地中海ブログ

地中海都市バルセロナから日本人というフィルターを通したヨーロッパの社会文化をお送りします。
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アルヴァロ・シザの建築:アヴェイロ大学図書館(Biblioteca Universidade de Aveiro)
「人間こそ人間にとって最も興味あるものであり、おそらく人間のみが人間に興味を感じさせるものであろう」ゲーテ
“Man is ever the most interesting object to man, and perhaps should be the only one that interests” (Goethe, 1796 p64)

ポルトから電車で1時間ほどの所にある町、アヴェイロ(Aveiro)に行ってきました。



電車でこの町にアプローチすると先ず目を惹かれるのがアヴェイロ旧駅舎を飾っている大変美しいアズレージョ。ポルトのサン・ベント駅もそうなんだけど、ポルトガルの駅舎には旅人を迎え入れ、又、旅立つ人を送り出してくれる大変素晴らしい空間が用意されているんですね。



町中へ出てみると、町のド真ん中を流れる運河に出会します。アヴェイロは「潟」の町として発展してきた事などから、「ポルトガルのヴェネツィア」と呼ばれる事もしばしばなんだとか。正直言って、それはちょっと言い過ぎかなと思うけど(笑)、町中に水辺の空間があるのは大変気持ちの良い事だと思います。で、今回僕がこの町に来た理由、それはアルヴァロ・シザが1995年に設計したアヴェイロ大学図書館を見る為なんですね。



鮮やかな橙色の壁がうねるその姿は、まるで海から吹く風にヒラヒラとなびいているかの様ですらあります。と言うか、多分シザはこの地に来た際、そんなイメージを膨らましたのでは?と思う程の湿地帯が目の前に広がっているんですね。こういう情報こそ、現地に来ないと絶対に分からない事であり、写真には決して写らない情報なのです。



この建築はシザの代表作の1つとしてあまりにも有名なんだけど、マルコ・デ・カナヴェーゼス教会(1989年)、ガリシア現代美術センター(1993年)、セトゥーバル教育大学(1993年)、セラルヴェス現代美術館(1997年)など次々と名作が竣工する、正にアルヴァロ・シザという建築家の黄金期に計画された事などから、彼の建築に対する基本的な考え方や方針を体現してくれている傑作だと個人的には思っています(シザの他の作品に付いてはコチラ:地中海ブログ:アルヴァロ・シザの建築:マルコ・デ・カナヴェーゼス教会の知られざる地下空間:真っ白な空間と真っ黒な空間、地中海ブログ:ガリシア旅行その6:アルヴァロ・シザの建築:ガリシア美術センター(Centro Gallego de Arte Contemporaneo):複雑な空間構成の中に隠された驚く程シンプルな原理、地中海ブログ:ガリシア旅行その8:アルヴァロ・シザの建築:セラルヴェス現代美術館(Museu de Arte Contemporanes, Fundacao de Serralves):人間の想像力/創造力とは)。

町の中心部から歩く事15分、見えてきました目指すべき建築が:



先ずはここがこの建築を見る1つ目のポイントだと思うんだけど、シザはこの建築に対するアプローチを建物に対して対角線上に配置しています。つまりここで既にシザ建築の1つの特徴であるパースペクティブ的空間が見られるという事なんですね。



そしてメインアプローチ側から見えるファサードの構成は、あくまでも直線を基本とする四角形の組み合わせに拘っているのが見て取れます。前面には気持ちの良い程の芝生空間が広がっているにも関わらず、この建築にはその風景を楽しむ為の前面ガラスどころか十分な窓すら見られないという事を(伏線として)ここで指摘しておいても良いかもしれません。



そんな事を思いつつ、言われるがままにアプローチ空間を歩いていくと現れてくるのがこの風景:



建物と建物のフレームによって切り取られた真っ青な空!‥‥実測した訳じゃないんだけど、ここで切り取られた空の高さと、マルコ・デ・カナヴェーゼス教会の扉の高さ、そしてポルトの市場の天井の高さが同じくらいだという事も指摘しておいても良いかもしれません。



