2010.11.09 Tuesday
バルセロナの都市戦略:ローマ法王のサグラダファミリア訪問の裏側に見えるもの
昨日から今日にかけて世界各国のメディアが大々的に報じている様に、今週日曜日、サグラダファミリアにてローマ法王ベネディクト16世による献堂式が行われました。これにより、1882年に教会の建設が始められて以来、128年の時を経て、終にサグラダファミリアが正式な教会として法王庁に認められたんですね。
この極めて重大なイベントの為に、サグラダファミリアの周りは数日前から通行禁止になったり、沢山の警察官が厳重な警備をしたりする中、一目でもローマ法王の姿を見ようと、街頭にはスペイン中から集まってきた信者や野次馬で、正にお祭り騒ぎの様相を呈していたんですね(地中海ブログ:スペインのニートはニニ(Ni Ni)と言うらしい:世界のニート事情)。
かく云う僕も、スペイン人達の波の中に紛れ込んでた一人だったんだけど、ローマ法王を乗せた車の姿があちら側に「チラッと見えたかな」と思ったら、ものすごいスピードで目の前を通り過ぎていって、ゆっくりと手とか振りながら通り過ぎるものだとばかり思い込んでた人達にとっては、「一体何が何だかよく分からなかった」と言うのが本音じゃないかな?と思います。法王を乗せた車のスピードが本当に速くって、それを体験したスペイン人達の間では:
「(レーシングドライバーの)フェルナンド・アロンソ並みに早かった (es Fernando Alonso)」
とか言う冗談が囁かれていた程だったんですね(笑)。
さて、今回のローマ法王のバルセロナ訪問に関して、実際に参加した立場から現地の状況など踏まえて僕が感じた事を3つ程、メモ程度に書いておこうと思います。
一つ目は、今回の訪問がバルセロナ市に与えるインパクトについて。
バルセロナと言う都市は、「大型イベントを誘致する事によって発展を促してきた都市である」と言う事は以前のエントリで散々書いた通りで、その典型が1992年のオリンピックや2004年のフォーラム2004、もしくは近年バルセロナが力を入れている世界最大の携帯電話の祭典GSMAだったりする訳なのですが、都市戦略と言う観点から見た場合、今回のローマ法王の訪問も実はこれらと同じライン上に乗っける事が出来ると思います(地中海ブログ:バルセロナのイベント発展型都市戦略とGSMA2010(Mobile World Congress 2010))。
そういう観点で見た時の、今回の訪問に関するバルセロナの真の目的は主に3つ。
一つ目はガウディ、そしてサグラダファミリアと言うブランドを用いた話題作りです。つまり、ガウディによってデザインされ、彼の死後何十年も作り続けられているサグラダファミリアが、ようやく教会として認められると言う話題を作り上げる事によって、世界各国のメディアの注目を集めちゃおうと、まあ、こういう訳ですね。実際、昨日から今日にかけて、サグラダファミリア、そしてバルセロナと言う都市が、これ程までに世界中のメディアを賑わせた事は、ここ数年では僕の記憶にはありません。
2点目は、当然の事ながら、このイベントを通した経済効果です。これだけ注目度が高いと、各国からのメディア関係者だけでなく、スペイン中からもカトリック信者が集まってくるので、市内のレストランやお土産屋さんに落としていってもらえるお金も相当なものになって、それが回りまわって都市の収入を増やすと言う淡い期待を抱いていたとしても何も不思議じゃありません。実際、昨日の夜のニュースでやってた街頭インタビューでは、ここ数日の市内ホテルはほぼ満杯と言う状況だったそうです。しかしながら、その一方で、レストランやバー、お土産屋さんなどでは、はっきり言って、思った程の収入は無かったのだとか。今日の新聞によると、今回の訪問で世界中で約6021本の記事が書かれ、それを広告に換算すると約73億円(66.5Mユーロ)の経済効果があったと予測されているのですが、「一体この数字が何処から来たのか良く分からない」と言うのが、実際の市民の意見だと思いますね。
それとは逆に、今回のローマ法王のスペイン訪問で明らかになった事、それはスペインには思ったほどのカトリック信者がいないと言う事実なんじゃないのかな?
