地中海ブログ

地中海都市バルセロナから日本人というフィルターを通したヨーロッパの社会文化をお送りします。
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ミラノ旅行その5:パヴィア修道院(Certosa di Pavia)その2:アロイス・リーグル(Alois Riegl)に見る視覚・触覚と距離の問題
前々回のエントリ、ミラノ旅行その3:パヴィア修道院(Certosa di Pavia):行き方、前回のエントリ、ミラノ旅行その4:パヴィア修道院(Certosa di Pavia):視線の操作を用いた奥行きの操作:視線操作の道具としてのファサード、の続きです。

前回のエントリではパヴィア修道院に展開する奥行き操作を通した巧みな物語を考察しました。特にファサードを飾っている素晴らしい彫刻や窓が上部は大雑把に、下部は繊細に創られている事から、上部は遠くから見て楽しむ事を意図していたと思われ、下部は修道院にだんだんと近付くに従って視線が移動させられて、最終的には近寄って見て楽しむ事を促進していると思われるんじゃないか、という事を書きました。

この時、僕が考えていたのはアロイス・リーグル(Alois Riegl)の展開した議論でした。彼の最初の主著である「リーグル美術様式論―装飾史の基本問題ー(Problems of style,Princeton 1992)」と第二の主著である「末期ローマの美術工芸(Late Roman art industry, Rome 1985)」ですね。特に後者では古代美術様式における視覚と距離の問題を論じています。彼はこの書の中で各時代の表現様式、(古代エジプト、古典古代、末期ローマ)が触覚的な把握と視覚的な把握のどちらを優先させる事によって成り立っているかという問題を、対象からの距離の問題として扱っているんですね。

彼によれば古代エジプトにおける把握様式は触覚的把握、近接視的把握が優先された時代だったそうです。つまり事物の存在を把握するのに近寄って直接触ってみるとか、対象に出来るだけ近寄って見るという事を前提に美術表象がなされた時代でした。結果として奥行きを表す陰影などは避けられて輪郭が強調され、平面的な表現が支配するようになります。

これが古典古代になると、その把握様式は触覚的・視覚的把握に移行していきます。この時期になると対象把握をするのに、触覚だけではなく視覚も考慮される事になります。この事を距離の問題に置き換えると、触れるほどに近寄って見るのでは無いのだけれども、触覚的感覚を見失うほど遠くに離れるのでも無い、その丁度中間の距離と言う事になります。結果として対象には陰影が少し出てきます。

そして末期ローマ期になると、把握様式は視覚的把握、遠隔視的把握に移行します。この段階になると、対象は遠くから眺められる事を前提としていて、その表現には陰影が深く認められるようになります。

これらの議論を踏まえた上でパヴィア修道院のファサードをもう一度見てみます。すると大変に面白い事に気が付きます。





前回のエントリで僕は、「上部は遠くから見られる事を前提としたように大雑把にデザインされているようだ」と書きました。これは言い換えれば彫りを深くして陰影をワザと付けるようにするデザインだと言えると思うんですね。上の写真は上部の窓のデザインですが、堀が大変深く陰影がかなり濃く付けられて3次元的にデザインされている事がはっきりと分かると思います。何の為にか?それは正に遠くから形態を把握する為なんですね。





逆に下部の窓部分は堀が浅く、陰影は上部に比べて少なく、形態としてかなり平面的に扱われている事が分かると思います。その反面、その表面は大変繊細な彫刻群で覆われています。これは明らかに近付いて見たり、触ってみたりする事を前提にデザインが成されているんですね。

視覚と触覚といった感覚器官と距離の問題。アプローチといった遠くから眺めた所から、入り口に入るといった最後に至るまで、たった一つのファサードがこんなにも多様に我々の前に現れる。人間の知恵っていうのは奥深いものですね。と同時に、我々が過去から学ぶべき事は山のようにあるな、という事を再認識しました。
| 旅行記:建築 | 18:39 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
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