地中海ブログ

地中海都市バルセロナから日本人というフィルターを通したヨーロッパの社会文化をお送りします。
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マドリッド旅行その2:ジャン・ヌーヴェル(Jean Nouvel)の建築:国立ソフィア王妃芸術センター(Museo Nacional Centro de Arte Reina Sofia)
昨年拡張工事を終えたばかりの国立ソフィア王妃芸術センター(Museo Nacional Centro de Arte Reina Sofia)に行ってきました。担当したのは先日プリツカー賞(The Pritzker Architecture Prize)を受賞し、今乗りに乗ってる建築家、ジャン・ヌーヴェル(Jean Nouvel)。ジャン・ヌーヴェルの建築はこれまでアグバルタワー(Torre Agbar)など幾つか見た事がありましたが、あまりピンとこなかったというのが正直な所でした。あのある種独特な「ネチー」としたデザインの何処がどう良いのかさっぱり分からなかったんですね。その一方で彼の建築が世界中で評価されているという事は、あのネチネチデザインがフランスの社会文化を何かしら表しているのか?とか考えたりもしたんですが・・・

コレは結構重要な事で、例えばアルヴァロ・シザ(Alvaro Siza)の建築の本質というのは、彼の建築がポルトガルの社会文化を表象している・する事が出来ていると言う事だと思うんですね。ポルトガルという国は大変に「のんびり」したお国柄で、「待つ」という事が重要な意味を持つ社会だと体感しました。そんなポルトガルという国をシザの建築の「おおらかさ」が表象しているんじゃないかという事が分かりかけてきたのは、ポルトガルに住んで半年くらい経った時のことでした。(そんな彼の建築の本質をずばり写真を通して見極めている二川さんはやはりすごい)

建築は表象文化である為、その建築家が育った環境やその建築が建つ文化社会にある程度身をおいてみない事には、「その建築が何を表象しているのか?」という事はナカナカ判らないと思うんですね。これは勿論ジャン・ヌーヴェルにも言える事で、もしかしたら彼の建築がフランスの何かしら空気のようなものを表しているのかもしれない。そしてそれが評価されているのだったら、フランスに居住した事の無い僕には分かりずらいのかもしれないなーとか思ったりして。

まあ、それは「デザインの巧さ」という話とは又違う次元の話で、というのも「表象の問い」は最終的なデザインが一体何を表しているのか?という事ですから。そしてそれは狙って出来る事では無い。例えば日本文化を表象しようとがんばって無理にデザインしたものほど気持ちの悪いものは無い、というように。

そうではなくて、無意識下においてデザインの隙間から滲み出るものが何かしらの空気を表象している、もしくは表象してしまう能力を持つ人の事を建築家と呼ぶわけですね。それこそ「建築家とはその社会に生きる人々が潜在下に思っていながらナカナカ形に出来なかったものを一撃の下に形にする行為である」わけなのですから。

そんな事を考えながらソフィア王妃芸術センターを訪れたのですが、この建築はデザインという観点から見た時に大変に良い建築だと思いました。何故かというと、やりたい事がきちんと見えて、それがデザインにまで昇華されていると思うからです。



やりたい事は単純明快で、大屋根を架けてその下に格子状の箱を整頓しつつ、半屋内・屋外空間を創り出すという事だと思います。

先ず屋根を徹底的に薄くシャープに見せる事を第一と考えています。まあ当然と言えば当然で、ココがこの建築の勝負所だからです。この屋根がシャープに見えるかどうかでこの建築の質が決まってくる。そしてそれを成功させるために、様々なデザイン的な工夫がなされている。

先ずは遠景。



学生の時に渡辺純さんが口を酸っぱくして言われていた事の一つに「建築のシルエット」の問題がありました。模型に裏側から光を当てて、その建築のシルエットを薄目で見てみる。すると、その建築のエッジが「どのように空を切り取っているか?」、「その線が他の線とどのように交わっているか?」そして、「その線が端部でどのように終わっているか?」という事がよく見える訳ですね。



