地中海ブログ

地中海都市バルセロナから日本人というフィルターを通したヨーロッパの社会文化をお送りします。
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ルイジアナ美術館(Louisiana Museum of Modern Art)その3:建築と彫刻と:動く事、動かない事
前回のエントリ、ルイジアナ美術館(Louisiana Museum of Modern Art)その2:ジャコメッティ(Giacometti)の間はちょっと凄いの続きです。



長い回廊空間を巡った末に辿り着いたジャコメッティの間。「いつまでもココに居て彫刻を見ていたい」、正にそんな感動を我々に抱かせてくれる空間的質がここにはあります。



暖かみのある木とのコンビネーションを巧く生かした階段なんかも非常に良くデザインされています。少しの間ここに佇み、2階から行き交う人々を観察していたら面白い事に気が付きました。



この空間から見える素晴らしい風景をカメラに収めようと、訪問者の人達がガラスに近寄りシャッターを切るという行動が随時観察されたんですね。



その様な行為を後方から見ていた僕の目には、彼らの姿とジャコメッティの彫刻が重なり、あたかも一つの風景の中に2つの彫刻が存在しているかの様に見え始めました:



‥‥彫刻の本質とは「動く事」にあります。何故なら彫刻は動かないからです。つまり動かないからこそ、如何にして動きを創り出すか、動きを表現するかという事が彫刻にとって本質的な問題として浮上してくるんですね。

反対に建築とは人々がその空間の中を動き回る事によって成り立つ芸術です。つまり建築においては人々が動き回るという事を前提にして創られるので、その命題は必然的にどうやって空間的な「忘れられないワンシーン」を創り出すか、それらの風景を訪問者の心の中に刻み付けるかが命題となる訳です。この辺の事についてはベルニーニの彫刻を例に出しながら以前のエントリでこんな風に書きました:



「‥‥彫刻の素晴らしさ、それは一瞬を凍結する事だと思います。何らかの物語の一コマ、その一コマをあたかもカメラで「パシャ」っと撮ったかのように凍結させる事、それが出来るのが彫刻です。建築家の言葉で言うと、「忘れられないワンシーン」を創り出す事ですね。

では何故、彫刻にこんな事が可能なのか?それはズバリ、彫刻は動かないからです。「そんなの当たり前だろ、ボケ!」という声が聞こえてきそうですが (笑)、これが結構重要だと思うんですよね。彫刻は時間と空間において動きません。だから僕達の方が彫刻の周りを回って作品を鑑賞しなければならないんですね。そしてもっと当たり前且つ重要な事に、彫刻は一度彫られた表情を変えないという特徴があります。だからこそ、彫刻の最大の目標は「動く事」にあると思うんですね。

‥‥中略‥‥

建築家である僕は(一応建築家です(笑))、ココである事に気が付きます。「これって建築、もしくは都市を創造するプロセスとは全く逆じゃん」という事です。どういう事か?

僕達が建築を計画する時、一体何を考えてデザインしていくかというと、空間の中を歩いていく、その中において「忘れられないワンシーン」を創り出していく事を考えると思います。何故か?何故なら建築とは空間の中を歩き回り、その中で空間を体験させる事が可能な表象行為だからです。だから建築や都市には幾つものシーン(場面)を登場させる事が出来ます。そう、幾つものシーンを登場させる事が出来るからこそ、我々は、忘れられない「ワンシーン」を創り出そうと試みる訳なんですね。

‥‥中略‥‥

このように彫刻と建築は、その作品の体験プロセスにおいて全く逆の過程を経ます。彫刻は「ある一瞬」から心の中に前後の物語を紡ぎ出す事を、建築は様々な場面から心に残る一場面を心に刻み付ける事を。しかしながら、それら、彫刻や建築を創り出す人が目指すべき地点は同じなんですね。それは「忘れられないワンシーン」を創り出す事です。」(地中海ブログ:彫刻と建築と:忘れられないワンシーンを巡る2つの表象行為:ベルニーニ(Bernini)の彫刻とローマという都市を見ていて



ジャコメッティの彫刻の後ろで写真を撮っていた訪問者達は、エントランスから続く長い回廊を経て、この2層吹き抜け空間に辿り着いた「動く人達」です。更にそれら「動く人達」が、建築のフレームワークによって切り取られた風景を、「動かない写真」に焼き付けようと必至になっています。



