地中海ブログ

地中海都市バルセロナから日本人というフィルターを通したヨーロッパの社会文化をお送りします。
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エドゥアルド・ソウト・デ・モウラ(Eduardo Souto de Moura)のインタビュー記事
3週間ちょっとのガリシア地方滞在を経て、先週末バルセロナに戻ってきました。ガリシア地方はかなり涼しく過し易かったので、バルセロナに帰ってくるのがちょっと恐ろしかったんだけど、あれ、思った程暑くない(驚)。って言うか、夜なんて毛布が必要なくらいヒンヤリしてるじゃないですか!例年なら7月は猛暑のはずなのに、おかしいなー。

そんな訳でもう既に何時もの生活に戻っているのですが、先週日曜日の新聞に今年のプリツカー賞受賞者、エドゥアルド・ソウト・デ・モウラの結構長いインタビューが載っていました。何たる偶然!というのも、実は今回ガリシア(とポルトガル北部)に行った目的の一つは、エドゥアルド・ソウト・デ・モウラの建築を見る為だったんですね。と言うのも、「本当に彼の建築はプリツカー賞に値するのか?」と言う事をこの目で見極めたかったからです。



まあ、その辺の是非は次回以降のエントリでゆっくり書く事として、このインタビュー、ある意味ちょっと面白いかも。と言うのも、今年のプリツカー賞授賞式はオバマ大統領が仕切っていたという情報が載っていたり、更にはオバマ大統領、建築大好きで、シカゴに居た時にはミースが設計したビルで働いてたっていう、これ又、あまり知られてない事が載ってたりしたんですね。他にはソウト・デ・モウラがレアル・マドリッドのクリスティアーノ・ロナウドの家を設計する事になったとか何とかって言う、レアルファンには嬉しい情報なんかも交え、時にはシザとの関係なんかも話しつつ、なかなか楽しめるインタビュー記事だと思います。最初は全く訳す気なんか無かったんだけど、まあ、休み明けの肩慣らしって事で訳してみました。得とご覧あれ!

以下の訳文はEl Pais紙(2011年7月24日)に載ったインタビュー記事の全訳です。

Q=インタビューアーの質問
R=エドゥアルド・ソウト・デ・モウラの回答

Q:今年のプリツカー賞授賞式においてはオバマ大統領が式典長を務められていましたが、アメリカ合衆国の大統領が建築のノーベル賞と言われるプリツカー賞授賞式に参加するというのは一体どういう意味があるのでしょうか?
Q:Obama presidió la ceremonia de la entrega de su Pritzker. ¿Qué signifca que el presidente de EEUU entregue un premio de arquitectura?

R:2つの解釈の仕方がある様に思います。先ず一つ目は彼自身の願望、つまりオバマ大統領自身がこのセレモニーに参加したかったからだという事が一つ。大統領自身が言われていたのですが、どうやら彼は建築家になりたかったそうなのです。建築が大好きらしく、シカゴに居らした時などは、ミース・ファン・デル・ローエのデザインしたビルで働いていたとか何とか。もう一つ考えられるのは、プリツカー一家がオバマ大統領を支援していたという事が挙げられると思います。彼らは民主党支援者で、オバマ大統領を支持していました。
R:Hay dos formas de interpretarlo. Una está en su propio discurso: aseguró que le habría gustado ser arquitecto; que le gustaba la arquitectura, que en Chicago trabajó en un edificio de Mies van der Rohe. La otra es pienso que la familia Pritzker le ayuda mucho. Son demócratas y le apoyan.

Q:オバマ大統領とはどんな会話をしたのですか?
Q:¿De qué habló con él?

R:実は彼とは5分しか一緒にいなかったのですが、とても好意的な方でした。式典でオバマ大統領は演説をされたのですが・・・えっと・・・彼のブレインの誰かが社会的建築の重要性を説いた模範的な演説を用意したと思われるのですが、オバマ大統領はその内容を非常に良く解釈していたと思います。私にとって彼との出会いは、賞を頂くのと同様に大変重要な事柄だったと考えています。彼にもそう伝えました。
R:Solo estuve cinco minutos con él. Pero fue muy agradable. Hizo un discurso…, bueno, alguien hizo un discurso muy cabal sobre la importancia de la arquitectura social. Pero lo interpretó muy bien. Para mí ha sido tan importante el encuentro con él como el premio. Y se lo dije.

Q:他にはどんな事を伝えましたか?
Q:¿Qué le dijo?

R:あなたは大変重要な、責任ある仕事に就いていらっしゃる。そして、この世の中の何かしらを変える事が出来る数少ない政治家の一人であり、多大なる影響力をお持ちであると、そう伝えました。
R:Que él tenía una gran responsabilidad porque era de los pocos políticos que pueden cambiar las cosas. Porque tiene poder e influencia.

Q:彼は何と答えましたか?
Q:¿Qué le respondió?

R:共和党との間の大変複雑な状況をとても懸念している、と。彼がアメリカの負債と、その額を増やす為には憲法改正の余地があるという事、そして共和党が脅しをかけてきていると言う事について話しているのは分かっていました。つまり負債額を増やすなら社会保障の件はチャラにすると・・・。まあ、それはいいとして、彼が授賞式でプリツカー賞を手渡してくれた事は本当に嬉しかったです。先程も言った様に、彼はここ数年間で何かを成し遂げられる数少ない政治家なのだから。そして物凄く気さくな方だという事も分かりました。ご婦人もね。
R:Se le veía preocupado, porque está en una situación muy complicada frente a los republicanos. Sé que está discutiendo el plazo de la deuda americana y para aumentar la deuda hay que cambiar la Constitución, y los republicanos ahora le hacen chantaje: si quieres eso, la sanidad fuera… Bueno, me gustó mucho que me diera él el premio. Es uno de los pocos políticos que en los últimos años han tratado de hacer algo. Y es simpático. La mujer también.

Q:オバマ大統領は演説の中で、あなたのブラガの競技場について触れ、あなたの作品の中では最も重要な作品だろうとおっしゃっていましたね。
Q:En el discurso, Obama habló de su estadio en Braga. Dijo que podría ser su obra más importante.

R:そう、その発言。最高でした。
R:A mi es la que más me gusta.

Q:あなたのお父上はブラガ出身ですね。
Q:Su padre era de Braga.

