地中海ブログ

地中海都市バルセロナから日本人というフィルターを通したヨーロッパの社会文化をお送りします。
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エンリック・ミラージェス(Enric Miralles)の建築:バラニャ市民会館(Centro Civico de Hostalets de Balenya):内部空間編
昨日6月21日、バルセロナが生んだ20世紀を代表する建築家、エンリック・ミラージェス氏を記念するエンリック・ミラージェス財団(Fundacio Enric Miralles)の創設オープニングパーティーが行われました。



今回の財団創設そしてオープニングパーティーについては僕の所にも数日前から「お知らせ」みたいなものが届いてたんだけど、昨日は夕方から夜に掛けてどうしても外せない用事が入っていた為に泣く泣く断念する事に。夜20時から始まったセレモニーにはスペイン建築界の重鎮、ラファエロ・モネオ氏やオリオル・ボイーガス氏、はたまたハーバード大学建築学部からMohsen Mostafavi氏が駆け付けたりと、かなり盛大に行われた模様です。



建築家エンリック・ミラージェス氏については今更改めて紹介するまでもないとは思うんだけど、その圧倒的なデザイン力、空間力そして独特の造形性で一躍世界の建築シーンに躍り出たかと思いきや、45歳という若さで急死。奇しくも2000年という新しい世紀が幕を開けた、正にその年に突然他界してしまったんですね。



何度でも言いますが、今世紀初頭にバルセロナは偉大な建築家を2人、しかもほぼ同時に失ってしまいました。一人は実践面からグングンと頭角を現し、正に飛ぶ鳥をも落とす勢いだったエンリック・ミラージェス氏。そしてもう一人はヨーロッパを代表する建築史家であり理論家でもあったイグナシ・デ・ソラ・モラレス氏です。



「テラン・ヴァーグ」などのキーワードで知られているヨーロッパの知の巨人、イグナシ・デ・ソラ・モラレス氏については当ブログでは事ある毎に言及してきました(地中海ブログ:イグナシ・デ・ソラ・モラレス( Ignasi de Sola-Morales)とテラン・ヴァーグ(terrain vague))。日本においては、磯崎さんやピーター・アイゼンマンなどと一緒にコーディネートしていた「Any会議」という名前と共に知られているかなと思われます。何を隠そう彼こそ僕がヨーロッパに来る事になった直接のキッカケであり、僕は彼が創設したマスターコースに学んだ最後の世代だという事は繰り返し書いてきた通りです。(スペインのマスターコースの光と闇についてはコチラ:地中海ブログ:バルセロナに出来た新しい建築学校その2:Barcelona Institute of Architecture:バルセロナ建築スクールの諸問題)。

歴史に「もし」は無いけれど、もしも今、イグナシとミラージェスが生きていたならば、世界の建築潮流の中心地の一つは間違い無くバルセロナになっていた事でしょうね。



さて、前置きが長くなっちゃったんだけど、エンリック・ミラージェスという建築家は、アルヴァロ・シザと同様に、僕が現在において最大限評価する建築家の一人である事などから、昨日のオープニングには是非とも駆け付けたかったんだけど、上述した様にそれは無理な事が前々から分かっていたので、昨日は一人で勝手に彼の財団創設を祝う為、午前中の予定を全て開け、バルセロナから電車で1時間程の所にあるバラニャ市民会館(Centro Civico de Hostalets de Balenya)を訪れてきました。



ここに来るのは今回で3回目。一回目は2002年、未だ僕がバルセロナへ来て間もない頃の事。2回目は2008年、そして今回が3回目の訪問と言う訳です。実は昨日の帰り際、受付の人に「良かったら記帳ブックにコメント書いてってくれませんか?」って言われたのでそれをパラパラと見ていたら、何と2002年と2008年に訪れた時の僕のコメントが残っていてかなりビックリ!しかも久しぶりに自分の直筆を見たんだけど、これが酷いのなんのって(笑)。あ、あれ、一応僕、小学校くらいから毎週書道に通ってて、7−8段くらいの腕前だった様な気がするんだけど‥‥気のせいか?(苦笑)。

まあ、それは置いといて、それよりも何よりも、僕が圧倒的に驚いたのは、この建築の竣工(1992年)から現在に至るまでココを訪れてコメントを残していった日本人の数の少なさです。今まで約20年間にココを訪れた日本人は僕以外ではたったの1人!しかもその人は2002年に僕が一緒に連れて来た友人じゃないですかー!まあ、勿論この建築を訪れてコメントを残さず帰る人も多いとは思うので、今までにココに来た日本人が僕一人だけだとは決して言いませんが、確率的に見てもこの数字はちょっと少ないんじゃないのかな?