この空を切り取っているフレームの全体像をちょっと離れた所から見てみると上の写真の様になってるんだけど、全てを跳ね返すかの様な頑強な壁が一層部分で少し跳ね返る事によって、まるで訪問者に「おいで、おいで」と言っているかの様です。フムフムと思いながらイヨイヨ中へと入って行きます。



入り口を入って少し歩を進めると、そこでは3層吹き抜けの空間が我々を出迎えてくれて、見上げると天空にぽっかりと空いた2つの穴が見えます。そう、既にここでクライマックス的空間の「チラ見」をさせ、そこに至るまでの期待感を膨らませているんですね。そしてこの空間を抜けると広がっているのがこの風景:



温もりのある木を基調とした落ち着いた感じの閲覧室と書架の並んでいる風景です。この木の色と材質、そしてそれらが醸し出す雰囲気が、真っ白の柱や天井と素晴らしいハーモニーを創出し、大変居心地の良い空間となっています。



注目すべきはこの書架のデザインかな。良―く見てみると、書架の高さが入り口などの開口と同じ高さになっている事に気が付くかと思います。素材は床材と一緒。そうする事で、書架を床からの連続として扱っているんですね。この空間の中で建築的な要素は柱しか存在していないかの様です。



一階部分の天井には大きな大きな四角形の2つの吹き抜けが設けられ、見上げればこの風景:



2階部分の天井に空いた吹き抜けを通して3階部分の水玉模様の丸い天窓が見えます。面白いのは1階部分と2階部分に空けられた吹き抜けの位置がズレてる事。これがどれくらいズレているかは2階から見ると分かり易いかなと思います:



ほらね、ズレてるでしょ?で、もっと面白いのは、この吹き抜けの周りに沿って閲覧席が設けられている事なんですね。



この閲覧席の配置のアイデアが、この図書館の1つの特徴となってると思うんだけど、と言うのもこの図書館では普通の図書館の様に、閲覧席が外の風景を眺める窓際に並べられているというよりは寧ろ、内側に向かって向き合う様に並べられているんですよ。



勿論、水平一直線に切り取られた窓は存在して、その窓に沿って閲覧席も設けられている事は設けられてるんだけど、そこから見える風景は「歓迎されている」と言うよりは「抑圧されている」、もしくは「制限されている」と言った方が良い様な気がします。



これをどう読むのか?つまりここにおけるシザの意図とは一体何なのか?

その答えの1つが、以前のエントリで訳したシザのインタビュー記事の中に垣間見られる気がします。その中で彼はこんな事を言っているんですね:

R:シザ
Q:インタビュアー

R: その通りです。しかし又、別の事も学びましたけどね。小さい時の経験は、住居とその外部との関係性について考えさせてくれたのです。祖父母の家で療養して いる期間は外に出る事が厳しく禁止されていました。2ヶ月もの間、ずっと家の中に居なくてはならず、その間、殆ど毎日の様に窓から外を眺めていたのです。 と言うか、それしかする事が無かったのです。
R: Sí, pero también hay otros aprendizajes. Esa de niño fue una experiencia que me hizo pensar la casa y su relación con el exterior. Yo no estaba autorizado para salir. Tuve que permanecer encerrado dos meses, y eso me obligó a mirar por la ventana.

Q: どんな病気だったのですか?
Q: ¿Qué enfermedad tenía?

