地中海ブログ

地中海都市バルセロナから日本人というフィルターを通したヨーロッパの社会文化をお送りします。
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ガリシア旅行その6:アルヴァロ・シザの建築:ガリシア美術センター(Centro Gallego de Arte Contemporaneo):複雑な空間構成の中に隠された驚く程シンプルな原理
サンティアゴ・デ・コンポステーラに来たら是非見たいと思っていたもう一つの建築、アルヴァロ・シザによるガリシア美術センターに行ってきました。



今世紀最高の建築家の一人、ポルトガル出身のアルヴァロ・シザと言う建築家については、当ブログではことある毎に言及し、彼が創り出す建築には幾つかの特徴があり、その内の一つが遠近法的空間構成であり、類まれなる天井操作だと言う事を繰り返し検証してきました(地中海ブログ:アルヴァロ・シザ(Alvaro Siza)の建築:コルネリャ・スポーツセンター(El Parc Esportiu Llobregat de Cornella)その3:シザの新たな建築形態言語での不思議な空間体験、地中海ブログ:マドリッドの都市戦略その2:アルヴァロ・シザ(Alvaro Siza)について)。今回のガリシア美術センターでは、それら2つの特徴が少しばかり発展させられた形で建築に組み込まれているが故に、「よく見える目」を持ってないとその建築的本質がナカナカ見えてこないかもしれません。先ずはこれを見てください:



この美術館は元々この敷地に存在していたSan Domingos de Bonaval修道院の傍らに計画されたものなんだけど、上の写真はガリシア美術センターとその修道院の間に展開する中庭空間から撮ったものです。最初に結論めいた事を言っちゃうと、「ここからの眺めと、この美術館の配置計画が、この建築の全てと言っても過言では無い」と思います。



左手奥の方に見えるのがSan Domingos de Bonaval修道院なんだけど、シザはこの美術館の側面の線を、修道院の側面の線と絶妙な角度を振る様に注意深く配置し、遠近法的空間を創り出しているんですね。彼の大変有名な、パースがついたスケッチ、あれって、紙という2次元空間に3次元を表す為に描かれたものなのでは無くって、現実空間における「パースペクティブがついた空間」を最初から想像していたと言う事が、彼の建築を実際の訪れると良く分かります(例えばこの階段とか):



そしてその消失点に吸い込まれるようにデザインされた一本の道:



この線が効いてるなー。もう少し消失点に近づくとシザの意図が分かり易いと思うんだけど、非常に綺麗な遠近空間が2つの建築(美術館と修道院)によって形作られているのが分かるかと思います:



この消失点によって出来たわずかな隙間を通り抜けると、美術館に入る前の「ホッ」と一息つく空間に辿り着くんだけど、ここの形態操作は注目に値しますね:



正方形が2つ並んでいるだけなのですが、その右側の方をほんの少しだけ内側にずらす事によって、非常に魅力的な関係性を創り出しているんですね:



何とも言えない遠近感。本当にさりげなく操作された微妙な変化なんだけど、それが絶大なる効果をもたらしている。こんな時、僕が何時も思い出すのは、ジャック・ヘルツォークが審査員を務めた新建築住宅コンペにて金賞に輝いた作品に書かれていたこの言葉です:

「四角形を多角形の中に挿入する。それをどんどん変化させていく。ある所は部屋になり、ある所は廊下になる。わずかな差であるが、空間は激変する。」

この言葉の意味については以前のエントリでこんな風に説明しました:

“・・・日本芸術のお家芸である、「静のデザイン」が際立っていました。突破な事件を作り上げ、好きな人に対して「好きだ、好きだ」と強く押すのでは無く、ごくごく普通の日常を切り取りながらも、その風景を「差異化」する事で我々の記憶に残ろうとする。

僕はよくこのようなデザインの違いを「歌舞伎」と「能」の違いで説明するのですが、コノ映画は正に「能」型の映画だと思いますね。歌舞伎というのは毎回違う事をやって派手さで勝負する。逆に能というのは、毎回大筋は同じなんだけど、ホンの少し細部を変える事で勝負をする。だから能を楽しむ為にはその違いが分かる「鑑賞者の目」が大変重要な要素となってくるんですね。正に「違いの分かる男」(もう死語?(笑))が必要になってくる訳です。”(地中海ブログ:歩いても、歩いても(是枝裕和監督):伝統と革新、慣習と感情の間で:リアリズムを通して鑑賞者の眼が問われています、地中海ブログ:久しぶりにドリカムの「悲しいKiss」とか「二人のDifference」とか聞いて、日本文化の特徴に浸る

正にシザのデザインは、この後者に属するものだと思います。そしてもっと言うならば、建築のデザインにとって大事なのは、「一本の線がどのように走っているか?」ではなく、「その線が端部でどのように終わっているか?」、「どのように他の線と交わっているか?」、そして「それらの線がどのように空を切り取っているか?」という事だと思います。シザのこの素晴らしい空の切り方とか見てると、そんな事を思わずにはいられないなー。

