地中海ブログ

地中海都市バルセロナから日本人というフィルターを通したヨーロッパの社会文化をお送りします。
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アルヴァロ・シザの建築:ヴィアナ・ド・カステロ図書館(Viana do Castelo)その1:外部空間(アプローチ)について
一昨日からスペイン最大の港湾都市、ビーゴ(Vigo)に来ています。



この都市に来るのは通算5回目なんだけど、コレと言った観光名所も無いビーゴに何度も来るというのは普通の感覚からするとちょっと珍しいかもしれません。「ビーゴに5回も来るんだったら、もっと他に行く所があるだろ!」みたいな(笑)。



理由は至って簡単で、僕が滞在しているPETIN村から比較的近いということ、ビーゴを拠点としてポルトガルへ気軽に行けるということ、そして何より大きいのが、知り合いのガリシア人(在ビーゴ30年以上)が美味しい海産物をたらふく食べられるバルやレストラン、地元民で溢れ返る穴場スポットなんかを熟知しているということかな。



そんな感じで何度となく来ているビーゴなんだけど、特に去年はエンリック・ミラージェスがデザインしたビーゴ大学をじっくりと見る事が出来て非常に印象深い滞在となりました(地中海ブログ:ガリシア旅行その3:エンリック・ミラージェス(Enric Miralles)の建築、ビーゴ大学(Univeristy of Vigo)その1:ミラージェスの真骨頂、手書きのカーブを存分に用いた名建築)。



ちなみにエンリック・ミラージェスはアルヴァロ・シザと並んで僕が最も尊敬する建築家であることから、当ブログではことある毎に取り上げてきています(地中海ブログ:エンリック・ミラージェス(Enric Miralles)の建築:バラニャ市民会館(Centro Civico de Hostalets de Balenya):内部空間編、地中海ブログ:エンリック・ミラージェス(Enric Miralles)の建築その3:バラニャ市民会館(Centro Civico de Hostalets de Balenya)に見る建築の質:実際に建築を訪れる事の大切さ)。

さて、ここ何年かは「ガリシアに来たらちょっと足を伸ばしてポルトに行く」というポルトガル旅行が恒例になってるんだけど、今年はちょっと趣向を変えて、ビーゴから車で南に1時間ほど行った所にある小さな町、ヴィアナ・ド・カストロ(Viana do Castelo)に行ってきました。



緑豊かなミーリョ地方、その中でもリマ川が大西洋に注ぐ港町であるヴィアナ・ド・カストロは非常に美しい町と知られ、(知人によると)「リマの女王」と呼ばれているのだとか。しかしそのこと以上にこの小さな町が我々建築家を惹き付ける理由、それはこの地にアルヴァロ・シザが建てた図書館があるからなんですね。



(上述した様に)アルヴァロ・シザについては個人的に大変興味深い建築家だと思っているので、当ブログではことある毎に言及してきました(地中海ブログ:アルヴァロ・シザ(Alvaro Siza)のインタビュー記事:シザ建築の特徴は一体何処からきたのか?、地中海ブログ:ガリシア旅行その7:アルヴァロ・シザの建築:ポルト大学建築学部:外内部空間に展開する遠近法的空間と、その物語について、地中海ブログ:ガリシア旅行その8:アルヴァロ・シザの建築:セラルヴェス現代美術館(Museu de Arte Contemporanes, Fundacao de Serralves):人間の想像力/創造力とは、地中海ブログ:アルヴァロ・シザの建築:マルコ・デ・カナヴェーゼス教会の知られざる地下空間:真っ白な空間と真っ黒な空間、地中海ブログ:ガリシア旅行その6:アルヴァロ・シザの建築:ガリシア美術センター(Centro Gallego de Arte Contemporaneo):複雑な空間構成の中に隠された驚く程シンプルな原理、地中海ブログ:アルヴァロ・シザの建築:アヴェイロ大学図書館(Biblioteca Universidade de Aveiro))。



シザ建築の特徴、それは写真では絶対に捉える事が出来ない空間の質です。だから僕はシザの建築を語る時は書籍の情報にはなるべく頼らず、実際に訪れてから語る事にしています。シザの建築ほど現地に来ないと分からない建築は無いと思うし、彼の空間を実際に体験しない事には本質を見誤ると思うからです。



ヴィアナ・ド・カストロ市の目抜き通りがリマ川とぶつかる、その最高の場所に今回目指すべき建築は佇んでいます。しかも大変贅沢な事に、ポルトガルが世界に誇る3巨匠の作品が一堂に会しているんですね。



