地中海ブログ

地中海都市バルセロナから日本人というフィルターを通したヨーロッパの社会文化をお送りします。
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ももクロの「さらば、愛しき悲しみたちよ」のPVを見て思った事
前々回のエントリで書いた様に、年越しはボストンで仲良くなった友達の家で無茶苦茶美味しいおせち料理を御馳走になりながら紅白なんかを見て盛り上がっていたのですが(地中海ブログ:新年あけましておめでとうございます2013:Feliz Año NuevoとFeliz Ano Nuevoの違い)、その時に偶然にも今年話題のこの人達の映像を初めて見る機会に恵まれました:

 

そう、今年大ブレークした、ももいろクローバーZの映像です。僕の周りでも「追っかけするほど大好き!」っていう人が何人かいるのですが、僕自身は今まで一度も彼女達の曲を聴いた事も無ければ見た事も無く、多分僕一人だったらこのまま見る機会も無いまま‥‥っていう感じだったと思います。

余談なんだけど、実はこれがネットの非常に恐ろしい所で、無限の選択肢と無限の自由が与えられているという事は、自分の好きなものだけを見続ける事が可能という事であり、結果として「予期せぬ偶然の出逢い」という可能性を排除している事に等しいんですね。これこそキャス・サンスティーンが警告したサイバーカスケードという現象です(地中海ブログ:一瞬ヒヤッとした事)。

ももクロに話を戻すと、彼女達が歌った一曲目を聞いていて何故かとても不思議な感覚、そう、とても懐かしい感覚に襲われました。最初の内は「それが一体何なのか?」という事が全く分からなかったんだけど、家に帰ってちょっと調べたら、どうやらこの曲は布袋寅泰が作曲と編曲を担当したらしいという事が判明(そんな事は多分みんな知ってると思うんだけど、僕は全く知らなかった!)。「ほー、そうなの?」とか思いながら、もうちょっと調べたら、こんなページを発見:

 

ふむふむ、どうやら年末に行われた紅白のステージでは、彼女達の演出に「隠されたメッセージ」が込められていたとの事。記事を読む限り、ももいろクローバーというのは昔は6人グループだったらしく、だいぶ前に抜けたそのメンバーに向かって床を青く光らせたり、胸についてる飾りを光らせたりしてメッセージを発していたという事らしいです(上の動画で2分50秒くらいの所)。

「ほう、ももクロとはそんな事をやるグループなのか」‥‥と、そう思ってしまったら最後!色んなものが色んな所からの引用に見えてきて、彼女達の胸に付いてる「光る目」がサルバドール・ダリの作品(地中海ブログ:知られざる美術館、ダリ宝石美術館:動く心臓の宝石はダリの傑作だと思う)にしか見えなくなってきた(笑)。



まあ、そんな事は絶対無いとは思うんだけど(笑)、「そういう深読みをさせる」という文脈を創り出している所が結構重要かなとは思います(あとで聞いた所によると、目だと思っていたこの飾りは、実は地球だったのだとか)。

そんな事も手伝って、帰ってから「さらば、愛しき悲しみたちよ」のPVを見たら、これが結構面白くって、その創り方やデザインなどについてちょっと思う所があったので「少しだけ書いてみようかな」という気になったと言う訳なんです。

注意:以下に書く事はあくまでも僕個人の見解であって、今現在まで、ももいろクローバーZを全く知らなかった建築家が勝手に想像を膨らませて書いているだけです。「まあ、こんな見方もあるか」くらいに思って頂ければ幸いです。

このエントリの元原稿は、初めてももクロの映像を見た直後(数時間の内)にドバッと書いたものが下地になっています。それから今日まで約3週間、ネットで情報収集をするにつけ、彼女達のパフォーマンスの多くはプロレスからヒントを得ているという事や、彼女達の楽曲の多くはヒャダインが手掛けていて、実はそちらの方がメインストリームであり、そちらの方にこそ「ももクロ」と言うグループの特徴が良く見えるという事など、色んな事が分かってきました。

それらの背景が分かってくるにつけ、「今回書いた記事はちょっとズレてる所があるのかな?」と思う様になり、手直しをしたり、はたまた公開するのを辞めようかとも思ったのですが、まあこれはこれで「初めてももクロの映像を見た時の衝撃」、「何も知らないが故に書ける文章」と言った新鮮な部分が垣間見えて、1つの記録として残しておくのも悪くないと思い、記事の公開に踏み切ったという経緯があります。

この記事の元原稿を書き上げた時点で、この夏までMITに滞在されていた慶応大学SFCの深見嘉明さんに大変貴重なアドバイスを頂きました。どうもありがとうございました。今度是非、Bigelowハウス(地中海ブログ:
ボストン美術館に再現されているカタルーニャ・ロマネスク教会)に遊びに来てください!

