地中海ブログ

地中海都市バルセロナから日本人というフィルターを通したヨーロッパの社会文化をお送りします。
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ロマネスク美術と地中海:カタルーニャ、トゥールーズ、ピサ、1120−1180(Romanesque art and the mediterranean, catalonia, Toulouse and Pisa, 1120-1180)
今日は午後からカタルーニャ美術館(Museu Nacional d'Art de Catalunya(MNAC))で開かれている「ロマネスク美術と地中海:カタルーニャ、トゥールーズ、ピサ、1120−1180(Romanesque art and the mediterranean, catalonia, Toulouse and Pisa, 1120-1180)」という展覧会に行ってきました。ロマネスク美術に関してカタルーニャ美術館が誇るコレクションは量・質共に世界一である事は間違いありません。その基礎を築いたのはプッチ・イ・カダファルク( Puig i Cadafalch)でありドメネク・イ・モンタネール( Lluis Domenech i Montaner)である事は以前のエントリで書いたとおりです。

さて、この展覧会はカタルーニャがロマネスク美術を発見して100周年記念という事で当時のロマネスク美術の中心地であったカタルーニャ、トゥールーズ(Toulouse)とピサ(Pisa)の全面的協力を得て開催されました。ロマネスク美術が花開いた12世紀前後のバルセロナの状況というのは、Ramon Berenguer IV(1131-1162)の活躍により地中海を中心とした南フランスへと領土を拡大している最中だったんですね。

この時期(12世紀)、地中海各地でロマネスク彫刻を手掛けたカベスタニーの職人(Maitre de Cabestany)と言われる彫刻職人がいました。この職人が一人だったのか、もしくはグループだったのか、もしくはある一連のスクールがあったのか?など数々の議論が巻き起こっているようですが、一つだけ言える事は、その時代には珍しく、この職人が手掛けた彫刻にはしっかりとした特徴が刻まれていて、その彫刻としての質は見事なモノに仕上がっているという事ですね。





今回の展覧会にはカベスタニーの職人が手掛けた幾つかの彫刻が来ていて、中でもSanta Maria de Cabestany(カベスタニー聖母教会)の”Timpa de Cabestany”は必見。服の襞の滑らかさと力強さの対比が素晴らしい。



カベスタニー職人作からもう一つ:”Relleu de labadia de La Grassa”, Abadia de Santa Maria dOrbieu, La Grass(Aude), 1157-1167

これはドラゴンでしょうか?何かの生き物の頭ですね。恐ろしいというよりは優しい感じを受けます。これはロマネスクの一つの特徴だと思います。ロマネスク絵画にはノコギリで斬られている当時の処刑の様子や恐ろしい怪物などの絵が数多く出て来ますが、デフォルメされているので穏やかな感じを受ける場合が大半です。

その良い例がコレ:Felip, Judas, bartolomé, Vic 1140-1160
カタルーニャ北部の小さな町、ビックのカテドラルにある彫刻三部作。







見事なまでにデフォルメが完成されている。やはり眼が特徴的ですね。ロマネスクに特有のアーモンド形の眼。

一方、コレは南フランスのトゥールーズにあるToulouse claustro de la catedral de Saint-Etienneの柱頭:La muerte de San Juan Bautista(1120)と同じくToulouse claustro de la catedral de Saint-Etienneの柱頭:Las virgenes prodentes y las virgenes necias(1120)





同じロマネスクに属していながらも表現が微妙に違う所が大変興味深い。カタルーニャの方がより丸みを帯びていて暖かい感じを与えるのに対して、トゥールーズの方はちょっと表現がシャープになっている。あえて言うなら田舎と都会と言う感じなのかな?もしくは既にゴシックの萌芽を含んでいるとか?この辺りどうなんでしょうかね、結婚式教会の村瀬君???





そして今回の展覧会に来ていた彫刻の中でも最も感銘を受けたのがコレ:Cristo y San Pedro(1140-1160)(ビック教会)

そのデフォルメの完成度といい、服の襞の滑らかさといい、第一級品です。今にも動き出しそうです。ふと思ったのですが、石の材質も関係しているのかも知れません。この石は少し粗めの黄色っぽい石でした。地中海地方では一年を通して陽の光が非常に強いんですね。カタルーニャも例外ではなく、このような光にはゴシックでよく使われる灰色をした冷たい感じの石よりも暖色の方が良く合うと思います。上述したようにロマネスクの主題も冷たいというよりは暖かい感じを与える表現が主なので、教会の中庭などに午後の光が差し込んだ時に黄金に輝き出すのを想像するとどんなにすばらしい事だろうかと想像してしまいます。

今回の展覧会にはロマネスク絵画も結構来ていました。と言っても、カタルーニャ美術館が誇る世界一の常設展示から移動してきただけですけどね。しかし今回の展覧会で写真が撮れた事はブロガーとしてはラッキーでしたね。

