地中海ブログ

地中海都市バルセロナから日本人というフィルターを通したヨーロッパの社会文化をお送りします。
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出版界の大手、グスタボ・ジリ(Editorial Gustavo Gili)社屋のオープンハウスその2:カタルーニャにおける近代建築の傑作
前回のエントリ、デザイン系出版社の老舗、グスタボ・ジリ(Editorial Gustavo Gili)社屋のオープンハウスその1:バルセロナってデザインのレベルが本当に高いと思うの続きです。

 「グスタボ・ジリ出版社」と言われてピンとこない人も、「GG出版」と言えば見た事がある人が多いのでは無いでしょうか?そう、グスタボ・ジリ出版とは、あの2Gシリーズを出してる出版社の事なんですね。古くは伊東豊雄さんの特集を、最近では藤本壮介さんや篠原一男さんの特集号を出したりしてて、日本でも認知度は高いと思います。ちなみに今日、同社のカタログを見てたら、藤本さんの2Gに「ベストセラー」とかいう印が付いてた。ヨーロッパで人気抜群なんですよね、藤本さん!

そんな、世界にその名を轟かすグスタボ・ジリ出版社なんだけど、その知名度の割りに、出版社屋の存在はあまり知られていないような気がします。これは何も「外国人に」って事だけではなくて、地元バルセロナ在住のカタラン人でさえ、その社屋を実際に見たって人は少ないんじゃないでしょうか?

それもその筈、実はこの社屋、街のど真ん中にあるにも拘らず、人目を忍ぶかの様に大変ひっそりと建っているからなんです。殆ど、一人隠れんぼ状態(笑)。そんな、知る人ぞ知る名建築が、社屋建立50周年を記念して3週間限定のオープンハウスを行うというニュースが飛び込んできたのが今月初め。これはGG社の長―い歴史の中でも始めての事であり、「このチャンスを逃す手は無い!」と言う事で、早速行って来たと言う訳なんです。



場所はバルセロナの新市街地の左寄り側、マドリッドから王様なんかがよく手術に来る公立病院と工業大学の直ぐ近くに位置する閑静な住宅街にあります。上の写真がグスタボ・ジリ社への入り口がある住宅街の正面ファサードなんだけど、言われなければ絶対に見落としてしまう程、ごく普通の住宅街の顔をしています。その一階部分にポッカリと開いた穴、ここがグスタボ・ジリ社への入り口となっているんですね。



「社屋こっち」みたいな矢印と、トレードマークであるGGという文字。さすがにデザイン関連の会社らしく美しくデザインされていますね。この矢印に導かれて進んで行くと現れるのがこの風景:



じゃーん、典型的なセルダブロックの中庭の使い方、四方を集合住宅に囲まれた、その大変静かな環境の中に50年前に建てられたとは思えない程状態の良い建築が佇んでいます(セルダブロックの中庭の新しい使い方についてはコチラ:地中海ブログ:エンサンチェ(Ensanche:新市街地)セルダブロック中庭開放計画その1: Jaridins de Montserrat Roig)。直ぐ前の道が車の騒音でうるさいのとは一転、中庭に入るだけでこれだけの静寂さが展開している点こそ、セルダブロックの中庭の使い方の大きな特徴となっていると思いますね。



外観を楽しんだ後はいよいよ中へと入っていくんだけど、内部へ一歩入ると、非常に天井高がある広々とした空間に、「これでもか!」と言う程、光が満たされた風景が現れます。入った直ぐの所にはGG社で出版されている書籍などが所狭しと並べられ、ガラスの敷居を挟んだ向こう側はオフィスとなっている風景が垣間見えます。今回はオープンハウス、そして創立60周年記念と言う事で、こんな記念品を貰っちゃいました:



GG社のカタログと、GGと言うロゴが入ったバック、そしてイグナシ・デ・ソラ・モラレスが10年前に書いて未出版だった、GG社屋に関する論文を本にしたもの(イグナシについてはコチラ:地中海ブログ:イグナシ・デ・ソラ・モラレス( Ignasi de Sola-Morales)とテラン・ヴァーグ(terrain vague))。「これだけ貰えただけでも、来た甲斐があったなー」と、そんな事を思いつつ、普段は公開されていない2階へと上っていきます:



吹き抜け空間が非常に気持ち良いですね。そして前面を思い切ってガラス面にする事によって、そこから命一杯の光が降り注いできています。それがこの空間をこれだけ気持ちの良いものにしている要因でもあるんだけど、注目すべきはこの天井:



Vの字をした非常にダイナミックな天井を実現しているんだけど、これはちょっと珍しい。と言うか、明らかにココにこの建築のエッセンスが詰まっている様な気がする。

建築家というのは、一つの建築に対して何かしらやりたい事、実現したいアイデアがあると思うんだけど、それが良く見える建築、その「かけがえの無いアイデア」が実現出来ている建築、そういう建築を僕は優れた建築だと感じます。もっと言っちゃうと、アイデアと言うのは何でもかんでも実現すればよいというものではなくて、一つの建築に「これだ!」って言う、その建築にしか出来ない「たった一つのアイデア」が空間に展開していれば、それは見るに値する建築になると思うんですね。それは歌舞伎のように毎回違う事をして観客を喜ばせる「これだ、これだ!」と自分を前面に押し出していくタイプの建築というよりは、能の様に毎回同じ事を繰り返すんだけど、細部がホンの少しだけ変えてある、前回とはちょっと違うという「差異化」によって自分を表現していく「静のデザイン」。そんなデザインを実現する為に全ての要素が絡み合い、それらが一つのうねりとなって物語を構成している建築。そんな建築に出会った時、僕は心の底から感動を覚えるのです。そういう観点から見ると、この建築において建築家がやりたかった事はタダ一つ、それは「この天井を実現したかった」という事でしょうね。そしてそれがきちんと実現されている・・・。



実は今回この建築を訪れるにあたって、現在バルセロナに滞在されている建築家であり左官職人でもある、森田一弥さんとご一緒させて頂いたんだけど、この天井を見ている時に彼が非常に面白い事を呟かれていました:

 「この天井、真ん中をVの字にする事によって、その両側を上に引っ張る吊り構造みたいになってますね」

な、なるほど!さすが構造方面から建築デザインの境地を切り開いている森田さん!見る所が違います!!

これはつまりどういう事かというとですね、真ん中に「でーん」と立ってる大木の様な鉄骨が上部で少し斜め上方向に向いている事によって、その上方向へと引っ張る力を利用して、右手側の大ガラス、そして左手側の連続水平窓を吊り上げ、それらの面に柱を入れる事無く、大変気持ちの良い無柱空間を実現していると言う事なんですね!なるほどねー。



実はこの様なアクロバッティブな構造を見たのは今回が初めてじゃなくって、去年マドリッドに行った時に見たエドゥワルド・トロハによる競馬場が正にこの様な構造になっていました。あの建築は極限まで薄く打たれたコンクリートと、極限まで迫り出したキャンチレバーで人々の心を虜にする建築になってるんだけど、それを可能にしたものこそ、人間の知恵と創造力の限界にまで挑戦した末に生み出された「吊り構造」だった訳ですよ(地中海ブログ:エドゥアルド・トロハ(Eduardo Torroja)の傑作、サルスエラ競馬場)。実はその時も、あの信じられない構造が成り立っている理由を教えてくれたのは森田さんでした。彼は自身のブログでこんな風に書かれています:

 「‥‥ 今まで写真で見ていたときは、屋根のシルエットだけに注目してみていたのですが、よく見ると屋根の裏側の鋼管で屋根の先を支えながら、同時に入り口部分を 吊り上げているのです。このおかげで競技場の下のエントランス部分にも荷重を支える柱が現れず、開放感のある気持ちのいい空間になっています。」(そうだ、トロハ、行こう@マドリード、建築家+左官職人 森田一弥の写真日記)

このトロハの建築は、これ程の傑作にも拘らず、その存在はナカナカ知られていません。でもマドリッドに行ったら絶対に見るべき建築の一つに数えられる事は確かだと思います。

さて、今回の建築の素晴らしい天井の周りに展開している他の場所にも注目してみると、例えばこんなのがありました:



社屋と隣の建物の間に設けられた小さな庭園。都会のオアシスっぽくて、非常に気持ちの良い空間ですね。これを見つつ、先程の吹き抜け空間に戻ります。やはりこの空間は秀逸だなー。この光と影のバランス、近代的なアイデアが一杯詰まり、その時代の息吹が感じられる、正にそんな空間となっています。

この建築が建てられたのが1954-1960年。トロハの競馬場が1935年。そしてその時代にはトロハだけではなくて、メキシコに亡命したキャンデラなど、正にスペイン建築が構造的な観点からデザインの新境地を開いていった時代に重なっているんですね。そこには勿論、前時代にカタランボールと言うレンガ造を用いつつも次々と革新的なデザインを展開していったガウディの存在がある事は言うまでもありません(地中海ブログ:アントニ・ガウディ(Antoni Gaudi)の建築:コロニア・グエル(Colonia Guell)その2:コロニア・グエルの形態と逆さ吊り構造模型)。それらの様な流れが何故スペインから出てきて、何故その時代に集中し、何がそれらを可能にしたのか?この辺を探っていくと、又、新しいスペイン建築史が開けてくるかもしれませんね。
| 建築 | 07:20 | comments(2) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
コメント
いつもご紹介ありがとうございます!(笑)
あの屋根の構造は、あのときトロハの話をしなければ気がつかなかったかもしれませんね。屋根から下は正統モダニズムのデザインでしたが、屋根はしっかりスペインの構造の歴史を意識して受け継いでいると思いました。
これ見よがしの構造でなく、なんか違うなと思ってよくよくみると、実に凝った仕掛けがある、というところが憎いですね。
| もりかず | 2011/10/26 12:16 AM |
もりかずさん、マタマタ、こんにちは。

やっぱり、もりかずさんは、目が良いですよね。素晴らしい事だと思います。

スペインの建築は結構奥が深いですよね。それも他の国とは全く違う方向に進化している気がしてなりません。だから面白いのかも知れませんね。又今度、ご一緒させてください。
| cruasan | 2011/10/26 6:16 AM |
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