地中海ブログ

地中海都市バルセロナから日本人というフィルターを通したヨーロッパの社会文化をお送りします。
MIT Media Lab(MITメディアラボ):槙文彦さんの建築
先週末、ここボストンにて、在米日本人コミュニティを揺るがす大事件が勃発しました。テンコ盛り&濃い味付けで「一度食べたら忘れられない」と、一部のラーメン好きに爆発的な人気を博している二郎系ラーメンU.S.第一号店が遂にボストン(ケンブリッジ)にオープンしたんですね!って言っても、僕は二郎ラーメンというものを全く知らず、こちらの友達に「凄く美味しいから行こう」と誘われ、言われるがままについて行く事に。



で、行ってみたらこれが物凄い人!それこそiPhone5の発売時にApple Storeに並んでた行列と良い勝負なんじゃないの?って言うくらいの人出!しかも並んでたのは9割5分方日本人って言うから驚きです。そんなもんだから、待ち時間は脅威の2時間!しかもこの日は今年一番の冷え込みときてたものだから、僕も最初の内は頑張って並んでたんだけど、1時間経った所で体の芯まで冷え込んできちゃってギブアップ。待ちに待ってたラーメンだったんだけど、この日は食べる事が出来ず泣く泣く帰る羽目に(悲)。今回は食べられなかったので、来週か再来週くらいの落ち着いた頃を見計らって行ってみようと思っています。



さて、今日紹介するのは数あるMITの研究所の中でも異彩を放っている存在、泣く子も黙るMIT Media Labの登場です。日本でも頻繁にメディアなどに取り上げられ、雑誌やテレビ番組でも特集が組まれている事などから、アカデミックとは全く関係が無い人でもその名前くらいは聞いた事があるのでは無いでしょうか?MIT Media Labは元々、建築家であり100$ノートPCプロジェクトで有名なニコラス・ネグロポンティ氏などが設立した事から、所属は建築都市計画学部となっています。更に、タンジブル・ビット研究で世界的に有名な日本人研究者、石井裕さんが副所長を務められ、去年からは伊藤穣一さんが第四代目の所長に就任されるなど、日本とも繋がりの深い研究所となっているんですね。



そんな世界でも例を見ないほど魅力的なプロジェクトで溢れまくってるMIT Media Labなのですが、その研究内容とは裏腹に、Media Labの建築自体について語られる事は今まであまり無かったのでは?と思います。



そう、何を隠そうこのMIT Media Labが入っている建築こそ、ボストンに存在する数多ある現代建築の中でも最高峰に位置すると言っても過言ではない名建築なのです。かく言う僕も、ボストンに初めて降り立ったその日、取り合えず大学の下見に来た序でに迷わず訪れたのがこの建築だったって言うくらいなんですね。



‥‥ピシッと決まった佇まい、そのさり気ない存在感、非常に洗練されたデザインで纏められているファサード‥‥見る人が見れば誰が設計したかは一目瞭然だと思います。そう、この建築をデザインしたのは、日本が誇る建築界の巨匠、槙文彦さんです。



槙さんと言えばボストンとは非常に深い繋がりで結ばれていて、と言うのも槙さんはハーバード大学のデザイン大学院(GSD)を卒業された後、カタラン人建築家Josep Lluis Sertの事務所で修行されていた事があるからです。ちなみにケンブリッジ(ボストン)にはセルトの設計した建築が幾つか残っていて、階段を用いた見事な導線計画や、ファサードに様々な要素をくっつけて分節化する事でヒューマンスケールを醸し出す手法など、槙さんがヒルサイドテラスで展開されているテクニックの原点をみるかの様で、それはそれでとても興味深いと思います(セルトについてはコチラ:地中海ブログ:オープンハウス in バルセロナ(48 OPEN HOUSE BCN)その3:ホセ・ルイ・セルト(Josep Lluis Sert)のパリ万博スペイン共和国館)。と言う訳で、久しぶりの槙ワールドを早速堪能してきました!



この建築の前に立って先ず最初に気が付く事は、非常に丁寧に創られているという事かな。様々な線がピシッと揃っている所なんかは流石と言うべきでしょうか。そしてやはり街中に建つ事を意識した「街角の創り方」と、ともすれば威圧感だけを与えがちな大きなスケールの中に「ヒューマンスケールを取り戻す為の工夫」が至る所に見られます。例えばコチラ:



敢えて角っこに階段を配置し、街角の「顔」を創り出し、更にはその部分の天井を低く抑える事で、建物に入る時の親密感を醸し出しているんですね。そこにポツンと建てられた真っ白な柱が、あたかもここに佇む為の拠り所となっているかの様ですらあります。ちょっと引いた所から見たファサードのデザインはこんな感じ:



階段、スロープ、柱、手摺そして上の階で止まっているルーバーと言った様々な要素が、一部の狂いも無くピシッと決まっている。この様なデザインを見るに付け、良い意味でも悪い意味でも「あー、日本的だなー」と感じてしまいます(地中海ブログ:歩いても、歩いても(是枝裕和監督):伝統と革新、慣習と感情の間で:リアリズムを通して鑑賞者の眼が問われています)。



上の写真は反対側へ回ってみた所。様々な部位が分節され、幾つかの箱が絡み合いながら上方へ駆け上っているかの様ですらあります。ともすれば「単なる箱」になりがちなんだけど、大変精密且つ密度の濃いデザインがこの単純な箱を「単なる箱以上のものに変えている」のが見て取れるかと思います。グレーの箱に取り付けられたガラスとルーバーの取り合いも絶妙。文句無くカッコイイ!そんな事を思いつつ、イヨイヨ中へと入って行きます。



メインエントランスを入ると、太陽光に満たされた2層吹き抜けの大変気持ちの良い空間が我々を出迎えてくれます。その中でも注目すべきはコチラ:



向こう側に見えているエメラルドグリーンの箱はエレベーター室になってるんだけど、その手前に掛かっているブリッジが、「ココから先は神聖な場所なんだぞ!」と言わんばかりの存在感を醸し出し、何かしら目には見えない境界線を創り出しているかの様なんですね。心が凛となります。そんな訳で、心を落ち着かせながらブリッジを潜ると見えてくるのがこの風景:



圧巻の4層吹き抜けの大空間の登場〜。各階がガラス張りになっていて、そこから研究室で働いている人達が見え隠れするという、壮快な風景の出現です。研究活動している人達の姿を「敢えて」見せる事で、その人達をも広告にしてしまおう、売り込んでしまおうという、正にMedia Labのコンセプトを具現化したかの様な、大変見事な空間になっていると思います。



こちらは反対方向から見た所。微妙に色の異なる白系のマテリアルで纏められた空間は清潔感に溢れ返っています。壁、床、柱、軽やかなリズム感を生み出しているガラスの方立て、それらを纏めるかの様な丸柱、そこへ向かって真っ直ぐに進む2本の線、床に埋め込まれた丸いライトのリズム感、更には向こう側に見える縦縞のアルミと言った様々な要素が素晴らしいハーモニーを醸し出しています。そして右手方向にはこの風景:



真っ赤な階段が大変印象的な吹き抜けです。最初見た時はこの弓形にしなった階段、「ちょっとどうなのかな?」と思ったけど、何回もココを訪れる内に、この空間にピッタリ合ってる様な気がしてきました。と言うか、この空間にはこの形とこの色の階段しかあり得ない!とさえ思えてくる程です。そしてここで早速槙マジック!



向かって斜め右上に走っている真っ赤な階段の後ろには、何かしら大きな空間が潜んでいるのが分かるかと思うのですが、更にその先には、この真っ赤な階段とは直角を成す様にして、今度は黄色い階段が設えられているのが分かるかと思います。



「これは何を意味しているのか?」というと、こうする事で「この先、どんな空間が待ち構えているのか?」という「暗示」をしているんですね。そしてこれはそのまま、その先に待ち構えている空間が直行し、更にはそれらの空間が螺旋形に巻き込む様に上昇していっているという事を指し示してもいるのです。ここまで見ただけでも、この建築が「特別だ」という事が分かるかと思います。というか、こういう事をサラッとやってしまえる槙事務所が凄いと言うべきか。まあ、とにかく上に上がって行ってみます:



一層上がった所からはガラス窓を通して、研究室の中を覗く事が出来ます。



外側からは予想もしなかった様な結構大きな2層吹き抜けのボリュームが内包され、コレ又大変印象的なクルクル階段で結ばれているんですね。そして振り返るとこの風景:



先程言及した黄色い階段と青い階段が主役を成している吹き抜け空間です。上述した様に、この空間の方向性は一階部分とは90度の角度を成しているのが分かるかと思うのですが、その事は階段のスタート地点を見比べてみると分かり易いかな:



ほらね。さっき上がってきた階段に対して、今から上ろうとする階段が直角方向に付いているのが分かりますね。

槙さんは一体ここで何をしているのか?



槙さんのやりたかった事、それはこの様な階段(アーキテクチャー)を用いて、強制的に訪問者を直角方向に方向転換させ、空間に螺旋的な運動を喚起させているのです。‥‥「螺旋系の運動」と聞いてピンときた人はかなり勘がいい。そう、螺旋のマスターと言えば勿論コルビジェです(コルビジェの見事な空間構成についてはコチラ:地中海ブログ:パリ旅行その6:大小2つの螺旋状空間が展開する見事な住宅建築:サヴォワ邸(Villa Savoye, Le Corbusier)その1:全体の空間構成について)。多分コルビジェの話をし出すと、それこそ止まらなくなるので、その話は又今度。



この空間には卓球台が置かれていたり、恐竜の模型が置かれていたり、とにかく遊び心に溢れています。意地悪な言い方をすると、そういう「イメージを醸し出そうとするポーズ」と見えない事も無いかな。で、ちょっと裏側へ回ってみたらこんなものが置かれていました:



立体フォログラフィーによる研究室の紹介。おー、さすが先端技術を駆使したMedia Lab!という訳で今度は、この黄色い階段を上って行く事に。その丁度途中にあるのが石井さんの研究室。何か「勝訴」とか書いてある(意味は不明)。そこを抜けると辿り着くのがこの空間です:



前面ガラス張りのロビー。お日様の光が「これでもか!」と入ってくる、大変気持ちの良い空間です。ゆったりとしたスペースに、コレ又大変ゆったりとしたソファーが並べられ、学生とおぼしき人達がコンピュータを持ち込んで、なにやら作業をしていました。



壁には落書きが書かれています。反対側はダイニングルームになっていて、ここでランチをとる事も可能。実は僕、ランチ時にはここに来て食べる事が結構あるんですよねー。ゆっくり出来るし、なにより居心地が最高!そしてイヨイヨ最上階へ上がって行ってみます。最上階へはエレベーターでアクセスするのですが、降りると先ず目に飛び込んでくるのがこの風景:



槙さんが風の丘の葬祭場で見せた、あの半円形に切り取られた空間の登場です。風の丘の葬祭場の大変印象的な天井と、コレ又素晴らしい階段の完璧なるハーモニーは、本当に「記憶に残る場所」としての質を持ってると思うんだけど、あの空間の原型は実はポルトガルの建築家、アルヴァロ・シザにあり、そしてシザはガウディに影響を受けたという事は以前のエントリで書いた通りです(地中海ブログ:ガウディ建築の傑作、カサ・バトリョ(Casa Batllo)その1:カサ・バトリョに展開する物語を見ていて思う事)。その様な遺伝子がココにも見られるというのはかなり興味深い。さて、この天井を見つつ、振り返り様に現れるのがこの風景:



うーん、圧倒的な風景、何も邪魔するもの無くボストンのスカイラインを見渡す事が出来る大変気持ちの良いパノラマ。この空間が特別である事を指し示すかの様に、天井はこれまでのフラットとは一転、斜めに走っていますね。そしてこの奥には会議室があるんだけど、ここが又凄かった!