R: 当時の子供がみんな患ってた病気でした。結核の前症状の様なものです。当時は未だ効果的な治療薬が無く、最善且つ唯一の治療法と言えば絶対的な安静でした。だから小さな,本当に小さな村に移り住む事になってしまったのです。家の中は窮屈だったので、新鮮な空気を吸う為にベランダへ良く出て行ったものです。そこからは本当に美しい景色が見えました。「開発されていない」という事は、「美しい風景が保持されている」という事と同義語です。その村は小さな農村で、建築が風景を創っていました。だからこそ、風景はキラキラと輝いていたのです。それらは本当に息を呑むほど美しかったのですが、15日間の療養中、四六時中見ていたものですから、何時しかそれらの風景は私の中に入り込み、私の心を一杯にしてしまいました。その時の経験が、後の私の作品に大きなガラス 窓を創り出す事を避けさせたり、断片的な開放部を意識的に設けたりする事を好むようにしたのだと思います。
R: Yo tenía, todos teníamos entonces, una “primera infección”, la antesala de la tuberculosis. Todavía no había antibióticos y la única posibilidad de recuperación era el reposo absoluto. Total, que estaba en un pueblo muy pequeño. Y me acercaba a la terraza para tomar aire. Desde allí se veía un paisaje maravilloso. La falta de desarrollo se traducía allí en la falta de deterioro del paisaje. El pueblo era un pueblo agrícola, y es la arquitectura la que hace el paisaje. Por tanto , el paisaje era precioso. Pero, a pesar de eso, tras 15 días de reposo ya no soportaba verlo. Por eso, años después, evité la tentación de crear una gran cristalera con una gran vista y preferí orientar las aberturas de una forma intencionada, pedazo a pedazo.

Q: クライアントは大きな窓を欲しがるのではないのでしょうか?小さな窓を創る事を理解しますか?
Q: ¿Los clientes lo entienden?

R: 文句を言う人が多いですね。「美しい風景の前では、それらを見渡す展望台を創るべきだ」と、そう考えているのです。その様な時、私は何時もこう答えます: 「それは違う」と。「美しい風景を見続ける事は人間を心から疲れさせるだけだ」と。風景を望む事は「押し付け」になるべきではなく、それを見るかどうかと 言う「選択肢」であるべきなのです。
R: Protestan. Frente a un gran paisaje creen que hay que hacer un gran mirador. Y yo les contesto que no, porque cansa. El paisaje no debe ser una imposición permanente, debe ser una elección.
(地中海ブログ:アルヴァロ・シザ(Alvaro Siza)のインタビュー記事:シザ建築の特徴は一体何処からきたのか?

そう、シザはここでハッキリと「美しい風景を見続ける事は人間の心を疲れさせるだけだ」と、そう言ってる訳ですよ!そしてこの独特の姿勢こそが、シザの建築を希有なものにしている根源であり、このアヴェイロ図書館ではその基本的方針を鮮明に見る事が出来るのです。つまり彼の関心は、外に広がる自然にではなく、人間自身に向かっていると、そういう事が出来るんじゃないのかな?

さて、そんな事を考えつつ、イヨイヨこの建築のクライマックス的空間である3階へと上っていきます。そこに広がっているのがこの風景:



圧巻の丸天井のアンサンブル!これこそ正にてんとう虫のサンバ(笑)。で、ここからが面白い所なんだけど、このてんとう虫のサンバ、よーく見てみると、天井面がフラットではない事に気が付くんですね。



ほら、ちょっと丸みを帯びてるでしょ?



ちなみに1つ1つの丸天井はこんな感じで結構奥行きが深く出来ていて照明が取り付けられています。多分夜になるとこの照明が光って、この穴が光る筒になると、そういう事なんでしょうね。

「外に開くというよりは内側に開かれている」、この建築の内部空間を堪能した後は外に出てみます。先程入って来た入り口を出て、来た方向とは反対へ曲がってみるとそこに広がっているのが、この建築一番の見所であり、最もドラマチックなこの風景です:



じゃーん、うねる壁!!



