地中海ブログ

地中海都市バルセロナから日本人というフィルターを通したヨーロッパの社会文化をお送りします。
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ローマ(Roma)旅行2008その3:サン・ピエトロ大聖堂(Basilica di San Pietro)その2:ベルニーニ(Gian Lorenzo Bernini)の柱のツギハギに見るヴァチカンの真の力
前回の続きです。小雨の降る中、「寒いなー」とか思いながら、ベルニーニのデザインした美しく力強い柱に近寄って見た時、僕は驚愕の事実を発見しました。それがコレです:



なんだか分かりますか?これは柱のツギハギです。

子供の頃、誰でも一枚くらいは自分のお気に入りの服やらズボンやらを持っていたはずです。そういう服などはとても大事に着たものだと思うのですが、うっかりした拍子に穴が開いてしまったり、綻びてしまったりした事がしばしばだったと思います。そんな時はお母さんにツギハギをしてもらって、大事に着ていたはず。何故か?何故ならそれが、自分にとって世界で唯一かけがえの無い大切なモノだったからです。

上述の柱のツギハギとは我々が子供の頃にしたツギハギとアイデアは全く一緒。バチカンにとって、イヤ、信者の皆さんにとってベルニーニのデザインしたこの広場はかけがえの無い大事なモノに違いありません。だから少し痛んだからといって、壊したり、新しく付け替えるなんて事は頭の片隅にも無いんですね。そうではなくて、なるべく大事に、長持ちする方向で考える。その結果が同じ材質の石を探してきて、傷んだ部分を削り取り、入れ替えるというアイデアに落ち着いた訳です。



ベルニーニのデザインは確かに天才的であり、この世で最も美しい広場の一つに仕上がっています。しかしそれをより美しく、長い間保持してきたのは紛れも無い市民(信者)の意識です。しかもそれが親から子へ、子から子へと何世代にも渡って受け伝えられている。だからこのツギハギだらけの柱の跡は信者の祈りの強さであり、歴史の重みであり、バチカンの真の力の源だと思えるわけです。

これはすごい事だと思う。古くなったら直ぐに壊して建て替えて、何も残らずムチャクチャな景観が出現している「どこぞやの国」とは大違い。まあ、「どこぞやの国」には戦争で歴史が断絶したという事実がある事も確かなのですが・・・でも、こういう所を見なきゃダメなんじゃないかな?

コレが旅行の醍醐味であると僕は思っています。本の知識からは絶対に学べない事、メディアには取り上げられない事が現地にはゴロゴロ転がっています。それを見つけ出す事が出来るかどうか?は正に自分次第。そしてその情報をどう解釈し、自分の肥やしとしていくかも自分次第。

サンピエトロの柱の並びの美しさを取り上げた本は何百、何千冊とあっても、柱のツギハギやそれの意味する所を取り上げた本は見た事がありません。確かに「バロック都市の美しさ」というのは重要だし、学ぶ事多しというのは疑いの余地もありませんが、後者から学ぶ事が多いのも又確か。特に今後日本の都市を担っていく僕らはこういう所から、都市における市民意識の重要性、もしくはそれを汲み上げるシステムみたいなものを学ぶ必要があると思いますね。
| 旅行記:建築 | 20:33 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
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