地中海ブログ

地中海都市バルセロナから日本人というフィルターを通したヨーロッパの社会文化をお送りします。
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観光MICEとオープンデータ:2020に向けて、バルセロナの失敗の学ぶ、データ活用による都市観光の未来
今月末(12月21日(月曜日))、横浜の情文センターにて「バルセロナの失敗に学ぶ、データ活用による都市観光の未来」と題したシンポジウムを開催します。
←お申し込みはコチラから。



主催はNPO横浜コミュニティ・デザイン・ラボとlaboratory urban DECODE、後援は横浜市役所とバルセロナ都市生態学庁です。

当ブログの読者の皆さんにはもう馴染み深いことだとは思うのですが、いまやバルセロナは世界に名だたる観光都市に発展してしまいました。「パリやロンドン、ローマだって世界的な観光都市なんだから、どうってことないじゃん!」とか思ったそこの貴方!ハズレですー、ぶっぶぶー(笑)。



いや、別にハズレってことはないんだけど(笑)、バルセロナの観光状況をパリやロンドンのそれと比べる時に考慮されるべき点が一つあります。それはスペインという国が1975年まで独裁政権下にあったということ、そしてそのフランコ政権時代においては、観光政策は勿論のこと、都市生活に必要不可欠な生活インフラにすら十分な投資が為されなかったという事実なんですね。つまりバルセロナを観光という切り口で見た時の一つの特徴は、「民主化後30年足らずでパリやロンドンといった世界トップレベルの都市と競い合えるまでになってしまった」ということなのです。

何故そんなことが可能だったのか?

その裏には非常に良く考えられた都市戦略、もっと言っちゃうと大規模イベントをうまく活用した都市政策なんかが挙げられると思います(地中海ブログ:バルセロナのイベント発展型都市戦略とGSMA(Mobile World Congress 2009))。ちなみに僕は、一時期ユネスコ(UNESCO)で働いていたことがあるのですが、バルセロナが2004年にでっち上げた大規模イベント世界文化フォーラム(FORUM2004)のバックにはUNESCOが付いていて、あれやこれやと画策していました。

世界遺産認定などで知られるUNESCOという機関はニュートラルな立ち位置を保っている為に、「一つの都市に肩入れする、、、」なんてことは普通はないのですが、元UNESCO総長だったカタラン人が「パリから引き上げる時のお土産に、ぜひ祖国に自分の記念碑を打ち建てたい!」みたいな超ワガママから生まれたのが、このFORUM2004だったりします。1992年のバルセロナオリンピック招致の裏にサマランチ会長がいたのと同じ構図です(地中海ブログ:国際オリンピック委員会(IOC)前会長のフアン・アントニオ・サマランチ(Juan Antonio Samaranch)氏死去)。

これら大規模イベントを用いた都市開発、都市計画の裏には見逃せない仕組み、システムがあるのですが、その辺についても今回のシンポジウムでは少しお話しようかな、、、と思っているのですが(こちらも参照してください→地中海ブログ:何故バルセロナオリンピックは成功したのか?:まとめ)、そんな中でも今までなかなか語られてこなかった側面、それが「バルセロナが如何にICTを使って都市を発展させてきたか?」、もしくは「都市政策や都市計画に如何にICTを活用してきたのか?」という点なんですね。

あまり知られていませんが、欧州においてバルセロナという都市はICT分野で抜きん出た功績を挙げています。例えば、Yahooリサーチがバルセロナにあったり、「初音ミク」の基礎技術を開発したのがバルセロナの研究所だったりする、、、ということを知ってる人ってなかなか居ないのではないでしょうか?ちなみにこのYahooリサーチや初音ミクの基礎技術を開発した研究所が集まっているのが、最近急激に伸びてきているポンペウ・ファブラ大学(Universitat Pompeu Fabra)だったりします(地中海ブログ:初音ミクに使われている技術ってメイド・イン・カタルーニャだったのか!って話)。

