地中海ブログ

地中海都市バルセロナから日本人というフィルターを通したヨーロッパの社会文化をお送りします。
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映画:クリント イーストウッド監督作品:ヒア アフター(Hereafter):ハリウッドの大霊界か?
この所、バルセロナはかなり暖かくなってきて、まるで春の訪れを感じさせる様なポカポカ陽気が続いています。気温も15度を超える日が多くなってきて、個人的には正にこんな感じ:

 

もう寒いの嫌なんで、ホントに「早く春来て!」って感じなんですけどね。 そんな陽気な気候も手伝ってか、先週末は以前から見たかった映画、クリント イーストウッド監督作品の「ヒア アフター」を見る為に、我が子の様に可愛いグラシア地区にあるVERDI映画館に行ってきました(地中海ブログ:バルセロナモデル:グラシア地区再開発)。



クリント イーストウッド監督と言えば、「ミリオンダラーベイビー」、もしくは「グラン トリノ」なんて作品を今まで見てきたんだけど、物語の構成やシンボル、そしてメタファーなんかの構造が大変良く練り込まれていて、とても面白かった印象があります。そんな経験があるもんだから、「今回の映画も面白いに違い無い!」って言う期待感があったんだけど、正に僕の期待通り!なかなか面白かった。少なくとも、わざわざ週末の夜に時間を削ってまで僕に映画評を書かせようと言う気にさせてくれるくらいの質は持っていたと思います。

と言う訳で何時もの様に僕の独断と偏見を120%発揮して大変勝手な映画評を書いてみようと思うのですが、「そんな独りよがりなcruasanの映画評なんて読みたくない」って言う地獄行き間違い無しの人や(苦笑)、「この映画は日本公開まで楽しみにとっておきたい」って人とかは読み飛ばしてください。そしてここで一応警告:

警告:ネタバレになる可能性があるので、未だ映画を見てない人はここで読むのを止めましょう。



僕が映画を見る時に常に注目しているポイントは以下の2点。一つ目は、「その映画が一体何を語りたいのか?」って言うテーマと、もう一つは、そのテーマを描き出す為の形式や構造です。これらがガチッと噛み合った時、本当に良い映画が生まれると思うのですが、そう言う観点で見ると、実はこの映画ってそれ程書く事無いんですよね(笑)。何でかって、主題も構成も物語も全て見れば分かるって言うレベルで、そこに隠された構造だとかメタファーなんかは特別無い様な気がするからです。

先ずは主題からいきたいと思うのですが、この映画が言いたい事は以下の2点。一点目は、「死後の世界と向き合う事は何も特別な事ではなく、概して日常的な事である」って事と、もう一点は、「この映画を通して死後の世界とは一体何なのか?を皆に考えてもらう事」、この2つですね。そしてこれら2点を描き出す事にある程度成功しているのでは?と思う事が、僕がこの映画を評価する一番の理由でもあります。

物語の構造としては、マット•デイモン演じるアメリカに住む男性ジョージ、セシル•ドゥ•フランス演じるパリに住むジャーナリスト、マリー、そしてロンドンに住む男の子がそれぞれに持つ死の体験を通して3つの物語が独立並行的に進んで行くと言う構造を取っています。

普通だったらこれら独立している3つの物語の間にメタファー、もしくはそれらの構造が入れ子状になってたりして関連構造が見えそうなものなんだけど、この映画に関してはその様な関連構造は全く無し。唯一ありそうな関係性と言ったら、アメリカに住むジョージは、パリに住むマリーの様な女性を必要としていて、イギリスに住む少年マーカスはジョージの様な人を必要としていて‥‥みたいな円環が描ける事くらいかな。

クリント•イーストウッドの映画においてシンボルやメタファーが登場しないって言うのはハッキリ言ってちょっと珍しいと思うんだけど、実はそれらが登場しないと言う事が、この映画においては非常に重要なポイントで、それこそが、ある種のメタファーになっているんですね。

どういう事か?

それはこの映画の主題の一つが(上述した様に)「死後の世界と向き合うと言う事は、何も特別な事ではなくて、ごく普通の事なのだ」って事を描きたかったからなんです。だから敢えて非日常を意識してしまう様なメタファーやシンボルなんかは使わずに、直接的な表現を用いる事によって、その様な日常性を描き出したんだと思うんですよね。そしてこの映画は、そんなごく普通の日常を描き出す事に、「これでもか!」ってくらい成功している。この点こそが、この映画の成功の秘密なのかも知れないのですが‥‥。

さて、良く言われる事であり、誰もが勘違いしてしまう事でもあるんだけど、「映画監督がその映画を通して言いたい事」と、「映画作品自体が語りたい事」と言うのは区別する必要があります。何故なら映画作品と言うのは、監督の手を離れた瞬間から独立して育っていく生き物の様な存在なのだから。

その事を認識した上で、それでも僕は敢えて言いたい。この映画に隠された重要な主題、それは、「この映画は何を隠そう、イーストウッド自身が自分の為に創ったものなのでは?」と言う事なんですね。

1930年生まれの彼は今まで、映画監督、俳優そしてプロデューサーとして数多くの作品を手掛け、同時にトップスターの地位を確立してきました。しかしそんな彼も今年で80歳。今まで色々な経験をしてきた彼も、そろそろ「自分の人生の後の事」に興味が出てきたのかなー?とか思う訳ですよ。そしてそれを他の人達と共有したい、他の人達は果たしてどう考えているのか?そんな出発点から出てきたのが今回の映画なのでは?と僕は勝手に思っています。だからこの映画は、その仕掛けの一つとして、映画を見終わった後に、「ねえ、死後の世界ってあると思う?」って言う会話を誘発する様に創られているんですよね。かく言う僕も見事にその術にはまり、その後数日間は、ずーっとその話題で盛り上がっていました(笑)。

で、この映画を見ている時にふと思い出したのが、僕が中学生の頃に一世を風靡した丹波哲郎さんの大霊界シリーズ、「死んだらどうなる?」とか、「死んだら驚いた」なんだけど、あれも実は丹波さん自身の興味から創られた映画で、当時、興行的に大成功だったんですよね。何でかって、あれを見に来た人って言うのは、おじいちゃん、おばあちゃん世代で、彼らも又、自分が死んだらどうなるのか?って言うのが知りたかったからなんだと思います。

何はともあれ、今回の映画は、その形式や構造こそ凝ってはいないのですが、そこで語られているテーマは非常に明確で、「見た後色々な事に思いを巡らせられる」と言う事を考えると、良質な映画だと言えるかと思います。 一見の価値ありかも。
| 映画批評 | 03:31 | comments(2) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
コメント
マットデーモン大好きだし是非観たい一作です!
機上でなかったのは何故?がっかり〜。
お洒落なグラシア地区ってどこを指すのでしょう?
子供のpisoのそばL3のFontanaの近くにも映画館がありましたが‥。
あそこらへんも若者のお店とかあるみたいですね。
バルセロナは創造していたよりお洒落な街でした。
| yoco | 2011/02/15 10:57 AM |
yocoさん、こんにちは。コメントありがとうございます。

オシャレなグラシア地区は正にFontanaの辺りを指します。ほんのちょっと下の方に行くと、若者で活気のある地区に出るのですが、その辺りがグラシアです。何年か前にあの辺り一帯を歩行者空間にしたのですが、何の因果か、僕がプロジェクトの責任者の一人だったので、個人的に特に思い入れの強いエリアの一つです。
この映画、結構面白かったのでお薦めですよ。是非楽しんでみてください!
| cruasan | 2011/02/21 4:33 AM |
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