駅へ降りてビックリ:



無茶苦茶豪華な駅じゃないですか!ブリュッセルからの急行列車は全て地下二階に到着するみたいで、そのせいもあってか天井が「これでもか!」と言う程高く、「これでもか!」と言う程空間が豊かに感じられます。中世から続く歴史ある都市、アントワープの玄関口として恥ずかしく無い「都市の顔」となっていますね。どうやらこの駅は昔からあるネオ・バロック様式の建築の下に近年新しいトンネルを掘って増築したみたいなのですが、地上階にはそんな最下層からエスカレーターで上がって行く事になります。その風景がコレ又圧巻:



この駅は通称、「鉄道の大聖堂」と呼ばれているそうなのですが、天井から降り注ぐ光が停車中の電車を照らす姿を見ていたら本当にそんな風に思えてくるから不思議です。



エスカレーター一つとっても、この場の雰囲気に協調させようというデザインの意志が見える。そんなちょっと素敵なエスカレーターを上っていくと辿り着くのがコチラ:



この駅のシンボルとも言える時計台です。これはスゴイ!ここまで大きなガラスと重厚な装飾で覆われた時計台はナカナカ無いと思いますよ。うーん、「この駅、ココだけ見に来るだけでも価値があるかもしれない」、そう思わせてくれるに十分な魅力を兼ね備えていると思います。

さあ、出発からかなり良い気分になったので、ロジャースの新裁判所にも期待したい所なのですが、実は前日に時間が余り無くて下調べとか何もせずに来たので、目的のアントワープ新裁判所が何処にあるのかも分からず、駅にあった観光案内所で聞く羽目に:

cruasan
「こんにちは。アントワープ新裁判所へ行きたいんですけど、何処にあるんですか?」
観光案内所:「あー、それなら路面電車の
12番に乗って終点まで行けばいいわ」
cruasan:
「あー、そうですか、ありがとう。ところで、今日は開館してるんですか?で、一般客でも見学出来るのでしょうか?」
観光案内所:「勿論一般には公開してるわよ。逆にいつ閉まってるかなんて知らないわね。そう言えば、あそこって定休日とかあるのかしら?何時も開いてるから。閉館時間も知らないわ。だって本当に何時も開いてるんだもの」


これは一見何気ない会話の様に思えるのですが、実はかなり興味深い内容だと思うんですね。何故なら彼女は「裁判所は「勿論」一般に公開していて、何時も開いている」と語っているからです。そしてもっと驚くべき事に、この街では、そのような「裁判所が都市に対して開いている」と言う感覚が、(彼女の様な)一般市民にまでも当然の事として認識されている感じを受けるんですね。むむむ・・・これは、リチャード・ロジャースによる建築が、今までの都市における裁判所の常識を打ち破って、その変革を一般市民の意識にまで働きかけていると言う事なのかなー?とか思いつつ、教えてもらった通り、路面電車12番に乗っていたら、見えてきました、向こうの方にそれらしき建物が:



大通りの一番奥、ど真ん中にアイストップとして、でーんと構えているその姿からはちょっととてもコレが裁判所だとは想像も付かないんじゃないか?



近くに寄るにつれ、その感覚は強まりこそすれ、薄れる事はありません。何よりも、黄色をふんだんに用いた色使いと、天に向かって突き出した何本もの角の様なものが、この建築を他の建物からは明らかに違うものにしている事が分かるかと思われます。で、面白かったのがコチラ:



大階段の下側を利用して、路面電車の終点ターミナルにしているんですね。建築と交通の結節点の融合、そして公共空間の提供。この辺りの用途混合はナカナカ上手いなー。そんな事を思いながら先程の大階段を昇って行きます。そして振り返るとこの風景:



路面電車が中央に走る大通りのど真ん中、一番良い所にこの建築が建っている事が分かるかと思います。扉が開いていたので、「本当に一般に公開しているのか?」とか思いながら恐る恐る入ってみる:



入って直ぐ右側にインフォメーションセンターみたいなのがあったので、そちらで聞いてみる事に:
Cruasan
「すみません、あのー、観光で来たんですけど、見学して行っても良いですか?」
裁判所:「勿論良いわよ。」