じゃーん、I.M.ペイのジョンハンコックタワーがパノラマで見える絶景会議室です(地中海ブログ:I.M.ペイはやっぱり天才だと思う:ジョンハンコックタワーを見て)。一階下のガラス張りのロビーは、前に建っている建物に風景を遮られていたので「絶景」とはいかなかったんだけど、こちらでは視界を遮る様なものは一切無く、チャールズ川を通してあちら側に競って建っているスカイスクレーパーの競演を楽しむ事が出来ちゃいます。



そしてここまで書いてくればもうお解りだとは思うのですが、この空間がこの建築に展開するクライマックス的空間であり、一階部分から展開してきた螺旋系の運動がここに来て、頭の上にスゥーと抜けていく‥‥という物語が展開しています。



槙さんの建築は本当に久しぶりに見たんだけど、いつ見ても何時訪れても僕に建築的な楽しみ、そして建築を訪れる事の喜びを教えてくれます。それは何も建築的な空間構成やディテールと言ったものだけなのではなく、何かしらもっと深いもの、そう、人間の根源に訴えかけてくる様なものを建築が醸し出しているかの様ですらあります。

大満足の建築訪問。星三つです!!!
| 建築 | 09:33 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
フランク・ゲーリーの建築その2:スタタ・センター(Stata Center)の内部空間
最近のボストンはめっきり寒くなってきて、未だ9月下旬だというのに朝晩はジャケットが必要なくらいの冷え込みになってきました。暖かいバルセロナの気候に慣れた僕からしたら、「12月とかの冬本番になったら、一体どうなるんだ?」って、正直今からちょっと怖いくらいです。



現在僕が住んでいる地区(仮住まい)は、ボストン市に隣接するブルックライン市という所なのですが、何でもこのエリアは全米でも上位にランキングされる公立学校(中学高校)があり、教育レベルが非常に高い事などから、比較的裕福な人達がこぞって住むエリアなんだとか。そう言われてみると、確かにボストン市と比べ歩道は奇麗だし驚くほど緑は多いし、何より安全!



バルセロナに長く住んでいると、危険エリアや危険な雰囲気をいち早く察知する「危険センサー」なるものが知らず知らずの内に身に付き、イザという時にはそれが作動するのですが、ブルックライン市ではそのセンサーが感知する様なものは全く無くて、ハッキリ言って「日本よりも安全かも」と、そう思うくらいの環境が周りには広がっています。しかしですね、そんな超安全エリアにおける唯一の危険物、と言うか、毎朝僕が家を出る度に闘わなくてはならない相手、それがコチラです:



そう、何でか知らないけど、家から駅に向かう途中にいつも4匹の野生の七面鳥がいて、どういう訳か彼らは人を追っかける習性があるらしく、毎朝この七面鳥に追っかけられながら駅へ向かう訳ですよ(苦笑)。大体、野生の七面鳥が生息してるって言う所からして驚きなんだけど、これが又相当デカイんだな!最初は無視してたんだけど、くちばしが僕の腰の辺りまであるので(ちなみに僕の身長は175センチ)、実はかなり怖い(苦笑)。って言うか、何で追っかけてくる訳???



街路の至る所には、「七面鳥に気を付けて!」という表示が‥‥。豊かな自然が広がるこの辺りには、七面鳥の他にもリス、スカンク、そして狐や狸と言った小動物まで出るそうです。



さて、前回のエントリでフランク・ゲーリー設計によるMITのスタタ・センター(Stata Center)を取り上げたのですが(地中海ブログ:フランク・ゲーリーの建築:MITのスタタ・センター(Stata Center))、最近仲良しになった深見嘉明さん(慶応大学からスタタ・センターの中に入ってるWorld Wide Web Consortium (W3C)にいらっしゃってる方)と山田宏樹さん(インターネット・アカデミー、ボストン商品開発研究所、所長で同じくW3Cに訪問滞在されている方)が、「もし良かったら中を案内しましょうか?」と声を掛けてくださり、「これはチャンス!」とばかりに図々しくもお願いする事に。と言う訳で、今回は「内部の人じゃないと絶対に知らない&入れない所(MITの学生なら立ち入り可能エリア)」にまで入らせてもらっちゃいました。



今回の訪問で教えてもらったんだけど、実はこのスタタ・センター、内部は事実上3つの建物に別れてて、それらが複雑に入り組み合っているんだそうです。だから予め道筋を知らないと迷う事間違い無し!と言う訳で、深見さんと山田さんのご案内の下、ルンルン気分で最初に訪れたのが7階です。エレベーターを降りると、先ず目に飛び込んで来るのがこの風景:



前面ガラス張りの共有スペースなんですね。



大変気持ちの良い大きな大きなガラス窓からは、様々な素材と色、そして形で仕上げられた形態達と、それらが醸し出すハーモニーを存分に楽しむ事が出来ます。各階の各研究室にはこのホールからアプローチすると言う空間構成になっているので、この空間が事実上の「顔」。そういう意味において、入った瞬間に前面ガラスからカラフルでダイナミックな形態の共演が目に入ってくると言うのは、演出としてはそれほど悪くは無いと思います。そんな事を思いつつ、ちょっと左手方向を見たら、何やら珍しいものが置いてある‥‥あ、あれはー:



巨大なチェス版!さ、さすが数学大好きなMIT(笑)。「虚数だけが僕の友達さ〜」って言ってる学生が多いって言う噂もあながち嘘じゃないかも(苦笑)。



で、その脇には木を素材とした大変魅力的なクルクル階段がー!前回も書いたんだけど、この建築はアルミなどと言った「寒い素材」を多用している様に見せつつ、実は要所要所に木を使ってて、それが内部空間に暖かみを醸し出し、外観とは好対照を成す事に成功していると思います。そしてこの階段の上から下階を見下ろすと、先程の巨大チェス版がこんな風に見えるんですね。



この階にも至る所に共有スペースが用意されていて、空間的に大変ゆったりとした作りになっています。‥‥個人個人が疑問に思った事を直ぐに同僚なんかと議論する事が出来、それがオープンスペースで行われるが故に、偶々それを見た別の同僚がアイデアを出していく‥‥その結果、お互いが相乗効果を生んで全く新しい案が生まれていく‥‥って言う、そういう物語がハッキリ見え、正に建築の空間構成がそれらを促進しているかの様ですらあります。そしてこの建築では「それが全てなのかなー」、と、そう思わない事も無いかな。



フロアを歩き回っていると気が付く事は、ところどころに様々な形のヴォイドが配置されていて、その下が大変広々とした研究スペースになっていると言う事です。そう、実はこの建築、2層一組のメゾネットタイプになっているんですよ!だから下階を歩いていると、天井が非常に高い研究室や共有スペースに出会し、逆に上階を歩いていると、様々な形のヴォイドに出会ったりすると言う訳なんです。そしてその事は、ここに展開されている空間が如何にバラエティに富んでいて、3次元的な空間が様々に入り組みつつ構成されているかという事の裏返しでもあるのです。



この階の突き当たりには、カンファレンスを開く事が出来る、これ又非常に天井の高い空間が用意されていました。丸やら楕円形やらと言った不規則な形をした空間と共に、オプションとして標準的な四角形の空間をも用意出来ている所は流石ゲーリーと言った所でしょうか。



こちらはもう1つ下の階のエレベータホール。先程の巨大チェスがあった空間とは一転、ぬいぐるみやヤシの木、そしてソファーなんかが置かれ、上階とは全く違った空間が展開されています。良く見ると、この階にはこんなオープンスペースが:



ホワイトボードを取り囲む様に椅子達が並べられ、今正に議論が終わったばかりと言わんばかりの雰囲気ですね。さて、ここで最上階の9階へ行ってみます:



エレベーターを降りると、コレ又目の前が前面ガラス張りの共有スペースに出会します。コチラのオープンスペースは、この建物に入ってる研究室みんなが使う事が出来る共有スペースらしく、直ぐ横には簡単なキッチンや冷蔵庫、コーヒーメーカーなんかが置いてあって、そこでコーヒーを勝手に作って休憩がてらここで飲むという事らしい。と言う訳で、僕も一杯頂いてきました(笑)。



さて、ここから一気に5階へと降りて行き、お隣の建物へ移動してみます。上述した様に、このスタタ・センターは3つの独立した建物からなっていて、それが内部通路で結ばれているんだけど、3WCからお隣の建物へ移動する際にはこんな感じのブリッジで移動する事になります:



色んな要素が一緒くたになり、正に遊び心満点って感じの空間と言った所でしょうか。そして見下ろすとこの空間:



前回のエントリでも紹介した、光が燦々と降り注ぎ、外装に使われているアルミなどの仕上げがガラス屋根で反転し、それがそのまま内部の仕上げになるというテクニックを使っている空間です。家具などには木を多用する事により暖かみを醸し出しつつ、大変リラックス出来る空間に仕上がっていると思います。



「あー、ゲーリーってこういう空間も創るんだー」と、そう思わされる瞬間です。丁度この裏側には簡単なカフェ兼レストランが用意されていて、簡単な食事やコーヒーなんかが支給出来る様になっていました。その内側にはこんな空間が広がっていました:



真っ青な空間の登場〜。閉じた空間に天窓から降り注ぐ光が、大変美しい青のグラデーションを創り出しています。



これがこの空間へ入る為に使ったエレベーター。



実はここもメゾネット方式になっていて、下を覗き込んでみると、出窓に花瓶が飾られた、ちょっとお洒落な空間が展開されていました。

総じてゲーリーのStata Centerは、外観同様、空間が非常にダイナミックに入り組み、3次元的に構成されていて、「次はどんな空間が待ち構えているのかな?」と、歩くのが非常に楽しみになる、そんな建築だと思います。又、1つのユニットを2層一対にする事によって、天井操作を可能とし、空間にメリハリを付ける事に成功していますね。

この様な、3次元的な立体構成センスはちょっと凄いと思う。



そして何度でも繰り返すんだけど、この建築の特徴を決定付けているのは、明らかに共有スペースの存在です。この建築のあらゆる所にあらゆる形と大きさで取られている共有スペース、そこへ自由に出入りして議論に花を咲かせている学生や先生達。この建築は、そんな彼らの活発な議論の背景となるべく存在している、そう思えてくる程です。

ゲーリー建築の内部空間をこれだけしっかりと見たのは今回が初めてだったんだけど、外観だけではなく、内部空間にもしっかりとした見所があると、そう僕に思わせてくれるに十分な質を持った建築でした。

追記:
慶応大学の深見嘉明さんからご指摘を頂いたのですが、今回ご案内して頂いた所は全てMITの学生なら見学が可能だと言う事です。と言う訳で、今回の訪問では、立ち入り禁止区域に入ったり、規則違反をしたりと言った事は全くしていませんのであしからず。

| 建築 | 23:08 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
フランク・ゲーリーの建築:MITのスタタ・センター(Stata Center)
ボストン(ケンブリッジ)2週間目の今週も、あっという間に時間だけが過ぎていき、気が付いてみればもう週末!週始めのボストンは気温が急に下がり始め、厚めのトレーナーが必要なくらいだったのに、後半は一転して気温がぐんぐん上がり始め、昼間なんてそれこそ半袖で十分なくらいの夏日が続いていたんですね。聞く所によると、今頃から冬にかけて、気温が上がったり下がったりしながら本格的な冬に突入していくらしい。



今週火曜日は9月11日だったので、「アメリカでは何かしらの動きがあるのかな?」と思いきや、驚くほど何も無く、それはそれでちょっと肩透かしを食らった感じでした。



その一方で、日本でも大々的に報じられている様に、バルセロナを中心とするカタルーニャ州では大規模なデモが行われ、「独立への気運が高まっている」と各種メディアは伝えています(カタルーニャ州にとって9月11日がどんな日であるか?についてはコチラ:地中海ブログ:もう一つの9月11日:カタルーニャの場合:グローバルの中に息づくローカリティ)。スペインの新聞によると、今回のデモに参加した人は中央政府の発表で60万人、警察の発表だと150万人にも及んだのだとか。もし明日、「独立か否か」の国民投票が行われたら、「独立に投票する」と答える人が過半数を超えるっていうデータも出てるし、カタルーニャ州政府大統領もかなり意気込んでるみたいなんだけど‥‥うーん、もし本当にスペイン政府が「独立しても良いよ」って言ったら、困るのはカタルーニャの方だと思うんだけどなー。



歴史的に見て、確かにカタルーニャ州には独立するだけの理由があると思うし、税金が必要以上に搾取されてっるって事も確かだとは思うんだけど、その事と、本当に独立するのか?って言う事は分けて考えた方が良いと思います(地中海ブログ:スペインの民主主義始まって以来の歴史的なデモ:新カタルーニャ自治憲章案に関して)。だいたい、「独立、独立」って叫んでる大部分のカタラン人達は、「独立」って言う言葉に振り回されてるだけであって、「具体的にどうやって独立するのか?」もしくは「その後、一体どういう事が起こるのか?」って事を全く考えて無いっぽい(苦笑)。本当に独立とかになったら、それはそれで困ると思うし、カタラン人達にとっては不幸だとも思いますよ。