R:はい。父が小さい頃、サッカーを見に行きたかったそうなのですが、お金が無かった為に何時も競技場の中には入れず、外から見ていたそうなのです。その競技場は私が建てたものとは別のもので、とても美しいファシズムの建築だったのですが、丁度Uの字に開かれた様な形をしていました。そこには丁度、Picotoと呼ばれる丘があり、お金を持っていない大衆階級の人達はその丘に登ってサッカーを見ていたそうです。建築家というのは自分が手掛けたプロジェクトの事をまるで自分の子供の事のように話します。多くの建築家にとっては、それら全ての子供達は平等にかわいく、誰が一番で誰が2番であるとか言うように、順位は付けられないのだと。しかしですね、私は違います。ブラガ競技場の仕事は、私にとって圧倒的に一番熱意を注いだものでした。
R:Sí, y cuando era pequeño e iba a ver el fútbol, era de los que se quedaban fuera. El estadio era otro, muy bonito, un estadio de arquitectura fascista, abierto como una U. En la abertura había una colina, en el monte Picoto, y allí subían los que no podían pagar, la clase popular. Muchas veces los arquitectos hablan de los proyectos como hijos. Dicen que son todos iguales, que no tienen preferidos. Yo no. El estadio de Braga ha sido el proyecto que más me entusiasmó.



Q:何故ですか?
Q:¿Por qué?

R:何故なら全ての事柄が上手く運んだからです。仕事を頼まれた時期、それが建てられた場所、そしてクライアントも最適でした。無我夢中で働いたものです。工事は全てのデザインが終わる前に始まりました。我々が最初にした事は岩を粉砕した事だったのですが、その為に物凄く優秀な若いエンジニアグループと一緒に仕事をしました。この作品は建築作品である共に、又、エンジニア的な作品でもあるのです。そしてランドアートでもあり、それらは全て綿密な仕事によって成り立っています。20ヘクタールという広大な計画において、製図用のカラス口を使って設計するという事は普通では考えられません。これら全ての事象が合致する様な幸運は二度と訪れる事は無いと思います。
R:Porque todo funcionó: el momento oportuno, el lugar indicado, con el cliente adecuado. Trabajamos día y noche. La obra empezó antes de terminar de diseñar el proyecto. Se trituraba el granito. Trabajé con un grupo de ingenieros jóvenes impecables. Es también una obra de ingeniería. Pero también una obra de land art y un trabajo minucioso. No es normal que en un proyecto de 20 hectáreas se pueda llegar a dibujar con el detalle del tirador. Todo este cúmulo de cosas creo que no va a suceder nunca más.

Q:ブラガには、あなたが一番最初に手掛けたプロジェクトである市場がありますね。
Q:En Braga está también su primer proyecto, un mercado.

R:はい、そのプロジェクトをやっていた時は、未だ学生でした。
R:Era todavía estudiante cuando lo hice.

Q:残念な事にも既に解体されたと聞いていますが。
Q:Y ya lo demolieron.

R:それはちょっと違います。我々はそれを改修し、そして他の機能へと変換したのです。その裏にはこんな逸話があります。アルヴァロ(アルヴァロ・シザの事。以下ソウト・デ・モウラの発言でシザが出て来た時はアルヴァロで統一します)の事務所を辞めた後、私の学生時代にお世話になった都市計画の教授と一緒に働き始めました。市場の計画は彼のプロジェクトだったんですね。しかしですね、彼は私にそのプロジェクトを進める様に言ってくれたのです。それから間もなくして、私はミリタリーサービスへ行く事になったのですが、彼の態度は実に誠実そのものでした。私が進めていたその計画を彼は横取りする様な事はせず、軍隊に通いながらその計画を進める事が出来たのです。それが完成した後、時が経つにつれ天井には歪みが生じてきました。更に悪い事には、その市場がある地区にはスーパーマーケットが所狭しと並ぶ事となったのです。そんな状況から、市場がそこに存在する理由が無くなってしまったのです。
R:No. Lo transformamos. La historia es así. Dejé de trabajar con Álvaro Siza y fui a trabajar con mi profesor de urbanismo. El proyecto del mercado era suyo, pero me dijo que empezara a diseñarlo yo. Y lo dibujé. Luego me fui al servicio militar y él fue muy honesto. No lo continuó, me dejó trabajar desde la mili. Con el tiempo, apareció una deformación en el techo. Y, peor aún, el barrio se llenó de supermercados. Desapareció la razón de ser del mercado.

Q:スペインでは今、前世紀や今世紀初頭に建てられた古い市場が活気を帯びてきています。つまり人々はスーパーよりも古い市場に興味を示し始めているのです。
Q:¿Nos falta paciencia? Ahora en España están volviendo los mercados.

R:ポルトガルでも状況は同じです。しかし私が設計した市場は閉鎖されてしまいました。市場の売り子達は寒さに震え、人々はそこに行かなくなってしまったのです。そうこうしている内に、その場所は麻薬と売春の温床となり、どんどんと荒廃し始めていきました。そんな状況を見かねてか、ブラガ市の市長が「市場を解体したいのですが」と電話をかけてきたのです。その電話を受け取って以来、市場の将来について大変心配していたのですが、というのも、あの作品は私の人生にとって大変大切な作品だったからです。そうこうしている内に、ジャン・ヌーベルがパリのビエンナーレにその市場を展示したいと電話をかけてきました。あのブラガの市場からは本当に沢山の事を学び、そして本当に沢山のものを私に与えてくれたので、その時には、何かしらのお返しをしなければと考えるようになっていたのです。だから市長が「その市場に何かしらのプロジェクトがしたいですか?」と訊ねてくれた時、「少し考えたいので一日だけ待ってもらえませんか?」とお願いしたのです。その後市長に、屋根付きの街路、パサージュのようなものを提案する事にしました。こうして市場は2つの街路で結ばれ、人々はその市場の空間を行ったり来たりする様になったと言う訳なのです。そのような使われ方を復活させたかったし、都市における建物を変形したかったのです。歪みが出ていた天井を切り取り、列柱の遺構を伴ったローマ都市のように柱を残しました。今ではそこにはダンスとミュージックの学校が開校しています。その空間は非常に良く機能しているのですが、それは当初私が考えていた使用法とは異なり、人々がその空間をどう使うかを自ら考え、そして適応した結果なのです。
R:Y en Portugal también, pero el mío cerro. Los vendedores pasaban frío y los clientes dejaron de ir. El lugar se degradó con droga y prostitución. Y el alcalde me llamó porque quería demolerlo. Yo me preocupé. Esa obra fue importante en mi vida. Jean Nouvel me llamó para que la expusiera en la Bienal de París. Me había dado mucho y debía hacer algo por ella. Así que cuando el alcalde me pregunto si quería hacer algo, le pedí un día para pensarlo. Luego le propuse hacer una calle cubierta. El mercado conectaba dos calles y la gente lo usaba para pasar de una a otra. Quise recuperar ese uso y transformar el edificio en ciudad. Corté la cubierta que se deformaba y mantuve los pilares como una ciudad romana con restos del peristilo. Luego montaron una escuela de danza y otra de música. Hoy funciona muy bien, por el uso que han sabido darle.

