地中海ブログ

地中海都市バルセロナから日本人というフィルターを通したヨーロッパの社会文化をお送りします。
<< (速報)マニュエル・デ・ソラ・モラレス(Manuel de Sola-Morales)氏が亡くなりました | TOP | スペインの石川五右衛門こと、伝説的な大泥棒のインタビュー記事その2:スペインの泥棒ちゃんが自伝を出版しちゃいました >>
サスキア・サッセン(Saskia Sassen)のインタビュー記事:グローバルシティというアイデアは何処から来たのか?
ちょっと前の新聞(El Pais Semanal, 29 de Enero 2012)にサスキア・サッセンのインタビュー記事が載っていました。



最近僕が興味を惹かれるのは、「この人はどんな事を考えているのかな?」というアイデアのレベルではなく、「何故この人はこんな考え方をする様になったのかな?」という、その人の創造力の源泉に関する問題なんですね。



例えばアルヴァロ・シザの建築形態操作には、彼が子供の頃に受けた体験、特に大病を煩って祖父母の家に隔離されていた時に受けた体験が非常に色濃く彼の創造力に影響を与えているという事は以前のエントリで明らかにしたばかりです(地中海ブログ:アルヴァロ・シザ(Alvaro Siza)のインタビュー記事:シザ建築の特徴は一体何処からきたのか?)。

そういう意味において、今回のサッセンのインタビュー(特に後半部分)は彼女の生い立ちや家族構成、小さい頃の体験なんかが非常によく描き出されていて、彼女の思考体系の源泉を知る手掛かりになるのでは?と思われます。と言うか、日曜日の朝にこのインタビュー記事をカフェで読んでて、「これって、結構画期的な事が書いてあるじゃん!」と、穏やかにコーヒーを飲んでいるカタラン人達の間で思わず「おおっ」とか驚きの声を上げてしまった程、強く心に残るインタビューだと思います(笑)。特にこの部分なんて凄い告白だと思う:

「‥‥えっとですね、私の父はジャーナリストで、祖父は南オランダに位置する小さく美しい街、スヘルトーヘンボスの市長を勤めていました。‥‥(中略)‥‥祖父はそれ以外の事ではナチスに協力し、その為に戦争終結後、刑務所へ送られる事になってしまったのです。私の父はというと、ジャーナリストとしてナチス側にいたのです‥‥やめましょう、このテーマは‥‥」(サッセンの発言:このインタビュー記事の後半部分、グローバルシティの写真のある辺り)

13歳から既に共産主義に傾倒し、世界中を転々としてきた彼女だからこそ、グローバルシティという秀逸なアイデアが出て来たのかな?と、そう思ってしまいます。この分野に関心のある人ならのめり込む事間違い無し!是非ご堪能あれ!

以下の訳文はEl Pais Semanal紙(1月29日(2012))のp28-30に載った文の全訳です。

Q=インタビューアーの質問
R=サスキア・サッセンの回答
黒字=訳者メモ

Q: その昔、都市経済は人々の事を「消費者」として評価していました。しかしいつの間にかその同じ都市経済がそれらの人々を排除する方向へと態度を変えてしまった様に思われます。都市に人が溢れすぎた事が原因なのでしょうか?
Q; ¿La economía urbana ha pasado de valorar a las personas como consumidores a tratar de expulsarlas porque sobran?

R: そうですね、都市における排除のプロセスは世界中で起こっている現象だと言う事を先ずは申し上げておきたいと思います。更に言うと、その様な排除という現象は何も都市部だけで起こっている事ではなく、田舎でも同様の事が起こっていると言う事も付け加えておいて良いかもしれません。何故かというと、土地を買収すると、その土地を耕しそこで生活していた人々が必要なくなり、人が余ってしまうという現象が起こるからなのです。 さて、第二次世界大戦以後、我々は4つの異なる時代区分を体験してきた訳なのですが、現況では、都市中心部に中流階級が暮らせる家や、商店など小さな店舗は入ってこれない状況となってきています。そんな世の中において、中流階級は非常に多くのものを失ってしまったのです。それは彼ら(中流階級)が歴史的に保持してきた権力であり、権限であり、権利であり、未来における可能性なのです。フランスやアメリカ、そしてイギリスなど非常に発展した国々において、中流階級は疲弊し、世代が増すごとにどんどん貧しくなっていっています。新しい世代になればなるほど正式な教育を受ける機会が減少し、収入も親の世代に比べ少なくなり、ひいてはマイホームを購入する機会すら減ってきているのです。この様な現象こそ、国民一人一人の人生設計を阻害するプロセスであり、排除のプロセスという事が出来るのです。
R: Este proceso se da en muchos sitios. En el campo también, porque compran las tierras y sobran quienes las cuidaban. En la ciudad, los hogares y los comercios modestos quedan desplazados del centro. Además, en esta generación, la cuarta tras la Segunda Guerra Mundial, la clase media está perdiendo poder. Se está empobreciendo en países altamente desarrollados como Francia, EE UU y Reino Unido. La nueva generación adquiere menos educación formal, menos ingresos, y tiene menos posibilidades de comprar una casa. Eso es una especie de expulsión de un proyecto de vida.

Q: 我々は親から子へ、子から孫へと世代が進むにつれ社会も豊かになり、生活の質も向上すると、そう信じてきました。
Q: ¿Creíamos que cada generación avanzaría respecto a la anterior?

