地中海ブログ

地中海都市バルセロナから日本人というフィルターを通したヨーロッパの社会文化をお送りします。
<< ルイジアナ美術館(Louisiana Museum of Modern Art)その3:建築と彫刻と:動く事、動かない事 | TOP | オードリー・ヘプバーンの「ティファニーで朝食を」のスペイン語版タイトルは「ダイアモンドを見つめながら朝食を」と言います >>
建築家から見た「家政婦のミタ」論
ここの所、ヨーロッパ全土を襲っている大寒波の影響を受けてバルセロナでも非常に寒い日が続いています。先週なんて雪が降りましたからね、雪!本当に凍えそうな日が続いたので「こんな寒い時はカレーでも食べて温まるか」という事で、日本人の友達数人と「バルセロナで一番美味しい」と評判のインド人が経営しているカレー屋さんに行ってきました。



久しぶりに日本人同士で集まったという事もあり、色んな話題で盛り上がったんだけど、その中でもみんなの関心を惹いていたのが、去年日本で大ヒットを飛ばしたドラマ、松嶋菜々子主演の「家政婦のミタ」だったんですね。このドラマについては以前、Googleニュースか何かで名前をチラッと見掛けたくらいだったんだけど、みんなが「本当に面白かった。是非見て感想を聞かせてー」とか何とか言うもんだから、半信半疑で見てみる事に。そしたら、これが本当に面白かった!「毎日1話づつ見ていこうかな」とか思ってたんだけど、余りの面白さに結局11話ぶっ通しで見てしまい、久しぶりに「10時間、ドラマに没頭」っていう、最近ではナカナカ出来なかった体験をしてしまったほどでした(苦笑)。



実は僕、昔からドラマ大好き少年だったんで、放送されたドラマは片っ端から見てたんだけど、そんなありとあらゆるドラマを見てきた僕の目から見ても、この「家政婦のミタ」は日本のドラマ史上に残る傑作なんじゃないの?って思うくらいの質は持っていた様な気がします。という訳で今回は見終わった感想なんかをメモ程度に記しておこうと思うんだけど、これくらい人気のあるドラマなら、もう既にかなりの数の批評が出揃ってると思うので、ここでは敢えて物語の設定だとか、メッセージ性だとか、そういうスタンダードな批評はしない事にします。

そうではなく、今回僕が試みたいと思うのは、僕にしか書けない批評、つまりは「建築家の目から見た家政婦のミタ論」みたいな事をやってみようかなと思います。(最初に断っておきますが、半分冗談です(笑))

そしてその延長線上で言うと、このドラマは現在建築を学んでいる学生の皆さんや現役で活躍している建築家の皆さんにこそ見て欲しいドラマかなーとか思ったりするんですね。なんでかって、このドラマの物語構成などの「デザイン」は、明らかに建築設計に繋がる所があると思うし、何より最近雑誌で良く見掛ける「一筆書きでしかない表面的な建築」なんかを見て真似るよりも、よっぽど、このドラマを分析する方が建築を創っていく上で学ぶ事が多いのでは?と思うからです。

(注意)ここに書くのはあくまでも僕の観点から見た解釈なので何時もの様にかなり偏っています(笑)。こういう見方もあるというくらいに思っておいてください。あと、この評ではストーリー展開を詳細に追う訳では無いので、ドラマをまだ見ていない人が読んでもどうって事は無いと思いますが、まあ、一応念の為に:

警告:ドラマを未だ見ていない人はココで読むのをストップしましょう。



先ず始めに、何故僕はこのドラマを傑作だと思うのか?という所からいきたいと思います。つまりは、このドラマで監督がやりたかった事、実現したかった「掛替えのないアイデア」とは一体なんだったのか?