写真は夕方に撮影したのですが、この大屋根のシルエットは今まで見た事が無いような風景を出現させています。



遠景から見た時のもう一つの特徴が「建築が斜に構えている」という事です。こういう時のデザインの定石は、手前側に比較的軽いものを持ってきて、奥に行くほど濃くしていくという手法。この建築の場合には、定石通り、手前側に格子の箱を縦3つ低層に積んで、横6つ並べ、向こう側にある階段とのデザインの切り替えに縦に6つ箱を積み高層としている。そしてそのデザインの物語が斜に構えた階段で終わるという構成。何故に、最後の階段部分を「斜に構える必要があるか」というと、終わり方をオープンエンドにするためですね。



「斜に構えた建築」の好例としては坂本一成さんの「S」でしたっけ、住宅が非常にうまいデザインを展開されています。屋根の切り返しのデザインで上手い事、角地の特性を引き出しているデザインです。

ヌーヴェルが今回採用した「斜の階段で終わる物語」という事では、槙さんがヒルサイドテラスで大変見事なデザインをされていますよね。



さて、大変に印象的な大屋根なのですが、とりあえず、張り出しが尋常じゃ無い事に直ぐに気が付きます。これはこの建築に絶対不可欠で、支え柱を数メートルセットバックさせる事で、屋根が浮いているという印象を強烈に与える事に成功していると思います。



これだけのキャンチレバーをしようと思ったらかなりの幅の鉄骨が必要となると思うんだけど、そんな事を感じさせないような「ツルッ」としたデザインに仕上げています。

その秘密がコレ。





これは横から見た所なのですが、先っぽの方を極力薄くしておいて、三角型に奥に行くに従って鉄骨の幅を広くしていくという構造デザイン。そして軒先を日本建築のように少し上方に傾ける事によって更に軽さを演出している。

そしてこの構造を生かすかのように、薄い大屋根の一部分に開口が開いていて、そこに厚みが付いている。





この「薄い大屋根」と「厚みのある開口」という対照は非常にドラマチックであり、驚きを与えます。

そして旧建物と大屋根との間に出来ている少しの隙間が、ホンの数十センチ開いていて、それがピシッと真っ直ぐに伸びている事も、この屋根のシャープさを際立たせる事に貢献しています。



構造を生かした見事なデザインだと思います。

さて、僕にとってかなり謎なジャン・ヌーヴェルという建築家を謎足らしめているのがこの空間。



これは大屋根の下に併設されているカフェテリアなのですが、非常に暗くて閉鎖的な空間。お世辞にも「気持ちが良い」とは言えない。



このカフェテリアでコーヒーを頼んで、2時間ほど「どうしてこの人はこんな空間を創ったのかな?」と考えていました。何でかって、もしこの空間をヌーベルが心底気持ちが良いと思っているとしたら、それは人間の感覚としてはちょっと異常だと思ったからです。

その時に思ったのは、もしかしたらジャン・ヌーベルという人はわざとこのような空間を創り出しているのでは無いかと思ったんですね。つまり現在主流の透明感ある光溢れる空間はありふれているし、その方向でいったら絶対にフォスター(Norman Foster)や伊東さんには勝てない。故に戦略としてその反対方向である、暗い空間にポツンポツンと漏れる光空間を創る事に専念しているのではないのか?

そしてそのような主流に対するアンチを戦略的に提示する事の隙間から無意識に漏れてくる何かが彼の建築を特別なモノにしているという気がします。つまり戦略的にやっているんだけれども、それ故に現れてくる非戦略的な部分に彼の建築の本質があると。そういう事が全て分かった上でやっているとしたら(絶対そうなんですが)、彼は相当な切れ者で勝負師だと思いますね。
| 旅行記:建築 | 13:33 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
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