地中海ブログ

地中海都市バルセロナから日本人というフィルターを通したヨーロッパの社会文化をお送りします。
バルセロナ・オープンハウス2015:オープンハウスとオープンデータ:今年のテーマはジュジョールでした。
今週末(10月24日、25日)バルセロナでは市内に点在する200近くの建物が一般公開されるイベント、48H OPEN HOUSE BCN2015が行われていました。

←バルセロナで行われた過去のオープンハウスについてはコチラ(地中海ブログ:バルセロナ・オープンハウス2013:その地域に建つ建築(情報)をオープンにしていくということ、地中海ブログ:オープンハウス in バルセロナ(48 OPEN HOUSE BCN)その3:ホセ・ルイ・セルト(Josep Lluis Sert)のパリ万博スペイン共和国館、地中海ブログ:出版界の大手、グスタボ・ジリ(Editorial Gustavo Gili)社屋のオープンハウスその2:カタルーニャにおける近代建築の傑作などなど)。



6年前から始まったこのイベント、もう既にこの時期の風物詩になったと言っても過言ではなく、今年は5万人にも上る参加者が普段は入る事が出来ない個人住宅や、普段は一般入場が制限されている公共建築などを楽しんだということです。



オープンハウスと言えば、シカゴ郊外のオークパーク(フランク・ロイド・ライトのお膝元)で毎年7月に行われる催し(ライトの自邸やスタジオ、更には彼が設計した一般住宅などが無料公開されるイベント)や、毎年9月中旬の週末にロンドン市内全域を巻き込んだロンドン・オープンハウスなどが世界的に知られていると思うのですが、バルセロナのオープンハウスでは毎年テーマが決められ、特定の建築家にフォーカスしつつ数々のイベントが同時並行で開催されるという体制をとっているんですね。



そんな中、今年のオープンハウスのテーマはずばり、ガウディの影武者だった男、ジュジョール!で、出たー!バルセロナの伝家の宝刀、ジュゼップ・マリア・ジュジョール!!(地中海ブログ:オープンハウス in バルセロナ(48 OPEN HOUSE BCN):ジュゼップ・マリア・ジュジョール(Josep Maria Jujol)のプラネイス邸(Casa Planells))。



上述のプラネイス邸に加え、今年はカタランボールトの特徴をふんだんに使ったジュジョール学校(Escola Josep Maria Jujol)や、ジュジョールが改修に関わったとされるピ教会(Santa Maria del Pi)の鐘塔などが公開されるという、ジュジョール・マニアにとっては嬉しい限りのイベントに。



更に更に、ジュジョール作品が数多く残るSant Joan Despi町の全面的な協力で、この町に点在しながらも普段は入る事が出来なくなっている個人邸宅や、教会なども公開されていたんですね。



基本的にケチな僕は、「この機を逃す手はない!」ということで、ちゃっかり複数のツアーに参加(笑)。様々なジュジョール体験をしてきちゃいました。 ←っていうか、このツアーに参加しないと見る事が出来ない教会や個人住宅が多かったのです!



今回見る事が出来たジュジョール作品については、また今度機会を改めて書こうと思っているのですが、今年のオープンハウスで非常に面白かったのがこちらです:



じゃーん!分かる人にはシルエットだけで分かるかもしれませんが、ピカソ美術館の直ぐ裏に建っているSanta Maria del Mar教会の屋上テラスです。



普段は絶対に立ち入る事が出来ない教会の屋上に昇っちゃおうという好企画!この教会のシンボルとも言える大きな大きなステンドグラスが嵌っている部分を真近で見る事が出来るなど、この企画は本当に素晴らしかった!



1934年、コルビジェがセルトの招きでバルセロナを訪れた際、この教会のデザインに感銘を受けたという記録が残っているSanta Maria del Mar教会なのですが、中世には「海の教会」とも謳われたほどの名教会の屋上テラスから見る旧市街の風景は別格(地中海ブログ:パリ旅行その6:大小2つの螺旋状空間が展開する見事な住宅建築:サヴォワ邸(Villa Savoye, Le Corbusier)その1:全体の空間構成について)。



ヴォールトの詳細などが「これでもか!」と迫ってくる感じが教会マニアの僕には堪らない(笑)。そしてもう一つ:



ジュジョールが改修に関わったとされているピ教会(Santa Maria del Pi)の屋上テラスです。



Santa Maria del Mar教会に比べ、ピ教会の方が背が高く、またランブラス通りに面していることなどから、バルセロナ現代美術館を始め、旧市街地の細い路地や大聖堂、更にはサグラダファミリアなんかも見通せて、非常に面白い体験でした(地中海ブログ:まるで森林の中に居るかの様な建築:サグラダファミリアの内部空間)。



そしてこれら「上空からの体験」と対になるかのような企画、それが「地の底からの体験」なんですね。それがこちら:

 

じゃーん!バルセロナの観光名所の一つ、七色の水飛沫をあげて観光客を楽しませてくれるスペイン広場にある噴水なのですが、「この噴水がどうやって色を変えるのか、どうやって噴水の水を管理しているのか?」という、その裏側のシステムを「噴水の下から見せてくれる」という企画です。



噴水の直ぐ横にある小さなエントランスを入っていくと、旧式のコンピューターがぎっしりと並んでいるコントロールルームへと導かれます。なんか素晴らしくレトロフューチャーっぽいなー(地中海ブログ:リアル・ドラゴンボールっぽい、ブリュッセル万博(1958年)の置き土産、アトミウム(Atomium))。



そしてこちらが上の噴水の色を自由自在に変えているシステムの正体です。色の付いた巨大な箱が幾つも重なり、それらが回転することによって色を変幻自在に変えているんだそうです。



ガイドの説明によると、水の形と色の組み合わせは7000種類を超えるのだとか。へぇー、へぇー、へぇー!



その他にもセルト設計のミロ美術館に行ったり、その合間にバルセロナで一番美味しいと評判のイタリアン、その姉妹店(モンジュイックの丘)でマルガリータを頬張ったりと、今回も存分に楽しませてもらったオープンハウスなんだけど、それらの建築を訪れるにつけ幾つか思った事がありました。



と言うのもですね、最近僕は日本政府や日本の自治体が進めている「オープンデータ」という潮流に関わる機会があったりして、「公共セクターが持っている各種データをオープンにする」という流れに非常に敏感になっているからです(地中海ブログ:スマートシティとオープンデータ:データ活用によるまちづくりのイノベーション(横浜)シンポジウム大成功!)。



建築というのはその地域に住む人たちの共通の財産であり、後世に残していくべき共同の記憶である為に、それをより良い形でオープンにしていくことは、シビックプライドの形成を通して民主主義を推し進めていく上で非常に重要なプロセスだと思っています。その辺のことについては以前のエントリで書いた通りです(地中海ブログ:バルセロナ・オープンハウス2013:その地域に建つ建築(情報)をオープンにしていくということ)。

オープンデータの文脈におけるオープンハウス、そしてオープンアーキテクチャーの意義については上のリンクを参照してもらうとして、今日は「この様なイベントがどのように運営されているか?」という、マネジメントサイドの観点から少し書いてみようと思います。



当ブログの読者の皆さんにはもう既に馴染み深いことだとは思うのですが、バルセロナという都市は大型イベントを誘致することによって都市を大々的に発展させてきたという歴史があります(地中海ブログ:バルセロナのイベント発展型都市戦略とGSMA2010(Mobile World Congress 2010))。この手法は「(ある種の)バルセロナモデル」と呼ばれていたりして、欧米では最大限の成功事例として頻繁に取り上げられていることも、繰り返し書いてきた通りです(地中海ブログ:バルセロナ都市戦略:イベント発展型、地中海ブログ:バルセロナの新たなる都市戦略:ビルバオから学ぶバルセロナ都市圏再生の曙)。



その一方で、それらオリンピックが一体どうやって運営されていたのか、もっと具体的に言うと、「何故バルセロナオリンピックは成功したのか?」について語られることは今まであまりなかったのでは?と思うんですね(地中海ブログ:何故バルセロナオリンピックは成功したのか?:まとめ)。



それは何も、日本という文脈に即して見た時だけなのではなく、世界的に見てもそこまで突っ込んだ議論をしている論文、論客は非常に稀だと思います。



それでは現地(バルセロナ)ではどうなのか?、、、確かに何人か顔が浮かびますが、うーん、、、という状況かな、、、と。という訳で「何故バルセロナオリンピックは成功したのか?」という論題にフォーカスしたのは、当ブログ記事が初めてだったのでは、、、とか思う訳ですよ(笑)。

僕の見るところによると、バルセロナオリンピックが成功した理由、それはボランティアの力が大きかったのではと思っています。



そう、オリンピックのような大型イベントは、公的資金だけでやりくりするのは非常に難しく、それ以上に重要なのが現地でのサポートや、それらを支える市民意識だったりするんですね。市民にやる気があるのと無いのとでは大違い!そうすると、次の様な疑問が浮かんできます:

「何故バルセロナオリンピックでは市民が一体となってオリンピックを成功させようという気になったのか?」、、、と。



それはバルセロナの置かれた非常に複雑な歴史的な文脈を考慮する必要があって、1975年までフランコ政権にいじめられ続けてきたバルセロナがその呪縛から解放され、ヨーロッパに打って出ようという時に舞い込んできたイベント、それがオリンピックという晴れの舞台だったということが大きいかな。
←まあ、勝手に舞い込んできた訳ではなくて、それを無理やり引き寄せたんですが、、、(地中海ブログ:国際オリンピック委員会(IOC)前会長のフアン・アントニオ・サマランチ(Juan Antonio Samaranch)氏死去)。



と言う訳でバルセロナオリンピック時になぜ沢山のボランティアの手が借りられたのかという答えの一つは、「当時のバルセロナが一つの国として高揚しようとしている時期と重なっていた」ということが挙げられ、「日本の高度経済成長期と同じような空気が蔓延していたから」ということが出来るかと思います。



しかしですね、その一方で、「ここバルセロナには、なにかしらボランティア精神みたいなものが昔から根付いていたんじゃないのか、、、」と、最近そう思うようになってきました。



そう思うようになってきたキッカケの一つが、何を隠そう数年前から毎年参加しているこのオープンハウスというイベントだったりするんですね。



知り合いが主催者なのでバルセロナがオープンハウスを始めた当初から内部事情はよく知っているのですが、このイベントにはなんと2日間で1200人以上のボランティアが参加し、それらボランティアによってこのイベントは成り立っています。



そしてボランティアなので、勿論「無償」です。では、何故ボランティアはこのイベントに参加するのか?



