地中海ブログ

地中海都市バルセロナから日本人というフィルターを通したヨーロッパの社会文化をお送りします。
サスキア・サッセンと世間話で盛り上がったディナー
一昨日から昨日に掛けて、都市の様々な場所から集められた大量データ(ビックデータ)をどの様に都市分析、都市デザイン、ひいては都市計画に生かすか?というテーマに焦点を当てた国際カンファレンス、URBAN CODEがMITで開かれていました。



近年のテクノロジーの発展、劇的なコストの低下、そしてそれら新たなテクノロジーの日常生活への浸透と言った様々な要因が重なり合った結果、携帯電話やクレジットカードなどから個人データを大量に取り出す事が可能となり、その中から有益なパターンを抽出し、都市サービスの質を向上させていこうという試みが世界各地で始まっています。



今回企画されたカンファレンスは、今までは私企業や1つの分野でのみ語られがちだったビックデータとその有効活用法を、「都市」や「公共」と言ったより広い範囲や観点から議論しちゃおうと言う、今まで有りそうでナカナカ無かった試みなんですね。



世界中から集まったその道のスペシャリスト達が2日間に渡って熱い議論を繰り広げた訳なんだけど、招集されたスピーカー達の中には、ヨーロッパ、アメリカの各都市のスマートシティ部門の責任者、世界銀行やBBVA(スペインの大手銀行)と言った金融関連の人達、雑誌エコノミストの編集者、そして勿論MITを中心とする様々なバックグランドを持ったアカデミックな人達なんかが含まれていました。



1つ1つの議論の中身やカンファレンスで浮かび上がった様々な問題、そしてそれらと僕の研究との関連性などについては物凄くテクニカルな内容になってしまうので詳細は次回のエントリに譲る事として、今回は全く予期せずして起こってしまったある種の「事件」について記そうと思います。



そのかなりスリリングな瞬間はカンファレンスの直ぐ後、近くのレストランにて開かれたディナー会場で起こってしまいました(ちなみに上の写真は今回のディナーで出された2皿目、タラのクリームソース和えぽかったけど、これがかなり美味しかった!何度でも繰り返すけど、ボストンの料理は思ってたほど酷くない(地中海ブログ:ボストンは牡蠣が美味しいという事を発見してしまった!:ネプチューンオイスター(Neptune Oyster)))。

僕がレストランに着いたのは午後20時30分頃の事、既に会場には30人弱のゲストの人達が集まっていて着々と席に着いている途中だったんだけど、と言うもの今回のディナーでは、会場に着いた順に各自が好きな席を取り、隣同士になった人達と会話を楽しむと言う方式が取られていたからなんですね。着いて間もなく、僕も空いている席を見つけてそこに陣取る事に。その間、挨拶がてら隣の人としゃべっていたら、突然後ろから

「ここ空いてますか?」

という女性の声が。特に気にもせず、

「ええ、空いてますよ」

と言った瞬間、その女性の顔を見てビックリ!あー、こ、この人はー:



サ、サスキア・サッセンだー!!!そう、何と偶然にもディナーの席がサスキア・サッセンと隣同士になってしまったんですよ!(サスキア・サッセンについて詳しく知りたい人はコチラ:地中海ブログ:サスキア・サッセン(Saskia Sassen)のインタビュー記事:グローバルシティというアイデアは何処から来たのか?)。



正直言って、最初の内は緊張でそれこそディナーどころじゃ無かったんだけど、実は彼女、あんな小難しい文章を書く割にはかなり気さくな方で、しかも良くしゃべる!一度しゃべり出したら止まらないタイプ。で、最初は一緒にいらしてた左隣に座った方としゃべってたんだけど、その話が一段落した所で僕の方を向いて:

Saskia:「どうも、初めましてサスキアです。どちらからいらっしゃったんですか?」 Cruasan:「初めまして、建築家のcruasanと申します。日本人なんですけど、実は12年くらい前からバルセロナに住んでます。」
Saskia:「え、バルセロナに住んでるの?じゃあスペイン語しゃべれるんじゃない?」(ここから既にスペイン語)
Cruasan:「ハイ(Si)」


と言う様な流れになり、そこからはスペイン語で堰を切った様にしゃべり出す彼女。そう、サスキアさんは元々オランダ出身なんだけど、とある事情から2歳の時にアルゼンチンに移住し、その後ロシアに行ったりロンドンに行ったりという事を繰り返した挙げ句、今では7カ国語を操れる様になったんだとか(驚)。そんな彼女の母国語は勿論スペイン語!と言う訳で、母国語を話す事が出来るリラックスした雰囲気がそうさせたのかどうかは分からないけど、ディナーの間中、ずーっとしゃべりっぱなし(笑)。しかも話題はグローバルシティとかそういう難しい話じゃなくて、誰もがしでかす日常の些細な出来事といった世間話って言うんだから笑えます。

多分、サスキア・サッセンとグローバル経済や都市の分極化の話などアカデミックな話をした事がある人は沢山いるとは思うけど、「昨日は何食べた」だの、「今週は沢山歩いた」だの、「ニューヨークの生活はどうだの」、日常の些細な事を話し込んだ人はなかなかいないんじゃないでしょうか?ハッキリ言って、今日ほど「スペイン語がしゃべれて良かったー」って思った事はありません。

全く予期していなかった出来事だったけど、何年も前からその著書を通して色んな事を学ばさせてもらったサスキア・サッセンと直に話しが出来た事は僕の人生にとって掛替えの無い体験となりました(地中海ブログ:もう一つの9月11日:カタルーニャの場合:グローバルの中に息づくローカリティ)。

翌日、彼女は何時もの様に忙しそうにノートパソコンを覗き込み、立食形式だったお昼を食べた後、かなりの早足でタクシーに乗り込んで行きました。

去り際にレセプションに居た僕に向かって言ってくれた「またね(Hasta Pronto!)」という言葉が今でも耳に残っています。今度はバルセロナでお会いしましょう!
| 大学・研究 | 01:33 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
MITの学生寮:チャールズ川を見下ろすTANG寮
今週木曜日、MITの建築学部で無印良品の代表取締役社長、金井政明さんによるイブニングレクチャーが行われました。



日本では誰でも知ってる無印良品、海外ではMUJIとして広く知られる所となっていて、僕の周りでも大ファンを自称するカタラン人が結構いる程です。勿論ここボストンでもMUJIはかなり有名らしく、昨日のレクチャーが行われた大講堂は結構な人達で溢れ返るほどに。で、面白かったのが質疑応答の際に飛び出したこの質問:

「アメリカで無印の商品は高級ブランドの部類に属します。値段が高いですから‥‥。今日のレクチャーの中で、無印良品はNo-Brandというコンセプトの下に設立され云々というお話がありましたが、現実を見る限りその基本コンセプトとは全く矛盾していると思うのですが‥‥。」

そ、そうなんです!この学生が言った事は海外における無印良品の認識のされ方をとても正確に表していて、と言うのも海外で無印良品は低価格の商品と言うよりは寧ろ、値段が高い高級ブランドと見做されているからなんですね。何故かと言うと、輸出する際に掛かる関税などの影響から、値段が2―3倍に膨れ上がってしまい、更に近年の日本ブームに後押しされるかの様に「日本というクールなイメージ」が重なり合った結果、大変魅力的な高級ブランドへと変貌を遂げてしまった為なのです。アンチブランドを基本コンセプトに発展してきた無印良品が一歩日本を出ると強力なブランドとして確立されてしまうというこの矛盾‥‥まあ、早い話が世紀末にヨーロッパに輸出されパリ万博なんかで話題騒然となったジャポニズムとシステムは一緒かな(地中海ブログ:カイシャ・フォーラム(Caixa Forum)で開かれている印象派展 (Impresionistas):エドガー・ドガ(Edgar Degas)の画面構成は非常に建築的だなーとか思ったりして)。