と、イヨイヨ中へと入っていきます。入って右手方向には大変気持ちの良いカフェや本屋の空間が展開しています:



シザの十八番、腰壁の辺りまで白い石を立ち上げ、そこから自然に壁へと連続させるという、同一面で異なる素材を無理なく切り替える非常に巧いデザイン:



こちらは先程の中庭空間に併設されている、これまた、大変居心地が良いカフェの風景です:



ちなみに平日のランチメニューはパンと飲み物込みで11ユーロ、コーヒーミルクは1.2ユーロでした。バルセロナに比べると物価が格段に安いのが嬉しいかな(笑)。で、先程のエントランス空間を反対方向に進むと展示空間に辿り着くのですが、それがコチラです:



左手側からは大きな大きなガラス窓を通して目一杯の光が燦燦と降り注ぎ、右手奥の真っ白な壁にはその光が届くか届かないかという対比が際立っています。入り口とは反対側の奥の方から見るとこの大きな空間の分節がどうなっているのかが分かり易いと思うんだけど、窓際に近い空間では天井が少し低くなり、奥の方では高くなるという2段階構成をとっているのが分かるんですね:



上の方には、不思議な形をした大きな明り取りが付いてるんだけど、そこから垣間見える空のブルーがあたかも展示物の一部になっているかの様:



そう、まるで空を展示空間に取り込み、そこから差し込む光を反対側の真っ白な壁に反射させ、それがどのように拡散するかを実験しているみたいだなー:



実はこの「光と拡散」と言うテーマもシザの十八番で、この系統の最高傑作がポルトにあるセラルヴェス美術館のアプローチ空間なんだけど、あの空間を初めて見た時の衝撃は今でも忘れる事が出来ません。「あんな事が人間に可能なのか?」と、そう思わせてくれる程に素晴らしい空間がそこにはありました。

さて、ここ(奥側)から先程入ってきた入り口付近を振り返ってみると、ある驚愕の事実に気が付きます:



 「あれ、この空間構成って、さっき中庭で見た構成と一緒じゃないの?」

そ、そうなんです!この内部空間に展開してる空間構成、それは先程検証した修道院と美術館の配置と中庭空間の構成にピッタリなんですね。この内部空間の左手側に展開している天井の線は先程の修道院の側面の線に対応し、右手側の大窓は、先程の美術館の側面の線に対応しています。そしてその先にはそれらの線が交わる消失点があるんだけど、それがずばり、この展示室への入り口となっている訳ですよ!それを強調しているのがコチラです:



とうとう出ました!シザのもう一つの十八番、天井操作!!先程入ってきた入り口方向から見ると明らかなんだけど、消失点である入り口を基点として、そこから天井が少しづつ高くなっているのが分かるかと思います。



何故こんな事をするのか?それはズバリ、遠近法的空間を創り出す為なんですね。そしてその遠近法的空間は、先程の中庭空間と対応し、配置計画と対応しているわけですよ!そしてこの修道院と美術館と言う2つの線の異なりが、先程見た正面ファサードの2つの正方形の角度の振り方をも決定し、更には内部に展開する空間の連なりと天井操作にも影響を与えてるという訳。つまりこの美術館に展開する空間操作や形態操作は何もかも、美術館の配置が決められた瞬間に決まっていたという事なんです!!

素晴らしい。一見複雑に見える形態や空間の中に隠されたシンプルな原理。そしてシンプルな操作から複雑な空間を創り出すその手法。これこそ正に知的操作というやつじゃないでしょうか?是非、ピーター・アイゼンマンにも見習ってもらいたいものです・・・と言ったら意地悪すぎるでしょうか(苦笑)。
| 旅行記:建築 | 05:59 | comments(2) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
コメント
修道院とガリシア現代美術センターの写真、この角度からの美術センターは船そのものですね。7つの大海に漕ぎ出していった海洋民族の血がこのアイデアをもたらしたのかもしれません。建築家が見上げる船、その舳先の指す彼方がどの方角かとても気になります。
そう言えばアルゼンチンにはリオ・ガジェーゴスという地名もあります。ガリシア人も大海を旅した人々でした・・・
| 1001Estrellas2 | 2011/07/19 7:06 AM |
1001Estrellas2さん、コメントありがとうございます。

船ですかー、そういう見方もあるかもしれませんね。シザはポルトガル人ですし、彼の海洋民族の血が知らず知らずの内にそうさせたのかもしれません。

そうそう、ガリシア人って海が大好きで、旅を多くしている人が結構いるんですよね。だから世界の至る所にガリシア人が住み着いていて、そこここから、ガリシア語が聞こえてくるのは大変興味深い事です。
| cruasan | 2011/07/22 6:22 AM |
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