これに答えることは非常に難しいと言わざるを得ないんだけど、何人かのボランティアにインタビューしてみたところ、皆一様に口を揃えて言う事は、「この街の建築が好きだから、この街が好きだから」ということでした。



シンプルかつ単純、、、だけど多分これがキーポイントだと思います。



オープンハウスに限らず、この様な大型イベントを成功させる鍵、それはその街に住む人たちの街への愛着、建築への愛着にあるのだと思います。



そしてそのようなシビックプライドは短期間で育つものではなく、非常に長い年月を掛けて育つものであり、その基礎になるのは生まれた時から変わることの無い風景、自分と共に育ってきた街角や記憶といったものと共に成長するということを、僕はスペイン北部に存在する小さな村から学びました(地中海ブログ:ガリシア地方で過ごすバカンス:田舎に滞在する事を通して学ぶ事、地中海ブログ:レセップス広場改修工事(Remodelacion de la Plaza Lesseps)に見るバルセロナモデル(Barcelona Model)の本質、地中海ブログ:パン屋さんのパン窯は何故残っているのか?という問題は、もしかしたらバルセロナの旧工場跡地再生計画を通した都市再活性化と通ずる所があるのかも、とか思ったりして)。



今回のオープンハウス、そしてそれに伴うマネジメント、さらにはそれを支えるボランティアの存在とその動機は、「2020年にオリンピックを控えている我々日本人にとっても大変示唆的だよなー」とか思いながら、今年も素晴らしい2日間が過ぎていきました。
| 建築 | 17:34 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
海外で建築を仕事にする2:都市・ランドスケープ編、発売!
僕が第3章(テクノロジーとモビリティをデザインする)を担当させて頂いた「海外で建築を仕事にする2:都市・ランドスケープ編」という書籍が、学芸出版社から先日発売されました!
←パチパチパチ〜。



このお話を頂いたのが昨年11月頃のこと。その後、文章を練るのは勿論のこと、掲載図版の許可を関係各所に取り付けに行ったり、待っても待っても全く来ない返信にヤキモキしたりと、結構四苦八苦した中での執筆だっただけに、Amazonなんかで出版されているのを見るに付け、すごく感慨深かったりします。

非常に粘り強く僕の文章を校正してくれた担当編集さんには心から感謝したいと思います。

どうもありがとうございました!
←以前のエントリでも書いたんだけど、書籍や学術論文って、僕一人の力だけでは到底出来上がらないものであって、みんなの助けがあったからこそ出版まで漕ぎ着けたんだと、心からそう思っています(地中海ブログ:ルーヴル美術館、来館者調査/分析:学術論文がファイナンシャルタイムズに紹介されました)。


記の写真は全て、約12年ぶりにバルセロナ市内で行われた「カー・フリー・デー」の写真です(10月17日)。「車の騒音が無いと、どれだけ快適か?」ということを市民に体感してもらおうという好企画)

この書籍はですね、海外で都市計画やランドスケープなどを仕事にしている人達(日本人)が16人集まって、それぞれの仕事のこと、その職にどうやって就いたのかという裏話、その国や地域の社会文化のことなどをそれぞれのスタイルで書き綴っているエッセイ集となっています。僕の章は、バルセロナでの仕事のこと、今まで携わってきたプロジェクトの話、更にはバルセロナ都市生態学庁(バルセロナ市役所)への就職秘話や、カタラン社会の中で生きていく喜びや苦しみなどについても書いていたりするんですね。


(普段は車両でいっぱいの都市の大動脈も、今日は子供達の遊び場に)

最初の草稿の段階では(当ブログの様な)軽いノリで、「ラテン社会に暮らす楽しみ」とかを思いっきり書き散らしていたんだけど、「ラテン社会のお話は大変面白いのですが、それは想定内なので、、、」と担当編集の方にバッサリ切られ(笑)、そのおかげもあって、当ブログとは一味違う真面目なスタイルで、しかし読み易く、また読み応えのある内容に仕上がったと自負しています。
←繰り返しますが、これは全て担当編集さんのお力添えのおかげです。

そんな学芸出版さんには、僕の紹介文としてこんなことを書いて頂きました:

「登場する16人の中で、 建築家の職能へのありふれたイメージから一番離れた仕事をしておられるのが、吉村有司さんかもしれません。エッセイの冒頭でも、"モビリティ"や"ネットワーク"、"データ分析"などをキーワードとする自分の仕事を、初対面の人に伝えることの難しさが綴られています。

…中略…

吉村さんのユニークな仕事ぶりを、プロジェクトのメモやスケッチも通して垣間見ることができ、建築家の仕事への印象が大きく変わります。」



(「都市の主役は我々人である」ということを思い出させてくれる風景)

さて、全編を通して読んでみた第一印象、それは「世の中、いろんな人がいるなー」ということに尽きると思います。ある人は大都会ニューヨークのど真ん中でパブリックスペースのデザインに関わっていたり、ある人はアフリカで測量していたり、正直言ってこんなに沢山の日本人が海外で都市計画やランドスケープに関わっているなんて想像もしていませんでした。

そして多分、ここがこの書籍の最も重要なポイントだと思います。

「海外で建築を仕事にする」=「世界で働いている建築家」と聞くと、誰しも「スター建築家の事務所で働いている」ということを想像すると思うんですね。で、そういう情報って結構内輪では共有されていて、例えば「シザ事務所には今日本人がxxxx人在籍していて、スティーブン・ホールの事務所にはxxxxさんがいらっしゃるけど、今月もう一人入ってくるらしい、、、」みたいに、世界の有名建築事務所で働いている「日本人建築家分布図」みたいなものは、比較的パッと頭に浮かぶと思います(地中海ブログ:アルヴァロ・シザ(Alvaro Siza)のインタビュー記事:シザ建築の特徴は一体何処からきたのか?)。


(このイベントことを知らずに、何処からか迷い込んでしまった車両が、いかにも申し訳なさそうにしている様子が笑える)

しかしですね、その一方で「海外で都市計画、ランドスケープに携わっている日本人建築家の分布図」というのはそう簡単には想像出来ません。というのも「都市計画やランドスケープといった仕事をどの事務所が扱っているのか」という所から考え始めなければならないので、定期的にメディアに載ったりする「建築作品」とそれを扱った「建築事務所」ほど、その所在が自明ではないということが言えると思うからです。

実際、今回の企画書とその執筆陣のリストを見るまで、世界のどんな事務所で誰が何をしているのかなんてことは、(少なくとも僕は)さっぱり知りませんでした。更に、それら執筆者の所属は十人十色で、かたや個人事務所に所属している人もいれば、かたやNPOで働いている人もいたり、はたまた僕のように市役所や州政府といった公的機関で働いている人もいたりと、本当にバラバラ!それらを眺めてみるだけでも、今回の書籍は手に取る価値があると、僕はそう思います。


(街路は一つのパブリックスペース(公共空間)です。そう考えると、都市にはまだまだ可能性が残っている気がする)

その様な違いの一方で、全ての執筆者に共通すること、それは扱っている物件のスケールが大規模だということだと思います。まあ都市計画やランドスケープなので当たり前と言えば当たり前なんだけど、東京ドーム8個分の人工湖を創っていたり(別所力さん)、よく分かんないけど、アフリカに測量しに行ったりと(長谷川真紀さん)、色んな意味でスケールが大きい、大きい(笑)。


(街路とパブリックスペースがゆるやかに繋がっている様子)

個人的には、ニューヨークで都市生態学を研究・実践されている原田芳樹さんのエッセイが一番面白かったかな。

「都市を生態学的に捉える」という視点は僕の根底にあるコンセプトでもあり(僕はバルセロナ都市生態学庁の出身!)、制御系インフラとして緑地をデザインすること、更には都市機能改善の為に緑地を都市内に戦略的に配置していくという、ある種の「都市戦略」の考え方はものすごく共感出来るものがあります(地中海ブログ:何故バルセロナオリンピックは成功したのか?:まとめ)。


(街路のど真ん中に機材を持ち込んで、勝手にコンサートをし始めた(笑))

また、別所力さんはご自身のエッセイの中で、「莫大な予算を注ぎ込んで作るオリンピック施設には批判もあるが」と前置きされつつ、「バルセロナの例のように、オリンピック後もパブリック・オープンスペースとして活気を見せる例はある」と書かれていたり、「スペインのガウディ」(保清人)という文字が見えたりと、我が街バルセロナに影響を受けた人達が多い事も、大変嬉しい発見でした。


(椅子を持ち込んで、くつろいでいる人達もいる)

編著者の福岡孝則さんは、「あとがき」でこんなことを述べられています:

「海外で学び、働くことは何か特別なプログラムが用意されているわけではない。大切なのは、自分が立つ場所とそこに流れる時間、出会った人間を最大限に生かして、自分を掘り下げることだ…‥」

そう、海外で生活をする、仕事をするということは、その地に住む人達との出会いや触れ合いを通して、自分にしか創り上げることが出来ないプログラムをゼロから組み上げ、その価値を信じてひたすら歩み続けることだと思います。

それは世の中の絶対多数の人達が決めた価値に「単に乗っかる」ことではなく、自分だけが見出すことが出来た価値をひたすら信じていくという、大変困難な道でもあるんですね(地中海ブログ:ヨーロッパの公立大学の授業料について、その2:スペインの教育システムの裏にある考え方)。‥‥どんなに叩かれようが、どんなに無視されようが、自分の信じた価値をひたすら追求していく不屈の精神…‥それは、ある種の「狂気」と言えるのかもしれません。しかし建築の深み、建築の可能性とは、そんな狂気にも似た絶えまぬ歩みの中からこそ発見されるのではないでしょうか?