この話をしだすと長くなるので、又今度。

さて先週末、MITキャンパスの真ん前に広がるチャールズ川において世界最大規模となるレガッタ(ボート競技)が開催されました。



って言っても、僕はボートとかヨットとか全く興味が無くって、この日行われたボート競技も見に行く予定はサッパリ無かったんだけど、最近仲良くなった中国人の友達が「今日は僕のアパートでランチをしながらボート競技を観戦するっていうイベントがあるんだけど、良かったら一緒に行かない?」って誘ってくれたので、研究室に居たイラン人の女の子と3人で行ってみる事に。



最初は「川沿いのシェアハウスに住んでて、そのリビングルームでランチかな?」とか思ってたら、何と彼、キャンパス内にある学生寮に住んでるって言うじゃありませんか!なんてラッキーなんだ!しかもよくよく話を聞いてみたら、学生寮はチャールズ川の目の前に建つMITで一番背の高い建物、その名もTang寮。



多分、ボストンに住んだ人なら分かると思うんだけど、この街に住み始めるに当たって一番最初にぶち当たる壁、それがアパート探しなんですね。これがとにかく大変!一応僕はバルセロナ在10年以上の長期海外滞在組で、その間に何回か引っ越しを経験しているので、「まあ、国は違えどプロセスは一緒だろう。それにボストンは大学がひしめく学生街。簡単に見付かるでしょう!」と高を括っていたらこれが大間違い!実はこのアパート探しが、MITに来るにあたって幾多とあった困難の中でも「最も過酷だったかもしれない」と、そう思うほど大変だったのです。

家探しで僕が最初にトライしたのは、大学が所有する学生寮にアプライする事でした。しかしですね、勿論大学が所有する学生寮には限りがあって、しかも正規の学生を優先させるという事で、客員の人とかは自動的にwaiting listに回される仕組みとなっています。その応募があったのが7月の頭。「まあ、でもきっと通るだろう」と気楽に考えてたんだけど、幾ら待っても返事は来ず‥‥。で、最近(10月後半)になってやっと返事が来たんだけど、当然もう住む所は見付けちゃったので全く役に立たず‥‥そんなこんなでアパートを探すのにはかなり骨を折ったと言う訳なんです。

何でこんな話を持ち出したかと言うと、実はその時僕に割り当てられたアパートこそ、この中国人の友達が住んでいるTang寮に他ならなかったからなんです!

自分が住むかもしれなかったアパート‥‥と言う訳で、ちょっと複雑な心境ながらもワクワク気分で見に行ってきました。



TANG寮が建っているのは、だだっ広いMITキャンパスの中でも端の端、かなりの辺境に位置しています。この辺はテニスコートとかしかなくて、「夜は真っ暗でさぞかし怖いんだろうなー」とか思ってたら、どうやら夜中のキャンパス内での一人歩きには警備員の人が研究室から家まで付いてきてくれるっていうサービスがあるらしく(勿論無料)、深夜の女の子の一人歩きも全く問題無いんだとか。ヘェー、ヘェー、ヘェー。そうこうしている内に、目的地に到着〜。



入り口を入って直ぐの所には、このアパートを寄贈したTANGさんのプレートが誇らしげに掲げられていました。



で、ここから先は住人のIDカードが無いと入れない様になってて、入って直ぐの左手側には洗濯機がズラーっと並んだ部屋が。



更には共有のレクリエーションスペースとか、ピアノ室なんかまで完備されてていました。



で、次はいよいよ部屋を見せてもらう事に。僕の友達が住んでいるのは3人部屋らしく、リビング、キッチン、トイレ&シャワーが共同で、各自にプライベートルームが割り当てられているという構成のアパート。玄関を入ると直ぐの所にキッチンとリビングルームが配置されています:



結構広い。日当りも申し分ありません。そしてこちらがプライベートルーム:



こちらも十分な広さの部屋でナカナカ。お値段は光熱費やネット代等、全部ひっくるめて一ヶ月800ドルちょっとなんだとか。さすが学生寮!安いな。と、お宅訪問をしていたら、そろそろランチパーティーが開かれるという事で、最上階(24階)にある共有スペースへ移動する事に。



エレベーターを降りると、何やらあちら側に光に満ち溢れた空間があるのが分かります。そこへ入ると広がっていたのがこの驚きの風景:



じゃーん!ボストン市内が一望の下に見下ろせる絶景!す、凄い!



目の前の視界を邪魔するものは何も無く、只々地平線が広がる風景を楽しむ事が出来るんですね。更に今は紅葉シーズンなので、市内に広がる森の木々が黄色や橙色に変わってきているのが見て取れます。こうして上から見ると、ボストンという都市はかなりの緑で覆われている事が良く分かります。そしてそして、今日のメインイベントがコチラです:



チャールズ川に、それこそ数え切れない程の数のボートが浮かび、ボート競技の始まり〜。川岸はお祭り騒ぎの様に、物凄い人達で賑わっていました。



川沿いで見るのも良いけど、上から全体像を見るのも又格別。っていうか、これ、特等席ですよね。更に今日はランチが無料という事で、ビュッフェ形式で食事を楽しむ事に。



何度でも繰り返すんだけど、ボストンでの食事は思ってたほど悪くないです(地中海ブログ:ボストンは牡蠣が美味しいという事を発見してしまった!:ネプチューンオイスター(Neptune Oyster))。この日のビュッフェも肉から魚、野菜からフルーツまで盛り沢山で、しかもオーダーに応じてその場でオムレツを作ってくれるサービスまであったりして、結構充実していました。



そして最も嬉しかったのが、このアパートに住む世界中から集まってきている人達と交流が持てた事かな。このアパートに住んでるのは全員が大学院生以上でMITの何処かしらの学部や研究所に所属している人ばかり。出身国もバックグラウンドも様々で、色んな話が聞けてかなり楽しかった!

聞く所によると、MITの学生寮ではこの様なランチやディナー、そして時にはパーティーを定期的に開いている所が多いんだとか。色んな人達と知り合いになれるし、ご飯は美味しいし、何よりも楽しい!又今度誘ってもらおう。
| 大学・研究 | 13:04 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
アメリカで絶対にしてはいけない事をしてしまった!ボストンの歯医者さん事情
早いもので、ボストンに来てから今日で丁度一ヶ月が経とうとしています。



最初の一ヶ月は、それこそ新しい生活リズムに慣れる事に精一杯で、「特別何かした」という感覚は無いんだけど、それでも何人かの友達が出来たり、バルセロナに居たら絶対に会えない様な人達にアポを取り、会いに行ったりと、それなりに楽しく、そして忙しい毎日を送っています。

そんな中、私cruasan、アメリカという国において絶対にやってはいけない事の1つをやらかしてしまいました‥‥。

ことの発端は先週末、「アメリカ人の真似したら英語上手くなるかな?」なんて馬鹿な事を思い付き(苦笑)、チューインガムを噛んでいた時の事‥‥「ガチッ!」‥‥「あ、あれー、アメリカのチューインガム、中にネジみたいなのが入ってるじゃないかー!不衛生だな、全く(怒)」と思ったのも束の間‥‥ん?何かおかしい‥‥あるべき所にあるはずの歯が無い!!

そ、そーなんです!実は、調子にのってガムをクチャクチャ噛んでいたら、歯の詰め物が取れちゃったんですよ!!歯の詰め物が取れた事なんて人生の中において今まで一度も無かったのに、何故このタイミングで‥‥(悲)。こっちへ来る前(つまり今から1ヶ月前)、念には念を入れてバルセロナで歯医者に行ってきたばかりだったのにー!何なんだー、あのカタラン人のインチキ歯医者は(怒、怒、怒)!!!