 

さて、先ずはこの歌の主題から。 題名が「さらば、愛しき悲しみたちよ」とある事から、誰か(主体)が「悲しみたち」に「サヨウナラしている」という場面である事が想像出来ます。昔、齋藤由貴が歌ってた「めぞん一刻」の主題歌「悲しみよこんにちは」とは逆方向を向いてますね‥‥と、ここで補助線を引いておく。

 

で、「さらば、愛しき悲しみたちよ」の歌詞をもうちょっと見てみると、至る所に2項対立が鏤められている事に気が付きます。(行くの/行かないの?、言いなよ/言えない‥‥みたいな)。

この様な2項対立が出てくると言う事は、目的を実行するにあたって、何かしらの躊躇をしている、そしてそれを乗り越えて行く事で歌詞の中の物語が展開している‥‥と歌詞の中に流れる物語の内容を推測する事が出来ます。実際にPVを見ると明らかな様に、それらの対立が「善と悪」、「天国と地獄」、「白と黒」といった対で表され、曲の前半は心の中の葛藤が、後半はその葛藤を乗り越えた所にある天国の様子が描かれている事に気が付きますね。しかもその天国はどうやら夢を媒介にして辿り着く場所らしい:

「そしてどこまでも続く夢を見た。天使が舞い降りてきた」

夢と言えば当然の如く夢判断のフロイトなんだけど、まあ、葛藤した挙げ句、夢の世界で何かを得て、そして現実に戻ってきて目的を達成した、パチパチパチみたいな感じなのかな‥‥と。

 

で、ここまで書いてきて分かる人にはもう分かったと思うのですが、この歌の主題、それはズバリ「自分探しの旅」です。つまりはオデュッセイア以降、文学や詩、そして映画に至るまで様々なジャンルで散々語り尽くされてきた主題、それが今回の曲のテーマとなっているという訳なんです(地中海ブログ:映画:愛を読む人(The Reader):恥と罪悪感、感情と公平さについて)。

もう少し注意深く読み込んでみると、「愛しき悲しみたち」とは、昨日=「過去の何ものかである」という事が分かってきます。何故なら、歌詞の中に出てくる:

「さらば、昨日を脱ぎ捨てて」

と言う箇所が「さらば、愛しき悲しみたち」に対応しているからです。つまり、彼女達は「その様な過去を乗り越える事」が目的であり、その様な過去に「さらば!」と言い切る事によって、ももクロというグループがもう一段階成長する(=振り返るな、我らの世界はまだ始まったばかりだ)‥‥という物語が暗示されてる訳ですよ!

‥‥主題が自分探し、過去との決別、それを踏み台にしての成長を描いている‥‥という事は、その分析をしようとすると、当然その当事者達(ももクロ)がこれまで歩んできた人生、もしくはそのバックグラウンドに大きく影響される事になる為、ももクロの事を全く知らない僕にはこれ以上の読解は不可能という事に‥‥。という訳で、この線はここでボツ(笑)。

 

で、ここからは、もう一点大変気になる事があったので、そっちの方を攻めていきたいと思います。その鍵となるのが、僕が彼女達の映像を初めて見た時に感じた印象、「懐かしい」という点です。この問いはこう言い換える事が出来ます:

「何故僕は彼女達の歌に懐かしさを感じるのか?」

‥‥と。何度も繰り返す様に、僕はこの「ももクロ」というグループをサッパリ知らなかったので、曲を聴く前は「元気の良い女の子達のグループ」というくらいの認識しかありませんでした。ところがですよ、曲が始まってみたら、かなりのロック調!しかもカッコイイ!率直に言って、先ずはそのミスマッチにかなりビックリしたかな。齋藤環さんの「戦闘美少女の精神分析」を持ち出すまでもなく、日本人というのは昔から可愛い女の子が戦闘したり、マシンガンを持ったりっていうのが大好きなので、この手のジャンルは伝統的と言えば伝統的なんですけどね(例えば薬師丸ひろ子のセーラー服と機関銃)。

 

ちなみに闘う美少女のもう1つの代表作、スケバン刑事II少女鉄仮面伝説の第一話を(この間偶々)見ててビックリしたんだけど、南野陽子が登場する場面がちょっと凄いんですね。初代スケバン刑事(斉藤由貴)の後釜を捜していた西脇(蟹江敬三演ずる闇警察)が見つけてきた逸材、それが南野陽子扮する五代陽子(後の2代目スケバン刑事、麻宮サキ)なんだけど、彼女の事を闇指令にビデオで紹介する時の台詞がコチラです(下の動画で2分くらいの所):