かの二川幸雄さんが25年程前にバルセロナを訪れられた際、未だ世界的には無名だったミラージェスのこの建設現場を訪問され、鉄骨だけが組み上がった状態を見て、「これは凄い建築だ!」と歓喜されたという伝説付きの作品なんですけどね。

多分日本人の皆さんの足が遠のいているのは、バルセロナからはちょっと遠いと言う事、更に「どうやって行ったら良いのか良く分からない」という点だと思います。この建築へのアクセスの仕方については以前のエントリで詳しく書いた通りです(地中海ブログ:エンリック・ミラージェス(Enric Miralles)の建築その1:バラニャ市民会館(Centro Civico de Hostalets de Balenya):行き方)。上のエントリに載せてある情報は4年前のものなので今回最新情報をアップしようと思い、逐一確認しながら電車に乗ったり歩いたりしてきたのですが、基本的に殆ど変わってませんでした。変わっていた事と言えば、電車の本数が少しだけ増えていた事、そしてこの建築を訪れる事が出来る開館時間が月曜から金曜の午前9時から14時まで、午後は月曜日の17時から19時までとなっていた事くらいでしょうか(2012年6月21日現在)。その辺の事については上述のエントリの追記に随時アップしていきたいと思っています。



さて、僕がミラージェスの建築を評価する理由は幾つかあります。空間的なデザイン力や造形力は勿論なんだけど、それ以上に僕が彼の建築を素晴らしいと思う理由、それは彼の建築がスペインという国の社会文化を表象していると思うからなんですね。



建築は表象文化です。その建築が建つ土地に住んでいる人々や社会、そこから生まれ出た文化や価値観を一撃の下に表象する行為、我々はそれを建築と呼んできたのです。もっと言っちゃうと、建築とは個人的な感情よりも集団的な価値観を、悲しみよりも喜びを表象するのに大変適した芸術形式だと思います。槙文彦さんはその事をこんな風に表現されています:

「建築というのはその時代に生きた人々が潜在下で感じていながらもナカナカ形に出来なかったものを一撃の下に表す行為である」

僕がアルヴァロ・シザの建築を評価する理由も全く同じで、彼の建築が素晴らしいのは、空間的な質、デザイン的な処理の上手さに加えて、彼の建築がポルトガルという国の社会文化を表象している所にあるんですね。



そう、あの真っ白でノビノビとした建築は、時間が非常にゆっくりと進み、大変のんびりとしたポルトガルという国を表象しているかの様なのです。僕はこの事を理解するまでに1年弱という歳月を要しました。



その間、実際にポルトガルに住み、ポルトガル人と同じ生活をし、彼らと同じ言葉をしゃべり、毎日の様にシザの建築を見に行く事で漸く(少しだけ)理解する事が出来た建築と社会文化の関係性です。ポルトという地の社会文化に親しみ、実際に生活したからこそ、その地における人々の生き方、その地では子供から大人まで誰でもアルヴァロ・シザという建築家の事を知っていて、「シザという人はポルトでは自分達の街のシンボルを創ってくれるヒーローなのだ」という人々の思いを発見し、正にその事を通して本来の建築家の姿というものを垣間みる事が出来たんですね(地中海ブログ:アルヴァロ・シザのインタビュー記事:シザ建築の特徴は一体何処から来たのか?)。