この書籍に収録されている16本のエッセイは、それら一人一人の執筆者が自らの人生を掛けて紡ぎ上げた物語であり、各々が信じたものへの絶えまぬ情熱であり、その歩みの先にある「未開拓のフィールドへの可能性」だったりします。

そう、この書籍全体を通して伝わってくるもの、それは「我々建築家に残されたフィールドはまだまだ広い」という確信に満ちたメッセージなのです。

「世界はチャンスで満たされている」(田根剛)

この書籍を通して、そんなチャンスを感じてもらえれば、共著者としてこれ以上嬉しいことはありません。

この本が、一人でも多くの人の心に響くことを切に願っています。
| 大学・研究 | 05:42 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
(速報)カタルーニャ州議会選挙2015:独立派の勝利
たった今、カタルーニャ州議会選挙(2015)の結果が出ました。
開票率84%の時点で、カタルーニャ独立を打ち出しているJunt pel Si(現政権のCDCと極左のCUP)の合計獲得議席数72で独立派が勝利宣言をしました!



カタルーニャにとって歴史的瞬間だと思います。ちなみに今回の投票率は77%!
カタルーニャの独立が掛かっていた今回の選挙への、カタルーニャ人達の非常に高い関心を反映していると思います。

この結果を受けて、勝利政党であるJunt per Siは数ヶ月以内の「独立を宣言」を目指し、具体的に動き出すものと見られています。
←前回のエントリで書いた様に、バルサはスペインリーグから去る可能性が非常に高くなってきました(地中海ブログ:カタルーニャが独立を宣言したらバルサはスペインリーグでプレー出来なくなるらしい)。



ただ、そこに辿り着く為には数々の壁が立ちはだかっている事もまた確か。

第一に、現政権のCDC(右寄りカタルーニャ主義政党)は単独では過半数に到達しない為に(単独では獲得議席数は62、絶対過半数は68)、同じく独立を目指しているCUPとの連立を組む事が必須となるんだけど、CUPはCDCの政策とはソリが合わないので、「現カタルーニャ州政府大統領であるArtur Mas氏が大統領に就任するのなら連立は組まない」とはっきりと宣言しています。そうなると残された道は、ERC(左寄りのカタルーニャ主義政党)が大統領候補を擁立する事になるんだけど、それをCDCがあっさりと受け入れるかは不明、、、かな。

しかしですね、もっと重要な問題は、確かに獲得議席数では独立派が過半数を取ってるんだけど、獲得票で見ると、「独立へ賛成」は過半数を割っているという事実なんですね。

獲得票では「独立への賛成票」は47%に留まっています。逆に言うと、「独立への反対」が53%を数える事になっているということなのです。

獲得票が獲得議席数に正しく反映されない点は、これまで度々指摘されてきていて、それを知っているからこそ、CDCは「(獲得票数ではなく)獲得議席数が過半数を超えたら、独立を宣言する」と公約していました。 勿論ここには、「投票者の過半数以上の人たちが独立へ反対しているのに、それを無視して独立を宣言していいのか?」という大きな問題が横たわっています。

その辺をどのように解決していくのか、それが今後の政策の鍵である事は間違いありません。



今回の選挙結果の詳しい解説や分析などは、すべてのデータが出揃う明日以降に回したいと思います。

追記
こんな時大変面白いのが、各種新聞が今回の件をどうやって報道しているかを見て見る事です。



スペイン社会労働党がバックについているEl Pais紙は、「独立派は獲得票数ではなく、獲得議席数で選挙に勝った」と報じています。



一方、右寄りのカタルーニャ主義政党がバックについているLa Vangurdia紙は、「独立派の完全なる勝利!」。カタルーニャの独立については今まで色々と書いてきたけど、カタルーニャを中心とするスペインの政治状況などについてもっとよく知りたい人達はこちら:


地中海ブログ:(速報)カタルーニャ州議会選挙2012:カタルーニャ分離独立への国民投票は実施されず!

地中海ブログ:カタルーニャ州議会選挙その2:スペイン、そしてヨーロッパ左派の終わりの始まり‥‥かもしれない。

地中海ブログ:速報:バスク地方の独立を目指す民族組織ETAがテロ活動を永久に停止すると発表

地中海ブログ:スペイン統一地方選挙2015

地中海ブログ:スペイン統一地方選挙2011:バルセロナに革命起こる
| バルセロナ歴史 | 05:39 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
カタルーニャが独立を宣言したらバルサはスペインリーグでプレー出来なくなるらしい。
なんか毎年のことなのですが、この時期は日本からのお客さんが非常に多くて、今週はパエリアを7回も食べました(苦笑)。



手長エビちゃんのピースにはちょっと笑ったけど、一週間に7回はちょっとキツイ。
←バルセロナが誇るパエリアの名店、Can Majoの特性パエリアでーす。

さて、最近巷を賑わしている話題と言えば、今月27日に行われるカタルーニャ州議会選挙のことで、僕自身も、地元の政治家や研究者、市民団体なんかに呼ばれては、「外国人として長くカタルーニャに住んでいる君の意見を聞かせてもらおう」とか言われてミーティングに駆り出されることが非常に多くなってきています。



さて、では何故こんなにも選挙の話ばかりするのか?

実は、今回の選挙では独立派(現政権)が絶対多数を獲得すると見られていて、現カタルーニャ州政府大統領が、「選挙に勝ったら即座に独立を宣言します!」と公約しているからなんですね。いままでは「独立、独立」と騒いではいても、その前に何かしらの壁が立ちはだかり具体的な話にまではいかなかったんだけど、今回はそこが違う。



まあ、とは言っても、マドリードが憲法を盾に「独立は違憲だ」と言ってたり、欧州委員会が「カタルーニャが独立するならEUからは出ていってもらう」と宣告したり、はたまたスペインの銀行がこぞって、「独立するならカタルーニャにある(銀行の)オフィスを他の都市へ移す準備をする」と異例の声明を発表したりと、反対派もかなり具体的な動きを見せる様になってきつつあります。


カタルーニャ銀行のクレジットカード。カタルーニャの国旗を上手く取り入れた魅力的なデザインに仕上がっていると思う。

そんな中、僕の立場はというと、、、「独立したければすれば良いんじゃない」っていう感じかなー。

数年前までは、「ど、独立!!何考えてるんだ!主要産業ないのに、どうやって生きていくの?」とか、「ど、独立!確かにスペインのGDPの20%以上をたたき出してるけど、それ以上の借金があること、忘れてるの?」とか色々な事を思ってたんだけど、それももう止めました(地中海ブログ:(速報)カタルーニャ州議会選挙2012:カタルーニャ分離独立への国民投票は実施されず!、地中海ブログ:もう一つの9月11日:カタルーニャの場合:グローバルの中に息づくローカリティ、地中海ブログ:何故バルセロナオリンピックは成功したのか?:まとめ)。

独立とかそういうことは、「この地に生まれ、この地で育った人たちが決めることであって、彼らの総意なら、それはそれでいいんじゃないか、、、」と、今では心からそう思っています。



だから地下鉄でこんなパンフレット(独立擁護派が作った広告)を見つけても、「あはは、、、微笑ましいなー」とか、結構余裕で笑ってたりするんですね:

「カタルーニャ独立に関する7つの回答」

1.なぜ独立するのでしょうか? →独立はより良い国家を作る唯一の手段であり、みんなにとって平等な社会が待っているから。

2.独立してもEUに残れるのでしょうか? →はい、残れます。

3.独立後も年金は受給できるのでしょうか? →はい、出来ます。

4.独立後の経済はどうなるのでしょうか? →すごく良くなります。

5.独立後も「スペイン人」であることは可能なのでしょうか? →はい、可能です。

6.独立後、政治家(と政治)の質は良くなるのでしょうか? →はい、とっても良くなります。

7.何故我々(カタルーニャ)には国家が必要なのでしょうか? →カタルーニャ国は社会的に平等であり、経済的にもっと豊かになり、より良い民主主義が待っているからです。

個人的にはNo.5が最高(笑)。

「独立後もスペイン人であることは出来るのでしょうか?
Podre seguir essent espanyol?)」
→→→ 「勿論です!スペイン人であることは、カタルーニャの独立を支持する事と両立します。独立後もスペイン国籍を保持する事は可能ですし、カタルーニャ国籍を保持する事は勿論、両方を保持する事すらも可能です。」
Es clar que si... Ser i sentir-se espanoyl es compatible amb voler la sobirania politica de Catalunya... Es podra mantenir la nacionalitat espanyola, la catalana o ambdues.

