地中海ブログ

地中海都市バルセロナから日本人というフィルターを通したヨーロッパの社会文化をお送りします。
ノーベル文学賞受賞者マリオ・バルガス・リョサ(Mario Vargas Llosa)の知られざる過去:バルセロナが私を作家にしてくれた!
一昨日の事だったのですが、今年のノーベル文学賞がペルー出身の作家、マリオ・バルガス・リョサ氏に授与されると発表がありました。スペインとも大変縁の深い作家の受賞に、El Pais紙もLa Vanguardia紙も大々的に特集を組んで、連日連夜報道合戦を繰り広げています。バルガス・リョサ氏は1936年ペルー生まれで、その後フランス、イギリス、スペインなどを点々としながらもその傍らで「都会と犬ども」などを発表、1974年にペルーに戻ってから現在に至るまで数多くの作品を発表する中で、ラテンアメリカ文学を代表する作家として確固たる地位を築いてきたんですね。彼の多くの作品が邦訳されている事などから、日本でも大変知名度の高い作家として認識されていると思います。

その一方で、彼が若き頃に送っていた生活や、彼がどのように作家の道を歩み始めたのか、はたまた作家の人生に影響を与えた都市やそこでの生活云々といった話などは驚く程知られていないと思います。そしてそういう観点で見た時、我々にとってものすごく興味深い視点を提供してくれるのが、マリオ・バルガス・リョサが辿った人生だったのです。彼はこんな事を言っています:

「バルセロナが私を作家にしてくれた (Barcelona me hizo escritor)

そう、何を隠そう、マリオ・バルガス・リョサに多大なる影響を与えた都市、それこそバルセロナだったのです!



時は1960年代、当時パリに住んでいたバルガス・リョサは、「都市と犬ども」を書き上げ、それを当時ソルボンヌ大学で教鞭を執っていたClaude Couffonに見せに行ったそうです。その時のエピソードが今日の新聞に載っていました:

Couffon
:「マリオ、この原稿を(スペインの編集者である)Carlos Barral氏に送ってみてはどうか?」
Vargas Llosa:「しかし、Claudeさん、スペインでは僕の作品は出版出来ないと思います。検閲がありますから」
Couffon
:「僕の親友、Carlos BarralはメキシコでJuan Goytisoloの作品を出版しました。もし検閲が邪魔をするのなら、(Juan Goytisoloの様に)別の可能性を探るだけです」

Couffon: Por que no se la envias a Carlos Barral?
Vargas Llosa: Pero, senor Couffon, en Espana esto no se puede publicar! Hay censura!
Couffon: Mira, Mario, mi amigo Carlos Barral ha publicado a Juan Goytisolo en Mexico. Si la censura no le déjà, el encuentra vias… (La Vanguardia, 10 de Octubre 2010)


こうして原稿を受け取ったCarlos Barral氏はその原稿に目を通すなり、すぐさまバルガス・リョサ氏と直接話をする為にパリへと旅立ち、1962年のBiblioteca Breve賞にエントリーする事を彼に薦めたそうです。その後バルガス・リョサ氏の作品は見事その賞を受賞、大学で職を得る事が出来た事などから1966年ロンドンへと移り住む事となるのですが、教鞭を執る傍らに創作活動を続けていた彼の元に転機が訪れます。スペインで最も有能なLiteary Agentと見做されていたCarmen Barcelsがバルガス・リョサの才能に目を付け、彼を作家業に専念させる為にロンドンへ向かっていたんですね。その時、二人の間で成された会話も今日の新聞に載っていました:

Carmen
:「直ぐに大学を辞めて、書く事に集中しなさい。」
Vargas Llosa
:「カルメンさん、僕には妻と子供がいます。そんな事は出来るはずもありません。食べなければいけませんから。」
Carmen
:「一ヶ月、幾ら稼いでいるのですか?」
Vargas Llosa
:「500ドルくらいです」
Carmen
:「それじゃあ、今月からあなたが今書いている小説を書き終わるまで、私がその給料分を払います。ロンドンからバルセロナに引っ越してくれば、生活費だってもっと安いわ」

Carmen: Renuncia a tus clases en la Universidad de inmediato. Tienes que dedicarte solo a escribir.
Vargas Llosa: Carmen, tengo mujer y dos hijos. No puedo hacerles la bellaqueria de dejarles morir de hambre…
Carmen: Cuanto ganas al mes ensenando?
Vargas Llosa: Unos quinientos dolares
Carmen: Yo te los pago indefinidamente, a partir de este mes, hasta que termines la novella que estas escribiendo, sin prisa. Sal de Londres e instalate en Barcelona, que es mucho mas barato.”


ここには稀代のビジネスウーマン、Carmen Barcelsの思惑がありました。

「彼は未だそれ程頭角を現してはいないし、他の誰かが気が付く程光ってもいない。しかし彼をこのままロンドンに置いておけば、何時か他の同業者に彼を奪われてしまう。彼は必ず大成する。今の内に囲い込まなければ・・・」

こうしてカルメンの思惑通り、バルガス・リョサはバルセロナへと引っ越し、ここで初めて小説に打ち込む人生を始めたと言う訳です。バルガス・リョサはバルセロナで1970から1974年まで生活していたそうなのですが、その間多くの知識層と交流を交わし、この時のバルセロナでの体験が、その後の彼の小説家としての人生に多大なる影響を与えた事は冒頭の彼の言葉に表されている通りです:

「バルセロナが私を小説家にしてくれた」

知られざるノーベル文学賞受賞者の若き日の姿がココにあります。
| バルセロナ都市 | 21:57 | comments(2) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
スペインのゼネスト2010が終わった後で:スペイン人はゼネストやった後に、「あれ、何で俺達ゼネストやったんだ?」って考える?
前々回のエントリやTwitterの方で繰り返しお知らせしたのですが、今週水曜日(929日)、スペイン全土でゼネストが行われました。「スペイン、労働者、バルセロナ・・・」、これらのキーワードで即座に思い付く事と言えば、ジョージ・オーウェルの「カタロニア賛歌」なのですが、1936年、若きオーウェルがバルセロナで目にした光景、それは紛れも無く、カタルーニャの労働者が最も輝いていた時期だったんですね。

「当時のバルセロナの様子には、目をみはらせ、人を圧倒するものがあった。労働者階級が権力を握っている町に来たのは、ぼくにはこれが初めてだった。ほとんどすべてのビルディングが、労働者によって占拠され、その窓からは赤旗が、アナーキストの赤と黒の旗が垂れていた。壁と言う壁には、ハンマーと鎌や、革命党の頭文字が描かれていた。」(カタロニア賛歌)

バルセロナの労働者に関してはこんなイメージが最初にあり、そして個人的には人生初めてのゼネストだった事も手伝って、今回は正直かなりビビってたんだけど、終わってみれば普通の水曜日と殆ど変わらない一日で「ちょっと拍子抜けした」と言うのが本音ですね。