Q:作品を完成させた何年か後にクライアントが再びその作品について意見を求めてくると言うのは普通なのでしょうか?
Q:¿Es eso habitual? ¿Sus clientes le piden opinión años después de que entregue una obra?

R:どんな建物でも又違った使い方、違った生命を与える事が出来ると、私はそう確信しています。もし片足が壊疽に冒されていたとしても、それを取り除く為に足全部を切断する必要はないのです。切り取るのは足の指だけで十分です。建物も全く同じで、全壊する前に悪い部分を修復する事が必要なのです。そういう意味において、現実主義者になる事は好きですね。建築家は何時も自分の建てた建物は完璧であると思っていて、その一部が機能しないとか、壊れかけてきていると文句を付けてくるクライアントに対して怒り狂っている姿を良く目にします。大概の建築家というのは、いつもその様な意見を侮辱だと受け取りますからね。しかし私は常に現実主義者たりえたいと思っています。そして自分の建築に悪い所、機能しない部分があったなら、それらを取り除き、機能する様に修理修繕を好みます。
R:Estoy convencido de que cualquier edificio puede tener otra vida. Si hay una gangrena, no siempre es necesario cortar una pierna entera. Se puede cortar un dedo. Creo en la reparación. Me gusta ser realista. Es muy fácil para los arquitectos estar enfadados y sertirse mal con el mundo. La mayoría encuentran siempre motivos de ofensa. Yo soy realista. Creo en la reparación.

Q:それではクライアントとは良好な関係を築かれているのですか?
Q:¿Y tiene buena relación con los clientes?

R:はい、とても良い関係を築いていると思います。何故なら建築は建築家だけでは成立しないからです。クライアントが気に入らない事、もしくは建築家自身が気に入らない事は出来ないのです。もっと言うならば、あなたが信じない様な事やクライアントが理解出来ない様な事は実現出来ないのです。もしそれらを強引にしようものなら結果は散々に終わると思います。だからコミュニケーションを取る事が大変重要となってくるんですね。話をするという事は、お互いを理解するという事なのですから。患者に対して処方すべきだと信じている治療を許さない様な、そんな状況に陥っている医者の事を想像出来ますか?自分がどんな状態なのかをキチンと説明する事、コミュニケーションを取る事は基礎中の基礎なのです。そしてそれは我々建築家とクライアントの関係にも当てはまります。話す事によって片方はもう片方を理解する事が出来るのです。クライアントと建築家の関係と言うのは、カトリックにおける信者と神父との関係に似ているかもしれません。信者は神父に全ての事を包み隠さず話すのですから。何時トイレを使うのか、何処に服をしまうのかなど、建築家はクライアントの殆どの行動が分かっているといっても過言ではないでしょう。そういう意味において、私は建築を構成している単なる半分の要素ではありません。クライアントやプロジェクトとの関係において、私は私自身を深い最深部まで導きいれているのですから。
R:Muy buena. Porque la arquitectura no puede ser una media tinta. No puedes hacer una cosa que no le gusta a tu cliente o que no te gusta a ti. No puedes hacer algo en lo que no crees o algo que tu cliente no entiende. Todo eso sale mal. Por eso es fundamental hablar. Y hablar es conocerse. ¿Se imagina un médico contrariado porque no le dejan hacer lo que él cree que debe hacer? Es fundamental saber explicarse. Nosotros y los clientes. Hablando, uno se entiende. La relación entre cliente y arquitecto es casi como la que se establece con los curas, íntima. Nosotros sabemos casi todo sobre un cliente: cuándo usa el baño, dónde guarda la ropa… No soy una persona de medias tintas. En las relaciones, como en los proyectos, me meto hasta el fondo.

Q:あなたのお父上はブラガの眼科医でしたね。
Q:Su padre era un oftalmólogo de Braga.

R:はい、偶然にも現在ブラガ競技場がある、その目の前で生まれました。
R:Sí, por coincidencia nació justo donde hoy está el estadio.

Q:すごい偶然ですね。
Q:Causalidades….

R:偶然ならもっとありますよ。私の母が子供の頃、肺の病気を患っていたそうなのですが、その療養の為に、ボウロにあるサンタマリア修道院に行っていたそうなのです。あたかもトーマス・マンの「魔の山」と言う小説の様なのですが。何故かと言うと、私の叔父がそこで医者をしていたからなのです。数十年後、私がその修道院をポウサーダ(国の経営する高級ホテル)にしました。工事期間中、母をその現場に連れて行ったのですが、彼女は療養中に過ごした自分の部屋を覚えていました。このような偶然のお話なら数え切れないくらいあります。
R:Hay más. Mi madre de niña tenía los pulmones enfermos y, como en La montaña mágica de Thomas Mann, fue a recuperarse al monasterio de Santa María de Bouro, porque mi tío era médico allí. Muchos años después, yo reconvertí ese monasterio en pousada [el equivalente portugués de los paradores españoles]. Llevé a mi madre durante la obra y ella recordaba la habitación donde había pasado la convalecencia de niña. Hay muchas historias de coincidencias.



Q:伝記的な指紋があなたの作品のガイドをしているという訳ですね。
Q:Una huella biográfica que va guiando sus proyectos.

R:映画創れますよね。
R:Para hacer una película.

Q:あんたのクライアントの一人、世界的に知られている映画監督、Manoel de Oliveiraに相談してみては如何ですか。
Q:A lo mejor puede hablar con Manoel de Oliveira, uno de sus clientes famosos.