これは良く知られたValle de RibesにあるBaldaqui de Ribesです。





デフォルメされたキリストと彼を取り巻く天使達といった構図。ロマネスク絵画って絵と一緒に文字が入っていますよね。そんなに前面に押し出ると言うでもなく、アクセントとして結構利いている気がしますね。あと、周りを取り囲む天使達。天使と言うとドレスデンにあるラファエロによる金髪の赤ちゃんに羽が生えたのが典型的なモデルだと思うのですが、ロマネスクの天使はおじさんかおばさんが多い。天使と言えば勿論、松田聖子の伝説の歌、天使のウインクですが、どうもロマネスクの天使にはウインクは似合いそうに無いなー。
| 旅行記:美術 | 04:58 | comments(1) | trackbacks(4) | このエントリーをはてなブックマークに追加
コメント
お呼びがかかったのでコメントします。
結婚式強化の村瀬です。
こう書くとと恥ずかしいなw

そもそもロマネスクやらゴシックやらという
様式のくくりは非常に微妙で難しい問題ですよね。
ロマネスクは、とりあえず西ローマ帝国が崩壊した頃から
つまり、470年以降からははじまったと考えられている。
それからゴシック建築が出来上がる12世紀中ごろ
まで(モノによってははそれ以降も)つづいた。
で、そのロマネスク様式自体が、初期のローマ建築を
ちいさくしたようなものから、後期のほとんどゴシック的
相貌を備えたものまでを抱合している。
とても多様で複雑な様式といえますよね。

余談ですが、そもそもロマネスク様式という言葉自体
今世紀に入ってからの命名といわれています。
それこそ、プッチ・イ・カダファルクといった大学者による
確立があって、様式として認められた。
じゃあ、何と区別して様式が確立されたのか。
これはゴシックなんですよね。で、そもそもゴシック自体が
ルネサンスの学者や人文主義者による批判から、登場してる。
こう考えると、様式観というものが自発的に産みだされたのは
ルネサンスだった。それ以外は、それへのアンチテーゼとして
発生しているといえると思います。
ここは非常に重要ですよね。学として確立する骨子が、ルネサンスに
起因しているという事実は様式史そのものを考えるときにも
忘れてはならないことだと思う。

話を元に戻すと、ロマネスクはそれだけの規模と時間とを
抱合する、極めて茫漠とした状態にある。
この期間は、いわゆる「暗黒の中世」といわれていた時代が
ありましたが、実はそんなことはない。
とてもいろいろなことが水面下で行われていました。
また、視点を変えると、7世紀にはイスラム教がおこり、活発に
活動をはじめる。それこそ、当時のヨーロッパなど比にならない
文化的な発達を遂げる。そんな時代です。(イスラムが750年ごろに興した都市バグダードは、人口百万を超えていた。)もちろん、流通もあった。
そして、ヨーロッパといわれる地域も様々なコミューンをもっていて、独自の信仰や生活が営まれている。
今でも、そんな風習を残すところは多いと思います。
キリスト教も例外ではなかった。
信仰や布教を通じて、キリスト教自体も変遷していった。
地方によって姿を変え、あるいは地方の振興や神話、風習を取り入れていた。
聖書自体も、1209年に完成したアッシジのサンフランチェスコで
大幅に書き足される。
(この加筆は、キリストの障害に人間としての生活観をあたえ、
のちの宗教的モチーフにリアリズムを持ち込んだ、といわれている。それがルネサンスの絵画や彫刻の表現に影響を与えた。)
これら、地方によるキリスト教の変異が、ロマネスク彫刻の一種おどろおどろしい表現のモチーフだとされています。
(ただ一方で、当時の宗教観や彼らの思考を慮ると、彫刻行為
そのものに対して、儀式的で魔よけ的な意味もあったと思う。
原始宗教の観念は、恐らく生きていたと思われる。)
だから、どの時代、どの様式だからこう、というのではなく
むしろその彫刻にあらわれている造形感覚そのものから
どこの影響を受けているか、とかどこの職人が携わったのか
を考えるほうが、エキサイティングだと思います。
例えば、アーモンドの眼にしてからが、もっと自由に
イスラムやインドといった造形にも眼を向けていいんじゃないか。
そっちの方が面白いですしね。
あるいは、古来カタロニア地方に土着していた造形感覚が
キリスト教モチーフに置き換えられて造形としてあらわれた
とかの分析の方が興味があります。

これじゃ答えになってないか。
とりあえず12世紀ごろであれば、すでにゴシック様式的な
造形感覚は芽生えていると思うので、前後の関係は
あると思いますよ。
ただ、どこが影響の発祥かはわからないですね。
全く違う地方の造形を見た職人集団がそれをモチーフに
したかもしれないし。
そういえば、職人集団についてですが、他に有名なのが
「コモの職人」がいますよね。
コマッチェーンと表記されていた、始まりのロマネスク教会に
残された記述とか。
さらに、建築家ではヴィラール・ド・オンヌクールのような
人もいますが、かれも職人集団のように流れて仕事をしてた
みたいですし、自作に署名する意識もあったようですね。
ただ一方で、これらの制作物の、とくに修道院に関わるものは
多くが寄進によっているので、その意味での署名も考慮すべき
ですね。つまり、自分が何を送ったか、その登録代わりの署名
だったとしたら、自作にたいするそれとはズレる。

書いているうちにどんどんワケがわからなくなってきた。
上記、眼を通してくださったうえで何かありましたら
というか、説明不足だろ、ということがありましたら
また返信ください。


| 結婚式教会の村瀬 | 2008/03/09 12:25 PM |
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