ミラージェスの建築にも全く同じ事が言えて、彼の建築はスペインという地に住む人々の底抜けない活力やエネルギー、失業率が50%を超えても決してへこたれない明るさ、ひいては「国が潰れるか潰れないか?」という瀬戸際でさえも「私はサッカーを見に行く」と、ポーランドへと旅立って行ったラホイ首相の楽観性なんかを、正に一撃の下に表していると思う訳ですよ!(地中海ブログ:ルーブル美術館の歩行者計画)。それはもしかしたら、毎朝のニュースでお天気お姉さんが、「今日は晴れです。明日も晴れ、明後日も晴れ、ずっと晴れです!」って言ってる、正にその事に見て取れるのかもしれません。フェルナンド・ブローデルなんかは地域の社会文化的特徴を決定している要因として天気の重要性を指摘してますしね。

 

ちなみに僕が毎朝見てるスペイン国営放送でお天気を伝えてくれるのがAna Belen Royちゃん。毎朝8時50分頃から始まるんだけど、この番組のメインキャスターはAna Ibanez Roldanちゃんで、9時から始まる「朝ご飯(Los Desayunos)」のメインキャスターはAna Pastorちゃん(地中海ブログ:スペインの美人すぎるニュースキャスターその2:アナ・パストール(Ana Pastor):現代スペイン最強の女子アナ)。つまりみんなAnaちゃん(笑)。だから毎朝どういう場面が展開されるかと言うと:

司会(Ana Ibanez)Ana(Belen)ちゃん、今日の天気はどうなっているのでしょうか?
お天気お姉さん(Ana Belen)よくぞ聞いてくれましたAna(Ibanez)ちゃん、日中は晴れ、気温は30度を超えると思います。さてAna(Pastor)ちゃん、この後9時からの番組の予告を伝えてください。
朝ご飯(Ana Pastor)おはようAna(Belen)ちゃん!今日の話題は緊縮財政についてです。

とか言うコントみたいな場面が毎朝繰り返される訳ですよ!(本当にどうでも良いスペインのマメ知識終わり)

さて、この建築に流れる造形的な物語と、そのデザインの方向性などについては以前のエントリで詳しく解説しました(地中海ブログ:エンリック・ミラージェス(Enric Miralles)の建築その3:バラニャ市民会館(Centro Civico de Hostalets de Balenya)に見る建築の質:実際に建築を訪れる事の大切さ)。今回4年振りに訪れた感想は、以前のエントリで抱いた印象と大筋としては変わってないかな。外観のデザインについてのポイントだけ掻い摘んでおくと、先ずはコチラ:



ビシッと決まっているコチラからのパース。文句無くカッコイイ。ここにはロシアアヴァンギャルド、特にメルニコフからの影響が垣間見えるという事は以前のエントリで指摘した通りです(地中海ブログ:エンリック・ミラージェス(Enric Miralles)の建築その2:バラニャ市民会館(Centro Civico de Hostalets de Balenya)に見る建築の質:社会文化の表象としての建築:ミラージェスの場合)。この部分を見ただけでもミラージェスの類希なる造形力が分かるというものなんだけど、どういう事かと言うと、下記の写真と比べて見るとその卓越振りが分かるかと思います:



大変印象的な鉄骨&屋根の線が3本平行に走っていますね。えっと、人間の目というのは地上から約150センチくらいの所に付いている為、ある一定方向から見るとパースが付いた様に見えて、本当は平行に走ってる線が傾いたり交わったりした結果、全く予想もしなかった造形が浮かび上がる事になります。その結果が上のパースな訳ですよ!こういう事がキチンと分かっていて、しかもキチンと形に出来ている建築家と言うのはそれ程多くは無いと思います。そしてもう一つのポイントがコチラ:



3つの線が重なり合い、それら各々の線が空を切り取ると同時に、螺旋を描く様に上昇感を創り出している場面です。この軒の終わり方の妙については、槙さんの東京体育館の重なり合う外郭線などを例に出して以前のエントリで解説した通りです。



そしてこの建築が神憑ってる点、それはこの様な大変トリッキーな外観が、非常にダイナミックに展開している内部空間からきているという点なんですね。つまり、内部に展開している空間が内側から膨らんできて、その膨らみが外観へと現れてきたかの様な、正にそんな内外部がピシッと一致した建築、それがこの建築を他の建築とは一味違うモノにしているという訳なんです。

