地中海ブログ

地中海都市バルセロナから日本人というフィルターを通したヨーロッパの社会文化をお送りします。
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アントニ・ガウディの建築:コロニア・グエル(Colonia Güell)の形態と逆さ吊り構造模型

先週末、バルセロナから電車で約15分のところにあるガウディの傑作中の傑作、コロニア・グエル教会に行ってきました。

ガウディ建築に関しては、バルセロナの「街としての質」を決定付けていることなどから、当ブログでは頻繁に取り上げてきました(地中海ブログ:まるで森林の中に居るかの様な建築:サグラダファミリアの内部空間、地中海ブログ:ガウディ設計の世界遺産グエル館(Palau Guell)その1:この建築の地下に眠っている素晴らしい空間は馬の為のものだった!、地中海ブログ:オープンハウスその4:ガウディのパラボラ空間が堪能出来る、サンタ・テレサ学院(Collegi de les Teresianes))。その中でも、コロニア・グエルに関しては、行き方やその建築の特徴を含め、特筆する形で書いてきたんですね(地中海ブログ:アントニ・ガウディ(Antoni Gaudi)の建築:コロニア・グエル(Colonia Guell)その1:行き方)。

「コロニア・グエル駅」に着いたら、そのまま駅を出て電車の進行方向とは反対側へ歩くこと5分、旧紡績工場群が姿を現してきました:

古い工場や建物を壊すのではなく、改修して蘇らせることによって地域活性化に貢献させるべく、新しく蘇った建物の中にはベンチャー企業やクリエイティブ産業などが多く入り、この廃れた街に活気を与えているのが見て取れます(地中海ブログ:パン屋さんのパン窯は何故残っているのか?という問題は、もしかしたらバルセロナの旧工場跡地再生計画を通した都市再活性化と通ずる所があるのかも、とか思ったりして)。

当時の趣を色濃く残す町中には、ガウディ建築を目指して集まってきた観光客がチラホラ見えます:

町の中心近くにある観光案内所を訪れ、教会堂へのチケットを購入します。この観光案内所では、この町の歴史に関する情報や、近郊の町の情報、更には観光ルートなどを教えてもらうことが出来ます。そんな観光案内所を出て歩くこと約3分、林の中にひっそりと佇んでいる教会が姿を現します:

その佇まいは本当にさりげなく、まるで周りの雰囲気と一体化しているかのようなんですね。そしてコチラが現在の正面ファサードです。

何とも不思議な造形です。2002年に完成した改修によって現在はこの方向からのアプローチとなっているのですが、それ以前は大階段があった下記の方向からのアプローチとなっていました:

しかしですね、造形的には現在の方向から見たファサードの方が圧倒的にカッコイイかなー、と個人的には思います:

向かって右側にある作りかけの階段が途中で折れて捩じれている事によって、大変不思議な上昇感を創り出しているんですね。右端の一番低い部分から始まった「線」が斜めに駆け上り、左側の不思議な形の窓が付いた壁がしっかりとその「線」を受け止めているのが見て取れます:

よく知られているように、この建築は工事半ばでガウディが手を引いてしまった為、「永遠の未完の作品」となってしまいました。だから地下の未完成部分だけを指して「ガウディの造詣能力」を賞賛するのはちょっと違う気がしないでもないけど、そうせずにはいられないほど魅力的な造詣である事も又確かなんですね。

さて、このコロニア・グエルで僕が、ずーーーーーっと心に引っ掛っている事があります。

伝説ではガウディは、コロニア・グエルの建築形態や内部空間を「逆さ吊り実験模型で自動的に決定した」となっていたと思います。 ←ちょっと違うかもしれないけど、多分こんな感じ。

明らかなのは「逆さ吊り模型」の視覚的なインパクトの強さと、ガウディの自然信仰と合致する分かり易い物語(柱や壁に相当する位置に実際の荷重を模した袋を吊り下げると重力がアーチを作ってくれる)が相俟って「形態の自動決定神話」を生み出したんだと思います。

この伝説に従うと、この建物は「全体」でバランスを取っているということになります。逆に言うと、建物バランスは一部分だけでは成り立たない訳ですよ。何が言いたいかというと、、、地下部分しか完成しなかったコロニア・グエルは何故崩れないんでしょうか?←だって、構造計算には完成予定だった上階の加重とか応力とかも考慮されているんですよね?