公共交通機関も朝と夜は事前通告通り(バルセロナでは25%、マドリッドでは50%)稼動していたようだし、何時も行くカフェもレストランも通常通り営業してたし、まあ、変わった事と言えば、近くにある大学に学生が全く居なくて大変静かな平日だった事と、毎日読んでる新聞2紙(El país, La Vanguardia)がものすごく薄くて、クロワッサンとコーヒーを飲み終わる前に読み終わってしまったと言う事くらいでした。



それでもバルセロナ中心街では一部、ゼネストとは全く関係の無い、政府や市当局などに不満を持っている若者や、ただ暴れたいだけの輩なんかがこの期に便乗してパトカーを燃やしたり、街中の店舗のガラス、電灯やゴミ箱など公共物を破壊・破損したりしていた様です。ちなみに僕はこのパトカーが燃やされている事実をウェブで知ったのですが、最初はてっきりゼネストによるものだとばかり思い込んで、

「今日のスペイン全土を巻き込んだゼネスト関連で、予想されていた通り、一部の過激派が警察のパトカーとか燃やしてるらしい。特にバルセロナ大学前の広場とかすごい事になってるとか。」

Twitterでつぶやいたら、「フランスの日々」のMadeleine Sophieさんが

「フランスではパトカーに火は無い気がする」

と言われていたのは印象的でした。

多分フランスではスペインよりも頻繁にストライキなどが行われる事などから、その辺の事情にお詳しいと思われるのですが、ごもっともな意見です。何ってったって、ゼネスト関連じゃ無かったんですから。逆に言うと、ゼネストとは関係の無い所でこのような破壊工作が行われ、それがメディアに取り上げられ、今回のゼネストの一般的なイメージになってしまった事は大変悲しい事であり、そんなゼネストと言うお祭りに便乗する事でしか、自分達の存在をアピール出来ない、バルセロナのAnti-Sistemaを名乗る皆さんの程度の低さを表出してしまいましたね(ちなみにAnti-Sistemaの皆さんは、この日の為にわざわざバルセロナに集結したそうなのですが、何故マドリッドや他の都市ではなくバルセロナなのか?と言う事は、カタルーニャがバスク地方と並んで、スペインの中で最初に労働運動を発生させた先進的な地域であり、それは最初の労働者団体が出来る1840年に遡ると言う事と関係ありそうなんだけど、それを書き出すとちょっと長くなりそうなので又今度)。

まあ、そんなこんなで、今回はその後の分析とか特にするつもりも無かったんだけど、何時も見てるブログ、Barcelona +++Tankenに「cruasanさん、ゼネストの分析ヨロシク」みたいな事が書かれていたので、「まあ、そういう事だったらちょっと書いてみようかな」と思い、メモ程度に記しておこうかと思った次第です。

って言っても本当に書く事とか無いと思うんだけど、翌日の新聞に載ってたサパテロ首相についてのコメントとかはちょっと面白かったかな。と言うか、分かり切ってた事なんだけど、彼の「苦悩」が窺い知れる内容だったんですね。

今回のゼネストを計画、遂行したのはスペインにある2大労働組合、UGTCCOOなんだけど、現スペイン政権の労働左派(PSOE)は党員の約60%がUGTに加盟していると言う事実からも分かる通り、UGTとは結成以来、約1世紀もの間、円満な夫婦関係にあるんですね(一時離婚したけどね)。かく言うサパテロ首相もUGTのメンバーであり、地元の新聞、しかも労動左派の広報紙であるEl Paisなんかは、2002年のアスナール政権下で行われたゼネストのデモ行進の中にしっかりと参加している、当時のサパテロ首相の写真なんかを掲載したりしていました。



こんなんだから、政府側もおおっぴらに今回のゼネストを批判出来ないと言うのが実情。木曜日に発表された政府の公式見解は「そこそこの成功」。コルバッチョ労働相なんかはこんなコメントを発表したりしています:

「今回のゼネストの成功の度合いは各分野、そして各地においてバラバラだった(el seguimiento ha sido desigual, por sectores y territorios)」

つまり、今回のゼネストは政府側から見れば明らかに失敗だったのに、それを失敗と直接言わず(もしくは言う事が出来ず)、かなりオブラートに包んで、“Desigual”と言ってる。確かに大企業の生産工場なんかでは労働者の参加率が非常に高く、それなりの成果を上げてたみたいなんだけど、その他の分野では明らかに失敗であり、少なくともゼネスト=社会全体を巻き込んだストライキと言うには程遠い、と、まあ、こう言いたいんだと思います。

個人的に興味深かったのは、ゼネストのインパクトを計る指標を何処から持ってくるか?と言う問題でした。当然こういう指標って言うのは、政府側と労組側でそれぞれに優位な数字を示す為、そこには明らかなバイアスがかかっているんだけど、例えば、今回マドリッドのデモ行進に参加していた人数を、労組側は50万人としているのに対して、El Pais95千人としていたり、バルセロナでのデモ行進参加者数については、労組側の発表では40万人だったのに、La Vanguardiaでは10万人と言った様に、全く違う数字が出てたりします。じゃあ、もっと客観的なデータは無いのか?と言うと、こういう時、消費電力の落ち込みデータを用いるそうなんですね。つまり、その日の消費電力の落ち具合を見る事によって工場やお店なんかがどれくらい活動していたか?が分かると言う訳です。



今回発表されたデータでは14.7%の落ち込みを示していたらしく、これは2002年に行われたゼネスト時の消費電力の落ち込み、20.5%の約4分の3程度だったそうです。まあ結果としてみればそんなもんかなと思うんだけど、こういう時、消費電力を見ると言うのは知らなかった。ちょっと驚き桃の木。

もう一点僕が注目した点は、前回のエントリでも指摘した事なんだけど、過去に行われたゼネストを見る限り、ゼネストが現政権の「終わりの始まり」を引き起こしていると言う点、つまり今回もこれは当てはまるのか?と言う点ですね。

2002
年に行われたアスナール政権は右派だったので労働組合は当然の様に反発したんだけど、その前に行われたゼネスト、1996年時のゴンザレス政権は現政権と同じ労働左派政権。この時は、労働法改正を要求していた労組と折り合いが付かず、結局、誕生から一世紀もの間、ずっと円満な夫婦関係を続けてきたUGTと労働左派は離婚すると言う結末となり、その後に行われた総選挙で政権を右派に奪取されると言う結果に終わりました。

では今回はどうか?