当初の予想では、サグラダファミリアの周りに用意された4万席が全て埋まり、街頭に溢れるであろう人達の為にミサの状況を映し出す大型モニターが何台も備え付けられたり、それでも入りきらない人達の為に闘牛場が開放されたりしたんだけど、実際蓋を開けてみたら、今回の行事に駆けつけたのは10万人程度だったと言う数字が出ているんですね(まあ、何時もの様に各々の機関が発表した数字の間には大きな開きがあって、市役所やバチカン側は25万人が駆け付け今回の訪問は大成功だったとか言ってるんですけどね)。
実は今回のローマ法王訪問は、バルセロナ市がガウディの素晴らしさ、サグラダファミリアの素晴らしさを世界にアピールする事に大成功したその一方で、バチカン側にとっては、「スペインにカトリック信者はあまりいない」と言う、結構ネガティブなイメージを残しちゃったんじゃないのか?と思う訳ですよ。
そしてもう一点、これが今回のバルセロナ市が被った最も大きい便益だったかもしれないんだけど、それは、市民の間に「実はサグラダファミリアは美しい教会だ」と言う事を、テレビの生中継などを通して知らしめた事だと思います。
大体ですね、バルセロナに子供の頃から住んでいて、サグラダファミリアに行った事がある人なんて、殆どいないんですよね。「えー、そうなの?」とか思うかもしれないけど、そういう時は反対の状況を考えてみればいい。「名古屋に住んでて、名古屋城に行く人ってどれくらいいますか?」って話と同じ訳ですよ!バルセロナ市民の間では、サグラダファミリアなんて、「子供の頃の遠足で入ったのが最後」とか、「何年か前に内部写真を新聞で見かけた」と言うのがせいぜいな所で、実際に足を運んだ人なんてごく少数なはず。しかもローマ法王の訪問に合わせて、ここ数ヶ月は「なんとしても天井だけは完成させるんだ」みたいな勢いで作っていたので、テレビに映し出された内部空間を見て「アレ?内部ってあんなに素敵だったけ?」って思った市民は少なく無いはずです。かくいう僕も、「あれ、内部ってこんなに出来てたっけ?」と、かなり驚いた市民の内の一人だったんですね。そしてそれらの多くの人は、こう思ったはず:
「あんなに素晴らしい教会なら、是非今度行ってみるか」と。
今回のローマ法王のバルセロナ訪問の一番の成果は、実はこのような「自分の都市の美しさ、素晴らしさを、市民に再発見させた」、その点に尽きるんじゃないのかな?その事に比べたら、経済効果なんて、どうでもいい事の様にすら思えてきます。何故ならその都市で一番の売りにしなけらばならないもの、それはそこに住む市民自身の輝きにあるのだから。
追記:
翌日の新聞(La Vanguardia 9 de Noviembre 2010)によると、サグラダファミリアを訪れる観光客数がピークだったのは2007年で、その数283万人。100万人を超えたのが1997年で、200万人を超えたのが2002年。丁度、ガウディイヤーとかやってた年ですね。2007年以降は減少を続けてて、273万人、2009年は232万人だったと言う事です。
この極めて重大なイベントの為に、サグラダファミリアの周りは数日前から通行禁止になったり、沢山の警察官が厳重な警備をしたりする中、一目でもローマ法王の姿を見ようと、街頭にはスペイン中から集まってきた信者や野次馬で、正にお祭り騒ぎの様相を呈していたんですね(地中海ブログ:スペインのニートはニニ(Ni Ni)と言うらしい:世界のニート事情)。
かく云う僕も、スペイン人達の波の中に紛れ込んでた一人だったんだけど、ローマ法王を乗せた車の姿があちら側に「チラッと見えたかな」と思ったら、ものすごいスピードで目の前を通り過ぎていって、ゆっくりと手とか振りながら通り過ぎるものだとばかり思い込んでた人達にとっては、「一体何が何だかよく分からなかった」と言うのが本音じゃないかな?と思います。法王を乗せた車のスピードが本当に速くって、それを体験したスペイン人達の間では:
「(レーシングドライバーの)フェルナンド・アロンソ並みに早かった (es Fernando Alonso)」
とか言う冗談が囁かれていた程だったんですね(笑)。
さて、今回のローマ法王のバルセロナ訪問に関して、実際に参加した立場から現地の状況など踏まえて僕が感じた事を3つ程、メモ程度に書いておこうと思います。
一つ目は、今回の訪問がバルセロナ市に与えるインパクトについて。
バルセロナと言う都市は、「大型イベントを誘致する事によって発展を促してきた都市である」と言う事は以前のエントリで散々書いた通りで、その典型が1992年のオリンピックや2004年のフォーラム2004、もしくは近年バルセロナが力を入れている世界最大の携帯電話の祭典GSMAだったりする訳なのですが、都市戦略と言う観点から見た場合、今回のローマ法王の訪問も実はこれらと同じライン上に乗っける事が出来ると思います(地中海ブログ:バルセロナのイベント発展型都市戦略とGSMA2010(Mobile World Congress 2010))。
