地中海ブログ

地中海都市バルセロナから日本人というフィルターを通したヨーロッパの社会文化をお送りします。
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グローバリゼーションの中における現在のナショナリズムについて:ワールドカップとカタルーニャ新自治憲章案
奇しくも今週のバルセロナでは、ワールドカップ、そしてカタルーニャ新自治憲章案という2つの全く違ったテーマを軸に、グローバリゼーションの中におけるナショナリズムとは一体何なのか?と言う事を考えさせられる良い機会に恵まれています。

今週水曜日にスペイン代表がドイツ代表を下してからというもの、カタラン人達のおしゃべりにおいてワールドカップの話題が出ない日はありません。面白いもので、普段は絶対にサッカーなんて見ない様な女の子達まで「プジョールかっこいい」とか言ってるのには驚きました(笑)。まあワールドカップというのは、現在のグローバリゼーションが進行する世の中において、国民が一丸となって自国を応援する事が出来るナショナリズムをくすぐる場であると言う事を考えるとそれ程驚きではないんですけどね。そんな中での今回ちょっと異色の事件:



日本でも話題になっているタコのパウル君です。実はパウル君、今までのドイツ代表の試合結果を全て当てているらしく、今週行われたスペイン対ドイツの試合も「スペインの勝ち」と予想していた事から、「負けたのはパウルのせいだ!パエリアにしちゃえ!」とか八つ当たりされているらしい。そんな因縁をつけられたパウル君を守る為にスペインのサパテロ首相が「食べないで!」と声明を発表したくらいなんだけど、僕的にはドイツ人の頭の中に、「タコ=海産物=スペイン料理=パエリア」っていうイメージの連鎖がある事の方が興味深かったですけどね。個人的にはどうせタコ料理にするんだったら、ガリシア風タコ煮の方が絶対お薦めだと思うんだけどなー:



ガリシア風タコ煮(詳しくはコチラ:地中海ブログ:バルセロナの食べ歩き方:この値段のガリシア料理にかけてはバルセロナ1じゃないかと噂のレストラン:Meson a Cada da Veiguela

さて、サッカーが国家や国民にとってどれ程重要なのか?もしくはどういう意味を持っているのか?と言う事は、今回のワールドカップの勝敗が原因で各国で起こりつつある大事件が何よりも明快に物語っていると思います。例えば日本でも良く報じられている様に、フランス代表団の内輪揉めが原因で、チームが内部崩壊した事に対する責任説明を、代表団の監督が公の場で求められたと言うのは、あたかも国家レベルの政治的な大事件の様相を呈しているかの様です。

もしくは(こちらは日本では全く報じられてないのですが)ナイジェリアの大統領、Goodluck Jonathan氏がナイジェリア代表の結果が余りにも酷かった為に、大統領自らの命で、今後2年間の国際試合を禁止したと言った事がありました。その裏には、つい先日就任したばかりの現政権のイメージを保つ為の施策であると見る動きもあるんですね。

一転、スペインではどうかと言うと、スペイン王室挙げて全面的に応援に回っており、水曜日に行われた準決勝にはスペイン王妃が直々に南アフリカまで応援に駆けつけていたくらいです。更に試合後には王妃自ら選手の控え室まで労をねぎらいに行ったそうなんだけど、その時、プジョールは着替えの真っ最中で、王妃の前でタオル一枚だったというオチまで付いていました(笑)。


サッカーとナショナリズムの関係については社会学の分野で結構研究が進んでて、良く知られている所なんかでは、オランダ人の社会学者Van Houtum y Van Damの研究なんかが有名ですね。もしくはイギリスの社会学者、Richard Giulianottiなんかはこんな事を言っています:

「サッカーと言うのは、世界の中において自国のアイデンティティの輪郭を定める教育やマスメディアと同様に、最も重要な文化的制度の一つである」

“una de las grandes instituciones culturales, como la educacion o los mass media, que da forma y cimenta la identidad nacional a lo largo del mundo”

もしくはトルコのノーベル賞作家、Orhan Pamukなんかは、トルコにおけるサッカーの地位について、

「(サッカーに関する話題は)ナショナリズム、外国人排他、そして権威に関する論争や思考を生産する機械と化している」

“Habia convertido en una maquina para la produccion del pensamiento nacionalista, xenofobo y autoritario”

と語っている程です。

僕が2006年にフランクフルトへ行った時の事、教会の側にあった小さな美術館(名前忘れた)でちょっとした特別展が開かれていて興味深く見てたんだけど、その展覧会の意図は「サッカーというのは現代の宗教である」みたいな事が言いたかったのかなー?とか思ってた事を今でも覚えています。国旗を模したカラフルな衣装や、顔に様々な模様を描いている様子なんて、未開の地の民族のお祭りを彷彿とさせるものがあるように思えてなりません。エリアーデとか生きてたら、喜んでその辺の関係とか研究したのではないのでしょうか?

さて、そう言った流れがある一方で、全く偶然なんですが、この数日というもの、カタルーニャではカタルーニャナショナリズムが近年稀に見るような勢いで盛り上がりを見せています。その引き金となったのが、先日、憲法裁判所から返答があったばかりのカタルーニャ新自治憲章案についての回答だったんですね。

「カタルーニャ新自治憲章案とか何か?」と言うと、(簡単に言えば)、カタルーニャ州の権限を最大化しようと言う、州レベルで定めた憲法のようなものの事なんですね。元々カタルーニャ州は最初の自治憲章をフランコ独裁後の1979年に制定しているのですが、今回の親憲章案はそれを改訂&強化する形で提案されたものとなっています。その中にはカタルーニャ国民を認めるか?と言う問題や、言語や教育の問題など、欧州ースペインーカタルーニャの基本的な関係を築く上で大変重要な問題が数多く含まれている事から、長い間、カタルーニャとスペインの間で激論が交わされてきたと言う訳なんです。

しかしですね、今回、憲法裁判所から帰ってきた回答を見て、カタルーニャ州政府大統領初め、多くのカタラン人達はガッカリ。何故ならカタルーニャの社会政治状況を良くするはずの新法案が、蓋を開けて見れば全くかけ離れた内容のものとなっていたからです。そして遂にカタラン人達がブチ切れた!そんなこんなで、今日午後6時から、国を挙げてのデモが目論まれていると、まあ、こういう訳なんです。では、今からそのデモに行って来たいと思います。その結果は次回のエントリで!!
| バルセロナ歴史 | 22:17 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
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