地中海ブログ

地中海都市バルセロナから日本人というフィルターを通したヨーロッパの社会文化をお送りします。
ポルトガルの総選挙に向けて:ポルトガルースペインの両国間の関係が焦点に
今日の新聞に来週の総選挙(9月27日)を控えたポルトガルの国内事情、主に隣国スペインとの関係に関する記事(El Pais, 20 de Septiembre 2009, P4)が載っていました。

その記事によると、今回の選挙では高速鉄道連結(AVE)を含めた、スペインとの関係をどうするか?が大きな焦点になっているとか。

まあ、そんな事当たり前と言えば当たり前で、ソコを敢えて今強調するというのは、実はもっと重要な問題(経済危機をどう乗り越えるかとか)を隠す為に、昔ながらの議論が利用されているんじゃないの?とか、変な勘ぐりを入れてしまったりするんですがね。まあ、いいや。

「ここに地果て海始まる」じゃ無いけど、ポルトガルにとって国境を共有する唯一の国がスペインだったので、遥か昔から同じ様な議論(スペインとの関係をどうするか?)が繰り返されて来た事は想像に難くありませんが、今日の記事が面白かったのは、ポルトガルとスペインが未だかつて無い程、経済社会的に結ばれているという点を強調していた点ですね。

例えばエラスムス(ヨーロッパ大学交換留学制度)を利用した留学生数は、ポルトガルではスペインの学生が、スペインではポルトガルの学生がそれぞれナンバーワンを占めているそうです。更にポルトガルではスペイン語を学ぶ学生数がうなぎ上りで、第二外国語の地位を守り続けているフランス語を抜く勢いだとか(ちなみに第一外国語は英語です)。反対にスペインでも近年、ポルトガル語を学ぶ学生が増えているそうです。ヘェーヘェーヘェー。

その中でも特に医療関連に進学したいポルトガルの学生などはスペイン留学を望んでいるらしいです。確かに南ヨーロッパで見た時の医療分野での大学ランキング一位はバルセロナ大学なんですね。カタルーニャというのは昔から医療分野には力を入れていて、近年ではバイオ医療に相当力を注ぎ込んでいるというのは、以前書いた通りです(地中海ブログ: カタルーニャの打ち出した新しい都市戦略:バイオ医療( BioPol, BioRegio)

この分野では既に両国間で国境を取り払った試みが結構行われてて、例えば、ポルトガルには既に1937人のスペイン人の医者と看護婦さんが働いているんですって。

又、僕は全然しらなかったんだけど、国境付近に位置するポルトガル側の小さな街、Elvasという街には病院が無く、一番近いのはスペイン側の Extremadura州にあるBadajoz市の病院の為、「ポルトガル側の住民は、その病院を利用出来る」という国家間契約を結び、多くの人が利用しているそうです。特に緊急を要する分娩の場合などに大変役にたっているらしく、この2年間でスペインの病院で生まれたポルトガル人の赤ちゃんの数は500人に上るとか。

このような国境を越えた協力体制(ユーロリージョン)については当ブログで何度も書いて来た所なのですが、明日、9月21日には Extremadura-Alentejo-Centro間の協力体制がEUの補助と共に新たに生まれます(ユーロリージョンについてはコチラ:地中海ブログ:Euroregion(ユーロリージョン)とカタルーニャの都市戦略:バイオ医療を核としたクラスター形成)。既に存在しているポルトガル北部とガリシア地方(Galicia-Norte de Portugal)のユーロリージョンと合わせて2つ目です。喜ばしい限りですね。

その一方で、このような2国間協力体制を喜ばない人達が居る事も又確か。

まあ、今でも、特に上の世代の(一部の)人達の間には「スペイン嫌い」という風潮が広がっているので、そんな人達から見れば「敵国スペインで子供を生むなんて何事だ!」みたいな感じなんじゃないのかな?と想像しますけどね。若い人達の世代では、このような感情は薄らいでいるんだろうけれど、先週のManuela Ferreiraの発言に見られるように、「ポルトガルはスペインの属州では無い!」という発言が国民感情を集める為の道具に使われている辺り、そのような感情がまだまだ根強く残っているのかな?という事を匂わせますね。

高速鉄道連結問題を含めて、来週のポルトガル総選挙は今から大変楽しみです。
| ヨーロッパ都市政策 | 23:28 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
ヨーロッパの都市別カテゴリー:ブルーバナナ(Blue Banana)とかサルコジ(Nicolas Sarkozy)首相とか
少し前の事になりますが、ヨーロッパの都市別カテゴリーに関する記事(Innovacion y atracción de talento, 29 de Enero, 2009, p8)が載っていました。