その一方で、その後ろに位置しているジャコメッティの彫刻は動きません。動かないんだけど、その姿を見ていると、恰もその周りに「ある種の物語」が展開し始め、動かない筈の彫刻が動き出すかの様な錯覚に捕われます。



そう、この空間の中には「動くもの、動かないもの」、「動く事、動かない事」という相反する2つの事象が共存し、それらが拮抗し合う事によって、大変不思議な空間感覚を生み出しているのです。



さて、この空間を抜けると、今度は何やら見た事がある沢山の椅子が並んでる空間へと導かれます‥‥あ、あれはー:



ヤコブセン(Arne Jacobsen)のセブンチェアだー!す、凄い。さすがヤコブセンのお膝元、デンマーク!!ヤコブセンの椅子を惜しげもなく使ってる。そして屋外を見ればこの風景:



コレ又見事な屋外彫刻の空間となっているんですね。で、ここからがこの美術館の醍醐味なんだけど、この彫刻を見つつ振り返り様に展開するのがコチラの風景です:



そう、実はこの空間はレストラン&カフェになっているのですが、これが非常に広々としていて気持ちが良い!で、あちらにチラチラ見える、あ、あれは:



オーレスン海峡の地平線だー!素晴らしい!!ここに来て漸くこの建築のクライマックス的空間に辿り着いたという訳なんです。



それにしても素晴らしい眺め。この日は対岸のスウェーデンまで見通せるくらいの快晴だったんだけど印象的だったのは、地元のおばちゃん達がランチに美術館にやって来てたり、大学生っぽい人達がこの空間で読書に耽っていた姿だったんですね。つまり美術館っていう場所は何も芸術作品を鑑賞するだけではなく、「それら様々な諸活動を促す場所でもあるんだ!」という事を思い出させてくれたという訳なんです。そしてそれを可能にしている事こそ、この美術館が醸し出している雰囲気であり、空間デザインの力なのです。



‥‥ここでも自然(海の地平線)を背景にして、この空間で食事をしている人々があたかも彫刻の様に見えてくるから不思議です。そう、あのジャコメッティの間を通った僕達には、一体何が彫刻で、一体何が現実の人間なのか?という事の境界が非常に曖昧になっているんですね。そしてこの事こそ、この美術館が提示したかった問題なのかもしれません。



僕達の世界は輝いています。日常生活の中における瞬間瞬間は、それこそ芸術に値する様な輝けるワンシーンの連続で満ち溢れているんだけど、日々の雑用に追われ、生きる事だけで精一杯な現代人達はそれらを見つけ出す事、それらの輝きに気が付く事を忘れてしまっているんですね。



そんな素晴らしい瞬間を発見する事が出来るかどうかは僕達次第。そんな何気ない日常を輝きに変え、人生の素晴らしい糧にする事が出来るかどうかは我々次第なのです。

この美術館で試されている事、それは展示されている彫刻や現代芸術作品なのではなく、この美術館を訪れ、「そこで何を得る事が出来るのか」という訪問者である僕達の方なのかもしれません。

本当に素晴らしい美術館、そして素晴らしい体験でした。
| 旅行記:建築 | 07:16 | comments(4) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
コメント
 どうもありがとうございます。
 もう一度言って下さい、夏か寒くない季節に。そして、外の彫刻の向こうの下ったところやお庭を散策しましょう。そこはまた違った世界です。
 住んでいたなら、会員になって通うに値します。ランチも楽しいし。

 
| u | 2012/02/07 7:49 PM |
20年前に行ったのを思い出した!建築と人間と自然の幸せな関係があるよね。また、増築されたんだろうか?
| プルーデンス | 2012/02/10 9:01 AM |
Uさん、こんにちは。コメントありがとうございます。

是非行きたいと思います。夏だと、庭が本当に奇麗なんでしょうね。思い浮かべただけでもワクワクします!
| cruasan | 2012/02/14 5:50 AM |
プルーデンスさん、こんにちは。ご無沙汰です!

20年前に行かれたんですか!
本当に、あの美術館では色んな事を考えさせられました。又行きたいです!
| cruasan | 2012/02/14 5:51 AM |
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