ここまで読んできた皆さんは、「cruasanのやつ、歯の詰め物が取れたぐらいで一体何をそこまで騒いでるんだ!」とか思うかもしれませんが、何故ここまで騒ぎ立ててるかって言うと、アメリカの歯医者って保険が利かないが故に治療代が異常なほど高い事で有名なんですね。まあ、保険が利かないのはスペインを含め万国共通なのかもしれないんだけど(地中海ブログ:スペインの医療システムについて:歯医者の場合)、それを差し引いてもアメリカの歯医者の治療代の高さは尋常じゃあ無いと思います。どれくらいかって、虫歯を一本治すだけで10万、20万は軽く飛んでいくレベルって言うから驚きです。だから、一本の歯の治療をする為だけに、日本に一時帰国する人がいるっていう話すら聞く程なんですね。

まあ、とやかく考えてても仕方が無いので、「取り合えず歯医者に行こう」と思ったんだけど、運悪く土曜日の午後は休診の所が多いので月曜日まで待つ事に。

歯医者に行くまでの間、空いた穴をそのままにしておいたら、「それこそ絶対虫歯になる!」と思ったので、ネットで「歯、詰め物が取れた、ボストン」とか入れて検索したら、やっぱり僕と同じ様な境遇の人達が結構居て、どうやら治療代が高いアメリカでは、簡単な歯の治療は薬局で治療キットを買ってきて自分で治療するって言うのが一般的という驚愕の事実を知る事に(マ、マジか!)。さすがに自分で歯を治療するっていう選択肢はあまりにも危険だと思い、毛先が尖った歯ブラシを買ってきて、何か食べた後は必ず歯を磨き、更に口の中のバイキンを殺すうがい薬で凌ぐ事にしました。



で、迎えた月曜日。朝一番で行ってきたのが、MITのキャンパス内にあるMITメディカルセンター(MIT Medical)です。ここは薬局が入っていたり、救急が入っていたり、病院が入っていたりと、MITの関係者で学校が提供する医療保険に入っている人がお世話になる事が出来る医療機関なんですね。加入料は一年間で1,980ドル、半年間で825ドル。民間の保険に比べたらちょっと割高な気もするけど、病気になったら直ぐに行けるし、結構しっかりしてそうだし、どんな持病を持った人でも基本的には入れちゃうって言うんだから、その恩恵の深さが伺えます。まあ、考えてみたら、MITに来る教授や研究者の人達って、相当な年齢の人が大半な訳だから、みんな何かしらの持病を持ってて当たり前。いちいちそれを拒否してたら、誰も来なくなるって事なんでしょうね。



もちろん僕もこのMIT医療保険に入ってるんだけど、幾ら大学の医療保険とは言え、歯医者がカバーされてない事に変わりは無し。それでもダメ元で受付に聞いてみたら、どうやら同じ建物の5階に歯医者さんが入ってて、MITの関係者ならそこで治療してもらえるという情報を得ました(聞いてみるもんだ!)。

で、アメリカの歯医者さんに掛かる時はここからが本番なんだけど、こちらでは治療を受ける前に「その治療に一体いくら掛かるのか?」と言う見積もりを出してもらって、その値段を見てから決める事が一般的なんですね。そして、ここで注意しなきゃいけない事、それは、救急だの、レントゲン写真だのと、何だかんだ言っては、知らず知らずの内に治療費が雪だるま式に膨れ上げっていき、挙げ句の果てには最初に言われた見積もりの2倍、3倍になっていた‥‥なんて事が日常茶飯事だと言う事です(この点はスペインも同じ)。しかも一般的に言って治療費は驚くほど高いときている‥‥。

だから、もう本当にドキドキしながら、

「あ、あのー、歯の詰め物が取れちゃって‥‥。もう一度コレをはめて欲しいんですけど、一体いくらぐらい掛かりますか?」

って聞いたら、帰ってきた答えは;

「126ドルくらいです。勿論ドクターによって多少前後する事はありますので、保証はしませんが」

という答えが。

「や、安い!」いや、日本に比べたらそりゃ格段に高いけど、ハッキリ言って、1,000ドル単位を想像していたので、もうウキウキ!しかも、今直ぐやってくれるらしい。ツイてる!明らかにノッてる!

 

という訳で、その場で簡単なアンケートに答えて、早速治療をしてもらう事に!で、担当してくれたのが若い女性の先生だったんだけど、これが驚くほど丁寧に診察してくれて2度ビックリ。詰め物をはめる前にレントゲン写真で虫歯が無いかどうかチェックして、更にその後、接着剤で固定する前に、噛み合わせが悪く無いかどうかのチェックをする為に、もう一枚レントゲン写真をとり、それから漸く詰め物にセメントを塗り接着するっていう手順。更に、全ての治療が終わり、説明を受けていた時の事、

「あら、唇が荒れてるわね」

とか言われてクリームまで塗ってくれるっていうサービス振り!説明も凄く明快で分かり易かったし、もう大満足。その足で会計に行ったんだけど、請求されたのは最初に出された見積もり通り126ドルぽっきりでした。

アメリカで歯医者に行ったのはコレが初めてだったんだけど、ネットで流れてる評価との剥離に愕然としました。多分、行く歯医者さん、そして担当する先生によって大分違うんでしょうね。

アメリカでの歯医者初体験!満足度は高かったけど、歯医者に掛かるのはもうこれっきりにしたいな(苦笑)。
| 大学・研究 | 01:08 | comments(4) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
今日から半年間ボストンに滞在します。
長かった夏休みもとうとう終わり、バルセロナは今週辺りから漸く普段の生活リズムに戻りつつあります。特に先週から開幕したサッカーの試合を見ていると、それだけで一気に日常生活に引き戻されるから不思議です。



多分スペイン人って、8月の終わり(もしくは9月の初め)頃にリーグが始まって、5月(6月)頃にそのリーグが終わると、「あー、今年も一年終わったなー」とか思ってるっぽい(笑)。スペイン社会におけるサッカーの位置付けは、単なるスポーツという枠組みには留まらず、だからこそバルサと言うチームはカタラン人達にとって「クラブ以上の存在」と言われる所以なんですね(地中海ブログ:FC Barcelona(バルサ)のマーケティングがスゴイ:バルサ・ミュージアムに見る正に「ゴールは偶然の産物ではない」)。

さて、突然なのですが、私cruasan、9月1日から半年間バルセロナを離れ、アメリカ東海岸はボストンにあるマサチューセッツ工科大学(MIT)に滞在する事になりました。

「えー、cruasanって美味しいもの食べ歩いて、適当にブログに記事書いてる人だから工科大学なんて関係無いじゃん〜」って思ったそこの貴方、地獄に堕ちてください(笑)。「えー、cruasanって、毎朝美味しいコーヒーとクロワッサン食べなきゃやる気が出ない人じゃなかったのー?」って‥‥それは一理ある(笑)。



ボストンって美味しいクロワッサンとかあるのかな?この質問は日本に住んでる人からすると馬鹿らしく聞こえるかも知れないけど、その地域での食生活がどうなっているのか?っていう点は、我々日本人が海外に住む上で非常に重要な要因となってくるんですね。なんだかんだ言って、人間ってその地方の食事が口に合わなかったら絶対に生きていけませんから。

さて、今回僕が(寒い寒い)ボストンに行く事にした理由は主に2つ。

1つ目は、以前から僕が進めているルーブル美術館の歩行者空間分析を中心とした公共空間/屋内空間におけるモビリティ分析や空間分析、そしてそれらの分析結果を如何に都市計画や都市政策、ひいては建築デザインへと具体的に還元していくかという事をアカデミックな研究として掘り下げる為です。

大変幸運な事に今まで僕は、バルセロナ市役所やカタルーニャ州政府などと言った政権の内側から、「バルセロナモデル」と言われる都市計画や都市政策を生み出す現場でキャリアを積む事が出来ました。つまり世界的に評価されているそれらバルセロナモデルを外側から眺めたり、分析したりするのではなく、正にそのど真ん中で、当事者としてそれらが生み出される瞬間に立ち会う事が出来たんですね。世界広しと言えども、そんな幸運に恵まれた日本人は僕しか居ないと思います。

それらの計画や政策は勿論、様々な研究や実証実験に裏打ちされたものである事は間違い無いんだけど、今までずーっと現場で走り続けて来たので、この辺で一度自分がしてきた事を客観視し、世界的な文脈に位置付けるという作業が必要なのかな?と、そう思った次第です。