それはずばり、ミタさんの笑顔です。家族愛だとか、現代の日本社会における家族像の変化だとか、多様性を祝福するポストモダンの真っ只中において、バラバラになってしまった家族の絆をどうやって取り戻すのか?とか、まあ色々と議論を醸し出す為に用意された仕掛けも所々に見える事は見えるんだけど、そんな事はミタさんが最後に見せる笑顔に比べればどうでも良いレベルの問題なのです。このドラマは最後の最後に出てくるミタさんの笑顔を描きたいが為に創られたと言っても過言ではなく、その最後の笑顔をこの上無く素敵なものにする為だけに、全ての演出がなされているという意味において傑作となっているのです。



それは例えば、サルバドール・ダリが「猫と一緒に空中を飛びたい!その一瞬を体験したい!」という熱い思いから、カメラが一般的では無かった当時において、様々な所から機器を集めまくり、その一瞬を捉える事に成功した「執念」に似ているかもしれません。そう、ここには「何かしら自分のアイデアを実現したい!」という、ある種の執念すら見られるんですね。

「執念」と言えば勿論「北斗の券」に出てきたシンの名台詞、「お前と俺には決定的な違いがある‥‥それは‥‥執念だ!」なんだけど、まあ、それは置いといて(笑)、えっと、僕がこのドラマを見ていて頭に思い浮かべたのは三浦綾子の傑作「氷点」でした。



確かに「家政婦のミタ」には日本映画史に残る名作、「家族ゲーム」を彷彿とさせる所もあるとは思うし、そういう意味で日経新聞が「家政婦のミタを家族ゲームの文脈で批評した」っていう観点は分からないでもありません。そしてそれが郊外化の議論に繋がっている事も非常に納得出来る展開だと思います。



そういう批評の仕方がある一方で、「何故僕が氷点を思い浮かべたのか?」と言うとですね、それは氷点の中で描かれている内容やメッセージ性などからではなく、ドラマの創り方、クライマックスに持っていくその手法に注目したからなんですね。何度も繰り返しますが、ここでは建築家の目から見た芸術の創作論という観点から話を進めていますので。



三浦綾子さんが氷点においてやりたかった事、それは主人公の女の子(陽子ちゃん)の心が凍り付く、その一点を描き出す事でした。(もうちょっと詳しく言うと、そこにはキリスト教の原罪の概念とかが入り込んでるんだけど、ここではそこには立ち入らない事にします)。

「どんな困難な時でも良い子でいよう、明るく笑顔の絶えない子でいよう」という主人公は、とある重大な事実を知ってしまった事から、心が凍り付き、もう二度と笑えない様になり、そして自殺を図ります。その心の変化とその一瞬こそがこの小説(もしくはドラマ)の本質であり核心である事から、第一話から最終章まで主人公の女の子は「これでもか!」と、まるで太陽の如くに明るく描かれているんですね。



反対に家政婦のミタでは、主人公は笑顔を忘れたロボットの様な存在として描かれます。彼女はどんな事があっても自分の感情を表さないし、はにかむ事すらしません。何故彼女がこうなってしまったのか?には、それ相応の理由が存在するのですが、それにしてもドラマの全編を通して必要以上に徹底して彼女の顔から一切の感情が排除されている事が見て取れるかと思います。

何故か?

何故なら、このドラマの核心であり最も重要なテーマは「彼女の笑顔」だからです。

どんな事をしても絶対に笑う事が無かったミタさんが最後の最後で笑う。このドラマはその一瞬に全ての焦点が合わせられ、その一瞬の輝きを伝える為だけに10時間という長い時間をかけてミタさんの無感情な表情が映し出されていたのです。

僕は前回のエントリで世界屈指の美術館であるルイジアナ美術館の空間構成について書いてきました(地中海ブログ:ルイジアナ美術館(Louisiana Museum of Modern Art)その2:ジャコメッティ(Giacometti)の間はちょっと凄い、地中海ブログ:ルイジアナ美術館(Louisiana Museum of Modern Art)その3:建築と彫刻と:動く事、動かない事)。ルイジアナ美術館に流れる「物語」と、クライマックス的空間に至るまでの空間構成は、たった今、僕が説明してきた「家政婦のミタ」にみる演出と何ら変わらない事が容易に理解出来るかと思います。



つまりルイジアナ美術館における絶景=オーレスン海峡の地平線は、「家政婦のミタ」におけるミタさんの笑顔に相当し、ルイジアナ美術館ではその絶景を如何に美しく見せるかが、建築的な勝負所として設定されているんですね。

そんな一瞬の為だけに全てのエネルギーが注ぎ込まれている‥‥そんな一瞬に向かって、みんなが全力で走っていく‥‥そんな事が見てとれる時、僕の心は震えます。

勿論、テレビドラマという時間的にも予算的にも限られた制約の中なので、細部を見ていくと、明らかに下手くそな部分や、意味の無い部分、とても表面的な説明に終わっている場面が多数ある事は否めません。もっと言っちゃうと、このドラマにおいて多くの人が指摘するであろう、家族愛だとか、家族の絆だとか、その様な類いの問題定義に対しては、実はこのドラマは何も言って無いに等しいのでは?とすら思ってしまいます。

