地中海ブログ

地中海都市バルセロナから日本人というフィルターを通したヨーロッパの社会文化をお送りします。
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MITの学部合格発表は円周率に因んで毎年3月14日となっています:アイビーリーグ受験を横目で見ていて思った事
ボストンからバルセロナに帰ってきて早くも1週間が経ってしまいました。最初の一週間は、クロワッサンや海産物、生ハムやワインなど「ボストンではなかなか食べられなかった美味しいものをたらふく楽しむぞ!」と決めていたのですが、帰ってきた途端に酷い風邪に見舞われてしまい、この一週間は殆ど外出する事もままならず‥‥(悲)。



それでも唯一の救いだったのは、空港に着いたその足で、スーツケース2つを抱えながらバルセロナ市内でも最高のクロワッサンを出すカフェEscribaへ直行した事かな。6ヶ月ぶりに味わうクロワッサンとコーヒーはやっぱり最高でした。



もう1つ因みに、今週ももクロの新曲MVが発表され話題になってるんだけど、さっき少しだけ見た僕のファースト・インプレッションは「打つ手が早いなー」と言う所でしょうか。詳しくは次回以降のエントリで書こうと思ってるんだけど、エヴァンゲリオンを彷彿とさせる今回のMVでは、ももクロが現在抱えている悩み、そして今後の方向性みたいなものが表現されていると思います。

こういう時はキーワードで切っていくと分かり易いと思うんだけど、今回のツアーのタイトルは5TH DIMENSION。つまり5次元。5次元とは時間軸を持った4次元を超えた所にある「時間からはフリーになった次元」という事。そして今回公開された新曲MVの後半のハイライトである、「ももクロのメンバー全員の顔が仮面で覆われていて、アイドルのMVとしては珍しく顔が全く見えないという構成」がもう1つのキーワードとして挙げられるかなと思います。つまり、アイドルの象徴=顔が見えなくなっても=私達が成長しても(時間からはフリー)‥‥応援してくれますか?‥‥みたいな。



さて、今日は3月14日。日本ではホワイトデーと言う事で盛り上がってると思うんだけど、何を隠そう毎年3月14日はMITの学部の合格発表の日となっているんですね。



聞く所によると、ハーバード大学やコロンビア大学など他のアイビーリーグの合格発表は4月1日(エイプリルフール)らしいんだけど、MITだけは昔から3月14日になっているのだとか。

何故か?

何故なら3月14日は円周率(3.14)だからそれに因んでという全くオタッキーな理由かららしい(笑)。←これ聞いた時、かなり吹きました。



僕がこの事実を知ったのは全くの偶然でした。

去年の10月くらいの事、ひょんな事から仲良くなってしまったA君っていうアメリカ人がいたんだけど、その彼が今年大学受験するという事で、その一部始終を横目でチラチラと見ていたら、アイビーリーグ校受験に関して全く思いもよらなかった事実が段々と浮かび上がってきたという訳なんです。



先ずアメリカの大学の(非公式な)ビジネスモデルについて少し記しておいた方が良いと思うんだけど、僕が見る所によると、アメリカの私立大学では意図的に裕福な家庭の子をある程度優先的に入学させたり、時には多額の寄付金(もしくは両親が経営している企業からの研究資金提供など)と引き換えに子息の入学を許可するという様な風潮や傾向が見受けられます。これは勿論、大学側に問い合わせたって「公式見解」としては出て来ないと思うんだけど、ボストンもしくはアメリカでは誰でも知ってる「常識」だと思います。



その様な所から多額の寄付金を貰っておいて、そのお金を世界中からアプライしてくる「優秀なんだけどお金が無くて入学金が払えない学生達に奨学金として与える」という循環が行われているんですね。ちなみにアイビーリーグの大学の授業料は一年間で400万円くらいですから、普通の一般家庭のお子さん達ではなかなか支払う事が出来ない金額となっています。逆に言えば、「これくらいのお金を用意出来ないんだったら来なくていいよ」という足切りが既に働いていると言う事なんです。そういう金銭的な基準を設ける一方で、大学側も競争力を保つ為には世界トップクラスの学生達を確保する必要がある。そこで考え出されたのが、このビジネスモデルという訳なんです。

では、アメリカの大学はその様な優秀な学生をどうやって見分けるのか?つまり受験のシステムは一体どうなっているのか?

これが今日のテーマなんだけど、僕が驚いたのは以下の3点。

先ず第一点目に、アメリカの大学の入学試験というと「エッセイを書かなければならない」というのが有名だと思うんだけど、どうやらこれって受験の為に1本書けばいいっていうものじゃなくて、高校3年間を通して定期的に書いてきたエッセイ全てが審査対象になるらしいです。勿論最後のエッセイが占める比重が大きい事に変わりはないとは思うんだけど、最終的な評価は全体で、という事らしい。



2点目は入学希望者に面接が科せられると言う事。で、この面接がちょっと凄くって、と言うのも、面接って言っても10分や15分程度のものじゃなくて、2−3時間は当たり前、更に教授と一対一のガチ面接らしい。(基本的には30分がミニマムらしいんだけど、話してると大体2時間3時間くらいになるそうです)。