都市別カテゴリーとは何かというと、ヨーロッパの各都市を「この都市は研究拠点型」だとか、「この都市は現代産業センター型」だとか、特徴別に分類して地図にしたものです。この分類と地図自体はUrban Auditが発行した” State of European cities Report, 2007”という報告書を下敷きにしているのですが、その中でバルセロナは「知識創出と有能な人材を惹き付ける拠点」として評価され、「知識ハブ」というカテゴリーに位置付けられているんですね。バイオ医療やテクノロジー、そしてR&Dで売り出しているバルセロナとしては、この評価はうれしいんじゃないかな。

確かにココ最近、この方向で都市を売っていこうという動きが一層活発になっている気はします。(例えばコレ:カタルーニャの打ち出した新しい都市戦略:バイオ医療( BioPol, BioRegio)、地中海ブログ)

元々この記事だって、バルセロナを研究と発展の拠点として国際的地位に押し上げる為に、新たに始めた「バルセロナ、研究と革新(el programa Barcelona, Recerca i Innovacion)」プログラムの発表の為だったんですね。更に今週木曜日にはバルセロナ市長がロンドン・スクール・オフ・エコノミクス(London School of Economies)で講演を行い、「バルセロナは知識型都市に生まれ変わりつつある」と言う事をコレでもか!と強調したりしていました。(Hereu vende en Londres la fuerza futura de Barcelona, La Vanguardia, 6 de Febrero 2009, p7)

まあ、バルセロナにはこの分野の世界的重鎮、マニュエル・カステル(Manuel Castells)がいたり、長年彼とパートナーを組んで現場から都市を動かしてきたジョルディ・ボージャ(Jordi Boja)がいたりするので、かなり早くから知識型社会への移行を見越して戦略的に動いてきた結果が、バルセロナを今の地位に押し上げたというのは、特に驚くべき事ではないんですけれども。

さて、こんな都市別カテゴリー化、ひいては都市間競争が視覚化されたのって、ブルーバナナ(Blue Banana)なんだろうなー、と言う事は以前のエントリで何度か書いた気がします。(地中海連合(Union pour la Mediterranee)の常設事務局はバルセロナに:地中海ブログ、関連書籍:(Brunet,Roger(1989): Les Villes Europeennes, Rapport pour la DATAR, Reclus, La Documentation Francaise.)



欧州委員会としては都市の多様性を確保する為、もしくは市民に、ヨーロッパというのは様々な特徴を持った都市のモザイクなのだという事を認識させる為に、先の都市のカテゴリー化や地図などを作ったんだろうけど、これが都市間競争を助長しているのは明らかな事実だと思います。

ブルーバナナって分かり易い図式と絶妙なネーミングが相まって、かなり有名になりましたが、実はブルーバナナが発表された後、ドタドタっと同じ様な提案が幾つかされたんですね。(あまり知られていませんが)例えばその一つがコレ:



IAURIFが提案した「青い星(Blue star)」。ブルーバナナよりもよりダイナミック且つ現実的な表象だと主張しています。もしくはコレ:



Lutzkyが提案した「7つのアパートを伴ったヨーロッパという家(The European house with seven apartments)」。極めつけはコレ:



Klaus R. Kunzmann と Michael Wegnerが提案した「ヨーロッパの青ブドウ」“ The European green grape”。ブルーバナナよりももっと多極的にクラスター化する事で、より現実的な分析に近ついたと言われています。更にこの人達、こんな素晴らしい事まで言っちゃっています:

「希望としてはこの競争はゼロサムゲームではなく、全ての都市が勝つようなゲームになる事が望ましい。」

“ The hope is that this competition is not a zero- sum game where any gain is a loss elsewhere, but that at the end of the day every city will be better off”.(Kunzmann, K.R. and Wegener,M.: the pattern of urbanization in western Europe 1960- 1990. report for the directorate general XVI of the commission of the European communities as part of the study urbanization and the function of cities in the European community, Dortmund: IRPUD, 1991)


どっかで聞いたような言葉だなーとか思いつつ・・・とってもポリティカル・コレクトネスだよなーとかも思いつつ・・・。

最近の経済危機でヨーロッパの各都市は、それこそ死に物狂いでリソースを探しに出るのではないかと思われます。つまり欧州委員会が望むと望まざるとに関わらず、競争はますます激化するのではと思うんですね。

でもこんな時だからこそ出来る事もあるはず。小さい都市は小さい都市なりにその都市にしか出来ない事、差別化を図ったり、近隣諸都市と協力関係を築いて地域として大都市と対抗する、いわゆる、シティ・リージョンを実現したりする良い機会なんじゃないのかな?