昨日の新聞によると、サパテロ政権はそれまで頑なに否定してきた年金改正法の見直しを始めると言う妥協案を示したのですが、それに対して労組側は「年金問題だけではなく、雇用システムを含む全ての社会政策の見直し」を迫っている為、両者の歩み寄りは今の所見られない様です。とは言っても、最終的にはどちらも妥協して再び歩み寄りを見せるとは思うんですけどね。

それにしても、バルセロナのカフェなんかで人々が話している事が結構的を得てるんじゃないかと思うのですが、「どうせゼネストやるなら法改正の前にやらなきゃ意味無いんじゃないの?何で、法が国会を通った後にゼネストやるの?」

全くその通り!全くその通りなんだけど、なんでやらなかったかって、多分夏休みとか冬休みとか、復活祭とか、そういう大型連休と重なって、「もうちょっと後で、後で」とか言ってる間に改正法が国会を通っちゃって、でも「一応何かやっとくか」って事で、今回のゼネストに至ったって言うのが本音じゃないのかな?もしかしたらヨーロッパで良く言われるジョークが、今回の状況を良く現しているのかも知れません:

フランス人というのは走り出す前に「何故走るのか?」を考えてから走り出す。イギリス人というのは「何故走るのか?」を走りながら考える。スペイン人というのは、「何故走るのか?」を走った後に考える。

つまり、この今回のゼネストも、「やったー、終にゼネストやったぞー!あれ、でも何で俺達ゼネストやったんだ?」みたいな(笑)。だからスペイン人って面白い!
| バルセロナ都市 | 03:36 | comments(4) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
スペインを旅行中の観光客の皆さん、9月29日はスペイン全土でゼネストが行われます:バルセロナを中心とするカタルーニャの場合
スペインを旅行中の皆さん、もしくは明日929日にスペインを訪れる予定の皆さん、要注意です!明日水曜日はスペイン全土でゼネストが行われます。それに伴い、都市内で大規模なデモ行進等が行われ、公共交通機関を始めとする都市機能の多くが麻痺する事が予想されています。ちなみにバルセロナを中心とするカタルーニャ地方では公共交通機関などの都市サービスは以下に示す最低レベルの活動に抑えられる事になっています:

1.
電車とバス
6:30-9:30と夕方17:00-20:00に限り地下鉄、バス、近郊鉄道などが25%運行予定。バルセロナ−ジローナ−タラゴナ−リェイダを結ぶ中距離鉄道は運行しません。

2.
空港
バルセロナ空港はスペインの諸都市と結ぶ飛行機を
10%運行し、バルセロナ−バレアレス諸島間は50%の飛行機を運行する予定。バルセロナとヨーロッパの諸都市(フランクフルト、ミラノ、チューリッヒなど)を結ぶ飛行機は20%程になり、大陸間を結ぶ飛行機は40%程度になるそうです。カタルーニャ地方のその他の空港(レウス空港、ジローナ空港など)は10%程の活動に落ち込むようです。

3.
教育
小学校では
6人に一人の割合で先生が出勤し、幼稚園では全体の25%の先生が出勤するそうです。

4.
医療
救急患者と入院患者のサービスは
100%保証されています。

ゼネストとは言うまでも無くゼネラルストライキの略で、労働環境の改善などの為に労働者が全国規模で団結し、経営者に対して「労働の組織的な拒否」を持って要求達成を目指す行動の事なんですね。今回のゼネストは、今月9日に国会で可決された労働関連法の改正案に反発する形で組織されたものなのですが、その改正法には退職金の削減や、失業保険の削減、又、従業員を以前よりも簡単に解雇しやすくなる規約などが含まれていました。これに対して当然のように反発してきたのが、労働者審議会などで、「29日のスト突入は当然の事」であり、「改正法は過去のスペインの民主政治の中で、最悪の形での労働者の権利の収奪だ」と言う姿勢で臨んでいる様です。

スペインでは民主化以降、現在に至るまで合計4回のゼネストが行われてきました。第一回目は当時の年金法改正に反対する為に1985年の620日に行われたもので、二回目のそれは700万人以上が参加した、当時の経済政策に反対する為のものでした(1988年の1214日)。3回目は1994127日に行われた、失業者が350万人に達した労働法改正に反対したもので、最後が2002年の620日に行われたアスナール政権の労働法に反対するものだったんですね。今回のゼネストは現在の労動左派政権であるサパテロ政権が発足してからは初めてとなるゼネストです。

ここ23日は当然の如くどの新聞も明日のゼネストに関する特集を組んでいるのですが、どうも見てると1994年のフェリペ・ゴンサレス政権下において行われたゼネストと、2002年、アスナール政権下で行われたゼネストに今回の状況を比較している記事を結構目にします。何故なら当時行われたゼネストが両政権の「終わりの始まり」を引き起こした、正に大きなキッカケを作ったと見られているからなんですね。つまりメディアの関心は、今回のゼネストが現サパテロ政権の終わりの始まりになるのだろうか・・・と言う事なんですけれどもね。

まあ、こんなスペインのゼネストなんだけど、僕は生れてこの方、ゼネストと言うものを体験した事がありません。日本に居た頃はそんなもの想像すらしていませんでした。(はっきり言って、日本の建築設計事務所と言うのは、ゼネストなんて事とは全く無縁の世界なんじゃないのかな?)と言う訳で、今は不安と期待が入り混じる、正にそんな心境なのですが、明日は日本人の目から見た、ヨーロッパのゼネストの風景をしっかりと目に焼き付けておこうと思っています。
| バルセロナ都市 | 19:02 | comments(2) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
バルセロナ市への観光税の導入の議論に垣間見える市政の台所事情
暑い!夏だから暑いのは当たり前なんだけど、それにしても暑い!!バルセロナは(日本と比べて)比較的乾燥している事もあって、日陰とか入ると風とか吹いて涼しい事は涼しいんだけど、日向に出ると、もうそれこそ殺人的な日射にやられそうな毎日です。



そんなんだから夏本番を迎えるにあたって、街中を歩いている人のファッションが段々薄着になっていって、挙句の果てにはこんな感じの人がソコココに見られるようになるのも分からないでも無いかな:




「どんだけ薄着!!」ってファッションなんですけどね(笑)。こんな感じの人々が堂々と繁華街を歩いている町、それがバルセロナ近郊に位置する
Salou市内に広がる日常風景です。この町には非常に美しいビーチがある事などから、その地理的恩恵を最大限に生かした観光戦略を、ライアンエアーなどのチープ観光と上手く組み合わせる事によって、英国などから毎年何万人もの若者を惹き付ける事に成功しているんですね(地中海ブログ:観光とチープエコノミー:ライアンエアー(Ryanair)などの格安航空機が都市にもたらす弊



その一方で、ハメを外しすぎた若者による行き過ぎた行為などが、地域住民との間に摩擦を生み出し、それが近年大問題になって来ているという事は、以前のエントリで書いた通りです(地中海ブログ:
エンターテイメント社会におけるチープ観光がもたらす弊害:観光のローコスト化による観光客の質の変化:Salouの場合)。

そんな、観光の良い面も悪い面も見てきた
Salou市なのですが、実はここ数週間と言うもの、この小さな町がカタルーニャ州民全体を巻き込んだ大論争の焦点と化しています。何故かと言うと、実はこの町、町中で裸や水着姿で歩く事を禁止した規則を発表しちゃったんですね。しかも罰金付きで!先日の新聞によると、ビーチや海岸沿いなど市域のごく一部を除いて、裸や水着姿で街中を歩いたら100ユーロから300ユーロの罰金が課せられるとの事です(La Vanguardia, 1 de Julio 2010, vivir, P1)

