地中海ブログ

地中海都市バルセロナから日本人というフィルターを通したヨーロッパの社会文化をお送りします。
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ローマ旅行2015その3:サン・ピエトロ大聖堂のバルダッキーノと聖ペテロの司教座(ベルニーニ)
カトリックの総本山、ヴァチカンのサン・ピエトロ大聖堂に行ってきました。



ここに来るといつも思うのですが、とにかくデカイですね(笑)。カタルーニャでは「大きいことはいいことだ」みたいな風潮があるけど、大きさだけでここまで人を圧倒出来るのは、それはそれですごい事だと思います。



外のボリュームもすごいけど、中の空間はもっとすごい!それがこちら:



もう、ココまで来ると想像を絶します。かなり人間離れしたスケールです。そして前方に見えるのが今回お目当てのあれです:



ベルニーニ(Gian Lorenzo Bernini)デザインによる、聖ペテロの墓の上にある主祭壇を覆うブロンズの天蓋「バルダッキーノ(baldachin)」の登場〜。これは大聖堂の交差部に位置し、更にその向こう側に見える「教皇の座」を示すものでもあり、この大聖堂の中心であるばかりでなく、言うなれば全世界のカトリックの中心を指し示しているんだそうです。

そんな神の領域の如くの仕事を請け負っちゃったベルニーニ。しかしそこはさすが天才、きっちりとデザインの力で返答しています。



デザイン的には先ず、高さ29メートルにも及ぶ4本の捩れ柱が直立しているところから始まっています。そのダイナミックさは、近くに寄るとより一層迫力を増します。更にこのモニュメントは人間的スケールを逸脱した大聖堂のドームと我々の身体スケールを繋ぐ役割を果たしているとも思うんですね。この台座がここにあるのと無いのとでは、この空間から我々が受ける感覚は大違い!

そしてこのバルダッキーノを通してあちらに見えるのがこちら:



聖ペテロの司教座です。デザインは勿論我らがベルニーニ。

「楽しみだー」とか思って近寄ろうとしたところ、ミサがあるとの事でバルダッキーノから向こうは信者の皆さんしか通行は許可されないとかなんとか‥‥。な、なんか、6年前に来た時も同じ様な理由で近寄れなかった記憶が‥‥。

まあ、仕様がないので少し遠くから椅子のデザインを眺めていたのですが、このデザインがまた素晴らしいんだな:



金色の部分に注目。多分、太陽の光とか天使の光とかを表しているのだと思うのですが、それらが四角い枠をはみ出してあたかも生き物のように振舞っています。つまり灰色の大理石で出来た、比較的カチッとした四角形の部分を「地」として、その枠から元気よく天使達や光が噴出しているという表現になっているんですね。

このデザインを初めて見たのは前々回、8年前のローマ旅行の時が始めてだったのですが、その時の感動を僕は当時のブログに、こんな風に書いています:

「‥‥僕が行った時は丁度法皇様が何か読んでてそれを信者の人たちが熱心に聞いているという場面。その法王様が居る一番奥の壁面一杯にベルニーニ作の巨大椅子があります。それがすごかった。先ず長方形のような窓枠が地としてありその中に雲か天使か分からないもやもやした黄金の塊が上から積もっていくという構図。この塊が上の方だと窓枠の中に納まっているんだけど、それが徐々に下に行くに従ってはみ出てくる。とても良く力動感というものを表していると思います。

昔、渡辺先生と一緒に「ルネサンスとバロック」と言う本を読んだのですがその時に「ベルフリンはあたかもルネサンスが生き物のように意識を持ってバロックに移り変わっていく様子を生き生きと描いている」とかなんとか言われてたけど、その時は正直言って何?みたいな感じだった。サンカルロアレクワットロ・ フォンターネとか例に挙げられてたけどあまり心には響かなかった。しかし今回のこの法王の椅子を見てベルニーニに対する意識が激変しました。」


そう、これこそ予定調和的ではない旅行の醍醐味なのです。



テレビを通して知っていた知識を確認したり、本には載っていなかった発見をしたりする。何でもいいんです、とにかく自分の頭で考えて自分の五感で感じること、それが重要だと思うわけです。

僕がラッキーだったのは、幸か不幸か、大学であまり勉強をしなかったので(笑)、殆ど何も知らずにヨーロッパに来て、こちらで目にする事と言えば目新しい事ばかり。だから知識よりは感覚が先ずは「経験」として入ってきたんですね。つまりは、日本で言われている詰め込み教育とは全く逆なのです(別にだからと言って詰め込み教育が悪いとは思いませんが)。



だから美術館とか歩いていても、とりあえず見るのは絵それ自体。その絵の構図や色使い、そして僕の感覚に訴える魅力があった時、初めて誰の作品か?をプレートで確認するようにしています。それで損する事(せっかく行ったのに有名な画家の絵を見落とした)なんて日常茶飯事です。だけど、自分の感覚に訴えかけてくるものを自分なりに消化しているので、僕にはその方法が合っていると思っています。 それに有名画家の絵に必ずしも感動しなければいけないなんて事は無いはずです。



今回この椅子を見ていて、ベルフリンが言いたかった事、彼がその不朽の名著において表したかった事が、正に一撃の下に理解出来た、そんな気がしました(気がしただけかもしれませんが(笑))。

これこそ文学や小説には絶対に真似の出来ない、建築や彫刻といったヴィジュアル系芸術の真骨頂なのです。
| 旅行記:建築 | 16:53 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
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