R: 社会が豊かになっていく事、親の世代よりも子の世代の方が質の高い暮らしを約束されていたという事は、世の中の誰しもが信じきた、ある種の社会信仰の様なものだったと思います。しかしですね、チリやアルゼンチンなどといった、未曾有の経済危機を体験し、そのシワ寄せが中流階級に降り掛かってきた国々においては、その様な直線的な進化の道筋は断ち切られてしまいました。
R: Parecía parte de un contrato social, pero esa trayectoria ha sido interrumpida en países como Chile o Argentina, donde fue brutal lo que le pasó a la clase media tras la crisis.

Q: 何故そんな事が起こってしまったのでしょうか?
Q: ¿Por qué ha sucedido?



R: 現在我々が生きている社会というのは、以前とは全く違うシステムの上に成り立っているからだという事が出来るかもしれません。一見このシステムは過去から脈々と続いてきたものの様に見えるかもしれませんが、実はそうではないんですね。金融というシステムは80年代に生まれ、そして90年代に定着した仕組みであり、それ以来、金融業界の論理が全ての経済分野に侵入し、彼ら(金融)の論理によって侵略を開始したのです。現在の世の中というのは、その時創られたシステムの上に構築されたものであり、我々は正にその中に生きる羽目になってしまったのです。 ここで最初の質問である、「こんな世の中においては一体何が変わってしまったのか?」という点に戻りたいと思うのですが、それをお話する為にはケインズ主義が旺盛だった時代にまで遡らなければなりません。その時代において経済のベースとなっていたのは大量生産、大量消費というパターンであり、その様な人々の生活スタイルに合わせ、郊外における大量の住宅建設と、それに伴う交通インフラの整備などが進められました。つまりは過去のシステムにおいては、消費という行為が非常に重要な位置を占めていたという事なのです。しかしですね、90年代に生み出された金融システムは、それまでとは全く違った新しい仕組みを創り出してしまったのです。それこそ大量消費を通過する事なく、何倍ものお金を生み出すというメカニズムだったのです。

R: Es un nuevo sistema. Parece una continuación del antiguo, pero no lo es. La lógica financiera ha invadido todos los sectores económicos. Hay una organización del sistema que nace en los años ochenta y se establece en los noventa. Hoy vivimos sus consecuencias. Y el cambio fundamental es que, en la época del keynesianismo, la base económica era la manufactura de masa y el consumo de masa: la construcción de espacios suburbanos de masa en las correspondientes carreteras e infraestructuras. Es decir, una serie de procesos económicos que implicaron que el consumo importara muchísimo. Hoy, el sistema financiero ha inventado modos de multiplicar la renta sin pasar por el consumo de masa.

Q: 郊外開発は今日においてビックビジネスへと変わってきています‥‥
Q: Construir suburbios se convirtió en un gran negocio…

R: 郊外に建てられる新しい住宅には、住宅自体だけでなく、その中に入る全てのもの(新しい冷蔵庫、新しいテレビ、新しい家具など)が新品という状態が想定されています。いわゆる3種の神器というやつですね。その事が(ポジティブではあるけれども)悪循環を生み出したのです。繰り返しますが、我々は消費に基づいたシステムの上に生きていました。例えそれが必要であれ不必要であれ、消費し続ける事は非常に重要な事柄だったのです。
R: Cada hogar suponía una nueva nevera, una nueva televisión, nuevos muebles… Todo nuevo. Se generó un ciclo vicioso positivo. Teníamos un sistema basado en el consumo. Fuera o no necesario, era vital seguir consumiendo.

Q: 現在の世の中はそうはなっていないのでしょうか?
Q: ¿Ya no es así?

R: その様な鎖は断ち切られてしまったのです。労働者の賃金はもはや消費を続ける事が困難なほど低くなってしまいましたし、大量の住宅建設が終焉した事によって、我々は以前とは全く違うサイクルの中に生きる事になってしまったのです。

R: Se ha roto la cadena. El salario del trabajador ya no hace posible mantener el consumo. Se ha roto la cadena, porque se ha terminado la construcción en masa. Ahora vivimos en un ciclo muy distinto.

Q: 都市に住みながらも消費行動が出来ない人達には一体何が起こるのでしょうか?
Q: ¿Qué sucede con la gente que vive en las ciudades y ya no puede consumir?



R: そうですね、それは社会的な不平等、もしくは社会的な排除といった様な問題だけには留まりません。勿論それらは既に存在しているのですが、それよりも何よりも、失業という問題が我々の社会にとって非常に重要な問題として勃興してきているのです。現在社会において、一度失業した人が再び平凡な日常を暮らしていく事は非常に難しくなってきています。例えばイギリスやアメリカでは刑務所に入っている囚人の数はココ数年で劇的に増え続けているのですが、それら多くの囚人というのは殺人を犯したという様な重犯罪者なのではなく、刑務所に入るべき類いの人達ではないのです。刑務所とはある意味、社会に適合出来なかった人間を収容するという、一つの「人間収容所」としての機能を担っているのですが、現代社会における囚人の激増は、仕事が無く雇用に有り付けないという事と全く無関係とは言えなくなってきているんですね。つまりは仕事が無いからこそ人々は軽犯罪に走り、そして刑務所に入るという悪循環が働いているのです。今の世の中において、一度犯罪者という烙印を押されてしまうと、一生、社会システムから排除された人間として生きていかなければならず、もう一度社会に復帰する事は非常に困難な状況となってきているのです。

R: No es solo un tema de desigualdad y exclusión social, aunque ambos existen. El nuevo elemento es que muchos de los desempleados de hoy no tienen posibilidad de volver a tener una vida normal de trabajo. Tanto en Reino Unido como en Estados Unidos, la población de presos ha aumentado muchísimo, y a mí me parece que si bien algunos de estos prisioneros son asesinos, la gran mayoría no lo son y no deberían estar en prisión. La cárcel es una especie de almacén de gente que el sistema no puede absorber, porque no puede emplear. Viven expulsados del sistema, almacenados y sin posibilidad de reinsertarse.