実はですね、前々回来た時(2002年)は未だデジカメを持ってなくてマニュアルで写真を撮っていた為、そのデータが今は手元に無く、前回来た時(2008年)は運悪く展覧会の真っ最中でこの建築の一番の見所である天井のデザインが全く見えないという不運に見舞われてしまいました。と言う訳で今回は訪問前に電話で確認を入れた所、メインホールは特別何にも使ってないとの事。そんな訳でルンルン気分で体験してきた素晴らしい内部空間がコチラです:



大変ダイナミックに、恰も空間が上昇して行くかの様な、そんな「えも言われぬ空間」がココには存在しています。



す、素晴らしいの一言‥‥他に言葉が見当たりません‥‥。



どういう構造になっているかと言うと、一層分取られた直線が扇子を広げるかの様に段々とずれ込んでいく事によって上昇感を創り出しているという訳です。反対側から見てみます。先ずは一層部分から:



ほど良く押さえられた天井高。斜め方向に一直線に伸びた天井線が気持ち良い。そしてそこから歩を進めると2層目が姿を現してきます:



この線の交わり方!そして最後は3層目へ:





内側に倒れ込んできているガラスの壁がある事によって、この空間に「包み込む様な感じ」が醸し出されています。



もうお解りだと思いますが、3本の線に規定され生み出された螺旋の上昇空間は見事なまでに外側に膨れ上がり、それがそのまま外観となって現れている訳ですよ!



そして鋭い人なら、このミラージェスの空間にコルビジェとの類似性を見い出すかもしれません(地中海ブログ:パリ旅行その6:大小2つの螺旋状空間が展開する見事な住宅建築:サヴォワ邸(Villa Savoye, Le Corbusier)その1:全体の空間構成について)。コルビジェと空間シークエンスと言えばコロミーナであり、コロミーナはカタルーニャ工科大学でイグナシの下に学んでいた訳で、そこにはミラージェスも居て‥‥という話に展開していくんだけど、それは又今度。



それにしてもこの空間は本当に写真にとりずらい。と言うか、どれだけ写真に収めても、何枚ブロブに写真をアップしても、この空間の本質はナカナカ伝わらない気がする‥‥。そしてこの点こそがミラージェスの真意であり、この建築の本質なのかなー?と、そんな気がしてくるから不思議です。晩年ミラージェスはこんな事を言っていました:

「・・・これは、私の仕事の進め方のなかで、視覚は一番重要な事柄ではないという事実と関係があると思います。私のプロジェクトは単なる視覚以上のものに大きく依存しています。Studio Talk, 15人の建築家の物語、インタビュー二川由夫, P641

そう、これこそ我々が現地に行かねばならない理由であり、この建築が我々の五感を通してしか理解する事が出来ない類いのものになっている理由なのです。

この建築はバルセロナに来たら足を延ばしてでも絶対に見に行くべき作品の一つだと、僕にそう確信させる程の質を伴った傑作中の傑作だと思います。
| 建築 | 07:03 | comments(2) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
コメント
初めまして。
私は社会人二年目の男です。
学部時代の卒論でエンリック・ミラーレスを取り上げて研究して以来彼の建築を見なかった日は無いというくらい彼の建築に魅せられています。
バラニャの市民会館は非常に興味を抱いていたのですが行き方が分からず断念してしまいました。
何年後になるかは分かりませんがまた行きたいと思っています。
イグアラーダももう一度訪れたいと思っています。
彼の得意な技法でもある反復、そして直線のズラし方。そんな魅力に改めて魅せられてしまいました。
ありがとうございました。
| Jun Nakagawa | 2012/06/24 10:53 PM |
JUn Nakagawaさん、こんにちは。コメントありがとうございます。

ミラージェス、素晴らしい建築家ですよね。見れば見るほど、そして彼の建築を訪れれば訪れるほど、新たな発見があって、その都度心底感動させられます。

最近は本当に忙しくて、なかなかミラージェスの建築を訪れる時間が取れないのですが、コレを機に、意識的に時間を作って無理をしてでも彼の建築を訪れたいなーと決心しました。近々、お墓にも行ってみようと思っています。そうしたら又レポートを書きたいと思っているので、その時は又宜しくお願いします!
| cruasan | 2012/07/03 6:27 AM |
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