そこへ来て、「さすがだな」と感心したのがフランスのサルコジ首相(Nicolas Sarkozy)。

「私は文化が経済危機に対する我々の答えだと言いたい。」

“ Quiero que la cultura sea nuestra respuesta a la crisis” (La Vanguardia, 3 de Febrero 2009,p28)


いわゆる文化を核とした都市再生、都市活性化というヤツですね。それが難しいのは誰もが分かっている。しかし、それを分かった上で言い切ってしまう彼の器量こそナカナカのものだなと思うわけです。

ちなみにカタラン人がよく言うのが、「サルコジのヤツ、あんなかわいい奥さん(カーラ・ブルーニ(Carla Bruni))もらってなんてうらやましいんだ」という妬み&嫉妬。うーん、確かにうらやましい。でも、あんなお世辞にもいい顔立ちだとは言えず、背も低くてあまりかっこいいとも言えない人が、あんな超美人と結ばれるなんて、世の中のオトコに希望を与えてくれましたよね。男は外見じゃない、中身で勝負だと。男の鏡です。ガンバレ、サルコジ。
| ヨーロッパ都市政策 | 23:59 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
フランクフルト旅行その3:広告としての緑の都市計画
フランクフルトを散策していて驚いたのが緑の多さです。ドイツは環境先進国と言われていますが、今回の旅行でその事を実感しました。至る所に木々が植えられ、ちょっとした森林ゾーンが適度に配置されている。
「同じヨーロッパと言っても北と南でこうも都市に違いが出るものなのか!」と改めて実感させられます。これはどちらが良い・悪いという問題ではなくて、単に都市の特性が違うという事です。これこそ多様性を確保しているヨーロッパの強みなんですね。

例えば、フランクフルト国際空港から市内に入る途中にガラス張りの大変現代的な建築があり、その足元に緑に囲まれた小さな家が点在する村のようなエリアに遭遇します。



以前から気になっていたのですが、市役所の人に聞いたらどうやらコレはウィークエンドハウスだという事です。ドイツでは伝統的に月曜から金曜までは市内で暮らして、週末はのんびりと野菜でも作って静かに暮らすという事が行われているらしいです。





南の都市が海岸沿いに住宅を建てて日光浴に行くだけなのに対して、ドイツでは緑に囲まれた環境や菜園をわざわざ創り出して週末を過ごすという強い意図が見受けられます。こういう些細な所に何故にドイツが環境先進国なのかという理由が隠されているような気がしますね。

さて、フランクフルト観光案内所で貰った地図を眺めていたら面白い事に気が付きました。



中世の城壁の外側を取り囲むように緑の帯が展開しているんですね。

現代都市はこのような壁(見えない境界)を大きく分けて2種類創り出しました。

一つ目はヨーロッパ中の都市が例外無く実行している中心市街地歩行者空間の為の境界です。多くの場合、この境界は中世の城壁と一致し、この見えない境界(壁)を明確に決める事によって、都市はこのエリアに重点的に投資をし、中世風景の再現を目指しています。

もう一つの壁が今日のメインなんですけど、それが緑の壁です。ある一定の厚さ(数十メートルから数百メートルくらい)を持った緑の帯をぐるっと張り巡らせる事によって、その外側への都市の拡散や成長を抑制するというのが主な役割。



上記の写真はミラノ都市戦略の写真です。ミラノ都市戦略に関しては以前のエントリ:ミラノ旅行その7:ミラノの都市戦略その1:都市マーケティング政策、で少し書きましたが、近年は環境戦略にも力を入れている模様ですね。

もう一つ別の例を挙げます。



上記の写真はスペイン、バスク地方のビトリア都市戦略の写真です。ビトリアは都市の発展・拡散を食い止め、都市をコンパクトに保つ為に緑の指輪を創り出しました。何を隠そうビトリアの都市戦略・環境戦略を創ったのは僕達です。今はこの戦略プランに基ついて計画が実行に移されつつあります。

多くのヨーロッパ都市は中世の城壁を持っていました。その城壁は多くの場合、外敵から身を守る為に建設されたんですね。同時に都市をコンパクトに保つ為にも機能してきました。

それに比べて現在建設されている壁は見えない壁です。しかしこの緑の壁はアーバニゼーションという現代都市の病とも言える外敵から、都市自身が身を守る為に建設した第二の壁な訳です。

この堅固な壁から緑の壁への変化は、僕達の時代がエコの時代でありサステイナビリティの時代であるという事を象徴的に示している出来事だと思います。そしてこのような事例は至る所に見出す事が出来ます。



上記の写真は2005年に僕達が計画したバルセロナ・グラシア地区歩行者空間計画の市民向けパンフレットです。歩行者空間=公共空間となる所が緑色に塗りつぶされています。

公共空間と地図といえば、ネガ・ポジという概念の下、白黒を反転する事で公共空間を浮かび上がらせたノリーの図が有名ですが、僕らの時代にはそれが緑色に変わりました。

何故このような事が起きているのか?