Q: さて、少し話題を変えたいと思うのですが、あなたの別のご関心事として、中国がアフリカのザンビアでやっている様な、他国の土地を買収している「国の動き」に非常に敏感に反応されていますよね。その様な買収は多くの場合、その地に住んでいた住民達を追い出すという結果に終わっています。何故その様な事が起こっているのでしょうか?追い出された人々はその後、一体何処へ行く事になるのでしょうか?
Q: Otro tema que usted toca es el de países que compran grandes cantidades de terreno a otros países, como China en Zambia, y que generan expulsiones masivas de población. ¿Cómo es posible eso, adónde va esa gente?

R: 2006年から2010年にかけ、各国の行政機関や金融業者などは、アフリカ、ロシア、ラテンアメリカ、ベトナム、ウクライナそしてカンボジアなどに7千ヘクタールもの土地を購入しました。購入したのは中国やサウジアラビア、アラブ首長国連邦や韓国、そしてスウェーデンなど、いずれも大国と言われる国々でした。しかしですね、驚くべき事に、この最後の数年間でそれら購入者リストに上がる名前が変わってきたのです。例えばココ数年のアフリカにおける最大の土地購入者は‥‥実は投資金融会社なのです。これがどういう事か、お分かりですよね!
R: Agencias de Gobierno y firmas financieras compraron 70 millones de hectáreas entre 2006 y 2010 en África, Rusia, América Latina, Vietnam, Ucrania y Camboya. Entre los grandes países compradores están China, Arabia Saudí, los Emiratos Árabes, Corea del Sur y Suecia. Pero en los últimos años los mayores compradores en África han sido… las firmas financieras de alto riesgo. ¡Imagínese!

Q: 何の為なのでしょうか?
Q: ¿Para qué?

R:それらの土地は農耕をする為のものであり、上質な地下水を伴った土地なのです。つまり、彼らは水がある土地を買っているのです。
R: Es tierra para el cultivo agrícola. Y tierra con altos niveles freáticos. Compran tierra con agua.

Q: 食料の値段が上がる事を予測してそれらの土地を買っているのでしょうか?もしくは収穫物を燃料に変える為なのでしょうか?
Q: ¿Compran en previsión del incremento del precio de los alimentos o para convertir las cosechas en combustible?

R: 大抵の場合、彼らはそれらの土地を何かしら一つの農作物に特化する為に買っているのです。今年、J.P.Morganは4万ヘクタールもの土地をウクライナに購入したのですが、驚くべき事に、投機会社は彼ら以上に土地を購入しているのです。土地は食物と水を表象します。と同時に、バイオ燃料やレア・アースといったモノをも意味しているのです。レア・アースという言葉を聞いた事がありますか?
R: En general, uniformizan los cultivos. Este año, J. P. Morgan compró 40.000 hectáreas de tierra en Ucrania, pero los fondos de inversión especulativos son los que han comprado más. La tierra representa comida y agua, pero también puede representar biocombustibles y también tierras raras. ¿Sabe lo que son?

Q: いいえ。
Q: No.

R: レア・アースとはドミトリ・メンデレーエフの周期表により存在が確認された17元素からなるグループの事です。それが何の役に立つのか、以前は一部の人々を除いてさっぱり分からなかったし、知られてすらいなかったのですが、ここにきてその全貌が明らかになってきました。実はですね、エコ電池を作り出す際、その材料としてそれら17種類のレア・アースが必要となるという事が判明したのです。各国はその対応に追われていたのですが、アメリカでは、それらレア・アースを中国から輸入する事に決め、自国でレア・アースを発掘したり、それらを抽出する技術を開発するという道はとらない事に決めました。現在では、中国が世界的に見てレア・アースの主な輸出国となっていて、実に世界総輸出量の90%を占めるまでに至っています。故にレア・アースを輸入に頼っている国々、日本やアメリカなどは中国からの輸入がストップする事を大変恐れているのです。ある国(例えば中国の様な)がコンゴに300万ヘクタールもの土地を買ったり、ザンビアに280万ヘクタールもの土地を購入し、そこにヤシの木を植えるといった様な、一つの土地に一つの農作物だけを植え続けるのは理由があります。そうする事で、その土地に存在する全て動植物だけでなく、農業に従事する人々をも追い出し、その土地を疲弊させる事が目的なのです(サッセンはこの様にしてレア・アースを手に入れる事が出来るとは明言してはいないが、そう推測される)。 それら自らの土地を追い出された人々は一体何処へ行くのでしょうか? 彼らは都市へと行く事になるのです。インドでも同じ様な事が起こっています。最後の30年間において、小作農業者達が追い出されているのです。彼らとて無知ではありませんから、大地は恵みをもたらし、その土地が我々人類に与えてくれる豊かさについては熟知しているのですが、悲しいかな、投機会社との戦いには何時も敗北する様、運命付けられているのです。
R: Hay 17 componentes que Mendeleyev identificó en su tabla períodica como elementos que no sabía para qué podían servir. Ahora lo sabemos. Las pilas ecológicas requieren algunos. Los americanos decidieron importarlos de los chinos y no desarrollaron la tecnología para obtenerlos. Y ahora China es el principal país exportador con casi el 90%, y Japón, EEUU y otros están aterrorizados con que pueda suspender las exportaciones. Cuando un país como China compra 3 millones de hectáreas en el Congo y 2,8 millones en Zambia para plantar palma, o sea, para plantar un único cultivo, eso es una manera de empobrecer la tierra. Además de expulsar especies de flora y fauna y pueblos enteros, expulsan a los pequeños agricultores. ¿Adonde se van? A las ciudades. Lo mismo pasa en India. En los últimos 30 años, los pequeños agricultores han sido expulsados. Estos pequeños propietarios no son estúpidos. Saben que la tierra produce. Pero los agricultores pierden esa batalla.