しかしですね、こんな余裕で構えていたぼくの前に、大変重大なニュースが飛び込んできました!それがこちら:


「カタルーニャが独立を宣言したら、バルサはスペインリーグから出て行ってもらう
(El Pais紙)」


えーーーーーーー!!!!!
そうなのー!!!!!!!!!!
これはさっぱり予想してなかったぞー!!!!

新聞記事(El Pais, 19/09/2015)をよく読むと、どうやらスペインには「スペインリーグで戦う為には、クラブはスペイン国内の連盟に登録する必要がある」という法律(スポーツ法)があるらしく、スペインフットボール連盟(RFEF)は、スペインの各州の連盟に所属していないクラブの登録を受け付けていないらしいんですね。これはどういう事かというと、カタルーニャが独立した場合、自動的にFCバルサは「外国のクラブ」ということになるので、スペインリーグには所属出来ない、、、という事態に陥ることを意味するのです。しかも注意しなくてはならないのは、「独立が認められた時」ではなく、「独立を宣言した時」だという点です。つまり、独立派が選挙に勝って、その瞬間に「独立を宣言します」と言った瞬間からバルサはスペインリーグでは戦えなくなるということなのです。

←勿論例外はあります。例えばアンドラのチームはスペインの地域リーグに属していますが、それは「交渉の結果認められた」ということであって「自動的にそうなった」ということではありません。つまりカタルーニャが独立した場合も交渉の余地が残されている事は確かなんだけど、今回の独立はスペイン国、もっと言っちゃうとEUとの喧嘩別れなので、「サッカーだけは別」みたいな都合の良い交渉が成立するかどうかは、かなり微妙、、、



これは勿論、「バルサ」という大変強力な武器を使った「独立反対派の脅迫」なんだけど(地中海ブログ:FC Barcelona(バルサ)のマーケティングがスゴイ:バルサ・ミュージアムに見る正に「ゴールは偶然の産物ではない」)、そんなことよりも、バルサの試合といえば、ぼくが毎日仕事から帰ってきて、ちょっとづつ切っては食べている生ハムと同じくらい重要な、人生を楽しむ為の一部なのに、それが無くなったら、どうするんだー!!
←悲しいなんてレベルじゃないです。



経済危機に端を発する独立への盛り上がりは、今のシルバー世代にとっては、「市民戦争前の第二共和制を思い出す」だとか、フランコを始めとするマドリードに虐げられてきたカタルーニャがやっと解放され、「我々自身の言語、我々自身の社会文化をやっと謳歌出来る」みたいな感じで感情論に突っ走り、それがその地域の運命すらも変えてしまうという大変危険極まりないものであることに間違いはありません(地中海ブログ:カタルーニャの夢、地中海の首都:地中海同盟セレモニーに見る言語選択という政治的問題)。



そんな時、少し引いて冷静かつ論理的に事態を見据え、皆を導くリーダーが現れてもいいと思うんだけど、いかんせん、そんな資質のある人は現在のカタルーニャにはおらず。。。(地中海ブログ:国際オリンピック委員会(IOC)前会長のフアン・アントニオ・サマランチ(Juan Antonio Samaranch)氏死去)。



このまま何も考えずに独立に走り、カタルーニャに居を構える国際機関が一斉にバレンシアに流れ、銀行や大企業のオフィスも他都市へと移り、残ったのは借金だけ、、、という状況になることは目に見えていると思うんだけど、上述したように、それはこの地に生まれ育った人達が決めることなので、僕はそこにあまり口を出そうとは思っていません。

、、、が、しかしですね、独立を宣言することによってバルサがスペインリーグから追い出されるというのなら話は別です!

これは一大事です!
ど、どうしよう。。。。(苦笑)。

追記:
スペイン中央銀行が「(今週末行われると見られている)カタルーニャ州の独立宣言は、預金封鎖の引き金となる可能性がある」と指摘(21/09/2015, El Pais)。

Financial Timesが「独立への投票率が50%を越えたらなら、その事実をEUは無視出来ないだろうし、マドリードは憲法改革を通してカタルーニャの自治権を拡大すべきである」と指摘(La Vangurdia, 21/09/2015)。

26/09/2016: バルサの命運が決まるまであと1日!いままで色んな人達にインタビューしたけど、皆一様に「バルサよりも独立の方が重要だ」と言っていた事が印象的だった。
| バルセロナ歴史 | 06:21 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
スマートシティとオープンデータ:データ活用によるまちづくりのイノベーション(横浜)シンポジウム大成功!
怒涛ともいえる3日間の日本滞在を経て、やっとの思いでバルセロナに到着しました。



今回の弾丸帰国、トランジット待ち(2時間の予定)のミュンヘン空港のカフェでコーヒーを飲みながら、「あー、そろそろ搭乗時間かなー?」とか思ってもう一度チケットをよく見たら、待ち時間が「2時間」じゃなくて「12時間」だった(苦笑)。
←「1」を一つ見落としてたー!ギャー!!
もう、愕然とするしかなかったんだけど、ミュンヘンは今まで一度も来たことがなかったし、「良い機会かな?」と気持ちを切り替えて、前々から行きたかったコープ・ヒンメルブラウ設計のBMW博物館へGO!



ぼく、車とかバイクとかサッパリ興味がないんだけど、この博物館ではBMW車に試乗出来たり、バイクに跨ることが出来たりと、色々と体験することが出来て結構楽しい。



そしてそして、ミュンヘンと言えば、我々建築家にとって思い出されるのはやはりフライ・オットーのミュンヘンオリンピック競技場かな?、、、と思います(これについては次回のエントリで詳しく書こうと思っています)。

と、そんなこんなで東京到着前から既に波乱だらけの幕開けとなった今回の弾丸帰国、その目的は前回のエントリで書いた通り、8月8日に横浜で行われた「スマートシティとオープンデータ」に関するシンポジウムに参加する為だったんですね(地中海ブログ:スマートシティとオープンデータ:データ活用によるまちづくりのイノベーション(横浜))。



いままで登壇者としてプレゼンすることは(色んな国と地域で)それこそ数え切れないほど経験させてもらったんだけど、その様なシンポジウムを企画する側に回ったのは実は今回が人生初!もうホント、分からないことだらけで、手探りの状態の中で進めてきたということもあり、当日は結構ドタバタだった気がします。



また、どれくらいの参加者の方々に来てもらえるかなどがサッパリ予測出来なかったことなどもあって、少々不安でもあったんだけど、当日は本当に沢山の人たちに来てもらうことが出来て、結果から言うと、「大」の上にもう一つ「大」が付く程の「大大大成功」と言っても過言では無かったと思います。



「(有料の)オープンデータ系のイベントでこれだけの人達が集まるのはちょっと異例」という言葉を色んな人達から言って頂けるほどの活況でした。



今回のシンポジウムを企画するにあたり、スポンサーの方々や登壇者の方々は勿論、分からない部分について様々なアドバイスを下さった方々や、お忙しい中、当日会場に駆け付けて下さった方々に心から感謝します。



どうもありがとうございました!!!!

で、この大成功を受け、「このシンポジウムを連続シンポジウムにしよう」という提案が出ています。今回と同じく、横浜市役所、バルセロナ市役所、そしてMITのバックアップのもと、第2回目は「オープンデータと医療」、第3回目は「オープンデータと観光」と題して行おうと画策している所です。

特に第3回目の「オープンデータと観光」については、2020年の東京オリンピック問題を絡め、「バルセロナオリンピックの成功と失敗から学ぶこと」みたいな感じで企画出来たらと思っているんですね。



当ブログの読者の皆さんには既に馴染み深いテーマだとは思うのですが、バルセロナは1992年のバルセロナオリンピックを契機に都市のインフラを大規模改善することに成功し、この都市開発手法は後に「大規模イベントを活用した都市開発モデル=バルセロナモデル」として世界中の都市に注目され続けてきました(地中海ブログ:何故バルセロナオリンピックは成功したのか?:まとめ)。



それらの議論では、「なぜバルセロナはこれほどまでに発展することが出来たのか?」、「いったい何が成功の要因だったのか?」など、主に「成功面から捉えたもの」が殆どだったと思うのですが、その一方で「バルセロナの失敗」についてはあまり語られることがなかったと思います。



僕の眼から見ると、バルセロナは数々の失敗を幾つも繰り返しているし、特に近年は、「成功し過ぎた観光」による都市への弊害、「増えすぎた観光客による市民生活への影響」が現地で大問題となってきつつあります(地中海ブログ:バルセロナの中心市街地で新たな現象が起こりつつある予感がするその3:街頭売春が引き起こした公共空間の劣化)。これは、「観光こそ21世紀を担う産業だ!」と手離しで観光客を誘致することだけを考えている日本の現在の状況に、それと並行して「観光マネジメントを考慮することの重要性」を示唆する事例でもあったりすると思うんですね。



更に、バルセロナオリンピック時において建設された施設群が「今現在、どのように使われているのか、どう運営されているのか?」といったポストオリンピックにも焦点を当てることによって、東京で計画されている選手村を含むオリンピック施設群の問題にも何かしらの光が当てられたらとも思っています。



‥‥と、こんな感じで今回初めて企画した「スマートシティとオープンデータ」シンポジウムから学んだ教訓を活かし、これから4ヶ月ほどを掛けてこれらの企画を実現していきたいと思っています。

上記のようなテーマで、「こんな話が聞きたい!」、「こんなテーマを取り上げてくれ!」というようなご意見、ご要望があったら、是非メール頂ければと思っています。



取り敢えず、今日はシンポジウムの成功を祝って、一人で勝手に乾杯しよう。
←いつもながらにコーヒーとクロワッサンで。
←ぼく、ビール飲めないので(笑)。

追記(今回の東京滞在で思ったこと)
シンポジウムの翌日(日本滞在最終日)は仕事関係のミーティングがギッシリ入ってたんだけど、その間の短い時間を使って森アーツセンターギャラリーで開催中の「機動戦士ガンダム展:THE ART OF GUNDAM」へ行ってきました。



