地中海ブログ

地中海都市バルセロナから日本人というフィルターを通したヨーロッパの社会文化をお送りします。
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ガリシア旅行その8:アルヴァロ・シザの建築:セラルヴェス現代美術館(Museu de Arte Contemporanes, Fundacao de Serralves):人間の想像力/創造力とは
人間という生き物は、その人生の中において体験した事を、記憶として蓄積し、それらに基づいて日常を生きている動物です。だから人生における体験が未だ少ない子供というのは、日常生活の中で遭遇する些細な事にさえも驚嘆し、そして感動する訳なのですが、大人になるにつれ、それらの体験が記憶として蓄積されてくると、多少の事ではナカナカ感動しなくなるのが人間という生き物なんですね。



我々が何らかの体験を通して感動する時、それは今まで自分が5感を通して見てきたもの、感じてきてモノとは全く違った事柄に遭遇した時であり、自分の想像を超えるものに不意に出くわした時だと思います。そんな時、我々は心の底から驚き、発見し、そして魂が震える瞬間に遭遇するんだと思います。

アルヴァロ・シザが設計したセラルヴェス現代美術館との出会いは、僕にとって新鮮な驚きそのものでした。「人間にこんな事を創造するのが果たして可能なのか!」と、そう思わせてくれる程の驚きと、喜びを与えてくれたんですね。



緑溢れる公園の中に佇むこの美術館は非常にゆったりと創られていて、先ずはその美術館の顔とも言える独特な形をした「門」が我々を出迎えてくれます:



少し斜に構えたその出で立ちが、あたかも次のアプローチ空間へと我々の動きを促進しているかの様です。非常に不思議な形をしたこの門なんだけど、デザイン的に見て、何かしら、「忘れられない風景」を抱かせると同時に、向こう側に展開するであろう中庭風景を遮り、この立ち位置からはそれらをチラチラ見せるに留まるという、機能的にも重要な役割を担っている事が分かります。因みにこの造詣を後ろ側から見たのがコチラ:



文句無くカッコイイ空の切り取り方ですね。この門が如何に美術館に対して斜に構えているかが分かるかと思います。そしてこの高い天井を持つ門から、一段カクンと下に折れ、背筋が伸びるくらい真っ直ぐに伸びているアプローチ空間がこちら:



左手奥側には、非常にゆったりとカーブを描いたスカイラインを持つ四角形が横たわり、その比較的大きなボリュームと、真っ直ぐに伸びたアプローチ空間の間には、何やら小さな箱みたいなのがくっついてるんだけど、ここが凄いんです!見てください:



あの小さな箱の向こう側。仄かに光り輝き、まるで我々を「おいで、おいで」と導いてるかの様じゃないですか!!そこまでは比較的暗い空間が続いていたのに、あそこだけ、まるで天空から光が差し込み、天国への入り口であるかの様ですらあります。素晴らしい光の操り方だと思いませんか?というか、「人間にこんな事を考え付くのが可能なのか?」と、心底そう思ってしまうくらい、うっとりとする空間がここには展開しているんですね。

何故こんな魔術の様な光のデザインが可能になったのか?そのトリックの答えがコチラです:



そう、先程見た、カーブしたスカイラインを持つ比較的大きなボリュームの側面に太陽光が当たり、その光が反射して、反対側のアプローチ空間の天井を照らしているんですよ!



更に、その前に付いている小さな箱がアプローチ空間の幅を細め、進行方向に向かってパースを付ける様に配置されている事も、何かしら、あちら側に向かって空間が開かれている感覚を増長する一助になっているんですね。



こんなデザインが可能になった背景には、「真っ白い壁は光を反射する」という事を経験から知っている必要があるんだけど、シザはそのような実験を他の建築で何度か試みていました。その一つが、前々回のエントリで話題に取り上げたガリシア美術センターの展示室に取り付けられた大きな窓からの光の取り入れ方と、その反射効果だと思います(地中海ブログ:ガリシア旅行その6:アルヴァロ・シザの建築:ガリシア美術センター(Centro Gallego de Arte Contemporaneo):複雑な空間構成の中に隠された驚く程シンプルな原理)。

それにしてもこの光のデザインはちょっと普通じゃありません。

シザという建築家は、ものすごくヘンテコな事も沢山してて、この美術館でも、「そりゃ、無いだろ!」とか、「おいおい、これって、その辺の学生レベルのデザインだぞ!」とか、そんな所も一杯あるんだけど、その一方で、上述の様な、正に人間の想像力/創造力の限界に挑んだ空間をも創り上げているんですね。つまりその振幅の幅が非常に大きいという事なんだけど、これだけのものを見せられたら、後はどんなヘンテコな部分があろうと、もう何でも良い気がしてきます(笑)。それほど素晴らしい空間なんですよ!

「ココに何時までも居続けたい!」と、そう思わせてくれる様な見事な空間なのですが、まあ、そうも言ってられないので、もう少しこの美術館を歩いてみたいと思います。個人的に驚いたのは、先程の入り口部分、丁度、門の後ろ側に、10年前は無かったショップが追加されていた事ですね:



この部分の主機能は、美術館の後ろ側に広がる広大な森林空間へのアクセスをコントロールする為のものなんだけど、店の中にはシザやソウト・デ・モウラ関連グッズが所狭しと並べられていました:



これらの商品が暗示している事、それは、このポルトという地では彼らは既に「ブランドになっている」という事なんですね。つまり地元のヒーローって事。これって建築家としては、この上ない喜びだとは思いませんか?(この辺の話については以前のエントリで幾つか書きました:地中海ブログ:建築家という職能について:その2

そしてこの美術館のもう一つの見所がコチラです:



2階に位置しているレストラン兼カフェテリアなのですが、シザがデザインした木製の椅子やテーブル、そして床などが、この空間に独特の温もりを与えています。側面には大きな大きな特注サイズの横長の窓が目一杯に切り取られています:



真っ白な壁を背景に、あたかも自然の美しさをそのまま切り取り、建築空間内部に「芸術作品」として取り込んでしまったかの様なんですね:



刻一刻と移り変わっていく自然の美しさに息を呑まれます。こんな風景を見ていると、普段は全く気が付かなかった一本一本の木々が創り出す風景、そして同じ様に見える自然にも「幾つもの側面があり、様々な顔を持っているんだなー」と言う事に改めて気が付かされます。この大きな窓枠は僕達に、「自然と何か?」という僕らを取り巻く環境の多様性、ひいては、「我々とは一体何者なのか?」という事を考えさせる為の装置として機能しているかの様なんですね。



こんな偉大な自然を目の前にすると、我々人間というのは如何にちっぽけな存在で、そして地球の一部を間借りして「生かしてもらっている」という事を実感します。

このアルヴァロ・シザという建築家は、デザインとかディテールとか、そんなちっちゃな事じゃなくて、我々人間の「生」の背後に潜んでいる、もっと大きなもの、もっと偉大なものに挑んでいる気がする・・・。彼にとってデザインとは、それら自然の摂理みたいなものを我々に諭すため、もしくは可視化する為の単なる道具なんじゃないのかな?

ちょっと大げさかもしれないけれど、この素晴らしい美術館を見ていると、そんな事を思わずにはいられません。素晴らしい体験でした!
| 旅行記:建築 | 05:02 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
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