それは現代都市最強の「広告」は「緑」、「サステイナビリティ」そして「エコロジー」を謳ったサステイナブル都市計画だからです。故にヨーロッパのどの都市も「緑」を前面に出して都市の居住性の高さを謳っているんですね。皆、毎年発表される都市ランキングに上位ランクされる事に頭を悩ませている訳です。

今の時代、我々を取り巻く全てのものが広告化しようとしています。そして良く目を凝らして見ないと、その広告は見えません。何故なら広告の本質とは「見えない事」にあるからです。
| ヨーロッパ都市政策 | 23:24 | comments(3) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
フランクフルト旅行その1:フランクフルト(Frankfurt)に見る都市の未来
木曜・金曜とロボットプロジェクト(URUS)のパートナーミーティングがバルセロナ某所で朝から晩まであり、週末は仕事関係の所用でフランクフルト(Frankfurt)へ行ってきました。



フランクフルトに関しては以前のエントリ(都市化する空港と効率指標としてのアクセッシビリティなど)で何度か取り上げたのですが、この都市ほどグローバリゼーションの影響をモロに受け、そのポジティブ・ネガティブ、両方の影響が見事なまでに可視化している都市も少ないと思います。効率性と娯楽性が極度に入り混じり、都市レベルにおいて、娯楽性の為に効率性が使用されようとしているこの都市は、ある意味、都市の未来なのかも知れないと思わされます。

何時もならココで都市アクセッシビリティ評価に入る所なのですが、フランクフルトのダントツのアクセッシビリティについては以前のエントリ、Super Functional City; Frankfurtで詳しく書いたので反復は避けたいと思います。ちなみに空港から中心街まではきっかり15分。帰りは搭乗手続きの1時間前まで街を堪能して、中央駅から15分で空港へ。チェックインカウンターでは無く、自動販売機で搭乗手続きを5分で終わらせて余裕の搭乗でした。

さて、フランクフルトは何故これほどの効率性を持つ事になったのでしょうか?先ず考えられる第一の要因としては勿論空港のハブ化が挙げられるかと思います。フランクフルト空港が開設されたのは1936年で当時は軍基地として使用されていたようです。それがヨーロッパの国際的ハブ空港(Frankfurt am Main International Airport)として使用されるようになったのが1972年。下の写真は1946年当時の焼け野原の写真です。



下の写真は1968年に撮影されたもの。終戦直後からするとかなり復興していますが、現代に繋がるような風景は未だ出てきていません。



下の写真は1979年の写真。



この頃になると既に高層風景が出現しているのが見て取れます。年代的にも空港の発達と期を逸にしていると言えると思います。まあそんな事は当然と言えば当然で、アクセッシビリティが良い所に最もお金が集まるというのは世の常。ちなみに道と道が交差する所に市が立ち上がって公共空間になったというのは良く知られた話ですね。それよりも注目すべきは国際ハブ空港を誘致する事を1960年代に既に思い付いていたフランクフルト市の戦略性ですね。その裏には勿論、ユルゲン・ハーバーマス(Jürgen Habermas)を中心とするフランクフルト学派(Frankfurt School)が噛んでいるだろう事は容易に想像が付く所です。

現代のアクセッシビリティについてもう少し言えば、空港と並んで重要な機能が港なのですが、フランクフルトの場合はそれをライン川(River Main)の機能で補充しているようですね。この2つの機能を持つ事が都市の発達においては必要不可欠なのですが、コレこそアムステルダム(Ámsterdam)が急成長を遂げた要因であり、現在バルセロナが急ピッチで進めている計画な訳です。これをされると困るのがマドリッド。だから中央政府はナカナカ「ウン」と首を立てに振らない訳ですね。

さて、まあココまでなら良くある話で、例えばロンドンなんかシティ・オブ・ロンドン(City of London)とか言うヨーロッパ随一を誇る金融街を持っています。それを表象しているのがリチャード・ロジャース(Richard Rogers)のロイズ オブ ロンドン(Lloyd's of London)であり、ノーマン・フォスター(Norman Foster) のスイス・リ本社ビル(Swiss Re Headquarters)な訳です。ちなみにフランクフルトの顔であるコメルツ銀行本社ビル(Commerzbank)を設計したのは同じくフォスターです。いち早く環境負荷を考慮に入れて高層をデザインしている辺りはさすが天才、サー、ノーマン・フォスター。

さて、フランクフルトが他の都市と一味も二味も違う点は、このような急激なグローバリゼーションの波に浸された結果、グローバリゼーションの負の面である都市の闇が如実に市内に可視化される事となってしまった点なんですね。グローバリゼーションの真っ只中に居るヨーロッパの現代都市は必ず2つの顔を持っています。そして表の顔が美しければ美しい程、裏の顔は何処か見えない所へと隠される事となります。(典型的な例がこちら:都市の闇:ヴェネチア(Venezia)の裏の顔とジェントリフィケーション(Gentrification))