日本ミュージアム・マネジメント学会の基調講演の為に帰国した6月の時には、同じ場所で「ナルト展」がやってたんだけど、森アーツセンターギャラリーって、こういう路線に変更したのでしょうか? ←個人的にはかなり嬉しい。

今回の展覧会ではガンダムの頭部が原寸大で作ってあったり、見たことない原画が展示してあったりと、ガンダム好きには堪らない展覧会となっています。

ここを駆け足で見て回り、バルセロナへの帰国便に乗る為に羽田空港へ。実は羽田空港を使うのは人生初! ←いつも日本へ帰る時は中部国際空港(セントレア)なので。で、今回、初めて羽田空港を使ってみたのですが、正直言って、これが日本の首都、東京の玄関口だとは思えないほど貧弱な空港で「ある意味」驚きました。

上述したように、羽田空港を使うのは今回が初めてだったので、この空港のことをよく知らないし、東京にはもう一つ成田空港があるということも分かっています。また、僕が使ったのは国際線の方で、「羽田は国内線と分かれているらしい」ということも分かった上でのことなのですが、取り敢えず「初めて使ってみた感想」を率直に書いてみます。

まず、ニューヨーク、ロンドン、パリなどと肩を並べるグローバルシティ、東京の空の玄関口としては貫禄がなさすぎ。レストラン街も、お寿司とかラーメンとか揃えてるのは分かるけど、ちょっと品揃えが少なすぎな感が否めません(レストランのラインナップだけなら、セントレアの方が良いと思うほどです)。



外国人観光客向けに橋とか非常にがんばって作ってるけど、正直言って、「うーん」って感じかな。チャックインして中に入っても、欧州のハブ空港フランクフルトなんかとは比べようもない。そして決定的なのは、空港から都内へのアクセッシビリティ。電車で40分って、これは遠すぎる。フランクフルトの12分(電車)は例外としても、バルセロナですらバスで20分の距離圏内ですからね。


(フランクフルト市内の街並み)
その一方、都内の公共交通機関の充実度は世界トップレベルであることは間違いありません。つまり空港は都心から無茶苦茶遠いけど、都内に入ってしまいさえすれば移動は最高にスムーズだということです。また、近年批判され続けてきた無料wifiの面も、地下鉄会社(?)が無料提供し始めたので、大変改善されていると思います。


(仁川空港)

もう一度言いますが、今回初めて羽田空港を使ったので、この空港については知らないことが多いし、もしかしたらものすごく間違ったことを言っているだけなのかもしれません。

今後、羽田空港、成田空港を使うことが多々出てくると思われるので、この空港問題に関しては観光客目線で、もうちょっと観察を続けてみようと思います。
| 仕事 | 02:01 | comments(1) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
磯崎新さん設計によるア・コルーニャ人間科学館(DOMUS)
暑い、非常に暑い!前回のエントリで書いた様に(スマートシティとオープンデータ:データ活用によるまちづくりのイノベーション(横浜))、現在ヨーロッパにはアフリカからの熱波が押し寄せて来ていて、スペイン内陸部では連日40度を越す猛暑が続いています(ニュースでは38度とか言ってるけど、あれは日陰で測った温度です)。



街路に掲げられている温度計(43度!)も暑すぎて壊れてるっぽい(苦笑)。「ヨーロッパは乾燥してるから、暑くてもジメジメしてないんだよねー」という、間違ったイメージを持ってバルセロナに来る観光客のかたが非常に多いのですが、バルセロナは海に面していることもあり、意外と「ジメッ」としています。以前京都から来た友人が「バルセロナって京都よりも湿度高いかも」と汗ダラダラになりながら苦笑いしていたのを思い出しますねー。



そんな酷暑の中、所用の為にア・コルーニャに行ってきました。スペイン北西部に位置するア・コルーニャ市は、真夏といえどもそれほど気温が上がらず、最高でも25度から27-8度程度と、非常に過ごし易い気候で知られているんですね。



また市内には、ユネスコ世界遺産に登録されているヘラクレスの塔(ローマ時代に作られた灯台)があることなどから、世界遺産大好きな日本人観光客のみなさんにも比較的馴染み深い都市となっているのでは?と思われます。



その一方、我々建築家にとって「ア・コルーニャ」といえば、やはりコチラかな:



そう、泣く子も黙る日本が生んだスーパースター、磯崎新さん(建築家)が設計されたア・コルーニャ人間科学館(ドムス:Domus)です。完成は1995年なので、ちょうど磯崎さんがパラウ・サン・ジョルディ(バルセロナオリンピックのメイン会場)を完成されて、「これからヨーロッパでガンガン建築を創っていくぞー」と息を巻いていた頃だと思われますね。



この建築が建っているのは、「大西洋のテラス」と形容出来そうな最高のロケーション!イメージとしては、僕が小学生くらいの時にテレビで放送していた「メイプルタウン物語」に出てきそうな街、、、というところでしょうか(笑)。
←ちなみにあのアニメ、第二弾が「パームタウン編」とかいって、「メイプルタウンとさっぱり関係ないじゃん!」と、子供心に思っていました(笑)。更に更に、なんでパームタウンに行く事になったかというと、主人公(うさぎ)の従兄弟がその街に住んでるからっていう設定だったんだけど、その従兄弟、犬なんですよね(笑)。しかも猫のギャングに虐められる‥‥っていう不思議な設定(笑)。

↑↑↑はい、どうでもいい豆知識終わりww

さて、海岸線沿いに降りてみると、カーブを描くビーチの何処からでもこの建築が目に入ってくることから、「この建築は、この街のシンボルになるように期待された」と、そう読み取る事が出来ます。



‥‥僕がこの街を初めて訪れたのは今から14年も前のこと、丁度オポルトに住み始め、シザの建築を見て回っていた頃だったと思います。「青春18切符ヨーロッッパ版」みたいなのを買って、ポルトガルやスペインを始め、フランス、ドイツ、オランダ、ベルギー、イタリアなどの建築や街を見て回っていた時に、乗り換えの都合でたまたま立ち寄ったのが、このア・コルーニャという都市でした。



ただ当時は(乗り換えの為に)あまり時間が無く、街を一回りするだけで精一杯。磯崎さんのドムスも海岸側からチラッと見て、写真を1−2枚撮るだけに留まっていました。

しかしですね、今回の滞在で改めてこの建築をジックリと観察してみてビックリ!そのデザインの質の高さに驚いてしまったという訳なのです!!

そんな素晴らしい建築、先ずは、海岸側から眺めてみます:



全身に風を受けて立つ帆のイメージでしょうか、、、。目の前に広がる海岸の緩いカーブに沿って建てられた、非常に素直な形態です。そして大変特徴的な緑色のファサード、これはこの辺りで取れるスレートだそうです。



海岸線を背にしつつ、大階段の右手奥にそっと設えられた階段を登ってみます:



この小階段は大階段に対して直角方向に付いていることから、先ずは「ファサードに向かって」ではなく、「ファサードと平行方向に」歩かされます。
←ここ、重要!
左手側には海岸線、そこから更に右手方向に半転(90度)させられ、ここで再びファサードとご対面〜:



そして大階段を登り切ったポイントから振り返るとこの風景:



うーん、絶景かな、絶景かな。ここでちょっと上の方を見上げてみます:



これがファサードを構成する緑色のスレートのディテール。石を長方形にカットしておいて、それを一枚一枚丁寧に貼り付けているのが見て取れます。スペインとは思えない非常に丁寧な仕事、そしてそれを実現する技術力、、、といったら言い過ぎでしょうか?(苦笑)



そんなことを思いつつ、更に階段を登っていくとエントランスホールに導かれます。



海岸線から大階段、そしてエントランスへと、「これがこの建築の基本的なアプローチ空間の構成かなー」とか思ってたら、ここで大どんでん返し!!!



エントランスホールを左手に見ながらそのまま真っ直ぐ進むと裏通りに出るのですが、この建築の裏側、そこのデザインが凄かったのです!



表側の「緩いカーブ」とは対照的な「ジグザグ」を基本としたファサード、ちょうど屏風の様な形になっているんですね。ちょっと左方向に歩いて行ってみます:



うーん、ジグザグです(笑)。次は右手方向に歩いて行ってみます:



やっぱりジグザグ(笑)。しかもなんだか、「ジグ」と「ザグ」を繋いでいる直線部分が間延びしてたりして、ちょっとカッコ悪い、、、。



一番端っこまで行くと、そこから表側に回れるようになっていて、そちら側にはレストランが設えられていました。



この視点から見る空の切り方は秀逸。更に更に、端の切り方はもっと秀逸:



真横にビヨーンと伸びた形態って、その端の切り方でその建築の質が変わってくると思うんだけど、この納め方は非常に美しいですね。そしてここからもう一度裏側へ戻ろうとした時、事件は起こりました!それがこちらです:



な、なんと、先ほど見た伸び伸びでカッコ悪すぎた一つ一つのジグザグ、それらが重なり合うことによって「襞」を創り出し、この上ない風景を出現させていたのです!



す、素晴らしいの一言!