Q: 排除された人達は都市へと向かうとおっしゃられましたが、都市部には彼らの為の仕事は存在するのでしょうか?もし無いとしたら、彼らは一体どうなるのでしょうか?
Q: Expulsados hacia las ciudades, ¿y si allí no hay trabajo para ellos?



R: 現行の経済システムや金融業界の勢いは仲介業者を成長させ、正にその様な状況こそが、それらの分野を戦略的な位置に押し上げる要因となりました。しかしですね、ここが重要なポイントなのですが、それらのメカニズムは経済成長の恩恵を分配する事はありません。逆に、それらのシステムが生み出した恩恵は、彼らが潤えば潤うほど、彼ら自身に集中する事となるのです。今日において都市部では人が余っています。都市部ではこれ以上の人は必要ないのです。

R: El sistema económico, el auge de las finanzas, ha hecho crecer a un sector intermediario que se ha vuelto estratégico. Pero este sistema no distribuye los beneficios del crecimiento económico. Al contrario, los concentra más y más. Hoy, en las ciudades sobra gente. Ya no hacen falta.

Q: お言葉ですが、現在でも世界中の都市は成長を続けていると思うのですが‥‥
Q: Pero muchas ciudades no dejan de crecer…



R: 都市は未だに人々を吸収し続け、そして多くの人達にとって魅力的な場となっている事は確かだと思います。社会的不安と不安定が蔓延る現代の世の中においては、都市に大きなチャンスが転がっている事も又事実であり、正にその事によって人々の心はオープンになっていると言う事も出来るからです。だからこそ逆に、失敗した時の失望も大きなものとなるのです。都市は可能性の場であり、希望の場でもあります。しかしそれは社会が豊かになるとか、仕事を得る事が出来るとか、その様な進化が保証させているという事ではありません。それは全く別の次元の話なのです。

R: La ciudad todavía absorbe a gente, todavía es atractiva. En una época como la nuestra, de grandes inestabilidades, se da una mayor apertura mental, hay grandes oportunidades y, por tanto, grandes desilusiones. La ciudad es el territorio de lo posible, pero no del progreso asegurado.

Q: 人々は一か八か都市へ勝負しに来るという訳ですね。
Q: Vamos a la ciudad a probar fortuna.

R: その通りです。田舎に残された可能性は少ないですからね。今や田舎の土地の大部分は大企業や中国の様な政府機関の手により私有化されているのですから‥‥。 我々の都市は変わり続けています。ダイナミックに変化し続ける都市なのですが、それでも我々は都市を認識する事が出来るのです。各々の都市が提供してくれる社会的関係性や人々との出逢い、身体的な接触などは、何者にも変え難く、掛替えの無いものとなっているのです。中心市街地は人々がお互いを見る/見られるの関係性を実現する場であるし、見知らぬ人との遭遇や出会いなどの機会を与えてもくれます。そして大変重要な事に、中心市街地における見知らぬ人同士の接触や唐突な出逢いは暴力を伴う事はありません。そこは人種や階層など全く違う人々を混ぜ合わせ、お互いがお互いを認識する場を提供する事によって、平和をも切り開く可能性と潜在性を持った大変魅力的な場となっているのです。

R: Ahí voy. En el campo queda poco. La tierra está privatizada en manos de grandes empresas y de grandes agencias de Gobierno como las de China… Nuestras ciudades son mutantes, pero las reconocemos a pesar de sus cambios. La sociabilidad, el contacto físico que ofrece la ciudad, es insustituible. Los centros hacen que la gente se vea. Gente muy distinta se tropieza, habla. Y esos encuentros en un centro urbano no generan violencia. Los centros urbanos son fascinantes por esa capacidad de mezclar sobrepoblación y paz.

Q: 人々の間に不安が蔓延っている今日において、中心市街地とは人々を文明化する為の空間として機能しているという事なのでしょうか?
Q: ¿El centro de la ciudad hoy, en tiempo de grandes inestabilidades, es un espacio de civilización?

R: 都市とは誰か一人の私的所有物なのではなく、そこに住む人、そこを訪れる人、全ての人に開かれた場であり、全ての人の所有物なのです。そうであるからこそ、中心市街地では移民にしろ観光客にしろ、誰しも大変居心地良く過ごす事が出来るんですね。反対に、同じ都市部だとは言っても、郊外では全く事情が違ってきます。郊外において起こっている事、それはその土地の住民による拒絶に他なりません。彼らは他地区から人々が自分達のテリトリーに入ってくる事を大変嫌っているのです。 繰り返しますが、都市とは見知らぬ人々、違う階層に属する人々に出逢いの場を提供し、それらの人々がフィジカルに接触する事によって活力を与えられる場でもあります。彼ら一人一人の存在、出逢い、そしてフィジカルな接触が都市の原動力になっているのです。何故都市部でそんな事が起こるのかというと、それは人々が都市で生き延びる為、もしくはより良い生活を手に入れる為に仕事を見つけなければならないからです。つまり、そうやって情報を交換しているという訳なんです。
R: Es de todos. Un inmigrante o un turista se sienten bien en el centro de la ciudad. Los barrios suburbanos son otra cosa; la misma mirada de la gente puede expulsar. Con tanta gente desesperada por tener un empleo y una vida con más posibilidades, es el contacto físico de diversas clases sociales lo que da la sensación de potencial en las ciudades.



