地中海ブログ

地中海都市バルセロナから日本人というフィルターを通したヨーロッパの社会文化をお送りします。
<< 華の都パリの魅力、そして誘惑 | TOP | マドリッドの環状線M30の真上に出現した公共空間:ドミニク・ペローのアルガンズエラ歩道橋(The Arganzuela Footbridge) >>
プラド美術館のラファエロ展(El Ultimo Rafael):ラファエロの精神的遺書「キリストの変容」の制作過程が明らかに
昨日まで、とあるプロジェクトの打ち合わせの為にマドリッドに行っていました。って言っても何時もの様に駆け足の滞在。木曜日朝一番のスペイン版新幹線AVEに乗ってバルセロナから2時間30分ピッタリでマドリッドのアトーチャ駅に到着(AVEについてはコチラ:地中海ブログ:スペイン高速鉄道(Alta Velocidad Espanola:AVE)に見る社会変化の兆し、地中海ブログ:マドリッド出張:スペイン高速鉄道(AVE)、ファーストクラス初体験)。



荷物の配送が遅れたり、労働ビザの審査基準が偶々当たった審査官の気分次第だったり、はたまた銀行すらお釣りを間違える事が日常茶飯事なスペインにおいて、高速鉄道が何時如何なる時もピッタリの時間に着くというのはスペイン7不思議に数えても良い様な気がする(笑)。この国において物事が時間通りに進むというのは、それほど珍しい事なんです!



さて、実は今回のプロジェクトの打ち合わせは前回に引き続き美術館関係だったのですが、初日に打ち合わせをしていた美術館で丁度今、大規模なラファエロ展(El Ultimo Rafael)が開催されていて、「折角ならチョット寄っていくか」という事でチラッと見てきました。って言うか、その展覧会やってるって分かってたからこの時期に合わせてミーティング設定したんですけどね(笑)。


(ラファエロの自画像画)

今回登場するラファエロという人物は、イタリア・ルネサンス古典主義の完成者って言われてて、芸術史の中に占めるその重要性にも関わらず日本では驚くほど語られていない様な気がします。何故かと言うと、それは「日本人の性向に合わないから」としか言いようが無いと思うんだけど、例えばAMAZON.COMで検索するとレオナルド関連の書籍が997件も出てくるのに対して、ラファエロはほんの56件程度しか出て来ないんですね。

日本人って言うのは外から見ていると本当に面白い民族で、美術の好き嫌いにすら集団的な傾向が見受けられます。つまり皆が皆、右向け右的にフェルメールが 好きだったり、印象派と聞いただけで目の色を変えて美術館に長い行列を作ったり‥‥みたいな(笑)。ルネサンスだったら日本では圧倒的にレオナルド・ダ・ ヴィンチ、そしてミケランジェロ、ちょっと勉強した人ならティツィアーノくらいは名前を聞いた事があるかもしれません。ちなみにミケランジェロって言う名 前はイタリア語ではミカエル(Michael)と天使(Angelo)を併せたものとなっていて、スペインではMiquelとAngelがくっついて Miquel-Angelという一般的な男の子の名前になっています。つまりミケル天使君(どうでも良いスペインのマメ知識終わり)。



まあ、他の人がどう思おうとそれは大した問題じゃ無くって、ラファエロは個人的に昔から大好きな画家の一人、しかも大規模な展覧会をスペインでやると聞いたからには行かない訳にはいきません(ラファエロについてはコチラ:地中海ブログ:ラファエロ・サンツィオ(Raffaello Sanzio):アテネの学堂(Scuola d'Atene)、地中海ブログ:ミラノ旅行その6:ラファエロ・サンツィオ(Raffaello Sanzio):アテネの学童下書き(La Scuola di Atene- cartone preparatorio))。と言う訳でプラド美術館でのミーティングが終わってから次のミーティングまでの合間を縫って、駆け足で見て来ちゃいました。



今回の展覧会の基本コンセプトは、ラファエロが1520年に急死するまでの人生最後の7年間に焦点を当てつつ、彼の右腕だったジュリオ・ロマーノ(Giulio Romano)とジョヴァン・フランチェスコ・ペンニ(Gianfrancesco Penni)との関連性にも着目しながら、彼の工房では一体どの様に恊働制作が行われていたのか?など、ラファエロ晩年の今まではナカナカ光が当たらなかった部分を明らかにしようという大変意欲的な展覧会となっていると思います。

上述した様に、僕は個人的にラファエロの大ファンなので、彼の事については当ブログでは事ある毎に言及してきました。特に4年前の年末年始にローマに長期滞在した際に見たラファエロ関連の絵画、彫刻、タピストリー、そして彼の人生に纏わる様々な足跡などは大変素晴らしかったなー、と昨日の事の様に覚えているくらいです。



例えば上の写真はラファエロが晩年、秘密裏に交際していた恋人マルゲリータ・ルーティちゃん、通称フォルナリーナちゃんの肖像画(La Fornarina)です(地中海ブログ:バルベリーニ宮:国立古典絵画館(Palazzo Barberini: Galleria Nazionale d’Arte Antica in Palazzo Barberini):バルベリーニ家とミツバチの紋章とか、フォルナリーナ(La Fornarina)とか、その1)。ちなみにフォルナリーナとはイタリア語で「パン屋の娘」という意味で、ラファエロがフォルネジーナ荘(Villa Farnesina)を手掛けている時に偶々出会ったパン屋の娘なんだそうです(最近になってフォルナリーナちゃんの存在やその出自などを疑問視する論文が発表されてるけど、その辺の事については又後日)。当時彼女が住んでいたと云われている家がローマの下町トラステヴェレ地区(Trastevere)に残っていて、それがラファエロ・ファン達の巡礼地になっていたりするんですね。