R:・・・彼とはそれほど話をしませんでした。そんなに簡単な人ではないのです。彼の息子の為に家を一軒建てたのですが・・・思うのですが、社会的により高い地位にいるという事は、社会的により多くの責任を負っているという事だと思います。だからそういう地位にいる人というのは、時に感情を押し殺し、合理的にそして落ち着いて対処しなければならないと思うのです。それは彼の行動や言動が全て息子の為だったとしてもです。
R:No. No hablo mucho con él. No es una persona fácil. Hice una casa para un hijo suyo, pero yo creo que cuanto más alto estás, más responsabilidades tienes. Por eso hay que tener la cabeza fría. Incluso si entiendo que por un hijo se hace todo.

Q:何がおっしゃりたいのでしょうか?あなたは感情を押し殺す事が無いのでしょうか?
Q:¿Qué quiere decir? Usted no tiene aspecto de tener la cabeza fría.

R:そうですね、何時も感情的になってしまうのですが、常に合理的であるべきだと思っています。以前、友人の子供達の指導教官になった事がありました。ある時、彼らの両親がこう言ってきたのです。息子達がスケッチをする為に毎日早起きをし、毎日ひたすら勉学に励んでいる、と。しかしですね、ハッキリ言ってそんな言動は全く何の役にも立ちません。結果を見なければならないのです。つまり言葉ではなく、何をしたかという結果が大事なのです。私の2人の娘達は建築家です。しかし上の娘が建築を学び始めた時、彼女の成績は現在の入学試験で言う所の9点を取れませんでした。つまり彼女の成績はそれ程良くはなかったのです。その後彼女は自分の選択が間違っていたのでは?と悩み、最終的には建築を辞めたいと言い出したのです。建築計画の先生が好きではないと。結果不合格になりました。私の友達は皆して私を責め立てました。どうしてそうなる前に彼と話をしなかったのか?どうして何もしなかったのか?と。私は娘に不合格になった理由を、「十分に努力しなかったからだ」と言い伝えました。そして彼女は留年してしまったのです。家族が自分と同じ領域で働いているという事は、時にとても複雑な状況を生み出します。私は建築家として娘達にとってとても厳しい父親だと思います。いつも責められていますから。
R:Pero debo tenerla. He sido profesor de hijos de amigos míos y no me basta que ellos me digan que sus hijos madrugan para ponerse a dibujar. Tengo que ver los resultados. Tengo dos hijas arquitectas. Pero cuando la mayor empezó arquitectura no pasó con 9, que lo que hoy piden en el examen de ingreso. Luego ella se sintió mal. Quería dejarlo, No le gustó el profesor de dibujo. Suspendió. Y mis amigos me criticaron por no haber ido a hablar con él, me criticaban porque no había hecho nada. Le dije a mi hija que no se había esforzado lo suficiente. Y ella perdió el año. Tener a la familia en lo tuyo es un tema difícil. Mis hijas son muy duras conmigo. Me critican muchísimo.

Q:奥さんもそんな感じなのですか?
Q:¿Su mujer también?

R:はい、4人ともそんな感じなのです。物凄くダイレクトに批判を浴びせてくるのです。
R:Sí, las cuatro. Son muy directas con sus críticas.

Q:彼らの言っている事は理に適っているとお思いですか?
Q:¿Y tienen razón?

R:あいにく、時々物凄く理に適った事を言っていますね。しかしですね、建築家の子供達は何時も何かしらの問題を抱えているものなのです。彼らはいつも父親の後を追います。そして彼らの多くは建築家として独立する事が出来ず、社会的な圧力の下に生きているのです。勿論その中には同業者としての親の仕事をきちんと見極めながら、自分の仕事をこなす人達もいます。リカルド・ボフィールと働いていたコデルクの息子やアルヴァロの息子、Álvaro Leiteなどがそうだと思います。そして私の娘達も同じです。各々が自分自身の道を模索し、そして己の道を歩むのが私は良い人生ではないかと、そう思うのです。
R:Por desgracia, a veces sí. Pero los hijos de arquitectos tienen siempre problemas. Están los que siguen al padre, que no se sienten seguros y tienen presión social. Y están los que, sin matar al padre, se buscan otra vida. Sí, como el hijo de Coderch, que trabajó con Bofill; el hijo de Siza, que firma Álvaro Leite. Mis hijas también: Luisa Moura, Eduarda Moura. Creo que es mejor que cada uno siga su propio camino.

Q:父親との関係を絶つ事が重要なのでしょうか?
Q:¿Es importante romper con los padres?

R:と言うか、自分自身の道を行く事が重要なのです。
R:Lo es seguir un camino propio.

Q:あなたのお父上は眼科医でした。何故建築の道を選ばれたのですか?
Q:Si su padre era oftalmólogo, ¿por qué decidió estudiar arquitectura?

R:兄の影響だと思います。とても教養のある人です。
R:Por mi hermano, un tipo muy culto.

Q:検察官の?
Q:¿El fiscal?

R:はい、彼は検察官の中でも皆を束ねるボスだったのですが辞めさせられてしまいました。何故かって、誰それ構わず、皆を皆、牢屋へ送っていたからです。そう、スペインで言う所の、有名な検察官、何と言いましたっけ・・・
R:Fue fiscal general, pero lo expulsaron porque metió a todos en prisión. Es como en España el juez…

Q:ガルソンですか?
Q:¿Garzón?

R:そう、ガルソン検事。私の兄は、ブルジョア階級の人物が関わっていた児童買春の、社会的に大変重要な事件を扱っていました。それらを暴く為に調査を開始したのですが、全ての情報は隠されていたり、闇の中に葬り去られていたりしていて、一からそれらを全て掘り起こさなければならなかったのです。彼は哲学を学んでいたのですが、スケッチがとても上手かった。だから美術を勉強したがっていたのですが、数学が好きでは無かった為に最終的には法律を選んだと言う訳なんです。その後私に建築を勉強するように勧めてきたのです。そんな私の選択を見て、父が怒鳴っていたのを今でも覚えています。「美術だと!そんなものとんでもない。全ての美術はコミュニスタだ!」、と。まあ、構わず建築を選びましたけどね。
R:Garzón. Mi hermano llevó un caso enorme de pedofilia con gente muy importante de la alta burguesía implicada. Se lo encontró todo cerrado, pero lo reabrió todo. Estudió filosofía. Dibuja muy bien. Quería hacer bellas artes, pero hizo derecho porque no le gustaban las matemáticas. Luego me aconsejó que estudiara arquitectura. Mi padre puso el grito en el cielo: “No, en bellas artes son todos comunistas…”. Pero lo hice.