Q: それは中心市街地に人々が溢れ、活力が生まれた時にこそ言える事だと思います。ジェントリフィケーションが貧困層を追い出し、裕福な層だけで一様な風景が形成される時、そのエリアの市民意識は失われるのでしょうか?

Q: Eso sucede cuando los centros son lugares con vida. Cuanto la gentrificación expulsa a los pobres de los centros y los uniformiza con una única clase social, ¿se pierde ese civismo?

R: その様な市民意識、つまりは都市の活力が失われるのです。私の息子(ヒラリー)は彫刻家でロンドンに住んでいるのですが、彼が住んでいる地区は、ありとあらゆる民族と宗教が入り交じったゾーンとなっています。彼らに共通する事と言えば、お金を持っていないという一点に尽きます。その地区は夜になると昼間とは全く別の顔を現し、まるで小さな地球の如くの様相を呈してくるという特徴を持っているのですが、何故なら夜になると、その地区の住民が仕事から帰ってくるからなのです。都市においては、若者達が道ばたで偶然出逢ったり、話し合ったりといった出来事が日常的に起こるのです。 私の息子はニューヨークからロンドンへ移り住んだ時、友人達と、とある建物を不法占拠して住み始めました。ロンドンでは人々が建物を不法占拠した時などは、先ず警察が来て不法占拠者に対し警告を開始します。この類いの警告は彼らを強制退去させる3ヶ月前に行われる事になっています。 不法占拠者達というのは、社会システムからは外れた所にいる、いわば社会不適合者とも言える存在です。しかしですね、彼らがそれらの建物を占拠している間、展覧会を企画したり、それが話題になり新聞に載ったりと、様々な事が起こったのです。これらが指し示している事、それは彼らのしている事は勿論違法であり、法の外にいるのは間違いないのですが、と、同時に守られてもいるという事なんですね。ベルリンでは壁が崩壊した時、正にこれと同じ様な事が起こりました。これら全てのメカニズムは、システムの外に居る人や、家が買えない人、もしくは家賃が払えない人などを生き延びさせるのに非常に役に立つのです。勿論その様な状況は居心地が良いとは言えず、環境も悪い事に変わりはないのですが、しかしそれでも生きていく事は出来るのです。
R: Se pierde el motor de la ciudad. Mi hijo Hillary, que es escultor, vive en Londres en una zona que mezcla todo tipo de razas y religiones. El denominador común es la falta de dinero. En ese barrio, por la noche, aparece el mundo. En las ciudades ocurren cosas como que los jóvenes se encuentran. Mi hijo llegó a Londres desde Nueva York y ocupó un edificio con otros amigos. Si ocupas un edificio, la policía te debe dar un aviso de expulsión tres meses antes de echarte. Están fuera del sistema, pero mientras viven en esos edificios montan exposiciones que reciben críticas y reseñas en la prensa. Eso es interesante. Estás fuera de la ley, pero estás protegido. En Berlín Este sucedió algo parecido tras la caída del Muro. Todos esos mecanismos permiten sobrevivir y tener un proyecto de vida. No es cómodo, pero es posible.

Q: お言葉ですが、あなたの息子さんはそれら貧乏な人々の良い例とは言えないのではないでしょうか?何故なら母親が有名大学教授だからです。
Q: Pero su hijo probablemente no sea un ejemplo de pocos recursos. Tiene una madre académica.

R: そうですね。しかし彼は親を頼るのではなく自分自身の力で生きていきたいと願い、彼自身の人生を自分の足で歩み出したのです。22歳の時の事でした。そんな彼も今では30歳になり、ワンルームマンションを所有するまでになりました。しかしですね、今ではマイホームを所有している彼ですら、自立を始めた時は不法占拠者という立場からのスタートだったのです。法の外で生きる事が出来る可能性がある事は良い事だと思います。ブラジルのファベイラの様に世界中に点在している郊外には、貧困や悲惨さだけでなく、それ以上のものが存在し、その地区独自の経済を発展させているのです。
R: Es verdad. Pero él quería su propio proyecto de vida. Se trata de poder pertenecer al mundo. Lo hizo con 22 años. Hoy, con 30, tiene un apartamento con una habitación, pero su entrada fue al margen de la ley. Esa posibilidad de llegar fuera de ley es buena. Algunos suburbios, como las favelas, son algo más que zonas de miseria. Desarrollan sus propias economías.

Q: 現代都市において生き延びていく為には、アウトサイダー的に法の外で生きていくしかないと言う事をおっしゃりたいのでしょうか?
Q: ¿Está diciendo que para sobrevivir en las ciudades hay que hacerlo de manera marginal?