また、2011年から始まったスマートシティ国際会議は、スマートシティ関連のイベントとしては世界一の規模を誇るまでに発展してしまいました(地中海ブログ:スマートシティとオープンデータ:データ活用によるまちづくりのイノベーション(横浜))。



2011年当時、35年近く続いた労働左派政権(PSC)がカタルーニャ右派政権(CiU)に初めて変わる交代劇がバルセロナ市役所であり、「前政権とは何か違うことがしたい!」みたいな右寄り政権の超ワガママな要求に、「スマートシティ路線でいってみてはどうですか?」とアドバイスをしました。更にそのイベントの権威付けの為に、MITで僕が所属しているラボの所長(カルロさん)に連絡して、「バルセロナ来たい?」って聞いたら、「チョー行ってみたい!」みたいな感じのレスが速攻で返ってきたので基調講演を頼んだりしたんですね。



そんなバルセロナが、現在のスマートシティ政策に直接繋がるプロジェクトに取り組み始めたのが2000年代初頭のこと、そして偶然にも、そのプロジェクトに放り込まれたのが僕だったりします(笑)。
←いや、ほんと当時は何にも分かってなかったんだけど、勝手に放り込まれてしまったのです!

実はその事実に気が付いたのはつい先日のことで、オープンデータ関連でバルセロナを訪問されたいた方と一緒にバルセロナ市役所のスマートシティのキーパーソンにお話を伺っていたら、なんと、そのプロジェクトが現在バルセロナが推し進めているオープンデータ政策の根幹であり始まりであった、、、という驚くべき証言が出て僕自身ビックリしてしまったのです!



その当時、僕はバルセロナ都市生態学庁からモビリティの責任者としてこのプロジェクトに参加していたのですが、そこで僕がやっていたことは、「ICTを用いたモビリティマネジメントの開発」というテーマであって、それが後のBluetoothセンサーなんかに繋がっていく訳なのですが(地中海ブログ:ルーヴル美術館、来館者調査/分析:学術論文第一弾、出ました!)、その一方で別のチームが、ICTを活用した都市プラットフォーム・インターフェイスの開発みたいなことをやっていて、それを横目でチラチラ見ながらも、「な、なんかやってるなー」ぐらいにしか思っていませんでした。



その時のアレが、実は現在バルセロナがオープンデータで世界的な主導権を握っているプラットフォームの根幹になっているとは、夢にも思わなかったのです!

というわけで、奇しくもバルセロナのICT活用の現場にその始まりから関わることになってしまい、机上の空論ではなく、現場で実際にプロジェクトが動いているところを見てしまったという稀有な体験から、「この経験をぜひ皆さんと共有したい」と思ったのが、今回のシンポジウムを立ち上げたキッカケです。

特に今回は、バルセロナが体験してきた観光という分野、そこに焦点を当てて講演出来たらと思っています。

講演会は2部構成になっています。前半では僕が基調講演をして、横浜市役所のかたも「横浜市の観光の現状」みたいな感じで講演をして下さる予定になっています(あくまで予定)。その後、観光に関わる幾つかのベンチャー企業の方々にプレゼンをして頂いた後、休憩を挟んで後半からは日本のオープンデータの引率者として知られている国際大学GLOCOMの庄司さんにmoderatorをお頼みし、様々な方々を交えながらディスカッションなど出来たらと考えています。

2020年の東京オリンピックを控える中、良い意味でも悪い意味でも、観光という分野においてバルセロナは日本の一歩も二歩も先に行っていると思います。そんな「バルセロナの体験している現在」は、「東京の未来の姿」かも知れません。そのバルセロナから一体何が学べるのか、どうすれば東京オリンピックをもっと良くできるのか、また周辺都市の役割は一体何なのか、はたまたそんな中で、ビックデータ・オープンデータはどの様に活用出来るのか?などを考えるキッカケになれば幸いです。

皆さん、宜しくお願いします!
| 仕事 | 15:40 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
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