2010.06.05 Saturday
欧州工科大学院 (European Institute of Innovation and Technology)の鼓動その2:ネットワーク型システムに基づくシティ・リージョンのようなコンセプトを持つ大学院
前回のエントリ、欧州工科大学院(EIT)の鼓動その1:マニュエル・カステルとネットワーク型大学システムの試みの続きです。
欧州工科大学院は、欧州域内の研究や産業の競争力を高め、それによる雇用増大や経済発展、産業インノベーションを促進する為に設立された新しい形の技術研究機関&大学院なんですね。研究と市場との間のギャップを埋め、教育から企業製品までを「インノベーション」をキーワードにシームレスに繋ぐ事を試みているそうです。では何故欧州はこの時期に、このような新しい大学院を創り出そうとしているのか?
その問いについては、先日のセレモニーでこの新しい機関の意義について講演したマニュエル・カステルがチラッと冗談めかして言ってた事が結構本質を突いている様な気がします:
「欧州工科大学院はその名前が示唆するように、明らかに米国のMITに対抗意識を燃やしています」
この発言が出た時、会場全体が笑いに包まれたんだけど、多分、これは冗談では無いですね。と言うか、これが欧州の本音っぽい。つまり欧州がR&D+iに費やしている総予算額では明らかに米国の研究機関の上を行っているにも関わらず、ヨーロッパの優秀な若い頭脳は今だ米国へと流出し続けている状況に変わりは無いからです。では、それをどうやって食い止めるのか?そこで出てきたアイデアが、欧州中に散らばる様々な特徴を持つ研究機関をネットワークで繋ぎ、米国とは違ったモデルで競争力を創り上げようというアイデアでした。そしてそこで提供される教育サービスや産業プロダクトなんかを「EIT」という名の下に提供する事によって、欧州ブランドを創り上げようと、まあ、こういう事だと思います。
これは読み方によっては結構面白い。
20世紀の後半、パリやロンドンと言ったメトロポリス型都市形成に対するアンチとして「シティ・リージョン」という考え方が出てきました(地中海ブログ:サラゴサ(Zaragoza)の都市戦略)。これはどう言う事か?と言うと、一つの都市が全ての機能を持ち、大都市(メトロポリス)を形成するというモデルでは無く、隣接した小さな都市の一つ一つが異なる機能に特化する事によって、それら複数都市を高速鉄道網などで結び付け、メトロポリスに対抗する競争力を「地域として創出しよう」という考え方なんですね。具体的な所では、オランダのランドスタットの周りに展開しているシティ・リージョンなんかが良い例だと思います(アムステルダム(首都)、デン・ハーグ(行政)、ロッテルダム(商業)、ユトレヒト(大学)などの様な特化機能を持った複数都市を高速鉄道で結び付けるモデル)。
今回の欧州工科大学院は基本的にはこれと同じコンセプトの下に創り出された大学院です。
莫大な予算を費やして今から(MITの様に)一つの大学に全ての分野におけるトップの学部を創出する事はあまり賢いやり方では無いし現実的でも無い。そうでは無くて、情報技術に関してはAランクの学部を持つOO大学やOO企業などを選出、ネットワークで結び、このテーマに関してはこのネットワーク上にバーチャルな大学院を創り出そう、エネルギーに関しては・・・と、テーマ別にフレキシブルに対応していこうという訳です。
これはヨーロッパが持つ特徴を生かした、大変上手い戦略だと思います。欧州の強み、それは「星の数ほどもある多様な文化社会を持つ都市と、その数と同等数の様々な特徴を持つ研究機関が一つの大陸に集まっている事」なのですから。
それでは具体的にはこの大学院はどのように機能するのか
EITは先ず手始めとして、欧州が直面している3つの最重要課題を設け、それらに関するKIC(Knowledge and Innovation Communities)と呼ばれる研究グループを発足しました。それらが:
1. 気候変動対策と適応
(Climate-KIC)
2. 情報コミュニケーション社会の未来像 (EIT ICT Labs)
3. サステイナブルなエネルギー (KIC InnoEnergy)
グループです。これらKICと呼ばれる研究グループにはそれぞれのテーマ毎に欧州中からその分野にかけてはS級っていう研究機関や大学、企業などが集まり、それら核となる機関の周りに地域クラスターを創出し、教育と研究そしてインノベーションの3つを促進していく事になるそうです。
例えば3つ目のKIC InnoEnergyグループでは、リーダーシップをカールスルーエ工科大学が採り、Grenoble, Eindhoven/Leuven, Barcelona, Krakow, Stockholmと言った地域から13の企業と10の研究機関、そして13の大学が参加、総勢36もの機関が集まってグループを創り出しているんですね。
上の図がそれらのクラスターが置かれている地域と、そのクラスターの下に参加している機関なんだけど、それらが欧州中に散らばっている事が一目で分かるかと思います。このエネルギーグループにはバルセロナも参加していて、地域クラスターのリーダーシップはビジネススクールとして名高いESADEが採っています。パートナーとしてはカタルーニャ工科大学(UPC)やカタルーニャ・エネルギー研究所(IREC)、Gas Natural社などが参加し、連携を組みつつ活動を展開していくんだそうです(Gas Naturalについてはコチラ:地中海ブログ:エンリク・ミラージェス&ベネデッタ・タリアブーエ(Enric Miralles & Benedetta Tagliabue)のGas Natural本社ビル:広告としての建築)。
今回のセレモニーでは各研究グループと地域クラスターが実際的にどういう活動をしていくのか?と言う事が説明されていたんだけど、それによると、例えばバルセロナの場合では今年の9月頃から、ESADEを中心としてエネルギーに関するサマースクールを始動、来年あたりからは大学院レベルでのプログラムを開始する予定があるそうです。そして、そのプログラムを修了した暁には、修士やPh.Dと言ったタイトルをESADEと共に、EITの名を冠して学生に授与すると言う事らしいです。
ふーん、面白い試みですね。
今、欧州では新しいコンセプトに基づく、新しい形の、新しい教育が始まろうとしています。
その問いについては、先日のセレモニーでこの新しい機関の意義について講演したマニュエル・カステルがチラッと冗談めかして言ってた事が結構本質を突いている様な気がします:
2. 情報コミュニケーション社会の未来像 (EIT ICT Labs)
3. サステイナブルなエネルギー (KIC InnoEnergy)
今、欧州では新しいコンセプトに基づく、新しい形の、新しい教育が始まろうとしています。