 
TV「スケバン刑事 2 少女鉄化面伝説」 第1話「登場!謎のスケバン鉄仮面... por dekamagi30

西脇:「実は一人、面白い人物がいるんですが‥‥」
幹部:「ん?見せてみろ‥‥(ビデオを見て)な、なんだこれは!」
西脇:「五代陽子‥‥またの名をスケバン鉄仮面‥‥身長160センチ、体重49キロ、バスト80センチ、ウエスト56センチ、ヒップ82センチ‥‥」


あ、あれ、スケバン刑事になるのにスリーサイズとか関係無くないですか?(笑)。こういうのをサラッと何の問題も無くやっている、これだから昔のドラマは面白い!

で、このももクロの「さらば‥‥」を聞いた時、僕が一番最初に思ったのが、この「闘う美少女」とでも言うかの様な組み合わせのズレ、その中でも僕の目を惹いたのが天使の表象とも言える小さな女の子を場面の切り返しに用いている場面です(上の方の動画で1分15秒くらいの所)。実はこの手法も昔から良くやられていて、古くはこちら:

 

エルガイムのオープニング。1:02秒くらいの所から、ロボットと女の子(妖精)の切り返しが使われています。又、この曲を作曲した布袋自身のPVでも使われています(動画を探したけど無かった)。ベビベビベイビベイビベイビベイビベイベーのあれです(笑)(他にも探せばもっと出てくると思う)。

 

ちなみに彼女達の8thシングル、「Z女の戦争」が「闘う美少女」っていうテーマを真っ正面から取り扱ってるんだけど、非常に面白事に、この曲「リンリンリリン〜」で始まってる。勿論フィンガーファイブ。しかもその後は、ヤッターマン宜しくの「ワンワンワン」とか言ってるし(笑)。

「あー、何か懐かしいなー」とか思いながら見ていたら、今度はオナペッツが登場(上の方の動画で30秒くらいの所)。

 

オナペッツとは90年代初頭にテレビやCMで一世を風靡した伝説のドラッグクィーンなんだけど、このキャラも懐かし過ぎる!(実は後から教えてもらったのですが、どうやらこのピーナッツ頭の元ネタはオナペッツではなく、コーンヘッズとかマーズアタックらしいです)。もうちょっと言っちゃうと、歌詞の中で出てくる:

「見ざる、言わざる、聞かざるでござる」

とは、まあ、誰でも分かる様に「バザールでござーる」ですよね。これが世に出たのが1991年。それが今回の歌詞にも登場する。



さて、ここまで書いてきて一体何が言いたいのか?

つまりは、これら懐かしい香りのするフレーズや映像、そしてBOOWY世代には溜まらない布袋のロックなどを総動員する事によって、当時中学生、高校生、更には大学生だった世代に郷愁を与え、その懐かしさによって取り合えず、彼ら/彼女達の気を引こう、あわよくば取り込んでしまおうという戦略が垣間見える訳ですよ。そう考えると、この曲の題名の「さらば、愛しき悲しみたちよ」とは、(上述した「めぞん一刻」の主題歌)「悲しみよ、こんにちは」に対応しているのかもしれない‥‥とすら思えてくるから不思議です:

 

バブル全盛期の80年代に歌われた「悲しみよこんにちは」において、斉藤由貴は「悲しみ」に対して「こんにちは」と言ってるだけなんだけど、ももクロの場合は、躊躇し、悩み、苦しみ、そしてそれらを乗り越えた所で初めて「悲しみにサラバする事が出来ている」‥‥。つまり、2000年代を生きる女の子達は80年代の様に単純ではないんだぞ、と。

そしてそして、何より「上手いな」と思うのは、ももクロというグループの周りに展開する物語(ストーリー)、ありとあらゆる事象を巻き込みながら、見ている人にこの様な深読みを誘発させる構造を可能としている所だと思います(つまりエヴァンゲリオンと同じ)。

だから多分、僕がここで展開してきた論は全くの検討ハズレであって、あっち側からしたら「しめしめ、まんまと引っ掛かりやがって」って感じなのかも知れません。いや、きっとそうだと思います。その様な戦略がチラチラ見え隠れしている所、知らず知らずの内にその様な戦略に乗らされてしまう所、そこにこそこの「ももクロ」というアイドルの真骨頂があるのかなーと、いつも行くボストン/ケンブリッジにあるカフェでクロワッサンを食べながら思ってしまいました。
| サブカル | 12:44 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
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