先ず一番手前にある真っ黒なダクト(?)がむき出しになっているのが、最近プリツカー賞を受賞してノリにのってる建築家ソウト・デ・モウラの作品です(ソウト・デ・モウラについてはこちら:地中海ブログ:エドゥアルド・ソウト・デ・モウラの建築:ポウザーダ・サンタ・マリア・ド・ボウロ(Pousada de Santa Maria do Bouro)その2:必要なくなった建築を壊すのではなく、修復してもう一度蘇らせるという選択肢、地中海ブログ:エドゥアルド・ソウト・デ・モウラの建築:ブラガ市立サッカー競技場(Estadio Municipal de Braga))。その真横に位置しているのがポルトガルの丹下健三こと、フェルナンド・タヴォラの作品:



ポルトガルの近代建築を語る上で欠かせない存在であり、アルヴァロ・シザの師でもあるフェルナンド・タヴォラについては日本では殆ど知られていません。しかしですね、彼の建築には見るべき所、学ぶべき所が非常に多く、ポルトガルに来たら絶対に見るべき建築に数え上げられる事は間違い無いと思います。

そしてその真横に鎮座しているのが今回目指すべき建築、アルヴァロ・シザによるヴィアナ・ド・カストロ図書館です:



真っ青な空に美しく映える真っ白なコンクリート、そしてそこに施された恐ろしく控えめなデザインが大変静かな表情を創り出しています。



なにかしら特別な事をするのではなく、「これだ、これだ!」と自己主張する訳でもない‥‥。一見普通なんだけど、よーく見ると何処か違うという「差異化」=静のデザイン(地中海ブログ:歩いても、歩いても(是枝裕和監督):伝統と革新、慣習と感情の間で:リアリズムを通して鑑賞者の眼が問われています)。そんなこの建築のデザインに決定的な影響を与えているのが、隣にあるタヴォラの作品との対話なんですね:



ちょっと調べてみたところ、タヴォラの作品の方が若干早く完成しているので、教え子であるシザの方が「師の作品に敬意を払いつつデザインを合わせた」と、そう見る事も出来るかと思います。



で、僕にとって大変興味深く且つ大変重要な事に、ここにはシザ建築の特徴の1つである「パースペクティブの付いた空間」が「かなり控え目に」実現されていると思うんですね。



そう、この「控え目に」というのがこの建築の1つのキーワードかなと思います。と言うのもこの建築にはかつてシザがガリシア美術センターで見せた様な「強調された軸線によるパースペクティブ」も見られなければ、ポルト大学で用いたスロープの手前側と向こう側で幅員を操作する事による「パースの強調」も見られないからです。



そうではなく、この図書館ではヴィアナ・ド・カストロ市のシンボルである山頂の教会に向かって消失点が引かれるかの様に、真横にあるタヴォラの建築の軒先に合わせて真っ白な四角形を「ポン」と置いただけに見えるのです。先ずはこの点を抑えておく必要があるかと思います。



そんな事を思いつつ水際沿いを歩いて行ってみます。四角いボリュームがガクンと一段下がった向こう側には、同じくらいの面積を伴った緑の空間が取られています。



時々あっちの方に見える緑色の鉄橋を渡っていく黄色い電車、そして真っ青な海と空の対比が素晴らしい。‥‥とか思ってたら、緑の公園の向こう側に何やら口を開いた様なコンクリートの塊が見える‥‥。そして地面には緑の中を掻き分けるかの様な道筋が‥‥。



そうなんです!僕はココへ来てようやく気が付く事が出来たのですが、この建築の真のアプローチ、それは(上で見た)タヴォラの建築の真横にある四角い箱(この建築の本体)なのではなく、そこから海沿いに少し歩いたこの地点だったんですね!



と言うか、シザはこの建築を訪れる人達に、直ぐに図書館に入るのではなく、この建築の周りをぐるぐると歩いて欲しかったのだと思います。

何故か?

それは大自然の美しさと雄大さ、そしてそれに対する人間の創造力/想像力の結晶としての「建築」との対比を見てもらう為だと思います。



手法は全く違いますが、ルイス・カーンも同じ様な事を試みていました(地中海ブログ:ルイス・カーンのフィリップ・エクセター・アカデミー図書館(Phillips Exeter Academy Library):もの凄いものを見てしまったパート2:全く同じファサードが4つデザインされた深い理由)。そしてここからがシザ建築の真骨頂の始まりです:



上の写真を見てください。普通に見ればこの空間には、向こう側に佇んでいる真ん中に穴の開いた四角い箱と、そこへ続く道があるだけなんだけど、ここには今日までアルヴァロ・シザという建築家が蓄積してきた建築言語が「これでもか!」と詰まっているんですね。



