地中海ブログ

地中海都市バルセロナから日本人というフィルターを通したヨーロッパの社会文化をお送りします。
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政治家パスクアル・マラガル
昨日書いたカタルーニャの9月11日の記念祭典での現カタルーニャ州政府マラガル大領領のインタビューがEl Paisに載っていました。実は昨日はマラガルにとって特別な日だったんですね。何故かというと大統領として最後の記念祭典だったのです。彼が大統領になってから一貫してやってきた事にカタルーニャを一つの国家Nacionとしてマドリッドに認めさせようという事があり自治体法制を成立させる事に全てをかけてきたと言っても過言ではなかったと思います。しかしその過程で連立政権を解消せざるを得ずその責任を自ら取って時期選挙には出ないと明言しました。
というわけで今年催される歌には彼のおじいさんが書いた詩が適応されたりと、とにかく彼の行動や発言に注目が集まりました。今年最後だと言う事に加えて、少なくない人達が記念祭典で彼が「カタルーニャの独立」に言及するんじゃないかと期待していたからです。この日は歴史的な状況を利用して色々なグループがカタルーニャの独立を主張するんですね。しかしですね、マラガルはそのような安っぽいナショナリズムからは一線を画す態度を貫きました。彼曰く「現在のヨーロッパ統合などの動きの中でカタルーニャ独立というのは意味が無い。カタルーニャはスペインの中の国家(Nacion)のひとつであり、スペインはたくさんの国家Nacionesから成り立っている一つの国家Nacionである。」という趣旨のものでした。僕はこの言葉を聴いて一つの昔話を思い出しました。彼のおじいさんの話です。
このマラガルさんの家というのはカタルーニャでは知らない人はいないぐらい有名な一家なんですね。特に彼のおじいさんはモデルニズモの旗手としてその運動を引っ張った詩人でジョアン・マラガイと言います。モデルニズモというと建築運動と思われがちなのですがモデルニズモという言葉は本来、19世紀後半から20世紀前半にかけてカタルーニャで起こった当時のカタルーニャ文化・思想の潮流を広く表す言葉として生まれたんですね。特にですねこの運動はその当時の政治的な変動、カタルーニャの勃興とマドリッドの衰退という動きと切っても切り離せない。よくアールヌーボーと比べられますが前者が悲観的な表現を採っているのに対してモデルニズモの表現は概して明るいと言う事が挙げられます。これは明らかに先の政治的な運動、カタルーニャ主義政党の確立などカタルーニャという地域が上り調子だったという事と関連し、その観点で見ると建築を含めた芸術表現がその当時の社会状況を表象しているという表象文化論として読むと大変面白い。
このマラガイがですね1898年、すなわちスペインが最後の植民地であるキューバなどを失った年、「聴けスペインよ」という詩を残しています。これはどういう詩かというと過去の栄光に固執してどんどん衰退の一途をたどっているスペイン(マドリッド)、逆に経済的にも繁栄を謳歌しているカタルーニャ。その経済力を背景に果たしてカタルーニャはスペインを助けに行くべきか、もしくは見捨てるべきかという詩なんですね。で、最後にさらばスペインと叫ぶ。この時カタルーニャが見ていたのは明らかにパリでありヨーロッパなんですね。そういう政治経済構造が明らかに変わっているのにそれに気が付かないスペインに対してサラバと言う。
そしてその100年後、彼の孫はスペイン(マドリッド)にはサラバと言えない状況の中で迷っている。カタルーニャをヨーロッパというコンテクストの中で見極めると言う優れた眼を持ちながら。ちなみに彼、もともと経済を勉強しててデビット・ハーベイの研究室に居たらしい。
彼に会うまで政治家という職業の人のすごさ、本物の政治家の威厳というか言葉の重みに触れる事がありませんでした。ポルトガルに居た時にも感じた事だけどヨーロッパにはその街のヒーローみたいなのが未だに居る地域があります。勿論日本みたいな国がそれに憧れを持ったって絶対に戻ってこない社会なのですが、その街の人がみんな知ってる、みんな支持しているという人には現代の我々が失ってしまって久しく見る事の無かったようなオーラみたいなものがある気がします。オポルトではそれがシザでありバルセロナではマラガルだと言う事です。日本人である僕がそのような人達に少しでも触れられ時間を共有できる事を大変幸運だと思っています。僕は昨日の彼のスピーチを一生忘れる事は無いでしょう。
| スペイン政治 | 20:49 | comments(1) | trackbacks(0) | このエントリーをはてなブックマークに追加
コメント
カタルーニャは独立すべきだ。
歴史的に見て、スペインの横暴ぶりはひどすぎる。

 つーか、スペイン人の一般人はあまり頭がよくない。
独立よりサッカー!?同じ人間としてあきれるね!一番得をするのは
努力知らずのスペイン系移民だ。マドリッドやカスティーリャ地方の人間は仕方ないとて(歴史的にカタルーニャとあまり仲良くない。)
アンダルシア人は楽ばかりしてる。カタルーニャがスペイン語も公用語にしてるから、奴らは得すんだよ!スペイン語だけでいいや、みたいなかんじでぬるま湯に浸かってる。

 もし、私が、カタルーニャのボスなら(または、神様さえも私に逆らえないほどの大ボスだったら、)バスクとともにカタルーニャを独立させるね!(悪いけど、バスクは絶対に独立させないとダメ!カタルーニャはおろかヨーロッパ中危うくなる。)

 せめて独立が無理なら、もっと自治権上げろ!
どうやって!?いや、言語関係だけでいいんだよ。例えば、カタルーニャなら、カタルーニャにとどまることを条件に、カタルーニャ語しか使っちゃいけないとか(アラン語は第二公用語。)。一歩カタルーニャから離れてスペインに来たらスペイン語オンリー。
そうやって緩やかな二重言語習得状態にするんだよ。
まあそうなるんなら、マンガ(日本の)にも注意!
ナルトとかブリーチとかカタルーニャ語版で出てるのはカタルーニャ語版だけ売り出して、スペイン語版は排除!そうしないとカタルーニャ語版は売れないよ!(だって、カタルーニャ人も先に進んでるスペイン語版で妥協しちゃうから意味ない!)スペイン語でしかないやつのみスペイン語のマンガを置けばいいんだよ。
ひどいし、くだらないって!?いやそうでもしないとカタルーニャ語は普及しないよ!

 大体私も、三角状態で、きついのに、マタられるかもなんてきつい!(これ意味解ったらスゴイ!)

 そもそも、アンダルシーアってフラメンコ以外なんにもないのに、
なんで国家的地域(スペイン語ではRealidad Nacional)なの!?
ずるすぎ!カタルーニャ語覚えたくないなら、マドリッド行って!
バイバーィ!

 まあとにかく、ヨーロッパは国際的に色々複雑です。
平和にやってくのなら、賢い国づくりを。抑圧されてきた国も少し
見るべきだと思います。

 ちなみに私は、歩んだ私の歴史がカタルーニャそっくりです。
...今はこれぐらいしか言えません。
| Kazekage | 2012/09/14 1:28 PM |
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