実は最近、バルセロナ市内や市近郊では、都市内における反市民的な行為を取り締まる規則がドタバタっと成立し、市内の至る所で「アレ禁止、コレ禁止マーク」を目にする様になりました。例えば水着関係で言えばこんなのがあります:




実はこの表示、市内を走るバスの中に貼ってあるんだけど、見ての通り、「裸や水着でバスに乗っちゃダメ!」って言う表示です。日本人の僕達からしたら、「そんなの当然だろ!」とか思うんだけど、当然だと思う事が当然では罷り通ら無いのがこの国の面白い所。見てると本当に水着姿でバスに乗り込んでくる人とかいるから驚きです。こんなのとかもあります:




「街中で立ち小便したら罰金!」みたいな。見つかったら
180ユーロの罰金だそうです。更にコチラ:



「犬の糞はきちんと片付けてね」って言う表示。どうやら犬の散歩なんかをする時、「犬の糞を片付けなかったら罰金」って言う規則が出来たらしい。スペイン人って犬好きだから、買い物する時でも髪切りに行く時でも、何時でも何処でも犬と一緒なんですよね。で、驚くべきはその罰金額なのですが、何と、場合によっては
1800ユーロ(日本円で約20万円)まで跳ね上がる事もあるのだとか!犬の糞で20万円って言うのはちょっとスゴイ!

さて、ここからが今日の本題なんだけど、実はバルセロナでは数週間前から、新たなる税金として「観光税を導入するかどうか?」を巡って、行政や市民を巻き込んだ大論争が巻き起こっています。今まで観光税には反対だったバルセロナ市長が一転、「観光税を国政レベルで調整する必要あり」と説いたのがその始まりだったんだけど、それにしても今回のかなり急な展開に、関係諸氏は動揺を隠せない様子。


取り合えず、「この観光税とは一体何なのか?」と言う所から始めた方が良いと思うのですが、「観光客って言うのは、その都市に税金を収めていないにも関わらず、税金で賄われている都市インフラやサービスなどを滞在中無料で使用している!」と言う理由から、「観光客一人一人から少しずつ税金を徴収しようじゃないか」と言うアイデアの事なんですね。


まあ、このアイデア自体はそんなに驚くべき事では無くって、例えばニューヨークなんかは、
Hotel taxと称してホテルの宿泊費に5.575%を掛けた料金を観光客から徴収するシステムを導入していますし、フランスなんかは、実はこの分野のパイオニアとして知られていて、滞在の仕方(キャンプか星付きホテルかなど)によって0.2ユーロから1.5ユーロを徴収してたりするんですね。実は驚くべき事に、フランスが観光税(La taxe de sejour)を導入したのは100年前の1910年の事だったそうです。その後、何度かの法改正などを経て、現在では半分近くの自治体がこの税を導入しているのだとか。パリに導入されたのは比較的最近で、1994年、シラク政下での事だったと言われています。その他の都市の状況としては、San Petersburgoやローマなんかも観光税導入を検討していると言う事は良く耳に入ってきます。

そんな中、じゃあ、一体バルセロナはどういうプランを考えているのか?と言うと、どうやら「観光客一人に付き
1ユーロ徴収」という事を考えてるらしい。って言うか、この程度の情報しか新聞に載らないって事は、「観光税導入」って言うアイデアだけあって、詳細なプランなんかは(何時ものように)無いっぽいですね(笑)。

まあ、そこはあんまり問題じゃなくて、多分本質的な問題は、「何故、今この時期に観光税導入なんていうアイデアが出てきたのか?」と言う点だと思います。もっと言うと、何故今まで絶対反対だったバルセロナ市長が今この時期に賛成、それも国政に働きかけるくらいの推進者側に回ったのか?と言う事こそ考えられるべき問題だと思うんですね。


観光業はバルセロナの国内総生産(
PIB)の13%を占め、間接的には10万人もの人々に雇用機会を作り出している、都市にとっての重要産業である事から、観光税なるアイデアがもっと前に浮上して実施されてたってちっとも不思議じゃない。もっと言うと、2001年にバレアレス諸島がエコ税(Ecotasa)なるものを始めた時に、バルセロナは観光税を一緒に始める事だって十分可能だったはずです。その時は実施しなかったのに、今になってその話がかなり現実味を帯びてきたのは一体何故なのか?

同じ様な事が上述した「裸や水着で町を歩き回る事禁止令」や「犬の糞罰金令」なんかにも言えて、と言うのも、水着や裸で町中を歩く何て事は、昔からあった訳で・・・。犬の糞に関してはもっと明白で、犬を散歩がてら、その辺に糞を散らかすなんて事は、バルセロナでは昔から日常茶飯事だったはず。そしてココに来て、突然の罰金・・・。


ずばり言っちゃうと、実はバルセロナ、資金のやり繰りに相当困ってるんじゃないのかな?と言うのも、経済危機や財政削減策やらなんやらで、中央政府からの分配金が大幅にカットされ、その残り少ない資金の奪い合いが各部門で始まっていると推測されます。と言う訳でなり振り構わず資金源を探しているんじゃないのでしょうか?そう考えると、何故いきなりこの時期に、今までは何とも無かった行為に突然ノルマが課せられるのか?と言う事の合点がいくんですね。


まあ、でも観光客に課税って言うのはそんなに悪いアイデアではないと思いますけどね。「観光客は都市インフラを使用してるんだから、その分の対価を払うべきだ!」みたいな市当局の言い分も良く分かる。それに対して反対を表明しているのが、ホテル組合なんかなんだけど、彼ら曰く、「1ユーロでも観光客に対して課税したら、彼らは絶対にバルセロナに来なくなるのは目に見えている」のだとか。


この議論、秋頃までには決着が付く見通しなので、どうなるのか見物です。
| バルセロナ都市 | 23:33 | comments(2) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
バルセロナのディアゴナル大通り将来計画:市民投票の結果は如何に
今週Twitter界では全てのフォロワー数とフォロー数がゼロになる「世界同時多発ゼロ」事件(511日)、ネット関連では「光の道構想」を巡って孫正義さんと佐々木俊尚さんの5時間に及ぶ討論がUstreamやニコ動で流されたりと、結構な動きがあったのですが、バルセロナで今週最も気になる事件と言えば、やはりディアゴナル大通りの市民投票でした(地中海ブログ:ディアゴナル通り(Avenida Diagonal)改造計画案に対する建築家達の面白い反応:コーディネーターという建築家の新たなる職能)。

バルセロナを斜めに貫く大通りに路面電車を走らせるのかどうなのか?もし走らせるなら、どのような歩行者空間にしたいのか?と言う案件を巡って、ここ数週間、バルセロナでは一般市民を巻き込み大論争が勃発していたんですね。改造計画のオプションとしては3つあって:

1.
Bulevard(ブルーバード):大通りの両脇を歩行者空間にして真ん中に交通を集める





2.
Rambla central(ランブラス):ランブラス通りのように真ん中を歩行者空間にして両脇に交通を配する





3.
現状維持

現バルセロナ市長(Jordi Hereu)はどうしてもこの計画を実行に移したいらしく、300万ユーロ(約36000万円)をかけて大々的なキャンペーンを打ち出したり、市民投票の為のプロモーションビデオを創り出したりと、ありとあらゆる手を尽くして、何とか市民の気を引こうとしてきました。その一方で、その情熱が行き過ぎたのか、3番目の「現状維持案」を人目に触れないように隠したり、投票日初日にインターネット投票システムが突然故障して、沢山のメディアが詰め掛ける中、投票しようとした市長が実際には投票出来なかったにも拘らず、「投票しました」と嘘の発言をした事を翌日の新聞にすっぱ抜かれたりと、批判されるべき事も数々ありました。

更に、今週水曜日にはサパテロ首相がギリシャ危機に対応する為、公務員の給料5%カット、閣僚の給料15%カットなど、スペイン史上最大の財政緊縮策を発表したりと、今、公共の資金を大量注入して大規模事業を行うには大変厳しい風が吹いたりと、まあ、色々とあったのですが、その市民投票の結果もあと数時間で出ようとしています。

この結果しだいでは、バルセロナの都市としての構造がガラリと変わるほど、重要な決断が下されようとしています。さて、どうなる事やら。

速報:
先程、市民投票の結果が出ました。結果は3の現状維持が圧倒的多数と言う結果でした。
市長の夢破れる!!

投票率:12.17% (172.161人)
1.ランブラス案:20.447人 (11.88%)
2.ブルーバード 案:14.260人 (8.28%)
3.現状維持案:137.454人 (79.84%)

| バルセロナ都市 | 20:18 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
エンターテイメント社会におけるチープ観光がもたらす弊害:観光のローコスト化による観光客の質の変化:Salouの場合
バルセロナでは今日までイースター関連の連休が続いているのですが、実はこの連休中にカタルーニャでは「観光」に関するちょっとした事件が勃発し、各種メディアを賑せていました。その引き金となったのが、タラゴナ県(バルセロナから電車で1時間程南に行った所にある県)に属する海岸沿いの小さな町、Salouです。この町では数年前(2002年)から市役所や商工会議所が中心となり観光客を惹き付ける為のプロモーションとして、「青い空と白いビーチ」を前面に押し出した「スポーツ・フェスティバル(Saloufest)」を企画し、見事、イギリスの若者達の心を惹き付ける事に成功してきました。

何故成功したのか?

まあ、物事には何時も「表の顔」と「裏の顔」が付きまとうのが常だと思うのですが、実はこの「スポーツ・フェスティバル」、スポーツと名を打ってはいるものの、その中身は全く違って、実際は「アルコール飲み放題で朝から晩までぶっ通しでディスコで踊りまくっちゃおう」という企画なんですね。

どんより雲の空の下で毎日勉強に勤しむイギリス人学生が、「ビーチと青い海でアルコールを飲みながらちょっとハメを外す」というコンセプトが受けたのかどうか知らないけど、先日の新聞(La Vanguardia, 3 de abril 2010)によると、今年は3日間で約4200人程の学生がこの小さな村を占拠したという事でした。まあ、礼儀正しい観光客として来るなら問題無いんだけど、若者が集団で来てアルコールとか入るとなると、事態はそうそう単純では無い事は容易に想像が付きます。





連日メディアでは、彼らが真夜中に泥酔して騒ぎまくってる様子だとか、子供が遊んでいる傍で真昼間から想像も出来ないような格好で乱舞している姿などが映し出され、スペイン中で物議を醸し出しています。

うーん・・・、僕達の社会は明らかにエンターテイメント社会に向かっていて、そんな社会の中で観光というのは21世紀の都市にとっては外せない産業だと思います。それは間違いありません。観光無しではもはや都市が成り立たないと言っても過言では無いくらいです。だからヨーロッパの各都市は80年代中頃から公共空間の改善などを通して「観光客を如何に自分の都市に惹き付けるか?」に邁進して来たんですね。

しかしですね、ここ数年、明らかに都市、もしくは都市住民の観光に対する態度が変わってきているように感じられます。何故なら観光がもたらす利益の裏に隠された不利益、もしくはそのような負の面が、都市の住民の生活に悪影響を及ぼす程になってきたからです。

これこそ当ブログで何度か取り上げてきた「チープ観光の弊害」であり、グローバリゼーションが引き起こした負の面、ジャントリフィケーションから売春を含む人身売買問題、もしくはゴミや騒音と言った諸問題までをも含む、最も厄介な問題群です(地中海ブログ:バルセロナの中心市街地で新たな現象が起こりつつある予感がするその3:街頭売春が引き起こした公共空間の劣化とか)。

では何故このような変化(観光が都市にとって不利益になりつつある変化)が起きつつあるのか?

その問いに対する答えは幾つかあると思うんだけど、一つだけ挙げるとするなら、近年急激に加速してきた「観光のローコスト化」を挙げる事が出来るかと思われます。そしてそのローコスト化に伴って、観光する「人の質」が明らかに以前とは変わってきました。

先日の新聞(El Pais, 4 de abril 2010)によると、2009年、スペインで観光客が一番お金を落としていった州はカタルーニャ州で、総額約11千億円(9.643Mユーロ)だったそうです。ちなみに第二位はカナリアで約1兆円(9.082Mユーロ)。マドリッドは6200億円規模(5.227Mユーロ)に留まっています。しかしですね、これを一人当たりが旅行で消費する値段に直すと、この順位はガラっと変わる事になります。カタルーニャでは一人当たり760ユーロなのに対し、マドリッドでは1.076ユーロ消費するという結果が出ています。ちなみに以前のエントリでこの問題に触れたバレンシアでは、やはり一人当たり804ユーロという散々な結果が出ています(地中海ブログ:観光とチープエコノミー:ライアンエアー(Ryanair)などの格安航空機が都市にもたらす弊害)。

これは何を意味しているかというと、カタルーニャには一杯観光客が来るけど余りお金を使わず、マドリッドには少数だけど質の高い観光客が来ると、まあ、そういうわけです。最も極端な例では、バルセロナから電車で北へ一時間程行った所にLloret de Marという町があるんですが、この町のホテルが提供しているサービスがちょっとすごい。ホテルの滞在費、朝食代+飲み放題で一人17ユーロとか言う、信じられない値段を提示しているんだそうです。

これはまずい!