Cruasan
「本当ですか、ありがとうございます。あのー、写真って撮っても良いんですか?」
裁判所:「構わないわよ。ただし、人の顔が映らない様にね。それと、今、裁判中の部屋は見学が出来ないけど、それ以外だったら勝手に入って見学していっても良いから。楽しんで頂戴!」


ほ、本当だー!観光案内所で聞いた通り、アントワープ新裁判所が一般公開されていると言う噂は本当でした!しかも写真もOKときている。素晴らしい!って言っても、この建築はデザイン的には特に見る所とか無いような気がするんですけどね。ちょっと面白いなと思ったのは、この建築の外観を特徴付けていたとんがりコーン宜しくのこの部分:



用途としては中で個別の裁判が出来る様になっているのですが、自然光が入るようにとの考慮から、この様な独特の形になったのだと思われます。



小さ目のとんがりコーンには同じ様に個別の裁判が出来る小さめの個室が割り当てられていました。僕が行った時は裁判中だったので中の見学は出来なかったのですが、内部構造などが良く分かる模型が置いてありました:



まあ、デザインは、ハッキリ言ってそれ程面白くは無いかな。それよりも何よりも、少しココに身を置いていると良く分かるんだけど、ココには本当に自由に誰もが入ってこれそうな雰囲気がありますね。



片隅には市民が休憩できる場やアート作品などが置いてあったりして、ココが裁判所だと言われないと、ちょっと判別に苦しむくらいかも知れません。正に都市の中の公共空間として作用している気がします。そう言う意味において、やはりこの建築の一番の特徴は、裁判所と言うインスティテューション(制度)が都市に開く可能性を指し示したと言う所、もっと言うと、建築のデザインを通してその可能性を指し示す事が出来たと言う所にあるのではないのでしょうか?そういう意味において、今回の体験はなかなか貴重な体験だったと思います。
| 旅行記:建築 | 21:37 | comments(4) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
ロンドン出張その3:ロンドンの戦略的眺望、ビューコントロールの賜物の風景
今回の出張は日程が結構キツキツで、殆ど何処も見て回る事は出来なかったのですが、それでも2日目の朝はちょっと早起きして、テムズ川沿いを歩いてみました。



朝日が川面をキラキラさせ、夜とは又違った良さがありますね。川岸は遊歩道が整備されてて、ランニングしてる人とかもいて、結構気持ち良さそう。

さて、僕と同年代の人達の記憶にこのテムズ川が登場するのは多分「キン肉マン」を通してだと思うのですが、と言うのも、今でも一部のマニアの間では絶大な人気を誇るキャラクター、ネプチューンマンが強さを求めるあまり身を投げた川、それがテムズ川だったからです。そしてその身投げした川底で出遭ったのが、何を隠そうパーフェクト超人のドン、ネプチューンキング。彼は何と10万年もの間、テムズの川底で強き男を待ち続けていたというから驚きです。でも、「10万年も前にテムズ川なんて、本当にあったのか?」とか思ってWikiを見てみると:

“今から60万年前の更新世の氷河期の時、475千年前のアングリカン氷河作用により大きく地形が変えられる前のテムズ川は、ウェールズからクラクトン・オン・シーを通り、現在では北海となっている地域を通りライン川に流れ込む支流の1つであった。・・・・・40万年前に氷河期が終わると、テムズ川は現在と同じ流れを通るようになった。”

とかある。うーん、確かにテムズ川自体は40万年くらい前には存在してたみたいなんだけど、そこに人が住み始めるのはせいぜいローマ、もしくはその前のケルトくらいからだと思うので、ネプチューンキングさん、あなた一体何処で何を待ってたの?って話なんですけどね(笑)。

冗談はコレくらいにして、今回はバロック様式の代表作であり、クリストファー・レン(Sir Christopher Wren)の傑作であるセント・ポール大聖堂(St Paul’s Cathedral)からノーマン・フォスターがデザインした橋(ミレニアムブリッジ)を渡り、テートモダンまでを歩いてみました。先ず、セント・ポール大聖堂なのですが、もう、存在感が圧倒的です:



そしてこの大聖堂の前に設けられたちょっとした広場&街路がものすごく良い空間を醸し出している。ここを出発点としてテムズ川に向かって歩いていく訳なのですが、橋を通して向こう側にはガラスの箱を両肩に載せているテートモダンがチラチラ見え隠れしています。