しかしフランクフルトの場合はその見えない筈の負の面が隠される訳でも無く、堂々と表に出て来て、前述の金融街とまるで対を成しているかのように成り立っている。しかもその「負の面」が今正に「正の面」へと変化しようとしているかのようです。それがヨーロッパ随一とも言われるフランクフルトの風俗産業です。今やフランクフルトはアムステルダムと並ぶ風俗の聖地(性地)と化しました。

下の写真は駅前から金融街を見た所。



夜に同じ場所から同じ方向を見ると街は違う顔を現します。





ピンクや赤、青色のネオンの部分は全て風俗です。



アムステルダムの飾り窓は国際的に有名ですが、多分フランクフルトの風俗産業の発展振りはこの街を訪れた事のある人しか知らないと思います。ちなみにドイツでは売春は合法らしいです。

風俗産業と言うと僕等日本人は陰気、危険、悪というイメージを抱きがちですが、アムステルダムと同様、ココにはそんなイメージは一切無いように思われます。(少なくとも街中を歩いていて危険だと感じる事はありませんでした。)

反対に性をポジティブなモノと捕らえた陽気さすら漂っています。フランクフルト市はオフィシャルにこの地域を宣伝してはいませんが、実質既に観光名所化している事実を考えると近い将来、市役所が大々的に宣伝し始めるのも時間の問題かと思われます。何故なら観光客がココに落としていってくれる金額は無視出来ない程、都市の収入に占める割合が高いと思われるからです。

真夜中、ホテルの窓から金融街の表象である超高層を眺めながら、その足元にそれが惹き付けてしまう「もう一つの欲望」の風景を見ていると、この街が表象しているモノこそ、人間そのものなのではないのか?と思えてきてしまいます。同時に、人間の欲望とはなんて深いんだとも思わされます。ココには人間の欲望の内の2つもが表象されているのですから。
| ヨーロッパ都市政策 | 19:50 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
ミラノ旅行その7:ミラノの都市戦略その1:都市マーケティング政策
ミラノという都市についてどうしても書いておかなければならない事があります。それがミラノの都市戦略です。今までローマヴェネチアといったイタリアの諸都市を訪れてきたのですが、ミラノには明らかにそれらのどの都市とも違った「都市戦略」がその裏に存在しているのではないのか?という事を今回実際に訪れてみて感じました。

僕なりに整理してみた結果、それらの戦略は大きく2つに大別する事が出来るかと思います。一つ目はミラノのブランディング政策(都市商業政策)について。これは多分イタリアの諸都市で行われている事とかなり近い事が成されていると思いますが、ミラノの特徴はデザイン優先でそれがなされている点が他の都市とは違うかと思われます。もう一つはビッグイベントを利用した都市発展手法について。これはバルセロナが最も得意とする戦術であり、イタリアではミラノという都市コンテクストだけが許した特有のシナリオだと思います。(この事についてはミラノ都市戦略その2で詳しく論じます)

それらの戦略が展開された理由を考えて見た時に真っ先に思い付くのは、ミラノという都市は他のイタリア諸都市と比べると中心市街地といえども歴史的な街並みがあまり残っていないという事が一つ挙げられるのではないかと思うんですね。だから歴史的な遺産に頼らずに都市間競争を勝ち抜く戦略(意識的に観光客を惹き付ける戦略)が要求されたのではないのか?という事が推測されます。

先ずは一点目から。
ミラノと言えば「ファッションの街」というのが思い浮かびますが、これは戦略的に捏造された節があります。それに気が付いたのは世界的に有名なモンテナポレオーネ通り(Via Monte Napoleone)の高級ブティックの集積状況とそこの雰囲気を目の当たりにした時でした。





この通りはヨーロッパの目抜き通りによく見られるような歩行者空間ではなくて、一般車の進入を許しています。しかしこの通りが一般道路と少し違うのは、この街区が醸し出す独特な雰囲気がフェラーリなどの高級車ばかりを呼び寄せている事なんですね。



観光客もそんなモーターショーさながらの様子をカメラに収めようと押しかけて来ていて、ブティックと相乗効果を生んで街区のブランディング化に一層の拍車をかけています。

よく知られているようにイタリアでは伝統的に小さな職人企業が都市の商業を支えてきました。そんな中から世界的なブランドであるフェラガモ(Ferragamo)グッチ(Gucci)といった大変優れたブティックが出てきたのは事実なのですが、それだけでミラノという街がファッションの街としてこれだけ活気を帯びるまでになったとは到底思えない。何よりある特定の街路レベルでこれだけのブティックの集積が見られるのには、明らかにその裏に官の「都市を売っていこう」という都市戦略の影がちらほら見えるわけですよ。