Q:彫刻家になりたいが為に美術を始めたというのは本当でしょうか?
Q:¿Es cierto que empezó bellas artes porque quería ser escultor?

R:いいえ、違います。みんな、アルヴァロと勘違いしているのです。多分何処かでお読みになったのだと思うのですがハッキリ言います、それは間違いです。実はその類の記事、私も読んだんですけどね。
R:No. Es que me confunden con Álvaro (Siza). Lo habrá leído, seguro, pero no es verdad. Yo también lo he leído.

Q:あなたの人生の中で重要な影響を及ぼした人物と言えば、やはりアルヴァロ・シザという事になるのでしょうか?
Q:Una persona importante en su vida es el arquitecto Álvaro Siza.

R:はい、計り知れないくらいの影響を受けました。私が学生の頃、ポルト大学は物凄く政治化していました。社会学が幅を利かせていた時代だったのです。ブルジョア階級の豪邸の庭の片隅に労働階級が家を持っているという、そういう酷い住宅状況を変える為に必死になって働いている、正にそんな時代でした。それら労働者の人達の家はislasと呼ばれていました。そんな酷い状況を変える為、私達は近隣住民団体と共に働いていたのです。そんな状況下においてカーネーション革命は勃発したのです。革命後、政府が民主化されるに伴い、建築家のヌーノ・ポルタスが住宅局の書記官になりました。そして彼は、「もしも住宅問題に関して優れたプランや計画があるならば力を貸す」と、そう公表し、広く優れた案を募ったのです。我々は当時最低の質を持った住宅を少しでも誇りを持って住める住宅に変えようと努力していたのですが、そのプロジェクトにサインをする建築家が必要でした。当時の私達は未だ学生だったのですから。こうして最高の建築家を探し出したのですが、当時最高と思われたのがアルヴァロだったのです。こうして彼との繋がりが出来、そのプロジェクトが終わった後も彼の事務所に残る事にしました。その後5年間の間、彼の事務所で働く事になりました。
R:Sí. Mucho. Cuando yo estudié, la escuela de Oporto estaba muy politizada. Eran los años de la sociología. Y trabajábamos para cambiar las infraviviendas que los obreros tenían en los jardines de las viviendas burguesas. Se llamaban islas. Queríamos cambiar las cosas. Trabajábamos con las asociaciones de vecinos. Todo era muy social. Lo extraordinario es que luego estalló la revolución de los claveles. Y cuando Nuno Portas se convirtió en secretario de Estado de Vivienda dijo que quien tuviera un plan y estuviera organizado, él lo apoyaría. Decidimos dignificar esas viviendas. Pero necesitábamos un arquitecto que firmara el proyecto. Éramos estudiantes. Así es que fuimos a buscar al mejor. Y el mejor era Siza. Luego me quedé a trabajar con él cinco años.

Q:彼があなたを放り出すまでですね。
Q:Hasta que le dio una patada y lo echó.

R:そう、そうの通り。ある日彼は私に言いました。「建築家になりたいなら、ここで働き続ける事は出来ないよ。出て行かなくてはならない」。もっともな忠告だったと思います。あそこで働く事はとても居心地が良いものでした。そこから出て行く事は、自分自身に「活」を入れなくてはならなかったのです。アルヴァロと働く事は私にとって大変な喜びであり、素晴らしい体験だと思います。特に人として彼は普通ではありません。当時彼は未亡人で、私は独り者だったので、何度となく食事を共にしたものです。彼はアアルトを擁護し、私はミースを支持したのをよく覚えています。
R:Sí. Un día me dijo: “Si quieres ser arquitecto, no puedes continuar aquí. Tienes que irte”. Y tenía razón. Era cómodo trabajar allí. Pero al salir tuve que espabilarme. Trabajar con Álvaro es maravilloso. Como persona es excepcional. Por entonces él se había quedado viudo y yo era soltero, así que comíamos muchas veces juntos. Él defendía a Alvar Aalto. A mí me gustaba Mies van der Rohe.

Q:今でもその時と同じ様に考えていますか?
Q:¿Hoy sigue pensando lo mismo?

R:そうですね、アアルトには彼のアイデアの有効性、そしてその効力に物凄く印象つけられました。当時はアアルトの事を表現主義者だと思っていたのですが、彼の建築を実際に訪れてみると、彼は物凄い合理主義者だという事が分かります。アアルトは私が最も作品集を購入した建築家でもあります。彼の創り出す近代的で暖かい、そして匿名の家具が大好きです。それに比べると、ミースはもっと急進的だと思います。
R:Bueno… de Aalto me impresiona mucho la vigencia de sus ideas. Entonces creía que era expresionista, pero visitando su trabajo en Finlandia entiendes que era muy racionalista. Es el arquitecto del que compro más libros. Me gustan sus muebles: modernos, cálidos y casi anónimos. Pero creo que Mies era más radical.

Q:そして若いあなたは急進性を好んだ・・・
Q:Y como joven, usted prefería la radicalidad…

R:カーネーション革命の時期だったのです。国をもう一度立ち上げ、そして5千万世帯の住宅を建設しなければならなかったのです。アルヴァ・アールトの様に土地と慣習を模索しながらやる事は、その当時のポルトガルでは最良の選択だとは思えませんでした。時代がそうさせてはくれなかったのですから。ポストモダンの圧力を撥ね退ける為のテクニカルな言語が必要だったのです。実用的で効果的な言語です。沢山の議論を重ねた末、ミースはアアルトよりも我々にとって助けになると、そう思うに至りました。
R:Era el tiempo de la revolución de los claveles. Había que rehacer el país, construir medio millón de viviendas. Tanteando el lugar y las costumbres como Alvar Aalto, no íbamos a poder hacerlo. Necesitábamos un lenguaje técnico para vencer la presión posmodernista. Un idioma práctico y eficaz. Discutíamos mucho. Yo creía que Mies podía ayudar más que Alvar Aalto.

Q:シザのどんな所を素晴らしいと思いますか?
Q:¿Qué admira de Siza?