そういう観点で見た時の、今回の訪問に関するバルセロナの真の目的は主に3つ。
一つ目はガウディ、そしてサグラダファミリアと言うブランドを用いた話題作りです。つまり、ガウディによってデザインされ、彼の死後何十年も作り続けられているサグラダファミリアが、ようやく教会として認められると言う話題を作り上げる事によって、世界各国のメディアの注目を集めちゃおうと、まあ、こういう訳ですね。実際、昨日から今日にかけて、サグラダファミリア、そしてバルセロナと言う都市が、これ程までに世界中のメディアを賑わせた事は、ここ数年では僕の記憶にはありません。
2点目は、当然の事ながら、このイベントを通した経済効果です。これだけ注目度が高いと、各国からのメディア関係者だけでなく、スペイン中からもカトリック信者が集まってくるので、市内のレストランやお土産屋さんに落としていってもらえるお金も相当なものになって、それが回りまわって都市の収入を増やすと言う淡い期待を抱いていたとしても何も不思議じゃありません。実際、昨日の夜のニュースでやってた街頭インタビューでは、ここ数日の市内ホテルはほぼ満杯と言う状況だったそうです。しかしながら、その一方で、レストランやバー、お土産屋さんなどでは、はっきり言って、思った程の収入は無かったのだとか。今日の新聞によると、今回の訪問で世界中で約6021本の記事が書かれ、それを広告に換算すると約73億円(66.5Mユーロ)の経済効果があったと予測されているのですが、「一体この数字が何処から来たのか良く分からない」と言うのが、実際の市民の意見だと思いますね。
それとは逆に、今回のローマ法王のスペイン訪問で明らかになった事、それはスペインには思ったほどのカトリック信者がいないと言う事実なんじゃないのかな?
当初の予想では、サグラダファミリアの周りに用意された4万席が全て埋まり、街頭に溢れるであろう人達の為にミサの状況を映し出す大型モニターが何台も備え付けられたり、それでも入りきらない人達の為に闘牛場が開放されたりしたんだけど、実際蓋を開けてみたら、今回の行事に駆けつけたのは10万人程度だったと言う数字が出ているんですね(まあ、何時もの様に各々の機関が発表した数字の間には大きな開きがあって、市役所やバチカン側は25万人が駆け付け今回の訪問は大成功だったとか言ってるんですけどね)。
実は今回のローマ法王訪問は、バルセロナ市がガウディの素晴らしさ、サグラダファミリアの素晴らしさを世界にアピールする事に大成功したその一方で、バチカン側にとっては、「スペインにカトリック信者はあまりいない」と言う、結構ネガティブなイメージを残しちゃったんじゃないのか?と思う訳ですよ。
そしてもう一点、これが今回のバルセロナ市が被った最も大きい便益だったかもしれないんだけど、それは、市民の間に「実はサグラダファミリアは美しい教会だ」と言う事を、テレビの生中継などを通して知らしめた事だと思います。
大体ですね、バルセロナに子供の頃から住んでいて、サグラダファミリアに行った事がある人なんて、殆どいないんですよね。「えー、そうなの?」とか思うかもしれないけど、そういう時は反対の状況を考えてみればいい。「名古屋に住んでて、名古屋城に行く人ってどれくらいいますか?」って話と同じ訳ですよ!バルセロナ市民の間では、サグラダファミリアなんて、「子供の頃の遠足で入ったのが最後」とか、「何年か前に内部写真を新聞で見かけた」と言うのがせいぜいな所で、実際に足を運んだ人なんてごく少数なはず。しかもローマ法王の訪問に合わせて、ここ数ヶ月は「なんとしても天井だけは完成させるんだ」みたいな勢いで作っていたので、テレビに映し出された内部空間を見て「アレ?内部ってあんなに素敵だったけ?」って思った市民は少なく無いはずです。かくいう僕も、「あれ、内部ってこんなに出来てたっけ?」と、かなり驚いた市民の内の一人だったんですね。そしてそれらの多くの人は、こう思ったはず:
「あんなに素晴らしい教会なら、是非今度行ってみるか」と。
今回のローマ法王のバルセロナ訪問の一番の成果は、実はこのような「自分の都市の美しさ、素晴らしさを、市民に再発見させた」、その点に尽きるんじゃないのかな?その事に比べたら、経済効果なんて、どうでもいい事の様にすら思えてきます。何故ならその都市で一番の売りにしなけらばならないもの、それはそこに住む市民自身の輝きにあるのだから。
追記:
翌日の新聞(La Vanguardia 9 de Noviembre 2010)によると、サグラダファミリアを訪れる観光客数がピークだったのは2007年で、その数283万人。100万人を超えたのが1997年で、200万人を超えたのが2002年。丁度、ガウディイヤーとかやってた年ですね。2007年以降は減少を続けてて、273万人、2009年は232万人だったと言う事です。