とか思いつつ、以前にも紹介した宗田好史さんの記念碑的作品、「にぎわいを呼ぶイタリアのまちつくり:歴史的景観の再生と商業政策」を紐解いて見るとやはりありました、それらしい記述が。

「・・・この大規模店立地の規制よりも、戦略的な視点から商業集積を誘導する手法にこそイタリアの商業計画の特徴がある。」(p182)

この記述はヨーロッパが直面していた中心市街地の衰退という大問題に対して各都市が小売業の衰退を憂慮して大規模店を立地させる事を規制した政策に対して、イタリアは戦略的に街路レベルで、ある特定の商業を集積させる政策を展開してきたという文脈で語られています。そしてこの街路レベルにおける店舗の戦略的展開こそがイタリアまちつくりの特色であると言われているんですね。

更にこの後具体例としてローマ市の試みが語られていますが、そこではあたかも街全体が一つのスーパーマーケットのように見立てられて商業立地計画がより効果的になるように決められているそうです。
「新戦略を語るこの商業局長が、ローマという大デパートの店長のように、テナント各社に号令する姿」(p189)が見られたそうです。

日本の街並みでは想像しにくいかと思いますが、ヨーロッパの街構造と都市計画に慣れた人ならこの感覚はものすごくよく分かると思います。以前のエントリで書いたように、僕達はバルセロナの都市戦略の一環としてバルセロナ中心性創出プロジェクトやバルセロナの各街区レベルにおける歩行者空間プロジェクトなどを行っています。その時に都市分析の道具となるのがGISであり、GIS上にデータとしてインプットされる街路レベルの商業活動なんですね。このようなデータを日々見ていると、街区や街路を一つのデパートや食料品通路などに見立てるというアイデアはものすごく良く分かる。それに沿って歩行者の誘導や人の流れを呼び込むといった政策を展開したいんですが、そこまでやっている都市はヨーロッパには何処にもありません。何故なら今の段階ではそのレベルの都市分析は不可能だからです。詳しくはココ。

イタリアではこのような都市商業政策は「都市マーケティング」政策と呼ばれているそうです。更に「まちつくりからの取り組み以上に、中心市街地はまず人から活性化するものである。」(p178)というコンセプトの下、「・・・自治体は小売・サービス業を町の基幹産業として位置つけてきた。基幹産業をささえる人材を養成し、サービスの質を競争力にする。・・・」(p178)それこそイタリアのまちつくりの核にある戦略だと言われています。

街の再生を人の再生から考えている所が大変興味深いです。と同時にこれって南欧都市に共通の認識なのかな?ともふと思ってしまうんですね。何故ならバルセロナの場合は正にその「人の再生」を「公共空間の再生」に期待していた訳ですから。

もう一つの共通点としては両都市共にデザインを主なツールとして進めてきたという事が言えるかと思うんですね。1999年に英国で出版された「アーバンルネッサンスに向けて(Toward an Urban Renaissance)」の序文で当時のバルセロナのカリスマ市長だったパスクアル・マラガル(Pasqual Maragall)はこんな風に語っています:
「(パブリックスペースは)先に質、量はその後(Quality first, quantity later) 」

つまりデザインを通した公共空間の質を優先すべきで量が問題なのではない。そしてバルセロナの成功の秘訣は公共空間を量産した所には無くて、質の高い公共空間を提供した所にその秘密があると、こう言っているわけです。

もしくは同じ序文におけるリチャード・ロジャース(Richard Rogers)の言葉:
「我々の(ロンドンの)アーバンデザイン、もしくは都市戦略の質に関しては、多分アムステルダムそしてバルセロナに20年は遅れている(in the quality of our urban design and strategic planning, we are probably 20 years behind places like Amsterdam and Barcelona)」

このようなデザインを中心に据えたバルセロナの活性化手法に対して、ミラノという都市は他のイタリア諸都市が当たり前のように持っている歴史的中心街が無い事をバネとして、その欠点をあたかもデザインの力で埋めようとしているかのように思われます。その結果が良く統一された街路空間となり都市全体の魅力を高めている訳ですね。



かつてイグナシ・デ・ソラ・モラレス(Ignasi de Sola Morales)は「経済、社会、そして風景。これら3つの要素は同時に変わっていく」と語りました。これは1960年代にヨーロッパ各都市を悩ました中心市街地の衰退にも全く当てはまり、それこそがこの問題の根の深さを物語っているんですね。つまりその問題をどうにかしようと思ったら、その内のどれか一つを解決すれば状況が改善するという単純なものではなく、3つ同時に扱っていく必要があるという事です。