この様なデザインは、(1)我々人間の眼が地上から150cmくらいのところに付いている、(2)人間とはその様な眼を持って空間内を歩き回る存在である、ということが十分に解ってないと出来るデザインではないと思います。



「な、何をそんな当たり前のことを、、、」と思われるかも知れませんが、これが意外と難しいんだなー。そしてこの様な襞を創り出しているということは、この建築の一番の見所、そのパースペクティブを常に意識してデザインしているということでもあるんですね。

この様な手法を用いて創られた非常に優れた建築としては、ラペーニャ&エリアス・トーレスがデザインしたトレドのエスカレーターがあるかと思われます(マドリッド旅行その4:ラペーニャ&エリアス・トーレス(Jose Antonio Martinez Lapena and Elias Torres)の建築その1)。



色んな方向を向いたエスカレーターが折り重なることによって襞を創り出し、更に適切な天井操作と相まって素晴らしくカッコイイ風景を創り出しています。が、しかし、それを反対側から見るとこんな感じに見えちゃいます:



ほらね、間延びしててカッコ悪いでしょ(笑)。しかしですね、こんな間延びすらデザインにしてしまったのが、何を隠そう我らがアルヴァロ・シザだったりするんですね:



シザのこの住宅、真正面から見ると襞が重なり合って非常にカッコイイ風景を創り出しているのですが、それを真横から見るとこんな感じ:



上の2作品と同様に確かに間延びしてるんだけど、このシザの建築の場合は、この間延びが、あたかもポルトガルの「ゆったりと流れる時間」のような社会文化を表象しているかのようですらあるのです!正にシザ・マジック!

‥‥僕は思うのですが、はやり建築というのは、「その地域に住んでいる人達が心の中で思い描いていながらも、なかなか形に出来なかったもの、それを一撃のもとに表す行為である(槇文彦)」‥‥と。そしてそういう能力を兼ね備えた人のこと、無意識の内にもデザインからその様な片鱗が見えてしまうものを創り出してしまう人のことをこそ、我々は建築家と呼ぶのだと‥‥。

あー、また脱線してしまった、、、。

さて、今回の磯崎さんの建築デザインなのですが、この様な「ジグザグ形態による襞」というかけがえのないアイデアを中心とした、「裏側のデザイン」を知った上で、「表側のデザイン」を見ると、また違った意味合いが出てくるから不思議です。



大西洋の風を全身で受け止めながら市内の一等地に建っているこの建築のファサードは様々なメディアに取り上げられ、「ア・コルーニャの顔」ともいうべきシンボルとなってはいるのですが、上述の形態操作などを見るにつけ、今まで「表」だと思っていたこちら側が、実は「裏側」なんじゃないか、、、という気すらしてくるんですね。

エントランスの扱い方を見るに付け、この思いはより一層強くなっていきます。

先ほどの襞が一番カッコよく見えるポイントから少し坂を登っていくとこの建築のエントランスにぶつかるのですが、進行方向に向かって門が少し「ハスに構えている」のが見て取れます:



そして言われるがままに歩いて行ってみます:



向こう側にはパッと開ける視界が少しだけ右側に曲がりながら開けているのを見ることが出来るんですね。



つまりこうすることによって、螺旋状の動きを作り出し、その流れに沿って自然にエントランスに導かれる‥‥という流れを作り出しているのです!入り口を入ったところがコチラ:



2層分吹き抜けの大変気持ちの良いエントランス空間の登場〜。ちなみに内部空間はこんな感じ:



‥‥どちらが表でどちらが裏なのか分からない、、、はたまた表はやはり表であって、でも裏側から見たときはそれが表になって、、、と考えれば考えるほど、なんか磯崎さんの術中にはまり、ひいては彼の掌の上でチョロチョロと遊ばされているだけだった、、、ということになるという、、、なんか、そんな色んなことを考えさせられる建築であることは間違いありません。



素晴らしい建築体験でした!

追記:
ア・コルーニャを訪れる楽しみの一つは大西洋が育む豊富な海産物です。そんな中でもガリシア風タコ煮は絶品!市内でも1、2を争うと言われるレストランがスペイン広場にあるんだけど、その名もA Pulpeira de Melide(メリデ村から来たタコ煮職人の家(笑))!



ここのタコ煮は絶品です。柔らかすぎす、かと言って固すぎず、厚さも適切にカットされている極上の逸品に仕上っています。



マテ貝も頼んでみたのですが、コチラも素晴らしい逸品でした!こんなに身がプリプリのマテ貝は珍しい。

食後のデザートはコチラで:



ア・コルーニャを本店とするチューロスの名店、Bonilla a la vista! 程よい甘さのホットチョコレートを揚げたてのチューロスにつけて食べると、もう最高〜。



建築探訪と共に、食事も最高のア・コルーニャ訪問でした。
| 旅行記:建築 | 12:53 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
スマートシティとオープンデータ:データ活用によるまちづくりのイノベーション(横浜)
暑い、、、とにかく暑い!先週、今週とヨーロッパ全土にアフリカからの熱波が押し寄せてるらしく、バルセロナ市内では連日猛暑が続いています。



なんか、サグラダファミリアも燃えてるっぽい、、、(笑)。

さて、夏本番に向け暑さが益々強くなってくる今日この頃ではあるのですが、8月8日の土曜日、「スマートシティとオープンデータ:データ活用によるまちづくり」と題したシンポジウムを横浜(横浜情文センター)にて開催します。
←上のリンクが参加登録ウェブとなっています。

「え、え、‥‥オープンデータってなに?、、、美味しいの???」とか思った、そこのあなた!!正しい反応です(笑)。



専門家ならまだしも、日本国民の大多数の人達は、「オープンデータという言葉すら聞いたことがない」というのが実情だと思います。

では一体、オープンデータとは何なのか?

Open Definitionによると、「オープンデータとは、自由に使えて再利用もでき、かつ誰でも再配布できるようなデータのことだ。従うべき決まりは、せいぜい「作者のクレジットを残す」あるいは「同じ条件で配布する」程度である」と書いてあります。

分かりやすい例えで言うと、「市役所なんかが持ってるんだけど、いままでは利用出来なかった各種データをウェブ上に公開していこう」‥‥というイメージで良いかなと思います(例えばコチラ:地中海ブログ:バルセロナ:オープンハウス2013:その地域に建つ建築(情報)をオープンにしていくということ)。



 「なるほどー。行政が一方的に囲い込んでいたデータを一般市民に公開するという方向性はよーく解った。でもそれが一体何の役に立つの??」、、、と思ったそこのあなた!素晴らしい感性の持ち主です(笑)。

というか、それが一般市民の皆さんの素直な反応だと思います。

何を隠そうこの僕も、知人からオープンデータという言葉とコンセプトを初めて聞いた時は素直にそう思ってしまいました。「行政が持っているデータをオープンにするとして、それが一体何の役に立つのだろう、、、」と。

今回のシンポジウムは、正にそんな超素朴な(しかし大変重要に思える)疑問に答えることを目的として企画されたと言っても過言ではありません。



基本的なアイデアとしては、都市計画(アーバニズム)とモビリティの交差点を「データ」という視点で切り取り、これらの分野を代表するお二方にそれぞれの背景を基調講演で語って頂くことによって、「オープンデータという捉えどころのない言葉」を、より具体的で身近な問題として感じてもらえればと思っています。



登壇者一人目はバルセロナから僕の元上司でありモビリティの世界的権威、そして当ブログにも度々登場するジャウマ・バルセロさん(Dr. Jaume Barcelo)をお招きし、最新テクノロジーを用いた交通データの収集法やその分析手法、更には現在世界中で話題騒然となっているNFD(Network Fundamental Diagram)などについてお話頂きます。



ジャウマさんに初めてお会いしたのは今から丁度10年程前のこと、僕がまだバルセロナ都市生態学庁に勤めていた時のことでした。その頃はちょうど働き始めたばかりで、グラシア地区の歩行者計画を担当していたのですが(地中海ブログ:グラシア地区祭り:バルセロナの歩行者空間プロジェクトの責任者だったけど、何か質問ある?)、そのプロジェクトの中でジャウマさんが開発された交通シミューレーション(世界で最も成功していると言われているAINSUM)を使っていたのが知り合ったキッカケだったんですね。



それ以来、仕事をするのは勿論、一緒に食事をしたり、クリスマス前のホームパーティーに招いてくれたりと、様々な形で彼との交流が始まったという訳なのです。ちなみに仕事関係では、バルセロナ市バス路線変更計画(地中海ブログ:バルセロナのバス路線変更プロジェクト担当してたけど、何か質問ある?バルセロナの都市形態を最大限活かした都市モビリティ計画)をご一緒したり、EUプロジェクトを一緒に立ち上げたりと、公私共に今まで散々お世話になっています。



その一方、筑波大学から川嶋宏一さんをお招きして、日本におけるオープンデータの現状を語って頂きます。

何を隠そうバルセロナという都市は、オープンデータという観点においては世界トップを走っていると言っても過言ではありません。
←嘘のような本当の話(驚!)。
世界中の自治体が、それこそ今度はバルセロナのオープンデータの取り組みを「バルセロナモデル」として参考にしようという動きが垣間見られるのです(地中海ブログ:何故バルセロナオリンピックは成功したのか?:まとめ)。



今回のシンポジウムでは、この様なバルセロナの取り組みをいち早く紹介することによって、日本の自治体の皆さんへの参考にしてもらおうという意図もあったりします。

という訳で、バルセロナ市役所の僕の元同僚や友達に連絡を取って、協賛という形でバルセロナ市役所に入ってもらうことになりました(調整中)。 ←実はバルセロナの政権が右寄り(CiU)から左寄り(Barcelona En Comú)に変わったばかりだったので、今回の協賛を取り付けるに当たっては結構骨が折れました(7月16日現在、最終決定通知メールは未だ来ていませんが、、、)。先ず、誰が最高責任者なのかすら決まってないという状態だったんだけど、友達のカタラン人(官僚)が非常に上手く立ち回ってくれて、短い時間の中で協賛という形に漕ぎ着けたという背景があったりします。



また、僕の所属しているラボ(MIT)は携帯電話のトラッキングデータを始め、大規模データの収集と分析においては頭一つも二つも抜け出ていることなどから、こちらにも協賛という形で色々と協力をしてもらっています。更に更に、日頃から非常にお世話になっている横浜市役所の方々にも協力してもらって協賛となって頂きました。

と、こんな感じで結構苦労して立ち上げた今回のシンポジウムなんだけど、今後確実にメインストリームとなってくるであろうオープンデータという潮流が、いかに「まちづくり」、ひいては我々の生活の質に影響を与えるかということを具体的に語る良い機会になると、そう信じています。

みなさん、ぜひご参加ください!