セント・ポール大聖堂とテートモダンの軸が微妙にズレてるのは偶然だとは思うんだけど、個人的にはコレくらいズレてる方が「コレだ、コレだ!」と主張し過ぎと言う事も無く好きですけどね。川へのアプローチをドラマチックにするのに大変貢献していると思われる、両脇に展開する町並みなんかは最近再開発されたと思われるのですが、新しくオシャレな店やオフィスなんかがバンバン入ってました。個人的には「この辺りのジェントリフィケーションの状況とかどうなってるのかなー?」とか思っちゃうんだけど、今回はパス。そして辿り着くのがココ:



テムズ川越しに見えるテートモダンの姿はナカナカ圧巻です。そして振り返るとこの風景:



この風景を最大限に見せる為に出来る限り橋の高さを抑え、「ヘンテコな構造物が美しい風景を妨げない様にしたんだろうなー、」と言う事が橋の隅々から伺えます。まあロンドンには(確か)「戦略的眺望」とか言う歴史的景観を保存する為の建築物の高さ制限に関する法律があったと思うんだけど、それが定められるキッカケもしくは基準となったのが、セント・ポール大聖堂だったんですね。つまり、ロンドン市民の心象風景たるセント・ポール大聖堂はロンドン市内の何処からでも見る事が出来なければならないって言うアイデアに基づいていて、こういうのを「ビューコントロール」とか言うらしい。



そういう観点からミレニアムブリッジをもう一度見てみると、風景を壊さない為の努力というか仕事量が、一見単純そうに見えるこの橋の隅々に満ち溢れている気がします。



まあ、単純なもの程それを実現する為には途方も無い仕事量が注ぎ込まれていると言うのは世の常だと思うのですが、それがもっとはっきりとした形で見えるのがテートモダンの両肩に載ってるガラスの箱だと思います。至極単純な四角い箱を実現する為には、それこそ膨大なディテールがその下には隠れているんだろうなー、と言う事を予感させるに十分です。



ミレニアムブリッジに関して言えば、ノーマン・フォスターはこの橋に展開する物語を結構良く考えていて、セント・ポール大聖堂からテートに向かった時、ブリッジを普通に渡して終わりにせずに、わざわざ一回、セント・ポールの方に折り返して終わっています:



つまり、長い橋を渡り終わった際、「もう一回、セント・ポール大聖堂をドラマチックに見せて終わる」という物語が展開している訳なんですよ。たったこれだけの操作なんですが、そこを歩く人が見る風景、もしくはその人の心に刻まれる風景には劇的な変化を起こさせるんですね。この辺りはさすがに上手いなー。今回は時間の都合でこの建築しか見れなかったのですが、この辺りは見所満載で、これだけでもお腹一杯と言う感じでした。ロンドン又来たい!!
| 旅行記:建築 | 21:16 | comments(2) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
クリスチャン・ド・ポルザンパルク(Christian de Portzamparc)のエルジェ美術館(Musee Herge)はなかなか良かった
EUプロジェクト交通系説明会2010の初日が思ったよりも早く終わったので、以前から是非訪れたいと思っていたエルジェ美術館に行ってきました。この美術館はベルギーで絶大な人気を誇る漫画、冒険物語「タンタン(TINTIN)」の作者であるエルジェ(本名はジョルジュ・レミ)の様々な作品を公開する事を目的として建てられたミュージアムなんですね。



実はベルギーってヨーロッパでは指折りの漫画大国として知られていて、漫画関係の美術館・博物館などを始め、地下鉄の壁画や街の至る所に漫画が溢れています。以前のエントリで紹介したヴィクトール・オルタ(Victor Horta)が設計したWaucquezデパートなんかは今やマンガ博物館(Centre Belge de la Bande Dessinee)としてブリュッセルの観光名所の一つとして人気を呼んでいる程です(地中海ブログ:ブリュッセル出張その3:アール・ヌーヴォー建築の傑作、オルタ邸(オルタ美術館)を見ていて思った2つの事:ブログ全盛時代の内部撮影禁止事項とヴィクトール・オルタ(Victor Horta)の空間構成力について)。このマンガ博物館には前回の滞在の時に少しだけ行ったのですが、なかなか面白い内部空間の中に世界各国の漫画が紹介展示されていました。日本からはコチラの作品がエントリー:



じゃーん!モンスターの登場!!設定がドイツだし、ベルギーっ子には親近感が沸いたのでしょうか?