このような途方も無く深い問題にイタリア各都市は真摯に向き合い、伝統的な小売業や職人気質といった伝統の上に「都市マーケティング」を重ね合わせながら独自の方式で、スクラップアンドビルトとは全く違う都市活性化手法を提示しました。更にそれがフィジカルな環境だけではなくて、人をも含んでいる所こそ我々日本人が注目すべき点だと思います。
人を育てる事による都市の成熟化。正に「ルネッサンス、情熱ー」
| ヨーロッパ都市政策 | 16:00 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
都市の闇:ヴェネチア(Venezia)の裏の顔とジェントリフィケーション(Gentrification)
水の都ヴェネチアという都市は本当に美しい都市です。建物から都市構造に至るまで数百年の歴史が大変良く保存され、訪れた者を中世の世界にタイムトリップさせる魅惑ある都市です。





しかし、どんな都市にも表の顔と裏の顔があります。都市が美しければ美しい程、それは汚いもの・目障りなものが排除されているという結果なんですね。特に各都市が観光客を奪い合う都市間競争の時代においては、必然的に都市の必須課題は如何にして都市美を捏造するかに傾けられます。そしてその弊害が必ず都市の何処かに現れてくる。

例えば僕がよく利用する超効率都市フランクフルト。90年代初頭、フランクフルトは金融街として急成長を遂げました。



その頃、「グローバルシティ(Global City)」という分かり易い標語を掲げ、ニューヨーク、ロンドン、東京を中心にせっせと論文を生産していたサスキア・サッセン(Saskia Sassen)ジョルディ・ボージャ(Jordi Borja)が「フランクフルトもグローバルシティに加えたら」と助言したというのは有名な話。



市内を流れるライン川から金融街を見た風景はあまりにも有名ですが、その足元にアムステルダムと並ぶ、ヨーロッパ最大の風俗街が広がっているのは現地へ行った人しか知り得ないと思います。



「急発展するグローバル都市」というイメージを売りにしたいフランクフルトは、竹の子のように生える風景を前面に出す事はしても、グローバル化による負の面の象徴とも言える風俗街の写真を表に出す事は先ず無いからです。

さてヨーロッパ都市において排除されるものは、歴史的中心市街地を覆う城壁の外へと放り出されるのが定石なのですが、ここヴェネチアでは本島全てが歴史的地区に当たり、その外は海。という事は、本島の何処かに隔離部分があるか、もしくは本島を渡った所にヴェネチア市民の真の生活が広がっているか?のどちらかという事になると思います。

そもそも僕は街を歩いている時からヴェネチア本島に果たして市民が住んでいるのかどうか?は大変疑問でした。生活感がまるで無かったからです。職業柄、旅に出るとやはりその土地の公共空間に注目してしまいます。何故ならユルゲン・ハーバーマス(Jurgen Habermas)が言うように、「公共空間とは都市の表象であるから」なんですね。つまり公共空間を見れば、その都市がどんな都市かが大方分かるというわけです。

ヴェネチアの公共空間を観察していて思ったのは、先ず第一にボールを蹴っている子供達や日向ぼっこをしているおじいさんなどが見当たらないという事でした。つまり市民の姿をあまり見かけなかったのです。見かけるのは何処も観光客ばかり。

これはある意味すごい。最近ものすごい勢いでジェントリフィケーションが進んでいるバルセロナ中心街においてさえも、スケートボードをしている子供やボールを蹴っている子供達、犬の散歩をしている人々が観光客に混じっています。その姿が無い風景は正にディズニーランド。(ちなみに昨日の新聞( La Vanguardia)によると、不動産バブルがはじけ気味なスペインでは昨年の同じ時期と比べて新築物件価格が27%下落し、賃貸価格が5%上昇した模様。インフレ中の物価上昇指数は4.4%)

これは明らかに過度の観光化によるジェントリフィケーション(Gentrification)の弊害でしょうね。限りある土地において、全てが観光化されている本島では全てが高すぎる。市民の足であるヴァポレット(Vaporetto)と呼ばれる水上バスは初乗りが6.5ユーロで72時間券で31ユーロ。2005年度の料金がそれぞれ5ユーロ、25ユーロだった事を考えると3年で1,2−3倍になってる。(住居権を持っている市民には定期券とかあるのでしょうか?)コーヒー一杯3−5ユーロ。サンドイッチが4−6ユーロ。スーパーや日用雑貨を売っている店はあまり見かけなかったし・・・

これは一般市民が住む価格レベルじゃありません。市内総生産の6割以上を占め、雇用も4割を超えている観光関連産業を第一に考えるのは良く分かる。しかしながら、都市の活力は市民であって、市民こそがその都市にとっての最大の魅力なはずです。イタリア研究で著名な宗田好史さんは、彼の記念碑的名著、「にぎわいを呼ぶイタリアのまちつくり:歴史的景観の再生と商業政策」の中で、イタリアのジェントリフィケーションの特徴を、「都心の住民、とくに中商工業者が豊かになったこと」とされていますが、ヴェネチアの場合、豊かになった住民はそのまま島に残るのでしょうか?もしくは何処かへ非難するのでしょうか?どうなんでしょう、その辺?