向こう側に見える真っ白な四角い箱の天井部分に光が反射し、あたかもこの建築を訪れる人達に「おいで、おいで」と言っているかの様ですらあります。



これはアプローチ方向向かって右手側に四角い塊を置き、天井との間にスリットを入れて光を導き入れ、そこからの光を一度その上方に反射させ、更にその反射光をもう一度天井に反射させる事によって実現している光なのです。



これはシザがセラルヴェス現代美術館のアプローチで奇跡の空間を実現したデザイン言語です。セラルヴェス美術館の場合は、ちょっとした料金所でアプローチ空間の一部を狭めておき、その後ろにオーディトリアムという大きな塊を置く事によって、それら真っ白な大きな壁に反射した光を天井に映し込んでいました:



また細かい事を言っちゃうと、躯体全体を白いコンクリートで覆ってしまうのではなく、薄いブルーの腰壁を立ち上げつつ白い壁と自然に連続させる事によって、あたかも地面から生えてきたかの様な表現に成功しています。これはシザがポルト大学の外構をデザインする際に開発したデザイン言語でもあります。



天井に映り込んでいる「奇跡の光」に導かれる様に向こう側へ行こうと思うんだけど、ここにもシザ特有の「デザインによる仕掛け」が我々を待ち構えています。我々を導いてくれる石畳が入り口に向かって一直線に敷かれているのではなく、ジグザグになっているんですね。細かくてナカナカ気が付かないんだけど、こういうちょっとしたデザインの積み重ねこそが、この建築に対する我々の印象を決定付けているのです。

さて、言われるがままに歩を進めていくと一度正面の壁にぶち当たり、もう一度進行方向を変えさせられてから(左手に90度折れ曲がる)、開口を通してあちら側に視線が抜ける様になっています。いま通って来た道を振り返ると、ここまでのアプローチ空間がどうなっているのかが良く分かるかと思います:



ほらね、何度もカクンカクンって折れてるでしょ?これって元々日本のお家芸だったんですよねー。例えばコチラ:



今年の日本滞在時、京都に寄った際に見て来た村野藤吾の佳水園のアプローチ空間です。門へと至る石の置き方、門を潜ってから右手側の滝をチラチラ見せておいてからの圧倒的な中庭空間への繋ぎ方。そしてそこから振り返り様に設えられているエントランス‥‥。あー、また脱線してしまった‥‥。この建築の詳しいお話はまた今度。



さて、ここまで書いてくればもう大凡の見当は付いているかとは思うんだけど、この小さな四角い塊はこの建築に展開している物語の「始まりの要素」であり、この建築に流れている「起承転結」における「起」を担う大変重要な要素となっているのです。そしてこのエントランスを潜った所に展開する風景がコチラです:



建物と壁に遮られて全く見えなかった向こう側の風景。逆に言うと、この長―い壁が、先程まで見ていた緑や水際を含む「自然界の風景」を断ち切っているかの様に存在しているんですね。



そう、シザはここでわざと自然界の風景を見せない様にしているのです。更に言うなら、この壁は目的地(建築本体)に辿り着くまでに段階的に高くなっていき、それがあたかも、訪問者の高揚する心を表しているかの様ですらあります。



そんな事を思いながら歩を進めて行くと、左手方向に「パッ」と視界が開ける場所に辿り着きます:



四角形に切り取られたコンクリの隙間からは、真っ青な海と空がチラチラ見え隠れしています。そう、ここには「自然界の緑」、「海の濃い青」、「真っ青な空」、そしてそれに対抗するかの様な「真っ白な人工物」が並列に置かれているのです。そしてここに注目:



この図書館への入り口が今来た進行方向とは全くの反対方向、つまり振り向き様に設えられているのです(地中海ブログ:パリ旅行その6:大小2つの螺旋状空間が展開する見事な住宅建築:サヴォワ邸(Villa Savoye, Le Corbusier)その1:全体の空間構成について)。



お解りでしょうか?シザはタヴォラの建築との間に創った中庭から最短距離で訪問者を迎え入れるのではなく、わざわざ遠回りをさせながらも自然物と人工物を交互に見せつつ、最終的に訪問者をこの建築に迎え入れるという大変厄介な事をしているのです。



これは建築という創造物を用いた「自然」のドラマチッックな見せ方を通した人間の創造力/想像力の結晶でもあるのです。

アルヴァロ・シザの建築:ヴィアナ・ド・カステロ図書館(Viena do Castelo)その1:内部空間編に続く。
| 旅行記:建築 | 18:50 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
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