まあ、この話をしだすと長くなるので、又別の機会に。

さて、今日はMITのキャンパスの中でも最も目立つ建物の1つ、スタタ・センター(Stata Center)に行ってきました。



この建築をデザインしたのは泣く子も黙る建築界のスーパースター、フランク・ゲーリー。



中に入っているのはコンピュータ・サイエンス学部と人工知能学部だと聞いてたんだけど、たった今検索してみたら、どうやら言語学部もStata Centerの中に入ってて、チョムスキーのオフィスもそこにあるらしい。な、何―!そうなのかー!聞いてないよ〜。彼がいるのはどうやら8階。早速明日行って探してみよう。



何だかんだ言って超有名建築家であり超売れっ子であるゲーリーの作品は今まで結構見てきたんだけど、彼が創ったオフィス型の作品の中に入るのは今回が初めて。ビルバオのグッゲンハイムは美術館だし、バルセロナにあるお魚は彫刻、プラハで見たダンシングハウスはオフィス&集合住宅っぽかったけど、プライベートな建物だったので中には入れませんでしたしね。



そんなアメリカでの初ゲーリー体験、その第一印象は‥‥良く言えばゲーリー節炸裂!悪く言えば見事なまでにグチャグチャ‥‥かな(笑)



しかしですね、これだけバラバラ&グチャグチャなのにも関わらず、不規則な中にもそれなりの統一感があって、更に一目で「これがゲーリーの作品だ!」と判別出来る、そのレベルにまで建築作品の質を上げる事が出来ているのは流石だと思います。ピカソが描く女性の顔が、あれだけグチャグチャでも、全体としてみれば人間に見えるっていうのとある意味通じる所があるかな(地中海ブログ:バルセロナ・ピカソ美術館の企画展:「秘められたイメージ:ピカソと春画」その1:ピカソ美術館が好企画展を連発する裏事情、地中海ブログ:バルセロナ・ピカソ美術館の企画展:「秘められたイメージ:ピカソと春画」その2:キュビズムの萌芽は春画にあった?)。



ちなみに上の写真で中央付近に人だかりが出来ているのは、近くの農家の人達が無農薬野菜みたいなものを持ち込んで、学生や先生達に直販売してる所っぽい。もう1つちなみに、その右横に見える建物は、今後僕が通う事になるだろうジム。ボストンの冬は本当に寒いっぽいから、寒くなったらここに温かいシャワーを浴びに来ようと計画中(笑)。ちなみにこのジム、一通りのトレーニング器具は勿論の事、プールやフィットネスなんかもあって、更にタオルまで貸してくれて年間費はたったの255ドル。や、安い!バルセロナで僕が通ってたサグラダファミリア前のジム、一ヶ月60ユーロくらいだった気がする。実に3倍!



さて、この建築の「奇異性」が良く分かるのが、この建物を反対側から見た時だと思うんだけど、丁度隣に四角い普通のビルがあるので、それと比べると「如何にこの建物が変わっているか?」という点が浮き彫りになると思うんですね。



僕が彼の建築を評価するのは、「グチャグチャの中にも礼儀あり」じゃないけど、そういう基本ラインみたいな所がきちんとクリア出来ているからです。それが出来ていなかったら単なるお遊びだし、もっと言っちゃうと、最近の一筆書きの建築や、「派手でありさえすればいい」みたいな建築にはそういう基本的な所が出来てない建築が多過ぎると思ったりするんですよね。ゲーリーの建築は明らかにその点が違うと思います。上にピカソの例を出したので、またまたピカソを引いちゃうと、晩年の彼はこんな事を言ってたりします:

「音楽家に神童はいるが、画家にはありえない」(パブロ・ピカソ)

つまり幾ら才能があっても、アカデミックな修練=絵画の世界に存在する「お約束」を身に付けなければ画家にはなれないと、こう言ってる訳なんですね。そして彼曰く、「自分はそれを克服するのが非常に早かった」と(詳しくはコチラ:地中海ブログ:国際博物館の日(International Museum Day)とピカソ美術館(Museo Pisacco)その1:ピカソとバルセロナの都市戦略)。



まあ、マーケティングの天才、ピカソの発する言葉は時として注意して聞かなきゃいけないとは思うんだけど(苦笑)、この「お約束」に関しては大変的を得ていると思いますね。このエントリでは「ゲーリーがどんな風にお約束を果たしているか」という細部に立ち入る事は敢えてしないけど、ちょっとだけ例を挙げるならコチラ:



車の往来が結構激しいこちら側の通りから、あちら側に展開しているキャンパス内に抜ける際に、足下を大きく開け、その空間をかなり特別扱いしているのが見て取れるかと思います。つまり、こうする事で「ここから別世界の中へ入って行くんだぞ」という、特別な空間への誘いを強調しているんですね。「静のデザイン」が文化的な特徴を表している日本の様な文化圏においては、入り口は慎ましやかに設えられる事が多いんだけど、アメリカではかなり大胆に、そして明確にその特異性が表現されています(地中海ブログ:歩いても、歩いても(是枝裕和監督):伝統と革新、慣習と感情の間で:リアリズムを通して鑑賞者の眼が問われています)。



そんな事を思いつつグルグルと周辺を回ってみると、自由奔放な形態に窓が規則的に付いてたり、それら多角形が空を面白い形に切り取っていたり、見ているだけで色んな発見があって、とっても面白いなー。



それとは一転、キャンパス内からみたコチラ側は、比較的小さな分節で区切られた形態群が一緒くたになって、まるで大仏様が掌を閉じるかの様に、非常に優しい円を描きながら広場的なものを創り出しているのが見て取れるかと思います。



銀色の楕円形があったかと思ったら、突然黄色い煙突が現れたり、はたまたオレンジ色のビルが彫刻っぽく見えてきたり、様々な形態がそれこそ思うがままに振る舞い、それらが大変不思議なハーモニーを醸し出しています。そして見上げればこの風景:



まるで形態同士が音楽を奏でているかの様な、そんな感じを受けさせるほど、楽しく、そして賑やかな共演がここにはあります。

フムフムとか思いながら、今度はイヨイヨ中へと入ってみます。先ずはメインエントランスから:



2層吹き抜けの大変気持ちの良いエントランスホール。丸く空いた天窓からは光が燦々と降り注ぎ、先程見た彫刻の様な建物が見え隠れしています。



入った直ぐの所には、ムンバイのアーティスト、Anish kapoorによる作品(Non-Object (Plane), 2010)がさり気なく置かれていて、あたかも「科学技術にはアートが必要だ!」みたいな主張をしているかの様ですらあるんですね。まあ、元々MITにはそういう側面があって、だからこそ毎年何人もの世界的なアーティストが工学系大学にVisitingとして招聘されていたりする訳です。ちなみに去年に引き続き今年もカタルーニャが世界に誇るアーティスト、Antoni MuntadasがMITに滞在しています(Antoni Muntadasについてはコチラ:地中海ブログ:ミース・ファン・デル・ローエ・パビリオン(Mies van der Rohe Pabillion)/ バルセロナパビリオンBarcelona Pavillion:アントニ・ムンタダス(Antoni Muntadas)のインスタレーションその2)。



もう1つちなみにキャンパス内のあちらこちらには様々な現代アートが鏤められていて、ヘンリームーアの彫刻とかが普通に置かれていたりします。で、その脇では水着で日光浴してる学生さんとかがいる訳ですよ!お天気が良いし、芝生も気持ち良いので、この辺をビーチ代わりにしたい気持ちは良く分かる!

あー、いかん、いかん、また話が脱線してしまった‥‥。

で、話を元に戻すと、この建築の内部空間の特徴はやっぱりコレかな:



デコンの十八番、斜めの壁と斜めの柱です。

この空間を実際に訪れると(同じデコン組とは言え)ゲーリーの空間とミラージェスの空間とは圧倒的に違うなーと、そういう事を実感する事が出来ます(地中海ブログ:エンリック・ミラージェス(Enric Miralles)の建築:バラニャ市民会館(Centro Civico de Hostalets de Balenya):内部空間編)。それはどちらが良いとか悪いとか、そういう事では無くて、「単に違うものである」という事なんですけどね。ちなみにピーター・アイゼンマンもデコンの建築家とか言われてるけど、彼の建築空間はハッキリ言って語るに値しないのでボツ(地中海ブログ:ガリシア旅行その5:ピーター・アイゼンマン(Peter Eisenman)のガリシア文化都市(Cidade da Cultura de Galicia):スケボーするには画期的な建築)。



一階部分は吹き抜けが非常に多くて、あちらこちらに予期せぬ穴が空いてたり、色んな形をした箱が天井から不意にぶら下がってたり、天窓から光が漏れてたりと、色んな仕掛けが見て取れます。



キャンパス側にある、もう1つの大きなエントランスを入った直ぐ脇には、レストラン兼カフェが併設されていたりして、コーヒーを飲みながら議論に華を咲かせている学生さん達で大変賑わっていました。



この空間の中で僕が「なかなか良いなー」と思ったのは実はこの点で、この建物の至る所には、机と椅子が備え付けられたオープンスペースが用意されてて、何処ででもパソコンを広げたり、ノートを広げたりして皆でディスカッションする事が出来る環境が整えられているんですね。更にMITのキャンパス内では、誰でも使える無料wifi(観光客の方も可)が飛んでいるので、何処からでも即座にネットに繋げられちゃったりもします。



さて、ここから階段を使って上階へ上がってみる事にします(ここはIDが無いと入れないっぽい)。すると今度は先程までとは又違った空間が姿を現してきます。



外観を構成していた形態とその仕上げがそのまま降りてきて、一枚のガラス屋根を区切りに外部と内部が逆転、外部の仕上げがそのまま内部の仕上げに切り替わるというデザイン。この辺のテクニックを見ていると、「切り返し」というアイデアを構造と絡め、大変見事な解決策を提示したニコラス・グリムショーのウォータールー駅を思い出します(地中海ブログ:ロンドン旅行その8:ウォータールー駅 (Waterloo International Terminal):Nicholas Grimshaw(ニコラス・グリムショー)の建築)。



そしてそれらの「箱」を敢えて途中で止めて、その裾部分だけを少し残す事によって、何かしら空間的な仕切りみたいなものを醸し出している点は非常に上手い。



又、家具や壁に木材を使う事によって、空間に暖かみを与える事に成功してもいますね。ここの空間は外観とは裏腹に、非常に落ち着いた空間となっています。



ハードワーカーで知られるMITの学生達の為に、「勉強ばっかじゃなんだから」という配慮なのか、レクリエーションルームなんかも用意されていました:



で、今回ちょっと面白かったのがコチラ:



流石、工学系世界ランキングNo.1の大学らしく、建物の至る所に研究の成果だと見られるアンテナや、飛行機やらが置いてあるんですね。それが又、ゲーリーが創り出す空間アート的な側面と呼応して、現代アートっぽく見えてくるから不思議です。



さて、上述した様に、フランク・ゲーリーの建築というのは、その建築作品を「単体として見る」というよりは寧ろ、「その建築を核とした都市計画や都市戦略と絡めて見る」時にその威力を発揮します(地中海ブログ:Euroregion(ユーロリージョン)とカタルーニャの都市戦略:バイオ医療を核としたクラスター形成)。大体みんな勘違いしてるんだけど、スペインのビルバオ市はグッゲンハイム美術館のあのド派手な外観だけで成功した訳じゃなくって、その裏に潜む都市戦略がしっかりと練り込まれていたからこそ、あれほどの成功を成し遂げる事が出来たんですね。つまりは、ビルバオはグッゲンハイム効果による「一発屋」なんかでは決して無かったという事なのです。バルセロナが着々と準備しているサグレラ駅にしろ、ゲーリーの派手な建築デザイン以前に、市内における綿密な場所の選定から、駅という新しい機能がその地区に及ぼす効果、はたまた、何も吸引力が無かった地域に新しい核を創り出そうという確固とした戦略がある訳ですよ(地中海ブログ:バルセロナの新たなる都市戦略:ビルバオから学ぶバルセロナ都市圏再生の曙)。