R:そうですね、私にとっては彼の創り出す建築というよりは、彼自身のパーソナリティ、人間としての倫理、そして知識ですね。彼は我々に何かを成し遂げる為のキッカケ、そして道具を与えてくれるのです。その反面、彼はとても口うるさい人でもあるという事を言わなければならないでしょう。穏やかで、そしてとても優しいのですが全てを理解したがります。何年か前に彼について書いたテクストがあるのですが、その中で彼のパーソナリティについて、「凡人が全て考え終わったと考えたその時こそ、アルヴァロ・シザにとっては全ての始まりになる」と、そう説明しました。
R:Lo que me marcó fue más su figura que su arquitectura: el hombre, su ética y su conocimiento. Él te da los instrumentos para hacer. Pero es extremadamente exigente. Es suave y dulce, pero lo quiere entender todo. Tengo un texto sobre él que escribí hace años. En él explicaba que con Álvaro cuando uno piensa que está todo acabado te lo hace empezar todo de nuevo.

Q:76歳になった今でも彼はポルト・アレグレに創った様な素晴らしい美術館を生み出し続けています。あれは何か新しいものが生まれ出て来る様な、そしてそこに辿り着くかどうか分からない、どこか遠くの地平線の彼方の様な、正にそんな2つの間に生まれ出たかの様な建築だと思います。
Q:Con 76 años, Siza firmó el Museo Iberê Camargo en Porto Alegre, que es una mezcla entre volver a nacer y haber llegado a lo que no sabías que se podía alcanzar.

R:あれは凄いですね。あんなものを見せられたら、コピーするとか、そこから何かを学び取るとか、そんな事はどうでも良い様に思えてくる程です。それほど完璧な創造だと思います。建築を創っている最中、何かしらの問題にブチ当たったり、何かに躓いたりすると、何時もこんな風に考える様にしています。「アルヴァロならどう考えるかな?どんな戦略を練るかな?」と。彼とは未だにプロジェクトを一緒にやる機会があるのですが、最近ではナポリの地下鉄の計画を進めていますね。彼と旅をするのは本当に楽しい。色々な話をし、議論をし、そして一緒に食事をします。私がスケッチを書いていると、こんな事を言うのです。「違う、違う、そうじゃないでしょ」みたいな(笑)。我々は今でも非常に良い関係を保っているのです。
R:Ese edificio es impresionante. Y ante algo así, uno piensa: ¿copiar qué?, ¿estudiar qué? Pero cuando tengo un problema, muchas veces pienso: ¿qué haría Álvaro?, ¿qué estrategia seguiría? Y todavía trabajo con él en algunos temas. Hacemos juntos el metro de Nápoles. Y es un placer viajar con él. Contamos historias, discutimos, vamos a cenar… Trabajamos bien. Yo dibujo y él me dice no, no, no… [Risas]. Es una relación muy bonita.

Q:シザの後継者にはなりたくなかったのですか?もしくは彼がそうさせなかったとか?
Q:¿Usted no quiso ser su discípulo o él no le dejó?

R:それは不可能でした。彼の頭の中に入り込むのは無理だったのです。彼の扱う建築的言語やテクニック、彼の使う建築的文法などは良く理解しているつもりです。しかし彼の様に考える事は出来ないのです。何故なら私の頭の中には私自身のアイデアがあり、それはアルヴァロのそれとは違うものなので。彼はこんな事を言います。「エドゥワルド、君の建築は、そう、君の好きなミースの様な新造形主義だね」と。私は何も彼に示す必要はないし、彼も私に対して何も強要はしません。こういう関係は私達にとって非常に心地良く、それが我々の関係を良好なものにしているのかもしれません。彼と一緒に働く事は私にとってはチェスをやるようなものなのです。私の家で一緒にスケッチをしたりもします。しかしもう一度強調したいのですが、彼のパーソナリティは建築家というものを遥かに超えた、非常に強いものだと思います。彼のアイデンティティを理解する事、そして彼の持っている倫理を理解する事は、ひいては彼の創り出す執着的な建築を理解する事に繋がるという意味において非常に重要な事なのです。例えば彼がボア・ノヴァのレストランをデザインしている時だったと思うのですが、何と彼はそのレストランが建つ敷地にある石の上に寝ていたんですね。そしてそれら全ての石の位置や形状を記憶していたのです。アルヴァロという人はそれくらい執着心が強い人なのですが、彼の娘も又、かなりの執着心持ち主だと思います。
R:No era posible. No lograría meterme en su cabeza. Conozco muy bien el lenguaje, la parte técnica. Conozco muy bien su gramática. Pero no podría pensar como él. Tengo otras ideas. Él dice que soy neoplástico, como el Mies que me gusta. Yo no tengo que probar nada a Álvaro, y él no quiere nunca imponer nada. Eso nos hace estar bien. Trabajar juntos es como jugar al ajedrez. Dibujamos en mi casa. Pero insisto: el personaje es más fuerte que el arquitecto. Es muy importante entender la identidad, la ética que da como consecuencia este tipo de arquitectura obsesionada. Siempre ha sido un tipo obstinado. Cuando estaba haciendo el restaurante Boa Nova, dormía en las piedras. Se las conocía de memoria. Su hijo también es obsesivo.



Q:シザの姪であるあなたの奥さんも建築家ですね。しかし、あなたとは一度も仕事をされていません。
Q:Su mujer, que es sobrina de Siza, es también arquitecta, pero no ha trabajado nunca con usted.

R:そうですね、女房とも娘達とも今まで一度足りとも仕事をした事はありません。今彼女は兄弟の為の家を数件デザインしています。
R:Eso lo tengo claro: ni hijas ni mujer. Ella hace ahora unas casas para sus hermanos.

Q:想像するに、3人の娘を持つという事は、今日の若者が持つであろう諸問題、つまりは仕事を探す為に他の国に行かなくてはならないという大問題に直面しているのではと思うのですが?
Q:Me imagino que tener tres hijas le acerca al problema de los jóvenes de hoy que tienen que emigrar en busca de trabajo.