しかしですね、それらを考慮したとしても、このドラマの根底に流れている主題と、大枠での演出は素晴らしいものであり、それだけでも「ドラマの傑作」と位置付けるに相応しいものであると僕は思います。そして忘れてはいけないのは、やはり主人公の資質ですね。と言うか、松嶋菜々子の最後のはち切れんばかりの笑顔があったからこそ、このドラマは成功したとすら言えるのだから。
| サブカル | 00:18 | comments(5) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
コメント
はっはー、見ちゃいましたか全部。
私もあのミタさんの笑顔でドバーッと涙腺全開してしまいました。

でもその後でしたっけ?お母さんになるっていうの。実際お母さんになったら厳しく冷たくなって、やっぱり本当のお母さんは一人だけって気付かせる、その辺のくだりもすごーいって思っちゃった。

これ今だから続けて見れるけど、放映時のように各回一週間も待たされたらたまったもんじゃないですよね。私は3話位ずつ三日に分けて見ましたけど。

家族ゲームもまた見たい!でもこれって長渕剛じゃなかったっけ?昔の記憶が怪しい…。
| ay | 2012/02/14 9:19 AM |
ミタさんとルイジアナ美術館結びつけるとは・・・ワハハハ

私は、仏壇を燃やそうとする、あの一番のタブーを無視する行動がなかなか好きです。おそらく、日本人にはぐっとくるでしょう?(西洋人にはわからない)
それでいて、幼稚園のお嬢さんとお別れするときの優しさ。折り紙にそっとメッセージをそえるのもよかったです。あの子役の子すごいよね。
でも、実は、そんなに傑作か??と思いますが。

昨年のドラマでは、「それでも、生きてゆく」と「タローの塔」あとは、つきなみですが「深夜食堂」は味わいがありました。「それでも・・・」の俳優さんたちの演技は、歴史に残るかな。
| Kyoko | 2012/02/14 6:17 PM |
ayさん、kyokoさん、こんにちは。コメントありがとうございます。

見ちゃいました!しかも11話連続で!凄く面白かったです!!
又何か面白そうなドラマとかあったら、是非教えてくださいね。
| cruasan | 2012/02/22 6:06 AM |
ドラマの内容については、もう数えきれない方々が感想をいくつもぶちまけているので敢えて私は書きません。今回建築家さんのブログということで、ほんのちょっと建築に関連したことを書きたいと思います。建築と言えばミタさんが働いている阿須田一家の家です。思ったのですが、あんなに大きな家なのに長男の翔と次男の海斗はなぜか相部屋なんですね。次男も思春期になったら、どうするのでしょうか(笑)また、末っ子の季衣は元々母親の部屋だった場所に寝ているようです。ということは、実質自分専用の部か屋を持っているのは長女だけということになります。じゃあ阿須田家の2階は長女と男兄弟の部屋、二つしかないのか?それとも夫婦の寝室があるのか?
それはさておき、阿須田家の台所のデザインはおしゃれ!壁のない対面式キッチンで、家事をする人が効率よく動ける設計になってますね。家の大きな裏窓からは花壇などを並べられる小さな庭のようなスペースもあっておしゃれだと思います。と、いろいろ書いたらあまりに長くなるのでこの辺までにしておきます。最後に、うららちゃんがいつも料理を焦がしたり、こぼしたりしているので阿須田家はきちんとした換気設備、臭い消し設備が必要のようですね(笑)
| アーキテクトさん | 2012/09/05 3:43 AM |
アーキテクトさん、こんにちは。コメントありがとうございます。

鋭い!そうですね、言われてみれば確かにその通りです。もしかしたら、家の間取りやプランニングから、又新たな「家政婦のミタ」理論が構築出来るかもしれません(笑)。

おっしゃる通り、このドラマに関してはもうそれこそ数えきれない程の批評が出ています。それだけ人々の心をとらえたという事なんでしょうね。僕も本当に久しぶりに没頭してしまったドラマでした!
| cruasan | 2012/09/09 10:23 AM |
コメントする