地中海ブログ

地中海都市バルセロナから日本人というフィルターを通したヨーロッパの社会文化をお送りします。
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バルセロナ守護聖人の日: サンタ・エウラリア (Santa Eularia)
2月12日はバルセロナの守護聖人の日という事でバルセロナ市議会の建物が一般公開されました。現在市長が仕事をしているこの建物は14世紀に建てられたものを改修して使っています。

このバルセロナ市議会というのは結構な歴史があって、カタルーニャが世界に誇るべきバルセロナ市会である「百人議会 ( Consell de Cent)」が開かれた会議場があった場所に位置しています。逆か。「百人議会」が開かれていた所で現在のバルセロナ市議会が開かれていると言った方がよいですね。

「百人会議」とは何か?という事を語るにはカタルーニャがイタリアやギリシャといった地中海全域を支配した大帝国だった時代、征服王ジャウマ1世 ( El rey Jaume I)の時代まで遡らなければなりません。ジャウマ1世はマヨルカ島をイスラム教徒から奪還したり(1229年)、バレンシア征服(1238年)といった軍事的活躍ばかりが目立ちますが、彼の功績はそれだけに留まらず、「都市の時代の到来」に対処する為に制定した各種制度も注目に値します。

ジャウマ王が生きた「都市の時代の始まり」とは、人口が都市に集中し、それに伴う商業の発達によって職人や商人が力を付けて来た時代でした。この頃にはもはや、王や貴族、僧侶が農民を支配するというモデルは崩れつつあり、王と市民の間には新たなる関係が築かれ始めていたんですね。

何故か?何故なら王が戦争をするためには莫大な金が必要であり、商人の力を頼らなければならなかったからです。逆に商人にとっては王は戦争で、商売をする土地を勝ち取ってきてくれるというメリットがありました。

こんな状況下で都市に勃興してきた新たなる問題、水の調達や海上での商業問題を解決する為に創設されたのが百人議会でした。1265年の事です。構成メンバーは軍人を除く全ての階層からの代表者達で100人から成っていました。ちなみにこの百人会議は最も初期の都市の建物規正法を定めたり国勢調査を行ったりもしています。

同じ時期にジャウマ王が創設したのが世界最古の身分制議会の一つ「カタルーニャ議会( Les Corts Catalanes)」です。この議会(コルテス)には貴族や僧侶に加えて、商人や職人の代表といった都市代表も参加していました。この制度は封建制度から民主主義への一歩を築いた制度でした。

スペインにおけるコルテス(議会)はよく知られているイギリスよりも1世紀早く12世紀に始められました。スペインの各地でばらばらに始められたコルテスでしたが、カタルーニャとバレンシアでは都市経済の強さを反映して都市代表の発言権が強かったという特徴があったんですね。

今では中世に起源を持つ世界に誇るべき2つの制度を核とした建物がカタルーニャ議会、バルセロナ市議会場として一つの広場を挟んで対峙しています。



さて、これが現在の「百人議会の間( Salon de Ciento)」です。ナカナカ荘厳な雰囲気。

この「百人議会の間」は1369年にPere Llobetによって建てられました。最初の議会は1373年8月17日に開かれています。







上座に位置するのはジャウマ王が座っていたと思われる椅子とその上に刻まれた彫刻。真ん中にバルセロナ市のシンボルを戴いた重厚な表現になっています。



バルセロナの守護神サン・ジョルディもいます。

ライトは竜のデザインにカタルーニャのシンボルである4本線が入った盾が付いています。石造に鉄ってデザイン的にナカナカ合いますよね。

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