そういう意味においてStata CenterがMITキャンパスのこの位置にある意味、そしてStata Centerの設計者にフランク・ゲーリーを選んだ意味が僕には今ひとつピンと来ません。確かに物珍しさにココを訪れる人は後を絶たなくて、只でさえ観光客の多いMITキャンパスの中においても目玉の1つになってる事は確かだと思うんだけど、それが何故この場所なのか?又、その波及効果がMITのキャンパスを超えてケンブリッジ市、もしくは隣接するボストン市という地域戦略で見た時にどういう効果を齎すのか?そこの所がいまいちハッキリしないかな。

多分その辺は、僕が今後半年間の滞在中にこの街に慣れ、そしてその歴史を学んでいく上で発見すべき宿題だと思っています。

「何も見えてこない」と言う事は、その裏に何も無いんじゃなくて、単にそれを見る人の目が悪いだけなのだから‥‥と信じよう(笑)。
| 建築 | 09:38 | comments(2) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
エドゥアルド・トロハの傑作、サルスエラ競馬場(Hipodromo de la Zarzuela)その2:軽い建築の究極形の1つがここにある
話が少し前後するのですが、「これだけは書いておかないと」と思うので、今日はその話題を。先週マドリッドへ行った際、どうしても訪れたかった第3の建築、それこそマドリッドが誇る近代建築の至宝、エドゥアルド・トロハが20世紀前半に完成させ、現在も使われ続けているサルスエラ競馬場なんですね。



人間の想像力/創造力の限界に挑んだエドゥアルド・トロハの傑作中の傑作、サルスエラ競馬場については、2年前に実際に訪れる機会があり、その時の体験を交えつつ以前のエントリで詳しく書きました(地中海ブログ:エドゥアルド・トロハ(Eduardo Torroja)の傑作、サルスエラ競馬場)。



その当時、この建築は修復中であり、一般公開は制限されていたという事もあって、ナカナカ訪れる事が困難だったんだけど、そんなトロハの建築が6月下旬から7月下旬の木曜日の真夜中に限って公開されているらしいという情報をキャッチしたのが先月の事。「この機会を逃す手は無い!」と言う事で、今回のマドリッド出張の合間を縫って訪れて来たという訳なんです。



サルスエラ競馬場への行き方については以前のエントリで書いた通りなんだけど、もう一度記しておくと、競馬が行われる毎週金曜日の午後と日曜日の午前に限り、地下鉄6号線Moncloa駅を出た所にあるバス停前(Intercambiador)から競馬場までの無料送迎バスが15分毎に出ている模様です(競馬場までは約10分)。ちなみに帰りも同じバスに乗って地下鉄駅まで送ってくれます。競馬が行われる日程については季節によって頻繁に変わる様なので、事前に競馬場のホームページで確認される事をお勧めします。



で、今回のイベントは一体何なのか?と言うと、どうやら気温が40度近くまで上がり灼熱地獄状態になってしまう真っ昼間に競馬をやるのは、観戦する方も、走る馬の方も大変だ!と言う事で、「それだったら、陽も落ちて涼しくなってくる夜中から始めようじゃないか」というアイデアの元、この1ヶ月に限り、夜22時から午前2時くらいまで真夜中にレースが行われると、そういう事らしいんですね。



とは言っても、「そんな夜中に競馬なんて、本当に来る人いるのか?」と半信半疑で競馬場に来てみると、これが凄い人!しかもスーツ姿や、ドレスアップした人などが大半で、Tシャツ姿に汚いビニール袋持って歩いてるのなんて僕ぐらい(苦笑)。「な、何―!この汚い東洋人!?」って眼でジロジロ見られちゃいました(笑)。



ちょっと面白かったのは、この「真夜中の競馬」というイベントを「ガストロノミー」と結び付け、家族ぐるみでディナーに来てる人が多かったという点かな。古き良きスペインの文化を受け継いでいるマドリッドでは、上流階級のお遊びの1つだった競馬が、今でも社交場になってるのかな?と、そんな感じを受けました。

で、今回、昼間のミーティングでクタクタになってる体に鞭打ってわざわざこんな所にまで来た理由がコチラです:



この世のものとは思えないシルエット!この風景を見る為に、はるばるこんな所にまで来たという訳なんですね。12,8メートルあるという、この大きく張り出した庇!俄には信じられません!まるで紙か何かで出来ているかの様な、そんな感覚さえ抱かせる程です。



ここに広がっている風景は、日本の構造体の大きさに慣れてしまっている我々日本人の眼には、より一層摩訶不思議に写るのでは無いでしょうか?



正直言ってこの建築を初めて見た時は、これを成り立たせている構造がどうなっているのか?最初は良く分かりませんでした。それは何もこの大きく張り出した庇がどうなっているのか?と言うだけの話ではなく、下階に広がる大空間にさえも、「在るべき所にあるはずの柱が無い」という感覚を僕に抱かせたんですね。



この建築を成立させている構造の妙については、現在バルセロナに滞在されている左官職人の森田一弥さんと散々議論したんだけど、これは簡単に言うと、ヤジロベーの様に前方の庇を後方の鋼管が下方に引っ張りつつ、下階の天井を吊り上げてバランスを取っているという非常にアクロバティックな構造で成り立っているという事でした。



上の図を見てもらうと分かり易いと思うんだけど、K-Aというのが前方に張り出している庇の部分で、その出っ張りをA-Bという支柱が支えています。それがこの支柱です:



そしてここからが凄い所なんだけど、先ずはC-Dという鋼管が屋根を下方向へ引っ張る事によってバランスをとっています。その鋼管がコチラです:



で、このC-Dの鋼管が上の屋根を下方向へ引っ張る力を利用して、下階の屋根(D-E)を吊り上げている訳ですよ!この様にして、僕が下階に降りた時に感じた「在るべき所にあるはずの柱が無い」という、無柱空間を実現しているんですね。その空間がコチラです:



つまりこの建築は、Kから始まった非常にドラマチックな庇がA-Bという支柱で支えられ、更にその力がC-Dという鋼管で下方向に引っ張られつつ、その同じ鋼管が下階に展開する空間の屋根を吊り上げる事によって全体としてバランスを取っているという、大変合理的な構造によって成り立っているという事なんです!これは凄い!と言うか、こんな建築見た事ありません!



更に更に、この断面の切り取り方と言い、この端部の終わり方と言い、このシルエットを見るだけでもエドゥアルド・トロハという人のデザイン力の高さが伺えるかと思います。



同じ様な形態を繰り返す事によってリズム感を創り出し、最後の端部を少しだけ変える事で無限に続くデザインに特異性を与えつつ切断しています。



更にその最後の部分を四分の一ほど「敢えて」残す事で、あたかも「飛翔する」という軽やかさを強調しているんですね。この辺りのテクニックについては、以前のエントリで槙文彦さんの幕張メッセで展開されたデザインと比較しながら分析してみました(地中海ブログ:エドゥアルド・トロハ(Eduardo Torroja)の傑作、サルスエラ競馬場)。



この形態を中庭空間が広がる反対側から見てみると、それこそこの屋根が何処からともなく「ふわっ」と降りてきて、それが軽やかに不時着したかの様な、そんな感じを与えてくれます。



す、素晴らしいの一言です。これほど見事な建築には滅多にお目には掛かれません。‥‥とか思ってたら、22時を回った所で漸く辺りが暗くなってきました。暗闇に浮かぶ屋根のシルエットは昼間とは又違った感じを醸し出していて、これ又文句無くカッコイイ!



人間の眼って言うのは、太陽光による上方からの光に慣れているので、照明器具による下方からの光を見せられると、大変奇妙な感じを受ける様に出来ています。それが夜景などを見た時に我々が感動したりする仕組みなんだけど、この競馬場の場合は、元々のデザインの特異性が加わって、本当に「得も言われぬ風景になっている」と、そう言う事が出来ると思うんですね。



建築を語る時にあまり曖昧な言葉は使いたくないんだけど、これこそ「無重力の建築」と言っても良いのでは無いでしょうか?そう、現代建築の1つの潮流である「軽い建築」の究極形の1つが、ココには存在するのです。そしてもう1つ、いつもは入る事が出来ない半地下空間にも今回は入る事が出来ちゃいました:



軽やかでノビノビとしたアーチが重なり合い、コレ又見事な空間を出現させています。どうやらこの空間は競馬を見終わった人達が立食パーティーや食事を楽しむ場として利用されてるみたいです。



そして外へ出てみれば夜中の0時を回ったというのに、まだまだ続々と人が集まってきて、それこそ「宴会はこれからだ!」くらいの勢いで盛り上がりまくっていました。「今日は木曜日の夜であって、明日は平日。特別お休みじゃない」って事はまるで忘れているかの様に(笑)。

先日見たドミニク・ペローの歩道橋と言い、現在開催中のラファエロ展と言い、流石に文化大国スペインの首都に相応しい、そんな底力を見せ付けられたかの様な滞在でした。

この建築はマドリッドに来たら必ず見るべき建築の1つに数えられると思います。素敵な体験をありがとう、エドゥアルド・トロハ!
| 建築 | 01:59 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
マドリッドの環状線M30の真上に出現した公共空間:ドミニク・ペローのアルガンズエラ歩道橋(The Arganzuela Footbridge)
前回のエントリ、マドリッド・ミーティングの続きです。



実は今回のマドリッド滞在で絶対に見ておきたかったモノが3つあって、その内の1つが現在プラド美術館で開催中のラファエロ展だという事は前回のエントリで書いた通りです(地中海ブログ:プラド美術館のラファエロ展(El Ultimo Rafael):ラファエロの精神的遺書「キリストの変容」の制作過程が明らかに)。この展覧会、ラファエロ好きには堪らない内容となっていて、その興奮がまるで昨日の事の様に思い出されます。



そして僕が今回どうしても見たかった2つ目というのが今日のお題なんだけど、それこそフランス人建築家ドミニク・ペロー氏が約1年前に完成させたマンザラネス川に掛かるアルガンズエラ歩道橋(The Arganzuela Footbridge)なんですね。



僕が今までに見た事があるドミニク・ペロー氏の作品はフランス国立国会図書館くらい。



この建築を訪れる前は、「巷に溢れる一筆書き建築」って言う(どちらかと言うと悪いイメージ)を持ってたんだけど、実際訪れてみると、銀色のメタリック・メッシュが大変良い感じを醸し出し、緑豊かな中庭空間も迫力十分、更に高層部分を均一に覆っているガラスとそこから透かして見える日除けルーバーの開閉風景が大変豊かで、それらルーバーの「不均質さ」とガラス面が創り出す「均質さ」が相俟って、ナカナカ興味深い体験だったと思います。



そんなこんなで彼の建築にはかなり良い印象を持ったので、「今度はマドリッドにある屋内競技場(Caja Magica)を見てみたいなー」と思い、ここ3年間に何度か訪問してみたんだけど、どうやらこの施設は何かしらのイベントが行われてないと中へ入る事は不可能だと言う事が判明。で、事前調査の結果、今回の滞在中には何もイベントが行われず、中へは入れなさそうだという事が判っていたので泣く泣く断念する事に。しかしですね、マドリッドにはドミニク・ペロー氏が手掛けた建築がもう1つあって、と言うか最近出来て、前々から「実はそっちの方が面白そうかな?」と、そう思っていました。その建築こそ今回登場するアルガンズエラ歩道橋と言う訳なんです。



プラド美術館を後にして、お昼過ぎに国立ソフィア王妃芸術センター(地中海ブログ:マドリッド旅行その2:ジャン・ヌーヴェル(Jean Nouvel)の建築:国立ソフィア王妃芸術センター(Museo Nacional Centro de Arte Reina Sofia))で打ち合わせが入ってたんだけど、今回はこの歩道橋がどうしても見たかったので、ランチの時間を削って見に行く事に。行き方としては、地下鉄5号線でMarques de Vadillo駅まで行き、そこから5分ほど歩くというのが一番近道かなと思います。ちなみにMarques de Vadillo駅を出た所にはこんな風景が広がっています:



交通量が結構多い一見普通の商店街なんですね。車の排気ガスや騒音で一杯の「こんな所に本当にあんな緑で一杯の公園があるのかな?」と思いきや、街路を一本中へ入るとこれがビックリ!



