地中海ブログ

地中海都市バルセロナから日本人というフィルターを通したヨーロッパの社会文化をお送りします。
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フランク・ゲーリーの建築:MITのスタタ・センター(Stata Center)
ボストン(ケンブリッジ)2週間目の今週も、あっという間に時間だけが過ぎていき、気が付いてみればもう週末!週始めのボストンは気温が急に下がり始め、厚めのトレーナーが必要なくらいだったのに、後半は一転して気温がぐんぐん上がり始め、昼間なんてそれこそ半袖で十分なくらいの夏日が続いていたんですね。聞く所によると、今頃から冬にかけて、気温が上がったり下がったりしながら本格的な冬に突入していくらしい。



今週火曜日は9月11日だったので、「アメリカでは何かしらの動きがあるのかな?」と思いきや、驚くほど何も無く、それはそれでちょっと肩透かしを食らった感じでした。



その一方で、日本でも大々的に報じられている様に、バルセロナを中心とするカタルーニャ州では大規模なデモが行われ、「独立への気運が高まっている」と各種メディアは伝えています(カタルーニャ州にとって9月11日がどんな日であるか?についてはコチラ:地中海ブログ:もう一つの9月11日:カタルーニャの場合:グローバルの中に息づくローカリティ)。スペインの新聞によると、今回のデモに参加した人は中央政府の発表で60万人、警察の発表だと150万人にも及んだのだとか。もし明日、「独立か否か」の国民投票が行われたら、「独立に投票する」と答える人が過半数を超えるっていうデータも出てるし、カタルーニャ州政府大統領もかなり意気込んでるみたいなんだけど‥‥うーん、もし本当にスペイン政府が「独立しても良いよ」って言ったら、困るのはカタルーニャの方だと思うんだけどなー。



歴史的に見て、確かにカタルーニャ州には独立するだけの理由があると思うし、税金が必要以上に搾取されてっるって事も確かだとは思うんだけど、その事と、本当に独立するのか?って言う事は分けて考えた方が良いと思います(地中海ブログ:スペインの民主主義始まって以来の歴史的なデモ:新カタルーニャ自治憲章案に関して)。だいたい、「独立、独立」って叫んでる大部分のカタラン人達は、「独立」って言う言葉に振り回されてるだけであって、「具体的にどうやって独立するのか?」もしくは「その後、一体どういう事が起こるのか?」って事を全く考えて無いっぽい(苦笑)。本当に独立とかになったら、それはそれで困ると思うし、カタラン人達にとっては不幸だとも思いますよ。

まあ、この話をしだすと長くなるので、又別の機会に。

さて、今日はMITのキャンパスの中でも最も目立つ建物の1つ、スタタ・センター(Stata Center)に行ってきました。



この建築をデザインしたのは泣く子も黙る建築界のスーパースター、フランク・ゲーリー。



中に入っているのはコンピュータ・サイエンス学部と人工知能学部だと聞いてたんだけど、たった今検索してみたら、どうやら言語学部もStata Centerの中に入ってて、チョムスキーのオフィスもそこにあるらしい。な、何―!そうなのかー!聞いてないよ〜。彼がいるのはどうやら8階。早速明日行って探してみよう。



何だかんだ言って超有名建築家であり超売れっ子であるゲーリーの作品は今まで結構見てきたんだけど、彼が創ったオフィス型の作品の中に入るのは今回が初めて。ビルバオのグッゲンハイムは美術館だし、バルセロナにあるお魚は彫刻、プラハで見たダンシングハウスはオフィス&集合住宅っぽかったけど、プライベートな建物だったので中には入れませんでしたしね。



そんなアメリカでの初ゲーリー体験、その第一印象は‥‥良く言えばゲーリー節炸裂!悪く言えば見事なまでにグチャグチャ‥‥かな(笑)



しかしですね、これだけバラバラ&グチャグチャなのにも関わらず、不規則な中にもそれなりの統一感があって、更に一目で「これがゲーリーの作品だ!」と判別出来る、そのレベルにまで建築作品の質を上げる事が出来ているのは流石だと思います。ピカソが描く女性の顔が、あれだけグチャグチャでも、全体としてみれば人間に見えるっていうのとある意味通じる所があるかな(地中海ブログ:バルセロナ・ピカソ美術館の企画展:「秘められたイメージ:ピカソと春画」その1:ピカソ美術館が好企画展を連発する裏事情、地中海ブログ:バルセロナ・ピカソ美術館の企画展:「秘められたイメージ:ピカソと春画」その2:キュビズムの萌芽は春画にあった?)。