その事に加えて、少しスペインと言う国を外側から見てみようと思った事が挙げられます。これが2つ目の点です。

上述した様に、僕は日本を出てから今まで、バルセロナや他都市の都市計画立案者として、その現場のど真ん中でキャリアを積んで来る事が出来たんだけど、そういう恵まれた環境に居る事が出来た一方で、「実は僕はバルセロナやスペインの内側の事しか知らないんじゃないのか?」と言う、ある種の不安に苛まされてもいました。



そうした諸々の事情があり、この辺で「外側から客観的にスペインを見てみるのも悪くないかな、いや、必要なのかな?」と思ったのが今回アメリカに行くという大きな大きな決断をした要因だったという訳なのです。そして勿論、工学系では世界ナンバーワンと言われるMITが大変魅力的な研究環境を提供してくれたという幸運に恵まれなかったら、今回の滞在は間違いなく有り得ませんでした。

‥‥思えばバルセロナの地を初めて踏んだ12年前、当時は未だスペイン語のスの字も分からなかったんだけど、それでもその当時僕の心の中には、「この先一体どうなるんだろう?」という不安よりは寧ろ、「この先一体どんな世界が待ち受けているんだろう」という期待感で胸が一杯だった事を今でもハッキリ覚えています。

あれから12年、住み慣れたバルセロナを離れ、行った事も見た事も無いボストンへ旅立つのは正直不安で不安で仕様がないんだけど、その一方で今の僕の心を満たしているのは12年前のあの時と同じ気持ち、「見た事が無いものを見てみたい!」と言うワクワク感で一杯なんですね。

これまで地中海ブログは、「日本人というフィルターを通したヨーロッパの社会文化をお伝えする」というコンセプトの下、様々な記事を書いてきました。ここで僕がアメリカへ行ってしまう事で、そのコンセプトからはちょっとズレてしまうので、「名前を変えようかな?」とか、「一度ブログを閉鎖しようかな?」とか色々考えたんだけど、まあ、アメリカに行ったって著者である僕自身が変わる訳じゃないので、「ま、いっか」という、それこそラテン系の軽いノリで(笑)、名前も何も変えずにこのままいく事にします。

と言う訳で、ここから数ヶ月間は「地中海文化に慣れ親しんだ日本人の眼から見たアメリカの社会文化をお伝えする」と言うコンセプトの下、ボストンでの生活、僕の目から見たアメリカ社会の光と影、はたまた美味しいレストラン情報などを書き綴っていこうと思っています。コンセプトは少し変わってしまいますが、もし宜しければ、当ブログの読者の皆さんにも、このまま引き続きご愛読して頂ければ幸いです。

さあ、イヨイヨこれからボストンに向けて出発です。
こんにちは、ボストン!
| 大学・研究 | 07:21 | comments(12) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
ルーブル美術館の歩行者計画
忙しい!非常に忙しい!!先週から今週にかけて、各種プロジェクトの締め切り、論文の締め切り、雑誌の原稿の締め切り、はたまた色んな地域からの訪問者の人達の対応なんかに追われまくってて、連日気持ちがいいほどの地中海晴れにも関わらず、異常なほど多忙な日々が続いています。



そんな中、日本でも報道されているかとは思うのですが、先週末スペイン政府は銀行システムの健全化を目的とする融資をユーロ圏から最大1000億ユーロ(日本円で10兆円)受ける事を発表しました。この額はスペインの国民総生産の約1割に相当します。スペインのラホイ首相は、「これは救済プランではない。あくまでも融資を必要としているスペインの銀行に対する貸し付けである」と繰り返し主張しているんだけど、まあ誰が何と言おうと、実質これでスペインは第4の救済国になったと、そう言えるかと思います。もっと言っちゃうと、この様な救済プランというのは、名目上は「困ってる国家を救う」っていう事になってるんだけど、その隠れた目的は「ユーロというEUの統一通貨システムを救う」っていう事なんですけどね。つまり国家を救うという大義名分の名の下に、その国家に借金を背負わせつつユーロ通貨システムを救うというのが、その隠された本質だという事なんです。

この辺の話をし出すと非常に長くなるので詳細は次回のエントリに譲るとして、今回のスペイン救済プランを巡る一連の騒動を見ていて個人的に驚いたのは、スペインのラホイ首相のこの一言かな:



「銀行の問題はこれで一応ケリがついたので、私はこれからユーロカップを観戦しに行ってきます。」

「ハ、ハ、ハ、首相、スペインという国が崩壊しようかどうかって時に、一体何を冗談言ってるんですかー」とか思ってたら、その数時間後には皇太子夫妻と共にポーランドでユーロカップのスペイン戦を楽しんでいるラホイ氏の姿が生中継で映し出され度肝を抜かれました(苦笑)。



まあ彼も言ってる様に「行けば批判されるけど、行かなくても批判される」というのは本当だろうし、それよりも何よりも、今回の出来事は「どんな事よりもサッカーの試合の方が大事だ」っていう、スペインのお国柄を表していて、「それはそれでスペインらしいかなー」と思わない事も無いかな‥‥と、良い方向に受け取っておこう‥‥ほ、本当に大丈夫か?スペイン!!

さて、実は昨日、ここ数年間継続してやってきた一つの事に一応の区切りが付きました。実はですね、ちょっと前から仕事の合間を縫ってちょくちょくと博士課程を進めてきたんだけど、昨日の午前中、僕の博士論文計画案の公開ディフェンスが行われ、3人の審査官達の前で30分の口頭発表、その後の質疑応答をクリアし見事審査に通る事が出来ました。おめでとー、パチパチパチ!!!

って言っても、博士論文を書く権利が与えられたってだけで、学位に辿り着くまでには未だ未だ道は長いかとは思うんですけどね。でも、ここまで来るのに結構色んな事があったし、時間も掛かったので、個人的には感慨深いかな。

僕の博士論文のテーマについては、後日時間がある時にゆっくりと書きたいと思うんだけど、ごく簡単に纏めると、近年勃興してきた新しいテクノロジーを使って、「如何に都市部における人々の生活の質を上げていくか?如何に都市のモビリティを改善していくか?」という事をテーマにしています。その一つの具体例として、グラシア地区の歩行者空間計画や、数年前から僕が進めているルーブル美術館の歩行者空間計画を題材に論文を進めているという訳なんですね。



グラシア地区の歩行者空間計画については当ブログでは事ある毎に取り上げてきたし、雑誌にも何度か書いてきたので「あ、知ってる!」って人は多い事かと思います(地中海ブログ:グラシア地区祭り:バルセロナの歩行者空間プロジェクトの責任者だったけど、何か質問ある?)。



ルーブル美術館についてはですね、以前僕が開発した自動車や歩行者を自動的に追跡出来るセンサーを美術館内に10個ほど取り付ける事によって、そこを訪れた観光客が「一体どの様に動いているのか?彼らは一体何処から来て何処へ行くのか?はたまた彼らはどの作品にどのくらいの時間を費やしているのか?(例えば観光客は平均でモナリザを4分24秒見た後、ミロのビーナスへ移動し、そこで3分12秒費やす)」などという、今までとは全く次元の違う訪問者分析を提案する事を目的としています。一応断っておきますが、このシステムはプライバシーの問題は完璧に克服しています。



このシステムを用いた分析手法などについては欧米の雑誌には結構書いているので、ヨーロッパでは結構知られる所となってきていて、その結果、今年1月にスウェーデンで行われた観光とITに関する国際会議に招待論文として招かれたり(地中海ブログ:シティ・リージョンという考え方その1:スンド海峡のエレスンド・リージョンについて)、非公式で行われる政府や私企業の研究会なんかで発表する機会を与えられたりと、結構順調なプロセスを辿っていると思います。その一貫で、ちょっと前の事なんだけど、こちらの新聞に2ページに渡って大きく取り上げられたりもしました。