さて、今回僕が訪れたエルジェ美術館はベルギー中央駅から電車で約
1時間程の所にあるルーヴァン・ラ・ヌーヴ(Louvain La Neuve Univ)と言う大変こじんまりとした都市に位置しているのですが、行き方は非常に簡単で、この町までの直通電車が出ているので切符を買って電車に乗ってればそのまま自動的に目的地まで連れて行ってくれます。料金は確か片道5ユーロ程度で、美術館は駅から歩いて約5分程度の所にあります。駅を出たら表示が出ていますので、それに従って歩いていけば先ず迷う事はありませんね。さて、町中の広場を抜けると、目指すべき美術館の姿が見えてきます:



これがこの美術館の顔なのですが、二つの長方形の箱が少しずつ傾いて並んでいるのが分かるかと思います。今日の建築潮流の中において、建築に「はっきりとした顔がある」、もしくは「ここから見てくれー」って言う建築家の明確な意識が見えると言うのは、この建築の一つの特徴と言えるかと思います。



エントランスを通り過ぎて側面の方へ回ってみるとこの建築の構成が良く分かるかと思うのですが、どうやらこの美術館は大きな多角形の白い箱が2つ並んでて、その間をガラスで繋ぐと言う構成になっている様ですね。





反対側の側面に回ると、各々の白い箱の中には、青、赤、黄色などで彩られた様々な形をした箱が入れ子状になっているらしいと言う事も、ガラスを通して見えてきます。



更に側面に回り込むと、この美術館は段差のある敷地に建っていて、真下には道路が走っている事から、美術館にはブリッジを渡ってアプローチする方法が採られていると言う事が分かります。




で、美術館を支えているのがこの柱なんだけど、「まあ、何ともアクロバッティブな事やってるなー」と言うのが、第一印象かな。

実はこの美術館を設計したのは、泣く子も黙るフランス建築界の巨匠中の巨匠、クリスチャン・ド・ポルザンパルク
(Christian de Portzamparc)。僕自身、彼の建築を実際に訪れたのは今回が初めてだったのですが、その余りにもアクロバッティブな構成に最初はビックリしたというのが、正直な所でしたね。「あれ、巨匠、大丈夫ですか???」みたいな(笑)。斜めを向いた箱の並び、ブリッジを用いた派手なアプローチ、そしてそれらを支える斜めの柱郡などを見るに付け、「ははーん、この建築は「派手さ」で売っていく最近流行の目立ちたがり屋建築だなー」とか一見思ってしまうのですが、ところがドッコイ、そんな「派手さ」の裏にチラチラ見え隠れする真摯なデザインアプローチこそ、この建築の最大の魅力なんですね。その事に気が付かせてくれたのがこの空間:



正面ファサードへと向かうアプローチ空間なのですが、この歩けば数秒もかからない空間の中に、非常に巧みな空間操作が垣間見られるんですね。



下から見ると良く分かるんだけど、この橋が、美術館の中に展開する幻想世界、云わば、別世界へと入っていく為の準備空間として非常に上手く作用している事に気が付きます。ここが、「これから美術館の中へ入っていくぞ!」と言う気持ちを整える空間となっていると言う事です。そして右手側には、我々を先導するかの様な「パースペクティブが付いた手摺」が一直線に進行方向に向かって延びています。



手摺と言う道標に沿って進んで行くと、先ずは先程の大きな箱の一つが頭の上を覆い尽くす屋根の様な役割を果たす事によって、ひとまずココに親密空間を創り出していますね。



そしてココからが巧妙なのですが、エントランスを「敢えて」正面には持ってこず、一旦左手側に折れて「奥」へと訪問者を導くアプローチを採っています(そしてここからは目的地(エントランス)が見えない)。
そしてこの斜めに延びるアプローチに従って進んで行くと、まるで天井が我々を導いているかの様に、一直線にエントランスへの道を指し示してくれているかのようです。



ふと右手側を見ると、ショップのガラス面が明るく僕らを迎えてくれます。言わずもがな、ここには「見る/見られる」の関係が成立していますね。エントランスに沿ったガラス面を創り出す事によって訪問者の動きを促進すると言うのは、美術館建築などにおける常套手段かと思いますが、その為にこの辺にカフェやショップを持ってくるのは、なかなか上手い処理だと思います。