目を見張るほどの緑と静寂な世界が広がってるじゃないですかー!太陽が燦々と降り注ぎ、視界に入ってくるのは目映いばかりの芝生の緑色、聞こえてくるのは子供達のはしゃぎ声ばかり‥‥ハッキリ言って、先程通ってきた商店街からは全く想像もつかなかった風景が広がっていて、かなり意表を突かれました。そしてここから少し歩を進めると見えてきました、今回お目当ての歩道橋が:



じゃーん!銀色に輝く構造体が螺旋を描きながら円柱を形成し、独特な軽快感を醸し出しているアルガンズエラ歩道橋の登場です。



ともすればゴツくなりがちな構造体をスパイラル状に構成しつつ、重たい構築物というよりは、風景として軽やかに公園の中に軟着陸させています。



これはあれかな、伊東豊雄さんがスペイン南部のアリカンテで計画していた蝶の蛹みたいなの、あれを構造体だけにするとこんな感じになるのかな?‥‥と勝手な解釈をしてみる。そしてこの橋のデザインに決定的な影響を与えつつ、ここで必要とされている要求に見事に答えている特筆すべきデザインがコチラです:



で、出たー!ドミネク・ペローの十八番と言っても過言では無いメタリック・メッシュの登場だー!このメッシュがですね、スパイラル状に構成されている構造体の所々に絡み付く様に配置されていて、それが又絶妙な感覚を醸し出しているんですね。



つまりは螺旋の構造体全てにメッシュが絡み付いているんじゃなくて、「部分的に」という所がポイント。何でかって、全部に付いてたらそれはそれでかなり重たい表現になっちゃうと思うんだけど、適当に間引いてやる事によって、軽快感を醸し出しているという訳なんです。橋の内側から見るとこんな感じに見えます:



ほら、透きとおる様な空の青色が、構造体やメッシュの銀色と相俟って、非常に美しい風景を構成しているのが判るかと思います。



そしてですね、実はこのメッシュがこの建築物にとって大変重要な役割を担っているポイントがもう1つあるんだけど、それがこの土地特有の気候対策についてなんですね。



と言うのも、この時期のマドリッドに来た事がある人なら分かると思うのですが、夏場のマドリッドはハッキリ言って灼熱地獄!僕の滞在中なんて、気温が40度以上まで上がり、とてもじゃないけど日向になんて居られない状況でした。それくらい気温が上がってくると、風が吹いても熱風なので全然涼しくなく、必然的に日陰を探す事となります。つまりこのペローの歩道橋は、このメタリック・メッシュが直射日光を上手い事遮り、この橋の上を歩く事をかなり快適にしている訳ですよ!



訪問中、この歩道橋を何往復かしてみたんだけど、この影はそれこそオアシスと言っても過言ではありませんでした。正直、これがあるのと無いのとでは大違い!



だからここに来ると、昼間っからこの橋の上を乳母車を押しながら歩く人達や、ランニングをしている人達など、結構な数の人達がこの歩道橋を楽しんでいる光景を見る事が出来ます。このメッシュが無かったら日差しが強い真っ昼間からこれだけの人達に利用されていたのかどうなのかはかなり疑問です。

そしてもう一点忘れてはならない事、というかこの点こそ、この歩道橋とこの公園のメイン機能だと思うのですが、それがコチラです:



実はですね、ここに広がっている広大な公園の下には、マドリッド市にとって大変重要な環状道路であるM30が埋設されているんですね。つまりこの公園は環状道路の上に土を盛って、そこに公共空間を創り出したという訳なんです。

‥‥これを聞いて「あ、あれ、これって何処かで聞いた事あるなー」と思った人は結構するどい。

そうなんです!都市の境界を取り巻く環状道路を地下に埋設し、その上を公共空間に変えて市民に公開しようという発想は、バルセロナが1992年のオリンピック時に考案し、数多ある都市改造計画の中でも最も市民に喜ばれた提案の1つだったんですね(地中海ブログ:バルセロナの新たなる都市戦略:ビルバオから学ぶバルセロナ都市圏再生の曙)。



バルセロナの場合は山の手と海岸沿い2つのパターンがあるんだけど、ともすれば、環状道路が歴史的中心地区と海辺を分断し、ビーチへのアクセッシビリティを不可能にしてしまいがちな状況に、これ以上は無い解決策を与えた好例だと言う事が出来ると思います。当然の事ながら、それまでは慢性的な渋滞に陥っていた都市部の交通状況もかなり改善されました。



今回ドミニク・ペローが創ったこの橋のプロジェクトは、元々は2000年半ば頃に実施されたマンザラネス川岸の国際都市開発コンペの文脈に乗っていて、川に沿って走っていた環状道路を埋設し、その上に公園を創り出し市民に開放しようというプロジェクトが格となっていた模様です。



更にここに創り出された歩道橋は、川と環状道路の両方によって分断されていた両岸に展開する地区の結び付きを強めつつ、その広大な土地に生み出された公園へのアクセスを促進する役割をも担っているんですね。



僕がこの辺りを訪れたのはお昼時だったのですが、幼稚園児や小学生と見られる子供達の団体が水遊びをしていたり、お年寄り達が日向ぼっこを楽しみながら世間話に花を咲かせていたり、はたまた川岸では日光浴を楽しむ水着姿の若者達で大賑わいでした。



まだ完成してから1年足らずしか経っていないこの公園なのですが、この光景を見る限り、もう既にマドリッド市民達の日常生活には欠かせないほどに、彼らの生活の中に深―く溶け込んでいるのが垣間見られた気がします。そういう意味において、この計画は間違いなくマドリッド市民達の生活の質を向上させていると言っても過言ではありません。

都市計画と建築が一体となった、非常に見事な解決策、そしてデザインでした。
| 建築 | 05:35 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
エンリック・ミラージェス(Enric Miralles)の建築:バラニャ市民会館(Centro Civico de Hostalets de Balenya):内部空間編
昨日6月21日、バルセロナが生んだ20世紀を代表する建築家、エンリック・ミラージェス氏を記念するエンリック・ミラージェス財団(Fundacio Enric Miralles)の創設オープニングパーティーが行われました。



今回の財団創設そしてオープニングパーティーについては僕の所にも数日前から「お知らせ」みたいなものが届いてたんだけど、昨日は夕方から夜に掛けてどうしても外せない用事が入っていた為に泣く泣く断念する事に。夜20時から始まったセレモニーにはスペイン建築界の重鎮、ラファエロ・モネオ氏やオリオル・ボイーガス氏、はたまたハーバード大学建築学部からMohsen Mostafavi氏が駆け付けたりと、かなり盛大に行われた模様です。



建築家エンリック・ミラージェス氏については今更改めて紹介するまでもないとは思うんだけど、その圧倒的なデザイン力、空間力そして独特の造形性で一躍世界の建築シーンに躍り出たかと思いきや、45歳という若さで急死。奇しくも2000年という新しい世紀が幕を開けた、正にその年に突然他界してしまったんですね。



何度でも言いますが、今世紀初頭にバルセロナは偉大な建築家を2人、しかもほぼ同時に失ってしまいました。一人は実践面からグングンと頭角を現し、正に飛ぶ鳥をも落とす勢いだったエンリック・ミラージェス氏。そしてもう一人はヨーロッパを代表する建築史家であり理論家でもあったイグナシ・デ・ソラ・モラレス氏です。



「テラン・ヴァーグ」などのキーワードで知られているヨーロッパの知の巨人、イグナシ・デ・ソラ・モラレス氏については当ブログでは事ある毎に言及してきました(地中海ブログ:イグナシ・デ・ソラ・モラレス( Ignasi de Sola-Morales)とテラン・ヴァーグ(terrain vague))。日本においては、磯崎さんやピーター・アイゼンマンなどと一緒にコーディネートしていた「Any会議」という名前と共に知られているかなと思われます。何を隠そう彼こそ僕がヨーロッパに来る事になった直接のキッカケであり、僕は彼が創設したマスターコースに学んだ最後の世代だという事は繰り返し書いてきた通りです。(スペインのマスターコースの光と闇についてはコチラ:地中海ブログ:バルセロナに出来た新しい建築学校その2:Barcelona Institute of Architecture:バルセロナ建築スクールの諸問題)。

歴史に「もし」は無いけれど、もしも今、イグナシとミラージェスが生きていたならば、世界の建築潮流の中心地の一つは間違い無くバルセロナになっていた事でしょうね。



さて、前置きが長くなっちゃったんだけど、エンリック・ミラージェスという建築家は、アルヴァロ・シザと同様に、僕が現在において最大限評価する建築家の一人である事などから、昨日のオープニングには是非とも駆け付けたかったんだけど、上述した様にそれは無理な事が前々から分かっていたので、昨日は一人で勝手に彼の財団創設を祝う為、午前中の予定を全て開け、バルセロナから電車で1時間程の所にあるバラニャ市民会館(Centro Civico de Hostalets de Balenya)を訪れてきました。



ここに来るのは今回で3回目。一回目は2002年、未だ僕がバルセロナへ来て間もない頃の事。2回目は2008年、そして今回が3回目の訪問と言う訳です。実は昨日の帰り際、受付の人に「良かったら記帳ブックにコメント書いてってくれませんか?」って言われたのでそれをパラパラと見ていたら、何と2002年と2008年に訪れた時の僕のコメントが残っていてかなりビックリ!しかも久しぶりに自分の直筆を見たんだけど、これが酷いのなんのって(笑)。あ、あれ、一応僕、小学校くらいから毎週書道に通ってて、7−8段くらいの腕前だった様な気がするんだけど‥‥気のせいか?(苦笑)。

まあ、それは置いといて、それよりも何よりも、僕が圧倒的に驚いたのは、この建築の竣工(1992年)から現在に至るまでココを訪れてコメントを残していった日本人の数の少なさです。今まで約20年間にココを訪れた日本人は僕以外ではたったの1人!しかもその人は2002年に僕が一緒に連れて来た友人じゃないですかー!まあ、勿論この建築を訪れてコメントを残さず帰る人も多いとは思うので、今までにココに来た日本人が僕一人だけだとは決して言いませんが、確率的に見てもこの数字はちょっと少ないんじゃないのかな?



かの二川幸雄さんが25年程前にバルセロナを訪れられた際、未だ世界的には無名だったミラージェスのこの建設現場を訪問され、鉄骨だけが組み上がった状態を見て、「これは凄い建築だ!」と歓喜されたという伝説付きの作品なんですけどね。

多分日本人の皆さんの足が遠のいているのは、バルセロナからはちょっと遠いと言う事、更に「どうやって行ったら良いのか良く分からない」という点だと思います。この建築へのアクセスの仕方については以前のエントリで詳しく書いた通りです(地中海ブログ:エンリック・ミラージェス(Enric Miralles)の建築その1:バラニャ市民会館(Centro Civico de Hostalets de Balenya):行き方)。上のエントリに載せてある情報は4年前のものなので今回最新情報をアップしようと思い、逐一確認しながら電車に乗ったり歩いたりしてきたのですが、基本的に殆ど変わってませんでした。変わっていた事と言えば、電車の本数が少しだけ増えていた事、そしてこの建築を訪れる事が出来る開館時間が月曜から金曜の午前9時から14時まで、午後は月曜日の17時から19時までとなっていた事くらいでしょうか(2012年6月21日現在)。その辺の事については上述のエントリの追記に随時アップしていきたいと思っています。



さて、僕がミラージェスの建築を評価する理由は幾つかあります。空間的なデザイン力や造形力は勿論なんだけど、それ以上に僕が彼の建築を素晴らしいと思う理由、それは彼の建築がスペインという国の社会文化を表象していると思うからなんですね。



建築は表象文化です。その建築が建つ土地に住んでいる人々や社会、そこから生まれ出た文化や価値観を一撃の下に表象する行為、我々はそれを建築と呼んできたのです。もっと言っちゃうと、建築とは個人的な感情よりも集団的な価値観を、悲しみよりも喜びを表象するのに大変適した芸術形式だと思います。槙文彦さんはその事をこんな風に表現されています:

「建築というのはその時代に生きた人々が潜在下で感じていながらもナカナカ形に出来なかったものを一撃の下に表す行為である」

僕がアルヴァロ・シザの建築を評価する理由も全く同じで、彼の建築が素晴らしいのは、空間的な質、デザイン的な処理の上手さに加えて、彼の建築がポルトガルという国の社会文化を表象している所にあるんですね。