昨日行われた発表は、そんな「これまでやってきた事の一つの区切り」みたいな感じだったので、個人的には大変感慨深かったと、まあ、そういう訳なんです。という訳で昨日の夜は、ちょっとした「打ち上げパーティー」を企画し、知り合いなんかと一緒にバルセロナ市内のPobre Sec地区にあるバルセロナで今一番美味しいステーキを出すお店(と僕が勝手に思ってる)に行ってきました。最近結構利用するんですよね、このお店。で、当然頼んだのはコチラ:



これでもか!って言うほど分厚いステーキの登場〜。このお店で注文するポイントは焼き加減をレアよりもちょっと生寄りで頼む事かな。ここのシェフ、無茶苦茶いい加減だから、時々焼き過ぎるんですよねー。だから「レアより少し生」で頼むと丁度良い感じでレアになってるって訳(笑)。

今週後半はインド、ニューヨーク、そしてスイスから大学関係者や政府関係者の人達がバルセロナに来る事になってて、そんな彼らとミーティングの予定が入りまくっています。今日ようやく一区切り付いた所だけど、美味しいお肉でお腹も一杯になった事だし、又明日から気分を仕切り直して頑張ろう。
| 大学・研究 | 05:06 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
ヨーロッパの公立大学の授業料について、その2:スペインの教育システムの裏にある考え方
先週月曜日(4月23日)はバルセロナの街中が真っ赤なバラの花で埋め尽くされる、一年の内で最もロマンチックな日、サン・ジョルディの祝日でした(サン・ジョルディについてはコチラ:地中海ブログ:サン・ジョルディ(Sant Jordi)とカタルーニャ(Catalunya)その2、地中海ブログ:カタルーニャにとって一年で最もロマンチックな日、サン・ジョルディ(Sant Jordi))。



2月14日のバレンタインデーを「チョコレート会社のプロモーションだ!」と毛嫌いしているカタルーニャ人達は、女性が男性に本を贈り、男性は女性に真っ赤なバラの花を贈るという古くからこの地に伝わるサン・ジョルディの伝統を「カタルーニャのバレンタイン」と定義し、毎年復活祭が終わる頃、まるで街全体が春の到来を喜んでいるかの様な、そんな見事な風景を立ち上がらせます。



この風景を目にするのは今年で11回目なんだけど、今回個人的に大発見だったのは、カタルーニャ州政府の強いバックアップで創られた大学、ポンペウ・ファブラ大学では4月23日には一切授業が無くって、完全なる休日扱いだったって事かな(ポンペウ・ファブラ大学についてはコチラ:ポンペウ・ファブラ大学図書館(Unversitat Pompeu Fabra)、地中海ブログ:22@地域が生み出すシナジー:バルセロナ情報局(Institut Municipal d'Informatica (IMI))、バルセロナ・メディア財団(Fundacio Barcelona Media)とポンペウ・ファブラ大学(Universitat Pompeu Fabra)の新校舎)。バルセロナ市役所に居た時は「お昼まで働いて午後からは街中にバラの花と本を買いに行こう!」っていう勤務時間体制だったし、去年偶々立ち寄ったカタルーニャ工科大学も4月23日は普通に授業してるっぽかった事を思えば、ポンペウ・ファブラ大学のカレンダーはちょっと異色だと言っても良い様な気がします。流石にカタラン色が強い大学だなー。



ちなみにサン・ジョルディの伝説とは全く関係が無い「本」という要素が何故4月23日のお祭りに入ってきたのか?という事については以前のエントリで書いた通りです(地中海ブログ:サン・ジョルディ(Sant Jordi)とカタルーニャ(Catalunya))。手短に言うと、4月23日は「ドン・キホーテ」を書いたセルバンテスの命日であり、世界の文豪シェイクスピアの誕生日に当たる為、「じゃあ、いっその事、一緒にしちゃえ!」みたいなノリだったと、まあ、そんな所です(笑)。

さて、そんな街中がお祭り気分に酔いしれていた矢先、スペイン教育界を揺るがす大ニュースが飛び込んできました。それが:

来年度から公立大学の授業料をアップする!」

という現政権が打ち出した新しい政策だったんですね。当ブログでは事ある毎にスペインの教育事情、ひいてはヨーロッパ各国の大学事情なんかを度々レポートしてきたんだけど、それらは主に単位振替の話や、実際に現地の大学ではどんな授業が行われているのか?はたまた、最近スペインで増えてきた「なんちゃってマスターコースには引っ掛からないでね」って言う様な話題を提供してきたんですね。その中でも非常に問い合わせが多かったのが何を隠そう大学の授業料の記事なんです(地中海ブログ:ヨーロッパの公立大学の授業料について)。

ざっくり言うと、ヨーロッパの公立大学のシステムっていうのは授業料の観点から3つのグループに分ける事が出来て、第一のグループは「授業料無料グループ」。ここにはキプロス共和国、チェコ共和国、アイルランド、マルタ、ノルウェー、スロバキア、スロベニア、スウェーデンといった国々が入ってきます。ちなみにスウェーデンでは授業料無料なのに加えて、大学に行ったら毎月約300ユーロ相当の奨学金が貰えるらしい(驚)。

第二のグループは「授業料有料グループ」で、ここにはスペイン、ベルギー、オランダと言った国々が入ってきます。例えばオランダの公立大学の年間授業料は1,500ユーロくらい、スイスはちょっと高くて1,200―2,900ユーロという事でした。

そして最後のグループは「各大学が授業料を決める事が出来るっていうシステム」を採用している国々で、ここにはイギリスやイタリアといった国々が該当します。ちなみにイギリスでは、キャメロン首相の「授業料を上げる」政策を巡ってロンドンで大暴動が起こっていたのは記憶に新しい所ですね。

こんな状況を目の当たりにすると、我々日本人の目には「ヨーロッパの大学、や、安い!」とか思いがちなんだけど、その辺はヨーロッパの一般家庭の平均収入というパラメーターを一緒に見る必要があるかなー。ちなみにスペインの月当たりの平均収入は1,500ユーロ(日本円で15万円)前後、最低賃金は600ユーロ(6万円)付近を行ったり来たりしているという状況。だから去年、スペインの公立大学の博士課程後期の授業料を「200ユーロ(2万円)から400ユーロ(4万円)に引上げる」っていう政策を政府が発表した時には、それこそ未だかつて無い程のデモがスペインの各都市の大学を中心に起こった程でした。

その様な背景の下、今回又々「大学の授業料値上げ!」という事態になった訳なんだけど、一体全体今回はどれくらい上げるのか?というとですね、その割合、実に前年比(最大)で66%!

‥‥スペインの公立大学の授業料というのは一人の学生が1年間に学習するのに掛る総コストの内、何パーセントを各学生が負担しなければならないか?と言う事を基準にして決まっています(各自治州によって違う)。その割合が現在は約10%から15%程度なんだけど、それが今回の値上げで15%から25%程度に引上げられると言うのが基本方針らしい。そうすると各学生が負担する授業料は平均で66%跳ね上がるという事なんだそうです。

もっと具体的に言うと、例えばカタルーニャ工科大学でオーディオビジュアル学科を先攻しようと思ったら、今年の年間授業料は1,050ユーロ(11万円くらい)だったのに、来年からは1,750ユーロ(18万円くらい)に跳ね上がるって言う事なんですね。最も安いと言われている社会学コースでは現在の909ユーロから1,515ユーロに、逆に最も高いと言われている医学部では1,426ユーロから2,376ユーロに跳ね上がるんだそうです。



で、ですね、ここからがスペインの教育システムの面白い所なんだけど、スペインでは小学校から大学まで、日本の様に「一学年みんなで入学してみんなで卒業しましょう」というコンセプトは存在しません。つまり「落第する」という事が頻繁に起こり、それが普通だと考えられているシステムを採っています。

何故か?

