地中海ブログ

地中海都市バルセロナから日本人というフィルターを通したヨーロッパの社会文化をお送りします。
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もう一つの9月11日:カタルーニャの場合:グローバルの中に息づくローカリティ
毎年夏休み明けに各種メディアを賑わす話題と言えば、今から丁度10年前に起こってしまったアメリカの同時多発テロ事件、通称9.11の話題だと思うんだけど、今年も例年に漏れずスペインの各種メディアはこぞってこの話題を書き立てています。個人的には「あー、もうあれから10年も経つのかー」と、時が経つ早さに只々驚くばかりなんだけど、一昨日の新聞には世界貿易センタービルが建っていた跡地に計画される事になっている超高層ビル群の詳細な計画図が載っていました:



現在ではグランドゼロとして知られるココの跡地計画って、最初はユダヤ系アメリカ人建築家リベスキンドが国際コンペで勝って結構魅力的な案を提出してた様な気がするんだけど、それが何時の間にか複数の建築家達が別々の高層を担当する案に摩り替わっちゃいましたよね。まあ、世界中が注目する計画、しかもニューヨークのど真ん中に高層ビルをデザインする事が出来る建築家なんてスター中のスターだけだと思うんだけど、そんなスターの中に日本人建築家が混ざっていると言う事は案外知られていません。それがこの人:



じゃーん、日本が世界に誇る大建築家、槙文彦さんです。槙さんと言えば幕張メッセやヒルサイドテラスなど、正に「記憶に残る場所」を数多く手掛けてきた誰もが尊敬する建築家だと思うんだけど、実は槙さんの先生ってバルセロナ出身のカタラン人建築家、ホセ・ルイ・セルト(Josep Lluis Sert)なんですよね(地中海ブログ:オープンハウス in バルセロナ(48 OPEN HOUSE BCN)その3:ホセ・ルイ・セルト(Josep Lluis Sert)のパリ万博スペイン共和国館)。と言う訳で、槙さんは密かにバルセロナと深い繋がりがあるんだけど、それを話し出すと終わりそうも無いので、それは又別の機会に。

さて、実は上の記事が載っていたLa Vanguardia紙を注意深く観察していると分かる事なのですが、この新聞、毎年9月11日のテロの話題を9月11日以前に特集して、当日や翌日の一面にはアメリカ同時多発テロの話題を持ってくるって事が(殆ど)無いという事に気が付くかと思います。

何故か?

何故ならカタルーニャには9月11日にどうしても特集しなければいけない事があるからなんですね。それが今日のお題でもある、1714年に終止符が打たれたスペイン継承戦争に纏わる話題です(スペイン継承戦争が詳しく知りたい人はコチラ(地中海ブログ:もう一つの9月11日:カタルーニャの場合)。

手短に言うと、スペイン継承戦争って言うのは、カタルーニャがマドリッドを中心とするブルボン軍を相手にこの地方の特権を守る為に激しく闘い、多くの血が流された末に負けてしまったという結構ドラマチックな歴史的事実です。それ以降、カタルーニャが中世以来謳歌してきた全ての特権は剥奪され、事実上政治的な舞台から引き摺り下ろされる事になるのですが、近年の研究ではこの時に負けた事が現在の繁栄を齎したと見る研究も存在します。つまりこの戦争と言うのは、カタルーニャに決定的な変化を生んだ戦争だったと言う事なんですね。

その日以来、この9月11日と言う日は、カタルーニャ人達にとって特別な日となりました。つまり2001年以降、9月11日が世界にとって特別な日となったその何百年も前から、この地ではこの日を大変神聖な日として特別視する動きがあったという事なんです。





そのシンボルとなる像がバルセロナの中心街近く、碁盤の目の様に行儀良く並んだ新市街地の一角に位置しています。今から300年前のこの日、その身を挺してブルボン軍と闘い、最後の一兵になるまで戦い抜いた軍団を率いていた総大将、ラファエロ・カサノバの像です。



この辺りは閑静な住宅街なのですが、9月11日の早朝だけは、その様相を一変します。偉大なご先祖様に敬意を表して、朝早くから大勢の政治家達や、それを中継するテレビカメラなどがこぞって押しかけ、カサノバの像の足元に大きな大きな花束をささげる事が恒例行事となっているからです。そしてそれを取り囲むようにして、市民がその行事を見守り、その後、舞台を近くのシウダデリャ公園に移し、様々な催しものが行われるというのがこの日の恒例行事となっています。



地元カタルーニャの右寄りの新聞、La Vanguardia紙の9月11日の話題と言えば、何十年も前から、この祭典を取材し、それをカタルーニャ国民に知らせる事と相場が決まっています。世界の主要紙がアメリカの動向などを一面に持ってくるのなんてお構い無しに、独自色をハッキリ出していると言う訳です。

グローバリゼーションが進行する最中において、我々を取り巻く環境は一様になりつつあります。どの都市に行っても同じ様な風景が展開し、同じ様な食べ物が提供され、そして同じ様な服装に身を包んだ人達で溢れ返っていると言う様に、我々の社会は確実に画一化の方向に進んで行っているんですね。そんな画一化が進めば進むほど、逆説的にローカリティが重要になってくるという事は、言うまでも無い事かも知れません。そしてここスペインのバルセロナと言う地域は、今でもそのローカルなアイデンティティに満ち溢れたパワーを「これでもか!」と見る事が出来る、世界でも数少ない稀有な地域となっています。

グローバルの中にローカルの息遣いがハッキリと見て取れる事、それは書籍などの活字からでは決して理解出来る事なのではなく、自分の五感を通してしか、その体験を記憶として自分の体の中に蓄積出来ない事なんですね。何故ならそれは、「今、ココ」でリアルに起こっている事だからです。そしてその様な体験こそ、どんな情報でも整理し引き出せてしまう天下のグーグルにも提供出来ない類の情報であり、情報化が進めば進むほど、「生身の体験」、「自分が今まで蓄積してきた経験」の重要性が大きくなっていくだろう事を示唆しているのだと思います。

それらの事が、僕が今、途方も無い時間とお金を注ぎ込んでバルセロナに居る事の理由なのかも知れません。
| バルセロナ歴史 | 04:48 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
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