ちなみに上の写真で中央付近に人だかりが出来ているのは、近くの農家の人達が無農薬野菜みたいなものを持ち込んで、学生や先生達に直販売してる所っぽい。もう1つちなみに、その右横に見える建物は、今後僕が通う事になるだろうジム。ボストンの冬は本当に寒いっぽいから、寒くなったらここに温かいシャワーを浴びに来ようと計画中(笑)。ちなみにこのジム、一通りのトレーニング器具は勿論の事、プールやフィットネスなんかもあって、更にタオルまで貸してくれて年間費はたったの255ドル。や、安い!バルセロナで僕が通ってたサグラダファミリア前のジム、一ヶ月60ユーロくらいだった気がする。実に3倍!



さて、この建築の「奇異性」が良く分かるのが、この建物を反対側から見た時だと思うんだけど、丁度隣に四角い普通のビルがあるので、それと比べると「如何にこの建物が変わっているか?」という点が浮き彫りになると思うんですね。



僕が彼の建築を評価するのは、「グチャグチャの中にも礼儀あり」じゃないけど、そういう基本ラインみたいな所がきちんとクリア出来ているからです。それが出来ていなかったら単なるお遊びだし、もっと言っちゃうと、最近の一筆書きの建築や、「派手でありさえすればいい」みたいな建築にはそういう基本的な所が出来てない建築が多過ぎると思ったりするんですよね。ゲーリーの建築は明らかにその点が違うと思います。上にピカソの例を出したので、またまたピカソを引いちゃうと、晩年の彼はこんな事を言ってたりします:

「音楽家に神童はいるが、画家にはありえない」(パブロ・ピカソ)

つまり幾ら才能があっても、アカデミックな修練=絵画の世界に存在する「お約束」を身に付けなければ画家にはなれないと、こう言ってる訳なんですね。そして彼曰く、「自分はそれを克服するのが非常に早かった」と(詳しくはコチラ:地中海ブログ:国際博物館の日(International Museum Day)とピカソ美術館(Museo Pisacco)その1:ピカソとバルセロナの都市戦略)。



まあ、マーケティングの天才、ピカソの発する言葉は時として注意して聞かなきゃいけないとは思うんだけど(苦笑)、この「お約束」に関しては大変的を得ていると思いますね。このエントリでは「ゲーリーがどんな風にお約束を果たしているか」という細部に立ち入る事は敢えてしないけど、ちょっとだけ例を挙げるならコチラ:



車の往来が結構激しいこちら側の通りから、あちら側に展開しているキャンパス内に抜ける際に、足下を大きく開け、その空間をかなり特別扱いしているのが見て取れるかと思います。つまり、こうする事で「ここから別世界の中へ入って行くんだぞ」という、特別な空間への誘いを強調しているんですね。「静のデザイン」が文化的な特徴を表している日本の様な文化圏においては、入り口は慎ましやかに設えられる事が多いんだけど、アメリカではかなり大胆に、そして明確にその特異性が表現されています(地中海ブログ:歩いても、歩いても(是枝裕和監督):伝統と革新、慣習と感情の間で:リアリズムを通して鑑賞者の眼が問われています)。



そんな事を思いつつグルグルと周辺を回ってみると、自由奔放な形態に窓が規則的に付いてたり、それら多角形が空を面白い形に切り取っていたり、見ているだけで色んな発見があって、とっても面白いなー。



それとは一転、キャンパス内からみたコチラ側は、比較的小さな分節で区切られた形態群が一緒くたになって、まるで大仏様が掌を閉じるかの様に、非常に優しい円を描きながら広場的なものを創り出しているのが見て取れるかと思います。



銀色の楕円形があったかと思ったら、突然黄色い煙突が現れたり、はたまたオレンジ色のビルが彫刻っぽく見えてきたり、様々な形態がそれこそ思うがままに振る舞い、それらが大変不思議なハーモニーを醸し出しています。そして見上げればこの風景:



まるで形態同士が音楽を奏でているかの様な、そんな感じを受けさせるほど、楽しく、そして賑やかな共演がここにはあります。

フムフムとか思いながら、今度はイヨイヨ中へと入ってみます。先ずはメインエントランスから:



2層吹き抜けの大変気持ちの良いエントランスホール。丸く空いた天窓からは光が燦々と降り注ぎ、先程見た彫刻の様な建物が見え隠れしています。



入った直ぐの所には、ムンバイのアーティスト、Anish kapoorによる作品(Non-Object (Plane), 2010)がさり気なく置かれていて、あたかも「科学技術にはアートが必要だ!」みたいな主張をしているかの様ですらあるんですね。まあ、元々MITにはそういう側面があって、だからこそ毎年何人もの世界的なアーティストが工学系大学にVisitingとして招聘されていたりする訳です。ちなみに去年に引き続き今年もカタルーニャが世界に誇るアーティスト、Antoni MuntadasがMITに滞在しています(Antoni Muntadasについてはコチラ:地中海ブログ:ミース・ファン・デル・ローエ・パビリオン(Mies van der Rohe Pabillion)/ バルセロナパビリオンBarcelona Pavillion:アントニ・ムンタダス(Antoni Muntadas)のインスタレーションその2)。



もう1つちなみにキャンパス内のあちらこちらには様々な現代アートが鏤められていて、ヘンリームーアの彫刻とかが普通に置かれていたりします。で、その脇では水着で日光浴してる学生さんとかがいる訳ですよ!お天気が良いし、芝生も気持ち良いので、この辺をビーチ代わりにしたい気持ちは良く分かる!

あー、いかん、いかん、また話が脱線してしまった‥‥。

で、話を元に戻すと、この建築の内部空間の特徴はやっぱりコレかな:



デコンの十八番、斜めの壁と斜めの柱です。

この空間を実際に訪れると(同じデコン組とは言え)ゲーリーの空間とミラージェスの空間とは圧倒的に違うなーと、そういう事を実感する事が出来ます(地中海ブログ:エンリック・ミラージェス(Enric Miralles)の建築:バラニャ市民会館(Centro Civico de Hostalets de Balenya):内部空間編)。それはどちらが良いとか悪いとか、そういう事では無くて、「単に違うものである」という事なんですけどね。ちなみにピーター・アイゼンマンもデコンの建築家とか言われてるけど、彼の建築空間はハッキリ言って語るに値しないのでボツ(地中海ブログ:ガリシア旅行その5:ピーター・アイゼンマン(Peter Eisenman)のガリシア文化都市(Cidade da Cultura de Galicia):スケボーするには画期的な建築)。



一階部分は吹き抜けが非常に多くて、あちらこちらに予期せぬ穴が空いてたり、色んな形をした箱が天井から不意にぶら下がってたり、天窓から光が漏れてたりと、色んな仕掛けが見て取れます。



キャンパス側にある、もう1つの大きなエントランスを入った直ぐ脇には、レストラン兼カフェが併設されていたりして、コーヒーを飲みながら議論に華を咲かせている学生さん達で大変賑わっていました。



この空間の中で僕が「なかなか良いなー」と思ったのは実はこの点で、この建物の至る所には、机と椅子が備え付けられたオープンスペースが用意されてて、何処ででもパソコンを広げたり、ノートを広げたりして皆でディスカッションする事が出来る環境が整えられているんですね。更にMITのキャンパス内では、誰でも使える無料wifi(観光客の方も可)が飛んでいるので、何処からでも即座にネットに繋げられちゃったりもします。



さて、ここから階段を使って上階へ上がってみる事にします(ここはIDが無いと入れないっぽい)。すると今度は先程までとは又違った空間が姿を現してきます。



外観を構成していた形態とその仕上げがそのまま降りてきて、一枚のガラス屋根を区切りに外部と内部が逆転、外部の仕上げがそのまま内部の仕上げに切り替わるというデザイン。この辺のテクニックを見ていると、「切り返し」というアイデアを構造と絡め、大変見事な解決策を提示したニコラス・グリムショーのウォータールー駅を思い出します(地中海ブログ:ロンドン旅行その8:ウォータールー駅 (Waterloo International Terminal):Nicholas Grimshaw(ニコラス・グリムショー)の建築)。