そう、あの真っ白でノビノビとした建築は、時間が非常にゆっくりと進み、大変のんびりとしたポルトガルという国を表象しているかの様なのです。僕はこの事を理解するまでに1年弱という歳月を要しました。



その間、実際にポルトガルに住み、ポルトガル人と同じ生活をし、彼らと同じ言葉をしゃべり、毎日の様にシザの建築を見に行く事で漸く(少しだけ)理解する事が出来た建築と社会文化の関係性です。ポルトという地の社会文化に親しみ、実際に生活したからこそ、その地における人々の生き方、その地では子供から大人まで誰でもアルヴァロ・シザという建築家の事を知っていて、「シザという人はポルトでは自分達の街のシンボルを創ってくれるヒーローなのだ」という人々の思いを発見し、正にその事を通して本来の建築家の姿というものを垣間みる事が出来たんですね(地中海ブログ:アルヴァロ・シザのインタビュー記事:シザ建築の特徴は一体何処から来たのか?)。



ミラージェスの建築にも全く同じ事が言えて、彼の建築はスペインという地に住む人々の底抜けない活力やエネルギー、失業率が50%を超えても決してへこたれない明るさ、ひいては「国が潰れるか潰れないか?」という瀬戸際でさえも「私はサッカーを見に行く」と、ポーランドへと旅立って行ったラホイ首相の楽観性なんかを、正に一撃の下に表していると思う訳ですよ!(地中海ブログ:ルーブル美術館の歩行者計画)。それはもしかしたら、毎朝のニュースでお天気お姉さんが、「今日は晴れです。明日も晴れ、明後日も晴れ、ずっと晴れです!」って言ってる、正にその事に見て取れるのかもしれません。フェルナンド・ブローデルなんかは地域の社会文化的特徴を決定している要因として天気の重要性を指摘してますしね。

 

ちなみに僕が毎朝見てるスペイン国営放送でお天気を伝えてくれるのがAna Belen Royちゃん。毎朝8時50分頃から始まるんだけど、この番組のメインキャスターはAna Ibanez Roldanちゃんで、9時から始まる「朝ご飯(Los Desayunos)」のメインキャスターはAna Pastorちゃん(地中海ブログ:スペインの美人すぎるニュースキャスターその2:アナ・パストール(Ana Pastor):現代スペイン最強の女子アナ)。つまりみんなAnaちゃん(笑)。だから毎朝どういう場面が展開されるかと言うと:

司会(Ana Ibanez)Ana(Belen)ちゃん、今日の天気はどうなっているのでしょうか?
お天気お姉さん(Ana Belen)よくぞ聞いてくれましたAna(Ibanez)ちゃん、日中は晴れ、気温は30度を超えると思います。さてAna(Pastor)ちゃん、この後9時からの番組の予告を伝えてください。
朝ご飯(Ana Pastor)おはようAna(Belen)ちゃん!今日の話題は緊縮財政についてです。

とか言うコントみたいな場面が毎朝繰り返される訳ですよ!(本当にどうでも良いスペインのマメ知識終わり)

さて、この建築に流れる造形的な物語と、そのデザインの方向性などについては以前のエントリで詳しく解説しました(地中海ブログ:エンリック・ミラージェス(Enric Miralles)の建築その3:バラニャ市民会館(Centro Civico de Hostalets de Balenya)に見る建築の質:実際に建築を訪れる事の大切さ)。今回4年振りに訪れた感想は、以前のエントリで抱いた印象と大筋としては変わってないかな。外観のデザインについてのポイントだけ掻い摘んでおくと、先ずはコチラ:



ビシッと決まっているコチラからのパース。文句無くカッコイイ。ここにはロシアアヴァンギャルド、特にメルニコフからの影響が垣間見えるという事は以前のエントリで指摘した通りです(地中海ブログ:エンリック・ミラージェス(Enric Miralles)の建築その2:バラニャ市民会館(Centro Civico de Hostalets de Balenya)に見る建築の質:社会文化の表象としての建築:ミラージェスの場合)。この部分を見ただけでもミラージェスの類希なる造形力が分かるというものなんだけど、どういう事かと言うと、下記の写真と比べて見るとその卓越振りが分かるかと思います:



大変印象的な鉄骨&屋根の線が3本平行に走っていますね。えっと、人間の目というのは地上から約150センチくらいの所に付いている為、ある一定方向から見るとパースが付いた様に見えて、本当は平行に走ってる線が傾いたり交わったりした結果、全く予想もしなかった造形が浮かび上がる事になります。その結果が上のパースな訳ですよ!こういう事がキチンと分かっていて、しかもキチンと形に出来ている建築家と言うのはそれ程多くは無いと思います。そしてもう一つのポイントがコチラ:



3つの線が重なり合い、それら各々の線が空を切り取ると同時に、螺旋を描く様に上昇感を創り出している場面です。この軒の終わり方の妙については、槙さんの東京体育館の重なり合う外郭線などを例に出して以前のエントリで解説した通りです。



そしてこの建築が神憑ってる点、それはこの様な大変トリッキーな外観が、非常にダイナミックに展開している内部空間からきているという点なんですね。つまり、内部に展開している空間が内側から膨らんできて、その膨らみが外観へと現れてきたかの様な、正にそんな内外部がピシッと一致した建築、それがこの建築を他の建築とは一味違うモノにしているという訳なんです。

実はですね、前々回来た時(2002年)は未だデジカメを持ってなくてマニュアルで写真を撮っていた為、そのデータが今は手元に無く、前回来た時(2008年)は運悪く展覧会の真っ最中でこの建築の一番の見所である天井のデザインが全く見えないという不運に見舞われてしまいました。と言う訳で今回は訪問前に電話で確認を入れた所、メインホールは特別何にも使ってないとの事。そんな訳でルンルン気分で体験してきた素晴らしい内部空間がコチラです:



大変ダイナミックに、恰も空間が上昇して行くかの様な、そんな「えも言われぬ空間」がココには存在しています。



す、素晴らしいの一言‥‥他に言葉が見当たりません‥‥。



どういう構造になっているかと言うと、一層分取られた直線が扇子を広げるかの様に段々とずれ込んでいく事によって上昇感を創り出しているという訳です。反対側から見てみます。先ずは一層部分から:



ほど良く押さえられた天井高。斜め方向に一直線に伸びた天井線が気持ち良い。そしてそこから歩を進めると2層目が姿を現してきます:



この線の交わり方!そして最後は3層目へ:





内側に倒れ込んできているガラスの壁がある事によって、この空間に「包み込む様な感じ」が醸し出されています。



もうお解りだと思いますが、3本の線に規定され生み出された螺旋の上昇空間は見事なまでに外側に膨れ上がり、それがそのまま外観となって現れている訳ですよ!



そして鋭い人なら、このミラージェスの空間にコルビジェとの類似性を見い出すかもしれません(地中海ブログ:パリ旅行その6:大小2つの螺旋状空間が展開する見事な住宅建築:サヴォワ邸(Villa Savoye, Le Corbusier)その1:全体の空間構成について)。コルビジェと空間シークエンスと言えばコロミーナであり、コロミーナはカタルーニャ工科大学でイグナシの下に学んでいた訳で、そこにはミラージェスも居て‥‥という話に展開していくんだけど、それは又今度。



それにしてもこの空間は本当に写真にとりずらい。と言うか、どれだけ写真に収めても、何枚ブロブに写真をアップしても、この空間の本質はナカナカ伝わらない気がする‥‥。そしてこの点こそがミラージェスの真意であり、この建築の本質なのかなー?と、そんな気がしてくるから不思議です。晩年ミラージェスはこんな事を言っていました:

「・・・これは、私の仕事の進め方のなかで、視覚は一番重要な事柄ではないという事実と関係があると思います。私のプロジェクトは単なる視覚以上のものに大きく依存しています。Studio Talk, 15人の建築家の物語、インタビュー二川由夫, P641

そう、これこそ我々が現地に行かねばならない理由であり、この建築が我々の五感を通してしか理解する事が出来ない類いのものになっている理由なのです。

この建築はバルセロナに来たら足を延ばしてでも絶対に見に行くべき作品の一つだと、僕にそう確信させる程の質を伴った傑作中の傑作だと思います。
| 建築 | 07:03 | comments(2) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
世界一美しい図書館:ポンペウ・ファブラ大学(Universitat Pompeu Fabra)図書館の一般立ち入り禁止エリアに入ってきた
所用でポンペウ・ファブラ大学のメインキャンパス(Ciutadella)へ行ってきました。



カタルーニャ州政府の強いバックアップにより設立されたポンペウ・ファブラ大学については今まで事ある毎に言及してきたんだけど、それらのエントリでは、経済学部やバイオ医療、もしくはテクノロジー分野といった、南ヨーロッパ随一のレベルを誇る各学部のプログラムや、その方針、はたまたバルセロナの都市戦略との関係性などに焦点を当てて書いてきたんですね(地中海ブログ:22@地域が生み出すシナジー:バルセロナ情報局(Institut Municipal d'Informatica (IMI))、バルセロナ・メディア財団(Fundacio Barcelona Media)とポンペウ・ファブラ大学(Universitat Pompeu Fabra)の新校舎、地中海ブログ: カタルーニャの打ち出した新しい都市戦略:バイオ医療( BioPol, BioRegio)、地中海ブログ:初音ミクに使われている技術って、メイド・イン・カタルーニャだったのか!って話)。

1990年に設立されたポンペウ・ファブラ大学のメインキャンパスが位置しているCiutadella Vila Olimpicaとは、日本語で「オリンピック村」を意味します。そう、このエリアは1992年のバルセロナオリンピックが開催された際に「選手村」として開発された地区であり、オリンピックが終わった暁にはそれら選手達が滞在していた集合住宅がソーシャルハウジングとして低価格で売り出され、住宅不足に悩んでいたバルセロナ市における新しい居住エリアに変換される事が決まっていたエリアだったのです。つまりこの大学はこの新しいエリアに求心性と魅力を付与する為に「戦略的に創り出された」、云わば、バルセロナの都市戦略上に載っている「戦略の賜物」と見る事が出来るんですね。



オリオル・ボイーガスが全体計画を行った選手村は、バルセロナの都市形態に多大なる影響を与えている、19世紀に創り出されたセルダブロックに沿った形で配置計画がされています。ポンペウ・ファブラ大学のメインキャンパスも実は同じ建築家(ボイーガス)により設計された事などから、このセルダブロックに沿う形で基本計画がされているのが一つの特徴となっているんだけど、それが顕著に見られるのがコチラです:



そう、この校舎、ど真ん中に大変印象的な中庭が「デーン」と取られ、この中庭こそが、このCiutadellaキャンパスに独特のアイデンティティを与えているんですね。



上の写真は現政権が最近打ち出した教育費削減政策に対して怒った学生達が、街中をデモ行進する前にこの空間に集まり、活発に打ち合わせをしている様子。「公共空間とは市民が集まって討議し、権力に対して行動を起こす場所であり、その急先鋒は何時の時代も学生なんだなー」という事を思い出させてくれる、正にそんな光景です。

さて、ではこの中庭のアイデアは一体何処から来たのか?と言うとですね、それが上述したセルダブロックなんだけど、バルセロナを上空から見るとその状況が良く分かるかと思います:



各ブロックの真ん中には大きな大きな中庭が取られ、その中庭がそこに住む住民達専用の憩いの場として利用されていたり、それらの中庭を一般市民にも開放しようというコンセプトから、バルセロナ市役所がセルダブロック中庭開放計画を実施していたりするという事は以前のエントリで書いた通りです(地中海ブログ:出版界の大手、グスタボ・ジリ(Editorial Gustavo Gili)社屋のオープンハウスその2:カタルーニャにおける近代建築の傑作)。



で、ですね、ここからが今日の本題なんだけど、実はこのポンペウ・ファブラ大学のメインキャンパス、(普通の大学と同様に)専用の大学図書館を持っているのですが、この図書館が凄いんです!僕は職業柄、ヨーロッパ中を飛び回り、行った先々で色々な建築を見てるんだけど、そんな僕の目から見ても、「これほど美しい図書館には滅多にお目に掛かれるものじゃ無いのでは?」と思う程の質なんですよ!その一方で、この大変美しい図書館の存在は地元カタラン人達の間でもそれほど知られているとは言えません。

何故か?