P.S.
スペイン関係の企業のかたや、日本でスペイン系のレストランなどを営んでいる方々で、「この機会に是非、横浜でうちの会社やレストランを宣伝したい!」という方々がいらっしゃったら、お気軽にご連絡ください。
| 仕事 | 05:25 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
ローマ旅行2015その4:ベルニーニ(Bernini)の彫刻:サン・フランチェスコ・ア・リーバ教会(San Francesco a Ripa)にあるルドヴィーカ・アルベルトーニ(Beata Ludovica Albertoni)
前回のエントリで書いた様に、今回ローマへ来たのは仕事がメインだったんだけど、その合間に目一杯観光しようと思い立ち、いの一番で訪れたのがベルニーニ(Bernini)の作品、サン・フランチェスコ・ア・リーバ教会(San Francesco a Ripa)にある福女ルドヴィーカ・アルベルトーニの彫刻(Beata Ludovica Albertoni)だったんですね。



8年前、初めてローマを訪れた際に「たまたま」見かけたこの彫刻との出会いは、僕に今まで感じた事の無い深い感動を呼び起こしました。その時はじめて、彫刻の素晴らしさ、ベルニーニの偉大さの片鱗を見たような気がしたんですね。



トラステヴェレ地区(Trastevere)の片隅に建つ小さな教会堂の左祭壇一番奥に、このベルニーニ晩年の最高傑作は眠っています:



左側の窓から差し込む柔らかい光に照らされて、暗い教会堂内部でここだけが鈍く白く光っています。ベットに横たわっている福女アルベルトーニさんの表情は苦しんでいるようにも見え、また喜んでいる様にも見えます。



顔の表情や手のしぐさといった身体全体でそんな感情を表しているかのようなんですね。



そんな決定的瞬間を捉えた「一コマ」は、この女性の感情がまるで内面から滲み出てきているかのような、そんな表現の極地に達しています。そしてこちらが、いまにも動き出しそうな服の襞の詳細:



コレが本当に素晴らしい。硬い石をこんな風に柔らかく見せる事が果たして可能なのか?と思わせる程の技です。



と同時に、ある種過剰とも言える服の襞の表現は「光の視覚化装置」としても機能している事に気が付きます。彫刻の表面が服の襞などによって波打っていることによって、窓側に近い部分では光が強く、遠ざかるに従って段々と弱くなっていくという光の移行を目に見える形=ヴィジュアリゼーションしてくれているんですね。

もう一つ僕が面白いなーと思ったのは、この彫刻の色彩です。今まで見た彫刻は、そのほとんどが真っ白だったのに、この彫刻には色が付いています。そしてこの彫刻の色と仕上げの質の違いによって階層を表現しているんですね。先ずは最下段の毛布の部分。ここに上の部分とは区別されるかのように、赤っぽい色の大理石が使われています。更に衣服の襞に比べ幾分「おおあじ」な襞表現にする事によって、上との区別を付けているかのようなのです。



その毛布とアルベルトーニさんの服の間にあるのがベットのシーツ部分。ここは流れるようなツルツルの表現にしています。そしてその上に載る福女アルベルトーニさんという階層分けをしているのです。



いずれにしてもベルニーニの彫刻の素晴らしい所は「ある種の瞬間」を的確に捉えている事だと思います。そして「パシャ」と撮った正にその瞬間の場面から、その前後の物語がまるで走馬灯のように展開していく‥‥。



動かないが故に、(その瞬間を捉える事によって)動きを展開すること。そう、これこそ彫刻の真骨頂であると教えてくれる彫刻、それがベルニーニの彫刻なのです。

(注)僕はこの教会に3日間通いました。朝早く(8時頃)3回、10時頃1回、そして午後5時頃1回。

この彫刻を見るベストの状態はやはり自然光だと思います。祭壇下部にライトが付いているのですが、ライトは光が強すぎて光の陰影などが楽しめません。この教会堂は午後の部は16時に開くのですが、開くと同時に神父さんがライトを付けてしまう(多分、我々観光客の為に配慮してくださって)ので、お薦めではありません。更に、午前10時頃に行った時は丁度ミサが終わる直前だったのですが、終わると同時に神父さんがライトを付けてくださいました。多分、ライトを消してくださいと言えば消してくれるとは思うのですが、ナカナカ言いにくいですね‥‥。朝早く(8時頃)に行った時は誰も居なくてライトも付いてなく、最高のコンディションで彫刻を鑑賞する事が出来ました。と言う訳で朝一番がお薦めです。

この教会は今でも使用されている教会で、多くの信者の皆さんがお祈りに訪れています。我々はあくまでも「見学させて頂いている」という事を忘れないよう、お祈りの邪魔にならないように心がけましょう。その旨、教会の入り口に書いてあります。
| 旅行記:美術 | 14:36 | comments(2) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
スペイン統一地方選挙2015
昨晩はヨーロッパ中を巻き込んだ真剣勝負、欧州の紅白歌合戦と名高いユーロビジョン2015が行なわれました。
←「ユーロビジョンとは何か?」についてはコチラ:地中海ブログ(ヨーロッパの紅白歌合戦ユーロビジョン2012)。

欧州26カ国(+オーストラリア)を巻き込んだ熱き闘いは午前1時まで続き、今年はスウェーデンの勝利に終わったんだけど、ヨーロッパ在住日本人のTwitter上で話題騒然となっていたのがこちらです:



マツコ・デラックスにそっくりのセルビア代表のボヤナ・スタメノヴさん(笑)。彼女が登場した瞬間から、「マ、マツコだーーー」というつぶやきがTLを埋め尽くし、もうみんなその話題で持ち切りでした(笑)。

そんなお祭り騒ぎとは打って変わり、スペインでは今日(5月24日)スペイン統一地方選挙が行なわれました。今回の選挙では、どの都市でも左派系が非常に勢力を伸ばしていた為に、マドリードやバルセロナを始めとする大都市で政治勢力の大きな革新が行なわれると見られているんですね。

そして、今夜イベリア半島で行なわれるこの選挙は、欧州中で勃興してきている左派勢力の今後の動きを占う前哨戦と見なされている為に、ヨーロッパ中が固唾を飲んで見守っているという状況となっています。

もっと言っちゃうと、欧州の左派勢力がバルセロナに期待しているのは、ラテンアメリカの改革でポルトアレグレが担った役割を果たしてくれるのでは、、、ということなのです。

だからスペインの保守系メディアは、PODEMOS(左派)をベネズエラと重ねながら異常とも言える批判を繰り返すんですね。例えば、CiUがバックについてるLa Vangurdia紙なんかは、「バルセロナで力を付けてきている統一左派戦線(Barcelona En Comu)はビンラディンが愛読していた本の著者、チョムスキーが支援している」とかいう記事を掲載したりするわけですよ。

更に更に、個人的に非常に興味深いのが、今回の選挙の台風の目となっているBarcelona En Comuから立候補しているメルセデスちゃんとムンタネールさん。メルセデスちゃん、実は僕がバルセロナ市役所で働いていた時の同僚で隣の席だった子(笑)、ムンタネールさんは現役の建築史家で、バルセロナの都市計画(バルセロナモデル)を扱った僕の修士の公開審査に駆け付けてくれた仲だったりします。

‥‥と、そんなことを書いていたらそろそろ結果が出てきたようです。

予想通り、バルセロナでは統一左派戦線(Barcelona En Comu)が勝利した模様。第二党にはCiU(カタルーニャ保守)が付けています。

詳しい結果と分析などについては結果が全て出揃った明日以降に回すとします。

追記:
今回の統一地方選挙の結果によってスペインの政治状況はこんな感じになりました:



今回の選挙の一番の特徴はPODEMOSを中心とした左派系の弾頭と国民党(PP)の大敗北。特に24年間守ってきたマドリード市の政権交代はPPにとって大きな痛手。そしてバルセロナ市の政権交代。バルセロナ市については、フランコ政権後35年近く労働左派党(PSC)が長期政権を維持していたので、2011年から続いていたCiU(カタルーニャ保守党)による右派政権の方が寧ろ異常事態だったと思います。そういう観点から言うと、今回の選挙で左派系が政権に戻ってきたのはバルセロナ市にとってみれば機能が正常化する、、、と言えない事もない。しかし戻ってきたのがPSCではなく統一左派戦線(Barcelona En Comu)だったということが事態を混乱させているかな、、、と。

PSC内部では当然「自分たちが」という思いが強かったはずで、まさか自分たち以外の左派系が政権を握るなんて予想もしていなかったのでは、、、。

とは言っても、今回、Barcelona En Comuが獲得した議席は11議席なので、過半数の21議席には遠く及ばず、他の政党との連立が予想されています。

個人的に懸念しているのは、Barcelona En Comuのメンバーの殆どが政治には全くのど素人という点。上述の僕の友達に始まり、建築史家(大学教授)などが集まった(政治的には)素人集団ですからね。