R: 私が強調したい事は、貧乏な人達だってその様なやり方で都市部で生き延びていく事が出来るという可能性であり、彼らも都市の一部だという事が言いたいのです。例え何も持っていなくとも、誰だって「自分自身の都市に生きている、この都市は自分の都市だ」という事を感じる事だって可能なのです。それは何も理論的な事ではなく、私自身の体験から来ている事でもあります。お話しした様に、私はアメリカに違法移民として入り、違法移民だったその時でさえもニューヨークという都市に対する帰属意識、「ニューヨークは私の都市だ、自分の都市だと」感じる事が出来ました。都市とは個人レベルで創られるものではありません。それは集団の中から現れてくるものなのです。そして都市とはその様な集団の想いによって創出されるものであり、決して奇跡的な産物などではないのです。
R: Lo que quiero remarcar es que la gente sin recursos puede hacerlo así y sentirse parte de la ciudad, sentir que está también en su ciudad, que la ciudad le pertenece un poco. Yo entré en EEUU de inmigrante ilegal y sentí eso, sentí que Nueva York también era mi ciudad, my city… Es un hacer colectivo. No es un milagro, la ciudad lo permite.



Q: あなたはオランダで生まれアルゼンチンで成長され、その後ヨーロッパ中を転々とされました。何故その様に沢山の国々を渡り歩かれたのでしょうか?

Q: Nacida en Holanda, crecida en Argentina, nómada después por Europa… ¿Por qué tanto traslado?

R: 50年代初頭にブエノスアイレスに着いて以来、私の家族は14年間そこに住んでいました。つまりアルゼンチンに移住したのは戦後という事なのですが‥‥。何故その時期にアルゼンチンに住み着いたのかというと、その裏には複雑な事情が混在していたのですが、それはその当時、私の両親が未だ若く、そして非常に冒険好きだったという事と深い関係があります。第二次世界大戦後のオランダ政府は、国家政策として東欧からの難民や逃亡者を受け入れると決め、当時としては非常に革新主義的な策を講じました。と言うのもその際、オランダ人に対して他国への移住を強く進めたのです。彼らは言います:「あなた方オランダ人は世界中何処へ行っても受け入れてもらえるでしょう。しかし東欧からの難民はそういう訳にはいきません。ここオランダには彼らを受け入れる為のスペースが必要なのです」と。そんな理由から当時沢山の人々が移住を決意し、現在でも9百万人ものオランダ人が、自国以外の国で生きているのです。
R: Mi familia vivió 14 años en Buenos Aires. Llegó a principios de los 50. En la posguerra… Hay dos o tres cosas que se mezclan… Mis padres eran jóvenes, aventureros. El Estado holandés tomó medidas progresistas cuando decidió acomodar a los refugiados de Europa del Este tras la Segunda Guerra Mundial. Facilitaron la emigración de holandeses bajo la idea: “Ustedes son holandeses, les va a recibir todo el mundo, y aquí necesitamos sitio”. Hoy hay nueve millones de holandeses fuera del país.

Q: と言う事は、あなたのご両親は難民達の為に自分達の空間をお譲りになったという事ですか?
Q: ¿Sus padres decidieron ceder su sitio?

R: えっとですね、私の父はジャーナリストで、祖父は南オランダに位置する小さく美しい街、スヘルトーヘンボスの市長を勤めていました。ナチスが街に侵攻してきた時、彼らは祖父にこう言ったのです:「我々に協力するか、それとも街を爆破されたいか、どっちにする?」と‥‥。祖父はユダヤ人を一人たりともナチスに引き渡しませんでした。何故ならスヘルトーヘンボスには当時、ユダヤ人は一人も居なかったからです。しかしですね、祖父はそれ以外の事ではナチスに協力し、その為に戦争終結後、刑務所へ送られる事になってしまったのです。私の父はというと、ジャーナリストとしてナチス側にいたのです‥‥やめましょう、このテーマは‥‥
R: Bueno… Le explico el contexto. Mi papá era periodista, y mi abuelo era el alcalde de una ciudad bellísima del sur de Holanda, Hertogenbosch. Al ser invadida por los nazis, le dijeron que o colaboraba o le bombardeaban la ciudad… No entregó a ningún judío. No había judíos allí. Pero colaborar significaba que uno hacía un pacto. Después de la guerra, a mi abuelo se lo llevaron a prisión. Y mi papá había estado con los nazis como periodista… Pero quizá fuera mejor dejar ese tema…

Q: 続けてください。
Q: No, por favor.

