地中海ブログ

地中海都市バルセロナから日本人というフィルターを通したヨーロッパの社会文化をお送りします。
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ガウディの影武者だった男、ジュジョールのメトロポール劇場

「理念的にも技術的にもジュジョールが先進工業社会の芸術家たちと同じ基盤から出発しなかったという意味において、一般に認められている20世紀前衛芸術の歴史が示すものとは異なる」- イグナシ・デ・ソラ=モラレス

「今日までなかったことだが、もし誰かが20世紀のスペイン芸術・建築界で最も多様性に富み、創造性と想像性に秀でた3人の芸術家、ある意味で、その方面で最も重要な3人を指摘せよと私に訪ねたとすれば、躊躇することなく、ガウディ、ピカソ、ジュジョールの名を上げるであろう。」- カルロス・フローレス

バルセロナから電車で1時間ほど南に行ったところにある世界遺産指定都市タラゴナ(Tarragona)に行ってきました。世界遺産指定都市とは、旧市街地などが「全体で」世界遺産に登録されている都市のことを指し、現在スペインではサンティアゴ・デ・コンポステーラなど13都市が指定されています(地中海ブログ:サンティアゴ・デ・コンポステーラ:アルヴァロ・シザのガリシア現代美術センターその2)。

古代ローマ時代に築かれたタラゴナはイベリア半島最大の規模を誇り、当時の栄華を伝えるかのような雰囲気が、この街にはそのまま残っていたりするんですね。街中を歩いていると不意に石積みの城壁や巨大なモニュメントに出くわすこのワクワク感!

これはバロック都市ローマを歩く感覚に似てるなー、、、とか思ったりして(地中海ブログ:ローマ滞在2015その2:ローマを歩く楽しみ、バロック都市を訪ねる喜び)。

そしてこの街の最大の魅力の一つがこちらです:

その名も「地中海のバルコニー」!眼前に広がる地中海、それが全て自分のものであるかのような、そんな感覚を引き起こしてくれるほど圧巻の眺めとなっています。朝から晩まで見ていても全く飽きない、この街にはそんな風景が広がっているんですね。

そして左手を見下ろせばこの風景:

ローマ時代の円形競技場です。ローマのコロッセオに比べると規模は小さいんだけど、タラゴナの円形競技場は、「地中海に浮かぶ競技場」と、そう形容出来るほど素晴らしい作りとなっています。ローマ人がこの地をイベリア半島の拠点に選んだのも納得がいくなー。

こんな見どころ満載の世界遺産指定都市タラゴナなんだけど、今回この街を訪れたのはローマの遺跡群を訪問する為ではありません。僕がわざわざこの街に来た理由、それは普段は一般公開されていないジュジョールの傑作中の傑作、メトロポール劇場を訪れる為なんですね(地中海ブログ:バルセロナ・オープンハウス2015:オープンハウスとオープンデータ:今年のテーマはジュジョールでした)。

ひょんなことから知り合いになったタラゴナ市役所の人と話していた所、「え、cruasan君って建築家なの?てっきりコンピュータ・サイエンティストだとばかり思ってた(驚)!それならジュジョールの建築とかって興味ない?市役所の友達がメトロポール劇場の管理責任者だから、連絡してあげるよ」、、、と。そりゃもう、「興味ありまくりです!」。なんてったって、普段は公開していない建築ですからね、どんなに忙しくたって飛んできますよ(笑)。

(注意)この建築は「団体での訪問(数週間前に要予約)」のみ受け付けており、個人への一般公開はしていません。しかし今でも現役の劇場として使われているので、もしどうしてもこの劇場を見たいという方は、週に何回か催される演劇のチケットを購入して劇場の中に入る、、、という裏技があったりします。ちなみに僕が訪れたのはお昼の12H頃だったんだけど、舞台のリハーサル中だった為、照明がつけられないとのこと。暗闇の中での建築鑑賞でした。

 

この建築への入り口は市内随一の目抜通り新ランブラス通り(Nova Ramble)に面しています。どちらかというとこのエリアは観光客向けのエリアとなっていて、この通りに面して沢山のレストランやバル、小売店などが立ち並び、非常に活気のある地区となっているんですね。←その代わり、カフェの値段設定も観光客向けで、パッと見た所、ベルムッ(お酒一杯)、サンドイッチ、オリーブの実の三点セットで5euroというお店が結構多かった。

こちらがメトロポール劇場のファサードなのですが、まさかこの中に劇場が入ってるなんて、言われないと分かりません。まあ、確かに「メトロポール劇場」とは書いてあるんだけど、パッと見は普通の集合住宅ですからね。ちなみに真ん中の入り口は現在は使われてなくて閉鎖中。今回は特別に右側の入り口を開けてもらいました。で、中に入ると我々を出迎えてくれるのがこの空間:

真っ白な壁に真っ赤な光線が非常に印象的なジュジョール空間の登場〜。

窓ガラスには真っ赤な光線が映り込んでいます。黄色いストラクチャーとの兼ね合いも抜群。これを見て「ガンダムのシャアっぽいなー」と思った人、結構いるのではないでしょうか?(笑)。

また、ジュジョール建築には欠かせない彼独特の装飾タイルも健在。ここの廊下は細部を見出すとキリが無いくらい面白くって、この空間だけで3時間は見ていられます(笑)。後ろ髪を引かれながらも、この長―い廊下をくぐり抜けると出くわすのがこちらの空間です:

この劇場のエントランスホールとでも言うべき階段ホールの登場〜。天井には先ほどの渡り廊下からの装飾が続き、空間的な一体感を醸し出しつつ、左手にはジュジョール作のドラゴンの彫刻が神秘的な光の中に浮かび上がっているんですね:

上に行ってみます。この階段空間も味があるなー:

そして出くわすのがこちら:

で、出た!ジュジョールの真骨頂、まるで抽象絵画のような空間。。。暗闇の中に真っ青な背景、その中に真っ赤な目のような形をしたオブジェが浮かんでいます。そこから劇場の中へと入っていくと、全体はこんな感じかな:

上述した様に、僕が訪れた時は舞台を作っている最中だったので劇場内は真っ暗。そのおかげで、明暗のコントラストが非常に強い状態を見ることが出来ました。

そしてこの建築のもう一つの見所がこちらです:

じゃーん!観客席のど真ん中に立っている柱とその天井です。当時の市の建築家に「構造が持たないだろう」と大反対されたというこの客席を支える柱。ここにジュジョールの思いを見るような気がします。そしてこの天井がちょっと凄い:

これは後にジュジョールがプラネイス邸で見せた手法ですね(地中海ブログ:オープンハウス in バルセロナ(48 OPEN HOUSE BCN):ジュゼップ・マリア・ジュジョール(Josep Maria Jujol)のプラネイス邸(Casa Planells)):

このうねるような天井、これを観れただけでも、この建築を訪れた価値があるというもの。正にジュジョールの「イマジネーションの具現化」です。

個人的にジュジョール建築の面白さは、「彼があたまの中に描いた魅力的な世界観がそのまま現実空間に具現化されているところ」だと思うんですよね。スケッチが上手い建築家は星の数ほどいるし、その世界観が非常に魅力的な芸術家も沢山いるんだけど、それら多くのイマジネーションは現実空間に具現化された途端に輝きを失ってしまいがちです。しかしですね、ジュジョールの場合、そのイマジネーションの輝きがそのまま現実空間の中でも輝き続けている、、、ということが出来るのではないでしょうか。彼が描いた夢の世界に生身の体のまま連れて行ってくれる、、、そのように思わせてくれる空間の質が彼の建築には存在しているのです。

さて、次は地下に降りて行ってみます:

実はこの劇場は、「海の中」、そして「船」というモチーフと共に考えられたらしく、地下は深海のイメージでデザインされています。

地下空間の至る所にはそれらのモチーフがふんだんに使われているんだけど、天井には海面のゆらゆら感が表現されていたりします。

ここから外へ出て行ってみます。

これがこの劇場の全体像。入口がある新ランブラス通りに面している住宅と、裏手にある住宅一棟分が演劇ホールになっているのですが、その間を結ぶ回廊が非常に良い均衡空間となっていることが分かります。つまりこの空間を通ることによって、「これから劇場の中に入っていくぞ!」という心構えを作る前室となっているんですね。この回廊の天井も必見:

黄色い筋交いが非常に印象的です。この部分は内戦の際に爆撃により破壊されてしまった為、半分がジュジョールのオリジナル、もう半分がオリジナルに忠実に基づいて復元された部分となっています。そして目線の先には、ガウディが得意とした逆三角形の柱がチラチラと見え隠れしています:

この建築の改修の依頼はもともとガウディにきていたらしいのですが、サグラダファミリアに没頭していたガウディが、同郷(タラゴナ出身)の弟子(ジュジョール)に仕事を回した、、、という経緯があるそうです。そんなこんなで、ガウディの工房から独立したジュジョールが実質的に初めて手掛けた建築作品という位置付けでもあるんですね。また、ジュジョールは長らく「忘れられた建築家」だった為、この建築は後年(1950年代)映画館に改装され、その際に窓が塞がれたり、動線が不明になったりと、建築としては廃墟同然の状態にまでなってしまいました。

そんな中、近年のジュジョール建築への再評価が高まるにつれ、タラゴナ市役所が物件を購入し、修復・再建する方針を打ち出したこと、そしてもう一つ重要なファクターとして、この修復に携わったのが、スペインを代表する建築家の一人、ジョセップ・リナスだったことが挙げられます(地中海ブログ:オープンハウス in バルセロナ(48 OPEN HOUSE BCN)その1:ジョセップ・リナス(Josep Llinas)のInstitut de Microcirurgia Ocularに見る視覚コントロールの巧みさ)。

元々ジュジョールの大ファンだったリナスは、ジュジョールのオリジナル部分を丹念に調べ上げ、注意深く修復を施しました。いわばこの建築は、時代は違えどカタルーニャが生んだ代表的な建築家二人の協働作品というべきものにまで昇華された、そんな建築作品となっているのです。

追記: 地中海都市タラゴナは海産物が非常に充実していることで有名です。

特にパエリアやロブスターの雑炊(スープパエリア)、ムール貝などは絶品なので、もしタラゴナに行かれた方は是非試されてみる事をオススメします。

値段もバルセロナよりも安く、地中海を眺めながら非常にゆったりとした時間を過ごす事が出来ると思います。

| 建築 | 14:13 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
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