まあそれでも、経済効率だけを優先するが為に、街中の伝統的な老舗を潰す政策を取り入れたり、観光客を惹き寄せる為に、それまでは専用住居だった所を格安ホテルに変えたりといった、CiUの無茶苦茶な政策にはこれで一先ず蹴りがつきそうなのは嬉しい限りです。

| スペイン政治 | 06:31 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
国際博物館の日2015:リニューアル後のカタルーニャ美術館(MNAC)
毎年5月18日は「国際博物館の日」ということで、先週の土曜日はバルセロナ市内に点在する80を超える博物館・美術館が午後19時から午前1時まで入場無料でした。



このイベントは40を超える地域で開催されていた為、週末の夜を博物館・美術館で楽しく過ごした人達が世界中で大勢いたことだろうと想像します。



カタルーニャ美術館(バルセロナ)では、午後22時を回った頃から音楽が流れ始め、ホールが巨大ディスコに様変わり!みんなで楽しげにサルサを踊って夜を更かしたんですね。ちなみに上の写真は午前0時を回ったところを撮影したもので、この宴が午前1時まで続くという熱狂振り(笑)。いつものことながら、「カタラン人達の人生を楽しむエネルギー」には驚かされます。 ←多分、人生を楽しむことに掛けてはカタラン人の右に出る民族はいないんじゃないのでしょうか?そして僕がいつも感心してしまうのは、その為の装置やインフラが、市側(官)によって整備されているということ。そう、この街ではバルセロナという都市全体が、「人生を楽しむ為にデザインされている」かの様なのです。

今回の「真夜中の博物館」という企画もその一つで、グローバルに展開してるそのイベントを、ローカルな事情に合わせているところが大変興味深いかな、、、と。世界広しと言えども、夜中の1時まで博物館・美術館を開放している地方は少ないと思うんですね。一見どこの地域においても同じに見えるイベントの中に「ちょっとした差異を発見する」、そのちょっとした違いのことを我々は文化と呼んでいるのです(地中海ブログ:バルセロナで売ってるプリングルズの生ハム味に見るグローバルとローカルの問題)。



という訳で、今年はモンジュイックの丘の上に聳え立つカタルーニャ美術館に行ってきました。去年、ディレクターが代わり、美術館全体に及ぶ大規模なリニューアルをしてからは初来館です!
←館長選出については一悶着あったみたいで、結局、元ピカソ美術館の館長だったセラさんが就任されたみたいです。セラさんと言えば7年前にピカソ美術館の館長に「突然」抜擢された際、「ナルシス・セラ(民主化後初のバルセロナ市長であり、スペイン副首相も勤めた大物政治家)の甥だからだろう」と、カタルーニャ社会全体を巻き込んだ大論争が記憶に新しいのですが、その批判をバネに次々と新機軸を打ち出し、ピカソ美術館を未だかつてないほど魅力的にした行動派。その辺の事情については、以前の記事に書きました(地中海ブログ:バルセロナ・ピカソ美術館の企画展:「秘められたイメージ:ピカソと春画」その1:ピカソ美術館が好企画展を連発する裏事情)。

さて、カタルーニャ美術館のリニューアルに伴い、僕が大変楽しみにしてきた作品がこちらです:



1978年にバルセロナのIBM社屋の為にジョアン・ミロが製作したセラミックの壁画なんですね。ミロ独特の世界観がセラミックのねっとりとした質感と相俟って、非常に不思議な雰囲気を醸し出しています。



後ろでは学芸員のかたがJosep Llimonaの彫刻を丁寧に説明されていました。そう、国際博物館の日に伴う真夜中の博物館イベントでは、各博物館・美術館の学芸員の方々が15分おきくらいにツアーを敢行し、各博物館・美術館が保有するコレクションの魅力を存分に説明してくれるのです!

そんな中、今回のリニューアルで非常に嬉しかったのは、Fortunyの作品が増えていたことかな。



カタルーニャ出身の画家としては、ピカソ、ダリ、ミロなどを始め、ルシニョール(Santiago Rusiñol)やラモン・カザス(Ramon Casas)などが知られていると思うのですが、大変不思議なことにMariano Fortuny(マリアノ・フォルトゥーニ)ほどの画家が何故か日本には全く紹介されていないのです。



カタルーニャ美術館では以前は6点前後が展示されていただけだったのに、今回のリニューアルに伴い展示作品数が20点前後に増えていました。これは大変嬉しい誤算!

と、テンションが上がってきたところで、一階のロマネスク部門へGO!



ロマネスク・コレクションの数と質で世界的に知られてるカタルーニャ美術館なのですが、ここのロマネスク・コレクションが素晴らしいのは、その展示方法にも起因していて、来館者にオリジナルの気分を味わってもらおうと、教会のアプスを作って、そこに展示するという工夫をしています。



教会の小窓とかも忠実に再現してあって、あたかも本当に現地に来ているかの様な気分に。裏側はこんな感じになっています:



祭壇の前面部分を飾る板絵のコレクションも素晴らしい。数多ある板絵の中でも、僕のお気に入りがこちらです:



ドゥロ(Durro)のサン・キルク聖堂に飾られていた板絵です。3世紀の末頃、シリアで殉教した聖女ユリッタとその息子である聖キリスクを描いた板絵なんだとか。へぇー、へぇー、へぇー。



熱湯でグツグツと煮られたり、ノコギリで切り刻まれたりと、テーマ的にはかなり残酷なんだけど、それがコミカルに、、、というか、ロマネスク風に描かれると、かなり微笑ましく見えてくるから不思議です。そしてこちら:



ラ・セウ・ドゥルジェイの教区教会にあった祭壇板絵(12世紀初頭)。12使徒をピラミッド状に配置した構図といい、黄色と赤色を基調とする鮮烈な色彩が魅力的。お次は壁画:



ラ・ギンゲタのサンタ・マリア聖堂の壁画。6翼多眼の天使セラフィムが素敵すぎる。



よーく見ると、翼に付いた眼がかなり不気味なんだけど、なんか微笑ましい。そしてそして、このカタルーニャ美術館が誇るお宝中のお宝がこちらです:



タウイのサン・クリメント聖堂の内陣を飾っていた「栄光のキリスト」の登場〜。「我は世の光」と記された書物を持っています。

こんな素晴らし過ぎるロマネスク美術なのですが、カタルーニャが自国のお宝に意識的になったのはごく最近、しかもそれは「再発見されたものであった」ということは以前のエントリで詳しく書いた通りです(地中海ブログ:国際博物館の日(International Museum Day):世界屈指のロマネスク美術コレクションが凄いカタルーニャ州美術館(MNAC)



カタルーニャのロマネスク研究は、モデルニスモ期の建築家、プッチ・イ・カダファルクが1909年から1918年にかけて表した大著「カタルーニャのロマネスク建築」という本がその基礎を築いたということになっていて、フェルナンド・ブローデルなんかも「地中海」の中で言及していたりするんですね。



しかしですね、実はそれ以前にロマネスク研究の筋道を付けた人物がいたということは案外知られてなくって、近年進んでいる現地での研究成果によると、その道筋を立てたのは、プッチの師匠でありガウディのライバルでもあったドメネク・イ・ムンタネールであったということが明らかにされつつあります。



上の写真は、19世紀当時のサン・クリメント教会の「栄光のキリスト」が当時 どの様に扱われていたかを生々しく表しています。そう、あたかもその絵画を隠すかの様に、異物が貼り付けられているのを見ることが出来るんですね。

僕たちの価値観や美意識というものが如何に時代によって激しく変わっていくかということを指し示しているかの様で、非常に考えさせられる一枚だと思います。だからこそ我々は歴史に学ぶ必要があるということを再認識させてくれたりもするのです。



更に更に、鋭い人はもう気が付いたかとは思うのですが、もともと山奥に打ち捨てられていたロマネスクの壁画が何故この美術館に大量に保存されているのか‥‥???つまりは、山奥の教会堂などで手入れもされずに打ち捨てられていた壁画などを、よく言えば「芸術作品と見做し、後世に伝える為に保存した」、悪く言えば「もともとあった場所から引き剥がしてきた」ということなんですね。

‥‥と、こんな感じで、ここのロマネスク・コレクションを見ていると色んな事を考えさせられる訳なのですが、今回のリニューアルを経てもう一つ「考えさせられること」が増えました。それがこちら:



祭壇の左奥に見える十字の絵画、あれ、何か分かりますか?僕は見た瞬間、自分の眼を疑いましたが‥‥あれは紛れもなくタピエスです(地中海ブログ:スペインの新聞(La Vanguardia)のオマケが凄い!ダリ、ミロ、ガウディなど12種類のマグカップ)。そう、今回のリニューアルでは、ロマネスク美術と同じ空間に現代美術を飾るというかなり大胆な決断がされているのです。



横にあった説明を見てみると、「カタルーニャの前衛と伝統が織りなす対話」とある。まあ、実際、タピエスがロマネスク好きだったことは専門家の間では周知の事実だし、ここへロマネスクを見に来た人が、現代美術に興味を持つキッカケになるかもしれない。なにより、こういう「攻めてる感じ」は、僕は嫌いじゃありません。

と、そんなことを考えながら作品を見ていたら、結局閉館(午前1時)まで居てしまいました。



ちょっとお腹が空いたので、近所のバルで軽食、家に着いたら3時過ぎだった。それでも公共空間には人が溢れ、「夜はこれから」と言わんばかりに盛り上がっている‥‥。

これこそ、地中海都市の生活の質の高さであり、この都市の正しい楽しみ方だと、僕はそう思います。
| スペイン美術 | 07:31 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加