R:全くその通りです。これは非常に大きな問題であり、夜も十分に眠れない程の悩みなのです。現在私の事務所には35人の所員がいるのですが、彼らに「リスボンに行って自分の事務所を開け」だとか、彼らの将来の為に私の同僚に何か良い仕事が無いか聞く事すら出来ない状況なのです。我々はまるっきり出口の見えない、そんな状況に追い込まれているのです。プリツカー賞を受賞した時、ポルトガルには仕事が一つもありませんでした。今の若者達はブラジルやスイスへ仕事を探しに行くか、もしくはレストランを開店するしか無い様な状況に追い込まれているのです。それらの若者は教育的に不十分だとか、能力が無いとか、そんな事は全く無く、むしろ、彼らの多くはレベルの高い教育を終了し、非常に高い技術と志を持っているのです。それにも関わらず、この国ではその能力に十分見合った職に就く事が出来ないのです。この様な社会的な変化は急速に訪れました。まるで昨日までは沢山の仕事があったのに、今日になって急に何も無くなってしまったかのような、そんな状況なのです。ハッキリ言って建築家として私と働く事はとてもシンドイと思います。私の事務所で何年間か苦労した後、自分の事務所を開設する事が出来るのならそれも又良い道だとは思うのですが、今はそんな事が出来る状況にはありません。私は彼らに何と言えば良いというのでしょうか?そんな状況を考えると大変憂鬱になり、そしてこの国の行く末、彼らの将来の事を心配してしまいます。
R:Es un problema enorme. Me quita el sueño. Yo tengo 35 colaboradores y no puedo decirles que vayan a Lisboa o a pedir trabajo a un colega. No hay nada. No hay ninguna puerta abierta. Cuando recibí el Pritzker, no tenía ningún trabajo en Portugal. Los jóvenes se tienen que ir a Brasil, a Suiza o a abrir un restaurante. Me preocupa porque hay mucha gente con formación y vocación y nos hemos encontrado este problema casi de un día para otro. Trabajar conmigo es duro, y pienso: ¿para qué?, ¿qué les dices a quienes se han esforzado tanto? Entristece lo que estamos viviendo y me preocupa.

Q:ポルトガルでは今でも仕事が無い状況が続いているのでしょうか?
Q:¿Sigue sin trabajo en Portugal?

R:はい、私も他の国に出稼ぎに行ったくらいです。
R:Sí. Yo también emigré.

Q:贅沢な出稼ぎにね。
Q:Emigrante de lujo.

R:当然です。苦しんでいると不平を言うつもりは毛頭ありません。しかし仕事を国外に探さなくてはならなかったのです。勿論自分の国に留まってここで仕事が出来たら最高だったのですが、そういう訳にもいかなかったのです。
R:Por supuesto. No digo que este sufriendo. Pero he tenido que buscar fuera. A mí me gusta mucho más quedarme en casa.

Q:こんな状況下において、今あなたの国と、そしてヨーロッパ全体が右傾化しようとしていますが、どう思われますか?
Q:En este clima, ¿qué opina de la derechización de su país y de Europa en general?

R:今日において左派はどんな意味を持つというのでしょうか?ハッキリ言ってそれ程重要な意味合いを持っているとは思えません。そしてその事は散々な結果に終わると思います。これは何もイデオロギーの問題ではなくて、不平等の問題なのです。ウォールストリートが世界の未来を決めるなどとは到底思えません。そして世界中の政府は、土地投機などに投資した銀行を助ける事は出来ないと思います。今我々が直面している状況というのは、右や左と言ったイデオロギーの違いによる問題ではないのです。右派にも物凄く優秀な人間はいます。問題なのはモラルが無い事なのです。そしてこの様な状況は、何かしら恐ろしいモンスターを産み出す事態に陥る可能性を孕んでいるのです。この様な状況は長くは続かないでしょう・・・。ポルトガルの状況は最悪です。
R:¿Qué es ser de izquierdas hoy? Parece que no tiene mucho significado. Esto va a acabar mal. No es un problema ideológico, es un problema de injusticia. Wall Street no puede decidir el futuro del mundo. Los Gobiernos no pueden ayudar a los bancos para que inviertan en especulación. La situación no es un problema entre derechas e izquierdas. Hay gente de derechas muy buena. La situación es amoral. No hay moral. Esto da la posibilidad de hacer cosas monstruosas. Esto no puede durar… Portugal está fatal.

Q:ポルトアレグレにおけるシザの様に、あなたの建築も又、時間と共に自由になってきたと思うのですが・・・。Paula Rego美術館は正確に言うと、あなたの一連の作品の様に、デカルトの流れを汲むものではなく、ましてや、ミースの流れを汲むものでもありません。
Q:Como Siza en Porto Alegre, usted también se ha soltado mucho con el tiempo… El Museo Paula Rego no es precisamente cartesiano ni miesiano como tanta obra suya anterior.

R:そう言われています。私の建築における変化は、ポルトの地下鉄をデザインしていた時から始まったのでは?と思います。あの時は何の先例も無く、自由気ままにやれたのです。医者が患者の体をよく観察し悪い所を発見する様に、都市の特徴を注意深く観察し、分析する事を学ばなければならなかったのです。地下鉄をデザインしている時に、ある一つの考えが浮かんできました。「もしかしたら、我々が考えているように、建築と言うのはそんなにデカルト的ではないかもしれない」と。その後、実験をしてみようという気になりました。実験無しには建築というのは非常につまらないものになってしまうのです。そう、この世の中は白と黒が支配しているのでは無く、色々な事を試す事が出来るのです。
R:Sí. Eso dicen. Creo que todo empezó cuando trabajé diseñando el metro de Oporto. Allí no había recetas. Tuve que aprender a tomar la escala de la ciudad como un médico tiene que explorar a un paciente para ver qué encuentra. Haciendo el metro pensé que igual las cosas no eran tan cartesianas como nosotros creíamos. Y luego está la idea de experimentar. Sin experimentar, la profesión es muy aburrida. Y como el mundo no es blanco y negro, se pueden probar otras cosas.

Q:実験するのはお好きですか?
Q:¿Le ha gustado experimentar?

R:非常に好きですね。私の事務所は今や研究所となってしまいました。各々のプロジェクトの為に、4つの違う模型を創っています。
R:Muchísimo. He transformado mi estudio en un laboratorio. De cada proyecto hacemos cuatro maquetas diferentes.

Q:今の方が楽しそうですね?
Q:¿Se lo pasa mejor ahora?

R:非常に楽しくやっています。「楽しむ」という事は、「我慢する」という事の基本でもあります。随分長い間、周りの無理解による悲しい時期を過ごしましたからね。しかしこれらの状況を打開しなければならない時がやってきたのです。これ以上悲しむ事に意味は無いと。以前は社会的な重圧などから自由な建築は出来なかったのですが、その考えが変わりました。そして赤い建築を創ってやろうと思い立ちました。以前は真っ赤な建築を建てるなど思いもよらなかったのです。
R:Mucho mejor. Me divierto, y para aguantar es fundamental disfrutar. Hemos pasado un periodo de lamentos por incomprensiones. Pero llegado a un punto hay que reaccionar. No valen más lamentos. Jamás pensé que en la vida haría un edificio rojo.

