地中海ブログ

地中海都市バルセロナから日本人というフィルターを通したヨーロッパの社会文化をお送りします。
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プロヴァンス旅行その4:ル・トロネ修道院(Abbaye du Thoronet)の窓に見る神業的デザイン
前回のエントリ、プロヴァンス旅行その3:シトー会についてとル・トロネ修道院(Abbaye du Thoronet)の行き方の続きです。



駐車場に車を停め、「ル・トロネ入り口こっち」みたいな標識に従って少し歩いていると、木漏れ日が降り注ぐ向こう側に、赤っぽい石で創られた門が見えてきます。余談ですが、プロヴァンス地方では夏の間、様々な施設を利用してピアノやジャズによる夜間コンサートが開かれるそうなのですが、ここル・トロネ修道院も夏の数日間、夜間コンサートの会場になるんだそうです。(詳しくは前回のエントリに書いたル・トロネ観光案内所へお問い合わせを)。

さて、チケットオフィスを抜けて、階段を数段登ると遭遇するのが、このファサードです:



南仏の強い日差しを一杯に受けて燦燦と輝いている教会堂西面ファサード。このファサード、シトー会の特徴である「シンプルさ」を良く現していると思うのですが、それ以上に「んっ??」って思う所があるんですね。普段僕らが見慣れている教会堂の正面ファサードに何時もくっついてる「重要な何か」が抜け落ちているんですが、お分かりですか?



そう、普通なら教会堂のど真ん中には大きな正門扉がくっ付いてるはずなんですけど、面白い事に、この教会堂にはそれがありません。あるのは側廊に繋がる左右2つの小扉だけ。どうやらこの教会は信者には門戸が閉ざされていた為に、修道士用の入り口である右側の扉と、助修道士の為の左側の扉のみが備え付けられたという事だそうです。



「ふうーん」とか思いながらイヨイヨ中へ入って行こうと思うのですが、外の陽光が強過ぎて、入り口から覗き見る教会堂の内部は真っ暗に見えます。そんな中で、向こう側にそっと漏れているステンドグラスからの光と暗闇、そして眩しい程の南仏の陽光の対比はかなりドラマチックですね。そんな真っ暗な中で足元に気を付けながら階段を数段降りると遭遇するのがこの空間:



息を呑む程素晴らしい聖堂空間です。この中に居ると、暗く閉じられた内部空間の中で、限られた開口から漏れてくる光が本当に神聖なモノに見えてきます。こんな暗く荘厳な雰囲気の中で神様の有難い言葉とか、コーラスとか歌われたら、それだけで「あー、神様―!」って気持ちになっちゃうのも分からないでも無いかな。(って言うか、何時も思うんだけど、キリスト教ってマーケティングが抜群に上手いですよね?)



ちなみにこの空間は音響もかなり良くて、僕が行った時は、夜中のコンサートに備えてかどうか知らないけど、2人のカップルが音響テスト(もしくは2人カラオケ?())をしていました。



さて、こんな素晴らしい教会堂の基本的なデザインはシンプルそのもので、後陣には3つの窓と、その上に輝く丸窓。そして控え目に右端に置かれた十字架。ただそれだけ。たったこれだけの要素を持つ空間をこれ程特別なモノに変えているのは、ずばり「光」だと思うんですね。先ず驚くべきなのはコチラ:



写真では分かりつらいかもしれませんが、この空間には2色の光が存在していて、一つ目は正面の丸窓や3つのステンドグラスから入ってくる黄色い光、もう一つは右手側に展開されている紫色の淡い光なんですね。



右手側から入ってくる紫色の光は勿論、ステンドグラスの効果なんだけど、これ程の淡い紫色で満たされた空間を僕は見た事がありません。そしてこの柱に注目:



触れたら切れそうなくらいエッジが利いている柱です。驚きなのは、前回のエントリで書いた様に、この修道院はシトー会の修道士達によって一つ一つ石を手で積み上げて創り上げられた修道院だと言う事です。本当に寸分違わず並べられた柱には、感嘆の声を上げたくなるくらいです。このような狂いの無いエッジが、光と影の境界を鮮明にし、「ビシっ」とした陰影を創り出す事に成功している影の功労者だと思います。例えばこの窓とか:



ステンドグラスを通して入ってくる強い光と、厚くザラザラした表面を持つ石を伝って段々と拡散していく光。それら光源としての窓の境界が、切り出された石の輪郭によって大変鮮明になっているのが分かるかと思います。本当に素晴らしい!そしてこれらの特徴を駆使する事によって可能となった、シトー会の修道士達が創り出した信じられない様な神業的なデザインがコチラ:



後陣に位置する窓のデザインです。一見何でも無い窓に見えるのですが、ここには凄まじいまでのデザイン、言い換えれば人間の創造力の素晴らしさを垣間見る事が出来るんですね。



この窓に展開する「デザインの物語」は、窓の一番奥に位置する光源としてのステンドグラスから始まっています。先ずはこの細い光源からの強い光を拡散させるように、わざと厚く切られた石がすり鉢上に外側に向かって広がっています。良く見るとこの石の材質は光の拡散を視覚化し易くする為に、表面がザラザラした粗い石を用いているんですね。石の表面のザラザラが光の粒を拾い、キメ細かい陰影を創り出す為に、光の拡散状態がより良く視覚化されると言う訳です。



そして第二段階として、ステンドグラスと直角方向に「太い縁取り」を取る事によって影の部分を作り出し、光の境界を明確にしています。



そしてココからが神業的なんですが、2重に窓枠を段々と細く彫っていく事によって、その淵で光を受け止め、なんと、「光の縁取り」を浮き上がらせているのが分かるかと思います。で、これがどういう仕組み(ディテール)によって実現されているのか?と思って近寄って見ると、その仕組みが明らかになりました。



てっきり、細い垂直面を彫り出してそこで光を受け止めているのかな?と思っていたら、実は、完璧な垂直なのではなくて、緩やかなカーブを創り出して、そこで柔らかく光を受け止めている事が分かったんですね。



更に、内側の光の窓枠(最初の光の窓枠)に関しては、光源から漏れる光が、最初の「太い縁取り」によってどれくらいカットされて、どれくらいの角度で何処に光が漏れ直線を創り出すのか?と言う事を完璧に計算されて設計されてるっぽい。


コレには脱帽でした。窓のデザインだけで、人をコレだけ感動させられるのは、ちょっと凄い。さすがにシトー会修道院の傑作中の傑作、シトー派プロヴァンスの三姉妹の長女と言われるだけの事はあり、見応えがあります。

・・・これから僕達の社会は明らかに「機械」が僕らの能力を上回る時代に突入すると思うんだけど、そんな中で、「一体人間には何が残されているのか?」、もしくは「人間性とはいったい何なのか?」を問わざるを得ない時代に突入する(もしくはもう既に入っている)だろうと思うんですね。そんな中で、人間が明らかに機械に勝っているもの、もしくは機械には絶対に真似の出来ない事、それは「創造力」だと思います。

シトー会の窓のデザインを見ていると、「まだまだ僕達(人間)には無限の可能性が残されているんだ!」と言う希望の様なモノを感じさせてくれた様な気がしました。
| 旅行記:建築 | 23:54 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
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