面接官はその大学の教授だったり、卒業生だったりとその大学に縁のある人が学校や会社、もしくはカフェなどで面接をするらしいんだけど、世間話に始まり、志望動機やちょっとした問題を吹っかけられたりと、とにかく様々な事を通して人間性を試されるんだとか。で、「凄いな!」と思うのは、大学の教授クラスの人達と、18歳の高校生が2時間も会話を持たせられるという事実。これは多分、「議論する力、会話する力」を見ているのかな?と思います。下記に記す通り、何を隠そうMITは(意外にも)理工系以外の部分、特にコミュニケーション能力の教育に異常な程の情熱を注いでいますから。



そして3点目、アメリカの大学受験というのは受験生の個人戦ではなく家族総出の団体戦だと言う点です。それこそ両親のコネやらなんやらを総動員して、子供を何とかアイビーリーグに入れようという、その情熱はちょっと凄いと思う。

例えば僕の知り合いの場合、MITに入る前から「MITに在籍」という既成事実を作っておいたり(そうする為には受験生自身の実力に加え、ご両親のコネが圧倒的に重要)、更にご両親が何度もMITを訪問し、時には講演会をして自分達の存在をアピールしたりと、正に様々な角度から攻めていくその姿には感動すら覚えました。



世界中から優秀な学生を集めようという積極的な姿勢、そして彼らを確保する為の資金を集めようという直向きさ、更にはそうする事によって大学の質やブランドを確保しようというそのどん欲さ。それら1つ1つの事が絡み合いながら、MITやハーバード大學などといった大学は、正に世界のトップに君臨し、その座を守り続けているのかなー?と、そんな事を思っちゃいました。

追記:

池上彰さんがボストンに大学の視察に来られたらしいんだけど、その中でMITがライティング能力とプレゼンテーション能力の教育に非常に力を入れているという所に驚かれていました。

その点は僕も実際に体験して非常に驚いた点だったんだけど、MITにはライティングセンターなる部門があって、ここには随時何人ものライティングとプレゼンテーションの専門家が駐在し、MIT関連の人なら誰でも(学部生、大学院生、研究員、教授、職員他)一週間に一回(1時間)予約を入れて相談に行く事が出来ます。

どんな事が相談出来るかと言うと、例えばライティングだったら、授業で出された宿題のレポートの作成から国際雑誌に投稿する学術論文まで、ありとあらゆる段階の、ありとあらゆる指導をしてくれるんですね。ちなみに僕も毎週1回づつこのライティングセンターにお世話になってて、論文の構成から英文のチェックまでしてもらっていました。

もう1つ因みに、池上さん、MITとハーバード大學だけでなくウェルズリー大学にも視察に行かれたと伺って、「さすが出来る男は違う!」とうなりましたね(地中海ブログ:全米で最も美しい大学ランキング・ベスト10にランクインしているボストン郊外にある超名門女子大、ウェルズリー大学について)。もしかしてMITから出てるピーターパンバス、通称「ネバーランドに連れてってくれるバス」に乗って行かれたのかなー?とか想像して、ちょっと笑った。
| 大学・研究 | 09:19 | comments(1) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
コメント
おはようございます。
を書いていだだき、誠にありがとうございました。
ボストンでは、お疲れ様でした。素晴らしい日々、想いを拝読させていただきました。
人間は、記憶を覚える前に忘れる事を、まず先に覚えたと聞いた事がありました。忘れるという事は、脳にも、精神にも
重要な事ですね。
以前、直木賞作家の天童氏の「悼む人」を読みました。忘れたくない、忘れない
ためには、どうすべきか。ブログを拝読させていただき、思い返しました。
偶然とタイミングは、大切だと思っております。愛をよむ人を鑑賞し、ブログに
辿り着き、コメントを書かせていただいたのです。書かせていただくか正直悩みました。私のような知識も教養もないものが、書くのはいかがなものかと(笑)
ですが、私は、恥より経験をとりました
(笑)
愛をよむ人の記事で、丁寧、真摯にコメントに返信されていた人柄、ブログに惹かれました。
愛をよむ人の感想ですが、共通、共感出来る部分も幾つもありました。
私の考えでは、ハンナは、様々な障害と書くと語弊がありますが、先天的な障害ではなく、後天性…環境による障害に近い
かと思っておりました。まず、学校教育を受けず、知的、生活、コミュニケーション能力が、低い、低すぎると思っております。が、環境の問題であり、先天的には問題なく、教育を受けていれば、高い能力があったのではないかと思っております。日本の小学生…低学年、中学年
位かと。言葉、読字力、読解力、語彙力のなさから、記憶、イメージ力の乏しさ。日本では、小学校入学前から、集団生活をし、教育を受けています。命の尊重、自身を守る術、生きる術を習得していきます。コミュニケーション能力もです。ハンナには、それが無かった。子供達は、知識と経験から、自信と意欲、夢、
目標、友達、プライドを学びます。ハンナには、文盲を隠すプライドしか無かった。
思考力、イメージ力も、隠す、逃げるしかなく、選択肢も選択能力も無かったと
思いました。
あっ、感想ではなくなってしまい、申し訳ございません。
長文になりましたので、この辺りで。

たくさんの人、時間、幸せを感謝する事を忘れがちになっておりました。
ブログを拝読させていただき、気づきました。
誠にありがとうございました。
充実した日々とご健康をお祈り申し上げます。
| りょう | 2013/03/18 9:50 PM |
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