上述した様に観光は21世紀の都市にとっては欠かせない産業です。そして観光をやるからには良い面だけではなく、負の面にも向き合わざるを得ない。そしてどのように質の高い観光客を維持していくのか?それこそ、21世紀の都市に与えられた課題だと思われます。
| バルセロナ都市 | 20:37 | comments(4) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
ディアゴナル通り(Avenida Diagonal)改造計画案に対する建築家達の面白い反応:コーディネーターという建築家の新たなる職能
先週木曜日の事だったのですが、現バルセロナ市長(Jordi Heleu)が長年温めていたディアゴナル大通り(Avenida Diagonal)の将来計画案が正式に発表されました。

多分、欧州都市の市長なら誰でもそうだと思うのですが、「自分の任期中に何か後世に残るような都市改造を手がけたい」という強い願望を持って日々の職務に当たっている事だと思うんですね。バルセロナに限って言うなら、1982年から1997年まで市長を務めたパスクアル・マラガル氏(Pascual Maragall)はバルセロナオリンピックを成功に導き、民主化後の新たなる都市の骨格を築き上げました(地中海ブログ:パスクアル・マラガイ(Pasqual Maragall)という政治家2)。1997年から2006年まで市長を務めたジョアン・クロス氏(Joan Clos)はUNESCO主導のForum2004をバルセロナに誘致し、22BCNエリアを含む一帯の大規模改革に着手し始めました(地中海ブログ:バルセロナ都市戦略:イベント発展型)。そして今回、ジョルディ・ヘレウ市長がやろうとしている事、それがバルセロナを斜めに貫くディアゴナル大通りの大改造と言う訳です。

彼がやろうとしている都市改造案の本質的なアイデアは至ってシンプルで、「街中から車を減らし、公共交通機関を充実させる事によって歩行者優先の街にしよう」と言う事なんですね。具体的にはディアゴナル大通りの端から端まで路面電車を走らせる事によって、今まで車に占拠されていた空間を緑溢れる歩行者空間に変える事が目論ろまれています。そんなアイデアに基ついて今回市長が提案したのは以下の3案:





1つ目の案は道路の真ん中に路面電車、その両脇に車道とバス専用路線を持ってきて、大通りの両隅を歩行者に開放するという案。





2つ目の案は道路の真ん中をランブラス通りのように歩行者空間にして、その両脇に路面電車と車道、バス専用路線を持ってくると言う案。この案は、現在の22BCN地区で既に採用されている車道構成に非常に近い案となっています。

そして3つ目の案は現状維持。そのまま何も変えないという案です。

この都市改造計画案は近年稀に見る大事業であり、市民の生活に多大なる影響を及ぼす事から、今週木曜日にこの案が発表されて以来、各種メディアは連日この話題を取り上げています。今日も例に漏れずEL Pais紙、La Vanguardia紙、共に多くの紙面を割いていたのですが、その中でちょっと見逃せない記事がありました。El Pais紙が様々な分野の識者(建築家3人、交通工学技師2人、近隣住民組合代表一人、商工会議所代表一人)にインタビューを行い、その結果を載せていたのですが、それがちょっと面白かった。

交通工学技師の2人は僕も良く知っている人達で、2人とも概ね賛成に回っています。その内の一人は「更なる現状調査と将来予測の研究が必要だ」という趣旨の事を訴えていますが、まあ、真っ当でしょうね。

3
人の建築家の内、バルセロナ市のご意見番であるOriol Bohigas氏は「どちらの案が優れているかを語る為には交通データが少なすぎる」と判断材料が少なすぎると言う理由から意見を保留。Carme Pinos氏(ミラージェスの元パートナー)も同じ理由から意見を保留にしています。さすがに2人共、都市計画の経験が豊富であり、公共の場で自分の良く知らないテーマを聞かれた時の逃げ方を知っています。非常に賢い選択です。そんな中、僕が注目したのはもう一人の建築家、先日スペイン建築大賞を(何故か)受賞したCarles Ferrater氏の意見です。彼は:

300万人が住んでいる地域に、路面電車は適当な策では無い。」

と言い切っています。ほー、面白い意見です。

この計画にはバルセロナが誇る交通シュミレーションの世界的権威Jさん、カタルーニャ先進交通センター所長のFさん、更に外部顧問として何人か専門家を招いて特殊チームを創出し万全の体制を取りつつ計画を進めているのですが、それは何故かと言うと、主要幹線を歩行者空間にするに当たっては今までそこを走っていた車が何処へ行くか?という問題を含めて様々な問題が溢れ出る事が目に見えているからです。そしてその基礎データとなるのが、交通OD表データだったりするんだけど、都市計画を扱った事のある建築家なら誰でもその重要性は認識しているはず。だからOriol BohigasCarme Pinosなどは保留と言う態度を通して「その土俵では戦わない」と言っている訳なんですね。その一方で・・・。

えっと、都市計画というのは様々な分野の人達がコラボレートする事を可能にするプラットフォームです。逆に言えば、都市というのは様々な職能の人達が集まって議論しないと上手く問題が解決出来ないような大変複雑な対象なんですね。そんな状況下では、自分がどの様な立ち位置に立つのか?そこから自分の専門性を生かしてどのような意見を表明するのか?が非常に重要な鍵になってきます。

建築家はエンジニアの様に、数式を用いてデータを整理したり、統計を武器に需要と供給の関係を導き出したりと言った事には不向きな職能です。それよりは大枠で問題を理解しながらも、異なる職能の人達の様々な意見を聞きつつ、最終的にはどんな空間に落ち着かせて行くのか?という方向性を「視覚的に示す事」に非常に長けた職能だと思います。つまり全体のビジョンを示す「コーディネーター的能力」こそ、建築家が貢献しうる(出来る)役割だと思う訳です。これは全体を見渡す広い見識と眼を持ち、それらをベースとして「創造力」を武器に闘っていく、建築家にしか出来ない役割です。

僕も今は交通工学の専門家や各種エンジニア達の間で「建築家」として働いているので、このような自分の立ち位置に関する問題や、「建築家の職能」というテーマに異常に敏感に反応してしまうのかも知れません。しかし、建築家という伝統ある職能が変容を迫られている今、そのようなテーマを掘り下げるのは必要であると思うし、何より僕自身、今は色んな事を見て知識を増やし、実際の体験として僕の中に蓄積したい時期なんですね。

良い意味でも悪い意味でも、「経験豊富な人達から学ぶ事は山程あるなー」と今日の記事を読んでいて思い知らされました。
| バルセロナ都市 | 07:34 | comments(4) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
バルセロナの中心市街地で新たな現象が起こりつつある予感がするその3:街頭売春が引き起こした公共空間の劣化
前回のエントリ、バルセロナの中心市街地で新たな現象が起こりつつある予感がするその2:逆ジャントリフィケーションの続きです。

世界最古の職業と言われ( 世界の下半身経済が儲かる理由:門倉貴史)、スペイン国内だけで年間180億ユーロを稼ぎ出すと言われる売春産業は、ローマ時代に起源を持つ港町バルセロナにも当然のごとく存在してきました。しかもその規模はヨーロッパの中でもかなり大きい部類に入るものだったようです。

ノーベル文学賞受賞者で敬虔なカトリック教徒だったフランソワ・モーリアック(Francois Mauriac)はネストール ルハン(Nestor Lujan)にパリでこう言っています:

「いわゆる君はバルセロナ出身だそうだね? あの売春の街として有名な」
(直訳すると「あー、あの巨大な売春宿の」となるのですが、これはメタファーで、当時のバルセロナは大量の売春婦が街中にたむろしている事で有名で、街自体が売春町と知れ渡っていたそうです)

… Premio Nobel tan catolico como Francois Mauriac dijo en Paris al escritor Nestor Lujan: “ Asi que usted es de Barcelona? Oh, que gran burdel!” Magazine de la vanguardia, 11 de octubre 2009, P37

その当時の営業形態は主に一階部分にバーなどがあり2階以上に沢山の個室があるという室内売春だったそうで、現在のバリオ・チノ(Barrio Chino)と呼ばれる歴史的中心地区の港に近いエリアには相当数の売春宿が存在していたらしいです。

2年程前に無くなった戦後スペインのジャーナリズム界でその名を轟かせたJosep Maria Huertasは、フランコ体制下において厳しく禁止されていた売春行為に、あろう事か軍人の未亡人が経営に関わっていた事をスッパ抜いて獄中に入れられる羽目になりました(地中海ブログ:カタルーニャの闘うジャーナリスト Josep maria Huertas Claveria)。

もしくはスペインでは大変有名な写真家であるJoan Colomの被写体となってきたのは、バルセロナの中心街に屯する売春婦達でした。


Joan Colom Fotografias de Barcelona 1958-1964



ついでにもう一つ言っちゃうと、近代絵画に革命を起こしたと言われているピカソのアヴィヨンの娘達(Les Demoiselles d'Avignon)なのですが、あのモデルはバルセロナの中心街でピカソが毎晩遊んでいた売春婦なんですね。

これらの事例が示しているのは、当時(フランコ体制下)売春は禁止されていた(1956年に売春禁止令が出ています)にも関わらず、黙認されていたという事実です。多分当時の市当局はこのような売春宿が何処にどれくらいあるか?を把握し、そこで活動が行われる限りは「見てみぬ振り」をしたのではないかと思われます。そんな感じで、裏社会と表社会のバランスが上手い事取れていたんだと思われるんですね。

そのバランスが崩れ始めたのが1992年のオリンピックです。なぜなら市当局がオリンピックの観戦者達に街の「良いイメージ」を売り込むために大々的なクリーン化を計ったからです。その際、中心地区の幾つかの売春宿が摘発を受け、取り潰しがあったそうなのですが、バルセロナの風俗の歴史においては、明らかにその年がターニングポイントと考えられています。これ以降、それまでは保持されていた表社会と裏社会のバランスが急激に崩れていくようになるからです(詳しくはコチラ:地中海ブログ:ヨーロッパの人身売買(Human Trafficking):スペインの場合、もしくは最近話題の映画、「96時間」など)。

このようにして社会問題にまで発展してきた街頭売春なのですが、僕は個人的にこのような街頭売春が中心市街地荒廃の始まりなのではないのか?と勝手に考えています。

彼女達が街頭に立つ事で、そこに闇取り引きのノードが出来る。そのノードを拠点として、次はドラッグの取引が始まる。それを目的とした闇の住人達が集まり、それを聞きつけた「ドラッグ観光」を目的にした観光客が海外から押し寄せ、自国では出来ないあらゆる行為を公共空間でやり始める。それを見た富裕層や中間層の住民達は、この地域を後にし、段々と活気がなくなり、街路が汚れていく・・・とこんな風に。

ここで問われるべき問題の本質は、ではこのような状況において市当局は風俗に関してどう対処するのか?という事でしょうね。つまり売春を必要悪と捕らえ容認した上でコントロール下におくのか、もしくは規制を強くし、非合法にするのか。周知の通り、容認する事で大成功しているのがオランダとドイツです。



特にオランダの状況はちょっと凄い。売春が一職業として確立されているから、税金は勿論、社会的な手厚い保護を受けられるようになっています。(ちなみにギリシャは売春の売り上げをGDPに加算する試みを始めました。何故ならそうでもしないと、散々EUから勧告を受けている最低最悪の自国経済の改善が出来そうにも無いからです。)



更にアムステルダムには売春情報センター(PIC)なるものまで市内にあって、売春婦の実態や偏見を取り除くという活動が行われているようです。

個人的に興味があったのがこの風景。





おなじみの飾り窓の間に現代アートの飾り窓があったり、ファッションの飾り窓があったり、性やアート、宗教(ココは教会の裏手)などが並列に並んでいる風景、正にスーパーフラット(死語か(笑))。そしてコレ:





飾り窓の不具合を業者が直している珍しい瞬間。

上述の売春センターに行って少し話を聞いた所、アムステルダムでは売春婦は建物のオーナーと個人的な契約をしているそうです。宿賃代一時間いくらみたいな。そして曜日や時間帯、更には季節などによって、各飾り窓の宿賃が違うと言う事で、そこに申し込む女の子達のローテーションなども全て各建物(各部屋)のオーナーが管理していると言う事でした。だからもし非合法な移民や18歳以下といった、法律で禁じられている子などが居たら、それは全て部屋を貸しているオーナーの責任にもなるので、そういう事はまず起こらないという事です。

このような管理強化により風俗の全ての問題が解決出来るとは思わないけれども、合法・非合法の間で揺れ、曖昧な答えしか出していないが故に、そこを突かれてマフィアにやりたい放題やられているスペインよりは、明らかに一歩も二歩も先に行っているという感じは受けましたね。

正直な所、僕自身、未だ、この問題にはどうしたら良いのか、答えが出ていません。今は色んな都市の状況を自分の目で見て回っているという段階です。このような「人間の負の部分」は誰でも見たくは無いとは思うのですが、先ずは直視する事から始めなければ、スタートラインにも立てませんから。
| バルセロナ都市 | 21:08 | comments(2) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
バルセロナの中心市街地で新たな現象が起こりつつある予感がするその2:逆ジャントリフィケーション
前回のエントリ、バルセロナの中心市街地で新たな現象が起こりつつある予感がするその1:ジェントリフィケーションの続きです。

僕が「ちょっとオカシイかな?」と思い始めたのは、夏休みが明けた9月上旬、丁度日本から帰国したその日の新聞を見た時でした。その新聞には毎晩ボケリア市場(el Mercado de la Boqueria)の闇で繰り広げられる「売春」の酷さを嘆く記事が、大変ショッキングな写真と共に紹介されていたんですね。



それからというもの、世界一の歩行者空間と言われたランブラス通りの汚さやバルセロナ現代美術館前広場のゴミ溜と化した状況、バルセロナの至宝、旧市街地に散らばる公共空間で毎晩の様に繰り広げられる品の無い行為などが、連日の様に報道される様になりました。

何が原因でこのような状況に陥ったのか?という事は簡単には言えません。都市の観光化、ジェントリフィケーション、そして最近の新しい傾向であるチープ観光など、それらが複雑に絡み合った結果、今の様な状況が創り出されたと言えるのかもしれません(チープ観光についてはコチラ:地中海ブログ:観光とチープエコノミー:ライアンエアー(Ryanair)などの格安航空機が都市にもたらす弊害)。特に諸刃の剣である観光の力と、現在の魔物であるジェントリフィケーションについては、今の所、都市としては有効な対処手段を持っていません。だから僕は以前のエントリでこんな風に書きました:

「一匹の妖怪がヨーロッパを徘徊している。ジェントリフィケーションという妖怪が」 
地中海ブログ:都市の闇:ヴェネチア(Venezia)の裏の顔とジェントリフィケーション(Gentrification)

今僕達が目にしているのは、正にその妖怪が暴れ回り、辺りを食い散らかしている様子だと言えます。

元々バルセロナは、というより、都市再生を実行している全ての都市がそうだと思うのですが、ジェントリフィケーションを意図的に引き起こした感があります。何故なら一度見捨てた地区に、富裕層が再び集まって来るという事は、再生が成功した指標足り得るからです。この意味においてバルセロナは明らかに成功していました。しかし、今現在起こっている現象というのは、逆ジェントリフィケーション、つまり、再び富裕層が歴史的中心地区を見捨てていくという現象です。何故か?それは街路や広場が余りにも汚く、住みにくくなってきたからです。では、何故コレは起こったのか?上述した様に、その答えは簡単には見つからないのですが、僕がずーっと注目していたのは「風俗」、その中でも街路売春と言われる「立ちんぼ」がこの新しい事態に深く関わっているのではないのか?という事です。

バルセロナの中心市街地で新たな現象が起こりつつある予感がするその2:風俗についてに続く
| バルセロナ都市 | 00:52 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
バルセロナの中心市街地で新たな現象が起こりつつある予感がするその1:ジェントリフィケーションとその向こう側
バルセロナという都市は、その着実な都市戦略と秀逸な都市再生計画において、欧州の中でも他都市の「再生モデル」に足り得る存在として、常にトップを走ってきました。1987年に米ハーバード大学から授与された都市デザイン賞や、それまでは個人にしか与えられていなかった英国の国立英国建築家協会(RIBA)賞が初めてバルセロナという都市自身に贈られるという名誉まで授かった程なんですね(詳しくはコチラ:地中海ブログ:EUプロジェクト、ICING (Innovative Cities for the Next Generation)最終レビュー、地中海ブログ:それでも恋するバルセロナ:ヴィッキー・クリスティーナ・バルセロナ(Vicky Cristina Barcelona)その2:都市のイメージ)。

バルセロナに限らず、ヨーロッパの諸都市は20世紀の最後の20年くらいを都市再生に重きを置いて凄まじいまでの努力をして来たと言えると思うのですが、その成功の鍵と、成功の度合いを測る「指標」となるのは、歴史的中心市街地においてであると言われています。

“ヨーロッパでは、「都市戦略の真価は、空洞化した歴史中心地区で試される」とよく言われる。”
岡部明子「サステイナブルシティ、EUの地域・環境戦略」、P18


何故か?

何故なら歴史的中心地区には現代都市が抱える諸問題が凝縮されているからです。バルセロナの例を見ると、今でこそランブラ・デ・ラバル(Rambla de RAVAL)とかピカソ美術館の辺りなんて言うのは、押しも押されぬバルセロナの人気観光スポットになっているのですが、僕が来た当初(つまり今からほんの数年前までは)「絶対に近寄っちゃダメ区域」に指定されていたくらいです。

ヨーロッパ都市というのは、このような「負の面」を歴史的中心地区のどこかに必ず持っています。そしてそのエリアを上手い事観光ルートから外したり、覆面を被せる事によって観光客なんかには見せない様に努力してるんだけど、賑やかな観光通りから一本奥に入っただけで、その都市のドロドロとした所が見えて来たり、中世を再現した様な完璧な歩行者空間の合間から「ちらっ」と暗闇を覗くと、そこに風通しの悪そうな不快感度150%くらいの密集地域があったりするのがヨーロッパの都市なのです。

このような棲み分け、「華やかな観光」と「貧困層」が隣り合わせに共存している状態はどのように作り出されたのでしょうか?

人類というのは何時の時代も自分を正当化する為に、自身を映し出す鏡として悪者を創り出してきました。中世においてはそれが「蛮族」であったり、「魔女」であったり、「悪魔」であったりしてきた訳で、それらが入ってこれないような城壁を築き上げる事で敵の侵略から己を守ってきたのです。
現代都市がやっている事も実はコレと全く同じで、「蛮族=貧困層」が入って来れない「見えない現代の壁(境界線)」を取り決めて、その中に資本を集中投下する事によって、「見かけだけ」都市の顔をキレイにしてきたんですね。現代の都市再生とはそういう事です。





近年のグローバリゼーションが作り出したこのような二極化の本質は、上述の写真の中で起こっている事と全く同じであり、現在都市で行われている事も、本質的には変わらないと言っても過言では無いと思います。

この空間(上の写真)には2つのクラスが存在しています。一つは暖房の効いた オフィス内で働くホワイトカラー。もう一つは空間の外で危険を冒しながらガラスを拭いているブルーカラーの労働者。同じ空間に属しながらもこの2つのクラ スの間には見えない深い溝が存在しているんですね。この仕切り(ガラス)はとても薄く透明であるにも関わらず、決して乗り越える事の出来ない壁な訳です。

さて、現代都市に話を戻すと、都市には蛮族を排除する「正当な理由」が存在しました。それは観光を促進する事で新たなる雇用を作り出す事と、都市に多額の外貨を落としてもらい、都市の歳入を増やすと言う二つの言い訳です。そして都市の中で一番観光客を引っ張ってこられる場所、観光客の視線が最も向く場所、それが歴史的中心地区であった訳です。

(そして同時に、ここには市当局の都市に対する価値観の変化が如実に読み取れます。つまり、戦後、「無価値」と烙印を押した歴史的中心地区に、「観光という魔物を引き寄せるだけの価値がある」と認識し始めたターニングポイントがあるという事です。)

それからというもの、ヨーロッパの各都市は観光客を呼び込み、出来るだけお金を落としてもらうという目的の為に、一心不乱で、崩壊しかけていた広場を奇麗にし、公共空間を囲む建物のファサードに磨きをかけ、美術館を誘致したりした結果、オシャレなカフェやレストラン、デザイナーや建築家のオフィスが立ち並ぶという非常に理想的な状況を創り上げる事に成功しました。すると、そのような活況を帯びたエリアに住む事を熱望するクリエーターや学生、お金持ちなどがこぞって歴史的中心地区に戻ってくるという現象が起こり始めたんですね。これを我々はジェントリフィケーションと呼んでいます(詳しくはコチラ:地中海ブログ:ビルバオ・グッゲンハイム効果とジェントリフィケーション、地中海ブログ:22@BCNとジェントリフィケーションなど)。

しかしですね、どうもこのような状況に最近少し変化が見られるようになってきました。

バルセロナの中心市街地で新たな現象が起こりつつある予感がするその2:逆ジャントリフィケーションに続く
| バルセロナ都市 | 21:00 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加