地中海ブログ

地中海都市バルセロナから日本人というフィルターを通したヨーロッパの社会文化をお送りします。
<< カルメ・チャコン(Carme Chacon)スペイン防衛相の予備選不出馬の裏に見えるもの | TOP | ガウディ設計の世界遺産グエル館(Palau Guell)その1:この建築の地下に眠っている素晴らしい空間は馬の為のものだった! >>
第7回バルセロナ、モデルニスモ祭り(Fira Modernista de Barcelona 2011)
毎年この季節になると、バルセロナの新市街地(Eixample)と呼ばれる一角にある通り、ジローナ通り(C/Girona)を歩行者天国にして「地区祭り」が行われるんだけど、これが始まると、「あー、夏が始まったなー」って感じで、公共空間で飲むワインなんかがとっても美味しい季節の到来となるんですね。



このお祭りは「夏の到来を祝う」と言う名目の下に、バルセロナ中の各地区において行われるFiesta Mayorと呼ばれるものの一種なんだけど、このジローナ通りで行われるお祭りは他の地区で行われるものとはちょっと趣向を異にしてて、バルセロナモデルニスモ祭り(Fira Modernista de Barcelona)と呼ばれています。



モデルニスモと言えば誰でも思い付くのが、ガウディやらドメネク・イ・ムンタネールやらと言った大御所建築家だと思うんだけど、実はバルセロナのお宝は何もサグラダファミリアやカサミラ、サンパウ病院と言った世界的に知られている作品だけでは決してありません(地中海ブログ:まるで森林の中に居るかの様な建築:サグラダファミリアの内部空間、地中海ブログ:リュイス・ドメネク・イ・ムンタネール(Lluis Domenech i Montaner)によるモデルニスモ建築の傑作、サンパウ病院(Hospital de la San Pau):病院へ行こう!どんな病気も直ぐに治るような気にさせてくれるくらい雰囲気の良い病院、地中海ブログ:リュイス・ドメネク・イ・ムンタネール(Lluis Domenech I Montaner)の傑作、カタルーニャ音楽堂:コーディネーターとしての建築家の役割を再確認させてくれる名建築)。それとは全く逆に、世界的には殆ど無名と言っても良い建築家達が世紀末に創りまくった建築、そしてその集積による街の風景こそ、バルセロナのお宝と言っても過言ではないんですね。



バルセロナの新市街地を歩いていると、こんな素敵な薬局にふと遭遇したりします。そしてそんな「偶然の発見」と「新鮮な驚き」こそが、僕達の日常生活に華を添え、街中の風景がこの様な質の高い建築物で満たされている事こそ、このバルセロナと言う街における「生活の質」を向上させている要因なのかもしれません。まあ、って言っても、それら埋もれたお宝をバルセロナが発見したのは結構最近の事で、90年代前半だって言うんだから、それら無名のモデルニスモ建築の存在が世界的に知られてなくてもなんら不思議ではないんですけどね。その様なお宝があると言う事を市民に知らしめるキッカケとなったのは、何を隠そう、1992年のオリンピックと同時平行的に進められていた「文化のオリンピック」と呼ばれる企画展であり、その中で出版された「黄金の三角形」と言う展覧会カタログが決定的な役割を果たした事は間違いありません。



この「黄金の四角形」と言う言葉は一体何を指しているのか?と言うとですね、実はバルセロナの街並みと言うのは上空から見ると、133メートル四方の四角形が縦横無尽に並んだ様な街並みをしているんだけど、上述した無名の建築家達によるモデルニスモ建築が多く建てられた所こそ、何を隠そうこの四角形が沢山並んだエリア、エンサンチェと呼ばれる新市街地だったんですね。



つまり「黄金」とはそれら新市街地に眠っているお宝=モデルニスモ建築の事を指していて、それらが眠っているエンサンチェを構成する一つ一つの街区の事を四角形と呼び、このエリアを「黄金の四角形」と名付けたと言う訳なんです。この点について以前のエントリで僕はこんな風に書きました:

“・・・何故ならスペインの近代工業発祥の地であり、産業革命推進の地でもあったバルセロナにおいては、蓄積されたブルジョアの産業資本が不動産とそれを飾る建築に投資されたからなんですね。つまりエンサンチェを埋め尽くしているモデルニズモ建築郡は、その時期を担った人々の社会・文化・経済的表象だと言う事が出来ると思います。そしてセルダが計画したエンサンチェはそのモデルニズモが「これでもか」というぐらいに花咲く舞台を提供しました。その最高の舞台においてガウディ、ドメネク・イ・モンタネール(Lluis Domenech i Montanter)、プッチ・イ・カダファルク(josep puig i cadafalch)などの建築家達の競演が始まったわけです。

