地中海ブログ

地中海都市バルセロナから日本人というフィルターを通したヨーロッパの社会文化をお送りします。
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サン・ジョルディ(Sant Jordi)とカタルーニャ(Catalunya)その2
昨日のエントリで書いたように、今日(4月23日)はカタルーニャの守護聖人サン・ジョルディ(Sant Jordi)の祭日で、ランブラス通りをはじめ至る所がカタルーニャの国旗と本とバラを売る屋台で埋め尽くされました。







街全体がお祭り気分に包まれるこんな日は、誰も仕事に集中する気無し。ミーティングをしてても、「今晩は誰と食事をしようか」とか、「誰にプレゼントをあげようか」とか、そんな事ばかりが話題になります。そんな調子だから今日は仕事を2時で切り上げて解散。え、終わりなの?とか思っちゃうんですが、終わりなんです。うちなんて、政府機関なんで祝日でも何でも無い平日の午後にはオフィスに誰か居ないと絶対に困ると思うんだけど、それでも事が回ってしまう所がすごい。市民も「今日はサン・ジョルディだからしょうがないか」、という暗黙のコンセンサスがあるんですね。社会にこれくらいの余裕があるのはそんなに悪い事ではないかなと最近思い始めました。

さて、今日はお祭りなのでそれに伴って様々な催しものが街全体で企画されています。その一つがカタルーニャ州政府の中枢機関である州政府庁舎(Palau de la Generalitat)の一般公開です。普段は関係者以外立ち入り禁止のこの建物を時間限定で市民に見てもらうという好企画。僕は仕事で何回か入った事があるのですが、今日は何時も会議中とかで見れなかった所や鍵がかかっていて入れなかった所なども開いている様子だったので期待大で行ってきました。目的は建物中に散らばっている守護神、サン・ジョルディの写真を撮る事です。

で、ありました、ありました、しかも山程。先ずはコレ。



アントニ・サドゥルニ(Antoni Sadurni)によってデザインされた「サン・ジョルディ・タピストリー(Sant Jordi Tapestry(1450-1451))」です。注目すべきはドラゴンの姿です。



ドラゴンは勿論太っちょのヨーロッパ型。どちらかというとトカゲを大きくしたような感じかな。昨日書いたスクオーラ・ダルマータ・サン・ジョルジョ・デッリ・スキアヴォーニ(Scuola Dálmata San Giorgio degli Schiavoni)教会のVittore Carpaccioによる、「San Giorgio che uccide il drago」内のドラゴンと比べるとその違いは一目瞭然。



先ずカタルーニャのドラゴンには羽が無い。と言う事は飛ばないんですね。そして手足が短くてワニにように這って歩いています。どう見ても二本足で立つようには思えない。あと、首が細いから火を吹きそうにもありません。

反対にイタリアのドラゴンは羽があるので飛びます。4本足なんだけど、上半身が起きているのでワニというよりは馬タイプかな。そして顔つきからして明らかに火を吹きそう。





上記の写真はカタルーニャ州政府にある他の彫刻なのですが、このドラゴンにも羽がありません。こいつにいたってはロバのような耳がある。





上記はカタルーニャのもう一つの行政機関であるDiputacio de Barcelona内にあるサン・ジョルディの彫刻なのですが、このドラゴンにも羽が無い。

ここまでで分かった事:
カタルーニャのドラゴンは飛ばないのが多いみたいですね。ドラゴンっていうのはてっきり飛ぶものだとばかり思っていたんですが、刷り込みだったようです。これは当然といえば当然なのかな。何故ならヨーロッパにおいてドラゴンってトカゲの延長上っぽいので。でもそう考えると蛇の延長である日本タイプのドラゴンが空を飛ぶのはおかしくないですかね?

あ、そうか。日本においてドラゴンは神様の使いだからいいのか!ヨーロッパのドラゴンはどう見ても悪役っぽい。

もう一つ全てのドラゴンに共通しているのは、ドラゴンの殺し方ですね。どのサン・ジョルディも槍で頭を貫いている。多分コレはドラゴンと戦うのに接近戦じゃあ怖いのでとりあえず槍を選んだっぽい。あと、ヨーロッパの武器ってソードなんですけど、ソードって日本刀と違って引いて切るんじゃなくて、叩き潰すんですね。だからドラゴンを倒すのに人間の力で叩いて倒すのはあまり現実的じゃない。とすると、槍で貫くという選択しかないわけです。そして何処を突くかという問題なんですが、心臓は何処にあるか分からないっぽいので確実な頭になったんでしょうね。

そんな風に思考したかどうか分かりませんが、その点が各地で共通しているという所は興味深い所です。
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