3階の隅の部屋がフォルナリーナちゃんの部屋だったそうなんだけど、今から約500年前にあそこにラファエロが居たかと思うと、それはそれでワクワクしてきますね。そしてコチラ:



パンテオンに今も眠るラファエロのお墓です。生前「パンテオンに埋葬して欲しい」と遺言を残したラファエロの意向に即して1758年に彼のお墓はパンテオン内部に移されたんだそうです。

さて、そんなラファエロに関する今回の展覧会はテーマ別に6つに分けられていて、その各々に見所が目白押しとなってるんだけど、その中でも個人的に大変興味を惹かれたのがコチラです:



ラファエロが死の直前に完成させた彼の代表作であり精神的遺書、そして最高傑作と名高い「キリストの変容」。この作品が一体どの様に構想され、作品制作中にその構想がどの様に変わっていったのか?もしくは最初の構想と最後に出来上がった作品の間には一体どの様な違いがあるのか?などを明らかにしようと構成されたセクションです。



現在ヴァチカン博物館にある人類の至宝、ラファエロの「キリストの変容」についてはローマ滞在中に3日間も掛けてヴァチカン博物館へ通い、それこそ作品に穴が空くほど見まくりました(地中海ブログ:幸福の画家、ラファエロ・サンツィオ(Raffaello Sanzio):キリストの変容(Trasfigurazione))。で、今回初めて知ったのですが、どうやらプラド美術館はラファエロの弟子、ジュリオ・ロマーノによる「キリストの変容」の複製を所蔵しているそうなんですね。し、知らなかったよー。

 

実はこの展覧会で「キリストの変容」が展示されている事は新聞などを通して知ってはいたのですが、それを見るに付け、「‥‥ヴァチカン博物館、お宝中のお宝を本当に貸し出したのか?」と、かなり半信半疑だったんですね。何でかって、これってつまりはルーブル美術館がモナリザを他国に貸し出したり、もっと身近な例で言うと、東京国立博物館で鯱展やるからって名古屋城が金の鯱を貸し出す様なものですからね。ヴァチカン博物館にとってラファエロの「キリストの変容」はそれくらい重要なものなのです。

で、今回の展覧会を見ていて個人的に大変興味深かったのが、この絵画が描かれた過程とその変容です。



先ずはこの絵画の主人公(内股でちょっとゲイっぽいキリスト(笑))なんだけど、初期の頃の構想ではキリストは裸だったという事がX線を用いた分析で明らかになったそうです。



ヘェー、ヘェー、ヘェー!これは知らなかった!つまりラファエロは先ずは裸のキリストを描いてから、製作期間中にそのキリストに服を着せると言う様に図柄を変更したという事なんですね。そしてその裸のキリストを描く為にラファエロはかなりの数のスケッチを残しているんだけど、その一部が今回の展覧会で展示されていました。

更に今回、弟子達が描いた「キリストの変容」のコピーとラファエロが描いたオリジナル作品の両方にX線分析を掛け、それら2つの絵画を比べてみた所、弟子達がどうやってオリジナルをコピーしていたのか?つまりはラファエロの工房では一体どの様に恊働作業が進んでいたのか?などを知る非常に重要な手掛かりが得られたんだとか。



それにしても、いつ見てもラファエロの描いた絵画には「幸せ」が満ち溢れている様に感じられてなりません。そしてそれだけに留まらず、彼の描いた絵画はそれを見る人の心までをも幸せで一杯にしてくれる、正にそんな気がしてくるから不思議です。

何故ラファエロにはこんな絵画を描く事が可能だったのか?何が彼にそうさせたのか?

それはやはりラファエロ自身が、短いながらもこの上無い幸せな人生を送り、正に「幸福の画家だった」という事なのだろうと想像します。と言うかそう思わざるを得ません。日本語で読める数少ないラファエロ関連書籍の内の一つ、フォシェン(Henri Focillon)の訳書のタイトルが「ラファエロ―幸福の絵画」となっているのは、彼の人生そのものを表しているかの様で、大変素晴らしい訳だなーと思います。

(何時も引用するんだけど)晩年のラファエロはこんな言葉を残しています:

我らの時代こそ、かつて最も偉大だった古代ギリシャの時代と肩を並べるほど素晴らしい時代なのだ」



自分の生きた時代をこんな風に誇る事の出来る人生、あー、何て素敵な人生なんだろう。ラファエロという人は自分が生きていた時代を心から誇る事が出来る、そんな仕事をし、毎日を精一杯生きていました。だからこそ彼はこの上なく幸せだったのでしょうね。

そしてこの言葉は数百年の時を経て、現代社会に生きる我々にも直接訴えかけてきます。

「貴方は自分が生きている時代を心から誇る事が出来ますか?毎日を精一杯生きていますか?今、幸せですか?」と。
| スペイン美術 | 01:27 | comments(3) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
コメント
こんにちは。
ラファエルの傑作を借りられるなんて、やはりピレネー越えてもココはヨーロッパですよね。jeje
どんな画家も日常を作品に反映してしまう、そこが画家と作品を一緒に知る面白さだと思います!!私もラファエルの描く優しい聖母子像が好きです。温かいものが伝わってきます。
キリストをゲイっぽいって、、、笑っちゃいました。
| Ana | 2012/07/28 4:24 AM |
Anaさん、こんにちは、コメントありがとうございます。

ラファエロの優しい筆使い、良いですよね〜。まるでこちらの心までも優しくしてくれる様で、本当に癒されます。これからもラファエロの絵画を辿る旅を続けていきたいと思います!
| cruasan | 2012/07/29 6:52 PM |
ららららい
| らららい | 2013/01/17 11:58 AM |
コメントする