住民って何処に住んでるんだろうなーとか思いながら探した所、居ました。(何かナメック星でナメック星人探しているフリーザみたいですが。そう言えばイタリアでよくピッコロという言葉を耳にしました。イタリア語で小さいという意味らしいです。)

先ずは本島の南側、ヴェネチア・ビエンナーレが行われる所辺り。



まるで隔離されたかのように、その辺り一帯の建物一階部分には何も諸活動(カフェなどの)が入っておらず、建物から建物へと所狭しと洗濯物が掛けられています。





人通りは全く無く、まるで死んでいるかのよう。観光客だとまる分かりな僕が一人で歩くのがちょっと怖いくらい。この辺りは明らかに市によって計画的に隔離された公共経営集合住宅地区だと思います。中心街のジェントリフィケーションによって以前のエリアには住めなくなった人達が移動させられたエリアだと推測します。

そしてもう一つ。こちらが本命だと思うのですが、ヴェネチア本島が大陸と唯一繋がっている鉄道路線を渡った直ぐの所。





歴史的建造物が保存されている本島とは対照的に、ここからは工場地帯が乱雑に広がっています。





更に行くと、何処にでも広がっているような独立住居風景が限りなく続いているという状況。これが中世の姿を今に残すヴェネチアの本当の顔ですね。

グローバル化の波にさらされている現代都市には必ず2つの顔があります。そして優雅で楽しげな表の顔の裏に隠されている裏の顔にこそ、その都市の本質を見る事が出来るのです。そしてそこにどの程度の資金が投入され、どの程度の計画がなされているかで、その都市の底力と実力が分かるんですね。

とは言っても、イタリアは本当によくやっていると思います。安易な大規模開発に走らずに、こつこつと建築的な改修や改造で都市再生を解決したのだから。そんな地道な努力を続け、アメリカ型ではないオルタナティブを示したイタリアの事例だからこそ、ジェントリフィケーションのコントロール不可能性と恐ろしさが分かるというものです。

バルセロナ現代文化センターのアルベルト(Albert Garcia Espuche)が大変に優れた展覧会とカタログ( La reconquiesta de EUROPA: Espacio publico urbano 1980-1999)で示したように、ヨーロッパの諸都市は80−90年代を通して疲弊した歴史的中心地区をパブリック・スペースの改善を通して再生してきました。そしてその試みは大変うまくいきました。しかし僕達が今直面している問題は単なる改善・再生ではなく、その後の問題なんですね。そしてその問題に対して我々は未だ有効な手立てを持っていません。

都市間競争の欲望が「都市再生」を後押しし、都市美を創り出した所に必ずと言って良いほど現れる怪物。

マルクスとエンゲルスが言った言葉を現代ならこんな風に言い換える事が出来るのではないかと思います。

「一匹の妖怪がヨーロッパを徘徊している。ジェントリフィケーションという妖怪が」。
| ヨーロッパ都市政策 | 20:56 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
Super Functional City; Frankflut
この間ベルリンに行った時の事でどうしても書かなければと思いつつナカナカ書けなかった事にフランクフルトの利便性があります。フランクフルトについては前にも何回か書いているので繰り返しになってしまいますが、何回も書かせるほどこの都市の機能性というのは良く出来ている。今回の帰りの飛行機はベルリンからフランクフルト経由でバルセロナでトランジットが約3時間ありました。3時間というのは微妙な線で街に出ても直ぐに帰ってこなければいけないし空港に居るには長すぎる。しかしフランクフルトは違う。今回時間をきっちり計ったのですが空港に着いたのが5時半。飛行機から降りられたのが5時40分。そこから地下鉄まで歩いて10分。5時55分の電車に乗って中心街に着いたのが6時10分。空港から中心街まで10−15分しか掛からないというのはヨーロッパ都市の中ではダントツです。

これは僕にはどうしても偶然の産物だとは思えない。何故なら僕のようにちょっとしたトランジットを利用して街中へ出向くという人は少なくないはずだし、その人達が街に落とすお金も少なくないはず。この空港開発の裏にそんなシナリオを描いた人物が居るはずなんですね。なんて先見の明があるんだろう。

フランクフルトと言えば僕の大好きなハーバーマスなどのフランクフルト学派が居る訳ですが・・・・。

そんな観点で話を展開すると又違った側面が見え隠れして大変刺激的です。
| ヨーロッパ都市政策 | 05:40 | comments(0) | trackbacks(35) | このエントリーをはてなブックマークに追加
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