地中海ブログ

地中海都市バルセロナから日本人というフィルターを通したヨーロッパの社会文化をお送りします。
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ロンドン旅行その2:Sir John Everett Millais(ジョン・エヴァレット・ミレイ)
2日目は朝からテート・ブリテンへ行く。運よくラファエル前派の中心人物の一人Sir John Everett Millais(ジョン・エヴァレット・ミレイ)の回顧展Millaisが開催中でした。ターナーの作品群を見るのが主目的だったんだけど壁に掲げられたMillais展の広告を見てそちらを先に見る事にしました。



はっきり言ってノーマークだった作家ですが大変な衝撃を受けました。誰でもピンとくる作家や芸術家が心の中に一人はいるものだと思いますが、ミレイの作品はカタルーニャの作家であるMariano Fortuny(マリアノ・フォルトゥーニ)に受けた時以来の大きな感動を僕にもたらしてくれました。これこそ旅行の醍醐味。予定調和的ではない出会いほど感動的なものは無い。という訳で少し調べてみました。

とりあえず彼が結成し属したとされるラファエル前派から。ラファエル前派(Pre-Raphaelite Brotherhood)というのは19世紀の中ごろにイギリスで活動した美術家・批評家から成るグループで、その頃にメインストリームだった古典偏重教育に異を唱えるべく結成されたそうです。「ラファエル」とは勿論、イタリア・ルネサンスの古典主義の完成者であるあのラファエロです。去年ローマに旅行した時にバチカンで見まくりました。古典にも関わらず重々しくなく逆にものすごくポップな感じを受けたのを良く覚えています。特にその色使いは現代に通じるものがあると思います。つまり今見ても新しいし、ある意味今よりも新しい。これが永遠と言う事か・・・・



当時の美術教育がラファエロの完全な影響下にあった事は想像に難く無いですね。つまり当時の指導的立場にあったアカデミーがルネサンス期のラファエロの絵画を模範としていたという事です。そんな状況下において何時の時代も同じように、保守的でアカデミックな状況を覆そうとする若い運動が出てくるのも又自然な事のように思われます。それがラファエル前派という運動だったというわけです。

彼等が目指したのはラファエロ以前の芸術で「率直にものを見る態度」とアカデミック様式からの開放による素朴な絵画表現でした。見たものをありのままに描くという彼等の態度は自然の細密描写と神秘的な芸術表現による美に至らしめます。これは「自然をありのままに再現すべき」というジョン・ラスキンの影響であり、又ラスキンも彼等を後押ししていたようです。ラスキンといえば建築家なら誰しも読んでいる「建築の七燈」、「近代画家論」などの著者でありウイリアム・モリスのアーツ・アンド・クラフトにも多大なる影響を与えた一人。彼の影響は色んな意味で大変大きかったらしいです。



さて作品ですが彼の最も有名な作品といえば22歳の時に描かれた「オフィーリア(ophelia)」でしょうね。この絵はシェイクスピアの「ハムレット」の一場面から主題を借りてきています。



小川のふちに柳の木が、白い葉裏を流にうつして、斜めにひっそりと立っている。オフィーリアはその細枝に、きんぽうげ、いらくさ、ひな菊などを巻きつけ、それに、口さがない羊飼いたちがいやらしい名で呼んでいる紫蘭を、無垢な娘たちのあいだでは死人の指と呼びならわしているあの紫蘭もそえて。そうして、オフィーリアはきれいな花環をつくり、その花の冠を、しだれた枝にかけようとして、よじのぼった折も折、意地悪く枝はぽきりと折れ、花環もろとも流のうえに。すそがひろがり、まるで人魚のように川面をただよいながら、祈りの歌を口ずさんでいたという、死の迫るのも知らぬげに、水に生い水になづんだ生物さながら。
                                    (シェイクスピアの『ハムレット』)


この絵は強烈に僕の心を捉えました。一度見たら忘れる事が出来ない風景。大変細密な自然描写の中に少女が浮かんでいる。生きているのか死んでいるのか分からないその表情。その独特のポーズ。とても言葉では表す事が出来ないそこに漂っている空気。圧倒的です。宮崎駿が大きなショックを受けて自らの方向性を変えざるを得ないと決断させたというのにも納得。当時イギリスに留学していた夏目漱石もこの絵に影響を受けていたようです。後に「草枕」の中で以下のように述べています。