そしてそれらの「箱」を敢えて途中で止めて、その裾部分だけを少し残す事によって、何かしら空間的な仕切りみたいなものを醸し出している点は非常に上手い。



又、家具や壁に木材を使う事によって、空間に暖かみを与える事に成功してもいますね。ここの空間は外観とは裏腹に、非常に落ち着いた空間となっています。



ハードワーカーで知られるMITの学生達の為に、「勉強ばっかじゃなんだから」という配慮なのか、レクリエーションルームなんかも用意されていました:



で、今回ちょっと面白かったのがコチラ:



流石、工学系世界ランキングNo.1の大学らしく、建物の至る所に研究の成果だと見られるアンテナや、飛行機やらが置いてあるんですね。それが又、ゲーリーが創り出す空間アート的な側面と呼応して、現代アートっぽく見えてくるから不思議です。



さて、上述した様に、フランク・ゲーリーの建築というのは、その建築作品を「単体として見る」というよりは寧ろ、「その建築を核とした都市計画や都市戦略と絡めて見る」時にその威力を発揮します(地中海ブログ:Euroregion(ユーロリージョン)とカタルーニャの都市戦略:バイオ医療を核としたクラスター形成)。大体みんな勘違いしてるんだけど、スペインのビルバオ市はグッゲンハイム美術館のあのド派手な外観だけで成功した訳じゃなくって、その裏に潜む都市戦略がしっかりと練り込まれていたからこそ、あれほどの成功を成し遂げる事が出来たんですね。つまりは、ビルバオはグッゲンハイム効果による「一発屋」なんかでは決して無かったという事なのです。バルセロナが着々と準備しているサグレラ駅にしろ、ゲーリーの派手な建築デザイン以前に、市内における綿密な場所の選定から、駅という新しい機能がその地区に及ぼす効果、はたまた、何も吸引力が無かった地域に新しい核を創り出そうという確固とした戦略がある訳ですよ(地中海ブログ:バルセロナの新たなる都市戦略:ビルバオから学ぶバルセロナ都市圏再生の曙)。



そういう意味においてStata CenterがMITキャンパスのこの位置にある意味、そしてStata Centerの設計者にフランク・ゲーリーを選んだ意味が僕には今ひとつピンと来ません。確かに物珍しさにココを訪れる人は後を絶たなくて、只でさえ観光客の多いMITキャンパスの中においても目玉の1つになってる事は確かだと思うんだけど、それが何故この場所なのか?又、その波及効果がMITのキャンパスを超えてケンブリッジ市、もしくは隣接するボストン市という地域戦略で見た時にどういう効果を齎すのか?そこの所がいまいちハッキリしないかな。

多分その辺は、僕が今後半年間の滞在中にこの街に慣れ、そしてその歴史を学んでいく上で発見すべき宿題だと思っています。

「何も見えてこない」と言う事は、その裏に何も無いんじゃなくて、単にそれを見る人の目が悪いだけなのだから‥‥と信じよう(笑)。
| 建築 | 09:38 | comments(2) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
コメント
元気にアメリカ生活をおくってるね〜スタタって、雨漏りしてて訴訟になってた建物だった気がするけど、どうなんだろう?なんで、建てたかそれは、MITのキャンパス内だからでないか?大学は誕生以来、知の伝達、伝播、継承に対して、現代ではあわせて、アバンギャルドな一面を合わせ持つ場になっているから、ゲーリーにやらせたんではないかね?もちろん、プロパーとして十分だしね。グッゲンハイムもアメリカだし、共通項は色々、見えてくるよね。
| プルーデンス | 2012/09/17 10:55 AM |
プルーデンスさん、こんにちは。お久しぶりです。

実は1ヶ月程前にポルトに行ってきました。今回は4日程滞在したのですが、色んな建築と共に街を歩き回り、かなり懐かしかったです!

ゲーリーのオフィス型に入ったのは今回が初めてだったのですが、流石プリツカー受賞者と言った所でしょうか。非常に良く出来ていると思います。ただ、ブログにも書いた様に、もう少し大きな視点で見た場合、この建築がどういうインパクトを齎すのか等、なかなか見えて来ない気がします。6ヶ月後、それが見えてくれば良いなーと思っています。
| cruasan | 2012/09/23 11:34 PM |
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