前回のエントリで書いた教会と同様に、この図書館もその鮮やかな橙色が、真っ青な空に凄く映えるなー。



シザの建築には至る所にアアルトの影響が見られ、ヘルシンキにあるアカデミア図書館(アアルトが設計した本屋さん)なんかはポルト大学の図書館の元ネタになってたりするんだけど(地中海ブログ:Alvar Aalto (アルヴァ・アールト)の建築:国民年金協会とアカデミア図書館)、このアヴェイロ図書館もアアルトのMIT宿舎の影響なんかが見て取れます。



って言っても、その様なアイデアが何処から来たかという事はさほど重要じゃなくって、その様な元ネタが、ある時に「ふっ」とシザの空間に変換させられている、そっちの方がよっぽど重要な事だと思います。大体創作の基本は模倣ですからね。だから「あ、これはアアルトのコピーだ」とか、「あ、ここにはライトの影響が見える」とか、そういう指摘をして思考を終わらせていたら、それこそシザ建築の本質を見失ってしまう様な気がする訳ですよ!



あー、又脱線してしまった‥‥。で、実は今回この建築を訪れるのは10年振りくらいだったんだけど、個人的に驚いたのはコチラです:



圧倒的な見所であるコチラ側のファサードの目の前に駐車場が出来てるー!何処から見ても正面ファサードに車の姿が映り込んでしまい、ちょっと不満(悲)。「あ、あれ、昔はこんな駐車場無かったのになー」と少し文句を言ってみる。



このファサードは角度を付けて見ると、カーブが絶妙に重なり合って非常にカッコイイ風景が姿を表すんだけど、それを真正面から見ると、ビヨーンと真横に間延びした形になって、それがこのポルトガルという地のゆったり感を醸し出しているかの様で、それはそれでナカナカ秀逸な表象だなと思います。そして振り返るとこの風景:



そう、この建築は湿原のド真ん前という、見方によっては最高に眺めの良い敷地に立っているんですね。にも拘らず、上述した様にファサードにガラス窓はあまり見られず、建築空間が内側に向かっている訳ですよ。近くへ寄ってみると、この点がより明らかになると思うんだけど、実はこの建築、ハリボテ建築なんですよね。



躯体から数メートル離した所にわざわざファサードを持ってきて、それによって先程のクネクネを創り出している事が分かるかと思います。



外観に関しては非常に巧みな視線操作が行われ、シザはこのクネクネを如何にドラマチックに見せるかという事に全てを集中させ、それを効果的に見せる為に、わざわざ反対側のファサードを直線と四角形で構成しています。つまり、メインアプローチをわざわざ反対側に設定し、ここを訪れる人々に「直線によるカクカク」という感覚を植え付けておきつつ、最後に「曲線によるクネクネ」を見せると言う物語を創り出しているんですね。

繰り返しますが、この建築にはシザ建築に共通して見られる3つの特徴、パースペクティブ的空間、天井操作、そして物語的空間展開だけでなく、シザの幼少の頃の体験が元になった空間構成が非常に明確に見える作品となっていると思います。

ポルトからは電車で1時間と、それ程遠くない町ですし、是非訪れて欲しい建築の1つです。

おまけ:

この町に朝着いて、シザの建築を見ていたらお昼になってしまったのでレストランを探していたのですが、町の中心広場の辺りで営業しているレストランは観光客狙いで値段はちょっと高め、料理もイマイチっぽい‥‥。と言う訳で、「大通りを一本中へ入った所で何処か良い所はないかな?」と探していたら、一件良さそうなお店が。



お店の雰囲気も良く、食べに来ているのは地元のビジネスマンと見られる人達ばかり。お昼の定食もあったんだけど、メニューを見るとポルトガル北部の代表的な料理、「アンコウの雑炊(arroz de tamboril)」があるじゃないですかー!



市場が真横にある事から、そこから買って来たと見られるプリプリの海老が「これでもか!」と入ってて、物凄く美味しかった!値段も結構安くて大満足!もしアヴェイロにシザの建築を見に行ったのなら、ここでランチして帰ってくるのも良いかもしれません。

Name: A Tasca do Confrade
Address: Rua dos Mamotos, 34, 3800-220, Aveiro
Tel: 234386381
Email: tasca.doconfrade@sapo.pt
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