・・・

四角形とは上述したエンサンチェを構成する一つ一つの街区を指しています。その街区を色とりどりに飾る建築郡はまるでエンサンチェという大宇宙に散らばる星々のよう。正にバルセロナにおいて建築が表象芸術として花咲いた時代でした。“

そしてこの類稀なるネーミングをした人物こそ、若き日のアルベルトさんに他なりません(地中海ブログ:バルセロナ現代文化センター(CCCB))。彼はこの展覧会後、とある理由でバルセロナ現代文化センターを辞めてるんだけど、最近ではカタルーニャの歴史的な方向性を決定付けた1700年代の研究者として頭角を現してきています。ボルンの市場跡に計画されている文化センターを裏で手引きしているのも実は彼。やっぱ、やるなー。

さて、ちょっと話が脱線しちゃったんだけど、僕は毎年このモデルニスモ祭りを大変楽しみにしていて、何故かって、このお祭り、唯単に「街路を歩行者空間にしてビールを楽しみましょう」って言うだけでなく、皆、世紀末の様な格好をして、あたかもその時代にトリップした様な気にさせてくれる雰囲気が漂っているからなんです。



街路空間に所狭しと並んだ露店には、チーズやソーセージ、ワインと言った特産物が「これでもか!」ってくらいに並んでるんだけど、それらを捌いてる売り子さん達も、その当時の衣装を身に纏い、当時の様子を現代に良く伝えてくれていたりします。



このお祭りには、各地方都市のモデルニスモ観光を売り出すべく、沢山の村々が観光アピールをしにきてるんだけど、その人達もこんな感じ:



中には警察官の格好をした人や、街路で絵描きをしている人なども見かけます:



更に、当時街路を走っていた車やタクシー、そしてバスなどと言った展示物も充実:



ワインやビールを片手に陽気な大人達だけでなく、子供達にも楽しんでもらおうと、当時使われていたピアノなどを持ち出し、子供達も大合唱。ビジュアル面だけではなく、音をも駆使して、カタルーニャが黄金熱に熱狂し、社会全体が盛り上がっていた世紀末の様子を体験する事が出来ちゃうと言う訳なんです。そしてそんな展示物の背景にチラチラ見え隠れするのは、100年前から変わらずにそこに佇む当時と変わらぬ風景:



モデルニスモ様式の建物がこの通りにはあちらこちらに散々していて、それがこの地区に住む人達の心象風景になっていたりするんですね。この様な、都市を存分に使ったお祭り、都市空間を非日常空間に変える事による楽しみが、一辺倒になりがちな我々の日常生活に程良いリズムを付け、この都市に生きる喜びになっているとすら言えるのかも知れません。今年で7回目を迎えるこのお祭り、6月3日から5日まで、Girona通りで行われています。在バルセロナの皆さんは勿論の事、観光で訪れられている皆さんも是非行ってみては如何でしょうか?きっとバルセロナの違う一面が見られると思いますよ。
| バルセロナ日常 | 19:43 | comments(2) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
コメント
お久しぶりです。バルセロナで一つ驚いたのは、各区画(ブロック)の角がそがれて八角形になっている事でした。あれはスペイン全体の特徴なのですか?それともバルセロナだけの特徴なのでしょうか?長距離歩いたとき、ブロックの角をすっ飛ばして(横断歩道を通らずに)直進していたら、右折車に跳ねられそうになりましたw
| Gen | 2011/07/06 8:24 AM |
Genさん、こんにちは、ご無沙汰しています!

あの独特の街区の形は、バルセロナだけの特徴です。19世紀半ば頃にセルダと言う都市計画家が創ったプランなのですが、実は80年代まで世界的にさっぱり知られていませんでした。

もともと4角形の角を削ったのは、運転手が曲がる時に見やすいようにと言う配慮と、あのスペースに積荷車を止めて、直接道路に面したレストランなどに積荷を積み入れる事が出来る様にと言う、機能的な面から考え出された案だったようです。
| cruasan | 2011/07/07 6:49 AM |
コメントする