Q:クリスティアーノ・ロナウドの家を建てていますよね?
Q:¿Construirá la casa para Cristiano Ronaldo?

R:はい、デザインしました。しかし彼がマドリッドに行った時、工事はストップしてしまいましたけどね。
R:La diseñé. Pero cuando vino a Madrid suspendió la obra. La paró.

Q:何故ですか?
Q:¿Por qué?

R:本当にその家を建てたいのかどうなのか、少し考えたいそうなのです。この家を建てるに当たって少しばかり問題が発生したのです。家の計画は承認されたのですが、その建設予定地には保護林が存在していたのです。検事である私の兄はポルトガルにおいて保護されているコルクガシの木を伐採している者達を追っています。1200平米という広大な家を建てる為に私がそれらの木を伐採する事が出来るかどうか?という問題ではなかったのです。それらの木々を切り倒す事は法律的に禁止されているのです。その上、もしも私が兄の手によって牢屋に入れられ裁判にでもなったらどんな事になると思いますか?新聞はこう書き立てるでしょうね。ソウト(検事の兄)対ソウト(建築家)。ロナウドは激怒していましたね。何故ならその土地を売ったものたちは、そこに生えている木を切る事は出来ないという事を伝えずにその土地を売りつけたのですから。私は彼に言いました。「違う土地を探しましょう。そうしたら新しいプランを創るから」と。彼はうんざりしていましたけどね。
R:Se lo quiere pensar. Tenía problemas de construcción. El proyecto de la casa fue aprobado, pero se levantaba en un terreno donde había muchos árboles protegidos. Mi hermano fiscal había iniciado un proceso de persecución a quienes cortan los alcornoques protegidos. No era cuestión de que pusiera yo a cortar los alcornoques de Ronaldo para hacer sitio a su casa, enorme, de 1.200 metros. Talar los árboles no era legalmente posible. Además, imagínese los titulares: Souto contra Souto. Él estaba furioso porque le vendieron e terreno sin advertirle de que los árboles estaban protegidos. Le dije que cambiáramos de terreno y que haría otro proyecto. Y se molestó.

Q:ロナウドがあなたを探した事、そして建築家を雇ったという事は、とても驚きです。
Q:Es sorprendente que lo buscara a usted, que lo quisiera como arquitecto.

R:いいえ、裏事情はそんなに複雑ではありません。彼はブラガのサッカーチームの大統領の友達なのです。ロナウドはブラガスタジアムが気に入ったそうで、それで私に電話をかけてきたのです。私はサッカーの事は良く分かりませんし、彼は建築の事は知りません。しかし、彼と話した後、とてもよい関係、そう、とても直接的な関係を築く事が出来ました。彼は私に幾つかの要求をして、それに対して、私は出来る事、出来ない事を告げたのです。
R:No. Es muy simple. Es amigo del presidente del Braga. Le gustó es estadio y me llamó. Yo no entendía mucho de fútbol ni el de arquitectura. Pero después de hablar con él conseguimos una relación muy directa. Él pedía y yo le decía si era o no posible.

Q:何が不可能だったのですか?
Q:¿Qué no era posible?

R:湖を造る事、そしてそこに浮かぶ島、その他、幾つかの事が不可能でした。彼の様な社会的に重要な人物には常に何人もの召使がついてまわり、そして彼の世話をするのです。しかし彼らはご主人には本当の事を言わないものなのです。だから最終的に、真実を伝える為にはマンチェスターへ行き、直接彼と話す事が最良だと考えました。彼を不愉快にさせるような情報、敷地に生えてる木々は切る事が出来ないなんていう嫌な事は言いたくなかったのですけどね。
R:Un lago, una isla, algunas de las cosas que quería. Estos tíos tan importantes tienen una corte que los protege y los cuida. Pero les dicen cosas que no son verdad. Por eso al final la única manera de hablar con él fue ir a visitarlo a Manchester. No le querían dar un disgusto informándole de que los árboles no se podían cortar.

Q:その計画はストップしたのでしょうか?
Q:¿Es proyecto está parado?

R:はい、中断しています。しかし、プリツカー賞をとった時、ある新聞記事が目に留まりました。それ程期待が持てるかどうかわかりませんけどね。「ロナウド、もう一度新しい家が建てたい」。
R:Se suspendió. Pero cuando me dieron el Pritzker leí una noticia, no sé si especulación: Ronaldo quiere de nuevo la casa.

Q:スターはスターを惹きつけるという事でしょうか?
Q:¿Las estrellas atraen a las estrellas?

R:そうですね。そうかもしれません。
R:[Risas] Será eso.
| インタビュー集 | 05:16 | comments(2) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
コメント
お久しぶり!ガリシア方面へ楽しい建築旅行だったようですね。
そうなんです。今年のバルセロナの7月はガリシア以上に涼しいかもしれません。
シザのレポートなかなかのものでした。まだ作品を見たことがないので見てみたくなりました。
このソウト・デ・モラは僕も好きな建築家の一人で、FAD賞の審査ではブラガのサッカー場が唯一気に入り一票を投じました。
この長い翻訳も努力賞ものです。とても分かりやすく良く出来ていました。
しかし、残念ながらインタビュー記事は現在の厳しい建築家的状況を明解に説明してくれています。
それでも建築への愛情を持って、社会の中で建築をしっかり捉えられているからこそ創り続けられるのでしょうね。
がんばってね。これからも楽しみにしています。
| ユーイチ | 2011/07/29 4:43 PM |
ユーイチさん、お久しぶりです、コメントありがとうございます。

ガリシア地方、本当に良かったです。特にシザとソウト・デ・モウラの建築をじっくりと見る事が出来たのはとても収穫でした。特にシザの建築は素晴らしく、デザインやディテール云々というよりも、何か、我々の人間のもっと深い部分に訴えかけてくるかのようで、心底感動しました。

実は8月にバルセロナにいるのは初めてなのですが、今年は涼しくて過ごし易そうでとても安心しました。この過ごしやすい気候を利用して、今のうちに、出来るだけプロジェクトなんかを進めてしまおうと考えています。

ブログなど、これからもがんばって書き続けていくつもりですので、よろしくお願いします!
| cruasan | 2011/08/01 5:48 AM |
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