何故ならこの図書館は特別なルートを通って行かなくてはならず、事前情報無しで見つけ出す事は非常に困難だからなんです。その概要については以前のエントリで何度か書いてきたのですが(地中海ブログ:ポンペウ・ファブラ大学図書館(Unversitat Pompeu Fabra))、「どうやって行ったらいいのですか?」等の質問を結構受け取るので、詳細な行き方などを改めて記しておこうと思います。

注意:この図書館は公立大学に属している為、誰でも訪れる事が出来ます。写真撮影も特に禁止されてはいませんが、その際は勉強している学生さん達の迷惑にならない様に心掛けましょう。結構みんな真剣に勉強しているので。

先ずはポンペウ・ファブラ大学へ来たら、地下一階にある図書館の入り口を入ります:



そこに広がっている風景はごく普通の大学図書館という感じなのですが、そこを突っ切って空間なりに奥へ奥へと歩いて行きます。



右折、左折を何度か繰り返したその突き当たりには上方へと向かう階段が現れるので、そこを上ります:



そこを上り切って少し歩くと、前方に「DIPOSIT DE LES AIGUES IUHJVV」と書かれた表示板とガラス扉が現れます。ちなみにDIPOSIT DE LES AIGUESとはカタラン語で貯水庫という意味‥‥そうなんです!世界一美しい図書館とは、実は昔の貯水庫を改修した図書館の事だったんですね!そんな世にも珍しい図書館の秘密の扉を入ると、そこに展開しているのがこの風景:



じゃーん、元貯水庫を改修したというだけあって、「これでもか!」というくらい高い天井と、その天井を足下でしっかりと支えている柱の対比が素晴らしい!



それらの柱は、まるで森の中に佇む大木の様であり、その木々の間に降り注ぐ光の粒子が、荒々しいレンガの表面に当たって、神々しく視覚化されているのを見る事が出来ます。この様な光の視覚化の手法は、バロック建築が細かい彫刻郡を天窓の下に配置し、繊細な彫刻の彫り込みによって出来る「光と影」で光の粒子を視覚化していたり(地中海ブログ:ベルニーニ(Bernini)の彫刻その3:サンタンドレア・アル・クィリナーレ教会(Sant'Andrea al Quirinale):彫刻と建築の見事なアンサンブル)、もしくはル・トロネの修道院が地元で採れる、表面がザラザラの粗い石によって達成していたりといった手法と大変似通っていますね(地中海ブログ:プロヴァンス旅行その5:ル・トロネ修道院(Abbaye du Thoronet)の回廊に見る光について)。 



で、ですね、この図書館、学生や一般の人達が入れるのは2階までとなってるんだけど、何を隠そう、許可された人しか入る事が許されない3階部分が存在するんですね。3階部分には貴重な図書や特別閲覧室などが配置されている為、それらの重要性を考えて、この階へのアクセスは厳しく制限されていると、そういう事らしい‥‥。ついこの間、サンティアゴ大聖堂から12世紀の写本が盗まれたばかりですしね(地中海ブログ:スペインの石川五右衛門こと、伝説的な大泥棒のインタビュー記事:サンティアゴ大聖堂から盗まれたカリクストゥス写本について)。かく言う僕も今まで一回も入った事が無かったんだけど、つい先日、偶々知り合いが行くというのでついて行ったら何と入る事が出来ちゃいました!これこそ本当にマンモス・ラッチー(笑)。多分、と言うか絶対本邦初公開のポンペウ・ファブラ大学図書館3階部分にはこんな風景が広がっています:



大空間を支えるアーチが連続する、非常に密度の高い空間の登場です。



この図書館の閲覧室の風景は、足下(一階部分)からは何度となく見てるんだけど、3階からの眺めには又違ったものがあります。



こちらは知る人ぞ知る、ヨーロッパ歴史界の重鎮、ジョセップ・フォンターナ氏の研究室(地中海ブログ:イグナシ・デ・ソラ・モラレス( Ignasi de Sola-Morales)とテラン・ヴァーグ(terrain vague))。おー、流石に一番良い場所に陣取ってらっしゃいますね。って言うか、彼だからこそ、こんな良い場所に居ても誰も文句言わないんだろうなー。そして今回どうしても見たかったのがコチラです:



天井の曲がり方と、そこに描かれた模様です。



この模様、下から見ている時は、「あー、なんか書いてあるなー」ぐらいにしか思わなかったんだけど、こうして真近で見ると、結構丁寧に描かれている事が分かります。 何が描かれているのかはサッパリ分からないけれど、元貯水庫だった事を考えると、貯めてある水を悪い細菌などから守る悪魔払いの魔除けとか、おまじないとか、そんな感じなのかなー?と言う気がしないでもないかな。そしてここから見える風景で見逃せないのがコチラです:



絶妙なカーブをした天井同士が重なり合う連続アーチの登場〜:



ここで見る事が出来る連続アーチ空間は一階からでは絶対に味わう事が出来ない、大変不思議な感覚を我々に与えてくれます。「この感覚、何処かで味わった事があったなー」とか思ってたら、この空間だった:



そう、ガウディ設計のサンタ・テレサ学院のパラボラ空間の質に非常に近いものを感じるんですね(地中海ブログ:オープンハウスその4:ガウディのパラボラ空間が堪能出来る、サンタ・テレサ学院(Collegi de les Teresianes))。良く知られている様に、ガウディのあの独特の造形は地元カタルーニャで育まれたカタラン・ボールトを基礎に発展していったモノなんだけど、ここの空間に身を置いていると、ガウディという希有な建築家が何故この地から生まれてきたのか?いや、この地だからこそ生まれる事が出来たんじゃないのか?という事を、書物からではなく、5感を通して味わう事が出来ます。それ程までに素晴らしい空間なんですよ!

最近は忙しくてナカナカゆっくりと建築を見て回る暇も無い日々が続いてるんだけど、久しぶりに質の高い空間に身を置き、大変心が満たされた時間を過ごす事が出来ました。
| 建築 | 00:01 | comments(4) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
(速報)マニュエル・デ・ソラ・モラレス(Manuel de Sola-Morales)氏が亡くなりました
バルセロナオリンピックを成功に導き、地元カタルーニャ工科大学に都市計画研究所を設立した立役者でありセルトの弟子でもあったマニュエル・デ・ソラ・モラレス氏が昨日バルセロナの自宅で亡くなりました。73歳でした。死因は奇しくも弟のイグナシ・デ・ソラ・モラレス氏と同じ、心臓発作だったそうです。

マニュエル氏とは個人的な面識はあまりなくて、何処かのカンファレンスで2−3回見かけた程度だったんだけど、やっぱり、イグナシ・デ・ソラ・モラレスを目指してヨーロッパにやってきた身としては、「イグナシのお兄ちゃん」という事で、勝手に親近感を抱いたりしていたんですね(イグナシについてはコチラ:地中海ブログ:イグナシ・デ・ソラ・モラレス( Ignasi de Sola-Morales)とテラン・ヴァーグ(terrain vague))。



ヨーロッパ建築界の重鎮だったマニュエル氏の都市を扱う巧みさについては、ラファエロ・モネオ氏と共にバルセロナにデザインしたショッピングセンター、L'illa Diagonalを見るだけでも、その片鱗は垣間見える様な気がします(地中海ブログ:L'illa Diagonal: ラファエル・モネオ(Rafael moneo)とマニュエル・デ・ソラ・モラレス(Manuel de Sola Morales))。ともすれば圧迫的になりがちな都市的スケールの建築が、セットバックやボリューム分散などを巧みに組み合わせる事によって、非常に見事な解決案が提示されているんですね。

‥‥先々週は美術界の巨匠、アントニ・タピエス氏の悲しいお知らせが届き、スペイン社会全体が深い悲しみで包まれた矢先、先週は何と、スペイン建築界を背負っていくはずだったMansilla & TunonのLuis Moreno Mansilla氏が53歳という若さで急死したばかりだったんですね。この様な状況は、今から丁度10年くらい前、ミラージェス、イグナシと、連続して21世紀の建築界をリードする筈だった人材を失ったバルセロナの状況に酷似しています。

‥‥歴史に「もし」は無いけれど、もし彼らが生きていたとしたら、間違いなく現在の建築界の中心の一つはバルセロナになっていた事だろうと思います。

まあ、僕達の社会というのは、こうやって先人達が築いてきた基礎の上に次の世代が少しづつ石を積み上げていく事によって前進していくという事は分かってはいるんだけど、それでもやっぱり寂しくなるなーという思いはナカナカ消えません。
 
ご冥福をお祈り致します。
| 建築 | 19:48 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
スマートシティ国際会議(Smart City Expo: World Congress)に出席して思った事その1:バルセロナ国際見本市会場(Fira Barcelona)の印象
前回のエントリで少しだけ書いたのですが、バルセロナでは今週火曜日から4日間に渡ってスマートシティに関する国際会議、Smart City Expo, World Congress; smart society for innovative and sustainable citiesが行われています。その関係で、今週は朝から晩までミーティング三昧だったんだけど、昨日の夜、帰り際にサグラダファミリアの前を通り掛かったら、サグラダファミリアが真っ赤に燃えているかの様なライトアップをしててビックリ!



「な、何事だー!」とか思ったんだけど、どうやら12月1日は「世界エイズの日」という事で、世界各地のモニュメントが赤く照らし出されていたと言う事を翌日のニュースで知りました。てっきり昨晩グラシア大通りで行われてた、The Shopping Night Barcelona関連なんだとばかり思ってたー(地中海ブログ:Barcelona Oportunity Weekに見るバルセロナの都市戦略)。

まあ、それは良いとして、早速今日の本題に入りたいと思うんだけど、先ず始めに「スマートシティとは一体何か?」と言うとですね、手短に言うと、近年勃興してきた新しいテクノロジー(スマートフォンなんか)を使ってデータを収集しつつ、それらを都市分析に役立てながら、交通やエネルギー削減など、都市のサービスを向上させていこうというアイデアの事を言うんですね。ここ数年で急速に認識が広まりつつある「スマートグリッド」も、スマートシティの大変重要な柱の一つと考えられています。

実は僕はスマートシティとは結構深い関わりがあって、と言うのも数年前バルセロナ市がダブリン市やヘルシンキ市と一緒に立ち上げたEUプロジェクト、ICING(Innovation Cities of Next Generation)の交通分野の責任者をして以来、スマートシティやインテリジェントシティと名の付いた数々のプロジェクトに関わる機会があったからです。



ICINGが動き出したのが2004年、立ち上げ始めたのが2002年の事ですから、このプロジェクトはヨーロッパの中でもスマートシティの走りと言っても過言ではないと思います。ちなみにその後、欧州工科大学の前身となる分科会(みたいなの)のエネルギー分野を「(何故か知らないけど)カタルーニャが引き受けましょう」とか州政府が口走っちゃったもんだから、みんながあたふたした挙げ句、とある公的機関のスマートグリッドに関わっていた事もありました。

と言う訳で、今週は日本を始め、ヨーロッパやアメリカなんかからひっきりなしにくるお客さんとのミーティングが会議の合間に「これでもか!」っていう勢いで入ってたんだけど、そんなかなりキツキツのスケジュールの中でも僕が密かに楽しみにしていたのが、今回の会議場の見学だったんですね。何でかって、今回スマートシティの会場になっていた所こそ、日本が誇る世界的建築家、伊東豊雄さんがデザインされたバルセロナ国際見本市会場Fira Barcelonaだったからなんです。



この建築、実は数年前に完成していたのですが、今までなかなか時間がとれなかった事も相俟って、ゆっくりと見学する機会に恵まれませんでした。と言う訳で、今回は国際会議の参加者として、じっくりと空間を体験してみたいと思います。

と、ここまで書いてきて何なのですが、この建築の真の価値と言うのは、その建築的空間の質もさる事ながら、この建築がこの場所に計画された意味、つまりはバルセロナ市の都市戦略と共に考えないと正しい評価は出来ないと思うんですけどね。この国際見本市のロケーションがバルセロナにとってどれ程重要かという事は、この建築が完成するのに合わせて、わざわざ徒歩5分の所に州政府が地下鉄駅を創り出した事にも見られると思います(この話は長くなりそうなので又今度)そんな事を思いつつ、最寄り駅のエスカレーターを昇っていたら、こんな風景が見えてきました。



同じく伊東さんによるツインタワーのお目見えです。見本市会場の真横に立つこの独特な形をしたツインタワーは、以前IKEAに買い物に来た時に外観だけチラッと見たのですが(地中海ブログ:バルセロナのIKEAに行ってきました:IKEAに見る家具店のエンターテイメント化)、つい先日、所用でピカソ美術館に行ったら、お土産売り場でこんなものを発見!