何故なら、子供というのは千差万別なのだから、理解が早い子も居れば遅い子もいる。一回の授業で分かる子も入れば、2回くらいやらなきゃ分からない子もいる。だから無理して100人が100人同じスピードで物事を学ばなくてもいいんじゃないの?っていう考え方が裏に潜んでいるからです。

これは深読みすれば、常に、人生において「選択肢」が与えられ、例え人生で失敗してしまっても「やり直せる」という道があるという事を小さい内から身を以て学ばせているという事を指し示しています。もっと言っちゃうと、人生に疲れたら、少しくらい休んで充電してから、又社会に帰ってくればいいじゃん!っていう考え方が社会全体に浸透していると見る事も出来るんですね。



実は前回のエントリで書いた、バルサのペップ・グアルディオラ監督の辞任理由、「あれは非常にスペインらしいなー」とか思って先週の辞任会見を見ていました。彼は会見でバルサの監督を退任する理由について:

「辞任します。単純な理由ですよ:もう空っぽなんです‥‥。これ以上クラブにも選手達にも何もしてあげられる事がないんです。サッカーへの情熱を取り戻す為にエネルギーを蓄え、自分自身を充電する必要があると、そう判断しました」
“Me voy. La razon es muy simple: estoy vacio. Siento que ya no puedo dar mas, necesito llenarme de energia”

と語っていました(地中海ブログ:バルサのグアルディオラ(Josep Guardiola)監督辞任会見)。つまり、もうエネルギーを使い果たしてアップアップになってしまったので、一度戦線を離脱して心を休め、しっかりと充電して帰ってきますと、彼はそう言っている訳ですよ。そしてそれは何も彼の様なエリートだけが特別なのではなくて、企業に勤めるサラリーマンから、その辺のバルで働いてるおっちゃんまで、スペイン人達は皆、人生が一本道ではない事、そこから外れても違う道が絶対にあると言う事、人生に疲れたら少しくらい休んでも良いし、それが普通だという事を知っているんですね。勿論、今、スペインは大不況で全く雇用が無い状況である事は確かなんだけど、元々スペインという国の根底にある教育、ひいては社会にはそれくらいの許容力が存在し、人々の間には人生に対する「ある種の余裕」みたいなモノが存在するので、この社会では失業率が驚くほど高くなっても「街中の人々の顔はそれ程沈み込む事は無く、寧ろ前向きに明るく生きていけるのかなー」と、10年以上この地に住んで漸く最近そういう事に気が付き始めました。というか、今頃になって漸くそういう事を感じる事が出来る様になってきました。

‥‥あ、あれ、今日は先日発表されたスペインの大学授業料について書く筈だったんだけど、何故か話が脱線してしまった‥‥。天気も良くなって来た事だし、まあ、たまにはいっか(笑)。
| 大学・研究 | 18:19 | comments(6) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
バルセロナに出来た新しい建築学校その2:Barcelona Institute of Architecture:バルセロナ建築スクールの諸問題
前回のエントリ、バルセロナに出来た新しい建築学校その1:Barcelona Institute of Architecture:山本理顕さんとか、都市のマーケティングとかの続きです。

バルセロナの建築教育事情に関して僕が最近ちょっと気になっている事があります。それが近年バルセロナにボコボコ出来つつある、建築関連の新しいマスターコースについてなんですね。バルセロナでは数年前から「インターナショナル」を謳い文句に外国人をターゲットにしたマスターコースが本当に数多く作られているのですが、そのコースが我々日本人にとって一体どのような意味を持つのか?もっと言っちゃうと、特にその闇の部分についてはさっぱり語られてきませんでした。大体、(正規)の学校やコースを創るなんてそう簡単に出来るはずが無く、そんなものがボンボン、ボンボン出てきている現象の裏には絶対何かあると言うのが世の常と言うもの・・・。今日は、「これから是非バルセロナで建築を学びたい!」と言う日本の優秀な若い皆さんに是非知っておいてもらいたいお話です。

多分このような建築関連のマスターコースのさきがけとなったのは、僕が以前通っていたメトロポリスプログラムだと思います。このプログラムに関しては以前のエントリで何度か書いたのですが、さすがにメトロポリスプログラムはイグナシ・デ・ソラ・モラレスがディレクターを務めていただけあって、彼の生前中には、教授陣と言い、世界中から集まって来ていた学生と言い、そこで行われていた議論と言い、ものすごいクオリティがあったと思うんですね(地中海ブログ:イグナシ・デ・ソラ・モラレス(Ignasi de Sola Morales)とマスター・メトロポリス・プログラム(Master Metropolis)。

しかしですね、イグナシが亡くなってからというもの、それを傍から見ていた人達が見よう見真似で作ったマスターコースがどんどんと顔を出しては消えていくと言う時期があり、その代表的なものがMETAPOLISだとか、最近のThe Institute for Advanced Architecture of Cataloniaだったりするんですけれども、それらマスターコースには幾つかの共通点があります:

1.
ターゲットが外国人である為、英語を標準語としていると言う事
2.
授業料がスペインの他のコースに比べてすこぶる高いと言う事
3.
講師陣にビックネームを並べていると言う事(そしてそれらビックネームの大半は授業を受け持つ事は勿論、講演会にすら来ない人が多い幽霊部員ヨロシクの幽霊教授陣)

まあ、上に挙げた諸特徴の中でNo.3以外はさほど問題では無いかなとは思うのですが、これらのマスターコースには上述の諸問題とは比べ物にならない程の大問題が潜んでいます。それがそれらのコースが学生に授与する学位の問題です。ここでハッキリと言っておきたいのですが、これらのマスターコースを修了した際、学校から学生に授与される学位は国際的に認められている「修士(Master)」と言う学位ではありません。確かにこれらのコース終了時にはMasterと言う学位が授与されるのですが、この学位は日本やアメリカに行った際にMArch MSc(日本で言う修士)などに振り返る事が出来ない、各々の学校が独自に発行しているDiplomaと言われる学位なんです。

云わばスペインで言われているマスターコースと言うのは、日本で言われている修士コースとは全くの別物であって、僕の経験から言わせてもらうと、それは学士を修了した人がドクターコースに入る前に「ちょっと補足勉強しておこうかな」くらいの専門学校的な位置付けだと思われます。

では、スペインには他国で言われている様な修士レベルの学位は無いのか?と言うとですね、勿論存在します。しかしながらその学位はマスターとは呼ばれず、DEAと言われていて、学位のレベルとしては日本で言う博士未満、修士以上と言う位置付けになってくるかと思われるんですね。そしてここが肝心なのですが、DEAを提供しているのは、マスターコースでは無くて、ドクターコースの中においてなんです。この辺が日本の教育システムとは違っていてややこしい所なのですが、スペインでは学士コースの上にドクターコースがいきなり存在していて、更にそのドクターコースは大きく2つのフェーズに分かれています。前半がドクター論文のテーマを決め、その下書きを論文として提出する時期までで、その論文が認められると上述のDEAと言う学位が与えられます。その後、ドクター論文を提出し認められるとドクターの学位が授与されると言うシステムを採っています。だからもしもスペインで修士の学位が欲しいと言う人は、このドクターコースに入学し、DEA取得を目指す事になるのですが、ドクターコース入学には学士の学位を持っていれば(たいていの場合は)入学が許可されます。ちなみに僕はこのDEAと言うタイトルを運良く取得する事が出来ました。かなり苦労しましたけどね(地中海ブログ:DEA (Diploma de Estudios Avanzado) 取得

注意:実は今ヨーロッパでは大規模な大学教育改革プログラム(ボローニャ計画)が進行中で、スペインでも既に各大学、各学科によって少しずつ教育プログラムが変化して来ている様です。その改革によって、幾つかの学科ではもう既に修士コースとドクターコースが分かれているそうです(20109月現在)。しかしながら、この改革によって修士レベルの学位を授与するコースには、「マスターオフィシャル(Master Oficial)」と名前が付く事になっているので、その辺はお間違いなく。又、各々のプログラムによって与えられる学位にもバリエーションが出てくると思われるので、入学を希望される方は、くれぐれも、どんな学位を取得する事が出来るのか?それはオフィシャルな学位なのかどうなのか?その辺の事を電話ではなく書面で確認される事をお奨めします。)