それが完成しなかったという事は、その部分が無くなるわけだから、当然全体の構造に響いてくると考えるのが普通なんじゃないでしょうか?この点がずーーーと、僕の心に引っ掛っていたんですね。

「なんでだろうなー?」とか思いつつ家に帰って鳥居徳敏さんの傑作、「ガウディ建築のルーツ:造形の源泉からガウディによる多変換後の最終造形まで」をパラパラとめくっていたら、大変明快な答えが書かれていました。

鳥居さんはこの著作の中で「構造合理主義」と「構造表現主義」という概念を用いてガウディの建築における「構造表現主義の重要性」を説かれています。両者の違いは何かというと:

「構造が形態を要求する」が構造合理主義の理念とするならば、構造表現主義のそれは「形態が構造を要求する」といえるであろう。・・・構造が形態を要請し、力学から自動的に形が生まれると考えるのが構造合理主義の理念とすれば、構造表現主義は最初に形が存在するのであり、その形は作者が想像した形態であり、作者の想像力の賜物になろう。」(p38)

と簡潔に述べられています。

そして構造表現主義の特徴が顕著に見て取れるのがコロニア・グエルだと言われているんですね。それを示す一つの例が教会堂内部の内側に倒れ掛かっている4本の柱です。

模型では内部の柱は全て垂直、もしくはほぼ垂直だったそうです。しかし実際の教会では4本の柱は内側に倒れ掛かっています。

何故か?←何故ならガウディは彼が想像した美しい内部空間を構造の合理性を使って表現しようとしたからです。

そして僕が疑問に思っていた事と全く同じ事が、模型と実際の形態が異なる証拠として提出されています。

「・・・もしこのクリプトが逆さ吊り実験どおりに建設されていたとしたら、すでに崩壊していなければならない。なぜなら、逆さ吊り模型は全体が完成して初めて構造の安定が計られることを前提とした実験であったからで、実際は教会堂本体の上部構造が未着工であり、実験前に計算された上部荷重が全く存在しないからだ。」(p64)

これらから導かれる結論は、コロニア・グエルでは実験模型によって自動的に内部空間や形態が決定されたのでは無いという事です。

では、何故ガウディはこんな事をしたのか?というと、それはガウディが構造合理主義の建築家ではなく、構造表現主義の建築家だからなんですね。つまり構造によって経済性を追求する(構造合理主義)のではなく、あくまで美しい形態を目指し、「建築家の表現意欲に従って構造力学の合理性が建築制作に利用される事」を目指したからです。

素晴らしい。非常に明快です。

さて、鳥居さんが大変に素晴らしいのは、海ぐらい深い知識もさる事ながら、それらの知識を道具とした彼の解釈(創作)だと思います。鳥居さんは本書の冒頭でこのように述べられています:

「「創造」が「無」から「有」、あるいは「一」から「多」を作ることを本質にするとすれば、「創作」は「有」から「もう一つの有」、もしくは「多」から「一」を作ることを最大特色とする。つまり、何も無いところから何かを作るのでなく、与えられている無数の材料から何らかの一つのものを作ること、これが人による「創作」の基本になろう。」(p2)

全くその通りだと思います。例えば僕が大好きな建築家、ポルトガルのアルヴァロ・シザの建築の源泉は明らかにアールトであり、ハンス・シャウロンであり、モロッコの土着建築だと思うんですね(地中海ブログ:アルヴァロ・シザ(Alvaro Siza)のインタビュー記事:シザ建築の特徴は一体何処からきたのか?)。

そこから出発して幾度かの変遷を経て、最終的にはシザの建築になっています。変形の過程で、ある時「ふっ」と彼の建築になる瞬間があるわけですよ。だから彼の建築にアールトの片鱗が見えようとも、シャウロンの形態が見えようとも、空間は紛れも無くシザのものになっているのです。

ガウディという一人の天才に真摯に向き合う事によって、膨大な知識を道具としながらも、その組み合わせで新しい解釈を創り出した鳥居さんこそ、人間に与えられた素晴らしい能力である「創作」を通して人間としての生き方そのものを示した偉人だと思います。

| 建築 | 13:47 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
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