バルセロナのスカイラインを切り取るシルエットを集めた壁掛け(かな?)。で、驚いたのが、サグラダファミリアやフォスターのテレビ塔なんかに混じって、早くも伊東さんのツインタワーがバルセロナの新しいシンボルとして選ばれていた事ですね。



このデザインが良いのか悪いのか、僕にはよく分からないけど、他の建物とは明らかに違う、ある種のアイデンティティみたいなモノを持っている事は確かだと思います。それを横目に見ながら3分程歩いて行くと見えてくるのがコチラです:



バルセロナの新名所、国際見本市会場(Fira Barcelona)のお目見え〜。多分この建築を訪れる大半の人達というのは、最寄り駅からアプローチしてくると思われるので、当然の事ながら、この建築はそのアプローチを意識したデザインとなっています。もっと具体的に言うと、この建築は見る位置によって印象がかなり違ってくるんですね。



ここから見える風景は「空」を切り取る端部が繰り返し現れるデザインがキーかな。



逆に、ここから見えるデザインは、横にビヨーンと長く伸びたデザインが目指されていて、非常にリラックスしたデザインとなっていますね。



その一方で、ファサードにくっ付いてるイソギンチャクを大判焼きにしたというか、エヴァンゲリオンに出てきそうというか、これが何を意味しているのかは不明。



側面の方に廻ってみると、このイソギンチャクの大判焼きが一つのパターンとなって繰り返し現れるデザインが展開してるんだけど、こちらもこの形とパターンが一体何を意味しているのかは不明。まあ、これだけ繰り返し現れるモチーフなんだから、何かしら重要な意味があるのだとは思うんだけど、僕には読み取れませんでした。 そんな事を考えつつ、いよいよ中へと入って行きます。



エントランスホールは流石に気持ちの良い空間が展開していますね。



天井は伊東さんお得意の自然光を取り入れる明かり採り+柱のミックスデザインになってるし。そんな中でも特に印象的だったのは、入った瞬間に目に飛び込んでくる情報パネルの発光するワッカでしょうか。



このワッカが赤になったり青になったりして、その光が真っ白な空間に彩りを与えていました。こういう情報系のパネルっていうのは、基本的に「本質的な空間の質」には影響を与えないと思うんだけど、この空間ではそれが主役になっている様な気がします。



逆に言うと、これは「そこしか見所がない」という事の裏返しだと思います。

間違ってもらっては困るんだけど、僕は別に、タッチパネルなどを用いたデザインを否定する訳ではなくて、逆にその様な新しいデザインが空間に与える影響みたいなものに非常に興味があるし、現に僕が仕事でやってる事というのは、そちらに近い事だとも思います。だからこそ、そのデザインの可能性と限界も手に取るように分かってしまって、もしもそっち系でいくのなら、それなりのやり方があると思うんですね。僕が見る限りこの空間はその様なデザインにはなってはいません。

今週はスマートシティ国再会議と平行して、もう一つ別の国際会議が行われていたので、この建築のもう一つの見所であると思われる、各会議場を繋ぐ連結部分に入る事は出来ませんでした。エントランスホールの印象がイマイチだったので、今度はそちらの方の空間に期待したいと思います。

追記:
今年のスマートシティ賞都市部門は横浜市が受賞しました。
| 建築 | 07:07 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
オープンハウス in バルセロナ(48 OPEN HOUSE BCN):ジュゼップ・マリア・ジュジョール(Josep Maria Jujol)のプラネイス邸(Casa Planells)
先週の土曜、日曜(10月22―23日)と、バルセロナ市内でオープンハウスが開催されていました。



オープンハウスとは一体何か?と言うとですね、普段は絶対に入る事が出来ない文化的価値の高い建築を、その日に限って一般公開するという、建築探訪好きには堪らないイベントの事なんですね。この手の行事で世界的に知られているのは何と言ってもロンドンだと思うんだけど、毎年9月の第二土曜に開催されるオープンハウスには、世界中から建築好きが挙って訪れ、リチャード・ロジャースによるロイズ・オブ・ロンドン(地中海ブログ:ロンドン旅行その5:Richard Rogers( リチャード・ロジャース)の建築:Lloyd's of London)やノーマン・フォスターの事務所など(ノーマンフォスターについてはコチラ:地中海ブログ:ロンドン旅行その4:Norman Foster (ノーマン・フォスター) の建築その2:スイス・リ本社ビル)、街中の至る所で長蛇の列を見る事が出来る程なんですね。

僕はこのオープンハウスなるものには結構深い思い入れがあって、と言うのも僕が初めてオープンハウスに出逢ったのは、アメリカに留学していた19歳の時の事、フランク・ロイド・ライトの建築が一斉に公開になるって言うイベントに参加したのがそのキッカケでした。



ライトの住宅というのはシカゴ郊外のオークパークという小さな町に沢山集まっていて、(当時は)毎年5月頭にそれらの住宅を一般公開するっていう夢の様なイベントが行われていたんだけど、「この機会を逃す手は無い!」という事で、不安と期待で胸を一杯にしながらシカゴの街に向かったのを今でも昨日の事の様に覚えています。今思えば、未だ10代という若い内にライトの建築に身を持って触れられた事は、僕の建築家としてのキャリアにとって大変重要且つ貴重な体験だったのかも知れません。

そんな、世界中で定着しつつあるオープンハウスなんだけど、驚くべき事に、都市計画と建築のメッカであるバルセロナにおいてオープンハウスが開催され始めたのは意外にもごく最近、去年からの事なんです。



初年度だった去年は、バルセロナ市内に散在する160近くの建築が公開になった事などから、2日間で約2万5千人もの来場者を集めたそうです。僕もその2日間で、歴史上初めて公開されたセルトによる集合住宅や(地中海ブログ:オープンハウス in バルセロナ(48 OPEN HOUSE BCN)その2:ホセ・ルイ・セルト(Josep Lluis Sert)の集合住宅)、同じくセルトのパリ万博パビリオン(地中海ブログ:オープンハウス in バルセロナ(48 OPEN HOUSE BCN)その3:ホセ・ルイ・セルト(Josep Lluis Sert)のパリ万博スペイン共和国館)、更にはオリオル・ボヒガス設計によるカタルーニャモダニズムの王道を行く幼稚園など、こんな事が無い限り絶対に入る事が出来ない建築を散々見て回っちゃいました。



タダ、初年度という事もあって、運営側の不備などから、折角行ったのに入れなかったり、午前中で予約が一杯になっちゃって、後から見ようと思ってたのに結局見逃してしまったりと大変悔しい思いをした事も又確か。

そんな訳で、今年は去年の教訓を生かして、見たい物件だけをピンポイントで狙って行ったんだけど、今回のリストの中で僕が一番に目を付けた作品がコチラです:



ジュゼップ・マリア・ジュジョール作のプラネイス邸。ジュジョールと言えば,「ガウディの影武者だった男」として、最近では日本でもかなり有名になってきた感があるのですが、そんな彼が残した数少ない集合住宅がバルセロナ市内の一角に建っています。今回はこの建物の中に入っている建築事務所の方の御好意で、半日だけ公開される運びとなったらしいんだけど、朝11時からの公開にも関わらず、1時間前にはもう既に長蛇の列がー!いやー、やっぱりみんな分かってるよなー、何を見るべきなのかって!



まあ、順番を待ってる時間を利用して外観を見て回ってたんだけど、実はこの建築、現在修復中で工事用のシートが被せられています。それでもその合間からチラチラ見える外観のデザインは、その時代を表象しているかの様でちょっと面白い。と言うのも、コーナー部分にはジュジョール特有の曲線美が見て取れるんだけど、その右手奥の方には、1930年代に訪れる合理主義を予告するかの様なデザインが展開しているからなんですね。それら、相反するものの共存みたいなー。そうこうしている内に、僕の順番が回ってきました。先ずは入り口を入って直ぐの階段部分から:



入った瞬間に一気にジュジョールの世界へと惹き込まれるかの様な、正にそんな独特の空間が展開しています。特にこの階段部分と天井の切り取り方なんかて、非常に「ネチッ」としていて、上方から漏れてくる光と共に、大変魅力的で見事な空間に仕上がっていると思います。そしてこの手摺に注目:



手摺が2つの部分に分かれてるんだけど、その間に見られる連続性、何も無い所に、あたかも空間が出現しているかの様な「空のデザイン」が大変利いていると思います。この階段部分を見ている時に、今回案内役を買って出てくれた建築家がこの建物の歴史を少し話してくれたんだけど、それを聞いていてビックリ!実はこの建物は長い間「売春宿として使われていた」という衝撃の事実が判明してしまいました!!!

まあ、でもその一方で、その話を聞いて何か妙に納得してしまった‥‥。と言うのも、ジュジョールの創り出す空間って、ある意味大変メルヘンチックであり、ロマンチックな雰囲気を醸し出している事から、「異世界へ行く」という意味においては、売春宿とかに使われるのは「実は結構ピッタリの使い方かも」とか思ってしまったからです。



ほら、このカラフルな丸い窓とか、かなりメルヘンチックでしょ(笑)。‥‥もしかしたら近い将来、アムステルダムの飾り窓のデザインなんかを建築家が手がける日が来るかも知れません。資本主義という事と絡めれば、その辺に非常に敏感なOMAとかが手を挙げても全く不思議じゃないんだけどなー。と、そんな事を思いつつ、イヨイヨ中へと入って行きます。1999年にSDから出版された特集号、「ガウディの愛弟子、ジュジョールの夢」にもこの建築の内部空間は収録されていない事から、多分本邦初公開だと思います!その気になる内部がコチラ:



外へ向かって広がって行くかの様な、大変ノビノビとした内部空間の登場〜。光が部屋一杯に降り注ぎ、大変気持ちの良い空間になっているのが分かるかと思います。





この部屋の中心には大変印象的な柱が一本建ってるんだけど、その柱と天井が渦を巻いている様なデザインになっていて、この空間の中心である事を暗示していますね。



ここに備え付けられている朱色の家具はオリジナルじゃ無くって、ここに入ってる建築事務所の方がデザインされたそうです。流石にデザイン関連の方の仕事らしく、この空間にピッタリの家具に仕上げられていると思います。



その一方で床のデザインはジュジョールのオリジナルなんだとか。モチーフは蛍なんだそうです。昆虫をデザインのモチーフにしてる辺り、「やっぱりアールヌーボーと関わりが深いモデルニズモだなー」とか思ってしまいますね。大変こじんまりとしたこの建築には中二階部分があって、そこの天井はカタランボールト全快のデザインでした:



更にそこから一階部分を見下ろした風景はこんな感じ:



ジュジョール特有の大変魅惑的な曲線で切り取られた空間が、魅力的な風景を創り出しているのが分かるかと思います。この中二階については、カルロス・フローレスさん(ジュジョール研究の第一人者)が、同時代との類似性についてこんな事を書かれています:

「この作品のユニークさと同時代前衛芸術に見られる傾向との近似性は、ジョゼップ・ルイス・セルトがバルセロナのムンタネール通りに模範的なメゾネット形式の集合住宅を建設する数年前にたとえ小規模とはいえジュジョールが同形式を実現していた主階(2階)にそれぞれの中2階を持つことによってさらに強調される」

“ガウディの愛弟子、ジュジョールの夢”P24


数年前、日本でも「ガウディの影武者だった男」という本が出版され、ジュジョールに焦点を当てた展覧会などが世界各地で開かれるなど、建築家の間だけではなく、一般の人達の間にもジュジョールの才能と作品が日に日に知られる所となってきています。



グエル公園のベンチや天井、更にはカサミラの手摺などを見るに付け、これ程の建築家が今まで無名であった事の方が寧ろ不思議なくらいだと思うんだけど、今回のオープンハウスではそんな彼の素晴らしい才能の一端に触れる事が出来ました。特に、数少ない彼の作品を実際に訪れ、その空間に身を浸す事が出来たのは、この上ない喜びであると共に、建築家としては非常に貴重な体験だったと思います。オープンハウス、最高!
| 建築 | 23:28 | comments(2) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加