R: 先程も申し上げたのですが、私の父は根っからの冒険好きで、自ら進んで戦線に赴き、戦争の従軍記者となりました。そんな中、ヨーゼフ・ゲッベルスは従軍記者達で構成された中隊を編制したのです。中隊といっても、全員がジャーナリストで、タバコを吸い、酒を飲んでいたそうですけどね。規律や秩序といったものは一切無く、非常に滑稽な従軍記者団だったという事です。そんな中隊だったのですが、勿論彼らの仕事は危険に満ち満ちたものである事に変わりはなく、時には怪我もするし、何より私の父は戦火が最も激しかった戦場の一つ、ロシアとの戦線に送られていたのです。少し時が経つと、ゲッベルスは父を刑務所へ送りました。ゲッベルスと父は互いに啀み合い、上手くいってなかったのです。私の父は反ソビエト派だったんですけどね。 反対に、私はと言うと、父とは全く逆の思想を持っていて、13歳にして共産主義に賛同するソビエト派でした。どれほどのめり込んでいたかというと、ロシア語を勉強していた程だったのです。当時の私は、父の思想に我慢が出来ず、家を出て行く事にしたのです。もうちょっと詳しく言うと、事態はもっと複雑だったんですけどね‥‥。と言うのも、私の父方の家族は大きな鉱山を所有していたという事、そして当時の南オランダに居るカトリック教徒達はイギリス人達を大変嫌っていたという事、その様な幾つかの事情が合い重なっていたからです。 えっと、このテーマを話すには結構大きな問題が付き纏っていまして‥‥と言うのも、「イギリスに反対していた」と言うと、多くの人々は「あー、あなた、ナチス側の人間なのね」と、そう思われてしまう事がしばしばなんですね。だからニューヨークではこのテーマを話す事は出来ません。もしニューヨークでこの話題を出そうものなら、人々がこう言ってくる事は目に見えているからです:「サッセンさん、あなたは反ユダヤ主義者なのですね」と。今までそんな事は無かったのですが、そうなる可能性は十分にあります。だから、なるべく話さない様にしているのです‥‥。
R: Mi papá, que era un aventurero total, se trasladó al frente, se hizo corresponsal de guerra. Goebbels había creado un batallón para los corresponsales de guerra. Eran todos periodistas; y fumaban, bebían. Nada de disciplina. Era un batallón cómico. Aun así, mi padre estuvo en el frente en Rusia… Incluso fue herido. Luego Goebbels lo metió en prisión. El general odiaba a mi padre y mi padre odiaba a Goebbels. Pero mi padre también se volvió muy antisoviético. Yo, en cambio, me hice comunista con 13 años; hasta estudié ruso. Y me fui de mi casa porque no aguantaba más. Pero todo es más complejo… La familia de mi padre era de grandes propietarios de minas. Y los católicos del sur de Holanda odiaban a los británicos, porque consideraban que estaban robándoles… El problema de hablar de estos temas es que, al decir que estaban contra británicos, la gente tiende a calificarte de pronazi. En Nueva York no puedo hablar de este tema. Terminarían diciéndome: “Lo que sucedes es que usted es antisemita”. No me ha pasado, pero podría pasarme. Por eso no hablo mucho de eso…

Q: お母様はどんな方だったのですか?
Q: ¿Y su madre?

R: 母は自由気ままに生きる事が大変好きな人で、ボヘミアンな生活を楽しんでいました。父と母が小説家と一緒に映っている写真を何枚か持っています。アイルランドに住んだ後ですら、彼らは未だ反イギリス主義を貫き通していたくらいだったのです。まあ、その様な反イギリス主義は、ホロコーストに対する社会的批判がどんどん高まっていくにつれ、段々と失われていったんですけどね。何故かと言うと、あの時代に反イギリス主義を表明するという事は、それだけでナチス側の人間と見做され、ホロコースト賛同者と見做される時代だったからなのです。その結果、「反イギリス主義反対」という機運が、反イギリス主義者の間にも急速に高まっていく事となりました。そんな空気の中においてさえも、私の両親は自らの考えを変えようとはせず、結局、アイルランドから立ち去る事にしたと言う訳なのです。
R: Mi madre llevaba una vida bohemia. Tengo fotos de mis padres con escritores. Después de vivir en Irlanda, seguían siendo antibritánicos. Eso se pierde luego en Europa por oposición generalizada al Holocausto. Esa nueva negativa domina a la anterior antibritánica. Así es que mis padres decidieron embarcarse.

Q: アルゼンチンに着かれた時、お父様は何をされていたのですか?
Q: Cuando llegan a Argentina, ¿qué hace su padre?

R: えっと、私の父ですか‥‥私の父は、ラテンアメリカに居る独裁者達と友好関係を築こうとしていました。勿論、ペロンともね‥‥。その一方で、彼の心の中には常に何かしら社会主義的なものが残っていた様にも思います。つまり独裁者達と一緒に居た一方で、ブエノスアイレスの港湾都市であるマル・デル・プラタで行われていた労働組合の非合法な会合にも顔を出していたのです。その様な会合に私達幼い姉妹は良く連れて行かれたものです。今にして思えば、私達はカモフラージュに最適だったのでしょうね。
R: Bueno, él… él se hizo amigo de todos los grandes dictadores de América Latina: de Perón… Pero siempre tuvo algo que por ahí era el socialismo. Estaban las dictaduras militares, pero también los sindicatos… reuniones clandestinas en Mar del Plata. Y siempre nos llevaban. Éramos nenas; creo que servíamos de camuflaje.

Q: 両親が反イギリス主義者だったという事や、お父上が独裁者の友人だったという事は、大きくなられてから理解されたのでしょうか?
Q: ¿Todo esto lo ha entendido después?

R: そうですね、その時にそれらの事情が分からなかったという事が、私の人生を決めたという事が出来るかもしれません。と同時に、政治的な動きが私の人生を支配していたという事も出来るのです。私は共産主義者でしたし、その事で両親と対立さえしたのですから。家を出て行きたかったので、貯金したりもしていましたし。結局、親にお金を借りてハンブルグへ行く事にしました。その間、貧困というものを体験し、お腹を空かせたりもしました。パリやトリノで過ごした暗く寒い夜などには、レストランのオーナーと交渉し、一杯のスープを恵んでもらったりしていたのです。アメリカではお金を稼ぐ為に家政婦のバイトをしていたし、アカデミックな学生という顔と家政婦という顔、その二つの顔を同時に持ちながら過ごしていたのです。
R: Eso de no entender me marcó. Pero la política dominaba mi vida. Yo era comunista y me enfrenté a mis padres. Quise irme. Ahorré dinero. Les pedí un préstamo y tomé un barco a Hamburgo. Experimente la pobreza y pasé hambre. En París, en Turín, donde en invierno llegué a un acuerdo con el dueño de una trattoria para que cada noche me diera un plato de sopa. En Estados Unidos, donde me dediqué a limpiar casas. He tenido una vida paralela.