なるほどこの調子で考えると、土左衛門(どざえもん)は風流である。スウィンバーンの何とか云う詩に、女が水の底で往生して嬉しがっている感じを書いてあったと思う。余が平生から苦にしていた、ミレーのオフェリヤも、こう観察するとだいぶ美しくなる。何であんな不愉快な所を択んだものかと今まで不審に思っていたが、あれはやはり画(え)になるのだ。水に浮んだまま、あるいは水に沈んだまま、あるいは沈んだり浮んだりしたまま、ただそのままの姿で苦なしに流れる有様は美的に相違ない。それで両岸にいろいろな草花をあしらって、水の色と流れて行く人の顔の色と、衣服の色に、落ちついた調和をとったなら、きっと画になるに相違ない。しかし流れて行く人の表情が、まるで平和ではほとんど神話か比喩になってしまう。痙攣的な苦悶はもとより、全幅の精神をうち壊わすが、全然色気のない平気な顔では人情が写らない。どんな顔をかいたら成功するだろう。ミレーのオフェリヤは成功かも知れないが、彼の精神は余と同じところに存するか疑わしい。ミレーはミレー、余は余であるから、余は余の興味を以て、一つ風流な土左衛門をかいて見たい。しかし思うような顔はそうたやすく心に浮んで来そうもない。
                                   (夏目漱石『草枕』)


さて次の作品「マリアナ(Mariana)」にも目を奪われました。



その独特の色使い。深いブルーのドレスとそれと対になるように輝くオレンジ色の椅子の調和。少し苦悩を表すようなその表情。状況設定としてはフィアンセに振られながらも未だに忘れる事が出来ず、何することも無く暇を持て余している婦人が昼下がり織物をしているという設定。何時間か織物に集中し、休憩がてら腰を上げたその時、忘れかけていた心配事が頭をよぎったのだろうか。その苦悩がその表情によく表れている。



この作品も良かった。大変に小さい作品で水彩画なのですが題名は「失恋(A lost love)」。月夜の晩に恋人のことを思いながら遥か彼方を見つめる少女。彼女の顔とドレスに反射した月夜の明かりが何処となく切なさを醸し出しています。まるで「夜がため息」をしているかのようです。



ミレイは沢山の肖像画を描いています。その中において特に「Fancy Pictures」と呼ばれているジャンルがあります。その中の一つ「Bright Eyes」という作品に目が留まりました。
真っ直ぐ前を見据えた綺麗な瞳に赤いコート服という大変にシンプルな構成。少し微笑みを含んだ表情からは気品が漂っています。



このジャンルからもう一つ。「Cherry Ripe」。この作品なんとなく日本的じゃないですか?

ミレイの代表作品をほぼ網羅しているこの展覧会には大満足でした。
| 旅行記:美術 | 07:50 | comments(4) | trackbacks(35) | このエントリーをはてなブックマークに追加
コメント
はじめまして。
こちらは、「UK-Japan2008」公式WEBサイトの運営を行うUK-JAPAN2008WEBサイト運営事務局です。

英国大使館およびブリティッシュ・カウンシルでは2008年に「芸術・科学・クリエイティブ。新しいUKを体感できる一年、UK-Japan2008」を開催いたします。
http://www.ukjapan2008.jp/
現在このUK-Japan2008公式WEBサイトに、サポーターとしてご参加いただける公認ブロガーをスカウトしております。

このたびcruasanさんのブログを拝見させていただき、
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#突然コメントに書込みを致しました失礼をお許しください。
こちらのブログにふさわしくないようでしたら、お手数ですが
削除をお願い致します。
| UK-JAPAN2008WEBサイト運営事務局 | 2008/01/17 8:54 PM |
「これこそ旅行の醍醐味。予定調和的ではない出会いほど感動的なものは無い。」と貴方が語っておられる如くですね。わたしは、2004年9月にテートブリテンに行き、このオフィーリアを鑑賞しよう思ったのですが、残念ながらドイツへ出展中でした。今年は4月に出かけるのですが、どうなることやら…、予め調べたところで旅程を決定しておりますので。
今回はターナーにも影響を与えたラスキンを中心にめぐる湖水地方を中心に巡り、前後ロンドンで美の探訪を予定しています。
マリアナ(Mariana)の「失恋」も是非鑑賞出来れば嬉しいです。
| 川野樹里 | 2008/02/19 11:33 AM |
追伸
UK-JAPAN2008を確認したところ、オフィーリアは夏に渋谷のbunnkamuraで鑑賞できるのですね。外出展示が多い中で、貴方はやはりラッキーな方です。
| 川野樹里 | 2008/02/19 12:10 PM |
川野さん、コメントありがとうございます。
私は運だけは良い方だと思っています。

イギリスに行かれるとの事。楽しい旅行になると良いですね。
素敵な出逢いがある事を願っています。
| cruasan | 2008/02/20 6:44 AM |
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