ここまで書いてきてなんなんですけど、僕はこれらマスターコースを特別に批判するつもりは全く無く、逆に彼らのプログラムには良い所も沢山あると思っています。例えば特にドクターコースに進む予定の無い人や、「学位なんてどうでも良い!」という人にとっては、このような英語で入れる学校と言うは、「自分で事務所を立ち上げる前にちょっと外国の空気を味わっておくか」とか、「バルセロナで後々働きたいんだけど、その前にちょっと1年くらい様子見をしてみるか」と言った具合に大変都合の良いコースである事は確かだと思うんですね。これらのコースは(スペインにしては)ちょっと授業料が高いけど、滞在ビザは確実に出してもらえるし(滞在ビザを取得するのがスペインでは結構重要な問題)、何より国際的な人脈は確実に広がると思います。

ただそうじゃない人、最初から修士の学位を取りに来ている人が、何の情報も無い為に誤ってこれらのコースに入ってしまい、時間とお金の無駄使いをするのは本当に悲しい。

少し前まではこういう情報が全く無かったので、日本人の皆さんはこんなローカル事情なんて知る由も無かったと思うのですが、グローバリゼーションが進行するにつれ、段々とスペインにも留学生が増えてきて、このような現地でしか知り得ない情報が蓄積されてきつつあります。その様な有益な情報を後進の為に提供していく事、共有していく事は先にスペインに来た者としての義務だとすら感じています。

この情報がこれからスペインで建築を学ぼうと言う優秀な若い人達のお役に経つ事を願っています。
| 大学・研究 | 19:38 | comments(5) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
バルセロナに出来た新しい建築学校その1:Barcelona Institute of Architecture:山本理顕さんとか、都市のマーケティングとか
今週の月曜日の事だったのですが、バルセロナに新しく出来た建築学校、Barcelona Institute of Architectureの開校を記念するオープニングセレモニーへ行って来ました。マスターコースを機軸とするこの建築学校は、デザイン教育や建築の歴史文化教育を通して、グローバリゼーションが席巻する現代社会の中においても通用する建築家を育てる事を目的としているそうなんですね。結構大々的に宣伝もされてたし、オープニングセレモニーには今や世界的規模でグローバルに活躍している日本人建築家、山本理顕さんが招待されている事だし、「ちょっと行ってみるか」と言うかなり軽い気持で行ってきました。



このオープニングレクチャーは世界中から観光客を集め続けるガウディ建築、カサ・ミラ(La Pedrera)で行われたのですが、会場は「超」が付く程の満員御礼状態。さすがに世界のRiken Yamamoto!スペインでも大人気です。先日スペインでも大々的に報じられたチューリッヒ空港複合施設コンペを勝ち取ったと言うタイミングとも重なり、今正に建築界では「時の人」と言っても過言では無いと思います。



そんな事情があるにせよ、凄い数の報道陣が詰め掛けていて、「時の人とは言え、ちょっと大袈裟じゃないの?」とか思っていたら、その理由は直ぐに判明。どうやら現バルセロナ市長と、前バルセロナ市長であり防衛大臣も勤めた経験がある大物政治家、ナルシス・セラ氏がこのオープニングに駆けつけていたからだったようです(地中海ブログ:スペイン、サパテロ新内閣(Jose Luis Rodriguez Zapatero))。むむむ・・・学校のオープニングと絡めたメディアへの露出を狙った都市の宣伝手法、そしてそれを実現するだけの政治的な根回しはナカナカ上手いなー。やるな、コーディネーターのJ君!(実は偶然にもこの学校の立ち上げ、そして運営をしているのは僕のメトロポリス時代の同級生だったJ君なんですね。ついこの間まで飲みながら馬鹿な事を言ってたかと思ったら、しっかりこんな仕事までしてるとは。時が経つのは早いなー)。

さて山本さんと言えば、最近では東浩紀さんなんかと、「地域社会圏モデル(だったっけ?)」なんかを出版したりして、個人的に大変興味のある、「Twitterなどの新しいテクノロジーが我々の社会にどう影響を与えるのか?」そして「そんな中で建築家はどういった社会像を提案していけるのか?」と言う問題の中心に居る人だと理解しています(地中海ブログ:東さんの「SNS直接民主制」とかマニュエル・カステル(Manuel Castells)Movilizacionとか)。今日はその辺の話が聞けるのかな?とか期待してたんだけど、さすがにその辺りの話には触れられてませんでしたね。

それとは別に、僕的には少し気になる事が。

どうやら山本さんは現在、横浜国立大学にある都市建築スクール(って言うのかな?)と言う所で教鞭を執られているらしいのですが、そこで試みられている方向性はBarcelona Institute of Architectureが目指している方向性と同じ様なものだと感じたとの事。僕は横浜の建築スクールは勿論、バルセロナのこの新しい学校が何を目指しているのかさえもあまり良く理解していないのですが、話のニュアンスからすると、ハードだけではなくソフトの部分である社会とかその中で営まれているルールとか、そういうものにまで建築の枠を広げていって、そこの所を行政、大学、企業など様々な枠を取り払って議論していきましょう、とそう言う事なのかな?と感じました。

そして山本さんが特に強調されていたのが、バルセロナ市役所とこの建築学校との近しい関係についてだったのですが、つまり学生が都市や建築について議論した事が、市役所と密な関係を持つ教授陣達によって都市に適応される可能性があると、まあ、こんなイメージだと思います。

確かにフランコ政権以降、オリンピックに向けてバルセロナが「行くぞー」と上り坂だった時などは、地元のカタルーニャ工科大学と市役所の密な関係がものすごいシナジーを生み出し、都市の活性化がずば抜けて上手くいったと言う時期があった事は確かです。バルセロナの大ファンであるリチャード・ロジャースなんかは、その密なコラボレーションがバルセロナの都市計画や都市戦略が次々に大成功している要因であり、当時のバルセロナ市長だったパスクアル・マラガルなどは、そのような状況を

「市当局と建築学校の幸せな結婚を通した公共空間のデザインの質
("the happy marriage between city hall and the school of architecture)("Foreward", in Towards an Urban Renaissance, p.5-6, London, E&FN Spon)

と表している程なんですね(地中海ブログ:
リチャード・ロジャース展覧会(Richard Rogers + Arquitectes: De la casa a la ciudad))。この古き良き時代の記憶が現代に生きる人々の中で勝手に美化され、後にバルセロナの都市計画を神話にまで押し上げる「バルセロナモデルとしてのイメージ」が出来上がったんだと思います。

今回の新しいバルセロナの建築学校と市役所の蜜なコラボと言うイメージも実はこの幻想の上に載っかってるだけじゃないのかな?まあ、そうする為にわざわざオープニングセレモニーにバルセロナ市長を呼んだり、講演会の場所をガウディの建築で行ったり、それを報道陣に公開して記事をバシバシ書いてもらったりと言う、「バルセロナ=建築の街と言うイメージ」を創り出す為に成された多大なる努力と、マーケティングの上手さには頭が下がりますけどね。

バルセロナに出来た新しい建築学校その2Barcelona Institutes of Architecture:バルセロナ建築スクールの諸問題についてに続く。
| 大学・研究 | 22:51 | comments(2) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
欧州工科大学院 (European Institute of Innovation and Technology)の鼓動その2:ネットワーク型システムに基づくシティ・リージョンのようなコンセプトを持つ大学院
前回のエントリ、欧州工科大学院(EIT)の鼓動その1:マニュエル・カステルとネットワーク型大学システムの試みの続きです。

欧州工科大学院は、欧州域内の研究や産業の競争力を高め、それによる雇用増大や経済発展、産業インノベーションを促進する為に設立された新しい形の技術研究機関&大学院なんですね。研究と市場との間のギャップを埋め、教育から企業製品までを「インノベーション」をキーワードにシームレスに繋ぐ事を試みているそうです。では何故欧州はこの時期に、このような新しい大学院を創り出そうとしているのか?