Q: 多くの場合、あなたは固定観念や確立された概念に反対の立場を表明されていますね。例えば、発展途上国への投資は移住者を増加させるだとか、それらの投資は地域経済をダメにするとか。
Q: Usted va a menudo contra los conceptos establecidos. Por ejemplo, defiende que la inversión en los países menos desarrollados aumenta la emigración porque devasta las economías tradicionales.

R: その点については、もう既に自明の事だと思います。発展途上国への投資問題は一見矛盾しているかの様に見えるが故に、大変興味深いものとなっているのです。都市という狭い範囲に限らず、もっと先にある「何か」を都市を通して理解してみたいのです。
R: Eso hoy está comprobado. Puede parecer contradictorio, y por eso me interesa. Uso la ciudad para entender una realidad más allá de lo urbano.

Q: アラブの春はネットが無かったら不可能だったという事は常々言われてきた事ですが、ネットだけでなく都市が無かったとしても、それらは不可能だった様な気がします(アラブの春についてはコチラ:地中海ブログ:スペイン各都市で大規模デモ:「ジャスミン革命がスペインにも飛び火」って言われてるけど・・・)。人々を革命へと導くのに、都市はどの程度まで鍵となるのでしょうか?
Q: Se repite que las movilizaciones del mundo árabe no hubieran sido posibles sin Internet, pero tampoco se podrían haber producido sin las ciudades. ¿Hasta qué punto la ciudad es clave para movilizar a la gente?

R: 都市に沢山の変化が訪れる時、1人では何も出来なかった個人が群衆となり、歴史を築く事が出来る様になるのです。その様な群衆は常に権力を持つとは限らないのですが、個人が群衆になるという事は、「権力の目に付き易い」という事を意味します。つまり都市は非力な個人同士を繋ぎ合わせ、彼らを可視化する許容力があるのです。それは権力者の家の前で抗議活動をするとか、所有者/奴隷といった弁証法に終わる古いモデルとは全く違います。怒れる人々、世の中に不満を持っている人々は、単にその場で声を上げるだけとか、権力が自分達の存在に気づいてくれる事、ただそれだけを望んでいる訳ではありません。彼らはネットワークを築いているのです。都市において権力は見えません。と言うか、権力が見えなくなる事、見えなくする事こそ、都市自身が持つ潜在力であり、都市の特徴となっているとも言えるのです。
R: Cuando hay mucha transformación urbana, el individuo pobre se vuelve multitud y puede hacer historia. Eso no les da necesariamente poder, pero les da capacidad de hacerse presentes. Creo que la ciudad tiene la capacidad de generar redes y hacer presentes, visibles, a los sin poder. No es el viejo modelo de protestar delante de las casas del poder y caer en la dialéctica dueño/esclavo. Los indignados no buscan solamente estar ahí y que el poder los vea. Hacen red. Ahí se ve la capacidad de la ciudad de volver compleja la falta de poder.
| インタビュー集 | 06:59 | comments(7) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
コメント
国際的囲い込み現象を説き起こしてくれました。山はより高くなる、たには更にふかくなる。見えない谷底の人々は、頂上にいる人たちを支えるしかできないのだ。
| koichiro sato | 2012/04/24 10:13 PM |
Koichiro Satoさん、こんにちは、コメントありがとうございます。

このインタビュー、サッセンのものとしてはナカナカ珍しいものとなっていると思います。しかもそれを地元の新聞が企画したという所も興味深い所だと思います。
| cruasan | 2012/05/04 6:24 AM |
Muy interesante la entrevista, una buena manera de empezar a conocer una interesante académica, como es la Dr. Sassen.

Gracias!

JP
| JP | 2012/11/19 9:07 PM |
通りすがりのものです。素晴らしい翻訳、ありがとうございます。大変刺激的な内容ですね。
| 通りすがり | 2013/05/16 11:33 PM |
通りすがりさん、初めまして、こんにちは。コメントありがとうございます。

このインタビュー、サッセンにしては珍しく、とってもプライベートな部分にまで入り込んでいて、とても興味深いものに仕上がっていると思います。彼女の思考(グローバルシティなど)が何処から来たのか?という事が垣間見えるかの様で、本当に興味深いです。
| cruasan | 2013/05/31 5:50 PM |
はじめまして。ナチス・アレルギーが少ない視点から、サスキア・サッセンの背景について述べた記事が読みたくて検索したところ、この数年前のご投稿記事にたどり着きました(というのは、2014/12/5付けのchronicle of higher educationが周辺でかなり話題になっているためです)。大変興味深い記事の翻訳公開、ありがとうございました。まだ、chronicleの方の記事についてどう考えるべきなのか答えは出ていないしこれからも出そうにありませんが、周辺の熱から一歩ひいた立場を忘れないですみそうです。感謝です!(ちなみに最新記事も読ませていただきました。全くの専門外なのでよく理解できていませんが、斬新で実利的で面白いと思いました。ブラボー!)
| yk | 2014/12/08 8:06 AM |
yKさん、こんにちは。コメントありがとうございます。

この記事、新聞にたまたま出ていたのですが、スペインの新聞はたまに大変質の高い記事を載せてくれて、読む方としても気合いが入り、また非常に楽しい体験となっています。

これからもインタビュー記事など、翻訳していければと思っております。どうぞ、宜しくお願い致します。
| cruasan | 2015/01/03 5:33 PM |
コメントする