地中海ブログ

地中海都市バルセロナから日本人というフィルターを通したヨーロッパの社会文化をお送りします。
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ベルニーニ(Bernini)の彫刻その1:サン・フランチェスコ・ア・リーバ教会(San Francesco a Ripa)にあるルドヴィーカ・アルベルトーニ(Beata Ludovica Albertoni)
以前のエントリで書いた様に、今回のローマ旅行の目的の一つはベルニーニ(Bernini)の作品を巡る事でした。2年前、帰りの飛行機の時間ギリギリの所で見たのがサン・フランチェスコ・ア・リーバ教会(San Francesco a Ripa)にある福女ルドヴィーカ・アルベルトーニの彫刻(Beata Ludovica Albertoni)だったんですね。その彫刻との出会いは僕に今まで感じた事の無いような、深い感動を呼び起こしました。「これが彫刻の力か!」といった感じでしょうか。僕はそこで初めて彫刻の素晴らしさ、ベルニーニの偉大さの片鱗を見たような気がしたんですね。

その時以来、「いつかベルニーニの作品を思う存分、時間の許す限り見てみたいなー」と、そんな思いを持ち続けて早2年、今回ようやくその時の思いを成就する機会を得たという訳です。

と言う訳で、今回から数回に分けて僕がローマで見たベルニーニの彫刻について語っていきたいと思っています。第一回目の今日はサン・フランチェスコ・ア・リーバ教会にあるルドヴィーカ・アルベルトーニの彫刻についてです。(ちなみに僕はこの教会に5日間通いました。午前中4回、午後1回。様々な光の下でこの彫刻を見たかったというのが、その理由なのですが、やはりベストは自然光ですね(注)。)



トラステヴェレ地区(Trastevere)の片隅に建つ観光客も来ないようなこの小さな教会堂の左祭壇一番奥にベルニーニ後年の最高傑作は眠っています。それがコレ:



見た瞬間、目を奪われます。時が止まるとは正にこの事。息をするのも忘れるくらい、必死になってコノ彫刻を見つめる自分がいる事に気が付きます。



左側の窓から差し込む柔らかい光に照らされて、暗い教会堂内部においてココだけが鈍く白く光っています。ベットに横たわっている福女アルベルトーニさんの表情は苦しんでいるようにも見え、又喜んでいる様にも見えます。何を感じているのでしょうか?死ぬ間際の苦しみ?もしくは神との対面の瞬間の喜びでしょうか?顔の表情や手のしぐさといった身体全体でそんな事を表しているかのようです。



ほらココ、胸を押さえつけている手は、苦しんでいる様にも見え、又、今正に絶頂に達しようとしているかの様にも見えるんですね。そんな決定的瞬間を捉えた「一コマ」は、この女性の感情がまるで内面から滲み出ているかのような、そんな表現の極地に達しています。



これが今にも動き出しそうな服の襞の詳細。コレが本当に素晴らしい。硬い石をこんな風に柔らかく見せる事が果たして可能なのか?と思わせる程の技です。と同時に、この、ある種過剰とも言える服の襞の表現は「光の視覚化装置」としても機能している事に気が付きます。彫刻の表面が服の襞などによってナミナミしている事によって、窓側に近い部分では光が強く、遠ざかるに従って段々と弱くなっていくという光の移行を目に見える形に表してくれているんですね。

想像するに、キリスト教にとって「光」というのは最も崇高な対象であったのではないかな?と思うんですね。そして芸術家はその光を如何にして表現するかに相当な労力を割いてきたとも思います。その事はヴァチカン美術館に収められている数多くの芸術作品などを見る事からも一目瞭然だと思います。



多分、ベルニーニはその光を彫刻の表現(襞などによって細かくする事)によって光の反射などを用いて視覚化可能なんじゃないか?という「かけがえのないアイデア」に辿り着いたと思うんです。更にこのアイデアを実現する為には彫刻単体だけでは実現不可能で、建築とのコラボレーションが必要だったはずです。暗い教会堂で直接光ではなく、中庭に面した窓から、柔らかい反射光が左上部から差し込むといった形で「建築と彫刻のコラボ」が実現し、光の視覚化が実現したのではないのか?と思うんですね。このようにして、彫刻を中心とし建築とその空間を巻き込んだ一大交響曲が実現した訳なんですね。コレこそバロックの醍醐味!



もう一つ僕が面白いなーと思ったのは、この彫刻の色彩です。今まで見た彫刻は、そのほとんど全てが真っ白だったのに、この彫刻には色が付いています。そしてこの色と仕上げの質の違いによって階層を表現しているんですね。先ずは最下段の毛布の部分。ここに上の部分とは区別されるかのように、赤っぽい色の大理石が使われています。更に衣服の襞に比べて幾分、「おおあじ」な襞表現にする事により、上との区別を付けているかのようです。



その毛布とアルベルトーニの服の間にあるのがベットのシーツ部分。ここは流れるようなツルツルの表現にしています。その上に載るのが福女アルベルトーニという階層分けをしているんですね。



それらを全部一緒に見ると各階層の違いは明らかです。

いずれにしてもベルニーニの彫刻の素晴らしい所は「ある種の瞬間」を捉えている事だと思います。そして「パシャ」と撮った正にその瞬間の場面から、その前後の物語がまるで走馬灯のように展開していくようです。動かないが故に、その瞬間を捉える事によって動きを展開する事。そう、これこそ彫刻の真骨頂であると教えてくれる彫刻、それがベルニーニの彫刻です。

(注)上述のように僕はこの教会に5日間通いました。朝早く(8時頃)3回、10時頃1回、そして午後5時頃1回。この彫刻を見るベストの状態はやはり自然光だと思います。祭壇下部にライトが付いているのですが、ライトは光が強すぎて光の陰影などが楽しめません。この教会堂は午後の部は16時に開くのですが、開くと同時に神父さんがライトを付けてしまう(多分、我々観光客の為によく見えるように考慮してくださって)ので、お薦めではありません。更に、午前10時頃に行った時は丁度ミサが終わる直前だったのですが、終わると同時に神父さんがライトを付けてくださいました。多分、ライトを消してくださいと言えば消してくださるとは思うのですが、ナカナカ言いにくいですね・・・。朝早く(8時頃)に行った時は誰も居なくてライトも付いていなくて、最高のコンディションで彫刻を鑑賞する事が出来ました。と言う訳でお薦めは朝早くですね。

コノ教会は今でも使用されている教会で、多くの信者の皆さんがお祈りに訪れています。我々はあくまでも「見させて頂いている」という事を忘れないよう、お祈りの邪魔にならないように心がけましょう。その旨、教会の入り口に書いてあります。
| 旅行記:建築 | 20:50 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
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