その問いについては、先日のセレモニーでこの新しい機関の意義について講演したマニュエル・カステルがチラッと冗談めかして言ってた事が結構本質を突いている様な気がします:


「欧州工科大学院はその名前が示唆するように、明らかに米国のMITに対抗意識を燃やしています」

この発言が出た時、会場全体が笑いに包まれたんだけど、多分、これは冗談では無いですね。と言うか、これが欧州の本音っぽい。つまり欧州がR&D+iに費やしている総予算額では明らかに米国の研究機関の上を行っているにも関わらず、ヨーロッパの優秀な若い頭脳は今だ米国へと流出し続けている状況に変わりは無いからです。では、それをどうやって食い止めるのか?そこで出てきたアイデアが、欧州中に散らばる様々な特徴を持つ研究機関をネットワークで繋ぎ、米国とは違ったモデルで競争力を創り上げようというアイデアでした。そしてそこで提供される教育サービスや産業プロダクトなんかを「EIT」という名の下に提供する事によって、欧州ブランドを創り上げようと、まあ、こういう事だと思います。

これは読み方によっては結構面白い。

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世紀の後半、パリやロンドンと言ったメトロポリス型都市形成に対するアンチとして「シティ・リージョン」という考え方が出てきました(地中海ブログ:サラゴサ(Zaragoza)の都市戦略)。これはどう言う事か?と言うと、一つの都市が全ての機能を持ち、大都市(メトロポリス)を形成するというモデルでは無く、隣接した小さな都市の一つ一つが異なる機能に特化する事によって、それら複数都市を高速鉄道網などで結び付け、メトロポリスに対抗する競争力を「地域として創出しよう」という考え方なんですね。具体的な所では、オランダのランドスタットの周りに展開しているシティ・リージョンなんかが良い例だと思います(アムステルダム(首都)、デン・ハーグ(行政)、ロッテルダム(商業)、ユトレヒト(大学)などの様な特化機能を持った複数都市を高速鉄道で結び付けるモデル)。

今回の欧州工科大学院は基本的にはこれと同じコンセプトの下に創り出された大学院です。

莫大な予算を費やして今から(MITの様に)一つの大学に全ての分野におけるトップの学部を創出する事はあまり賢いやり方では無いし現実的でも無い。そうでは無くて、情報技術に関してはAランクの学部を持つOO大学やOO企業などを選出、ネットワークで結び、このテーマに関してはこのネットワーク上にバーチャルな大学院を創り出そう、エネルギーに関しては・・・と、テーマ別にフレキシブルに対応していこうという訳です。

これはヨーロッパが持つ特徴を生かした、大変上手い戦略だと思います。欧州の強み、それは「星の数ほどもある多様な文化社会を持つ都市と、その数と同等数の様々な特徴を持つ研究機関が一つの大陸に集まっている事」なのですから。

それでは具体的にはこの大学院はどのように機能するのか

EITは先ず手始めとして、欧州が直面している3つの最重要課題を設け、それらに関するKIC(Knowledge and Innovation Communities)と呼ばれる研究グループを発足しました。それらが:

1.
気候変動対策と適応 (Climate-KIC)
2.
情報コミュニケーション社会の未来像 (EIT ICT Labs)
3.
サステイナブルなエネルギー (KIC InnoEnergy)

グループです。これらKICと呼ばれる研究グループにはそれぞれのテーマ毎に欧州中からその分野にかけてはS級っていう研究機関や大学、企業などが集まり、それら核となる機関の周りに地域クラスターを創出し、教育と研究そしてインノベーションの3つを促進していく事になるそうです。

例えば3つ目のKIC InnoEnergyグループでは、リーダーシップをカールスルーエ工科大学が採り、Grenoble, Eindhoven/Leuven, Barcelona, Krakow, Stockholmと言った地域から13の企業と10の研究機関、そして13の大学が参加、総勢36もの機関が集まってグループを創り出しているんですね。



上の図がそれらのクラスターが置かれている地域と、そのクラスターの下に参加している機関なんだけど、それらが欧州中に散らばっている事が一目で分かるかと思います。このエネルギーグループにはバルセロナも参加していて、地域クラスターのリーダーシップはビジネススクールとして名高いESADEが採っています。パートナーとしてはカタルーニャ工科大学(UPC)やカタルーニャ・エネルギー研究所(IREC)Gas Natural社などが参加し、連携を組みつつ活動を展開していくんだそうです(Gas Naturalについてはコチラ:地中海ブログ:エンリク・ミラージェス&ベネデッタ・タリアブーエ(Enric Miralles & Benedetta Tagliabue)Gas Natural本社ビル:広告としての建築)

今回のセレモニーでは各研究グループと地域クラスターが実際的にどういう活動をしていくのか?と言う事が説明されていたんだけど、それによると、例えばバルセロナの場合では今年の9月頃から、ESADEを中心としてエネルギーに関するサマースクールを始動、来年あたりからは大学院レベルでのプログラムを開始する予定があるそうです。そして、そのプログラムを修了した暁には、修士やPh.Dと言ったタイトルをESADEと共に、EITの名を冠して学生に授与すると言う事らしいです。

ふーん、面白い試みですね。
今、欧州では新しいコンセプトに基づく、新しい形の、新しい教育が始まろうとしています。
| 大学・研究 | 22:25 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
スロベニアからの使者:人生において変わった事、変わらない事
スロベニアから古い友人(M君)が訪ねてきてくれました。

M
君は僕の修士コースの同級生で、もうかれこれ67年程の付き合いになります(地中海ブログ:イグナシ・デ・ソラ・モラレス(Ignasi de Sola Morales)とマスター・メトロポリス・プログラム(Master Metropolis)。建築家でありアーバンプランナーであり、又、イグナシ・デ・ソラ・モラレスを大変深く尊敬していた彼とは、互いの興味が近い事などもあって、授業が終わった後、ほぼ毎日のように、近くのバーで赤ワインとパタタス・ブラバス(スペインの名物料理)をつまみながら、深夜までディスカッションしていた仲だったんですね。



思い出深いグラシア地区のバーで飲んでいると、「将来はリュビアナ市(スロベニアの首都)の都市計画を通して、市民の生活の質を向上したいんだー」みたいな事を熱心に話していたのが、まるで昨日の事のように思い出されます。大変だったけど、今となってはどれも大切な僕達の思い出の数々・・・。X教授が授業をサボった事、E君の論文が間に合いそうも無いので、皆で徹夜して手伝った事、IちゃんがF君と三角関係になった事・・・。

あの頃は本気で怒って、本気で悩んで、本気で笑って、毎日が全力疾走でした。



あれから6年・・・。M君は自国スロベニアのスロベニア政府で空間計画などを担当した後、その経験を生かして、今は独立してがんばっているそうです。あの時一緒に笑い転げていたポルトガル人のIちゃんだって、今は某有名美術館のキュレーターで1児の母だって言うんだから、時間の経過の早さを感じずにはいられません。



ほろ酔い気分の帰り道、M君がふと言いました:

cruasan、全然変わらないね」。

「変わらない」・・・か。
みんなが変わっていく中、嬉しくもあり、ちょっと不安にもなる一言。


自分が変わったのかどうなのか?それは良く分からないけど、一つだけ確かな事。それは今の僕は昔の僕よりも、もっと良く自分の事を知っていると言う事。

自分が何をしたいのか?
どんな事に幸せを感じるのか?

何処へ向かって生きたいのか?


そして同時に変わらない事も:
9
年前の今日、200151日にバルセロナの地を初めて踏んだ、あの日と同じ思い、溢れんばかりのエネルギーと情熱。

まだまだ自分の可能性は未知数だと信じ、行ける所まで行ってみたい。その想いが日々強くなっている今日この頃です。


| 大学・研究 | 06:50 | comments(6) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加