このガラス面と白色の一直線に伸びた天井、そしてそれらを融合するかのような地面から伸びているオレンジ色の腰壁が「ビシッ」と決まっている。


上手い!非常に上手いアプローチ空間です。コレだけ見ただけでも、この建築が只者ではない事、そしてこれを設計した人のデザイン力が相当のものである事が垣間見られます。一見、ファサードの傾いた長方形とか、ドバっと出たキャンチレバーを支える支柱のアクロバッティブな構成とかに騙されて、「あー、遅れてきたポストモダンねー」って言う感想で終わりがちなのですが、僕の目は誤魔化されません!!!フランス巨匠の力、しっかりと見させてもらいました!!!
| 旅行記:建築 | 21:17 | comments(2) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
風の谷のセナンク修道院:天空の城の後に見る風の谷:リアル宮崎駿ワールド
プロヴァンスの3姉妹の次女、セナンク修道院に行ってきました。南フランスと聞いて、多くの日本の人達が心の中に思い浮かべるイメージ、それは一面のラベンダー畑の向こうに見える修道院のイメージなんじゃないかと思います。そのイメージの源泉こそ、正にココ、セナンク修道院なんです。



上の写真はセナンク修道院の売店で売ってるポストカードなのですが、7月の初旬頃になると修道院の周りはこんな幻想的な風景に包まれます。こんなこの世のものとは思えない雰囲気を醸し出しているセナンク修道院なのですが、実はこの修道院、その風景とは裏腹に、ものすごい所に建ってるんですね。それがココです:



そう、何を隠そう、この修道院が位置しているのは、谷の底の底なんです!アプローチは「車が一台通るのがやっと」、見たいな道路を谷に沿って降りて行く事になるのですが、その風景がコレマタ絶景!実はココには8年程前に結婚式教会の村瀬君と一緒に車で来た事があったのですが、その時は谷に落ちない様に運転に集中していた為、谷の上から修道院の姿をじっくりと拝む事が出来ませんでした。と言う訳で、今回は絶景を満喫する為に「徒歩で行こう」と言う事になり、えっこら、えっこら、歩いてセナンク修道院に行ってきたと言う訳です。



さて、ではどうやって徒歩でアプローチするのか?と言う事なのですが、実はこの修道院、前回のエントリで書いた、天空の城ゴルドの直ぐ近くにあります。「地球の歩き方」とか見てみると、「徒歩1時間ちょっと」とかある。気になってネットで情報探してみたら、「無茶苦茶しんどかった」とか、「あんな所、歩いていく日本人の気が知れない」とか、結構凄い事が書いてある。こういう生の声を読んでしまうと、ちょっと躊躇しちゃう気もしないでもないんだけど、「でも、あの谷底の風景を見るためなら、えんやこら」と言う事で、歩いていく事決定!

早速ゴルドのツーリストオフィスに行き詳細を聞いたら、ちゃんと地図が用意してあって徒歩1時間30分とか書いてある。難易度は「易」。取り合えず、「本当か??」とか疑ってみたんだけど、結構歩いていく人が多い所を見ると、ネットで見た情報とはちょっと隔たりがある様に思えてきて、それで少しは気持が楽になりました。それにしても、観光案内所でもらった地図が無茶苦茶いい加減で、どの道を歩いて行ったら良いのか、さっぱり分からないんだけど、それでも最低、「車がビュンビュン走ってる道路を歩いていけばそのうち着くか」くらいのいい加減さで歩いてたら、本当に着いたのには笑いました。ゴルドの街を出る事20分足らず、上り坂を上り切った先に広がっているのがこの風景です:



マジかよ!って言うくらいの谷。しかも風がものすごい勢いで吹いてる。まるで、人間がこの谷へ近づく事を拒むかの様に・・・。で、下とか見たら柵も何も無い足元にこの角度の崖ですから。



多分落ちたらリアルに死ぬっぽい(冷汗)。



ここからこんな感じの道路を歩いて行く事になるのですが、左側は崖、右側は車と言う結構スリリングな道のりなんですね。元々谷間だった所に無理やり道路を一本引いただけなので、谷とは反対側には、こんな荒々しい岩肌が迫っています:



そんな、大自然満喫コースを10分も歩いていると谷底に見えてくるのがこの風景です:



谷の底の底の方に木々の隙間からチラチラ見える修道院の姿。コレが見たかった!!ましてやさっき、この風景とは全く反対の「天空に聳え立つ城」を見たばっかりだったので、感動もひとしおと言う訳です。この「風の谷」と言い、「天空の城」と言い、この地には、宮崎ワールドが広がっています。と言うか、リアル宮崎ワールドなんですけどね。で、この修道院の面白い所はこのアプローチにあると思います。



谷底を中心にして「ぐるー」っと一周した底の地点にこの修道院は建っている事から、アプローチする間、様々な角度から修道院を望む事になるんですね。



ほら、さっきまでは後姿だけだったのに、ココでは真横から眺める事が出来ちゃったりします。



建物の前にはラベンダー畑が広がっていたり、修道院の構成が、まるで建築模型を覗き込むかのように、手に取るように分かります。今まで多くの修道院や教会へ行って来たんだけど、真上から眺める事が出来る修道院と言うのは初めての経験ですね。そしてグルグルッと回ってようやく辿り着くのがこの正面です:



上から見ていた時にもう既に分かってたんだけど、ラベンダーの開花はマダマダでしたね。それでも、ラベンダーは修道院のトレードマークである事から、こんな風にしてみんな記念撮影していました。



ラベンダーがこの修道院のトレードマークであり、重要な収入源である事は、売店に行くと思い知らされるんだけど、こんな辺境の地に来て、良い匂いとか素敵な紫色なんかを見ていると、「ちょっと買っちゃおうかなー」なんて気になってくるから不思議です。



まあ、グローバリゼーションの中においてはイメージが全てを支配するなんて事は言うまでも無いんだけど、その法則がこんな辺境の地にまで迫っているのか?と思うと何か、複雑な思いがします。いや、逆か・・・。こんな辺境の地だからこそ、イメージ創りをしなければならないのかも知れませんね。そしてそんなイメージ合戦の頂点に立つ企業、それがロンリープラネットである事は以前書いた通りです。もう各国のイメージを好き放題切り刻んだり編集したり出来る彼らに勝てるグローバル企業はありませんからね。

セナンク修道院としては、このラベンダー関連商品の売り上げを伸ばす為に、否が応にも「セナンク修道院=ラベンダー」と言うイメージが欲しい訳なんですね。それがこのエントリの一番上に載せた写真であり、僕達日本人が南仏でイメージするラベンダー畑の向こう側にある教会のイメージな訳です(地中海ブログ:サン・カルリーノ・アッレ・クアットロ・フォンターネ教会(San Carlino alle Quattro Fontane)から学ぶ歴史の重み:現地へ行ってみて初めて分かる事は山程ある)。まあ、このようなイメージ創りは何処でも誰でもやってる事で、特に非難する事も無いんだけど、この写真を見た時、「あ、このイメージはフォトショップだな」と直ぐに思いました。それは、教会が正面を向いているのに対して、右側の建物の歪み方が明らかに可笑しいからです。ほら、拡大してみると、こんな感じで歪んでいるのが分かるかと思います。



まあ、それでも現場をこの目で見ない事には納得が出来ない性格なんで、早速現場検証をする事に。ココでもない、あそこでもないと散々迷った挙句、「ココだ!」と辿り着いたのがコチラ:



じゃーん。うん、正しくココだ。「で、問題の建物は?」っと探していたその時、衝撃の事実が!!何と、ココからの風景、写真と全く同じ様に、右側の建物が歪んでいるじゃないですか!!!



って事は、あのラベンダー畑の真ん前に構えている修道院の写真は合成じゃ無かったって事か!!!これはこれで凄い事だと思います。と言うか、かなり驚きました。この日は、「天空の城」で感動して、「風の谷」で又感動して、てっきり捏造だと思っていた写真が本物だった事に魂消て、なんか、一ヶ月分くらいの驚きを一気に消費してしまった様な一日でした。それにしても風の谷のセナンク修道院、噂に違わず素晴らしい修道院でした。
| 旅行記:建築 | 22:31 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
プロヴァンス旅行その6:ル・トロネ修道院の絶景スポット発見!
今回の旅行でル・トロネ修道院には結局3日間も来てしまったのですが、3日間も朝から晩までル・トロネの周辺を徘徊していると、今までは気にも留めなかった様々な事が目に入るようになってくるんですね。中庭の光の移り変わり然り、敷地の段差を利用した巧みな導線計画然りといった具合に。そんな中で僕的に大発見だったのがコチラです:



ル・トロネ修道院を山の上から見る絶景スポットの存在です。ル・トロネに来るのは今回で通算3回目なのですが、こんなスポットが存在する事は全く知りませんでした。たまたま、売店のポスターを見ていて、修道院を上から撮った写真があったので、何気無く売店のおばちゃんに聞いてみたら、この写真は山の上から撮ったモノだと言う事が判明。そこで、「そこには歩いて行けるのか?」と尋ねた所、「多分行けると思うけど、詳細は駐車場に隣接しているカフェのおばちゃんが知ってる」みたいな事を教えてくれたので、早速そちらに移動して聞いてみる事に。(この辺からなんか展開がドラクエっぽくなってきたなーと実感。「あー、この情報なら武器屋の店長が知ってるから、そこへ行って聞きな」みたいな(笑)。)



で、早速隣接駐車場カフェのおばちゃんを捕まえて真相を聞こうと思ったんだけど、どうやらこのおばちゃん、英語が全く通じない様子。スペイン語も駄目。唖然としていたら、アルバイトの男の子が助けに来てくれて、通訳をしてくれました(こちらのカフェには2人の年配の女性と若い男の子が居るのですが、この男の子は英語が通じます(20106月現在)。その子によると、このカフェの裏手には山へと続く「道なき道」があるそうなのですが、それに沿って20分程山を登れば、その辺から修道院が見渡せるのだとか。と言う訳で、早速山登りへレッツゴー!カフェの裏の道・・・コレですね。



ナルホド、これは確かに道なき道です。坂は急だし、道が草で覆われてる所とかあるし・・・まあ、そんな事はお構い無しにどんどんと上に登って行くと、15分くらい歩いた所でこんな表示が出てきます:



一応ハイキングコースになっているんですね。そんな様子はさっぱり無いのですが(笑)。で、その表示にしたがって登って行くと、その道なき道から次第にル・トロネの姿が見えてきます:



絶景かな、絶景かな。今までのエントリで散々強調してきた事の一つが、この修道院が建っている立地だったのですが、この写真を見てもらうと、この修道院がどれだけ深い森の中に建っているのかが一目瞭然かと思います。



もう、本当に凄いんですから!周りに何にも無いんですよ!!この光景は感動的ですらあります。

このスポット、絶対知られてないと思うんだけど、もしル・トロネに来られる様な事があったら、是非訪れて頂きたいスポットですね。今まで散々書いてきたように、修道院の内部空間は言うまでも無く素晴らしいんだけど、それがどんな場所に建っているのか?そしてそれには一体どんな意味があるのか?又、グローバリゼーションが進行する中において、このような風景が残っている事の素晴らしさと、それを残してしまえるフランスと言う国の懐の深さを考えさせられる良い機会になると思うからです。

重要:注意事項
タダ一つだけ注意点があって、僕が行った感じでは、坂が結構急なのと、道の状態が余り良く無いので体力に自身の無い人にはお奨め出来ません。あと、何度も強調するように、大自然の真っ只中なので、人の気配はさっぱり無くて熊が出そうな予感すらします。そういう意味で、正直ちょっと怖かったです。よって、一人で行くのが怖い人や、女性の一人登山などはお薦め出来ません。心身共に良く準備をして、数人で行くのがいいんじゃないかな?と思います。


ル・トロネ修道院情報のまとめ
地中海ブログ:プロヴァンス旅行その2:地球の食べ歩き方:フランス人って手先が器用なんだなーって思ったレストラン:ル・フォルマル(Le Formal)

地中海ブログ:プロヴァンス旅行その3:シトー会についてとル・トロネ修道院(Abbaye du Thoronet)の行き方

地中海ブログ:プロヴァンス旅行その4:ル・トロネ修道院(Abbaye du Thoronet)の窓に見る神業的デザイン

地中海ブログ:プロヴァンス旅行その5:ル・トロネ修道院(Abbaye du Thoronet)の回廊に見る光について
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